伊藤 方也(いとう まさや、1941年 -2020年 )は、… 伊藤 方也(いとう まさや、1941年 -2020年 )は、日本の墨画師、イラストレーター。主に広告業界で活動し、サントリーリザーブの新聞広告、キリン一番搾りの墨文字・墨画などで人気を博した。 1941年、上海生まれ。1960年、静岡県立静岡高等学校卒業。1965年、東京芸術大学工芸科卒業。広告代理店に入りアートディレクターをしていたが、「どうしても絵をかきたい」との思いを抑えきれず退社し、1971年〜1972年、ヨーロッパを旅した。当初、版画に取り組んだが、しばらくして「墨で絵をかいたらどうなるか」と考え、習字を習った。間もなく、サントリーから墨絵の広告を依頼され、約7年間描いた。サントリーリザーブの新聞広告を皮切りに、雑誌の表紙絵、デパートのポスター、カレンダー、商品パッケージのイラスト、企業のロゴマークなどを手掛けた。
大橋 歩(おおはし あゆみ、1940年6月16日 - )は、… 大橋 歩(おおはし あゆみ、1940年6月16日 - )は、日本のイラストレーター、デザイナー。週刊「平凡パンチ」の表紙のイラストを創刊号から担当したことで知られる。本名、石井久美子。夫は彫刻作家の石井厚生。 三重県津市出身。三重県立四日市高等学校卒業。1959年、多摩美術大学絵画科油絵専攻入学。大学3年生の時、河原淳のゼミナールに入る。 1963年、イラストレーターを目指していた大橋は、大学4年生の時に同級生の紹介でヴァンヂャケットにデザイン画を持ち込む。そのとき会ったのが石津謙介の長男で企画部長の石津祥介で、その場で「メンズクラブ」のイラストを依頼される。1964年1月、「メンクラ」3ページに初めてイラストが掲載される。
上村 一夫(かみむら かずお、1940年〈昭和15年〉3月7… 上村 一夫(かみむら かずお、1940年〈昭和15年〉3月7日 - 1986年〈昭和61年〉1月11日)は、日本の漫画家・イラストレーター・エッセイスト。 大正の浮世絵師と呼ばれた竹久夢二を連想させる女性像と独特の劇画タッチの画風を確立し、その作風から「昭和の絵師」とも呼ばれた。『ヤングコミック』、『週刊プレイボーイ』、『漫画アクション』、『ビッグコミック』等の雑誌を舞台に多くの連載を手がけ、最盛期には月産400枚という驚異的な執筆量をこなした。『修羅雪姫』、『同棲時代』、『しなの川』、『悪魔のようなあいつ』、『サチコの幸』など、映像化された作品も多い。 神奈川県横須賀市に生まれる。1964年、武蔵野美術大学デザイン科を卒業。
草原 タカオ(くさはら タカオ、本名:草原 孝雄、1940年… 草原 タカオ(くさはら タカオ、本名:草原 孝雄、1940年1月1日 - 2018年2月13日)は、日本の漫画家、イラストレーター。鹿児島県曽於郡末吉町出身。 1958年に上京し、川崎の東芝のテレビ工場に入社。その傍ら東京のお茶の水絵画研究所で8年間デッサンを学ぶ。1970年に退社しプロ入り。主に青年誌や新聞紙でナンセンス漫画を描く。 1977年『真夜中の子守歌』他作品にて第23回文藝春秋漫画賞受賞。 『農業共済新聞』にて『花咲かじいさん』を連載していた。 2018年2月13日に脳内出血のため死去。78歳没。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
キヌコヤマベ・クラフト(Kinuko Yamabe Craf… キヌコヤマベ・クラフト(Kinuko Yamabe Craft、1940年 - )は、日本生まれのイラストレーター、現代美術家。石川県出身。 レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエル前派などに影響を受けた幻想的な作風のイラストレーションで、主にアメリカにて活躍。2011年に世界幻想文学大賞の芸術部門で最優秀賞を受賞。 1962年、金沢美術工芸大学を卒業。1964年、渡米しシカゴ美術館附属美術大学で学ぶ。以降現在に至るまで制作拠点をアメリカに置いている。 1970年代、パトリシア・A・マキリップやタニス・リーらによるファンタジー小説や絵本の表紙を数多く手がけ注目を集める。 その後さらに活動の幅を広げ、TIME・ニューズウィーク・ナショナルジオグラフィックなどメジャー雑誌の表紙を担当して人気を博した。
水森 亜土(みずもり あど、本名:里吉 文江、1939年〈昭… 水森 亜土(みずもり あど、本名:里吉 文江、1939年〈昭和14年〉12月23日 - )は、日本のイラストレーター、歌手、女優、画家、作家。「劇団未来劇場」所属。愛称は「あどちゃん」「あどタン」。夫は「劇団未来劇場」の主宰者である里吉しげみ。旧姓:森。 東京府東京市日本橋区(現:東京都中央区日本橋)出身。父は建築家。母親は日本画家の森美子。幼い頃に絵やバレエ、ピアノを習う。 中央区立常盤小学校、桜蔭中学校・高等学校卒業。ハワイのモロカイハイスクールに遊学し、英語とジャズに触れる。 日劇ミュージックホールで歌手デビュー。英会話雑誌でイラストも描き始める。1964年、のちの夫・里吉しげみ(1965年に結婚)の主宰する劇団未来劇場公演「彼も仲間も悪い奴」で初舞台。
吉田 カツ(よしだ かつ、1939年11月4日 - 2011… 吉田 カツ(よしだ かつ、1939年11月4日 - 2011年12月18日)は、日本のイラストレーター。本名、吉田勝彦(よしだ かつひこ)。 兵庫県多紀郡城北村(現、丹波篠山市)出身。 1961年、大阪美術学校(現、大阪芸術大学)デザイン科を卒業後、平沢志郎デザイン室で働き始めるが3か月で退職。 1963年、オギノスタジオ入社。 1968年、オギノスタジオ退社、旭通信社入社。 1970年、旭通信社退社。 1973年、妻・智恵子と大阪で挙式。 1974年、『ローリング・ストーン』誌の仕事をきっかけにキョードー東京の出版物や『GORO』 、『アドリブ』、『月刊プレイボーイ』等の雑誌のイラストレーションを手がけるようになる。
楢 喜八(なら きはち、本名:細坪宗利、1939年5月19日… 楢 喜八(なら きはち、本名:細坪宗利、1939年5月19日 - 2025年12月2日)は、日本のイラストレーター、挿絵作家。日本漫画家協会会員。 フォークデュオ「ふきのとう」の細坪基佳は従兄弟の子。 1939年、樺太に生まれる。1948年から1958年まで、北海道沼田町で過ごす。金沢美術工芸大学卒業。卒業後、デザイン会社に勤務するが、1964年以後、イラストレーターとして活動。 1979年、講談社出版文化賞受賞。2004年、田河水泡賞受賞。 2025年12月2日、心不全のため死去。86歳没。 学校の怪談の挿絵を担当。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
西巻 茅子(にしまき かやこ、1939年〈昭和14年〉4月2… 西巻 茅子(にしまき かやこ、1939年〈昭和14年〉4月27日 - )は、日本の絵本作家・画家・イラストレーター。代表作は『わたしのワンピース』『ちいさなきいろいかさ』など。 1939年、東京都に生まれる。洋画家の山口猛彦を父とし、母フミとの間に次女として生まれた。 1945年9月、千葉県山武郡に転居、1946年4月に千葉で小学校に入学したが、6月には東京に戻った。1955年、東京都立駒場高等学校に入学した。 1964年、東京芸術大学美術学部工芸科を卒業し、世田谷区に子どもに絵を教える『子どものアトリエ』を開いた。大学卒業後、銀座の版画工房でリトグラフを学び、アルバイトをしながらリトグラフの作品を作っていた。
及川 正通(おいかわ まさみち、1939年4月4日 - )は… 及川 正通(おいかわ まさみち、1939年4月4日 - )は、日本のイラストレーターである。東京イラストレーターズ・ソサエティ会員。 旧関東州・大連生。横須賀高等学校定時制卒業後、16歳で横須賀市のデパートさいか屋に入社し、ポスターのデザイナーとして9年間勤務。1963年「SOULS OF NEGRO」を日宣美展に出展し入選したのを機にプロのデザイナーとしてデビュー。 その後主婦と生活社に4年間勤務後、1968年にフリーとなり横尾忠則と共同事務所「ジ・エンドスタジオ」を立ち上げ、天井桟敷のポスターなどを手がける。1972年「平凡パンチ」に連載した“ドッキリメント劇画”などで注目を浴びる。 1975年から、書籍・プレイガイド(チケットぴあ)会社のぴあが運営する情報雑誌「ぴあ」の表紙を担当し続け、2007年、「同じ雑誌の表紙イラスト画家として世界一長いキャリアを持つ人物」ということで、ギネス世界記録に登録された。
黒田 征太郎 (くろだ せいたろう、1939年1月25日 -… 黒田 征太郎 (くろだ せいたろう、1939年1月25日 - ) はイラストレーター・グラフィックデザイナー。日本工学院専門学校グラフィックデザイン科顧問。ニューヨーク在住を経て2009年より福岡県北九州市在住。
宮澤 利昭 (みやざわ りしょう、1938年5月28日 - … 宮澤 利昭 (みやざわ りしょう、1938年5月28日 - )は、日本の画家、イラストレーター、テレビ美術家。長野県安曇野市出身。 長野県松本県ヶ丘高等学校を経て東京芸術大学美術学部図案計画科卒業後、TBSに入社し、昭和を時代背景にした名作を数多く残した作家で脚本家の向田邦子、作家で演出家の久世光彦のテレビドラマの美術を担当する。 サロン・ド・プランタン賞受賞。パリ国際青年ビエンナーレ展出品ほか、個展9回、グループ展に多数出品。 サンケイ新聞婦人欄にイラストを連載したほか、池田弥三郎著『わが街銀座』等の挿絵、TV番組「日本レコード大賞」、水曜劇場「ムー一族」、「世界・ふしぎ発見!」等の美術を担当する。
辰巳 四郎(たつみ しろう、1938年3月24日 - 200… 辰巳 四郎(たつみ しろう、1938年3月24日 - 2003年11月5日)は、日本のイラストレーター、装幀家。イラスト、ポスター、ブックデザイン、舞台美術など幅広く活動。娘はイラストレーターの辰巳(藤森)玲子、姪はシンガーソングライターの椎名林檎。 早稲田大学法学部卒業後、武蔵野美術大学に学んだ。ペン・鉛筆・筆・エアーブラシ等を使い、ヒヤリとした雰囲気の中に見る者を引きつける抽象画、緻密でありながら大胆なリアルイラストレーション、装幀では多重露光を用い、写真とイラストをフィルム上で合成するなど、常に新しい表現に挑戦しながら多種多様な作品を発表した。 電通に勤務していた頃から優れたブックデザイナーとして知られ、独立後はフリーのイラストレーターとして広告・エディトリアルなどを手掛け、晩年はデザイナーとして小説のブックカバーや装幀・装画の分野でも第一人者となった。
あさの りじ(1938年3月5日 - 2000年11月9日)… あさの りじ(1938年3月5日 - 2000年11月9日)は、日本の漫画家、イラストレーター、デザイナー。愛知県出身。東京学芸大学美術学科卒。浅野利治、浅野りじとも表記される。オリジナル漫画の他、コミカライズや、児童向けの学習本の著作がある。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
田村 セツコ(たむら セツコ、1938年2月4日 - )は、… 田村 セツコ(たむら セツコ、1938年2月4日 - )は、日本のイラストレーター、エッセイスト。 1950年代後半よりイラストレーターとして仕事を始め、1960年代には「りぼん」「なかよし」などで少女向けのおしゃれページを多数手がける。1970年代にはキャラクターグッズが人気を博し、また、『若草物語』や『赤毛のアン』などの名作物語のイラストも手がける。サンリオ発行の「いちご新聞」の連載エッセイは創刊の1975年から現在も続いている。 1938年、東京府東京市(現在の東京都)目黒区にて、警視庁警察官の長女として生まれる(妹2人、弟1人の4人きょうだい) 。1945年の終戦を疎開先の栃木県上都賀郡西方村(現・栃木市)で迎える。
笠原 靖(かさはら やすし、1938年 - )は、日本の絵本… 笠原 靖(かさはら やすし、1938年 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター、小説家。男性。福井県ふるさと大使。 福井県小浜市出身。明治大学法学部卒業。福井放送アナウンサー、学習研究社を経て、イラストレーターとして独立。空手(日本空手協会所属 5段)。 1990年『夏の終り』で、第7回織田作之助賞受賞。雑誌に作品を多数発表。「中学生の時には犬の言語ノートを作っていましたね。」という程の動物好きで、犬を題材とした作品を多く執筆していた。元警視庁捜査第一課長とその愛犬・フーバーの名コンビが、様々な事件を解決していく動物推理小説『名犬フーバーの事件簿』は、2008年水曜ミステリー9にて、里見浩太朗主演でテレビドラマ化された。
小田桐 昭(おだぎり あきら、1938年 - )は、日本のC… 小田桐 昭(おだぎり あきら、1938年 - )は、日本のCMディレクター、イラストレーター。小田桐昭事務所代表。 北海道生まれ。1961年に金沢美術工芸大学美術工芸学部産業美術学科(現・デザイン科)を卒業し、同年に電通入社。松下電器、資生堂などのクリエイティブディレクター、トヨタ自動車やサントリーなどのクリエイティブスーパーバイザーを務め、クリエイターとして国内外で高く評価される。松下担当時代の部下に、鏡明、関三喜夫らがいる。大林宣彦をCMディレクターに引き込んだのは小田桐である。 2010年には、オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン名誉会長に就任。 イラストレーターとしても活躍し、数々の作画を手掛けている。
山藤 章二(やまふじ しょうじ、1937年〈昭和12年〉2月… 山藤 章二(やまふじ しょうじ、1937年〈昭和12年〉2月20日 - 2024年〈令和6年〉9月30日)は、日本の似顔絵作家、風刺漫画家、イラストレーター、笑芸プロデューサー。タレントや話題の人物を現代の世相に合致させた作風が特徴とされる。東京市目黒区出身。 1937年、東京府東京市(※現在は東京都特別区区域)目黒区生まれ。四人兄弟の二男。父は目黒駅の助役をしていたが、生後4ヶ月で父を亡くし、貧しい母子家庭で苦労して育つ。母は目黒駅の売店(現キヨスク)で23年間働いた。戦争中の1943年、親類のいた三重県伊勢市に疎開したが地元の子供たちからいじめを受ける。戦後に東京目黒へ戻る。三木鶏郎に傾倒し、冗談工房への参加を夢見る。
ひこね のりお(本名:彦根 範夫、1936年12月18日 -… ひこね のりお(本名:彦根 範夫、1936年12月18日 - )は日本のアニメーター、イラストレーターである。 東京都生まれ。東京都立江北高等学校卒業、東京芸術大学美術学部工芸科卒業。1959年、東映動画に入社、劇場アニメの『少年猿飛佐助』『西遊記』や、テレビアニメ『狼少年ケン』などの作画に関わる。1965年に東映動画を退社し虫プロダクションに入社、テレビアニメ『ジャングル大帝』などに関わるが1年で退社、1966年にフリーとなる。 永沢まこととともに共同スタジオを開設した後、自身の「ひこねスタジオ」を興す。テレビアニメ、テレビコマーシャルなどのアニメーターとして仕事のほか、キャラクターデザインも数多く手がけ、広告などマルチメディアに使用されている。
長岡 秀星(ながおか しゅうせい、1936年11月26日 -… 長岡 秀星(ながおか しゅうせい、1936年11月26日 - 2015年6月23日)は、日本のイラストレーター・画家。宇宙やSFをイメージした作風で国際的に活躍し、レコードジャケットのアートワークを多数手掛けたことで知られる。本名は長岡 秀三(ながおか しゅうぞう)。
日暮 修一(ひぐらし しゅういち、1936年9月26日 - … 日暮 修一(ひぐらし しゅういち、1936年9月26日 - 2012年4月13日)は日本のイラストレーター。千葉県松戸市出身。 コピーライター日暮真三は弟、ミュージシャン日暮愛葉は姪。 1936年に日暮酒店の長男として生まれる。1942年、松戸市立中部小学校に入学。1953年、武蔵野美術学校デザイン科に入学しのちに卒業。東芝商事宣伝部製作室、イースト・パブリッシング勤務。1959年、第二七回毎日広告デザイン賞・第一部B部門ポスターデザイン毎日広告奨励賞受賞。 雑誌「ビッグコミック」「ラピタ」の表紙絵を長年描いていた。「ビッグコミック」は1970年から2011年に病気治療のため入院するまでの41年間(2011年11月25日号表紙の執筆が最後。
田名網 敬一(たなあみ けいいち、1936年7月21日 - … 田名網 敬一(たなあみ けいいち、1936年7月21日 - 2024年8月9日)は、日本のアーティスト、グラフィックデザイナー、イラストレーター、映像作家。 1936年、東京の服地問屋の長男として生まれる。1941年に日本の真珠湾攻撃によって太平洋戦争が勃発すると、田名網の生家は危険に晒される。1942年4月18日の東京初空襲の後、田名網は京橋を離れ、目黒の権之助坂付近にあった祖父の家に居を移す。1945年、9歳の時に東京大空襲を経験する。この時脳裏に焼き付いた数々の光景は、田名網が後に描き出す作品の主要なモチーフを占める事になる。轟音を響かせるアメリカの爆撃機、それを探すサーチライト、爆撃機が投下する焼夷弾、火の海と化した街、逃げ惑う群衆、そして祖父の飼っていた畸形の金魚が爆撃の光に乱反射した水槽を泳ぐ姿である。
水野 良太郎(みずの りょうたろう)、1936年6月7日 -… 水野 良太郎(みずの りょうたろう)、1936年6月7日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、エッセイスト、モデラー(鉄道模型他)。三重県四日市市出身。漫画集団同人、日本ペンクラブ会員。NPO日本鉄道模型の会理事。
梶田 達二(かじた たつじ、1936年〈昭和11年〉5月24… 梶田 達二(かじた たつじ、1936年〈昭和11年〉5月24日 - 2011年〈平成23年〉10月8日)は、日本の画家、イラストレーター。ボックスアートを得意とした。愛知県名古屋市港区出身。理科美術協会、ミロの会会員。 愛知県立惟信高等学校を卒業。家業の楽器製造会社を手伝う傍ら、挿絵画家の小松崎茂の作品を摸写。1959年(昭和34年)、集英社より単行本の挿絵でデビュー。同年、上京。 秋田書店「冒険王」9月号で雑誌デビュー。また、小学館、講談社、光文社、少年画報社、徳間書店、学習研究社などの少年誌、学年誌に表紙、口絵、挿絵を発表する。また、プラモデルの箱に航空機や艦船を描くボックスアートの世界で活躍。
和田 誠(わだ まこと、1936年〈昭和11年〉4月10日 … 和田 誠(わだ まこと、1936年〈昭和11年〉4月10日 - 2019年〈令和元年〉10月7日)は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナー、エッセイスト、映画監督。大阪府生まれ。 実父は築地小劇場の創立者メンバーの1人で、のち、ラジオドラマを多数演出し「ラジオの神様」と呼ばれた和田精。日劇レビューで演出家を担った山本紫朗は伯父にあたる。 妻は料理愛好家・シャンソン歌手の平野レミ。長男はロックバンド・TRICERATOPSの和田唱で、その妻は上野樹里。次男の和田率は元電通勤務で、現在は母・平野レミの料理サイト「remy」のクリエイティブ・ディレクター。率の妻は和田明日香。 父である精が勤務していたJOBK(現在のNHK大阪放送局)の当時の赴任地である大阪市東住吉区で生まれる。
髙荷 義之(たかに よしゆき、1935年12月28日 - )… 髙荷 義之(たかに よしゆき、1935年12月28日 - )は、日本のイラストレーター。 群馬県前橋市出身。少年雑誌、架空戦記の挿絵・表紙絵、プラモデルのボックスアートなどを数多く手がけ、師匠の小松崎茂と共にメカニックイラストの専門家として知られる。 少年時代に購入した『冒険世界』の表紙をきっかけに、小松崎茂のファンとなる。以来髙荷は小松崎の元にファンレターを送り続け、群馬県立前橋高等学校卒業後の1954年、挿画家を志し小松崎に弟子入り。同年11月に独立し、1955年に『中学生の友』3月号の挿絵でデビューを飾った。月刊誌「少年」などのグラビアページに西部劇などのイラストを描く。その後、週刊少年誌が相次いで誕生し、1960年代に戦記ブームが起きると戦車・軍艦・航空機などのメカニックイラストを描き始める。
生頼 範義(、1935年〈昭和10年〉11月17日 - 20… 生頼 範義(、1935年〈昭和10年〉11月17日 - 2015年〈平成27年〉10月27日)は、日本のイラストレーター。油絵風の画法が特徴。イラスト集や作品展のタイトルでは生賴範義の表記が見られる。「生瀬 範義」は誤表記。息子のオーライタローも画家。 兵庫県明石市生まれ。第二次世界大戦さなかの1945年に鹿児島県川内市(現・薩摩川内市)に疎開。鹿児島県立川内高等学校卒業。高校卒業後、東京芸術大学美術学部に入学したが、後に中退した。1962年、イラストレーターとして活動を開始。1973年、東京から妻の郷里宮崎県宮崎市に転居。 1980年、SF雑誌に発表した「スターウォーズ」のイメージ画が、制作者のジョージ・ルーカスの目に留まり、その続編ポスター用イラストを正式に依頼される。
毛利 彰(もうり あきら、1935年 - 2008年4月9日… 毛利 彰(もうり あきら、1935年 - 2008年4月9日)は、日本のイラストレーター。 鳥取県出身。上京後、石膏デッサンを学んだ後帰郷し、鳥取大丸宣伝部に入社。 再び上京し、1957年から1971年まで伊勢丹のファッションイラストレーション担当。 1971年からフリーとなってから小説の挿絵や映画ポスター、広告などを数多く手がけた。 鳥取市の鳥取城跡近くにある吉川経家の銅像のデザイン画を担当した。「歴史群像シリーズ」(学習研究社)では、表紙で武将や合戦シーンなどを描いた。 2008年4月9日、鳥取市内の病院で呼吸不全のため死去。享年73。
金子之(かねここれ、1934年6月4日 - 2015年9月1… 金子之(かねここれ、1934年6月4日 - 2015年9月15日)は、画家、イラストレーターである。
中西 立太(なかにし りった、1934年3月18日 - 20… 中西 立太(なかにし りった、1934年3月18日 - 2009年1月11日)は、日本のイラストレーター。「歴史画」の第一人者といわれている。 長野県上田市生まれ。1952年長野県上田松尾高等学校卒業。 1955年小学館で小さなカットなどの仕事をはじめる。 1962年小学館科学図説シリーズ『人類の誕生』で第8回サンケイ児童出版文化賞受賞。1964年小学館科学図説シリーズ全体で第11回サンケイ児童出版文化賞大賞受賞。
永美 ハルオ(ながみ はるお、1933年11月26日 - 2… 永美 ハルオ(ながみ はるお、1933年11月26日 - 2024年9月30日)は日本の漫画家、イラストレーター。永見 ハルオ、永美 はるお名義の作品もある。本名は堀ノ内史旺(ほりのうち・ふみお)。 東京生まれ。東京都立第一商業高等学校を経て、1957年、中央大学経済学部卒業。1966年に漫画家デビュー。日本漫画家協会会員。 講談社ブルーバックスなどのイラストで知られる。 2024年9月30日、死去。90歳没。
工藤 恒美(くどう つねみ、1933年11月17日 - )は… 工藤 恒美(くどう つねみ、1933年11月17日 - )は日本の漫画家、イラストレーター。日本漫画家協会会員。北海道札幌市出身。女性名に多い名前であるが男性である。 北海道札幌東高等学校卒業。北海道大学で文部事務官を勤め、その間、おおば比呂司と出会い展覧会などの仕事に携わるようになる。また、札幌市の広報誌に4コマ漫画などを発表。その後、文部事務官を辞し1962年に上京。新聞の4コマ漫画を中心に執筆活動を行い、1981年『ツッパラサール学園』にて第27回文藝春秋漫画賞を受賞した。
針 すなお(はり すなお、1933年3月15日 - )は、日… 針 すなお(はり すなお、1933年3月15日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、武道家。本名は高閑者 順(たかがわ すなお)。 政治家や芸能人、スポーツ選手など著名人の似顔絵で知られているほか、武道家として、武術「体の杖(たいのじょう)」を創始した。 佐賀県佐賀市出身。生家は旧佐賀藩の菩提寺・高伝寺(針自身も住職を務めた)。五男。 子供の頃から絵を描くのを好み、実家の寺に届けられた布施の包み紙を住職の父親から貰い絵を描いていた(戦時中で、紙が貴重品であったため)。寺の廊下で住職や兄の似顔絵を、小学校のクラスで友達や教師の似顔絵を描いて人気を得た。中学、高校になると漫画を描くようになった。
佐々木 侃司(ささき かんじ、1933年1月23日 - 20… 佐々木 侃司(ささき かんじ、1933年1月23日 - 2005年1月24日)は、日本のイラストレーター。 1957年、京都市立美術大学(現在の京都市立芸術大学)卒業。株式会社寿屋(現サントリー株式会社)宣伝部宣伝技術課からデザイン室に移り、PR雑誌『洋酒天国』や「トリスコンク」などパッケージデザインを手がけ、イラストレーターとしての頭角を現す。北杜夫「どくとるマンボウ」シリーズ、かんべむさしの著書などのイラストで知られる。 元大阪芸術大学映像学科教授(学科長)。2005年1月24日、間質性肺炎のため死去。
真鍋 博(まなべ ひろし、1932年7月3日 - 2000年… 真鍋 博(まなべ ひろし、1932年7月3日 - 2000年10月31日)は、日本のイラストレーター、アニメーター、エッセイスト。日本SF作家クラブ会員。 愛媛県宇摩郡別子山村(現・新居浜市)にて村の助役の家庭に生まれ、3歳のとき父の住友金属鉱山入社に伴い新居郡中萩村(現・新居浜市)に転居。 愛媛県立新居浜西高等学校を経て、1954年、多摩美術大学油画科卒業後、東京都の教員(地方公務員)として採用され港区立赤坂中学校に美術教師として勤務。多摩美術大学大学院美術研究科修了。 当初は油彩画が活動の中心であった。抽象的で洗練された画風を得意とし、星新一、筒井康隆などのSF小説の挿絵を多く描いた。特に、星新一については名コンビと称され、『悪魔のいる天国』のように、版が変わるごとに新たに多数のイラストを書きおろすようなこともやっている。
杉浦 範茂(すぎうら はんも、男性、1931年9月17日 -… 杉浦 範茂(すぎうら はんも、男性、1931年9月17日 - )は、日本のイラストレーター、デザイナー。児童文学の挿絵を多数担当する。 愛知県生まれ。1958年に東京芸術大学美術学部図案科卒業。製薬会社やデザイン事務所の職歴を経由した後、現在は画業のみに専念。日本児童出版美術家連盟、東京イラストレーターズ・ソサエティなどに所属。 芸術選奨新人賞(1985年)、紫綬褒章受章。 現在、東京都世田谷区在住。
柳原 良平(やなぎはら りょうへい、1931年8月17日 -… 柳原 良平(やなぎはら りょうへい、1931年8月17日 - 2015年8月17日)は、日本のイラストレーター、漫画家、アニメーション作家、エッセイスト。東京都出身。神奈川県横浜市中区在住。「アンクルトリス」の産みの親として、また無類の船好きとしても知られる。過去には「帆船日本丸記念財団」の理事も務めていた。西村捨三のひ孫。
井上 洋介(いのうえ ようすけ、1931年(昭和6年)3月7… 井上 洋介(いのうえ ようすけ、1931年(昭和6年)3月7日 - 2016年(平成28年)2月3日)は、日本の絵画・版画美術家、日本の絵本作家、イラストレーター。本名 井上洋之助(いのうえ ようのすけ)。 東京都港区赤坂出身。武蔵野美術学校西洋画科卒。1960年「こどものとも」(福音館書店)で初の絵本「おだんごぱん」刊行。以後、多数創作絵本出版。 1965年第11回文藝春秋漫画賞、第4回東京イラストレーターズ・クラブ賞受賞。『ぶんぶくちゃがま』他で小学館絵画賞、『でんしゃえほん』で日本絵本賞大賞、『月夜のじどうしゃ』で講談社出版文化賞、『ぼうし』でJBBY賞を受賞。 ※ 公開展示・個展は1960年代より毎年2~3回開催。
穂積 和夫(ほづみ かずお、1930年10月9日 - 202… 穂積 和夫(ほづみ かずお、1930年10月9日 - 2024年11月26日)は、東京生まれのイラストレーター。 東北大学工学部建築学科、セツ・モードセミナー卒。建築設計事務所「松田平田設計」勤務を経て、イラストレーターに。ファッションを中心に自動車などの分野で出版、広告界で活躍。ファッションに関しては日本のメンズファッションの第一人者としてメンズファッション誌に寄稿。とくに穂積が描いたアイビーボーイはアイビールックを指南するアイコンとなった。各自動車メーカーのポスター、映画ポスター、CDジャケットなどを多く手掛る。1981年から主に日本の歴史建造物や町並み、歴史風俗などを描く新境地を開く。日本の生活を主なテーマに意欲的な活動を続けた。
藤田 ミラノ(ふじた ミラノ、1930年〈昭和5年〉 - )… 藤田 ミラノ(ふじた ミラノ、1930年〈昭和5年〉 - )は、日本の画家、イラストレーター。ヨーロッパではMIRA FUJITA(ミラ・フジタ)の名前で活動した。日本では雑誌や小説に描かれた少女のイラストで、ヨーロッパでは若い女性の道化師などを描いたポスターやさまざまなグッズで知られる。 書家の藤田讃陽の長女として香川県に生まれる。本名は藤田久美。就学前に東京都武蔵野市に転居する。子どもの頃は読書好きで、絵では父親の買ってきた『講談社の絵本』の梁川剛一の絵が好きだった。女学生時代には放課後の琴の稽古などをさぼって、友達と捕物帖や探偵小説、怪奇小説などを一緒に読んでいたが、少女小説はその存在すら知らなかった。
河原 淳(かわはら じゅん 1929年11月28日- 200… 河原 淳(かわはら じゅん 1929年11月28日- 2006年1月3日)は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナー、フリーライター。 筆名に、三田 海彦(ミタ ウミヒコ)、御岳 森彦(ミタケ モリヒコ)、河原 遊酔(かわはら・ゆうすい)。日本ペンクラブ、本の会、痛風友の会、各会員。現代デザイン研究所(旧 河原ゼミナール)を主催。 愛知県刈谷市出身。名古屋工業大学機械科中退。慶応義塾大学国文科中退。文化学院デザイン科卒。1950年代、雑誌「装苑」などでファッションイラストを手がけた。イラストレーター、文筆家として活躍し、傍らNHK文化センターや現代デザイン研究所で後輩プロを育成。 1961年に出版された「イラストレーション・技法とアイディア」に続き、30冊以上の本を出版した。
本間 武男(ほんま たけお、1929年7月14日 - 200… 本間 武男(ほんま たけお、1929年7月14日 - 2006年11月24日)は、日本のイラストレーター、画家。北海道余市町出身 1929年(昭和4年)、北海道余市町に生まれる。 日本水彩画会の宮崎信義に師事。広告会社のイラストレーターとして活動したのち北海道を放浪。苫小牧市へ転居。 東京、銀座、日本橋、横浜各地で個展を開催。雪の北海道をテーマに全国各地で版画展を開催。 1981年(昭和56年)、故郷余市町へ油絵を贈呈、紺綬褒章を受章。 1982年(昭和57年)、新宿センタービル51階朝日生命ギャラリー、池袋西武、銀座松坂屋、札幌三越にてパステル画展開催。 1985年(昭和60年)、郵政省お年玉付き年賀はがき原画制作。
長尾 みのる(ながお みのる、本名:長尾 実、1929年6月… 長尾 みのる(ながお みのる、本名:長尾 実、1929年6月4日 - 2016年10月6日)は、イラストレーター、装丁家。 東京都中央区新富町生まれ。1950年、早稲田大学(旧)工芸美術研究所卒業。服飾専門校(西洋服装史)講師をしながら、舞台美術の勉強をする。1953年、無銭の世界一周旅行に出発(1956年帰国)。 1959年、小説挿画を描きだす。1961年、永六輔とのコンビの「アサヒグラフ」での連載が初の新語「イラスト」使用となり、日本初のイラストレーターを名乗る。1976年、講談社出版文化賞を受賞。 1997年~1998年週刊読売で「週読俳句会」企画と俳画を担当。レコード・CDジャケットのイメージ・イラストを1998年までに90点制作。
久里 洋二(くり ようじ、1928年4月9日 - 2024年… 久里 洋二(くり ようじ、1928年4月9日 - 2024年11月24日)は、日本のアニメーション作家、イラストレーター、絵本作家、洋画家。一コマ漫画家としても活動している。本名:栗原 英夫(くりはら ひでお)。 2016年以降、クリ ヨウジ、または姓名の間に中黒を入れたクリ・ヨウジの名義を併用して活動している。 福井県今立郡鯖江町(のちの鯖江市)出身。父は軍人。陸軍幼年学校の受験に失敗後、旧制福井県立武生中学校(のちの福井県立武生高等学校)へ入学。中学時代に終戦を迎えた。1947年、京都市美術学校の入学試験に合格するが、父親が公職追放となり、学費の目処が立たなくなったために進学を断念し、郷里で様々な職業について家計を助けた。
マサ アカシ(まさ あかし、本名:明石正義、(あかしまさよし… マサ アカシ(まさ あかし、本名:明石正義、(あかしまさよし)1928年 - 2023年)は、水彩画家、イラストレーター、ファッションデザイナー。イラスト専門学校マサモードアカデミー主宰。明石マサとも。 日本のファッション・イラストレーターの草分け的存在。 この項目は、ファッション関係の人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル ファッション)。
依光 隆(よりみつ たかし、1926年(大正15年)5月1日… 依光 隆(よりみつ たかし、1926年(大正15年)5月1日 - 2012年(平成24年)12月18日)は、挿絵画家・イラストレーター。高知県生まれ。父親の死去に伴い、隆の兄が働いていた満州に呼ばれ、1940年(昭和15年)から1944年(昭和19年)12月まで中国の大連で過ごす。帰国後、高村光太郎に師事。共同通信社社会部画信室を経てフリーになる。SFから児童書まで幅広い分野の挿絵で活躍。ハヤカワ文庫SFの「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズは、第1巻から第367巻を38年間にわたり担当した。 「白旗の少女」の挿絵と装幀で1990年度児童福祉文化賞を受賞。日本出版美術家連盟理事、創作集団プロミネンス(旧・少年文芸作家クラブ)会長を務めていた。
津神 久三(つがみ きゅうぞう、1925年2月26日 - 2… 津神 久三(つがみ きゅうぞう、1925年2月26日 - 2017年10月10日)は、日本のイラストレーター、西部劇研究家。 東京府東京市神田区(現・東京都千代田区)出身。本名・小林久三。別名・白井哲。1948年東京美術学校油絵科卒。NHKに2年勤めた後、フリーのイラストレーターとなり1963年渡米。ニューヨークで18年間過ごし、1980年帰国。千葉大学工学部教授としてイラストを教えた。1999年定年退官。西部劇研究家でもあった。
大塚 清六(おおつか せいろく、1923年8月18日 - 1… 大塚 清六(おおつか せいろく、1923年8月18日 - 1974年6月5日)は、日本の画家、イラストレーター、装幀家、グラフィックデザイナー。先駆的なミニマリストとしても知られる。 1950年代から1970年代前半にかけて、小説の挿絵や装幀、油彩画などを手がける一方、商業デザインでも活躍。1962年(昭和37年)からは広瀬鎌二設計の自邸「SH-60」に居住した。 1923年(大正12年)8月18日、福島県喜多方町(現:喜多方市)に生まれる。女手ひとつで育てられ、町立喜多方幼稚園、喜多方小学校を経て、1941年(昭和16年)に喜多方商業学校を卒業する。1943年(昭和18年)、父親の位牌を鉈で割って上京し、東京美術学校に入学。
石原 豪人(いしはら ごうじん、1923年3月15日 - 1… 石原 豪人(いしはら ごうじん、1923年3月15日 - 1998年6月19日)は、日本のイラストレーター。別ペンネームに林月光(はやし げっこう)。本名:石原徹。島根県簸川郡大社町出身。日本大学芸術学部中退。 18歳で満州に渡り、映画看板などを描く。体調を崩したため、1955年頃(昭和30年)から挿絵画家としての仕事を始める。以後40年間にわたって精力的に描き続けた。 テレビがなかった時代の映画の看板から始まり、光文社の江戸川乱歩シリーズの挿絵(『魔法人形』ほか数巻のみ)、立風書房のジャガーバックスシリーズを始めとする怪奇系児童書、小学館の「なぜなに学習百科」シリーズ、各社の学年誌・少年雑誌・少女雑誌の怪獣・怪人・幽霊・妖怪・怪奇現象などのイラストを手がけた。
藤井 千秋(ふじい ちあき、1923年〈大正12年〉 - 1… 藤井 千秋(ふじい ちあき、1923年〈大正12年〉 - 1985年〈昭和60年〉5月5日)は、岐阜県出身の画家、イラストレーター。美少女を描いた抒情画で知られる。 1923年(大正12年)岐阜県に生まれる。1941年(昭和16年)京都絵画専門学校へ入学する。1943年(昭和18年)には学徒出陣で入隊する。軍隊生活中に脚を痛め陸軍病院に入院、招集解除となり海軍省用達の漫画映画の背景を一年描きながら、絵画専門学校を卒業した。 戦後、駐留米軍人の勧めで京都の有名な画商の元に少女の絵を数点持ち込んだところすぐに売れ、このときに絵を買った客の一人に大翠書院の社長がおり、本の表紙や挿絵の依頼が来るようになる。