矢田 明子(やた あきこ、1980年4月25日 - )は、日… 矢田 明子(やた あきこ、1980年4月25日 - )は、日本の実業家、起業家、コミュニティナースファウンダー、看護師、保健師。株式会社株式会社CNC(旧Community Nurse Company株式会社)代表取締役、一般社団法人 Community Nurse Laboratory 代表理事。厚生労働省「重層的支援体制整備事業(参加支援事業)」調査事業 有識者委員。内閣官房「地方公共団体における多世代交流を通じて活性化するコミュニティづくりの具体化に向けた支援に関する調査研究事業」研究会委員。「デジタル化社会の中長期的展望に係る調査研究」外部有識者。島根県出雲市出身。1億総相互扶助社会の実現に向けて、コミュニティナーシングの社会実装を手がける。
土江 寛裕(つちえ ひろやす、1974年6月14日 - )は… 土江 寛裕(つちえ ひろやす、1974年6月14日 - )は、日本の元陸上競技選手、スポーツ科学者。陸上競技指導者。1990年代後半から日本を代表するスプリンターとして活躍。 島根県平田市(現出雲市)出身。富士通所属。出雲市立平田中学校、島根県立出雲高等学校を経て、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程、博士課程修了。早稲田大学非常勤講師、早稲田大学競走部女子コーチなどの要職を歴任した。日本陸連短距離副部長。2017年より東洋大学法学部教授。 元200m日本チャンピオンの土江良吉は実父。錦織育子、信岡沙希重らは早稲田大学競走部の後輩。甲南大学で教鞭を執る伊東浩司、法政大学スポーツ健康学部教授の苅部俊二、横浜市立金沢高等学校教諭の簡優好、200mで活躍した伊藤辰哉、元110mH日本記録保持者で順天堂大学陸上競技部コーチの岩崎利彦らとは富士通のチームメイト。
嶋田 暁文(しまだ あきふみ、1973年 - )は、日本の行… 嶋田 暁文(しまだ あきふみ、1973年 - )は、日本の行政学者。九州大学大学院法学研究院教授、自治体学会副理事長。 島根県安来市生まれ。島根県立松江南高等学校を経て、中央大学法学部卒業後、1999年地方自治総合研究所非常任研究員。今村都南雄に師事し、2002年中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学、日本学術振興会特別研究員。 2004年九州大学大学院法学研究院助教授。2016年柳川市都市計画審議会委員。2018年九州大学大学院法学研究院教授、宇美町行政改革審議会会長。2019年コミュニティ政策学会理事。 2020年国土交通省半島振興の在り方に関する検討会委員、農林水産省新しい農村政策の在り方に関する検討会委員、太宰府市自治基本条例審議会会長、宇美町町民憲章審議会会長、日本行政学会理事、日本公共政策学会理事。
豊田 兼彦(とよた かねひこ、1972年4月8日 - )は、… 豊田 兼彦(とよた かねひこ、1972年4月8日 - )は、日本の法学者。専門は刑法。関西学院大学大学院司法研究科副研究科長・教授を経て、大阪大学大学院法学研究科教授。 島根県益田市生まれ。大阪府河内長野市出身。大阪狭山市立南第一小学校、河内長野市立高向小学校、河内長野市立西中学校、大阪府立生野高等学校を経て、1996年立命館大学法学部卒業。 1998年立命館大学大学院法学研究科博士課程前期課程修了、立命館大学法学部助手。1999年日本学術振興会特別研究員。2001年立命館大学大学院法学研究科博士課程後期課程修了、博士(法学)。 2001年愛知大学法学部専任講師。2004年愛知大学法学部助教授。
黒崎 浩行(くろさき ひろゆき、 1967年 - )は、日… 黒崎 浩行(くろさき ひろゆき、 1967年 - )は、日本の宗教学者。博士(宗教学)(國學院大學)。國學院大學神道文化学部教授。近現代の宗教とメディア・コミュニケーション、神社神道の社会貢献などについて研究。 島根県松江市出身。1989年東京大学文学部(宗教学・宗教史学)卒業。1992年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1996年に大正大学大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。 1995年から東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所COE研究員、1997年から國學院大學日本文化研究所専任講師、2003年4月から國學院大學神道文化学部専任講師、2007年4月から同准教授、2015年4月から同教授。
原 和之(はら かずゆき、1967年 - )は、日本の思想史… 原 和之(はら かずゆき、1967年 - )は、日本の思想史学者、東京大学大学院総合文化研究科教授。専門はフランスの精神分析を中心としたヨーロッパ思想史、精神分析学。 島根県出雲市出身。島根県立出雲高等学校卒。1989年東京大学教養学部教養学科フランス分科卒、1992年同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程修了、1991-1993年フランス政府給費留学生として留学、1991-1992年パリ高等師範学校、1992年パリ第一大学修士課程修了(哲学)、1993年パリ第四大学DEA課程修了(哲学)、2000年パリ第四大学にて博士号を取得(哲学史)。 電気通信大学専任講師、助教授を経て、2004年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻助教授、2007年より准教授(学校教育法改正による職名変更)。
中井 亜佐子(なかい あさこ、1966年- )は、日本の英文… 中井 亜佐子(なかい あさこ、1966年- )は、日本の英文学者、一橋大学教授。 島根県松江市生まれ。山口県宇部市育ち。山口県立宇部高等学校卒、1989年東京大学文学部英文科卒業。1992年同大学院人文科学研究科修士課程修了。1996年オックスフォード大学英文学部博士課程修了。1996年帝京大学文学部専任講師。1997年博士(英文学)の学位取得(オックスフォード大学)。2002年一橋大学言語社会研究科助教授、2007年准教授、2009年教授。 モダニズム期の英文学(特にジョウゼフ・コンラッド)、20世紀後半以降の英語文学、ポストコロニアル批評などを研究する。「英語圏文学とポストコロニアル批評」で第5回(2008年度)日本学術振興会賞受賞。
高村 ゆかり(たかむら ゆかり、1964年〈昭和39年〉11… 高村 ゆかり(たかむら ゆかり、1964年〈昭和39年〉11月27日 - )は、日本の法学者。 専門は、国際法・環境法。学位は、修士(法学)(一橋大学)。東京大学未来ビジョン研究センター教授。女性初の環境省中央環境審議会会長、第25期日本学術会議副会長。 島根県安来市(旧:能義郡広瀬町)出身。大谷良雄ゼミ出身。環境大臣表彰受賞。研究分野は、地球温暖化に関する国際法・政策、環境リスクと予防原則、環境条約の遵守手続・制度など国際環境法に関する諸問題。
玄田 有史(げんだ ゆうじ、1964年(昭和39年) - )… 玄田 有史(げんだ ゆうじ、1964年(昭和39年) - )は、日本の経済学者、東京大学教授。専攻は労働経済学。島根県出身。 1964年島根県生まれ。島根県立松江南高等学校卒業。1988年に東京大学経済学部を卒業した後同大学院に進学するが、第II種博士課程を4年で退学し、学習院大学経済学部専任講師に就任。その後、同大学の助教授、教授、および東京大学社会科学研究所助教授を経て、2007年より東京大学社会科学研究所教授。2002年には大阪大学より経済学の博士号を取得した。2021年度より2023年度まで東京大学社会科学研究所長。2022年春、紫綬褒章受章。2024年度より東京大学副学長。 玄田の言説を疑問視・批判する声が少なからず存在する。
由木 文彦(ゆき ふみひこ、1960年〈昭和35年〉10月8… 由木 文彦(ゆき ふみひこ、1960年〈昭和35年〉10月8日 - )は、日本の建設・国土交通・復興官僚。 島根県松江市出身。島根県立松江北高等学校を経て、1983年(昭和58年)3月に東京大学法学部を卒業。国家公務員採用上級甲種試験(法律)に合格し、1983年4月に建設省に入省。 2015年7月31日から国土交通省住宅局長、2017年7月7日から総合政策局長、2018年7月31日から国土交通審議官を務め、2020年7月20日に復興庁事務次官に就任し、2021年7月1日退官。 2022年(令和4年)6月28日、東日本高速道路代表取締役社長に就任。
藤山 浩(ふじやま こう、1959年 - )は、日本の社会政… 藤山 浩(ふじやま こう、1959年 - )は、日本の社会政策学者。専門は中山間地域政策、地域人口分析等。島根県中山間地域研究センター研究統括監を経て、一般社団法人持続可能な地域社会総合研究所所長。博士(マネジメント)。 島根県益田市生まれ。1982年に一橋大学経済学部卒業後、都会で働くことに疑問を感じ、広島県立高等学校社会科教諭となる。1991年株式会社中国・地域づくりセンター主任研究員。1993年ニュージーランド留学。1994年広島大学大学院国際協力研究科入学。1998年島根県中山間地域研究センター研究員。2004年同センタ―地域研究グループ科長。 2008年広島大学大学院社会科学研究科修了、博士(マネジメント)。
三浦 篤(みうら あつし、1957年5月20日 - )は、日… 三浦 篤(みうら あつし、1957年5月20日 - )は、日本の美術史学者。國學院大學文学部哲学科教授。東京大学名誉教授。大原美術館館長。専門は西洋近代美術史、日仏美術交流史。 島根県大田市生まれ。1976年、島根県立大田高等学校 卒業。1981年、東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。1990年、東京大学大学院人文科学研究科美術史学専攻博士課程中退。パリ第4大学美術考古学研究所で西洋美術史を学び、1997年博士号取得。 1993年、東京大学教養学部助教授。2006年、東京大学大学院総合文化研究科教授。2023年、定年退職。同年4月、紫綬褒章受章。同年6月、東京大学名誉教授。同年7月に大原美術館第5代館長に就任した。
山口 彰(やまぐち あきら、1957年3月20日 - ) は… 山口 彰(やまぐち あきら、1957年3月20日 - ) は、日本の原子力工学者。東京大学名誉教授。原子力発電環境整備機構理事長。元日本原子力学会会長。 島根県松江市出身。1975年島根県立松江北高等学校卒業。1979年東京大学工学部原子力工学科卒業。1984年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻博士課程修了、動力炉・核燃料開発事業団入団。2005年大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻教授。2015年東京大学大学院工学系研究科原子力専攻教授。2021年日本原子力学会会長。2022年総合資源エネルギー調査会原子力小委員会委員長。2022年東京大学名誉教授、原子力安全研究協会理事。2024年原子力発電環境整備機構理事長。
中村 逸郎(なかむら いつろう、1956年11月2日 - )… 中村 逸郎(なかむら いつろう、1956年11月2日 - )は、日本の国際政治学者。筑波大学名誉教授、島根県立大学客員教授。専門研究分野は現代ロシア政治、日露関係。博士(政治学, 学習院大学, 1992年乙第64号)。 島根県大田市出身。島根県立大田高等学校を経て、1980年3月、学習院大学法学部政治学科卒業。1986年3月、同大学大学院政治学研究科博士後期課程単位取得退学。1983年9月から1985年までモスクワ国立大学、1988年9月から1990年迄ソ連邦科学アカデミー「国家と法研究所」に留学。 2000年4月、島根県立大学総合政策学部助教授、2001年4月、筑波大学社会科学系助教授、2007年7月、同大学人文社会系教授。
実重重実(さねしげ しげざね、 1956年- )は、日本の元… 実重重実(さねしげ しげざね、 1956年- )は、日本の元農水官僚・生物学者。 島根県安来市出身。10代のとき「フジツボの研究」で科学技術庁長官賞を受賞。1979年東京大学卒業後、農林水産省に入省。微生物から植物、水生動物、哺乳類など幅広く動植物に係わった。発生生物学者・団まりなに師事し、階層生物学研究ラボに参加。農林水産省農村振興局長をへて2005年定年。全国山村振興連盟常務理事兼事務局長。
園山 繁樹(そのやま しげき、1956年 - )は、日本の教… 園山 繁樹(そのやま しげき、1956年 - )は、日本の教育学者。筑波大学名誉教授、日本場面緘黙研究会会長。専門は発達障害、行動障害の支援および場面緘黙の研究。 1956年、島根県出雲市に生まれる。出雲市立高浜小学校、出雲市立第三中学校卒業。松江高専を3年で中退し、大阪教育大学へ入学。同大学院修士課程を修了後、1994年に筑波大学大学院で教育学の博士号を取得。 その後、中国短期大学、西南女学院大学を経て、2002年から筑波大学で17年間、行動情緒障害学の教授を務め、2019年に名誉教授となる。 2019年度から2022年度まで島根県立大学人間文化学部保育教育学科で特別支援教育科目を担当し、2023年に退職。
須藤 修(すどう おさむ、1955年9月9日 - )は、日本… 須藤 修(すどう おさむ、1955年9月9日 - )は、日本の経済学者、東京大学名誉教授、中央大学教授、東京大学特任教授。専門は社会情報学、医療情報学、情報経済論。 島根県安来市出身。1980年、静岡大学人文学部経済学科卒業。1985年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1989年、「資本主義経済における相互作用と自己組織化の論理」により、東京大学から経済学博士の学位を取得。静岡大学専任講師(1985年)、同助教授(1986年)、東京大学新聞研究所助教授(1991年)、改組により社会情報研究所助教授(1992年)を経て、1999年に社会情報研究所教授、2000年より東京大学大学院情報学環教授。
岡本 耕平(おかもと こうへい、1955年7月7日 - )は… 岡本 耕平(おかもと こうへい、1955年7月7日 - )は、日本の地理学者。専門は行動地理学。名古屋大学名誉教授。元名古屋大学大学院環境学研究科長。現在は、愛知大学教授。 島根県出雲市生まれ。1978年名古屋大学文学部卒、同博士課程修了。河合塾講師のち、東洋大学講師、名古屋大学助手、助教授を経て、大学院環境学研究科教授。学位は地理学博士。退官後、2020年、愛知大学文学部教授に就任した。
山本 浩(やまもと ひろし、1953年4月12日 - )は、… 山本 浩(やまもと ひろし、1953年4月12日 - )は、日本の元アナウンサー、法政大学スポーツ健康学部教授(社会学・スポーツジャーナリズム論)。日本スポーツ協会国民スポーツ大会委員会委員長。元日本放送協会 (NHK) エグゼクティブアナウンサー、解説委員(スポーツ・体育分野担当)。 アナウンサーとしてはサッカー中継の実況に数多く携わったことで知られる。 島根県松江市生まれ。小学4年から中学2年まで静岡県浜松市に住んだことでサッカーに親しむ環境を得る。埼玉県立川越高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業。大学時代に当時ワールドカップ西ドイツ大会が行われていた西ドイツに3ヶ月間インターンシップで訪れている。
服部 正策(はっとり しょうさく、1953年 - )は、日本… 服部 正策(はっとり しょうさく、1953年 - )は、日本の哺乳類学者・爬虫類学者。元東京大学医科学研究所奄美病害動物研究施設准教授。博士(農学)(東京大学・論文博士・1998年)(学位論文「ワタセジネズミ(Crocidura watasei)に関する研究」)。 1953年島根県生まれ。島根県立浜田高等学校、東京大学農学部畜産獣医学科卒業。東京大学医科学研究所奄美病害動物研究施設に在職中、ハブ・ウミガメなどの爬虫類やワタセジネズミやトゲネズミなど哺乳類の研究をおこなった。1998年、東京大学より「ワタセジネズミ(Crocidura watasei)に関する研究」で博士(農学)の学位を授与される。
渡部 哲郎(わたなべ てつろう、1950年- )は、スペイン… 渡部 哲郎(わたなべ てつろう、1950年- )は、スペイン史学者、横浜商科大学教授。専攻はスペイン史、地域研究(バスク) 。 島根県安来市生まれ。島根大学文理学部卒業、上智大学大学院文学研究科博士課程満期退学。常葉学園大学外国語学部助教授、ビルバオのデウスト大学客員教授、横浜商科大学商学部教授。
宇野 邦一(うの くにいち、1948年7月30日 - )は、… 宇野 邦一(うの くにいち、1948年7月30日 - )は、日本の哲学者、フランス文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。専門は映像身体論、身体論、現代思想。 島根県松江市出身。松江工業高等専門学校、京都大学文学部仏文学科卒業。パリ第8大学でジル・ドゥルーズの指導を受け、アントナン・アルトーについての研究で1980年に博士号取得。1979年、「文学の終末について」で第22回群像新人文学賞評論部門優秀作。1983年神戸市外国語大学助教授、1987年立教大学助教授。法学部、現代心理学部で教授を務めた。2014年退任。立教大学名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
中澤 高清(なかざわ たかきよ、1947年10月10日 - … 中澤 高清(なかざわ たかきよ、1947年10月10日 - ) は、日本の地球物理学者。東北大学名誉教授、元大気化学研究会会長。 島根県松江市生まれ。1966年島根県立松江南高等学校卒業。1970年高知大学文理学部理学科卒業。同年東北大学大学院理学研究科に入学し、山本義一、次いで田中正之に師事し、大気放射学の研究を行い、1976年東北大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学、東北大学理学部教務系技官。1979年東北大学理学部助手。1980年東北大学理学博士。 1986年スクリップス海洋研究所客員研究員。1987年東北大学理学部助教授。1989年宇宙科学研究所客員助教授。1993年国立極地研究所客員助教授。
高橋 重宏(たかはし しげひろ、1947年2月18日 - 2… 高橋 重宏(たかはし しげひろ、1947年2月18日 - 2011年12月8日)は、日本の福祉学者。東洋大学教授・日本社会事業大学学長などを歴任。 島根県江津市生まれ。島根県立江津高等学校を経て、1969年東洋大学社会学部応用社会学科社会福祉専攻卒業。1971年同大学院社会学研究科社会福祉専攻修士課程修了、1974年同博士課程満期退学。1986年「家族関係の健康化に関する研究」で東京大学より保健学博士の学位を取得。1973年淑徳短期大学助手、1974年専任講師、1979年関東学院大学専任講師、1981年駒澤大学文学部専任講師、1982年助教授、1988年教授となる。1999年日本社会事業大学教授。
澄川 耕二(すみかわ こうじ、1947年 - )は、日本の麻… 澄川 耕二(すみかわ こうじ、1947年 - )は、日本の麻酔科医、長崎大学名誉教授(元・医学部/大学院医歯薬学総合研究科教授)、佐世保市立総合病院長。 島根県益田市生まれ。 島根県立益田高等学校から大阪大学医学部に進み、1972年に卒業して、6月に医師免許を取得した。大阪大学助手から、滋賀医科大学助手に転じ、1978年に講師、1980年に助教授へ昇任。この間、1978年8月、「副腎髄質のカテコールアミン遊離機構に及ぼす揮発性麻酔薬ならびに筋弛緩薬の影響」で、大阪大学より医学博士を取得。1988年、大阪大学医学部麻酔科助教授を経て。1992年、長崎大学医学部麻酔科教授。 その後、科学研究費委員会専門委員、医師国家試験委員、医道審議会麻酔科標榜資格審査部会委員などを歴任。
新宮清志(1946年1月5日〜) は、日本の構造工学者。建築… 新宮清志(1946年1月5日〜) は、日本の構造工学者。建築構造学者の加藤渉の孫弟子にあたる。日本大学名誉教授。日本建築学会名誉会員。日本知能情報ファジィ学会名誉会員。日本工学会フェロー(第1回認定者)。日本機械学会永年会員(称号)日本膜構造協会第3種正会員。工学博士(日本大学)、一級建築士。瑞宝小綬章受章(令和7年秋)。 島根県出雲市生まれ。1968年 日本大学工学部 建築学科 卒業。1970年 日本大学大学院理工学研究科 建設工学専攻 修士課程 修了。1974年 日本大学大学院 理工学研究科 建築学専攻 博士課程 単位取得満期退学。1974年~1980年 日本大学 助手。1980年~1985年 日本大学 専任講師。
朝枝 善照(あさえだ ぜんしょう、1944年3月8日 - 2… 朝枝 善照(あさえだ ぜんしょう、1944年3月8日 - 2007年1月3日)は、島根県出身の仏教学者、歴史学者。龍谷大学文学部教授、島根県邑南町(旧瑞穂町)の浄土真宗本願寺派浄泉寺住職。文学博士。 俗名は朝枝照。出身の浄泉寺は、かつては門下に三十三ケ寺を抱える山陰きっての真宗の名刹の一つ。江戸時代に著名な真宗学僧である仰誓(1721年 - 1794年)・履善親子が請われて入寺し、学寮を作って自謙や誓鎧などの勝れた学者を多く育て、その学系が特に石州学派と呼ばれたことで知られている。仰誓は妙好人と呼ばれる篤信の真宗信徒の逸話を集めて『妙好人伝』を編集したことで知られている。そうした濃厚な真宗文化の中で育った朝枝であるが、学生時代は臨済宗本山の一つである東福寺に長年寄宿し、禅僧の日々の生活を日夜見て過ごしたため、禅についても造詣が深く、常に深い尊敬の念を抱いていた。
笹本 征男(ささもと ゆくお、1944年 - 2010年3月… 笹本 征男(ささもと ゆくお、1944年 - 2010年3月20日)は、日本の在野の歴史家。専門は日本占領史。 「大量虐殺を受けた側が、それをなした側に全面協力して、その大量虐殺兵器の効果を徹底的に科学調査し、その成果を余すところなく提供する、という転倒がなぜ成立したのか」という視点からアメリカ合衆国原爆傷害調査委員会(ABCC)の成立過程や対米協力の実態を研究、主著『米軍占領下の原爆調査 原爆加害国になった日本』にまとめたのを始め、多くの論文を発表した。 島根県益田市生まれ。島根県立益田高等学校卒業後、上京して働き始めた。市民グループ「原爆文献を読む会」に参加、フリーライターで原爆被爆問題に詳しい中島龍美に出会い、当時援護対象外であった在韓被爆者の存在を知って支援活動に加わる。
梶田 叡一(かじた えいいち、1941年(昭和16年)4月3… 梶田 叡一(かじた えいいち、1941年(昭和16年)4月3日 - )は、日本の教育心理学者。兵庫教育大学名誉教授。 島根県松江市生まれ、鳥取県米子市育ち。1960年鳥取県立米子東高等学校卒業。1964年京都大学文学部哲学科心理学専攻卒業。1971年「自己意識の社会心理学的研究 特に対人認知および対人関係の規定因としての自己意識について」で文学博士の学位を取得。1966年国立教育研究所勤務、主任研究官、1977年日本女子大学文学部助教授、1981年大阪大学人間科学部助教授、教授、1994年京都大学高等教育教授システム開発センター教授、98年同センター長。同10月京都ノートルダム女子大学学長、2002年4月学校法人聖ウルスラ学院理事長兼務(現職)、2004年4月-2019年3月学校法人松徳学院理事長兼務、2006年兵庫教育大学学長、2010年-2012年環太平洋大学学長。
萩野 浩基(はぎの こうき、1940年〈昭和15年〉7月20… 萩野 浩基(はぎの こうき、1940年〈昭和15年〉7月20日 - 2015年〈平成27年〉10月18日)は、日本の政治家、哲学者、僧侶。衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)、科学技術政務次官(羽田内閣)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、島根県済善寺住職、東北福祉大学学長などを務めた。島根県鹿足郡津和野町出身。 島根県鹿足郡津和野町(旧津和野町域)にある曹洞宗の寺院・永明寺に生まれる。世田谷高等学校、駒澤大学卒業を経て、1970年(昭和45年)早稲田大学大学院政治学研究科修士課程を修了。玉川大学、共立女子大学、駒澤大学、早稲田大学社会科学部などの講師を経て、1977年(昭和52年)東北福祉大学助教授となり、1979年(昭和54年)東北福祉大学教授。
祖田 修(そだ おさむ、1939年10月11日 - 2025… 祖田 修(そだ おさむ、1939年10月11日 - 2025年1月20日)は、日本の農学者、農業経済学者。農学、農業経済学、地域経済論が専門。京都大学・福井県立大学名誉教授。元福井県立大学学長、放送大学客員教授。農学博士。 島根県安来市出身。地方産業振興に尽くした前田正名の研究者でもある。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
長谷川 堯(はせがわ たかし、1937年〈昭和12年〉6月1… 長谷川 堯(はせがわ たかし、1937年〈昭和12年〉6月16日 - 2019年〈平成31年〉4月17日)は、日本の建築史家、建築評論家。武蔵野美術大学名誉教授。建築学会賞受賞。島根県旧八束郡玉湯村(現松江市)出身。長男は俳優の長谷川博己。 島根県八束郡玉湯村(現松江市)に生まれる。生家は玉造温泉の老舗旅館『保性館』を営んでいた(現在は経営権をホテルマネージメントインターナショナルに譲渡)。島根県立松江高等学校(現・島根県立松江北高等学校)卒業後上京、早稲田大学第一文学部で美術史を専攻、卒業論文でミース・ファン・デル・ローエとル・コルビュジエらを論じ、1960年同大学卒業後、卒業論文が雑誌『国際建築』(第27巻8号・1960年8月号)に掲載され、評論活動をスタートする。
石川 実(いしかわ みのる、1937年1月15日 - 202… 石川 実(いしかわ みのる、1937年1月15日 - 2021年5月20日)は、日本の社会学者。奈良女子大学名誉教授。専門は理論社会学、社会心理学、家族社会学。 島根県益田市出身。島根県立益田高等学校を経て、1965年京都大学文学部哲学科(社会学専攻)卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程(社会学専攻)中退。九州工業大学専任講師・助教授を経て、奈良女子大学助教授。フランス国立科学研究センター(CNRS)社会学研究センター共同研究員(1978年)、スタンフォード大学フーヴァー研究所及び社会学科客員研究員(1978年8月〜1979年3月)。その後、奈良女子大学教授(1986年〜)。2000年に停年退官して名誉教授となり、ノートルダム清心女子大学大学院教授。
和田 好清(わだ よしきよ、1937年(昭和12年)- )は… 和田 好清(わだ よしきよ、1937年(昭和12年)- )は、日本のジャーナリスト、学者、政治活動家である。島根県大田市出身。早稲田大学卒業。産経新聞記者、藤田正明参議院議員政策担当秘書、新自由クラブ島根県連合代表、米アラスカ大学政治学客員教授、グアム大学政治学教授・総長顧問などを務めた。
田原 博人(たばら ひろと、1936年〈昭和11年〉7月25… 田原 博人(たばら ひろと、1936年〈昭和11年〉7月25日 - 2025年〈令和7年〉5月30日)は、日本の宇宙物理学者。宇都宮大学名誉教授。宇都宮大学学長や日本天文学会理事長を務めた。 島根県益田市出身。実家は雑貨屋。1962年(昭和37年)立教大学理学部物理学科卒業。1968年(昭和43年)立教大学大学院理学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、1970年(昭和45年)東京大学東京天文台宇宙電波部助手。東京天文台職員組合執行委員長を経て、1973年(昭和48年)東京天文台職員組合闘争委員長。1974年(昭和49年)、宇都宮大学で電波天文学の新学部を設立するため、同大教育学部助教授に赴任し、宇都宮大学職員組合執行委員長に就任。
白石 昭臣(しらいし あきおみ、1935年8月30日 - 2… 白石 昭臣(しらいし あきおみ、1935年8月30日 - 2004年10月23日)は、日本の民俗学者。 島根県大田市生まれ。國學院大学文学部卒。島根県立矢上高等学校、島根県立江津高等学校、島根県立大田高等学校、島根県立出雲高等学校などの教諭、鳥取大学、島根大学兼任講師、島根県立国際短期大学教授。喜多八幡宮宮司。山陰民俗学会会長。日本民俗学会評議員。日本口承文芸学会理事。島根県文化財保護審議会委員。島根県地名研究会代表。『畑作の民俗』で1989年度高崎博士記念賞を受ける。
立脇 和夫(たてわき かずお、1935年1月17日 - )は… 立脇 和夫(たてわき かずお、1935年1月17日 - )は、日本の経済学者、早稲田大学名誉教授。 島根県出雲市生まれ。1959年神戸大学経営学部卒、1989年「在日外国銀行史の研究 幕末開港から条約改正まで」で経済学博士。日本銀行に勤務しワシントン大学に学ぶ。1984年長崎大学経済学部助教授に転じ、1987年教授、1988年静岡県立大学国際関係学部教授、1992年早稲田大学商学部教授。2005年定年、名誉教授。
田中 瑩一(たなか えいいち、1934年1月30日 - 20… 田中 瑩一(たなか えいいち、1934年1月30日 - 2026年2月)は、日本の国文学・国語教育学者、島根大学名誉教授。 島根県松江市生まれ。島根大学教育学部中学校教員養成国語科卒。島根大学教育学部助教授、教授、89-93年島根大学教育学部附属中学校校長、98年定年退官、名誉教授、広島文教女子大学文学部教授、2005年退職。
野見山 俊一(のみやま しゅんいち、1933年9月1日 - … 野見山 俊一(のみやま しゅんいち、1933年9月1日 - 2012年7月16日)は、日本の陸上競技選手・指導者(長距離)、熊本学園大学名誉教授。 島根県松江市生まれ。福岡県立嘉穂高等学校、東京教育大学体育学部卒。 高校時代は水泳部に所属していたが、長距離選手としての特性を見いだされ陸上競技部に転部。東京教育大学時代は箱根駅伝に2回出場(第30回7区、第31回10区)。 熊本国体(1960年)の開催年に熊本商科大学(現・熊本学園大学)に招聘され、以後46年間にわたり指導にあたる。野見山の指導する熊本商科大学は、全日本大学駅伝対抗選手権大会に2回出場を果たした(第2回、第12回)。 九州一周駅伝では熊本県チームの監督団の一員として参加。
長澤 雅男(ながさわ まさお、1933年1月6日 - 201… 長澤 雅男(ながさわ まさお、1933年1月6日 - 2018年3月11日)は、日本の図書館情報学者、東京大学名誉教授。 島根県松江市生まれ。1958年、慶應義塾大学文学部図書館学科卒業。1961年、ジョージ・ピーボデー大学大学院修士課程修了。1958年、国際基督教大学図書館勤務、1960年、慶應義塾大学文学部講師、助教授、1973年、東京大学教育学部助教授、教授、1993年、定年退官、名誉教授、愛知淑徳大学教授。2003年、退職。日本図書館情報学会会長を務めた。 日本図書館協会発行の『日本の参考図書 補遺版』『日本の参考図書 解説総覧』の編集委員長を務めた。
岩崎 博(いわさき ひろし、1933年 - 2015年2月2… 岩崎 博(いわさき ひろし、1933年 - 2015年2月24日)は、日本の物理学者。島根県松江市出身。放射光科学、結晶学の発展に貢献した。日本放射光学会会長、日本結晶学会会長などを歴任した。 1956年、東京教育大学理学部物理学科卒業。1958年に東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了後、博士課程途中で退学し、東北大学金属材料研究所小川四郎研究室で助手を務めた。1964年に東北大学助教授、1975年に教授となった。 1986年、高エネルギー物理学研究所に教授として着任し、1991年から1994年まで、フォトン・ファクトリー施設長を務めた。 1994年、総合研究大学院大学名誉教授。同年立命館大学理工学部に教授として着任し、SRセンターの立ち上げに尽力した。
板木 利隆(いたぎ としたか、1929年11月22日-201… 板木 利隆(いたぎ としたか、1929年11月22日-2019年10月2日 )は、日本の農学者。 島根県出雲市生まれ。1950年千葉農業専門学校(現・千葉大学園芸学部)卒業。千葉大学園芸学部助手、1954年神奈川県農業試験場技師、1965年同園芸試験場場蔬菜課長、1979年同技術研究部長、1983年園芸試験場長、1985年神奈川県農業総合研究所所長、全農営農・技術センター技術主管を経て、板木技術士事務所所長、園芸植物育種研究所理事、農林水産省高度環境制御技術研修検討専門委員、茨城県立農業大学校非常勤講師、NPO植物工場研究会諮問委員、日本野菜育苗協会技術顧問を務める。1976年「施設栽培における暖房方式ならびにキュウリ・トマトの気・地温制御に関する研究」で東京農業大学農学博士。
若林 慎一郎(若林愼一郎、わかばやし しんいちろう、1929… 若林 慎一郎(若林愼一郎、わかばやし しんいちろう、1929年8月22日 - )は、日本の精神医学者。 島根県浜田市出身。1958年名古屋大学医学部卒、1963年同大学院精神医学博士課程修了、1964年「児童神経症についての一考察」で医学博士。1967年日本福祉大学助教授、1969年名古屋大学医学部付属病院講師、1974年愛知県立心身障害者コロニー・発達障害研究所治療部長、1978年名古屋大学医学部助教授、教授、1993年定年退官、金城学院大学教授、岐阜大学医学部教授。1991-1994年日本児童青年精神医学会理事長。
河添邦俊(かわぞえ くにとし、1929年1月27日 - 19… 河添邦俊(かわぞえ くにとし、1929年1月27日 - 1995年)は、日本の障害児教育学者・教育者。 島根県浜田市生まれ。島根大学卒業。島根県柿木村柿木中学校教諭、島根県立浜田ろう学校教諭、東北福祉大学助教授、教授、高知大学教育学部教授、河添育児学研究所長。妻は河添幸江。
梅津 和郎(うめづ かずろう、1929年1月1日 - )は、… 梅津 和郎(うめづ かずろう、1929年1月1日 - )は、日本の政治・経済学者、大阪外国語大学名誉教授、名古屋市立大学名誉教授。 島根県松江市出身。別名・田中一狼。1959年京都大学大学院経済学研究科国際経済論博士課程満期退学、1964年「日本の貿易思想 日本貿易政策思想史研究」で経済学博士。大阪外国語大学講師、助教授、教授を経て、名古屋市立大学教授。1994年定年退官、名誉教授、名古屋学院大学教授を務めた。1964年日本商業学会賞受賞。国際政治、大学経営などに健筆をふるった。2011年瑞宝中綬章受章。
梶谷 哲男(かじたに てつお、1927年9月1日 - )は、… 梶谷 哲男(かじたに てつお、1927年9月1日 - )は、日本の精神病理学者。 島根県出雲市出身。本名・敬二。1950年徳島医科大学卒。57年「ヘモグロビン及びその誘導体の抗原性」で鳥取大学医学博士。鳥取大学医学部講師、1958年中央鉄道病院勤務、精神神経科医長、1981年晴和病院医長、1983年東京新生病院副院長。パトグラフィーで知られた。
岡崎 晋(おかざき すすむ、1925年3月8日 - )は、日… 岡崎 晋(おかざき すすむ、1925年3月8日 - )は、日本の北欧文学者、東海大学名誉教授。 島根県益田市出身。1945年陸軍特別幹部候補生水上特攻隊除隊、1949年京都府農林専門学校農学科卒業、1951年早稲田大学文学部卒業、54年同大学院修士課程修了。55-59年デンマークのコペンハーゲン大学およびアイスランド大学で一般言語学、デンマーク語、アイスランド語を学ぶ。1967年東海大学文学部北欧文学科専任講師となり、助教授、教授。95年定年退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
大野篤美(おおの あつみ、1925年 - 2017年)は、日… 大野篤美(おおの あつみ、1925年 - 2017年)は、日本の金属工学者。千葉工業大学名誉教授、トロント大学客員教授。「OCCプロセス」の発明で知られる。その技術はまたたくまに世界中で応用され、ノイズのほとんどない音を出すオーディオ機器などを可能にした。 大野が発明した、加熱鋳型式連続鋳造法「OCCプロセス」は、高品質な金属材料を生み出すと共にNear Net Shape Castingとして画期的な製造法である。従来の金属は、冷却鋳型の中で外側から固める方法で製造されていたが、OCCプロセスは、この方法とは全く逆に、鋳型を加熱し金属を内部から固めるという画期的な鋳造法をとる。OCCプロセスによって得られる金属は、中心に巣や不純物等の偏析がなく、しかも表面が平滑な一方向凝固鋳塊であり、その優れた特性によって、材料の耐久性・耐食性・耐疲労性及び加工性を飛躍的に向上させる。
三ヶ月 章(みかづき あきら、1921年〈大正10年〉6月2… 三ヶ月 章(みかづき あきら、1921年〈大正10年〉6月20日 - 2010年〈平成22年〉11月14日)は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。学位は法学博士(東京大学・論文博士・1962年)(学位論文「強制執行と滞納処分の統一的理解」)。法務大臣(第56代)。東京大学名誉教授。1991年日本学士院会員、2005年文化功労者、2007年文化勲章受章。弁護士(大江忠・田中豊法律事務所)。菊井維大門下。弟子に青山善充、伊藤眞、上原敏夫など。 島根県浜田市出身。家計が貧しかったため中学進学は諦め洋服屋の小僧になるつもりでいたが、東京府立第五中学校(現東京都立小石川中等教育学校)に進み、第一高等学校を経て、1942年東京帝国大学入学。
松田 岩男(まつだ いわお、1920年1月22日 - 199… 松田 岩男(まつだ いわお、1920年1月22日 - 1992年2月18日)は、日本の体育心理学者。 島根県浜田市生まれ。1945年東京文理科大学心理学科卒。1947年東京高等師範学校助教授、50年教授、1951年東京教育大学助教授、70年教授、1973年筑波大学教授、1981年上越教育大学副学長。85年退官、名誉教授。中京大学教授となり、1988年4月学長に就任。第14ー15期日本学術会議会員。1985年国際スポーツ心理学会功労賞。1992年2月18日、後述の事件にて客死する。享年72。 1992年2月18日、中京大学とマサチューセッツ大学ボストン校との交流協定締結のため、中垣昇経済学部教授らと共にボストン市内ウエスティンホテルに宿泊し、同日午後夕方より打ち合わせの予定があったところ襲撃される。