北白川 祥子(きたしらかわ さちこ、1916年〈大正5年〉8… 北白川 祥子(きたしらかわ さちこ、1916年〈大正5年〉8月26日 - 2015年〈平成27年〉1月21日)は、日本の旧皇族、宮内庁女官長。北白川宮永久王の妃。旧名は、徳川 祥子(とくがわ さちこ)。皇族時代の身位は王妃で、皇室典範における敬称は殿下。 男爵徳川義恕と妻・寛子(津軽承昭伯爵令嬢)の二女として誕生した。姉は幼少期に夭折し、兄妹の唯一の女子として愛情を受けて育った。長兄の徳川義寛は昭和天皇の侍従長。次兄の津軽義孝は常陸宮妃華子の父に当たる。 東京女子高等師範学校を卒業後は、花嫁修業をする。1934年(昭和9年)6月19日、婚約が内定したことが、非公式に発表された。この際、祥子の人となりは「明朗な典型的近代女性」かつ「お茶の水時代にお伴もつれずにお獨りで毎日電車で通学されたほど平民的な方」と報じられた。
井本 農一(いもと のういち、1913年3月30日 - 19… 井本 農一(いもと のういち、1913年3月30日 - 1998年10月10日)は、日本の国文学者・俳人、お茶の水女子大学名誉教授。実践女子大学第8代学長で、勲二等瑞宝章受章者。 1913年、山口県新南陽市(現周南市)に生まれた。1933年、旧制成蹊高等学校文科甲類を卒業。1936年、東京帝国大学文学部国文科を卒業。 卒業後は、お茶の水女子大学教授をつとめた。1961年、学位論文『蕉風を中心としたる俳諧史の問題的研究』を東京大学に提出して文学博士号を取得。1976年にお茶の水女子大学を定年退官し、名誉教授となった。その後も聖心女子大学教授として教鞭をとり、1984年からは実践女子大学第8代学長をつとめた。
山本 藤枝(やまもと ふじえ、1910年〈明治43年〉12月… 山本 藤枝(やまもと ふじえ、1910年〈明治43年〉12月7日 - 2003年〈平成15年〉7月7日)は、日本の児童文学作家、翻訳家、女性史研究家。 本名・フジヱ(旧姓・岡村)。筆名に露木 陽子(著書節、再話・翻訳節参照)。夫は児童文学作家、詩人の山本和夫。ロシア児童文学の翻訳・研究家の松谷さやかはその子にあたる。 和歌山県伊都郡笠田村(現・かつらぎ町)生まれ。高等女学校を経て東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)を卒業。卒業後は神奈川高等女学校(現・神奈川学園中学校・高等学校)の教諭を務め、のちに結婚退職した。 1977年『細川ガラシャ夫人』で産経児童出版文化賞受賞。 子ども向けの伝記、海外作品の再話・翻訳した著作を多く物するとともに、とりわけ日本史上の女性の生涯の執筆に意を注いだ。
小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉1… 小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉10月1日 - 1998年〈平成10年〉3月31日)は、日本の翻訳家、随筆家、ノンフィクション作家。トーベ・ヤンソンの『ムーミンシリーズ』などの児童文学翻訳で知られる。旧姓、一戸。陸軍少将小野寺信は夫。 東京都渋谷区生まれ。東京女子高等師範学校附属高等女学校専攻科(現・お茶の水女子大学附属中学校・お茶の水女子大学附属高等学校)卒。第二次世界大戦中、公使館附武官だった夫とともにスウェーデンに滞在し、和平工作のための夫の情報活動を手伝い、暗号電文を作ったり、本国からの電文を解読したりした。60歳を過ぎてから、トーベ・ヤンソンやアストリッド・リンドグレーン、エレン・ケイなどスウェーデン文学の翻訳に従事した。
九重 年支子(ここのえ としこ、1904年〈明治37年〉8月… 九重 年支子(ここのえ としこ、1904年〈明治37年〉8月11日 - 2002年〈平成14年〉8月13日)は、日本の発明家、実業家。簡易織り機である「九重手織り機」の発明、その普及と織物制作に努めたことや、婦人発明家協会の創立で知られ、日本の女性発明家の草分けとも呼ばれる。東京府深川区(後の東京都江東区)出身。本名、坂野 敏子。東京女子高等師範学校(後のお茶の水女子大学)専攻科卒業。 1904年(明治37年)シンガーミシン裁縫女学院設立者の父秦敏之と女学院院長母利舞子の間に生まれる。6歳下の妹はニットデザイナーの秦万紀子。東京女子高等師範学校付属高女・専攻科英語科卒業、翌年建築技師坂野秀雄と結婚。
森 茉莉(もり まり、1903年〈明治36年〉1月7日 - … 森 茉莉(もり まり、1903年〈明治36年〉1月7日 - 1987年〈昭和62年〉6月6日)は、日本の小説家・エッセイスト。翻訳も行っていた。 東京市本郷区駒込千駄木町出身。文豪森鷗外と、その2人目の妻志げの長女である。幻想的で優雅な世界を表現することに優れており、主な著作には『父の帽子』『恋人たちの森』『甘い蜜の部屋』などがある。また、独特の感性と耽美的な文体を持つエッセイストとして、晩年まで活躍した。 森家の長女として生まれた茉莉は、鷗外を始め非常に多くの人に囲まれ、かわいがられて育った。特に鷗外の溺愛ぶりは有名で、彼女は16歳まで鷗外の膝の上に座っていたという。 東京女子高等師範学校附属小学校(現・お茶の水女子大学附属小学校)に入学したが、10歳の時に教師と衝突して中退し、仏英和尋常小学校(現・白百合学園小学校)に転校。
森本 治枝(もりもと はるえ、1902年(明治35年) - … 森本 治枝(もりもと はるえ、1902年(明治35年) - 1995年(平成7年)3月12日)は、日本の数学者。女性数学者の先駆けで、女手で育て上げた子供4人とも教授(天文学者の森本雅樹、経済学者の森本芳樹ら)になったことでも有名である。夫は数学者森本清吾。 1902年(明治35年)大阪府大阪市北区曽根崎生まれ。大阪府立清水谷高等女学校(現・大阪府立清水谷高等学校)卒業後の1918年(大正7年)東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)理科に進学した。卒業後の1924年東北帝国大学(現・東北大学)理学部数学科に入学し1927年(昭和2年)3月卒業。この年6月、数学科で出会った東北帝大助手の深澤清吾と、周囲から反対されたが結婚した(清吾が、姓を森本に改称)。
赤木 志津子(あかぎ しづこ、1900年 - 1990年12… 赤木 志津子(あかぎ しづこ、1900年 - 1990年12月8日)は、日本の歴史学者。日本史、特に平安時代の文化史を専門とし、日本文学研究との学際的な研究を行い、お茶の水女子大学、都留文科大学などの教員を務めた。 大学を卒業した女性の歴史学者としては、最初期の先駆的存在であった。 福井県今立郡神明村(後の鯖江市)に生まれた。父は陸軍主計将校、母は御家人の家の娘で、志津子は、夭折した長男に続いて生まれた三姉妹の次女であった。父の転任にともない石川県金沢市へ移り、次いで父の台湾への派遣にともない、母の実家のあった静岡県静岡市へ移った後、1905年以降は父の転任に従って広島県広島市に定住した。このため、出身地は広島市とされることもある。
安部 ヨリミ(あべ ヨリミ、1899年7月25日 - 199… 安部 ヨリミ(あべ ヨリミ、1899年7月25日 - 1990年7月28日)は、日本の小説家である。小説家・劇作家として知られる安部公房の母で、安部 よりみ、安部 頼実という表記もある。彼女は公房の出生と前後して生涯で唯一の小説『スフィンクスは笑う』(翌年『光に背く』と改題)を書き上げていた。『スフィンクスは笑う』は2012年に講談社文芸文庫から再刊され、その資料的重要性や文学性の高さなどが改めて注目されている。 結婚前の姓は井村(いむら)といい、北海道上川郡東鷹栖村(現:旭川市東鷹栖)に生まれた。父・井村亀蔵と母・サクはともに現在の徳島県出身で、ヨリミは3人姉弟(姉・ハルメ、ヨリミ、弟・效〈まなぶ〉)の真ん中であった。
江角 ヤス(えすみ ヤス、1899年〈明治32年〉2月15日… 江角 ヤス(えすみ ヤス、1899年〈明治32年〉2月15日 - 1980年〈昭和55年〉11月30日)は、日本の教育者、修道女、社会事業家。 島根県簸川郡久木村(現在の出雲市)で、誕生した。父・文之助と母・ユウの3女で、9人きょうだいの6番目の子供だった。家の宗教は浄土真宗であった。 1905年(明治38年)、久木村尋常高等小学校に入学し、1911年(明治44年)に卒業する。同年4月には、簸川群直江村外5ヶ村の組合立直江高等小学校に入学し、1914年(大正3年)に卒業する。同年4月、島根県女子師範学校(二部)に入学し、1916年(大正5年)に卒業する。同年4月、東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)理科に入学する。
望月 春江(もちづき しゅんこう、1893年(明治26年)1… 望月 春江(もちづき しゅんこう、1893年(明治26年)11月13日 - 1979年(昭和54年)2月13日)は、日本の画家。本名は尚(ひさし)。 山梨県西山梨郡住吉村増坪(現在の甲府市増坪町)に父・宗正、母・もとの二男として生まれる。1908年(明治41年)に山城尋常高等小学校高等科(現在の甲府市立山城小学校)を卒業し、同年に山梨県立甲府中学校(現在の山梨県立甲府第一高等学校)に入学。卒業後、1914年(大正3年)に東京美術学校日本画科に入学。1919年(大正8年)に同科を首席で卒業する。卒業後は結城素明に師事するとともに、文部省大臣官房図書課の嘱託となり、1920年(大正9年)には東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)の講師(後に同校の教授)となった。
清水 郁子(しみず いくこ、1892年10月2日 - 196… 清水 郁子(しみず いくこ、1892年10月2日 - 1964年6月24日)は、教育学者、教育者、教育評論家・女性問題評論家。崇貞学園経営者、桜美林学園創立者、桜美林学園初代学園長。旧姓小泉。 1892年10月、島根県松江市に生まれる。1895年、弟の誕生後、菅浦の漁民の家の里子となり、幼少期を過ごすが、学齢期を迎えて実家にもどり、尋常小学校に入学した。 小学生時に教会へ通いキリスト教と出会った。地元の中学校卒業後は上京し東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)へ進学、1915年の卒業間近にキリスト教の洗礼を受ける。 東京女子高等師範学校在学中に平塚らいてう他の「青鞜社」の運動に啓発され、女性問題、男子との社会的平等思想に関心を持つようになる。
石川 謙(いしかわ けん、1891年4月29日 - 1969… 石川 謙(いしかわ けん、1891年4月29日 - 1969年7月12日)は、日本の教育史学者、お茶の水女子大学名誉教授。岡崎女子短期大学初代学長。教育学者の石川松太郎は息子である。日本近世教育史、特に石門心学を研究した。 愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市花園町屋敷)に中川仙太郎の次男として生まれる。1895年、4歳のときに父が死去し、碧海郡依佐美村(現・刈谷市小垣江町)で農業を営む石川松吉の養嗣子となる。1903年、小垣江高等小学校を卒業。1912年、文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験教育科に合格し、1916年(大正15年)には東京高等師範学校の研究科に入学。1920年に渡米し、翌年スタンフォード大学に入学し、カバリー教授の指導を受ける。
杉田 久女(すぎた ひさじょ、1890年(明治23年)5月3… 杉田 久女(すぎた ひさじょ、1890年(明治23年)5月30日 - 1946年(昭和21年)1月21日)は、鹿児島県出身の日本の俳人。本名は杉田 久(すぎた ひさ)。高浜虚子に師事。長谷川かな女、竹下しづの女とともに、近代俳句における最初期の女性俳人で、男性に劣らぬ格調の高さと華やかさのある句で知られた。家庭内の不和、師である虚子との確執など、その悲劇的な人生はたびたび小説の素材になった。 大蔵省書記官・赤堀廉蔵と妻・さよの三女として鹿児島県鹿児島市で生まれる。父の転勤に伴い、12歳になるまで沖縄県那覇市、台湾嘉義県、ついで台北市と移住して過ごす。1908年(明治41年)、東京女子高等師範学校附属高等女学校(現・お茶の水女子大学附属中学校・お茶の水女子大学附属高等学校)を卒業。
大塚 楠緒子(おおつか くすおこ/なおこ、1875年(明治8… 大塚 楠緒子(おおつか くすおこ/なおこ、1875年(明治8年)8月9日 - 1910年(明治43年)11月9日)は明治末期に活躍した歌人、作家。夫は美学者の大塚保治(入婿)。本名:大塚久寿雄。別名:久寿雄子・楠緒・楠緒子。才色兼備で夏目漱石が恋した人として知られる。 東京控訴院長・大塚正男の長女として東京市麹町区一番町で生まれる。麹町の富士見小学校出身。東京女子師範附属女学校(現・お茶の水女子大学附属中学校・高等学校)を卒業後、佐々木弘綱・信綱の元で和歌を学んだ。1895年、小屋保治と結婚(保治は大塚姓になった)。夫が留学中、英語を明治女学校で学ぶほか、絵画を橋本雅邦に師事、ピアノや料理なども学んだ。
木村 曙(きむら あけぼの、"明治5年"3月3日("1872… 木村 曙(きむら あけぼの、"明治5年"3月3日("1872年"4月10日) - 明治23年(1890年)10月19日)は兵庫県出身の作家。本名、岡本ゑい(えい子、栄子)。 牛鍋チェーン店"いろは"の経営者木村荘平とその愛人(のち正妻)岡本政の娘として神戸市に生まれる。官立東京高等女学校(東京女子師範学校附属高等女学校/現:お茶の水女子大学附属中学校・附属高等学校)在学中、ヨーロッパで刺繍を学ぶことを望み、フランス語の学習に熱中。卒業後、文部省にフランス留学を命じられた女性から同行するよう誘われ、父荘平に留学の許可を求めたが許されず、母と共に浅草広小路の"いろは"第十支店に住み込んで帳場を担当。
十文字 こと(じゅうもんじ こと、天保暦 明治3年11月10… 十文字 こと(じゅうもんじ こと、天保暦 明治3年11月10日 / グレゴリオ暦 1870年12月31日 - 1955年5月17日)は、日本の教育者である。十文字学園の設立者である。旧姓は高畑。
三宅 花圃(みやけ かほ、1869年2月4日(明治元年12月… 三宅 花圃(みやけ かほ、1869年2月4日(明治元年12月23日) - 1943年(昭和18年)7月18日)は、明治時代の小説家、歌人。著書『藪の鶯』は、明治以降に女性によって書かれた初の小説。 姓は田辺、本名は竜子。花圃と号す。本所番場町に住む旧幕臣で元老院議員の父・田辺太一、母・己巳子(きみこ)の長女に生まれる。戸籍では10月5日生まれ。竜子は8歳で麹町小学校に入学したが、その後、跡見花蹊の跡見女学校に学び、ついで桜井女学校、明治女学校と次々と学校を変ったのち、最後に、森有礼の理想によって女子の最高学府として設立された一つ橋の東京高等女学校(現・お茶の水女子大学)専修科に入学、1889年(明治22年)に卒業した。
塚本 ハマ(つかもと ハマ、1866年7月31日(慶応2年6… 塚本 ハマ(つかもと ハマ、1866年7月31日(慶応2年6月20日)- 1941年(昭和16年)6月30日)は、日本の女性教育者である。旧姓は小川。 江戸の本郷にてうまれる。幼少時に静岡県に移住し、女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)に入学する。入学後両親を失った野口幽香と親交を持ち、欠席時の補佐として携わった。これにより幽香と共に1889年(明治22年)キリスト教に受洗し、卒業後は大阪女子師範学校(後の大阪第一師範学校、現在の大阪教育大学教育学部)にて教鞭を執り、その管理も務めた。後に同学校に勤務する傍ら、梅花女学校(現在の梅花女子大学)の教師も兼任した。 この頃に農学者の塚本道遠と結婚し、6人の子供を産む。
きよら 羽龍(きよら はりゅう、9月8日 - )は、宝塚歌劇… きよら 羽龍(きよら はりゅう、9月8日 - )は、宝塚歌劇団宙組に所属する娘役。 東京都練馬区、お茶の水女子大学附属中学校出身。身長161cm。愛称は「おはね」。 2016年、宝塚音楽学校入学。 2018年、音楽学校卒業後、宝塚歌劇団に104期生として入団。入団時の成績は5番。星組公演「ANOTHER WORLD/Killer Rouge」で初舞台。その後、月組に配属。 2019年の阪急阪神初詣ポスターモデルに起用される。 2021年、珠城りょう・美園さくらトップコンビ退団公演となる「桜嵐記」で、新人公演初ヒロイン。当初は前年の「ピガール狂騒曲」で初ヒロイン予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大により、新人公演が休止となる。
長島 伸子(ながしま のぶこ、7月27日 - )は、日本のソ… 長島 伸子(ながしま のぶこ、7月27日 - )は、日本のソプラノ歌手、クラシック解説者、女性声優。フェザード所属。東京都出身。
アンヌ 遙香 は、日本のフリーアナウンサー、タレント。TBS… アンヌ 遙香 は、日本のフリーアナウンサー、タレント。TBSアナウンサー時代は小林 悠 として活動した。
伊藤 厚子 は、日本の物理学者。専門は固体物理学(磁性)。お… 伊藤 厚子 は、日本の物理学者。専門は固体物理学(磁性)。お茶の水女子大学名誉教授。理学博士。
田代 早苗 は、日本の実業家、ジャーナリスト。株式会社マッド… 田代 早苗 は、日本の実業家、ジャーナリスト。株式会社マッドハウス代表取締役社長。
石川 寛子(いしかわ ひろこ)は、日本の家政学者。武蔵野女子… 石川 寛子(いしかわ ひろこ)は、日本の家政学者。武蔵野女子大学教授、放送大学教授を歴任。日本家政学会食文化研究部会の部会長も務めた。 お茶の水女子大学家政学部食物学科を卒業後、研究者の道へ進み、放送大学教授や日本家政学会食文化研究部会の部会長などを務めた。 編著を務めた『論集・江戸の食–くらしを通して–』は、石川が中心となって日本家政学会食文化研究部会に所属する5人の研究者が集まり、江戸庶民の食をテーマに行ったグループ研究をまとめた書籍である。杉田浩一は、食べ方や食事への意識といった生活文化に占める「食」の位置づけは記録に残りにくく、歴史資料からこれらを掘り起こして推察するのは「大変な難事」であるとしたうえで、食物・料理の記述にとどまらず、生活や食に対する思想まで多面的に史実が掘り起こされていると評価した。
井上 あさひ は、NHKのアナウンサー。
岡山 裕子 は、日本のフリーアナウンサー・ニュースキャスター… 岡山 裕子 は、日本のフリーアナウンサー・ニュースキャスター・気象予報士。ノットコミュニケーションズ所属。元名古屋テレビ放送アナウンサー。
重川 純子(しげかわ じゅんこ)は、日本の経済学者・家政学者… 重川 純子(しげかわ じゅんこ)は、日本の経済学者・家政学者。埼玉大学教育学部生活創造講座教授・埼玉大学大学院教育学研究科教授、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科教授。専門は家庭経営学、生活経済学。 研究分野は、家計を中心とした生活経営の実証的研究。世帯の外部環境及び内部環境と家計構造の関係を統計資料,パネルデータを用い分析している。ここに至る研究で、妻の就業変化,結婚・出産による家計の変化を,費目配分の他,家計組織,夫妻間の配分等について分析した。社会環境の異なる外国との対比、長期記帳された家計簿を資料とした家計の実態分析を行っている。
新谷 珠恵(しんたに たまえ)は、日本の教育学者。社団法人東… 新谷 珠恵(しんたに たまえ)は、日本の教育学者。社団法人東京都小学校PTA協議会会長。 お茶の水女子大学文教育学部卒。都内中学教諭を経験後渡米して海外での教育活動に携わる。帰国後は社会福祉法人内教育研究所相談室専門相談員及びボランティアコーデイネーターとして活動し、その後、東京都小学校PTA協議会において平成16年度に理事、平成17年度に副会長を歴任し、平成18年度から平成21年度現在まで会長を務める。(但し平成20年度から役員名簿の記述から、子供が学校に通学しているという意味での現役のPTA会長ではなくなっている) 社会技術研究開発センターの研究開発領域である「犯罪からの子どもの安全」のマネジメントグループにも領域アドバイザーとして参画しており、子供を犯罪から如何にして守るかについて提言をしている。
兵藤 るり は日本の脚本家。
水嶋 千詠 は、日本のタレント・気象予報士(登録番号3597… 水嶋 千詠 は、日本のタレント・気象予報士(登録番号3597番)。
宮里 暁美(みやさと あけみ)は、日本の教育者、保育学者(保… 宮里 暁美(みやさと あけみ)は、日本の教育者、保育学者(保育実践研究)。お茶の水女子大学人間発達教育科学研究所教授、文京区立お茶の水女子大学こども園園長(初代)。 静岡大学教育学部附属幼稚園教諭、公立幼稚園の教諭を経て、お茶の水女子大学附属幼稚園副園長、十文字学園女子大学人間生活学部教授などを歴任した。 日本の幼稚園教員、および、保育学者である。十文字学園女子大学の人間生活学部や、お茶の水女子大学の人間発達教育科学研究所にて教鞭を執り、後進の育成に努めた。お茶の水女子大学の附属幼稚園では副園長を務め、悠仁親王の入園から卒業までを見守ったことでも知られている。また、史上初めて、国立大学が運営するこども園の園長を務めたことでも知られている。
虫鹿 里佳 は、NHK大阪放送局・NHK名古屋放送局に出演し… 虫鹿 里佳 は、NHK大阪放送局・NHK名古屋放送局に出演していた気象予報士。気象キャスターネットワーク所属。
畠山 園佳(はたけやま そのか、11月28日 - )は、元テ… 畠山 園佳(はたけやま そのか、11月28日 - )は、元テレビ高知のアナウンサー。 土佐女子中学高等学校を卒業後、お茶の水女子大学文教育学部へ進学する。大学在学中、インターネット接続サービス So-net の広報活動に従事する「So-net キャンパスサポーターズ」のメンバーを務めていた(4期生)。また、在学中にはテレビ朝日アスクにも通っていた。 大学を卒業後、2010年にテレビ高知に入社。同局のアナウンサーを務めた後、2014年に退社した。その後も同年9月3日から同局で放送されていた『土佐もんTaste』に出演していたが、番組出演は2015年3月18日に放送の第14回が最後となっている。 その後は地方公務員に転じ、2015年4月1日から高知県庁の職員を務めている。
中村 英代(なかむら ひでよ、6月26日 )は、日本の社会学… 中村 英代(なかむら ひでよ、6月26日 )は、日本の社会学者。日本大学文理学部社会学科教授。専門は臨床社会学、社会問題論、質的調査法。 東京都生まれ。2000年お茶の水女子大学文教育学部人間社会科学科応用社会学コース卒業。2002年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。2007年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。 2002年修士(社会学:東京大学)、2007年博士(社会科学:お茶の水女子大学)。
一樹 千尋(いつき ちひろ、5月11日 - )は、宝塚歌劇団… 一樹 千尋(いつき ちひろ、5月11日 - )は、宝塚歌劇団専科に所属する男役。元星組組長。 千葉県八千代市、お茶の水女子大学附属高等学校出身。身長165cm。愛称は「HIRO」。 1971年、宝塚音楽学校入学。 1973年、音楽学校卒業後、宝塚歌劇団に59期生として入団。入団時の成績は5番。星組公演「花かげろう/ラ・ラ・ファンタシーク」で鯉 のぼる(こい のぼる)として初舞台。 1974年、星組に配属。 1984年2月1日付で現在の芸名へと変更。 1990年7月1日付で星組副組長に就任。 1993年5月1日付で星組組長に就任。 1996年12月17日付で専科へ異動となる。 実在の人物から人ならぬ物まで説得力を持って演じられる存在として、専科異動後は各組に特別出演を続けている。
林 紅(はやし こう)は、ニュージーランド在住の翻訳家である… 林 紅(はやし こう)は、ニュージーランド在住の翻訳家である。 1989年に東京都で生まれ、東京大学教育学部附属中等教育学校、1998年お茶の水女子大学卒業する。お茶の水女子大学大学院で数学修士、ニュージーランドオークランド大学大学院でビジネスマネジメント修士 (MMgt} を修める。ニュージーランドに移住してフリーで翻訳する。
井上 佳奈(いのうえ かな)は、日本で活動しているミュージカ… 井上 佳奈(いのうえ かな)は、日本で活動しているミュージカル女優。劇団四季所属。 6歳のときにクラシックバレエを始める[要出典]。 その後、國學院高等学校からお茶の水女子大学を経て、2009年10月に劇団四季のオーディションに合格して入団[要出典]。同年11月19日に開幕した『劇団四季 ソング&ダンス55ステップス』福岡公演で初舞台出演を果たした[要出典]。以降ダンサー役をメインに活動しており、2015年には『コーラスライン』の主要ダンサーであるキャシー役を演じている。 ※括弧内の年は初出演年
根本 香絵(ねもと かえ)は、日本の理論物理学者。専門は量子… 根本 香絵(ねもと かえ)は、日本の理論物理学者。専門は量子情報科学。 光工学、超放射、量子エネルギートランスポーテーション、線形光量子コンピューティングなどの研究で知られる。 国立情報学研究所、総合研究大学院大学、沖縄科学技術大学院大学の教授、国立情報学研究所の量子情報国際研究センター長、日仏情報学連携研究拠点の共同所長などを務める。 東京都生まれ。東京女学館中学校・高等学校卒業。東海大学理学部卒業。お茶の水女子大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間環境科学専攻博士課程修了、博士(理学)の学位を取得。 2015年に「量子情報処理と通信の量子工学的実装の理論を開拓した」として、量子情報のAPS部門から指名された後、アメリカ物理学会(APS)のフェローに任命。
加藤 シルビア は、元TBSアナウンサー。埼玉県入間市出身。
中村 仁美 は、アミューズ所属のフリーアナウンサー、司会者、… 中村 仁美 は、アミューズ所属のフリーアナウンサー、司会者、タレント。元フジテレビジョン所属。夫はさまぁ〜ずの大竹一樹。
長野 裕子(ながの ゆうこ)は、日本の文部科学省官僚。お茶の… 長野 裕子(ながの ゆうこ)は、日本の文部科学省官僚。お茶の水女子大学理学部生物学科を卒業後、科学技術庁(現在の文部科学省)に入庁。宇宙開発や原子力等の部署を経て、2023年8月から文部科学省大臣官房サイバーセキュリティ・政策立案総括審議官。1児の母。
柴門 ふみ は、日本の漫画家・エッセイスト。徳島県徳島市出身… 柴門 ふみ は、日本の漫画家・エッセイスト。徳島県徳島市出身。
池田 陽香(いけだ はるか)は、NHKのアナウンサー。 熊本… 池田 陽香(いけだ はるか)は、NHKのアナウンサー。 熊本県生まれ東京都育ち。お茶の水女子大学理学部生物学科卒業後、2023年4月に入局。初任地は福岡放送局。2024年4月に宮崎放送局へ異動。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
大塚 富美子(おおつか ふみこ)は、日本の女性数学者、茨城大… 大塚 富美子(おおつか ふみこ)は、日本の女性数学者、茨城大学准教授。専門は幾何学。日本数学会会員。 1983年、埼玉大学理学部数学科卒業。1985年、お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了。1987年、筑波大学大学院数学研究科博士課程中退。博士(数学)(筑波大学)。茨城大学理学部助手(1987年8月1日–1995年3月31日)、同学部助教授(1995年度–2006年度)、同学部理学科(数学・情報数理コース)准教授(2007年度–)(職名の変更)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
奥田 都子(おくだ みやこ)は、日本の家政学者(家族関係学・… 奥田 都子(おくだ みやこ)は、日本の家政学者(家族関係学・家族生活史・家政学原論・生活経営学)。学位は、家政学修士(お茶の水女子大学・1988年)。静岡県立大学短期大学部社会福祉学科准教授。 お茶の水女子大学に進学し、家政学部の家庭経営学科にて家政学を学んだ。1986年3月にお茶の水女子大学を卒業すると、そのまま同大学の大学院に進学した。大学院では家政学研究科に在籍し、1988年3月に修士課程を修了し、家政学修士の学位を取得した。 1991年4月より、母校であるお茶の水女子大学にて、家政学部の助手に就任した。また、1993年4月から共立女子大学の家政学部にて、1996年4月から東洋英和女学院大学にて、それぞれ講師を非常勤で務めた。
貝沼 やす子(かいぬま やすこ)は、日本の家政学者(食生活学… 貝沼 やす子(かいぬま やすこ)は、日本の家政学者(食生活学)。学位は、学術博士(大阪市立大学・1988年)。静岡県立大学名誉教授。 静岡女子短期大学食物栄養学科助教授、静岡県立大学短期大学部食物栄養学科教授、静岡県立大学食品栄養科学部教授などを歴任した。 お茶の水女子大学に進学し、家政学部にて家政学を学んだ。大学を卒業すると、そのまま、お茶の水女子大学の大学院に進み、家政学研究科の修士課程にて引き続き家政学を学んだ。修士課程を修了し、修士号を取得した。なお、のちに、大阪市立大学に論文を提出し、1988年3月23日に学術博士の博士号を取得している。 1971年より、静岡女子短期大学の食物栄養学科の講師を務めた。
亀高 美智子(かめたか みちこ)は、フジテレビ編成局制作セン… 亀高 美智子(かめたか みちこ)は、フジテレビ編成局制作センター制作業務室制作推進部長。東京都出身。 お茶の水女子大学卒業後、1993年にフジテレビに入社。『ダウンタウンのごっつええ感じ』アシスタントディレクターを皮切りに多くの番組制作に関わる。『一人ごっつ』でディレクターデビュー。 明石家さんまやマツコ・デラックスの番組を担当することが多い。2016年3月1日付で編成制作局バラエティー制作センターデスク担当部長に昇進、2016年6月28日付で制作局第2制作センターデスク担当部長。それ以前は、編成制作局ゼネラルプロデューサー・チーフプロデューサーだった。担当していた一部の番組は中嶋優一チーフプロデューサーに引き継いだ。
小林 祥子(こばやし さちこ、 - )は、TBSテレビ情報制… 小林 祥子(こばやし さちこ、 - )は、TBSテレビ情報制作局所属のプロデューサー。 大阪府池田市出身。大阪教育大学教育学部附属池田小学校・附属池田中学校卒業。お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業。東京大学社会情報研究所(旧・新聞研究所、現・情報学環教育部)修了。 1999年(平成11年)TBS(現:東京放送ホールディングス)に入社後、報道局取材部に配属され報道カメラマンとなる。その後、報道局国際部や報道情報局に所属して報道番組を制作。メディアリテラシー教育プロジェクト「出前授業」を立ち上げ、総務局CSR推進部へ。『余命一ヶ月の花嫁』にてピンクリボン運動、ECO活動などに従事。情報番組のディレクター、プロデューサーを経て、現職。
酒井 彩(さかい あや)は、日本の教育学者(日本語教育)。学… 酒井 彩(さかい あや)は、日本の教育学者(日本語教育)。学位は博士(人文科学)(お茶の水女子大学・2014年)。静岡県立大学国際関係学部准教授・大学院国際関係学研究科准教授。 お茶の水女子大学グローバル人材育成推進センター特任アソシエイトフェロー、九州大学留学生センター准教授などを歴任した。 日本語教育を専攻する教育学者である。日本語教師の役割についての研究や、その養成などに取り組んでいた。お茶の水女子大学、九州大学、静岡県立大学などで教鞭を執った。 同名の国立大学法人により設置・運営されるお茶の水女子大学の大学院に進学し、人間文化創成科学研究科の比較社会文化学専攻にて国際日本学領域に在籍した。