久保田 康介(くぼた こうすけ、1987年6月2日 - )は… 久保田 康介(くぼた こうすけ、1987年6月2日 - )は、日本の弁護士、YouTuber。ベリーベスト法律事務所、兵庫県弁護士会所属。 動画サイトYouTubeにて主に法律解説動画や法律関連の話を交えたゲーム実況動画などを投稿している。 なお、架空請求業者との電話での攻防、詐欺行為に加担する偽弁護士との電話での攻防を撮影、編集した動画を多数アップしているが、これらの動画には概要欄に「フィクションです」と書かれてあり、TVワイドショー等でよく目にする資料映像、再現映像のような「事例紹介の為の芝居」である。 兵庫県三木市出身。兵庫県立社高等学校体育科、姫路獨協大学法学部法律学科を卒業。 京都大学大学院法務研究科法曹養成専攻を修了している。
奥谷 謙一(おくたに けんいち、1985年(昭和60年)8月… 奥谷 謙一(おくたに けんいち、1985年(昭和60年)8月13日 - )は、日本の政治家、弁護士。兵庫県議会議員(3期)。兵庫県弁護士会所属弁護士。自由民主党兵庫県支部連合会青年局長。 兵庫県神戸市北区出身。自民党の奥谷通(当時国土庁長官秘書、後の衆議院議員)の長男として生まれる。祖父は神戸不燃板工業元社長の奥谷謙三。神戸市立谷上小学校、甲南中学校・高等学校、甲南大学法学部卒業。甲南大学大学院法律研究科(法務専攻)修了。2011年(平成23年)司法試験合格(修習新65期)。2012年(平成24年)兵庫県弁護士会に登録し、神戸中央法律事務所入所。2015年(平成27年)4月12日の兵庫県議会議員選挙において21557票で初当選。
木原 功仁哉(きはら くにや、1984年〈昭和59年〉3月1… 木原 功仁哉(きはら くにや、1984年〈昭和59年〉3月16日 - )は、日本の弁護士、政治活動家、反ワクチン訴訟弁護団主任弁護士、「祖国再生同盟」代表。ワクチン接種中止などを求めて国に「反ワクチン訴訟」を起こし、反ワクチン団体「神真都Q」や、マスク不着用の町議が行う「反マスク訴訟」で弁護人を務める。 兵庫県神戸市出身、滝川中学校・高等学校を経て京都大学工学部卒業。2013年、大阪市立大学法科大学院を修了し司法試験に合格。2014年、東京弁護士会に加入し弁護士登録。 2021年に兵庫1区から衆院選に出馬して落選した。選挙では、「マスクの着用は不要」「ワクチンは人口の削減が目的」「ウクライナは日本にとって敵性国家」「日本が受け入れているウクライナ難民は、本当に難民かわからない」「日本国憲法は無効で、大日本帝国憲法が現在も有効」「食料品等の物価高はユダヤ系の国際金融資本のせい」などと主張した。
楊井 人文(やない ひとふみ、1980年〈昭和55年〉 - … 楊井 人文(やない ひとふみ、1980年〈昭和55年〉 - )は、日本の弁護士(登録番号:38739、第一東京弁護士会)、ジャーナリスト。元産経新聞記者。かつて存在した一般社団法人日本報道検証機構では代表理事を務めていた。NPO日本公共利益研究所の主任研究員を務めている。 大阪府出身。甲陽学院高等学校(兵庫県西宮市)を経て、2002年(平成14年)3月、慶應義塾大学総合政策学部卒業。4月、株式会社産業経済新聞社入社。産経新聞の支局記者として、さいたま総局(埼玉県さいたま市)に配属。 2003年12月、産業経済新聞社を退職。2007年3月、慶應義塾大学大学院法務研究科修了。同年9月に新司法試験に合格、12月に司法研修所入所(新61期)。
堀 鉄平(ほり てっぺい、1976年3月28日 - )は、日… 堀 鉄平(ほり てっぺい、1976年3月28日 - )は、日本の男性弁護士(第一東京弁護士会所属)、総合格闘家。
林原 由佳(はやしばら ゆか、1975年10月6日 - )は… 林原 由佳(はやしばら ゆか、1975年10月6日 - )は、日本の政治家、弁護士、薬剤師。林原は旧姓で、戸籍名は「西根由佳」。 衆議院議員(1期)を務めた。 兵庫県芦屋市生まれ。1998年(平成10年)3月、東京大学薬学部卒業。同年、薬剤師国家試験に合格。 2002年(平成14年)、旧司法試験に合格。2004年(平成16年)、弁護士登録(第二東京弁護士会に所属していたが、現在は登録を外している)。同年、いわゆる「四大法律事務所」の一つである森・濱田松本法律事務所に勤務。 2007年(平成19年)、薬局に勤務。 2012年(平成24年)12月16日の第46回衆議院議員総選挙に、大阪2区から日本維新の会公認で出馬。
伊藤 孝江(いとう たかえ、1968年1月13日 - )は、… 伊藤 孝江(いとう たかえ、1968年1月13日 - )は、日本の政治家、税理士、弁護士。公明党所属の参議院議員(1期)。
ハーディング裕子(ハーディングゆうこ、1966年9月13日 … ハーディング裕子(ハーディングゆうこ、1966年9月13日 - )は、オーストラリア法弁護士。YH Legal Pty Ltd trading as Harding Legalハーディング法律事務所代表弁護士。一般社団法人WAOJEの4代目本部代表理事。兵庫県西宮市出身。 元々ピアノ演奏家を目指していたが、英語に強い関心があり、大阪芸術大学在学中のアメリカ語学留学をきっかけに、大学卒業後はスウェーデンに約3年居住。のちオーストラリアへ移住。ボンド大学で応用言語学修士ディプロマ卒業、在学中は日本語教師も勤める。 その後、クイーンズランド工科大学法学部、ボンド大法学部修士ディプロマを卒業後、2003年9月にクイーンズランド州高等裁判所から任官を受け弁護士資格を取得、弁護士になる。
大平 光代(おおひら みつよ、1965年10月18日 - )… 大平 光代(おおひら みつよ、1965年10月18日 - )は、日本の弁護士、作家、教員。龍谷大学教員、元大阪市助役を務めた。大阪弁護士会所属。自身の壮絶ないじめ被害経験を記した自伝『だから、あなたも生きぬいて』(講談社)は260万部を超えるミリオンセラーとなっている。 兵庫県西宮市出生、尼崎市出身。両親が共働きであり、母方祖母より強い影響を受け、下校後は母方の祖母の家で過ごした。中学1年生時の7月に転校したことがきっかけになり、全ての発端となったクラスのリーダー的存在の女子生徒からいじめに遭い、クラス全体からも無視されるようになり「持ち物を隠される」「弁当の中身をひっくり返される」「トイレに閉じ込められて水をかけられる」などの壮絶ないじめに遭った。
泉 房穂(いずみ ふさほ、1963年〈昭和38年〉8月19日… 泉 房穂(いずみ ふさほ、1963年〈昭和38年〉8月19日 - )は、日本の政治家、弁護士、社会福祉士、コメンテーター、タレント。参議院議員(1期)。 明石市長(3期)、衆議院議員(1期)等を歴任した。 兵庫県明石市二見町生まれ。生家は代々蛸漁師をしていた。幼少期から「貧乏と差別」という二つの理不尽を感じていた。父親は小学校を出て漁師になり、母親も中卒で就職し、父親は懸命に働いているにもかかわらず家庭は貧困で、本人曰く“貧乏漁師”の家庭であったという。 4歳下の弟はチアノーゼで生まれ、一生立てないだろうと宣告された。しかし、家族全員の協力のもと、弟は4~5歳で立てるようになり、その後自立できた。
後藤 啓二(ごとう けいじ、1959年7月30日 - )は、… 後藤 啓二(ごとう けいじ、1959年7月30日 - )は、日本の弁護士。兵庫県弁護士会所属。ECPAT/ストップ子ども買春の会の顧問弁護士。全国犯罪被害者の会顧問弁護士。Think Kids(シンクキッズ)こどもの虐待・性犯罪をなくす会代表理事。
大島 眞一(おおしま しんいち、1958年9月11日 - )… 大島 眞一(おおしま しんいち、1958年9月11日 - )は、日本の弁護士であり、元裁判官。神戸大学大学院法学研究科教授、奈良地方裁判所所長等を経て、大阪高等裁判所部総括判事。 兵庫県尼崎市出身。神戸大学法学部在学中の1983年に旧司法試験合格。1984年に大学を卒業し、司法修習生となる。1986年裁判官任官。大阪地方裁判所判事補、函館地方裁判所判事補、最高裁判所事務総局家庭局付、郵政省電気通信局業務課課長補佐(検事)、京都地方裁判所判事、神戸地方裁判所尼崎支部判事、大阪地方裁判所判事、大阪高等裁判所判事、神戸大学大学院法学研究科教授、大阪地方裁判所部総括判事、京都地方裁判所部総括判事、大阪家庭裁判所部総括判事等を経て、2017年徳島地方裁判所所長、徳島家庭裁判所所長。
海渡 雄一(かいど ゆういち、男性、1955年(昭和30年)… 海渡 雄一(かいど ゆういち、男性、1955年(昭和30年)7月21日- )は、日本の弁護士。第二東京弁護士会所属。東京共同法律事務所所属。日本弁護士連合会秘密保全法制対策本部副本部長、監獄人権センター事務局長、公害対策環境保全委員会委員。脱原発弁護団全国連絡会共同代表、脱原発法制定全国ネットワーク事務局長。『グリーンピース・ジャパン』元理事長。
中島 健仁(なかしま けんじ、1955年6月8日 - 200… 中島 健仁(なかしま けんじ、1955年6月8日 - 2007年7月18日)は、日本の弁護士。近畿大学法科大学院元教授。人工知能研究者である中島秀之の実弟。
佐々木 知子(ささき ともこ、1955年〈昭和30年〉3月2… 佐々木 知子(ささき ともこ、1955年〈昭和30年〉3月2日-)は、日本の政治家、元検事、弁護士、作家、大学教授。勲等は旭日中綬章。 参議院議員(1期)を歴任。 神戸大学附属明石中学校、兵庫県立明石高等学校をへて神戸大学法学部卒業。 1992年、長編推理小説『恋文』で第12回横溝正史賞を受賞してデビューした。松木麗(まつき れい)名義。『恋文』は、1992年12月7日、TBSで池上季実子主演でテレビドラマ化された。
住田 裕子(すみた ひろこ、1951年〈昭和26年〉6月21… 住田 裕子(すみた ひろこ、1951年〈昭和26年〉6月21日 - )は、日本の弁護士(登録番号:24981)、H.S&P法律事務所所属。第一東京弁護士会所属。兵庫県加古川市出身。 元検事。獨協大学特任教授、日本中央競馬会(JRA)経営委員(2008年3月16日 - )。東京スター銀行社外取締役を歴任した後、現在では、内閣府、総務省、防衛省などの審議会委員・会長を務めるほか、NPO法人長寿安心会の代表理事である。タレント(講演・テレビ出演等)の業務については、マネジメント業務を株式会社H.S&Pに委ねている。 生家は自転車の卸商で3人きょうだいの第1子として生まれる。加古川市立加古川中学校、兵庫県立加古川東高等学校を経て東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。
杉本 和行(すぎもと かずゆき、1950年(昭和25年)9月… 杉本 和行(すぎもと かずゆき、1950年(昭和25年)9月13日 - )は、日本の財務官僚、弁護士。内閣総理大臣事務担当秘書官、財務省大臣官房総括審議官、大臣官房長、主計局長、財務事務次官、みずほ総合研究所理事長を経て、2013年3月から2020年9月まで公正取引委員会委員長を務めた。 兵庫県姫路市出身。東大紛争が激しさを増し、入試が取り止めになったため、京都大学に入学する。しかし、入学式の時からバリケードができており、1年間授業が開講されなかったため、再受験し、東京大学文科一類に入学し直す。東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。東大在学中に司法試験と国家公務員上級甲種試験に合格。進路で多少の迷いがあったものの、「官界、とりわけ大蔵省(当時)は国内関係から国際関係まで幅広い分野の仕事ができる」と感じ、1974年4月 大蔵省(現・財務省)に入省する。
大仲 土和 (おおなか つちかず、1950年3月26日 - … 大仲 土和 (おおなか つちかず、1950年3月26日 - )は、日本の検察官、弁護士。大阪地方検察庁特捜部長、最高検察庁総務部長、さいたま地方検察庁検事正等を経て、関西大学名誉教授。 兵庫県立生野高等学校を経て、関西大学法学部法律学科卒業。1979年旧司法試験合格。1982年大阪地方検察庁検事。1992年から1993年までアメリカ合衆国で在外研究。1995年最高裁判所司法研修所教官。1996年から1998年まで法務省司法試験考査委員兼務。2000年松山地方検察庁次席検事。2002年大阪地方検察庁特別捜査部副部長。 大阪地検特捜部副部長在任中に、三井環事件の捜査を担当したことで知られている。 2004年神戸地方検察庁刑事部長。
今泉 純一(いまいずみ じゅんいち 1949年 - )は日本… 今泉 純一(いまいずみ じゅんいち 1949年 - )は日本の弁護士、大学教授。 兵庫県神戸市出身、滝川高等学校卒業、北海道大学法学部卒業。1975年に司法試験に合格し、1978年より大阪弁護士会に登録し弁護士として勤務する。2002年にエートス法律事務所を設立。2006年には司法試験委員会の考査委員に就任。2007年から2015年まで甲南大学法科大学院教授。甲南大学での担当科目は倒産法。
丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月2… 丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月23日 - )は、日本の元政治家、元法務官僚、弁護士(登録番号:13673、第一東京弁護士会)、タレント、演歌歌手。自由民主党所属の前参議院議員(2期)。弁護士法人丸山総合法律事務所代表。 兵庫県揖保郡新宮町(現たつの市)出身。現在、東京都在住。A型。身長166cm。家族は妻と長女。 兵庫県立龍野高等学校を経て1969年に早稲田大学法学部を卒業。国家公務員上級甲種試験に合格し、法務省職員となる。1970年に司法試験に合格。1976年4月にはワシントン大学ロースクールに入学。卒業後、ロサンゼルスの法律事務所に3年間勤務。1980年に日本に帰国。
大口 昭彦(おおぐち あきひこ、1944年11月13日 - … 大口 昭彦(おおぐち あきひこ、1944年11月13日 - )は、日本の弁護士。 兵庫県神戸市出身。早稲田大学政治経済学部除籍、京都大学経済学部卒業。全共闘の先駆けとなった早大闘争で知られる早稲田大学全学共闘会議議長。 1959年、神戸市立飛松中学校卒業。中学時代より剣道を始める。兵庫県立長田高等学校卒業。 1963年、早稲田大学政治経済学部入学。反帝学評、社青同解放派の活動家として活躍。学生会館管理問題にからみ、政治経済学部長室を封鎖した折、上野俊樹(立命館大学名誉教授)、堀口健治(早稲田大学元副総長)ら共産党系(代々木系)により封鎖解除され一時対立関係にあったが、その後対革マルとの関係で協調した。
多田 元(ただ はじめ、1944年 - )は、日本の弁護士、… 多田 元(ただ はじめ、1944年 - )は、日本の弁護士、元裁判官。少年事件や子どもの権利などを扱い、特定非営利活動法人子どもセンターパオ理事長、全国不登校新聞社代表理事、南山大学大学院法務研究科教授等を歴任。 兵庫県尼崎市生まれ。一橋大学法学部在学中に旧司法試験に合格。1967年に大学を卒業し、司法修習を経て、1969年裁判官に任官。家庭裁判所で少年事件を扱うなどし、1988年金沢地方裁判所判事を最後に退官。1989年に名古屋弁護士会(現愛知県弁護士会)弁護士登録。 少年事件の国選弁護人を務めるなど、少年事件や子どもの権利などを扱い、愛知県弁護士会子どもの権利特別委員会委員長、子どもの虐待防止ネットワーク・あいち理事、豊川市主婦殺人事件弁護団長、名古屋大学女子学生殺人事件主任弁護士などを歴任。
根岸 哲(ねぎし あきら、1943年3月23日 - )は、日… 根岸 哲(ねぎし あきら、1943年3月23日 - )は、日本の法学者・弁護士。経済法が専門。神戸大学名誉教授、甲南大学名誉教授。日本学士院会員。兵庫県神戸市出身。 1961年兵庫県立星陵高等学校卒業。1965年神戸大学法学部卒業。司法修習生。1967年神戸大学法学部助手。1969年神戸大学法学部助教授。1978年神戸大学法学部教授。1991年神戸大学評議員。1995年神戸大学夜間部主事。1996年神戸大学法学部長・大学院法学研究科長・評議員。1998年神戸大学副学長。2000年神戸大学大学院法学研究科長。2006年神戸大学停年退官。同名誉教授。甲南大学法科大学院教授。大阪弁護士会に弁護士登録。
岩井宜子(いわい よしこ、1941年12月18日- )は、日… 岩井宜子(いわい よしこ、1941年12月18日- )は、日本の法学者、弁護士、専修大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年兵庫県立神戸高等学校卒業、1964年東京大学法学部卒業、東京大学法学部助手、1967年法務総合研究所研究官補、1972年弁護士登録、1977年神奈川大学短期大学部助教授、1982年金沢大学法学部助教授、1984年教授、1994年専修大学法学部教授、2004年同法務研究科教授。2012年定年退任、名誉教授。
生田 暉雄(いくた てるお、1941年〈昭和16年〉10月2… 生田 暉雄(いくた てるお、1941年〈昭和16年〉10月2日 - 2024年〈令和6年〉6月10日)は、日本の弁護士。元裁判官。 1941年、兵庫県神戸市生まれ。関西大学卒業後、高校教師や市役所職員として働きながら司法試験に合格、修習生時代は青法協に所属する。1970年、裁判官任官後、1987年に大阪高等裁判所判事となる。1992年に退官し弁護士登録する。 弁護士としては、高知白バイ衝突死事故、愛媛教科書裁判などの弁護を担う。自らの著書にて裁判所の実態を告発する一方、裁判を「主権実現の手段」と位置付け、市民の手に取り戻す術を提案している。その一方、2020年までに9回の懲戒を受けた経験があり、当時所属していた香川県弁護士会の会長は現役最多記録ではないかとしている。
今井 功(いまい いさお、1939年12月26日 - )は、… 今井 功(いまい いさお、1939年12月26日 - )は、日本の弁護士(TMI総合法律事務所顧問)。元裁判官。東北大学法科大学院客員教授。最高裁判所判事を務めた。退官後は第一東京弁護士会に弁護士登録し、弁護士となる。兵庫県神戸市垂水区出身。 1958年(昭和33年)兵庫県立星陵高等学校、1962年(昭和37年)3月に京都大学法学部卒業。同年4月に第16期司法修習生、1964年(昭和39年)4月10日に東京地方裁判所・東京家庭裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
原田 明夫(はらだ あきお、1939年11月3日 - 201… 原田 明夫(はらだ あきお、1939年11月3日 - 2017年4月6日)は、日本の弁護士。元検事総長。東京府東京市生まれ、兵庫県相生市育ち。 盛岡地方検察庁勤務時に新渡戸稲造の思想にふれ感銘を受け、司法、検察の中枢に身をおきながら、新渡戸研究を続けてきた。則定衛が東京高検検事長を女性問題で辞職したことにより、堀口勝正の代替として名古屋高検検事長から村山弘義がそのイスに座ったが、検事長定年制により、予想より早く原田に東京高検検事長の座が回って来た。そのため、検事総長在任も異例の3年に及んだ。また法務事務次官当時、政党行脚に出て、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律の成立に尽力した。 その他、国際民商事法センター理事長、グルー・バンクロフト基金評議員、社団法人日本倶楽部理事 などを務めている。
前野 育三(まえの いくぞう、1937年8月10日 - )は… 前野 育三(まえの いくぞう、1937年8月10日 - )は、日本の法学者、弁護士。関西学院大学名誉教授。専門は、刑事法(刑法、刑事政策、少年法)。元民主主義科学者協会法律部会理事。法学修士。兵庫県出身。2016年、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
吉原省三(よしはら しょうぞう、1933年3月29日 - 2… 吉原省三(よしはら しょうぞう、1933年3月29日 - 2018年10月13日)は、日本の弁護士。 兵庫県尼崎市出身。1955年司法試験合格。1956年東京大学法学部卒、三菱銀行入社。1965年弁護士・弁理士登録。吉原特許法律事務所を開設した。
河合 伸一(かわい しんいち、1932年6月11日 - )は… 河合 伸一(かわい しんいち、1932年6月11日 - )は、日本の弁護士・元最高裁判所判事。京都大学卒業。 旧制第三神戸中学校(在学中に新制兵庫県立長田高等学校へと移行)を卒業。京都大学法学部では商法学者の大隅健一郎に師事し、在学中に司法試験に合格。 1955年京大卒業。いったん裁判官になったが家庭の事情で弁護士に転身。大阪弁護士会副会長などを歴任し、関西では経済通として知られた弁護士だった。阪神タイガースのランディ・バースの契約問題やイトマン事件にも関わった。弁護士業務のポリシーとして「依頼者と共に苦しんだり悩んだりして、司法の分野では社会と一番密着できる。記録の中から、当事者の姿が見える仕事ができれば」と語った。
木下 元二(きのした もとに、1929年(昭和4年)11月3… 木下 元二(きのした もとに、1929年(昭和4年)11月3日 - 2004年(平成16年)12月3日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認、通算2期)。兵庫県の戦後初の自由法曹団員でもある。 兵庫県神戸市出身。旧制六甲中学校を経て、1949年(昭和24年)立命館大学専門部法政科を卒業。神戸市内で中学校教諭を2年間務める。その後司法試験に合格し1956年(昭和31年)4月に神戸弁護士会へ入会、1969年(昭和44年)には同会副会長を務める。この間総評系の法律事務所を自由法曹団所属の弁護士らと設立する。 1971年(昭和46年)第9回参議院議員通常選挙(兵庫県地方区、共産党)で落選。
荒木 宏(あらき ひろし、1928年4月1日 - 1995年… 荒木 宏(あらき ひろし、1928年4月1日 - 1995年1月14日)は、日本の教育者、弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認、2期)を務めた。自由法曹団幹事。 神戸市出身。神戸商業大学(現・神戸大学)中退。小学校の教員をやりながら、関西大学法学部を卒業。1959年に弁護士となり、同年共産党に入党した。 1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧大阪5区から立候補し1位で初当選を果たした。続く1976年の第34回衆議院議員総選挙でも同区から立候補し再選を果たすも、体調不良により1979年の第35回衆議院議員総選挙には立候補せず、政界からの引退を表明する。地盤は引退当時、堺市選出の大阪府議会議員であった藤田スミに譲る。
正森 成二(まさもり せいじ、1927年1月19日 - 20… 正森 成二(まさもり せいじ、1927年1月19日 - 2006年10月18日)は、日本の弁護士(自由法曹団)。日本共産党衆議院議員。
上田 誠吉(うえだ せいきち、1926年9月8日 - 200… 上田 誠吉(うえだ せいきち、1926年9月8日 - 2009年5月10日)は、日本の弁護士。社会運動にも積極的にかかわった。 兵庫県神戸市生まれ。1929年東京へ転居し、1933年麹町小学校に入学。その後、旧制武蔵高等学校尋常科・高等科を経て、1948年東京大学法学部卒。在学中に兵役、敗戦を迎える。50年弁護士登録、東京弁護士会、自由法曹団に加わる。メーデー事件や松川事件、白鳥事件などで弁護を担当。宮澤・レーン事件についての著作もある。74-84年自由法曹団団長。 父は内務官僚の上田誠一。地球物理学者の上田誠也は弟。
木崎 良平(きざき りょうへい、1924年7月25日 - 2… 木崎 良平(きざき りょうへい、1924年7月25日 - 2005年8月15日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事。 兵庫県神戸市出身。戦前に在学中に高等文官試験司法科に合格し、学徒動員で満洲に行くも、病気となり療養所で敗戦。ソ連に抑留されたが脱走して、苦労を重ねながら日本に帰還した。京都大学法学部卒業後の1951年に弁護士登録。大阪弁護士会会長、日弁連副会長、法制審議会委員などを歴任した。 1990年9月に最高裁判事に就任。1990年衆院選を一票の格差訴訟で「違憲状態」としつつ有効とした大法廷判決に対し、「2倍以上で違憲状態、1年以内に定数が是正されなければ選挙を無効にするべき」とする反対意見を述べた。
甲斐中 文治郎(かいなか ぶんじろう、1898年(明治31年… 甲斐中 文治郎(かいなか ぶんじろう、1898年(明治31年)1月17日 - 1974年(昭和49年)12月24日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員 (1期) を務めた。 兵庫県城崎郡五荘村(現・豊岡市)栃江に生まれる。苦学の末、弁護士となり、内務省嘱託や斎藤隆夫の秘書になった。1947年五荘村長に就任、1950年に合併による豊岡市発足まで務めた。斎藤隆夫の死(1949年)を受けて地盤を受け継ぎ、1952年の第25回衆議院議員総選挙において兵庫5区から自由党公認で出馬して初当選。1953年の第26回衆議院議員総選挙で落選。1958年の豊岡市長選では現職の佐川辰夫に敗れた。
生島 五三郎(いくしま ごさぶろう、前名・敏治、1896年〈… 生島 五三郎(いくしま ごさぶろう、前名・敏治、1896年〈明治29年〉11月27日 - 1973年〈昭和48年〉5月13日)は、日本の検事、弁護士。石川島播磨重工業顧問。 兵庫県神戸市出身。先代五三郎の長男。 1920年、東京帝国大学法学部仏法科を卒業。1933年、家督を相続し、前名敏治を改め襲名する。大阪、神戸各検事を経て1940年、京都地方裁判所検事。神戸保護観察所長。 1944年、高松地方検察庁検事正。1945年、福岡地方検察庁検事正。後に退官し弁護士となる。 1973年、心臓弁膜症のため大阪府豊中市内の自宅で死去。満76歳没。 生島五郎兵衛の養甥。多額納税者である。著書には『皇陵巡拝記』がある。
白川 久雄(しらかわ ひさお、1896年(明治29年)10月… 白川 久雄(しらかわ ひさお、1896年(明治29年)10月18日 - 1984年(昭和59年)1月1日)は、大正末から昭和期の弁護士、実業家、政治家。衆議院議員、兵庫県津名郡洲本町長。 兵庫県三原郡神代村(三原町を経て現南あわじ市神代)で、白川五平、まつ の長男として生まれる。旧制洲本中学校卒業。1921年(大正10年)京都帝国大学法学部法律学科(英法)を卒業した。陸軍法務官試補に任官し、法務官に昇進。1925年(大正14年)から弁護士の業務に従事した。 実業界では、洲本瓦斯社長、全淡自動車取締役、洲本鉄工所取締役、淡路交通取締役、淡路タクシー取締役、淡路産業監査役、淡路商工会議所会頭などを務めた。
清瀬 一郎(きよせ いちろう、1884年〈明治17年〉7月5… 清瀬 一郎(きよせ いちろう、1884年〈明治17年〉7月5日 - 1967年〈昭和42年〉6月27日)は、大正、昭和時代の日本の弁護士、法学者、政治家。学位は法学博士。東京弁護士会会長。従二位勲一等旭日桐花大綬章。 弁護士としては極東国際軍事裁判で東條英機の弁護人などを務め、また政治家としては文部大臣、衆議院議長を歴任。 兵庫県飾磨郡夢前町(現・姫路市)出身。弁護士としては小作争議裁判や思想事件等の他、特許事件を多く手掛けて著作物も多く、工業所有権法(知的財産法)の分野においては実務・学問の両面において草分け的な存在であった。 政界入りしてからは普通選挙運動の推進や台湾議会設置運動への支援、治安維持法への反対などリベラルな政治家として知られてきた。
柴原 亀二(しばはら かめじ、慶応2年8月4日(1866年9… 柴原 亀二(しばはら かめじ、慶応2年8月4日(1866年9月12日) - 昭和10年(1935年)3月)は、明治から昭和にかけての官僚・翻訳家・弁護士。養父は龍野藩士で明治維新後千葉県令・貴族院議員などを務めた柴原和。号は楫川(いつせん)。 龍野藩士・森井栄の長男として播磨国龍野(現在の兵庫県たつの市)に生まれる。18歳の時、叔父の柴原和の養子となった。明治21年(1888年)に東京帝国大学法科を卒業、翌年からヨーロッパに留学してケンブリッジ大学を卒業し、イギリス・フランス・ドイツなどで法律学を学ぶ。留学中に明治24年(1891年)に帝国大学卒業者の資格によって法制局に試補される。明治28年(1895年)に帰国後、一旦弁護士を開業するが、翌年台湾総督府参事官となり、後に台南県鳳山支庁長に転じる。
原 武之(はら たけゆき)は、兵庫県出身の弁護士、登録番号3… 原 武之(はら たけゆき)は、兵庫県出身の弁護士、登録番号30492。名古屋のオリンピア法律事務所に所属。 兵庫県生まれ。私立滝川高校を経て、早稲田大学法学部卒業。 2003年、第二東京弁護士会登録後、日本四大法律事務所である森・濱田松本法律事務所に入所。2006年、愛知県弁護士会に登録換えをしたのち、川上・原法律事務所(名古屋)に移籍独立。 2008年、東海地区で初となるM&A業務専門チーム「名古屋M&Aパートナーズ」を設立。また同年、石嶋琢巳(社会保険労務士)と共に、企業側人事労務相談窓口である「年金労働ドットコム」を設立している。 2017年2月、川上・原法律事務所と他の法律事務所が合併し、オリンピア法律事務所を設立。