福井 崇郎(ふくい たかお、1988年〈昭和63年〉1月10… 福井 崇郎(ふくい たかお、1988年〈昭和63年〉1月10日 - )は、日本のまちづくりコンサルタント、政治家。2026年現在、福岡県福津市長(1期)。シェアハウスまちの縁側~糸家~や糸島「まち×エネ」プロジェクト、まちづくり支援会社「あたりまえ・ラボ」で代表を歴任。市議を2期務めた福津市議会では議会ICT研究会座長や建設環境委員会委員長、議会広報調査特別委員会委員長を務めた。また、福津市商工会「福津の仕事人」実行委員長や全国若手議員の会九州ブロック会長、宗像青年会議所「青少年育成委員会」委員長なども歴任している。 1988年(昭和63年)1月10日生まれ。長崎県の五島列島・宇久町出身(北松浦郡宇久町は現在の佐世保市宇久町))。
平戸 航太(ひらど こうた、1987年7月1日 - )は、日… 平戸 航太(ひらど こうた、1987年7月1日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の参議院議員(1期)。 2000年3月に伊王島町立伊王島小学校、2003年3月に海星中学校、2006年3月に長崎県立長崎東高等学校を卒業。2010年3月に九州大学工学部機械航空工学科を卒業し、2012年3月に九州大学大学院工学府機械工学専攻修士課程修了。 同年4月に日立製作所に入社し設計者として勤務した。 2023年6月にこくみん政治塾へ入塾し、2023年10月に国民民主党千葉県第7区総支部総支部長に就任。2024年10月の第50回衆議院議員総選挙では51,749票(得票率33.94%)を獲得したが、国民民主党から立候補した4人のうち3人が比例南関東ブロックで比例復活したものの、平戸は惜敗率が62.65%と4人の中で最低であったため落選。
吉村 悠(よしむら はるか、1985年〈昭和60年〉10月2… 吉村 悠(よしむら はるか、1985年〈昭和60年〉10月23日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。福岡県議会議員(4期)を務めた。 北九州市出身。北九州市立北方小学校、明治学園中学校・高等学校を経て、2007年に福岡大学法学部経営法学科を中退し、法政大学法学部入学。2011年卒業。九州大学大学院法学府修了。 2011年の福岡県議会議員選挙で初当選(自由民主党公認)。以来当選4回。党内では県青年局長、同政調会長などを務める。 2023年8月、次期衆院選福岡10区の自民党候補者を選出する党員投票が行われ、吉村が有効投票の6割超を獲得した。11月、党本部も吉村の公認を決めた。
山口 卓也(やまぐち たくや、1985年4月13日 - )は… 山口 卓也(やまぐち たくや、1985年4月13日 - )は、日本の政治家。佐賀県嬉野市長(1期)。 嬉野市出身。佐賀県立鹿島高等学校卒業。九州大学芸術工学部画像設計学科卒業。卒業後は福岡市役所、嬉野市役所に勤務した。2018年の嬉野市議会議員選挙に当選し、2期務める。 2025年10月1日に、翌年1月に行われる嬉野市長選挙に立候補することを表明。2026年1月の市長選挙では現職で自民党が推薦する村上大祐を破り、初当選を果たした。 ※当日有権者数:20,179人 最終投票率:66.78%(前回比: 0.1pts) 2月5日、市長に就任した。
永山 由高(ながやま よしたか、1983年〈昭和58年〉7月… 永山 由高(ながやま よしたか、1983年〈昭和58年〉7月6日 - )は、日本の政治家。鹿児島県日置市長(2期)。 鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)に生まれる。5歳のときに同郡東市来町に転居。東市来町立鶴丸小学校、東市来町立東市来中学校(現・日置市立東市来中学校)、鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。2006年(平成18年)3月、九州大学法学部法政策学科卒業。同年4月、日本政策投資銀行入行。 2009年(平成21年)、帰郷し鹿児島市にてNPO活動に従事。2011年(平成23年)7月6日、「一般社団法人鹿児島天文館総合研究所Ten-Lab」を鹿児島市に設立。 2011年(平成23年)10月、南日本放送のMBCラジオ Radio Burn のコメンテーターに就任 2016年(平成28年)4月、株式会社ecommit 取締役経営戦略部長 就任 2018年(平成30年)7月、日本エアギター選手権 2018 で全国第2位 2019年(平成31年)4月、鹿児島県エアギター協会設立・会長就任 2020年(令和2年)7月7日、移住ドラフト会議を運営する「九州地域間連携推進機構株式会社」を田鹿倫基と鹿児島市に設立し代表取締役に就任。
村上 大祐(むらかみ だいすけ、1982年5月1日 - )は… 村上 大祐(むらかみ だいすけ、1982年5月1日 - )は、日本の政治家、新聞記者。元佐賀県嬉野市長(2期)。 広島県尾道市出身。2006年(平成18年)3月、九州大学法学部政治学科卒業。同年、佐賀新聞社へ就職。伊万里支局長などを務めた。2017年(平成29年)9月、退職。 2018年(平成30年)1月21日に行われた嬉野市長選挙に立候補し、会社社長の藤山勝済、演歌歌手の岸川美好を破り初当選した。2月5日、市長就任。※当日有権者数:22,453人 最終投票率:70.52%(前回比:-1.84pts) 2022年(令和4年)1月23日に行われた市長選挙で前回に引き続き立候補した藤山・岸川の2候補を下し再選を果たした。
﨑田 恭平(さきた きょうへい、1979年(昭和54年)5月… 﨑田 恭平(さきた きょうへい、1979年(昭和54年)5月22日 - )は、日本の政治家。前宮崎県日南市長(2期)。 宮崎県日南市出身。日南市立吉野方小学校、日南市立飫肥中学校、宮崎第一高等学校卒業。2003年(平成15年)3月、九州大学工学部エネルギー科学科卒業。大学時代は、ボランティアサークルに所属し、福岡県大刀洗町にある児童養護施設で子どもたちに勉強を教えるなどの活動をしていた。その中で「どんな家庭に生まれても、同じスタートラインに立つことができる社会づくりをしなければならない」を感じ、政治家を志した。 2004年(平成16年)4月、宮崎県庁に入庁。厚生労働省に1年間研修生として勤務した。
中屋 大介(なかや だいすけ、1978年2月3日 - )は、… 中屋 大介(なかや だいすけ、1978年2月3日 - )は、日本の政治家。民主党所属の元衆議院議員(1期)。 1978年(昭和53年)、山口県宇部市生まれ。宇部市立藤山小学校、藤山中、山口県立宇部高等学校、九州大学教育学部を経て、九州大学大学院人間環境学府修了。福岡県人権研究所研究員を務める。 2005年(平成17年)、第44回衆議院議員総選挙福岡7区から立候補するが、落選。2008年(平成20年)、次期衆議院議員選挙で福岡7区の公認内定候補として決定していたが、代表の小沢一郎によって、野田国義に差し替えられる。 2009年(平成21年)、第45回衆議院議員総選挙比例九州ブロック単独候補として立候補するが、次点。
西平 良将(にしひら よしまさ、1973年〈昭和48年〉2月… 西平 良将(にしひら よしまさ、1973年〈昭和48年〉2月17日 - )は、日本の政治家。鹿児島県阿久根市長(4期)。 鹿児島県阿久根市の養鶏農家に生まれる。九州大学農学部を卒業後、生家が経営する西平養鶏を経て、「有限会社グリーン・ポートリーガーデン」を設立し、同社代表取締役に就任した。 阿久根市では、竹原信一が市長に就任した2008年以降、竹原の市政運営により市政が混乱し、様々な問題が発生していた。特に、2009年11月の障害者に対する差別発言に対しては、長男が脳性麻痺で肢体不自由であるため、強く反発した。2010年1月、反竹原市長系グループの「阿久根の将来を考える会」の発足に参加し、竹原の解職請求(リコール)を求める運動を始めた。
上定 昭仁(うえさだ あきひと、1972年〈昭和47年〉12… 上定 昭仁(うえさだ あきひと、1972年〈昭和47年〉12月6日 - )は、日本の政治家。松江市長(2期)。 島根県松江市生まれ。松江市立揖屋小学校、松江市立東出雲中学校、島根県立松江南高等学校、九州大学法学部卒業。自由民主党所属の衆議院議員である鬼木誠とは大学のゼミの同期。 1995年、日本開発銀行(現:日本政策投資銀行)入行。建設省大臣官房政策課出向、日本政策投資銀行シンガポール次席駐在員、松江事務所長、DBJ Americans inc.(日本政策投資銀行米国現地法人)CEOを歴任。 2021年4月18日に行われた松江市長選挙に自民、公明、国民民主の3党の推薦を受けて立候補。元市議の出川桃子、元市議の吉儀敬子を破り初当選した。
鬼木 誠(おにき まこと、1972年〈昭和47年〉10月16… 鬼木 誠(おにき まこと、1972年〈昭和47年〉10月16日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。自由民主党政務調査会厚生労働部会長。 防衛副大臣兼内閣府副大臣、衆議院安全保障委員長、環境大臣政務官、福岡県議会議員(3期)を歴任。 福岡県福岡市生まれ。福岡市立田島小学校、福岡市立当仁中学校、ラ・サール高等学校卒業。衆議院議員の大岡敏孝はラ・サール高校の同級生であり、共にラグビー部に所属していた。九州大学法学部法律学科卒業後、西日本銀行(現西日本シティ銀行)に入行し、2002年に退職した。 2003年、福岡県議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選した。2007年、2011年の県議選で再選し、県議在職中に自由民主党に入党した。
池田 宜永(いけだ たかひさ、1971年〈昭和46年〉4月7… 池田 宜永(いけだ たかひさ、1971年〈昭和46年〉4月7日 - )は、日本の政治家、元財務官僚。宮崎県都城市長(4期)。 宮崎県都城市出身。宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校卒業。1994年(平成6年)3月、九州大学経済学部経済学科卒業。同年4月、大蔵省に入省(大臣官房調査企画課)。1999年(平成11年)3月、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。同年7月、主税局調査課内国調査係長。2007年(平成19年)4月、宮崎県都城市の副市長に就任。2010年(平成22年)7月、財務省主計局主査(農林水産係)。2012年(平成24年)6月、財務省を退職。 2012年(平成24年)11月18日執行の都城市長選挙に、民主党と公明党の推薦を受けて無所属で出馬。
安部 徹也(あべ てつや、1967年〈昭和42年〉11月 -… 安部 徹也(あべ てつや、1967年〈昭和42年〉11月 - )は、日本の政治家、実業家。大分県日出町長(1期)。日出町議会議員(2期)を務めた。 ※当日有権者数:23,021人 最終投票率:54.66%(前回比:-1.04pts)
幸山 政史(こうやま せいし、1965年(昭和40年)6月1… 幸山 政史(こうやま せいし、1965年(昭和40年)6月10日 - )は、日本の政治家。熊本県熊本市長(3期)、熊本県議会議員(2期)を歴任した。 熊本県熊本市生まれ。父親は熊本県議会議長を務めた幸山繁信。熊本県立済々黌高等学校、九州大学経済学部卒業。大学卒業後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に入行。 1995年、熊本県議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。県議時代は自由民主党に所属した。1999年、再選。 2002年、熊本市長選挙に無所属での出馬を表明。現職の三角保之は自民党や公明党の推薦に加え、連合や業界団体の支援も受けて組織型選挙を行っていたが、幸山は規模の大きくない会合やイベントに積極的に参加し、草の根的な選挙運動を展開。
ヌルディン・アブドゥラ(Nurdin Abdullah、19… ヌルディン・アブドゥラ(Nurdin Abdullah、1963年2月7日 - )は、インドネシアの政治家、実業家、林学者。ハサヌディン大学教授などを経て、南スラウェシ州知事を務めた。 南スラウェシ州パレパレ出身。ハサヌディン大学卒業後、国費留学生として1989年から九州大学に留学し林業工学を学んだ。農学修士取得後、1994年九州大学大学院修了、博士(農学)。妻と長男も九州大学で学んだ知日派。留学後、南スラウェシ州に戻り、日本人投資家の支援を受けて日本向け仏壇製造会社を設立。ハサヌディン大学教授、マルキ・インターナショナル・インドネシア社長等を経て、2005年南スラウェシ州インドネシア元日本留学生協会第3代会長。
儀武 剛(ぎぶ つよし、1961年9月8日 - )は沖縄県の… 儀武 剛(ぎぶ つよし、1961年9月8日 - )は沖縄県の政治家。元金武町長(3期)。金武町長在任中に北部市町村会長を4期務めた。 沖縄県金武町生まれ。1984年3月南九州大学園芸学部卒業。 1986年金武町役場採用。産業課、経済課、教育委員会社会教育課などを経て総務課財政係長を最後に2001年退職。2002年町長選挙に出馬し初当選。 2014年4月6日に行われた金武町長選挙には立候補せず、仲間一を後継候補として擁立し、後援会長を務めた。また、2014年沖縄県知事選挙に下地幹郎が立候補した際は、選挙対策本部長を務めた。 2015年9月1日、維新の党が次期参院選に儀武を擁立することを発表。維新の党分裂後はおおさか維新の会に参加し、2016年7月の第24回参議院議員通常選挙は同党公認で参議院比例区から出馬したが、次点で落選した。
渕上 隆信(ふちかみ たかのぶ、1961年〈昭和36年〉2月… 渕上 隆信(ふちかみ たかのぶ、1961年〈昭和36年〉2月11日 - )は、日本の政治家。元福井県敦賀市長(2期)、全国原子力発電所所在市町村協議会会長。元・敦賀市議会議員(1期)。 佐賀県生まれの長崎県育ち。佐賀県立白石高等学校出身。1984年(昭和59年)3月、九州大学理学部化学科卒業。同年4月、東洋紡績株式会社に就職。以後数社の会社に転職し、1995年(平成7年)、行政書士・土地家屋調査士事務所を開業する。 2007年(平成19年)4月、敦賀市議会議員選挙に出馬し初当選。 2011年(平成23年)4月24日に行われた敦賀市長選挙に出馬するも現職の河瀬一治に敗れ、次点で落選。 2015年(平成27年)4月26日に行われた敦賀市長選挙に出馬。
堤 かなめ(つつみ かなめ、1960年10月27日 - )は… 堤 かなめ(つつみ かなめ、1960年10月27日 - )は、日本の政治家。福岡県大野城市長(1期)。 文学修士(九州大学文修第1096号)。旧姓は「吉田」。衆議院議員(2期)、福岡県議会議員(3期)を務めた。 福岡県太宰府市出身。出生時の名前は「吉田要」。大野城市立大野南小学校、大野城市立大野中学校、福岡県立筑紫丘高等学校卒業。1983年3月、九州大学文学部英語学英文学専攻卒業(文学士)。同年4月、国際電信電話(現・KDDI)に就職し、1988年4月に退職。 同年5月から学び直しとして、1989年3月まで九州大学大学院文学研究科社会学専攻聴講生。同年4月から九州大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程に入学し、1991年3月に修士課程を修了。
都倉 達殊(とくら たつよし、1959年〈昭和34年〉5月2… 都倉 達殊(とくら たつよし、1959年〈昭和34年〉5月21日 - )は、日本の政治家。兵庫県高砂市長(2期)。 兵庫県高砂市出身。高砂市立荒井小学校、高砂市立荒井中学校、兵庫県立農業高等学校造園科、南九州大学園芸学部造園科卒業。 電発環境緑化センターに入社。1990年(平成2年)4月、造園やビル清掃を手掛ける株式会社トクラに転職。2005年(平成17年)6月、同社の代表取締役に就任した。2019年(令和元年)12月、代表権のない会長に退いた。 2020年(令和2年)4月5日に行われた高砂市長選挙に立候補し、元市議の北野誠一郎を破り初当選した。4月13日、市長就任。※当日有権者数:74,341人 最終投票率:40.00%(前回比:+9.30pts) 2024年(令和6年)4月7日に元市職員の石本玲子、元市議の赤井浩康を破り再選。
川野 幸男(かわの ゆきお、1958年4月12日 - )は、… 川野 幸男(かわの ゆきお、1958年4月12日 - )は、日本の政治家。元大分県津久見市長(2期)。 大分県津久見市四浦に生まれる。津久見市立仙水小学校、津久見市立四浦西中学校卒業。1977年(昭和52年)3月、大分県立津久見高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、九州大学経済学部卒業。同年4月、大分県庁に入庁。2011年(平成23年)5月、国東市副市長に就任。その後、大分県総務部参事監兼市町村振興課長、中部振興局次長兼地域防災監などを歴任。 2015年(平成27年)12月6日に行われた津久見市長選挙に立候補し、元市職員の松下俊喜を破り初当選を果たした(川野:6,931票、松下:3,164票。
山崎 善也(やまざき ぜんや、1958年〈昭和33年〉2月1… 山崎 善也(やまざき ぜんや、1958年〈昭和33年〉2月10日 - )は、日本の政治家。京都府綾部市長(4期)。 綾部市立綾部小学校、綾部市立綾部中学校、京都府立綾部高等学校、九州大学経済学部卒業。1980年(昭和55年)日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)に入行。企業戦略部長や国際部長を歴任。在職中には米国で経営学修士(MBA)を取得し、世界銀行へ出向した。2009年(平成21年)4月から10月まで綾部市理事(会計管理者)を務めた。 2010年(平成22年)2月1日、綾部市長に就任した。 2022年 (令和4年)1月に行われた市長選で、4選。 2025年 (令和7年)9月、次年1月の綾部市長選への不出馬を表明。
古田 圭一(ふるた けいいち、1957年8月14日 - )は… 古田 圭一(ふるた けいいち、1957年8月14日 - )は、日本の政治家、教育者。元衆議院議員(2期)。学校法人早鞆学園理事長。山口県私立中学高等学校協会会長。元公立大学法人下関市立大学理事。元宇部興産株式会社主任研究員。
松田 一也(まつだ かずや、1957年5月9日 - )は、日… 松田 一也(まつだ かずや、1957年5月9日 - )は、日本の政治家、経産官僚。佐賀県基山町長(3期)。 佐賀県基山町出身。佐賀県立鳥栖高等学校、九州大学経済学部卒業。1981年4月、通商産業省に入庁。福岡通商産業局に配属される。 2003年(平成15年3月)、文部科学省に出向。九州大学大学院工学研究院助教授に就任。2014年(平成26年)4月、基山町副町長に就任。 2016年(平成28年)2月2日公示、2月7日執行の基山町長選挙に立候補し、無投票で初当選。2月20日、町長に就任。 2020年(令和2年)、前町議の久保山義明を破り再選。
田上 富久(たうえ とみひさ、1956年〈昭和31年〉12月… 田上 富久(たうえ とみひさ、1956年〈昭和31年〉12月10日 - )は、日本の政治家。長崎県長崎市長を4期務めた(第32、33、34、35代)。 現在の長崎県五島市出身。長崎県立長崎南高等学校、九州大学法学部卒業後1980年10月長崎市役所に入庁。以後本島等、伊藤一長両市長の下で、26年あまり職員として市政を支えた。広報担当を経て、2002年4月観光部観光振興課主幹、2004年4月企画部統計課長を歴任。「NNU21(Nagasaki New Umidasu 21)」や広報活動に携わる。広報や観光担当などとして市民や観光客と接する場も多かった。2006年に行われた『長崎さるく博』の提案者で、統計課長となってからも「さるくガイド」として参加した。
田中 良二(たなか りょうじ、1956年〈昭和31年〉10月… 田中 良二(たなか りょうじ、1956年〈昭和31年〉10月22日 - )は、日本の政治家。鹿児島県薩摩川内市長(2期)。元鹿児島県議会議員(4期)。 鹿児島県薩摩郡下東郷村大字田海(のちの川内市田海町、現・薩摩川内市田海町)生まれ。川内市立八幡小学校(現・薩摩川内市立八幡小学校)、川内市立下東郷中学校(現・薩摩川内市立平成中学校)、鹿児島県立川内高等学校卒業。1974年(昭和49年)4月、九州大学文学部哲学科に入学。在学中は空手部の主将を務めた。1978年(昭和53年)3月、同大学卒業。同年4月、川内市役所に入庁。 市町村合併対策課長、合併協議会事務局長などを務め、2004年(平成16年)10月12日、川内市は樋脇町、入来町、東郷町、祁答院町、里村、上甑村、下甑村、鹿島村と合併し、薩摩川内市が誕生した。
深浦 弘信(ふかうら ひろのぶ、1956年(昭和31年)3月… 深浦 弘信(ふかうら ひろのぶ、1956年(昭和31年)3月17日 - )は、日本の政治家。佐賀県伊万里市長(2期)。 佐賀県伊万里市立花町渚に生まれる。伊万里市立大坪小学校、伊万里市立伊万里中学校、佐賀県立伊万里高等学校、九州大学経済学部卒業。伊万里市役所に入庁。伊万里情報センターの設立に参画。有志で情報誌『いっと』を創刊した。総務部情報推進課長、水道部管理課長、総務部契約監理課長、水道部長、産業部長。2016年(平成28年)3月、伊万里市役所を定年退職。 2017年(平成29年)12月20日、任期満了に伴う伊万里市長選挙に立候補する意向を表明。 2018年(平成30年)4月15日に行われた伊万里市長選挙に無所属で出馬。
吉田 忠智(よしだ ただとも、1956年3月7日 - )は、… 吉田 忠智(よしだ ただとも、1956年3月7日 - )は、日本の政治家。前参議院議員(1期)、社会民主党党首(第4代)。
江頭 実(えがしら みのる、1954年〈昭和29年〉4月1日… 江頭 実(えがしら みのる、1954年〈昭和29年〉4月1日 - )は、日本の政治家、銀行員。熊本県菊池市長(4期)。 熊本県菊池郡隈府町(現菊池市隈府)に生まれる。1972年(昭和47年)3月、熊本県立菊池高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、九州大学経済学部卒業。同年4月、富士銀行に入社。ドイツ、ニューヨーク、ロンドン、スイスなど主に海外部門に従事した。スイス富士銀行社長やロンドン支店長を歴任した。 2009年(平成21年)1月、ソフトバンクに入社。2012年7月、同社を退職し千葉県市原市から帰郷。 2013年(平成25年)4月14日に行われた菊池市長選挙に出馬。元市議の北田彰、元市議の二ノ文伸元ら2候補を破り初当選した。
中西 茂(なかにし しげる、1953年〈昭和28年〉5月1日… 中西 茂(なかにし しげる、1953年〈昭和28年〉5月1日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県鹿屋市長(3期)。 鹿児島県鹿屋市出身。1972年(昭和47年)3月、鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、九州大学経済学部卒業。同年4月、鹿児島県庁へ入庁。2011年(平成23年)4月、同庁の農政部長に就任。 2013年(平成25年)8月9日、翌年の鹿屋市長選挙への立候補を視野に入れ、鹿児島県庁を退職。 2014年(平成26年)1月19日に行われた鹿屋市長選挙に無所属で出馬。自由民主党の推薦を受けた現職の嶋田芳博市長との一騎討ちを制し初当選した。2月5日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。
林 裕二(はやし ゆうじ、1950年〈昭和25年〉6月16日… 林 裕二(はやし ゆうじ、1950年〈昭和25年〉6月16日 - )は、日本の政治家。元福岡県朝倉市長(2期)、元福岡県議会議員(7期)。 福岡県朝倉郡朝倉町(現・朝倉市)に生まれる。父親は医師で、地元で「赤ひげ先生」のように慕われた朝倉診療所の所長だった。3浪して九州大学教育学部へ入学。さらに2年留年して1978年(昭和53年)3月に卒業。アルバイト生活をしていた頃、甘木市(現・朝倉市)で保育園の設置計画が進んでいた。父親を信頼する人々から要請を受けて青梅保育園長(朝倉市)になった。 甘木市・朝倉町・杷木町・夜須町・三輪町・小石原村・宝珠山村の「1市4町2村」の広域連携を図るサミットを中心になって企画。
芦刈 茂(あしかり しげる、1949年(昭和24年)10月2… 芦刈 茂(あしかり しげる、1949年(昭和24年)10月21日 - )は、日本の政治家。元福岡県太宰府市長(1期)。 福岡県北九州市出身。久留米市立城南中学校、福岡県立明善高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、九州大学農学部卒業。 2007年(平成19年)4月22日に行われた太宰府市議会議員選挙に立候補。定数20の議席を21人の候補者が争う同選挙において、21位で落選。20位当選者との差は3票にも満たなかった(当選者706.099票に対し、芦刈は704票)。 2011年(平成23年)の市議選で初当選。 2015年(平成27年)4月26日に行われた太宰府市長選挙に立候補。現職の井上保廣を390票差で破り初当選。
佐藤 陽一(さとう よういち、1949年〈昭和24年〉2月9… 佐藤 陽一(さとう よういち、1949年〈昭和24年〉2月9日 - 2015年〈平成27年〉4月11日)は、日本の政治家。大分県日田市長(1期)。 大分県出身。九州大学法学部卒。大分県庁入庁。大分県市町村振興局長、総務部審議監、企画振興部長など歴任。2007年〈平成19年〉日田市長選挙に立候補。当選後一期務める。2015年〈平成27年〉に他界。
塩川 秀敏(しおかわ ひでとし、1948年(昭和23年)9月… 塩川 秀敏(しおかわ ひでとし、1948年(昭和23年)9月24日 - )は、日本の政治家。元福岡県宮若市長(1期)、元福岡県議会議員(4期)。 福岡県立鞍手高等学校、立正大学経済学部卒業後、山門高校・福岡高校・直方高校で福岡県立高校の教諭を務める。1994年12月に退職し、翌1995年の福岡県議会議員選挙に立候補したが、落選。その後は介護認定の訪問調査員を務める。1999年の県議選にも立候補したが、落選。2000年12月から2006年2月まで、旧宮田町教育委員を務める。2003年3月九州大学大学院法学府修了。 2007年の福岡県議会議員選挙に立候補し、自由民主党所属の現職を破り初当選する。当選後は自由民主党会派に所属し、以来連続4回当選した。
植木 光治(うえき みつはる、1948年(昭和23年)5月1… 植木 光治(うえき みつはる、1948年(昭和23年)5月16日 - )は、日本の政治家。元福岡県大川市長(2期)。 2005年、大川市長選挙に立候補し、初当選する。2期目となる2009年の市長選挙では対立候補がなく、無投票で再選された。2期目をもって退任。 この項目は、福岡県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/福岡県)。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
小山 達生(こやま たつお、1947年(昭和22年)7月3日… 小山 達生(こやま たつお、1947年(昭和22年)7月3日 - )は、日本の政治家。元福岡県福津市長(2期)。福岡県議会議員(7期)、福岡県議会第50代議長を歴任した。 1971年(昭和46年)3月、九州大学法学部卒業。同年4月、山一證券株式会社に就職。1972年(昭和47年)、衆議院議員秘書となる。 1983年(昭和58年)4月の福岡県議会議員選挙に出馬し初当選。以後7期務める間に第50代議長を務めた。県議時代は自由民主党に所属した。 2009年(平成21年)2月3日に行われた福津市長選挙に自民党・公明党の推薦を受けて出馬。民主党推薦・社民党支持の平木俊敬を破り初当選を果たした(小山:13,745票、平木:11,654票)。
自見 庄三郎(じみ しょうざぶろう、1945年〈昭和20年〉… 自見 庄三郎(じみ しょうざぶろう、1945年〈昭和20年〉11月5日 ‐ )は、日本の政治家、医師。 ハーバード大学公衆衛生学部主任研究員、九州大学医学部講師、衆議院議員(7期)、参議院議員(1期)、郵政大臣(第63代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)・郵政改革担当大臣(菅直人内閣、野田内閣)、国民新党代表(第3代)、同幹事長(第2代)などを歴任した。 福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)生まれ。1958年に小倉市立堺町小学校(現・北九州市立小倉中央小学校)、1961年に福岡学芸大学附属小倉中学校(現・福岡教育大学附属小倉中学校)、1964年に福岡県立小倉高等学校を卒業し、九州大学医学部へ入学。
吉廣 啓子(よしひろ けいこ、1945年9月15日 - )は… 吉廣 啓子(よしひろ けいこ、1945年9月15日 - )は、日本の政治家。福岡県苅田町長を3期務めた。 福岡県苅田町出身。九州大学文学部英文学科卒業。福岡県の県立高校の英語講師となる。その傍ら、40代で朗読ボランティアとなり、町報や書籍を朗読・録音。聴覚障害者や高齢者にテープを届けた。1987年(昭和62年)、苅田町教育委員に就任。2002年(平成14年)、苅田町ボランティア連絡協議会を立ち上げ会長に就任。 2005年(平成17年)10月5日、苅田町長の伊塚工が死去。これに伴って11月13日に行われた町長選挙に立候補。元苅田町長・元衆議院議員の尾形智矩を小差で破り初当選した(吉廣:5,943票、尾形:5,864票)。
野口 寛(のぐち ひろし、1945年9月 - )は、日本の政… 野口 寛(のぐち ひろし、1945年9月 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の元地方議員、政治運動家。鹿児島県立甲南高等学校、九州大学理学部卒業。県立高等学校教員を務めた後、西之表市議会議員を9期務めた。 2010年には、西之表市議会の馬毛島対策特別委員会の委員長を務め、東京の開発会社が米空母艦載機離着陸訓練施設の誘致を公言し、同島内の約170ヘクタール分の伐採工事を行っていることに対して、鹿児島県の許可が必要な開発行為であり、適法性を欠く疑いがあると見解を示した。 2011年6月21日、日米安全保障協議委員会が発表した共同文書の中で、在日米軍再編の一環として、西之表市の市街地から約12kmに浮かぶ馬毛島が米空母艦載機の離着陸訓練の候補地となったことに対して、同年7月7日、赤嶺政賢衆議院議員とともに、防衛省へ要請活動を行った。
田原迫 要(たはらさこ かなめ、1944年(昭和19年)8月… 田原迫 要(たはらさこ かなめ、1944年(昭和19年)8月27日 - )は、日本の政治家、元鹿児島県指宿市長。 鹿児島県出身。1967年九州大学経済学部卒。同年トヨタ自動車に入り、本社勤務となる。その後帰郷し、指宿温泉のホテルの社長、指宿温泉旅館事業協同組合専務理事や社団法人指宿市観光協会長に就任する。1994年指宿市長に当選、合併前の指宿市長を3期務める。3期目途中の2006年に指宿市は山川町と開聞町と合併し、新指宿市が発足、これに伴う市長選挙に立候補して当選し、市長は2010年まで1期務めた。
山崎 広太郎(やまさき ひろたろう、1941年9月3日 - … 山崎 広太郎(やまさき ひろたろう、1941年9月3日 - )は、日本の政治家。福岡県福岡市長(2期)、衆議院議員(1期)、福岡市議会議会(5期)等を務めた。
向野 敏昭(こうの としあき、1939年(昭和14年)11月… 向野 敏昭(こうの としあき、1939年(昭和14年)11月11日 - 2015年(平成27年)2月10日)は、日本の政治家、福岡県直方市長(3期)。 福岡県出身。1963年九州大学農学部卒。福岡県庁に入り、甘木農林事務所長、直方市助役などを経て、2003年、当時の直方市長が公共工事に関する贈収賄事件で逮捕され、それに伴う市長選挙に立候補し、当選した。2007年の市長選挙で再選。2011年には3期目の当選を成し遂げたが、2015年2月その任期満了を前に腎臓がんのため死去した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
西原 親(にしはら ちかし、1938年(昭和13年)6月28… 西原 親(にしはら ちかし、1938年(昭和13年)6月28日 - 2018年(平成30年)12月27日)は、日本の政治家。位階は従四位。 福岡県みやま市長(3期)、福岡県議会議員(5期)。 1961年(昭和36年)3月、九州大学経済学部卒業。同年4月、江商株式会社(現・兼松株式会社)に就職。1981年(昭和56年)4月から2007年(平成19年)3月まで福岡地方裁判所調停委員を務めた。 1983年(昭和58年)4月の福岡県議会議員選挙に初当選。2003年(平成15年)の県議選において、当時定数2だった山門郡選挙区で自民党公認の候補者に僅差で敗れた。県議時代は全国農政連に所属した。 2007年(平成19年)1月29日、瀬高町・山川町・高田町が合併し、みやま市が誕生。
白井 博文(しらい ひろふみ、1938年1月1日 - )は、… 白井 博文(しらい ひろふみ、1938年1月1日 - )は、日本の政治家、裁判官、弁護士。元山口県山陽小野田市長(3期)。 山口県山陽小野田市出身。九州大学法学部卒業。 1968年から2002年12月まで裁判官を務めた。2003年1月、法律事務所を開設。2005年3月まで旧小野田市顧問弁護士を務めた。
泉 信也(いずみ しんや、1937年(昭和12年)8月1日 … 泉 信也(いずみ しんや、1937年(昭和12年)8月1日 ‐ )は、日本の運輸官僚、政治家。勲章は旭日大綬章。 参議院議員(3期)、国家公安委員会委員長(第75・76代)、内閣府特命担当大臣(防災担当、食品安全担当)などを歴任した。息子は財務官僚の泉恒有。 福岡県浮羽郡吉井町(現・うきは市)出身。福岡県立明善高等学校、九州大学工学部土木工学科卒業。 運輸省に入省、本省港湾局開発課長、同建設課長、第四港湾建設局長などを歴任した。また、和歌山県庁に一時出向しており、土木部港湾課にて課長を務めた。1991年4月、大臣官房審議官を最後に退官。 なお、この間には、中国、フィリピン、ペルー、メキシコなどの発展途上国を訪問しており、技術協力等の活動を展開した。
亀田 博(かめだ ひろし、1937年1月5日 - )は、日本… 亀田 博(かめだ ひろし、1937年1月5日 - )は、日本の自治官僚、政治家。山口県下関市長(1期)、下関市議会議員(5期)を歴任。市長経験者が落選後、市議に転進するのは全国的にも珍しい。 下関市出身。1959年、九州大学法学部を卒業。 1963年、自治省に入省。以後、鳥取県総務部長、自治省財政局指導課長、徳島県副知事、消防大学校校長などを歴任し、1987年に退官。 その後、地方債協会常務理事、地域総合整備財団常務理事を務め、1991年に下関市長選挙に当選して一期務めた後に2003年より下関市議会議員に在任中。 2024年(令和6年)春の受勲に於いて旭日中綬章が授けられることが決定された。 泉田芳次・前市長時代に計画・設立された第三セクターによる日韓高速船事業を引き継ぎ、1991年7月に運航が開始されたものの、経営不振で開設後約1年半の1992年12月に休業、そのまま廃業。
櫻井 哲雄(さくらい てつお、1935年(昭和10年)8月7… 櫻井 哲雄(さくらい てつお、1935年(昭和10年)8月7日 - 2021年(令和3年)12月3日)は、日本の政治家。宮崎県延岡市長(3期)。 福岡県北九州市生まれ、宮崎県川南町育ち。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
時枝 正昭(ときえだ まさあき、1934年〈昭和9年〉10月… 時枝 正昭(ときえだ まさあき、1934年〈昭和9年〉10月30日 - 2016年〈平成28年〉11月29日)は、日本の政治家、内科医。医学博士、大分県宇佐市長(3期)。 大分県宇佐市出身。1959年、九州大学医学部卒業。1967年「飲泉の胆汁分泌におよぼす影響に関する研究」により九州大学から医学博士号を授与された。九州大学温泉治療学研究所講師を務めた。1970年、地元で内科医院を開業する。2000年宇佐市長選挙に立候補し、初当選する。2004年には無投票で再選。翌2005年宇佐市は宇佐郡院内町と安心院町と合併し、新たな宇佐市が発足。合併後の市長選挙に立候補し、無投票で当選した。合併後の宇佐市長を2009年まで1期務めた。
重富 吉之助(しげとみ きちのすけ、1933年4月20日 -… 重富 吉之助(しげとみ きちのすけ、1933年4月20日 - )は、日本の政治家。元・自由民主党参議院議員(竹下派、1期)。 福岡県出身。1952年福岡県立八女高等学校、1956年九州大学経済学部卒業。1960年防衛施設庁に入る。1981年臨時行政改革推進審議会事務局総務課長。1984年参事官に就任した。1986年中部管区行政監察局長。1987年審議官。1988年行政情報システム参事官を経て、1989年官房審議官。1990年12月に退官。1991年の福岡県知事選に出馬したが落選。同年9月の参院補選に自民党公認で立候補して当選。1992年に落選。1995年の福岡県知事選に再び立候補したが落選。同年の参議院選挙で無所属から立候補したが落選した。
吉次 邦夫(よしつぐ くにお、1932年〈昭和7年〉5月2日… 吉次 邦夫(よしつぐ くにお、1932年〈昭和7年〉5月2日 - )は、日本の政治家。元長崎県諫早市長(4期)。旭日小綬章受章。 長崎県出身。九州大学法学部卒業。卒業後は長崎県庁に入る。東京事務所長、生活福祉部長、総務部長、県教育長、県土地開発公社理事長などを歴任する。 1996年諫早市長選挙に立候補し、現職を破って初当選する。2000年と2004年の選挙はともに無投票で当選。2005年諫早市は北高来郡飯盛町、森山町、高来町、小長井町および西彼杵郡多良見町と合併し、新たな諫早市が発足。合併後の市長選挙に立候補し、当選した。合併後の諫早市長を2009年まで1期務めた。同年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。
荒巻 禎一(あらまき ていいち、1931年(昭和6年)7月2… 荒巻 禎一(あらまき ていいち、1931年(昭和6年)7月22日 - )は、日本の政治家、弁護士。元京都府知事。 旧制福岡県中学修猷館(現・福岡県立修猷館高等学校)4年修了、旧制福岡高等学校1年修了、九州大学法学部卒業