窪田 般彌(くぼた はんや、1926年1月6日 - 2003… 窪田 般彌(くぼた はんや、1926年1月6日 - 2003年1月22日)は、日本のフランス文学者・詩人・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 早稲田大学フランス文学科卒。早稲田大学教授を務めた。カサノヴァの「回顧録」、伝記ほか、アポリネール、象徴主義詩などの訳書多数。またフランス文学、フランス史他、近代日本の象徴詩人関連についても著作多数。カミュ『異邦人』の翻訳で知られる窪田啓作は兄。
今成 元昭(いまなり げんしょう、1925年11月30日 -… 今成 元昭(いまなり げんしょう、1925年11月30日 - 2020年1月10日)は、日本文学者、立正大学名誉教授、日蓮宗勧学院勧学職、立正大学常任理事などを歴任した。息子今成元信(1959年生)も僧侶で、高校教師である。 専攻は仏教文学、軍記物語、説話文学。平家物語を中心とした軍記物語研究で多くの著作がある。国文学者であり宗門僧侶として日蓮研究も著した。 東京生まれ。1948年早稲田大学文学部卒業。1951年早稲田大学大学院(旧制)修了。国士舘大学助教授、教授、1980年立正大学教授、1983年11月「平家物語流伝考」で早大文学博士。2005年11月29日、自身の満80歳の誕生日を機に今成組組頭を勇退。
保昌 正夫(ほしょう まさお、1925年3月26日 - 20… 保昌 正夫(ほしょう まさお、1925年3月26日 - 2002年11月20日)は、日本の国文学者・文芸評論家。専門は近代文学。武蔵野美術大学教授・相模女子大学教授・立正大学文学部教授を歴任。 東京出身。早稲田大学高等師範部卒。早稲田高等学院教諭、早稲田大学講師をしながら同人誌『銅鑼』などに評論を発表。横光利一を中心に、牧野信一や結城信一など昭和文学を研究し、『定本横光利一全集』の編集校訂にあたる。日本近代文学館の設立にも関与。1968年武蔵野美術大学助教授、教授、1979年相模女子大学教授、1989年立正大学文学部教授、1995年退職。
稲田 三吉(いなだ さんきち、1925年3月17日 - 20… 稲田 三吉(いなだ さんきち、1925年3月17日 - 2013年8月3日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学仏文科卒。早稲田大学教育学部助教授、教授。1985年、「アラゴンにおけるリアリズム観の変遷について」で早稲田大学より文学博士の学位を取得。1992年、退任、名誉教授。 主としてシュールレアリスムを研究、ほか翻訳も数多い。
蜷川 譲(にながわ ゆずる、1925年3月9日 - 2014… 蜷川 譲(にながわ ゆずる、1925年3月9日 - 2014年7月9日)はフランス文学者、比較文学者、ロマン・ロラン研究家。 本籍は愛知県一宮市。台湾台北州基隆市に生まれる。愛知東海中学校卒。1948年早稲田大学政経学部卒業、同文学部大学院にて現代フランス文学を専攻。1954年渡欧、1957年帰国までパリ大学ソルボンヌにおいて学ぶ。日本福祉大学教授、早稲田大学講師などを務めた。1951年に兵藤正之助、金井光太郎らと日本ロマン・ロラン協会を創立。昭和30年代からは窪村らの参加を得て、東京の新宿(初期は毎月)、水道橋労音(年3回)、五反田(年2回)、吉祥寺(晩年は年2回)で、449回にわたり「ロマン・ロラン研究会」を主催した。
岡崎 晋(おかざき すすむ、1925年3月8日 - )は、日… 岡崎 晋(おかざき すすむ、1925年3月8日 - )は、日本の北欧文学者、東海大学名誉教授。 島根県益田市出身。1945年陸軍特別幹部候補生水上特攻隊除隊、1949年京都府農林専門学校農学科卒業、1951年早稲田大学文学部卒業、54年同大学院修士課程修了。55-59年デンマークのコペンハーゲン大学およびアイスランド大学で一般言語学、デンマーク語、アイスランド語を学ぶ。1967年東海大学文学部北欧文学科専任講師となり、助教授、教授。95年定年退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
森 乾(もり けん、1925年3月1日 - 2000年5月3… 森 乾(もり けん、1925年3月1日 - 2000年5月30日)は、日本のフランス文学者。早稲田大学名誉教授。金子光晴、森三千代の息子として東京に生まれる。1952年、早稲田大学仏文科卒業。1954年、同大学院修士課程修了、パリ大学に留学、比較文学を学ぶ。1956年、帰国、1958年、早大博士課程中退。早大社会科学部助教授、教授。1995年、定年退任、名誉教授。
山田 清市(やまだ せいいち、1924年4月23日 - 20… 山田 清市(やまだ せいいち、1924年4月23日 - 2000年12月1日)は、日本の国文学者。 福井県勝山生まれ。1954年早稲田大学大学院文学研究科博士課程中退。1956年亜細亜大学・日本経済短期大学専任講師、57年助教授、63年教授、75-81年日本経済短期大学長。82年「伊勢物語の成立と伝本の研究 伊勢物語校本と研究 伊勢物語成立論補説」で早大文学博士。83年亜細亜大図書館長。95年定年退任、名誉教授。
雨海 博洋(あまがい ひろよし、1924年〈大正13年〉4月… 雨海 博洋(あまがい ひろよし、1924年〈大正13年〉4月21日 - 2023年〈令和5年〉6月10日)は、日本の国文学者。二松学舎大学名誉教授。 1924年、茨城県に生まれる。二松学舎専門学校を経て、1951年(昭和26年)早稲田大学文学部国文学科を卒業する。 卒業後は東京都立大森高等学校、東京都立富士高等学校教諭を経て、1969年より二松学舎大学文学部助教授となり、1973年より教授。1988年、二松学舎理事、1989年(平成元年)文学部長。1993~1997年には学長を務める。長年、代々木ゼミナールの古文講師として親しまれた。 2023年6月10日に死去。99歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
鹿島 保夫(かしま やすお、1924年1月17日 - 197… 鹿島 保夫(かしま やすお、1924年1月17日 - 1976年10月29日)は、日本のロシア文学者。 東京出身。1949年早稲田大学露文科卒業。戦後、新日本文学会、多喜二・百合子研究会、ソビエト研究者協会などに所属し、また、中央労働学院講師(1958年度 - 1960年度)を務めた。そのほか、日ソ親善協会事務局にも勤務し、その後、著述業に専念した。ソビエト文芸理論の研究にかかせない資料である『ソヴェト芸術論争』(青木文庫、1954年)を江川卓とともにまとめた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
藤平 春男(ふじひら はるお、1923年3月6日 - 199… 藤平 春男(ふじひら はるお、1923年3月6日 - 1995年7月19日)は、日本の国文学者。早稲田大学名誉教授。 東京府生まれ。1944年早稲田大学文学部卒業、早稲田大学第二文学部教授を務め、1976-1978年学部長、1992年定年退任、名誉教授。和歌、特に新古今和歌集が専門。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
新谷 敬三郎(あらや けいざぶろう、1922年3月20日 -… 新谷 敬三郎(あらや けいざぶろう、1922年3月20日 - 1995年11月6日)は、日本のロシア文学者、早稲田大学名誉教授。 北海道小樽市色内町で生まれる(生家は漁網の卸し問屋)。1949年3月早稲田大学文学部露文科卒業。大学院に進んだのち1950年6月早稲田大学文学部副手、1954年小樽商科大学講師、1957年早稲田大学第一文学部・第二文学部専任講師、1960年早稲田大学助教授、1965年教授、1992年定年、名誉教授。ドストエフスキーが専門で、バフチンのドストエフスキー論を訳した。 1995年11月6日、胃癌のため小金井市の聖ヨハネ会桜町病院ホスピスにて死去。
石丸 久(いしまる ひさし、1921年10月31日 - 19… 石丸 久(いしまる ひさし、1921年10月31日 - 1999年12月26日)は、日本の近代文学者。早稲田大学講師、早稲田大学高等学院教諭、代々木ゼミナール講師。 北海道河東郡帯広町(現帯広市)に父・庄七と母・なほこの長男として生まれる。ヨーロッパでの生活経験があり英語・ドイツ語・フランス語に堪能。旧制千葉県立佐倉中学校、旧制静岡高等学校、旧制第二早稲田高等学院を経て、早稲田大学・および同大学院を卒業。大手大学受験予備校代々木ゼミナールの講師も務めた。後に早稲田大学教授。(石丸を「教授」としているのは小田原市の資料のみであり、他の資料では「講師」と記されている。要検証。) 2012年、夫人の希望によって、架蔵していた北原白秋の初版本60冊ほど(評価額150万円以上)が小田原市に寄贈された。
守屋 富生(もりや とみお、1921年10月11日 - 20… 守屋 富生(もりや とみお、1921年10月11日 - 2007年?)は、日本の英文学者。早稲田大学名誉教授。アーノルド・ベネットを専門とした。 北海道沙流郡(現日高町)出身。1942年早稲田大学文学部英文科入学、1943年学徒出陣し、1944年特別措置で大学を卒業。温祢古丹島に駐留、1945年ポツダム少尉。1946年早大大学院に在籍。1948年東京都立上野高等学校教諭、1953年谷崎精二の世話で早稲田高等学院教諭、1956年早大文学部専任講師、1959年助教授、1964年教授、1972-1974年第二文学部長、1992年定年退任、名誉教授。1996年勲四等旭日小綬章受勲。
近藤 等(こんどう ひとし、1921年9月2日 - 2015… 近藤 等(こんどう ひとし、1921年9月2日 - 2015年11月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家、登山家。早稲田大学名誉教授。 京都生まれ。暁星中学校在学中よりフランス語と登山に親しむ。早稲田大学仏文科卒。在学中は山岳部に所属し、朝鮮冠帽峰に遠征。卒業後、同部監督、部長もつとめた。。 早稲田高等学院講師、早大商学部助教授をへて、1955年から教授。フランス文学者としてフランスの山岳文献を多数紹介した。1992年に定年退任、名誉教授。 1962年、パリ大学研究員としてフランスに滞在。この機会にフランス国立登山スキー学校の研修会に参加。以後18回の登山シーズンをアルプスで過ごし、150回ほどの山行で120余峰に登る。
金本 源之助(かねもと げんのすけ、1921年3月1日 - … 金本 源之助(かねもと げんのすけ、1921年3月1日 - 2013年7月7日)は、日本のロシア文学者。 広島県豊田郡西生口村字福田(現在の尾道市瀬戸田町福田)に生まれる。広島県立師範学校を経て1941年4月に東京高等師範学校文科第五部へ入学。1943年の冬、満洲開拓義勇団の教学勤労奉仕隊員としてハルピン近郊に赴任、滞在中にロシア文学の世界と出合ったことがのちの人生に大きく影響を与えた。1944年9月東京高等師範学校繰上卒業と同時に海軍予備学生として土浦海軍航空隊に入隊。1945年10月復員を経て、戦後、1946年4月に旧制の早稲田大学文学部(ロシア文学専攻)に入学し、1950年3月に卒業。早稲田大学第一文学部副手、助手に従事しながら1956年3月に大学院(旧制)を修了したのち、同年4月第一法学部本属専任講師、同年5月第二文学部専任講師などを経て(早稲田大学のほかに専修大学講師〈1951年 - 1965年〉なども)、1960年4月早稲田大学第一文学部、第二文学部助教授に就任したのち、1965年4月同教授に就任。
塚原 亮一(つかはら りょういち、1920年5月15日 - … 塚原 亮一(つかはら りょういち、1920年5月15日 - 1993年4月24日)は、日本の児童文学者、翻訳家。 東京生まれ。1944年早稲田大学文学部仏文科卒。中国に出征、帰国後児童文学の翻訳・研究に従事する。国立音楽大学教授。日本児童文学学会、日本児童文学者協会理事。 父は童話作家の塚原健二郎。息子はフランス文学者の塚原史。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岩瀬 孝(いわせ こう、1920年1月7日- 2002年1月… 岩瀬 孝(いわせ こう、1920年1月7日- 2002年1月26日)は、日本のフランス文学者、演劇評論家、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。父は不二サッシ会長を務めた岩瀬悌。早稲田大学文学部仏文科卒。昭和25年(1950年)フランスのアンジェー・カトリック大学に留学の後、パリ大学文学部博士課程第一年度修了。フランス演劇の翻訳、演劇評論で活躍し、早大文学部助教授、教授、1990年定年退職、名誉教授。長女の夫・安川壮一は安川第五郎の孫。
倉橋 健(くらはし たけし、1919年10月11日 - 20… 倉橋 健(くらはし たけし、1919年10月11日 - 2000年5月17日)は、日本の英文学者、演劇評論家、演出家。早稲田大学名誉教授。本名の読みは「けん」。 日本統治時代の朝鮮京城で出生後、現在の長野県飯山市で育つ。弟の倉橋潔は化学者(大阪大学名誉教授)。1941年早稲田大学英文学科卒。応召、1947年復員、1949年ワシントン州立大学留学、帰国後は早稲田大学文学部助手、講師、助教授、1958年教授。1970年から1989年まで早稲田大学演劇博物館館長。1988年から1990年まで日本演劇学会会長。1990年定年退任、名誉教授。1983年秋、紫綬褒章受勲。 アーサー・ミラーなどの翻訳だけでなく、劇団青俳に参加し安部公房の戯曲『どれい狩り』『快速船』の舞台演出を担当した。
秋山 澄夫(あきやま すみお、1919年2月10日 - 19… 秋山 澄夫(あきやま すみお、1919年2月10日 - 1993年7月12日)は、日本のフランス文学者。早稲田大学名誉教授。 マラルメ、シュールレアリスムなどを研究した。 岡山県生まれ。早稲田大学仏文科卒。早稲田大学教養部助教授、教授。1989年に定年退任、名誉教授。
鵜月 洋(うづき ひろし、1918年〈大正7年〉11月29日… 鵜月 洋(うづき ひろし、1918年〈大正7年〉11月29日 - 1965年〈昭和40年〉6月12日)は、日本の国文学者。専門は、近世日本文学及び宣伝・広告文。 1918年11月29日、千葉県銚子市に生まれる。 第二早稲田高等学院を経て、1939年4月1日、旧制早稲田大学文学部文学科国文学専攻に入学。学徒出陣のため、1941年12月25日に繰り上げ卒業となる。卒業論文は暉峻康隆の指導の下、江戸戯作(洒落本)をテーマとし、成績優秀だったため優等賞を受けた。 1942年4月1日に早稲田大学大学院に入学。同年9月27日には論文「近世後期写実小説の研究」に教職員賞が与えられた。同年9月の城右高等女学校教諭、1944年9月から日本文学報国会主事となる。
小沼 丹(おぬま たん、1918年〈大正7年〉9月9日 - … 小沼 丹(おぬま たん、1918年〈大正7年〉9月9日 - 1996年〈平成8年〉11月8日)は、日本の小説家、英文学者。位階は従四位。本名は小沼 救(おぬま はじめ)。日本芸術院会員。 「大寺さんもの」など、日常を題材とした小説のほか、随筆の名手としても知られる。また、英文学者としても知られており、早稲田大学では文学部教授として教鞭を執った。 東京府東京市下谷区下谷町に父邁(すぐれ)、母涙子(るいこ)の長男として生まれる。明治学院中学部、高等学部英文科を経て、1942年(昭和17年)に、早稲田大学文学部英文科を卒業した。後年、1958年(昭和33年)から、母校早稲田大学文学部で教授を務めている。
村松 定孝(むらまつ さだたか、1918年6月17日 - 2… 村松 定孝(むらまつ さだたか、1918年6月17日 - 2007年10月5日)は、日本の国文学者。上智大学名誉教授。専門は近代文学。長男は名城大学人間学部教授の村松定史。 山梨県西八代郡市川大門町(現在の市川三郷町)生まれ。1941年、早稲田大学国文科卒。泉鏡花に心酔し、卒業論文の段階から鏡花本人を訪ね、親しく話を聞いた。戦争をはさんで、1949年、早稲田大学大学院博士課程修了、獨協学園高校教諭、1957年昭和女子大学講師、1960年助教授、教授を経て、1968年、上智大学教授、1989年に定年退職。 鏡花研究の権威で、その著書『泉鏡花』は何度も改訂再版されている。ほかに樋口一葉など女性作家も扱い、実証的な手法での研究で知られる。
室 淳介(むろ じゅんすけ、1918年3月17日 - 200… 室 淳介(むろ じゅんすけ、1918年3月17日 - 2000年11月16日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 兵庫県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業。早大教授、1988年定年、名誉教授。
中村 浩三(なかむら こうぞう、1917年(大正6年)7月1… 中村 浩三(なかむら こうぞう、1917年(大正6年)7月10日 - 2008年(平成20年))は、日本のドイツ文学者、翻訳家、早稲田大学名誉教授。 島根県生まれ。1944年早稲田大学文学部独文科卒。早稲田高等学校講師、1951年早稲田大学理工学部助教授、1957年教授、1968 - 1974年語学教育研究所長、1988年定年退任、名誉教授。 1991年『少年ルーカスの遠い旅』で産経児童出版文化賞受賞。ドイツの児童文学を多く訳し、『大どろぼうホッツェンプロッツ』三部作がロングセラーとなっている。
大沢 実(大澤 實、おおさわ みのる、1916年12月24日… 大沢 実(大澤 實、おおさわ みのる、1916年12月24日 - 1968年9月14日)は、日本の英文学者。早稲田大学教授。 埼玉県生まれ。早稲田大学英文科卒。同大学教授在職中に52歳で死去。ヴァージニア・ウルフを専門とした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
国東 文麿(くにさき ふみまろ、1916年9月10日 - 2… 国東 文麿(くにさき ふみまろ、1916年9月10日 - 2012年11月3日)は、日本の国文学者。早稲田大学名誉教授。 早稲田大学卒、早稲田大学商学部教授、1987年定年、同名誉教授。『今昔物語集』が専門。 1990年、勲四等瑞宝章を受章。2012年11月3日、老衰のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中村 英雄(なかむら ひでお、1916年(大正5年)5月1日… 中村 英雄(なかむら ひでお、1916年(大正5年)5月1日 - 1988年(昭和63年)10月22日)は、日本のドイツ文学者。 広島県広島市に広崎英雄として生まれ、両親が離婚して父の中村姓を名のる。三歳で天津に移る。1941年早稲田大学文学部独文科卒、小林正樹らとシナリオ「われ征かん」を執筆したのち入隊、陸軍予備少尉となり南鳥島で敗戦を迎える。舟木重信を師とあおぎ、同人誌に小説を書く。1946年早大附属早稲田第一高等学校専任講師。1949年日本共産党に入る。早大理工学部専任講師、51年助教授、52年文学部助教授、教授、1987年定年退任、名誉教授。左翼的学者として行動した。
亀川 正東(かめかわ しょうとう、1916年4月22日 ‐ … 亀川 正東(かめかわ しょうとう、1916年4月22日 ‐ 2018年1月13日)は、日本の英米文学者、文筆家、琉球大学名誉教授。 沖縄県平良市生まれ。1940年早大高等師範学校英文科卒、東京中野高等無線学校英語教官。 1946年宮古男子高等学校教官。1947年宮古英語教員養成所長。1948年宮古女子高等学校教官。1949年沖縄文教学校教官。50年琉球大学英語部助教授、コロラド大学大学院。 1953年琉球政府文教審議員、59年琉球政府中央教育委員。60年琉球大学文理学部教授、法文学部教授。 1975年中華民国・中華学術院より「沖縄の英学、米国文学におけるクリティシズムについて」で文学博士。 1981年定年退官、名誉教授。
水藤 春夫(みずとう はるお、1916年4月1日 - 199… 水藤 春夫(みずとう はるお、1916年4月1日 - 1991年)は、日本の児童文学者、児童文学研究者。 岡山県生まれ。1939年早稲田大学文学部卒業、中央公論社に入社、児童出版研究課員。48年退社。早大在学中から早大童話会に属し、岡本良雄、町本広、鈴木隆らとともに児童文学の創作、研究を行う。坪田譲治に師事し、「びわの実学校」同人。赤い鳥文学賞選考委員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松尾 靖秋(まつお やすあき、1915年8月29日 - 20… 松尾 靖秋(まつお やすあき、1915年8月29日 - 2007年2月12日)は、日本の国文学者。工学院大学名誉教授。 愛媛県生まれ。早稲田大学文学部国文科卒業。工学院大学教授、1986年定年退任、名誉教授、富士フェニックス短期大学教授。近世俳諧を専門とした。 1987年、勲四等瑞宝章を受章。2007年2月12日、心不全のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
安井 源治(やすい げんじ、1914年12月9日- 1998… 安井 源治(やすい げんじ、1914年12月9日- 1998年9月22日)は、フランス文学者。 京都府生まれ。1938年早稲田大学文学部卒、早大教授、85年定年退任、名誉教授。パスカルなどフランス思想が専門。
村崎 凡人(むらさき ただひと、1914年(大正3年)1月1… 村崎 凡人(むらさき ただひと、1914年(大正3年)1月12日 - 1989年(平成1年)5月10日)は、日本の国文学者・歌人・教育者。徳島文理大学等を経営する村崎学園の理事長。徳島県徳島市出身。息子は村崎学園理事長村崎正人、孫は村崎文彦。 徳島県徳島市出身。旧制徳島中学校、早稲田大学文学部卒業。窪田空穂に師事し、歌誌「槻の木」同人となる。大学卒業後は早稲田図書出版社で勤めた。 村崎学園の創業者であり祖母である村崎サイの「自立協同」の遺志を継ぎ、1949年に同学園の理事長に就任する。1961年に徳島女子短期大学(現・徳島文理大学短期大学部)、1966年に徳島女子大学(現・徳島文理大学)を創設するなど、村崎学園を幼稚園から大学院までを一貫する総合学園に成長させるなどの実績をあげた。
野口 啓祐(のぐち けいすけ、1913年10月30日 - 1… 野口 啓祐(のぐち けいすけ、1913年10月30日 - 1975年4月27日)は、日本の英文学者。 早稲田大学英文専攻卒業、上智大学外国語学部英語学科教授を務めた。 カトリック作家のグレアム・グリーン、またマルティン・ブーバーなどユダヤ系の思想家を研究、翻訳した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
郡司 正勝(ぐんじ まさかつ、1913年7月7日 - 199… 郡司 正勝(ぐんじ まさかつ、1913年7月7日 - 1998年4月15日)は、日本の歌舞伎研究家・演劇評論家・国文学者。早稲田大学名誉教授。 1913年、北海道札幌市生まれ。北海道庁立第二中学(現北海道札幌西高等学校)を経て、1939年早稲田大学文学部国文科を卒業。大学では河竹繁俊に師事した。卒業後は、早稲田大学演劇博物館学芸員となり、同大学講師などを経て、1960年から84年まで教授を務めた。 その著作は、『郡司正勝柵定集』(全6巻)にまとめられている。故郷である札幌大学に、郡司の蔵書を納めた「郡司文庫」が設けられている。
簗瀬 一雄(やなせ かずお、1912年5月5日 - 2008… 簗瀬 一雄(やなせ かずお、1912年5月5日 - 2008年9月14日)は、日本の国文学者、豊橋技術科学大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学国文科卒業。1960年「俊恵及び長明の研究」で法政大学文学博士。豊田工業高等専門学校教授、1978年豊橋技術科学大学教授、1982年定年退官、名誉教授。 愛知に在住していた1958年から1972年にかけ、著作研究および未刊古典の翻刻私家版「碧冲洞叢書」を謄写版で100冊発行した。歌集も多く刊行している この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 幸夫(すずき ゆきお、1912年1月28日 - 198… 鈴木 幸夫(すずき ゆきお、1912年1月28日 - 1986年12月24日)は、英文学者、推理作家、早稲田大学名誉教授。 大阪府出身。早稲田大学文学部英文科卒業、旧制大学院修了。1939年、早稲田大学理工学部講師。1954年、早稲田大学文学部教授。1982年定年退職、名誉教授。その後は跡見学園短期大学教授、同大学学長を務めた。 1951年、探偵作家クラブ新年会の犯人当てゲームで2年連続して正解した実績を買われ、同ゲームのために「痴人の宴」を書き下ろし、同作が千代 有三の筆名で『宝石』に掲載されて探偵作家としてデビューする。 1954年、日本初のSF商業誌『星雲』を創刊された際、同年に組織された日本科学小説協会の参与となった。
河合 亨(かわい とおる、1910年3月31日 - 1993… 河合 亨(かわい とおる、1910年3月31日 - 1993年10月14日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。早稲田大学教授を務め、1980年定年退任、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
川副国基(かわぞえ くにき、1909年3月18日―1979年… 川副国基(かわぞえ くにき、1909年3月18日―1979年)は、日本近代文学者、早稲田大学名誉教授。 長崎県生まれ。早稲田大学国文科卒。早稲田大学教授。78年定年退任。
窪田 章一郎(くぼた しょういちろう、1908年8月1日 -… 窪田 章一郎(くぼた しょういちろう、1908年8月1日 - 2001年4月15日)は、日本の歌人・国文学者。早稲田大学名誉教授。 窪田空穂の長男として、東京府東京市牛込区(現在の東京都新宿区)南榎町に生まれる。旧制私立豊山中学校(現在の日本大学豊山高等学校)4年修了後、早稲田大学文学部国文科卒。1943年、武川忠一らが創設した早稲田大学短歌会に指導役として参加。そこから発展した歌誌『まひる野』を創刊主宰した。早稲田大学講師・教授を歴任、名誉教授の称号を受く。国文学者としては西行研究の第一人者であった。 1980年、「素心臘梅」で第14回迢空賞受賞。1988年、「窪田章一郎全歌集」で第11回現代短歌大賞受賞。
伊地知 鉄男(いぢち てつお、1908年3月5日 - 199… 伊地知 鉄男(いぢち てつお、1908年3月5日 - 1998年3月23日)は、日本の国文学者、書誌学者。 鹿児島県鹿児島市で生まれる。早稲田大学文学部国文学科で学び、1932年に卒業。 卒業後は、光塩高等女学校に教員として勤務。1936年に宮内省図書寮に入省し、1966年に宮内庁書陵部を定年退職。その後は早稲田大学教授となり、1978年に定年退職。 1998年、肺炎のため死去。 専攻は国文学で、特に中世連歌を専門とした。また、書誌学に関連した研究も行っている。 連歌関係の資料1,122点が、1988年に早稲田大学図書館に寄贈され、「伊地知鉄男文庫」となっている。1992年には『伊地知鉄男文庫目録』が刊行されている。
暉峻 康隆(てるおか やすたか、1908年〈明治41年〉2月… 暉峻 康隆(てるおか やすたか、1908年〈明治41年〉2月1日 - 2001年〈平成13年〉4月2日)は、日本の国文学者(近世文学)。俳号は桐雨。早稲田大学名誉教授。 鹿児島県囎唹郡東志布志村(後の曽於郡志布志町、現在の志布志市志布志町)生まれ。金剛寺の長男。旧制鹿児島県立志布志中学校(現在の鹿児島県立志布志高等学校)、早稲田第一高等学院、旧制早稲田大学文学部国文科卒業。1932年から1939年にかけて、真山青果の下で西鶴研究の助手を務める。1951年「西鶴 評論と研究」で早稲田大学より博士号を取得。のち早稲田大学教授、1978年、定年退職、名誉教授。1996年、第8回現代俳句大賞受賞。 井原西鶴研究の権威の一人で、自然主義文学やプロレタリア文学の影響を受けた西鶴作品の批評を発展させ、「作家は書きながら現実認識を深める」という文芸観に基づき、多くの西鶴作品の新たな鑑賞を示した。
上田 進(うえだ すすむ、1907年10月24日 - 194… 上田 進(うえだ すすむ、1907年10月24日 - 1947年2月24日)は、ロシア・ソビエト文学者。東京出身。本名は尾崎義一。尾崎宏次の兄。早稲田大学在学中に日本プロレタリア作家同盟に入る。
桜井 成夫(さくらい なるお、1907年7月5日 - 199… 桜井 成夫(さくらい なるお、1907年7月5日 - 1993年2月21日)は、フランス文学者、翻訳家、元早稲田大学教授。東京生まれ。早大仏文科卒、1978年まで早大教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
小口 優(おぐち まさる、1907年5月5日 - 1970年… 小口 優(おぐち まさる、1907年5月5日 - 1970年1月4日)は、日本のドイツ文学者。 栃木県烏山町出身。1930年早稲田大学文学部独文科卒。第一早稲田高等学院教授をへて、早大教授。18世紀ドイツ文学が専門で、ヘルダーリン、ゲーテなどの研究や翻訳をおこない、グンドルフを日本に紹介した。
保坂 弘司(ほさか こうじ、1906年4月10日 - 198… 保坂 弘司(ほさか こうじ、1906年4月10日 - 1983年2月3日)は、日本の国文学者。学燈社社長、昭和女子大学名誉教授。 新潟県生まれ。早稲田大学国文科卒。欧文社(旺文社)に勤務、国語漢文部長。1948年學燈社を創業、受験雑誌『学燈』を創刊し、自著のほか、国語漢文関係の参考書、「学燈文庫」を刊行する。1956年『國文學 解釈と教材の研究』を創刊し、至文堂の『国文学 解釈と鑑賞』と双璧をなす国語国文学雑誌とした。昭和女子大学教授、1977年定年、名誉教授。学習書協会理事長、日本書籍出版協会常任理事、日本出版クラブ評議員などを務めた。
小野武雄(おの たけお、1906年 - 1979年)は、日本… 小野武雄(おの たけお、1906年 - 1979年)は、日本の英文学者、近世風俗研究家、翻訳家。帝京大学名誉教授。 東京生まれ。1929年早稲田大学卒業。早稲田大学講師、目白女子短期大学助教授、帝京大学教授、同図書館長、1977年定年退任。 初期は英文学を研究、多くの翻訳を刊行、後年はセクソロジー(性科学史)を軸とした訳書や、江戸期の風俗研究の著述活動を行った。
浅井 真男(浅井眞男、あさい まさお、1905年1月6日 -… 浅井 真男(浅井眞男、あさい まさお、1905年1月6日 - 1987年3月9日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京府生まれ。早稲田大学名誉教授。 早稲田大学独文科卒、同助教授、教授を務めた。 リルケ、ニーチェ、キェルケゴールなど、19世紀から20世紀前半のドイツ文学やドイツ哲学、哲学書を多く翻訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大野 実之助(おおの じつのすけ、1905年1月4日 - 1… 大野 実之助(おおの じつのすけ、1905年1月4日 - 1989年10月14日)は、日本の漢文学者。 和歌山県生まれ。早稲田大学高等師範部卒、教員検定試験合格。1960年「李太白研究」で早大文学博士。早大文学部助教授、教授、75年定年、名誉教授。
新庄 嘉章(しんじょう よしあきら、1904年11月10日 … 新庄 嘉章(しんじょう よしあきら、1904年11月10日 - 1997年8月26日)は、日本のフランス文学者。 広島県生まれ。早稲田大学仏文科卒、早稲田大学教授を務めるかたわら、アンドレ・ジッドなどを研究、数多くのフランス文学の翻訳をおこなった。定年退職後、名誉教授。1984年、『天国と地獄の結婚』で平林たい子文学賞受賞、1990年、日本芸術院賞・恩賜賞受賞、同年に日本芸術院会員。 仏文科教授在職中に、英文科出身の宮城谷昌光から同人小説冊子を送られ、読後、宮城谷を招き早稲田文学編集長だった立原正秋に推薦した。 1964年2月24日、東京中野の料亭「ほととぎす」で開催された「竹の会」の宴席で、木山捷平に暴行し右手薬指を負傷させた。