岸 清(きし きよし、1940年 - )は東京都出身の医学者… 岸 清(きし きよし、1940年 - )は東京都出身の医学者。栃木県立栃木高等学校、東京医科歯科大学医学部卒業。1970年 東京医科歯科大学 医学博士 論文の題は 「Histochemical demonstration of purine nucleoside phosphorylase activity(プリンヌクレオシドホスホリラーゼ活性の組織化学的証明法)」。 1974年から同大助教授(第1解剖学)。1987年に東邦大学医学部教授(第1解剖学)に転じ、2005年から同大名誉教授。
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楡木 満生(にれぎ みつき、1938年7月23日 - 201… 楡木 満生(にれぎ みつき、1938年7月23日 - 2012年10月11日)は、日本の臨床心理学者。臨床心理士・上級産業カウンセラー・日本カウンセリング学会認定カウンセラー/スーパーバイザー。医学博士(自治医科大学)。栃木県生まれ。立正大学心理学部教授を経て、同大学名誉教授。専攻は発達臨床心理学。
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倉茂 達徳(くらしげ さとのり、1937年(昭和12年)7月… 倉茂 達徳(くらしげ さとのり、1937年(昭和12年)7月5日 - 2013年(平成25年)3月21日)は、日本の医学者。群馬大学名誉教授、東京福祉大学元学長、医学博士。専門は微生物学、免疫学。 1937年(昭和12年)、栃木県に生まれる。1962年(昭和37年)、 群馬大学医学部を卒業し、1967年(昭和42年)、 群馬大学大学院医学研究科を修了。「細胞性免疫及び細胞抗体」により医学博士(群馬大学)を取得。群馬大学医学部講師、群馬大学医療技術短期大学部教授、群馬大学医学部教授を経て、2003年(平成15年)、東京福祉大学社会福祉学部教授・副学長に就任。2008年(平成20年)から2009年(平成21年)まで東京福祉大学学長となる。
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高橋 三郎(たかはし さぶろう、1937年 - )は日本の社… 高橋 三郎(たかはし さぶろう、1937年 - )は日本の社会学者。栃木県出身。 栃木県立栃木高等学校を経て、京都大学卒業。同大大学院文学研究科博士課程修了(社会学)。京都大学名誉教授。広島国際学院大学現代社会学部教授。
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橋本 康(はしもと やすし、1936年5月29日 - )は、… 橋本 康(はしもと やすし、1936年5月29日 - )は、日本の農業工学者。学位は、農学博士(東京大学)。愛媛大学名誉教授。日本学術会議会員、デューク大学客員教授、国際自動制御連盟(英語版)(IFAC)理事、日本農業工学会長、日本生物環境調節学会長、日本植物工場学会長、農業情報学会長などを歴任。専門は植物生体計測学、植物環境調節学、太陽光植物工場のシステム制御工学。 栃木県立宇都宮高等学校を経て東京大学に入学し、同農学部農業工学科に進んで農業機械学を学んだ。1962年に同大学を卒業、東京大学大学院数物系研究科修士課程、さらに同大学院農学系研究科博士課程に進学した。そして、生物環境調節学講座を専攻し、杉二郎教授に師事した。
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栗原 彬(くりはら あきら、1936年4月18日 - )は、… 栗原 彬(くりはら あきら、1936年4月18日 - )は、日本の社会学者。立教大学名誉教授。立命館大学研究顧問。専門は政治社会学。 栃木県宇都宮市生まれ。東京大学教養学部卒業。三井物産勤務を経て、東京大学大学院社会学研究科で学ぶ。立教大学法学部助手、武蔵大学人文学部講師、立教大学法学部助教授・教授、2002年定年、名誉教授、明治大学文学部教授、2007年立命館大学特別招聘教授。水俣フォーラム代表および日本ボランティア学会代表。
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後藤 尚久(ごとう なおひさ、1935年6月8日 - 202… 後藤 尚久(ごとう なおひさ、1935年6月8日 - 2023年12月14日)は日本の電子工学者。栃木県宇都宮市生まれ。 1959年 東京工業大学電気工学科卒業。 1964年 同大学院博士課程修了、工学博士(学位論文「電波ビームの電気的走査に関する研究」)。同年、東京工業大学助手。 1980年 東京工業大学教授。 1994年電子情報通信学会副会長。 1996年 定年退職。拓殖大学工学部教授。 2000年 紫綬褒章受章。 2006年 拓殖大学定年退職。 現在は、東工大名誉教授、拓殖大学名誉教授。 2011年 総務大臣表彰電波功績賞(電波産業会)、井上春成賞(科学技術振興事業団)受賞。 2011年 瑞宝中綬章受章。
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大橋 力(おおはし つとむ、1933年3月14日 - )は、… 大橋 力(おおはし つとむ、1933年3月14日 - )は、日本の科学者、芸術家。文明科学研究所所長、星槎大学客員教授。 栃木県小山市生まれ。栃木県立栃木高等学校卒業。東北大学農学部農芸化学科卒業。1975年「麦角アルカロイドの生合成に関する研究」で東北大学より農学博士の学位を取得。 筑波大学講師、文部省放送教育開発センター教授、千葉工業大学教授、国際電気通信基礎技術研究所人間情報通信研究所感性脳機能特別研究室長、公益財団法人国際科学振興財団理事・情報環境研究所所長等を歴任。バリ島に詳しく、現地のダルマ・クスマ勲章(バリ島の文化勲章)を外国人として初めて受賞。 科学者として、情報環境学、感性科学、演出工学、分子生物学、人工生命、生態人類学などの分野で活躍する一方、1974年にはアーティストグループ「芸能山城組」を創立。
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中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は… 中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は、日本のロシア文学者、演劇評論家、翻訳家、神奈川大学名誉教授。
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宇井 純(うい じゅん、1932年(昭和7年)6月25日 -… 宇井 純(うい じゅん、1932年(昭和7年)6月25日 - 2006年(平成18年)11月11日)は、日本の環境学者・公害問題研究家。専門は下水道。畜産排水技術の研究開発で実績がある。沖縄大学名誉教授。富田八郎のペンネームで水俣病を告発し、新潟水俣病訴訟や公開自主講座「公害原論」でも活躍した。 東京大学で21年間助手を務めた後、沖縄大学教授、地域研究所初代所長、特任教授を歴任。UNEPグローバル500賞、アジア太平洋環境賞等を受賞。 東京都新宿区出身。大日本帝国陸軍少将の小嶋時久は祖父。「純」の名前は6月(June)生まれに由来する。2歳の時、父が茨城県の女学校に就職したため東京を離れ、以後、父の転勤に従って引っ越しを繰り返した。
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前田 卓(まえだ たかし、1928年 - )は、社会学者、関… 前田 卓(まえだ たかし、1928年 - )は、社会学者、関西大学名誉教授。 栃木県宇都宮市生まれ。1953年京都大学文学部社会学科卒、1958年同大学院博士課程満期退学、京大助手。1960年高野山大学講師、1962年「祖先崇拝論考」で京都大学文学博士。1967年関西大学社会学部助教授、1972年教授、1999年定年退任、名誉教授。
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野口 祐(のぐち たすく、1926年11月22日 - 201… 野口 祐(のぐち たすく、1926年11月22日 - 2016年5月7日)は、日本の経営学者。学位は、経済学博士(1966年)。慶應義塾大学名誉教授。 栃木県生まれ。1950年慶應義塾大学経済学部卒、1966年「生産管理の経営学」で経済学博士の学位を取得。1951年慶大経済学部副手、1955年助手、1958年慶應義塾大学商学部助教授、1964年同教授。1992年定年、名誉教授、日本大学教授、創価大学経営学部教授。2001年退任。日本経営学会理事長、日本学術会議会員、ベルリン自由大学客員教授、パリ大学客員教授。 戦前の三井財閥などの財閥研究、金融史(銀行史)、人事労務管理論、経営管理論、組織論、企業経営分野において業績を残す。
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佐藤 隆賢(さとう りゅうけん、1926年7月29日 - 2… 佐藤 隆賢(さとう りゅうけん、1926年7月29日 - 2018年10月15日)は、栃木県宇都宮市生まれの日本の仏教学者(密教学、博士(文学))、真言宗智山派の僧侶(智山伝法元院長、円能院元住職)。元大正大学学長・名誉教授。
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中田 幸平(なかた こうへい、1926年2月10日 - )は… 中田 幸平(なかた こうへい、1926年2月10日 - )は、日本の舞台衣裳デザイナー、玩具研究家、歴史家。 栃木県栃木市生まれ。戦後上京し俳優座に入る。1955年過ぎ桑沢デザイン研究所講師となり、舞台衣裳デザイナーとして独立する。1985年NHK大河ドラマ「春の波涛」の風俗考証を手がける。かたわら尾崎秀樹の大衆文学研究会に参加した。
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鈴木 宏(すずき ひろし、1926年 - 2013年)は、日… 鈴木 宏(すずき ひろし、1926年 - 2013年)は、日本の医学者。山梨医科大学名誉教授。財団法人ウイルス肝炎研究財団常務理事。栃木県出身。 旧制東京府立第八中学校に入学するが進級が出来ず、旧制栃木県立栃木中学校を経て、旧制松本高等学校理科乙類、東京帝国大学医学部卒業。 東京大学医学部附属病院第一内科入局、1980年山梨医科大学(現 山梨大学)内科学講座第1教室(第一内科)初代教授。1992年に山梨医科大学第2代学長。
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松本 利松(まつもと としまつ、1926年 - )は、日本の… 松本 利松(まつもと としまつ、1926年 - )は、日本の物理学者。テキサス大学名誉教授。専門は地球物理学、地震学。テキサス州オースティン栄誉市民。グレーター・ヒューストン日本人会初代会長。栃木県出身。
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中野幸次(なかの こうじ、1926年(大正15年) - 20… 中野幸次(なかの こうじ、1926年(大正15年) - 2001年)は、日本の哲学者。学位は、文学博士。昭和女子大学教授を経て、昭和女子大学名誉教授。栃木県出身。栃木県立栃木商業高等学校を卒業後、東京文理科大学哲学科大学院、東京教育大学文学部言語学科を経て、昭和女子大学教授、昭和女子大学名誉教授。 1926年、栃木県に生まれた。1944年、栃木県立栃木商業高等学校商業科を卒業。その後は東京文理科大学哲学科に進み、同大学大学院を1956年に修了。1958年、東京教育大学文学部言語学科を卒業。 1958年10月、昭和女子大学専任講師に就いた。後に同大学教授に昇進。1993年、学位論文『人倫と自然の形而上学』を筑波大学 に提出して博士の学位を取得。
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菅原 信海(すがわら しんかい、1925年10月10日 - … 菅原 信海(すがわら しんかい、1925年10月10日 - 2018年2月11日)は、日本の仏教学者、早稲田大学名誉教授、天台宗僧侶(勧学・大僧正・日光山輪王寺執綱・妙法院門跡門主)。栃木県日光市生まれ。 天台宗庶務部長・教学部長菅原英信の子に生まれる。昭和26年(1951年)、早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒業。同大講師・助教授を経て、昭和47年(1972年)教授。1991年「山王神道の基礎的研究」で大正大学文学博士。早稲田大学仏教青年会第7代会長も務める。 2000年に妙法院門跡に就任し、2001年には坂本・東南寺で戸津説法を務める。 2018年2月11日午前9時25分、転移性肝癌のため栃木県日光市の病院で死去した。
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大島 清次(おおしま せいじ、1924年(大正13年)11月… 大島 清次(おおしま せいじ、1924年(大正13年)11月13日 - 2006年(平成18年)11月23日)は、昭和から平成にかけての日本の美術史家、美術評論家。 栃木県宇都宮市生まれ。1951年(昭和26年)に早稲田大学文学部を卒業。その後、栃木県立高等学校教諭や法政大学文学部講師を経て、1972年(昭和47年)に栃木県立美術館副館長、1981年(昭和56年)に同館長となった。1986年(昭和61年)に世田谷美術館長となり、2005年(平成17年)まで務めた。2006年(平成18年)11月23日、肺炎のため栃木県下野市の病院で死去した。 フランス絵画史やジャポニスムの研究を専門とし、特にジャポニスム研究においては先駆的で本格的な研究業績を残した。
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岡安 大仁(おかやす まさひと、1924年1月9日 - 20… 岡安 大仁(おかやす まさひと、1924年1月9日 - 2017年1月12日)は栃木県出身の医学者。 栃木町入舟町(現・栃木市入舟町)に生まれる。旧制栃木県立栃木中学校を経て、日本大学医学部卒業。元日本大学医学部教授。 元日本歯科大学客員教授。ピースハウス病院ホスピス最高顧問。信愛病院ホスピス棟顧問。 兄の岡安恒武は詩人・歯科医、その妻の岡安歌子は日本画家であった。
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朝倉 隆太郎(あさくら りゅうたろう、1921年8月7日 -… 朝倉 隆太郎(あさくら りゅうたろう、1921年8月7日 - 2002年10月21日)は、日本の地理学者・教育学者。 栃木県宇都宮市生まれ。1942年東京高等師範学校卒。1945年9月東京文理科大学地理学科卒、東京都立上野中学校(現東京都立上野高等学校)教諭。47年東京高等師範学校附属中学校(現筑波大学附属中学校・高等学校)教諭。51年東京教育大学助教授。56年文部省初等中等教育局長事務官、58年同教科調査官。1963年宇都宮大学学芸学部助教授、68年教養部助教授、70年教授、72年教育学部教授、74-78年宇都宮大学教育学部附属中学校校長、1979年筑波大学教授、85年定年退官、上越教育大学教授、87-89年上越教育大学附属中学校校長兼任、90年定年退官、名誉教授、豊田短期大学教授、94年学長。
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齋藤 進六(さいとう しんろく、1919年3月30日 - 1… 齋藤 進六(さいとう しんろく、1919年3月30日 - 1994年11月21日) は、日本の材料科学者。東京工業大学名誉教授。第11代東京工業大学学長。第2代長岡技術科学大学学長。紫綬褒章受章。 栃木県宇都宮市生まれ。1943年、東北帝国大学工学部航空学科卒業。1960年、東京工業大学にて工学博士の学位を取得。 1945年久我山工業専門学校教授。1967年、東京工業大学工学部材料工学科教授。1973年東京工業大学工業材料研究所所長。 1977年東京工業大学学長。1981年東京工業大学より名誉教授の称号を授与される。1982年、紫綬褒章受章。1983年長岡技術科学大学学長。1985年、日本セラミックス協会会長。
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増淵 龍夫(ますぶち たつお、1916年3月3日 - 198… 増淵 龍夫(ますぶち たつお、1916年3月3日 - 1983年5月12日)は、日本の経済学者・東洋史学者。専門は東洋経済史。一橋大学名誉教授。 1916年、栃木県那須郡生まれ。旧制栃木県立烏山中学校(現栃木県立烏山高等学校)を経て、1940年旧制東京商科大学(現一橋大学)本科を卒業。大学では上原専禄や三浦新七に師事し西洋経済史を研究したが、後に東洋経済史に転向。教育召集により歩兵1712連隊[疑問点 – ノート]、次いで歩兵第66連隊に入隊。終戦時には二等兵として召集解除。 戦後は、1945年より東京産業大学東亜経済研究所参事。1947年に東京商科大学副手となり、1948年より同大経済研究所研究員、1949年より同大経済研究所助教授。
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香坂 順一(こうさか じゅんいち、1915年6月7日 - 2… 香坂 順一(こうさか じゅんいち、1915年6月7日 - 2003年7月22日)は、日本の中国語学者、大東文化大学名誉教授。 栃木県生まれ。東京外国語学校支那語科卒業。広州市嶺南大学(現・中山大学の前身)に学ぶ。戦後、大阪市立大学教授、1973年から1975年北京大学客員教授。大東文化大学東洋文化研究所教授、同中国語学科主任、同学長、同常務理事、同顧問。NHK中国語講座の講師を務めた。一般財団法人日本中国語検定協会創設者、初代理事長。1990年勲三等旭日中綬章受勲。
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高梨 公之(たかなし まさゆき、1915年(大正4年)3月2… 高梨 公之(たかなし まさゆき、1915年(大正4年)3月2日 - 2005年(平成17年)1月14日)は、日本の法学者。日本大学名誉総長。学位は、法学博士(日本大学・論文博士・1962年)。弁護士。紫綬褒章、従三位勲一等瑞宝章。栃木県出身。 民法・家族法・婚姻法関係の数多くの著名な研究で知られている。監修した『口語民法』はロングセラーとなった。日大紛争の時代に、当時日大大学院生だった小沢一郎に、司法試験(弁護士教育)と論文指導をした。2005年1月14日(平成17年)に肺癌のため逝去。享年89。
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石崎 達(いしざき たつし、1914年 - 2005年3月2… 石崎 達(いしざき たつし、1914年 - 2005年3月27日)は、日本の医学者。喘息日記、アレルゲンによる皮膚反応、減感作療法などの普及に貢献した。栃木県出身。
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川上 正光(かわかみ まさみつ、1912年1月1日 - 19… 川上 正光(かわかみ まさみつ、1912年1月1日 - 1996年5月15日)は、日本の工学者。専門は電子回路学。第10代東京工業大学学長・初代長岡技術科学大学学長・第46代電子通信学会会長などを務めた。文化功労者。 栃木県大田原市生まれ。栃木県立大田原中学校(現在の栃木県立大田原高等学校)を経て、1935年に東京工業大学電気工学科を卒業して東京電気株式会社(現在の東芝)に入社し、無線機器の開発などを行なった。1948年、東京工業大学助教授に就任した。1949年に工学博士の学位(学位論文「振幅変調波の伝送に関する研究」)を取得した。1953年に教授、1969年に電子通信学会会長、1971年に工学部長。
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原田 鋼(はらだ こう、1909年9月17日 - 1992年… 原田 鋼(はらだ こう、1909年9月17日 - 1992年7月17日)は、日本の政治学者。元中央大学学長。専門は、政治学。特に、政治思想史・政治哲学・政治権力。後年、法哲学も研究した。政治学分野から初めての文化功労者である。 中国大連生まれ。栃木県大田原市で育つ。1936年、早稲田大学政治経済学部卒業。1941年から1945年にかけて、早稲田大学政治経済学部非常勤講師。1942年11月、法学博士(東京帝國大學)(学位論文「法治国家論」)。 1948年、中央工学専門学校専任講師。1949年、中央大学法学部教授。政治学原論・政治史・法哲学を担当。1965年、中央大学評議員( - 1973年)。1969年、中央大学学長。
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吉田 六郎(よしだ ろくろう、1908年5月9日- 1986… 吉田 六郎(よしだ ろくろう、1908年5月9日- 1986年3月8日)は、ドイツ文学者、文芸評論家、東京都立大学名誉教授。 栃木県足利市生まれ。松本高等学校文科乙類を経て、1932年東京帝国大学独文科卒。33年桐生高等工業学校教授。37-38年文部省から派遣されベルリン大学に学ぶ。39年陸軍教授、42年第四高等学校教授、1950年金沢大学助教授、51年東京都立大学助教授、60年教授。 1971年「ホフマン - 浪漫派の芸術家」で東京大学文学博士。72年都立大を定年退官。E・T・A・ホフマンの翻訳・研究と夏目漱石に関する評論を書き、藤代素人、秋山六郎兵衛、板垣直子らの、『吾輩は猫である』がホフマンの『牡猫ムルの人生観』に影響を受けたという説を論駁し、漱石は聞きかじってはいたが『猫である』はオリジナルな作であると論じた(吉田六郎教授略歴「人文学報」都立大、1972年)。
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印南 博吉(いんなみ ひろきち、1903年4月1日 - 19… 印南 博吉(いんなみ ひろきち、1903年4月1日 - 1990年5月9日)は、経済学・保険学者。明治大学名誉教授、創価大学名誉教授。明治大学商学部長、全国生活協同組合連合会の初代理事長等を歴任。 栃木県出身。栃木県立大田原中学校(現・栃木県立大田原高等学校)卒、東京商科大学(現一橋大学)卒業。田中外次初代住友金属鉱山社長は志田鉀太郎ゼミの同期。1955年「保険本質論の再吟味」で明治大学より商学博士の学位を取得。明治大学商学部助教授、教授、学部長、1971年名誉教授、創価大学教授、1982年名誉教授。1982年から87年まで全国生活協同組合連合会の初代理事長を務め、一般の人が低額で加入できる生命共済事業を全国的に広めた。
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鈴木 醇(すずき じゅん、1896年10月1日 - 1970… 鈴木 醇(すずき じゅん、1896年10月1日 - 1970年3月12日)は、日本の地球科学者。専門は、鉱床学・岩石学。理学博士(東京大学・1930年)(学位論文「Petrological study of the crystalline schist system of Shikoku, Japan(四國に於ける結晶片岩系の岩石學的研究)」)。北海道帝国大学教授を歴任。栃木県宇都宮市生まれ。 1914年、旧制宇都宮中学校を卒業。1918年、第二高等学校を経て東京帝国大学理学部地質学科へ入学。1921年卒業後助手となり、加藤武夫教授の下で鉱床学の研究を始める。1924年第一高等学校教授となり、1928 - 30年、スイスのチューリヒ大学に留学する。
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田嶋 隆純(たじま りゅうじゅん、1892年〈明治25年〉1… 田嶋 隆純(たじま りゅうじゅん、1892年〈明治25年〉1月9日 - 1957年〈昭和32年〉7月24日)は、日本の仏教学者。大正大学教授。真言宗豊山派大僧正。 チベット語に訳された仏教文献の精査解読とそれに基づくチベット訳と漢訳の仏典対照研究の先駆けとなった。 大正末期、日本におけるチベット語の先駆者河口慧海に師事しチベット語を修得。昭和初期にフランスに渡りソルボンヌ大学に留学。チベット訳の『大日経』や曼荼羅の研究に学績を残した。また大戦後、花山信勝の後を受けて巣鴨拘置所の教誨師となり、刑場に臨む戦犯に寄り添い処刑に立ち会うとともにBC級戦犯の助命減刑嘆願にも奔走した。その「代受苦」(地蔵菩薩の身代りの徳)の活動が多くの戦犯から感謝され、「巣鴨の父」と慕われた。
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松本 彦七郎(まつもと ひこしちろう、1887年6月9日 -… 松本 彦七郎(まつもと ひこしちろう、1887年6月9日 - 1975年9月1日)は、日本の動物学者、地質学者、古生物学者、人類学者、考古学者、博物学者。 大正時代に、仙台湾周辺の貝塚において層位学的な発掘調査を行い、科学的・実証的な発掘調査法と編年学の基礎をつくった。戦後、花泉遺跡の調査を行い、ハナイズミモリウシ(Lephobison hanaizumiensis)の命名者としても著名である。日本哺乳動物学会名誉会員。 動物分類学を出発点に、初めて詳細な土器の型式分類を試み、その紋様構成の系統について進化論的な新しい見方を示したほか、地質学における分層発掘の方法を取り入れ、堆積層によって土器の紋様・厚さ・器種の構成比が異なってくることを見出し、日本最初の層位学的な研究を実施、考古学における層位論研究の開祖となった。
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中山 太郎(なかやま たろう、本名:中山 太郎治、明治9年(… 中山 太郎(なかやま たろう、本名:中山 太郎治、明治9年(1876年)11月13日 - 昭和22年(1947年)6月13日)は、柳田國男・折口信夫らと同時代に活躍した栃木県出身の民俗学者。 民俗学研究の一般的手法であるフィールドワークを殆ど行わず、史料文献を多用する研究方法から自らの学問を歴史的民俗学と称した。 中山民俗学の基礎は、上京後に図書館通いを続けあらゆる地誌類を読み作り上げた三万枚ものカードであった。柳田國男に「上野の図書館の本を全て読もうとした男」と怖れられるほどの読書家でもあった。 中山は研究者として執筆活動に専念した五十歳のころに売笑・婚姻・巫女・若者・盲人・祭礼・信仰・葬儀・伝説・職人の十種の研究を上古から現代まで民俗資料をもとにして編年史を纏め上げる壮大な野望を持った。
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須永 元(すなが はじめ、1868年7月20日〈慶応4年6月… 須永 元(すなが はじめ、1868年7月20日〈慶応4年6月1日〉 - 1942年〈昭和17年〉7月1日)は、明治時代の漢学者、実業家、朝鮮独立運動を支援した活動家。輹斎と号した。 下野国安蘇郡天明町(現・栃木県佐野市)に豪農の子として生まれる。幼名を平十郎または平重郎という。明治19年(1886年)頃上京し、二松学舎に入り、三島中洲、岡本黄石に師事し、漢籍を修める。続いて1889年(明治22年)3月22日、慶應義塾別科独仏科に入り、大学部を卒業する。1895年(明治28年)に帰郷し、金玉均亡き後の朝鮮壮士を支援し、東邦協会や玄洋社、黒龍会の活動に没頭する。1895年(明治28年)には朝鮮に渡り、朴泳孝の旧宅に寄寓する。
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森 鴎村(もり おうそん、1831年(天保2年) - 190… 森 鴎村(もり おうそん、1831年(天保2年) - 1907年(明治40年)1月20日)は、幕末期ならびに明治期の儒学者。下野国都賀郡藤岡村(現・栃木県栃木市藤岡町藤岡)出身。諱は保定(やすさだ)で字は士興(しきょう)。通称は定吉(さだきち)。 藤森弘庵・安積艮斎から儒学の教えを受け、藤岡で鴎村学社をひらく。門下生には栃木県におけるビール麦栽培の基礎を作った田村律之助、実業家となった岩崎清七がいた。岩崎の推薦で片山潜も一時塾僕となった。 1907年(明治40年)1月20日に死去。享年77。
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細内 信孝(ほそうち のぶたか)は、日本のコミュニティ・ビジ… 細内 信孝(ほそうち のぶたか)は、日本のコミュニティ・ビジネス研究者、社会学者、経営学者、社会的企業家。コミュニティビジネス総合研究所所長、コミュニティ・ビジネス・ネットワーク会長 、「町の学校」校長を務める。元法政大学大学院兼任講師、元立教大学大学院兼任講師、元埼玉女子短期大学客員教授、元中央大学兼任講師。日本において最初にコミュニティ・ビジネスの概念を提唱した人物とされ、日本における第一人者である。 2001年福島県うつくしま未来博の近未来都市パラダイム『森にしずむ都市』のコンペにおいて、福島県知事賞、日本混相流学会会長賞を、タイセイ総合研究所と共同受賞している。2003年英国外務省より日英社会的起業家交流プログラムに日本代表の一員として招聘され、渡英した。
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藤田 達士(ふじた たつし)は、日本の医学者。群馬大学名誉教… 藤田 達士(ふじた たつし)は、日本の医学者。群馬大学名誉教授。専門は麻酔学・蘇生学。栃木県出身。 旧制栃木県立栃木中学校を経て、東京大学医学部卒業。元群馬大学医学部教授。元群馬大学医学部附属病院長。
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小野塚 久枝(おのづか ひさえ)は、日本の総合政策学者、専門… 小野塚 久枝(おのづか ひさえ)は、日本の総合政策学者、専門は財政学および租税。 日本の税理士・行政書士。元東京家政学院大学人文学部教授。青山学院大学経済学部、国際政治経済学部においても教鞭をとる。 栃木県小山市出身。栃木県立栃木商業高等学校商業科卒業。1988年 青山学院大学 経済学部卒業。1990年 青山学院大学大学院 経済学研究科博士前期課程修了(財政学専攻)経済学修士。千葉商科大学大学院 政策研究科 博士課程(財政・租税政策専攻)・博士(政策研究)Ph.D. in Policy Studiesの学位を取得。 その後NTT(元電電公社 総裁室)勤務をへて東京家政学院大学人文学部文化情報学科教授。
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尾花 一浩(おばな かずひろ、Kazuhiro OBANA)… 尾花 一浩(おばな かずひろ、Kazuhiro OBANA)は、日本の税理士、経営学者。学位はMBA。美容業・飲食業・専門得意とする税理士。現在は主に相続税を専門としている。かぬま相続税・贈与税相談プラザ所長税理士。作新学院大学・客員教授。 栃木県鹿沼市生まれ。中学生時代は陸上部、短距離(100m・200m)選手として、関東大会、全国大会に(2回出場)。200mにおいて栃木県記録樹立。作新学院高等学校時代は、強豪として知られるラグビー部に所属。全国高等学校ラグビー大会(通称:花園)に3年連続出場。高校3年生の時には主将として第68回全国高校ラグビー大会に出場しベスト16に導いた。2000年には、祖父の尾花善次郎が1952年に鹿沼市に開設した会計事務所を後継した。
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