如月 小春(きさらぎ こはる、本名:楫屋 正子〈かじや まさ… 如月 小春(きさらぎ こはる、本名:楫屋 正子〈かじや まさこ〉、出生名:伊藤 正子、1956年2月19日 - 2000年12月19日)は、劇作家、演出家、エッセイストである。東京都杉並区出身。東京女子大学文理学部哲学科卒業。 1970年代後半から劇作家・演出家として活動し、野田秀樹・渡辺えり子らとともに小劇場第三世代の旗手として注目された。また、エッセイストとしての著作も多く、司会者・コメンテーターなどとしてもテレビにも出演していたほか、アジア女性演劇会議実行委員長・日本ユネスコ国内委員会委員・兵庫県立こども館演劇活動委員・立教大学講師なども歴任した。 小学校時代を中野区の哲学堂公園付近、中学・高校時代を武蔵野市の成蹊中学校・高等学校で過ごし、その間、同校と交換留学制度のあるオーストラリアのニューサウスウェールズ州カウラ高等学校に留学した。
伊奈正人(いな まさと、1956年 - )は、日本の社会学者… 伊奈正人(いな まさと、1956年 - )は、日本の社会学者。東京女子大学現代教養学部教授。専門は文化社会学、アメリカ社会学史。 1956年神奈川県横浜市生まれ。聖光学院中学校・高等学校を経て、1980年一橋大学社会学部卒業。1982年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1985年まで一橋大学大学院に所属。指導教官は佐藤毅。 1993年、『ミルズ大衆論の方法とスタイル 』で、博士(社会学)(一橋大学)の学位を取得。審査員佐藤毅、矢澤修次郎、濱谷正晴。 1985年岡山大学教養部講師。岡山大学文学部行動科学科社会学・文化人類学講座助教授、東京女子大学文理学部助教授を経て、現職。 以下に出版物を挙げる。
中津 昌子(なかつ まさこ、1955年9月 - )は、歌人。… 中津 昌子(なかつ まさこ、1955年9月 - )は、歌人。京都府出身。東京女子大学卒業。1987年「歌林の会」入会。馬場あき子に師事。1991年、「風を残せり」30首で第6回短歌現代新人賞。1994年、『風を残せり』で第20回現代歌人集会賞。アメリカ・メリーランド州在住などを経て、京都市在住。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
大久保 桂子(おおくぼ けいこ、1955年 - )は、日本の… 大久保 桂子(おおくぼ けいこ、1955年 - )は、日本の歴史学者(イギリス近代史)。学位は文学修士。國學院大學文学部史学科教授。 東京都出身。1978年東京女子大学文理学部史学科卒業、1980年東京女子大学大学院文学研究科修士課程修了。1984年慶應義塾大学大学院博士課程満期退学。千葉大学助教授を経て、1990年に國學院大學文学部助教授に着任。のち、國學院大學文学部史学科教授。
高楼 方子(たかどの ほうこ、1955年 - )は、日本の作… 高楼 方子(たかどの ほうこ、1955年 - )は、日本の作家。主に絵本、児童書の執筆を手がけている。 北海道函館市出身、札幌市在住。東京女子大学文理学部日本文学科卒。
植松 三十里(うえまつ みどり、女性、1954年11月23日… 植松 三十里(うえまつ みどり、女性、1954年11月23日 - )は、日本の小説家。本名、植松 治代。 夫は東京大学名誉教授の植松光夫。 静岡県静岡市出身。日本ペンクラブ会員[要出典]。 父親の仕事の都合で小学生の時に埼玉県川口市から静岡市に移住。父親は清水市にある造船所に歯車を納める工場を経営していた。静岡雙葉高等学校卒業[要出典]。 1977年、東京女子大学文理学部史学科卒業後、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社する。夫の仕事の都合で7年間アメリカに移住した後、建築都市デザイン事務局勤務などを経てフリーライターとなる。夫の転勤で42歳で札幌から吉祥寺に転居後、1996年、カルチャーセンターで時代小説の書き方を早乙女貢・清原康正に師事しながら、小説新人賞に応募を続ける。
好本 惠(よしもと めぐみ、旧姓:安藤、1954年 - )は… 好本 惠(よしもと めぐみ、旧姓:安藤、1954年 - )は、日本のフリーアナウンサーで、元NHK所属。 東京都立立川高等学校、東京女子大学文理学部日本文学科卒業後、1976年NHK入局。東京アナウンス室・大阪放送局で勤務。1981年からフリーアナウンサー。1982年から2年間アメリカコーネル大学にて日本語教育法を学ぶ他、音声教材の制作に参加。1984年帰国後、放送大学学園の番組に携わる。 その後、現在までNHKの番組に数多く出演している。健康・医療・暮らしなどをテーマにしたシンポジウムのコーディネーターを務めることがある。式典、トークショー、コンサートの司会、講演などもしている。また、2002年から6年間、早稲田大学教育学部で非常勤講師を務めた。
竹下 景子(たけした けいこ、本名;関口 景子<せきぐ… 竹下 景子(たけした けいこ、本名;関口 景子<せきぐち けいこ>、1953年9月15日 - )は、日本の女優。父は弁護士の竹下重人。夫は関口照生。次男は関口アナム。
田中 一江(たなか かずえ、1953年5月31日 - )は、… 田中 一江(たなか かずえ、1953年5月31日 - )は、日本の翻訳家。東京都出身。東京女子大学文学部卒。日本推理作家協会会員。 大学卒業後、数年間の充電期間の最中、ジャッキー・チェンの『酔拳』に感銘を受け、翻訳家を志す。 翻訳の対象ジャンルは広く、ホラー、ユーモア、SF、など多岐にわたる。自称「英米エンタテインメント小説翻訳者」。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
印東 道子(いんとう みちこ、1953年 - )は、日本の考… 印東 道子(いんとう みちこ、1953年 - )は、日本の考古学者・人類学者。国立民族学博物館名誉教授。専門は、オセアニア考古学・オセアニア地域研究。 専門はオセアニア考古学、人類学。広い南太平洋に散在する小さな島々に住む人々が、いつごろ、どこから来たのかを求めて、発掘調査を中心に研究を行っている。日本の女性考古学者としてはパイオニア的存在。オセアニアの伝統文化についても造詣が深い。 東京都出身。1976年東京女子大学文理学部史学科西洋史卒業。1976 - 81年東京女子大学助手。1981-1988年ニュージーランドオタゴ大学大学院(人類学専攻)でMA、Ph.D.取得、1988年から北海道東海大学助教授、教授、2000年より国立民族学博物館民族社会研究部教授(総合研究大学院大学教授を兼任)、2017年より同人類文明誌研究部教授。
三宅 晶子(みやけ あきこ、1953年 - )は、能楽・古典… 三宅 晶子(みやけ あきこ、1953年 - )は、能楽・古典芸能研究者、横浜国立大学名誉教授、奈良大学教授。 愛知県生まれ。1976年東京女子大学国文科卒、84年早稲田大学大学院国文科博士課程中退。1984年早稲田大学国文学会窪田空穂賞受賞。 1985年目白学園女子短期大学専任講師、1990年助教授、1993年横浜国立大学教育学部助教授(のち教育人間科学部)、1998年「能の文学的研究 -世阿弥・元雅・禅竹」で早大から博士(文学)。2002年教授。2003年観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞。2010年教育デザイン研究会代表。2019年横浜国大を定年、名誉教授、奈良大学教授となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
勝浦 令子(かつうら のりこ、1951年 - )は、日本の歴… 勝浦 令子(かつうら のりこ、1951年 - )は、日本の歴史学者。東京女子大学名誉教授。専攻は日本古代史。 1973年東京女子大学文理学部史学科卒業。1981年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。高知女子大学助教授を経て、1992年より東京女子大学文理学部史学科教授。2019年3月に定年退職。 1996年『女の信心 妻が出家した時代』で女性史研究青山なを賞受賞。2001年「日本古代の僧尼と社会」で東大文学博士。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
佐々木 なほ子(ささき なほこ、1950年11月3日 - )… 佐々木 なほ子(ささき なほこ、1950年11月3日 - )は、元文化放送アナウンサー。ラジオディレクター。東京都出身。1973年、東京女子大学文理学部史学科卒業。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
石毛 恭子(いしげ きょうこ、1950年(昭和25年)6月7… 石毛 恭子(いしげ きょうこ、1950年(昭和25年)6月7日 - )は、元フジテレビアナウンサー。 茨城県生まれ。3歳頃に家族で転居後、東京都練馬区で育つ。東京都立大泉高等学校を経て、1971年3月、東京女子大学短期大学部を卒業。 1971年4月、フジテレビ入社。アナウンサーの同期に大川和彦、須田哲夫、岩崎真純、三上彩子。他配属部署の澤雄二、豊田皓も同期。 入社直後に「ママとあそぼう!ピンポンパン」2代目お姉さんに抜擢され、可憐なルックスと軽妙な話術で人気者になった。また、彼女がお姉さん役の時期には、同番組の「ピンポンパン体操」がブームとなり、使用曲は1972年の第14回日本レコード大賞童謡賞を受賞した(歌:杉並児童合唱団・金森勢)。
柳原 和子(やなぎはら かずこ、1950年3月19日 - 2… 柳原 和子(やなぎはら かずこ、1950年3月19日 - 2008年3月2日)は、日本のノンフィクション作家。東京都生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。 カンボジアの難民キャンプのレポートなどを雑誌に発表、世界中を回ってノンフィクションの筆をとる。 1997年、がんに罹り、奇跡的な生還を遂げ、以後は“がん患者学”、医療過誤などの問題に取り組む。2004年にがんが再発。多発転移し、放射線治療やラジオ波焼灼術治療により一時回復したものの、再再発し2008年死去。母も同じくがん(卵巣がん)で亡くなっている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
石川 牧子(いしかわ まきこ、1949年11月12日 - )… 石川 牧子(いしかわ まきこ、1949年11月12日 - )は、日本のアナウンサー(日本テレビ → フリー)、元仙台大学客員教授、拓殖大学客員教授、財団法人日本ゲートボール連合理事。 山形県鶴岡市生まれ。酒田市立第三中学校卒業。山形県立酒田東高等学校2年時に宮城県仙台市へ転居した。東京女子大学短期大学部英語科卒業。 アナウンス部在籍時は報道からスポーツ、バラエティまで幅広く出演し、日本テレビの女性アナウンサーの看板的な存在だった。「元祖どっきりカメラ」、「アメリカ横断ウルトラクイズ」といった看板番組の司会を長きにわたり担当した。 現場からデスク職についてからはキー局では初めての女性アナウンス部長としても話題となったが、前任の舛方勝宏から引き継がれた新人アナウンサーへの厳しい指導は度々日本テレビの特番でも放送された。
須磨 佳津江(すま かつえ〈旧姓:井出〉、1949年5月13… 須磨 佳津江(すま かつえ〈旧姓:井出〉、1949年5月13日 - )は、日本のフリーアナウンサー、ジャーナリスト。元NHKアナウンサー。 東京都出身。女子学院高等学校、東京女子大学卒業後、1972年にNHKにアナウンサーとして入局、朝の報道ワイドショー番組『スタジオ102』でデビュー。同期に小宮山洋子がいる。 1976年に結婚退職してフリーランスとなり、以降はNHKの番組を中心に『テレマップ』『ニュースの窓』『婦人百科』『ラジオジャパン土曜ワイド』などのキャスターを務めた。初のパソコン入門番組である『趣味講座・マイコン入門』の初代女性司会者でもある。園芸、特にガーデニングに造詣が深いことから、『趣味の園芸』では1994年から1999年3月まで5年間にわたって司会を務め、2005年3月までの11年にわたっても不定期に司会を担当した。
戸松 泉(とまつ いずみ、女性、1949年 - )は、日本近… 戸松 泉(とまつ いずみ、女性、1949年 - )は、日本近代文学研究者。学位は、文学博士(名古屋大学・2004年)(学位論文『小説の<かたち>・<物語>の揺らぎ』)。相模女子大学教授。 1971年東京女子大学日本文学科卒、1974年同大学院修士課程修了、1979年前後同助手、1991年頃から相模女子大学助教授、のち教授。2004年『小説の<かたち>・<物語>の揺らぎ』で名古屋大学より文学博士の学位を取得。2011年『複数のテクストへ 樋口一葉と草稿研究』でやまなし文学賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大村 美根子(おおむら みねこ、1947年10月13日 - … 大村 美根子(おおむら みねこ、1947年10月13日 - 2005年1月 )は、日本の翻訳家。北海道札幌市生まれ。東京女子大学英米文学科中退。 浅倉久志が中心となって、翻訳家の交流会「エイト・ダイナーズ」が、小尾芙佐、深町眞理子、大村美根子、山田順子、佐藤高子、鎌田三平、白石朗というメンバーで行われていた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
堀本 惠美子(ほりもと えみこ、1947年 - )は、日本の… 堀本 惠美子(ほりもと えみこ、1947年 - )は、日本の美術家。東京都生まれ。東京都立豊多摩高等学校、東京女子大学短期大学部教養科卒業、武蔵野美術学園修了、日本美術家連盟会員、国際平和展日本事務局代表、東京Ⅲゾンタクラブ会員。 1980年より国内外の美術館・百貨店(三越・髙島屋・小田急デパート・丸善・阪急・松坂屋他)・ギャラリーなどの個展開催は110回以上。 1982年日仏現代美術展(パリ)、1991年サージマルジス賞受賞展(ニューヨーク)、2002年~2003年フランス・パリ及びナントで個展。コソボへ行くきっかけとなる。 2003年~2005年日本人として初めて、国連軍主催で、コソボ(旧ユーゴスラビア)の主要3大都市において「コソボ国際平和展“宇宙の愛のメッセージ”堀本惠美子展」を開催。
大角 翠(おおすみ みどり、1947年-)は、日本の言語学者… 大角 翠(おおすみ みどり、1947年-)は、日本の言語学者。東京女子大学名誉教授。Ph.D.(オーストラリア国立大学、1990年)。専門は、オセアニア言語(特にニューカレドニアの言語)・危機言語・言語類型論。 東京女子大学文理学部卒業、東京大学大学院修士課程、パリ第5大学大学院博士課程単位取得退学、オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。共立女子短期大学講師、オーストラリア国立大学日本センター非常勤講師、シドニー大学準教授、名桜大学教授を経て、東京女子大学言語科学科教授。 マックスプランク研究所、ケンブリッジ大学、ロンドン大学、ラトローブ大学などで客員研究員を務めた。 この項目は、言語学に関連した書きかけの項目です。
室町 澄子(むろまち すみこ、1946年8月13日 - )は… 室町 澄子(むろまち すみこ、1946年8月13日 - )は、元NHKチーフアナウンサー。 現在の茨城県つくば市出身。東京都立一橋高等学校を経て東京女子大学に進学した。大学在学中は放送研究会に所属した。大学卒業後、1969年に入局した。「女性が続けてゆける仕事」とアナウンサーに興味を持ってはいたが、本人曰く「すらすら話せるタイプではなかった」ということで、第一志望はディレクターだったという。以後60歳定年により2006年8月31日で退職し、ラジオセンター嘱託(厳密にはフリーランス)となるまで、ずっと東京アナウンス室とラジオセンターに属した。 1972年から74年まで、杉澤陽太郎とともにインタビュー番組『女性手帳』を担当する。
高樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、… 高樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、日本の小説家。元九州大学アジア総合政策センター特任教授(アジア現代文化研究部門)。本名は鶴田 信子(つるた のぶこ)。
村田 靖子(むらた やすこ、1945年7月 - )は、日本の… 村田 靖子(むらた やすこ、1945年7月 - )は、日本のヘブライ語、ヨーロッパ文学の研究者、翻訳家。東邦大学教授。専門は英文学、現代ヘブライ語文学。 1968年東京女子大学哲学科卒業、東京都立大学 (1949-2011)大学院ヨーロッパ語文学修士課程修了、同英文学博士課程中退、小池滋、Amorey Gethinに学ぶ。86年弘前大学教養部助教授、91年東邦大学薬学部教授(英語)、2001-02年オックスフォード・ヘブライ・ユダヤ学センター特別研究員。 ノーベル文学賞候補とされるアモス・オズを研究・翻訳するほか、英文学、推理ものなど多数の翻訳がある。
桑原 文子(くわはら あやこ、1945年4月11日 - )は… 桑原 文子(くわはら あやこ、1945年4月11日 - )は、英米演劇研究者、東洋大学名誉教授、俳人。俳人としての名は坂本宮尾。 大連生れ。旧姓・坂本。1968年東京女子大学英文科卒、1971年東京都立大学大学院修士課程修了、ロンドン大学、ケンブリッジ大学で英米演劇を学ぶ。東洋大学教養部助教授、教授。2012年退職、名誉教授。 1966年東京女子大学白塔会で山口青邨の指導を受け俳句を始める。76年夏草新人賞。80年夏草同人。仕事や家庭の事情から作句を中断。90年「夏草」再入会。「天為」、「藍生」創刊とともに参加。93年藍生賞。2004年『杉田久女』で俳人協会評論賞。2015年桂信子賞受賞。 (記名のないものは坂本宮尾名義)
塩谷 靖子(しおのや のぶこ、1943年11月 - )は、視… 塩谷 靖子(しおのや のぶこ、1943年11月 - )は、視覚障害プログラマーでありながら全盲の歌手として活躍する日本のソプラノ歌手、そしてエッセイスト。日本において話題の「千の風になって」とは異なる独自の訳による歌曲「千の風」で、昨今では人気を博する。 東京都に生まれ、1歳4ヶ月の時に東京大空襲に遭い、両親の故郷である鳥取県境港市へと移り住んだ。視力は生まれつき弱かったが最初から全盲ではなく、先天性緑内障のために、徐々に視力が衰えた後8歳の頃には完全に視力を失ってしまった。 妹と弟とがいるが、子供たちの将来を配慮した父親が東京への帰京を志し、彼女が6歳の頃、父親は単身上京して生活基盤を先に準備した。
細井 洋子(ほそい ようこ、1942年10月27日- )は、… 細井 洋子(ほそい ようこ、1942年10月27日- )は、日本の社会学者、東洋大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1965年東京女子大学文理学部社会学科卒、1980年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程満期退学。1967年東洋大学社会学部助手、69年専任講師、75年同短期大学助教授、85年教授、89年東洋大学社会学部教授、98年「女性犯罪の研究-ジェンダー犯罪学への試み」で東洋大学社会学博士。2005-07年社会学部長、2013年定年、名誉教授、細井洋子社会問題研究所を設立。
松岡 和子(まつおか かずこ、1942年4月17日- )は、… 松岡 和子(まつおか かずこ、1942年4月17日- )は、日本の翻訳家、演劇評論家。東京医科歯科大学名誉教授。国際演劇評論家協会会員。 イギリス文学戯曲の他、小説や評論の翻訳を手がける。シェイクスピア全作の新訳に取り組んでおり、彩の国さいたま芸術劇場での彩の国シェイクスピア・シリーズ企画委員のひとり。2021年にシェイクスピアの戯曲の完訳を達成した。 第2回湯浅芳子賞、第58回日本翻訳文化賞、第75回毎日出版文化賞企画部門受賞。 テレビドラマや映画の英語翻訳家だった額田やえ子は義理の従姉にあたる。 満洲国新京生まれ。父親の前野茂は満洲国の高官(司法部と文教部の次長)だった。長春市から通化市に移って居住し、通化事件と思われる大量遺体遺棄の現場を目撃する。
内田 良子(うちだ りょうこ、1942年 - )は、日本の心… 内田 良子(うちだ りょうこ、1942年 - )は、日本の心理カウンセラー。立教大学非常勤講師。主に児童・生徒の不登校問題を対象とする。 1942年、朝鮮慶尚南道生まれ。長野県諏訪郡富士見町育ち。長野県諏訪清陵高等学校を経て東京女子大学を卒業後、1973年より、東京都内の複数の保健所、及び佼成病院小児科で心理相談員を務める。NHKラジオ第1放送電話相談「子どもの心相談」を長年担当。1998年、子ども相談室「モモの部屋」を設立。
百々 佑利子(もも ゆりこ、1941年4月1日 - )は、日… 百々 佑利子(もも ゆりこ、1941年4月1日 - )は、日本の英文学者、児童文学翻訳家。元日本女子大学教授。本姓、竹内。 東京生まれ。父は生物学者の八杉龍一。祖父はロシア語学者の八杉貞利。東京女子大学文理学部英米文学科卒業、テキサス大学大学院修士課程中退。英米圏に暮らす。1975年父とダーウィン『ビーグル号航海記』を共訳し、その後英米の児童文学を数多く翻訳、のち神奈川大学教授、2000年ころから日本女子大学家政学部児童学科教授。2011年定年退任。 オーストラリア、ニュージーランド文学会の創設にかかわる。2010年3月10日に創刊した国際児童図書評議会(IBBY)の機関誌『Bookbird』(の初の多言語版『ブックバード日本版』)の初代編集長としても活躍。
長田 鞆絵(おさだ ともえ、1941年(昭和16年)2月1日… 長田 鞆絵(おさだ ともえ、1941年(昭和16年)2月1日 - )は、日本の童話作家、児童文学者。兵庫県出身、東京女子大学短期部卒業。小説家の大岡昇平の長女。 短大を卒業後、父である大岡昇平の伝手で、出版社に就職。一般の図書の出版部署は父との縁があるために避け、児童図書の出版部署で働く。 大学時代の友人と結婚した後、再び学業を希望して、就職から6年後に退職する。明治学院大学英文科、同大学院を経て、父の勧めで執筆業を始め、中央公論社から出版されていた全集の月報に、感想を書く。 出産を機に、編集者から童話の執筆を勧められ、処女作として、父と娘と愛犬をモデルにした幼年童話『もじもじびすけっと』を刊行する。
加地 永都子(かじ えつこ、1940年 - 2009年4月1… 加地 永都子(かじ えつこ、1940年 - 2009年4月13日)は、日本の翻訳家、編集者。 東京都生まれ。東京女子大学文理学部卒業。卒業後は日本YWCAに7年間勤務。アジア太平洋資料センター理事、季刊『世界から』編集者のほか、日本ネグロス・キャンペーン委員会(JCNC)運営委員、ピープルズ・プラン研究所運営委員を務めた。
木崎 さと子(きざき さとこ、1939年11月6日 - )は… 木崎 さと子(きざき さとこ、1939年11月6日 - )は、日本の小説家。芥川賞作家。 旧満洲国の新京(現在の長春)に生まれる。本名は原田正子。父は応用化学者の横山辰雄(1904年 - 1993年、1927年東京帝国大学理学部応用化学科卒業、1961年工学博士、富山大学名誉教授)。4歳で母を失い、継母に育てられる。皆川博子は従姉(父の妹の長女)で、少女時代に文学を教えられた。敗戦時、満洲でソ連兵や中国人の横暴を目の当たりにする。引き揚げ後、沼津、富山へ移る。富山県高岡市で少女期を送り、1958年、富山県立高岡高等学校を経て、1960年、東京女子大学短期大学部英文科卒業。帝人に就職する。1962年、植物発生生理学者の原田宏(1930年6月1日 - 2023年1月7日、筑波大学名誉教授)と結婚し、渡仏する。
わたり むつこ(1939年〈昭和14年〉8月8日 - )は、… わたり むつこ(1939年〈昭和14年〉8月8日 - )は、日本の絵本作家、児童文学作家。本名、池田 睦子。 宮城県白石市出身。1962年、東京女子大学文理学部日本文学科を卒業。卒業後は児童文学同人『バオバブ』を結成。1963年に結婚してアラスカに2年居住し、1971年に「アラスカの七つ星」でデビューする。『バオバブ』に連載した長編ファンタジー『はなはなみんみ物語』で、1980年度サンケイ児童出版文化賞を受賞。『もりのおとぶくろ』で2011年度サンケイ児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
菅野 則子(すがの のりこ、1939年(昭和14年)6月22… 菅野 則子(すがの のりこ、1939年(昭和14年)6月22日 - )は、日本史学者。帝京大学名誉教授。元「公益財団法人市川房枝記念会女性と政治センター」理事長。 東京生まれ。1962年東京女子大学文理学部卒業。1964年東京都立大学 (1949-2011)大学院修士課程修了。1993年「幕末農村社会史研究」で都立大学博士(史学)。一橋大学経済学部助手、帝京大学文学部教授。2010年定年退任、名誉教授。
太田 良子(おおた りょうこ、1939年(昭和14年)2月2… 太田 良子(おおた りょうこ、1939年(昭和14年)2月27日 - )は、日本の英米文学者、翻訳家、東洋英和女学院大学名誉教授。 東京生まれ。東京女子大学文学部英米文学科卒。1971 - 1975年ロンドン在住。1979年東京女子大学大学院修士課程修了。修士論文はヘンリー・ジェイムズ。1981年、東洋英和女学院短期大学英文科助教授。1994 - 1995年ケンブリッジ大学訪問研究員。1998年東洋英和女学院大学国際社会学部教授、2009年定年退任、名誉教授。エリザベス・ボウエンの作品を多く翻訳している。
黒田 杏子(くろだ ももこ、1938年8月10日 - 202… 黒田 杏子(くろだ ももこ、1938年8月10日 - 2023年3月13日)は、日本の俳人。 東京市本郷生まれ。父は開業医。1944年栃木県に疎開、高校卒業まで栃木県内で過ごす。栃木県立宇都宮女子高等学校から東京女子大学に進学。大学入学と同時に俳句研究会「白塔会」に入り、山口青邨の指導を受け、青邨主宰の「夏草」に入会。東京女子大学文学部心理学科を卒業後、博報堂に入社。テレビ、ラジオ局プランナー、雑誌『広告』編集長などを務め、瀬戸内寂聴、梅原猛、山口昌男など多数の著名文化人と親交を持つ。この間、10年ほど作句を中断。1970年、青邨に再入門。青邨没後、1990年俳誌「藍生」(あおい)を創刊、主宰。
林 紘義(はやし ひろよし、1938年7月24日 - 202… 林 紘義(はやし ひろよし、1938年7月24日 - 2021年2月10日)は、日本の政治活動家、経済学研究家。社会主義労働者党委員長、マルクス主義同志会代表を経て、労働の解放をめざす労働者党(略称・労働者党)代表委員。旧組織名・栗木伸一。 元東京女子大学教授・林道義の弟。保守派・反フェミニズムとなった兄については厳しい批判を展開している。 長野県出身。父が教師だっため転居を繰り返す。長野県伊那北高等学校卒業後、東京大学文学部入学。青木昌彦に勧誘され、19歳の時に日本共産党に入党するが半年で離党。離党理由については「お粗末な実態に愛想をつかした」と述べている。その後共産主義者同盟の一員として60年安保闘争に参加。
宮崎 絢子(みやざき あやこ、1938年 - )は、日本のア… 宮崎 絢子(みやざき あやこ、1938年 - )は、日本のアナウンサー、ボイスコンサルタント、ボイストレーナー。 東京都出身。東京女子大学文学部卒業。 1961年、中部日本放送へ入社。1964年に開局時の東京12チャンネル(現・テレビ東京)へ移籍。1998年、テレビ東京を定年退職、フリーに。 東京女子大学文学部卒業後、1961年にCBCへ入社。1964年開局の東京12チャンネル(現・テレビ東京)へ、同じくCBCから島田良夫アナとともに移籍。パーソナリティー室所属アナウンサーとして、報道番組を中心に、教養番組、経済番組等多数を担当。女性ニュースキャスターの草分け。その後、報道局部長兼プロデューサーとして、報道番組、気象情報番組等を担当。
小木曽 絢子(おぎそ あやこ、1937年6月3日 - )は、… 小木曽 絢子(おぎそ あやこ、1937年6月3日 - )は、日本の翻訳家。日本推理作家協会会員。 東京都世田谷区生まれ。福岡県立修猷館高等学校、東京女子大学文学部卒業。 英語教師だったが、SF好きの息子の影響で40歳頃から翻訳を勉強し、1986年にアンドレ・ノートン『スター・ゲイト』小隅黎(柴野拓美のペンネーム)との共訳で、翻訳家としてデビューした。 紀伊国屋書店で、当時世界的には無名だったロイス・マクマスター・ビジョルドの『自由軌道』を発掘し、翻訳を企画。相談先の東京創元社が『戦士志願』の翻訳を企画していたのもあり、小木曽単独による翻訳出版が決まった。出版後、米国在住のビショルドを訪ね、親密な仲となった。
高倉 やえ(たかくら やえ、1937年 - )は、日本の小説… 高倉 やえ(たかくら やえ、1937年 - )は、日本の小説家。 福岡県立小倉高等学校を経て、東京女子大学英米文学科卒業。1983年に通訳者・翻訳者養成学校ISS(現・ISSインスティチュート)を卒業後、会議通訳者として活躍しており、これまでに、アジア人口会議、北京女性会議、日・米・欧教科書会議、北方生物会議など多くの会議を担当。2004年より朝日カルチャーセンターの小説教室で根本昌男(元『海燕』編集長)の指導を受ける。2015年2月、投稿作「ものかげの雨」で第1回林芙美子文学賞佳作を受賞。
北條 文緒(ほうじょう ふみお、1935年10月25日 - … 北條 文緒(ほうじょう ふみお、1935年10月25日 - 2023年7月23日)は、日本の英文学者、作家、翻訳家。東京女子大学名誉教授。20世紀始めの英国小説が専門。 東京で鬼頭仁三郎(東京商科大学(現一橋大学)教授)の娘として生まれる。1958年東京女子大学文学部英米文学科卒、1961年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1967年東京女子大学講師、助教授、教授、2004年定年退任、名誉教授。 1967年、同人誌『炎』に発表した「魚」で芥川賞候補。2002年、短篇小説集『嘘』を上梓。2023年、死去。聖イグナチオ教会で葬儀・告別式が行われた。同年日本翻訳文化賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小野 和子(おの かずこ、1934年〈昭和9年〉6月18日 … 小野 和子(おの かずこ、1934年〈昭和9年〉6月18日 - )は、日本の児童文学者、民話採集家、翻訳家。 岐阜県高山市生まれ。東京女子大学日本文学科卒業、1958年から宮城県仙台市に住み、宮城県内で民話を採集記録、再話する。1975年、「宮城民話の会」を設立。児童文学の翻訳多数。
佐藤 宏子(さとう ひろこ、1934年 - 2022年)は、… 佐藤 宏子(さとう ひろこ、1934年 - 2022年)は、日本の英米文学者、東京女子大学名誉教授。 岩手県生まれ。1956年東京女子大学文学部英米文学科卒業。1958年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1960年マウント・ホリョーク大学大学院修士課程修了。同年9月東京女子大助手、専任講師、助教授、1975年教授。同大女性学研究所長、2002年定年退任、名誉教授。日本アメリカ学会会長を務めた。2022年10月28日死去。88歳没。 米国女性作家、特にウィラ・キャザーを専門とした。
荻原 達子(おぎはら たつこ、1934年 - 2007年5月… 荻原 達子(おぎはら たつこ、1934年 - 2007年5月2日)は、日本の能楽プロデューサー。 長野県岡谷市生まれ。東京女子大学短期大学部卒。能楽書林の編集部を経て、社団法人「銕仙会」の事務局長。退職後、同人組織の能楽座のゼネラルマネージャーを務めた。 様々な分野で演劇コーディネーターを務め、一貫して能・狂言の伝統の継承と創造活動を、裏方で支え、国内外を問わずあらゆる種類の能・狂言公演を手がけた。能楽師観世栄夫運転の自動車に同乗し帰宅中に東京都八王子市の中央自動車道で事故に遭い、頭部を負傷し亡くなった。73歳没。なお観世自身も衝撃で、闘病中だった事も重なり1ヶ月後に病没した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
稲毛 教子(いなげ のりこ、1933年2月18日- )は、日… 稲毛 教子(いなげ のりこ、1933年2月18日- )は、日本の発達心理学者、東京国際大学名誉教授。 東京出身。1956年東京女子大学文学部心理学科卒、同年愛育研究所教養部。1961年日本リサーチセンター研究部。1964年早稲田大学システム科学研究所・早大学生相談センター。1977年国際商科大学教養学部教授、校名変更で東京国際大学教授。2004年定年、名誉教授となる。
五代 利矢子(ごだい りやこ、1933年 - )は、日本の文… 五代 利矢子(ごだい りやこ、1933年 - )は、日本の文筆家。司会者。 東京都出身。夫は宇宙工学者で五代友厚のひ孫にあたる五代富文。姉はNHKの名アナウンサー和田信賢夫人となった和田(旧姓:大島)実枝子と秋田県の教育長を務めた長谷山包子。劇作家の青江舜二郎は親類にあたる。 東京女子大学を卒業後、アメリカ大使館ラジオ・テレビ部に勤務・ルポライターを経て文筆家となる。 NHK「こんにちは奥さん」、TBS「暮らしの法律相談」などの司会を担当。講演や各機関の委員も務めている。 1966年には「第17回NHK紅白歌合戦」の特別審査員を務めた。
朝井 ゆかり(あさい ゆかり、1932年10月30日 - 2… 朝井 ゆかり(あさい ゆかり、1932年10月30日 - 2010年11月28日[要出典])は、日本の声優。愛知県名古屋市出身。「浅井 ゆかり」表記もある。 かつて同名で活動していたとされる声優の浅井淑子とは別人である。 愛知県名古屋市で生まれ、福岡県で育つ。 福岡県立福岡中央高等学校卒業。在学時はスポーツが得意であり、陸上部でキャプテンを務めたほか、走高跳では当時のアマチュア全国大会で10位以内に入るなど好成績を残した。 1957年、東京女子大学短大部を卒業後に人形座を経て劇団舞芸座へ入団。1964年に同劇団が解散してからは、東京アーチスト・プロに所属していた。 1968年、量子生態学提唱者野上倫加(本名・導子)の夫・野上昭治と結婚、2男1女をもうけるが1987年に離婚。
大隅 和雄(おおすみ かずお、1932年10月10日 - )… 大隅 和雄(おおすみ かずお、1932年10月10日 - )は、日本の歴史学者、思想史家。専攻は中世思想史(仏教思想)。東京女子大学名誉教授。 1932年、福岡県福岡市生まれ。父大隅芳雄は鉱山学者で、九州帝国大学に勤めていた。戦時中であった1945年4月、全国から理系科目に秀でた生徒を特別に集めた広島高等師範学校附属中学校特別科学教育学級に進学。しかし戦局悪化にともない疎開中、広島へ原子爆弾が投下されたことにより校舎が壊滅し、福岡県立中学修猷館に転校した。 1951年、新制になった福岡県立修猷館高等学校を卒業。 東京大学に進み、1955年に文学部国史科を卒業した。1964年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。
堂本 暁子(どうもと あきこ、1932年7月31日 - )は… 堂本 暁子(どうもと あきこ、1932年7月31日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。