鈴木 公平(すずき こうへい、1939年(昭和14年)3月2… 鈴木 公平(すずき こうへい、1939年(昭和14年)3月20日 - )は、日本の政治家。第7代愛知県豊田市長(3期)。 愛知県豊田市上郷町出身。1954年(昭和29年)、高橋村役場に奉職。23歳のときに父を亡くし、以後、母と弟妹4人の一家の柱となる。かたわら愛知県立旭丘高等学校の通信課程と夜間の愛知大学短期大学部法経科に通い、1965年(昭和40年)、同大学を卒業する。豊田市役所で秘書課長、広報課長、総務部長などを務めた。1992年(平成4年)4月1日、豊田市助役に就任。 1999年(平成11年)10月15日、豊田市長の加藤正一は任期満了に伴う豊田市長選挙への不出馬を表明。自民党系と全トヨタ労連系の市議で構成される市議会の与党会派「思政クラブ」はただちに後継者の人選に入る。
白井 捷一(しらい しょういち、1939年2月1日 - 20… 白井 捷一(しらい しょういち、1939年2月1日 - 2025年2月20日)は、日本の政治家。元北海道長万部町長(2期)。愛知県豊橋市出身。町長在任時はまんべくんが人気があったためファンの間で”長万部超長という愛称で親しまれていた。 戦後開拓農家として長万部町で育つ。長万部町立双葉中学校(現・長万部町立長万部中学校)卒業。長万部農業協同組合(現・新函館農業協同組合)の参事を務めていた1995年4月23日、長万部町議会議員選挙に初当選した。以後、1999年、2003年にも当選した。2003年5月に議長就任。 2006年7月23日の長万部町長選挙において当選、町長に就任した。※当日有権者数:5,726人 最終投票率:84.09%(前回比:-pts) 前回と同じ構図になったが、2010年7月18日に再選を果たした。
浅野 勝人(あさの かつひと、1938年〈昭和13年〉4月1… 浅野 勝人(あさの かつひと、1938年〈昭和13年〉4月19日 - )は、日本の政治家。 内閣官房副長官(麻生内閣)、外務副大臣(第1次安倍内閣)、外務政務次官(第2次森内閣)、防衛政務次官(第2次橋本内閣)、参議院懲罰委員長、参議院議員(1期)、衆議院議員(3期)などを歴任した。 愛知県豊橋市出身。愛知県立豊橋東高等学校、早稲田大学第一政治経済学部卒業。1961年、NHKに入局[要出典]。 NHKを退職後、1986年の第38回衆議院議員総選挙に旧愛知5区(定数3)から保守系無所属として出馬したが、次々点で落選。1989年に政策集団自由連合の旗揚げへ参加。 1990年2月18日に行われた第39回衆議院議員総選挙で、自民党は現職の村田敬次郎、竹下派の元職の近藤豊、宮沢派の浅野の3人に公認を出し、浅野は得票数2位で初当選した。
前畑 幸子(まえはた さちこ、1937年8月16日 - )は… 前畑 幸子(まえはた さちこ、1937年8月16日 - )は、日本の政治家、元参議院議員(1期)。 愛知県名古屋市出身。南山大学文学部卒。1979年中京大学大学院修了。同年税理士事務所を開く。1986年の第14回参議院議員通常選挙で愛知県選挙区から日本社会党公認で立候補したが次点で落選。1989年の第15回参議院議員通常選挙で愛知県選挙区から社会党公認で立候補して当選。1995年に社会党を離党し、同年の第17回参議院議員通常選挙で無所属・社会党推薦で立候補したが落選した。1998年の第18回参議院議員通常選挙にて民主党から比例区で出馬するも落選。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
松原 武久(まつばら たけひさ、1937年(昭和12年)1月… 松原 武久(まつばら たけひさ、1937年(昭和12年)1月26日 - )は、日本の政治家、教諭。元名古屋市長(3期)。学校法人梅村学園理事、中京大学総合政策学部客員教授、東海学園大学学長などを務める。 愛知県東春日井郡旭村(現・尾張旭市)生まれ。東海中学校・高等学校卒業。1960年3月、愛知学芸大学学芸学部(現・愛知教育大学)卒業。同年4月、名古屋市立守山東中学校に国語教師として赴任。1984年4月、名古屋市立大森中学校校長に就任。1995年4月、名古屋市教育長に就任。 1997年4月、名古屋市長に初当選。就任直後に、藤前干潟の埋め立て問題に直面して以来、ごみ減量や環境対策に取り組んだ。 教育関係、特に歴史的文化関係の事業に力を注ぎ、徳川園の整備や名古屋城本丸御殿プロジェクトにも力を尽くした。
本田 忠彦(ほんだ ただひこ、1937年(昭和12年)1月1… 本田 忠彦(ほんだ ただひこ、1937年(昭和12年)1月15日 - )は、日本の政治家、実業家。元愛知県西尾市長(4期)、元西尾市議会議員(3期)。 愛知県西尾町(現・西尾市上町)生まれ。生家は大正初期創業の春香園製茶工場。父親の本田明治は春香園の経営のかたわら、愛知県議会議員を3期(1951年~1963年)務めた。 1955年(昭和30年)に愛知県立西尾実業高等学校(現・愛知県立鶴城丘高等学校)を卒業したのち、京都府宇治市で修業を積む。 抹茶は飲むだけでなく食用の時代が来ると感じた本田は3代目を継ぐと、製造主体体制から卸販売への転換を図る。1966年(昭和41年)3月に葵製茶有限会社を設立。
杉浦 正行(すぎうら まさゆき、1936年(昭和11年)11… 杉浦 正行(すぎうら まさゆき、1936年(昭和11年)11月24日 - )は、日本の政治家。愛知県安城市長(3期)、愛知県議会議員(4期)、安城市議会議員(2期)、桜井町議会議員(1期)などを歴任した。 愛知県碧海郡桜井町(現・安城市寺領町)生まれ。愛知県立安城農林高等学校卒業。家業の農業を継ぐも、2年目に地元の桜井農協に勤務。青年部に所属したことから大きな転機を迎える。杉浦のいた青年部は桜井町議会議員の擁立を目論むが、候補予定者に次々と断られる。そこで白羽の矢が立ったのが杉浦だった。1963年(昭和38年)、桜井町議選に初当選。 1967年(昭和42年)4月1日、桜井町は安城市に編入される。
多田 正見(ただ まさみ、1935年(昭和10年)10月27… 多田 正見(ただ まさみ、1935年(昭和10年)10月27日 - )は、日本の政治家。元東京都江戸川区長(任期:1999年4月27日 - 2019年)。 愛知県豊川市出身。早稲田大学第二政治経済学部卒業。 1956年、東京都に移住。江戸川区役所に入庁。区民部区民課長、政情報室長などを経て、1995年、江戸川区教育長に就任。 1999年4月の江戸川区長選挙に立候補し、宇田川芳雄前東京都議会議員を破り初当選した。4月27日、区長に就任。 2007年、江戸川区長3選、特別区長会会長に就任。2015年、江戸川区長5選。2019年4月26日、任期満了をもって5期20年にわたり務めてきた江戸川区長を引退。
大谷 忠雄(おおたに ただお、1935年9月19日 - 20… 大谷 忠雄(おおたに ただお、1935年9月19日 - 2009年9月27日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、愛知県議会議員(4期)を務めた。 愛知県名古屋市出身。中央大学経済学部卒業。1963年の総選挙に愛知1区から無所属で立候補するも落選。 1976年12月、水平豊彦県議(名古屋市昭和区選出)が第34回衆議院議員総選挙に旧愛知6区から出馬し初当選。その後継として1979年4月、愛知県議会議員選挙に自民党公認で出馬し初当選を果たした。また、水平の秘書を務めた。 1993年6月18日、衆議院が解散。同年6月30日、新生党の小沢一郎代表幹事から要請を受け、同党から出馬することを決意。7月1
近藤 豊(こんどう ゆたか、1935年7月15日 - )は、… 近藤 豊(こんどう ゆたか、1935年7月15日 - )は、日本の政治家、外務官僚。元衆議院議員(4期)。 愛知県豊川市出身。1957年、外交官領事官採用試験合格。1958年、東京外国語大学スペイン語科卒業。同年、外務省に入省。アルゼンチン、オランダ、韓国の日本大使館に勤務する。1978年に退官。 1979年の第35回総選挙に旧愛知5区から無所属(公明党・民社党・新自由クラブ・社民連推薦)で立候補して初当選。民社党との統一会派「国民連合」に加入した。以後、1980年の総選挙も、1983年の総選挙も無所属で立候補し当選を果たした。後に会派離脱した。 1986年6月の第38回総選挙では自民党公認で立候補し、落選。
新間 正次(しんま しょうじ、1934年〈昭和9年〉11月3… 新間 正次(しんま しょうじ、1934年〈昭和9年〉11月3日 - )は、日本のタレント、ラジオパーソナリティ、俳優、リポーター、元政治家、元参議院議員。元民社党愛知県連副委員長。愛称は「新間ちゃん」。 長男は教育芸人(教育エンターテイナー)の新間竹彦。新日本プロレス専務やスポーツ平和党幹事長を務めた新間寿は従兄弟で、父の弟の新間信雄の息子である。 愛知県蒲郡市出身(出生は豊橋市)。靴屋「早稲田堂」を経営する新間邦次の三男として生まれる。邦次はスパイクシューズを作っていた。1945年6月の豊橋空襲で靴屋と自宅が焼失したため、蒲郡へ移住した。愛知県立蒲郡高等学校卒業、高校時代は生徒会長を務めた。高校時代の先輩の勧めでNHK名古屋放送劇団に入団。
杉浦 正健(すぎうら せいけん、1934年〈昭和9年〉7月2… 杉浦 正健(すぎうら せいけん、1934年〈昭和9年〉7月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の元衆議院議員(6期)。法務大臣(第76代)、内閣官房副長官(政務担当、第2次小泉内閣・第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)などを歴任した。 1990年2月の総選挙で大規模な買収を行い、岡崎市議会議員13人が逮捕され、同7人が書類送検された(杉浦事件)。17人もの市議を入れ替える補欠選挙を引き起こし、市政を混乱に陥れるが、自身の立件は免れ、2005年には法務大臣として初入閣した。2023年まで小池百合子都知事の政治団体「百乃会」の代表および会計責任者を務めた。 愛知県矢作町大字東本郷(現・岡崎市東本郷町字荒井前)に生まれる。
永島 卓(ながしま たく、1934年(昭和9年)7月20日 … 永島 卓(ながしま たく、1934年(昭和9年)7月20日 - 2016年(平成28年)7月27日)は、日本の政治家、詩人。愛知県碧南市長(3期)。 愛知県碧南市生まれ。愛知県立碧南高等学校卒業後、結核に侵され、療養中に詩作を始めた。病気が治ったときに「楽に入れるところ」と碧南市役所の試験を受け、合格。1958年(昭和33年)に入庁。市役所勤務の傍ら、『現代詩手帖』『あんかるわ』『菊屋』などに詩を発表した。また、詩誌『碧南詩人』『反碧南文化』を編集。 経済環境部長や建設部長などを歴任し、中部電力碧南火力発電所(現・JERA碧南火力発電所)の誘致に関わった。1995年(平成7年)3月、市役所を総務部長で定年退職。
横江 金夫(よこえ かねお、1934年〈昭和9年〉6月22日… 横江 金夫(よこえ かねお、1934年〈昭和9年〉6月22日 - 2025年〈令和7年〉2月3日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)、元愛知県議会議員(4期)。 愛知県名古屋市出身。1958年、明治大学法学部卒業。 24歳で下之一色漁業協同組合に入り、4年間組合長を務める。1963年、愛知県議会議員選挙に名古屋市中川区選挙区から日本社会党公認で立候補し初当選した。以後4期務め、この間社会党愛知県本部書記長や副委員長を歴任した。 1983年の第37回衆議院議員総選挙で旧愛知6区から立候補して初当選。1985年11月にはジャパンライフからの献金を巡って中曽根康弘内閣総理大臣を追及した。
成瀬 守重(なるせ もりしげ、1933年2月6日 - 202… 成瀬 守重(なるせ もりしげ、1933年2月6日 - 2026年2月4日)は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。 愛知県岡崎市出身。1957年、早稲田大学政治経済学部卒業。世界救世教教育政治委員会委員長、常任理事、責任役員を務める。1980年、MOA常務理事、産業経済研究協会理事などを務める。1989年の第15回参議院議員通常選挙で比例区に自由民主党から立候補して初当選。2期務める。党内では清和政策研究会(三塚派→森派)に属した。2001年に引退。2003年、勲二等瑞宝章を受章。 2026年2月4日、老衰のため、岡崎市内の病院で死去した。92歳没。死没日付で正四位に叙された。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
福岡 宗也(ふくおか そうや、1932年10月 - 2000… 福岡 宗也(ふくおか そうや、1932年10月 - 2000年4月11日)は元衆議院議員(1期)。
庭瀬 健太郎(にわせ けんたろう、1932年(昭和7年)5月… 庭瀬 健太郎(にわせ けんたろう、1932年(昭和7年)5月6日 - 2016年(平成28年)1月27日)は、日本の政治家。愛知県常滑市長(2期)、常滑市議会議員(1期)。 庭瀬健児・ゆりの長男としてブラジルにて出生。母のゆりは哲学者の谷川徹三の妹。すなわち谷川俊太郎は庭瀬健太郎のいとこに当たる。 1952年(昭和27年)3月、愛知県立常滑高等学校卒業。常滑町役場に勤務。常滑高校事務職員を経て、1959年(昭和34年)3月、常滑市議会議員選挙に日本共産党公認で立候補し初当選した。在職中、その功労により全国市議会議長会表彰などを受けた。5選後の1978年(昭和53年)に辞職。 日本共産党を離党し、「幸せをすすめる市民の会」の支援を受けて1979年(昭和54年)4月の常滑市長選挙に立候補し初当選した。
水平 豊彦(みずひら とよひこ、1932年1月3日 - 19… 水平 豊彦(みずひら とよひこ、1932年1月3日 - 1986年6月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、内閣官房副長官、愛知県議会議員(5期)などを歴任。 愛知県愛知郡天白村(現在の名古屋市天白区)生まれ。愛知県立明和高等学校卒業。1958年(昭和33年)、名古屋工業大学建築科卒業。日本住宅公団勤務から早稲田柳右衛門の秘書となる。 1959年(昭和34年)、愛知県議会議員(名古屋市昭和区選出)に初当選。1974年(昭和49年)5月、最年少(42歳)にて県議会議長となる。 1976年(昭和51年)12月の第34回衆議院議員総選挙に、定数が3から4に増えた旧愛知6区から無所属で立候補。得票数4位で初当選した。
柴田 弘(しばた ひろし、1932年もしくは1933年 - … 柴田 弘(しばた ひろし、1932年もしくは1933年 - 2011年10月7日)は、日本の政治家。元公明党衆議院議員(4期)。
小沢和秋(おざわ かずあき、1931年〈昭和6年〉9月15日… 小沢和秋(おざわ かずあき、1931年〈昭和6年〉9月15日 - 2021年〈令和3年〉7月14日)は、日本の政治家。日本共産党所属。衆議院議員を4期務めた。 愛知県稲沢市出身。東京都立立川高校、東京大学法学部を卒業後、八幡製鐵(現・日本製鉄)に入社。1963年から福岡県議会議員を3期務めた後、1980年の衆院選で旧福岡2区から出馬し初当選。以後通算4期衆議院議員を務め2003年に引退を表明した。 2021年7月14日、福岡県北九州市内の高齢者施設で死去。89歳没。 1979年、第35回衆議院議員総選挙 福岡2区 落選。 1980年、第36回衆議院議員総選挙 福岡2区 当選。1983年、第37回衆議院議員総選挙 福岡2区 当選。
倉知 俊彦(くらち としひこ、1931年〈昭和6年〉7月7日… 倉知 俊彦(くらち としひこ、1931年〈昭和6年〉7月7日 - 2018年〈平成30年〉12月2日)は、日本の政治家。位階は正五位。勲等は旭日中綬章。豊田市名誉市民。 愛知県豊田市選挙区選出の愛知県議会議員(自由民主党所属、11期)。第67代愛知県議会議長、自由民主党愛知県支部連合会会長、幹事長、自由民主党愛知県議団団長などを歴任した。 1931年(昭和6年)愛知県豊田市に生まれる。愛知県立豊田西高等学校卒業後、愛知県職員や建設会社員を経て1971年(昭和46年)4月、愛知県議会議員選挙に初当選。 2003年(平成15年)12月20日、自民党愛知県連会長に就任。県議が会長に就任したのは同県連で初めて。
海部 俊樹(かいふ としき、1931年〈昭和6年〉1月2日 … 海部 俊樹(かいふ としき、1931年〈昭和6年〉1月2日 - 2022年〈令和4年〉1月9日)は、日本の政治家。位階は正二位、勲等は大勲位菊花大綬章(没後叙勲)。 衆議院議員(16期)、労働政務次官(第1次佐藤第2次改造内閣 - 第2次佐藤内閣)、内閣官房副長官(三木内閣)、自由民主党国会対策委員長(第21代)、文部大臣(第98・107代)、自由民主党総裁(第14代)、大蔵大臣(第95代)、内閣総理大臣(第76・77代)、新進党党首(初代)などを歴任した。 国際天文学連合(IAU)会長の海部宣男、2008年にノーベル物理学賞を受賞した小林誠の従兄である。 名古屋市東区七曲町(現・東区東桜一丁目)に生まれる。
角岡 与(つのおか あとお、1930年(昭和5年)8月6日 … 角岡 与(つのおか あとお、1930年(昭和5年)8月6日 - 2021年(令和3年)4月25日)は、愛知県碧海郡刈谷町(現・刈谷市)出身の政治家。愛知県刈谷市議会議員(1963年~1983年、5期)、刈谷市長(1983年~1995年、3期)。刈谷市名誉市民。 1930年(昭和5年)8月6日に愛知県碧海郡依佐美村野田東屋敷(現・刈谷市野田町)に生まれ、1943年(昭和18年)3月に依佐美村立野田国民学校(現・刈谷市立双葉小学校)を卒業した。1945年(昭和20年)刈谷中学校(現愛知県立刈谷高等学校)を中退した。 1963年(昭和38年)7月に32歳で刈谷市議会議員に初当選し、5期20年に渡って市議会議員を務めるとともに、刈谷市議会議長や東海議長会会長(1981年~)などを歴任した。
宮崎 秀樹(みやざき ひでき、1930年7月9日 - )は、… 宮崎 秀樹(みやざき ひでき、1930年7月9日 - )は、日本の医師・医学博士、政治家。元参議院議員、元自由民主党副幹事長。2004年から2006年まで日本医師会副会長を務めた。
中村 克巳(なかむら かつみ、1930年(昭和5年)3月2日… 中村 克巳(なかむら かつみ、1930年(昭和5年)3月2日 - 2000年(平成12年)2月5日)は、日本の政治家。愛知県常滑市長。業務上横領と受託収賄で逮捕され、2期で辞職した。 愛知県出身。愛知県商業学校(現・愛知県立愛知商業高等学校)卒業。1947年(昭和22年)、常滑町役場に奉職。同町は大野町、西浦町、鬼崎町、三和村と合併し1954年(昭和29年)4月に常滑市が誕生。常滑市役所にて市民病院事務局長、総務部長などを歴任。1979年(昭和54年)、助役に就任。 1987年(昭和62年)4月、常滑市長選挙に立候補し、現職の庭瀬健太郎を大差で破り初当選した。 1988年(昭和63年)3月、市の外郭団体「伊勢湾産業文化振興会」を設立。
山田 克己(やまだ かつみ、1929年7月7日 – 200… 山田 克己(やまだ かつみ、1929年7月7日 – 2000年9月28日)は、日本の政治家、教諭。元愛知県津島市長(3期)。 愛知県津島市出身。生家は歯科医。愛知県立津島中学校(現・愛知県立津島高等学校)卒業。1951年、岡崎高等師範学校卒業。愛知県立起工業高等学校教諭や愛知県立津島高等学校の教諭、教頭を務め、愛知県立美和高等学校校長などを歴任。 津島市長の井桁克の出納責任者が1987年4月の市長選で現金買収事件を起こし、1988年1月、有罪判決が確定。井桁は連座制の適用により当選が無効とされ、失職が決まる。しかし井桁は失職前に2月1日付で辞職し、すぐにやり直し選挙への出馬を表明した。井桁派の市議15人の多くは海部郡十四山村(現・弥富市)の吉川博参議院議員の家に頻繁に通い、指示を仰いだ。
鵜飼 一郎(うかい いちろう、1928年(昭和3年)12月2… 鵜飼 一郎(うかい いちろう、1928年(昭和3年)12月28日 - 2006年(平成18年)10月16日)は、日本の政治家。愛知県春日井市長(4期)。全国市長会副会長、東海市長会会長などを歴任。位階は正五位。旭日中綬章受章。 愛知県東春日井郡坂下町(現・春日井市)生まれ。愛知県明倫中学校(現・愛知県立明和高等学校)卒業。1944年(昭和19年)、旧坂下町役場に奉職。1958年(昭和33年)1月1日、春日井市は坂下町と高蔵寺町を編入。市長公室長、助役などを歴任。 1990年(平成2年)、春日井市長の鈴木義男が翌年の市長選不出馬を明らかにし、後継として鵜飼が立候補する意向を表明。同年10月、助役を辞任した。
加藤 正一(かとう まさいち、1928年(昭和3年)10月2… 加藤 正一(かとう まさいち、1928年(昭和3年)10月25日 - )は、日本の政治家。元愛知県豊田市長(3期)。 愛知県西加茂郡挙母町土橋(現・豊田市土橋町)に生まれる。父親は農業と大工を営んでいた。挙母尋常高等小学校(現・豊田市立童子山小学校)卒業。希望の予科練には入れず、農業の手伝いをしているときに終戦を迎える。挙母町立青年学校に入学。 土橋の区長に「役場で人が足りないから入らないか」と誘われ、学業のかわたら1947年(昭和22年)7月、挙母町役場に入所した。履歴書を持って行った翌日から農地委員会に配属された。課長以下5~6人で、地主の農地を小作人に払い下げる業務に当たった。「地主から単価いくらで買い取った覚えがない。
稲垣 実男(いながき じつお、旧字体: 稻垣 實男、1928… 稲垣 実男(いながき じつお、旧字体: 稻垣 實男、1928年〈昭和3年〉3月28日 - 2009年〈平成21年〉3月5日)は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、国務大臣北海道開発庁長官兼沖縄開発庁長官などを歴任。 愛知県幡豆郡一色町(現・西尾市)の仕出し料理屋「新黒」に生まれる。愛知県立西尾実業学校(現・愛知県立鶴城丘高等学校)、愛知県岡崎中学校特設科(現・愛知県立岡崎高等学校)卒業。 1947年4月、第23回衆議院議員総選挙に中垣国雄が旧愛知4区から立候補。このとき一色町出身の池田駒平県議から頼まれ、中垣の選挙を手伝う。「新生日本を築くのはこの人だ」と確信を深めた稲垣は1948年春に上京。
佐藤 昭夫(さとう あきお、1927年8月15日 - 200… 佐藤 昭夫(さとう あきお、1927年8月15日 - 2007年10月23日)は日本の教育者、政治家。元参議院議員(日本共産党公認、2期)。 愛知県名古屋市出身。京都大学理学部を卒業後、京都市立日吉ヶ丘高等学校教諭を務める傍ら、1958年京都教職員組合役員に就任。 1977年の参院選に京都府選挙区から立候補し初当選。1983年の参院選でも再選を果たすが、1989年の参院選で次点に終わる。 2007年10月23日、肺炎のため京都府宇治市の病院で死去。80歳。
大木 浩(おおき ひろし、1927年〈昭和2年〉6月30日 … 大木 浩(おおき ひろし、1927年〈昭和2年〉6月30日 - 2015年〈平成27年〉11月13日)は、日本の政治家、外交官。全国地球温暖化防止活動推進センター代表。位階は従三位。 環境大臣(第3代)、環境庁長官(第35代)、衆議院議員(1期)、参議院議員(3期)。 愛知県西春日井郡西枇杷島町(現清須市)出身。愛知県立第一中学校(現愛知県立旭丘高等学校)時代は岡井隆と同級生で仲が良かった。第八高等学校を経て、旧制松本高校文科卒業後、海軍兵学校(第76期)で終戦を迎え、東京大学法学部卒業。 1952年東大卒業後、外務省に入省した。ワシントン、ベオグラード、ジュネーブでの在外公館勤務。外務省欧亜局東西通商課長、欧亜局東欧第一課長、報道課長、官房総務参事官を経て、1978年官房審議官・多角的貿易交渉担当大使、1979年在ホノルル総領事。
塚本 三郎(つかもと さぶろう、1927年〈昭和2年〉4月2… 塚本 三郎(つかもと さぶろう、1927年〈昭和2年〉4月20日 - 2020年〈令和2年〉5月20日)は、日本の政治家。位階は正三位。 衆議院議員(通算10期)、民社党委員長(第5代)、書記長(第5代)などを歴任した。 愛知県名古屋市に製材所を営む家の三男として生まれる。旧制明倫中学校(現・愛知県立明和高等学校)から中央大学法学部に進み、中大では辞達学会(弁論部)で活動した。 中大卒業後まもなく運輸省で鉄道員として勤務、国鉄労働組合の結成にも関わり一時期本省への出向も経験した。運輸省退職後は家具製造卸業を営みつつ日本農民組合中央委員を歴任、1952年の総選挙・1953年の総選挙に無所属で19
朝見 政冨(あさみ まさとみ、1926年(大正15年)2月1… 朝見 政冨(あさみ まさとみ、1926年(大正15年)2月13日 - 2012年(平成24年)12月24日)は、昭和から平成時代の政治家。愛知県尾張旭市長。位階は正五位。勲四等瑞宝章。 愛知県出身。名古屋第一工学校卒業。1949年(昭和24年)春日井郡旭町に奉職し、1963年(昭和38年)収入役、1970年(昭和45年)市制施行、1971年(昭和46年)尾張旭市助役を経て、1985年(昭和60年)同市長に当選した。4期16年市長を務めた。 2002年秋の叙勲で勲四等瑞宝章を受章。2012年(平成24年)12月24日、心筋梗塞のため死去。死没日付をもって正五位に叙された。
仲谷 義明(なかや よしあき、1925年(大正14年)10月… 仲谷 義明(なかや よしあき、1925年(大正14年)10月27日 - 1988年(昭和63年)11月18日)は、日本の政治家、自治官僚。元愛知県知事(2期)。 愛知県渥美郡神戸村(現・田原市)で農業を営んでいた父親の仲谷清一は第一次世界大戦の好況にあおられ、田畑を売り、機屋(はたや)を始めた。ところがつぶれてしまい、夜逃げ同然で一家は名古屋市に出た。1925年10月27日、仲谷は名古屋市西区桜木町3丁目で出生した。父親は織機会社のあとミシン会社に勤め、やがて仲谷ミシン商会として独立した。 名古屋市立新道尋常小学校、愛知県立明倫中学校卒業。1945年3月、第四高等学校文科甲類卒業。同年4月、東京帝国大学法学部政治学科に入学。
佐橋 薫(さはし かおる、1925年(大正14年)6月28日… 佐橋 薫(さはし かおる、1925年(大正14年)6月28日 - 2015年(平成27年)4月28日)は、日本の政治家、実業家。愛知県小牧市長(4期)、愛知県議会議員(5期)。 愛知県小牧市生まれ。小学校3年生のとき、養鶏業を営んでいた父親を亡くす。新聞配達やおけ製造職人見習いなどを経て、1952年(昭和27年)6月、味岡木毛合資会社(現・佐橋工業株式会社)を設立した。愛知県青年団協議会の会長時代に青年会館建設に奔走。これがきっかけで政治の道に入り、1959年(昭和34年)の愛知県議会議員選挙に無所属で立候補するが次点で落選。1963年(昭和38年)4月、県議選に自民党公認で立候補し初当選。同年中京大学専科を中退。
中根 鎭夫(なかね しずお、1925年(大正14年)4月5日… 中根 鎭夫(なかね しずお、1925年(大正14年)4月5日 - 2018年(平成30年)1月3日)は、日本の政治家。岡崎市長(5期)、愛知県議会議員(2期)、岡崎市議会議員(4期)、岩津町議会議員(1期)、東海市長会長、全国市長会副会長などを歴任した。 愛知県額田郡常磐村大字大柳(現・岡崎市大柳町)に元常磐村長の大山巌の長男として生まれた。祖母の実家である奥殿村(現・岡崎市奥殿町)の中根八郎の養子となるも、8歳のときに養父を胃がんで亡くす。奥殿尋常高等小学校(現・岡崎市立奥殿小学校)、岩津農商学校(現・愛知県立岩津高等学校)卒業。愛知第二師範学校本科に入学するが、1944年(昭和19年)5月に特別甲種幹部候補生制度が導入されると、これに志願。
安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 … 安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 - 2009年11月11日)は、日本の弁護士、日本共産党員、政治家。衆議院議員(4期)。 愛知県名古屋市出身。1948年に京都大学法学部を卒業後、中部日本新聞社に入り記者となるが、1950年にレッドパージの対象者とされ退社し、日本共産党に入党する。1961年に弁護士を開業、東海労働弁護団代表幹事や総評弁護団代表幹事などを歴任するかたわら、四日市公害や大須事件の弁護団にも加わる。 1976年の衆議院議員選挙に日本共産党公認で旧愛知県第6区から立候補し初当選を果たし、1990年の落選まで衆議院議員を通算4期務めた。議員在職中は法務、決算の各委員のほか、共産党愛知県副委員長などを歴任した。
田辺 広雄(田邊 廣雄、たなべ ひろお、1925年1月15日… 田辺 広雄(田邊 廣雄、たなべ ひろお、1925年1月15日 - 1999年4月3日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、名古屋市会議員(5期)、守山市議会議員などを務めた。 愛知県名古屋市生まれ。父親は守山町長を務めた。関西学院大学専門学校政経科卒業後、家業の毛織物会社を継いだ。1955年、守山市議会議員に立候補し当選。1963年に守山市が名古屋市と合併した後は名古屋市会議員を5期務め、議長も務めた。 1983年の衆議院選挙と1986年の衆議院選挙に旧・愛知1区から立候補するが落選。自民党内では安倍派に所属し、竹下派の今枝敬雄と公認を争った。 1990年2月18日に行われた衆議院選挙に自民党の公認を得て立候補し初当選。
内田 喜久(うちだ よしひさ、1925年(大正14年)1月5… 内田 喜久(うちだ よしひさ、1925年(大正14年)1月5日 - )は、日本の政治家、新聞記者。愛知県岡崎市長(3期)、愛知県議会議員(2期)を歴任した。「喜久」を音読みして「きく」と読まれることも多い。 長男の内田康宏を擁立した1980年6月の衆院選で、検挙者128人(うち逮捕者55人)におよぶ空前の選挙違反事件を引き起こした。愛知県警が解明しただけでも計4,424万円の現金をばらまき、自身のほか、県議1人、岡崎市議25人、安城市議7人、幸田町議6人、旧額田町議4人が逮捕された。長年にわたる土建業者との癒着も暴かれ、同年8月、収賄容疑で再逮捕された。 愛知県岩津村井ノ口(現・岡崎市井ノ口町字楼)に、農業を営む父:内田松太郎、母:かまの三男として生まれる。
石井 信弘(いしい のぶひろ、1924年〈大正13年〉7月4… 石井 信弘(いしい のぶひろ、1924年〈大正13年〉7月4日 - 1987年〈昭和62年〉2月4日)は、昭和時代の政治家。愛知県尾西市長。 名古屋市出身。1942年(昭和17年)愛知工業学校卒業。 同校卒業後、名古屋鉄道管理局に入る。のち中島郡起町役場に転じ、市制施行で尾西市役所に移る。1977年(昭和52年)助役を経て、1981年(昭和56年)尾西市長に当選。同年7月に就任し、2期目在任中に死去した。
村田 敬次郎(むらた けいじろう、1924年〈大正13年〉2… 村田 敬次郎(むらた けいじろう、1924年〈大正13年〉2月12日 - 2003年〈平成15年〉4月2日)は、日本の政治家、自治官僚。位階は正三位。 自由民主党衆議院議員(10期)、通商産業大臣(第44代)、自治大臣(第43代)、国家公安委員会委員長(第53代)などを歴任した。 愛知県豊橋市出身。愛知県豊橋中学校(現・愛知県立時習館高等学校)卒業。旧制第三高等学校に進み、1949年(昭和24年)、京都帝国大学法学部卒業。同年、自治省に入省。愛知県建設部長などを務めた。 1969年(昭和44年)4月、地元政財界から衆院選出馬を促され、県庁を辞職。同年12月の第32回衆議院議員総選挙に旧愛知5区から立候補し初当選を果たした(当選同期に小沢一郎・羽田孜・梶山静六・奥田敬和・林義郎・渡部恒三・綿貫民輔・松永光・江藤隆美・中山正暉・浜田幸一など)。
野々山 一三(ののやま いちぞう、1923年(大正12年)9… 野々山 一三(ののやま いちぞう、1923年(大正12年)9月24日 - 2013年(平成25年)1月19日)は、日本の労働運動家、政治家。参議院議員(2期)。 愛知県碧海郡富士松村(現・刈谷市井ケ谷町)の小作農の家に生まれる。高等小学校卒業後、国有鉄道米原機関区に就職した。1942年に日本国有鉄道名古屋鉄道教習所を卒業し、20歳で一人前の機関士となった。 召集され、1944年1月、フィリピン群島に送られる。同年夏、上陸用舟艇の艇長としてルソン島に転進。マニラ郊外に上陸後捕虜となる。1945年12月8日に輸送船に乗り、呉海兵団基地に帰還した。野々山の部隊は約960名編成されていたが、生存者はわずか20数名であった。
高橋 アキラ(たかはし あきら、本名:高橋 燎(あきら)、1… 高橋 アキラ(たかはし あきら、本名:高橋 燎(あきら)、1923年8月23日 - 2007年1月8日)は、日本の政治家。豊橋市長(4期)、愛知県議会議員(3期)、同議長(第62代)、豊橋市議会議員(2期)。 愛知県豊橋市菰口町出身。1941年(昭和16年)愛知県豊橋中学校(現・愛知県立時習館高等学校)卒業。1943年(昭和18年)12月、学徒出陣。1947年(昭和22年)3月、早稲田大学法学部卒業。同年10月、大同製鋼株式会社入社。1948年5月、有限会社高橋製糸場入社。 1963年(昭和38年)4月30日に行われた豊橋市議会議員に無所属で立候補し、トップで初当選を果たした。1967年の市議選は自由民主党公認で立候補し再選。
吉川 博(よしかわ ひろし、1923年5月18日 - 200… 吉川 博(よしかわ ひろし、1923年5月18日 - 2008年7月2日)は、日本の政治家。 愛知県海部郡十四山村長(4期)、愛知県議会議員(4期)、参議院議員(2期)、農林水産政務次官、参議院農林水産委員長などを歴任。地元では「水の神様」と呼ばれた。 愛知県海部郡十四山村(現弥富市)出身。祖父も父親も十四山村議会議員だった。1941年(昭和16年)3月、愛知県立津島中学校(現愛知県立津島高等学校)を卒業。その後、東京第三師範学校(現東京学芸大学)を卒業。 戦後、十四山村議会議員を務め、1949年(昭和24年)に十四山村長に初当選し、4期務めた。1965年(昭和40年)に、愛知学芸大学名古屋分校4年課程設置の陳情を行った。
青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29… 青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29日 - 2016年(平成28年)1月27日)は、日本の経済学者、政治家。サラリーマン新党代表。元参議院議員。妻は生活経済評論家の青木淑子。次女はノンフィクション作家の青樹明子(1955年7月5日 - )。長男はテレビ朝日プロデューサーの青木吾朗(1958年12月21日 - )。
青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29… 青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29日 - 2016年(平成28年)1月27日)は、日本の経済学者、政治家、参議院議員(1期)、サラリーマン新党代表。妻は生活経済評論家の青木淑子。次女はノンフィクション作家の青樹明子(1955年7月5日 - )。長男はテレビ朝日プロデューサーの青木吾朗(1958年12月21日 - 2022年8月21日)、その妻はテレビ朝日元アナウンサーの坪内純子。 愛知県豊橋市生まれ。東京帝国大学経済学部卒業。愛知教育大学教授、大妻女子大学教授を歴任。 1980年(昭和55年)の第12回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で立候補したが落選した。1983年(昭和58年)5月8日、サラリーマン新党を結成し、代表となる。
渡辺 武三(わたなべ たけぞう、1922年10月10日 - … 渡辺 武三(わたなべ たけぞう、1922年10月10日 - 1982年4月23日)は、日本の政治家、労働運動家。民社党の衆議院議員(5期)。 愛知県碧海郡依佐美村(現・刈谷市小垣江町)の三州瓦を扱う商家に生まれる。11歳のときに父親を亡くす。1937年、高等小学校を卒業。1938年、豊田自動車工業株式会社に就職。1943年、豊田工科青年学校(現・トヨタ工業学園)を卒業。 徴兵され、中国大陸各地を転戦した。1946年、復員。1948年3月に全日本自動車産業労働組合が結成されると、同組合東海文部の法規対策部長に就任。1955年から挙母市(現・豊田市)議会議員を1期務めた。 1966年9月から1969年8月までトヨタ自工労働組合委員長を務めた。
岡本 辰巳(おかもと たつみ、1921年2月19日 - 20… 岡本 辰巳(おかもと たつみ、1921年2月19日 - 2008年2月29日)は、日本の政治家。愛知県議会議員(7回、1971年-1999年)、愛知県議会議長(1984年-1985年)、刈谷市議会議員(4回、1955年-1971年)、自由民主党愛知県連幹事長(1985年-1989年)などを歴任。 1921年(大正10年)2月19日に愛知県碧海郡富士松村(現・刈谷市泉田町)に生まれた。富士松村立尋常高等小学校を卒業すると、1951年(昭和26年)4月に30歳で富士松村会議員に初当選した。1955年(昭和30年)4月に富士松村が刈谷市に合併された際には刈谷市議会特別委員となり、1955年(昭和30年)7月に刈谷市議会議員に初当選した。
崔 慶禄(チェ・ギョンノク、최경록、1920年9月21日 -… 崔 慶禄(チェ・ギョンノク、최경록、1920年9月21日 - 2002年9月2日)は、大韓民国の軍人、外交官、政治家。本貫は慶州崔氏。創氏改名時の日本名は新田慶吉。 5・16軍事クーデター当時は朴正煕の直属の上官であり、第四共和国期に22代交通部長官、第五共和国期には国会議員を経て7代駐日大使を務めた。 1920年9月、日本統治時代の忠清北道陰城郡に生まれる。陰城三成普通学校を卒業した後、内地に留学し豊橋中学校で学んだ。 1938年、日本陸軍に志願(志願兵1期)。1939年12月、陸軍兵志願者訓練所を修了して歩兵第79連隊に配属。同世代の中で最も優秀な成績であり、下士官候補生に選ばれた。そこで中隊長の松田靖彦大尉に目をかけられ、彼の推薦で陸軍士官学校の試験にも合格したほか、1942年秋、汝威島での演習中に引き合わされた小野武雄中佐に薫陶を受ける。
岩月 収二(いわつき しゅうじ、1918年(大正7年)1月1… 岩月 収二(いわつき しゅうじ、1918年(大正7年)1月15日 - 2005年(平成17年)9月7日)は、日本の政治家。元愛知県安城市長(3期)。位階は従五位。 愛知県安城町(現・安城市)出身。安城町立青年学校を経て、1938年(昭和13年)3月に満州国公主嶺陸軍航空隊第七教育隊に入隊。1941年(昭和16年)3月、陸軍航空技術学校卒業。1944年(昭和19年)7月、少尉候補者試験に合格。 1946年(昭和21年)、安城町役場に奉職。1958年(昭和33年)、自治大学校卒業。総務部長時代、東海道新幹線建設に先立って用地買収に奔走した。1969年(昭和44年)5月、助役に就任。 1979年(昭和54年)の安城市長選に向けて、「市長選はしこりが残るような争いをしない方がいい」と考えた杉浦正行県議が中心となり、候補者擁立を目的とする団体「住みよい安城をつくる市民の会」が作られる。