文月 悠光(ふづき ゆみ、1991年7月23日 - )は、日… 文月 悠光(ふづき ゆみ、1991年7月23日 - )は、日本の詩人。北海道札幌市出身。最年少で中原中也賞、現代詩手帖賞などを受賞。武蔵野大学客員准教授。夫は作曲家の坂東祐大。 札幌市立真駒内中学校2年時の2006年から詩誌「現代詩手帖」や「詩学」へ詩を投稿する。2007年に中学3年時で詩学最優秀新人賞を、北海道札幌旭丘高等学校2年時の2008年に帷子耀に並ぶ過去最年少16歳で現代詩手帖賞を受賞。 高校3年時の2009年に第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』を上梓して、中原中也賞と丸山豊記念現代詩賞を過去最年少18歳で、それぞれ受賞する。 早稲田大学教育学部在学時は詩やエッセイ、書評を寄稿しながら、詩の朗読で都内のイベントへ出演。
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柴田 聡子(しばた さとこ、1986年〈昭和61年〉12月1… 柴田 聡子(しばた さとこ、1986年〈昭和61年〉12月11日 - )は、日本のミュージシャン、詩人。北海道札幌市出身。 2010年に武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。2010年から都内を中心に活動を開始し、半年間高知県四万十市で活動後、神奈川県横浜市へ移住。2012年に1stアルバム『しばたさとこ島』をリリース。 2014年にP-VINEへ移籍し、2ndアルバム『いじわる全集』をリリース。 2016年に詩集『さばーく』を刊行し、同年10月31日にエルスール財団(野村喜和夫らが運営)の第5回エルスール財団新人賞・現代詩部門を受賞した(選考委員は野村喜和夫、カニエ・ナハ)。
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山田 亮太(やまだ りょうた、1982年 - )は、日本の詩… 山田 亮太(やまだ りょうた、1982年 - )は、日本の詩人。 2006年よりヴァーバル・アート・ユニット「TOLTA」でも活動する。 北海道旭川市に生まれ、小学校4年より父の故郷である鷹栖町に育つ。鷹栖中学校、北海道旭川東高等学校から東京都立大学に進学。会社員のかたわら詩作を行う。詩集に『ジャイアントフィールド』『オバマ・グーグル』(ともに思潮社)。2017年、『オバマ・グーグル』で第50回小熊秀雄賞受賞。 TOLTAでの主な制作物・イベントに「トルタバトン ひらくと飛ぶ本をつくる」(2011年~2012年)、「トルタロボトーク」(2014年)、「まえばしポートレート」(2015年、アーツ前橋)、『現代詩100周年』(2015年)など。
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岡和田 晃(おかわだ あきら、1981年 - )は日本のゲー… 岡和田 晃(おかわだ あきら、1981年 - )は日本のゲームデザイナー、翻訳家、および文芸評論家、SF評論家、編集者、詩人。 「ナイトランド・クォータリー」編集長、AGS(アナログ・ゲーム・スタディーズ) 主催。日本近代文学会、日本SF作家クラブ、日本文藝家協会、遊戯史学会、日本デジタルゲーム学会、日本詩人クラブ、茨城県詩人協会、日本ペンクラブ各会員。SF Prologue Wave編集部所属。 北海道上富良野町出身。北海道旭川北高等学校英語科、早稲田大学第一文学部文芸専修卒業、筑波大学大学院人文社会科学研究科一貫制博士課程修士取得退学、共愛学園前橋国際大学非常勤講師、東海大学非常勤講師、法政大学兼任講師。
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中家 菜津子(なかいえ なつこ、1975年- )は、日本の歌… 中家 菜津子(なかいえ なつこ、1975年- )は、日本の歌人、詩人。歌誌「未来」会員。 短歌と詩を組み合わせた作風、以前は短歌と詩とで筆名を分け、夏嶋真子を使っていた。加藤治郎が指導する「未来」の選歌欄「彗星集」に柳澤美晴、野口あや子、佐藤羽美、天道なお、杉森多佳子、小坂井大輔、戸田響子らと参加していた。2016年には、杉森多佳子らとニューアトランティスopera欄への投稿となっている。2013年に、佐藤真夏が企画している詩誌「あるところに」に寄稿している。2014年には亜久津歩、草間小鳥子、黒崎立体とともに「詩」+αのフリーペーパー『CMYK』を創刊した。野村喜和夫が主宰する「喜和堂」にも寄稿している。
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ヤリタミサコ(やりた みさこ、1956年 - )は、日本の詩… ヤリタミサコ(やりた みさこ、1956年 - )は、日本の詩人。 北海道岩見沢市朝日炭鉱生まれ。北海道岩見沢東高等学校では氷室冴子と同級生で、本を貸し借りする間柄だった。明治学院大学文学部英文学科および社会学部社会学科を卒業。大学在学中に炭鉱勤務の父が失業したためアルバイト漬けの生活の中で詩と出会い、アメリカ現代詩にふれるようになる。大学の事務職員として働きながら、東洋英和女学院大学大学院人間科学研究科人間科学専攻修士課程修了(女性学を専攻)。 ビートニクスやフルクサス、詩の評論とアートの評論、E・E・カミングスの訳詩、アレン・ギンズバーグの訳詩、 ヴィジュアル詩などを発表し、パリや全国で朗読会を行う。
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北村 浩史(きたむら ひろし、1953年〈昭和28年〉8月9… 北村 浩史(きたむら ひろし、1953年〈昭和28年〉8月9日 - )は、日本の批評家、小説家、詩人、エッセイスト、ジャーナリスト。 小説家としての名は北村 洪史(きたむら ひろし)。 北海道士別市出身。道北日報社社長。 本名は北村浩史であるが、小説家としての活動は北村洪史(きたむら ひろし)の名義で行っている。 「洪史」には「こうじ」と振り仮名が付けられていることが多い。1992年に北方文芸賞を受賞した「ファミリー」は、『北方文芸』掲載時は「洪史」の振り仮名は「ひろし」であったが、1993年に講談社が出版した単行本の奥付では「こうじ」と振り仮名がつけられているほか、新刊広告にも「こうじ」と読ませているものがある。
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くぼた のぞみ(1950年1月4日 - )は、日本の翻訳家・… くぼた のぞみ(1950年1月4日 - )は、日本の翻訳家・詩人。 北海道新十津川出身。北海道滝川高校、東京外国語大学フランス語科卒業。 アフリカから発信される文学の翻訳者として知られる。 1989年にブッカー賞受賞作『マイケル・K』の翻訳で、南アフリカ出身のノーベル文学賞作家、J・M・クッツェーを日本に紹介した。クッツェー作品の翻訳にはほかにも、自伝的三部作の第一部『少年時代』や、アパルトヘイト末期に書かれた『鉄の時代』があり、これは池澤夏樹個人編集の世界文学全集第1期に初訳として入った。『少年時代』は第二部『青年時代』、第三部『サマータイム』とともに、作者が一巻にまとめた原著を『サマータイム、青年時代、少年時代 - 辺境からの三つの〈自伝〉』として翻訳、出版している。
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渡辺 信二(わたなべ しんじ、1949年11月 - )は、日… 渡辺 信二(わたなべ しんじ、1949年11月 - )は、日本のアメリカ文学研究者、詩人、翻訳家。立教大学名誉教授。専門はアメリカ詩。自らの詩集のほか、アメリカ詩集の翻訳も手がけている。 北海道札幌市出身。北海道札幌東高等学校、東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中途退学。 1978年茨城大学人文学部助手、1979年茨城大学専任講師。1981年東京学芸大学教育学部専任講師、1983年東京学芸大学教育学部助教授。1991年立教大学文学部教授。2012年フェリス女学院大学教授。
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池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、… 池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、日本の小説家・詩人。翻訳、書評も手がける。日本芸術院会員。 文明や日本について考察を基調にした小説や随筆を発表している。翻訳は、ギリシア現代詩からアメリカ現代小説など幅広く手がけている。各地へ旅をしたことが大学時代に専攻した物理学と併せて、池澤の作品の特徴となる。詩が小説に先行していることも、文章に大きな影響を与えている。 声優の池澤春菜と起業家、投資家の池澤摩耶は娘。画家のSaya(摩耶の娘)は孫。 北海道帯広市出身で、マチネ・ポエティクで同人の原條あき子(山下澄、1923年 - 2004年)と福永武彦の間に、疎開先の帯広で誕生した。
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中村 文昭(なかむら ふみあき、1944年〈昭和19年〉12… 中村 文昭(なかむら ふみあき、1944年〈昭和19年〉12月18日 - )は、日本の詩人、文芸批評家、舞踊批評家。北海道旭川市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。元日本大学芸術学部文芸学科教授。えこし会(江古田詩人会)主宰。 北海道旭川市に生まれる。旭川東高等学校卒業後、日本大学芸術学部映画学科に進学。 日芸在学中に吉本隆明の『試行』を知り、吉本隆明に私淑。1967年日芸映画学科卒業。卒論は「フェデリコ・フェリーニ」。その後約半年かけ評論「アルチュール・ランボォ」800枚を書き上げる。「アルチュール・ランボォ」は第17回までが『試行』に掲載されている。 1968年『あぽりあ』の同人となる。『あぽりあ』5号から中村と詩人坂井信夫と共同編集、20号からは中村単独編集。
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葵生川 玲(あおいかわ れい、1943年1月26日 - )は… 葵生川 玲(あおいかわ れい、1943年1月26日 - )は、日本の詩人。本名、横山力男。 北海道滝川市生まれ。東京都北区在住。 月刊の全国詩誌『詩と思想』(土曜美術社出版販売発行)の編集委員、編集長をつとめ、全国の詩人による詩の興隆運動の中心メンバーとなった。また所属団体の日本現代詩人会の理事長、60周年記念事業委員会事務局長や、「詩人会議」の副委員長などを歴任してきた。現在、同人詩誌「飛揚」代表、「視点社」編集長を務めている。ホームページ「葵生川玲氏の詩的な生活」で詩文化の活性化を目指す活動も継続している。 詩集に『歓びの日々』(発行は視点社、以下同。2011年)をはじめ、『ないないづくしの詩』、『冬の棘』、『夕陽屋』、『苦艾異聞』、『はじめての空』(第28回壺井繁治賞受賞作)、『ヤスクニ・ノート』、『草の研究』などの単行詩集、『葵生川玲詩集成』、カセット詩集『葵生川玲詩集』(朗読・松村彦次郎)などの選詩集がある。
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天童大人(てんどうたいじん、1943年 - )は日本の詩人、… 天童大人(てんどうたいじん、1943年 - )は日本の詩人、朗唱家、字家クリスタル・スィングボウル(英語版)奏者。北海道小樽市生まれ。 「肉聲の復権」を目指し、アートパフォーマンスProjet La Voix des Poètes(詩人の聲)を2006年10月14日に創立し、詩人白石かずこの聲から始まった。高橋睦郎、天沢退二郎、稲葉真弓、伊藤比呂美、中沢けい、坂上弘、美術評論家・酒井忠康、建畠晢、ワシオ・トシヒコなど約180名余りが国内外から参加し、2024年12月19日までに、第2334回公演を刻んで、現在も継続中。2018年1月、世界の文学に貢献したとKATHAK文学賞(バングラデュシユ)を受賞。
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笠井 嗣夫(かさい つぎお、1942年 - )は、日本の詩人… 笠井 嗣夫(かさい つぎお、1942年 - )は、日本の詩人、文芸評論家。
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麻生 直子(あそう なおこ、1941年12月16日 - )は… 麻生 直子(あそう なおこ、1941年12月16日 - )は、日本の詩人。本名、村田千佐子(旧姓、深谷)。夫は詩人の村田正夫。 北海道奥尻島生まれ。奥尻町立奥尻小学校卒業後離島し、江差中学校、北海道江差高等学校を経て、北海道函館西高等学校卒業。1960年より東京在住。1970年に村田正夫主宰の詩誌「潮流詩派」に拠る。日本現代詩人会、日本文藝家協会所属。 全国詩誌『詩と思想』(土曜美術社出版販売)の編集委員、日本現代詩人会の「H氏賞」「現代詩人賞」選考委員などを歴任。2007年詩集『足形のレリーフ』で第40回日本詩人クラブ賞を受賞。2018年詩集『端境の海』で第52回北海道新聞文学賞を受賞。村田正夫没後は、詩誌「潮流詩派」の代表を引き継いでいる。
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支倉 隆子(はせくら たかこ、1941年3月11日 - )は… 支倉 隆子(はせくら たかこ、1941年3月11日 - )は、日本の詩人。 本名は川瀬 隆子(旧姓・支倉)。夫は画家の川瀬裕之。 北海道札幌市生まれ。労働基準局勤務の父親の転勤で、中学2年から高校時代まで滝川市で育つ。北海道滝川高等学校を経て、1963年北海道大学文学部ロシア文学科卒業。 1976年に詩集『音楽』、1979年に『琴座』で2度H氏賞候補となる。1995年に『酸素31』で第19回地球賞を受賞。その後2003年に『身空x』で詩歌文学館賞候補となっている。 平明な表現の中に、幻想的要素を漂わせた作風が特色。ヴィジュアル・ポエトリィの活動を積極的に行っており、近年は朗読や美術家としての活動も行っている。
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こたき こなみ(1936年12月6日 - )は、日本の詩人。… こたき こなみ(1936年12月6日 - )は、日本の詩人。北海道小樽市生まれ。本名・武藤小浪。 北海道小樽潮陵高等学校卒。「詩世紀」「にゅくす」「地球」「舟」等を経て、現在「火牛」同人。日本現代詩人会理事。1994年度、2001年度H氏賞の選考委員を務める。2001年『星の灰』で第34回小熊秀雄賞受賞。現代詩人賞選考委員。
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佐藤 和生(さとう かずお、1934年 - )は、フランス文… 佐藤 和生(さとう かずお、1934年 - )は、フランス文学者、翻訳家、詩人。同志社大学名誉教授。 北海道出身。北海道札幌東高等学校、北海道大学文学部卒業。京都大学仏文科博士課程修了。フランス文学の研究、翻訳を手がける傍ら、詩作も行い、2001年より詩集も発表している。
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荒巻 義雄(あらまき よしお、1933年4月12日 -)は、… 荒巻 義雄(あらまき よしお、1933年4月12日 -)は、日本の小説家、SF作家、推理作家、評論家、詩人。本名、荒巻邦夫、後に荒巻義雅と改名。『紺碧の艦隊』の大ヒットで、いわゆる架空戦記小説の世界を代表する小説家として広く知られている。静修女子大学(現・札幌国際大学)教授も務めた。 日本文芸家協会会員。日本SF作家クラブ会員。現代俳句協会会員(旭太郎名義)。 北海道小樽市で、荒巻山の名前の元になった、採石業を営む荒巻家に生まれる。荒巻によると荒巻家は平将門一門の末裔であり、両親は母方の祖父が小樽市色内町(現在の稲穂)で開いていた一万坪の採石場を継ぐため水戸市から移住してきたという。幼少期にはロース幼稚園というミッション系の幼稚園に通っており、その時に触れた聖書の世界観に影響を受ける。
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宇梶 静江(うかじ しずえ、旧姓:浦川〈うらかわ〉、1933… 宇梶 静江(うかじ しずえ、旧姓:浦川〈うらかわ〉、1933年〈昭和8年〉3月3日 - 、女性)は、日本の詩人、古布絵作家、絵本作家。アイヌ解放運動家である。白老町在住。 1933年(昭和8年)3月3日、 北海道浦河郡浦河町の和人も混住するアイヌ集落に浦川春松の次女(四男二女の3番目)として生まれた。幼少期は非常に貧しく困窮した生活であり、また、和人の子どもたちからの苛酷な差別に苦しんだ。「毛深い」と差別されるため、まつ毛を自ら切ったこともあり、増水した川に落とされそうになったこともあった。自らの出自がアイヌであることに嫌悪感を抱き、アイヌ同士で結婚すると、その子どもは自分と同じようにいじめられるのではないかと心配したこともあったという。
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原子 修(はらこ おさむ、1932年11月13日 - 202… 原子 修(はらこ おさむ、1932年11月13日 - 2024年1月30日)は、日本の詩人、劇作家。札幌大学名誉教授、日本文芸家協会会員、日本現代詩人会会員。 北海道函館市生まれ。北海道学芸大学(現在の北海道教育大学)卒。24歳で処女作『第一詩集』刊行。札幌市教育委員会文化課長、札幌彫刻美術館館長などを歴任。1989年札幌大学教養部教授、総合文化部教授、2003年定年退任、名誉教授。 北海道の縄文文化に関心が深く、『縄文の花』『縄文の夜明け』といった詩劇や叙事詩を発表した。また、北海道龍馬会の会長も務めた。 2024年1月30日、小樽市内の病院で、肺炎のため死去した。91歳没。
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新谷 行(しんや ぎょう、1932年 - 1979年3月18… 新谷 行(しんや ぎょう、1932年 - 1979年3月18日)は、昭和期の詩人、文芸評論家、歴史家。本名:新屋 英行(あらや・ひでゆき)で、北海道の騎手・新屋幸吉は兄にあたる。妻は詩人の上杉浩子。 留萌郡小平蘂村(現在の小平町)に、馬喰の五男として生まれる。1953年に留萌高等学校を卒業し、中央大学法学部に入学するために上京。大学を卒業する頃に詩人の金子光晴を訪問し、出版社の編集の勤務とともに文学活動を続ける。1959年に佐藤久夫・桜井滋人・竹川弘太郎とともに同人雑誌『詩域』を創刊。1964年に同人雑誌『あいなめ』に参加する(金子光晴・松本亮・桜井・竹川)。1968年には出版社を辞め、デパートの広報課に勤めるが翌年の夏にはそこも辞め生活のために週刊紙の埋め草記事を書くほかは自分の作品作りに専心し始める。
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鍵谷 幸信 (かぎや ゆきのぶ、 1930年7月26日 - … 鍵谷 幸信 (かぎや ゆきのぶ、 1930年7月26日 - 1989年1月16日)は、日本の英文学者・詩人・音楽評論家。 北海道旭川市出身。北海道旭川北高等学校を経て慶應義塾大学文学部英文科卒。慶應義塾大学法学部助教授、教授。現代英米文学を専攻し、「エリオット詩集」「ウィリアムズ詩集」などの翻訳や研究書を発表。西脇順三郎門下の詩人で、西脇の全集編集にも携わる。 現代美術・現代音楽、ジャズにも造詣が深く、エッセイも多数執筆、「コーシンさん」の愛称で親しまれた[要出典]。
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木津川 昭夫(きつかわ あきお、1929年(昭和4年)10月… 木津川 昭夫(きつかわ あきお、1929年(昭和4年)10月28日- 2012年(平成24年)5月22日)は、日本の詩人。 北海道滝川市生まれ。旧制滝川中学校(現北海道滝川高等学校)卒業。戦後から詩作を始め、新十津川町の同人誌「道標」を経て、更科源蔵主宰の札幌市の詩誌「野性」に参加。「文芸首都」にも参加した。上京後、1973年に「ホルン」、1977年「曠野」を創刊。同人に狩野敏也、矢口以文など。 「火牛」「青い花」「日本未来派」同人。2001年から2002年にかけて、日本現代詩人会会長をつとめた。
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狩野 敏也(かの としや、1929年9月17日 - 2019… 狩野 敏也(かの としや、1929年9月17日 - 2019年2月3日)は、日本の詩人、料理評論家。児童書ではかのりゅうの筆名も用いる。 北海道標津郡標津町出身。1952年北海道大学法経学部政治学科卒業後、日本放送協会に就職する。札幌、函館、室蘭、東京の各地で記者、ディレクター、資料部員、考査室主査などを務める。1964年、山之口貘の紹介により土橋治重主宰の詩誌「風」の同人となり、終刊まで参加。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本ペンクラブ名誉会員。俳誌「花林花」同人として俳句も詠んだ。 1987年に退職後、十文字学園女子短期大学教授に就任し、2000年までコミュニケーション論、現代詩作法などを講じた。
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尾花 仙朔(おばな せんさく、1927年4月9日 -2018… 尾花 仙朔(おばな せんさく、1927年4月9日 -2018年5月22日)は、日本の詩人。 本名・三浦敬二郎。東京に生まれ、幼少期は宮城県七ヶ浜町で育つ。札幌商業学校(現・北海学園札幌高等学校)卒。仙台市在住。1957年「ユリイカ」に作品が掲載され、『荒地詩集』に参加。岡崎清一郎編集の詩誌『近代詩猟』『世界像』同人を経て、鈴木漠編集の『海』や塚本邦雄主宰の『玲瓏』に随時寄稿。
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富田 正一(とみた しょういち、1927年3月30日 - 2… 富田 正一(とみた しょういち、1927年3月30日 - 2021年4月7日)は、日本の詩人。日本国有鉄道(国鉄)に勤務する傍ら、19歳から91歳までの72年間、北海道を代表する詩誌『青芽』(せいが)の発行を続けた。 小熊秀雄賞選考委員、旭川市民文芸選者、日本現代詩歌文学館振興会評議員、旭川文学資料館館長を歴任。日本現代詩人会、北海道詩人協会、北海道文学館、旭川文学資料友の会等多くの会や詩誌に参加交流。日本鉄道OB会連合会認証文学(詩)インストラクターを務め、旭川ポエムの会等で指導した。発表した詩は約1200篇、随筆約800篇。 現在の北海道名寄市に生まれる。 1944年、陸軍航空通信学校を卒業し、特別幹部候補生の陸軍兵長として従軍した。
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森 静朗(もり しずろう、1927年1月11日 - 2007… 森 静朗(もり しずろう、1927年1月11日 - 2007年11月26日)は、日本の経済学者、俳人、詩人。 北海道岩内郡岩内町出身。俳号・句城子。日本大学卒、1959年同大学院金融論専攻博士課程満期退学、75年「庶民金融思想史」で経済学博士。日本大学商学部助教授、教授。1997年定年、名誉教授。俳人として、1943年原石鼎、原コウ子に入門、鹿火屋に所属。そのほか、叙事詩も書いた。
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河邨 文一郎(かわむら ぶんいちろう、1917年〈大正6年〉… 河邨 文一郎(かわむら ぶんいちろう、1917年〈大正6年〉4月15日 - 2004年〈平成16年〉3月30日)は、日本の整形外科医、詩人。元札幌医科大学教授。 北海道小樽市出身。小樽中学、北海道帝国大学医学部を卒業。その後、東京帝国大学医学部を経て、札幌医科大学整形外科教授となる。医師から作家に転向した渡辺淳一は、教え子のひとりである。 1950年12月、東北大学より「項中隔石灰症の研究」で医学博士を取得した。 1952年には北海道整肢学院(現北海道立子ども総合医療・療育センター)の初代院長となり、北海道の「肢体不自由児の父」と呼ばれる。北海道内でのポリオ流行後、同疾患による下肢短縮に対する河邨式脚延長術式を開発した。
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枯木 虎夫(かれき とらお、1914年〈大正3年〉12月29… 枯木 虎夫(かれき とらお、1914年〈大正3年〉12月29日 - 1977年〈昭和52年〉)は、日本の詩人。本名、井上虎夫。 北海道帯広市生まれ。詩人加藤愛夫に師事。戦時中は樺太豊原支庁に勤務、戦後は札幌地検事務官を長く務めた。更科源蔵主宰の詩誌『野性』を経て、『詩風土』を主宰。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
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上林 猷夫(かんばやし みちお、1914年2月21日 - 2… 上林 猷夫(かんばやし みちお、1914年2月21日 - 2001年9月10日)は、日本の詩人。 北海道札幌市出身。旧姓は高垣。生後6ヶ月で伯父の養子となり、大蔵省専売局官吏だった養父に従って全国を転々とする。同志社高等商業学校卒。大阪地方専売局を経て、高砂香料工業に勤務。取締役総務部長を務めた。 1936年池田克己、佐川英三らと『豚』を創刊。戦後は『花』を創刊、『日本未来派』に参加。1952年『都市幻想』で第3回H氏賞受賞。1963年から日本現代詩人会理事長として、事務的手腕を発揮した。1987年日本現代詩人会会長。
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左川 ちか(さがわ ちか、1911年〈明治44年〉2月14日… 左川 ちか(さがわ ちか、1911年〈明治44年〉2月14日 - 1936年〈昭和11年〉1月7日)は、昭和時代初期の日本の詩人。本名は川崎 愛。名の「愛」は「ちか」と読むが、「あい」とも呼ばれていた。「現代詩の起点となる詩人」とも賞される。 北海道余市郡余市町大字黒川村に生まれる。4歳までは歩行も困難なほど虚弱であった。戸籍上の父は不明、異父兄の昇が終生の支えとなる。1923年3月に余市町立大川尋常小学校を卒業。親族の反対を押し切るかたちで庁立小樽高等女学校(現・小樽桜陽高校)に入学し、1928年同校補習科師範部を卒業。同年8月、先に上京していた兄・昇の自宅に同居を始め、兄の友人として小樽時代から知っていた伊藤整や百田宗治などの作家・詩人たちとの交流が広がる。
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和田 徹三(わだ てつぞう、1909年(明治42年)8月4日… 和田 徹三(わだ てつぞう、1909年(明治42年)8月4日 - 1999年6月27日)は日本の詩人・英文学者。北海道余市町出身。小樽高等商業学校卒。龍木煌(たつき あきら)のペンネームを持つ。 北海道薬科大学教授をつとめ英語を教える傍ら、詩人として活動。1930年頃伊藤整と同時に百田宗治主催の「椎の木」に参加し、文学活動に専念する。英詩の翻訳(ハーバート・リードの研究者としての実績)からモダニズムへと変貌。1997年「湾」で和田自身が《「湾」を形而上詩の研究とと実作の場にしよう》という沢村光博の提案を受け、私は《長編形而上詩の実験作品を連載することにした。》と述べている。また1970年頃《沢村光博はカソリシズムとコミュニズムの結合を企てていたし、私は親鸞思想へ激しく傾斜していった。
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大野 百合子(おおの ゆりこ、1908年〈明治41年〉4月2… 大野 百合子(おおの ゆりこ、1908年〈明治41年〉4月24日 - 1938年〈昭和13年〉9月26日)は、日本の詩人。才能に恵まれながらも早世した女流詩人とされる。 1908年(明治41年)4月24日、北海道余市町で誕生した。1917年(大正6年)に小樽区に転居。小樽高等女学校(後の北海道小樽桜陽高等学校)に入学したが、病気により中退。上京して洋裁を学び、1926年(大正15年)に小樽洋服裁縫女学院を設立した。1932年(昭和7年)の解院までに、約200人の卒業生を送り出した。 20歳代から、詩作に本格的に取り組み、文学雑誌『新短歌時代』『詩歌建築』などに詩を投稿した。詩人の宮崎丈二に認められたことで、宮崎に師事し、1931年(昭和6年)、同人誌『河』に参加した。
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吉川 静夫(よしかわ しずお、1907年〈明治40年〉8月2… 吉川 静夫(よしかわ しずお、1907年〈明治40年〉8月28日 - 1999年〈平成11年〉4月10日)は、日本の作詞家、詩人。 北海道札幌市生まれ、帯広市出身。北海中学(現:北海高等学校)、駒澤大学卒業。小学校の校長を経て、1936年(昭和11年)にキングレコードの「追分月夜」で作詞家デビュー。戦時中はヒット作に恵まれなかったが、戦後の1946年(昭和11年)に岡晴夫「青春のパラダイス」で復活。その後はビクター専属となり、津村謙「流れの旅路」、三浦洸一「落葉しぐれ」、三沢あけみ「島のブルース」、青江三奈「長崎ブルース」「池袋の夜」、森進一「女のためいき」、竹山逸郎「熱き泪を」などのヒット作を生んだ。
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入江 好之(いりえ よしゆき、本名:入江 好行、1907年(… 入江 好之(いりえ よしゆき、本名:入江 好行、1907年(明治40年) - 1989年(平成元年))は、日本の詩人・児童文学作家・教育者・経営者。 北海道小樽市生まれ。1928年(昭和3年)旭川師範学校(現・北海道教育大学旭川校)卒業。 在学中に詩誌「北斗星」を創刊。旧制中学校教諭]しながら、作詩活動を続け、詩誌「青光」を創刊。1936年(昭和11年)に第一詩集「あしかび」を刊行。その後官憲の弾圧を受け、教職を辞職し、1943年(昭和18年)に満州国に渡る。満州国日本人中学校の教員をしていたが、終戦。シベリア抑留を経て、1949年(昭和24年)に帰国。 1956年(昭和31年)北海道詩人協会の設立に参画し、同協会事務局長に就任( - 1976年(昭和51年))。
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長谷川 濬(はせがわ しゅん、1906年7月4日 - 197… 長谷川 濬(はせがわ しゅん、1906年7月4日 - 1973年12月16日)は、日本の詩人・作家・ロシア文学者。 父・清(後に淑夫に改名)と母・ユキの三男として函館市元町に生まれる。1925年、函館中学を卒業すると、兄海太郎の勧めもあって4年の間漁船に乗った。1932年、大阪外国語学校露語科を卒業し、満州国の新政府資政局自治指導部訓練所(後の大同学院)に入る。大同学院を一期生として卒業し、満州国外交部を経て、満州映画協会に勤務する。1938年、北村謙次郎や仲賢礼らと雑誌『満州浪曼』を発刊する。1941年3月1日、満映の映画人養成所を開業し、同年11月には株式会社満州電影総社を設立する。この頃、ニコライ・バイコフの「偉大なる王」を文藝春秋から翻訳する。
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伊藤 整(いとう せい、1905年(明治38年)1月16日 … 伊藤 整(いとう せい、1905年(明治38年)1月16日 - 1969年(昭和44年)11月15日)は、日本の小説家、詩人、文芸評論家、翻訳家。位階は正五位。勲等は勲三等。 本名は伊藤整(いとう ひとし)。社団法人日本文藝家協会理事、東京工業大学教授、社団法人日本ペンクラブ副会長、財団法人日本近代文学館理事長などを歴任した。日本芸術院会員。 抒情派詩人として出発したが、その後詩作を離れて小説・評論に重心を移し、ジェイムズ・ジョイスらの影響を受けて「新心理主義」を提言。戦後は旺盛な著作活動に加え、ベストセラーや裁判の影響もあり、もっとも著名な評論家の一人となった。私小説的文学の理論化をめざすとともに自身も創作を行い、評論では『小説の方法』「近代日本人の発想の諸形式」「近代日本における『愛』の虚偽」『日本文壇史』などがあり、『氾濫』『変容』『発掘』は、夏目漱石の衣鉢を継ぐ近代小説三部作である。
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竹内 てるよ(たけうち てるよ、1904年(明治37年)12… 竹内 てるよ(たけうち てるよ、1904年(明治37年)12月21日 - 2001年(平成13年)2月4日)は、北海道出身の詩人、小説家、霊能者。本名、竹内照代。 銀行員と芸者との間に札幌市で生まれるが、生後すぐに釧路の父方の祖父母に引き取られる。日本高等女学校を肺結核療養のため中退。婦人記者となった後に20歳で結婚し、一子をもうけるが、脊椎カリエスに罹患して1928年に離婚。以後、詩作を続け、1930年に第一詩集『叛く』を刊行した。2001年2月4日、老衰のため死去。 2002年9月29日、スイスのバーゼルで開催された 「国際児童図書評議会」 (IBBY) 創立50周年記念大会で、日本の美智子皇后がスピーチの中で代表作「頬」を引用したことから、改めて注目されるようになった。
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今野 大力(こんの だいりき、1904年2月5日 - 193… 今野 大力(こんの だいりき、1904年2月5日 - 1935年6月19日)は、日本の詩人。 宮城県伊具郡丸森町生まれ。幼時に北海道旭川市に移る。小学校卒業後、新聞社給仕を経て、旭川郵便局に勤務。この頃から詩作を始め、1927年に小熊秀雄らと詩誌『円筒帽』を発刊。その後上京し、『婦人戦旗』などの編集にたずさわる。1931年日本プロレタリア文化連盟(コップ)の結成に参加し、『プロレタリア文学』などに反戦詩を発表。1932年3月、駒込署に検挙され、その時の拷問がもとで入院。人事不省に陥り、生死の境をさまよう。回復後の1933年、日本共産党に入党。病気に苦しみながら創作を続けるが、1935年結核で死去。
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小熊 秀雄(おぐま ひでお、1901年9月9日 - 1940… 小熊 秀雄(おぐま ひでお、1901年9月9日 - 1940年11月20日)は、日本の詩人、小説家、漫画原作者、画家である。筆名に、小熊 愁吉(おぐま しゅうきち)、黒珊瑚(くろさんご)、旭 太郎(あさひ たろう)などがある。 1901年(明治34年)9月9日、北海道小樽市稲穂町に生まれる。幼少期を稚内市・秋田・樺太で過ごし、泊居高等小学校を卒業。養鶏場の番人など様々な雑務作業に従事した後、1922年より旭川新聞社で新聞記者となる。この頃から詩作を始め、1923年、旭川新聞に最初の詩作『奪われた魂』などが掲載される。この頃よりペンネームを小熊愁吉(おぐま しゅうきち)や黒珊瑚(くろ さんご)の筆名を使用し、作品や取材記事を書いた。
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吉田 一穂(よしだ いっすい、1898年8月15日 - 19… 吉田 一穂(よしだ いっすい、1898年8月15日 - 1973年3月2日)は、大正・昭和期の詩人、評論家、童話作家。本名、由雄。
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