兼重 直樹(かねしげ なおき、1997年-)は、日本の環境官… 兼重 直樹(かねしげ なおき、1997年-)は、日本の環境官僚。宮城県生まれ。
東北大学:61人
兼重 直樹(かねしげ なおき、1997年-)は、日本の環境官… 兼重 直樹(かねしげ なおき、1997年-)は、日本の環境官僚。宮城県生まれ。
宮下 宗一郎(みやした そういちろう、1979年(昭和54年… 宮下 宗一郎(みやした そういちろう、1979年(昭和54年)5月13日 - )は、日本の政治家、国土交通官僚。青森県知事(公選第22代)、青森県むつ市長(3期)。無所属。 父親は元むつ市長の宮下順一郎。 青森県むつ市生まれ。むつ市立大湊小学校、むつ市立田名部中学校、 青森県立青森高等学校、 東北大学法学部卒業。在学中に国家公務員I種試験(法律職)に合格。 大学卒業後、2003年4月 国土交通省入省。国土計画局、道路局、東北地方整備局用地企画課、都市・地域整備局、土地・建設産業局等の旧建設省畑を歩み、主に法案・予算案の企画・立案を担当。2009年 国土交通省都市局まちづくり推進課課長補佐。2011年 国土交通省土地・建設産業局建設業課課長補佐。
内田 広之(うちだ ひろゆき、1972年〈昭和47年〉3月2… 内田 広之(うちだ ひろゆき、1972年〈昭和47年〉3月25日 - )は、日本の政治家、文部・文科官僚。福島県いわき市長(2期)。文科省教育改革推進室長、福島大学理事兼事務局長、東日本国際大学地域振興戦略研究所長などを歴任した。 1972年3月25日生まれ。福島県いわき市出身。いわき市立草野小学校、いわき市立草野中学校、福島県立磐城高校、東北大学教育学部卒業。2014年(平成26年)東京大学大学院教育学研究科修了。 1996年(平成8年)文部省(当時)入省。 2002年(平成14年)ユネスコ本部(パリ)にてアフリカ・アジアの教育支援に携わる。 2006年(平成18年)、秋田県教育庁高校教育課長。
合田 哲雄(ごうだ てつお、1970年〈昭和45年〉2月 -… 合田 哲雄(ごうだ てつお、1970年〈昭和45年〉2月 - )は、日本の文部・文科官僚。 北海道に生まれる。岡山県倉敷市で育つ。1988年(昭和63年)、岡山県立倉敷南高等学校卒業。1992年(平成4年)、東北大学法学部卒業。同年、文部省に入省。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。 入省後、福岡県教育庁高校教育課長、アメリカ国立科学財団(NSF)フェロー、高等教育局企画官、研究振興局学術研究助成課長、初等中等教育局教育課程課長、同局財務課長、科学技術・学術政策局政策課長などを歴任。国立大学法人化、2008年・2017年の学習指導要領の改訂、大学教育質転換答申、高等教育修学支援新制度の設計、10兆円大学ファンドの創設などに携わった。
佐藤 紀明(さとう のりあき、1969年〈昭和44年〉5月1… 佐藤 紀明(さとう のりあき、1969年〈昭和44年〉5月13日 - )は、日本の総理府・総務官僚。 秋田県秋田市出身。秋田県立秋田高等学校を経て、東北大学法学部を卒業。1993年(平成5年)、総理府に入庁。入庁後、行政評価局調査官、総務省大臣官房企画課企画官、同課情報システム室長、総務省大臣官房参事官、復興庁統括官付参事官、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)、同(内閣人事局)、独立行政法人統計センター経営審議室長、同総務部長、統計局統計調査部調査企画課長、同局統計情報利用推進課長、統計企画管理官(政策統括官付)、統計改革実行推進室参事官(政策統括官付)、統計作成プロセス改善推進室室長(政策統括官付)、行政管理局企画調整課長、内閣府参事官(政策統括官(政策調整担当)付)、同地方分権改革推進室参事官などを歴任。
菅家 秀人(かんけ ひでと、1967年〈昭和42年〉6月23… 菅家 秀人(かんけ ひでと、1967年〈昭和42年〉6月23日 - )は、日本の農林水産官僚。 福島県大沼郡昭和村出身。福島県立会津高等学校を経て、1990年(平成2年)3月、東北大学法学部を卒業。同年4月、農林水産省に入省(Ⅰ種・法律)。入省後、農林水産省大臣官房企画評価課調査官、生産局特産振興課地域対策官、財務省主税局税制第二課主税企画官、同理財局総務課たばこ塩事業室長、農林水産省大臣官房食料安全保障課食料自給率向上対策室長、生産局畜産部牛乳乳製品課長、水産庁漁政部企画課長、農林水産技術会議事務局研究調整課長、北陸農政局地方参事官(新潟県担当)、生産局総務課長などを歴任。雪印牛肉偽装事件が発生した際には、品質調査課の担当者としてJAS法の改正案を立案した。
菅原 希(すがわら のぞむ、1967年〈昭和42年〉5月21… 菅原 希(すがわら のぞむ、1967年〈昭和42年〉5月21日 - )は、日本の総務官僚。 岩手県西磐井郡花泉町(現・一関市)出身。岩手県立一関第一高等学校を経て、1990年(平成2年)、東北大学法学部を卒業し、総務庁に入庁。 入庁後、行政管理局管理官、行政評価局評価監視官、同政策評価課長、同行政相談課長、同総務課長、総務省大臣官房政策評価広報課長、同政策立案支援室長などを歴任。 2019年(令和元年)7月5日、内閣府大臣官房審議官(地方分権改革担当)兼内閣府地方分権改革推進室次長兼内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)に就任。 2020年(令和2年)7月20日、総務省大臣官房審議官(行政管理局担当)に就任。
堀井 奈津子(ほりい なつこ、1967年〈昭和42年〉3月3… 堀井 奈津子(ほりい なつこ、1967年〈昭和42年〉3月3日 - )は、日本の労働・厚生労働官僚。 愛知県江南市に生まれ、宮城県仙台市と福島県郡山市で育つ。福島県立安積女子高等学校を経て、1990年(平成2年)に東北大学法学部を卒業。大学時代は、模擬裁判実行委員会と現代司法研究会に所属し、植木俊哉の国際法ゼミと藤田宙靖の行政法ゼミを受講した。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、1990年4月に労働省入省。女性がとても活き活きとしていたため、労働省を選択した。雇用環境・均等関連の部署での勤務が長い。 岡山県庁に出向したときは、石井正弘知事の下で、観光物産と国際の担当課長を務めた。2015年7月、大村秀章愛知県知事により、愛知県副知事に起用された。
四日市正俊(よっかいち まさとし、1966年8月6日 - )… 四日市正俊(よっかいち まさとし、1966年8月6日 - )は、日本の国土交通官僚。 岩手県出身、岩手県立盛岡第一高等学校卒業。東北大学法学部在学中に国家公務員一種試験(法律)を受験。東北大学法学部卒業。1990年 国土庁入庁。主に防災行政に携わる。2015年7月 独立行政法人水資源機構財務用地本部用地管財部長。2018年6月 独立行政法人水資源機構総務人事本部総務部長。同年7月31日 国土交通省土地・建設産業局地価調査課長。2019年7月9日 国土交通省大臣官房付・研究休業。2021年7月1日 国土地理院総務部長。2023年7月4日 農林水産省大臣官房審議官(農村振興局担当)。 2024年7月1日に国土交通省大臣官房付となり、同日退職。
菅原 隆拓(すがわら たかひろ、1964年8月5日 - 20… 菅原 隆拓(すがわら たかひろ、1964年8月5日 - 2020年11月20日)は、日本の防衛官僚。 宮城県桃生郡河南町(現・石巻市)出身。宮城県石巻高等学校を経て、東北大学法学部卒業。 2020年11月20日、東京都内の病院で死去。 岸信夫防衛大臣は、記者会見で菅原の功績をたたえるとともに、哀悼の意を表した。
竹内 芳明(たけうち よしあき、1962年〈昭和37年〉3月… 竹内 芳明(たけうち よしあき、1962年〈昭和37年〉3月27日 - )は、日本の郵政・総務技官。 総務事務次官(第20代)、総務審議官(郵政・通信担当)、総務省総合通信基盤局長、サイバーセキュリティ統括官などを歴任。 香川県仲多度郡多度津町生まれ。1982年、高松工業高等専門学校電気工学科卒業、東北大学工学部電気系編入学。1985年、東北大学工学部通信工学科卒業、郵政省入省。 1998年、東北電気通信監理局総務部長。1999年、郵政省電気通信局電波部衛星移動通信課次世代航空通信システム開発室長。2001年、総務省情報通信政策局宇宙通信政策課宇宙通信調査室長。2003年、総務省情報通信政策局技術政策課研究推進室長。
松林 博己(まつばやし ひろき、1962年1月22日- )は… 松林 博己(まつばやし ひろき、1962年1月22日- )は、日本の官僚。 在オランダ日本国大使館一等書記官(政務班)、総務省広報室長(麻生太郎総務大臣)、同自治行政局行政体制整備室長、経済産業省大臣官房参事官(模倣品対策・通商担当)、行政改革本部事務局総括参事官、内閣府北方対策本部審議官などを歴任した。 1962年、福岡県出身。 1986年、東北大学法学部卒業。 同年、総務庁(当時)入庁。人事局において国鉄職員受入推進調整、行政監察局において金融制度規制改革・在外公館業務監察、第三次臨時行政改革推進審議会事務局において総括・特殊法人改革等を担当。 1995年、内閣官房内閣外政審議室総括参事官補。
加藤 達也(かとう たつや、1961年1月 - )は、日本の… 加藤 達也(かとう たつや、1961年1月 - )は、日本の警察官僚、警視監。警察庁長官官房審議官、警察庁外事情報部長、愛知県警察本部長を経て、ジェイ・エス・エス代表取締役社長。 長崎県長崎市出身、長崎県立長崎北高等学校を経て、1985年東北大学法学部卒業、警察庁入庁。1988年山梨県警察本部刑事部捜査二課長。1990年防衛庁教育訓練局訓練課。1992年年警察庁警察局警備企画課。1999年警察庁刑事局銃器対策課理事官。2004年愛知県警察刑事部長。2007年内閣官房内閣衛星情報センター運用情報管理課長。2010年警察庁生活安全局保安課長。2012年宮崎県警察本部長。 2013年警察庁警備局外事情報部外事課長。
渡邉 健雄(わたなべ たけお、1959年12月14日 - )… 渡邉 健雄(わたなべ たけお、1959年12月14日 - )は、日本の財務官僚。独立行政法人造幣局総務部長や、財務省北海道財務局長を経て、株式会社福邦銀行代表取締役頭取。 新潟県出身。1982年東北大学文学部卒業、大蔵省入省。2007年財務省九州財務局理財部長。2009年財務省東海財務局理財部長。2010年財務省関東財務局管財第一部長。2011年財務省理財局管理課長。2013年独立行政法人造幣局総務部長。2014年財務省北海道財務局長。2015年株式会社福邦銀行顧問。2016年から株式会社福邦銀行代表取締役頭取を務め、2020年には株式会社福井銀行と包括提携を行ったが、一方合併はしないことを明らかにした。
戸谷 一夫(とだに かずお、1957年〈昭和32年〉2月3日… 戸谷 一夫(とだに かずお、1957年〈昭和32年〉2月3日 - )は、日本の科技・文科官僚。岐阜県出身。 岐阜県生まれ。鎌倉市立深沢小学校3年次編入。栄光学園中学校・高等学校を経て、1980年、東北大学工学部原子核工学科卒業。 1980年4月1日:科学技術庁入庁。 1989年:経済協力開発機構原子力機関派遣。 1992年:経済協力開発機構原子力機関派遣終了。 科学技術庁研究開発局企画課長補佐(総括担当)。 1993年06月25日:科学技術庁原子力局政策課原子力利用推進官。 1994年04月01日:科学技術庁原子力局調査国際協力課国際原子力協力企画官(併)原子力局政策課原子力利用推進官。 1994年06月01日:(免)原子力局政策課原子力利用推進官。
谷津 龍太郎(やつ りゅうたろう、1952年11月2日 - … 谷津 龍太郎(やつ りゅうたろう、1952年11月2日 - )は、日本の環境官僚、環境事務次官、中間貯蔵・環境安全事業株式会社代表取締役社長等を歴任した。 1952年11月2日群馬県太田市生まれ。群馬県立太田高等学校を経て、1976年3月東北大学工学部土木工学科卒業、厚生省入省。 1999年3月東北大学大学院工学研究科土木工学博士課程修了、工学博士。 1976年4月厚生省入庁後、環境庁大気保全局、厚生省水道整備課等を経て、1993年環境庁水質保全局企画課調査官、1995年平成7年環境庁企画調整局環境計画課計画官。1996年国連大学高等研究所派遣。1998年環境庁企画調整局地球環境部環境保全対策課調整官。
岡 誠一(おか せいいち、1951年5月22日 - )は、日… 岡 誠一(おか せいいち、1951年5月22日 - )は、日本の元文部官僚。 東北大学工学部を卒業後、1974年に文部省入省(技官)。文教施設部(後の文教施設企画部)指導課監理室長、同施設企画課監理室長、同技術課長、同計画課長、文教施設企画部計画課長、同施設企画課長などを経て、2007年4月より文教施設企画部技術参事官。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
中村 達朗(なかむら たつろう、1951年3月23日 - )… 中村 達朗(なかむら たつろう、1951年3月23日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省中国運輸局長や、航空・鉄道事故調査委員会事務局長を経て、空港環境整備協会理事長、日本旅行業協会理事長などを歴任した。 静岡県出身。1969年静岡県立磐田南高等学校卒業。1973年東北大学法学部卒業、運輸省入省、航空局総務課。運輸省海運局総務課補佐官、海上保安庁警備救難部警備第一課補佐官等を経て、1982年石油公団備蓄計画部計画課長代理。1984年運輸省地域交通局鉄道業務課補佐官。 1986年運輸省四国運輸局運航部長。1990年運輸省運輸審議会審理官。1992年国際観光振興会ロンドン観光宣伝事務所長。1995年運輸省自動車交通局保障課長。
北爪 由紀夫(きたづめ ゆきお、1950年8月31日 - )… 北爪 由紀夫(きたづめ ゆきお、1950年8月31日 - )は、日本の経済産業官僚。通商産業大臣官房審議官や、特許庁総務部長、カタール駐箚特命全権大使等を経て、工業所有権電子情報化センター理事長。カタール国勲功懸章受章。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、1973年東北大学法学部卒業、通商産業省入省。1993年東京都労働経済局商工計画部長。1996年通商産業省貿易局総務課長。1997年通商産業大臣官房審議官(貿易局・安全保障貿易担当)。1999年特許庁総務部長。2001年日本貿易保険理事。2007年カタール駐箚特命全権大使。2010年カタール国勲功懸章受章。同年日本航空機開発協会副理事長。2014年双日取締役。
百足 芳徳(むかで よしのり、1950年(昭和25年)7月2… 百足 芳徳(むかで よしのり、1950年(昭和25年)7月21日 - )は、日本の農水官僚、実業家。林野庁関東森林管理局長。農林漁業信用基金理事。 宮城県出身。1974年(昭和49年)東北大学法学部卒業後、同年農林省に入省。 在ロシア大使館参事官を経て、1995年(平成7年)林野庁林政部木材流通課長に就任。その後、農水省構造改善局地域振興課長、経済局統計情報部管理課長、九州農政局次長を経て、2000年(平成12年)6月構造改善局計画部長、2001年(平成13年)1月農村振興局計画部長、同年7月林野庁関東森林管理局長、2003年(平成15年)10月農林漁業信用基金理事に就任する。
蒲原 正義(かもはら まさよし、1950年〈昭和25年〉5月… 蒲原 正義(かもはら まさよし、1950年〈昭和25年〉5月24日 - )は、日本の外交官、法務官僚。2013年(平成25年)8月30日からカザフスタン駐箚特命全権大使。 東京都出身。父・蒲原大輔は、札幌高等検察庁検事長などを務めた検察官。1974年(昭和49年)東北大学法学部在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。池上政幸元最高裁判所判事は教養部時代のクラスの同級生。1975年(昭和50年)東北大を卒業して、外務省に入省する。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
小林 眞(こばやし まこと、1950年5月14日 - )は、… 小林 眞(こばやし まこと、1950年5月14日 - )は、日本の政治家・元官僚。元青森県八戸市長(4期)。元八戸圏域水道企業団企業長。 青森県八戸市白銀町生まれ。八戸市立第二中学校、青森県立八戸高等学校、東北大学法学部卒業。1975年に青森県庁に入庁するが、1979年に改めて自治省に入省。1991年から埼玉県浦和市企画部長を務め、浦和・大宮・与野3市の合併に伴うさいたま市の政令指定都市への格上げを推進した。1997年に自治省に復職。2005年9月13日、総務省自治財政局財務調査官を最後に退官した。 2005年10月30日執行の八戸市長選挙に大島派無所属で立候補し、田名部派無所属現職の中村寿文を破り初当選。
鈴木 康雄(すずき やすお、1950年4月23日 - )は、… 鈴木 康雄(すずき やすお、1950年4月23日 - )は、日本の総務(旧郵政)官僚。総務省情報通信政策局長や、総務審議官(郵政・通信担当)、第8代総務事務次官、総務省顧問等を経て、日本郵政取締役兼代表執行役上級副社長を務めた。 山梨県出身。山梨県立甲府第一高等学校、東北大学法学部法律学科を経て、1973年郵政省に入省。東大の入試が中止になった年に東北大法学部に進学し、官界では東大卒が当たり前の中、郵政や通信分野で頭角を現し、『郵政のエリート』として一目を置かれる存在になった。"尊大な物言い"とマスコミ嫌いは有名で、次官室のドアに『取材お断り』と書かれた紙を貼ったこともあった。2009年総務事務次官となり、退官後は損害保険ジャパン顧問を経て2013年日本郵政に副社長として入社。
銭谷 眞美(ぜにや まさみ、1949年6月2日 - 、男性)… 銭谷 眞美(ぜにや まさみ、1949年6月2日 - 、男性)は、日本の文部官僚。第4代文部科学事務次官。2009年から2022年まで、東京国立博物館館長を務めた。 秋田県秋田市土崎港相染町出身。秋田大学附属中学校、秋田県立秋田高等学校を経て、東北大学教育学部卒業。 1973年に文部省に入省し、国際学術課に配属される。その後、施設助成課、総務課、小学校課を経て、1981年から約2年半、三重県教育委員会に出向する。文部省復帰後は中学校課や高等学校課に配属され、高等学校課ではJETプログラムの立ち上げに携わった。1991年、生涯学習局学習情報課長。その後小学校課長、学校健康教育課長、体育課長を歴任。1997年大臣官房総務課長。
竹村 公太郎(たけむら こうたろう、1945年〈昭和20年〉… 竹村 公太郎(たけむら こうたろう、1945年〈昭和20年〉10月12日 - )は、日本の作家、歴史学者、土木工学者、元建設・国交官僚。学位は博士(工学)(名城大学・2004年)。研究分野は土木工学、特に河川工学。神奈川県出身。 建設省在職時より島 陶也(しま とうや)の筆名で、建設関係業界紙を中心に数々のエッセイを連載している。 現在、財団法人リバーフロント整備センター理事長、日本水フォーラム代表理事、同フォーラム事務局長を務める。 1968年3月、東北大学工学部土木工学科卒業。1970年3月、東北大学大学院工学研究科修士課程(土木工学)修了。同年4月、建設省に入省。 主に河川畑を歩み、関東地方建設局川治ダム工事事務所、北陸地方建設局阿賀川工事事務所、土木研究所計画官兼主任研究員、中部地方建設局河川部、河川局河川計画課、ダム技術研究所主任研究員、関東地方建設局宮ヶ瀬ダム工事事務所長、中国地方建設局河川部河川調査官、河川局開発課建設専門官、河川局開発課開発調整官、中部地方建設局河川部長、河川局開発課長、近畿地方建設局長を経て、1999年、建設省河川局長に就任。
守屋 武昌(もりや たけまさ、1944年〈昭和19年〉9月2… 守屋 武昌(もりや たけまさ、1944年〈昭和19年〉9月23日 - )は、日本の防衛官僚。宮城県塩竈市出身。東北大学法学部卒。1971年(昭和46年)、防衛庁入庁。1996年(平成8年)、内閣審議官として普天間問題に係わる。長官官房長・防衛局長を務めた後、2003年(平成15年)、防衛事務次官。2007年(平成19年)8月に防衛省を退職。のち、在任中の収賄などによって逮捕・起訴され、有罪判決(懲役2年6月の実刑・追徴金約1250万円)が確定した。 1944年(昭和19年)、宮城県塩竈市に生まれた。父親は戦前、帝国議会(戦後の国会)の衆院議員を務めた後、同市の初代市長に就いた守屋栄夫。武昌は父の栄夫が59歳のときの子で、親子ほども歳の離れた兄がいる。
深田 烝治(ふかだ じょうじ、1943年(昭和18年)4月2… 深田 烝治(ふかだ じょうじ、1943年(昭和18年)4月21日 - )は、日本の官僚。元会計検査院事務総長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
阿部 正俊(あべ まさとし、1942年11月4日 - 202… 阿部 正俊(あべ まさとし、1942年11月4日 - 2020年10月25日)は、日本の厚生官僚、政治家。 厚生省老人保健福祉局長を経て、自由民主党参議院議員(2期)を務めた。 山形県北村山郡小田島村(現東根市)出身。山形県立山形東高等学校を経て、東北大学法学部を卒業。 左目を5歳の時に事故で失い、左耳も高校生の時に聞こえなくなった。大学時代、障害者施設の花壇作りや農家に泊まり込んで農作業を手伝うワークキャンプに打ち込み、活動を通じ、社会福祉の整備が手付かずになっていると痛感する。 1966年4月、国の社会福祉の仕組みを築くために厚生省に入省。1978年12月、橋本龍太郎厚生大臣秘書官事務取扱。
大内 俊身(おおうち としみ、1941年11月26日 - )… 大内 俊身(おおうち としみ、1941年11月26日 - )は、日本の裁判官、法務官僚。法務省民事局参事官や、最高裁判所上席調査官等を経て、東京高等裁判所部総括判事を務めた。 1964年東北大学法学部卒業。仙台地方裁判所判事補、法務大臣官房訟務部付、東京地方裁判所判事補、法務省民事局付、法務省民事局参事官、東京地方裁判所判事、東京高等裁判所判事、最高裁判所上席調査官、東京地方裁判所部総括判事を経て、1998年青森地方裁判所長。2000年仙台高等裁判所部総括判事。2002年東京高等裁判所部総括判事。2007年公益認定等委員会委員。2010年セイコーホールディングス取締役。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
川村 恒明(かわむら つねあき、1936年9月3日 - )は… 川村 恒明(かわむら つねあき、1936年9月3日 - )は、日本の文部官僚。元文化庁長官。 京都府生まれ。東北大学法学部卒業。文部省入省(調査局企画課)。大臣官房審議官(教育助成局担当)、総務審議官、学術国際局長、文化庁長官、国立科学博物館館長、日本育英会理事長、神奈川県立外語短期大学学長、財団法人神奈川芸術文化財団理事長、財団法人毎日書道会理事、財団法人文化財建造物保存技術協会会長、財団法人似鳥国際奨学財団理事、国立大学法人横浜国立大学経営協議会委員、国立大学法人東京外国語大学経営協議会委員、国立大学法人筑波技術大学経営協議会委員等を歴任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
月原 茂皓(つきはら しげあき、1935年〈昭和10年〉3月… 月原 茂皓(つきはら しげあき、1935年〈昭和10年〉3月2日 - 2019年〈平成31年〉1月19日)は、日本の政治家、防衛官僚。本名:月原 重明。 衆議院議員(通算3期)、参議院議員(1期)、郵政政務次官(宇野内閣・第1次海部内閣)、国土交通副大臣(第1次小泉内閣)などを歴任した。 香川県観音寺市出身。幼少期を中国の奉天で過ごす。香川県立観音寺第一高等学校、東北大学法学部卒業。学生生活は民法学者である中川善之の私塾冲和寮で送る。 1960年(昭和35年)東北大学卒業後、防衛庁に入庁。1963年(昭和38年)大蔵省主計局、1971年(昭和46年)和歌山県警警務部長、1973年(昭和48年)防衛庁長官秘書、1976年(昭和51年)国連事務総長スタッフ、1978年(昭和53年)防衛庁広報課長を歴任。
厚谷 襄児(あつや じょうじ、1934年(昭和9年)6月6日… 厚谷 襄児(あつや じょうじ、1934年(昭和9年)6月6日 - )は、日本の官僚、法学者。北海道大学名誉教授。弁護士。専門は経済法・独占禁止法。函館市生まれ。
及川 昭伍(おいかわ しょうご、1932年〈昭和7年〉3月2… 及川 昭伍(おいかわ しょうご、1932年〈昭和7年〉3月29日 - 2020年〈令和2年〉2月14日)は、日本の官僚。元国民生活センター理事長、元経済企画庁総合計画局長。岩手県盛岡市出身。
夏目 晴雄(なつめ はるお、1927年〈昭和2年〉7月10日… 夏目 晴雄(なつめ はるお、1927年〈昭和2年〉7月10日 - 2016年〈平成28年〉9月21日)は、日本の防衛官僚。防衛事務次官、防衛大学校長。 長野県出身。特別調達庁(後の防衛施設庁)を経て、防衛庁へ出向。防衛官僚としてベレンコ中尉亡命事件(ミグ25事件)、大韓航空機撃墜事件などの対処に当たる。 2008年(平成20年)10月31日に田母神俊雄航空幕僚長が更迭された際、新聞に『いつか来た道、歩き始めた』という記事を投稿。この中で「制服組が思い上がりとも思える自信過剰になってきた」、「制服を容易に政治に直轄させてはならない」などと述べて処分を肯定したほか、背広・制服組の統合に対し否定的見解を示した。
出口 廣光(でぐち ひろみつ、1925年11月17日 - 2… 出口 廣光(でぐち ひろみつ、1925年11月17日 - 2000年10月30日)は、日本の政治家、官僚、地方公務員。参議院議員(1期、自由民主党)。 秋田県秋田市出身。1949年東北大学法文学部経済学科卒。自治庁に入り、三重県児童課長、青森県広報文書、労政各課長を経て、経済企画庁に出向。福岡県医務、地方各課長、自治大学校教務部長、労働省大臣官房付、大分県企画部長、自治省大臣官房調査官を歴任。1971年に秋田県庁に出向し、総務部長、出納長、副知事を歴任する。1983年の第13回参議院議員通常選挙で秋田県選挙区から自由民主党公認で立候補し当選。1989年の第15回参議院議員通常選挙で落選した。落選後は秋田県信用保証協会会長や県交通安全協会会長などを務めた。
大谷 邦夫(おおたに くにお、1924年(大正13年)1月5… 大谷 邦夫(おおたに くにお、1924年(大正13年)1月5日 - 2015年(平成27年)8月23日)は、日本の官僚。銀行家。協和銀行(現・りそな銀行)副頭取、德陽シティ銀行社長などを務めた。 東京で生まれ、仙台市で育つ。 仙台二中、二高を経て、東北帝国大学法文学部を卒業。1947年大蔵省入省。 昭和40年不況の折、戦後初めての赤字国債発行に際して、理財局国庫課国債発行準備室が設置されることになり、1965年10月1日、国庫課長から発行準備室長に異動した。これに伴い、竹内道雄が同局総務課長兼任で国庫課長に就いている。以降、証券局総務課長、神戸税関長、銀行局検査部長、大臣官房審議官、日銀政策委員を歴任。
佐々木 喜久治(ささき きくじ、1921年11月25日 - … 佐々木 喜久治(ささき きくじ、1921年11月25日 - 2008年5月6日)は、日本の内務官僚、自治官僚、政治家。秋田県知事を務めた。 1921年、秋田県小坂町に生まれる。秋田県第三中学校(現:秋田県立横手高等学校)、東北帝国大学法文学部法学科(現:東北大学法学部)を卒業。1946年3月 内閣戦争調査会事務局、同年 東京都経済局、1948年 秋田県総務部地方課長、1950年4月 地方財政委員会事務局税務部、1955年 大阪府総務部庶務課長、1959年 自治省財政局公営企業課長、1965年10月 自治省税務局財務課長、1966年7月 徳島県副知事、1971年9月 自治省税務局長等を歴任。 1973年11月に消防庁長官に就任。
山本 鎮彦(やまもと しずひこ、1920年(大正9年)11月… 山本 鎮彦(やまもと しずひこ、1920年(大正9年)11月1日 - 2012年(平成24年)9月17日)は、日本の内務・警察官僚。第9代警察庁長官。位階は従三位。 長野県長野市生まれ。横浜第一中学校(現神奈川県立希望ヶ丘高等学校)、旧制松本高等学校文科甲類を経て1943年東北帝国大学(現東北大学)法文学部法科卒。 1943年内務省入省。警視庁の初代公安三課長、警務部監察官など警備・公安畑一筋に歩む。公安三課長時代にラストヴォロフ事件を手掛けたのを始め、公安部長時代には第二次安保騒動、警備局長時代には赤軍派による日航機ハイジャック事件、金大中事件、連続企業爆破事件など歴史的事件に遭遇し、陣頭指揮を執った。
髙橋俊英(たかはし としひで、1914年6月24日 - 19… 髙橋俊英(たかはし としひで、1914年6月24日 - 1979年11月5日)は、日本の大蔵官僚。理財局次長、銀行局長、住宅金融公庫理事、同副総裁、公正取引委員会委員長などを歴任。 茨城県出身。1938年10月 高等試験行政科を合格。東北帝国大学法文学部卒業。1939年 大蔵省入省。預金部資金局監理部。1955年8月10日 理財局総務課長兼理財局国庫課長。同年9月1日 理財局総務課長。1956年7月20日 理財局総務課長兼理財局資金課長。同年10月22日 理財局総務課長。1957年6月 経済企画庁調整部参事官。同年8月 経済企画庁調整局参事官。1958年7月18日 東京税関長。1959年8月1日 銀行局検査部長。
井上 正忠(いのうえ まさただ、1908年(明治41年)- … 井上 正忠(いのうえ まさただ、1908年(明治41年)- 1982年(昭和57年)12月11日)は、昭和時代の鉄道官僚・実業家。陸軍司政官。京王帝都電鉄(現・京王電鉄)第4代代表取締役社長。同社の事実上の創業者である井上篤太郎の孫にあたる。 神奈川県出身。旧制・姫路高等学校を経て東北帝国大学法学部を卒業し、高等文官試験合格により、鉄道省に入省。仙台鉄道局副参事、同総務部人事課長、本省鉄道調査部事務官、東京鉄道局上野運輸事務所長等を歴任し、戦時中の1943年、陸軍司政官として占領地行政に従事した。 戦後は、運輸省を経て、日本国有鉄道常務理事西部支社長をつとめ、父の井上正幹が京王帝都電鉄の監査役を退任するに及び、同社常務取締役として入社。
有賀 美智子(ありが みちこ、1907年 <明治40年> 1… 有賀 美智子(ありが みちこ、1907年 <明治40年> 10月10日 - 1999年 <平成11年> 4月22日)は、昭和期の官僚・法学者。専門は独占禁止法・国際経済法・知的財産法。元・国民生活センター会長、元・公正取引委員会委員。位階は正四位。 東京出生後、間もなく北海道小樽市に移住。1928年日本女子大学校英文学部卒業後、1932年東北帝国大学法文学部法科卒業。東北帝国大学法文学部助手を務め、のち結婚するが夫は戦死。1946年疎開先の小樽から引き揚げ大蔵省理財局嘱託職員となる。1947年公正取引委員会事務局に移り、同事務局参事官を経て、1967年女性初の公正取引委員会委員となる。経済法の国際会議に数多く出席し、1972年に退官。
李 海翼(イ・ヘイク、朝鮮語: 이해익、1905年9月13日… 李 海翼(イ・ヘイク、朝鮮語: 이해익、1905年9月13日 - 1984年9月24日)は、日本統治時代の朝鮮・大韓民国の官僚、政治家、実業家。創氏名は和永 博光。京畿道知事や、大韓民国農林部長官を務めた。 本貫は全州李氏。漢城府の現在の西大門区出身。京城第一公立高等普通学校を経て、1930年松山高等学校理科甲類卒業。1933年文官高等試験行政科合格。1934年東北帝国大学法文学部法科卒業。 朝鮮総督府に入庁し、黄海道新渓郡守を経て、1937年黄海道黄州郡守。1939年黄海道農村振興課長。1941年江原道地方課長。1943年開城府尹。1945年米軍政期の京畿道内務部長。 1947年自由新聞社専務。
鈴木 隆夫(すずき たかお、1904年2月27日 - 198… 鈴木 隆夫(すずき たかお、1904年2月27日 - 1980年12月16日)は、日本の官僚、国会職員。法学博士。第二次世界大戦後、55年体制の成立期において衆議院事務総長を務めた。その退職後は、第2代国立国会図書館長となり、また、味の素株式会社の経営に携わった。 宮城県伊具郡角田町(角田市の前身)の医師の家に生まれる。宮城県立白石中学校、旧制弘前高等学校を経て、東北帝国大学法文学部卒業。在学中、高等文官試験司法科(1929年)・行政科(1930年:首席と伝えられる)に合格した。1931年、内務省に入省して警視庁に配属されたが、同年、守衛副長として衆議院事務局に転じ、守衛(後の衛視)の教育に当たる。
前島 昇(1904年 - 不明)は、満洲国、晋北自治政府、蒙… 前島 昇(1904年 - 不明)は、満洲国、晋北自治政府、蒙古聯合自治政府の日本人官僚。 宮城県仙台市出身。家は仙台藩の儒学者の出であるという。第二高校に進学、独文科3年生の時に水泳部設置運動に関わる。東北帝国大学法文科に進学し、在学中は応援団長を務めた。1928年卒業後は長野県庁職員で、社会課社会事業主事補、農林主事であったが、満洲国に渡り、実業部農務司となる。間もなく吉林省磐石県参事官として宣撫工作に功を上げる。この際、匪賊との接触を断つべく、農民を一か所に強制移住させる「集団部落」構想を立案したとされ、500ページにわたる提言書を提出。阿城県副参事を経て、大同学院教授。 1937年10月15日、晋北自治政府が成立すると軍の依頼で最高顧問に就任。
孫 耕暁(そん こうぎょう、1903年 - 1946年)は、… 孫 耕暁(そん こうぎょう、1903年 - 1946年)は、満州国の官吏・政治家。中華民国国民党通化県党部書記長。通化事件の中華民国政府現地指導者。 東北大学理学部出身。満州国絡江中学校長、1940年(康徳7年)、通化省立地方職員訓練所長、通化省本会宣伝部長、1943年(康徳10年)、王道書院院長など歴任。1945年(民国35年)、国民党通化県党部書記長。1946年2月2日20時に自宅で翌日の蜂起について中華民国政府関係者たちと相談していたところ、朝鮮人民義勇軍に拘束され、中国共産党軍の元で尋問がなされた。供述書作成直後に銃殺されたという説と中国共産党軍主催の通化市内の百貨店で開かれた事件展示会で、戦利品の中央に藤田実彦大佐とともに見せしめとして3日間に渡り立たせられたとの両説がある。
印 泰植(イン・テシク、1902年12月17日 - 1975… 印 泰植(イン・テシク、1902年12月17日 - 1975年5月22日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の官僚、政治家。元財務部長官、第3・4・6代国会議員。本貫は喬桐印氏。 忠清南道唐津出身。京城第一高等普通学校(のちの京畿高等学校)を経て、1927年に山口高等学校文科乙類、1930年に東北帝国大学法文学部法科を卒業。朝鮮総督府の税務管理部門で勤務し、洪川税務署長、清州税務署長、江原道財務部間税課長を歴任。 第二次世界大戦終戦後、第一共和国にて江原道内務局長、財務部司税局長(1949年)、管財庁長(1953年)、財務部長官(1956年〜1957年)を歴任。自由党内では財務通として評価を受けた。
宮崎 太一(みやざき たいち、1902年2月1日 - 195… 宮崎 太一(みやざき たいち、1902年2月1日 - 1954年10月8日)は、日本の厚生官僚。引揚援護庁長官、厚生事務次官を経て、社会保険診療報酬支払基金理事長在任中死去した。 石川県羽咋町出身。石川県師範学校を経て、1925年東北大学法文学部卒業、法学士。1930年内務省入省。1941年社会保険局監理課長。1942年勤労局動員課長。終戦後、厚生省保険局長を経て、1949年引揚援護庁次長。1950年引揚援護庁長官。 1951年厚生事務次官、引揚同胞対策審議会委員、社会保障制度審議会委員、郵政審議会委員、科学技術行政協議会委員、中央青少年問題協議会委員、国立公園審議会委員、中央優生保護審査会委員、中央身体障害者福祉審議会委員、中央児童福祉審議会委員。
松前 重義(まつまえ しげよし、1901年(明治34年)10… 松前 重義(まつまえ しげよし、1901年(明治34年)10月24日 - 1991年(平成3年)8月25日)は、日本の逓信官僚、政治家、工学者、教育者。学位は工学博士(東北帝国大学・1937年)。熊本県出身。東海大学創立者。内村鑑三を師とするクリスチャン。 戦前は逓信官僚として新体制運動に加わり大政翼賛会総務部長、戦後は逓信院総裁(逓信大臣・郵政大臣相当)、社会党右派の衆議院議員を務め、ソ連との友好親善に尽力した。静岡市名誉市民。 熊本県上益城郡嘉島町生まれ。合併前の大島村で村長を務めた松前集義が父である。祖父松前熊太郎、曾祖父松前叶は熊本藩士。小学5年生のとき熊本市に移った際、故郷の農村と違って夕方になると町中に一斉に電灯がともるのを見て美しさに驚き、これがのちに電気を専攻するきっかけとなった。
石川 準吉(いしかわ じゅんきち、1898年〈明治31年〉1… 石川 準吉(いしかわ じゅんきち、1898年〈明治31年〉11月24日 - 1990年〈平成2年〉7月12日)は、日本の農林官僚、政治家、弁護士。参議院議員。 秋田県で、石川為治の五男として生まれる。広島高等師範学校を卒業し、1922年(大正11年)、広島県福山師範学校教授に就任。1925年(大正14年)、高等試験司法科試験に合格し、1926年(大正15年)12月には同試験行政科試験に合格。1927年(昭和2年)、東北帝国大学法文学部法科を卒業し農林省に入省。産業組合事務官兼農林事務官、農林事務官兼水産講習所教授、大阪営林局庶務部長、東京営林局庶務部長、農林省水産局水産課長、同米穀局外地課長、大使館一等書記官、食糧管理局第一部長、地方総監府参事官、東北地方行政事務局次長、農林省総務局長などを歴任し、1946年(昭和21年)に退官。
大場 鑑次郎(おおば かんじろう、1888年(明治21年)2… 大場 鑑次郎(おおば かんじろう、1888年(明治21年)2月12日 - 1980年(昭和55年)5月15日)は、日本の内務・警察官僚。官選愛媛県知事、関東州庁長官。旧姓・金子。 山形県南村山郡椹沢村(現在の山形市)出身。農業・金子慶治の三男として生まれ、大場徳太郎の養子となる。山形県立山形中学校、第二高等学校を卒業。 1911年7月、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。内務省に入省し愛媛県試補となる。 1913年7月、愛媛県警視に就任。以後、北海道庁理事官・視学官、高知県理事官、関東庁事務官・警務局保安課長、同局高等警察課長兼保安課長、同局保安課長、東京府内務部長、福岡県書記官・内務部長などを経て、1931年5月、台湾総督府文教局長に就任し1932年3月まで在任。