川崎 真治(かわさき しんじ、1921年10月25日 - 2… 川崎 真治(かわさき しんじ、1921年10月25日 - 2007年10月9日)は、日本の言語学者、考古学者。大学や公の研究機関には所属していない在野の研究者。 世界各国の古代言語や古代文字(ペトログリフ)と日本語との関係を、極めて大胆な発想で結びつける説を多数提唱している。古くから著作が多く知名度は抜群に高いが、提唱された説が学会で発表されたり、他の考古学者等から支持を得たりすることは少ない。 1921年10月25日、東京、品川に生まれる。「川崎真治」は筆名であり、本名は川﨑治夫。 1944年、東京高等商船学校(現・東京海洋大学海洋工学部)航海科卒業。戦時中は三等航海士として海上勤務した。戦後、龍口直太郎のもとで語学雑誌の編集にたずさわり、その後、『譚海』編集長となる。
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荒木 一雄(あらき かずお、1921年6月8日 - 2013… 荒木 一雄(あらき かずお、1921年6月8日 - 2013年1月17日)は、日本の英語学者。学位は、文学博士(東京教育大学・1967年)。名古屋大学名誉教授。 鳥取市出身。1944年東京文理科大学卒。鳥取大学講師、大阪市立大学講師、助教授、1967年「A study of Shakespeare’s use of simple relative pronouns」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。1969年名古屋大学文学部教授、1970年文学部長、1985年定年退官、名誉教授、甲南大学教授、京都外国語大学教授。1997年退職。同年勲二等瑞宝章受章。
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矢崎 源九郎(やざき げんくろう、1921年(大正10年)3… 矢崎 源九郎(やざき げんくろう、1921年(大正10年)3月26日 - 1967年(昭和42年)2月23日)は、日本の言語学者、北欧文学者、翻訳家。善隣外事専門学校教授、大阪外事専門学校教授、東京教育大学助教授。 1921年、山梨県生まれ。静岡県、東京府と各地を移りながら幼少期を過ごし、成城高等学校に入学。高等学校卒業後は東京帝国大学言語学科でビルマ語を専攻した。1943年に東京帝国大学を卒業し、副手となった。1944年、善隣外事専門学校教授に着任。1945年からは大阪外事専門学校教授。 戦後の1950年、東京教育大学助教授となった。1966年、胃がんの手術を受ける。翌1967年2月16日に教授に昇進したが、その7日後に45歳で死去した。
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塩谷 饒(しおや ゆたか、1920年10月19日 - 199… 塩谷 饒(しおや ゆたか、1920年10月19日 - 1996年6月11日)は、日本の文学者・言語学者。専門は、ドイツ文学・ドイツ語。 東京出身。1947年、東京大学文学部独文学科卒業。1950年、同大学院文学研究科修了。1951年、東京藝術大学美術学部専任講師。1955年、京都大学教養部助教授。その後、同教授。1970年、北海道大学文学部教授。1975年、同文学部長。1979年、北海道大学附属図書館長。1984年、北海道大学停年退官。同名誉教授。北星学園女子短期大学英文学科教授。1985年、北星学園女子短期大学7代学長に就任。1993年、北星学園女子短期大学退職。
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池上 二良(いけがみ じろう、1920年5月15日 - 20… 池上 二良(いけがみ じろう、1920年5月15日 - 2011年7月15日)は、日本の言語学者。北海道大学名誉教授。専門は満洲語、その他のツングース諸語、アイヌ語など。 1920年、長野県松本市生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、旧制松本高等学校文科(乙類)を経て、東京帝国大学文学部言語学科卒業。大学院在学中からツングース諸語、特にウイルタ語の研究を始める。 1951年に群馬大学学芸部助教授となる。1964年より北海道大学文学部教授、1976年より同大学文学部附属北方文化研究施設長を併任する。1984年に定年退官、名誉教授、札幌大学女子短期大学部教授。1991年、同大学定年退職。 旧樺太に住むウィルタ語の研究において、話者である佐藤チヨの協力のもと、『ウイルタ語基礎語彙』を出版した。
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都竹 通年雄(つづく つねお、1920年3月28日 - 19… 都竹 通年雄(つづく つねお、1920年3月28日 - 1984年8月2日)は、日本の日本語学者。専門は方言学。岐阜県益田郡萩原町(現:下呂市)生まれ。 法政大学卒業。1974年旧東京都立大学大学院修士課程修了。武蔵大学講師を経て、 1980年富山大学教授に就任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、言語学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 言語学)。
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三根谷 徹(みねや とおる、1920年3月7日 - 2000… 三根谷 徹(みねや とおる、1920年3月7日 - 2000年9月5日)は、日本の言語学者。
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高梨 健吉(たかなし けんきち、1919年(大正8年)11月… 高梨 健吉(たかなし けんきち、1919年(大正8年)11月24日 - 2010年(平成22年)3月20日)は、日本の英語学者。慶應義塾大学名誉教授。日本英学史学会第4代会長。 山形県生まれ。昭和18年東京文理科大学英文科卒業。戦後の1950年(昭和25年)にコロンビア大学留学。 慶應大教授を長年務め、美誠社から出版された高校生向けの英語学習参考書を始め、多くの著訳書を著した。バジル・ホール・チェンバレン『日本事物誌』を初めて訳し、日本英学史を研究紹介した。1984年(昭和59年)に定年退職し名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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宇野 義方(うの よしかた、1919年11月12日 - 20… 宇野 義方(うの よしかた、1919年11月12日 - 2009年8月12日)は、日本の国語学者。立教大学名誉教授。 1919年、宇野哲人の四男として東京に生まれた。東京帝国大学文学部国語学科で学び、1947年に卒業。卒業後は、日本女子大学助教授。1956年、立教大学文学部助教授となり、1963年に教授昇進。1985年に立教大学を定年退職して名誉教授となった。共立女子短期大学客員教授、特任教授を務めた。 2009年8月12日、肺炎のため死去。
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奥田 靖雄(おくだ やすお、1919年10月19日 - 20… 奥田 靖雄(おくだ やすお、1919年10月19日 - 2002年3月22日)は、日本の言語学者、国語教育の理論家・指導者。 本名は布村政雄。富山県富山市出身。日露協会立専門学校ハルピン学院を卒業、建国大学研究院助手。戦前は民族学を専攻したが、戦後、言語学に転じ、言語学研究会および教育科学研究会・国語部会を指導。宮城教育大学教授を経て、同大学名誉教授。学位は文学博士(大阪大学・1993年)。 1919年10月19日、富山県富山市愛宕町に生まれる。。1932年に富山県立富山中学校(現・富山県立富山高等学校)に入学。1933年に両親が死去。兄・布村一男を頼って満州国に渡り、新京商業学校を経て、日露協会立専門学校ハルピン学院入学。
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竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 19… 竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 1985年12月10日)は、日本の国文学者・国語学者。香川大学名誉教授。 京都府亀岡市出身。京都府師範学校、東京高等師範学校卒、1945年9月東京文理科大学国文科卒。1967年「富士谷成章の学説についての研究」で東京教育大学文学博士。 京都府第三中学校教諭、京都府立亀岡高等学校教諭、香川大学学芸学部助教授、1969年教育学部教授、1982年定年退官、名誉教授、大谷女子大学教授。子に考古学者の竹岡俊樹がいる。
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大野 晋(おおの すすむ、1919年(大正8年)8月23日 … 大野 晋(おおの すすむ、1919年(大正8年)8月23日 - 2008年(平成20年)7月14日)は、日本の国語学者。文学博士。学習院大学名誉教授。
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井上 和子(いのうえ かずこ、1919年4月17日 - 20… 井上 和子(いのうえ かずこ、1919年4月17日 - 2017年5月3日)は、日本の言語学者。日本語の分析を通した生成文法理論の研究で知られる。神田外語大学名誉教授、第2代学長。Ph.D.(ミシガン大学、1964年)。勲三等宝冠章(1996年春)。 1919年(大正8年)、大阪府生まれ。津田英学塾(現・津田塾大学)卒業後、米国ミルズ大学(英語版)を経て、米国ミシガン大学大学院博士課程修了。国際基督教大学教授、津田塾大学教授、神田外語大学教授を歴任。この間、日本言語学会会長、神田外語大学学長、神田外語大学言語科学研究センター顧問、日本言語学会顧問、日本英語学会顧問、社団法人全国外国語教育振興協会理事長なども務めた。
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木原研三(きはら けんぞう、1919年3月21日 - 200… 木原研三(きはら けんぞう、1919年3月21日 - 2008年)は、英語学者、お茶の水女子大学名誉教授。 愛媛県出身。1941年東京帝国大学英文科卒、1942年中央気象台附属技術官養成所講師。1947年教授、1949年お茶の水女子大学助教授、1959年教授、1970年同附属高等学校校長、1971年文教育学部長、1983年定年退官、名誉教授。気象論文英訳の功績で気象庁から感謝状。1992年秋、勲三等旭日中綬章受勲。『コンサイス英和辞典』などの編纂で知られた。
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六角 恒広(ろっかく つねひろ、1919年1月6日生まれ)は… 六角 恒広(ろっかく つねひろ、1919年1月6日生まれ)は、日本の中国語学者。故人。 東京生まれ。早稲田大学経済学部卒。同学商学部助教授・教授。1989年の定年後、名誉教授。倉石(武四郎)賞受賞。
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江川泰一郎(えがわ たいいちろう、1918年10月26日-2… 江川泰一郎(えがわ たいいちろう、1918年10月26日-2006年6月3日)は、日本の英語学者。 東京生まれ。1941年東京文理科大学英語英文科卒。小樽中学校教諭、1942年兵役、1947年復員、東京第一師範学校教官、1950年-1951年コロンビア大学大学院修士課程修了、1951年東京学芸大学助教授、1967年教授、1982年定年退官、名誉教授、日本大学教授、1988年定年退職。1992年春、勲三等旭日中綬章受勲。『英文法解説』など、大学受験の参考書としてよく用いられた。
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牛島 徳次(うしじま とくじ、1918年10月5日 - 19… 牛島 徳次(うしじま とくじ、1918年10月5日 - 1999年3月1日)は、日本の中国語学者。筑波大学名誉教授。 東京生まれ。1941年東京文理科大学漢文学科卒、栃木県立栃木中学校赴任、同年召集、少尉として豊橋連隊に入る。敗戦後復職、京都帝国大学で倉石武四郎に師事し研究。1946年東京高等師範学校に赴任、のち東京教育大学教授、1966年「古代漢語文法論」で東北大学文学博士。1977年筑波大学教授、1982年定年退官し、名誉教授となり、大東文化大学教授、文教大学教授を務め、1993年退職。
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柴田 武(しばた たけし、1918年7月14日 - 2007… 柴田 武(しばた たけし、1918年7月14日 - 2007年7月12日)は、日本の言語学者、国語学者。東京大学名誉教授、埼玉大学名誉教授。 1918年、愛知県名古屋市で生まれた。東京帝国大学文学部言語学科で学び、1942年に卒業。 同1942年10月、東京帝国大学文学部副手に採用された。1943年7月、中華民国ならびに蒙疆地域に出張。2か月にわたって同地で蒙古語を教えると同時に、民俗学研究所から奨学金を受給して蒙古語、ウイグル語、キルギス語、サラール語、タングート語などを調査。1944年3月、陸軍臨時嘱託として参謀本部にも勤務することとなり、終戦までトルコ語の暗号解読に従事した。1945年4月、東京帝国大学講師助手に昇格。
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瓜谷 良平(うりたに りょうへい、1918年7月9日 - 1… 瓜谷 良平(うりたに りょうへい、1918年7月9日 - 1993年12月1日)は、日本のスペイン語学者。拓殖大学教授を歴任。 兵庫県出身。東京外国語学校スペイン語科卒。拓殖大学助教授、教授。1989年定年、名誉教授。子は瓜谷望(1952- )スペイン語学者、拓殖大学教授。
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馬渕 和夫(まぶち かずお、1918年3月19日 - 201… 馬渕 和夫(まぶち かずお、1918年3月19日 - 2011年11月24日)は、日本の国語学者。筑波大学名誉教授、東京成徳短期大学名誉教授。勲三等瑞宝章受章。長く「馬淵和夫」の表記を用いた。 愛知県名古屋市生まれ。東京文理科大学卒、1961年「日本韻学史の研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。東京教育大学、筑波大学教授、1981年定年退官、名誉教授、東京成徳短期大学教授、2003年退職。1995年春、勲三等瑞宝章受勲。 馬渕の研究対象は広範囲にわたり、そのような意味においては総合性が大きな特色の一つであるといえるが、新たに開拓された分野として真っ先に挙がるのは、悉曇学や日本語の音韻史である。
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岩井 慶光(いわい よしみつ、1918年2月6日 - 198… 岩井 慶光(いわい よしみつ、1918年2月6日 - 1983年11月2日)は、日本の英語学者。 名古屋生まれ。東海中学校卒、1940年早稲田大学文学部英文科卒、44年まで兵役で北支那などに転戦。岐阜県立恵那中学校、高等学校などの教諭、1957年鳥取大学講師、助教授、1961年愛知学院大学教養部助教授、66年教授。65歳で死去。恵那中学校で亀井俊介を教えた。
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小西 友七(こにし ともしち、1917年〈大正6年〉9月10… 小西 友七(こにし ともしち、1917年〈大正6年〉9月10日 - 2006年〈平成18年〉9月10日)は、日本の英語学者。英和・和英辞典編纂者。神戸市外国語大学名誉教授。英語語法文法学会初代会長。京都府出身。 大の阪神ファンであったため、編集主幹を務めた「ジーニアス和英辞典」に阪神びいきの例文が多いことで知られた。
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太田 朗(おおた あきら、1917年7月21日 - 2015… 太田 朗(おおた あきら、1917年7月21日 - 2015年12月31日)は、日本の英語学者、言語学者。東京教育大学名誉教授。神奈川県横須賀市生れ。 1950年代以降活発な研究活動を行なった。アメリカ構造主義および生成文法の影響下での業績が多い。
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澁谷宗光(しぶやむねみつ 1917年6月 - 1974年9月… 澁谷宗光(しぶやむねみつ 1917年6月 - 1974年9月)は、日本の国語教育学者、日本語学者。 専門は、国語教育、国語学、江戸・明治期の歌学。荷田在満、小山田与清、八田知紀などの歌人について研究の研究著書もある。昭和30年代に国語教育史学会を西原慶一、古田拡、渡辺茂、岩島公など組織し、活動した。
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阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1… 阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1994年10月22日)は、日本の国文学者・国語学者。文学博士(京都大学・論文博士・1962年)。京都大学名誉教授。 京都府京都市出身。父は漢学者の阪倉篤太郎。 1941年京都帝国大学文学部国文科卒業。1943年入隊、長沙市にて終戦を迎える。1946年6月に復員、11月に中村憲吉の三女始子と結婚。 1949年京都大学教養部助教授、1962年「語構成の研究」で京大より文学博士の学位を取得。1963年教授、1981年定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授。 1991年秋、勲三等旭日中綬章受章。 1994年脳動脈瘤破裂、心機能低下により京都市西京区の病院で死去。
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三宅 徳嘉(みやけ のりよし、1917年4月20日 - 20… 三宅 徳嘉(みやけ のりよし、1917年4月20日 - 2003年11月16日)は、日本のフランス語学者・フランス文学者。東京都立大学、学習院大学教授を務めた。父は裁判官の三宅徳業。
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吉川 泰雄(よしかわ やすお、1917年〈大正6年〉1月7日… 吉川 泰雄(よしかわ やすお、1917年〈大正6年〉1月7日 - 2000年〈平成12年〉1月31日)は、日本の言語学者、国語学者、歌人。國學院大學名誉学長。 東京生まれ。1940年(昭和15年)に國學院大學文学部国文学科を卒業し、同国史学科へ編入学、翌年1941年(昭和16年)に退学して東京帝国大学史料編纂掛雇(のち史料編纂所雇)、1952年(昭和27年)に同事務官、1953年(昭和28年)から國學院大學文学部専任講師、1958年(昭和33年)に同助教授、1963年(昭和38年)に同教授となり、1973年(昭和48年)からは文学部長、1975年(昭和50年)の佐藤謙三学長の死去にともなって学長代理、ついで学長をつとめ、1987年(昭和62年)まで在任、退任後に名誉教授・名誉学長となる。
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島岡 茂(しまおか しげる、1917年〈大正6年〉 - 20… 島岡 茂(しまおか しげる、1917年〈大正6年〉 - 2009年〈平成21年〉)は、日本のフランス語学者。早稲田大学名誉教授。 1942年、早稲田大学文学部卒。早稲田大学法学部助教授、教授。1988年、定年退任、名誉教授。
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芝田 稔(しばた みのる、1916年〈大正5年〉12月12日… 芝田 稔(しばた みのる、1916年〈大正5年〉12月12日 - 2007年〈平成19年〉2月10日)は、日本の中国語学者。関西大学名誉教授。 大阪府南河内郡長野町(現・河内長野市)出身。北京大学文学院国文学系卒業。関西大学文学部助教授、教授。1989年定年、名誉教授。 子供は二男二女、長男は芝田啓治(元教員、元河内長野市長)。
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松村 明(まつむら あきら、1916年9月3日 - 2001… 松村 明(まつむら あきら、1916年9月3日 - 2001年11月22日)は、日本の国語学者。位階勲等は正四位勲三等瑞宝章。称号は文学士、東京大学名誉教授。『大辞林』の編纂者として知られる。
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山田 忠雄(やまだ ただお、1916年8月10日 - 199… 山田 忠雄(やまだ ただお、1916年8月10日 - 1996年2月6日)は、日本の国語学者、辞書編纂者。日本大学名誉教授。 1936年東京帝国大学文学部国文科に入学し、見坊豪紀と同期。1939年、同大学を卒業。岩手県師範学校に赴任、在職中に『明解国語辞典』を見坊とともに編纂する。 1941年、陸軍予科士官学校に転任、1943年に『明解国語辞典』が刊行される。1946年、日本大学文理学部国文学科助教授に就任、後に教授となるが、1959年4月15日に辞職する。以後は公職に就かず、学究以外の他事は全て避け、文字通り学問一途の生涯を送る。晩年に至るまで研究会を主宰して後進の育成に当たったほか、論文集に受業生の論文を必ず記載するなど、教育者としての使命感にも燃えていた。
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太田 辰夫(おおた たつお、1916年〈大正5年〉6月29日… 太田 辰夫(おおた たつお、1916年〈大正5年〉6月29日 - 1999年〈平成11年〉1月31日)は、日本の中国語学者・中国文学者。 東京生まれ。東京外国語学校支那語科卒、1961年「現代中国語文法の歴史的研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。神戸市外国語大学助教授、教授、1982年名誉教授、京都産業大学教授。1999年、肺炎のため死去。死没日付をもって勲六等単光旭日章を追贈された。 呉承恩を『西遊記』の作者ではないとする立場にたって、中国古典文学大系版の『西遊記』の翻訳にたずさわった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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毛利 可信(もうり よしのぶ、1916年6月22日 - 20… 毛利 可信(もうり よしのぶ、1916年6月22日 - 2001年4月17日)は、日本の言語学者、英語学者。大阪大学名誉教授。 東京生まれ。父は毛利八十太郎。旧制北野中学、旧制三高文甲を経て、1939年東京帝国大学文学部英文科卒、新京中学校教諭、1942年陸軍通訳として南方派遣第二十五軍司令部勤務。1947年神戸第一中学校教諭、1951年九州大学講師、1953年助教授、1961年大阪大学文学部教授、1964年「英語意味論研究」で阪大文学博士、1980年定年退官、名誉教授、大手前女子大学教授。1992年秋、勲二等瑞宝章受勲。1993年大手前女子大退職。
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中田 祝夫(なかだ のりお、1915年11月30日 - 20… 中田 祝夫(なかだ のりお、1915年11月30日 - 2010年4月13日)は、日本の国語学者、筑波大学名誉教授。 奈良県奈良市生まれ。東京文理科大学卒業。1958年「古点本の国語学的研究総論編」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。戦後、東京教育大学教授、筑波大学教授、1980年定年退官、名誉教授、愛知大学教授。1986年退職。1989年春、勲三等旭日中綬章受勲。 2010年、心不全のため94歳で死去。 漢文古訓点の権威で、『古語大辞典』編纂のほか、『日本霊異記』の全訳などで知られるが、専門は古辞書で、節用集諸本の影印作成、索引作成を行った。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
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香坂 順一(こうさか じゅんいち、1915年6月7日 - 2… 香坂 順一(こうさか じゅんいち、1915年6月7日 - 2003年7月22日)は、日本の中国語学者、大東文化大学名誉教授。 栃木県生まれ。東京外国語学校支那語科卒業。広州市嶺南大学(現・中山大学の前身)に学ぶ。戦後、大阪市立大学教授、1973年から1975年北京大学客員教授。大東文化大学東洋文化研究所教授、同中国語学科主任、同学長、同常務理事、同顧問。NHK中国語講座の講師を務めた。一般財団法人日本中国語検定協会創設者、初代理事長。1990年勲三等旭日中綬章受勲。
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川崎 桃太(かわさき ももた、1915年(大正4年)3月3日… 川崎 桃太(かわさき ももた、1915年(大正4年)3月3日 - 2019年(令和元年)9月30日)は、日本の言語学者、歴史学者。京都外国語大学名誉教授。 山口県大津郡俵山村(現・長門市俵山)出身。1930年(昭和5年)にブラジルに渡り、リオ・デ・ジャネイロ州ノーヴァフリブルゴ市アンシェータ大学哲学科卒業、サン・レオポルド市クリスト・レイ大学大学院修了。1955年(昭和30年)に帰国後、カトリック河原町教会で司祭を務める。京都外国語大学ブラジルポルトガル語学科助手を経て、1975年(昭和50年)より教授。1992年(平成4年)に名誉教授となる。 2019年(令和元年)9月30日、食道癌のため死去、享年104歳。
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春日 和男(かすが かずお、1915年2月8日 - 2012… 春日 和男(かすが かずお、1915年2月8日 - 2012年)は、日本の国語学者。九州大学名誉教授。 長野県生まれ。春日政治の長男で、親子二代で九州大学国語国文の教授を務めた。旧制福岡県立福岡中学を経て、京都帝国大学文学部国文科卒。1962年「古代国語における存在詞の展開」で九州大学文学博士。福岡経済専門学校教員、福岡商科大学(校名変更、のち福岡大学)助教授、九州大学文学部助教授を経て、教授となる。1978年定年退官、名誉教授、帝京大学文学部教授を務めた。
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山元 卯一郎(やまもと ういちろう、1915年(大正4年)1… 山元 卯一郎(やまもと ういちろう、1915年(大正4年)1月24日 - 2014年(平成26年)1月31日)は、日本の英語学者、言語学者。横浜市立大学名誉教授。 鹿児島県川辺郡知覧町(南九州市)出身。1927年3月鹿児島市立清水尋常小学校卒業。1931年3月鹿児島県立第一鹿児島中学校(鹿児島県立鶴丸高等学校の前身)四年修了。1934年3月第七高等学校造士館文科卒業。1937年東京帝国大学文学部英文学科卒業。福岡県立門司中学校(福岡県立門司高等学校の前身)教諭、福岡県立福岡中学校(福岡県立福岡高等学校の前身)教諭を経て、1943年6月陸軍招集、1945年11月復員。1947年6月18日より岡崎高等師範学校教授、1949年8月20日より名古屋大学助教授兼任。
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見坊 豪紀(けんぼう ひでとし、1914年11月20日 - … 見坊 豪紀(けんぼう ひでとし、1914年11月20日 - 1992年10月21日)は、日本の日本語学者・辞書編纂者。『明解国語辞典』『三省堂国語辞典』の編纂者として知られ、「ケンボー先生」と親しまれる。 東京府出身(本籍は岩手県盛岡市)。青森県、福島県、当時の南満州を経て、1932年、旧制山口高校入学。1年の病気休学期間を経て卒業。 1936年、上京して東京帝国大学文学部国文科に入学。同期には後に『明解国語辞典』に補助的な立場で関わる山田忠雄がいる。1939年、卒業。その後、同大学大学院に進学。 大学院在学中、金田一京助の紹介で『明解国語辞典』(三省堂)の編纂に当たる。この辞書は、基本的な項目は当時の『小辞林』に基づいているものの、ほぼ見坊の独力により編纂され、「金田一京助編」と冠して1943年に刊行された(1952年に改訂版)。
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渡辺 綱也(わたなべ つなや、1914年〈大正3年〉6月9日… 渡辺 綱也(わたなべ つなや、1914年〈大正3年〉6月9日 - 1979年〈昭和54年〉8月24日)は、日本の国文学者、国語学者。新潟大学名誉教授。 新潟県東蒲原郡津川町大字津川(現 阿賀町津川)出身。 1933年(昭和8年)3月に新潟中学校を卒業、1936年(昭和11年)3月に新潟高等学校を卒業、1939年(昭和14年)3月に東京帝国大学文学部国文学科を卒業、東京帝国大学文学部大学院に入学、1942年(昭和17年)3月に退学。 1942年(昭和17年)4月に東京帝国大学文学部助手に就任、1943年(昭和18年)9月に陸軍予科士官学校教授に就任、東京帝国大学文学部助手を兼任、1944年(昭和19年)5月に東京帝国大学を退職、1945年(昭和20年)8月に陸軍を退官。
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井筒 俊彦(いづつ としひこ、1914年5月4日 - 199… 井筒 俊彦(いづつ としひこ、1914年5月4日 - 1993年1月7日)は、文学博士、言語学者、イスラーム学者、東洋思想研究者、神秘主義哲学者。慶應義塾大学名誉教授。エラノス会議メンバー、日本学士院会員。語学の天才と称され、大部分の著作が英文で書かれていることもあり、日本国内でよりも、欧米において高く評価されている。
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桝井 迪夫(ますい みちお、1914年(大正3年)5月4日 … 桝井 迪夫(ますい みちお、1914年(大正3年)5月4日 - 1992年(平成4年)6月11日)は、日本の英語学者・英文学者。 1914年、鳥取県生まれ。広島文理科大学で学び、1938年に卒業。卒業後は、広島高等師範学校教授に就いた。1945年被爆。 学制改革に伴い広島高等師範学校が1947年より広島文理科大学となると同大学助教授。1949年に広島文理科大学が広島大学に包摂されて以降は、同大学文学部教授。文学部長も務めた。1961年、学位論文『チョーサーの脚韻語の構造研究』を東京大学に提出して文学博士を取得。1978年に広島大学を定年退官し、名誉教授となった。 学界では、日本英文学会の評議員、理事を務めた。
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福村 虎治郎(ふくむら とらじろう、1914年1月22日 -… 福村 虎治郎(ふくむら とらじろう、1914年1月22日 - 2002年2月20日)は、日本の英語学者。 北海道出身。1939年東京帝国大学文学部英文科卒。1961年「英語態の研究」で東京大学文学博士。北海道大学文学部助教授、教授、78年定年退官、名誉教授、帝京大学文学部教授。85年退職。
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福沢 武一(ふくざわ ぶいち、1914年1月12日 - 20… 福沢 武一(ふくざわ ぶいち、1914年1月12日 - 2003年5月15日)は、日本の歌人、万葉学者、日本語学者。専門は万葉集、方言。 長野県上伊那郡伊那町(現伊那市)生まれ。東京大学文学部を卒業後、1941年から1973年まで長野県下各地の高等学校に勤務した。北信地方に赴任した際、言葉が奇異に感ぜられ方言に興味を抱くようになったという。1951年「万葉集」の研究に端を発して短歌の製作を始める。 1975年長野大学教授、1983年上田女子短期大学教授に就任。 2003年5月15日死去、89歳没。 詠風は独特であり、素材にも表現形式にも特異な趣があったという。 万葉集研究で知られた。 また戦後長野県方言の語彙研究をリードし、大橋敦夫からは「丹念に方言を収集し、方言語彙研究に独自の境地を開いた」と評されている。
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浜田 敦(はまだ あつし、1913年〈大正2年〉8月6日 -… 浜田 敦(はまだ あつし、1913年〈大正2年〉8月6日 - 1996年〈平成8年〉9月21日)は、日本の日本語学者。京都大学名誉教授。 浜田耕作の子として京都に生まれる。 1939年に京都帝国大学文学部卒。新村出に師事。戦後に大阪市立大学助教授となるが、1956年に京都大学文学部助教授となり、1969年より国語学主任教授を1977年まで務めた。 1996年に心不全のため死去。 国語学で扱う主要テーマはほぼ全て網羅していたが、中心は上代日本語・中古日本語・中世日本語であった。音韻に関しては、その歴史的変遷を辿ることによって、日本語の音韻の歴史を明らかにするという方向であり、音韻体系そのものではなく、音韻体系の外側にあった音(あるいは体系の外側に生まれてきた音)について綴った。
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林 大 (はやし おおき、1913年5月8日 - 2004年… 林 大 (はやし おおき、1913年5月8日 - 2004年3月30日) は、日本の国語学者。国立国語研究所所長、国語学会代表理事などを務めた。 林古渓の長男として、東京市に生まれた。1934年に浦和高等学校を卒業し、東京帝国大学に入った。文学部国文学科で橋本進吉に師事し、1937年に卒業した。 1946年に文部省教科書局嘱託となる。1949年からは、国立国語研究所と文部省調査普及局国語課に兼務した。1960年には国立国語研究所第一研究部部長、1966年には同第四研究部部長に任ぜられた。 1967年からは文部省初等中等教育局視学官、1972年からは同主任視学官として、学年別漢字配当表および学習指導要領国語科編の改訂にたずさわった。
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金田一 春彦(きんだいち はるひこ、1913年〈大正2年〉4… 金田一 春彦(きんだいち はるひこ、1913年〈大正2年〉4月3日 - 2004年〈平成16年〉5月19日)は、日本の言語学者、国語学者、邦楽研究家。日本語の音韻が専門。国語辞典などの編纂、日本語の方言におけるアクセント研究で知られる。邦楽にも造詣が深く、平曲研究の第一人者。著書に『日本語の特質』(1980年)、『日本語(新版)』(1988年)、『平曲考』(1997年)など。文学博士。栄典は勲三等旭日中綬章、紫綬褒章、瑞宝重光章。 その他の表彰歴として文化功労者、東京都名誉都民など。 父の京助も文学博士で日本学士院会員。長男の真澄も文学博士で慶應義塾大学名誉教授、次男の秀穂は言語学者で杏林大学外国語学部教授、長女の美奈子はフリーライター。
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西原 忠毅(にしはら ただよし、1913年3月15日 - 2… 西原 忠毅(にしはら ただよし、1913年3月15日 - 2001年6月21日)は、日本の英語学者。 福岡県出身。九州帝国大学文学部英文科卒。九州大学教養部助教授、教授。76年定年退官、名誉教授となり、西南学院大学教授を務めた。英語音声学が専門で、短歌も詠んだ。日本英語音声学会顧問。
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川本 茂雄(かわもと しげお、1913年1月3日 - 198… 川本 茂雄(かわもと しげお、1913年1月3日 - 1983年8月1日)は、日本の言語学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京市本郷区生まれ。1937年早稲田大学文学部卒業。早稲田大学文学部教授を務め、1982年定年、名誉教授。フランス語、英語を研究し、諸種の言語学文献を翻訳した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
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塩田 紀和(しおた のりかず、1913年〈大正2年〉 - 没… 塩田 紀和(しおた のりかず、1913年〈大正2年〉 - 没年不詳)は、日本の国語学者。1938年東北帝国大学文学部国文科卒、1941年東京帝国大学大学院修了、聖学院中学校教諭、府立武蔵高等女学校教諭、文部省国語課専門員、星美学園短期大学教授、東京キリスト教短期大学教授。
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