濱田 真和(はまだ まなと、1987年3月16日 -)は、日… 濱田 真和(はまだ まなと、1987年3月16日 -)は、日本の俳優・脚本家・演出家。高知県南国市出身。 2014年にコミュニティ「Superendroller」を立ち上げ、代表を務める。 所属事務所はU.F.O.カンパニー。 高知、熊本、山口、宮崎、福岡で育ち、東京へ上京。ヴィンセント・ギャロみたいになりたいと語っている。日南高校、大村美容専門学校卒業。 子猫の野良猫を拾い、飼っていて、最大の癒しだと語っている。美容室のSHIMAで働いていた事がある。 2013年にエドガー・アラン・ポーの世界最初の推理小説モルグ街の殺人を原作に脚本・出演した舞台『Moonlight Rambler〜月夜の散歩人〜を上演』(主演:本郷奏多)。
竹内 藍(たけうち あい、1984年8月21日 - )は、日… 竹内 藍(たけうち あい、1984年8月21日 - )は、日本のシンガーソングライター。高知県南国市出身。 幼少の頃よりピアノに親しみ、歌を歌う事を目指し、高校在学中より曲を作り始める。 高知県立岡豊高等学校芸術コース音楽科卒。上京後、ヒューマン・ミュージックカレッジに入学。同校でレコード会社「DAIKYU RECORDS(大久音盤社)」代表でもある爆風スランプのベーシスト・和佐田達彦と出会う。和佐田の収録に急遽コーラスとして参加したのをきっかけにプロデュースを受けることになる。 2007年2月15日、ファースト・ミニアルバム「I-アイ」でCDデビュー。 2008年1月、渋谷CLUB QUATTROにて行われたイベント“BBQ和佐田Presents 東京Party "SUPER"”に、サンプラザ中野らとともに出演する。
岡林 裕二(おかばやし ゆうじ、1982年10月31日 - … 岡林 裕二(おかばやし ゆうじ、1982年10月31日 - )は、日本の男性プロレスラー。元自衛官。高知県南国市出身。大日本プロレス所属。血液型A型。 2008年春、大日本プロレスに入門。6月27日、釧路市桜ヶ丘青雲台体育館大会での井上勝正戦にてデビュー。 デビュー直後の新人とは思えぬ体つきを誇り、2009年4月と6月には関本大介と2度にわたり、シングルマッチを行うが惜敗。その後、7月24日の後楽園ホール大会にて、関本と組んで竹田誠志&木高イサミ組に勝利し、BJW認定タッグ王座を獲得。 2011年3月21日の全日本プロレス両国国技館大会にて、征矢学&真田聖也組の持つアジアタッグ王座に関本と共に挑戦し勝利、第85代王者となる。
照下 土竜(ひのした もぐら、1982年 - )は日本のSF… 照下 土竜(ひのした もぐら、1982年 - )は日本のSF作家。高知県南国市生まれ。高校卒業後、アミューズメントメディア総合学院ノベルス学科を卒業。
三山 ひろし(みやま ひろし、1980年9月17日 - )は… 三山 ひろし(みやま ひろし、1980年9月17日 - )は、日本の演歌歌手。高知県南国市出身。 南国市立長岡小学校在学中に両親が離婚。祖父母・母・弟の5人暮らしとなり、家計を助けるために中学1年生で新聞配達を始めた。物心ついた3歳ぐらいから「将来は歌手に」と決めていたが、高校2年で出演した『NHKのど自慢』(NHK総合・ラジオ第1)で鐘2つに終わり、歌手の道を諦める。 高校卒業後は地元のガソリンスタンドに就職。祖母と一緒に詩吟教室に通い、漢詩の広大な世界観に触れるうちに、再び歌手を目指すようになった。2004年に地元高知で開催された『NHKのど自慢』に再挑戦。氷川きよしの「白雲の城」を歌ってチャンピオンになり、同年度のグランドチャンピオン大会にも出場した。
竹田 智史(たけだ さとし、1980年5月21日 - )は、… 竹田 智史(たけだ さとし、1980年5月21日 - )は、高知県南国市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。身長185cm、体重72kg。 12歳の時にバスケットボールを始める。南国市立鳶ヶ池中学校から高知工業高校に進学し、高校総体、ウインターカップなどの全国大会に出場する。 1999年に高校卒業後、高知県の一般クラブチームを経て大阪ディノニクスに入団。bjリーグ発足後の2005-06シーズンは大阪エヴェッサに在籍し、優勝に貢献する。 2006年、2006-07シーズンよりbjリーグに新規参入する高松ファイブアローズに移籍し、準優勝に貢献。 2008-09シーズンは高松のキャプテンを務めて、プレイオフ進出に貢献。
島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は… 島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は、日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属の女流棋士。高知県南国市出身。土佐高校卒業。森雞二九段門下。LPSA番号13。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は旧39。
島崎 和歌子(しまざき わかこ、1973年3月2日 - )は… 島崎 和歌子(しまざき わかこ、1973年3月2日 - )は、日本のタレント、女優、司会者、歌手である。高知県南国市出身。血液型O型。所属芸能事務所は、ゴールデンミュージックプロモーション。愛称は、「和歌ちゃん」「ワッコさん」「和歌子」「和歌姉」「姉さん」本名は「しまさき わかこ」と読む。明治大学付属中野高校定時制中退。
ジェニーいとう(本名:伊藤和幸(いとうかずゆき)、1968年… ジェニーいとう(本名:伊藤和幸(いとうかずゆき)、1968年3月14日 - )は、日本のものまねタレントである。血液型はAB型、所属事務所に関してはオフィスこころとSTAR GATE CORPORATIONの両方にプロフィールが存在しているが、本籍はどちらになるのかは不明。過去には清水エイジェンシーに所属していたこともある。別名『ジェニー伊藤』で、愛称は『ジェニーちゃん』。高知県南国市出身。 この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。
横田 真之(よこた まさし、1962年11月26日 - )は… 横田 真之(よこた まさし、1962年11月26日 - )は、高知県南国市出身の元プロ野球選手(外野手)。 現役からの引退後は、鹿児島商業高校硬式野球部のコーチを経て、2019年12月から2023年3月まで監督を務めた。 長男の横田慎太郎も元プロ野球選手(外野手)。 本来は右利きだが、王貞治のファンだった実父の影響で、幼少期に王と同じく左打ちに転向した。南国市立香長中学校への進学後は、校内の軟式野球部に所属。3年時には「3番・三塁手」として高知県大会の決勝まで進んだが、中西清起を擁する宿毛市立小筑紫中学校に敗れた。その一方で、南国市の相撲大会で優勝している。 高知県内で創立されたばかりの明徳高等学校(現:明徳義塾高等学校)から入学を熱心に誘われていたため、中学校からの卒業を機に同校へ進学するとともに、硬式野球部へ所属。
池知 晶代(いけぢ まさよ、1958年1月15日 - )は、… 池知 晶代(いけぢ まさよ、1958年1月15日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。現姓・竹島。 高知県南国市出身。中学1年次に身長が168cmあり、バレー部の先生に勧められバレーボールを始める。土佐女子高校在学中は春高バレーやインターハイの出場経験をもつ。1976年に日本リーグの富士フイルム(当時)に入部。 1979年、全日本入りを果たし、モスクワプレオリンピックに出場。翌年もモスクワオリンピック出場メンバーに選出されたが、西側諸国のボイコットにより本戦出場は幻となった。 1981年、第14回日本リーグにおいて主力選手としてチームを支え、ベスト6賞を獲得した。富士フイルムの遠藤祐亮監督は「全日本で豊富な国際試合を経験し、すべてにわたりレベルアップした」と評している。
竹村 よしひこ(たけむら よしひこ、1952年4月10日 -… 竹村 よしひこ(たけむら よしひこ、1952年4月10日 - )は、日本の漫画家。高知県南国市出身。高知県立高知工業高等学校建築科卒。本名は竹村芳彦。 寺田ヒロオ、藤子不二雄、一峰大二などのアシスタントを経て、1975年「ろぼっ子ビートン」(てれびくん連載)でデビュー。80、90年代は少年誌で活躍していた。現在は故郷の高知県で暮らしている。 趣味はドライブ、映画鑑賞。
白川 次郎(しらかわ じろう、1945年11月5日 - )は… 白川 次郎(しらかわ じろう、1945年11月5日 - )は、高知県南国市生まれの元日本短波放送・ラジオたんぱ・ラジオNIKKEIアナウンサーで、コーラルアイランドに所属するフリーアナウンサー。 1945年11月5日、国鉄・汐留駅で物資輸送の仕事をしていた父の最初の赴任先である高知県で生まれる。長姉・道子、兄・通、次姉・紀子に次ぐ4人兄弟の末っ子で、姉や兄の名前にはそれぞれ由来や意味があるにもかかわらず、自分だけ次男だから「次郎」と単純に名付けられた事に随分と抵抗があったという。父は高知県・土讃線の後免駅を皮切りに毎年のように転勤したため、彼自身は高知での記憶が全く無く、四国時代の記憶は愛媛県の松山に居た時代で、松山城の城山で竹を切ってチャンバラをしたり、お濠で鮒を釣ったりして過ごしていた。
志水 辰夫(しみず たつお、本名: 川村 光暁(かわむら み… 志水 辰夫(しみず たつお、本名: 川村 光暁(かわむら みつあき)、1936年12月17日 -)は日本の小説家。 叙情的な文体で冒険小説から恋愛小説、時代小説まで手がけ、その手腕は「このミステリーがすごい!」などでも高く評価されている。特に初期はクライマックスを散文詩のように謳いあげ、「シミタツ節」の異名を取った。 高知県南国市出身。高知商卒業後、公務員等の職を経て、出版社勤務。27歳から雑誌のフリーライターとして活動。 30代末から小説転向を志し、かつて取材した資料をもとにした長編小説を習作として執筆、これを全面的に書き直して1981年8月に書き下ろし『飢えて狼』としてデビュー。北方の海や択捉島を舞台にした骨太の冒険小説で、1977年刊行の谷恒生『喜望峰』(KKベストセラーズ)、1980年刊行の西木正明『オホーツク諜報船』(角川書店)などとともに日本に本格的な海洋冒険小説の時代を切り開いた。
中沢 啓吉(なかざわ けいきち、1935年(昭和10年)- … 中沢 啓吉(なかざわ けいきち、1935年(昭和10年)- )は、日本のジャーナリスト、政治活動家である。高知県南国市出身。早稲田大学文学部卒業。NHK職員、新自由クラブ遊説委員長、田川誠一衆議院議員秘書などを務めた。
照ノ海 照光(てるのうみ てるみつ、1922年1月18日 -… 照ノ海 照光(てるのうみ てるみつ、1922年1月18日 - 没年不明)は、高知県南国市出身で二所ノ関部屋に所属した元大相撲力士。本名は北村 照光(きたむら てるみつ)。171cm、99kg。最高位は西十両筆頭。得意技は左四つ、寄り。 1936年1月場所に初土俵。入門してしばらくは全く勝ち越すことができかったが、1939年1月場所に入門して初めての勝ち越しを決めると、逆に勝ち越しを続けていき、1941年5月場所に十両昇進。1943年5月場所には西十両筆頭まで躍進するも入幕ならず、1947年11月場所に25歳で廃業した。
井上 泉(いのうえ いずみ、 1916年1月16日 - 20… 井上 泉(いのうえ いずみ、 1916年1月16日 - 2003年5月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)。 現在の高知県南国市出身。高等小学校卒業、1947年高知県稲生村(現南国市)村長、1951年高知県議会議員を経て、1967年の第31回衆議院議員総選挙に高知県全県区で日本社会党より立候補し初当選。以降、7期務める。1990年の第39回衆議院議員総選挙には立候補せず政界から引退した。 同年11月の秋の叙勲で勲二等に叙され。旭日重光章を受章する。 2003年5月18日、呼吸不全のため、高知県高知市の病院で死去した。87歳没。死没日をもって正四位に叙された。 新東京国際空港(現成田国際空港)の一坪共有地の名義人の1人であった。
乾 常美(いぬい つねみ、1914年(大正3年)9月21日 … 乾 常美(いぬい つねみ、1914年(大正3年)9月21日 - 2007年(平成19年)9月18日)は、高知県出身の郷土史家。随筆家。国府史蹟保存会会長、南国史談会会長、南国市文化財審議会委員。清和源氏土岐氏支流乾氏・乾和信の分家の子孫(和信の14世孫)にあたる。板垣退助の監修による『自由党史』を執筆した和田三郎は親戚。 高知県商工会議所業務部長を務めるかたわら、長年に渡って執筆投稿してきた随筆を『生涯雑筆』に収録して出版。さらに続編として『続・生涯雑筆』を上梓。国府史蹟保存会会長として紀貫之邸址の整備と石碑の建立。南国史談会の会長をつとめ、みずから南国市の史跡調査についての研究論文を執筆。また、「乾の大墓」の調査保存に努めた。
西山 磐(にしやま いわお、1903年 <明治36年> 9月… 西山 磐(にしやま いわお、1903年 <明治36年> 9月7日 - 1999年 <平成11年> 9月9日)は、日本の実業家。大阪ガス元会長・社長。位階は従三位。 高知県南国市出身。東京帝国大学法学部卒業後、1928年に阪神電気鉄道へ入社。1944年に大阪ガスへ中途入社し、監査役、常務取締役、代表取締役副社長を経て、1969年に代表取締役社長に就任。その後1973年より代表取締役会長を務め、1983年に取締相談役へ退く。その他には大阪工業会会長、社団法人大阪府計量協会会長、帝塚山学院理事長、朝日放送取締役も務めた。1999年死去。死没日付をもって従三位に叙された。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
小山 いと子(こやま いとこ、1901年7月13日 - 19… 小山 いと子(こやま いとこ、1901年7月13日 - 1989年7月25日)は日本の作家。高知県長岡郡大篠村(現・南国市)篠原出身。出生名は池本 イト、結婚後は小山 イト。綿密な調査に基づき社会問題を扱った作品が多く、清純なヒューマニズムと社会性が特徴である。「執行猶予」で第23回直木三十五賞を受賞した。『読売新聞』紙上の人生相談「人生案内」回答者を務め、皇太子妃美智子に関する小説連載中止騒動に巻き込まれたことでも知られる。 福岡女子師範学校(現・福岡教育大学)を卒業。在学中に歌人の橋田東聲の門下生となる。1920年(大正9年)、19歳で父親により結婚を強要されるが、相手を好きになれず、男性に対する反逆心を持ち始める。
関田 繁里(せきた しげさと、旧姓:井上(いのうえ)、188… 関田 繁里(せきた しげさと、旧姓:井上(いのうえ)、1888年 (明治21年)9月28日 - 1937年(昭和12年)5月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。位階は正五位。勲等は勲三等。 高知県長岡郡稲生村(現南国市)において井上虎吉と益の三男として生まれる。高知県立中学海南学校を経て、1910年7月、海軍兵学校(38期)を卒業。卒業席次は149名中78番。少尉候補生として練習艦隊の浅間乗組、香取乗組を経て、1911年12月、海軍少尉に任官。1913年11月、海軍中尉に任官。1914年5月、海軍砲術学校普通科を卒業、同年12月、海軍水雷学校普通科を卒業。曙乗組、鞍馬乗組、扶桑乗組、扶桑分隊長心得を経て、1917年12月、海軍大尉に任官。
関田 為平(せきだ ためへい、1885年 - 1956年)は… 関田 為平(せきだ ためへい、1885年 - 1956年)は、高知県長岡郡大篠村(現 南国市)の社会教育家。 社会教育家。明治18年10月29日長岡郡大篠村 大そね乙1746(南国市)に生まれる。父可通、母喜代。県立第一中学校をへて、第一高等学校3年を中退する。高知市に無料施療所を開設し、大正6年頃には高知県連合青年団を結成して副会長 となり、長岡郡連合会長を兼任した。処女団を創設、部落解放運動として部落内青年団、処女団運動を起こす。からわら貧しい優秀な青年には学資を提供した。大正8年県会議員に当選。また大篠村長 や修養団高知県連合会 理事を務め希望社や生長の家にも関係する。こうした運動に 30町歩ほどの所有地を投入した。
関田 駒吉(せきだ こまきち、1875年(明治8年)2月15… 関田 駒吉(せきだ こまきち、1875年(明治8年)2月15日 - 1939年(昭和14年)11月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。 1875年(明治8年)2月15日、高知県長岡郡大篠村(現在の南国市)に生まれた。初め宮地氏を称し、3歳にして父に別れ、醫家関田修斎に養われて、その家を継いだ。夙に才学に秀で、海南学校より海軍兵学校に進学し卒業(24期)。明治30年10月、少尉候補生を命ぜられるとともに軍艦比叡乗組となり、後、松島や厳島に転じ、翌年4月1日海軍少尉に任ぜられ、尋いで5月10日正八位に叙せられた。宇治艦長、最上艦長、松江艦長、満州艦長などを歴任。のち少将を任官。退役後は郷土史の研究をした余生を過ごした。
岡田 重久(おかだ しげひさ、1871年1月5日(明治3年1… 岡田 重久(おかだ しげひさ、1871年1月5日(明治3年11月15日) - 1936年(昭和11年)8月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は中将。 土佐国香美郡立田村(現・高知県南国市)に生まれた。1893年(明治26年)7月、陸軍士官学校(4期)を卒業。1894年(明治27年)3月、歩兵少尉に任官。1895年(明治28年)5月、歩兵中尉に進級。1899年(明治32年)3月、歩兵大尉に進級。1901年(明治34年)11月、陸軍大学校(15期)を卒業。1904年(明治37年)8月、歩兵少佐に進級。日露戦争に満州軍情報参謀として出征した[要出典]。1908年(明治41年)12月、歩兵中佐に進級。 1912年(大正元年)12月、静岡連隊区司令官となり、1913年(大正2年)2月、歩兵大佐に昇進。
山本 昇雲(やまもと しょううん、明治3年11月9日〈187… 山本 昇雲(やまもと しょううん、明治3年11月9日〈1870年12月30日〉 - 昭和40年〈1965年〉5月10日)は、明治時代から大正時代にかけて制作した浮世絵師で日本画家、石版画家で報道画家。名は茂三郎といい、昇雲のほか小斎、松谷と号す。 出身は高知県長岡郡後免町(現・南国市)、生家の古物商は江戸時代、旧土佐藩の郷士であった。二男として生まれた山本茂三郎が6歳頃から師事した柳本圭吾(号「洞素」)は駿河台狩野家・狩野洞白の門人で、元は山内家の御抱絵師も勤めた絵師である。9歳になる明治12年(1879年)に、柳本の斡旋で狩野永岳門人である河田小龍にも絵を学び、入門3年目に小龍から「小斎」の画号を受けた。
土居 純橘(どい じゅんきち、1870年6月24日(明治3年… 土居 純橘(どい じゅんきち、1870年6月24日(明治3年5月26日)- 1937年(昭和12年)11月23日)は、日本の民権運動家・社会活動家。高知県生まれ。 1870年5月26日、高知県長岡郡大篠村大埇字関(現南国市)において、土居積盛と加免の長男として生まれる。為人剛毅、膽力に富み、仁義に厚く、人情豊かであった。青壮年の頃から身を政界に投じ、長陵の壮士として活躍した。1888年、保安条例発布に際し東京より退去を命ぜられ帰来、更に政界にあって同志武市安哉を国会におくるなど奮闘大いにつとめた。後断然志を決して、雄図を大陸にはせ活躍すること三十余年、この間日清・日露の両役に際しては民間の志士としてはたらいた。
関田 英穂(せきだ ?、1867年(慶應3年)1月17日 -… 関田 英穂(せきだ ?、1867年(慶應3年)1月17日 - 1943年(昭和19年)10月27日)は、高知県長岡郡大篠村大そね254番屋敷に生まれた高知県人。大篠村村長やその他地方自治に尽力した。 土佐国長岡郡大篠村大そね関部落に生まれる。(現・南国市大そね)1867年(慶応3年)1月17日に、関田為三郎と登良の長男として生まれる。初名は駒太郎。明治27年2月15日英穂に改名願。幼少のころは、琴平神社宮地氏のもとで漢籍を学んだ。性格は温厚篤実であり、郷党信望していた。 明治38年、大篠村助役になった後、続けて大篠村村長に推薦されて4期にわたり村長を勤めた。歴代村長には、溝淵静閑や岡上忠兵衛、島崎清美や関田為平などがいる。
吉川 類次(よしかわ るいじ、1858年11月12日(安政5… 吉川 類次(よしかわ るいじ、1858年11月12日(安政5年10月7日) - 1927年(昭和2年)8月10日)は、日本の篤農家。イネの品種改良に尽力した人物。土佐国長岡郡稲生村(現・高知県南国市)生まれ。 農業に従事するかたわら、農業の研究や社会奉仕活動も行う。 1895年、隣村の十市村の鍋島菊太郎が採取した早稲「出雲早稲」を改良し、「京早稲」を経て「衣笠早稲」を完成させた。この品種は短期間で実るため、土佐に二期作を広めるのに役立った。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
関田 可通(せきだ よしみち、1854年5月11日〈嘉永7年… 関田 可通(せきだ よしみち、1854年5月11日〈嘉永7年4月15日〉 - 1909年〈明治42年〉3月2日)は、明治時代の政治家。貴族院多額納税者議員。初名は満作。 土佐国長岡郡大埇村(現・南国市大そね)の素封家・関田伊三郎(関田猪三郎)の長男として生まれる。生家は代々農業を営む大地主で、上田100町歩を有した。戊辰戦争の際には少年鼓手として従軍。1870年(明治3年)城下の朝倉町(現・高知市南はりまや町)に移り、酒造業を始め、1876年(明治9年)陶冶学校に学んだ。以後小学校訓導、長岡郡書記、所得税調査委員を経て高知県会議員に当選した。 自由民権運動家として物部川堤防事件、三大事件建白運動、選挙干渉事件などで活躍した。
武市 安哉(たけち あんさい/やすや、弘化4年4月1日(18… 武市 安哉(たけち あんさい/やすや、弘化4年4月1日(1847年5月15日) - 明治27年(1894年)12月2日)は、土佐藩出身の明治時代の日本の政治家であり、北海道を開拓した人物の一人である。 土佐勤王党を結成した武市半平太や、亀山社中(後の海援隊)を結成した坂本龍馬の親戚である。 土佐国長岡郡大埇村住吉野(現・高知県南国市大埇)で、土佐藩郷士の武市家の分家に武市才次の長男として生まれた。1862年に15歳で本家の武市善之助より武市本家を相続する。1868年(慶応4年)には、土佐藩士として鳥羽・伏見の戦いに参加する。明治維新を迎え、1872年(明治5年)に小学校の教師となるが、1876年には小学校を辞して、立志学舎の学生とになる。
こかむもは、日本の漫画家・イラストレーター。高知県南国市出身… こかむもは、日本の漫画家・イラストレーター。高知県南国市出身。 2020年、『まんがタイムきららMAX』(芳文社)にて「ぬるめた」を2月から4月に渡りスペシャルゲスト掲載し、商業漫画家デビュー。同年5月から同誌にて連載中。
長宗我部 元親(ちょうそかべ/ちょうすがめ もとちか)は、戦… 長宗我部 元親(ちょうそかべ/ちょうすがめ もとちか)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての 大名・武将。長宗我部氏第21代当主。長宗我部国親の長男。 国司家である土佐一条氏を追い出し、土佐国を統一。その後、阿波国や讃岐国、伊予国の土豪らを倒して、四国の統一を果たした。 しかし、豊臣秀吉の四国征伐によって降伏し、土佐一国の領有を許された。その後、秀吉の九州征伐、小田原征伐、文禄・慶長の役に従軍した。 内政面では、検地を行ったほか、分国法である「長宗我部元親百箇条」を定めた。 天文8年(1539年)、長宗我部国親の嫡子として、土佐国長岡郡の岡豊城で生まれる。母は本山氏の娘・祥鳳玄陽。土佐守護・細川晴元の偏諱を受け、元親と名乗る。