戸田 清(とだ きよし、1956年10月12日 - )は、日… 戸田 清(とだ きよし、1956年10月12日 - )は、日本の社会学者、社会運動家、長崎大学名誉教授。 大阪府生まれ。兵庫県立芦屋高等学校卒業、1979年大阪府立大学農学部獣医学科卒業、獣医師の資格を取得。1980年東京大学大学院農学系研究科修士課程中退、日本消費者連盟事務局勤務を経て、1997年一橋大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。都留文科大学非常勤講師などを経て、1997年長崎大学環境科学部助教授、2006年「環境学と平和学の関係についての一考察」で博士(社会学)、2007年教授(環境社会学、環境思想、平和学)。2022年定年退職。長崎県民間教育研究団体連絡協議会(長崎県民教連)の元会長。
酒生 文弥(さこう ふみや、1956年〈昭和31年〉9月8日… 酒生 文弥(さこう ふみや、1956年〈昭和31年〉9月8日 - 福井市出身)は、日本の僧侶・思想家、エッセイスト、講演者、著作者、世界平和活動家。松下政経塾1期生、勝兵塾講師特待生。浄土真宗本願寺派僧侶(最高位・顕座)、NPO免疫療法懇談会理事長、在日本ルーマニア商工会議所会頭、酒生倶楽部会長、アジア仏教クラブ座長。内外の政界・宗教界・実業界・文化人と幅広い縁を結び「人類の霊性の統合」による世界平和を追求し、仏陀AIが統御する地上浄土としてのAIR(AI IoT Robot)文明を創造することを使命とする。「横死(殺される死)」を最小限に抑える世界を実現していくことに貢献できることを念じている。
荒木 和博(あらき かずひろ、1956年〈昭和31年〉8月8… 荒木 和博(あらき かずひろ、1956年〈昭和31年〉8月8日 - )は、日本の軍事学者・政治学者・政治評論家・政治活動家・人権活動家。 拓殖大学海外事情研究所教授、特定失踪者問題調査会代表。元陸上自衛隊予備陸曹長。 東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、民社党本部書記局に入局し、教育・広報・青年運動などを担当。 1993年(平成5年)、第40回総選挙に旧東京7区から無所属で立候補するが落選。1994年(平成6年)、民社党の解党に伴い退職し現代コリア研究所で研究部長[要出典]。 1996年(平成8年)、拓殖大学海外事情研究所に客員講師として就職。助教授を経て2004年(平成16年)10月より教授。
品田 英明(しなだ ひであき、1956年6月12日 - )は… 品田 英明(しなだ ひであき、1956年6月12日 - )は、日本の労働運動家、実業家。味の素労働組合委員長等を経て、味の素AGF代表取締役社長。元日本スープ協会会長。元日本広告審査機構副理事長。 北海道出身。1980年小樽商科大学商学部卒業、味の素入社。11年間味の素労働組合専従者を務め、味の素事件が起きた1997年には味の素労働組合委員長に就任した。 2002年味の素冷凍食品取締役。2004年味の素調味料・食品カンパニーマーケティング本部九州支社長。2006年味の素食品カンパニー加工食品部長。2009年味の素執行役員食品カンパニー東京支社長。2011年味の素食品事業本部家庭用事業部長。 2013年味の素取締役常務執行役員食品事業本部長、J-オイルミルズ社外取締役、東海澱粉社外取締役、日本スープ協会会長、日本食レストラン海外普及推進機構理事、食の安全・安心財団理事、日本外食品卸協会理事、東京広告協会理事、日本プロジェクト産業協議会日本創生委員会委員、日本広告審査機構副理事長。
杉浦 ひとみ(すぎうら ひとみ、1956年6月10日 - )… 杉浦 ひとみ(すぎうら ひとみ、1956年6月10日 - )は、日本の弁護士、人権活動家。元日本女子大学の非常勤講師。 弁護士として子供、障害者、犯罪被害者、女性など社会的弱者の人権分野に重きを置いた訴訟を手がけ、2007年の参議院選挙東京都選挙区候補者として社民党から出馬したが落選した。東京都文京区在住。 奈良県生まれ、愛知県岡崎市育ち。1975年、愛知県立岡崎高等学校卒業。1979年、中央大学法学部法律学科卒業。結婚ののち、子供の問題を扱うために法曹を目指す。出産後、子供を育てながら39歳で司法試験に合格し、1999年に東京弁護士会(東弁)で弁護士登録して弁護士活動を開始。 以来、いじめ・体罰・虐待や少年事件、少年法改正、障害者、犯罪被害者などの社会的弱者、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) 、ドメスティックバイオレンス・セクシャルハラスメント・性暴力の問題や訴訟を重点的に取り組み、東弁の人権擁護委員会副委員長、日弁連人権擁護委員会副委員長などを歴任。
相本 芳彦(あいもと よしひこ、1956年〈昭和31年〉5月… 相本 芳彦(あいもと よしひこ、1956年〈昭和31年〉5月17日 - )は、日本のフリーアナウンサー、政治活動家。元北日本放送アナウンサー。富山県高岡市出身。血液型はB型。 実家は高岡市内の石鹸・雑貨問屋。相本の代表番組の1つであった『コンビニラジオ相本商店いらっしゃいませ〜』とその後FMいみずで担当している『相本商店射水店』の番組名、現在の公式サイトのタイトルは、この家業の屋号であった「相本商店」に由来するものである。 富山県立高岡高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1979年に北日本放送入社。放送では頻繁に富山弁(高岡弁)を多用するが、一人称は「わたし」もしくは「オレ」で、局アナ時代より一貫して「僕」とは言わない。
神津 里季生(こうづ りきお、1956年(昭和31年)3月 … 神津 里季生(こうづ りきお、1956年(昭和31年)3月 - )は日本の労働運動家。2015年10月から7代目日本労働組合総連合会会長を務めた。 東京都生まれ。東京学芸大学附属高等学校18期生、1979年、東京大学教養学部アジア科卒業。同年、新日本製鐵株式会社に入社。 新日本製鐵広畑製鐵所に勤務、1983年から新日鐵本社の労働組合建材・鋼管支部書記長(非専従)、1984年から専従となり新日鐵本社労働組合執行委員、1988年日本鉄鋼産業労働組合連合会特別本部員、1990年から鷲尾悦也により日本労働組合総連合会(連合)を通じて外務省在タイ日本国大使館一等書記官として3年間派遣された。 1994年、新日鐵労働組合連合会書記次長、1998年、新日鐵労働組合連合会書記長、2002年、新日鐵労働組合連合会会長、2006年、日本基幹産業労働組合連合会事務局長、2010年、日本基幹産業労働組合連合会中央執行委員長、全日本金属産業労働組合協議会副議長。
土師 守(はせ まもる、1956年 - )は、日本の医師、社… 土師 守(はせ まもる、1956年 - )は、日本の医師、社会運動家。1997年(平成9年)に発生した神戸連続児童殺傷事件で次男(当時小学校6年生)を亡くした犯罪被害者遺族である。 神戸大学医学部卒業。専攻は放射線科学。 神戸連続児童殺傷事件で次男を亡くした。それ以降、社会運動家となる。 事件から全国犯罪被害者の会に参加し、中心のメンバーとして活動する。その時に犯罪被害者基本法が成立して会への給付金が増えたり、刑事裁判に被害者が参加できる制度ができたり、日本全国に民間の犯罪被害者支援センターができる。 事件の犯人であった人物が少年院を仮退院して以降、犯人からの手紙を受け取っていた。だが犯人が2015年に「元少年A」名義で『絶歌』を出版したことに憤り、2016年以降は手紙を受け取っていない。
原 秀六(はら ひでろく、1956年 - )は、日本の法学者… 原 秀六(はら ひでろく、1956年 - )は、日本の法学者・慈善家。専門は、商事法・会社法・金融法。学位は、博士(法学)(早稲田大学・論文博士・2002年)。Dマル合教授(2002年文部科学省認定)。国立大学法人滋賀大学名誉教授。 第二次世界大戦以前と同様外貨獲得源であり主要産業であった戦後間もない頃の紡績業、その紡績各社が中南米への進出計画を進めていた当時、東洋紡績・鐘淵紡績とともに「三大紡績」を形成していた大日本紡績が第二次世界大戦後における海外進出の一番手として名乗りをあげた。その際、実父・原乙彦〈ユニチカ通商社長を歴任〉が大日本紡績サンパウロ駐在員としてサンパウロ現地でその準備に当たった。
松本 基督(まつもと もとすけ、1955年11月17日 - … 松本 基督(まつもと もとすけ、1955年11月17日 - )は、日本の政治活動家。三重県出身。
増元 照明(ますもと てるあき、1955年(昭和30年)10… 増元 照明(ますもと てるあき、1955年(昭和30年)10月5日 - )は、日本の政治活動家。北朝鮮による拉致被害者である増元るみ子の実弟。政治団体「照明会」代表。北朝鮮による拉致被害者家族連絡会事務局長を歴任。 鹿児島県鹿児島市池之上町出身。父の増元正一は営林署勤めで、屋久島のスギを搬送する仕事に就いていた。四人兄弟(二男二女)の次男で末っ子。1974年(昭和49年)3月に鹿児島市立鹿児島玉龍高等学校を卒業、「南の生まれだから、雪の中で暮らしてみたい」と同年4月、北海道大学水産類に入学した。 幼いときから照明は厳格な父親に叱られ、殴られることも多かったが、2歳年上の姉るみ子(次女、4人兄弟の3番目)はよく照明を庇い、ときには一緒に泣いてくれる、優しくて憧れの姉であった。
工藤 仁美(くどう ひとみ、1955年5月31日 - )は、… 工藤 仁美(くどう ひとみ、1955年5月31日 - )は、日本の政治家、労働運動家。元衆議院議員(1期)。 北海道出身。北海道札幌旭丘高等学校、藤女子短期大学(現・藤女子大学短期大学部)国文科卒業。 1996年より2009年まで北海道職業能力開発促進センターものづくり人材育成協議会委員を務める。札幌地区ユニオン書記長、パート労働者のための労働組合である札幌パートユニオンの会長を務めた。 2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙の比例北海道ブロックで民主党は4議席を獲得。重複立候補者11人中10人が選挙区で当選。北海道7区の仲野博子が比例復活で当選し、単独12位の山崎摩耶、単独13位の山岡達丸、単独14位の工藤が同ブロックでいずれも初当選した。
佐々木 克己(ささき かつみ、1955年3月26日 - )は… 佐々木 克己(ささき かつみ、1955年3月26日 - )は、日本の社会活動家、政治活動家。社会民主党神奈川県連合代表代行、NPO法人労働者運動資料室理事長、武蔵野大学外国人留学生日本語別科理系科目主任。 茅ヶ崎市立松林小学校香川分校、寒川町立一之宮小学校、栄光学園中学校・高等学校を経て、1978年3月に 東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業する。1978年4月 神奈川県立湘南高校教諭となり、1985年4月 - 神奈川県立茅ヶ崎北陵高等学校教諭、1996年4月 - 神奈川県立寒川高等学校教諭、2003年4月 - 神奈川県立鶴嶺高等学校教諭を経験し、2006年4月 - 神奈川県高等学校教職員組合執行委員となり、2008年4月 神奈川県高等学校教職員組合書記次長、2010年4月 神奈川県高等学校教職員組合執行副委員長となる。
麻原 彰晃(あさはら しょうこう、1955年〈昭和30年〉3… 麻原 彰晃(あさはら しょうこう、1955年〈昭和30年〉3月2日 - 2018年〈平成30年〉7月6日)は、日本の宗教活動家、政治活動家(真理党党首)、テロリスト、元死刑囚。本名は松本 智津夫(まつもと ちづお)。熊本県八代市高植本町出身。 宗教団体「オウム真理教」を創設し、教祖として政治活動や宗教活動を行った一方、宗教的に殺人を肯定し、自らの信者を利用して、国家転覆を最終目標とする数多くの犯罪事件を起こした。坂本堤弁護士一家殺害事件・松本サリン事件・地下鉄サリン事件を初めとするこれら一連の事件は、オウム真理教事件と称される。麻原は地下鉄サリン事件の首謀者として、1995年(平成7年)5月16日に逮捕された。
蓮池 透(はすいけ とおる、1955年〈昭和30年〉1月3日… 蓮池 透(はすいけ とおる、1955年〈昭和30年〉1月3日 - )は、日本の政治活動家。1978年に北朝鮮に拉致された蓮池薫の実兄で、北朝鮮による拉致被害者家族連絡会事務局長を務めた。 新潟県柏崎市出身。新潟県立柏崎高等学校卒業。1977年3月、東京理科大学工学部電気工学科卒業。同年4月、東京電力に入社。2002年、日本原燃出向。同社燃料製造部副部長。核廃棄物再処理(MOX燃料)プロジェクトを担当。2006年、東京電力原子燃料サイクル部部長(サイクル技術担当)。2009年夏に退社。 北朝鮮による日本人拉致問題について、「拉致は国家テロ。北朝鮮への経済制裁を行え」「これは戦争ですよ。アメリカならそうするでしょう」といった発言を繰り返し、また制裁要請のために横田滋・早紀江夫妻とともに渡米するなど強硬派と目されていた。
岡部 耕典(おかべ こうすけ、1955年 - )は、日本の社… 岡部 耕典(おかべ こうすけ、1955年 - )は、日本の社会福祉学者、社会運動家。専門は社会福祉学、福祉社会学、障害学。障害学会理事。 1955年京都府京都市生まれ。1973年3月、東京都立三田高等学校卒業。1979年3月、東京大学文学部社会学科卒業。東京都立大学 (1949-2011)大学院社会科学研究科社会福祉学専攻博士前期課程修了後、2006年3月、東京都立大学 (1949-2011)大学院社会科学研究科社会福祉学専攻博士後期課程修了、博士(社会福祉学)。東京学芸大学教育学部非常勤講師、立教大学コミュニティ福祉学部非常勤講師を経て、早稲田大学第一文学部・第二文学部客員准教授、准教授を経て、現在、早稲田大学文化構想学部教授。
鴨野 守(かもの まもる、1955年〈昭和30年〉 - )は… 鴨野 守(かもの まもる、1955年〈昭和30年〉 - )は日本の宗教家、政治活動家、ジャーナリスト。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体「世界平和連合富山県本部」及び「富山県平和大使協議会」事務局長。元世界平和統一家庭連合(旧統一教会)広報局長、元世界日報編集委員。 富山県生まれ。金沢大学教育学部卒。1978年に世界日報社に入社。社会部記者、社会部長、政治部次長、「サンデー世界日報」編集長、マニラ特派員、文化部次長などを経て編集委員。 世界日報の記者として長年活動し、沖縄戦の集団自決をめぐっては「諸君!」などに「ジャーナリスト」の肩書で執筆している。この問題では藤岡信勝と連携し、集団自決は軍の命令によるものではなかったとの立場をとっている。
早瀬 昇(はやせ のぼる、1955年 - )は、日本の社会運… 早瀬 昇(はやせ のぼる、1955年 - )は、日本の社会運動家。社会福祉法人大阪ボランティア協会理事長などを務める。 大阪府出身。京都工芸繊維大学工芸学部電子工学科卒業。大阪府立大阪社会事業短期大学専攻科修了。大学在学中に大阪ボランティア協会に拠点を置く「大阪交通遺児を励ます会」「誰でも乗れる地下鉄をつくる会」「月刊ボランティア(現・volo:ウォロ)編集委員会」などでのボランティア活動に参加。 大学卒業後、フランス、ベルギーの障害者施設(L'Arche)で研修。帰国した1978年より、市民活動の総合支援・推進団体、大阪ボランティア協会に勤務。 1991年に事務局長就任後、同協会内に「企業市民活動推進センター」を創設して企業人の市民活動への参加促進、企業とNPOの協働推進に努める。
赤石 千衣子(あかいし ちえこ、1955年 - )とは、日本… 赤石 千衣子(あかいし ちえこ、1955年 - )とは、日本の社会活動家。認定NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長、社会福祉士、キャリア・コンサルタント、著作家。 東京大学卒業後、演劇研究所に通いつつ一児を妊娠、26歳で出産。「未婚の母」として生きる中で、母子家庭の女性が集まる「児童扶養手当の切り捨てを許さない連絡会」に参加した。 その後、シングルマザーと子どもたちを支援する「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の理事長を務める。 厚生労働省の社会保障審議会児童部会ひとり親家庭の支援の在り方に関する専門委員会の委員、朝日新聞論壇委員。 反貧困ネットワーク副代表、社会的包摂サポートセンター運営委員、ふぇみん婦人民主新聞編集長を歴任した。
原 大輔(はら だいすけ、1954年10月12日 - 202… 原 大輔(はら だいすけ、1954年10月12日 - 2025年12月22日)は、日本の男性歌手、福祉活動家。本名:高梨 雅樹。別の芸名として江夏 一樹がある。 千葉県八日市場市(現:匝瑳市)出身。フォークソング、アニメソング、ニューミュージック、クラシック音楽、シャンソン、カンツォーネ、歌謡曲、演歌、童謡など、幅広く歌う。「音楽でこころもからだも元気に」と「音楽健康療法」の講演も行っていた。 父親が福祉施設を経営していたことから、施設に寄宿する障害児童とともに高校生まで共同生活し育つ。 1976年、フォークデュオのレイラとして、シングル「サマーエンジェル」でデビュー。東京音楽祭シルバーカナリア賞受賞。
川野 純治(かわの じゅんじ、1954年〈昭和29年〉9月2… 川野 純治(かわの じゅんじ、1954年〈昭和29年〉9月22日 - )は、日本の政治家、社会運動家。かつて存在した沖縄解放同盟準備会メンバー、一坪反戦地主会北部ブロック幹部(事務局次長)、ヘリ基地反対協議会元事務局次長、一般財団法人わびあいの里理事、前沖縄県名護市議会議員(3期)。 1975年、沖縄解放同盟準備会のメンバーとして、沖縄を訪問した皇太子明仁親王・皇太子妃美智子(現、上皇・上皇后)の車列に対し、ガラス瓶やスパナや石などを投げつける、白銀病院事件を起こし逮捕され、懲役1年6ヶ月の実刑判決を受け服役した。 その後は、社会民主党の推薦・公認を受け、名護市議会議員に当選し、3期議員として活動したが、2022年の市議選で落選した。
森 まゆみ(もり まゆみ、1954年7月10日 - )は、日… 森 まゆみ(もり まゆみ、1954年7月10日 - )は、日本の作家・エッセイスト・編集者・市民運動家。公益財代法人日本ナショナルトラスト理事。早稲田大学ジャーナリズム研究所特別招聘研究員。明治学院大学国際平和研究所研究員。 作家の近藤富枝は伯母。日本人音楽グループの在日ファンク・ギターの仰木亮彦は甥。従姉妹に武蔵野大学大学院言語文化研究科教授の堀井惠子。化学者の水島三一郎は母方の遠戚。 東京都文京区動坂出身。両親とも歯科医の家に生まれる。処女作のペンネームは母方の苗字に由来している。 文京区立誠之小学校、お茶の水女子大学附属中学校・高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部卒業(藤原保信に師事)。 出版社(オズマPR及びサイマル出版会)で企画・編集の仕事に携わった後、東京大学新聞研究所(現・東京大学大学院情報学環教育部)修了(稲葉三千男、香内三郎らに師事)。
馮 正虎(ひょう せいこ、フォン・チョンフー、簡体字: 冯正… 馮 正虎(ひょう せいこ、フォン・チョンフー、簡体字: 冯正虎, 拼音: Féng Zhènghǔ, 1954年7月1日-)は、中華人民共和国上海市出身の人権活動家。 中国政府に帰国を拒否されたため、2009年(平成21年)11月9日から2010年(平成22年)2月3日まで、成田国際空港の制限エリア内で、抗議の寝泊まりを続けた。 1980年華東師範大学数学部卒業。1986年復旦大学管理学院卒業、経済学修士。同年から上海財経大学教員となる。1991年から日本に留学し一橋大学大学院で学んだ。妹の夫は日本人。 馮は1980年代に、中国国内で会社の経営や民間の研究機関である中国企業発展研究所の所長を務めていた。
逢見 直人(おうみ なおと、1954年2月10日 - )は、… 逢見 直人(おうみ なおと、1954年2月10日 - )は、日本の労働運動家。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校を経て、1976年一橋大学社会学部卒業。一橋大では依光正哲人口問題専任講師の前期ゼミ及び津田真澂労働問題教授の後期ゼミ、体育会ボート部に所属。趣味は落語、クラシック音楽鑑賞。 当初は労働ジャーナリストを志していたが、ゼミの指導教官の紹介で大学卒業後はゼンセン同盟書記局に入局。労働政策部長、千葉県支部長、1988年常任中央執行委員(政策局長)、2004年UIゼンセン同盟副会長、2005年-2011年日本労働組合総連合会(連合)副事務局長(政策局長)、2011年UIゼンセン同盟会長付(副会長)、2012年全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟(UAゼンセン)会長、連合副会長を経て、2015年10月より連合事務局長を務め、働き方改革関連法案に関し菅義偉内閣官房長官との交渉を担当した。
小田川 義和(おだがわ よしかず、1954年または1955年… 小田川 義和(おだがわ よしかず、1954年または1955年 - )は、日本の労働運動家、法務局職員。全法務中国地本書記長、国公労連書記長を経て全国労働組合総連合 (全労連) 議長。 島根県木次町 (現・雲南市) 生まれ。高校卒業後、広島法務局に採用され、三次支局に勤務。人権関係を長く担当。全法務省労働組合 (全法務) では、21歳で広島支部書記長、29歳から中国地方本部書記長を務めた。日本国家公務員労働組合連合会 (国公労連) では広島県国公事務局長を務め、県労連や広島地域労連の準備会の中心を担い、JRのローカル線存続など幅広く地域での運動に関わった。1991年 国公労連中央執行委員。同調査部長、同書記次長を経て同書記長。
小林 よしのり(こばやし よしのり、1953年〈昭和28年〉… 小林 よしのり(こばやし よしのり、1953年〈昭和28年〉8月31日 - )は、日本の漫画家、評論家、活動家。「よしりん企画」社長、「ゴー宣道場」主宰者。 福岡県筑紫郡大野町(現・大野城市)生まれ、福岡県福岡市育ち。福岡大学人文学部フランス語学科卒業。1976年に『ああ勉強一直線』を投稿しデビュー。『東大一直線』『おぼっちゃまくん』などのヒット作を持つ。令和初期に『おぼっちゃまくん』が人気アニメとしてテレビ放送されているインドでも知名度が高い。1992年の『ゴーマニズム宣言』以降、ギャグ路線だけでなく政治思想路線や時事ネタなどの社会評論的な活動も行うようになり、また2002年から季刊誌『わしズム』責任編集長なども務める。
椎名 市衛(しいな かずえ、1953年(昭和28年) 5月1… 椎名 市衛(しいな かずえ、1953年(昭和28年) 5月17日 - )は茨城県在住の北辰一刀流の伝道者。北辰一刀流第七代宗家。武号は成胤。直心影流剣術師範。日本伝統文化保存会会長。剣道場床工事「武床工舎」代表。 茨城県龍ケ崎市に生まれる。大学卒業後、剣道修業。31歳公立中学の数学教員、52歳退職。同年、道場床工事「武床工舎」を創立。剣道場床工事の専門家として、日本並びに海外にて道場建設を行う。剣道場床工事の専門家。 2013年6月、北辰一刀流宗家継承。世界各地で、剣術等の指導を行う。鷹匠、猛禽類ブリーダー 中学に入り剣道を始める。最初に師事したのは、元陸軍大尉武田治衛教士。後に北辰一刀流第6代師範谷島三郎教士の指導を受ける。
西原 浩一郎(にしはら こういちろう、1953年 - )は、… 西原 浩一郎(にしはら こういちろう、1953年 - )は、日本の労働運動家。自動車総連顧問、金属労協顧問。元自動車総連会長、金属労協第9代議長、連合副会長。 名古屋市出身。1976年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。日産自動車に入社。1985年9月全日産労組専従。1986年8月全民労協事務局次長。1990年10月日産労連調査政策局長。1992年10月全日産労組中央書記長。1994年全日産労組中央執行委員長。1997年9月日産労連事務局長。2000年4月日産労連会長代行、同年9月自動車総連副会長、日産労連会長。2008年9月自動車総連会長(2012年9月まで)、金属労協議長(2014年9月まで)、同年10月連合副会長。
大河原 宗平(おおかわら そうへい、1953年 - )は、日… 大河原 宗平(おおかわら そうへい、1953年 - )は、日本の警察ジャーナリスト、政治活動家、内部告発者。元群馬県警部補、元鹿児島県阿久根市職員。裏金告発者にして、元群馬県警警部補懲戒免職処分取消請求訴訟(いわゆる群馬県警裏金裁判)・原告。剣道六段。 でっち上げ―群馬県警裏金告発者の記録 つむぎ書房/日輪出版 2021年8月10日
天野 礼子(あまの れいこ、1953年 - )は、日本の環境… 天野 礼子(あまの れいこ、1953年 - )は、日本の環境運動家、環境問題評論家、アウトドアライター。 長良川河口堰建設をやめさせる市民会議代表。日本に健全な森をつくり直す委員会事務局長。 京都市生まれ。ろうけつ染め作家の一人娘として生まれる。同志社中学・高等学校、同志社大学文学部美学芸術学専攻卒業。大学在学中の19歳より釣りを始め、国内外の川、海を年に100日ほど釣り歩いていた。 1988年、作家・開高健を会長に「日本のダムを問う運動」を立ち上げ、長良川河口堰建設反対運動を展開。1989年に国会内で超党派国会議員による「長良川河口堰問題を語る会」が設立されるなど、「川とダム」を問う国民運動に育て上げ、国会で議論をつくった。
宇賀神 寿一(うがじん ひさいち、1952年12月28日 -… 宇賀神 寿一(うがじん ひさいち、1952年12月28日 - )は東京都出身のアナーキズム系新左翼活動家。[要出典]東アジア反日武装戦線「さそり」部隊の元メンバー。現・救援連絡センター事務局員。愛称は“シャコ”。
山城 博治(やましろ ひろじ、1952年9月20日 - )は… 山城 博治(やましろ ひろじ、1952年9月20日 - )は、政治活動家。沖縄平和運動センター顧問・元議長、社会民主党常任幹事。沖縄県庁の元地方公務員。 前述の主張から反米と見做されているものの、自身は「アメリカ人が来るのは国際交流として歓迎すべきこと」と説明し、また交流する事も重要だとして、単に反米ではない事を強調している事を中日新聞で取材で答えている。
喜岡 淳(きおか じゅん、1952年〈昭和27年〉9月19日… 喜岡 淳(きおか じゅん、1952年〈昭和27年〉9月19日 - )は、日本の政治家、人権活動家。 日本社会党参議院議員(当選1回)。香川県高松市出身。 1971年 - 高松第一高等学校卒業。1975年 - 大阪市立大学商学部卒業。 1976年 - 日本社会党に入党。香川県本部副委員長などを務める。 1983年6月 - 第13回参議院議員通常選挙で香川県選挙区から出馬し落選。1986年7月 - 第14回参議院議員通常選挙で落選。 1989年7月 - 第15回参議院議員通常選挙で初当選。1994年6月 - 村山内閣で環境政務次官に就任。 1995年7月 - 第17回参議院議員通常選挙で落選。1998年7月 - 第19回参議院議員通常選挙で比例区に転出し落選、政界引退。
金子 勝(かねこ まさる、1952年6月25日 - )は、日… 金子 勝(かねこ まさる、1952年6月25日 - )は、日本の経済学者、元学生運動家。淑徳大学大学院客員教授。慶應義塾大学名誉教授。専門はマルクス経済学、制度経済学、財政学、地方財政論。日本経済学会(主流派経済学の学会)には所属しておらず、経済理論学会(マルクス経済学の学会)に所属。 東京都出身。1971年、東京教育大学附属駒場高等学校卒業。映画史家の四方田犬彦は同級生で、ともに詩の同人誌を刊行していた。1975年、東京大学経済学部経済学科卒業。財政学を専攻。指導教官は林健久。同大学在学中は、東京大学教養学部学生自治会委員長として学生運動を指導していた学生運動家だった。1977年、東京大学大学院経済学研究科応用経済学専攻修士課程修了。
新里 宏二(にいさと こうじ、1952年〈昭和27年〉4月1… 新里 宏二(にいさと こうじ、1952年〈昭和27年〉4月15日[要出典] - )は、日本の弁護士、社会運動家。多重債務問題、消費者金融問題の専門家。 岩手県盛岡市出身。仙台弁護士会に所属し、仙台弁護士会会長(2010年 - 2011年度)、日本弁護士連合会副会長(2011年 - 2012年度)、日弁連多重債務対策本部事務局長、多重債務問題検討WT座長などを歴任。 現在は優生保護法被害全国弁護団共同代表、全国クレサラ・生活再建問題対策協議会代表幹事、一般社団法人パーソナルサポートセンター代表理事などを務める。
瀨戸 弘幸(せと ひろゆき、1952年〈昭和27年〉3月3日… 瀨戸 弘幸(せと ひろゆき、1952年〈昭和27年〉3月3日 - )は、日本の政治活動家、ジャーナリスト、果樹園農家。維新政党・新風副代表、日本第一党最高顧問、外国人犯罪追放運動最高顧問などを務めた。行動する保守の代表的人物。 1952年3月3日、福島県生まれ。少年時代から英雄伝を読み、中学生の頃にヒトラーやムッソリーニへ興味を持つ。福島県立福島農蚕高等学校卒業後、実家の農業を手伝っていたが、力不足を感じ後継者となることを断念。福島市役所に臨時職員として入職し、1971年に正職員に昇格して公務員になる。 左翼系労組の影響が強かった職場に反発して、自民党に入党。東京の日比谷で大日本愛国党の赤尾敏の演説を目撃し、強い影響を受け、個人として右翼活動を始めた。
姜 昌一(カン・チャンイル、朝鮮語: 강창일、1952年1月… 姜 昌一(カン・チャンイル、朝鮮語: 강창일、1952年1月28日 - )は、大韓民国の政治家、外交官、元培材大学校教授、元学生運動家。第17・18・19・20代国会議員。共に民主党所属。韓国国会の独島領土守護対策特別委員会で委員長を務めた。2017年6月より韓日議員連盟会長。2020年11月23日、駐日大韓民国大使に内定したことが韓国大統領府より発表され、2021年1月から2022年6月まで同大使を務めた。 済州島出身。本貫は晋州姜氏。仏教徒。 ソウル大国史学科在学中に3選改憲反対デモを主導し、大統領選挙法違反で起訴された。後に民青学連事件で拘束され、懲役10年の判決を受け、安養刑務所と順天教導所で服役した。
坂本 龍一 (さかもと りゅういち、英語: Ryūichi … 坂本 龍一 (さかもと りゅういち、英語: Ryūichi Sakamoto、1952年〈昭和27年〉1月17日 - 2023年〈令和5年〉3月28日)は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサー、公益活動家。東京都出身。 音楽性は幅広く、クラシック音楽が根幹にあり、民俗音楽、ポピュラー音楽(特にテクノポップ)にも造詣が深かった。1987年には日本人で唯一アカデミー作曲賞を受賞しており、映画音楽でも世界的に評価されている。愛称は「教授」。晩年は環境や憲法に関する運動にも積極的に参加していた。1990年代中盤にはインターネットの普及に先んじて逸早くライブや作品に取り入れるなど、新技術にも興味を示していた。
屋良 朝助(やら ちょうすけ、1952年1月14日 - )は… 屋良 朝助(やら ちょうすけ、1952年1月14日 - )は、日本の政治活動家、かりゆしクラブ(旧名琉球独立党)党首、衣料品加工印刷会社代表。沖縄県那覇市出身、那覇高等学校卒業。
古賀 伸明(こが のぶあき、1952年(昭和27年) - )… 古賀 伸明(こが のぶあき、1952年(昭和27年) - )は、日本の労働運動家。元日本労働組合総連合会会長。 選択的夫婦別姓制度実現のための民法改正運動を行っているネットの呼びかけ人でもある。 福岡県八幡市(現北九州市)出身。福岡県立八幡中央高等学校卒業。1975年に宮崎大学工学部を卒業し松下電器産業へ入社。1979年に松下電器産業労働組合の役員となり、1982年から専従。 松下電器産業労働組合産業中部支部分会執行委員、中部支部執行委員を経て中部支部書記長。1986年7月に中央執行委員に就任した後、書記長、副中央執行委員長を経て、1996年7月中央執行委員長。2000年7月、全松下労働組合連合会(全松下労連)会長。
世古 一穂(せこ かずほ、1952年 - )は、日本の著作家… 世古 一穂(せこ かずほ、1952年 - )は、日本の著作家、社会活動家。元金沢大学大学院教授。 特定非営利活動法人 NPO研修・情報センター 代表理事、酒蔵環境研究会代表幹事。 NPO活動の普及に取り組んでいるほか、コミュニティ・レストランを通したまちづくりの取り組みも提唱している。 神戸大学文学部哲学科で社会学を専攻し、1975年に卒業後、大阪大学大学院工学研究科博士課程に学ぶ。 その後生活科学研究所主任研究員、日本総研主任研究員を経て、1990年に参加のデザイン研究所を設立した。 1997年にNPO研修・情報センターを設立し、代表理事となり、1998年の特定非営利活動促進法の成立に向けて活動をした。
加藤 倫教(かとう みちのり、1952年 - )は、日本の元… 加藤 倫教(かとう みちのり、1952年 - )は、日本の元左翼運動家・元新左翼、現農家。元日本共産党(革命左派)神奈川県委員会・元連合赤軍メンバー。刑務所の中で3-4年後に新左翼思想から転向し、出所後は農家となり、自民党員となった。 1952年愛知県刈谷市出身。高校2年の時に東海高等学校在学中に名古屋市内の繁華街で沖縄返還を求めるデモに偶然出会って以降、学生運動や新左翼運動にのめり込んだ。そして、3歳年上の長兄加藤能敬の影響で毛沢東を信奉し、「反米愛国」をスローガンに掲げ、「銃のみが政権を生み出す」といった毛沢東理論に基づき、銃砲店から猟銃・散弾実包などを強奪する事件を起こす新左翼テロ組織の中京安保共闘(日本共産党革命左派神奈川県委員会)に入った。
田中 勇一(たなか ゆういち、1952年-)は、日本の政治活… 田中 勇一(たなか ゆういち、1952年-)は、日本の政治活動家。
松岡 徹(まつおか とおる、1951年11月26日 ‐ )は… 松岡 徹(まつおか とおる、1951年11月26日 ‐ )は、日本の元政治家、部落解放運動家。元大阪市役所職員、元参議院議員(2004年 - 2010年、1期)。
石濱 哲信(いしはま てつのぶ、1951年(昭和26年)5月… 石濱 哲信(いしはま てつのぶ、1951年(昭和26年)5月9日 -)は、日本の海上自衛官、政治活動家。政治団体「日本党」党首。 茨城県下妻市に生まれる。父は鹿児島県出身の近衛士官。茨城県立下妻第一高等学校卒業。高校卒業後は航空学生となり、後に海上自衛隊の対潜哨戒機機長となる。1992年に民間企業に入社。2004年に退社し自営業を始める。2019年に一般社団法人日本安全対策推進機構代表理事に就任。2019年10月17日に日防隊を結成し初代代表に就任。 2021年に政治団体・日本保守党を設立する。この日本保守党は2023年に百田尚樹が設立した日本保守党より以前から存在する政治団体である。石濱は立ち上げた日本保守党を休眠団体にしておらず、石濱自らが党首として結党時から政治活動を行ってきており、その中にはつばさの党の黒川敦彦との連携もある。
新谷 かおる(しんたに かおる、本名:新谷 薫(読み同じ)、… 新谷 かおる(しんたに かおる、本名:新谷 薫(読み同じ)、1951年4月26日 - )は、日本の男性漫画家、同人活動家。大阪府豊中市出身。大阪高等学校卒業。
村田 春樹(むらた はるき、1951年(昭和26年)3月9日… 村田 春樹(むらた はるき、1951年(昭和26年)3月9日 - )は、日本の政治活動家である。「外国人参政権に反対する会」東京代表、「自治基本条例に反対する市民の会」会長、維新政党・新風東京都本部国民運動委員長、「従軍慰安婦の嘘を許さない女性の会」事務局長[3]をそれぞれ務める。
斎藤まさし(さいとうまさし、1951年〈昭和26年〉 - )… 斎藤まさし(さいとうまさし、1951年〈昭和26年〉 - )は、日本の政治活動家、市民運動家。MPD・平和と民主運動(市民の党)代表。本名は酒井剛(さかいたける)。 島根県邇摩郡五十猛村生まれ。島根県立大田高等学校卒業。1970年、上智大学外国語学部ロシア語学科に進学し、在学中から学生運動に参加。1971年の学生訪中団にも加わる。1972年に上智大学から除籍処分を受けた。1974年に学生運動団体「日本学生戦線」を、1979年に「立志社」を設立した。 1983年、参議院議員の田英夫元社会民主連合代表や八代英太、宇都宮徳馬らと政治団体「MPD・平和と民主運動」を立ち上げ、1996年には、市民の党を結成。
小川 妙子(おがわ たえこ、1951年 - )は日本の前衛書… 小川 妙子(おがわ たえこ、1951年 - )は日本の前衛書道家、平和活動家。京都府出身。京都府人会会長。 京都府出身。幼少期より書道を始め、京都教育大学美術科に入学し教員免許を取得した。結婚をし、1980年頃に広島県へ移住。県立高校の通信課程で約20年書道を教えた。生徒の中には被爆者もおり、証言を聞く中で平和への想いを書に表すようになった。 2018年1月、平和記念公園で縦4メートル、横1メートルの大書を制作。「生きる力 祈」としたため、側では当時小学5年生だったヴァイオリニストの安塚かのんがヴァイオリンを披露した。 2019年7月には、ニュージーランドの画家であるロビン・ホワイトが廿日市市を訪れ、小川と共に原爆の恐ろしさを伝える作品を共同制作した。
櫛部 武俊(くしべ たけとし、1951年 - )は、日本の社… 櫛部 武俊(くしべ たけとし、1951年 - )は、日本の社会運動家。元釧路市職員(ケースワーカー)。釧路社会的企業創造協議会副代表。 北海道富良野市出身。北星学園大学文学部社会福祉学科卒業。1975年に釧路市職員に採用される。当初障害児施設に勤務。1988年より保護課に異動。以後、生活保護を受け持つ業務を担当する。1990年代以降、釧路市では産業構造の変化に伴い、生活保護世帯数が増加した。その状況下で、2004年より厚生労働省による生活保護者自立支援プログラムのモデル事業を釧路市で実施することとなり、生活福祉事務所主幹としてこれに携わった。櫛部は「親や子どもの自助努力に問題を転嫁させないアプローチの創造が必要であることを学んだ」と述べている。