三浦 浩(みうら ひろし、1930年10月19日 - 199… 三浦 浩(みうら ひろし、1930年10月19日 - 1998年3月24日)は、日本の作家。東京生まれ。 父はコーヒー店主の三浦義武。父親の出身地である、島根県浜田市の旧制浜田中学(現在、島根県立浜田高等学校)を卒業。1949年に京都大学文学部英文科に入学。同学在学中には高橋和巳・小松左京・北川荘平らと京大作家集団に在籍。この時期の活動については、のちに『記憶の中の青春 -小説・京大作家集団-』として小説化を行っている。 1953年に同学を卒業し産経新聞に入社、文化部に所属した。当時の文化部長は福田定一(のちの司馬遼太郎)であった。在職中に休職しノースウェスタン大学に一年間留学、オックスフォード大学にも二年間の留学経験がある。
北川 幸比古(きたがわ さちひこ、1930年10月10日 -… 北川 幸比古(きたがわ さちひこ、1930年10月10日 - 2004年12月25日)は、日本の児童文学作家、翻訳家、編纂家。 のちの東京都立豊多摩高等学校在籍時は中原中也や立原道造などの詩に傾倒し、自ら詩の雑誌を作るなどしていた。同級の友人であった谷川俊太郎は、それに影響され自らも詩作を行うようになった。 1954年に早稲田大学國文科を卒業した。児童雑誌『ぎんのすず』編集部に勤務した。 1956年頃から2年ほど的場書房という出版社を独りで経営していた。的場書房からは谷川の『絵本』(1956年)、寺山修司の第一歌集『空には本』(1958年)などを出版している。 その後、児童文学の道を歩み、1960年代から児童SFを執筆し、のちに詩集の編纂を多く手掛ける。
西村 京太郎(にしむら きょうたろう、1930年9月6日 -… 西村 京太郎(にしむら きょうたろう、1930年9月6日 - 2022年3月3日)は、日本の推理小説家。本名は矢島 喜八郎(やじま きはちろう)。人気シリーズである十津川警部シリーズや、トラベルミステリーで知られる。 東京府荏原郡荏原町(現東京都品川区)生まれ。国民学校卒業後、東京府立電気工業学校(東京都立鮫洲工業高等学校の前身)に進むが中退し東京陸軍幼年学校に挑戦。100倍の競争率を突破して入学するが、在学中の15歳で終戦を迎えたため、工業学校へ復学し、卒業後、臨時人事委員会(後の人事院)に就職する。11年勤務後に退職し、トラック運転手、保険外交員、私立探偵、警備員などを経て作家生活に入る。 初期は社会派推理小説を書いていた。
澤地 久枝(さわち ひさえ、1930年9月3日 - )は、日… 澤地 久枝(さわち ひさえ、1930年9月3日 - )は、日本のノンフィクション作家、社会運動家。東京都港区青山出身。 編集者を経て『妻たちの二・二六事件』(1972年)で作家に。綿密な取材で、真実に迫る作品を執筆。作品に『火はわが胸中にあり』(1978年)、『もうひとつの満州』(1982年)、『滄海よ眠れ』(1985~86年)など。 大工の長女として生まれる(下に妹と弟)。父親は小学校卒業後伊豆での見習修業を経て大工となり、久枝が4歳の時、家族で満洲へ移住し、吉林市の満鉄社宅で暮らした。1945年、吉林で敗戦を迎え1年間の難民生活の後に日本に引き揚げ山口県立防府高等学校に編入した。1947年夏に東京に移り焼野原の原宿に建てた6畳のバラックで育つ。
矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 200… 矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 2002年5月29日)は、日本の作家・詩人・翻訳家。早くから天才少女として注目され、没後は「不滅の少女」と呼ばれた。 教育学者・矢川徳光の5人姉妹の次女として東京府北豊島郡王子町大字王子312番地(現・東京都北区王子)に生まれ、生後まもなく、東京府北豊島郡高田町雑司ヶ谷7丁目1117番地(現・東京都豊島区雑司が谷)に転居。園児としてキリスト教系の幼稚園で過ごす。高田第五尋常小学校(現在の目白小学校)1年の時、1938年1月、東京市世田谷区新町に転居。深沢尋常小学校(現・世田谷区立深沢小学校)に転入。1943年、府立第十一高等女学校(現・東京都立桜町高等学校)に入学。
加藤 廣(かとう ひろし、1930年6月27日 - 2018… 加藤 廣(かとう ひろし、1930年6月27日 - 2018年4月7日)は、日本の小説家。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校、東京大学法学部卒業。1954年に中小企業金融公庫に入庫。 京都支店長、本店調査部長などを歴任後、山一證券に勤務し、同経済研究所顧問、埼玉大学経済学部講師などを経て、中小企業やベンチャー企業のコンサルタントを務める。 2005年に構想15年の作品『信長の棺』で小説家デビュー。デビュー当時75歳という年齢が話題を呼ぶ。 それ以前からビジネス書を著していたが、『信長の棺』は『日本経済新聞』に連載され、ベストセラーとなった。同作は第12回中山義秀文学賞の候補作にも選ばれた。 その後『秀吉の枷』『明智左馬助の恋』と本能寺三部作を発表して大きな話題を呼ぶ。
近藤 唯之(こんどう ただゆき、1930年5月10日 - )… 近藤 唯之(こんどう ただゆき、1930年5月10日 - )は、日本のスポーツライター、コラムニスト、ノンフィクション作家、野球評論家。 左官職人の長男として東京都の本郷に出生、6歳から野球を始めた。旧制明治中学校では硬式野球部に所属し島岡吉郎監督の指導を受けるも、右肺の弱さから試合出場経験はなし。その後、明治大学法学部へ進学。島岡の薦めにより野球のプレーは諦め、書く方にまわろうとグラウンドに顔を出して野球観戦をした。卒業後の1953年4月に報知新聞社に入社し、同新聞(現:スポーツ報知)のスポーツ記者となる。1956年に朝刊の発行を始めた東京新聞にスカウトされて移籍。毎日の戦評と野球コラム「金曜放談」を署名入りで執筆。
中谷 千代子(なかたに ちよこ、1930年1月16日 - 1… 中谷 千代子(なかたに ちよこ、1930年1月16日 - 1981年12月26日)は、日本の画家、絵本作家。 1930年1月16日、東京府生まれ。東京府立第十一高等女学校(現東京都立桜町高等学校)卒業後、東京美術学校(現・東京芸術大学)油絵科に進学。美術学校在学中は梅原龍三郎に師事した。後に詩人として活躍する岸田衿子は同級生で、親友となった。美術学校卒業後、先輩だった中谷貞彦と結婚。 在学中から子どもに絵を教える中で、子どもの絵の表現から学んでいたが、1957年ごろから絵本の仕事に興味を持つ。岸田に誘われて、福音館書店の編集長松居直を訪ね、絵本を作ることになる。 最初の作品は『ジオジオのかんむり』(「こどものとも」52号(1960年7月号))で、主人公のライオンのジオジオを描くために動物園でイメージに合うライオンを探し、原画は7回描きなおした。
向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年〈昭和4年〉11月2… 向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年〈昭和4年〉11月28日 - 1981年〈昭和56年〉8月22日)は、日本のテレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。 週刊誌のトップ屋時代は幸田 邦子名義で執筆していた。共同ペンネーム「葉村彰子」の一員でもある。 父親の転勤で全国を転々とするが、本人は鹿児島時代が文学の原点と語った。実践女専国語科を卒業後、映画雑誌の記者を経て、ラジオ・テレビの台本・脚本を書く。『七人の孫』『寺内貫太郎一家』等、自分の実感をもとに庶民の生活を温かくかつその暗部をも描いて「ホームドラマの旗手」といわれた。 1980年短編連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』(後に作品集『思い出トランプ』に収録)で直木賞を受賞した。
栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023… 栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023年5月5日)は、日本のフランス文学者、美術評論家、作家、翻訳家。駒沢女子大学日本文化研究所名誉所長。 フランス象徴主義の詩人・ロートレアモン伯爵の作品を日本で初めて全訳し、レフ・トロツキーの翻訳も行った。また詩人でもあり、戯曲も書いた。多彩な創作、評論活動を展開し、仏教、寺院建築、美術等に関する日本文化論の著書を多く発表した。 東京生まれ、満洲出身。父は栗田健男。 1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)卒業。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、同大学院修士課程修了。1960年より文筆活動に入る。 1962年、松田政男、山口健二、川仁宏らが企画した自立学校で、谷川雁、吉本隆明、埴谷雄高、黒田寛一、森秀人らとともに、講師をつとめる。
乙骨 淑子(おつこつ よしこ、1929年(昭和4年)7月7日… 乙骨 淑子(おつこつ よしこ、1929年(昭和4年)7月7日 - 1980年(昭和55年)8月13日)は、日本の児童文学作家。 東京都出身。私立桜蔭高等女学校(現:桜蔭中学校・高等学校)卒業。1954年、柴田道子らと同人誌「こだま」を創刊して以来、創作活動に専念。1964年『ぴいちゃあしゃん』でデビュー。本作は、1965年に厚生省・児童福祉審議会推薦図書特別賞を受賞した。代表作の1つである『十三歳の夏』は、1977年に少年ドラマシリーズの1つとしてテレビドラマ化された。のちに、フジテレビでも森光子主演で再びドラマ化された。 1980年8月13日、癌のため、51歳で逝去。『ピラミッド帽子よ、さようなら』は未完の遺作となった。
都筑 道夫(つづき みちお、1929年7月6日 - 2003… 都筑 道夫(つづき みちお、1929年7月6日 - 2003年11月27日)は、日本の推理作家、SF作家。東京市出身。本名松岡 巖(まつおか いわお)。別名に小林 菖夫、淡路 瑛一、柴田 梅玉、伊藤 照夫など。実兄(松岡勤治)は、夭折した落語家の鶯春亭梅橋。関口台町小学校の同学年に越智通雄がいる。
伊佐 千尋(いさ ちひろ、1929年6月27日 - 2018… 伊佐 千尋(いさ ちひろ、1929年6月27日 - 2018年2月3日)は、日本のノンフィクション作家。 実父はアメリカ合衆国で活動した画家・絵本作家の八島太郎。俳優マコ岩松は異母弟、女優八島桃(本名:岩松桃子)は異母妹。 現在の東京都に生まれる。母の伊佐正子(旧姓:仁科)は、山梨県甲府市の士族の家系に生まれ、実家は資産家だった。1928年夏頃に、当時「岩松淳」を名乗っていた八島太郎が東京から甲府を訪れた際に出会い、後を追う形で上京、父の持ち家に住みながら交際した。しかし、翌年4月の四・一六事件の際に、プロレタリア芸術運動にかかわっていた太郎の家が捜索を受けて正子も拘留される。そのあと正子は太郎と別れる。
日野 啓三(ひの けいぞう、1929年6月14日 - 200… 日野 啓三(ひの けいぞう、1929年6月14日 - 2002年10月14日)は、日本の小説家、文芸評論家。東大社会学科卒。新聞社特派員としての韓国・ベトナム駐在経験が創作の基調。ベトナム戦争を題材にした作品や、現代都市における幻想を描く都市小説といわれる作品などで知られる。『あの夕陽』(1975年)で芥川賞受賞。日本芸術院会員。 東京府豊多摩郡生まれ。5歳の時に父親の仕事のため朝鮮に移り、小中学校時代を慶尚南道密陽で暮らした。1942年にソウルに移って、龍山中学に通う。敗戦後は父親の故郷広島県福山市に引き揚げ、広島県立府中中学校(現広島県立府中高等学校)を経て、1946年に旧制一高入学、この頃野間宏、椎名麟三などの戦後文学に関心を持ち、大岡信、丸山一郎(佐野洋)らと同人誌『二十代』、次いで同じメンバーで『現代文学』を作り、文芸評論を執筆した。
色川 武大(いろかわ たけひろ、1929年3月28日 - 1… 色川 武大(いろかわ たけひろ、1929年3月28日 - 1989年4月10日)は、日本の小説家、エッセイスト、雀士。筆名として色川 武大(いろかわ ぶだい)、阿佐田 哲也(あさだ てつや)、井上 志摩夫(いのうえ しまお)、雀風子を名乗った。阿佐田哲也名義では麻雀小説作家として知られる。
岡野 薫子(おかの かおるこ、1929年2月28日 - )は… 岡野 薫子(おかの かおるこ、1929年2月28日 - )は、日本の児童文学作家。
岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 … 岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 - 2011年〈平成23年〉4月7日)は、日本の詩人・童話作家、翻訳家。詩誌『櫂』同人。 詩集に『忘れた秋』『らいおん物語』『ソナチネの木』などがある。1966年、絵本『かばくん』でドイツ児童図書賞、1974年、絵本『かえってきたきつね』で産経児童出版文化賞大賞を受賞した。 劇作家岸田国士の長女として東京府(現・東京都杉並区)に生まれる。妹は女優の岸田今日子。従弟に俳優の岸田森がいる。 立教女学院小学校、立教女学院女学校、東京芸術大学油絵科卒業。画家を志すも肺病を患い詩人になる。 1954年10月4日、北軽井沢大学村にて交友のあった谷川俊太郎と結婚。
武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は… 武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は、日本の児童詩人、児童文学作家、翻訳家。 東京生まれ。本姓・荒谷。東京都立第八高等女学校卒業。 戦後西條八十との出会いを契機に、NHKラジオ「うたのおばさん」に童謡を発表、文筆生活に入る。 フランス民謡の曲「踊る少女」と「きらきら星」の訳詞を担当。 1983年『詩集ねこぜんまい』で産経児童出版文化賞、日本童謡賞受賞。2014年『星』で日本児童文学者協会賞、日本童謡賞受賞。 2009年に三郷町図書館に「武鹿文庫」を設立した。 児童詩、絵本、再話、翻訳、子供向け伝記など多数を執筆している。奈良県三郷町在住。
寺村 輝夫(てらむら てるお、1928年11月8日 - 20… 寺村 輝夫(てらむら てるお、1928年11月8日 - 2006年5月21日)は、日本の児童文学作家。東京都出身。代表作は『王さまシリーズ』『こまったさん』『わかったさん』シリーズ、『かいぞくポケット』など。 東京都本郷区(現・文京区)真砂町に、9人兄弟(男7人・女2人)の6男として生まれる。父は日本橋馬喰町の名刺メーカーに勤める中流階級、母は浅草田原町の宮大工の娘。天皇即位礼(御大典)の影響で典夫と名づけられる予定だったが、ありきたりな名という事で、当時の新聞に目立った「輝」を取って輝夫と命名された。幼少時は「特定の境遇にある者を差別してはいけない」と寺村に何度も教えた母の後を追いかけてばかりだったという。
太田 經子(おおた きょうこ、1928年8月15日 - 20… 太田 經子(おおた きょうこ、1928年8月15日 - 2008年12月2日)は、日本の小説家、官能小説家。一般に太田 経子と表記される。 静岡県生まれ。東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒。 長与善郎、石川利光に師事、丹羽文雄の『文学者』や『女流』といった同人誌で小説を書く。1957年「渇き」が室生犀星に認められてデビュー。その後『小説宝石』などに官能小説を書く。1996年の『青眉の女』は高く評価された。
出口 裕弘(でぐち ゆうこう、1928年8月15日 - 20… 出口 裕弘(でぐち ゆうこう、1928年8月15日 - 2015年8月2日)は、昭和・平成期の日本の作家、翻訳家、フランス文学者。元一橋大学教授。 東京府北豊島郡日暮里町(現在の東京都荒川区東日暮里)の生まれ。ただし『北海道名士録 昭和35年度版』(1頁には千葉県松戸市出身とある。本名の訓みはヤスヒロといい、葛飾区立堀切小学校から東京府立第十一中学校(東京都立江北高等学校)を経て1945年4月、旧制浦和高等学校理科1組入学、1945年7月1日、武原寮(ぶげんりょう)に入寮しここで敗戦を迎えた。寮で1級下の野沢協と相識る。 1945年10月、文科甲類に転科する。在学中は文芸部に所属し、短歌や俳句、詩や小説などの創作活動に熱中した。
光瀬 龍(、1928年〈昭和3年〉3月18日 - 1999年… 光瀬 龍(、1928年〈昭和3年〉3月18日 - 1999年〈平成11年〉7月7日)は、日本のSF作家。本名は飯塚 喜美雄。旧姓は千葉で、結婚する際に妻の姓に改めた。 東京府北豊島郡南千住大字千住南に生まれ、1933年から1945年3月まで板橋区練馬南町に育つ。東京市開進第三国民学校5年生のときに海野十三の短編集『十八時の音楽浴』を読み、強い感銘を受ける。 川村学院中学校在学中、1945年4月、岩手県胆沢郡前沢町(現・奥州市)に疎開する。岩手育ちと自称していたが、実際に岩手ですごしたのは17歳から20歳までの3年間のみである。この間、光瀬は一関中学校(現・一関第一高等学校)に学び、1948年3月に同校を修了するまで青春期のひとときを謳歌している。
中村 正䡄(なかむら まさのり、1928年2月16日 -20… 中村 正䡄(なかむら まさのり、1928年2月16日 -2020年3月1日)は、日本の小説家。名前の本来の表記は「中村正䡄」だが、「中村正軌」で代用される。 満洲撫順県撫順市生まれ。学習院大学文政学部政治学科卒業。日本航空に勤務し、フランクフルト支配人・調達部長を務める傍ら執筆活動をしていた。1970年代の東西ドイツを舞台とした『元首の謀叛』でデビューし、同作で第84回(1980年下半期)直木賞受賞。2020年3月1日死去。92歳没。
長 新太(ちょう しんた、本名: 鈴木 揫治、1927年9月… 長 新太(ちょう しんた、本名: 鈴木 揫治、1927年9月24日 - 2005年6月25日)は、日本の漫画家、絵本作家、エッセイスト。 漫画作品のほか、「ユーモラスな展開と不条理な筋立て」による「絵本」と称される数多くの絵本や児童文学の挿絵を描き、「ナンセンスの神様」の異名をとった。エッセイなどの分野でも活動した。 東京府荏原郡羽田町(のちの東京都大田区)に生まれる。蒲田育ち。戦時中は陸軍少年飛行兵学校を受験したが体重が足りなかったために不合格となる。東京市立蒲田工業学校(現在の東京都立一橋高等学校)卒。蒲田が空襲の被害を受けたため横浜市に移り、ここで敗戦を迎える。映画が好きだったため映画館の看板屋で3年ほど働いた。
吉村 昭(よしむら あきら、1927年(昭和2年)5月1日 … 吉村 昭(よしむら あきら、1927年(昭和2年)5月1日 - 2006年(平成18年)7月31日)は、日本の小説家。
堤 清二(つつみ せいじ、1927年〈昭和2年〉3月30日 … 堤 清二(つつみ せいじ、1927年〈昭和2年〉3月30日 - 2013年〈平成25年〉11月25日)は、日本の実業家、小説家、詩人。筆名は辻井 喬(つじい たかし)。学位は博士(経済学)(中央大学・1996年)。日本芸術院会員、財団法人セゾン文化財団理事長、社団法人日本文藝家協会副理事長、社団法人日本ペンクラブ理事、『歴程』同人、憲法再生フォーラム共同代表、日本中国文化交流協会会長。国土計画取締役、西武鉄道取締役、京浜急行電鉄社外取締役、西武流通グループ(後のセゾングループ)代表などを歴任した。異母弟は西武鉄道グループ元オーナーの堤義明。 1927年、西武グループの創業者堤康次郎と、康次郎の妾(後に本妻)・青山操の間に生まれる。
結城 昌治(ゆうき しょうじ、1927年2月5日 - 199… 結城 昌治(ゆうき しょうじ、1927年2月5日 - 1996年1月24日)は、日本の小説家・推理作家。本名:田村 幸雄。都筑道夫の命名によるこの筆名は、本来「ゆうき・まさはる」と読ませたが、しょうじと誤読されることが多いため、そのまましょうじとなった。 まだ日本にハードボイルド小説というものが浸透していなかった時期にハードボイルドを書いたことから「ハードボイルド小説の先駆者」といわれる。生島治郎の筆名の名付親でもある。ユーモアミステリも多く、この分野においても天藤真を奮起させるなど、先覚の位置を占める。 1927年、東京市品川区生まれ。1939年、戸越小学校卒業。旧制中学受験に失敗して1年浪人する。
児島 襄(こじま のぼる、1927年1月26日 - 2001… 児島 襄(こじま のぼる、1927年1月26日 - 2001年3月27日)は、日本の作家、戦記作品を多数著した。
星 新一(ほし しんいち、本名:星 親一、1926年〈大正1… 星 新一(ほし しんいち、本名:星 親一、1926年〈大正15年〉9月6日 - 1997年〈平成9年〉12月30日)は、日本の小説家、SF作家。 父は星薬科大学の創立者で星製薬の創業者・星一。森鷗外は母方の大伯父にあたる。本名の親一は父・一のモットー「親切第一」の略である(弟の名前の協一は「協力一致」の略)。父の死後、短期間星製薬の社長を務めたことがあり、日本の有名作家としては辻井喬こと堤清二と並んで稀有な東証一部上場企業(当時)の社長経験者である。 膨大な作品量でありながら、どの作品も質の高さを兼ね備えていたところから「ショートショート(掌編小説)の神様」と呼ばれているが、『明治・父・アメリカ』、父親や父の恩人花井卓蔵らを書いた伝記小説『人民は弱し 官吏は強し』などのノンフィクション作品もある。
佐々 克明(さっさ かつあき、1926年(大正15年)8月9… 佐々 克明(さっさ かつあき、1926年(大正15年)8月9日 - 1986年(昭和61年)10月20日)は、日本のジャーナリスト、作家。「東アジアの古代文化を考える会」会員。 政治学者・佐々弘雄の長男として、福岡県福岡市に生まれる。警察官僚の佐々淳行は弟、女性運動家で参議院議員の紀平悌子は妹、母方の祖父に図書館学者・和田万吉がいる。 成蹊高等学校を経て新潟医科大学中退、1949年東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。社会部などに勤務したが、1981年退社。 朝日新聞社在職中から歴史関係のライターとして活動。退社後はビジネス書も執筆したほか、朝日を批判する『病める巨象・朝日新聞私史』も上梓した。
安藤 昇(あんどう のぼる、1926年(大正15年)5月24… 安藤 昇(あんどう のぼる、1926年(大正15年)5月24日 - 2015年(平成27年)12月16日)は、日本の元ヤクザ、俳優、小説家、歌手、プロデューサー。東京府豊多摩郡(のちに東京市淀橋区)東大久保天神下(現・東京都新宿区新宿6丁目)出身。 サラリーマンの三男一女の長男として大久保天神下で生まれる。小学3年時に6年の番長を刺し学校を制圧。神奈川県川崎市立川崎中学校に進学するも喧嘩に明け暮れ、濡れ衣を着せられ、15歳で調布市の感化院に入れられる。旧制中学校時代は転校を繰り返し、父の満州転勤に伴い16歳のとき満州に渡り、奉天第一中学校に進学。同校退学後内地へ戻り、京王商業転入。不良学生を束ねて加納貢と意気投合し兄弟分になる。
塚田 茂(つかだ しげる、1926年(大正15年)3月9日 … 塚田 茂(つかだ しげる、1926年(大正15年)3月9日 - 2008年(平成20年)5月13日)は、日本の演出家、放送作家、構成作家、作詞家、タレント。東京府東京市(現・東京都特別区)豊島区池袋出身。血液型はB型。 東京府立商工学校(現・東京都立北豊島工科高等学校)卒。 太平洋戦争中の1945年2月に徴兵検査で第一種乙種合格、それを受けて翌3月に召集令状が来た。しかし、工科系学校に在籍する特権で2年の入営延期を認められ、日本無線に動員されるという形で勤務。その間に戦争は終結した。塚田は工科系の学生になったのは、特権が狙いだったとも話している。終戦後はしばらくの間、親類の時計店の居候となった。
松谷 みよ子(まつたに みよこ、本名:松谷 美代子、1926… 松谷 みよ子(まつたに みよこ、本名:松谷 美代子、1926年2月15日 - 2015年2月28日)は、日本の児童文学作家。 父は社会派の弁護士で、無産政党代議士となった松谷與二郎。元夫は児童文学関係者で人形劇団座長の瀬川拓男。自伝に『小説・捨てていく話』(1992年)、『自伝 じょうちゃん』(2007年)がある。瀬川康男との共著『いないいないばあ』は2020年11月24日付で339刷700万部出版されており、絵本の歴代発行部数1位となっている。 1926年(大正15年)、東京市神田区元岩井町(現・東京都千代田区岩本町)に4人きょうだいの末っ子として生まれる。西巣鴨第五尋常小学校から東洋高等女学校に進み、1943年に卒業。
椿 實(つばき みのる、1925年10月31日 - 2002… 椿 實(つばき みのる、1925年10月31日 - 2002年3月28日)は東京府出身の小説家。椿 実とも表記。 東京市神田区山本町(現:東京都千代田区外神田)に生まれ、下谷区池之端七軒町(現:台東区池之端)に育つ。生家は医療器械や注射針を製造。 東京府女子師範学校(現:東京学芸大学)付属幼稚園から同校付属小学校に学ぶ。同級に荻昌弘や岡田孝男がいた。東京府立第五中学校(現:東京都立小石川中等教育学校)を経て旧制都立高等学校(現:首都大学東京)文科一組に入学。在学中、1946年に吉行淳之介たちと同人誌『葦』を創刊。1947年、東京大学文学部哲学科入学、同年、吉行たちと第14次『新思潮』を創刊し、同誌第2号に発表した「メーゾン・ベルビウ地帯」で柴田錬三郎や三島由紀夫たちに高く評価される。
鈴木 明(すずき あきら、1925年10月28日 - 200… 鈴木 明(すずき あきら、1925年10月28日 - 2003年7月22日)は、日本のノンフィクション作家・フリージャーナリスト。本名は今井 明夫。
森田 誠吾(もりた せいご、本名:堀野 誠吾、1925年10… 森田 誠吾(もりた せいご、本名:堀野 誠吾、1925年10月25日 - 2008年10月16日)は、日本の小説家。 東京出身。東京府立第一商業学校(現東京都立第一商業高等学校)卒業後旧制東京商科大学(一橋大学の前身)中退。久保栄・滝沢修・薄田研二が結成した東京芸術劇場の研究生となり、特に劇作家久保栄に師事する。久保との関係は久保の死(1958年3月15日)まで続く。森田の『曲亭馬琴遺稿』には、久保の戯曲『火山灰地』(1938年)や長編小説『のぼり窯』(1951年)の影響が見受けられる。 東京芸術劇場解体後、実家の広告制作会社精美堂社長を務めていた。 1981年に『曲亭馬琴遺稿』で作家デビュー。
津田 信 (つだ しん、 1925年9月1日 - 1983年… 津田 信 (つだ しん、 1925年9月1日 - 1983年11月22日) は、日本の小説家。東京府出身。本名は、山田 勝雄 (やまだ かつお)。 東京府立第三商業学校卒業。満州の予備士官学校に在学中の1944年に応召し、第59師団に配属される。翌1945年の敗戦によりソ連軍の捕虜となるが、発疹チフスに罹患したためシベリア抑留は免れた。 1947年に帰国後、小島政二郎に師事し、徳田秋声の作品を研究。日本経済新聞社勤務中から小説を発表。1966年に同社を退社し、筆一本となる。受賞には至らなかったが、『日本工作人』などで芥川賞や直木賞の候補に合計8回上っている。 著書『幻想の英雄』で、フィリピンのルバング島から30年ぶりに帰国して注目されていた元陸軍少尉、小野田寛郎のベストセラー『わがルバング島の30年戦争』(1974)およびその元になった週刊誌連載の「手記」のゴーストライターであると名乗りを挙げ、「手記」に書けなかった部分や執筆にまつわる出来事を明らかにして話題になった。
丸谷 才一(まるや さいいち、1925年(大正14年)8月2… 丸谷 才一(まるや さいいち、1925年(大正14年)8月27日 - 2012年(平成24年)10月13日)は、日本の小説家、文芸評論家、翻訳家、随筆家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 主な小説作品に『笹まくら』『年の残り』『たった一人の反乱』『裏声で歌へ君が代』『女ざかり』など。文字遣いは、1966年から74年までを除いて、独自の歴史的仮名遣いを使用。日本文学の暗い私小説的な風土を批判し、軽快で知的な作品を書くことを目指した。評論・随筆も『忠臣藏とは何か』『後鳥羽院』『文章読本』など長年にわたり多く刊行し、また英文学者としてジョイスの『ユリシーズ』の翻訳などにも携わった。座談や講演も多く行い「文壇三大音声」の一人と自負していた。
村野民子(むらの たみこ、1925年7月19日ー2017年6… 村野民子(むらの たみこ、1925年7月19日ー2017年6月12日)は、日本の作家。 東京生まれ。東京都立第五高等女子学校(現富士高校)卒。1951年から四年間、平林たい子の秘書を務める。97年『対馬 こころの島』(筆名・村野温)でやまなし文学賞を受賞した。
杉本 苑子(すぎもと そのこ、1925年6月26日 - 20… 杉本 苑子(すぎもと そのこ、1925年6月26日 - 2017年5月31日)は、日本の小説家、歴史小説家、文化勲章受章者。 東京府東京市牛込区(現在の東京都新宿区)出身。旧制千代田女子専門学校(現 武蔵野大学)、文化学院卒業。 1952年、「燐の譜」で『サンデー毎日』の懸賞小説に入選、選考委員である吉川英治に師事する。吉川死去の翌年、『孤愁の岸』で第48回(1962年下半期)直木賞を受賞。以後、歴史小説家として活躍する。また、一般向けの歴史書も記している。 1985年に、『マダム貞奴』および『冥府回廊』を原作とするNHK大河ドラマ『春の波濤』が放映される。作品が舞台演劇として上演された数も多い。
胡桃沢 耕史(くるみざわ こうし、1925年4月26日 - … 胡桃沢 耕史(くるみざわ こうし、1925年4月26日 - 1994年3月22日)は、日本の作家。本名は清水 正二郎。海外を舞台にした冒険小説や、ユーモア推理小説で人気を博した。 東京府南葛飾郡(現在の東京都墨田区)生まれ。代表作に冒険小説『天山を越えて』、『翔んでる警視』シリーズ、直木賞受賞作『黒パン俘虜記』などがある。 東京府立第六中学校(現在の東京都立新宿高等学校)から拓殖大学商学部卒業。少年時代から直木三十五や牧逸馬のような流行作家に憧れて、作家を志す。また漫談家への憧れもあり、中学時代に内務省保安局から鑑札をもらって談譚協会に所属して、大都映画の弁士をしたり、劇場で淡谷のり子や笠置シヅ子などの歌手の司会をしたこともある。
川本 喜八郎(かわもと きはちろう、1925年(大正15年)… 川本 喜八郎(かわもと きはちろう、1925年(大正15年)1月11日 - 2010年(平成22年)8月23日)はアニメーション作家、人形作家。東京都出身。勲四等旭日小綬章(1995年受章)。日本アニメーション協会会長(1996年~2010年)。日本アニメーション協会名誉会長。日本を代表する人形アニメ監督。
千家 紀彦(せんげ のりひこ、1924年〈大正13年〉12月… 千家 紀彦(せんげ のりひこ、1924年〈大正13年〉12月 - 1994年〈平成6年〉7月12日)は、日本のジャーナリスト、作家。筆名には、志摩紀久夫(しまきくお)、青柳淳郎(あつろう)、本間丫閑斎(あかんさい)がある。朝鮮半島の大邱市生まれ、東京市麻布区材木町(現・東京都港区六本木)育ち。本籍は島根県大社町。両親はいとこ婚であり、父方の祖父も母方の祖父も千家尊福。父は尊福の養子・千家尊宣、弟に千家崇彦がいる。母方の伯父は詩人千家元麿。学習院では三島由紀夫と同級生だった。 幼い頃から父親にDVを受け、14歳の時、父親と女中の性行為を目撃してから不良化。1939年、学習院中等科2年生の時に煙草を吸って退寮処分となる。
いぬい とみこ(本名:乾 富子、1924年〈大正13年〉3月… いぬい とみこ(本名:乾 富子、1924年〈大正13年〉3月3日 - 2002年〈平成14年〉1月16日)は、日本の児童文学作家。 静岡県で生まれ、2歳の時に東京府東京市麻布区(現・港区)、4歳の時に大森区(現・大田区)へ移る。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)を卒業。1941年4月11日、日本女子大学校国文学部(現・日本女子大学文学部日本文学科)に42回生として入学するが、父親の転勤に伴い兵庫県伊丹市に引っ越すため翌年6月2日付けで同校を中退。京都の平安女学院専攻部保育科を1944年に卒業し、東京・大森の幼稚園(母園)と京都の幼稚園に勤務した。その後まもなく、父親が富士紡績柳井化学工業の工場長に就任したため1947年まで山口県玖珂郡柳井町(現・柳井市)に在住し、山口県立柳井高等女学校併設の戦時保育園で保母を務めた。
今西 祐行(いまにし すけゆき、1923年10月28日 - … 今西 祐行(いまにし すけゆき、1923年10月28日 - 2004年12月21日)は、日本の児童文学作家。 大阪府中河内郡縄手村字六万寺(現東大阪市六万寺町)に生まれ、奈良県生駒市で育つ。1936年、旧制奈良県立奈良中学校(現・奈良県立奈良高等学校)に入学、5年間植物採集とテニスに熱中する。1940年、中学5年生の夏、病気になり大阪の病院に入院、この頃より文学書をむさぼり読む。1941年、第二早稲田高等学院入学。同年、大久保同胞教会(現在の日本基督教団新宿西教会)にて受洗。 1942年、早大童話会に入り、坪田譲治を知る。同年、童話会機関紙『童話界』に、最初の童話「ハコちゃん」を発表、好評を博す。
虫明 亜呂無(むしあけ あろむ、1923年9月11日 - 1… 虫明 亜呂無(むしあけ あろむ、1923年9月11日 - 1991年6月15日)は、日本の作家、評論家、随筆家、翻訳家。
戸井 昌造(とい しょうぞう、1923年(大正12年)4月1… 戸井 昌造(とい しょうぞう、1923年(大正12年)4月16日 - 2000年(平成12年)4月17日)は、日本の画家、民俗研究家、作家。兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。息子は作家の戸井十月。 早稲田高等学院在学中に学徒出陣で中国に赴任。敗戦により捕虜となった後に復員し、早稲田大学に復学するが中退。1946年に共産党に入党し、1950年に脱党。 人形劇団プークでの民主主義的文化活動などを経て画家となる。それと並行して日本の民俗史や民衆史などを研究。特に秩父事件の研究では第一人者とされている。 人形劇団プークのリーダーだった、川尻東次・川尻泰司兄弟の妹・錦子と結婚。 2000年4月17日、胃がんにより死去。
遠藤 周作(えんどう しゅうさく、1923年〈大正12年〉3… 遠藤 周作(えんどう しゅうさく、1923年〈大正12年〉3月27日 - 1996年〈平成8年〉9月29日)は、日本の小説家。日本ペンクラブ会長。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 11歳の時カトリック教会で受洗。評論から小説に転じ、「第三の新人」に数えられた。その後『海と毒薬』でキリスト教作家としての地位を確立。日本の精神風土とキリスト教の相克をテーマに、神の観念や罪の意識、人種問題を扱って高い評価を受けた。ユーモア小説や「狐狸庵」シリーズなどの軽妙なエッセイでも人気があった。 父親の仕事の都合で幼少時代を満洲で過ごした。帰国後、12歳の時に伯母の影響でカトリック夙川教会で洗礼を受けた。
池波 正太郎(いけなみ しょうたろう、1923年〈大正12年… 池波 正太郎(いけなみ しょうたろう、1923年〈大正12年〉1月25日 - 1990年〈平成2年〉5月3日)は、戦後の日本を代表する時代小説・歴史小説作家。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』『真田太平記』など、戦国・江戸時代を舞台にした時代小説を次々に発表する傍ら、映画評論家としても著名であった。映画ではとりわけフランス映画の名作、とりわけフィルム・ノワールを好み、監督ではジュリアン・デュヴィヴィエや俳優ジャン・ギャバンを敬愛している他、美食家(食通)として多くのエッセイを著している。 1923年(大正12年)1月25日、東京市浅草区聖天町(現:東京都台東区浅草7丁目)に生れる。父・富治郎は日本橋の錦糸問屋に勤める通い番頭、母・鈴は浅草の錺職・今井教三の長女で、正太郎は長男であった。
吉田 満(よしだ みつる、1923年〈大正12年〉1月6日 … 吉田 満(よしだ みつる、1923年〈大正12年〉1月6日 - 1979年〈昭和54年〉9月17日)は、日本の作家。日本銀行職員。キリスト者。 大日本帝国海軍における戦時体験をもとにした戦記を残すとともに、日本銀行職員の要職を歴任する傍ら、「戦中派」として独自の著作活動や言論活動を続けた。代表作の『戦艦大和ノ最期』は、映画化、長時間テレビドラマ化もされ、海軍での上官であった臼淵磐も吉田の著作を通しても広く知られるようになった。 1923年(大正12年)1月6日、父・吉田茂と母・ツナの長男として、東京市赤坂区青山北町(現・東京都港区北青山)で誕生。上には姉の瑠璃子がいた。同年の9月の関東大震災のため、その後一家は渋谷町(現・渋谷区)に移った。