田中 雅臣(たなか まさおみ、1983年1月19日 - )は… 田中 雅臣(たなか まさおみ、1983年1月19日 - )は、日本の天文学者。専門は、赤外線天文学、多波長天文学、超新星爆発、輻射輸送。博士(理学) (東京大学、2009年)。2018年現在、東北大学大学院理学研究科宇宙地球物理学科・天文学専攻准教授。愛知県生まれ。
愛知県:60人
田中 雅臣(たなか まさおみ、1983年1月19日 - )は… 田中 雅臣(たなか まさおみ、1983年1月19日 - )は、日本の天文学者。専門は、赤外線天文学、多波長天文学、超新星爆発、輻射輸送。博士(理学) (東京大学、2009年)。2018年現在、東北大学大学院理学研究科宇宙地球物理学科・天文学専攻准教授。愛知県生まれ。
斎藤 理生(さいとう まさお、1975年6月5日 - )は、… 斎藤 理生(さいとう まさお、1975年6月5日 - )は、日本の国文学者。学位は、文学博士(大阪大学・課程博士・2004年)。大阪大学大学院人文学研究科教授。太宰治・織田作之助の小説を専門に研究しつつ、日本の近現代小説全般を研究している。
戸谷 友則(とたに とものり、1971年11月17日 - )… 戸谷 友則(とたに とものり、1971年11月17日 - )は、日本の天文学者。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻教授。専門は、宇宙論、銀河の形成、高エネルギー天体物理学。 愛知県名古屋市生まれ。1990年3月、千葉県立東葛飾高等学校卒業。1994年3月、東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻進学。大学院での指導教官は佐藤勝彦。1996年4月、日本学術振興会特別研究員。1998年9月、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、博士(理学)の学位を取得。 1999年1月、文部省国立天文台(現・自然科学研究機構国立天文台)理論天文学研究系助手。2001年8月、プリンストン大学天文学教室客員研究員。
今井 裕(いまい ひろし、1971年8月5日 - )は、日本… 今井 裕(いまい ひろし、1971年8月5日 - )は、日本の天文学者。博士(理学)。鹿児島大学理学部准教授。専門は電波天文学、特に超長基線電波干渉計(VLBI)観測を得意とする。宇宙噴水W43Aの研究で名前を知られる。 愛知県出身。愛知県立千種高等学校を経て東北大学理学部天文及び地球物理学科第一卒業。同大大学院理学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、ヨーロッパVLBI共同研究機構(JIVE)研究員を経て、鹿児島大学理学部准教授。 1999年、東北大学より博士(理学)の学位を取得、学位論文は 「Internal Motions and Fine Structure of Astronomical Masers: Application to Stellar Astrophysics and High Precision Astrometry(天体メーザーの内部運動と微細構造: 恒星物理学及び高精度天体位置計測学への応用)」。
竹内 康浩(たけうち やすひろ、1965年 - )は、日本の… 竹内 康浩(たけうち やすひろ、1965年 - )は、日本の米文学者。北海道大学大学院教授。 愛知県出身。愛知県立半田高校卒業、東京大学文学部英文科卒業。朝日新聞記者を経て、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学助手、一橋大学助教授、奈良女子大学助教授を経て現職。専門は19・20世紀のアメリカ文学。2019年、『マークX 誰がハック・フィンの父親を殺したか』(2015年に刊行した『謎とき「ハックルベリーフィンの冒険」』を基に英語で書き下ろしたもの)にて、日本人としては初めてエドガー賞評論・評伝部門の候補作に選ばれた。2022年、朴舜起との共著による『謎ときサリンジャー:「自殺」したのは誰なのか』で小林秀雄賞を受賞。
舌津 智之(ぜっつ ともゆき、1964年 - )は、日本のア… 舌津 智之(ぜっつ ともゆき、1964年 - )は、日本のアメリカ文学者。立教大学教授。 愛知県名古屋市生まれ。父は名古屋市立大学教授(英語学)の舌津清。愛知県立千種高等学校卒、1987年東京大学文学部英文科卒、同大学院博士課程中退。1998年テキサス大学オースティン校で文学博士(テネシー・ウィリアムズ)。1994年東京学芸大学教育学部専任講師、1997年助教授、2006年立教大学文学部教授。ジェンダー論が専門。
森川 龍志(もりかわ りゅうし、1964年 - )は、愛知県… 森川 龍志(もりかわ りゅうし、1964年 - )は、愛知県在住の詩人・フランス文学者である。 研究対象はジュリアン・グラックやアンリ・ボスコ(英語版)など。詩集に『バルカロオレ』(1991年)など。
旦 敬介(だん けいすけ、1959年11月5日 - )は、日… 旦 敬介(だん けいすけ、1959年11月5日 - )は、日本のラテンアメリカ文学者、作家、翻訳家。明治大学国際日本学部教授。前妻はウガンダ出身であり、お笑いコンビ・コロナクラウンのリロイ太郎は息子。 名古屋市生まれ、東京都育ち、10歳の頃はロンドンで過ごす。1983年東京大学教養学部フランス科卒。1984年よりメキシコシティに留学。1986年同大学院総合文化研究科地域文化研究修士課程中退。この頃、港千尋、管啓次郎、赤間啓之、今福龍太らとともに同人誌「MÉLI-MÉLO」(発行:オフィス・エキノクシアル、発売:七月堂)に参加する。英語、スペイン語、ポルトガル語の翻訳家の傍ら、「BRUTUS」「エスクァイア」などの雑誌でトラベル・ライターとして活動する。
尾関 直子(おぜき なおこ、1954年 - )は、日本の英文… 尾関 直子(おぜき なおこ、1954年 - )は、日本の英文学者。明治大学国際日本学部教授。Ph.D。専門は応用言語学、英語教育。 愛知県名古屋市出身。1976年慶應義塾大学文学部卒業。1986年セント・マイケルズ大学院修士課程修了。2000年ペンシルベニア州立インディアナ大学にて博士号取得。 大東文化大学国際関係学部助教授を経て、2004年明治大学経営学部教授。2008年より同大学国際日本学部教授。
藤森 かよこ(ふじもり かよこ、1953年 - )は、日本の… 藤森 かよこ(ふじもり かよこ、1953年 - )は、日本の英米文学者、政治学者。アイン・ランド研究の第一人者として知られる。リバタリアン、フェミニスト。福山市立大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身[要出典]。南山大学文学部英文科卒業[要出典]、同大学院文学研究科博士課程満期退学。1986年岐阜市立女子短期大学講師、1988年金城学院大学短期大学部講師、助教授、1996年桃山学院大学助教授、教授、2011年福山市立大学教授、2017年退職[要出典]、名誉教授。47歳の時に英米文学からアイン・ランド研究に転向した。夫は藤森清・金城学院大学教授(日本近代文学)。 藤森清(ふじもり きよし、1953年- )。
稲垣 直樹(いながき なおき、1951年8月 - )は、フラ… 稲垣 直樹(いながき なおき、1951年8月 - )は、フランス文学者、京都大学人間・環境学研究科教授。
宇佐見 太市(うさみ たいち、1950年2月 - )は、日本… 宇佐見 太市(うさみ たいち、1950年2月 - )は、日本の英文学者。 愛知県一宮市出身。関西大学外国語学部の初代学部長。関西大学外国語教育研究機構長、大学院外国語教育学研究科長、学校法人関西大学評議員等を歴任。 日本英語コミュニケーション学会理事、日本ブロンテ協会理事、日本ジョージ・エリオット協会理事、公益財団法人朝日ウッドテック財団理事。 1968年、大阪府立清水谷高等学校卒業。1974年、奈良教育大学教育学部文科英語専攻卒業。1976年、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程英語教育専攻修了。1979年、関西大学大学院文学研究科博士課程後期課程英文学専攻満期退学。1978年、常磐会短期大学専任講師。
小林 賢章(こばやし たかあき、1949年 - )は、日本の… 小林 賢章(こばやし たかあき、1949年 - )は、日本の国文学者、元同志社女子大学教授。 名古屋市生まれ。1972年愛知県立大学文学部国文科卒、1974年大阪大学大学院修士課程修了。帝塚山短期大学講師、同志社女子大学助教授、同表象文化学部教授。2020年特任教授。2022年退職。専門は日本の中古~中世文学、軍記物。
瀬尾 育生(せお いくお、1948年11月16日 - )は、… 瀬尾 育生(せお いくお、1948年11月16日 - )は、日本の詩人、ドイツ文学者。東京都立大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1973年、東京大学文学部独文科卒業。東京大学大学院人文科学研究科独文科修士課程修了。1991年、湾岸戦争の際に藤井貞和と論争を行った。1996年、詩集『Deep purple』で第26回高見順賞を受賞。2006年、『戦争詩論 1910-1945』で第15回やまなし文学賞を受賞。2010年、稲川方人との共著『詩的間伐―対話2002-2009』で第1回鮎川信夫賞受賞。文芸評論家の神山睦美、詩人の福間健二などとGENIUSの会をつくり、ガリ版刷GIPを発行した。名古屋工業大学助教授、旧・東京都立大学教授、首都大学東京教授を経て、同名誉教授。
出口 修至(でぐち しゅうじ、1948年2月7日 - )は、… 出口 修至(でぐち しゅうじ、1948年2月7日 - )は、日本の天文学者。理学博士。国立天文台野辺山宇宙電波観測所准教授。専門は電波天文学、メーザー理論。 愛知県知多市出身。京都大学理学部宇宙物理学科卒。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。大学院では海野和三郎に師事し、博士号取得後渡米。カリフォルニア工科大学、マサチューセッツ大学の研究員、イリノイ大学の客員助教授を経て、国立天文台野辺山宇宙電波観測所准教授。野辺山45m電波望遠鏡を用いた、一酸化珪素メーザー探査プロジェクトの主宰者として世界的に名前を知られている。査読学術論文の総被引用回数は1500回を越える。
小山 勝二(こやま かつじ、1945年4月27日 - )は、… 小山 勝二(こやま かつじ、1945年4月27日 - )は、日本の物理学者(宇宙物理学)・天文学者。理学博士(京都大学・1976年)。京都大学名誉教授。京都大学特任教授。21世紀COEプログラム「物理学の多様性と普遍性の探求拠点」拠点リーダー。2004年紫綬褒章受章、2018年瑞宝中綬章受章。愛知県西尾市出身。 『はくちょう』プロジェクトでは、観測結果から中性子星の状態解明に成功した。『てんま』プロジェクトでは、世界最高の波長分解能を持つ蛍光比例計数管の開発の中心となった。『ぎんが』プロジェクトでは、大受光面積比例計数管を開発し、銀河中心の高温プラズマ発見に寄与した。『あすか』プロジェクトでは、位置検出型蛍光比例計数管の開発を進め、X線反射星雲の発見に繋げた。
丹羽 隆昭(にわ たかあき、1944年10月5日 - )は、… 丹羽 隆昭(にわ たかあき、1944年10月5日 - )は、日本のアメリカ文学者。文学博士(京都大学・2001年)。京都大学名誉教授。関西外国語大学教授。 名古屋市生まれ。1967年南山大学文学部英文科卒、1972年京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1977年インディアナ大学大学院修士課程修了。南山大学助教授、京都大学総合人間学部助教授、人間・環境学研究科教授。2001年「恐怖の自画像 ホーソーンと「許されざる罪」」で京都大学より博士(文学)の学位を取得。2008年定年退任、名誉教授、関西外国語大学教授。
鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )… 鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )は、日本の文学研究者、フランス文学者、文芸評論家、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。紀行作家、写真家、詩人としても活躍。 愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部仏文科卒。1972年、倉橋健一、清水昶、藤井貞和、佐々木幹郎、米村敏人とともに、詩誌「白鯨」を創刊。1991年、アルチュール・ランボー没後100年に、写真家の大島洋とともにランボー紀行を行ない、イエメンのアデン、エジプトのカイロ、キプロスのラルナカ等を歴訪。翌年、四谷三丁目のギャラリー「モール」で写真展「ランボーのスティーマー・ポイント」を開催。同年、同題の本を集英社から刊行。同年、渋谷パルコで粟津則雄、渋沢孝輔、島田雅彦、瀬尾育生とともに、シンポジウム「ランボー101年」を開催。
滝藤 満義(たきとう みつよし、1944年2月1日 - )は… 滝藤 満義(たきとう みつよし、1944年2月1日 - )は、日本の日本近代文学者、千葉大学名誉教授。 愛知県中島郡萩原村町(現一宮市)生まれ。愛知県立一宮高等学校卒、1966年名古屋大学文学部国文科卒、1973年同大学院博士課程中退、東京大学文学部助手、1976年横浜国立大学教育学部講師、1978年助教授、1989年教授。1995年千葉大学文学部・人文科学研究科教授。2009年定年退官、名誉教授となる。
宇佐美 斉(うさみ ひとし、1942年9月15日 - )は、… 宇佐美 斉(うさみ ひとし、1942年9月15日 - )は、日本のフランス文学者。京都大学名誉教授。専門はランボーなどのフランス詩だが、日本の詩についても論じる。 愛知県名古屋市出身。1961年愛知県立旭丘高等学校卒業。1965年京都大学文学部仏文科卒。1967年同大学院修士課程修了、関西学院大学文学部助手、専任講師、助教授を経て、1980年京都大学人文科学研究所助教授。1990年、『落日論』で和辻哲郎文化賞受賞。1993年教授、2006年定年退職し名誉教授。
丹羽 隆子(にわ たかこ、1942年 - )は、日本の英文学… 丹羽 隆子(にわ たかこ、1942年 - )は、日本の英文学者、東京海洋大学名誉教授。 名古屋市生まれ。中央大学修士課程修了。1971年、東京外国語大学修士課程修了。東京商船大学助教授、教授、東京海洋大学教授、2006年、定年退任、名誉教授。専門は英文学、ギリシア古典文学。
松本 敏雄(まつもと としお、1941年 - )は、日本の天… 松本 敏雄(まつもと としお、1941年 - )は、日本の天文学者。宇宙航空研究開発機構名誉教授。
中島 賢二(なかじま けんじ、1941年 - 2009年4月… 中島 賢二(なかじま けんじ、1941年 - 2009年4月8日)は、日本の英文学者、翻訳家。 愛知県豊橋市生まれ。1964年東京大学教養学部卒。1969年名古屋工業大学講師、助教授、教授、1995年退職し翻訳に専念する。 ジョージ・オーウェルを研究していたが、退職後は『虚栄の市』など19世紀英文学の大作を新訳、黒岩涙香-江戸川乱歩『幽霊塔』の原典『灰色の女』も訳したが、最後の訳書となった『真昼の暗黒』は、病状が進み刊行前に死去した。
渥美 育子(あつみ いくこ、1940年 - )は、日本の詩人… 渥美 育子(あつみ いくこ、1940年 - )は、日本の詩人、アメリカ文学者、実業家。 愛知県名古屋市出身。父は名古屋市で区長や教育長を務めた渥美善三、母は愛知県立大学教授を務めた渥美かをる。 青山学院大学文学部英米文学科卒業後留学し、ブリティッシュ・コロンビア大学、アイオワ大学創作科に学び、ラドクリフ・カレッジ、ハーヴァード大学研究生、1976-82年青山学院大学助教授。『フェミニスト』編集長。その後渡米しジャパニーズ・センターを設立。のち帰国し、グローバル教育研究所理事長。 1970年代には日本女性学会立ち上げにも参画したフェミニストであったが、帰国後は倫理法人会とつながりのある日本母親連盟の理事長を務めるなど、反動保守的スタンスをとるようになっている。
鏡味 国彦(かがみ くにひこ、1938年8月 - )は、日本… 鏡味 国彦(かがみ くにひこ、1938年8月 - )は、日本の英文学・比較文学者。学位は、文学博士(立正大学・1987年)(学位論文「ジェイムズ・ジョイスと日本の文壇 -昭和初期を中心として」)。立正大学名誉教授。 名古屋市生まれ。愛知県立昭和高等学校、国際短期大学から立正大学に編入し卒業、1964年立正大学大学院英文科修士課程修了。1968年立正大大学院博士課程単位取得満期退学。立正大助手、助教授、教授、1987年学位論文「ジェイムズ・ジョイスと日本の文壇 -昭和初期を中心として」で立正大学より文学博士の学位を取得。2003年定年退任、名誉教授。
奥田 治之(おくだ はるゆき、1935年 - )は、日本の天… 奥田 治之(おくだ はるゆき、1935年 - )は、日本の天文学者。宇宙科学研究所名誉教授。 愛知県出身。1954年滝実業高等学校卒業。1963年名古屋大学大学院博士課程修了。大学院では早川幸男に師事した。同年名古屋大学理学部助手、1967年京都大学理学部物理学科宇宙線研究室助教授となり、同教室内に赤外線天文学グループを開いた。1981年宇宙科学研究所教授に就任し、同研究所において宇宙空間からの赤外線による天体観測を推し進めた。1999年宇宙科学研究所名誉教授、その後2006年まで群馬県立ぐんま天文台副台長。2020年、瑞宝中綬章受章。 奥田の弟子には佐藤修二、舞原俊憲、中川貴雄らがいる。田村元秀は奥田の孫弟子にあたる。
谷口 巌(たにぐち いわお、1933年9月15日 – 201… 谷口 巌(たにぐち いわお、1933年9月15日 – 2015年8月28日)は、日本の国文学者。南京事件研究家。愛知教育大学名誉教授。 愛知県東春日井郡旭町(現・尾張旭市)生まれ。旧制愛知一中(現・愛知県立旭丘高等学校)を経て、新制の愛知県立瀬戸高等学校卒業後、1958年東京大学文学部フランス文学科卒業。1960年同大学院文学研究科前期博士課程修了(国文学)専攻。同年、函館ラ・サール高等学校教諭、1966年北海道教育大学講師、1970年愛知教育大学助教授、1975年同大学教授、1997年より現職。晩年、愛知県瀬戸市苗場町で暮らした。2015年8月28日、呼吸不全のため81歳で死去。
子安 美知子(こやす みちこ、1933年9月5日 - 201… 子安 美知子(こやす みちこ、1933年9月5日 - 2017年7月2日)は、日本のドイツ文学者、ドイツ語翻訳者。早稲田大学名誉教授。正五位。 ドイツの神秘家・教育者ルドルフ・シュタイナーの思想である人智学(アントロポゾフィー)と教育実践であるシュタイナー教育(ヴァルドルフ教育)を日本に紹介した。2004年3月まで早稲田大学語学教育研究所教授。 朝鮮・京城生まれ。父は経済学者の森谷克己。敗戦で引き揚げ、父の郷里である岡山県上房郡上水田村に落ち着く。その後、朝鮮から引き揚げた大学教員たちが学校を作るというので、愛知県豊橋市に転居。父は愛知大学に勤務。子安は豊橋市立高等女学校で学び、その後愛知県立豊橋時習館高等学校で学ぶ。
堀田 郷弘(ほった さとひろ、1933年 - 2016年)は… 堀田 郷弘(ほった さとひろ、1933年 - 2016年)は、日本のフランス文学者・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 名古屋市生まれ。南山大学卒。片岡美智に師事。1962年早稲田大学大学院博士課程満期退学。城西大学経済学部助教授、早稲田大学人間科学部教授。2004年定年退任。 アンドレ・マルローを研究した。
福田 秀一(ふくだ ひでいち、1932年11月19日 - 2… 福田 秀一(ふくだ ひでいち、1932年11月19日 - 2006年4月23日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(論文博士・1975年)(学位論文「中世和歌史の基礎的研究」)。愛知県名古屋市出身。 愛知県名古屋市出身。生理学者の福田邦三は父。言語学者の田村すず子は妹。1945年に東京都立第一中学校を卒業し、旧制武蔵高等学校に入学した。1951年に旧制武蔵高校を卒業し、東京大学教養学部理科に入学した。1955年に文学部国文科を卒業し、1960年に東京大学大学院を満期退学した。1975年に「中世和歌史の基礎的研究」で文学博士を授与された。 成城大学助教授を経て、1970年に武蔵大学人文学部助教授となった。
室伏 信助(むろふし しんすけ、1932年7月3日 - 20… 室伏 信助(むろふし しんすけ、1932年7月3日 - 2021年9月30日)は、日本の国文学者。跡見学園女子大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1955年國學院大學文学部文学科卒業。1960年國學院大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1965年跡見学園女子大学専任講師、1971年同助教授、1976年同教授。1993年、跡見学園女子大学名誉教授、東京女子大学文理学部教授。1996年『王朝物語史の研究』で、國學院大学より文学博士の学位を取得、角川源義賞を受賞。2001年、東京女子大学定年退任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
青山 誠子(あおやま せいこ、1931年12月20日-202… 青山 誠子(あおやま せいこ、1931年12月20日-2022年8月30日)は、日本の英文学者。シェイクスピア、シャーロット・ブロンテなどが専門。青山学院大学名誉教授。 名古屋市生まれ。旧姓・白井。西洋史学者・青山吉信と結婚。1954年名古屋大学文学部英文科卒業。1956年東京大学大学院修士課程修了。1962年共立女子短期大学講師、助教授、1972年教授、1979年フェリス女学院大学教授、1983-85年図書館長、1987年青山学院大学教授、2000年定年退職、名誉教授。 訃報と追悼文2点がShakespeare Newsletter vol.62, No.2, 日本シェイクスピア協会、2023年3月発行に掲載。
阿部 幸子(あべ ゆきこ、1931年〈昭和6年〉7月22日 … 阿部 幸子(あべ ゆきこ、1931年〈昭和6年〉7月22日 - 1992年〈平成4年〉12月8日)は、日本の英文学者。夫はイタリア文学者の阿部史郎。 愛知県名古屋市生まれ。専門学校卒業後、南山大学英文科へ学士入学、1955年名古屋大学大学院修士課程修了、1958年京都大学大学院英文学専攻博士課程満期退学。 光華女子短期大学助教授、ノートルダム女子大学助教授、大谷大学助教授、ドイツへ留学の後、1969年学園紛争のため辞職。京都工芸繊維大学助教授、1973年教授、1989年岡山大学教育学部教授。赴任後程なく、肝臓癌に冒されていることが分かり闘病ののち、61歳で死去。
石黒 英男(いしぐろ ひでお、1931年 - 2010年3月… 石黒 英男(いしぐろ ひでお、1931年 - 2010年3月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。中央大学名誉教授。 名古屋市生まれ。1954年名古屋大学文学部独文科卒業。1955年同研究生、1957年6月名城大学商学部専任講師、1963年1月日本大学理工学部専任講師、1966年中央大学商学部専任講師、1968年助教授、1973年教授、1994-1997年同人文科学研究所所長、2002年定年、名誉教授。 『新日本文学』などに拠り、左翼的立場からドイツ演劇を研究した。
尾崎 賢治(おざき けんじ、1930年3月26日 - 198… 尾崎 賢治(おざき けんじ、1930年3月26日 - 1984年8月12日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。本名は尾崎鑒治。 愛知県刈谷市生まれ。1955年上智大学大学院独文科修士課程修了、上智大学文学部助教授、教授。54歳で死去した。専門はドイツ近代演劇だが、ドイツの児童文学、山岳書などを多く翻訳した。
三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 201… 三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 2018年12月15日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。元明治大学教授。 愛知県名古屋市生まれ。1953年東京大学文学部仏文科卒。國學院大學講師などを経て、1966年に明治大学講師となり、1973年以降助教授、のち教授を2001年まで務めた。 モーリス・ブランショ『死の宣告』、ナタリー・サロート『見知らぬ男の肖像』、マルグリット・デュラス『ジブラルタルの水夫』といった前衛フランス文学のほか、ジョルジュ・シムノン、ジュール・ヴェルヌ、ジェラール・ド・ヴィリエなどの娯楽小説も多く訳した。1963年『内面の都市』で文藝賞佳作となったこともある。日本近代文学などの文芸批評もある。
藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 20… 藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 2021年8月10日)は、日本のドイツ・オーストリア文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。第八高等学校から、1951年東京大学独文科卒、東京大学大学院研究奨励学生前期修了。1961年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1989年定年退官、成城大学教授、1999年退職。 2021年8月10日、心不全・腎不全のため死去。92歳没。死没日をもって従四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈される。
立川 洋三(たつかわ ようぞう、1928年7月5日 - 20… 立川 洋三(たつかわ ようぞう、1928年7月5日 - 2011年10月11日)は、日本のドイツ文学者。立教大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。東京大学文学部独文科卒業。立教大学文学部独文科にて助教授、教授を務めて1994年に退職し、名誉教授。 1964年には「ラッペル狂詩曲」で芥川賞(下期)候補に上った経歴を持ち、大学教授を引退した後に小説執筆を再開した。 2011年10月11日、胃癌のため神奈川県横浜市鶴見区の病院で死去。83歳没。
粟津 則雄(あわづ のりお、1927年(昭和2年)8月15日… 粟津 則雄(あわづ のりお、1927年(昭和2年)8月15日 - 2024年(令和6年)4月19日)は、日本の文芸評論家、フランス文学者、美術評論家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。「歴程」同人。法政大学名誉教授。 1927年、愛知県西尾市生まれ。京都府立第一中学校、第三高等学校で学び、卒業した。1948年、東京帝国大学文学部仏文科に入学。1952年に東京大学を卒業し、その後はフランス文学の翻訳、美術評論等を多く手掛けた。 1964年に法政大学経済学部助教授となり、後に教授昇格。1997年に法政大学を定年退職して名誉教授となった。草野心平と1960年代に出会って以降、生涯にわたって交友が深く、後にいわき市立草野心平記念文学館長を務めた。
伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 201… 伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 2017年9月18日)は、中国文学者、東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1947年東京外国語学校中国語科卒業。1950年東京大学文学部中国文学科卒業、1952年同大学院満期退学、東京都立大学 (1949-2011)(現首都大学東京)助手、1959年専任講師、1964年助教授、1970年東大教養学部助教授(中国語)、1974年教授、1987年定年退官、名誉教授、中京大学教授。1992年同教養部長、1997年定年。 若いころ中国文学仲間と同人誌『北斗』を創刊、のち日中友好協会理事長、会長を務めた。業績は多岐にわたるが、特に老舎で、日本老舎研究会会長も務めた。
小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月1… 小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月19日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、日本の物理学者、天文学者。 勲等は勲一等。正三位。学位はPh.D.(ロチェスター大学・1955年)、理学博士(東京大学・1967年)。東京大学特別栄誉教授・名誉教授、東海大学特別栄誉教授、杉並区立桃井第五小学校名誉校長、日本学術会議栄誉会員、日本学士院会員、文化功労者。血液型はA型。 シカゴ大学研究員、東京大学原子核研究所助教授、東京大学理学部教授、東京大学高エネルギー物理学実験施設施設長、東海大学理学部教授、財団法人平成基礎科学財団理事長などを歴任した。 愛知県生まれの物理学者であり、ニュートリノ天文学を開拓した天文学者でもある。
鈴木 重生(すずき しげお、1925年10月29日 - )は… 鈴木 重生(すずき しげお、1925年10月29日 - )は、日本のフランス文学者、作家、中央大学名誉教授。
伊藤 漱平(いとう そうへい、1925年10月20日 - 2… 伊藤 漱平(いとう そうへい、1925年10月20日 - 2009年12月21日)は、日本の中国文学者。東京大学名誉教授、二松學舍大学名誉教授。 1925年、愛知県碧海郡に生まれた。刈谷中学校、第一高等学校を経て、東京帝国大学支那哲文学科を卒業、大学院に進学した。1949年に大学院博士課程を退学。同1949年に北海道大学助手として着任した。 1955年、島根大学講師に就任。1960年より大阪市立大学助教授。1970年より北海道大学中国文学科教授。1977年より東京大学中国文学科教授となった。1986年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は二松學舍大学教授として教鞭をとった。また、1989年から1993年にかけて第6代二松學舍大学学長を務め、国際政治経済学部の設置に尽力した。
蜷川 譲(にながわ ゆずる、1925年3月9日 - 2014… 蜷川 譲(にながわ ゆずる、1925年3月9日 - 2014年7月9日)はフランス文学者、比較文学者、ロマン・ロラン研究家。 本籍は愛知県一宮市。台湾台北州基隆市に生まれる。愛知東海中学校卒。1948年早稲田大学政経学部卒業、同文学部大学院にて現代フランス文学を専攻。1954年渡欧、1957年帰国までパリ大学ソルボンヌにおいて学ぶ。日本福祉大学教授、早稲田大学講師などを務めた。1951年に兵藤正之助、金井光太郎らと日本ロマン・ロラン協会を創立。昭和30年代からは窪村らの参加を得て、東京の新宿(初期は毎月)、水道橋労音(年3回)、五反田(年2回)、吉祥寺(晩年は年2回)で、449回にわたり「ロマン・ロラン研究会」を主催した。
安井久善(やすい ひさよし、1925年1月24日 - 200… 安井久善(やすい ひさよし、1925年1月24日 - 2001年7月14日)は、日本の国文学者、軍事史学者、日本大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1944年4月、陸軍士官学校を卒業し(第57期)、陸軍中尉で終戦を迎える。1949年3月、日本大学法文学部国文科卒業。1951年4月、同大学院(旧制)終了し、1952年1月、宮内庁書陵部に入る。 1952年9月、保安隊に入る。1954年7月、陸上自衛隊発足とともに陸上自衛官。1960年、防衛大学校陸上防衞学助教授。この時代に軍事史の著作、論考を著しはじめる。 1965年日本大学商学部助教授、1970年教授、1976年「藤原光俊の研究」で日大文学博士。
長塚 隆二(ながつか りゅうじ、1924年4月20日 - 2… 長塚 隆二(ながつか りゅうじ、1924年4月20日 - 2020年7月8日)は、日本のフランス文学者。 愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。読売新聞記者をへて日本大学教授。フランス・リヨン大学客員教授。フランス政府より芸術文化勲章一等章。1973年セネガルのサンゴール賞を受賞。1985年芸術文化勲章コマンドゥール受賞。Académie des siences d’outre「フランス海外学士院」会員。 ジョルジュ・サンドのほか、ナポレオン評伝などを執筆、翻訳も多い。 2020年7月8日、死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
尾崎 知光(おざき さとあきら、1924年1月25日 - )… 尾崎 知光(おざき さとあきら、1924年1月25日 - )は、日本の国語学者・国文学者。専攻は国語学史・国学・古代文学。愛知県立大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。尾崎忠征、尾崎良知の子孫。1949年東京大学文学部国文学科卒業。1949年名古屋大学文学部文部教官三級、1955年愛知県立女子短期大学助教授、1957年愛知県立女子大学助教授、1961年同大学教授、1966年愛知県立大学教授。1988年、定年退職、愛知県立大学名誉教授、愛知淑徳大学文学部教授。1999年、定年退職。
外山 滋比古(とやま しげひこ、1923年〈大正12年〉11… 外山 滋比古(とやま しげひこ、1923年〈大正12年〉11月3日 - 2020年〈令和2年〉7月30日)は、日本の英文学者、言語学者、評論家、エッセイスト。文学博士。お茶の水女子大学名誉教授。全日本家庭教育研究会元総裁。 東京文理大英文科卒。専門の英文学にとどまらず、言語学・修辞学・教育学などを広範に研究。言葉のまとまった意味は、視覚に認められる現象と同じような作用によると考えた『修辞的残像』(1961年)を出発点として、日本語の論理、読者論などに新説を出し続けた。『シェイクスピアと近代』(1977年)では、読者論を実践的に示した。また、『異本論』(1978年)、『古典論』(2001年)などでは、従来否定的に扱われてきた異本の積極的な機能を再評価した。
樋口 芳麻呂(ひぐち よしまろ、1921年9月15日 - 2… 樋口 芳麻呂(ひぐち よしまろ、1921年9月15日 - 2011年10月1日)は、日本の国文学者。専門は中古・中世和歌文学。愛知教育大学名誉教授、愛知淑徳大学名誉教授。1983年角川源義賞受賞。1997年勲三等旭日中綬章受章。 1921年(大正10年)9月、愛知県名古屋市に生まれる。旧制愛知県明倫中学校、旧制第八高等学校を経て、1944年(昭和19年)、東京帝国大学文学部国文学科卒業。1951年(昭和26年)、愛知学芸大学講師、1968年(昭和43年)、愛知教育大学教授、1985年(昭和60年)、同大学定年退官、同大学名誉教授、愛知淑徳大学文学部教授。1997年(平成9年)、愛知淑徳大学定年退職、同大学名誉教授。
清水 孝之(しみず たかゆき、1918年11月5日 - 19… 清水 孝之(しみず たかゆき、1918年11月5日 - 1994年3月1日)は、日本の国文学者。愛知県三河地方の小中高校の校歌を数多く作詞した。 1918年、愛知県岡崎市で生まれた。1936年、愛知県岡崎中学校(現・愛知県立岡崎高等学校)を卒業。東京帝国大学文学部国文科に進み、1941年に卒業。 卒業後は、愛知第二師範学校講師に就いた。その後、安城女子専門学校(現・愛知学泉短期大学)講師。1951年、広島女子短期大学助教授となった。次いで高知女子大学助教授。1962年、学位論文『蕪村は画家か俳人か:その俳諧史的研究』を大阪大学に提出して文学博士号を取得。愛知県立芸術大学教授となり、在任中は同附属図書館長も務めた。