野中 晶史(のなか あきふみ、1985年 - )は、日本の男… 野中 晶史(のなか あきふみ、1985年 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ監督、映像作家、教育者。静岡県浜松市出身、愛知県在住。 名古屋市立大学芸術工学部を卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻に進学。在学時からNHK Eテレの番組『Eテレ0655&2355』内の「日めくりアニメ」などのアニメーション制作を手がける。2010年に同大学院を修了(修了制作作品は『CLIMBER』)。 大学院修了後は、フリーランスのアニメーターおよびアニメーションディレクターとして活動を開始。テレビアニメの監督、MV、CM、企業PR映像のアニメーション制作など幅広い分野で活動する傍ら、継続的に短編アニメーションの自主制作を行っている。
宮本 益光(みやもと ますみつ、1972年9月28日 - )… 宮本 益光(みやもと ますみつ、1972年9月28日 - )は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、合唱指揮者、音楽学者、音楽教育者、詩人(作詞家)、翻訳家(訳詞家)、著作家、脚本家、オペラ演出家、舞台演出家、作曲家。 学位は博士(音楽)(東京芸術大学・2005年)。 愛媛県八幡浜市出身。東京藝術大学卒業。同大学大学院修士課程修了。同大学院博士後期課程修了。「オペラの日本語訳詞、その方法論」と題した博士論文を執筆し、博士(音楽)の学位を取得した。声楽を佐藤陽三、高橋大海に師事。 初舞台は大学卒業時の1994年(平成6年)芸大ヘンデル『メサイヤ』のソリスト(東京文化会館大ホール)。その後バッハ『ロ短調ミサ』、ハイドン『ハルモニー・ミサ』等のソリストを務める。
経種 廉彦(いだね やすひこ、1962年(昭和37年)5月9… 経種 廉彦(いだね やすひこ、1962年(昭和37年)5月9日 - 2014年(平成26年)7月17日)は、日本の声楽家(テノール)、オペラ歌手、音楽教育者。 島根県松江市出身。島根県立松江北高等学校卒業。高校時代は合唱部に所属し、合唱部の顧問でもあった勝部俊行(現:島根県合唱連盟理事長・NPO法人松江音楽協会理事)に声楽を師事し、その後、勝部の紹介で森山俊雄(? - 2013年)に師事する。森山の門下からは、栗山文昭(合唱指揮者)、福島明也(バリトン)、錦織健(テノール)、田中誠(テノール)、妻屋秀和(バス)ほか、錚々たる音楽家が輩出されている。 東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1988年(昭和63年)同大学大学院修了。
水津 功(すいづ いさお、1962年 - )は、日本のデザイ… 水津 功(すいづ いさお、1962年 - )は、日本のデザイン教育者、環境デザイナー。愛知県立芸術大学教授。名古屋大学客員教授。山口県生まれ。 1986年、東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。1988年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程環境造形デザイン修了。 1988年から1996年、清水建設設計本部。1996年からデザインスタジオ WaterMarkDesign.lab1996年、愛知県立芸術大学専任講師。2000年から名古屋大学工学部非常勤講師。2003年、愛知県立芸術大学准教授。2014年、愛知県立芸術大学教授。2015年、名古屋大学未来社会創造機構客員教授 1990年、小石川パークタワー外構デザイン。
伊藤 康英(いとう やすひで、1960年12月7日 - )は… 伊藤 康英(いとう やすひで、1960年12月7日 - )は、日本の作曲家、編曲家、教育者。主に、吹奏楽、室内楽、管弦楽、合唱の分野での活動で知られる。 静岡県浜松市出身。小学生のときからピアノを習い始める。静岡県立浜松北高等学校ではクラブ活動(吹奏楽部)で打楽器と指揮を担当する。1979年、東京藝術大学音楽学部作曲科に入学。作曲を野田暉行、ピアノを岩崎操に師事。大学1年のときに作曲した吹奏楽のための《プログレス》が1979年度笹川賞創作曲コンクール吹奏楽部門3位を受賞。1980年、静岡県音楽コンクールピアノ部門優勝。1983年、学内で安宅賞を受賞、同年、東京藝術大学大学院作曲専攻入学。1986年大学院修了。
大角 欣矢(おおすみ きんや、1960年 - )は、日本の音… 大角 欣矢(おおすみ きんや、1960年 - )は、日本の音楽教育者、音楽学者。学位は修士(芸術)(東京芸術大学・1986年)。東京芸術大学音楽学部楽理科・教授。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
梶原 良成(かじはら よしなり、1959年 - )は、日本の… 梶原 良成(かじはら よしなり、1959年 - )は、日本の建築家、デザイナー、デザイン教育者。宇都宮大学名誉教授。 1959年、長野県辰野町に生まれる。東京都出身。1986年、東京藝術大学美術学部建築科卒業後、土屋巌建築設計事務所に勤務、土屋巌に師事して、医療福祉施設、学校教育施設、社会教育施設、大学キャンパス計画などのプロジェクトに参画する。1998年に退所後、ジオアーキテクチュア一級建築士事務所を設立、東京と栃木県那珂川町の二つの拠点を中心に活動する。2001年、宇都宮大学専任講師に着任。助教授、准教授を経て、2009年、教授。2025年、名誉教授となり、ナカリバデザイン一級建築士事務所を那珂川町に共同設立。
清水 雅彦(しみず まさひこ、1959年(昭和34年) - … 清水 雅彦(しみず まさひこ、1959年(昭和34年) - )は日本の合唱指揮者、声楽家(テノール)、音楽教育者。 新潟県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科を卒業後、宗教曲や日仏露歌曲の演奏会に数多く出演。「歌の世界」と題する委嘱初演を含むテノールリサイタルを定期的に開催、継続研究発表を行い出版へ繋げている。直近では2019年(平成31年)1月5日(土)東京・浜離宮朝日ホールにて「歌の世界その9『こどもを想う-未来へ』」を開催、好評を博した。小川恒子、三林輝夫、小野光子に師事。三輝会会員。 一方、各種コンクール、合唱祭・講習会等の審査・講評、NHK全国学校音楽コンクール全国コンクール審査員・放送初演・スーパー教室、音楽雑誌・教科書への執筆、音楽の模擬授業、小中校音楽研究会の講師など、声楽・合唱指導・音楽教育と幅広い分野で活躍している。
小濱 妙美(こはま たえみ、1958年(昭和33年)6月19… 小濱 妙美(こはま たえみ、1958年(昭和33年)6月19日 - )は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。 香川県坂出市出身。東京藝術大学卒業、同大学院修了。中村義春、畑中良輔、小野光子に師事。エリーザベト・シュヴァルツコプフに才能を認められ、1984年(昭和59年)よりスイスに留学。ミラノではアントニオ・トニーニにイタリアオペラを学ぶ。1993年(平成5年)ドイツ・ニーダーザクセン州立ブラウンシュヴァイク劇場と専属契約(1993年8月→ゲスト契約1998年7月)を交し、ワーグナー『タンホイザー』エリーザベトでヨーロッパデビュー。同劇場のほか、欧米各地の歌劇場やコンサート、音楽祭で活躍。2011年(平成23年)まで約25年の間、海外を拠点に活動する(スイス、イタリア、ドイツ、 ニューヨーク)。
三國 正樹(みくに まさき、1958年 - )は、日本の音楽… 三國 正樹(みくに まさき、1958年 - )は、日本の音楽教育者・ピアニスト。群馬大学教育学部名誉教授。現在は群馬県高崎市在住。専門は器楽(ピアノ)。 1958年、新潟県柏崎市に生まれる。3歳でヤマハオルガン教室に入門し、4歳よりピアノを学んだ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を1977年に卒業。同大学へ進学。1981年東京藝術大学音楽学部器楽科を卒業。1982年にクロイツァー賞を受賞。1983年、東京藝術大学大学院修士課程修了。86年3月、同大学院博士後期課程満期退学。1986年より1990年まで東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校非常勤講師。その他愛知県立芸術大学非常勤講師などを経て、現在は群馬県に在住し2024年3月まで群馬大学共同教育学部教授を務めた。
有本 真紀(ありもと まき、1958年 - )は、日本の音楽… 有本 真紀(ありもと まき、1958年 - )は、日本の音楽教育学者、教育者。立教大学名誉教授、元文学部教授。専門は音楽科教育、歴史社会学、日本音楽教育学会副会長、日本教育社会学会編集委員。 1958年、鳥取県生まれ。 1977年3月、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を卒業し、1977年4月、東京藝術大学音楽学部器楽科入学。1981年3月、同科卒業。 1990年4月、東京藝術大学大学院音楽研究科音楽教育専攻修士課程入学。1993年3月、同課程修了。同年4月、東京藝術大学音楽学部助手に就任。 1996年4月に立教大学文学部専任講師となり、1998年4月、立教大学文学部助教授、2005年4月、立教大学文学部教授に就任。
村上哲(むらかみ さとし, 1957年 - )は、日本の美術… 村上哲(むらかみ さとし, 1957年 - )は、日本の美術評論家、キュレーター、比較芸術学・エコール・ド・パリ研究者、美術館学・ミュゼオロジー(英: museology)研究者、学芸員資格課程・キュレーター人材育成教育者。 熊本県熊本市出身。東京藝術大学卒業(美学/比較芸術学専攻)。 1982年から2018年まで熊本県立美術館に在籍し、同館の企画運営や西洋絵画・版画・彫刻等の研究、美術館コレクションの理念構築と収蔵事業のほか、「エコール・ド・パリ展―プリミティヴィスムとノスタルジー」、「レオナール・フジタとパリ 1913-1931―藤田嗣治渡仏100周年記念」、「ランス美術館展」、「シャガール展—色彩の詩人」、「ロダン展ーブルックリン美術館コレクション」など、全国の美術館を巡回する海外展の企画統括・監修・執筆・講演等に携わる。
石井 博康(いしい ひろやす、1952年(昭和27年)- )… 石井 博康(いしい ひろやす、1952年(昭和27年)- )は、日本の画家であり、教育者でもある。東北芸術工科大学教授を務めた後、同大学副学長となる。東北芸術工科大学名誉教授。岡山県高梁市出身。 1952年(昭和27年)岡山県高梁市に出生。地元の岡山県立高梁高等学校へ進学し美術部に所属する。1970年(昭和45年)に卒業し、東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻へ進学する。その後、同大学卒業を経て、東京芸術大学大学院学美術研究科油画専攻に進学し、1977年(昭和52年)同大学院を卒業する。 卒業後、油絵画家となった石井は、1979年(昭和54年)に東京のギャルリー・ヴィヴァン(現在は神奈川県へ移転)で初めての個展を開く。
安生 健(やすお けん、1951年3月23日 - )は、日本… 安生 健(やすお けん、1951年3月23日 - )は、日本の言語系自然科学教育者。 自然科学や身近な事柄を10か国語もの言語や古典からの視点を通して捉える教育方法を提唱し、講師として日々生徒に教授している。また、数多くの著書を出版し、現代における訳語の誤りについて批判している。 なお、東京大学の研究室において、科学演劇家/教育者の和田重雄氏の後輩に当たり、現在巣鴨中学校・高等学校においても同僚関係にある。 ラテン語・ギリシア語・古典ギリシア語・ドイツ語・古典ドイツ語・英語・フランス語・デンマーク語・ロシア語など、10か国語に精通しており、言語学に基づく教育法を提唱し、自身の講義の中で日々生かしている。
山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月1… 山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月17日 - 1988年(昭和63年)12月19日)は、1970年代から1980年代にかけてヨーロッパの歌劇場で活躍した日本のテノール歌手、音楽教育者。 三重県津市に、警察官の四男(末子)として生まれる。中学生の頃より声楽を学び始め、三重県立津高等学校を経て1969年(昭和49年)東京芸術大学音楽学部に入学した。伊藤亘行、疋田生次郎に師事。 1976年(昭和51年)同大学院を修了した後は二期会に所属した。翌1977年(昭和52年)にイタリア政府給費留学生としてローマ サンタ・チェチーリア国立アカデミアに進学。1978年(昭和53年)ミラノ・スカラ座研究所に入る。
折江 忠道(おりえ ただみち、1949年(昭和24年)9月1… 折江 忠道(おりえ ただみち、1949年(昭和24年)9月1日 - )は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者。藤原歌劇団総監督、公益財団法人日本オペラ振興会常務理事(2020年(令和2年)6月24日現在)。京都市立芸術大学、昭和音楽大学教授。 東京都新宿区四谷出身。家は中華料理屋で音楽とは無縁の環境だったが、幼少の頃から聖イグナチオ教会に出入りし音楽に興味を抱く。高校で合唱部に入り、男声合唱に熱中した。甘い響きが持ち味であるテノール歌手を目指し、東京藝術大学の声楽科に入学。畑中良輔に師事。当初はドイツ歌曲を専攻していたが、畑中から「フランスの方が向いている」と言われフランス歌曲を専攻する。
大川 隆子(おおかわ たかこ、1945年(昭和20年)3月6… 大川 隆子(おおかわ たかこ、1945年(昭和20年)3月6日 - )は日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。 大阪府出身。東京藝術大学卒業。畑中良輔に師事。文化庁派遣芸術家在外研究員としてウィーンとミラノに留学。モーツァルトの4大オペラ『フィガロの結婚』伯爵夫人、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーナ、『コジ・ファン・トゥッテ』フィオルデリージ、『魔笛』パミーナでオペラ歌手としての地位を確立。ワーグナー『タンホイザー』エリーザベト、『ワルキューレ』ジークリンデで力量を示し、ヴェルディ『椿姫』ヴィオレッタ、プッチーニ『ラ・ボエーム』ミミ、『蝶々夫人』蝶々さん、ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』ロザリンデなどに出演、二期会オペラのプリマドンナとして活躍。
伊原 直子(いはら なおこ、1945年(昭和20年)2月14… 伊原 直子(いはら なおこ、1945年(昭和20年)2月14日 - )は、日本の声楽家(メゾソプラノまたはアルト)、オペラ歌手、音楽教育者。東京藝術大学名誉教授。 東京都出身。1967年(昭和42年)東京藝術大学音楽学部卒業。1969年(昭和44年)同大学院修了。戸田敏子、中山悌一に師事。大学院在学中の1969年(昭和44年)1月二期会ワーグナー『ラインの黄金』エルダでオペラデビュー。 1971年(昭和46年) - 1945年(昭和50年)西ドイツ政府給費留学生(DAAD)としてミュンヘン国立音楽大学に留学し、エルンスト・ヘフリガーに師事。傍らベルリン歌劇場他、ドイツやスイス各地でオラトリオを歌う。
川井 学(川井 學、かわい まなぶ、1944年12月4日 -… 川井 学(川井 學、かわい まなぶ、1944年12月4日 - )は、日本の作曲家、音楽教育者。 1967年、東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。1972年、東京芸術大学大学院修士課程修了。1984年 - 1987年 桐朋学園大学助教授。 1988年 - 1992年 同大学教授。 1993年 - 1999年 東京芸術大学音楽学部作曲科助教授。 2000年 - 2012年 同大学教授(2003年-音楽学部長)。 作曲家としての他、音楽理論家としても活動。また武満徹のアシスタントも務めた。
渡部 光正(わたなべ みつまさ、英: Mitsumasa W… 渡部 光正(わたなべ みつまさ、英: Mitsumasa Watanabe、1944年9月24日 - )は、愛媛県温泉郡北吉井村(現・東温市)生まれのサックス奏者、指揮者、幹部自衛官、教育者。航空中央音楽隊副隊長、西部航空音楽隊長、東温市青少年補導センター所長などを歴任。最終階級は2等空佐。 1944年、愛媛県温泉郡北吉井村(現・東温市)に生まれる。重信中学校、県立松山東高校を卒業後、東京藝術大学音楽学部別科を修了し、国立音楽大学器楽科を卒業。サックス奏者として航空中央音楽隊へ入隊。東京藝術大学研修後、立川、春日、三沢、浜松の指揮者を経て2002年、西部航空音楽隊長に。サックスを坂口新、石渡悠史、指揮法を紙谷一衛、音楽理論を石原忠興に師事。
竹澤 嘉明(たけざわ よしあき、1943年 - )は、日本の… 竹澤 嘉明(たけざわ よしあき、1943年 - )は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、オペラ演出家。新字体の竹沢嘉明という表記が多く見られる。 東京芸術大学卒業、同大学院修了。伊藤亘行、柴田睦陸に師事。 オペラデビューは1969年(昭和44年)藝大オペラ ロッシーニ『セヴィリアの理髪師』バジリオ。初出の記録は同年12月15日、16日、17日の東京室内歌劇場 中世典礼劇『ダニエル物語』ハバクックである。1975年(昭和50年)東京室内歌劇場 プーランク『ティレジアスの乳房』亭主でウィンナーワルド・オペラ賞を受賞。1976年 - 1977年(昭和51年 - 52年)ウイーン留学。1979年(昭和54年)には劇団四季のミュージカル『リトルナイト=ミュージック』にも出演。
常森 寿子(つねもり としこ、1942年(昭和17年)1月2… 常森 寿子(つねもり としこ、1942年(昭和17年)1月2日 - )は、日本の声楽家(ソプラノ)、オペラ歌手、音楽教育者。旧姓は江幡。 旧満洲国(中国東北地方)に生まれる。医師の父は応召して戦死し、1945年(昭和20年)母と二人で広島県安芸津町(現在の東広島市)に引き揚げ、さらに呉市に移った。5歳からピアノを習いピアニストを目指したが、中学生のとき阿部幸次の助言で声楽に転向し、1964年(昭和39年)に東京芸術大学声楽科を卒業。阿部幸次、浅野千鶴子、ジョルジュ・ファパレット、ロート・マーリングに師事。1965年(昭和40年)にバリトン歌手の常森闘志と結婚した。 1966年(昭和41年)1月7,8,10日に藤原歌劇団のビゼー『カルメン』ミカエラ役でデビューした。
片山 和俊(かたやま かずとし、 1941年 - )は、日本… 片山 和俊(かたやま かずとし、 1941年 - )は、日本の建築家、建築研究者・教育者。東京芸術大学名誉教授。 研究者・教育者として集住環境の実測調査および設計に携わる。1989年から2009年まで、東京芸術大学美術学部、大学院美術研究科教授。 東京生まれ。1966年(昭和41年)、東京芸術大学美術学部卒業。1968年(昭和43年)に同大学院修士課程修了。環境設計茂木研究室での建築実務を経て、1989年、東京芸術大学美術学部建築科助教授。2000年(平成12年)に東京芸術大学美術学部建築科教授。2008年(平成20年)に退任。教育・研究の傍らで主に住宅設計を中心に建築設計を多く手がけ、その他各地の町並みや景観計画にも係わる。
佐藤 征一郎(さとう せいいちろう、1940年(昭和15年)… 佐藤 征一郎(さとう せいいちろう、1940年(昭和15年)10月15日 - )は、日本の声楽家(バス、バスバリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、合唱指揮者。 宮城県仙台市生まれ。神奈川県立川崎高等学校 卒業。1967年(昭和42年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1970年(昭和45年)同大学院修士課程修了。大学院在学中に第132回芸大オーケストラ定期公演(指揮:山田一雄)ベートーヴェン『第九』バス独唱で音楽界にデビュー。1969年(昭和44年)二期会(指揮:若杉弘)ワーグナー『ラインの黄金』ファフナーでオペラデビュー。その後、読売日本交響楽団第58回定期演奏会(指揮:若杉弘)ベルリオーズ『ファウストの劫罰』ブランデルや、同年帰国した小澤征爾指揮による日本フィルハーモニー交響楽団第180回東京定期演奏会 モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』(演奏会形式)に出演 したほか、二期会を中心に1971年(昭和46年)2月までの約2年間に計14本 ものプロダクションに出演している。
三林 輝夫(さんばやし てるお、1938年〈昭和13年〉7月… 三林 輝夫(さんばやし てるお、1938年〈昭和13年〉7月2日 - 2025年〈令和7年〉11月14日)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者、合唱指揮者、公演監督。 新潟県出身。1961年(昭和36年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業、1963年(昭和38年)同校声楽専攻科修了。木下保、渡邊高之助、古沢淑子に師事。デビューは1963年の東京労音のオペラ『フィガロの結婚』でのバジリオ役で、これ以降二期会や東京室内歌劇場他で数多くのオペラ、オペレッタ、創作歌劇に活躍している。 また、日本におけるフランス歌曲の第一人者として十数回にわたるリサイタルで高い評価を得ている。日本歌曲の演奏でも、その明瞭なディクションと深い表現には定評があり「ビロードのような」と定評のある美しい声を披露してきた。
東 敦子(あずま あつこ、1936年(昭和11年)12月11… 東 敦子(あずま あつこ、1936年(昭和11年)12月11日 - 1999年(平成11年)12月25日)は、日本の声楽家(ソプラノ歌手)、オペラ歌手、音楽教育者。プリマドンナとして世界の一流の歌劇場で活躍した。本名は、二田原 敦子(にたはら あつこ)。 大阪府吹田市出身。1959年(昭和34年)東京藝術大学卒業。1961年(昭和36年)同大学専攻科修了。四家文子に師事。1961年(昭和36年)イタリアに留学してエットレ・カンポガリアーニに師事。1964年(昭和39年)パルマ音楽院を首席で卒業。 1963年(昭和38年)レッジョ・エミリア市立歌劇場でマスカーニ『友人フリッツ』でデビュー。ミラノに居を構え、1967年(昭和42年)ベルリン・ドイツ・オペラにプッチーニ『蝶々夫人』でデビュー。
鈴木 寛一(すずき かんいち、1936年(昭和11年)4月5… 鈴木 寛一(すずき かんいち、1936年(昭和11年)4月5日 - 2020年(令和2年)4月6日)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者。妻は元うたのおねえさんの中川順子。 大阪生まれの京都育ち。1959年(昭和34年)東京藝術大学卒業。長坂好子、ロドルフォ・リッチに師事。はじめは古典と宗教音楽の研究及び演奏から活動を開始したという。1959年(昭和34年)捜真女学校の音楽教師に着任。同時に岩城宏之の推薦でモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』ドン・オッタヴィオでオペラ界にデビュー。以来、プリモテノールとして数多くの舞台を経験。1977年(昭和52年)ウィーンに留学。海外ではリリー・コラーに師事。
中村 邦子(なかむら くにこ、1936年(昭和11年)1月2… 中村 邦子(なかむら くにこ、1936年(昭和11年)1月21日 - 1996年(平成8年)9月1日)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。旧姓:大庭。 東京出身。青山学院中等部・高等部を経て、1959年(昭和34年)に東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。畑中良輔、畑中更予、伊藤京子、リリー・コラーに師事。 在学中の1958年(昭和33年)にデビュー。以後、二期会、東京室内歌劇場を中心に多数のオペラに出演しており、昭和音楽大学オペラ情報センターだけでも58回の出演歴が記録されている(大庭邦子3回、中村邦子55回)。 歌曲や宗教曲等でも活躍。特に日本歌曲においてリサイタル等で活躍し、多くの録音も残している。
坂上 昌子(さかがみ まさこ、1936年(昭和11年) - … 坂上 昌子(さかがみ まさこ、1936年(昭和11年) - )は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。木下保の長女。 東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。 中山悌一、大熊文子に師事。発声法を森明彦に師事。現在は小松英典に師事。 父、木下保に“やまとことばを美しく”の指導を受ける(“やまとことば”については「木下保」の項を参照)。1967年(昭和42年)第1回のリサイタルより2003年(平成15年)第10回のリサイタルまでを開催する。ほかに、玉川学園『第九』のソプラノソリストを3回務めている。 1986年(昭和61年)に論文『日本歌曲における“やまとことば”の歌唱法と発声法』を日本声楽発声学会誌に発表。
玉置 勝彦(たまき かつひこ、1935年7月30日 - 20… 玉置 勝彦(たまき かつひこ、1935年7月30日 - 2014年9月21日)は、日本のヴィオラ奏者、指揮者、教育者。 東京藝術大学器楽科卒業、同専攻科修了。国内外各地のオーケストラでヴィオラ奏者を務め、ニュルンベルク交響楽団と東京フィルハーモニー交響楽団では首席奏者を歴任した。独奏や室内楽の分野においても、多岐にわたる演奏活動を展開した。1995年には、アルフレッド・ショッパー、デトマール・テツラフ、小林仁らと室内楽グループ「ニュールンベルグ・ムジーク・コレーゲン」を結成。国内各地で演奏会を開催したほか、ドイツとオーストリアへの演奏旅行も行った。 指揮法を渡邉暁雄に師事し、指揮者としても国内各地のプロオーケストラと共演した(日本フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団、東京交響楽団など。
白岩 伸介(しろいわ しんすけ、1935年7月18日 - )… 白岩 伸介(しろいわ しんすけ、1935年7月18日 - )は日本画家、教育者。本名は圭介(けいすけ) 。 福島県常葉町生まれ。東京藝術大学日本画科卒・専攻科修了。青郁会、鎌倉会所属。前田青邨、平山郁夫、須田珙中に師事。日本美術院院友。魚と人との関係のテーマの作品多数、その他ヨーロッパ風景画等。昭和49年、高松塚古墳復刻プロジェクトに携わる(白虎担当)農林水産省分室会議室、長官室、ウズベキスタン・日本人材開発センター等に飾られている。
齋藤 龍 (さいとう りゅう、女性、1935年3月 - 20… 齋藤 龍 (さいとう りゅう、女性、1935年3月 - 2025年7月28日)は、日本の音楽学者、音楽教育者、文筆家。旧姓は渡邊。 横浜市で初の女性助役に任命された。財団法人横浜市芸術文化振興財団理事長も務めた。 教育者の渡邊潜龍・カツの一人娘として横浜市鶴見区に生まれる。横浜市立磯子国民学校(現・横浜市立磯子小学校)、鶴見女子中学校 から神奈川県立希望ヶ丘高等学校に進学。希望ヶ丘高等学校では男女共学実施後の女子1期生で、式典でピアノ演奏に起用されたりしたが、3年生のときに芸術科を新設した東京都立駒場高等学校に移る。ピアニストを志望し、石渡日出夫よりピアノの指導を受けた。東京芸術大学音楽学部楽理科に進み、音楽学を服部幸三に師事し、西洋音楽史を専攻する。
荒 道子(あら みちこ、本名:田中 道子(たなか みちこ)、… 荒 道子(あら みちこ、本名:田中 道子(たなか みちこ)、1934年(昭和9年)11月20日 - )は、日本の声楽家(メゾソプラノ・アルト)、音楽教育者。海外経験が豊富であり、欧州の歌劇場と専属契約する日本人歌手の草分けとして、オペラの重要な役柄を務めた。また、数多くのコンサートでも活躍している。現在は音楽教育者として後進の育成に注力している。 愛知県豊橋市出身。愛知県立時習館高等学校卒業。1961年(昭和36年)東京藝術大学声楽科卒。 藝大在学中にモーツァルト『フィガロの結婚』マルチェリーナでデビュー。1964年(昭和39年)には2月16,18日 日生劇場 ストラヴィンスキー『放蕩者のなりゆき』(指揮:森正)トルコ女ババ、続いて3月20日 NHK歌劇の夕べ・東京文化会館大ホール 石井歓『役の行者』(指揮:若杉弘)葛城の魔女を演じた後、留学に出発する。
飯山 恵巳子(いいやま えみこ、1934年〈昭和9年〉4月1… 飯山 恵巳子(いいやま えみこ、1934年〈昭和9年〉4月16日 - )は日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。東京都港区[要出典]出身。 (ヤマハ新人演奏会) (神奈川県立音楽堂) ピアノ伴奏:小池ふさ (銀座ヤマハホール) ピアノ伴奏:小池ふさ “Ah,lo previdi” K272 ピアノ伴奏:小池ふさ (オーストリア放送局) ピアノ伴奏:Walter Moore (コンツエルトハウス定期演奏会) (Konzerthaus) オーケストラ:ウイーン室内管弦楽団合唱:ウイーン室内合唱団指揮:Hanns Gillesberger (コンツエルトハウス定期演奏会) (Konzerthaus) (ソプラノソロと室内楽) アンサンブル:die reihe 指揮:Friedrich Cerha (20世紀美術館ホール) アンサンブル:die reihe指揮:F.Cerha (オーストリア放送局) (クラーゲンフルト) Drei Lieder Op.23 Rudenaue: Lieder “Tanka” ピアノ伴奏:Walter Moore ↓ 29日 Russe(1/23)Stara Zagola(1/25,1/30,2/1)Bourgas(1/29) 蝶々夫人役で5回の客演 (Musikverein grober Saal) オーケストラと合唱:Wiener Kluturgesellschaft-Orchester u.Chor 指揮:Josef.M.Muller (20世紀美術館ホール) B.Dimov:“Incantaziones Ⅱ”M.Rudenauer:Lieder “Tanka”アンサンブル:die reiheピアノ:K.Wittlich指揮:F.Cerha アムステルダム(コンセルトヘボウ) ブリュッセル(フィルハーモニーホール) マインツアクイラ(テアトロ・オリンピコ)
長野 羊奈子(ながの よなこ、本名:若杉 羊奈子、1933年… 長野 羊奈子(ながの よなこ、本名:若杉 羊奈子、1933年(昭和8年)7月17日 - 2014年(平成26年)10月20日)は、日本の声楽家(メゾソプラノ)、音楽教育者。夫は指揮者の若杉弘。夫の父は外交官の若杉要。 東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1958年(昭和33年)西ドイツ政府給費留学生としてベルリン国立音楽大学に留学。 4年後、卒業と同時にベルリン・ドイツ・オペラ研究生。1963年(昭和38年)日本人として初めてベルリン・ドイツ・オペラの正団員となり、モーツァルト『フィガロの結婚』ケルビーノ、プッチーニ『蝶々夫人』スズキ、ビゼー『カルメン』、モーツァルト『魔笛』、リヒャルト・シュトラウス『サロメ』など多くのオペラに出演。
坂本 博士(さかもと ひろし、1932年3月28日 - 20… 坂本 博士(さかもと ひろし、1932年3月28日 - 2022年12月3日)は、日本のバリトン歌手、作曲家、音楽教育者。東京府出身。 1954年、東京藝術大学声楽科卒業。 声楽を城多又兵衛、リア・フォン・ヘッサート(独)、ガエターノ・コメッリ(伊)に、ピアノを水谷達夫、作曲を下総皖一、指揮を金子登、渡邉暁雄に師事。 1957年、藤原歌劇団公演「ラ・ボエーム」マルチェロ役でデビュー。 1960年代初頭ごろ、高島一恵に音楽を教えていた。 1963年から1964年にかけて放送されたNHK総合テレビの音楽番組「歌おう世界の友よ」で歌と司会を担当。 1969年、サカモト・ミュージック・スクールを設立し校長に就任する。
中村 健(なかむら たけし、1932年(昭和7年)2月1日 … 中村 健(なかむら たけし、1932年(昭和7年)2月1日 - )は、日本の声楽家(テノール・カウンターテノール)、オペラ歌手、音楽教育者、合唱指揮者。本名:中村 雄。 東京都出身。1958年(昭和33年)東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。畑中良輔に師事。 オペラデビューは1959年(昭和34年)ロッシーニ『セビリアの理髪師』のアルマヴィーヴァ伯爵。オペラでの出演歴はきわめて多数にのぼり、二期会、東京室内歌劇場を主に、昭和音楽大学オペラ情報センターに記録されているだけでも127回を数える。主演したオペラは70曲を超えているという。「オペラ界での長年の活躍と日本初演作上演への貢献も著しい往年の名テナー」である。
澤野 立次郎 (さわの たつじろう、1932年(昭和7年) … 澤野 立次郎 (さわの たつじろう、1932年(昭和7年) - 2012年(平成24年))は、昭和から平成の音楽教育者、日本吹奏楽指導者協会会長を務めた。 昭和7年(1932年)、静岡県掛川市に生まれる。昭和33年(1958年)東京芸術大学音楽部声楽科卒業。藤原歌劇団を経て河合楽器入社。昭和38年(1963年)東京吹奏楽団創立と同時に同団のマネージャーに就任。昭和57年(1982年)上野学園学務部主任として勤務。東京芸術大学の前身である東京音楽学校の初代校長の伊沢修二の研究に取り組む。平成22年(2010年)日本吹奏楽指導者協会会長を務め、法人化に寄与した。平成24年(2012年)逝去。
平山 郁夫(ひらやま いくお、1930年6月15日 - 20… 平山 郁夫(ひらやま いくお、1930年6月15日 - 2009年12月2日)は、日本の日本画家、教育者。位階は従三位。勲等は文化勲章。東京芸術大学名誉教授、文化功労者。 東京芸術大学美術学部教授、東京芸術大学美術学部学部長、東京藝術大学学長(第6・8代)、財団法人文化財保護振興財団理事長、日本育英会会長、財団法人日本美術院理事長、東京国立博物館特任館長などを歴任した。 広島県出身の日本画家、教育者である。日本美術院理事長、一ツ橋綜合財団理事、第6代・第8代東京芸術大学学長などを務めた。文化功労者として顕彰され、のちに文化勲章を受章した。広島県名誉県民、広島市名誉市民、鎌倉市名誉市民などの称号を授与されている。
大賀 寛(おおが ひろし、1929年(昭和4年)3月3日 -… 大賀 寛(おおが ひろし、1929年(昭和4年)3月3日 - 2017年(平成29年)7月31日)は、日本の声楽家(バリトン)、音楽教育者。日本オペラ協会の創立者であり、長年総監督を務めた。妻は大賀美都子(旧姓:大谷)。 京都府京都市出身。1955年(昭和30年)東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。長門美保歌劇団公演ドヴォルザーク『ルサルカ』日本初演や、藤原歌劇団青年グループへの参加など、バリトン歌手として多くのオペラ公演に出演する傍ら、1958年(昭和33年)教育オペラ協会を設立。1960年(昭和35年)教育オペラ研究会が日本オペラ研究会に改称。1970年(昭和45年)日本オペラ研究会が日本オペラ協会に改称。
有賀 和子(ありが かずこ 、1927年9月10日 - 20… 有賀 和子(ありが かずこ 、1927年9月10日 - 2020年5月24日)は、日本のピアニストおよびピアノ教育者。桐朋学園大学名誉教授。日本ショパン協会理事、および、財団法人日本ピアノ教育連盟相談役をつとめる。 1927年9月10日生まれ。井口基成、安川加壽子、ベヴァリッジ・ウェブスター(英語版)に師事する。1943年、17歳のとき、第12回毎日新聞社音楽コンクール(現在の日本音楽コンクール)のピアノ部門で第1位入賞を果たす。1948年、東京音楽学校を卒業する。 ピアニストとして活躍する。ソリストとして、また、NHK交響楽団や東京交響楽団と共演する。 ピアノ教育者としての活躍が、より有名である。
伊藤 京子(いとう きょうこ、本名:長谷川 京(はせがわ き… 伊藤 京子(いとう きょうこ、本名:長谷川 京(はせがわ きょう)、1927年(昭和2年)2月22日 - 2021年 (令和3年) 7月25日 )は、日本の声楽家(オペラ・ソプラノ歌手)、音楽教育者。国立音楽大学名誉教授、静岡文化芸術大学客員教授。 静岡県掛川市出身。1943年(昭和18年)4月、東京音楽学校甲種師範科に入学。1947年(昭和22年)に同校を卒業した、研究科を修了。城多又兵衛、酒井弘、浅野千鶴子、田中伸枝、原信子、フェルディナント・グロスマン、マルガレーテ・ネトケ=レーヴェ等に師事。 1949年(昭和24年)第18回日本音楽コンクール声楽部門で第1位を獲得。1950年(昭和25年)東宝交響樂團ベートーヴェン『フィデリオ』(指揮:近衛秀麿)でオペラデビュー。
佐々木 行綱(ささき ゆきつな、1926年(大正15年)3月… 佐々木 行綱(ささき ゆきつな、1926年(大正15年)3月14日 - 2017年(平成29年)9月6日)は、日本の声楽家(バス)、オペラ歌手、音楽教育者、音楽評論家。音楽教育者、作曲家の佐々木すぐるの三男。 東京出身。幼少時はボーイソプラノの童謡歌手であり、代表曲は『四っつの兄ちゃん』『犬と小僧さん』『兵隊あそび』などがある。1944年(昭和19年)東京音楽学校声楽科に入学。木下保、中山悌一に師事。1948年(昭和23年)卒業。同年同校研究科に進み、柴田睦陸に師事。1950年(昭和25年)修了。畑中良輔を代表に結成された第二次東京交声楽団に参加し、その先頭に立って歌唱技能を磨く。1951年(昭和26年)芸大歌劇研究部 ベルリオーズ『ファウストの劫罰』(日本初演)ブランデルでデビュー。
梶原 完(かじわら ひろし、1924年(大正13)11月9日… 梶原 完(かじわら ひろし、1924年(大正13)11月9日 - 1989年(平成元)7月29日)は、日本出身のピアニスト、音楽教育者。日本で演奏活動を始めた後、1954年にドイツに渡り、ヨーロッパ各地で演奏を重ねる。1960年からドイツ西部のベッツドルフにあるアドルフ音楽院でピアノのレッスンを始め、演奏活動を続けるかたわら多くの生徒を育てた。 梶原完は、父梶原國生と母恒子の次男として、1924年11月9日に上海で生まれた。長野県出身の父は満鉄調査部上海事務所に勤めており、音楽を愛する学究肌の人物だった。同じく長野県出身の母は、女子高等師範学校を首席で卒業し、仙台で教師を務めた後に、結婚まで東京の東洋英和女学院でも教えていた。
砂原 美智子(すなはら みちこ、1923年〈大正12年〉2月… 砂原 美智子(すなはら みちこ、1923年〈大正12年〉2月19日 - 1987年〈昭和62年〉8月27日)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。 広島県呉市出身。呉市立吾妻小学校(現・呉市立明立小学校)在学中の1930年(昭和5年)、音楽を学ぶために一家で東京移住。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)卒業。1942年(昭和17年)東京音楽学校入学。1944年(昭和19年)東京音楽学校本科声楽科卒業(戦時中のため、卒業時期短縮で9月卒業)。平原寿恵子に師事。1947年(昭和22年)藤原歌劇団公演のプッチーニ『ラ・ボエーム』ムゼッタでデビュー。翌年にかけてビゼー『カルメン』のミカエラ、ロッシーニ『セビリアの理髪師』のロジーナ、プッチーニ『蝶々夫人』などを演じて一躍同劇団のプリマドンナになる。
桑原 瑛子(くわばら えいこ、1923年〈大正12年〉1月2… 桑原 瑛子(くわばら えいこ、1923年〈大正12年〉1月28日 - 2023年〈令和5年〉9月8日)は、日本の声楽家(ソプラノ)、オペラ歌手、音楽教育者。 東京府出身。東京音楽学校 (旧制) 卒業。ヘルマン・ヴーハープフェニッヒに師事。 1947年(昭和22年)に團伊玖磨と結婚。 1948年(昭和23年)藤原歌劇団を率いる藤原義江にモーツアルト『ドン・ジョヴァンニ』(本邦初演・帝国劇場)のドンナ・アンナの役を頼まれオペラデビュー。以後、藤原歌劇団の興隆期の大プリマとして活躍した。1950年代にはイタリアに留学。1958年(昭和33年)の藤原歌劇団によるプッチーニ『トスカ』でタイトル・ロールを歌った。
戸田 敏子(とだ としこ、1922年〈大正11年〉5月10日… 戸田 敏子(とだ としこ、1922年〈大正11年〉5月10日 - 2015年〈平成27年〉9月24日)は、日本の声楽家(メゾソプラノ、アルト)、オペラ歌手、音楽教育者。東京藝術大学名誉教授。 東京府出身。1943年(昭和18年)東京音楽学校(現:東京藝術大学)を総代で卒業。 1943年11月13日に東京音楽学校の奏楽堂で開催された第149回報国団出陣学徒壮行演奏会で、村野弘二の繰り上げ卒業時に発表されたオペラ『白狐』第二幕のアリア「こるはの獨唱」(作詞:岡倉天心 ピアノ伴奏:高橋美代子)を歌う。その後、同級生の畑中良輔とともに村野作品のレコード吹込みを行い、戸田は「こるはの獨唱」(ピアノ伴奏:高橋美代子)と、歌曲『重たげの夢』(作詞:三好達治 ピアノ伴奏:村野弘二 チェロ伴奏:井上みどり)を歌った。
畑中 良輔(はたなか りょうすけ、1922年(大正11年)2… 畑中 良輔(はたなか りょうすけ、1922年(大正11年)2月12日 - 2012年(平成24年)5月24日)は、日本の声楽家(バリトン)、音楽教育者、合唱指揮者、音楽評論家、作曲家、詩人、翻訳家(訳詞家)、エッセイスト。日本芸術院会員。日本の洋楽の発展に多大な功績を残した。 福岡県門司市(現:北九州市門司区)に浅野セメントに勤める父・勝次郎と、琴および三絃の師匠をしていた母・筆の長男として生まれる。四人家族で、二つ上の姉がいる。旧制門司中学校に入学、ラッパ鼓隊に所属し小太鼓を担当する。進学先として受験科目に苦手の数学が無い東京音楽学校を選び、人前で歌ったことはなかったが消去法で「声楽科」と書いたという。
笹田 和子(ささだ かずこ、1921年(大正10年)6月30… 笹田 和子(ささだ かずこ、1921年(大正10年)6月30日 - 2007年(平成19年)11月30日)は、日本の声楽家(ソプラノ)、オペラ歌手、音楽教育者。 大阪府大阪市出身。小学生の時に美声をかわれて教会の日曜学校で歌う。1939年(昭和14年)、東京音楽学校(現: 東京藝術大学)予科入学。木下保と原信子に師事。本科の同期には同じ声楽部の内田るり子、石井好子、畑中更予(米田更子)、前田幸市郎、器楽部の森正(指揮者)などがいた。1942年(昭和17年)に卒業と同時に藤原歌劇団に入り、同年11月にワーグナーのオペラ『ローエングリン』ヒロインのエルザでデビューを果たす。以来、同歌劇団で1000回余りの舞台を踏み、ワーグナー『タンホイザー』日本初演のエリーザベトなども務めた。
伊藤 亘行(いとう のぶゆき、1921年(大正10年)2月6… 伊藤 亘行(いとう のぶゆき、1921年(大正10年)2月6日 - 2002年(平成14年)11月10日)は日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、作曲家。 三重県四日市市京町生まれ。伊藤家はタイル業、万古焼業を営み父が仕事中にヴァイオリンを弾くのを聞いて、叔母の家でオルガンを弾いたりして幼少年時代を過ごす。旧制富田中学校(現在の三重県立四日市高等学校)卒業。父や親戚を説得して東京音楽学校声楽科(現在の東京芸術大学)へ進学し、木下保や中山悌一に師事して1941年(昭和16年)に卒業。大東亜戦争中で音楽関係の仕事がないことから、郷里の東海地方に帰り現在の愛知県立旭丘高等学校や愛知県立明和高等学校の音楽担当の教師となり音楽を教えた。