大内 博(おおうち ひろし、1943年8月29日ー2013年… 大内 博(おおうち ひろし、1943年8月29日ー2013年2月14日)は、日本の英語教育学者、翻訳者。 福島県生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業後、米国政府のハワイ大学東西文化交流センター留学生として米国留学、第二言語としての英語教育修士課程修了。玉川大学文学部助教授、92年教授。定年前に退職し山中湖畔に家族と過ごしていた。「Let's Enjoy English」に1980,81年出演。スピリチュアルに帰依して多くの翻訳を行った。
塩谷 惇子(しおや じゅんこ、1943年3月30日 - )は… 塩谷 惇子(しおや じゅんこ、1943年3月30日 - )は、日本の神学者。清泉女子大学名誉教授。2014年から学校法人清泉女学院の理事長を務めた。 東京都出身。上智大学文学部ドイツ文学科を卒業。上智大学大学院神学研究科で教父神学を専攻し、博士課程修了。神学修士。 2012年まで清泉女子大学キリスト教文化研究所および地球市民学科の教授を務めた。清泉女子大学学長を経て理事長を務めた。2013年、清泉女子大学から名誉教授を授与された。教父学、宗教間対話、聖書神学を専門に研究する。中世哲学会、日本基督教学会、日本カトリック神学会に所属する。 清泉女子大学の設立母体である聖心侍女修道会の修道女(シスター)で、2013年から聖心侍女修道会の日本支部管区長を務めた。
渡辺三枝子(わたなべ みえこ、1943年1月18日 - )は… 渡辺三枝子(わたなべ みえこ、1943年1月18日 - )は、日本の教育心理学者。筑波大学名誉教授。専門はカウンセリング心理学、職業心理学。 岐阜県出身。上智大学文学部心理学科卒、同大学院修士課程修了、米国ボストン大学大学院修士課程修了、ペンシルバニア州立大学大学院博士課程(カウンセリング心理学)修了、Ph.D.取得。日本労働研究所研修機構主任研究員、1990年明治学院大学教授、1998年筑波大学教授、2006年定年退任し名誉教授となり、立教大学特任教授を務めた。
石川 旺(いしかわ さかえ、1943年 - )は、日本の社会… 石川 旺(いしかわ さかえ、1943年 - )は、日本の社会学者、上智大学文学部名誉教授。専門は社会学(コミュニケーション論、放送論)。 父石川達三は、第一回芥川賞を受賞した昭和期のベストセラー作家。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
荻原 眞子(おぎはら しんこ、1942年 - )は、日本の文… 荻原 眞子(おぎはら しんこ、1942年 - )は、日本の文化人類学者。千葉大学名誉教授。大林太良門下。旧姓小川。 1942年(昭和17年)、中国山西省太原市生まれ。アイヌやアムール川流域の諸民族を中心とする北方ユーラシアの総合文化研究、特にその口承文芸や精神文化を主な専門領域としている。千葉大学では、1995年(平成7年)以降、10年以上にわたってヨーロッパ各地の博物館に所蔵されているアイヌ関連資料の総合調査で指導的な立場に立った。
松尾 弌之(まつお かずゆき、1941年11月20日 - )… 松尾 弌之(まつお かずゆき、1941年11月20日 - )は、日本のアメリカ歴史学者、著作家。上智大学名誉教授。 2000年、『民族から読みとくアメリカ』でヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞。 満洲国生まれ。上智大学外国語学部卒業後) 1964年から1965年にかけて番組制作者(ディレクター)としてNHK(教養部)に勤務。 その後、1966年からワシントンD.C.の国務省勤務(文化交流担当)を経て、1976年にジョージタウン大学歴史学大学院博士課程修了(アメリカ社会史)。 1976年から1984年まで上智大学で外国語学部助教授(アメリカ史)として勤務した後、1984年に同大学外国語学部教授(アメリカ社会史)に就任) 2007年に定年退職。
五野井隆史(ごのい たかし、1941年6月11日- )は、日… 五野井隆史(ごのい たかし、1941年6月11日- )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。キリシタン史を専門とする。北海道幌泉郡えりも町生まれ。長男は政治学者の五野井郁夫。 五野井貞蔵・ミチの四男として北海道に生まれる。1965年(昭和40年)上智大学文学部卒業。1971年(昭和46年)上智大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。同年4月、東京大学史料編纂所に入る。1974年(昭和49年)2月より文部省在外研究員として2年間、ポルトガル・スペイン・イタリアに派遣される。1982年(昭和57年)4月、東京大学助教授。1987年(昭和62年)、学位論文「徳川初期キリシタン研究」により九州大学より文学博士の学位を取得。
宇多 文雄(うだ ふみお、1941年5月25日 - )は、日… 宇多 文雄(うだ ふみお、1941年5月25日 - )は、日本のロシア語学者、ロシア・ソ連研究者、上智大学名誉教授。 宇多五郎の次男として神奈川県に生まれる。1964年上智大学外国語学部ロシア語科卒。外務省勤務、在ソ連邦日本大使館勤務、1970年上智大学外国語学部専任講師、助教授、教授、90-93年外国語学部長。2000-2003年ロシア・東欧学会代表理事。2012年定年、名誉教授。サンクトペテルブルク文化大学名誉博士。息子の宇多賢治郎は山梨大学准教授(経済学)。
百瀬文晃(ももせ ふみあき、1940年7月30日 - )は、… 百瀬文晃(ももせ ふみあき、1940年7月30日 - )は、日本のカトリック司祭、神学者、イエズス会士。カトリック長府教会主任司祭。元上智大学神学部教授・神学部長。 東京生まれ。1961年イエズス会入会。上智大学文学部哲学科卒、1967年同大学院修士課程修了。ドイツ(当時西ドイツ)のフランクフルト、チュービンゲン、ミュンヘンで神学研究。1970年フランクフルトで司祭叙階。1977年フランクフルト・聖ゲオルグ神学大学で神学博士号を取得。 帰国後、上智大学神学部助教授、教授、神学部長。退任後、フィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学神学部講師。
久山 宗彦(くやま むねひこ、1939年8月31日 - )は… 久山 宗彦(くやま むねひこ、1939年8月31日 - )は、日本の宗教学者、カトリック信徒。 京都府生まれ。1963年上智大学文学部ドイツ哲学科卒、1967年東北大学大学院宗教学博士課程満期退学。1969年国立音楽大学講師、1971年法政大学教養部助教授、1976-1978年カイロ大学文学部日本学科客員教授。1979年法政大学教授を経て、1983年星美学園短期大学理事、1997-2001年学長。カリタス女子短期大学学長も務めた。のち群馬医療福祉大学特任教授。元「イラクの子どもたちを救う会」代表。
植田 康夫(うえだ やすお、1939年8月26日 - 201… 植田 康夫(うえだ やすお、1939年8月26日 - 2018年4月8日)は、日本の編集者、ジャーナリスト、上智大学名誉教授。 出生地は広島県呉市宮原、出身地は島根県邑智郡邑智町。日本出版学会会長、日本マスコミ学会理事などを歴任。 1962年上智大学文学部新聞学科卒業、『週刊読書人』編集部に勤務。1982年「週刊読書人」編集長。1985年、読書人取締役。1980年より、母校である上智大学新聞学科で、非常勤講師をつとめる。 1967年、大宅壮一を塾長に、草柳大蔵や大森実らが行った「大宅壮一・東京マスコミ塾」開講一期生としてジャーナリズムを学ぶ。後年に大宅壮一文庫副理事長もつとめた。 1989年、読書人を退社、上智大学文学部新聞学科助教授。
青木 保(あおき たもつ、1938年10月30日 - )は、… 青木 保(あおき たもつ、1938年10月30日 - )は、日本の文化人類学者、元文化庁長官。大阪大学名誉教授、前国立新美術館館長。 1938年東京府生まれ。1962年上智大学文学部独文科卒業、東京大学教養学部入学。1964年東京大学教養学部卒業。1967年、同大学大学院社会学研究科文化人類学専攻修士課程修了。東京大学東洋文化研究所助手、立教大学文学部助教授を経て、大阪大学人間科学部教授。1994年に学位論文『儀礼の象徴論的研究:儀礼の基礎論を目指して』を大阪大学に提出して博士 (人間科学)の学位を取得。1996年、東京大学先端科学技術研究センター教授となった。1999年からは政策研究大学院大学教授、2005年からは法政大学企画・戦略本部特任教授、2006年からは早稲田大学 アジア研究機構アジア研究所 教授 。
湯浅慎一(湯浅愼一、ゆあさ しんいち、1938年10月5日-… 湯浅慎一(湯浅愼一、ゆあさ しんいち、1938年10月5日- 2022年2月28日)は、日本の哲学者、京都府立医科大学名誉教授。 北海道生まれ。上智大学法学部卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。ドイツ・ケルン大学法学部卒業(1969年法学博士)。ドイツ・ケルン大学哲学部卒業(1976年哲学博士)。信州大学教育学部助教授、京都府立医大学教授、2002年定年退官、名誉教授、大阪樟蔭女子大学教授を務めた。
高山 智博(たかやま ともひろ、1937年12月19日 - … 高山 智博(たかやま ともひろ、1937年12月19日 - )は、日本のラテンアメリカ文化学者、上智大学名誉教授。 東京生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。メキシコ・イベロアメリカ大学人類学研究科修士課程修了。上智大学助教授、教授、名誉教授。1994年、メキシコ観光省「銀ペン賞」受賞。日墨交流会会長。
小林 宏晨(こばやし ひろあき、1937年7月11日 - 2… 小林 宏晨(こばやし ひろあき、1937年7月11日 - 2025年8月24日)は、日本の法学者。専門は、ドイツ基本法(憲法)・国際法・安全保障関係法・比較憲法・EU法。法学博士(ヴュルツブルク大学・論文博士)。日本大学名誉教授。防衛法学会顧問。比較憲法学会名誉理事。オーストリア一等学術栄誉賞受賞、瑞宝中綬章受章。元秋田県上小阿仁村村長。 秋田県上小阿仁村出身で、秋田県立秋田高等学校を歴て上智大学を中退し、ヴュルツブルク大学、ジュネーヴ大学、パリ大学法学部博士課程でドイツ語、政治学、法学を学び、ヴュルツブルク大学でアウグスト・フォン・デア・ハイテ教授に師事して法学博士を授かる。帰国して上智大学で法学部助手、外国語学部教授を経て、日本大学法学部教授、慶應義塾大学大学院法学研究科などで教鞭をとった。
小林 一宏(こばやし かずひろ、1937年6月14日 - 2… 小林 一宏(こばやし かずひろ、1937年6月14日 - 2020年10月7日)は、日本のスペイン史家、上智大学名誉教授。 群馬県出身。上智大学文学部卒、マドリード大学卒、コレヒオ・デ・メヒコ史学科博士。上智大学外国語学部助教授、教授。2008年定年、名誉教授。
武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日… 武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日本の新聞学者。上智大学名誉教授。専門はジャーナリズム、マスコミュニケーション、マスメディア。 東京都出身。1960年に上智大学文学部卒業後、読売新聞で記者となる。1967~1968年にフルブライト留学生としてミネソタ大学大学院ジャーナリズム専攻へ留学する。1970年に記者を退職し、上智大学文学部新聞学科専任講師へ転身した。上智大学教授に就任後は、1997年に文学研究科委員長、2000年に同大学社会正義研究所長となり、2001年に名誉教授を授与される。その後、大妻女子大学文学部コミュニケーション文化学科教授となる。 この間、1991年に日本時事英語学会会長、1999年に日本マス・コミュニケーション学会会長を務める。
加藤 幸次(かとう ゆきつぐ、1937年2月19日- )は、… 加藤 幸次(かとう ゆきつぐ、1937年2月19日- )は、日本の教育学者、上智大学名誉教授。 愛知県生まれ。愛知県立半田高等学校を経て、愛知学芸大学教育学部卒、名古屋大学大学院修士課程修了、ウィスコンシン大学大学院修士課程修了。国立教育研究所に入り、研究室長をへて上智大学教授、2004年定年退職、同名誉教授。同年名古屋女子大学教授。2007年退職。日本個性化教育学会会長、グローバル教育学会顧問、アメリカ教育学会会長、社会科教育研究センター会長。
瀬戸 明(せと あきら、1937年 - )は、日本の哲学者。… 瀬戸 明(せと あきら、1937年 - )は、日本の哲学者。国立音楽大学名誉教授。 上智大学文学部哲学科を経て、1967年東京教育大学大学院文学研究科博士課程修了(哲学専攻)。国立音楽大学音楽部助教授、教授。東京唯物論研究会(東京唯研)、唯物論研究協会(全国唯研)会員。
山田 経三(やまだ けいぞう、1936年12月25日 - 2… 山田 経三(やまだ けいぞう、1936年12月25日 - 2015年7月26日)は、日本のカトリック司祭、経済経営学者、上智大学名誉教授。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
高木 慶子(たかき よしこ、1936年10月28日 - )は… 高木 慶子(たかき よしこ、1936年10月28日 - )は、日本の心理学者、神学者、グリーフケアやスピリチュアルケアの第一人者、元聖トマス大学名誉教授、煉獄援助修道会の修道女(シスター)。上智大学グリーフケア研究所名誉所長 博士(宗教文化) 熊本市生まれ。高木仙右衛門の曾孫。聖心女子大学文学部心理学科卒業、上智大学神学部大学院修士課程修了。2004年「高木仙右衛門に関する研究 「覚書」の分析を中心にして」で英知大学博士(宗教文化)。神戸海星女子学院短期大学講師、英知大学助教授、教授、2007年定年退任、聖トマス大学名誉教授(校名変更により)。上智大学グリーフケア研究所特任所長。上智大学特任教授。
アドルフォ・ニコラス・パション(スペイン語: Adolfo … アドルフォ・ニコラス・パション(スペイン語: Adolfo Nicolás Pachón, 1936年4月29日 – 2020年5月20日)は、カトリック教会のスペイン人司祭、神学者。第30代イエズス会総長(2008年1月19日 -2016年10月3日)。 アドルフォ・ニコラスはスペインのパレンシア県ビリャムリエル・デ・セラートに生まれ、1953年イエズス会に入会し、アランフエスで修練生となった。アルカラ大学で哲学学士号 (Licenciatura) を得た後、来日した。1960年まで日本で日本語とその文化を学んだ。ニコラスは、1964年上智大学神学部に入学して神学を学び、1967年3月17日に司祭に叙階。
朝倉 文市(あさくら ぶんいち、1935年 - 2020年)… 朝倉 文市(あさくら ぶんいち、1935年 - 2020年)は、日本の西洋中世史学者、ノートルダム清心女子大学名誉教授。 宮崎県出身。1958年、上智大学文学部史学科卒業。1963年、上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。1969年ノートルダム聖心女子大学助教授、教授、2005年定年退任、名誉教授。1996年、『修道院』でヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞。
木村 直司(きむら なおじ、1934年9月11日 - )は、… 木村 直司(きむら なおじ、1934年9月11日 - )は、日本のドイツ文学者、上智大学名誉教授。専攻はゲーテ研究。 札幌市出身。北海道札幌北高等学校卒、1959年上智大学文学部ドイツ文学科卒業、西ドイツに学び、1963年ミュンヘン大学で博士号。 1963年上智大学文学部専任講師、68年助教授、75年教授、2000年定年退職、名誉教授、レーゲンスブルク大学客員教授。1982年ジーボルト賞を受賞した。 ドイツ文芸アカデミー通信会員、日本ゲーテ協会副会長、ウィーン文化科学研究所 (INST) 副会長、元レーゲンスブルク独日協会副会長。
高野 繁男(たかの しげお、1934年6月29日 - )は、… 高野 繁男(たかの しげお、1934年6月29日 - )は、日本語学者、神奈川大学名誉教授。 北海道深川市生まれ。上智大学大学院博士課程満期退学。1976年神奈川大学外国語学部助教授、教授、2005年定年、名誉教授。
前島 誠(まえじま まこと、1933年12月25日 - 20… 前島 誠(まえじま まこと、1933年12月25日 - 2019年12月9日)は、キリスト教・ユダヤ教学者、元玉川大学教授。 東京出身。上智大学文学部哲学科卒、同大学院神学研究科修了。東京カトリック大司教区付司祭を5年務め、1965年1月玉川学園講師、玉川大学文学部教育学科助教授、教授。1999年退任。専攻は、西洋哲学・神学。
澤田 壽夫(さわだ としお、1933年6月29日 - 201… 澤田 壽夫(さわだ としお、1933年6月29日 - 2016年4月1日)は、日本の法学者・弁護士(1975年登録)。上智大学名誉教授。専門分野は、国境を越える販路開拓、技術協力、合弁、資源・素材開発などの国際契約とカウンセリング、国際紛争の処理(特に仲裁・調停)、国際取引一般。 昭和8年(1933年)6月29日、東京都に生まれる。昭和33年(1958年)3月、中央大学法学部法律学科卒業(法学士)。昭和33年(1958年)5月より米国カリフォルニア大学大学院留学(昭和34年(1959年)5月まで)。 昭和34年(1959年)6月より米国ニューヨーク市エコノメットリック研究所で、順次、調査員、研究員、上席研究員として、国際経済、国際取引法の研究にあたる(昭和36年(1961年)6月まで)。
清水 敏允(しみず としよし、1932年6月27日 - )は… 清水 敏允(しみず としよし、1932年6月27日 - )は、日本の経営学者、神奈川大学名誉教授。レック株式会社社外取締役監査等委員。 大阪生まれ。1956年上智大学文学部卒、1959年日本能率協会に入る。69年退職。1962年スイスのザンクトガレン大学修士課程で学び、ケルン大学に移り、1970年同経済・社会科学部博士課程修了、博士号取得(1970年2月10日)。獨協大学助教授、教授、福島大学経済学部、同大学院教授、1991年神奈川大学経済学部教授、2003年退任、名誉教授。
神吉 敬三(かんき けいぞう、1932年5月8日 - 199… 神吉 敬三(かんき けいぞう、1932年5月8日 - 1996年4月18日)は、日本の美術史家。上智大学名誉教授。専攻は16世紀のバロック期(スペイン黄金時代美術)からパブロ・ピカソに至るスペイン美術史。 山口県下関市長府町生まれ。浦和市(現さいたま市)に転居し、1948年(昭和23年)埼玉県立浦和高等学校を卒業、1956年上智大学経済学部を卒業。在学中に聖イグナチオ教会で受洗し、カトリック信者となる。同年から1959年までスペイン政府給費留学生としてマドリード・コンプルテンセ大学に留学、1965年に上智大学外国語学部助教授、1969年に教授。1970年にスペインの芸術文化勲章である「賢王アルフォンソ十世章」を受章。
高柳 俊一(たかやなぎ しゅんいち、1932年3月31日 -… 高柳 俊一(たかやなぎ しゅんいち、1932年3月31日 - 2022年7月28日)は、日本の英文学者・神学者。上智大学名誉教授。 新潟県生まれ。1954年上智大学文学部英文科卒業。1954‐1958年米国留学、フォーダム大学大学院から博士号を受ける。1966年-1970年ドイツのザンクト・ゲオルゲン神学院にて神学研究、神学修士号を受け、カトリック司祭に叙階される。上智大学文学部英文学科教授を務め、キリスト教神学、T・S・エリオットなど英文学について多く著作を行う。 2022年にイエズス会ロヨラハウスにて前立腺がんで帰天する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
三好 迪(みよし みち、男性、1931年8月1日 - 201… 三好 迪(みよし みち、男性、1931年8月1日 - 2016年6月5日)は、日本の聖書学・神学者、弘前大学名誉教授。 満洲撫順生まれ。暁星学園で小・中・高校まで学び、南山大学文学部卒。多治見市の神言修道院に学び、1960年、司祭叙階(後に還俗)。同期生に後藤文雄らがいた。1963年上智大学大学院神学研究科修士課程修了。1963-1970年までローマ教皇庁立聖書学研究所に学び、聖書学博士。 南山大学文学部神学科教授。弘前大学人文学部教授、1995年定年退官、名誉教授、青森明の星短期大学教授。2002年退職。 2016年6月5日、心不全で死去、84歳没。[要出典]
岩井 寛(いわい ひろし、1931年2月3日 - 1986年… 岩井 寛(いわい ひろし、1931年2月3日 - 1986年5月22日)は、日本の医学者、精神科医。 東京生まれ。上智大学卒業後、早稲田大学文学部大学院で美学を専攻、さらに東京慈恵会医科大学を卒業。聖マリアンナ医科大学助教授、教授。 森田療法の継承者の一人だが、臨床を行いつつ、芸術家的感性を生かした著作を数多く執筆した。1986年5月、全身をガンに侵され、55歳で死去。その最期のさまは松岡正剛によって記録された。また病苦を押して執筆した『森田療法』で、森田療法を、精神の自由を護るための技法として記述し、理不尽と闘うことをしなければ森田療法を適用してもムダだと説いている。 小心で様々なことに気を遣う性質で、“石橋を叩いても渡らない”傾向にあったが、石橋を叩きその道が確かであることを確かめたなら、不安があっても「あるがまま」にその橋を渡り、目的を果たすことを実践してきた。
大谷 啓治(おおたに けいじ、1930年(昭和5年)12月1… 大谷 啓治(おおたに けいじ、1930年(昭和5年)12月13日 - 2018年(平成30年)10月3日)は、日本の哲学者。上智大学名誉教授。上智大学長を務めた。 1930年(昭和5年)東京都に生まれる。上智大学大学院哲学研究科修士課程を修了し、ミラノ・カトリック聖心大学博士課程修了。 1955年より上智大学文学部哲学科助手、1961年より専任講師、1965年より助教授を経て、1972年教授。1993年4月から1999年3月まで上智大学学長を務めた。2000年に定年退官して、名誉教授となる。2018年10月3日、胆嚢癌のため死去。
渡部 昇一(わたなべ しょういち、1930年〈昭和5年〉10… 渡部 昇一(わたなべ しょういち、1930年〈昭和5年〉10月15日 - 2017年〈平成29年〉4月17日)は、日本の英語学者、哲学者。歴史論・政治・教育・社会評論家。上智大学名誉教授。 専攻は英語文法史。学位はミュンスター大学(ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学)哲学博士。ミュンスター大学名誉哲学博士。公益財団法人日本財団評議員。 山形県鶴岡市出身。旧制山形県立鶴岡中学校在学中に学制改革が実施され、1949年に山形県立鶴岡第一高等学校(現・山形県立鶴岡南高等学校)を卒業。なお同校は新制高等学校であるが、渡部は「私にとっての友達をつくる上で一番よかった時代は、やはり旧制高校に通っていたときだと思う」「旧制高校には各地域から選ばれた優秀な人間が集まってきていたので、周りを見渡せば『すごい』と思える人間ばかりだった」と回顧している。
佐藤 正明(さとう まさあき、1929年9月23日 - )は… 佐藤 正明(さとう まさあき、1929年9月23日 - )は、日本のカトリック聖職者・神学者。 神奈川県藤沢市出身。1948年カトリック教会にて受洗(洗礼名ヨセフ)。上智大学卒、エルマー神学大学倫理神学科卒。玉川大学文学部講師、助教授、教授(教育学)。国際援助団体・手を貸す運動代表。社会福祉法人・地の星理事。西アフリカ・シエラレオネにあるグァダルーペ聖母女子学園(OLG学園)を支援した。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。
鈴木 宣明(すずき のぶあき、1929年6月28日 - 20… 鈴木 宣明(すずき のぶあき、1929年6月28日 - 2014年9月21日)は、日本の神学者。 福島県会津出身。上智大学文学部卒、同大学院哲学研究科・神学研究科修了。1948年イエズス会に入る。1968年から1970年ミュンヘン大学に学ぶ。上智大学文学部助教授、教授、2000年定年退任、名誉教授、仙台白百合女子大学カトリック研究所所長。イエズス会司祭。1992年「中世ドイツ神秘霊性」で上智大学博士(史学)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
坂本 堯(坂本 尭、さかもと たかし、1927年4月13日 … 坂本 堯(坂本 尭、さかもと たかし、1927年4月13日 - 2021年2月10日)は、日本の神学者、精神医学者、聖マリアンナ医科大学名誉教授。 兵庫県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業、1960年同大学院修士課程修了。1959年から1968年まで、西ドイツを中心としてヨーロッパ各地に留学。1963年聖ゲオルク神学哲学大学卒、1968年国立ケルン大学哲学博士、Ph.D.取得。1970年上智大学文学部助教授となり、1972年独協医科大学教授、1974年聖マリアンナ医科大学教授を経て、1998年定年、名誉教授。患者のスピリチュアル・ケアを行った。
中井 晶夫(なかい あきお、1927年2月8日 - 2026… 中井 晶夫(なかい あきお、1927年2月8日 - 2026年4月17日)は、日本の歴史学者、上智大学名誉教授。ドイツ現代史、日本とドイツなど西洋との関係史が専門。 1927年、東京都で生まれた。上智大学文学部史学科で学び、卒業。スイスのベルン大学博士課程で学び、哲学博士号を取得した。 1965年に上智大学文学部専任講師となった、。1968年に助教授、1975年に教授となった。1997年に上智大学を定年退職し、名誉教授となった。 2026年4月17日死去。99歳没。
門脇 佳吉(かどわき かきち、1926年1月6日 - 201… 門脇 佳吉(かどわき かきち、1926年1月6日 - 2017年7月27日)は、日本の神学者、宗教学者、イエズス会司祭。上智大学名誉教授。別名大基。 北海道旭川市出身。 旧制見付中学校(現在の静岡県立磐田南高等学校) 、1948年東京帝国大学工学部応用化学科卒業。上智大学大学院で文学修士・神学修士。1964年ローマ・グレゴリアン大学にてPh.D.取得。フォーダム大学で心理学を、レーゲンスブルク大学でマイスター・エックハルトを研究。上智大学教授、1996年定年、名誉教授。 大森曹玄老師(花園大学元学長)から嗣法。「道の共同体」師家。禅とキリスト教を比較研究。 2006年11月瑞宝小綬章受章。
大塚 力(おおつか つとむ、1926年 - )は、食物文化史… 大塚 力(おおつか つとむ、1926年 - )は、食物文化史学者。 愛知県生まれ。上智大学卒、名古屋大学大学院修士課程修了、戸板女子短期大学教授、図書館長。日本を中心とした食生活の歴史を研究した。
斎藤 直輔(さいとう なおすけ、1923年〈大正12年〉7月… 斎藤 直輔(さいとう なおすけ、1923年〈大正12年〉7月24日 - 没年月日不詳)は、日本の運輸技官、気象学者。理学博士、技術士(応用理学部門)。元気象庁気象研究所予報研究部長、元上智大学理工学部教授。 新潟県新潟市南浜通1番町(現 新潟市中央区南浜通1番町)出身。1941年(昭和16年)3月に新潟中学校を卒業、1943年(昭和18年)9月に新潟高等学校を半年繰り上げ卒業、1946年(昭和21年)9月に東北帝国大学理学部物理学科を卒業。 仙台管区気象台、新潟工業学校教官、新潟地方気象台、東京管区気象台、気象庁予報部電子計算室予報官、気象庁予報部予報課主任予報官を経て、1974年(昭和49年)4月に気象庁気象研究所予報研究部長に就任。
加藤 九祚(かとう きゅうぞう、1922年5月18日 - 2… 加藤 九祚(かとう きゅうぞう、1922年5月18日 - 2016年9月11日)は、日本の人類学者。アジア文化史・考古学で、多くの著作と訳書がある。創価大学、国立民族学博物館名誉教授。朝鮮名は李九祚(イ・クジョ) 。 1922年、朝鮮慶尚北道に生まれ、山口県に育った。鉄工所工員・小学校代用教員を経て、1942年に上智大学予科へ入学した。1944年に応召し、満洲へ出征。1945年の敗戦により、ソ連軍に捕らえられ、シベリアに抑留された。 1950年に日本に帰国。1951年、上智大学文学部独文科に復学し、1953年に同大学を卒業。卒業後は恩師の小林珍雄の紹介で平凡社に入社。抑留中に習得したロシア語やドイツ語を生かしてユーラシア大陸の考古学やシベリアの諸民族に関する研究の翻訳紹介を始め、1963年に最初の著作である『シベリアの歴史』を刊行。
森脇 隆夫(もりわき たかお、1922年(大正11年)4月2… 森脇 隆夫(もりわき たかお、1922年(大正11年)4月28日 - 1996年(平成8年)2月27日) は、日本の化学工学者、司祭。学校法人上智学院理事長。 1945年名古屋帝国大学工学部応用化学科卒業。1952年上智大学文学部哲学科卒業。1954年上智大学大学院哲学研究科修了。 1957年カトリック司祭。1958年上智大学大学院神学研究科修了。1962年上智大学理工学部助教授。 1965年ノートルダム大学Ph. D. in Chemistry。 1967年上智大学学生部次長。1971年上智大学理工学部教授。 1975年学校法人上智学院理事。1975年学校法人上智学院評議員。1976年学校法人上智学院総務担当理事。
飯塚 信雄(いいづか のぶお、1922年2月1日 - 200… 飯塚 信雄(いいづか のぶお、1922年2月1日 - 2004年10月15日)は、日本のドイツ文学者、明治大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。上智大学文学部卒業。國學院大學助教授、明治大学教授、1991年定年退任、名誉教授。 はじめドイツ文学を専攻したが、のち西洋生活文化史専攻。服飾史、手工芸史、インテリアデザイン史に造詣が深く、特にロココ文化の研究で名高い。 2004年10月15日、心不全のため死去。
皆川 洸(みながわ たけし、1920年8月18日 - 198… 皆川 洸(みながわ たけし、1920年8月18日 - 1984年3月3日)は、日本の国際法学者。法学博士。上智大学法学部教授を経て、指導教官大平善梧の招きで後継者として一橋大学法学部教授に着任するが、在任中死去し、後任には大平門下の桑原輝路が就いた。正四位・勲三等旭日中綬章。国際法学会名誉理事。世界法学会理事。 他にゼミ出身者に内閣府副大臣等を務めた末松義規衆議院議員などがいる。
金 亨錫(キム・ヒョンソク、朝鮮語: 김형석、英語: Kim… 金 亨錫(キム・ヒョンソク、朝鮮語: 김형석、英語: Kim Hyung-suk、1920年4月23日 - )は、韓国の哲学者、延世大学校名誉教授。世界最高齢の著者として、ギネス世界記録を保持している。
青木 英夫(あおき ひでお、1920年4月16日 - 201… 青木 英夫(あおき ひでお、1920年4月16日 - 2014年)は、日本の文化史家。 東京出身。上智大学文学部史学科卒。東京大学大学院西洋史博士課程満期退学。米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校歴史科大学院修了。民族学博士、Ph.D.。江馬務、岡田章雄に師事した。ビューティ・サイエンス学会会長。1999年日本風俗史学会長、顧問、名誉会員。日本生活文化史学会顧問、国際服飾学会理事。戸板学園理事長。
福鎌 忠恕(ふくかま ただひろ、1916年12月24日 - … 福鎌 忠恕(ふくかま ただひろ、1916年12月24日 - 1991年4月12日)は、ドイツ文学・西洋思想史学者。弟は福鎌達夫。 大阪府出身。1941年上智大学文学部独文学科卒業。東洋大学社会学部助教授、教授、1962年「モンテスキューの社会学思想」で東洋大学文学博士。1987年名誉教授。1990年『ヴィーコ自叙伝』で日本翻訳出版文化賞受賞。専攻は知識社会学、言語社会学。1991年4月12日、食道癌のため死去。
篠原 正瑛(しのはら せいえい、1912年3月29日 - 2… 篠原 正瑛(しのはら せいえい、1912年3月29日 - 2001年11月15日)は、日本の哲学者。 東京府出身。1939年に上智大学文学部哲学科を卒業後、フンボルト財団の奨学金によりドイツに留学した。これは「日独交換留学」によるものであった。ベルリン大学哲学科およびイェーナ大学哲学科を修了してドイツ国立ヨハヒムスタール・ギムナジウム教授となる。留学中はカール・ヤスパースやエドゥアルト・シュプランガーに指導を受けた。 ドイツ降伏後、連合軍による抑留と、スイスでの療養生活を経て1949年3月29日に空路で日本に帰国した。帰国の際、シュプランガーから日本国民へのメッセージを預かり、帰国直後は療養生活を続けていた。
高桑 純夫(たかくわ すみお、1903年6月4日 - 197… 高桑 純夫(たかくわ すみお、1903年6月4日 - 1979年5月21日)は、日本の哲学者、思想評論家。 東京女子医科大学教授、愛知大学教授を歴任。 奈良県出身。上智大学文学部哲学科卒。1940年陸軍士官学校教授。中世スコラ哲学を研究するが、戦後唯物論哲学に転じ主体性論争で活躍。 1965年原水爆禁止国民会議事務局長。