山下昌彦(やました まさひこ、1952年- )は日本の建築家… 山下昌彦(やました まさひこ、1952年- )は日本の建築家、都市計画家。株式会社UG都市建築代表取締役。建築・まちづくり専門家。APECアーキテクト。 銚子市都市計画マスタープラン策定委員会委員。日本建築家協会、日本都市計画家協会会員。山梨県甲府市生まれ。
山梨県 甲府市:195人
山下昌彦(やました まさひこ、1952年- )は日本の建築家… 山下昌彦(やました まさひこ、1952年- )は日本の建築家、都市計画家。株式会社UG都市建築代表取締役。建築・まちづくり専門家。APECアーキテクト。 銚子市都市計画マスタープラン策定委員会委員。日本建築家協会、日本都市計画家協会会員。山梨県甲府市生まれ。
藤井 孝藏(ふじい こうぞう、1951年10月17日 - )… 藤井 孝藏(ふじい こうぞう、1951年10月17日 - )は、日本の宇宙工学者。JAXA宇宙科学研究所名誉教授。東京理科大学工学部情報工学科教授。山梨県甲府市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
赤羽 博(あかばね ひろし、1951年7月4日 - )は、テ… 赤羽 博(あかばね ひろし、1951年7月4日 - )は、テレビドラマ、映画作品の監督・演出家である。山梨県甲府市出身。 1951年7月、山梨県甲府市生まれ。 専修大学法学部法律学科に入学したが、自分には「法学」が合わないと思い、卒業後の就職先として、映像制作を志し、その頃バイトしていたTBSの報道部の部長にドラマ制作現場を紹介してもらい面接を受けた。1975年、専修大学法学部法律学科卒業後、木下プロダクションと連携しているある番組制作会社に就職した。その当時親や親戚は故郷の山梨県庁に就職するように勧めていたので猛反対されたがそれをバネに努力してきた。 テレビドラマのチーフ助監督になるべく、約4年の下積みの後、1979年、退社してフリーによるテレビドラマの助監督(AD)となり、自己の演出技能を磨くため、当時の民放各局のメイン・ディレクターたちと一緒に仕事をして能力を高め、人脈を築いていった。
川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声… 川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声楽家、テノール歌手。東京藝術大学名誉教授。山梨県甲府市出身。 その他、数多くステージで活躍し、オペラでは、「イドメネオ」「コシ・ファン・トゥッテ」、「ポッペーアの戴冠」、「ノルマ」、「トスカ」、「アイーダ」、「オルフェオとエウリディーチェ」「サロメ」、「スペードの女王」他、のオペラに出演している。 コンサートでは1989年、1990年と「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出演。またNHK交響楽団などの主要オーケストラを中心にバッハ「ロ短調ミサ」、ヘンデル「メサイア」、モーツァルト「レクイエム」、ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」、「第九」、ヴェルディ「レクイエム」、ファリャ「はかなき人生」、マーラー「千人の交響曲」、「大地の歌」、ヤナーチェク「グラゴル・ミサ」、ブルックナー「テ・デウム」、ロッシーニ「小荘厳ミサ」、「スターバト・マーテル」などを共演している。
谷口 由美子(たにぐち ゆみこ、1949年〈昭和24年〉1月… 谷口 由美子(たにぐち ゆみこ、1949年〈昭和24年〉1月9日 - )は、日本の翻訳家。ローラ・インガルス・ワイルダーの著作をはじめ、主にアメリカの児童文学の翻訳を行っている。本名、玉田由美子。 山梨県甲府市出身。1963年12月末に東京都世田谷区に転居、翌年4月都立駒場高等学校に進学。上智大学外国語学部英語学科4年のとき、1970年から1971年にかけて交換留学生として米国のセント・メアリ・カレッジ(英語版)で学ぶ。留学先の大学図書館に十代の初めごろから関心のあったローラ・インガルス・ワイルダー著の「小さな家シリーズ」(ローラ物語)の原書が所蔵されてあるのを見つけ、原書をこのときはじめて読み通している。
輿水 精一(こしみず せいいち、1949年 )は、日本のブレ… 輿水 精一(こしみず せいいち、1949年 )は、日本のブレンダー。 山梨県甲府市生まれ。山梨大学工学部発酵生産学科卒業。1973年サントリー入社。多摩川工場でのブレンドグループを経て、1976年より研究センターでウイスキーの貯蔵・熟成の研究に従事。1985年より山崎蒸溜所で品質管理、貯蔵部門を担当した後1991年よりブレンダー室課長となる。 一日に200種類以上もの原酒をテイスティングし、世界的なコンペティションでトロフィーを受賞した「響21年」(1994年発売)「響30年」(1997年発売)をはじめ、「山崎50年」「同35年」など、様々なサントリーウイスキーの開発・ブレンドに携わる。1996年に主席ブレンダー、1999年より「ウイスキーの品質を決める最終評価者」であるチーフブレンダーとなり、2014年9月にチーフブレンダーの任期を終え、サントリースピリッツ(株)の名誉チーフブレンダーとなる。
堀内 恒夫(ほりうち つねお、1948年1月16日 - )は… 堀内 恒夫(ほりうち つねお、1948年1月16日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(投手)、監督、政治家。自由民主党所属の前参議院議員(1期)。
赤池 卓(あかいけ たかし、1947年8月6日 - 2023… 赤池 卓(あかいけ たかし、1947年8月6日 - 2023年7月22日)は、日本の元実業家、レーシングドライバー。 山梨県甲府市(旧中道町)6人兄弟の次男として生まれる。生家は農業と給油取扱所を運営していた。旧山梨工業高等高校を卒業後、マツダオート山梨に整備工として就職。その後、家業に従事する一方で国内のジムカーナに参戦し、本格的な国内外レース活動に移行した。 レース活動を継続していく上でマツダオート山梨、ダンロップ、スタンレー電気、エンケイ、Benihanaとの長年関係が深かった。特にマツダからエンジン、車体供給を受けながら、富士グランチャンピオンレース(富士GC)、耐久シリーズ、ツーリングカー選手権などのカテゴリーに参戦。
塩澤 敏彦(しおざわ としひこ、1947年3月8日)は、山梨… 塩澤 敏彦(しおざわ としひこ、1947年3月8日)は、山梨県甲府市出身の元サッカー選手(DF)・サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)、サッカー解説者。 強豪校・城北高校でサッカーを始める。テクニックに難のある塩澤にはポジション獲得は至難の業であったが、俊足と身体能力を買われて左FBのポジションを獲得し、以来現役生活を通じてDFとしてプレー。 明治大学卒業後の1970年にJSLの名古屋相互銀行へ入部するが、名相銀のメンバーは昼は窓口業務や営業をこなす普通の銀行マンで、練習時間は少なく毎年のように入替戦を戦っていた。2年目の1971年にはリーグ最下位となり、12月30日の入替戦で藤和不動産に敗れた結果、会社が休部を発表した。
川村 晃生(かわむら てるお、1946年〈昭和21年〉11月… 川村 晃生(かわむら てるお、1946年〈昭和21年〉11月4日 - )は、日本の文学研究者・国文学者。学位は、文学博士(慶應義塾大学・論文博士・1991年)。慶應義塾大学名誉教授。現在は市民運動家。「緑のイーハトーブ」代表。 山梨県甲府市生まれ。1965年山梨県立甲府第一高等学校卒業、1969年慶應義塾大学文学部文学科国文学専攻卒業。1976年同大学院文学研究科国文学専攻後期博士課程単位取得退学。同年慶應義塾大学文学部非常勤講師となり1979年同助手、1982年助教授、1992年教授。1995年文学研究科委員。2012年定年退任、名誉教授。 1981年 「僧正遍照-その詠歌の特質をめぐって」ほか過去の業績に対し第7回日本古典文学会賞受賞。
三枝 浩樹(さいぐさ ひろき、1946年(昭和21年)10月… 三枝 浩樹(さいぐさ ひろき、1946年(昭和21年)10月17日 - )は、日本の歌人。本名は三枝 亨。 河野裕子(1946年 - 2010年)、永田和宏(1947年 - )、小池光(1947年 - )、道浦母都子(1947年 - )らと共に、団塊世代を代表する歌人の一人。 山梨県甲府市生まれ。甲斐市在住。父・清浩(本名:福武)は植松寿樹門下の歌人。五人兄弟の五男。歌人で文芸評論家の三枝昂之は四兄。高校時代、歌誌「沃野」にて植松寿樹に学ぶ。 1965年、法政大学文学部英文学科入学。1967年、法政短歌会を結成、同人誌「風車(ふうしゃ)」を創刊。「日常の視界のかなた何揺らぎつつあらんひと群れの樅そよげるを」。
高橋 紀子(、1946年〈昭和21年〉9月19日 - )は、… 高橋 紀子(、1946年〈昭和21年〉9月19日 - )は、日本の元女優。本名は同じ。 山梨県甲府市出身。山梨英和高等学校中退。 1964年、東宝へ入社。東宝ニュータレントを経て、映画『ひばり・チエミ・いづみ 三人よれば』でデビュー。 大きな眼がチャームポイントとされる。着実な歩みで1969年度制作者協会新人賞を受賞。 1970年に俳優の寺田農と結婚し、芸能界から引退。寺田とは2006年に離婚している。 趣味は、ボウリング、ジャズ鑑賞。 出演予定だった作品が高橋の事情によって別の人物が演じた作品は以下の通り。
有川 由紀(ありかわ ゆき、1946年〈昭和21年〉8月27… 有川 由紀(ありかわ ゆき、1946年〈昭和21年〉8月27日 - )は、日本の女優・ファッションモデル。本名は、斎藤 由紀子(さいとう ゆきこ)旧姓は、横山。夫は映画監督の斎藤耕一。 山梨県甲府市生まれ、東京都八王子市万町生まれ。 会社員の父の二男二女の長女。小学校時代からかわいらしさを買われ、学芸会の花形だった。東京都立町田高校3年在学中に雑誌『女学生の友』(小学館)が募集した「ミス・ジュニア・フラワー」に入賞し、洋服や着物モデルとして雑誌のグラビアを飾った。同じく「ミス・ジュニア・フラワー」に入賞した早瀬久美と二人でヨーロッパを旅行した。高校卒業後、NHKに就職。総務部総務課に配属され、応接係として受付に勤務。
五味 文彦(ごみ ふみひこ、1946年(昭和21年)1月30… 五味 文彦(ごみ ふみひこ、1946年(昭和21年)1月30日 - )は、日本の歴史学者。学位は、博士(文学)(東京大学・1992年)。東京大学名誉教授、放送大学名誉教授。山梨県甲府市出身。 文学や絵画まで含む多様な史料と考古学の成果を利用しつつ、日本の中世を芸能・文化をふくむ広い視野で捉える研究をつづけている。 著作『院政期社会の研究』の中に「院政期政治史断章」という論文が収録されている。院政期の政治上の事件には、必ずといっていいほど男色関係が絡むことを強調したこの論文は、日本史を学ぶ学生の間で、画期的な「男色論文」として有名となっている。ただし藤原頼長の男色について触れたのは、東野治之「日記にみる藤原頼長の男色関係-王朝貴族のウィタ・セクスアリス」(『ヒストリア』1979)が先である。
矢吹 健(やぶき けん、1945年11月1日 - 2015年… 矢吹 健(やぶき けん、1945年11月1日 - 2015年1月19日) は、日本の歌手、作曲家。本名は金子 勝孝(かねこ かつたか)。山梨県甲府市出身。シンガーソングライターの雅一=MASAKAZU(本名:金子 雅一〈かねこ まさかず〉、1975年 - 1999年12月29日)は長男。 甲府市立甲府商業高等学校卒業後に上京し、作曲家藤本卓也に師事。1968年に藤本作曲の「あなたのブルース」でレコードデビュー。当初プロフィールでは1948年11月2日生まれでデビュー時の年齢を19歳としていたが、1970年代初頭に実際の生年月日に修正している。 「ミスティーボイス」と名づけられたハスキーでため息混じりの絶唱スタイルによる「あなたのブルース」が大ヒットし、この年の第10回日本レコード大賞新人賞(男性部門)、第1回日本有線大賞新人賞、第1回新宿音楽祭金賞を同時受賞。
大石 勝彦(おおいし かつひこ、1945年3月10日 - )… 大石 勝彦(おおいし かつひこ、1945年3月10日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手。兄の大石正彦も元プロ野球選手。
武田 信彦(たけだ のぶひこ、1945年2月28日 - )は… 武田 信彦(たけだ のぶひこ、1945年2月28日 - )は、日本の実業家。テンヨ武田代表取締役社長。山梨県食品工業団地理事長。元山梨県公安委員会委員長。 山梨県甲府市生まれ。武田信虎は先祖。山梨県立甲府第一高等学校を経て、一橋大学商学部を卒業し、総合商社に入社。結婚後ロサンゼルスの大学院への留学を経て、1970年武田食糧入社。 1986年武田食糧代表取締役常務。1990年武田食糧専務取締役。1992年山梨県卸酒販組合副理事長。1994年東京ビール卸組合山梨県支部長。1996年から分社化されたテンヨ武田代表取締役専務兼武田食品代表取締役専務。1999年テンヨ武田代表取締役副社長。 2004年テンヨ武田代表取締役社長。
岩崎 正吾(いわさき せいご、1944年11月11日- 20… 岩崎 正吾(いわさき せいご、1944年11月11日- 2024年4月15日)は、日本の推理作家、時代小説作家、ノンフィクション作家。本名、岩崎 征吾。 山梨県甲府市生まれ、在住。甲府第一高等学校、早稲田大学文学部卒業。 大学時代は演劇活動も行っていた。卒業後地元山梨県に戻り学習塾を開いた後、1982年、地域出版社である山梨ふるさと文庫を設立し、地方出版活動を行い、出版業の傍ら小説の執筆を行う。経営難から撤退を考えた時、最後に自身の小説の出版を思い立ち、1987年、横溝正史の「本歌取り」作品にして「探偵の四季」シリーズの第1作目となる本格ミステリー『横溝正史殺人事件あるいは悪魔の子守唄』にて作家デビュー。
佐野 嘉幸(さの よしゆき、1944年4月1日 - )は、山… 佐野 嘉幸(さの よしゆき、1944年4月1日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。
三枝昻之(さいぐさ たかゆき、1944年1月3日 - )は、… 三枝昻之(さいぐさ たかゆき、1944年1月3日 - )は、日本の歌人・文芸評論家。歌誌「りとむ」主宰。日本歌人クラブ名誉会長。山梨県立文学館館長。宮中歌会始の選者でもある。(「たかゆき」は「昂之」ではなく「昻之」) 山梨県甲府市生まれ。父・清浩は窪田空穂門下の歌人。五人兄弟の四男。歌人の今野寿美は妻、同じく歌人の三枝浩樹は弟(五男)。歌人の萩原慎一郎に影響を与えた。 幼少期に脊椎カリエスにかかり、小学校には8年間通った。早稲田大学高等学院進学とともに甲府から上京。弟浩樹とともに歌誌「沃野」に入会し、植松寿樹に師事。早稲田大学入学と同時に早稲田大学短歌会に入会。上級生の佐佐木幸綱や福島泰樹と知り合う。
渡辺房男(わたなべ ふさお、1944年 - )は、日本の作家… 渡辺房男(わたなべ ふさお、1944年 - )は、日本の作家。 山梨県甲府市生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。NHKディレクターを経て、NHKエンタープライズプロデューサーとなる。NHK在職中の1999年、『桜田門外十万坪』で第23回歴史文学賞を受賞し、さらに同年、「指」で第18回世田谷文学賞(小説部門)を受賞する。2001年には『ゲルマン紙幣一億円』で第15回中村星湖文学賞を受賞した。 2009年NHK退社。
江口 英雄(えぐち ひでお、1943年(昭和18年)1月16… 江口 英雄(えぐち ひでお、1943年(昭和18年)1月16日 - )は、日本の政治家、医師。元山梨県上野原市長(3期)。 山梨県甲府市出身。1968年(昭和43年)3月、横浜市立大学医学部卒業。 1988年(昭和63年)10月、上野原町立病院長に就任。2004年(平成16年)4月、大月市立中央病院長に就任。2005年(平成17年)4月、国民健康保険富士吉田市立病院長に就任。2006年(平成18年)3月、山梨大学大学院医学工学総合教育部博士課程修了。 2009年(平成21年)2月22日に行われた上野原市長選挙に出馬し、前副市長の中村照夫との一騎討ちを制し初当選した(江口:11,057票、中村:7,431票)。
秋山 真男(あきやま まさお、1943年 - 2003年2月… 秋山 真男(あきやま まさお、1943年 - 2003年2月25日)は、山梨県甲府市出身の日本の元バドミントン選手。主に1960年代から1970年代に活躍。1966年全英オープンで準優勝。 甲府商業高等学校でバドミントンを始め、3年生の1961年インターハイ男子シングルで優勝。 中央大学に進学後、4年生の時インカレで優勝。また在学中に全日本総合でも初優勝を遂げる。 大学卒業後ヨネヤマラケットに就職し2年程在籍。退社後は山梨県に戻り家業を継ぎ、以降トーナメント表やリザルトの所属欄は秋山紙店の表記でエントリー。社会人としても全日本総合シングル、ダブルス共に優勝経験がある。1966年全英オープンにシングル初出場で日本人初の決勝進出、準優勝を果たす。
堀内 勝(ほりうち まさる、1942年6月21日 - )は、… 堀内 勝(ほりうち まさる、1942年6月21日 - )は、日本のアラブ文学者、元中部大学教授。専門は言語人類学、アラブ・イスラム世界の地域研究・民族誌。 山梨県甲府市生まれ。東京外国語大学アラビア語科卒業。カイロ・アメリカン大学大学院課程修了、同大学フェローとなる。1983年1月中部工業大学産業経済研究所教授に就任。1984年4月中部大学(前述大学が改称)国際関係学部教授。1986年『ラクダの文化誌』でサントリー学芸賞受賞。2013年3月に中部大学を定年退職、同年4月に名誉教授となった。 『夜の旅人 研究ブログ』 本人運営ブログ。アラブ世界における星ごよみに関する研究やアラブ文化にまつわる論考など。
今村 都南雄(いまむら つなお、1941年10月10日 - … 今村 都南雄(いまむら つなお、1941年10月10日 - )は、日本の政治学者。 専門は行政学・地方自治論。主に組織論のアプローチに基づいた研究を行う。 山梨県甲府市生まれ。1960年、埼玉県立熊谷高等学校卒業。1965年、中央大学法学部法律学科卒業。1967年、国際基督教大学大学院行政学研究科修了。1967年、中央大学法学部助手。1971年、中央大学法学部助教授。1978年、中央大学法学部教授。1981年、中央大学大学院法学研究科教授。2005年、中央大学公共政策大学院教授。2010年、中央大学名誉教授。山梨学院大学法学部教授・山梨学院大学大学院社会科学研究科長。2002-2004年度日本行政学会理事長。
山田 康夫(やまだ やすお、1941年2月15日 - 199… 山田 康夫(やまだ やすお、1941年2月15日 - 1990年3月5日)は元NHKチーフアナウンサー。 山梨県甲府市出身。中央大学法学部を卒業後、1963年に入局。同期に森本毅郎(のちにフリー)、加賀美幸子などがいる。佐世保、北九州、名古屋などの支局を転任し、1964年11月場所から大相撲の実況中継を晩年まで担当した。 当時のNHKアナウンサーとしてはややテンションが高いアナウンスであったが、念入りな下調べに基づいて実況に差し挟まれる情報の正確さや、放送中の機転や気配りで、大相撲実況中継の名アナウンサーとして角界からの信頼も厚かった。昭和最後の場所となった1988年11月場所千秋楽、千代の富士が大乃国に敗れ、連勝が53でストップした取組も実況していた。
島田 紀夫(しまだ のりお、1940年12月11日 - )は… 島田 紀夫(しまだ のりお、1940年12月11日 - )は、日本の美術評論家。実践女子大学名誉教授。ブリヂストン美術館館長。 山梨県甲府市生まれ。 東北大学理学部卒、1965年同文学部美学美術史学科卒、1967年同大学院修士課程修了。石橋財団ブリヂストン美術館学芸課長、実践女子大学教授。2000年山梨県立美術館館長兼務。2006年ブリヂストン美術館館長。2008年実践女子大退職、名誉教授。
坂本 孝(さかもと たかし、1940年〈昭和15年〉5月4日… 坂本 孝(さかもと たかし、1940年〈昭和15年〉5月4日 - 2022年〈令和4年〉1月26日)は、日本の実業家。 山梨県甲府市出身。ブックオフコーポレーション創業者(同社代表取締役社長→会長を歴任)。その後、俺の株式会社を創業し、同社名誉会長。 経営哲学などにおいて、京セラ創始者の稲盛和夫の影響を多大に受けている実業家のひとり。稲盛の提唱する「6つの精進」などを経営理念に取り入れている。 大学時代は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団と慶應義塾大学落語研究会に所属。
渡辺 利夫(わたなべ としお、1939年6月22日 - )は… 渡辺 利夫(わたなべ としお、1939年6月22日 - )は、日本の経済学者。学位は、経済学博士。東京工業大学名誉教授、拓殖大学名誉教授、公益財団法人オイスカ会長。日本李登輝友の会会長。一般社団法人高齢者活躍支援協議会会長。専門は開発経済学と現在アジア経済論。山梨県甲府市生まれ。
平野 忠彦(ひらの ただひこ、1938年3月5日 - 201… 平野 忠彦(ひらの ただひこ、1938年3月5日 - 2014年6月13日)は日本の俳優、オペラ歌手。山梨県甲府市出身。
平野 幸久(ひらの ゆきひさ、1938年2月25日 - )は… 平野 幸久(ひらの ゆきひさ、1938年2月25日 - )は、日本の経営者。中部国際空港社長、会長を務めた。山梨県甲府市出身。 1961年に東京大学工学部を卒業し、同年にトヨタ自動車工業に入社。1990年9月に取締役に就任し、1996年6月に関東自動車工業副社長、1997年6月に同社社長を歴任し、1998年4月には中部国際空港社長に就任。2007年6月に会長に就任。 2012年4月に旭日中綬章を受章。
保坂 司(ほさか つかさ、1937年3月3日 - 2018年… 保坂 司(ほさか つかさ、1937年3月3日 - 2018年1月21日)は、山梨県甲府市出身の元サッカー選手、サッカー指導者、政治家。 積翠寺温泉(甲府市)の旅館「古湯坊 坐忘庵」の保坂家の22代目であり、サッカーは山梨県立甲府第一高校の3年次より始めた。当初はウィングであったが、その後にGKにポジションを変更し、同年の第9回国民体育大会では準優勝を経験した。進学した明治大学でもサッカー部に所属、1年次よりスタメンに定着した。 大学卒業後は古河電工サッカー部に入部。古河では実業団初となる天皇杯獲得に貢献した。 1960年11月6日の韓国代表戦で日本代表として初出場。1964年の東京五輪でもレギュラーと目されていたが、大会直前の遠征で手を骨折してしまい、横山謙三にポジションを譲る事になった。
大石 正彦(おおいし まさひこ、1936年1月11日 - )… 大石 正彦(おおいし まさひこ、1936年1月11日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(投手)右投げ右打ち。1960年大洋V1戦士の一人。
市川 治彦(いちかわ はるひこ、1935年7月30日 - )… 市川 治彦(いちかわ はるひこ、1935年7月30日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手。
中島 真人(中嶋 眞人、なかじま まひと、1935年 <昭和… 中島 真人(中嶋 眞人、なかじま まひと、1935年 <昭和10年> 1月1日 - 2008年 <平成20年> 5月18日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)、山梨県議会議長、山梨県議会議員(3期)を務めた。位階は正四位。旭日重光章。 山梨県甲府市出身。山梨県立韮崎高等学校、拓殖大学商学部卒業。大学卒業後、山梨県立高等学校の教諭となる。1979年の山梨県議会議員選挙に立候補し初当選。3期務めた。在職中、1993年12月15日から1994年9月29日まで議長を務めた。1995年の第17回参議院議員通常選挙で山梨県選挙区から自由民主党公認候補として立候補し、現職の磯村修(民主改革連合)や新進党の赤池誠章らを破り初当選。
遠藤 享(えんどう すすむ、1933年12月22日 - 20… 遠藤 享(えんどう すすむ、1933年12月22日 - 2024年2月10日)は、日本のグラフィックデザイナー。山梨県甲府市生まれ。東京ADC会員、JAGDA会員。 1959年武蔵野美術学校(現:武蔵野美術大学)デザイン科中退。1962年桑沢デザイン研究所グラフィックデザイン研究科卒。 その作品はドイツ、ユーゴスラビア、ブルガリア、フィンランド等の世界各国で賞を受けており、大英博物館、サンパウロ美術館を初め、多数の美術館にコレクションされている。 2024年2月10日、脳膿瘍のため死去。90歳没。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
廣瀬 清(ひろせ きよし、1932年5月9日 - 2023年… 廣瀬 清(ひろせ きよし、1932年5月9日 - 2023年9月16日)は、日本の経営者。日本火災海上保険社長を務めた。 山梨県甲府市出身。1955年に東京大学経済学部を卒業し、同年に日本火災海上保険に入社。1988年6月に取締役に就任し、1990年6月に常務、1991年6月に専務を経て、1993年2月に社長に就任。1998年7月に取締役相談役に就任。 2023年9月16日老衰のために死去。91歳没。
手沢 庄司(てざわ しょうじ、1932年4月2日 - 202… 手沢 庄司(てざわ しょうじ、1932年4月2日 - 2025年12月8日[要出典])は、山梨県甲府市出身のプロ野球選手、元プロ野球審判員。 1950年に甲府第一高校卒業後、内野手として1952年に松竹ロビンスに入団。1953年チームが大洋ホエールズと合併して大洋松竹ロビンスとなっても移籍せず所属していたが1954年に親会社の松竹が共同経営から撤退し大洋ホエールズに戻ると同時に引退。選手としては3試合に出場し、1打数0安打。 引退後は松竹演舞場に勤務していたが御世話になった先輩に導かれ1962年、セントラル・リーグ審判部に入局した。セ・リーグ袖番号は21(1988年初採用から1989年引退まで)。
望田 幸男(もちだ ゆきお、1931年5月30日 - 202… 望田 幸男(もちだ ゆきお、1931年5月30日 - 2023年1月6日)は、日本の歴史学者、同志社大学名誉教授。専門はドイツ近現代史。 山梨県甲府市生まれ。1974年京都大学大学院文学研究科博士課程修了、「近代ドイツの政治構造 :プロイセン憲法紛争史研究」で文学博士。同志社大学助教授、教授。2002年定年、名誉教授。 非核の政府を求める会・京都 代表世話人を務めるなど、市民運動にも携わった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
萩原 忠(はぎわら ただし、1931年 - )は、日本の実業… 萩原 忠(はぎわら ただし、1931年 - )は、日本の実業家、発明家。ハジー技研株式会社代表取締役、株式会社インターホールディングス名誉会長 1931年、山梨県甲府市生まれ。山梨県立甲府中学校(現・甲府第一高等学校)卒業。 立教大学卒業後、金門製作所(ガス、水道メーターの専門メーカーであるに就職。流体制御技術を習得し、LPG小型ガスメーター、高層ビル用流量測定メーターを開発、発明して高い評価を得る。 1962年、アメリカ(DYNAMIC ECOLOGY社)に招聘され、NASAアポロ計画に参加。 油圧機器の劣化防止装置の開発を担当。以降、製鉄、鉄鉱、石油、電力、化学、原子力、鉄道等すべての基幹産業における流体制御(濾過、分離、混合、劣化防止)の専門技術者として従事。
丸山 昭(まるやま あきら、1930年11月14日 - 20… 丸山 昭(まるやま あきら、1930年11月14日 - 2016年12月15日)は、日本の漫画編集者。『少女クラブ』編集長、講談社取締役を務めた。山梨県甲府市出身。学習院大学文学部哲学科卒業。 1950年代から1960年代にかけて、手塚治虫担当の編集者を務めた。初期のトキワ荘に住む漫画家を発掘、担当を務めて、数々の新人を育て上げた編集者でもある。藤子不二雄Aの自伝漫画『まんが道』にも「編集長の丸池」として登場する。 育てた漫画家として、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、水野英子らがいる。 1953年(昭和28年)、大日本雄弁会講談社(現・講談社)に入社。1954年(昭和29年)、『少女クラブ』編集部配属となり、当時「リボンの騎士」を連載していた手塚治虫の担当となり、以後、手塚番を6年務めた。
石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018… 石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018年3月20日)は、日本の詩人、英文学者、翻訳家。文教大学名誉教授。 山梨県甲府市生まれ。明治学院大学文学部英文科卒業。1967年に詩集『軍港』を上梓、1974年『離れ象』で日本詩人クラブ賞受賞。1996年、英米詩の翻訳業績により第21回地球賞受賞。立正女子大学助教授、校名変更で文教大学教授、図書館長を務め、2001年定年。2007年『遠いうた 拾遺抄』で日本詩人クラブ詩界賞受賞。ほかブライアン・オールディスの翻訳、詩の翻訳がある。 2018年3月20日午後8時20分、誤嚥性肺炎のため、埼玉県越谷市のグループホームで死去。87歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小宮山 重四郎(こみやま じゅうしろう、1927年(昭和2年… 小宮山 重四郎(こみやま じゅうしろう、1927年(昭和2年)9月15日 - 1994年(平成6年)11月21日)は、日本の政治家。 衆議院議員(11期)、郵政大臣を歴任。 山梨県甲府市出身。後に参議院議員となった小宮山常吉の四男。長兄・英蔵は平和相互銀行の創設者。東京府立葛飾中学校を経て、中央大学予科、日本大学法文学部を卒業。1948年に早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。1951年に同大学を卒業しアメリカ・ニューヨーク州のアルフレッド大学に官費留学、経営学を学ぶ。アルフレッド大学卒業後、1955年に読売新聞社に入社し、大阪支局経済部に配属される。その後、読売新聞の英字新聞記者となる。 1958年に佐藤栄作の秘書となり政界入り。
穐山 篤(あきやま あつし、1927年1月16日 - 200… 穐山 篤(あきやま あつし、1927年1月16日 - 2004年4月18日)は、日本の政治家。日本社会党所属の参議院議員(3期)。 山梨県甲府市生まれ。1943年に山梨県立甲府工業学校卒業した。1944年6月に国鉄名古屋鉄道局甲府管理部施設課に入職した。その後、甲府管理部甲府保線区、静岡鉄道管理局南甲府保線区を経て、1969年4月に退職した。その後、同年10月から全日本交通輸労働組合協議会事務局長を4年務めた。そして、1976年8月から国鉄労働組合副執行委員長を1年間務めた。1977年の参院選で日本社会党公認で全国区から立候補して50位で当選し、その後は比例区に転じて通算3期務めた。1994年の政治改革四法の採決では政府案に対して、投票を棄権した。
中澤 正(中沢 正、なかざわ ただし、1927年1月6日-)… 中澤 正(中沢 正、なかざわ ただし、1927年1月6日-)は、料理史研究家、料理人。 山梨県甲府生まれ。1939年4月上京、東駒形の伯父の家に寄食。その後外地で暮らし、1946年復員、47年関西へ移り、あなごや調理師会幹事高橋辰男に師事し大阪などで働く。1955年上京、日本橋室町一丁目和食信洲などで働く。1963年2月、鉄道弘済会中部支部に入会、とくがわ荘に勤務。この間、進士慶幹に師事して歴史を学んだ。日本料理講師。名古屋在住。
佐々木 紫郎(ささき しろう、1926年1月26日 - 20… 佐々木 紫郎(ささき しろう、1926年1月26日 - 2025年1月2日[要出典])は、日本の自動車技術者。トヨタ自動車取締役副社長や、自動車技術会会長、豊田中央研究所代表取締役を務めた。 山梨県甲府市生まれ。1949年旧制北海道大学工学部機械工学科卒業、トヨタ自動車工業入社、技術部設計課配属。1969年から製品企画室主査を務め、2代目・3代目トヨタ・カローラの開発責任者などを務めた。1977年製品企画室副室長(参与)。1982年製品企画室室長。1984年常務取締役。1986年専務取締役監査改良室室長。1988年取締役副社長。1990年自動車技術会会長。1992年相談役、豊田中央研究所代表取締役。
石原 萠記(いしはら ほうき、1924年11月5日 -201… 石原 萠記(いしはら ほうき、1924年11月5日 -2017年2月24日)は、日本の社会主義運動家。社会党右派のイデオローグ。ソ連(ロシア)、中華人民共和国、韓国との文化交流、友好親善に努めている。出版社の自由社社長。日本対外文化協会副会長。日本出版協会理事長。STV-Japan取締役。「萠」は俗字で、人名漢字を使用して「石原萌記」と表記されることも多い。 山梨県甲府市百石町の染物店の二男として生まれる。1944年、早稲田大学在学中に陸軍に応召。1945年、中国・漢口の第6方面軍司令部参謀部で終戦を迎える。 1946年、上海から博多に復員。その後、東洋大学史学科で考古学を学ぶ。日本共産党員だった渡辺恒雄や河合武(河合栄治郎の長男)らと学生運動を行う。
増村 保造(ますむら やすぞう、1924年8月25日 - 1… 増村 保造(ますむら やすぞう、1924年8月25日 - 1986年11月23日)は、日本の映画監督、脚本家である。 山梨県甲府市出身。旧制甲府中学から旧制第一高等学校を経て東京大学法学部を卒業。東大法学部時代の知人に三島由紀夫がいる。 1947年、大映に助監督として入社。東京大学文学部哲学科に再入学。1952年、イタリア留学、イタリア国立映画実験センターでフェデリコ・フェリーニやルキノ・ヴィスコンティらに学ぶ。帰国後、溝口健二や市川崑の助監督として参加。1957年、『くちづけ』で監督デビュー。監督第2作『青空娘』より若尾文子とタッグを組み、『妻は告白する』『清作の妻』『「女の小箱」より 夫が見た』『赤い天使』『卍』『刺青』などの佳作にして重要な作品群を残す。
末木 剛博(すえき たけひろ、1921年9月10日 - 20… 末木 剛博(すえき たけひろ、1921年9月10日 - 2007年12月1日)は、日本の哲学者、論理学者、比較思想研究者。東京大学教養学部名誉教授。 戦後いち早く現代論理学(記号論理学)を研究した一人。東大の大学院では科学史・科学哲学と比較文化を教えた。中村元を助け比較思想学会の創立に関わり、同学会の理事を務めた。 1921年、山梨県甲府市生まれ。旧制甲府中学、第一高等学校を経て、1945年東京帝国大学哲学科卒業。卒業後は東京帝国大学副手、電気通信大学助教授を経て、1954年より東京大学教養学部助教授となった。後に同大学教授に昇進。在職中には東京大学陵禪会の顧問を務め、学生と共に参禅していた。この陵禪会の繋がりで、野矢茂樹は末木を師の一人として仰ぐ様になる。
小澤 道雄(おざわ どうゆう、本名みちお。1920年(大正9… 小澤 道雄(おざわ どうゆう、本名みちお。1920年(大正9年)4月25日 - 1978年(昭和53年)3月16日)は、日本の僧侶。曹洞宗法永寺住職。 大正9年に山梨県東八代郡(現甲府市)中道町に農家の次男として生まれる。昭和6年母方の親戚の寺の養子となる。昭和10年地元の小学校高等科を卒業後、横浜の禅林学校に安居する。 昭和15年、20歳で入隊し外地に出征。昭和20年北朝鮮で終戦を迎える。シベリア抑留中に右肩を負傷し、厳寒期の貨車による後送の途中で両足が重度の凍傷に冒される。昭和21年1月牡丹江の旧日本軍陸軍病院で両足首より切断手術をうける。その後帰国命令が下るも、両足がないため復員船の到着する胡蘆島までの移動は困難を極めた。