銭谷 翔(ぜにや しょう、1988年8月19日 - )は日本… 銭谷 翔(ぜにや しょう、1988年8月19日 - )は日本の政治家。大阪府四條畷市長(1期)。 大阪府四條畷市生まれ。四條畷学園幼稚園、四條畷学園小学校、四條畷学園中学校、東大阪大学柏原高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。 小学校から始めたバドミントンは日本代表の腕前であり、大学時代に日本代表選手に選出された。2011年、実業団チームであるトナミ運輸株式会社に入社。2012年ロンドンオリンピックでは日本選手団に同行した。けがを機に選手生活を引退し2014年に和歌山県有田市役所に転職。2019年、四條畷市役所勤務。 2024年11月27日、四條畷市長の東修平は、自身の任期満了に伴う市長選挙で、公募で後継候補に選んだ元国連職員の篠原雄之が体調不良を理由に立候補を取りやめたと発表。
ミロイコ・スパイッチ(モンテネグロ語: Milojko Sp… ミロイコ・スパイッチ(モンテネグロ語: Milojko Spajić, モンテネグロ語キリル・アルファベット: Милојко Спајић; 1987年9月24日 - ) は、モンテネグロの政治家、金融エンジニア。同国首相、中道派のヨーロッパ・ナウ!(セルビア語版、英語版)党首を務めている。 プリェヴリャ・ギムナジウム(セルビア語版、英語版)を優秀な学生の一人として卒業し、日本政府の奨学生として大阪大学で1年間学んだ後、2008年から埼玉大学経済学部で計量経済学を学び、2012年に卒業。在学中の2010年にはNRI学生小論文コンテスト優勝賞を受賞。交換留学プログラムの一環として清華大学にも留学。
原田 亮(はらだ りょう、1986年〈昭和61年〉8月23日… 原田 亮(はらだ りょう、1986年〈昭和61年〉8月23日 - )は、日本の政治家。大阪府箕面市長(1期)。箕面市議会議員(1期)、大阪府議会議員(2期)を務めた。 大阪府堺市出身。智辯学園高等学校、大阪大学法学部法学科政治専攻を卒業。大阪大学在学中の2011年に東日本大震災が起きると、『被災者支援団体ACTION』を結成し、その代表者として阪大生とともに被災者支援の活動に取り組んだ。 木挽司衆議院議員事務所勤務を経て、2012年、全国最年少の25歳で箕面市議会議員に当選。1期目途中の2015年、大阪府議会議員選挙に立候補し、全国都道府県議会議員最年少の28歳で当選を果たした。2019年の府議選で再選。
牛田 茉友(うしだ まゆ、1985年〈昭和60年〉6月8日 … 牛田 茉友(うしだ まゆ、1985年〈昭和60年〉6月8日 - )は、日本の政治家、元NHKアナウンサー。国民民主党所属の参議院議員(1期)。本名は髙橋 茉友(たかはし まゆ)。 大阪府池田市出身。大阪教育大学附属高等学校池田校舎、大阪大学医学部保健学科検査技術科学専攻卒業。臨床検査技師。大学在学中はサッカー部のマネージャーを務め、2007年度ミス大阪大学「Miss of Miss Campus Queen Contest」に出場した。 2009年NHK入局。初任地は山口放送局。2012年2月に、大成安代と入れ替わる形で京都放送局に異動となった。その後は、東京アナウンス室、大阪放送局を経て2023年8月から2度目の東京アナウンス室に勤務した。
中田 慎也(なかた しんや、1982年〈昭和57年〉4月5日… 中田 慎也(なかた しんや、1982年〈昭和57年〉4月5日 - )は、日本の政治家。兵庫県伊丹市長(1期)。伊丹市議会議員(1期)、兵庫県議会議員(3期)を務めた。 兵庫県伊丹市に生まれる。双葉幼稚園、伊丹市立南小学校、大阪星光学院中学校・高等学校、大阪大学工学部、大阪大学大学院工学研究科を卒業した。リクルートの営業職を経て、2011年より伊丹市議会議員を1期務め、2015年の兵庫県議選で当選し県議は3期務める。兵庫県議会では自由民主党会派に所属した。 2021年兵庫県知事選挙では斎藤元彦を支持したが、兵庫県庁内部告発文書問題を受けた2024年9月19日の斎藤への不信任決議では中田を含む全県議が賛成し、可決された。
中村 健(なかむら けん、1979年〈昭和54年〉4月25日… 中村 健(なかむら けん、1979年〈昭和54年〉4月25日 - )は、日本の政治家。愛知県西尾市長(3期)。元西尾市議会議員(1期)。 愛知県西尾市駒場町に生まれ、同市つくしが丘で育った。西尾市立三和小学校、西尾市立東部中学校、愛知県立岡崎高等学校卒業。1年浪人後、大阪大学法学部に入学。2004年3月、同大学を卒業。2005年4月、西尾市役所に入所。西尾市民病院に配属される。2009年、商工課に異動。2011年4月から1年間、愛知県庁の観光コンベンション課に出向。自由民主党が設立した政治塾「愛知政治大学院」の第6期を修了。2012年6月、結婚。 2013年1月31日に西尾市役所を退職。同年5月26日に行われた西尾市議会議員選挙に立候補し、初当選した。
高見 亮(たかみ りょう、1978年〈昭和53年〉5月20日… 高見 亮(たかみ りょう、1978年〈昭和53年〉5月20日 - )は、日本の政治家、公認会計士、税理士。日本維新の会所属の衆議院議員(1期)。大阪市会議員(3期)、大阪維新の会政調会長(第5代)、日本維新の会政調会長代行を務めた。 大阪市出身。大阪大学経済学部経営学科卒業。卒業後は監査法人トーマツに入所。2007年に公認会計士と税理士資格を取得し、高見会計事務所を設立。2013年、維新政治塾を卒業。2014年、大阪市会議員・坂井良和の秘書となる。2015年、大阪市会議員選挙に東住吉区から大阪維新の会公認で立候補し、初当選。以後、市議を3期務める。2025年より大阪維新の会政調会長、日本維新の会政調会長代行を務める。
藤岡 隆雄(ふじおか たかお、1977年〈昭和52年〉3月2… 藤岡 隆雄(ふじおか たかお、1977年〈昭和52年〉3月28日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)を務めた。 愛知県出身。大阪大学基礎工学部卒業、大阪大学大学院在学中に国家公務員I種(経済職)試験合格。2001年、金融庁入庁。2008年、金融庁総務企画局企業開示課課長補佐(金融商品取引法担当)。 2010年5月13日、日本創新党が同年7月の第22回参議院議員通常選挙東京都選挙区に藤岡を擁立すると発表。しかし、その後党首で杉並区長の山田宏が同選挙区から立候補する意向を示したため5月30日に公認を撤回された。 6月4日、山田の辞職に伴い参議院議員通常選挙と同日に行われる杉並区長選挙に無所属で立候補する意向を表明。
梅村 聡(うめむら さとし、1975年2月13日 - )は、… 梅村 聡(うめむら さとし、1975年2月13日 - )は、日本の政治家、医師。衆議院議員(2期)。 参議院議員(2期)、厚生労働大臣政務官(野田第3次改造内閣)を務めた。 1975年2月13日、大阪府堺市で誕生。大阪市淀川区十三で育つ。十三幼稚園、大阪市立神津小学校、大阪教育大学附属池田中学校、大阪教育大学附属高等学校池田校舎、大阪大学医学部卒業。 2001年、医師免許を取得し、大阪大学医学部附属病院で勤務した。 2002年、箕面市立病院内科に転勤。 2004年、大阪大学大学院医学系研究科入学。日本内科学会認定内科医を取得。 2007年7月の第21回参議院議員通常選挙に民主党公認で大阪府選挙区から出馬し、1,281,502票を獲得して初当選した(この選挙で梅村が獲得した票数は、同選挙区で過去最多だった1998年の第18回参議院議員通常選挙で西川きよしが獲得した1,057,393票を上回り、最多となった)。
藤井 大輔(ふじい だいすけ、1973年1月19日 - )は… 藤井 大輔(ふじい だいすけ、1973年1月19日 - )は日本の政治家、編集者。富山県議会議員。富山県富山市出身。妹はフリーライターのピストン藤井。みんなの経済新聞ネットワーク・富山経済新聞の編集局長。 富山県立富山中部高等学校、大阪大学経済学部卒。1995年、リクルートに入社。「ゼクシィ」や「ダ・ヴィンチ」など数多くの雑誌で編集者を務める。 2004年7月には、「R25」を創刊、編集長を務める。同誌の名付け親でもある。 2019年4月、統一地方選挙・富山県議会議員選挙に富山市第1選挙区から自由民主党公認で立候補、6797票を獲得し、初当選。 現在、自由民主党富山県支部連合会広報委員会副委員長を務める。
西岡 隆(にしおか たかし、1972年7月8日 - )は、日… 西岡 隆(にしおか たかし、1972年7月8日 - )は、日本の政治家。大分県臼杵市長(1期)。 愛媛県伊予三島市(現・四国中央市)生まれ。1995年3月、大阪大学理学部数学科卒業。厚生省(現・厚生労働省)入省。保険局調査課長などを務めた。独立行政法人経済産業研究所(RIETI)でもコンサルティングフェロー(研究員)を兼務。 2024年9月に厚労省を退職した。同年の臼杵市長選挙に無所属で立候補して、元市職員の新人を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:30,301人 最終投票率:57.82%(前回比:-pts) 2025年1月20日に市長に就任した。
竹中 誉(たけなか ほまれ、1970年(昭和45年)7月7日… 竹中 誉(たけなか ほまれ、1970年(昭和45年)7月7日 - )は、日本の政治家。岐阜県池田町長(1期)。 池田町立八幡小学校、池田町立池田中学校、岐阜県立大垣北高校を経て、1995年に大阪大学法学部を卒業。大学卒業後は大垣共立銀行に入行した。2003年、プルデンシャル生命保険に入社。 新人2人が立候補し、池田町としては12年ぶりの町長選挙となった2023年1月29日投開票の池田町長選挙に無所属新人として出馬するも、現職で6選目を目指す岡崎和夫に及ばす次点で落選。 ※当日有権者数:18,886人 最終投票率:58.29%(前回比:pts) 女性職員に対するセクシャルハラスメント認定により辞職した岡崎和夫の後任を決める、2024年6月9日投開票の池田町長選挙に無所属新人として立候補。
伊藤 渉(いとう わたる、1969年〈昭和44年〉11月13… 伊藤 渉(いとう わたる、1969年〈昭和44年〉11月13日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(5期)、厚生労働大臣政務官、財務副大臣などを歴任した。 愛知県名古屋市南区にペンキ職人の長男として生まれる。名古屋市立笠東小学校を経て名古屋市立本城中学校に進学し、柔道部主将を務めた。 名古屋市立菊里高等学校を卒業後、大阪大学工学部土木工学科で土木工学を学ぶ。高校・大学時代はラグビー部に所属し、ポジションはフォワード・フッカー(NO.2)だった。 1994年(平成6年)3月、大阪大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。同年4月、JR東海に就職。 新幹線運転免許取得後、総合企画本部企画開発部、建設工事部、新幹線鉄道事業本部などで勤務し、JRセントラルタワーズの建設をはじめとする名古屋駅周辺の開発事業などに携わった。
新原 秀人(しんばら ひでと、1962年4月29日 - )は… 新原 秀人(しんばら ひでと、1962年4月29日 - )は、日本の政治家、歯科医師。 衆議院議員(1期)、兵庫県議会議員(2期)、神戸市議会議員(2期)などを務めた。 兵庫県神戸市兵庫区金平町生まれ。神戸市立板宿小学校、神戸市立飛松中学校、兵庫県立長田高等学校を経て、1994年、大阪大学歯学部卒業。1996年、歯科クリニックを開業。 2003年、神戸市議会議員選挙須磨区選挙区当選。2005年、自由民主党兵庫県連の政調会長に就任。2007年、兵庫県議会議員選挙神戸市垂水区選挙区当選。2008年、京都大学大学院経済学研究科(公共政策専攻)修了。2010年、自民党兵庫県連の副政調会長に就任。 2012年3月、維新政治塾に参加。
樽床 伸二(たるとこ しんじ、1959年〈昭和34年〉8月6… 樽床 伸二(たるとこ しんじ、1959年〈昭和34年〉8月6日 - )は、日本の政治家。
三谷 光男(みたに みつお、1959年6月16日 - )は、… 三谷 光男(みたに みつお、1959年6月16日 - )は、日本の政治家。 内閣総理大臣補佐官(野田第3次改造内閣)、財務大臣政務官兼復興大臣政務官(野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、衆議院議員(2期)を歴任した。 広島県呉市生まれ。広島県立呉三津田高等学校、大阪大学経済学部卒業。大学卒業後、松下幸之助が設立した松下政経塾に入塾する(第4期生)。 1988年に松下政経塾を卒業し、その後は広島県選出の宮澤喜一衆議院議員の秘書を務める。宮澤が小渕内閣で大蔵大臣に起用された際は大臣秘書官に就任した。宮澤の引退後は、地盤を引き継いだ宮澤洋一(宮澤喜一の甥)の政策担当秘書を務めた。 2003年11月の第43回衆議院議員総選挙に広島5区から無所属で出馬したが、自由民主党の池田行彦に敗れた。
宮﨑 泉(みやざき いずみ、1959年〈昭和34年〉2月21… 宮﨑 泉(みやざき いずみ、1959年〈昭和34年〉2月21日 - )は、日本の政治家。和歌山県知事(公選第23代)。和歌山県教育委員会教育長、和歌山県副知事などを務めた。 和歌山市出身。和歌山市立野崎小学校、和歌山市立河北中学校、和歌山県立桐蔭高等学校を経て、大阪大学卒業後、1982年に和歌山県庁入庁。県人事課長、知事室長を歴任した後、2019年から2025年3月まで和歌山県教育長、2025年4月から和歌山県副知事を務めた。副知事就任直後の4月15日に岸本周平知事が急死したため、知事の職務代理を務めた。2025年6月の和歌山県知事選挙では自民・公明・立憲・国民・社民・和歌山県・町村会などの推薦を受けて立候補し、当選した。
坂栄 一秀(さかえ かずひで、1958年〈昭和33年〉12月… 坂栄 一秀(さかえ かずひで、1958年〈昭和33年〉12月 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県隠岐郡西ノ島町長(1期)。 島根県隠岐郡西ノ島町出身。大阪大学を卒業。 1981年(昭和56年)4月、島根県庁に入庁。県職員としては環境生活総務課長や、島根県議会事務局次長などを歴任し、2019年(平成31年)に退職した。県庁退職後は公益財団法人島根県消防協会の常務理事を務めた後、2022年(令和4年)4月より衆議院議員の秘書に転身した。 2023年(令和5年)1月、前町長(昇秀樹)の任期満了に伴う西ノ島町長選挙に無所属・新人で立候補。告示日に坂栄以外に立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選を果たした。
高橋 晴彦(たかはし はるひこ、1958年1月2日 - )は… 高橋 晴彦(たかはし はるひこ、1958年1月2日 - )は、日本の政治家。兵庫県加西市長(1期)。北条鉄道代表取締役。 兵庫県加西市出身。兵庫県立北条高等学校、大阪大学基礎工学部卒業後、1981年に加西市役所入庁。市総務部長などを経て2015年からは市教育長を1期3年務める。 2022年11月30日、翌年の加西市長選挙への立候補を表明。市長選では現西村和平市政からの転換を訴える意向を示した。12月22日、自民党県連が市長選で高橋を推薦すると発表。 2023年5月21日、市長選の投開票が行われ、高橋が元市議の深田真史や、西村から後継指名を受けた元副市長の河尻悟を破り、初当選した。
向山 好一(むこやま こういち、1957年7月18日 - )… 向山 好一(むこやま こういち、1957年7月18日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の衆議院議員(3期)、国民民主党兵庫県連代表、兵庫民社協会会長。 神戸市会議員(2期)、兵庫県議会議員(2期)、民進党・旧国民民主党兵庫県連代表などを務めた。 兵庫県神戸市生まれ。兵庫県立神戸高等学校、大阪大学経済学部卒業。大学卒業後、大阪ガスに入社。同社労働組合専従役員、連合大阪労働政策部長を務める。 1993年より、民社党の西村眞悟衆議院議員の秘書となる。 1999年、神戸市会議員選挙に北区選挙区から立候補し、初当選した。神戸市議を2期務める。 2009年の第45回衆議院議員総選挙では、民主党公認で兵庫2区から立候補し、公明党前職の赤羽一嘉を破り、初当選した。
戸田 久和(とだ ひさよし、1956年1月24日 - )は、… 戸田 久和(とだ ひさよし、1956年1月24日 - )は、日本の政治家。元大阪府門真市議会議員(5期)。全日本建設運輸連帯労働組合(連帯ユニオン)近畿地方本部顧問。 秋田県南秋田郡天王町(現潟上市)出身。秋田県立秋田高等学校から大阪大学人間科学部に進学。在学中は新左翼のノンセクト・ラジカルとして学寮廃止阻止などの運動に従事する。 卒業後は連帯ユニオンの委員などを経て、1999年門真市議会議員選挙に「市民派」を掲げて立候補、最下位で当選する。所属会派はないが辻元清美らの支援を受ける。2003年の門真市議会議員選挙ではトップ当選し、二期目を務める。かつては「鮮烈市民派」と称していたが、現在は「鮮烈左翼」と称している。
清水 裕(しみず ひろし、1954年(昭和29年)10月16… 清水 裕(しみず ひろし、1954年(昭和29年)10月16日 - 2018年(平成30年)3月30日)は、日本の政治家、国土交通官僚。愛媛県大洲市長(3期)。 大阪府大阪市出身。大阪大学工学部土木工学科卒業。 1977年(昭和52年)に建設省(現:国土交通省)に入省。以後、官僚としては主に治水・水利に携わり、1992年(平成4年)から建設省四国地方建設局河辺川ダム(現・山鳥坂ダム)工事事務所長を務めたのち、鹿児島県川内市(現:薩摩川内市)助役、国土交通省河川環境課流域治水調査官、愛媛県土木部長などを勤め、2009年(平成21年)2月に国土交通省を退官した。 国土交通省退官後は大森隆雄大洲市長の要請で大洲市副市長に就任した。
牟礼 正稔(むれい まさとし、1954年〈昭和29年〉7月2… 牟礼 正稔(むれい まさとし、1954年〈昭和29年〉7月20日 - )は、日本の政治家。兵庫県赤穂市長(2期)。 兵庫県赤穂市坂越出身。赤穂市立坂越小学校、赤穂市立坂越中学校、兵庫県立赤穂高等学校、大阪大学法学部卒業。1978年(昭和53年)、兵庫県庁に入庁。県立大播磨光都キャンパス事務部長や県道路公社播但連絡道路管理事務所長などを務めた。2014年(平成26年)7月、赤穂市長選挙への出馬を志し県庁を退職。 2015年(平成27年)1月18日執行。元副市長の明石元秀、元会社経営者の矢野英樹ら2候補らと市長選を争うも次点で落選。※当日有権者数:40,501人 最終投票率:61.00%(前回比:+9.87pts) 2019年(平成31年)1月20日執行。
森 哲男(もり てつお、1952年(昭和27年)2月26日 … 森 哲男(もり てつお、1952年(昭和27年)2月26日 - )は、日本の政治家。元兵庫県三田市長(2期)。 大阪府羽曳野市出身。1977年(昭和52年)3月、大阪大学法学部卒業。同年4月、兵庫県庁に入庁。2012年(平成24年)3月、県庁を退職。同年4月、兵庫県生きがい創造協会理事長に就任。2014年(平成26年)4月、兵庫県いなみ野学園理事長兼学園長に就任。 2015年(平成27年)3月、両団体の役職を辞任。同年7月26日に行われた三田市長選挙に自由民主党の推薦を受けて出馬。元市議の笠谷圭司、元県議の芝野照久、元市議の肥後淳三らを破り初当選した。8月8日、市長に就任。選挙の結果は以下のとおり。
藤沢 純一(ふじさわ じゅんいち、1948年(昭和23年)5… 藤沢 純一(ふじさわ じゅんいち、1948年(昭和23年)5月21日 - )は、日本の政治家。元大阪府箕面市長(1期)、元箕面市議会議員(2期)。 箕面市有功者(箕面市議会議員の4年以上の在職と、市長の4年以上の在職による。) 2004年8月22日執行の箕面市長選挙では、保守分裂と、市民派として保守勢力との対立構造を打ち出すこととなどで当選したが、市長就任後は、議員時代も通じた議会との対立構造を解消しないまま、議会を挑発する言動を行うなど、敵対関係を継続する不安定な市政運営について議論となっており、インターネット上のいくつかのサイトでもその是非が争点となった。なお、選挙においてローカルマニフェストを示したとする。
鉄永 幸紀(てつなが ゆきのり、男性、1947年11月21日… 鉄永 幸紀(てつなが ゆきのり、男性、1947年11月21日 - 2015年12月8日)は、日本の政治家・実業家。青谷町議会議員(4期)、鳥取県議会議員(6期)。社会福祉法人青谷福祉会理事長。有限会社鉄永商店代表取締役。 鳥取県気高郡青谷町(現・鳥取市)生まれ。 1966年3月、鳥取県立鳥取西高等学校卒業。大阪大学理学部在学中の1969年1月、父を交通事故で亡くし、家業「鉄永商店」を継ぐため中退。その後、鉄永商店の経営再建を成功させた。 1973年7月、25歳で青谷町議会議員に初当選。1985年7月、青谷町議会議長。1988年7月、鳥取県町村議会議長会議長。 1991年4月、鳥取県議会議員で初当選。
甲斐 利幸(かい としゆき、1942年10月22日 - )は… 甲斐 利幸(かい としゆき、1942年10月22日 - )は、日本の政治家。元熊本県上益城郡山都町長(2期)。 大阪大学を卒業後、矢部町役場職員を経て1991年4月から2005年2月10日まで矢部町長を4期務める。合併により失職するが、山都町長選挙に立候補し無投票当選。2009年山都町長選挙が行われ、旧清和村長の兼瀬哲治を破り、2期務める。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
岡本 泰明(おかもと やすあき、1939年(昭和14年)11… 岡本 泰明(おかもと やすあき、1939年(昭和14年)11月14日 - 2020年(令和2年))は、日本の政治家。元大阪府柏原市長(2期)。 大阪府出身。大阪大学法学部卒業。柏原市議会議員を経て、2005年(平成17年)柏原市長選挙に立候補し、当選。2009年(平成21年)に再選。2013年(平成25年)に退任した。
木原 敬介(きはら けいすけ、1939年〈昭和14年〉11月… 木原 敬介(きはら けいすけ、1939年〈昭和14年〉11月5日 - )は、日本の政治家。大阪府堺市長(第18代)。世界最大級の墳墓「仁徳天皇陵古墳」(堺市堺区、大仙陵古墳)をはじめ、百舌鳥・古市古墳群がユネスコ世界遺産に登録された功労者。 大阪府豊中市に生まれ、四條畷市で育つ。大阪府立豊中高等学校卒業(高10期)。大阪大学法学部卒業。 伊藤忠商事に勤務した後、1964年(昭和39年)に大阪府庁に入庁。美原町・堺市助役、大阪府企業局長、大阪府水道企業管理者を経て、2001年(平成13年)に堺市長選挙に無所属で出馬し、初当選を果たした。2005年、前大阪府議会議員(当時)の森山浩行を破り、堺市長に再選。
谷井 靖夫(やつい やすお、1938年〈昭和13年〉4月30… 谷井 靖夫(やつい やすお、1938年〈昭和13年〉4月30日 - )は、日本の政治家。元新潟県小千谷市長(2期)。新潟三洋電子社長。工学博士。 大阪府出身。大阪大学工学部卒。大阪大学大学院工学研究科修了。三洋電機に入り、韓国東京シリコン代表理事専務、三洋LCDエンジニアリング社長を経て、新潟三洋電子社長に就任する。 2006年小千谷市長に無投票で当選。在任中は財政の健全性維持や独自の商品開発など市の産業活性化に力を注ぎ、統合による新病院設立や放課後子ども教室の拡充につとめた。2010年に再選。市長を2期務め、2014年に退任した。
徳田 虎雄(とくだ とらお、1938年〈昭和13年〉2月17… 徳田 虎雄(とくだ とらお、1938年〈昭和13年〉2月17日 - 2024年〈令和6年〉7月10日)は、日本の医師、政治家。鹿児島県徳之島町名誉町民。鹿児島県天城町名誉町民。モットーは「生か死か!」。 医療法人徳洲会創立者及び理事長、衆議院議員(4期)、沖縄開発政務次官、第7代日本体操協会会長、自由連合代表、特定医療法人沖縄徳洲会理事長、社会医療法人木下会理事長、医療法人静仁会理事長、埼玉医療生活協同組合理事長、札幌医療生活協同組合理事長、公益財団法人徳洲会国際奨学財団理事長、などを務めた。 日本の病院王と呼ばれながら国内に大規模な医療機関・医療事業グループを次々と築いていき、衆議院議員としても政治に関わった。
南野 知惠子(のおの ちえこ、1935年〈昭和10年〉11月… 南野 知惠子(のおの ちえこ、1935年〈昭和10年〉11月14日 - )は、日本の看護学者、政治家。勲等は旭日大綬章。「惠」ではなく「恵」を用いて南野 知恵子とも表記される。 山口大学医療技術短期大学部看護学科教授、日本赤十字看護大学看護学部教授、自民党参議院議員(3期)、参議院文教科学委員長、法務大臣(第74・75代)、内閣府特命担当大臣(青少年育成及び少子化対策担当)、日本ユネスコ国内委員会委員などを歴任。 1935年、満洲国の竜江省斉斉哈爾市(現:中華人民共和国チチハル市)にて生まれ、1946年に日本に引き揚げる。その後は鹿児島県にて育つ。1954年3月、鹿児島県立甲南高等学校卒業。1958年3月、大阪大学医学部附属助産婦学校卒業。
谷川 秀善(たにがわ しゅうぜん、1934年2月3日 - )… 谷川 秀善(たにがわ しゅうぜん、1934年2月3日 - )は、日本の政治家。
矢追 秀彦(やおい ひでひこ、1933年12月8日 - 20… 矢追 秀彦(やおい ひでひこ、1933年12月8日 - 2009年12月12日)は、日本の政治家。兵庫県出身。 参議院議員(3期)、参議院運輸委員長、衆議院議員(3期)、公明党副書記長、公明党副委員長などを歴任した。 1933年12月8日、兵庫県に生まれる。1952年、大阪府立池田高等学校卒業。1958年、大阪大学歯学部を卒業する。 1965年7月4日、第7回参議院議員通常選挙に全国区から公明党公認候補として立候補し、初当選する。1967年、四大公害病の一つであるイタイイタイ病について国会で初めて言及し、政府を追及した。 1980年6月22日、第12回参議院議員通常選挙に公明党公認候補として立候補し、当選する。
牛嶋 正(うしじま ただし、1931年〈昭和6年〉2月25日… 牛嶋 正(うしじま ただし、1931年〈昭和6年〉2月25日 - 2024年〈令和6年〉10月5日)は、日本の経済学者、政治家(参議院議員〈1期〉)。名古屋市立大学名誉教授。位階勲等は正四位勲三等。 兵庫県生まれ。1955年(昭和30年)京都大学経済学部卒。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了。その後名古屋市立大学経済学部教授の傍ら、税制調査会の委員や愛知県や名古屋市の委員を務める。1990年(平成2年)に日本都市学会会長に就任。1995年(平成7年)名城大学都市情報学部教授。 1992年(平成4年)、第16回参議院議員通常選挙で公明党(比例区)から名簿順位1位で立候補し当選。1994年(平成6年)に新進党の結成に参加した。
山本 正和(やまもと まさかず、1927年〈昭和2年〉10月… 山本 正和(やまもと まさかず、1927年〈昭和2年〉10月8日 - )は、日本の政治家。参議院議員(3期)を務めた。 1927年(昭和2年)生まれ。中国(当時は関東州)大連市出身。帰国後に旧制大阪薬学専門学校に入学。卒業後は三重県で教員として勤務。後に組合活動に参加し三重県教職員組合委員長などを歴任。 1986年(昭和61年)に行われた第14回参議院議員通常選挙に日本社会党から比例代表区から出馬して初当選。以後3期連続当選。1992年(平成4年)の第16回参議院議員通常選挙で再選。1998年(平成10年)の第18回参議院議員通常選挙で社会民主党選出で比例代表区の名簿4位で3選。 労組出身の実力者として知られ、地元である三重県では北川正恭を支援して当選させるなど三重県政、社会民主党の影の支配者とも呼ばれた。
吉峯 良二(よしみね りょうじ、1927年 <昭和2年> 5… 吉峯 良二(よしみね りょうじ、1927年 <昭和2年> 5月24日 - 2022年 <令和4年> 5月7日)は日本の政治家。鹿児島県加世田市長(2期)。加世田市名誉市民、南さつま市名誉市民。位階は正六位。 鹿児島県出身。鹿児島県立第二鹿児島中学校(現鹿児島県立甲南高等学校)を経て、陸軍士官学校61期入校(赤崎義則鹿児島市長、久保亘参議院議員らと士官学校同期で、1945年に予科生で終戦し士官学校解散となり終業)。1951年大阪大学経済学部卒業。会社役員を経て、1962年12月から6期22年にわたり加世田市助役を務める。1985年11月10日第3代加世田市長に就任し、1993年11月9日まで2期務めた。
大下 勝正(おおした かつまさ、1927年(昭和2年)2月1… 大下 勝正(おおした かつまさ、1927年(昭和2年)2月18日 - 2023年(令和5年)12月28日)は、日本の政治家。元東京都町田市長(5期)。 大阪府大阪市生まれ。大阪府立北野中学校 (旧制)、大阪高等学校 (旧制)文科を経て、1948年京都大学法学部卒業。 日本社会党入党後、鈴木茂三郎元日本社会党委員長の秘書を経て、社会党中央本部政策審議会に勤務。1970年、町田市長選挙に出馬し、初当選を果たした。以後、1990年まで5期20年にわたり町田市長を務める。町田市長在任中、日本国有鉄道横浜線の原町田駅(当時)および小田急電鉄の新原町田駅(当時)の駅前再開発に着手し、約700メートル離れていた二駅を、国鉄の原町田駅の位置を移転させ、駅名をいずれも町田に統一させた。
徐 寅洪(ソ・イノン、朝鮮語: 서인홍、1917年9月25日… 徐 寅洪(ソ・イノン、朝鮮語: 서인홍、1917年9月25日 - 2009年5月26日)は、大韓民国の実業家、政治家。第3代韓国国会議員。本貫は達城徐氏、号は鳳谷(ポンゴク、봉곡)。 日本統治時代の慶尚南道晋州郡(現・晋州市)出身。裕福な家庭の出身で、大阪高等学校、大阪帝国大学(現・大阪大学)工学部応用化学科卒。日本鋼管(現・JFEエンジニアリング)技師、米軍政庁慶尚南道商工二局勤務、釜山水産大学講師、朝鮮製油工場長・理事長、朝鮮化学工業創業者、南鮮化学工業社長、朝鮮汽船副社長、大韓石油公社理事、韓国化学工業会社社長、湖南精油理事・監事、韓日開発社長、第一船舶社長などを務めた。1954年の第3代総選挙では晋州市選挙区から無所属で当選したが、その後は自由党に入党した。
堀 昌雄(ほり まさお、1916年12月7日 - 1997年… 堀 昌雄(ほり まさお、1916年12月7日 - 1997年8月29日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員。 京都府京都市出身。旧制高知高等学校を経て大阪帝国大学医学部を卒業し、太平洋戦争では海軍軍医として作戦に参加した。戦後に、1942年2月のシンガポール華僑粛清事件について国会で発言している。日本医師連盟公認での衆院選出馬、落選を経て、1958年、第28回衆議院議員総選挙に旧兵庫2区から出馬して初当選し、以後11回当選した。社会党内では右派の系譜に属し、武藤山治、佐藤観樹と「堀グループ」を形成した。 西欧の社会民主主義を手本に、教条的なマルクス・レーニン主義からの変節を求めた。また、衆議院大蔵委員会の委員を長く務め、社会党きっての財政通として知られた。
金 正植(キム・ジョンシク、朝鮮語: 김정식、1914年また… 金 正植(キム・ジョンシク、朝鮮語: 김정식、1914年または1915年 - 1989年11月26日)は、大韓民国のジャーナリスト、実業家、政治家。第2代韓国国会議員。本貫は清道金氏(朝鮮語版)。 日本統治時代の慶尚北道栄州郡出身。大阪薬学校(現・大阪大学大学院薬学研究科・薬学部)卒。日本で製薬業を営んだほか、新聞記者を3年間務め、楽貴歌劇団の経営も行った。光復後は大同青年団・韓国青年会会長、大韓青年団栄州郡団長、博愛園園長、議会新聞社社長、厚生会理事長を歴任した。1948年の初代総選挙では栄州郡選挙区から無所属で出馬したが落選し、1950年の第2代総選挙では大韓青年団の候補として当選した。国会議員時代は国会文教委員を務め、共和民政会所属で活動したが、議員非行糾弾事件により朴順天、尹吉重らと共に離党した。
中井 信夫(なかい のぶお、1908年(明治41年)5月31… 中井 信夫(なかい のぶお、1908年(明治41年)5月31日 - 2004年(平成16年)12月13日)は、日本の政治家。元大阪府議会議員(自由民主党)、元大阪府議会議長。薬剤師。大和屋薬局代表社員。位階は従五位。 大阪府出身。1929年(昭和4年)大阪薬学専門学校(のち、大阪大学医学部薬学科、現・大阪大学大学院薬学研究科・薬学部)卒。同年、堺市で薬局を開業する。堺薬剤師会長、堺市議を経て、1947年(昭和22年)大阪府議会議員に当選する。以来連続6回当選。 1964年(昭和39年)大阪府議会議長に就任。翌1965年(昭和40年)全国都道府県議会議長会会長に就任。同会長は1949年に会長職が置かれて以来、東京都議会議長が代々その座に就いていたが、同年に発生した都議会議長選挙に絡む汚職事件(東京都議会黒い霧事件)により、現職都議会議長で会長の小山貞雄が逮捕されたため、小山は会長を辞任。
姜 己文(カン・ギムン、朝鮮語: 강기문、1899年または1… 姜 己文(カン・ギムン、朝鮮語: 강기문、1899年または1910年1月22日 - 没年不詳)は、大韓民国の実業家、政治家。制憲韓国国会議員。 慶尚南道山清郡出身。旧制浪速中学校(現・浪速高等学校・中学校)卒、大阪大学商学部卒業または中退。大阪で硝子販売業を営んだ後、帰国しソウル南山洞に姜己文商店を設立し硝子販売および貿易業を経営した。その後、大韓建設工業会社社長、株式会社姜己文商店社長を務め、1948年の初代総選挙で当選した後は国会財政経済第1分科委員を務めた。朝鮮戦争の際、身を隠していたところ北朝鮮に拉致され以後消息不明。弟により失郷私民申告書が提出された。
生悦住 貞太郎(いけずみ ていたろう、1898年(明治31年… 生悦住 貞太郎(いけずみ ていたろう、1898年(明治31年)12月28日 – 1984年(昭和59年)4月25日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。衆議院議員(2期)、ダイジェット工業社長、同会長。 奈良県宇陀郡三本松村(室生村を経て現宇陀市)で生まれる。生悦住安蔵の長男。1914年(大正3年)三本松村大野尋常高等小学校を卒業し、隣家、田畑商店の年季奉公人となり醤油の行商に従事した。1919年(大正8年)家出して大阪に移り石堂鋼商会で働く。大阪高等工業学校(現大阪大学工学部)採鉱冶金科の夜学で学び、1923年(大正12年)に卒業した。 1924年(大正13年)米子製鋼所に入社。1928年(昭和3年)独立して三重県飯南郡松阪町(現松阪市)で生悦住鋼商会を開業。
金 載学(キム・ジェハク、朝鮮語: 김재학/金載學、1897… 金 載学(キム・ジェハク、朝鮮語: 김재학/金載學、1897年 - 1984年11月21日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の実業家、政治家。 号は白坡(ペクパ、백파)。 慶尚南道統営郡(現・統営市)出身。1912年に大阪工業専修学校(現・大阪大学)卒。茂朱郡茂豊鉱山を経営したほか、土木、建築業界で経営者として、また朝鮮土建協会(現・大韓建設協会)理事、朝鮮人土建共済組合長を務め、代表者としても活動した。そのほかに東亜日報統営支局長(1917年)、京畿道貨物自動車輸送協会理事長、ソウル市城東区中央市場協会理事長などを務めた。1948年の初代総選挙では韓国民主党所属で統営甲選挙区から出馬して当選、国会議員在任中は交通分科委員を務めた。
石井 徳久次(いしい とくじ、1887年〈明治20年〉6月1… 石井 徳久次(いしい とくじ、1887年〈明治20年〉6月11日 - 1970年〈昭和45年〉10月24日)は、日本の実業家、農業協同運動指導者、政治家。衆議院議員。 福岡県鞍手郡金生村(のち鞍手郡若宮町、現:宮若市大字金生)で、醸造家「富久鶴」石井房次の長男として生まれる。1908年(明治41年)、大阪高等工業学校醸造科を卒業後に家業を継承。 シベリア出兵に陸軍輜重兵少尉として従軍。その後、若宮村会議員、福岡県会議員、同参事会員、郡教育会長、同育英会長などを務めた。また、農業協同運動にも尽力し、福岡県信用組合連合会長、帝国農会議員、福岡県農会長、福岡県購買販売組合連合会長などを歴任した。 また、1933年(昭和8年)11月から1935年(昭和10年)10月まで第25代福岡県会副議長を務めた。
田崎 信蔵(たざき しんぞう、1885年〈明治18年〉1月2… 田崎 信蔵(たざき しんぞう、1885年〈明治18年〉1月20日 - 1942年〈昭和17年〉4月1日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。 大阪府若江郡、のちの中河内郡八尾村(八尾町を経て現八尾市)出身。大阪薬学校(現・大阪大学大学院薬学研究科・薬学部)卒。卒業後は法政大学で学んだ。京都商工信用組合常務理事、(株)小川合金製作所取締役、京都建築工匠組合長、京都勧業無尽(株)取締役となり、京都市会議員、同副議長となる。 1924年の第15回衆議院議員総選挙において京都2区から革新倶楽部公認で立候補して初当選。1928年の第16回衆議院議員総選挙では京都1区から革新党公認で立候補して再選した。衆議院議員を2期務めた。
原 耕(はら こう、1876年(明治9年)2月7日 - 19… 原 耕(はら こう、1876年(明治9年)2月7日 - 1933年(昭和8年)8月3日)は、日本の政治家、医師、漁業経営者。 1876(明治9)年11月に鹿児島県川辺郡西南方村大字泊(現南さつま市坊津町泊)で、原平之進、サトの二男として生まれた。生家は代々カツオ漁業を経営していた。 1902(明治35)年大阪高等医学校(現在の大阪大学医学部の前身)を卒業後、日本領事館付医官として2年間アメリカとカナダに滞在。帰国後に神戸市衛生課、船医勤務等を経て枕崎に医院を開業した。 医院開業のかたわら第16回・第18回衆議院議員総選挙に当選し、衆議院議員を2期務めた(立憲民政党、新党倶楽部、立憲政友会に所属)。
橋本 菊太郎(はしもと きくたろう、1876年(明治9年)1… 橋本 菊太郎(はしもと きくたろう、1876年(明治9年)1月7日 - 1947年(昭和22年)2月21日)は、日本の政治家。薬剤師、徳島市長。徳島県徳島市出身。 1876年、徳島市東新町の薬舗「郡茂」の分家、橋本半太郎の長男として生まれる。 小学校を卒業後、大阪市内にある田辺製薬へ勤務し、その傍ら大阪薬学校(現在の大阪大学薬学部)に入学。1890年(明治23年)、14歳の若さで薬剤師試験に合格。後に東京薬学校(現在の東京薬科大学)に進学し1894年(明治27年)7月に同校を修了する。 1904年(明治37年)、徳島市会議員に当選。その後、徳島薬業組合長・徳島市商店研究会長・徳島県薬剤師会長を歴任。
青木 亮貫(あおき りょうかん、1875年(明治8年)7月1… 青木 亮貫(あおき りょうかん、1875年(明治8年)7月15日 - 1941年(昭和16年)8月4日)は、日本の衆議院議員(立憲民政党)、医師。 滋賀県甲賀郡、のちの水口村(水口町を経て現甲賀市水口町)に、士族隠岐貢の五男として生まれ、青木亮運の養子となった。大阪府立高等医学校(現在の大阪大学医学部)で内科と精神科を学び、1904年(明治37年)に卒業した。卒業後は大阪府立高等医学校病理教室助手兼大阪府立病院医員となり、日露戦争に従軍した。その後、日本赤十字社医員を経て、社団法人水口病院院長となった。 1915年(大正4年)に滋賀県会議員に当選し、1926年(大正15年)には水口町長に選ばれた。