木下 宏一(きのした こういち、1974年3月 - )は、日… 木下 宏一(きのした こういち、1974年3月 - )は、日本の文学者。教育者。僧侶(住職)。学術博士である。 1974年埼玉県上尾市の生まれ。1992年福岡県立京都高等学校卒業。2017年九州大学大学院地球社会統合科学府博士後期課程修了。2010年文学博士、2017年学術博士。 九州大学大学院比較社会文化研究院特別研究者(研究員)の他、防衛省部外講師、北九州工業高等専門学校・西日本短期大学非常勤講師に就く。過去には福岡刑務所・福岡拘置所の教誨師として一般受刑者・死刑囚の矯正教育に携わった。 専攻は近代日本政治思想史、文学史。戦前のナショナリズム諸運動に関する研究で知られる 。
後藤 和彦(ごとう かずひこ、1961年 - )は、アメリカ… 後藤 和彦(ごとう かずひこ、1961年 - )は、アメリカ文学者、東京大学教授。 福岡市生まれ。福岡県立修猷館高等学校を経て、1983年九州大学文学部卒業、1988年東京大学大学院英文学博士課程中退、東京女子大学文理学部専任講師、92年助教授、1997年立教大学文学部英米文学科助教授、99年教授。2017年東京大学人文社会系研究科英文科教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
野中 哲照(のなか てっしょう、1961年 - )は、日本の… 野中 哲照(のなか てっしょう、1961年 - )は、日本の国文学者、國學院大學教授。 福岡県豊前市出身。1984年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。1992年、早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。同年、鹿児島短期大学専任講師、1995年、助教授。2000年、鹿児島国際大学国際文化学部教授。2010~14年、放送大学客員教授。2011~13年、西日本国語国文学会代表委員。2015年、國學院大學文学部日本文学科教授。 2013年「文学史的展開から見た前期軍記の研究」で早稲田大学博士(文学)。 窪田空穂賞、1991
上野 誠(うえの まこと、1960年 - )は、日本の日本文… 上野 誠(うえの まこと、1960年 - )は、日本の日本文学者(万葉学者)・民俗学者。学位は、文学博士(論文博士・1998年)(学位論文『古代日本の文芸空間―万葉挽歌と葬送儀礼』)。奈良大学名誉教授。國學院大學文学部日本文学科特別専任教授。 福岡県甘木市(現・朝倉市)に生まれ、福岡市で育つ。万葉集の挽歌史的研究と、万葉文化論を主な研究の対象とし、主な手法研究は歌から飛鳥・奈良時代の生活情報を導き出し、それを用いて万葉集の読みを深めるという方法で著名。論文と著書については、「上野誠の万葉エッセイ」に網羅されている。 数多くの講演や万葉ウォークイベントを行う。そのほか、NHKのラジオ、テレビで万葉集を講義している。
島 弘之(しま ひろゆき、1956年11月19日 - 201… 島 弘之(しま ひろゆき、1956年11月19日 - 2012年8月)は、日本の英文学者、文芸評論家。 東京都生まれ。1975年福岡県立戸畑高等学校卒業。1979年上智大学外国語学部英語学科卒業。1981年同大学院修士課程修了。1984年上智大学一般外国語嘱託講師(英語)、1985年日本英文学会新人賞受賞。1986年「小林秀雄への共感的反逆 後発者柄谷行人の"場所"」で群像新人文学賞評論部門優秀作。1987年東京工科大学専任講師。1988年法政大学第一教養部専任講師、1989年助教授、1992年教授、1994年『小林秀雄』で三島由紀夫賞候補。2004年法政大学文学部英文科教授。2012年死去。鈴木晶によればその数年前から病気を抱えており、夏休みが終わり9月になっても大学に出てこないので、大学の誰かがマンションを訪ねたら死亡していたという。
森田 耕一郎(もりた こういちろう、1954年4月8日 - … 森田 耕一郎(もりた こういちろう、1954年4月8日 - 2012年5月7日)は、日本の天文学者。専門は電波天文学で、「電波干渉計によるイメージング技術、星惑星系形成、電波干渉計による高精度イメージング法」など。元国立天文台電波研究部教授。 福岡県田川市出身。1977年(昭和52年)名古屋大学工学部卒業。名古屋大学大学院に進学し、電波天文学を専攻。1992年(平成4年)に論文「ミリ波帯宇宙電波の開口合成観測法に関する研究」により名古屋大学から博士(工学)の学位を取得。 1983年(昭和58年)に東京大学東京天文台(現・国立天文台)に入り、野辺山宇宙電波観測所助手を務め、ミリ波干渉計グループのスタッフとしてその建設と研究に従事した。
井波 陵一(いなみ りょういち、1953年1月2日 - )は… 井波 陵一(いなみ りょういち、1953年1月2日 - )は、日本の中国文学者。京都大学名誉教授。元京都大学人文科学研究所所長。紅楼夢、王国維、目録学などを研究する。 1953年、現福岡県北九州市生まれ。旧姓・小浜。京都大学文学部卒業、同大学院修士課程修了。滋賀大学助教授を経て、京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター(現:京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター)教授。2015年京都大学人文科学研究所長。2018年定年退官。
田坂 憲二(たさか けんじ、1952年8月21日 - )は、… 田坂 憲二(たさか けんじ、1952年8月21日 - )は、日本の国文学者。元慶應義塾大学教授。 福岡県生まれ。宗像高校を卒業後、1976年九州大学文学部国文科卒、1980年同大学院博士課程満期退学。九州大学助手、福岡女子大学助教授、教授、群馬県立女子大学文学部教授、慶應義塾大学文学部教授。2017年定年退任。1987年「源氏物語」注釈に関する業績で日本古典文学会賞受賞。1995年「源氏物語の人物と構想」で九州大学より博士(文学)の学位を取得。
岩尾 龍太郎(いわお りゅうたろう、1952年1月1日 - … 岩尾 龍太郎(いわお りゅうたろう、1952年1月1日 - 2010年9月10日)は、日本の哲学者、比較文学者。専門は、西洋思想・歴史学。福岡市生まれ。 1970年東京大学教養学部理科1類入学、1974年同文学部倫理学科卒、1981年同大学院人文科学研究科倫理学博士課程満期退学。1983年西南学院大学文学部講師、1985年助教授、1991年教授、2006年国際文化学部教授を務めた。 専門はカント哲学であり、東京大学大学院在学中には『純粋理性批判』を主題とした研究に取り組んだ。本人の回想によれば、ハイデガーによるカント解釈への問題意識が研究の出発点となったという。 その後は比較文学研究にも取り組み、ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』を中心としたロビンソン物語の変形譚研究に取り組んだ。
中村 泰久(なかむら やすひさ、1947年10月9日 - )… 中村 泰久(なかむら やすひさ、1947年10月9日 - )は日本の天文学者。北村正利に師事した。理学博士。
今西 祐一郎(いまにし ゆういちろう、1946年8月6日 -… 今西 祐一郎(いまにし ゆういちろう、1946年8月6日 - )は、日本の国文学者。国文学研究資料館名誉教授・元館長。九州大学名誉教授。文学博士。日本学術会議会員。児童文学作家の今西祐行は叔父。 福岡県北九州市生まれ。1969年京都大学文学部国文科卒、1972年同大学院修士課程修了、1974年静岡県立静岡女子大学講師、のち助教授、1978年京都府立大学助教授、1985年九州大学助教授、教授、文学部学部長を経て、九州大学副学長・理事。2009年3月、九州大学退職。同4月、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻教授、国文学研究資料館館長に就任。2017年3月末をもって、退職。 『蜻蛉日記』が専門で、同書は藤原兼家の協力を得て書かれた、兼家家集の宣伝のためのものだという説を唱えている。
山田 登世子(やまだ とよこ、1946年2月1日 - 201… 山田 登世子(やまだ とよこ、1946年2月1日 - 2016年8月8日)は、日本のフランス文学者、エッセイスト。愛知淑徳大学名誉教授。 福岡県田川市生まれ。旧姓・青柳(父は弁護士)。福岡県立西田川高等学校卒、名古屋大学文学部仏文科卒、1974年同大学院博士課程満期退学。1975年愛知淑徳大学専任講師、1979年助教授、1987年教授、1995年現代社会学部教授、メディアプロデュース学部教授。2015年退任、名誉教授。 オノレ・ド・バルザックが専門だが、フランスのファッション、恋愛に関する評論、エッセイで知られ、与謝野晶子について書いたり、小説も書いた。 2016年8月8日、肺癌のため死去。70歳没。
吉田 彩子(よしだ さいこ、1946年 - )は、日本のスペ… 吉田 彩子(よしだ さいこ、1946年 - )は、日本のスペイン文学者、清泉女子大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。清泉女子大学文学部スペイン語スペイン文学科卒業、上智大学大学院外国語学研究科言語学専攻博士課程満期退学。清泉女子大学助教授、教授を務めた。2017年定年、名誉教授。若いころ児童文学『月が死んだ日』を書いている。
塩川 徹也(しおかわ てつや、1945年10月19日 - )… 塩川 徹也(しおかわ てつや、1945年10月19日 - )は、日本のフランス文学者、東京大学名誉教授、日本学士院会員。パスカルを専門とする。
是永 駿(これなが しゅん、1943年9月23日 - 202… 是永 駿(これなが しゅん、1943年9月23日 - 2024年1月27日)は、日本の文学者(中国語・中国文学)。専門は中国現代文学、なかでも茅盾、中国現代詩。 勲等は瑞宝中綬章。学位は博士(言語文化学)(大阪大学・2012年)。大阪外国語大学名誉教授、立命館アジア太平洋大学名誉教授。 鹿児島経済大学講師、大分大学経済学部助教授、大阪外国語大学外国語学部教授、大阪外国語大学附属図書館館長、大阪外国語大学学長、立命館アジア太平洋大学教授、立命館アジア太平洋大学学長、学校法人立命館副総長などを歴任した。 福岡県生まれ。父は新聞記者で、4人兄弟の長男。文学好きで詩も書いていた父の影響で現代文学全集を読みふけり、魯迅をきっかけに中国文学を志す。
中野 三敏(なかの みつとし、1935年《昭和10年》11月… 中野 三敏(なかの みつとし、1935年《昭和10年》11月24日 - 2019年《令和元年》11月27日)は、日本の教育者・文学者(日本近世文学)。位階は従三位。学位は、文学博士(早稲田大学・1982年)。九州大学名誉教授。文化功労者。文化勲章受章。 正則高等学校教諭、愛知淑徳短期大学国文学科助教授、九州大学文学部教授、九州大学文学部長、福岡大学人文学部教授などを歴任。 福岡県生まれ佐賀県武雄市育ちの日本文学研究者である。江戸から明治期の近世文学を中心に研究する。九州大学文学部学部長などを務め、のちに名誉教授となった。 福岡県に生まれ佐賀県武雄市で育つ。父 中野敏雄は戦前、高額納税者で貴族院議員、戦時中は、海軍参与官で、戦後GHQにより公職追放にあったが、後1954年に合併によって誕生した佐賀県武雄市の初代市長に就任。
山下 一海(やました かずみ、男性、1932年3月7日 - … 山下 一海(やました かずみ、男性、1932年3月7日 - 2010年2月15日)は、日本の俳文学者。鶴見大学名誉教授。 福岡県福岡市生まれ。幼時から両親の影響で俳句に親しみ、小学校上級から中学にかけて句作に熱中した。やがて句作からは離れたが、早稲田大学文学部国文学科卒、大学院で近世文学を専攻。 成城大学短期大学部助教授、鶴見大学文学部国文科教授を務めた。著書は多く、松尾芭蕉、与謝蕪村など近世俳人についての研究、評論が多い。 2010年2月15日、逝去。77歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
荒木 尚(あらき ひさし、1932年1月16日 - 2020… 荒木 尚(あらき ひさし、1932年1月16日 - 2020年1月15日)は、日本の国文学者。熊本大学名誉教授。 福岡県大牟田市生まれ。1954年熊本大学法文学部文学科卒、1957年早稲田大学大学院修士課程修了。1978年「今川了俊の研究」で早大文学博士。1956年熊本大学法学部助手、1962年講師、1964年教養部助教授、1970年法文学部助教授、1975年教授。1985-1987年図書館長、1997年定年退官、名誉教授、就実女子大学教授、、2010年瑞宝中綬章。
大社 淑子(おおこそ よしこ、1931年9月25日 - )は… 大社 淑子(おおこそ よしこ、1931年9月25日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。青山学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了、法学部教授、2002年定年、名誉教授。ほか、梅光女学院大学専任講師、関東学院大学助教授を歴任した。 英文学を専攻し、現代の英国女性作家を研究、翻訳、特に米国黒人女性作家のトニ・モリスンの翻訳で知られるが、アイヴィ・コンプトン=バーネットの研究書も出した。
岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 20… 岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 2012年1月21日)は、日本の小説家、国文学者。 福岡県福岡市出身。旧制福岡中学校、旧制福岡高等学校を経て、東京大学文学部仏文学科卒。1954年に東京大学文学部国文科に学士入学。 1955年、「百合の記憶」が「文藝」全国学生小説コンクール佳作第一席として青柳和夫の筆名で『文藝』に掲載される。この時の佳作同期に大江健三郎がいる。1956年に国文科卒業。大学院に入るがほどなく池田亀鑑が死去。翻訳家の平井呈一の姪である瀬山梅子と1957年に結婚。横浜学園高等学校に勤務。 1959年に「壁」で第9回文學界新人賞受賞。1964年に立原正秋が編集長格の同人誌『犀』に参加。
川崎 浹(かわさき とおる、1930年5月5日 - )は、日… 川崎 浹(かわさき とおる、1930年5月5日 - )は、日本のロシア文学者、著述家。早稲田大学名誉教授。 福岡県に生まれる。1948年福岡県中学修猷館、1954年早稲田大学第一文学部露文学科卒業、1964年同大学大学院文学研究科露文学専攻博士課程単位取得満期退学。同年同大学教育学部非常勤講師となり、1965年同大学第一、第二文学部、法学部非常勤講師、1967年同大学教育学部専任講師、1970年同大学教育学部助教授。1971年9月から1973年3月にかけてパリ大学・早稲田大学交換制度による在外研究の後、1974年早稲田大学大学院文学部露文学専攻を兼担。1975年同大学教育学部教授に就任。1984年9月から1985年7月にかけてモスクワ大学・早稲田大学交換制度による在外研究を行う。
多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003… 多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003年1月23日)は、日本の詩人・随筆家・翻訳家・フランス文学者。福岡県福岡市の博多(現・博多区)出身。本名、加藤智満子。 銀行員だった父の転勤に伴い、幼少期を京都、東京などで過ごす。小学校5、6年で『プルタルコス英雄伝』や『平家物語』を愛読し、15歳で滋賀県愛知川沿いに戦争疎開した際にプラトン、エピクテトス、セネカなどを携えるなど、少女時代から異才を放っていた。また、謡曲や歌舞伎にも親しんだ。桜蔭高等女学校を卒業後、東京女子大学外国語科で学び、矢川澄子と親交を結ぶ。卒業後に慶應義塾大学文学部英文科に編入学するも、結核に罹り半年間休学。病床での思索が自らの文学的出発点となった。
秋吉 久紀夫(あきよし くきお、1930年1月7日 - )は… 秋吉 久紀夫(あきよし くきお、1930年1月7日 - )は、日本の詩人・中国文学者。九州大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。本名・勝廣。九州大学文学部卒。1977年「近代中国における文学運動の展開」で九大文学博士。近畿大学第二教養部(福岡)助教授、福岡女子大学教授、九大文学部教授。1993年定年退官、名誉教授。1993年翻訳特別功労賞(日本翻訳家協会)。1998年福岡県詩人会特別賞。2001年第一回詩界賞(日本詩人クラブ)。2011年福岡県詩人会先達詩人顕彰。
岡 照雄(おか てるお、1930年1月2日 - 2024年6… 岡 照雄(おか てるお、1930年1月2日 - 2024年6月26日)は、日本の英文学者。京都大学名誉教授、福岡女子大学名誉教授。専門は18世紀イギリス文学。 福岡市生まれ。福岡県立修猷館高等学校を経て、1953年京都大学文学部卒業。大阪市立大学講師、助教授、京大教養部助教授、文学部助教授、1979年教授、1990年学部長、1993年定年退官、名誉教授、県立福岡女子大学学長、名誉教授。2008年、瑞宝中綬章受章。2024年6月26日死去。叙正四位。
伊豆 利彦(いず としひこ、1926年11月10日 - 20… 伊豆 利彦(いず としひこ、1926年11月10日 - 2017年12月8日 )は、日本の国文学者。日本近代文学専攻。横浜市立大学名誉教授。 福岡県直方市生まれ。1950年東京大学文学部国文学科卒業。横浜市立大学文理学部助教授、教授。1992年定年退官、名誉教授。日本文学協会に属し、左翼的立場から日本近代文学を研究する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
三好 行雄(みよし ゆきお、1926年〈大正15年〉1月2日… 三好 行雄(みよし ゆきお、1926年〈大正15年〉1月2日 - 1990年〈平成2年〉5月20日)は、日本の国文学者。東京大学名誉教授。近代文学を幅広く研究し、学界の中心的存在と目された。作品論の提唱者とされる。 福岡県飯塚町(現・飯塚市)に生まれる。第五高等学校理科卒業、九州帝国大学理学部入学ののち、新制東京大学文学部国文学科に入学。同大学大学院修了後、1955年(昭和30年)より共立女子大学専任講師、助教授、1959年(昭和34年)立教大学助教授を経て、1962年(昭和37年)東大国文科助教授となる。東大国文科で初めての近代専攻の教員だった。1972年(昭和47年)同教授。1981年(昭和56年)文学部長。
弓削 三男(ゆげ みつお、1922年(大正11年)11月15… 弓削 三男(ゆげ みつお、1922年(大正11年)11月15日 - 2002年(平成14年)1月26日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 福岡県八女市出身。1950年(昭和25年)に九州大学文学部仏文学科を卒業し、同年に九州大学大学院の特別研究生として在学。翌1951年(昭和26年)に九州大学専任講師となる。1956年(昭和31年)にはフランスのストラスブール大学に、次いで翌1957年(昭和32年)にパリ大学に留学した。 1962年(昭和37年)に九州大学の教授となったのち、1964年(昭和39年)に早稲田大学第一文学部の専任講師となった。さらに翌1965年(昭和40年)に早稲田大学第一文学部の助教授となると、以降1969年(昭和44年)から1970年(昭和45年)まで早稲田大学大学院文学研究科を兼任した。
前田 淑(まえだ よし、1921年 - 2020年)は、日本… 前田 淑(まえだ よし、1921年 - 2020年)は、日本の国文学者。専門は日本近世文学。近世の女性旅日記などの近世女性文学を研究した。福岡女学院短期大学名誉教授。 福岡市生まれ。福岡県女子専門学校文科研究科卒業、法政大学文学部日本文学科卒業。福岡女学院短期大学助教授、教授を務める。1999年「江戸時代女流文芸史 地方を中心に」で九州大学文学博士。
安川 定男(やすかわ さだお、1919年6月17日 - 20… 安川 定男(やすかわ さだお、1919年6月17日 - 2007年1月14日)は、国文学者、中央大学名誉教授。文芸誌『同時代』同人。
福永 武彦(ふくなが たけひこ、1918年(大正7年)3月1… 福永 武彦(ふくなが たけひこ、1918年(大正7年)3月19日 - 1979年(昭和54年)8月13日)は、日本の小説家、詩人、フランス文学者。
目加田 さくを(めかだ さくお、女性、1917年(大正6年)… 目加田 さくを(めかだ さくお、女性、1917年(大正6年)2月1日 - 2010年(平成22年)12月20日)は、国文学者。平安時代文学が専門。学位は、文学博士(大阪大学・論文博士・1962年)(学位論文「物語作家圏の位相及び教養よりみたる物語の形成」)。福岡女子大学名誉教授。勲三等宝冠章受章。 1917年、福岡県大野城市生まれ。旧姓・瀬利。本名・サクヲ。1941年九州帝国大学法文学部国文科を卒業する。 卒業後は九州帝国大学副手、1945年山口女子専門学校教授、福岡県女子専門学校教授、1950年福岡女子大学助教授、教授を務める。1962年「物語作家圏の位相及び教養よりみたる物語の形成」で大阪大学より文学博士の学位を取得。
佐藤 晃一(さとう こういち、1914年3月4日 - 196… 佐藤 晃一(さとう こういち、1914年3月4日 - 1967年7月7日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。元東京大学文学部教授。主としてトーマス・マンを研究した。 秋田県出身。旧制福岡中学(現福岡県立福岡高等学校)、福岡高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学独文科卒。その後、兵役に就き、第一高等学校教授、東京大学教養学部助教授から、1948年同大学文学部助教授、1961年教授、1967年主任教授となり日本独文学会理事長となるが、7月7日急逝した。 1942年アドルフ・ヒトラーの『吾が闘争』の翻訳が刊行された際には、木村謹治、相良守峯らとともにこれを絶賛し、戦後口を拭ってマンのナチスへの抵抗を礼賛した(池田浩士『ファシズムと文学』)。
平井 正穂(ひらい まさお、1911年12月10日 - 20… 平井 正穂(ひらい まさお、1911年12月10日 - 2005年2月24日)は、日本の英文学者。
入矢 義高(いりや よしたか、1910年(明治43年)12月… 入矢 義高(いりや よしたか、1910年(明治43年)12月13日 - 1998年(平成10年)6月30日)は、日本の中国文学者。中国禅を中心とした仏教学者。専門は中国古典文学。学位は、文学博士。名古屋大学名誉教授、京都大学名誉教授。日本学士院会員。正四位勲二等瑞宝章。 1910年、鹿児島県鹿児島市で英語教師・入矢祐雲の長男として生まれた。1928年、福岡県立小倉中学校を卒業。1932年に福岡高等学校を卒業し、京都帝国大学に進学。ドイツ文学を専攻したいと考えていたが、父の意向で中国文学へと転向し、倉石武四郎の指導を受けた。1936年、京都大学文学部文学科を卒業。 卒業後は、広島県立中学(旧制)の教員となり、県立呉第一中学校に勤務。
朱牟田 夏雄(しゅむた なつお、1906年6月29日 - 1… 朱牟田 夏雄(しゅむた なつお、1906年6月29日 - 1987年10月18日)は、日本の英文学者。東京大学名誉教授。
与田 凖一(よだ じゅんいち、1905年6月25日(戸籍上は… 与田 凖一(よだ じゅんいち、1905年6月25日(戸籍上は8月2日生まれ) - 1997年2月3日)は、日本の児童文学者・詩人。昭和期の日本の児童文学界において指導的役割を担った。作詞家を担当、巽聖歌らと親交を結びその後も本格的な執筆活動を開始し、1929年に初の童謡集「旗・蜂・雲」を出版した。作詞家橋本淳の父。ドイツ文学翻訳の与田静(1942- )は長女。與田凖一、与田準一の表記もある。日本ペンクラブ会員。 1905年、福岡県山門郡瀬高町(現在のみやま市瀬高町)に浅山与太郎、スエの次男として生まれた。翌年、親戚の与田家の養子となり、以降は与田姓を名乗った。養父母を相次いで亡くしたため、実家である浅山家で育つ。
長谷 健(はせ けん、1904年10月17日 - 1957年… 長谷 健(はせ けん、1904年10月17日 - 1957年12月21日)は、日本の小説家、児童文学者。 福岡県山門郡東宮永村下宮永北小路(現・柳川市下宮永町)生まれ。ちなみに、東宮永小学校は琴奨菊関の母校でもある。旧姓は堤、本名は藤田正俊。1925年(大正14年)福岡師範学校卒業。柳川の城内小学校教師をしたのち1929年(昭和4年)に上京、神田区の芳林小学校に勤務。このころからペンネームを長谷健とする。1932年(昭和7年)浅草区浅草小学校に転勤。1934年(昭和9年)に同人誌『教育文学』を創刊し、1936年(昭和11年)には『白墨』を創刊する。小学校教師として教育にあたり、文学者としても活動を行う。
井上 満(いのうえ みつる、1900年12月16日 - 19… 井上 満(いのうえ みつる、1900年12月16日 - 1959年5月14日)は、日本のロシア文学者、翻訳家。筆名は落合 文雄など。 福岡県久留米市米屋町(現・同市中央町)に生まれる。1920年、19歳の時に福岡県立中学明善校(現・福岡県立明善高等学校)卒業、同年、福岡県派遣留学生として日露協会学校に入学。1924年同校卒業。同年、神代ちとせと恋愛結婚。その後、兵役に服すが、病気のために除隊。1926年上京して文筆活動に入り、主に社会科学文献を翻訳。 1930年から6年間、当時の東京市麻布区麻布狸穴町にあった駐日ソ連大使館に勤務し(外交交渉通訳などに携わる)、二・二六事件直後の1936年3月に軍機保護法違反で逮捕されて、1938年10月まで2年7か月間投獄される。
安藤 常次郎(あんどう つねじろう、1900年(明治33年)… 安藤 常次郎(あんどう つねじろう、1900年(明治33年)11月11日 - 1994年(平成6年)9月28日)は、日本の国文学者。 福岡県生まれ。俳号・安藤のりを。福岡県立中学修猷館を経て、1926年早稲田大学文学部国文科卒業。 早稲田大学教育学部教授、71年定年退職、名誉教授。武蔵野女子大学教授。能狂言を専門とした。
田代 三千稔(たしろ みちとし、1898年(明治31年)7月… 田代 三千稔(たしろ みちとし、1898年(明治31年)7月10日 - 1984年(昭和59年)2月4日)は、日本の英文学者、翻訳家、ラフカディオ・ハーン研究家。 福岡県遠賀郡香月村(現・北九州市)生まれ。 旧制福岡県立東筑中学校、旧制第五高等学校を経て、1924年に東京帝国大学文学部英文学科を卒業。五高の同窓に劇作家の木下順二、帝大時代の同期生には作家の北村喜八がいた。 1924年4月法政大学講師、1926年4月同大教授。 1946年3月日本大学教授となり、同年10月には鎌倉アカデミアという特殊の教育機関の教授も兼ねた。 横浜市立大学が横浜医科大学と統合した1952年4月には、かねてから親交のあった三枝博音学長から招かれて、教授に就任し、図書館長などの役職に就いた。
豊島与志雄(とよしま よしお、1890年(明治23年)11月… 豊島与志雄(とよしま よしお、1890年(明治23年)11月27日 - 1955年(昭和30年)6月18日)は、日本の小説家、翻訳家、仏文学者、児童文学者。法政大学名誉教授。明治大学文学部教授もつとめた。日本芸術院会員。
緒方 健三郎(おがた けんざぶろう、1888年4月1日 - … 緒方 健三郎(おがた けんざぶろう、1888年4月1日 - 1967年11月17日)は、日本の英文学者、教育者、鹿児島大学初代学長・名誉教授。旧制の第六高等学校教授、姫路高等学校第6代校長、第七高等学校第10代校長も歴任した。 福岡県京都郡豊津町(現みやこ町)出身で、旧制福岡県立豊津中学校(現福岡県立育徳館中学校・高等学校)を卒業した。1910年、旧制第六高等学校(岡山大学の前身のひとつ)大学予科第一部乙類を卒業。1913年、東京帝国大学文科大学(現東京大学文学部)英文学科を卒業。大学卒業後、旧制愛知県立第二中学校(現愛知県立岡崎高等学校)、旧制愛媛県立西条中学校(現愛媛県立西条高等学校)で教員を務める。
豊田 実(とよだ みのる、1885年9月16日 - 1972… 豊田 実(とよだ みのる、1885年9月16日 - 1972年11月22日)は、英語学者、英文学者。
小宮 豊隆(こみや とよたか、1884年〈明治17年〉3月7… 小宮 豊隆(こみや とよたか、1884年〈明治17年〉3月7日 - 1966年〈昭和41年〉5月3日)は、日本の独文学者・文芸評論家・演劇評論家。東北大学名誉教授。日本学士院会員。 福岡県仲津郡久富村(現・京都郡みやこ町)に生まれる。少年期に父を失うが、祖母と母のもと裕福な家庭で育つ。旧制の福岡県立豊津中学校(現・福岡県立育徳館高等学校)を経て第一高等学校 (旧制)(現・東京大学教養学部)に進む。同期に安倍能成、中勘助、藤村操、尾崎放哉、岩波茂雄がいた。 1905年(明治38年)東京帝国大学文科大学独文科に入学。大学時代に夏目漱石の門下(木曜会)となり、寺田寅彦、森田草平、芥川龍之介、内田百閒、鈴木三重吉、久米正雄、松岡譲、野上豊一郎、津田青楓たちと交際。
藤村 作(ふじむら つくる、1875年(明治8年)5月6日 … 藤村 作(ふじむら つくる、1875年(明治8年)5月6日 - 1953年(昭和28年)12月1日)は、国文学者、東京帝国大学名誉教授。東洋大学第9代学長。 1875年、福岡県柳川で藤村順吉の次男として生まれた。橘蔭学館(のちの福岡県立伝習館高等学校)、第五高等学校を経て、東京帝国大学文科大学国文学科に進学。1901年に卒業。 卒業後は、第七高等学校造士館教授に就いた。1903年より広島高等師範学校教授を務め、1910年に東京帝国大学国文科助教授となった。1922年に教授昇格。1934年からは東洋大学学長を兼任。1936年に東京大学を定年退職。1940年からは、汪兆銘政権下の北京大学で教鞭を執った。
芦名 裕子(あしな ゆうこ、2月3日 - )は、日本の宗教学… 芦名 裕子(あしな ゆうこ、2月3日 - )は、日本の宗教学者・国文学者。聖学院大学講師。旧姓は城戸。元自民党衆議院議員の孫で、元教育党党首城戸嘉世子の長女。日本基督教団奈良高畑教会教会員。