小玉 美意子(こだま みいこ、1942年12月13日 - 2… 小玉 美意子(こだま みいこ、1942年12月13日 - 2025年7月11日)は、日本の社会学者。専攻はテレビ・ジャーナリズム論、ジェンダーとメディア論。元フジテレビアナウンサーで武蔵大学名誉教授。テレビ番組評価サイト「QUAE」主宰。福島県しゃくなげ大使。 東京都生まれ。東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)、お茶の水女子大学卒業後、フジテレビにアナウンサーとして入社。フジテレビでは6年間アナウンサーを務めるも「女子アナウンサー定年制」により退社を余儀なくされる。退社後、アメリカ合衆国に留学。帰国後、お茶の水女子大大学院人間文化研究科に入学し、満期退学の後に福島女子短期大学、江戸川大学を経て、1995年より武蔵大学社会学部教授。
入子 文子(いりこ ふみこ、1942年6月21日 - 202… 入子 文子(いりこ ふみこ、1942年6月21日 - 2020年3月29日)は、日本のアメリカ文学者。ナサニエル・ホーソーンが専門。 岡山県出身。お茶の水女子大学文教育学部英文科卒業。甲南大学大学院文学研究科修士課程修了。2005年「ホーソーン・《緋文字》・タペストリー」でお茶大・博士(人文科学)。阪南大学助教授、神戸海星女子学院大学教授を経て、関西大学教授、2013年定年退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
乾 侑美子(いぬい ゆみこ、1941年6月20日 - 201… 乾 侑美子(いぬい ゆみこ、1941年6月20日 - 2010年7月4日[要出典])は、日本の児童文学の翻訳家。 東京都生まれ。1964年(昭和39年)お茶の水女子大学文教育学部教育心理学専攻卒業。家庭文庫を手伝った後、児童書の翻訳を始める。1991年にオープンした黒姫童話館のエンデ資料室の開室にも尽力した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
倉田 眉貴子(くらた みきこ、1941年 - )は、日本の教… 倉田 眉貴子(くらた みきこ、1941年 - )は、日本の教育者、大手前丸亀中学・高等学校前校長。
江種 満子(えぐさ みつこ、1941年 - )は、日本近代文… 江種 満子(えぐさ みつこ、1941年 - )は、日本近代文学研究者。博士(人文科学)(お茶の水女子大・論文博士・2004年)(学位論文「日本近代文学とジェンダー 女性・身体・言葉」)。文教大学名誉教授。 広島県に生まれる。お茶の水女子大学文教育学部国文学科を卒業。東京教育大学大学院博士課程満期退学。文教大学文学部教授。2004年に「日本近代文学とジェンダー 女性・身体・言葉」でお茶の水大学より博士(人文科学)の学位を授与される。2012年に定年退任、名誉教授となった。日本近代文学館の理事を務める。
矢崎 藍(やざき あい、1940年11月6日 - )は、エッ… 矢崎 藍(やざき あい、1940年11月6日 - )は、エッセイスト、作家。 東京都生まれ。本名・柴田竹代。 1963年(昭和38年)お茶の水女子大学国文科卒。大学卒業後は児童読物雑誌の編集者。1965年(昭和40年)、25歳のときに結婚し、同時に夫の住む豊田市に移住した。結婚後は子供が生まれるまで、愛知県立昭和高等学校において非常勤講師を務める。子育て中の10年間は専業主婦として過ごすが、1977年(昭和52年)から愛知県立足助高等学校で古典と漢文を教える非常勤講師となる。 非常勤講師として在職中の1980年(昭和55年)に短編小説集『ああ子育て戦争』がベストセラーとなり、文筆活動に入る。小説執筆のきっかけは、教育雑誌のモニターをしている際に編集担当者から勧められたことによる。
北川 恭子(きたがわ やすこ、1940年2月5日 - )は、… 北川 恭子(きたがわ やすこ、1940年2月5日 - )は、日本の元女優。石川県出身。お茶の水女子大学卒。趣味は日本舞踊。 劇団俳優座養成所第12期生として女優デビュー(同期には東野英心、橋本功、山本圭らがいる)。また、東京演劇アンサンブルにも所属していた。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
毛里 和子(もうり かずこ、1940年1月19日 - )は、… 毛里 和子(もうり かずこ、1940年1月19日 - )は、日本の政治学者(中国政治と外交・東アジアの国際関係)。早稲田大学名誉教授・栄誉フェロー、文化功労者。紫綬褒章受章。 日本国際問題研究所研究員、静岡県立大学国際関係学部教授、横浜市立大学国際文化学部教授、早稲田大学政治経済学部教授、日本現代中国学会理事長などを歴任した。 東京府生まれ。お茶の水女子大学附属高等学校卒業、お茶の水女子大学文教育学部卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。卒業論文では「浙江財閥と蔣介石政権」を、修士論文では「北伐期の武漢国民政府」を書く。 1965年から1987年まで日本国際問題研究所研究員。現代中国についての資料集『中国共産党史資料集』、『新中国資料集成』を編集した。
鈴木 路子(すずき みちこ、1940年(昭和15年) - )… 鈴木 路子(すずき みちこ、1940年(昭和15年) - )は、日本の教育学者。東京福祉大学大学院教育学研究科教授、東京学芸大学名誉教授。教育学博士(東京大学)。専門は環境教育学、健康教育学、発育発達学。 1940年(昭和15年)、上海市に生まれる。1959年(昭和34年)に東京都立小石川高等学校を卒業。1963年(昭和38年)にお茶の水女子大学文教育学部を卒業し、1970年(昭和45年)に東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。1983年(昭和58年)、「学習環境としての室内至適温度に関する教育生理学的研究」により、東京大学から教育学博士を取得。 東京学芸大学教育学部教授、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程教授を経て、2004年より東京福祉大学大学院教育学研究科教授。
木村 榮(木村 栄、きむら さかえ、女性、1940年 - )… 木村 榮(木村 栄、きむら さかえ、女性、1940年 - )は、文筆家。 東京生まれ。1962年お茶の水女子大学文教育学部国文科卒、日本テレビに入社、72年退職しフリーとなる。
郷 通子(ごう みちこ、1939年4月15日 - )は、日本… 郷 通子(ごう みちこ、1939年4月15日 - )は、日本の生物学者 ・生物物理学者。元お茶の水女子大学学長。名古屋大学名誉教授。元日本生物物理学会会長。理学博士(名古屋大学・1967年)(学位論文「生体高分子の統計力学とそれのポリヌクレオチドの融解転移への応用」)。 タンパク質の分子進化を研究。エクソン・イントロン構造の研究(GO Plot)からタンパク質の立体構造の単位であるモジュールの概念を初めて提唱した。 夫は生物物理学者で京都大学名誉教授の郷信広。 福岡県生まれ。1958年東京都立両国高等学校卒業。1962年お茶の水女子大学理学部物理学科卒業、1967年名古屋大学大学院理学研究科博士課程物理学専攻修了。
小池 美佐子(こいけ みさこ、1939年2月27日- )は、… 小池 美佐子(こいけ みさこ、1939年2月27日- )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。元お茶の水女子大学教授。 東京生まれ。1961年お茶の水女子大英文科卒、東京大学大学院英文学修士課程修了。相模女子大学助教授、日本女子大学教授をへてお茶の水女子大学教授。2003年定年。 アメリカ演劇を専攻する。フェミニズム系のものが多くリリアン・ヘルマンを主として翻訳する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
別所 純子(べっしょ じゅんこ、旧姓:出光、1938年5月2… 別所 純子(べっしょ じゅんこ、旧姓:出光、1938年5月28日 - 2019年5月22日)は、日本のフィギュアスケート選手(アイスダンス)。パートナーは夫の別所敬之。1964年全日本フィギュアスケート選手権優勝。お茶の水女子大学附属小学校、お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校、お茶の水女子大学出身。 父は出光興産創業者の出光佐三。兄は出光興産第5代社長の出光昭介。出光興産第2代社長の出光計助は叔父。出光興産第4代社長の大和勝、出光興産第6代社長の出光裕治、出光豊、出光昭、出光芳秀は従兄。 1959年、別所敬之とカップルを組み、全日本選手権に出場し金子恵以子/竹内己喜男組に次いで2位に入る。
天野 正子(あまの まさこ、1938年3月10日 - 201… 天野 正子(あまの まさこ、1938年3月10日 - 2015年5月1日)は、日本の社会学者。お茶の水女子大学名誉教授。前東京家政学院大学・大学院学長。専攻はジェンダー社会学、歴史社会学、新しい社会運動論。現代生活者論。教育社会学者の天野郁夫(東京大学名誉教授)は夫。政治学者の天野拓(熊本県立大学准教授)は長男。 1938年、広島市生まれ。1961年、お茶の水女子大学文教育学部(教育社会学専攻)卒業、1970年、東京教育大学文学研究科社会学専攻(修士課程)修了(社会学修士)、1973年、東京教育大学文学研究科(博士課程)中途退学。1973年、南山短期大学専任講師、1978年、金城学院大学文学部助教授、1983年、金城学院大学文学部教授。
浜口 允子(はまぐち のぶこ、1938年1月15日 -202… 浜口 允子(はまぐち のぶこ、1938年1月15日 -2023年3月22日 )は、日本の中国学者。放送大学名誉教授。長野県出身。 1960年にお茶の水女子大学文教育学部史学科を卒業。1972年から1975年には二人の男児を連れて中国・北京に滞在。初期の東京第一学習センターから放送大学と関わり、その後東京世田谷センターに10年勤務したのち、東京世田谷学習センター所長・神奈川学習センター所長を務めた。主に中国についての研究を行った。あまり知られていないが、卒業した 東京都立名門の、東京都立富士高等学校の校歌の作詞は同氏(旧姓:鯨井 時)の作品。2025年現在も歌い継がれている。 故 浜口義曠(元 農林水産省事務次官、日本中央競馬会理事長)は夫。
遠藤 織枝(えんどう おりえ、1938年 - )は、日本の言… 遠藤 織枝(えんどう おりえ、1938年 - )は、日本の言語学者。元文教大学教授。 岐阜県生まれ。1961年、お茶の水女子大学国文科卒。1977年、同大学院人文科学研究科博士課程中退。2003年、「中国女文字研究」でお茶の水女子大学より博士(人文科学)を取得。 文教大学教授を務め、2009年に退職。日本語学・日本語教育専攻。1988年、エイボン女性年度賞受賞。2017年、文化庁長官表彰。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
金田 利子(かねだ としこ、1938年 - )は、児童発達学… 金田 利子(かねだ としこ、1938年 - )は、児童発達学者、静岡大学名誉教授。 大阪府生まれ。1966年お茶の水女子大学大学院家政学研究科児童学専攻修士課程修了。県立新潟女子短期大学講師、日本福祉大学助教授、静岡大学教育学部教授(児童発達学)。2002年定年退官、名誉教授、白梅学園大学教授、2010年同朋大学教授、2011年名古屋芸術大学教授。
関口 礼子(せきぐち れいこ、1937年3月18日 - )は… 関口 礼子(せきぐち れいこ、1937年3月18日 - )は、日本の教育学者。元図書館情報大学教授。 東京生まれ。1959年お茶の水女子大学文教育学部文学科卒、1972年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1969年ミュンスター大学(ベストフェリッシェ・ビルヘルムス大学)国家社会学部社会学・教育学博士。1975年聖徳学園岐阜教育大学助教授、1982年図書館情報大学助教授、教授、2002年定年退官、大妻女子大学社会情報学部教授、2009年日本の社会研究所教授研究員。『カナダハイスクール事情』で1998年カナダ首相出版賞受賞。1988年、旧姓(関口)使用を求めて図書館情報大学を提訴、一審で敗訴、1998年控訴審で和解。
細矢 治夫(ほそや はるお、1936年7月18日 - )は、… 細矢 治夫(ほそや はるお、1936年7月18日 - )は、日本の化学者。お茶の水女子大学名誉教授。理学博士。専門は数理化学、理論化学、情報化学。神奈川県鎌倉市出身。 化学構造のグラフ表現(分子グラフ)に関するトポロジカル・インデックスという用語の提唱者、その一つである細矢インデックス (Hosoya Index) の発案者として知られる。
小笠原 恭子(おがさわら きょうこ、1936年 - 2018… 小笠原 恭子(おがさわら きょうこ、1936年 - 2018年11月17日)は、芸能史研究家、作家、武蔵大学名誉教授。筆名は小笠原 京(きょう)。 小笠原京の名では、時代小説、上演台本なども発表している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
西尾 成子(にしお しげこ、1935年12月6日 - )は、… 西尾 成子(にしお しげこ、1935年12月6日 - )は、日本の科学史家、日本大学名誉教授。専門は物理学史。 東京生まれ。お茶の水女子大学理学部物理学科卒業。1974年「1916年のSommerfeldの量子論の形成」で名古屋大学理学博士。日本科学技術情報センター所員、日本大学理工学部教授、2006年定年、名誉教授。2012年『科学ジャーナリズムの先駆者 評伝石原純』で第15回桑原武夫学芸賞受賞。2015年11月瑞宝中綬章受章。
工藤 直子 (くどう なおこ、1935年(昭和10年)11月… 工藤 直子 (くどう なおこ、1935年(昭和10年)11月2日 - )は、日本の詩人、童話作家、翻訳家。 1935年(昭和10年)台湾台南州東石郡朴子街(現在の嘉義県朴子市)に生まれる。 1959年(昭和34年)お茶の水女子大学文教育学部中国文学科卒業後、博報堂に入社し女性初のコピーライターとなる。 1963年(昭和38年)博報堂退社、フリーとなる。 1964年(昭和39年)吉原幸子、吉行理恵、新藤凉子、山本道子、村松英子、山口洋子、渋沢道子ら同世代の女性詩人8人のぐるーぷ・ゔぇが(VEGA)に参加。1965年の詩誌『ゔぇが』第4号まで詩・童話を掲載。 1983年(昭和58年)『てつがくのライオン』で日本児童文学者協会新人賞、1985年(昭和60年)『ともだちは海のにおい』で産経児童出版文化賞、1990年(平成2年)『ともだちは緑のにおい』で芸術選奨新人賞、2004年(平成16年)巖谷小波文芸賞受賞。
三木 紀人(みき すみと、1935年5月27日 - )は、国… 三木 紀人(みき すみと、1935年5月27日 - )は、国文学者。お茶の水女子大学名誉教授、城西国際大学客員教授。兵庫県生まれ。
倉塚 曄子(くらつか あきこ、1935年1月25日 - 19… 倉塚 曄子(くらつか あきこ、1935年1月25日 - 1984年7月17日)は、日本の女性史研究者。夫は宗教学者の倉塚平。 東京生まれ。旧姓・森田。父の転勤に従い上海、青島などを転々とする。14歳で父を失い極貧の中、1958年お茶の水女子大学卒業、東京都立大学 (1949-2011)大学院国文科進学。1960年博士課程進学、倉塚平と結婚。1963年東京都立荒川工業高等学校国語科教諭、西郷信綱を中心とする研究会に出席し、古代女性史に関して多くの論文を書く。1965年退職し、1968年夫が西ドイツ・ミュンスター大学に留学していたため渡独。各大学の非常勤講師を勤めながら研究を続け、1972年心臓発作で倒れ心臓に異常が見つかる。
岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 … 岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 - 2014年6月11日)は、日本の小説家。本名、根本邦枝。 広島県広島市生まれ。父・岩橋八洲民は植物学者で当時広島文理科大学副手。1945年10歳の時、広島の原爆投下の直前に父の実家のある佐賀県佐賀市へ疎開した。佐賀県立佐賀高等学校(現佐賀県立佐賀西高等学校)から、お茶の水女子大学教育学科に進み、在学中の1954年『婦人公論』の作文選に「水紋」が川端康成の選により掲載、初めて書いた小説「つちくれ」が『文藝』全国学生小説コンクールに当選、1955年『婦人公論』募集の女流小説に「不参加」が入選、1956年「逆光線」が『新女苑』に発表され、女版石原慎太郎としてマスコミが殺到した。
笠 耐(りゅう たえ、女性、1934年2月24日 - 202… 笠 耐(りゅう たえ、女性、1934年2月24日 - 2025年3月6日)は、日本の物理教育者。元上智大学助教授。 福岡県生まれ。檀一雄の母と、高岩勘次郎の娘で、兄に高岩淡がいる。福岡県立修猷館高等学校を経て、お茶の水女子大学理学部物理学科卒業。上智大学理工学部専任講師、助教授。2002年、IUPAP-ICPE(国際純粋応用物理学連合-国際物理教育委員会)メダルを受賞。2004年上智大学定年。2025年3月6日死去。 夫は笠啓一(1928年広島県生まれ、1950年旧制第一高等学校卒業、文芸評論家)。 子は笠浩一郎(1958年生、(株)グリーンデザイン&コンサルティング代表取締役)、潤平(1959年生、香川大学教授)。
永井 和子(ながい かずこ、1934年 - 2025年3月1… 永井 和子(ながい かずこ、1934年 - 2025年3月11日)は、日本の国文学者。学習院女子大学名誉教授。 東京府生まれ。学習院初等科、学習院女子中等科を経て、1953年学習院女子高等科卒業。学習院女子高等科時代には学習院女子短期大学の阿部俊子の授業を受けた。 1957年お茶の水女子大学文教育学部文学科卒業。1958年同専攻科修了。1960年学習院大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大学で関根慶子に、学習院大学大学院で松尾聰に師事した。 1979年学習院女子短期大学講師に就任し、のち助教授、教授。1998年に学習院女子短期大学が改組され、学習院女子大学が開学。それに伴い、学習院女子大学教授。
武田 京子(たけだ きょうこ、旧姓:矢野、1933年7月25… 武田 京子(たけだ きょうこ、旧姓:矢野、1933年7月25日 - )は、日本の女性問題評論家。 山口県山口市に生まれ、宮崎県西都市で育つ。1957年、お茶の水女子大学文教育学部を卒業して、出版業界に入り、以降、小学館、主婦の友社、国土社で、編集などの経験を積む。 1970年代前半から、「主婦問題研究家」という肩書きを用いて講演や評論活動を行い、1975年の「国際婦人年」を契機とした女性の社会参加への関心の高まりの中で、市川房枝、樋口恵子、俵萌子、吉武輝子、田中寿美子、中島通子らが世話人となった「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」の事務局を担った。 1976年に独立し、以降、主婦業、親子関係、夫婦関係、女性の老後問題などをテーマとする女性問題評論家として活動し、講師として早稲田大学の教壇にも立った。
高橋 喜久江(たかはし きくえ、1933年3月6日 - 20… 高橋 喜久江(たかはし きくえ、1933年3月6日 - 2020年12月26日)は、日本の社会活動家、フェミニスト、評論家である。日本キリスト教婦人矯風会の職員、元会頭。無教会新宿集会に所属したキリスト教徒。 1933年東京生まれ。お茶の水女子大学文教育学部を卒業後は私立高校の非常勤講師をしつつ、同大学の専攻科で学んだ。1957年4月に日本キリスト教婦人矯風会に就職。私生活では結婚し、2人の子どもがいる。 矯風会の先輩にあたる福田勝、久布白落実らと共に売春防止法に売る側のみを罰する「方向罰」ではなく、買う側も罰されるようにする為の法改正を行う運動を行った。1972年に「沖縄の売春ととりくむ会」を発足させ、翌1973年には「売春対策国民協議会」(1986年に「売買春問題ととりくむ会」に改称)を発足させ、2014年まで同会の事務局長を務めた。
石川 逸子(いしかわ いつこ、1933年2月18日 - )は… 石川 逸子(いしかわ いつこ、1933年2月18日 - )は昭和後期から平成時代の日本の詩人。 東京都生まれ。お茶の水女子大学史学科卒業。中学校教員を務めながら詩作を行い、1961年に詩集『狼・私たち』で第11回H氏賞を受賞。1986年、詩集『千鳥ケ淵へ行きましたか』で第11回地球賞を受賞。2011年、第15回女性文化賞受賞。 1982年から29年間にわたって、季刊ミニコミ誌「ヒロシマ・ナガサキを考える」全100号を発行した。原爆や従軍慰安婦問題をテーマとするなど、社会派の作風。 西田敏行、山田洋次、黒柳徹子らと共に「平和のための戦争展」(日本中国友好協会主催)の呼びかけ人を務めている。
山田 晴河(やまだ はるか、1933年1月13日 - 198… 山田 晴河(やまだ はるか、1933年1月13日 - 1988年5月7日)は、日本の化学者。元関西学院大学教授。専門は物理化学、特に赤外ラマン分光学、界面化学。 現在の東京都文京区出身。1955年にお茶の水女子大学化学科を卒業。1960年に東京工業大学で博士号を取得し、同大学助手。1961年から1963年まで、米国アイオワ大学化学科で研究を行う。1964年に関西学院大学理学部に着任。1972年に同大学教授。 「赤外ラマン分光法による固体表面の吸着種の構造」が主たる研究業績。 固体表面の吸着現象に関して、レーザーラマン分光法による研究を行い、世界で初めて微量吸着種の共鳴ラマンスペクトルの測定に成功した。
鍵和田 秞子(かぎわだ ゆうこ、1932年(昭和7年)2月2… 鍵和田 秞子(かぎわだ ゆうこ、1932年(昭和7年)2月21日 - 2020年(令和2年)6月11日)は、神奈川県出身の俳人。 秦野生まれ。神奈川県立平塚高等女学校(現・神奈川県立平塚江南高等学校)を経て、1954年にお茶の水女子大学国文学科を卒業。大学在学中、井本農一のもとで俳文学を学ぶとともに、村山古郷の「たちばな」に入会し句作を開始。大学卒業後は教師として勤める。また金尾梅の門の「季節」に入会。1963年、中村草田男主宰の「萬緑」に入会。のち萬緑新人賞、萬緑賞を受賞。1977年、第一句集『未来図』により第1回俳人協会新人賞を受賞。この年に教師を辞す。1984年、草田男の死を経て「未来図」を創刊・主宰。
薄井 坦子(うすい ひろこ、1932年1月 – 2022年2… 薄井 坦子(うすい ひろこ、1932年1月 – 2022年2月)は、日本の看護学者。千葉大学名誉教授、宮崎県立看護大学初代学長、名誉教授。 広島県広島市生まれ。お茶の水女子大学文教育学部を卒業後、1961年に東京大学医学部衛生看護学科を卒業。日本医師会、東京女子医科大学病院などを経て、1965年東京女子医科大学看護短期大学教授、1975年千葉大学看護学部教授、1997年から宮崎県立看護大学で教鞭を取り (~2002年)、2011年まで初代学長を務めた。 看護学に関する文献・調査研究や、看護婦としての実践から「看護とは何か」を求めた。フローレンス・ナイチンゲールの唱えた看護論の翻訳でも知られ、日本翻訳文化賞を受賞した。
酒井 豊子(さかい とよこ、1932年 - )は、日本の服飾… 酒井 豊子(さかい とよこ、1932年 - )は、日本の服飾学者、東京都立立川短期大学・放送大学名誉教授。 東京生まれ。1955年、お茶の水女子大学家政学部被服学科卒業。1958年、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程繊維工学専攻修了、実践女子大学助手。1961年、東京都立立川短期大学講師、助教授、教授。1978年、「分散染料の染色過程と高分子高次構造に関する研究」により東京工業大学より工学博士の学位を取得。1989年定年退官、名誉教授、放送大学教授。2004年同退任、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
立花 京子(たちばな きょうこ、 1932年 - 2011年… 立花 京子(たちばな きょうこ、 1932年 - 2011年)は、日本の歴史家。東京出身。織田信長及び本能寺の変について著書がある。 お茶の水女子大学理学部数学科卒業。東京教育大学理学研究科数学専攻修士課程修了。 1987年から1996年まで、朝日カルチャーセンターで古文書講座(講師は林英夫・立教大学名誉教授)を受講した。1990から2001年、一橋大学経済学部 池享教授ゼミに参加。2000から2002年、神奈川大学経済学部 三鬼清一郎教授ゼミに参加。 2002年、「信長権力と朝廷」でお茶の水女子大学人文科学博士。 織田信長の三職推任問題に関する研究で「晴豊公記」の新解釈を示し、今谷明に評価された。
岡 百合子(おか ゆりこ、1931年7月14日 - 2022… 岡 百合子(おか ゆりこ、1931年7月14日 - 2022年9月23日)は日本の教育者・歴史研究者。 主な著書に『ぼくは12歳』(共編・筑摩書房)、『大空に舞った少年よ』(編著・筑摩書房)、『白い道をゆく旅―私の戦後史』(人文書院)、『朝鮮・韓国』(岩崎書店)、『中・高校生のための朝鮮・韓国の歴史』(平凡社)、『いのちの行方』(共著・径書房)、『市民がつくる日本・コリア交流の歴史』(共編著・高麗博物館編・明石書店)がある。 1931年7月14日、東京に生まれる。朝鮮史研究会、歴史教育者協議会に所属した。 1954年、お茶の水女子大学史学科卒業。東京都の公立中学と都立高校の社会科教諭として1986年まで勤務。
後藤 美代子(ごとう みよこ、1931年3月30日 - 20… 後藤 美代子(ごとう みよこ、1931年3月30日 - 2017年7月5日)は、元NHKアナウンサー。 東京都出身。お茶の水女子大学卒業。テレビ放送が始まった1953年、NHKにテレビ1期生アナウンサーとして入局。家庭医学の番組や、古典芸能、クラシック音楽の番組を数多く担当。NHK初の女性管理職アナウンサーを務めた。1988年、NHK退職後はフリーアナウンサーとして活躍しながら徳島文理大学教授も歴任した。2017年7月5日、全身塞栓症で死去、86歳。
本田 和子(ほんだ ますこ、1931年1月15日 - 202… 本田 和子(ほんだ ますこ、1931年1月15日 - 2023年2月12日)は、日本の児童学者。お茶の水女子大学名誉教授。元お茶の水女子大学学長。専門は児童文化論、児童社会史。 新潟県生まれ。放送倫理・番組向上機構(放送と青少年に関する委員会(青少年委員会))委員長も務めた。 2023年2月12日、死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
竹腰 美代子(たけこし みよこ、1930年10月5日 - 2… 竹腰 美代子(たけこし みよこ、1930年10月5日 - 2001年3月1日)は、日本の美容体操研究家。日本のテレビ体操の草分けとして広く知られている。香淳皇后の体操の先生としても著名。 神奈川県逗子市出身。神奈川県立第一高等女学校(現在の神奈川県立横浜平沼高等学校)卒業。岸恵子と草笛光子は高校の同窓生である。その後お茶の水女子大学体育学科に進み、卒業後、高校の体育教師となる。 1954年4月16日から日本放送協会で放映された『美容体操』の専属講師に就任。1958年から香淳皇后に美容体操を教えた。 著書に「いつもお陽さま家族」などがある。 1966年、クレイジーキャッツの安田伸と結婚した。 1967年4月に行われた東京都知事選挙では、美濃部亮吉の推薦人に名を連ねた。
湯沢 雍彦(ゆざわ やすひこ、1930年8月25日 - )は… 湯沢 雍彦(ゆざわ やすひこ、1930年8月25日 - )は、日本の社会学者、お茶の水女子大学名誉教授。専門は家族社会学。
能村 堆子(のむら たいこ、旧姓:三木、1930年8月20日… 能村 堆子(のむら たいこ、旧姓:三木、1930年8月20日 - 2021年11月15日)は日本の生物物理学者。お茶の水女子大学名誉教授。團勝磨、大沢文夫の門下生。小説家川上弘美の卒業論文の指導者。理学博士。 ウニの卵や精子を用いて、細胞分裂の分裂装置や繊毛・鞭毛運動に関与する微小管の生物物理学を研究した。1969年、ウニ卵にアクチンの存在を世界で最初に確認し、細胞質分裂にアクチンが関与することを提唱する。1975年以降は、その頃、宝谷紘一が開発した高輝度照明下での暗視野顕微鏡を用い、世界で初めて、顕微鏡下で微小管の溶液中での動きを観察し、基本データを記載していった。テトラヒメナやクラミドモナスの繊毛も実験材料とした。
前田 三恵子(まえだ みえこ、1930年 - )は、日本の児… 前田 三恵子(まえだ みえこ、1930年 - )は、日本の児童文学翻訳家。東京府生まれ。お茶の水女子大学英文科卒業。その後、米国で児童文学を研究し、英米児童文学を翻訳する。
式 正英(しき まさひで、1927年1月1日 - 2024年… 式 正英(しき まさひで、1927年1月1日 - 2024年9月28日)は、日本の地理学者、お茶の水女子大学名誉教授。 東京府荏原郡入新井町(現東京都大田区)生まれ。1948年第一高等学校理科甲類卒業、1951年東京大学理学部地理学科卒業、1953年同大学院前期課程修了、建設省地図調査部地理部勤務、1959年お茶の水女子大学文教育学部講師となり、1961年助教授、1973年教授。1978年文教育学部長、1992年定年退官、名誉教授となる。2024年9月28日、肺炎のため東京都内の病院で死去。97歳没。 2005年11月瑞宝中綬章受章。
藤永 保(ふじなが たもつ、1926年10月2日 - 201… 藤永 保(ふじなが たもつ、1926年10月2日 - 2016年1月21日)は、日本の発達心理学者。専門は幼児心理。お茶の水女子大学名誉教授。 山口県下関市に生まれる。神奈川県立横浜第一中学校卒、1948年第一高等学校卒、1952年東京大学文学部心理学科卒業。1954年東京大学大学院中退、東京外国語大学教務補佐員、1955年東京女子大学心理学科助手、1956年専任講師、1960年助教授、1967年教授、1968年お茶の水女子大学助教授、1970年教授、1992年定年退官、名誉教授、国際基督教大学特任教授、1997年定年退任、2006年~9年日本教育大学院大学学長、NPO法人保育子育てアドバイザー協会理事長。
頼 惟勤(らい つとむ、1922年〈大正11年〉2月2日 -… 頼 惟勤(らい つとむ、1922年〈大正11年〉2月2日 - 1999年〈平成11年〉7月15日)は、日本の中国学者。お茶の水女子大学名誉教授。頼聿庵の末裔。 東京府生まれ。父は東京高等学校教授の頼成一で、惟勤は頼山陽の6代目の子孫(山陽の子・聿庵の末裔)。1939年(昭和14年)(旧制)私立武蔵高等学校卒業後、1943年(昭和18年)学徒出陣で、東京帝国大学文学部支那哲学支那文学科を繰り上げ卒業し出征。1944年(昭和19年)、海軍少尉。1945年(昭和20年)、中尉。 復員後は、倉石武四郎の世話で京都帝国大学教務嘱託。1949年(昭和24年)、東京大学文学部副手。1952年(昭和27年)、お茶の水女子大学専任講師、のち1959年(昭和34年)に助教授、1964年(昭和39年)に教授。
石田 佐久馬(いしだ さくま、1919年〈大正8年〉12月5… 石田 佐久馬(いしだ さくま、1919年〈大正8年〉12月5日 - 2006年〈平成18年〉)は、日本の国語教育者。 福井県小浜市出身。福井県師範学校本科・専攻科卒業後、福井県での小学校訓導を経て、お茶の水女子大学附属小学校教諭、十文字学園女子短期大学教授。日本国語教師の会代表。 、『新しい学力観に立つ説明文の授業はいま』東洋館出版社、1993 国語授業を変える
宮 英子(みや ひでこ、1917年2月23日-2015年6月… 宮 英子(みや ひでこ、1917年2月23日-2015年6月26日)は、日本の歌人。夫は宮柊二。別名・滝口英子(1953年 - 1986年)。 富山県富山市出身。旧姓・瀧口。実家は代々医家であった。美術評論家・詩人の瀧口修造の従妹にあたる。 東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)卒。尾上柴舟に学ぶ。1937年(昭和12年)、歌誌「多磨」に入会し、北原白秋に師事。同門の宮柊二と結婚し、1953年に「コスモス」創刊に参加。1970年、第一歌集『婦負野』で第16回日本歌人クラブ推薦歌集(現・日本歌人クラブ賞)受賞。1986年の柊二没後、後を継いで「コスモス」発行人となった。2005年『西域更紗』で第20回詩歌文学館賞受賞。
秋山 ちえ子(あきやま ちえこ、1917年1月12日 - 2… 秋山 ちえ子(あきやま ちえこ、1917年1月12日 - 2016年4月6日)は、日本のラジオパーソナリティ、エッセイスト、時事評論家。本名、橘川ちゑ(きっかわ ちえ)。 宮城県仙台市出身。1935年に東京女子高等師範学校(現:お茶の水女子大学)を卒業後、聾唖学校の教師となる。この時、取材に訪れた川端康成と知り合い、北条誠を川端に紹介する。結婚後、中華民国に4年滞在。1948年(昭和23年)から1956年(昭和31年)まで、NHKラジオ番組『私の見たこと、聞いたこと』のレポーターを担当し、主婦の視点から見た日本の現状をわかりやすく説明した。1954年(昭和29年)にラジオ番組「私の見たこと聞いたこと」で第2回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞(書籍ではなく、ラジオ番組に対しての授与)。
小口 忠彦(おぐち ただひこ、1917年 - )は、日本の心… 小口 忠彦(おぐち ただひこ、1917年 - )は、日本の心理学者。お茶の水女子大学名誉教授。 長野県諏訪郡下諏訪町生まれ。旧制長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)、旧制第三高等学校を経て、1945年に東京帝国大学文学部心理学科を卒業。東京学芸大学助教授、お茶の水女子大学文教育学部助教授、教授。1981年、定年退官、名誉教授。受験指南書を多く書いた。
井上 茂(いのうえ しげる、1916年〈大正5年〉9月26日… 井上 茂(いのうえ しげる、1916年〈大正5年〉9月26日 - 2002年〈平成14年〉5月21日)は、日本の法学者。専門は法哲学。第8代お茶の水女子大学学長。日本法哲学会理事長(1975年11月 - 1979年11月)。 兵庫県に生まれる。1935年福岡県中学修猷館、1938年3月旧制福岡高等学校文科甲類を経て、1942年9月東京帝国大学法学部法律学科を卒業。その後、3年間兵役に就いた後、1945年11月、東京大学大学院(法理学専攻)に進む。東大では尾高朝雄の最初の門下生であった。 1949年5月、お茶の水女子大学講師となり、その後、同大学にて、1953年5月、助教授、1959年7月、教授(1982年2月まで)、1967年10月、文教育学部長(1969年9月まで)、1976年6月、大学院人間文化研究科長(1979年2月まで)を経て、1979年2月、お茶の水女子大学学長に就任し、1982年2月まで務めている(同月、お茶の水女子大学名誉教授の称号授与)。