鈴木 正俊(すずき まさとし、1940年1月14日 - )は… 鈴木 正俊(すずき まさとし、1940年1月14日 - )は、日本の経済学者、ジャーナリスト。 北海道室蘭市生まれ。東京大学経済学部卒、1969年同大学院博士課程満期退学。ハーバード大学・イエール大学・総合研究開発機構客員研究員、日本経済新聞社編集委員などを経て、拓殖大学政経学部教授。2010年定年退職。
北海道 室蘭市:145人
鈴木 正俊(すずき まさとし、1940年1月14日 - )は… 鈴木 正俊(すずき まさとし、1940年1月14日 - )は、日本の経済学者、ジャーナリスト。 北海道室蘭市生まれ。東京大学経済学部卒、1969年同大学院博士課程満期退学。ハーバード大学・イエール大学・総合研究開発機構客員研究員、日本経済新聞社編集委員などを経て、拓殖大学政経学部教授。2010年定年退職。
中村 睦男(なかむら むつお、1939年2月7日 - 202… 中村 睦男(なかむら むつお、1939年2月7日 - 2020年4月17日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1973年)(学位論文「社会権法理の形成――フランス法を素材にして」)。北海道大学名誉教授。学校法人北海学園理事。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構理事長。元・旧司法試験第二次試験考査委員(北海道大学総長就任につき離任)。北海道出身。 北海道札幌市に生まれ、後室蘭市に移る。北海道大学大学院法学研究科教授を経て、2001年5月から2007年4月まで北海道大学総長。 著書の中でも、特に野中俊彦・高橋和之・高見勝利と共に著した『憲法I・II』は、執筆者が4人であることから「四人本」、「四人組」などと称され、憲法学習者に人気がある。
沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は… 沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は、日本のノンフィクション作家。 北海道室蘭市生まれ、池田町育ち。北海道池田高等学校、北海道大学文学部卒業。1961年に日本リサーチセンター調査研究部に入社。第二企画室長を経て1976年に退職する。1979年初の単著『女が職場を去る日』を上梓して注目され、同年ドラマ化もされた。 以後、介護問題、人生行路全般について著書多数。合田一道らとともに北海道ノンフィクション集団にて活動した。
富盛 菊枝(とみもり きくえ、1937年9月18日- )は、… 富盛 菊枝(とみもり きくえ、1937年9月18日- )は、日本の児童文学作家。 北海道室蘭市生まれ。本姓・杉山。日本女子大学家政学部児童学科卒。20代から創作を始める。吉行淳之介『暗室』のモデルの一人・高山勝美とは同級生。
吉田 善明(よしだ よしあき、1936年12月22日 - 2… 吉田 善明(よしだ よしあき、1936年12月22日 - 2022年4月15日)は、日本の法学者(憲法)。明治大学名誉教授。 北海道室蘭市出身。明治大学法学部教授、明治大学法学部長、明治大学法科大学院教授、明治大学付属明治高等学校・中学校校長、明治大学理事を経て、明治大学名誉教授。 安澤喜一郎、和田英夫に師事。共同研究者としては、樋口陽一(東京大学名誉教授)がいる。明治大学法学部での愛称は、善明(ぜんめい)さん。 日本国憲法第41条に記された国権の最高機関という語句につき、通説である政治的美称説に反対し、樋口陽一とともに統括機関説を主唱する。日本国憲法第25条については、プログラム規定説に立脚する判例を批判し、具体的権利説を採用する。
城 卓矢(じょう たくや, 1935年〈昭和10年〉11月2… 城 卓矢(じょう たくや, 1935年〈昭和10年〉11月28日 - 1989年〈平成元年〉5月9日)は、日本の歌手、作曲家である。本名・作曲家名は菊地 正規(きくち まさき)、1966年の改名前の芸名は菊地 正夫(きくち まさお)。ヨーデルを得意とし、鼻から抜ける独特のハスキー・ボイスとこぶし回しが特徴で魅力的な声の持ち主であった。『骨まで愛して』のヒット後の一時期、映画俳優としても活動した。 1935年(昭和10年)11月28日、当時日本領であった樺太(現在のロシア共和国サハリン)に生まれる。兄の正巳はのちの作曲家・北原じゅん(文れいじ)、作詞家・川内康範は叔父(叔母の元夫)にあたる。第二次世界大戦中に父が死去、引き揚げて室蘭市で育つ。
北葉山 英俊(きたばやま ひでとし、1935年5月17日 -… 北葉山 英俊(きたばやま ひでとし、1935年5月17日 - 2010年7月20日)は、北海道室蘭市出身で時津風部屋に所属した大相撲力士。本名は山田 英俊(やまだ ひでとし)。最高位は東大関。 1935年5月17日に北海道函館市で生まれ、すぐに室蘭市へ転居した。双葉山定次に憧れて中学校では相撲部の主将を務め、道内各地の大会で活躍していたが、卒業後は家計を助けるために3年間は富士製鉄の下請けをする管組で勤務しながら鍛冶屋へ奉公に出た。1954年3月に奉公が終わったことで角界入りする意思を伯父に伝えて相談すると、賛成されると同時に助言してくれたが、両親は許可を出しそうに無かったことで家出同然で親友の自宅で弁当を作ってもらい、それを持って職場の同僚に駅まで送ってもらって青函連絡船と列車に乗り、上京した。
上武 やす子(うえたけ やすこ、旧姓:室村〈むろむら〉、19… 上武 やす子(うえたけ やすこ、旧姓:室村〈むろむら〉、1934年〈昭和9年〉11月26日 - 2024年〈令和6年〉3月16日)は、日本のアイヌ文化伝承者、刺繡作家。 北海道室蘭市元室蘭(現:崎守町)出身。同道登別市において、北海道ウタリ協会登別支部支部、市民勉強会「知里真志保を語る会」、アイヌの女性文化の学習と継承のための団体「アイヌ文化を学び継承する女性の会」などでの活動で、アイヌ文化の伝承普及活動を行った。また、独学でのアイヌの民族衣装や刺繍製作、アイヌ紋様刺繡の学習会による後進の指導、古式舞踊の指導などを通じて、アイヌ伝統文化の復興、アイヌ文化の保存などに貢献した。 北海道室蘭市元室蘭(現:崎守町)で誕生する。
吉田 ルイ子(よしだ ルイこ、1934年7月10日 - 20… 吉田 ルイ子(よしだ ルイこ、1934年7月10日 - 2024年5月31日)は、日本の写真家、ジャーナリスト。 北海道室蘭市出身。父親は鉄鋼会社の重役であり、裕福な家庭に育つ。小学校時代に同じ学校に通っていたアイヌの生徒への差別を目の当たりにしたことでジャーナリストの道を志す。東洋英和女学院中学部・高等部を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。 NHK国際局の嘱託を経て、朝日放送にアナウンサーとして勤務。1961年、フルブライト交換留学生として渡米し、オハイオ州立大学とコロンビア大学で学び、フォトジャーナリズム専攻で1964年にコロンビア大学より修士号を取得した。 コロンビア大学在学中に、リベラルの白人男性と結婚。
本郷 美則(ほんごう よしのり、1934年5月9日 - 20… 本郷 美則(ほんごう よしのり、1934年5月9日 - 2020年7月28日)は、日本の時事評論家、元朝日新聞記者、研修所長。 北海道室蘭市生まれ。早稲田大学政治経済学部新聞学科卒。朝日新聞入社。同期には本多勝一や筑紫哲也がいる。社会部や整理部などを経て、研修所長を務めた。1994年(平成6年)の退社後は執筆活動を行う。 日本文化チャンネル桜に出演し、マスメディアの問題点や朝日新聞に関する問題について論じている。 2020年7月28日、神奈川県鎌倉市にて死去。86歳没。 2007年に第1次安倍内閣への朝日新聞の報道姿勢に対して として批判している。
鴨下 重彦(かもした しげひこ、1934年 <昭和9年> 3… 鴨下 重彦(かもした しげひこ、1934年 <昭和9年> 3月13日 - 2011年 <平成23年> 11月10日)は、日本の医学者。専門は小児科学。学位は、医学博士。東京大学名誉教授。国立国際医療センター名誉総長。北海道室蘭市出身。位階は正五位。
田中 宏尚(たなか ひろひさ、1933年6月9日 - 201… 田中 宏尚(たなか ひろひさ、1933年6月9日 - 2011年4月17日)は、日本の農林官僚。林野庁長官、水産庁長官、農林水産事務次官を務めた。北海道室蘭市出身。 1956年に東京大学法学部を卒業し、同年に農林省に入省した。1978年1月に大臣官房予算課長に就任し、1983年7月に大臣官房総務審議官、1984年7月に大臣官房長、1986年9月に林野庁長官、1988年1月に水産庁長官を経て、1989年7月から1990年8月までに農林水産事務次官を務めた。 2011年4月17日敗血症で死去。77歳没。
空井健三(そらい けんぞう、1931年5月16日 - 200… 空井健三(そらい けんぞう、1931年5月16日 - 2007年3月31日)は、日本の心理学者。臨床心理学・犯罪心理学専攻。 北海道室蘭市生まれ。1954年東京大学文学部心理学科卒業。1964-65年科学技術庁長期在外研究員としてニューヨークの精神分析者養成所であるポストグラジュエイト・センター・フォア・メンタルヘルスに留学。1970年「麻薬嗜癖受刑者の人格研究」で東邦大学・医学博士。 千葉少年鑑別所、法務省矯正局、法務総合研究所、八王子医療刑務所を経て中京大学文学部教授。2002年定年退職。
三浦 清宏(みうら きよひろ、1930年9月10日 - )は… 三浦 清宏(みうら きよひろ、1930年9月10日 - )は、日本の小説家、心霊研究者、元明治大学理工学部教授。 北海道室蘭市に出生。東京大学文学部英文学科に進んだものの学生運動で休講続きの東大を嫌って21歳で中退し渡米、聴講を含めて3つの大学に通い、アメリカ・サンノゼ州立大学卒業後、アイオワ大学ポエトリー・ワークショップ修了。ヨーロッパを巡った後、1962年、31歳で帰国。1957-1958年、アイオワ時代に米国留学中の小島信夫と知り合い、帰国して半年小島と同居。 1967年から2001年まで、明治大学助教授、教授として英語を教える。1970年、『群像』に小説「立て、座れ、めしを食え、寝ろ」を発表する。
本橋 浩一(もとはし こういち、1930年4月12日 - 2… 本橋 浩一(もとはし こういち、1930年4月12日 - 2010年10月26日)は、日本の男性実業家、アニメーションプロデューサー。北海道室蘭市生まれ、小樽市育ち。日本アニメーション株式会社代表取締役社長。 1952年、中央大学法学部卒業。 1953年、学陽書房編集部。同年本橋電機社長。 1960年、聯合広告社代表。 1967年、小谷正一の紹介で日本万国博覧会電力館担当プロデューサー。 1972年、やはり小谷の奨めでズイヨー映像社長。 1975年、日本アニメーションを設立して代表取締役社長。 『フランダースの犬』『母をたずねて三千里』『あらいぐまラスカル』『赤毛のアン』などの作品で知られる〈世界名作劇場〉や、『未来少年コナン』『ちびまる子ちゃん』『コジコジ』『HUNTER×HUNTER』などのテレビアニメ製作を手がけた。
櫻井 淳(さくらい じゅん、1930年3月16日 - )は、… 櫻井 淳(さくらい じゅん、1930年3月16日 - )は、日本の理学博士、経済学博士、法学博士、教養学博士。道都大学名誉総長(理事)。北海道室蘭市出身。
双ッ龍 徳義(ふたつりゅう とくよし、1930年3月3日 -… 双ッ龍 徳義(ふたつりゅう とくよし、1930年3月3日 - 2006年2月4日)は、北海道室蘭市出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は荒木 徳義(あらき とくよし)。身長185cm、体重108kg。得意手は右四つ、吊り、上手投げ。最高位は東前頭筆頭(1954年9月場所)。 父親は、富士製鐵(現・新日本製鐵)に勤務する鉄鋼マンだった。自身も富士製鐵に勤務していたが双葉山に憧れ、4日かけて当時時津風部屋が太平洋戦争中の疎開先として福岡県太宰府に設立した「双葉山相撲錬成道場」まで訪ねて同部屋へ入門した。1947年6月場所にて、17歳で初土俵。新弟子時代は戦後であり力士といえど食べ放題、飲み放題ではなかったため、1956年の座談会では「今の弟子は恵まれている」と当時とを比較している。
渡部 保夫(わたなべ やすお、1929年10月27日 - 2… 渡部 保夫(わたなべ やすお、1929年10月27日 - 2007年4月12日)は、日本の刑事法学者。弁護士。元裁判官(札幌高等裁判所判事、最高裁判所調査官)。博士(法学)(1992年・北海道大学)。北海道室蘭市出身。 1929年、北海道生まれ。1953年東京大学法学部卒業後、1955年から30年間、裁判官を務める。 裁判官を退官後は、法学者、弁護士を務めた。 2007年4月12日、仕事を終え深夜に入浴をしていたところ脳内出血のため死去。77歳没。 裁判官時代、社会党代議士恐喝事件、青梅事件第二次控訴審無罪判決、梅田事件再審開始抗告審決定、北炭ガス爆発事故事件、北大電気メス禍事件等に関与。札幌地方裁判所の所長代行(1969年4月-1977年3月)、最高裁刑事調査官室の上席調査官(1978年4月-1981年3月)など司法行政にも関わった。
池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月2… 池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月20日 - 2007年〈平成19年〉2月28日)は、日本の政治家。 国土庁長官(第27代)兼研究・学園都市担当大臣兼土地対策担当大臣兼阪神・淡路復興対策担当大臣(村山改造内閣)、衆議院懲罰委員長、同災害対策特別委員長、衆議院議員(7期)、社会民主党国会対策委員長(初代)などを歴任。 北海道室蘭市生まれ、釧路市出身。旧制釧路中学校、旧制弘前高校を経て、早稲田大学法学部卒業。大学卒業後は北海道日高支庁管内の学校教員に奉職し、北海道教職員組合の書記長も務めた。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧北海道4区から立候補し、初当選。
高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2… 高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2017年8月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 北海道室蘭市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退、國學院大學助教授、1963年北海道大学助教授、1969年東京大学文学部英文科助教授、1977年教授、1990年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授を務めた。1985年-1988年日本英文学会会長を務めた。 ロレンス・ダレルの4部作「アレクサンドリア四重奏」の他に、ジョイス『ダブリンの市民』、友人2名との共訳による『ユリシーズ』の翻訳が著名。 初の単著『イギリス近代詩法』(研究社、2001年)で第54回読売文学賞研究・翻訳賞。
北原 義郎(きたはら よしろう、1929年3月11日 - 2… 北原 義郎(きたはら よしろう、1929年3月11日 - 2022年6月3日)は、日本の俳優、声優である。本名は中野 義雄(なかの よしお)。 北海道室蘭市出身。オーティ企画、西村事務所に所属していた。 日本大学旧工学部(現・日本大学理工学部)卒業。 大学在学中に大映第4期ニューフェイスに合格。1953年『血闘』でデビュー。アクション作品『豹の眼』の主役など二枚目役で活躍した後、渋いバイプレイヤーに転向。実生活では山本富士子の恋人であった。 大映倒産後の1970年代からはテレビドラマに活躍の場を移し、時代劇の悪代官や刑事ドラマの悪徳社長や悪徳弁護士など、主に悪役を演じる。特に、卑屈で狭量な権力者役に持ち味を発揮した。
武田 龍夫(たけだ たつお、1928年(昭和3年)- 200… 武田 龍夫(たけだ たつお、1928年(昭和3年)- 2007年(平成19年))は、日本の随筆家、外交官で、北欧文化協会理事長などを務めた。 武田竜夫とも表記する。夫人の武田和子(1938年生)は絵本画家。 北海道室蘭市出身。1954年に中央大学法学部卒。1954年(昭和29年)から外務省よりストックホルム大学にスウェーデン語留学生として派遣された。日本帰国後は在スウェーデン、デンマークの各・大使館の一等書記官、外務省北欧担当官などを経て、宮内庁式部官、イスタンブール総領事、東海大学教授、大阪外国語大学、立教大学非常勤講師などを歴任し、北欧関係の執筆著述を多く行った。 「世界日報」紙の常連寄稿者の1人で、同紙を賛美するメッセージを寄せている。
石川 武(いしかわ たけし、1927年-)は、日本の法学者、… 石川 武(いしかわ たけし、1927年-)は、日本の法学者、歴史学者。専門は西洋史及び西洋法制史。法学博士(北海道大学)。名誉文学博士(ベルリン自由大学)。北海道大学名誉教授。元拓殖大学北海道短期大学学長。北海道室蘭市出身。 和田卓朗 - 元大阪市立大学法学部教授 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
一戸 豊信(いちのへ とよのぶ、1924年(大正13年)7月… 一戸 豊信(いちのへ とよのぶ、1924年(大正13年)7月23日 - 2014年(平成26年)3月24日)は日本の実業家、元室蘭民報社社長。北海道室蘭市出身。 その他、室蘭市教育委員(1978年から1995年まで)・NHK番組審査委員・室蘭保健所保健協議会委員・室蘭市労働問題審議会委員・室蘭交通安全協会理事・室蘭市中央卸売市場開設運営協議会委員・室蘭防犯協会理事・室蘭剣道連盟会長などを歴任。
角 五郎(かど ごろう、1922年8月26日 - 1990年… 角 五郎(かど ごろう、1922年8月26日 - 1990年7月24日)は、日本の経営者。北海道文化放送社長、会長を務めた。 北海道室蘭市出身。1942年に名古屋高等商業学校を卒業し、1945年10月に北海道新聞社に入社。1977年に取締役に就任し、常務、専務を経て、1982年に道新通信社社長に就任。1984年に北海道文化放送社長に就任し、1988年6月には会長に就任。 1990年7月24日に肝不全のために死去。67歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
寺尾 五郎(てらお ごろう、1921年〈大正10年〉7月4日… 寺尾 五郎(てらお ごろう、1921年〈大正10年〉7月4日 - 1999年〈平成11年〉8月21日)は、日本の社会運動家。 北海道室蘭市出身。1938年、早稲田大学文学部哲学科に入学後、共産主義運動に参加。1940年に治安維持法違反で検挙。 1943年に召集されるが、1945年に満洲のチチハル航空部隊で反戦活動を行ったかどで憲兵隊に拘束され、東京憲兵隊総本部へ送還。8月15日の敗戦の2日後、警視庁特高課に身柄移管され、治安維持法最後の被告となる。10月10日に豊多摩刑務所から出所し、以後日本共産党本部の専従活動家となる。 1950年にコミンフォルムの『日本の情勢について』をめぐる対立に巻き込まれて「国際派」として除名されるが、「国際派」と「所感派」の統一(日本共産党第6回全国協議会を参照)により5年後に復帰。
神威山 力雄(かむいやま りきお、1914年6月5日 - 1… 神威山 力雄(かむいやま りきお、1914年6月5日 - 1974年2月19日)は、北海道室蘭市出身で花籠部屋に所属した元大相撲力士。本名は熊谷 力雄。最高位は十両4枚目。 花籠部屋に入門し、1929年5月初土俵を踏む。1934年1月満19歳で十両に昇進。この場所負け越し、幕下に落ちる。1935年1月、一場所で十両に復帰したが、この場所も負け越し再び幕下に落ちる。1936年1月、三度目の十両昇進で勝ち越し、この場所から5場所連続十両の地位にあった。1938年5月幕下に落ち十両復帰を目指し、「神惠山」(かむえやま)に改名(1941年5月)したが、十両に復帰することなく1942年5月に廃業した。1974年死去。
掛川 源一郎(かけがわ げんいちろう、1913年〈大正2年〉… 掛川 源一郎(かけがわ げんいちろう、1913年〈大正2年〉11月17日 - 2007年〈平成19年〉12月26日)は、日本の写真家。北海道室蘭町(現・室蘭市)生まれ。 中学在学中にカメラを始める。室蘭中学校(現北海道室蘭栄高等学校)、千葉高等園芸学校(現千葉大学園芸学部)卒業。誠文堂新光社『実際園芸』編集所に勤務。編集記者兼カメラマンとして活躍。 1950年代に土門拳が提唱したリアリズム写真(絶対非演出の絶対スナップ)の影響を受ける。戦後は伊達高校に教員として勤務するかたわら、北海道における社会派カメラマンとして、貧しい漁村や開拓農家の暮らし、アイヌ民族、伊達発電所建設反対運動、ポリオ(小児マヒ)の子どもたち、有珠山噴火などを長期にわたって撮影。
三枝 三郎(さいぐさ さぶろう、1913年(大正2年)6月1… 三枝 三郎(さいぐさ さぶろう、1913年(大正2年)6月11日 - 2014年(平成26年)2月22日)は、日本の内務・警察官僚、政治家。衆議院議員(3期)、福田派。 白鳥大橋の建設に尽力した。 北海道、現在の室蘭市で生まれる。旧制室蘭中学校(現北海道室蘭栄高等学校)を経て、1939年(昭和14年)東京文理科大学哲学科を卒業。同年10月、高等試験行政科に合格。同年、内務省入省し大阪府属となる。 以後、三重県、福岡県で勤務。1945年(昭和20年)宮内省書記官、1946年(昭和21年)警視庁警備交通部警備課長、1954年(昭和29年)警視長・和歌山県警察本部長、1960年(昭和35年)初代内閣総理大臣官房広報室長、1964年(昭和39年)総理府特別地域連絡局長を歴任。
小山 初代(おやま はつよ 1912年(明治45年)3月10… 小山 初代(おやま はつよ 1912年(明治45年)3月10日 - 1944年(昭和19年)7月23日)は、小説家太宰治の内縁の妻。芸者としての名は紅子。太宰からはハツコと呼ばれていた。 「HUMAN LOST」(1937年)や「姥捨」(1938年)や「東京八景」(1941年)など多数の太宰作品に登場する一連の女性のモデルとなった。 父・小山藤一郎と母・キミ(旧姓:吉沢)の長女として北海道室蘭市に生まれる。1922年(大正11年)、父が失踪したため、母子家庭となり、一家で青森に移住。母は置屋「野沢屋」で裁縫師として働いた。 1925年(大正14年)3月、南津軽郡大鰐町の大鰐尋常小学校を卒業し、母の勧めで料亭「玉屋」(野沢屋の後身)に仕込妓(芸妓の使い走り)として住み込みで働く。
八木 義徳(やぎ よしのり、1911年(明治44年)10月2… 八木 義徳(やぎ よしのり、1911年(明治44年)10月21日 - 1999年(平成11年)11月9日)は、日本の小説家。日本芸術院会員。位階は従四位。 北海道胆振国室蘭郡室蘭町大字札幌通4丁目(現在の室蘭市中央町1丁目)に、父・田中好治、母・八木セイの次男(庶子)として生まれる。父の好治は山梨県東山梨郡春日居村(現在の笛吹市春日居町)の出身で、東京帝国大学医科大学を卒業し、義徳が出生した時点では町立室蘭病院(現在の市立室蘭総合病院)に務めていた。名医と評判であり、その後独立して室蘭市内に田中病院を開業している。一方、母のセイは青森県東津軽郡油川村(現在の青森市大字油川字大浜)出身で、小樽市の海産物商の養女となるが養家が没落し、室蘭で芸妓となり田中好治と知り合った。
中江 良夫(なかえ よしお、1910年5月3日 - 198… 中江 良夫(なかえ よしお、1910年5月3日 - 1986年1月8日)は、日本の劇作家、脚本家である。 1910年(明治43年)5月3日、北海道に中江吉雄として生まれる。弟に喜劇人の佐山俊二がいる。登別市の旧制・尋常小学校を卒業し、札幌郵便局(現在の札幌中央郵便局)に就職したが、その後上京した。 さまざまな職業を経て、1940年(昭和15年)東京・新宿のムーランルージュ新宿座文芸部に入る。おなじころにNHKでラジオドラマを手がけ、中江の『かし家』が1942年(昭和17年)に発行された『放送劇名作選』(日本放送協会編、日本放送出版協会)に収録された。 1945年(昭和20年)の第二次世界大戦後、ムーランルージュで社会風俗劇『生活の河』、『にしん場』などを発表した。
山内 広(廣、やまうち ひろし、1907年(明治40年)9月… 山内 広(廣、やまうち ひろし、1907年(明治40年)9月16日 - 1974年(昭和49年)5月21日)は、昭和期の労働運動家、政治家。衆議院議員。 北海道室蘭郡室蘭町(室蘭区を経て現室蘭市)で生まれる。4歳の時に函館市に転居。1925年(大正14年)北海道庁立函館商業学校(現北海道函館商業高等学校)を卒業。 鉄道省に入省し函館駅貨物掛に就任。大山郁夫の演説に感銘を受け、1929年(昭和4年)濱口内閣の官吏減俸政策への職場の反対運動を主導した。太平洋戦争中に函館駅助役館俊三らと社会主義研究グループを結成し、戦後の労働運動解禁を受けて指導者となる。1946年(昭和21年)函館地方労働組合会議議長に就任。
能代八郎(のしろ はちろう、1900年(明治33年)3月‐1… 能代八郎(のしろ はちろう、1900年(明治33年)3月‐1944年(昭和19年)3月14日)は昭和期の作曲家。本名佐藤久助。 1937年、佐藤富房の筆名で作曲した「声なき凱旋」でポリドールより作曲家デビュー。 翌年テイチクレコードに移籍し、筆名を能代八郎とし、流行歌の作曲を行うようになる。 1939年、塩まさるが歌う『九段の母』が大ヒット。 1944年3月14日死去。享年44。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
栗林 友二(くりばやし ともじ、1898年1月3日 - 19… 栗林 友二(くりばやし ともじ、1898年1月3日 - 1977年8月8日)は、日本の実業家・篤志家・馬主。 実業家・政治家の栗林五朔の息子として北海道に生まれる。札幌中学を経て東京帝国大学農学部獣医学科を卒業後、イギリス・ケンブリッジ大学に留学。帰国後は父が興した栗林商船に入社し、後に会長を務めた。本業の傍らで競走馬の馬主としても著名であり「ミスター・ケイバ」と呼ばれ、全日本馬主協会連合会(現・日本馬主協会連合会)会長などを歴任した(後述)。1977年8月8日、肺炎により79歳で死去。 兄は栗林商船や栗林商会社長、政治家などを務めた栗林徳一。弟には南方林業の社長を務めた栗林定四朗がいる。長男・定友は栗林商船、三男・英雄は栗林運輸の社長を務めた。
南条 徳男(南條 德男、なんじょう とくお、1895年7月7… 南条 徳男(南條 德男、なんじょう とくお、1895年7月7日 - 1974年11月1日)は、日本の政治家。位階は正三位。 衆議院議員(11期)、建設大臣・農林大臣。大東文化大学の理事長・学長も務めた。 北海道胆振支庁室蘭村(現・室蘭市)生まれ。仙台の東北中学校(現・東北高等学校)、第二高等学校を経て、1920年に東京帝国大学法学部独法科を卒業。弁護士となる。東大では岸信介と同期だった。学生時代から日本の人口・食糧問題に関心を持ち、自身の「ブラジルへの100万人移住」構想を実現すべく、立憲政友会に入党する。また当時総裁だった原敬に面会し、移民政策について意見を述べたことがある。1923年には立憲政友会法曹団を結成し幹事長となる。
大村友樹(おおむらゆうき)は北海道室蘭市出身のフルート奏者。… 大村友樹(おおむらゆうき)は北海道室蘭市出身のフルート奏者。現在、九州交響楽団首席フルート奏者、平成音楽大学非常勤講師、パールフルート教室講師。福岡女子短期大学非常勤講師。アジアフルート連盟理事。 北海道室蘭栄高等学校普通科を経て東京藝術大学卒業。在学中、安宅賞受賞。フルートを金昌国、細川順三に師事。 東京文化会館大ホールにおいて「芸大定期・新卒業生紹介演奏会」、日本フルート協会東京支部主催「第18回フルートデビューリサイタル」に出演。
鴫野 彰 は、日本の男性アニメ演出家、アニメ監督。別名義にし… 鴫野 彰 は、日本の男性アニメ演出家、アニメ監督。別名義にしぎのあきら、義野利幸(ぎゃりこ)がある。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。北海道出身。
倉本 ひとみ(くらもと ひとみ、6月5日 - 2021年5月… 倉本 ひとみ(くらもと ひとみ、6月5日 - 2021年5月19日)は、日本の女性シンガーソングライター。北海道室蘭市出身。血液型A型。 10歳の時、両親に連れられて行ったコンサートホールでマル・ウォルドロンのピアノを聴き衝撃を受ける。音楽好きな母親の影響で、アレサ・フランクリンやディオンヌ・ワーウィック等のR&Bの音楽を聴き始める。12歳で作詞・作曲・歌を始め、16歳にはオルガンの弾き語りでヤマハポピュラーソングコンテストに出場し、楽曲「円舞曲」、17歳には「愛はゲーム」で二度北海道代表を獲得し、つま恋全国大会に出場。協賛賞受賞。 19歳の時にバンド「3.2.5」を結成。各コンテストでグランプリを続々受賞。
夢輝 のあ(ゆめき のあ、3月23日 - )は、元宝塚歌劇団… 夢輝 のあ(ゆめき のあ、3月23日 - )は、元宝塚歌劇団星組の男役スター。 北海道室蘭市、道立室蘭栄高等学校出身。身長169cm。愛称は「ねったん」。 1990年、宝塚音楽学校入学。 1992年、宝塚歌劇団に78期生として入団。入団時の成績は14番。雪組公演「この恋は雲の涯まで」で初舞台。 1993年、組まわりを経て雪組に配属。 1998年1月1日付で、宙組創設に伴う発足メンバーとして宙組へ組替え。同年、姿月あさと・花總まりトップコンビ大劇場お披露目となる「エクスカリバー」で、新人公演初主演。同年の「エリザベート」で2度目の新人公演主演。 2000年7月5日付で星組へと組替え。 2001年の「イーハトーヴ 夢」(バウホール・日本青年館公演)で、バウホール・東上公演初主演。
野宮 範子(のみや のりこ、1959年3月14日は、日本のフ… 野宮 範子(のみや のりこ、1959年3月14日は、日本のフリーアナウンサー。元北海道放送 (HBC) のアナウンサー。 北海道室蘭市出身。北海道室蘭栄高等学校、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。大学時代は早稲田スポーツ新聞会所属。 夫は、同じく元HBCアナウンサーでフリーアナウンサーの桜井宏。桜井との間に一男あり。
中村 岳(なかむら たけし)は日本の現代美術家、画家。 北海… 中村 岳(なかむら たけし)は日本の現代美術家、画家。 北海道室蘭市出身、千葉県在住。多摩美術大学大学院美術研究科修了。 日本建築をコンセプトとしたシンプルな絵画・立体作品を手がける。木目や漆や金属などの質感を生かした、古風だが何処かエキゾチックで暖かみのある作風が持ち味。インスタレーションやミニマルアート風の手法、現代美術と日本美術を併用するなどの試みを行っている()。 北海道に生まれ育ったためか、既存の日本の伝統文化に接する機会が少なく、日本の伝統文化をあたかも異文化のように感じたと言う。そのため、日本建築との絵画の関係の検証を通じ、自分自身の中には無かった日本の伝統に根ざした「文化の再構築」をテーマとした作品作りを行っている。
市原 由利子(いちはら ゆりこ/Yuriko Ichihar… 市原 由利子(いちはら ゆりこ/Yuriko Ichihara)は、日本のフリーダイビング選手。フリーダイビングプール競技女子日本王者。スタティック・アプネア競技女子アジア記録及び日本記録保持者。ウンベルト・ペリッツァーリ(英語版)が主催するApnea Academy Internationalのフリーダイビングインストラクター。北海道室蘭市出身。通称、ゆりっぺ。別名、神由利子。ラッキーアイテムは、アザラシと東方神起。支援者はチームアザラシと呼ばれる。 2024年1月から、ギリシャのカーボンフィンブランドであるアルケミー社から器材の提供を受けるチームアルケミーのメンバーとなる。 関西地区で2024年2月9日放送の朝日放送「探偵!ナイトスクープ」において「大発見!?息を長く止める方法」の依頼に出演。
波木 星龍(なみき せいりゅう)は、作詞家、著作家、占い師。… 波木 星龍(なみき せいりゅう)は、作詞家、著作家、占い師。「正統占い教室」主宰。 北海道室蘭市生まれ。札幌市在住(2025年11月現在) 東西の占術書を読破し、その該博な知識と、プロ占術家として培ってきた豊富なデータベースをもとに、各種占術に「波木流」の新たな地平を生み出してきた風雲児。事業に失敗し北海道に逃れた父と、病身の母との間に生まれ、雨漏りする家で幼少期を過ごす。幼くして「人間の運命」に興味を抱き、10歳にして占い師になることを決意し、母親の不慮の死を転機として実占をはじめて40年になる。ライブドア・ブログ「この一言で救われる」では、ほぼ毎日のように占いの新たな情報を発信している。主宰する「正統占い教室」からは鮫島礼子など異色・鬼才の占い師を多数輩出している。
松谷 早苗(まつたに さなえ)は、日本のアニメにおける色彩設… 松谷 早苗(まつたに さなえ)は、日本のアニメにおける色彩設定者。 シンエイ動画所属。北海道室蘭市出身。 元々アニメが好きだったところ、親戚の叔母がアニメの仕上げをする仕事の求人チラシを持ち込み、それがきっかけでキャリアをスタートさせた。イージー・ワールド・プロなどに所属し、『それいけ!アンパンマン』や『ドラえもん (1979年のテレビアニメ)』の制作へと参加。1991年、シンエイ動画へと仕事の場を移し、以降映画『ドラえもん』シリーズを中心に色彩設計などの役職で様々な作品に携わっている。 『クレヨンしんちゃん』では、色指定を務めた「母ちゃんはにんしん3カ月だゾ」(1996年7月5日放送)というエピソード内で松谷がモデルのTVリポーターが登場している(名前もそのまま松谷早苗となっている)。