根本 聡一郎(ねもと そういちろう、1990年10月20日 … 根本 聡一郎(ねもと そういちろう、1990年10月20日 -)は日本の小説家、脚本家。謎杜プロジェクト代表。福島県いわき市出身。 大学進学をきっかけに仙台市に暮らし、東日本大震災を経験。沿岸部でのボランティア活動や、ネットメディアを活用したNPO法人の活動に従事する。 大学在学中の2013年頃から、自作の小説をKindle ダイレクト・パブリッシングを活用し発表。電子書籍『プロパガンダゲーム』がKindle全体ランキングで2位を獲得したことで編集者の目に留まり、2017年に双葉社から文庫として発刊、デビューする。 2021年には井口理主演のWEBドラマ「GOSSIP BOX/ゴシップボックス」の脚本を担当。
林家 彦三(はやしや ひこざ、1990年7月7日 - )は、… 林家 彦三(はやしや ひこざ、1990年7月7日 - )は、落語協会所属の落語家・作家。林家正雀門下の二ツ目。本名は齋藤 圭介。出囃子は『晴れて雲間』。 福島県小野町出身。福島県立郡山東高等学校、早稲田大学文学部ドイツ文学科卒業。2015年9月1日、林家正雀に入門。2016年9月21日、前座となる。前座名は「彦星」。2020年5月21日に三遊亭ぐんま、柳家小はだと共に二ツ目昇進。「彦三」と改名。 2025年5月、小野町ふるさと応援大使に就任した。 齋藤圭介名義で、詩誌『天窓』を主宰。 落語協会二ツ目の勉強会「チャノマ」メンバー。 三遊亭ぐんま、三遊亭花金、昔昔亭昇と共に勉強会を開催している。 落語会や文芸イベントへの出演・共催を行う。
こざわ たまこ(1986年 - )は、日本の小説家。会社員。… こざわ たまこ(1986年 - )は、日本の小説家。会社員。 福島県南相馬市生まれ。専修大学文学部日本文学文化学科卒業。2012年、短編「僕の災い」(「ハロー、厄災」から改題)で第11回女による女のためのR-18文学賞(読者賞)を受賞する。 小学生の頃から小説や漫画が好きで、ノートにお話や漫画を書き留めたりしていた。高校・大学時代ともに演劇部に所属し、脚本を書いた。大学2年生から小林恭二ゼミ「文藝創作」に所属。趣味は、演劇鑑賞と漫画を読むこと。好きな作家として、重松清、窪美澄を挙げている。 「」内がこざわの作品
日丸屋 秀和(ひまるや ひでかず、1985年5月8日 - )… 日丸屋 秀和(ひまるや ひでかず、1985年5月8日 - )は、日本の漫画家、同人作家。男性。福島県郡山市出身、アメリカニューヨーク在住、パーソンズ・スクール・オブ・デザイン中退。血液型はO型。 日丸屋のホームページで閲覧可能。
物江 潤(ものえ じゅん、1985年 - )は、日本の作家、… 物江 潤(ものえ じゅん、1985年 - )は、日本の作家、批評家。 福島県喜多方市生まれ。2008年、早稲田大学理工学部社会環境工学科卒業。東北電力を経て松下政経塾に入塾。『SNS選挙という罠』で咢堂ブックオブザイヤー2025選挙部門大賞を受賞。同書にて、メディア・リテラシーではなく、SNSのふりまくストーリーと戦う思考の拠点を各人が築くべきとする。
大野 更紗(おおの さらさ、1984年 - )は日本の作家、… 大野 更紗(おおの さらさ、1984年 - )は日本の作家、研究者(社会学)。本名及び研究者としての名義は渡部沙織(わたなべ さおり)。 博士(社会学)。研究者としての専門領域は医療社会学、歴史社会学、難病医療政策史、難治性疾患の医療政策。戦後の難病医療政策のメカニズムの解明が主要な研究テーマ。近年は、希少性・難治性ELSI、患者の研究参画、ジェネティック・シティズンシップ(遺伝学的市民権)論や患者の社会経済的な負担に関する実証的な研究等にも取り組んでいる。 1984年、福島県生まれ。福島県立安積女子高等学校卒業後、上智大学外国語学部フランス語学科に進学、卒業。大学在学中にビルマ(ミャンマー)の難民への援助に関心を抱いてNGO活動に参加したことを機に、上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程に進学。
高木 敦史(たかぎ あつし、1979年3月3日 -)は、日本… 高木 敦史(たかぎ あつし、1979年3月3日 -)は、日本の小説家・ライトノベル作家。 福島県出身。福島県立安積高等学校、早稲田大学第二文学部卒業。2009年、『なしのつぶて』(『“菜々子さん”の戯曲』と刊行時に改題)で第13回角川学園小説大賞優秀賞を受賞。 2010年7月、『“菜々子さん”の戯曲』で角川スニーカー文庫から発売、作家デビュー。 デビュー作である『“菜々子さん”の戯曲』は、「このライトノベルがすごい! 2012年」において、53位にランクインするなど、一定の評価を得る。 イラスト:笹森トモエ イラスト:穂里みきね イラスト:鈴木マナツ
川瀬 七緒 (かわせ ななお、1970年4月28日 -)は、… 川瀬 七緒 (かわせ ななお、1970年4月28日 -)は、日本のデザイナー、推理作家。 福島県白河市出身。文化服装学院に進学し、服装科デザイン専攻科を卒業した。1991年、服飾デザイン会社に就職し、子供服のデザイナーとなる。その後、フリーのデザイナーとして、子供服のデザインを手がけている。長らく東京都に在住していたが、結婚を機に神奈川県横浜市に居住する。2007年から小説の執筆に取り組んでいる。2010年には、第20回鮎川哲也賞で『静寂のモラトリアム』が最終候補となった。同年、第56回江戸川乱歩賞で『ヘヴン・ノウズ』が最終候補となった。2011年、2度目の応募で、玖村まゆみの『完盗オンサイト』とともに『よろずのことに気をつけよ』が第57回江戸川乱歩賞を受賞した。
菅野 雪虫(すがの ゆきむし、1969年 - )は、日本の児… 菅野 雪虫(すがの ゆきむし、1969年 - )は、日本の児童文学作家、ファンタジー作家。 福島県南相馬市出身。福島県立原町高等学校卒業。 2002年、「橋の上の少年」で北日本新聞社が主催する第36回北日本文学賞を受賞する。2005年、架空のアジア風三国を舞台にしたファンタジー小説「ソニンと燕になった王子」で第46回講談社児童文学新人賞を受賞し、改題・加筆した『天山の巫女ソニン1 黄金の燕』で2006年にデビューする。2007年、同作で第40回日本児童文学者協会新人賞を受賞する。デパート数社で美容部員、販売員として勤務した経験をもつ。 ペンネームは、雪虫に由来する。児童文学を書くときに注意していることをきかれた際、「キャラクターを自分のテーマを語る道具にはしない。
清野 かほり(きよの かおり、女性、1968年8月9日-)は… 清野 かほり(きよの かおり、女性、1968年8月9日-)は、日本の小説家である。 福島県いわき市出身。福島県の県立高校卒業後上京、半年ほどセクシー系雑誌の編集を経験する。 その後、リクルートフロム・エーのアルバイト職で求人広告の制作に3年半携る。退社後コピーライター養成講座に通うも、資金不足にて中退。 その後、広告制作プロダクションに入社し、コピーライター修行に入る。この時に23歳と6ヶ月。その後も広告制作会社を転々とし、30歳の時に会社が倒産をしたのを機に、フリーランス・コピーライターになる。 31歳のときに小説新潮新人賞に初投稿、最終候補となる。同雑誌への3度目の投稿で小説新潮長編小説新人賞受賞。
山崎 マキコ(やまざき マキコ、1967年 - )は、日本の… 山崎 マキコ(やまざき マキコ、1967年 - )は、日本の作家。福島県出身。 明治大学農学部卒。在学中にTeXコーディングのアルバイトをしていたソフトハウス(作中では「Dシステム」。明示してはいないが、書籍の奥付から株式会社ドキュメントシステムと思われる)をモデルにした計算機業界内輪本『健康ソフトハウス物語』(1990) を出版、作家としてデビューした。PC9801シリーズ全盛期、ソニー社のワークステーションNEWSや25MHzのSPARCが新鋭だった時代である。続編の『続 健康ソフトハウス物語』(1991) も出版され、以降コンピューター系のライターとして、また一般小説や随筆の作家として活動している。
古川 日出男(ふるかわ ひでお、1966年7月11日 -)は… 古川 日出男(ふるかわ ひでお、1966年7月11日 -)は、日本の小説家、詩人、劇作家。 福島県立安積高等学校卒業。 早稲田大学第一文学部中退後、編集プロダクションに勤務。 高校で演劇部に所属して以降演劇に関わり、1991年より舞台演出家として活動、戯曲も30本以上書いたという。 1994年、『砂の王(ウィザードリィ外伝)』(現在未完)で小説家としてデビュー。 2002年、『アラビアの夜の種族』で第55回日本推理作家協会賞・第23回日本SF大賞を受賞。 2005年、『ベルカ、吠えないのか?』で第133回直木三十五賞候補。 2006年、『LOVE』で第19回三島由紀夫賞受賞。 2006年に入って「朗読ギグ」と呼ばれる自作の音読イベントを積極的に行っており、ZAZEN BOYS向井秀徳や吉増剛造と競演するなど、活動の幅を広げている。
清野 栄一(せいの えいいち、1966年 - )は、日本の小… 清野 栄一(せいの えいいち、1966年 - )は、日本の小説家、DJ、ミュージシャン、写真家。 富士ロックフェスティバルでは、10年以上にわたり、DAY DREAMINGサイトを企画、運営。
影山 明仁(かげやま あきひと、1964年〈昭和39年〉 )… 影山 明仁(かげやま あきひと、1964年〈昭和39年〉 )は日本の著作家。福島県郡山市出身。岩手県盛岡市在住。丸野 一・八日丁梅之助のペンネームでも活動。 この項目は、作家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:作家/PJ作家)。
佐藤 巖太郎(さとう がんたろう、1962年1月12日 - … 佐藤 巖太郎(さとう がんたろう、1962年1月12日 - )は、日本の小説家。 福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。 会社員を経て、2011年に『夢幻の扉』で第91回オール讀物新人賞を受賞し、作家デビュー。
宮ノ川 顕(みやのがわ けん、1962年 - 2015年1月… 宮ノ川 顕(みやのがわ けん、1962年 - 2015年1月2日)は、日本の小説家。本名、宮川顕二。 福島県白河市出身。自営業の傍ら執筆。 2005年、やまなし文学賞小説部門に「ハンザキ」が佳作入賞(宮川顕二名)。 2009年、第16回日本ホラー小説大賞を「ヤゴ」で受賞、『化身』と改題してデビューした。 2015年、新作執筆中に急性大動脈乖離にて急逝。
歌川 和彦(うたがわ かずひこ、1961年5月1日 - )は… 歌川 和彦(うたがわ かずひこ、1961年5月1日 - )は、日本の作曲家、作詞家、編曲家、音楽プロデューサー、シンガーソングライター、著作家、ボイストレーナーである。血液型A型。福島県福島市出身。サムガイズ・ミュージック所属。 10代の頃からバンドを始め、東京都内各ライブハウス特にShibuya eggmanを中心に活動。その頃やっていたバンド活動が認められたのと1989年リクルート社のCMソングオーディションでグランプリを獲得したのをきっかけにソニー・ミュージックと契約。同時に作詞・作曲の依頼も受け近藤真彦・吉田栄作・SAY'S・マルシア・KIX-S・鈴里真帆・中川進などに曲を提供。また、シンガーとしてもプロレス団体SWSのテーマ曲、アーティストの仮歌入れ・コーラス(近藤真彦「アンダルシアに憧れて」など)の歌のスタジオ・ミュージシャンとしても活動。
藤原 章生(ふじわら あきお、1961年4月27日 ‐ )は… 藤原 章生(ふじわら あきお、1961年4月27日 ‐ )は、日本の記者、ノンフィクション作家。 1961年、福島県常磐市(現・いわき市)生まれ。東京都育ち。東京都立上野高等学校を経て、北海道大学工学部資源開発工学科を卒業後、住友金属鉱山に入社。 1989年、毎日新聞社に入社、記者に転じる。長野支局を経て1992年より外信部。ヨハネスブルグ特派員(1995‐2001年)、メキシコシティ支局長(2002‐2006年)。メキシコシティ支局長時代の2005年に、アフリカを舞台にした短編集『絵はがきにされた少年』(『遠い地平』を改題)で、第3回集英社開高健ノンフィクション賞を受賞。2008年3月からローマ支局長。
山田 深夜(やまだ しんや、1961年 - )は、日本の小説… 山田 深夜(やまだ しんや、1961年 - )は、日本の小説家、ライダー。福島県須賀川市生まれ。神奈川県横須賀市在住。創作落語も手がける。 日本大学東北高等学校を卒業後、京浜急行電鉄で職員として約20年勤務する。ブルースハーピストとしてライブ活動を行いつつ、文筆活動を始める。原稿はプリントアウトしたものをホチキス留めにし、駅前などで手売りしていた。それに注目した地元タウン誌から原稿依頼があり、兼業作家となる。 1995年、阪神・淡路大震災被災地にてボランティアリーダーを務める。ライダーであることからオートバイツーリング雑誌「アウトライダー」やバイク雑誌「ミスターバイクBG」に原稿を書き始める。 1999年、物書きに専念するため、京浜急行電鉄を退社。
志賀 泉(しが いずみ、1960年10月22日 - )は、日… 志賀 泉(しが いずみ、1960年10月22日 - )は、日本の小説家。 福島県南相馬市出身。福島県立双葉高等学校、二松學舍大学文学部卒業。15年間、書店兼ギャラリーに勤務。趣味はギャラリーめぐり。『指の音楽』(筑摩書房)で、2004年(平成16年)第20回太宰治賞受賞。 「立入禁止区域、双葉~されどわが故郷」(佐藤武光監督)、「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)など、福島第一原発事故を題材とした映画の制作にも関わっている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
玉井 次郎(たまい じろう、1959年7月15日 - )は、… 玉井 次郎(たまい じろう、1959年7月15日 - )は、日本のノンフィクション作家。 福島県会津若松市生まれ。福島県立若松商業高等学校卒業。 若いころは、劇団に所属しており舞台やCMなどに出演していた。その後は、星野リゾートアルツ磐梯で調理師の仕事をしていたが、株式投資にはまってしまい、財産を失ってしまう。 その後、東日本大震災がきっかけで職も失い、短期のアルバイトをしながら、生計を立てていたが、ある日にスポーツ新聞の求人広告を見つけたことがきっかけで、東京・吉原でソープランドのボーイとして働き始め、その体験談を基に「ソープランドでボーイをしていました」を刊行する。 退職後は、御宿東鳳の調理師として働き始める。
愛川 晶(あいかわ あきら、1957年5月30日 -)は、日… 愛川 晶(あいかわ あきら、1957年5月30日 -)は、日本の小説家・推理作家。福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校を経て、筑波大学第二学群比較文化学類卒業。 高校の社会科教員を勤めながら、1994年、『化身』で第5回鮎川哲也賞を受賞し小説家デビュー。大掛かりなトリックを用いた本格ミステリを数多く執筆している。 シリーズものとしては女子高生探偵が活躍する根津愛シリーズなどがある。また、神田紅梅亭寄席物帳シリーズなどの落語や寄席を題材としたミステリも多い。 2016年刊行の『はんざい漫才』あとがきにて、2001年に富士見ミステリー文庫よりデビューした推理作家、谷原秋桜子が自身の別名義であることを示唆した(詳細は谷原秋桜子#正体の公表を参照)。
玄侑 宗久(げんゆう そうきゅう、1956年4月28日 - … 玄侑 宗久(げんゆう そうきゅう、1956年4月28日 - )は、日本の小説家、臨済宗の僧侶。福島県在住。東日本大震災復興構想会議委員。 福島県三春町にある臨済宗妙心寺派福聚寺の長男として生まれる。カトリック系の三春幼稚園、地元の小中学校を経て福島県立安積高等学校卒業。この間モルモン教、統一教会、天理教などに触れる。小学校3年の頃、いずれ来たるべき「死」を想って毎晩のように泣いた。また中学3年で罹った日本脳炎のため、3日間の昏睡状態を経験。意識不明中の妄想の記憶と、あとで聞かされた行動などから、あらためて「死」について考えた。高校時代は毎年家出。高三のとき出逢った哲学者星清から後の出家への動機付けを得た。
室井 光広(むろい みつひろ、1955年1月7日 - 201… 室井 光広(むろい みつひろ、1955年1月7日 - 2019年9月27日)は、日本の小説家、文芸評論家。 福島県南会津郡下郷町出身。生家は農家。 福島県立会津高等学校から早稲田大学政治経済学部に入学するが、理数音痴のために行き詰まり、演劇に興味を持ち始める。ドストエフスキーに熱中した後にキルケゴールに関心を持ち、帰郷してデンマーク語を独習する。ロンドンから取り寄せたテープでアンデルセン童話を聞く。21歳のとき、早稲田キャンパス新聞主催の第8回キャンパス文芸賞にドストエフスキー論で入選(選考委員は秋山駿)。慶應義塾大学文学部に再入学し、哲学科を卒業。在学中は慶應義塾外国語学校でロシア語を学び、東アジア諸国の言語も独習する。
あがさクリスマス(1955年 - )は、日本の著作家。福島県… あがさクリスマス(1955年 - )は、日本の著作家。福島県立の高校学校の元国語教諭。読書大国を提言。 本名、増子 勝、福島県郡山市出身。福島県立安積高等学校卒業。早稲田大学大学院教育学研究科修了。2007年、『図書館のすぐれちゃん』を刊行。福島県立郡山東高等学校で図書館長をしていた時、その図書館に集う生徒たちとの心の交流を本にしたもの。キャッチフレーズに「読書大国」「読書の神様」「本は無限大」をかかげ、高校生の読書離れを危惧し、活動の幅を広げた。 古文漢文では、日本初の古典文学読解法の実践本『現代文de古文』(真珠書院)『現代文de漢文』(愛の四つ葉社)『3分de源氏物語』『現代文de平家物語』などを刊行。
たくき よしみつ(本名・鐸木能光、1955年 - )は日本の… たくき よしみつ(本名・鐸木能光、1955年 - )は日本の作家。福島県福島市出身。聖光学院(横浜)卒業。上智大学外国語学部英語学科卒。音楽家、作家、狛犬研究家。1991年「マリアの父親」で第4回小説すばる新人賞受賞。大学在学中に東京キッドブラザーズのミュージカルに作曲家として参加し、ビクターより作曲家デビュー。ギターデュオ『KAMUNA』やEWI奏者Jin Sodaとして演奏活動も。日本文藝家協会、日本推理作家協会会員。2004年、新潟県中越地震で川口町の自宅が被災、福島県阿武隈山中の川内村に移住を余儀なくされる。2011年3月11日、福島第一原発から25kmの自宅で原発被災。現在は栃木県日光市在住。元福島市名誉市長・衆議院議員の鐸木三郎兵衛は曾祖父。
風野 真知雄(かぜの まちお、1951年 - )は、日本の小… 風野 真知雄(かぜの まちお、1951年 - )は、日本の小説家。福島県須賀川市生まれ。本名は朝倉 秀雄。 福島県立福島高等学校を経て、立教大学法学部卒。 フリーライターとして活動したのち、1992年に「黒牛と妖怪」で歴史文学賞を受賞しデビュー。
河林 満(かわばやし みつる、1950年12月10日 - 2… 河林 満(かわばやし みつる、1950年12月10日 - 2008年1月19日)は、日本の小説家。福島県いわき市に生まれる。 東京都立川市や昭島市で育ち、東京都立立川高等学校定時制を卒業した。卒業後は郵便局員として昭島郵便局にて2年間勤務したのち、1973年、立川市職員に就職。27年間の勤務を経て、文筆業に専念すべく1998年、立川市役所を退職。 市役所職員として勤務するかたわら創作活動を行い、1986年に「海からの光」で第9回吉野せい賞奨励賞、1988年「ある執行」で第七回自治労文芸賞を受賞した。1990年「渇水」で文學界新人賞を受賞し、『文學界』1990年6月号に掲載した。同作品は103回芥川賞候補にもなった。
青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )… 青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )は、日本の翻訳家、エッセイスト、アメリカ文学研究者、文芸評論家、絵本作家。早稲田大学名誉教授。日本文藝家協会理事。本名、杉山茂(すぎやましげる)。 福島県福島市出身。1967年早稲田大学高等学院卒業。1971年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1972年、早稲田大学大学院在学中『早稲田文学』編集部に入る。 1973年、ジョン・ドス・パソスの『さらばスペイン』を刊行し翻訳家デビュー。 1975年早稲田大学大学院文学研究科アメリカ演劇専攻修士課程修了。早稲田大学文化構想学部教授、2019年定年退任、名誉教授となる。 1979年から常盤新平、川本三郎とともに編集委員として『ハッピーエンド通信』を刊行。
石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の… 石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の作家・作詞家。日本音楽著作権協会(JASRAC)会長、日本作詩家協会(JLA)会長。 福島県会津若松市出身。会津高校卒業。青山学院大学卒業。サトウハチローに師事し、作詞家の道を歩む。1977年、太川陽介に提供した『Lui-Lui』が同年の第19回日本レコード大賞新人賞を受賞。1983年、森昌子の『越冬つばめ』で日本作詩大賞優秀作品賞を受賞した。また変わったところでは『ファイターズ讃歌』の作詞を手がけている。 1999年、会津若松市イメージソング「AIZUその名の情熱」を作詞・プロデュース(作曲:南こうせつ)。 2020年、日本作詩家協会の第9代会長に就任。
鈴木 荘一(すずき そういち、1948年 - )は日本の作家… 鈴木 荘一(すずき そういち、1948年 - )は日本の作家、「幕末史を見直す会」代表。 東京生まれ。小学校卒業と同時に会津若松に転居し、ザベリオ学園中等部に2年間在学する(この間に歴史観の原点が育まれる)。1971年、東京大学経済学部卒業。 東大卒業後は日本興業銀行へ入行。審査、産業調査、融資、資金業務などに携わる。特に企業審査、経済・産業調査に詳しい。2001年、同銀行を退職。「現在は過去の歴史の延長線上にある」との立場から、現代政治経済と歴史の融合的な研究を進めている。
中村 敦夫(なかむら あつお、1940年〈昭和15年〉2月1… 中村 敦夫(なかむら あつお、1940年〈昭和15年〉2月18日 - )は、日本の俳優、作家、脚本家、ニュースキャスター、政治家。 本名は中村 敦雄(読み同じ)。旧姓は遠藤()。身長179cm。株式会社中村企画(1976年 - 2014年)を経て、クロスポイント所属。 勲等は旭日中綬章。参議院議員(1期)、さきがけ代表、みどりの会議代表、同志社大学大学院総合政策科学研究科講師、日本ペンクラブ環境委員長などを歴任した。 東京府東京市豊島区(現在の東京都豊島区)千早に遠藤家の長男として生まれる。父親は新聞記者。幼少期の1945年に東京大空襲をはじめとする連合国軍による空襲があり、福島県平市(現在のいわき市平地区)に疎開。
長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 201… 長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 2015年5月3日)は、日本の詩人、児童文学作家、文芸評論家、翻訳家、随筆家、編集者。 大学在学中から詩を書き始め、第1詩集『われら新鮮な旅人』(1965年)で注目された。その後、『深呼吸の必要』(1984年)、『世界は一冊の本』(1994年)などで読者層を広げた。 1939年、福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校卒業。 1958年3月に福島より上京。1959年4月、早稲田大学第一文学部独文専修に入学。 早稲田大在学中の1960年秋、関根久男と詩誌「鳥」を創刊。雑誌「現代詩」「詩と批評」「第七次早稲田文学」の編集に加わる。1963年3月、早稲田大学卒業。
菅生 浩(すごう ひろし、1938年6月1日- )は、日本の… 菅生 浩(すごう ひろし、1938年6月1日- )は、日本の児童文学作家。 福島県郡山市出身。福島県立安積高等学校卒業。その後、上京して砂田弘と出会い、創作活動に専念。 1975年『巣立つ日まで』で日本児童文学者協会新人賞受賞、翌年NHK少年ドラマの原作となる。1983年『子守学校の女先生』を含む三部作で山本有三記念路傍の石文学賞受賞。 八王子市、大宮市に住んだ後、現在は郷里の郡山市在住。
笹川 ひろし(ささがわ ひろし、本名・笹川浩、1936年7月… 笹川 ひろし(ささがわ ひろし、本名・笹川浩、1936年7月9日 - )は、日本の男性アニメ監督、漫画家、作家。タツノコプロ顧問。福島県会津若松市出身。 手塚治虫のアシスタントから漫画家を経て、タツノコプロの創立時から演出家として活躍。1970年代から1980年代にかけてのタツノコ黄金時代の立役者の一人。代表作は『タイムボカンシリーズ』など。ギャグ作品を多く手がけており、マンネリを生かしたギャグの演出を得意とする。「ギャグアニメの帝王」「アニメ界の欽ちゃん」とも言われた。しかし、当人は『新造人間キャシャーン』のようなシリアスなストーリーが好みであるという。タツノコプロを退社していた80〜90年代前半にかけては『忍者ハットリくん』『パーマン』『オバケのQ太郎』『ポコニャン!』など藤子不二雄作品を多く手掛けていた。
寺内 小春(てらうち こはる、1931年10月18日 - 2… 寺内 小春(てらうち こはる、1931年10月18日 - 2010年5月12日)は、日本の作家、脚本家。女性。 京城府生まれ。その後、福島県に引き揚げ、福島県立安達高等学校卒業。 22歳で結婚し、子育てを経て35歳からシナリオ研究所を受講。TBSの大山勝美プロデューサーに認められ、1972年に田宮二郎主演の「知らない同志」を執筆。 その後、「華岡青洲の妻」で脚本家として本格デビューを果たす。「麗子の足」・「イキのいい奴」で第5回向田邦子賞(1985年度)を受賞。 「はね駒」(昭和61年放送NHK連続テレビ小説)ではギャラクシー賞を受賞。 2010年5月12日、心筋梗塞の為に死去。78歳没。
上崎 美恵子(こうざき みえこ、1924年11月15日 - … 上崎 美恵子(こうざき みえこ、1924年11月15日 - 1997年9月2日)は、日本の児童文学作家。福島県二本松市出身。本名・美枝子。 1924年11月15日、福島県二本松市に生まれる。6歳の時に一家で上京。青山学院高等女子部(現・青山学院中等部・高等部)を1940年に卒業し、青山学院女子専門部(現・青山学院女子短期大学)に進学(のち1年次修了後に休学、中退)。東京大空襲のため故郷の二本松に疎開。戦後まもなく結核に罹り、国立中野療養所に6年間入所。その間に児童文学を読み耽り、自身も1972年から自作童話を書き始める。1976年「魔法のベンチ」「ちゃぷちゃっぷんの話」で第6回赤い鳥文学賞受賞。
永岡 慶之助(ながおか けいのすけ、1922年7月30日 -… 永岡 慶之助(ながおか けいのすけ、1922年7月30日 - 2021年5月12日)は、日本の歴史小説作家、時代小説作家。 本名同じ。福島県会津坂下町生まれ。群馬県藤岡市在住。東洋大学文学部卒業。 1946年(昭和21年)、友人の赤田哲也と故郷を出て中山義秀邸を訪問、知遇を得る。当時の仲間には吉田健一、国木田虎雄、清水崑、清水基吉らがいた。公友社、河出書房の雑誌編集者を経て、作家活動に入る。1960年(昭和35年)、出身地の会津藩を題材に取った『斗南藩子弟記』でデビュー。翌年の第45回直木賞候補となる。また同賞には1969年(昭和44年)の『紅葉山 富岡製糸場始末』も候補に推された(第62回)。
鈴木 隆(すずき たかし、1919年8月12日 - 1998… 鈴木 隆(すずき たかし、1919年8月12日 - 1998年1月25日)は、日本の児童文学作家。 岡山県生まれ。旧制岡山中学校から会津の旧制喜多方中学校に転校。早稲田大学文学部卒。 早大童話会経由で坪田譲治に師事して童話作家となる。1966年に刊行した自伝的長編『けんかえれじい』が鈴木清順によって映画化され、この作で有名になる。
吉岡 棟一(よしおか とういち、1914年12月3日 - 1… 吉岡 棟一(よしおか とういち、1914年12月3日 - 1997年3月31日)は、日本の僧侶、作家。曹洞宗円通寺住職。同宗議会議長、駒澤大学理事長を歴任。 福島県福島市生まれ。福島師範学校、駒澤大学卒業。1956年「しのぶ保育所」園長、1967年「宗教法人福島ルンビニー幼稚園」初代園長。小説「椿の系譜」(1979年)で福島県文学賞受賞。曹洞宗円通寺住職。同宗議会議長、駒澤大学理事長などを歴任。日本ベトナム文化協会長としてテト休戦を提唱、両国間の友好に尽力。1995年5月12日外務大臣表彰。歌と評論同人。 著書に「小説 黄色い椿」「人間としていかに生きるべきか: 曹洞宗教典「修証義」を読む」「般若心経で意識革命を」「ベトナム仏教体験シリーズ」など。
福島 鉄次(ふくしま てつじ、1914年2月19日 - 19… 福島 鉄次(ふくしま てつじ、1914年2月19日 - 1992年)は、絵物語作家。本名:加藤 興(かとう たかし)。別名は上山 路夫である。 福島県白河市出身。19歳のころより、洋画家の岡吉枝に師事する。 戦前は小学館の学年別学習雑誌や朝日新聞社の『アサヒグラフ』などに挿絵を描いた。 戦後、一時日本鋼管に勤務したが、1948年に秋田書店より単行本『コングの猛襲』、『コンドル魔島』を出版する。1949年、秋田書店から創刊された『冒険王』に「ポップ少年の冒険 ダイヤ魔神」を描き、2号から『沙漠の魔王』(のちに『砂漠の魔王』に改題)を連載する。巨大な魔王は少年たちの間で話題を呼び、絶大な人気を得た。
生源寺 美子(しょうげんじ はるこ、1914年1月29日 -… 生源寺 美子(しょうげんじ はるこ、1914年1月29日 - 2015年5月18日)は、日本の児童文学作家。 1914年、柏木三郎夫妻のもとに五人兄姉の末っ子として生まれる。出生地は奈良県だが、1歳になる前に師範学校の校長だった父の転任に伴い、福島に移る。その後、秋田、京都、朝鮮など各地を転々とした生活を送る。 京城第一女子公立高等学校、大邱公立高等女学校を経て、東京自由学園高等部(旧制)を卒業する。 主婦業の傍ら、童話を書き始め、1955年頃から『婦人朝日』の「私の童話欄」に投稿し何度も入選を果たす。童話欄の選者だった与田凖一の指導をうけ、同じ入選仲間である岩崎京子らと「童話の会」を結成。同人誌「童話」を作り創作に励む。
鬼生田 貞雄(おにうだ さだお、1909年〈明治42年〉7月… 鬼生田 貞雄(おにうだ さだお、1909年〈明治42年〉7月15日 - 1966年〈昭和41年〉12月20日)は、日本の小説家。本名は貞淳。日本における実存主義の紹介に早期に触れ、シベリア抑留体験者としての戦後体験や、福島県の風土を、独特の実存主義的作風で書いた。 福島県三春町出身。明治大学卒業後、昭和13年、藤口透吾、内田生枝らとともに「一八会」を結成、同人雑誌「文学部落」を刊行していたとされる。一八会にはのちに芝木好子、大原富枝が参加していた。昭和13年「文藝首都」同人となる。 下谷区役所、健康保険協会出版部、実業之日本社に勤務し、昭和20年、赤羽部隊に入隊。抑留体験を経て昭和23年4月に帰国後、実業之日本社勤務に戻り雑誌「ホープ」編集長を務める。
西川 満(にしかわ みつる、1908年2月12日 - 199… 西川 満(にしかわ みつる、1908年2月12日 - 1999年2月24日)は日本の装幀家、小説家、詩人。長男は経済学者の西川潤。 福島県会津若松市生まれ。父親の仕事の関係で、3歳で台湾に渡る。台北一中を経て、早稲田大学仏文科へ進学、吉江喬松に師事。卒論のテーマはアルチュール・ランボー。1933年に卒業して台湾日日新報に就職。『台湾風土記』(1939年)、『華麗島』(1939年)、『文芸台湾』(1940年)などを創刊。敗戦後の1946年、日本に引き揚げる。1947年、小説「会真記」で第1回夏目漱石賞の佳作に入選。 台湾の真理大学に蔵書2万冊余りを寄贈した。占星術もやり、天中殺の占いを得意とした。
川崎 プッペ(かわさき ぷっぺ、1905年3月18日 – 1… 川崎 プッペ(かわさき ぷっぺ、1905年3月18日 – 1978年3月30日)は、日本の人形作家。本名は、川崎恒夫。文明堂のCMで用いられるマリオネットの制作者で知られる。 福島県白河市生まれ。1920年、東京府立工芸学校に入学し、陽咸二に彫刻を学ぶ。1933年、伊東屋での第1回フランス人形展で特選となる。1937年、同展は「すみれ人形展」と改称され、自らの制作の人形を発表し続けた。1940年、人形劇団「劇団国民人形劇」を主宰し、全国を慰問してまわった。戦後の1946年、人形劇団くるみ座設立に参加した。また、自ら「のすみれ会」を主宰し、人形制作の指導を行った。1976年10月、のすみれ会第11回展において、「創作人形五十五年川崎プッペ人形展」が開かれた。
東野辺 薫(とうのべ かおる、1902年〈明治35年〉3月9… 東野辺 薫(とうのべ かおる、1902年〈明治35年〉3月9日 - 1962年〈昭和37年〉6月25日)は、日本の小説家・劇作家。本名、野辺 慎一。福島県在住者として、初めて芥川賞を受賞した。 福島県二本松出身。旧制安積中学校を経て、1923年早稲田大学高等師範部国漢文科卒業、長野県立大町中学校教諭となる。1925年福島県立安達中学校教諭、1930年、戯曲集『黎明を待つ人々』を自費出版、1940年福島県立会津中学校教諭、1941年、懸賞小説当選作「国土」が『サンデー毎日』に掲載される。1943年福島県立保原中学校教諭。1943年、「和紙」で芥川賞を受賞。 1948年福島県立福島女子高等学校教諭、1949年福島県立福島商業高等学校夜間部教諭を経て、1952年に教員を退職。
中山 義秀(なかやま ぎしゅう、1900年10月5日 - 1… 中山 義秀(なかやま ぎしゅう、1900年10月5日 - 1969年8月19日)は、日本の小説家。本名は中山 議秀(なかやま よしひで)。横光利一に兄事し、無名時代の長い苦節を経て『厚物咲』『碑』で文壇に登場。以後作家として幅広く活躍した。後年は、戦国武将物や剣豪物を多く書いた。日本芸術院会員。 福島県西白河郡大屋村(後の大信村、現在の白河市)生まれ。 1918年に旧制福島県立安積中学校(現在の福島県立安積高等学校)を卒業、1923年に早稲田大学文学部英文科卒業。 早稲田大学在学中に、横光利一、富ノ澤麟太郎、小島勗らと同人誌『塔』を創刊。小説『穴』を発表。また、帆足図南次と『農民リーフレット』を発刊。
大谷 五花村(おおや ごかそん、明治24年(1891年)7月… 大谷 五花村(おおや ごかそん、明治24年(1891年)7月27日 - 昭和33年(1958年)4月26日)は、政治家、作家。本名・五平(ごへい)。 1891年(明治24年)、福島県五箇村(現白河市借宿)に生まれる。幼名を五一郎といった。 五箇尋常高等小学校(現五箇小学校)、福島県立安積中学校(現福島県立安積高等学校)に学び、久米正雄とクラスメートになり、深い親交を結んだ。この頃より短詩型文芸に興味を持ち、川柳や里謡等を作り始め新聞や雑誌に投稿するようになった。 1912年(明治45年)4月、明治大学に進学。在学中に川柳復興運動の先頭に立って活躍した井上剣花坊について川柳を学ぶ。「大正川柳」発行の際には会員になり、後に同人となり活躍した。
水野 仙子(みずの せんこ、1888年(明治21年)12月3… 水野 仙子(みずの せんこ、1888年(明治21年)12月3日 - 1919年(大正8年)5月31日)は、日本の小説家。本名、服部テイ。筆名、服部水仙、服部貞子、服部水仙子、水野仙など。 服部直太郎とセイとの二男三女の末子として、福島県岩瀬郡須賀川町(現・須賀川市)に生まれた。燃料などを商う旧家だった。 1903年(明治36年)(15歳)、須賀川尋常高等小学校(現・須賀川市立第一小学校)を最優秀の成績で卒業し、須賀川裁縫専修学校に入った頃から、『少女界』誌に投稿した。長兄の歌人躬治(もとはる)が選者でいた。卒業後裁縫女塾へ通い、1905年から、河井酔茗の『女子文壇』誌に投稿し入選した。投稿仲間の愛称は『お貞さん』だった。
高村 智恵子(たかむら ちえこ、1886年(明治19年)5月… 高村 智恵子(たかむら ちえこ、1886年(明治19年)5月20日 - 1938年(昭和13年)10月5日、旧姓:長沼)は、日本の洋画家、紙絵作家。夫は彫刻家・詩人の高村光太郎。夫の光太郎が彼女の死後に出版した詩集『智恵子抄』でも知られる。 1886年(明治19年)5月20日、福島県安達郡油井村字漆原(現・二本松市油井)の酒造業・斎藤今朝吉(後に長沼家に養子に入り、長沼今朝吉となる)とせんの二男六女の長女として生まれた。戸籍名は「チヱ」。長沼家は清酒「花霞」を醸造する酒造家で、使用人を多数抱えた資産家であった。 1901年(明治34年)に油井小学校高等科を卒業したのち福島高等女学校3年へ編入学した。