横道 誠(よこみち まこと、1979年 - )は、日本の文学… 横道 誠(よこみち まこと、1979年 - )は、日本の文学者。専門は文学・当事者研究。京都府立大学文学部准教授。京都大学大学院人間・環境学研究科研究指導認定退学。文学博士(京都大学)。ドイツ文学の研究の傍ら、宗教2世(エホバの証人2世)、発達障害(自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症)などの当事者として、数多くの自助グループを運営している。 著書・編著に『みんな水の中:「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』『唯が行く!:当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』『イスタンブールで青に溺れる:発達障害者の世界周航記』『みんなの宗教2世問題』などがある。 1979年、大阪市生まれ。
佐谷 眞木人(佐谷 真木人、さや まきと、1962年(昭和3… 佐谷 眞木人(佐谷 真木人、さや まきと、1962年(昭和37年) - )は、日本の国文学者、恵泉女学園大学教授。 大阪府大阪市生まれ。1986年(昭和61年)慶應義塾大学文学部国文科卒。1994年(平成6年)同大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2002年(平成14年)「『平家物語』の芸能化に関する研究」で博士(文学)。2002年(平成14年)恵泉女学園大学人文学部助教授、2007年(平成19年)准教授、教授。
郷田 直輝(ごうだ なおてる、1960年 - )は、日本の天… 郷田 直輝(ごうだ なおてる、1960年 - )は、日本の天文学者。専門は位置天文学。理学博士(京都大学、1989年)。自然科学研究機構国立天文台教授、研究連携主幹兼JASMINE検討室長。東京大学大学院教授。総合研究大学院大学教授。大阪府大阪市生まれ。 銀河の形成・進化の解析及び自己重力多体系の緩和過程やカオス的遍歴現象、銀河の力学構造の解析(特に、星の3次元的位置や運動情報から、銀河内の全重力物質がつくる重力ポテンシャル分布や位相分布関数を構築する手法の開発)を行っている。さらに、実際に銀河系のバルジ構造内の星の距離や運動を高精度で測定できる赤外線位置天文観測衛星 (JASMINE) 計画を推進中である。
玄 幸子(ヒョン・ヘンジャ、ハングル: 현행자; RR: H… 玄 幸子(ヒョン・ヘンジャ、ハングル: 현행자; RR: Hyeon Haeng-ja、げん ゆきこ、1958年 - )は、東洋文学者、関西大学教授。 大阪市生まれ。1982年大阪市立大学文学部国文・中文学科卒、1988年奈良女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻博士課程単位取得満期退学、新潟大学人文学部助教授、2005年関西大学外国語学部教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
橋本 雅之(はしもと まさゆき、1957年3月 - )は、日… 橋本 雅之(はしもと まさゆき、1957年3月 - )は、日本の国文学者。皇學館大学文学部神道学科特別教授。博士(文学)奈良女子大学。大阪府大阪市出身。 専門は国文学、神話学、国語学。特に『風土記』や神話の研究を行っている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小林 とし子(こばやし としこ、1954年3月 - )は、日… 小林 とし子(こばやし としこ、1954年3月 - )は、日本の国文学者。 大阪市生まれ。大阪府立北野高等学校、京都女子大学文学部国文学科卒業後、大阪府立高校の教員になる。1984年結婚により退職、栃木県宇都宮市に住む。1986年宇都宮大学教育学部大学院に入学。のち学習院大学大学院人文科学研究科国文学専攻博士後期課程満期退学。作新学院大学、宇都宮大学非常勤講師。2006年、『さすらい姫考』で第10回女性文化賞受賞。
上田 哲二(うえだ てつじ、1954年 - 2012年4月)… 上田 哲二(うえだ てつじ、1954年 - 2012年4月)は、日本の中国文学者。専攻は台湾文学、日本近代詩歌。 大阪市生まれ。大阪府立夕陽丘高等学校卒、立命館大学理工学部電気工学科卒、渡米して米国オレゴン大学文学科卒、米国ワシントン大学修士課程修了。2004年大阪大学大学院言語文化研究科博士課程修了、「台湾現代詩における家郷の位相」で大阪大学博士(言語文化学)。台湾中央研究院中国文哲研究所博士後研究を経て、慈済大学東方語文学系専任教員。
福井 康雄(ふくい やすお、1951年9月29日 - )は、… 福井 康雄(ふくい やすお、1951年9月29日 - )は、日本の天文学者。名古屋大学大学院教授。専門は電波天文学。大阪府大阪市出身。 高感度小型電波望遠鏡を開発し、星間分子雲の広範な観測的研究によって多くの研究成果をあげた。特に、南米チリに望遠鏡「なんてん」を設置して行った南天の先駆的研究で知られる。主な成果は下記のとおりである。
吉川 一義(よしかわ かずよし、1948年1月31日 - )… 吉川 一義(よしかわ かずよし、1948年1月31日 - )は、日本のフランス文学者、京都大学名誉教授。専攻はプルースト研究。 大阪市生まれ。大阪府立高津高等学校を経て、1970年東京大学文学部仏文科卒、1972年同大学院人文科学研究科修士課程修了、1977年同博士課程単位取得満期退学、ソルボンヌ大学博士号取得。1988年東京都立大学助教授、1993年教授に昇任、2006年に退職し名誉教授。同年京都大学文学部仏文科教授、同文学研究科教授、2012年に定年退任し名誉教授。 2009年より2013年まで日本フランス語フランス文学会会長。2010年に、フランス政府から教育功労章(オフィシエ級)を受章、アカデミー・フランセーズ(フランス学士院)より、学術大賞の一つ「フランス語フランス文学顕揚賞」(1960年設立)を受賞した。
高田 賢一(たかだ けんいち、1945年(昭和20年)7月1… 高田 賢一(たかだ けんいち、1945年(昭和20年)7月10日 - 2020年(令和2年)4月17日)は、アメリカ文学者、青山学院大学名誉教授。 大阪市出身。立教大学文学部英米文学科卒業。1972年立教大学大学院文学研究科修士課程修了。宇都宮大学教養部助教授、青山学院大学文学部助教授、教授。2011年、定年退任。2014年4月、青山学院大学名誉教授の称号を受ける。 2020年4月17日、肺炎のため埼玉県三芳町の病院で死去。享年74歳。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。
向井 正(むかい ただし、1945年5月 - )は、日本の天… 向井 正(むかい ただし、1945年5月 - )は、日本の天文学者、惑星科学者。神戸大学名誉教授。日本惑星科学会元会長。21世紀COEプログラム「惑星系の起源と進化」拠点リーダー。京都情報大学院大学教授。 大阪府大阪市住吉区出身。大阪府立住吉高等学校を経て京都大学理学部物理学科卒業、同大学院修了。 光散乱の理論を用いた天文学的観測や探査機測定によって、惑星間塵の空間構造とその起源を研究している。また、探査機はやぶさに搭載するためのレーザー高度計を開発し、小惑星イトカワの内部に無数の空洞があることの発見に繋げたり、散乱円盤天体の分布から惑星Xの存在を仮定してその予想軌道を計算したりといった業績がある。
尾上 新太郎(おがみ しんたろう、1943年9月 - )は、… 尾上 新太郎(おがみ しんたろう、1943年9月 - )は、日本の国文学者。学位は、博士(言語文化学)(大阪大学・論文博士・2008年)。大阪府大阪市出身。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松田 卓也(まつだ たくや、1943年3月12日 - )は、… 松田 卓也(まつだ たくや、1943年3月12日 - )は、日本の天文学者、宇宙物理学者。神戸大学名誉教授。理学博士(京都大学・1970年)。大阪府大阪市北区天神橋筋出身。 学部生時代から大学院生時代は天体核物理学研究室の林忠四郎の下で学んだ。 専門は近接連星系における降着円盤の流体数値シミュレーション、気体分子運動論など。また最近では軌道計算で使うMATLABや、流体シミュレーションに使うFEMLABにも関心をもつ。 専門以外では、疑似科学批判を行っており、Japan Skeptics会長。また、ハードSF研究所客員研究員でもある。 プレゼン道の開拓者。 シンギュラリティサロン主催。 松田の弟子に東北大学教授の二間瀬敏史がいる。
磯部 琇三(いそべ しゅうぞう、1942年7月16日 - 2… 磯部 琇三(いそべ しゅうぞう、1942年7月16日 - 2006年12月31日)は、日本の天文学者。専門は、星形成領域の研究。日本における天文学のアウトリーチ活動やスペースガードの活動に指導的立場で活躍した。大阪府大阪市生まれ。 大阪府立清水谷高等学校卒業。東京大学理学部卒業及び同大学大学院を修了。高瀬文志郎に師事した。国立天文台助教授。 1988年に国立天文台に天文情報普及室(現・天文情報センター)が設立されるとその室長に就任。同年、国際天文学連合 (IAU) の第46委員会(天文教育)の日本代表委員に就任、2000年から2003年にかけて同委員会の会長を務めた。IAUの天文教育コロキウムが1988年に開催されるにあたって、1987年8月に「第1回天文教育研究会」を開催、全国の教育関係者の参加を募った。
牛島 信明(うしじま のぶあき、1940年8月14日 - 2… 牛島 信明(うしじま のぶあき、1940年8月14日 - 2002年12月13日)は、スペイン文学者。東京外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。東京外国語大学スペイン語科で会田由に学ぶ。マドリード・コンプルテンセ大学大学院修了。1983年にペルーに赴任し、カトリック大学客員教授。1978年4月に東京外国語大学の講師となり、翌1979年には助教授、そして1985年には教授と母校教員を長く務め、定年後は名誉教授。琉球大学教授になるがまもなく没す。没後に正四位勲三等瑞宝章。 スペイン語文学(スペイン文学、及びイスパノアメリカ文学)を数多く翻訳し、『ドン・キホーテ』の新訳(岩波文庫版)を刊行した。1991年、ビオイ=カサーレス『モレルの発明』の翻訳でBABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞・文学部門を受賞。
川本 皓嗣(かわもと こうじ、1939年10月28日 - )… 川本 皓嗣(かわもと こうじ、1939年10月28日 - )は、日本の比較文学者。東京大学名誉教授・大手前大学名誉教授。日本学士院会員。前大手前大学学長。元日本比較文学会会長。 1939年、大阪府大阪市で生まれた。大阪府立住吉高等学校を卒業し、東京大学教養学部に進学。教養学科フランス科で学び、卒業。その後同科イギリス科に学士入学したが、1965年に中退し、同大学大学院比較文学比較文化専攻に進んだ。博士課程を中退して渡仏し、パリ大学に留学。 トロント大学客員教授、インディアナ大学高等研究所フェローを経て、1971年に東京大学教養学部フランス語助手に採用された。1973年、同英語科講師に就いた。1977年に助教授、のち教授昇格。
真鍋 昌弘(まなべ まさひろ、1938年(昭和13年)9月1… 真鍋 昌弘(まなべ まさひろ、1938年(昭和13年)9月15日 - )は、日本の国文学者。文学博士(國學院大学・論文博士・1984年)。奈良教育大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ。1961年奈良学芸大学(現奈良教育大学)教育学部中学校教員養成課程卒、1964年立命館大学大学院文学研究科日本文学修士課程修了。 奈良教育大学助教授、教授、1984年「中世近世歌謡の研究」で國學院大学より文学博士の学位を取得、第1回志田延義賞受賞。2004年定年退官、名誉教授、関西外国語大学教授。2009年退職。日本歌謡学会会長。専攻は日本歌謡史。
牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、… 牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、日本の中国文学者・中国語学者。早稲田大学名誉教授。大阪市生まれ。大阪外国語大学卒、東京都立大学大学院修士課程修了、早稲田大学語学教育研究所教授、2008年定年、早稲田大学名誉教授。1990年代にNHKラジオ中国語講座の講師を担当。
藤田 栄一(藤田 榮一、ふじた えいいち、1936年7月18… 藤田 栄一(藤田 榮一、ふじた えいいち、1936年7月18日 - )は、日本の英文学者、ビジネス英語教育者。 大阪府大阪市出身。1959年大阪府立大学経済学部卒、藤田鉄工所入社。1963年早川電機工業(シャープ)貿易部入社、大阪市立大学文学部英文科卒。1965年神戸大学大学院修士課程修了。1969年関西外国語大学専任講師となる。1972年助教授。1990年神戸女学院大学短期大学教授、神戸学院大学教授。専攻分野、英米文学(特にヘンリー・ジェイムズ)、英米文化、国際ビジネス、国際交渉・説得、国際普及学。
今西 幹一(いまにし かんいち、1936年2月26日 - 2… 今西 幹一(いまにし かんいち、1936年2月26日 - 2009年5月1日)は、日本の国文学者。近代文学、とりわけ近代詩歌・短歌研究を専門とし、佐藤佐太郎・正岡子規など歌人研究に業績をあげた。元二松学舎大学学長・名誉教授。『佐藤佐太郎短歌の研究―佐藤佐太郎と昭和期の短歌』により、第6回日本歌人クラブ評論賞を受賞。 大阪市出身。大阪府立高津高等学校を経て、1967年に関西学院大学大学院文学研究科修士課程日本文学専攻を修了、1970年に同博士課程単位取得満期退学。大阪府立箕面高等学校教諭などのかたわら、研究に従事。1976年より山梨英和短期大学助教授、1982年同教授、1988年より二松学舍大学の教授。
鶴崎 裕雄(つるさき ひろお、1935年 - )は、国文学者… 鶴崎 裕雄(つるさき ひろお、1935年 - )は、国文学者。学位は、文学博士(関西大学・1988年)(学位論文「戦国期における寄合文芸の研究」)。帝塚山学院大学名誉教授。 大阪市生まれ。関西大学文学部卒。1988年「戦国期における寄合文芸の研究」で関西大学より文学博士の学位を取得。帝塚山学院短期大学教授。帝塚山学院短期大学学長。帝塚山学院大学人間文化学部教授、2006年定年退任、名誉教授。
小野 理子(おの みちこ、1933年9月18日 - 2009… 小野 理子(おの みちこ、1933年9月18日 - 2009年1月17日)は、日本のロシア文学者。神戸大学名誉教授。 大阪市出身。1956年京都大学文学部中国語学中国文学科を卒業、その後渡欧。プラハ大学助手やモスクワ大学東洋語学院専任講師として日本語科教師を務め、1962年からモスクワ大学文学部大学院で20世紀ソビエト・ロシア文学を専攻、1964年博士課程を修了し帰国、日ソ協会ロシア語講師を務める。1969年から神戸大学教養部に勤め、講師、助教授を経て同部教授、のち1992年10月から改組により国際文化学部教授、1997年定年退官、名誉教授。 日本ロシア文学会会員。日本ユーラシア協会理事。 2009年1月17日、舌がんのため京都府長岡京市の病院において死去。
片山 智行(かたやま ともゆき、1932年11月25日 - … 片山 智行(かたやま ともゆき、1932年11月25日 - )は、中国文学者。大阪市立大学名誉教授。 大阪市生まれ。1958年東京大学文学部中国文学科卒、1965年大阪市立大学大学院博士課程満期退学。1971年大阪市立大学講師、1973年助教授、1980年教授。1993年「魯迅のリアリズム 「孔子」と「阿Q」の死闘」で、文学博士(大阪市立大学)の学位を取得。1996年定年退官、名誉教授、関西外国語大学教授、同孔子学院理事。2003年退職。
三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月… 三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月18日)は、日本のスペイン文学者、民話研究者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。1961年大阪外国語大学イスパニア語科卒、天理大学講師、大阪外国語大学講師、関西外国語大学助教授、教授、2003年定年退任、名誉教授。
高橋 和巳(たかはし かずみ、1931年8月31日 - 19… 高橋 和巳(たかはし かずみ、1931年8月31日 - 1971年5月3日)は、日本の小説家で中国文学者。夫人は小説家の高橋たか子。中国文学者として、中国古典を現代人に語る事に努める傍ら、現代社会の様々な問題について発言し、全共闘世代の間で多くの読者を得た。左翼的な思想の持ち主ではあったが、三島由紀夫と交流するなどの人間的な幅の広さがあった。自然科学にも関心が深く、特に、相対性理論に関する造詣が深かった。
樋口 欣三(ひぐち きんぞう、1931年 - )は、日本の英… 樋口 欣三(ひぐち きんぞう、1931年 - )は、日本の英文学者、大阪市立大学名誉教授。 大阪市生まれ。大阪市立大学人文学部英文科卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。大阪市立大学助教授、教授、名誉教授、関西大学教授、2000年退職。18-19世紀の英国文学を研究した。
高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は… 高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 大阪市生まれ。1954年東京外国語大学スペイン語科卒。1957年同志社大学講師、1963年法政大学教養部講師、助教授、第一教養部教授。2001年定年退任、名誉教授。
谷沢 永一(たにざわ えいいち、谷澤 永一とも、1929年6… 谷沢 永一(たにざわ えいいち、谷澤 永一とも、1929年6月27日 - 2011年3月8日)は、日本の国文学者、文芸評論家、書誌学者。専門は書誌学、日本近代文学。関西大学名誉教授。 大阪府大阪市出身。大阪市立大江小学校、旧制大阪府立天王寺中学校(現在の大阪府立天王寺高等学校)を経て、1947年関西大学予科に入学。1952年関西大学文学部国文学科卒業。1955年関西大学文学部助手、1957年関西大学大学院文学研究科博士課程単位取得。1959年同大学文学部専任講師、1962年同助教授、1968年同教授。1972年「日本近代文学評論史研究」で関西大学より文学博士の学位を取得。 1980年、書評コラムを集めた『完本 紙つぶて』でサントリー学芸賞を受賞。
吉上 昭三(よしがみ しょうぞう、1928年2月27日 - … 吉上 昭三(よしがみ しょうぞう、1928年2月27日 - 1996年1月28日)は、日本のロシア・ポーランド文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 大阪市出身。1951年早稲田大学露文科卒業後、ラヂオプレス通信社入社。1964年より1年間ポーランドに留学。1973年、東京大学教養学部講師、1975年、助教授。1980年、教授。1988年定年退官後、創価大学教授となる。1990年、ポーランドに関する総合文化誌「ポロニカ」を創刊。1991年、ポーランド功労黄金勲章。自宅の火事により焼死。 妻は児童文学者・内田莉莎子(父は洋画家・内田巌。祖父は評論家・内田魯庵)。息子は翻訳家の吉上恭太。
赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2… 赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2013年10月26日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 大阪市生まれ。1952年京都大学法学部卒業、1956年大阪大学文学部仏文科卒、1959年同大学院文学研究科修士課程修了、パリ大学博士(哲学)。大阪大学教養部助教授、文学部仏文科教授。1991年定年退官、名誉教授。妻の赤木冨美子は大阪外国語大学名誉教授。
島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 201… 島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 2016年4月16日)は、日本の国文学者。瑞宝中綬章受章。 1926年、大阪府大阪市生まれ。住吉中学校、大阪第一師範学校を経て、京都大学文学部に進学。1950年、同大学を卒業。 卒業後は、市岡高校、住吉高校で教諭を務め、その後、佐賀大学文理学部助教授に就いた。愛知県立大学助教授に転じ、後に教授に昇任。その後、大阪大学教授に就任。1978年、学位論文『連歌史の研究』を大阪大学に提出して文学博士の学位を取得。大阪大学を退任後は、名誉教授となった。その後は武庫川女子大学で教鞭をとった。 自身も歌人として歌を詠み、歌誌『マグマ』、『日本歌人』に所属。
武部 利男(たけべ としお、1925年2月11日 - 198… 武部 利男(たけべ としお、1925年2月11日 - 1981年2月22日)は、日本の古典中国文学者、漢文学者。 大阪市出身。京都大学文学部中国文学科卒、奈良女子大学助教授、福井大学教育学部教授、立命館大学文学部教授。在職中に56歳で死去。『Viking』同人。
石濱 恒夫(いしはま つねお、1923年〈大正12年〉2月2… 石濱 恒夫(いしはま つねお、1923年〈大正12年〉2月24日 - 2004年〈平成16年〉1月9日、80歳没)は、日本の文学者。石浜 恒夫とも表記。 大阪府大阪市出身。父は歴史学者(東洋史学)の石濱純太郎。従兄に小説家の藤沢桓夫がいる。2人の娘のうち長女は女優の京春上、次女はエッセイスト、挿絵画家の石浜紅子。 大阪高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学文学部美術史学科在学中から父の友人であった織田作之助などの影響を受けて文学を志し、大学卒業後に川端康成に弟子入りし、鎌倉の川端の私邸に住み込み師事した。1968年(昭和43年)に川端がノーベル文学賞を受賞した際には、ストックホルムでの授賞式に同行している。
清水 好子(しみず よしこ、1921年6月8日 - 2004… 清水 好子(しみず よしこ、1921年6月8日 - 2004年12月10日)は、日本の国文学者。専門は平安文学、主に『源氏物語』について研究した。夫は万葉学者で京都女子大学名誉教授の清水克彦。 大阪府大阪市生まれ。大阪府立大手前高等女学校卒、1942年奈良女子高等師範学校卒、天王寺高等女学校教諭。1944年東北帝国大学文学部国文科に入学、1946年中退して京都帝国大学文学部国文科に転じ、1949年卒業、同大学大学院に入学。1952年京都府立桂高等学校教諭、1956年退職。京都学芸大学や京都大学、同志社大学の非常勤講師を経て、1965年金蘭短期大学助教授。1967年関西大学文学部専任講師、1968年同助教授、1971年同教授。
中村 浩(なかむら ひろし、1920年7月15日 - 198… 中村 浩(なかむら ひろし、1920年7月15日 - 1985年8月23日)は、日本の国文学者、歌人。 大阪市生まれ。本名・米島勉。父は書道家で大阪朝日新聞にも勤務した中村眉山(本名は平三)。父親が阪田の書の代筆をしていた関係で、晩年の阪田三吉と交流があり、のちにその思い出をもとに阪田の27回忌(1972年)に、それを記念した『実録王将伝』を執筆、のちに『棋神・阪田三吉』として刊行した。 國學院大學文学部国文学科卒。折口信夫、金田一京助に師事。戦後、関西大学、薫英学園で教職につき、その後、大阪府議会事務局、四天王寺女子大学、羽衣学園短期大学、辻調理師学校に勤務。
西岡 弘(にしおか ひろし、1915年5月13日 - 200… 西岡 弘(にしおか ひろし、1915年5月13日 - 2004年2月24日)は、日本の文学者。専門は中国文学。文学博士(國學院大學)。國學院大學名誉教授。 大阪府大阪市出身。大阪府立北野中学校卒業。1939年國學院大學高等師範部卒業。大修館書店入社。同大漢和辞典編集室所属。1943年日本大学法文学部文学科2部卒業。陸軍少年通信兵学校教官。1946年國學院大學文学部専任講師。1951年同文学部助教授。1961年3月31日に論題「中国古代の葬礼と文学」で國學院大學にて文学博士号を受く。1963年國學院大學文学部教授。1983年國學院大學図書館長。1986年國學院短期大学(現・國學院大學北海道短期大学部)2代学長。
大谷 篤蔵(おおたに とくぞう、1912年3月22日 - 1… 大谷 篤蔵(おおたに とくぞう、1912年3月22日 - 1996年8月4日)は、日本の国文学者。 大阪市生まれ。1935年京都帝国大学文学部国文科卒。大学院で潁原退蔵に師事し近世文学、俳諧を専攻。出征したのち抑留され、1948年7月復員。1949年天理図書館司書研究員。1953年佐賀大学助教授、1958年大阪女子大学教授。75年定年退官、名誉教授、松蔭女子学院大学教授。89年退任、名誉教授。俳文学会代表。
伊藤 武雄(いとう たけお、1909年(明治42年)1月11… 伊藤 武雄(いとう たけお、1909年(明治42年)1月11日 - 1977年(昭和52年)9月16日)は、日本のドイツ文学者。 大阪府大阪市生まれ。1921年大阪市浪速区難波立葉尋常小学校卒業、1925年大阪府立市岡中学校4年修了、1928年第三高等学校文科乙類卒業、1931年東京帝国大学文学部独文科卒業。 1933年に宇都宮高等農林学校非常勤講師に就いたのを皮切りに、1934年に第八高等学校専任講師、1935年教授に就任し、1948年に名古屋大学に転じて文学部助教授、1958年教授に就任した。 1959年「ケラー叙事文学の研究」で名大文学博士。同著で中日文化賞受賞。1972年に定年で退官した後は名誉教授となった。
生島 遼一(いくしま りょういち、1904年9月2日 - 1… 生島 遼一(いくしま りょういち、1904年9月2日 - 1991年8月23日)は、日本のフランス文学者、文芸評論家、翻訳家。京都大学名誉教授。 大阪市生まれ。旧制松江高等学校を経て1929年京都帝国大学文学部仏文科卒、神戸商業大学予科講師、教授、戦後1947年第三高等学校教授、1949年京都大学教養部教授、1964年京都大学文学部教授を務め、1968年定年退官。 若くしてスタンダールの『赤と黒』を翻訳。以後バルザック、フローベール、プルーストら19世紀フランス文学の作家を紹介し、ラファイエット夫人の「クレーブの奥方」、フローベールの「感情教育」では文章の美しさで翻訳の世界に新境地を開いた。また、1953年に日本国内で出版されたボーヴォワール『第二の性』の訳でも知られ、桑原武夫、伊吹武彦とともに京大フランス学を形成した。
小川 二郎(おがわ じろう、1904年〈明治37年〉2月6日… 小川 二郎(おがわ じろう、1904年〈明治37年〉2月6日 - 1981年〈昭和56年〉5月22日)は、日本の英文学者。文学博士。広島大学名誉教授。ノートルダム清心女子短期大学教授。龍谷大学教授。 大阪府大阪市出身。甚之丞の二男。1926年、広島高等師範学校卒業。和歌山県立海草中学校教諭となる。1934年、広島文理科大学英文科卒業。1942年、広島文理科大学助教授となる。1950年、ウィリアム・ブレイク「無心と経験の歌」研究で広島大学文学博士。1951年、広島大学教授に就任。1967年、定年退官する。 英国ロマン派の詩が専門。宗教は仏教。趣味は随筆、油絵、詩歌。住所は広島県安佐郡安古市町相田(現・広島市安佐南区相田)、広島市牛田本町。
竹山 道雄(たけやま みちお、1903年7月17日 - 19… 竹山 道雄(たけやま みちお、1903年7月17日 - 1984年6月15日)は、日本の評論家、ドイツ文学者、小説家。日本芸術院会員。第一高等学校教授、東京大学教養学部教授などを歴任した。 1903年、銀行員の息子として赴任先の大阪市で出生。幼少期は父の転勤に伴い、1907年から1913年まで京城(現・ソウル)で過ごした。東京府立第四中学校から第一高等学校を経て、東京帝国大学文学部独文科に入学。1926年に大学を卒業した。 卒業後はドイツ語講師として第一高等学校に勤務。1928年から文部省より欧州留学を命じられ、ベルリンとパリに留学。1931年に帰国し、第一高等学校の教授となった。 戦後、第一高等学校が学制改革によって新制東京大学教養学部に改組されることとなり、改組後間もない1951年に東京大学教授を退官。
寿岳 しづ(じゅがく しづ、1901年〈明治34年〉10月2… 寿岳 しづ(じゅがく しづ、1901年〈明治34年〉10月23日 - 1981年〈昭和56年〉6月27日)は、日本の英文学者、随筆家。 大阪市生まれ。旧本名・岩橋 静子。梅田高等女学校中退。 日本ライトハウスの創始者で愛育事業を行った岩橋武夫の妹。兄武夫が早稲田大学在学中に失明し関西学院に転じたため、兄の杖がわりとなって一緒に通学、ノートをとるなどして助けた。1923年に英文学者・寿岳文章と結婚。1927年に小説『朝』を発表した後、1933年に居を京都府乙訓郡向日町(現・同府向日市)に移した。1937年、ウィリアム・ハドソンの『はるかな国・とほい昔』を翻訳するなど、文筆活動に活躍。 文章とともに和紙の研究を行い、1943年に共著『紙漉村旅日記』を私家版で刊行。
萩原 雄祐(はぎはら ゆうすけ、1897年3月28日 - 1… 萩原 雄祐(はぎはら ゆうすけ、1897年3月28日 - 1979年1月29日)は、日本の天文学者。大阪府大阪市南区(現中央区)出身。旧制第一高等学校を経て東京帝国大学理学部卒業。日本学士院会員。勲一等瑞宝章・文化勲章受章。贈正三位(没時叙位)
竹友 藻風(たけとも そうふう、1891年9月24日 - 1… 竹友 藻風(たけとも そうふう、1891年9月24日 - 1954年10月7日)は、日本の英文学者、詩人、翻訳家。 『ルバイヤット』『神曲』などの翻訳がある。 (出典)大阪市生まれ。本名・乕雄(とらお)。父・安治郎は実業家で、のち東海生命保険専務取締役。 関西学院中学校、同志社中学校を経て1910年3月桃山学院中学校卒業。同年同志社神学校進学。1911年京都帝国大学英文科選科に移り、上田敏、新村出(言語学)、藤井乙男(国文学)、吉沢義徳(国語学史)、鈴木虎雄(中国文学)、藤代禎輔(独文学)らに学び、1914年卒業。京都大学在学中の1913年、処女詩集『祈祷』を上梓。 1915年夏、渡米。同年10月イェール大学神学部に入学するが翌1916年に退学し、ニューヨークに出てブルックリン博物館で東洋美術の管理助手として勤務。
折口 信夫(おりくち しのぶ〈のぶを〉、1887年〈明治20… 折口 信夫(おりくち しのぶ〈のぶを〉、1887年〈明治20年〉2月11日 - 1953年〈昭和28年〉9月3日)は、日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃく ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。 折口の成し遂げた研究は、「折口学」と総称されている。柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた。みずからの顔の青痣(あざ)をもじって、靄遠渓(あい・えんけい=青インク、「靄煙渓」とも)と名乗ったこともある。 1887年2月11日、大阪府西成郡木津村(現:大阪市浪速区敷津西1丁目・鷗町公園)に父秀太郎、母こうの四男として生まれた。信夫の祖父の造酒之介が、飛鳥坐神社の社家の出身ということもあり、終生、折口はそれを自慢していた(養子なので直接血縁はないと言われている)。