早野 元詞(はやの もとし 1982年 - )は、日本の生命… 早野 元詞(はやの もとし 1982年 - )は、日本の生命科学者。 熊本大学理学部生物科学科卒業、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻修士課程修了、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻博士課程修了。 博士(生命科学)。 不老不死の研究を行っている人物である。不老不死に関する書籍がベストセラーになったハーバード大学教授であるデビッド・アンドリュー・シンクレアの研究室で2013年より研究員を行ってきた。2023年の記事では、あと20年で若返りも夢ではなくなり、人間は250歳まで生きられるようになるだろうとしている。 老化というのは何であるか、そして老化を抑えることができるようになる研究を行っている。
安高 啓明(やすたか ひろあき、1978年6月11日 - )… 安高 啓明(やすたか ひろあき、1978年6月11日 - )は、日本の歴史学者、博物館学者。熊本大学准教授。 長崎県長崎市生まれ。1997年に長崎県立長崎東高等学校、2001年に中央大学文学部史学科卒業。2007年に同大学院文学研究科博士後期課程修了、「江戸時代長崎司法体制の研究」で博士(史学)。西南学院大学博物館学芸員を経て、熊本大学人文社会科学研究部准教授。2015年「実践的博物館学の研究」で西南学院大学博士(国際文化)。2010年「非常勤学芸員に関する諸問題」で公益財団法人日本博物館協会から棚橋賞を受賞。 2024年3月1日、熊本大学は安高が執筆した歴史学関係の論文「熊本藩の同国認識と潘法形成:幕僚天草を事例に」で、指導学生の先行研究を故意に引用しない不正行為を認定したと発表した。
山田 高誌(やまだ たかし、1977年 - )は、日本の音楽… 山田 高誌(やまだ たかし、1977年 - )は、日本の音楽学者、専門は西洋音楽史、特に18世紀イタリアのオペラ/劇場史。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。兵庫県出身。イタリア学会評議員など。 イタリア国立バーリ音楽院付属音楽研究所“カーサ・ピッチンニ”客員研究員、日本学術振興会特別研究員DC2、2006~2008年度日本学術振興会特別研究員SPD(東京芸術大学音楽学部)、2008年度よりトスカーナ・オペラ・アカデミー「ドメニコ・チマローザ」(在コルトーナ市)学術委員、2009年度日本学術振興会海外特別研究員(バーリ音楽院付属音楽研究所"カーサ・ピッチンニ" Dinko Fabris教授)、2010年4月より大阪大学大学院文学研究科芸術学講座(音楽学)助教、神戸女学院大学大学院音楽研究科非常勤講師を経て、2014年4月より熊本大学教育学部音楽教育学科専任講師、2015年同学部准教授。
内藤 大海(ないとう ひろみ、1976年3月)は、日本の法学… 内藤 大海(ないとう ひろみ、1976年3月)は、日本の法学者(刑事法)。熊本県八代市出身。熊本大学法学部市民法学教授。研究テーマは、人文・社会・刑事法学。
守 啓祐(もり けいすけ 1962年8月21日 - )は、日… 守 啓祐(もり けいすけ 1962年8月21日 - )は、日本の工学者。博士(工学)。北海道情報大学教授。専門はヒューマンコンピュータインターラクション、音声情報処理、画像情報処理、医用情報処理、教育工学、コンピュータネットワーク、ゲーム(理論)プログラミング、組み込み機器。福岡県出身。
村上 恭通(むらかみ やすゆき、1962年 - )は、日本の… 村上 恭通(むらかみ やすゆき、1962年 - )は、日本の考古学者、愛媛大学教授。 熊本県生まれ。1986年熊本大学文学部史学科卒業、1991年広島大学大学院文学研究科考古学博士課程単位取得退学。1991年名古屋大学文学部助手、1994年愛媛大学法文学部助教授、2005年教授、2007年同東アジア古代鉄文化研究センター教授。2003年「古代国家成立過程の鉄器生産史研究」で文学博士(広島大学)。
宮崎 隆文 (みやざき たかふみ、1962年 - ) は、日… 宮崎 隆文 (みやざき たかふみ、1962年 - ) は、日本の化学者。学位は学術博士(熊本大学)。富山大学理学部助手、愛媛大学工学部助教授、愛媛大学准教授、愛媛大学教授、岡山大学教授などを歴任した。 1962年、佐賀県生まれ。父は国家公務員(叙勲)で、厳格な家庭で育った。野球で体力作り、児童会長(小学校)、生徒会長(中学校)を務めた。生徒会長選出時は在校生7割以上の得票で新聞にも掲載された。 有機半導体、無機‐有機錯体、有機/無機超電導体、層状/層間化合物、金属複合酸化物、金属内包フラーレンなどの極低温(1K以下)~高温(1,500℃以上)、超高真空(10‐10以下)~超高圧(50GPa以上)の幾何構造や電子構造、超電導性を研究した。
山口 意友(やまぐち おきとも、1961年(昭和36年)2月… 山口 意友(やまぐち おきとも、1961年(昭和36年)2月6日 - )は、日本の教育哲学者、教育倫理学者。玉川大学名誉教授。同大教育学部教育学科通信教育課程教授などを歴任。 福岡県甘木市(現・朝倉市)出身。熊本大学文学部卒業。九州大学大学院博士課程単位取得満期退学。純真短期大学教授を経て、2009年4月より玉川大学通信教育部教育学部教育学科教授。2017年4月より、玉川大学教育学部教育学科通信教育課程教授。2026年3月末に退職し、翌4月に同大名誉教授。 評論家である宮崎哲弥の新書ガイド「新書365冊」において、著書である『正義を疑え!』がベストの評価を受けた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
田頭 章一(たがしら しょういち、1961年 - )は、日本… 田頭 章一(たがしら しょういち、1961年 - )は、日本の法学者。専門は倒産法。上智大学法学部長・教授。元日本民事訴訟法学会理事。元法務省司法試験考査委員。 1983年熊本大学法学部卒業。1989年神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得退学、岡山大学法学部助手。1990年岡山大学法学部助教授。1991年コーネル大学ロースクール客員研究員。1998年岡山大学法学部教授。2001年上智大学法学部教授。2004年上智大学大学院法学研究科教授。2008年法務省司法試験考査委員(倒産法)。2009年東京地方裁判所委員会委員。2016年日本民事訴訟法学会理事。2023年上智大学法学部長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
西谷 大(にしたに まさる、1959年 - )は、日本の考古… 西谷 大(にしたに まさる、1959年 - )は、日本の考古学者、国立歴史民俗博物館教授・館長。専門は中国考古学。 京都府生まれ。1984年熊本大学文学部史学科卒、1986年同大学院文学研究科修士課程修了(考古学専攻)単位取得退学。天津師範大学、中山大学人類学系留学を経て、1989年国立歴史民俗博物館助手となる。2004年助教授、2007年准教授、2012年教授、2020年館長。総合研究大学院大学文化科学研究科日本歴史研究専攻教授併任。 主として中国の人と自然と食の関係について研究している。1999年より中国・海南島のリー族の村で、また2003年からは雲南省紅河哈尼族彝族自治州でも、棚田や市場を中心とした自然利用の調査をおこなっている。
山本 進(やまもと すすむ、1959年 - )は、日本の中… 山本 進(やまもと すすむ、1959年 - )は、日本の中国史学者、北九州市立大学教授。 滋賀県生まれ。1984年熊本大学文学部史学科卒。1989年名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。1991年北九州大学商学部専任講師、1993年北九州市立大学経済学部助教授、2006年外国語学部教授。2001年「明清時代の商人と国家」で名古屋大学博士(歴史学)。
松岡 雅雄(まつおか まさお、1957年5月 - )は、日本… 松岡 雅雄(まつおか まさお、1957年5月 - )は、日本の医学者、京都大学名誉教授。元京都大学ウイルス研究所教授。現在は熊本大学病院 副院長・中央検査部長。医学博士。
古賀 震(こが しん、1957年 - )は、日本の医師、医学… 古賀 震(こが しん、1957年 - )は、日本の医師、医学者(内科学・血液病学・凝固線溶学・腫瘍免疫学・膠原病学・アレルギー病学・感染症学)。医学博士(熊本大学・1991年)。静岡県立大学教授等を経て、公益財団法人SBS静岡健康増進センター所長。 コロンビア大学医学部研究員、熊本大学医学部第二内科医員、宮崎医科大学医学部講師、天草中央総合病院血液免疫内科部長、和歌山県立医科大学医学部助教授、静岡県立大学短期大学部第一看護学科教授、静岡県立大学学長補佐、静岡県立大学短期大学部看護学科教授、静岡県立大学短期大学部附属図書館館長、静岡県立大学健康支援センター分所長などを歴任。 福岡県出身。熊本大学に進学し、医学部にて学んだ。
松村 保広(まつむら やすひろ、1955年1月20日 - )… 松村 保広(まつむら やすひろ、1955年1月20日 - )は、日本の医学者。国立がん研究センター先端医療開発センター 新薬開発分野 分野長を務める。熊本県人吉市出身。 1986年に高分子薬剤が選択的にがん局所に留まりやすい現象である「EPR効果 (Enhanced Permeability and Retention effect)」を、前田浩と共に提唱した。また、がん間質にデリバリーし、不溶性フィブリン上で抗がん剤をリリースして、がんと腫瘍血管両方を攻撃するがん間質ターゲティング (CAST: CAncer Stromal Targeting) 療法を開発した。
鶴嶋 俊彦(つるしま としひこ、1955年 - )は、日本の… 鶴嶋 俊彦(つるしま としひこ、1955年 - )は、日本の考古学者、博士。 熊本県熊本市生まれ。熊本県立鹿本高等学校、1977年駒澤大学文学部地理学科卒業。1979年同大学大学院人文科学研究科地理学専攻修士課程修了、熊本県教育庁埋蔵文化財調査員。1985年に人吉市教育委員会入庁し学芸員。熊本県教育委員会、多良木町教育委員会などで荒毛遺跡、願成寺文書などの文化財調査に従事。人吉城跡の調査や史跡保存整備、青井阿蘇神社の国宝指定などの文化財の保存活用に関わる。 2002年4月、新設の熊本大学大学院社会文化科学研究科博士課程文化学専攻入学(第1期生)。2005年3月、同大学院修了。論文「戦国大名の領域支配と城郭」で文学博士の学位を取得。
安東 由喜雄(あんどう ゆきお、1953年7月9日 - )は… 安東 由喜雄(あんどう ゆきお、1953年7月9日 - )は、大分県別府市出身の熊本大学大学院医学薬学研究部、元神経内科学教授。元熊本大学医学部長・大学院生命科学研究部長 現在は杉村病院総長 杉村病院アミロイドーシス診療・研究サポートセンター長、長崎国際大学薬学部アミロイドーシス病態解析学研究所 特任教授、熊本大学名誉教授、熊本大学客員教授。
坂口 光晴(さかぐち みつはる、1953年 - )は、日本の… 坂口 光晴(さかぐち みつはる、1953年 - )は、日本の理学療法士、保健学者(リハビリテーション科学・福祉工学)。学位は修士(経営学)(浜松大学・2005年)。佛教大学保健医療技術学部准教授。 東京都立養育院附属病院理学療法士、浜松医科大学医学部附属病院理学療法士、磐田市立総合病院理学療法士、はまなこ病院リハビリテーション部部長、常葉学園医療専門学校教頭、佛教大学保健医療技術学部助教授などを歴任した。 愛知県出身のリハビリテーション科学や福祉工学を専攻する保健学者である。浜松リハビリテーション研究会を結成し、長年にわたって理学療法士や作業療法士らの技術の向上を図るなど、静岡県や愛知県の医療の維持発展に力を尽くした。
内村 圭一(うちむら けいいち、1951年 - )は日本の情… 内村 圭一(うちむら けいいち、1951年 - )は日本の情報工学者、専門は図書館情報学や人文社会情報学、社会システム工学など。元熊本大学教授。 熊本県出身。熊本県立玉名高等学校を経て熊本大学工学部を卒業した。その後、東北大学大学院で学び、工学博士号を授与されている。 熊本大学工学部の教員となり、講師や助教授などを歴任後、熊本大学工学部の教授となった。 最終ポストは熊本大学大学院先端科学研究部知能情報工学専攻部門の教授だった。 2017年3月に定年を迎え、熊本大学を退官した。 また、2014年には電子情報通信学会から論文賞を受けている。
松木 邦裕(まつき くにひろ、1950年11月6日 - )は… 松木 邦裕(まつき くにひろ、1950年11月6日 - )は、日本の医学者・精神科医・精神分析家。京都大学名誉教授。
満屋 裕明(みつや ひろあき、1950年<昭和25年>8月9… 満屋 裕明(みつや ひろあき、1950年<昭和25年>8月9日 - )は、日本のウイルス学者。国立国際医療研究センター研究所長。熊本大学特別招聘教授。アメリカ国立がん研究所(NCI)内科療法部門レトロウイルス感染症部部長。HIV治療薬の研究を行っている。獨協医科大学特任教授。 1985年、バローズ・ウェルカム(現グラクソ・スミスクライン)社の抗レトロウィルス薬の抗がん剤「AZT」が世界初のHIV治療薬にもなることを、アメリカ国立がん研究所の上司であったサミュエル・ブロダーおよび同僚のロバート・ヤーショアン(en:Robert Yarchoan)とともに発見した。同年にAZT開発について論文発表をしたが、アメリカでの特許は、実験に協力していたバローズ・ウェルカム社が、ブロダーや満屋らに無断で取得してしまった。
森 正人(もり まさと、1948年9月9日- )は、日本の中… 森 正人(もり まさと、1948年9月9日- )は、日本の中世日本文学研究者、熊本大学名誉教授。尚絅大学・尚絅大学短期大学部学長。 鹿児島県日置郡金峰町(現南さつま市)出身。1971年熊本大学法文学部文学科卒、1976年東京大学大学院国文学専攻博士課程中退、愛知県立大学専任講師、助教授、82年日本古典文学会賞受賞(「説話形成と天竺・震旦仏法史」ほか一連の『今昔物語集』研究に)。熊本大学助教授をへて教授。2014年定年退任、名誉教授。2015年、尚絅大学・尚絅大学短期大学部学長に就任。 『今昔物語集』など中古・中世の説話を研究する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
谷口 功(たにぐち いさお、1947年10月24日 - ) … 谷口 功(たにぐち いさお、1947年10月24日 - ) は、日本の化学者。専門は電気化学、生物電気化学。熊本大学学長、国立高等専門学校機構理事長、国際電気化学会日本代表、日本工学アカデミー副会長、日本化学会副会長、国立大学協会副会長などを歴任した。 奈良県奈良市出身。1963年奈良女子大学文学部附属中学校卒業。1966年奈良女子大学文学部附属高等学校卒業。1970年東京工業大学(のちの東京科学大学)理工学部応用化学課程卒業。1972年同大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。1975年同博士課程修了、工学博士、東京工業大学大学院理工学研究科博士研究生、東京工業大学工学部附属工業高等学校専攻科非常勤講師。
渡辺 一徳(わたなべ かずのり、1943年7月5日 - 20… 渡辺 一徳(わたなべ かずのり、1943年7月5日 - 2022年1月24日)は、日本の地質学者。 専門は自然災害科学で、主に阿蘇山の研究を手がけた。 熊本県和水町出身。熊本県立玉名高等学校を経て熊本大学教育学部卒業。農業高校の理科教諭をへて1972年に母校の熊本大学教育学部の講師、助教授、教授を歴任した。定年退官の際には名誉教授となっている。 その後は、阿蘇火山博物館の学術顧問を死去まで務めていた。
岩政 輝男(いわまさ てるお、1942年(昭和17年)2月2… 岩政 輝男(いわまさ てるお、1942年(昭和17年)2月25日 - 2019年(令和元年)6月8日)は、日本の医学者。琉球大学第15代学長。専門は病理学。 1942年(昭和17年)2月25日、山口県下関市出身。1966年(昭和41年)4月に熊本大学医学部を卒業。1972年(昭和47年)に医学博士号を取得し、1976年(昭和51年)11月に熊本大学医学部助教授となる。 1984年(昭和59年)4月に琉球大学医学部教授に着任。2000年(平成12年)4月から医学部長、2005年(平成17年6月)から副学長、財務・施設・医療担当理事を歴任した後、2007年(平成19年)6月から2013年(平成25年)まで琉球大学第15代学長を務めた。
三池 輝久(みいけ てるひさ、1942年 - )は、日本の小… 三池 輝久(みいけ てるひさ、1942年 - )は、日本の小児科医、熊本大学名誉教授。小児科専門医。小児神経科専門医。 熊本県生まれ。1968年熊本大学医学部卒業、1984年医学博士。1977~1980年米国ウエスト・ヴァージニア州立大学留学、熊本大学医学部小児発達学講師、助教授をへて、1984年教授、2003年熊本大学医学部附属病院長を経て、2008年定年退任、名誉教授。日本小児神経学会理事長、日本発達神経科学学会理事長、兵庫県立リハビリテーション中央病院子どもの睡眠と発達医療センター長、先端医療センター研究所上席研究員、アートチャイルドケア顧問、熊本県玉名地域保健医療センター医師。睡眠を専門とする。
石原 高文(いしはら たかふみ、1941年〈昭和16年〉7月… 石原 高文(いしはら たかふみ、1941年〈昭和16年〉7月8日 - )は、日本の薬理学者、医学博士。 熊本県熊本市東区小山出身。 実家である小山諏訪神社がある熊本県熊本市東区小山学区の熊本市立託麻東小学校を経て熊本市立東部中学校を卒業、県立高等学校を卒業後に熊本大学薬学部と熊本大学大学院の医学研究科博士課程と薬学研究科博士課程を卒業。 熊本大学大学院の医学研究科と薬学研究科に在籍のち大塚製薬など製薬会社で勤務、勲二等瑞宝章を受章し日本薬理学会名誉会員や日本薬学会有功会員である熊本大学薬学部名誉教授の加瀬佳年(1917年3月26日-2003年1月25日)から声が掛かり、1982年から教授と共に大阪山崎のサントリー生物医学研究所にて研究に携わる。
相田 洋(そうだ ひろし、1941年5月16日 - )は、日… 相田 洋(そうだ ひろし、1941年5月16日 - )は、日本の中国研究者、福岡教育大学名誉教授。 中華民国河北省張家口市生まれ。1964年熊本大学法文学部卒、1973年東京教育大学大学院博士課程満期退学、福岡教育大学講師、1975年助教授、1983年教授、2001年定年退官、名誉教授、青山学院大学教授。2012年退職。
上村 直己(かみむら なおき、1939年(昭和14年)-)は… 上村 直己(かみむら なおき、1939年(昭和14年)-)は、日本のドイツ学者、比較文化学者。学位は、博士(文学)。ドイツ学史および日独文化交流史が専門。熊本大学名誉教授。 鹿児島県出身。言語学者上村孝二鹿児島大学名誉教授の二男。兄は、比較文学者の上村和也(鹿児島大学名誉教授)。 幼少期、父・孝二の鹿児島県師範学校赴任にともない満洲国から鹿児島市へ移る。鹿児島県立甲南高等学校卒業。九州大学文学部ドイツ文学科卒業。九州大学文学研究科ドイツ文学専攻博士課程中退。富山大学助教授(ドイツ語)の後、熊本大学教養部教授を経て、1997年(平成9年)の教養部解体にともない熊本大学文学部教授(地域科学科空間地理学講座所属)。
首藤 基澄(しゅとう もとすみ、1937年1月17日- )は… 首藤 基澄(しゅとう もとすみ、1937年1月17日- )は、日本の文学研究者、文芸評論家、熊本大学名誉教授。平成音楽大学教授。日本近代文学が専攻。 大分県大野町生まれ。熊本大学法文学部卒、東京都立大学 (1949-2011)大学院博士課程中退。1977年「近代詩人の研究」で、東京都立大学から文学博士を取得。別府大学講師、熊本大学教養部助教授を経て、1975年に教授。2002年、定年退官、名誉教授。 俳句では『未来図』(鍵和田秞子)に所属。
東 孝行(ひがし たかゆき、1933年12月 - 2018年… 東 孝行(ひがし たかゆき、1933年12月 - 2018年2月21日)は、日本の法学者。専門は民事系(民法・民事訴訟法)。熊本県出身。 1933年12月熊本県生まれ。元久留米大学法科大学院法務研究科教授・法学博士(神戸大学)。元判事・久留米大学法科大学院法務研究科初代研究科長(2004.4-2007.3)。神戸大学大学院時代は、柚木馨に師事した。裁判官が民事裁判において作られる「手控え」と呼ばれるものを、「訴訟メモ」と称して、要件事実の整理に用いることを提唱している。 以後、大阪地裁、大阪高裁を中心に、福岡、岡山、秋田(大館支部)、甲府、長崎(佐世保支部)等勤務 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
宮本 俊助(みやもと しゅんすけ、1933年(昭和8年)4月… 宮本 俊助(みやもと しゅんすけ、1933年(昭和8年)4月5日 - )は、日本の工学者。元徳島工業短期大学学長。阿南工業高等専門学校名誉教授。 熊本大学工学部電気工学科卒業。徳島県出身。 徳島県出身。1957年(昭和32年)に熊本大学工学部電気工学科を卒業。 大学卒業後は、1965年(昭和40年)まで熊本電波工業高等専門学校(現在の熊本高等専門学校)の教官を務め、同年より阿南工業高等専門学校の教官となり、同校で助教授・教授を経て、1997年(平成9年)の退官に伴い名誉教授に就任。 阿南工業高等専門学校の退官後は徳島工業短期大学で学長を務めた。 近藤安次郎 1943-1990 | 近藤吉克 1990-2009 | 近藤孝造 2009-2022 | 和田博文 2022-現在 近藤安次郎 | 濱田實 | 宮本俊助 | 近藤康夫 | 山本哲彦 2007-2013 | 宮城勢治 2013-2021 | 多田博夫 2021-現職 徳島工業短期大学の人物一覧 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
松本 寿三郎(まつもと すみお、1932年(昭和7年) - … 松本 寿三郎(まつもと すみお、1932年(昭和7年) - )は、日本の歴史学者、熊本大学名誉教授。 朝鮮釜山に生まれる。1955年熊本大学法文学部史学科卒業。熊本大学文学部助教授、教授、1998年定年退官、名誉教授、崇城大学工学部教授、退職。
緒方 博丸(おがた ひろまる、1931年1月17日 - 20… 緒方 博丸(おがた ひろまる、1931年1月17日 - 2023年3月18日)は、日本の医学者・麻酔科医。獨協医科大学名誉教授。学位は、医学博士(東京大学)。
魚津 郁夫(うおづ いくお、1931年(昭和6年) - )は… 魚津 郁夫(うおづ いくお、1931年(昭和6年) - )は、日本の哲学者。熊本大学名誉教授。プラグマティズム研究の第一人者とされる。 和歌山県出身。1953年東京大学文学部哲学科卒。1959年東京大学人文科学研究科博士課程修了。岩崎武雄に学ぶ。ハーバードでプラグマティズムを学んだ鶴見俊輔を事実上のリーダーとし、母校旧制田辺中学(現在の和歌山県立田辺中学校・高等学校)の社会科の元教諭でプラグマティストである上山春平も在籍していた思想集団、思想の科学研究会に、東大時代の友人 後藤宏行とともに入会。同研究会で共同研究「転向」等に参加した。1959年熊本大学講師。1970年熊本大学教授。1996年同大学定年退官。
青木 謙一郎(あおき けんいちろう、1930年 <昭和5年>… 青木 謙一郎(あおき けんいちろう、1930年 <昭和5年> 9月19日 - 2009年 <平成21年> 2月28日)は、日本の地球科学者。専門は岩石学。理学博士。東北大学名誉教授。位階は従四位。 1953年、熊本大学理学部地学科卒業、1959年、東北大学大学院理学研究科地学専攻博士課程修了。東北大学 理学博士 「壱岐島及び東松浦地域のアルカリ岩の岩石学的研究」。 1973年から1994年に退官するまで東北大学理学部教授。カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所客員研究員、ニューメキシコ大学客員教授、パリ大学客員教授を務め、また、日本岩石鉱物鉱床学会会長、日本火山学会会長、日本学術会議会員を歴任した。
津末 昭生(つすえ あきお、1928年9月24日 - 199… 津末 昭生(つすえ あきお、1928年9月24日 - 1995年6月10日)は、日本の地球科学者。専門は鉱床学。熊本大学教授。東京都港区出身。祖父は衆院議員の津末良介。 成蹊高等学校から東京大学へ入学。1954年、理学部地学科(地質学課程)を卒業。鉱床学の渡辺武男教授の指導を受けて大学院に進み、1960年、博士課程を修了(理学博士)、「岩手県釜石鉱山地方の接触交代型鉄、銅鉱床について 」。 理学部地質学教室助手となる。ただちに米国のコロンビア大学・プリンストン大学に留学し、1963年復職。 1970年、熊本大学理学部助教授、1973年、教授となる。1994年、停年退官。この間、1990年から1992年は理学部長を務める。
蟻田 功(ありた いさお、1926年5月15日 - 2023… 蟻田 功(ありた いさお、1926年5月15日 - 2023年3月17日)は、日本の医学者。天然痘の撲滅に尽力した。 熊本県熊本市生まれ。旧制熊本中学、熊本医科大学(現・熊本大学医学部)卒業。 臨床医を経て、1950年に厚生省(現・厚生労働省)に医系技官として入省した。 1962年からWHOアフリカ事務局員としてリベリアに赴任し、天然痘の対策に尽力した。 1977年にはWHOの世界天然痘根絶対策本部長に就任。最後の流行地ソマリアでは紛争の中ワクチン接種を続け、1980年の天然痘根絶宣言につなげた。 1985年に帰国後、国立熊本病院(現・国立病院機構熊本医療センター)院長に就いた。 1988年に日本国際賞を受賞している。
関谷 定夫(せきや さだお、1925年12月26日 - 20… 関谷 定夫(せきや さだお、1925年12月26日 - 2017年6月11日)は、日本の聖書学者。西南学院大学名誉教授、旧約聖書学・聖書考古学専攻。 東京出身。1945年旧制福岡高等学校卒業。1949年旧制熊本医科大学卒業。1952年西南学院大学神学専攻卒業。西南学院大学講師、助教授、1969年教授。1968-1969年、イスラエル・ヘブライ大学に学ぶ。1970年西南学院大学神学部長(1978年再任)。1996年定年、名誉教授。 1970-1975年日本基督教学会理事。1983-1995年、西日本宗教学会理事。日本イスラエル文化研究会理事。
伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20… 伊佐 二久(いさ つぐひさ、1922年(大正11年)9月20日 - )は、日本の陸軍軍人、医師、医学者、著作家。太平洋戦争に従軍した後に医師となり、国際協力事業団にも参加するなどして各国の医療事情を調査した。筆名としては伊佐 三休(いさ さんきゅう)の名も用いている。 1922年、福岡県小倉市に生まれる。幼くして朝鮮の龍山に渡り、6歳まで同地で過ごした。福岡県甘木小学校、久留米市金丸小学校を経た後、中学明善校(福岡県立明善高等学校の前身の1つ)1年を修了する。1936年(昭和11年)に広島陸軍幼年学校へ入学(第40期)、1938年(昭和13年)には陸軍予科士官学校へと進み(第55期)、翌年には歩兵第26聯隊へ士官候補生隊付として配属され、満州国・チチハル駐屯並びにソ満国境のハンダガイの守備に従事した。
入鹿山 且朗(いるかやま かつろう、旧名・入鹿山 勝郎、19… 入鹿山 且朗(いるかやま かつろう、旧名・入鹿山 勝郎、1906年(明治39年)3月10日 - 1977年(昭和52年)9月27日)は、日本の医学者・衛生学者。熊本大学名誉教授。水俣病の原因物質特定に貢献した。専門は気候衛生学、疫学、食品衛生。医学博士。 1906年、鹿児島県日置郡吉利村(現・日置市)に生まれる。祖父は小松帯刀の侍医で、父も医者。鹿児島県立第二鹿児島中学校 (旧制)、静岡高等学校 (旧制)を経て、1932年京都帝国大学医学部卒業。戸田正三教授の衛生学に入室。1936年11月、「衣服の熱学的研究」で京都帝国大学より医学博士。 1936年11月、大阪市立衛生研究所に入る。1938年の厚生省発足と同時に入局して衛生局技官。
谷口 弥三郎(たにぐち やさぶろう、1883年(明治16年)… 谷口 弥三郎(たにぐち やさぶろう、1883年(明治16年)8月13日 - 1963年(昭和36年)8月19日)は、日本の政治家、産婦人科医師、医学者。熊本県立医学専門学校(現熊本大学)教授、久留米大学長。日本医師会会長、参議院議員(3期)。「不良な子孫の出生を防止する」として、太田典礼、加藤シヅエに一時提携をもちかけながらその影響を排除しつつ、福田昌子らと共に優生保護法の成立に深く関わった。また、熊本県におけるハンセン病患者隔離政策の中心人物である。 1883年(明治16年)8月13日、香川県三豊郡大野原町(現観音寺市)に生れる。1902年(明治35年)に私立熊本医学校(現・熊本大学医学部)を卒業。
木島 孝之(きじま たかし)は、日本の建築史家。九州大学大学… 木島 孝之(きじま たかし)は、日本の建築史家。九州大学大学院人間環境学研究院都市・建築学部門計画環境系助教。専門は、日本建築史・日本城郭史。博士(工学)。博士論文の題は「近世初頭西南地域における本城・支城の縄張り構造」。 熊本大学工学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了、九州大学大学院博士課程修了。北九州市文化財保護審議委員、宗像市文化財保護審議委員などを務める。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
上野 文男(うえの ふみお)は、日本の制御工学者。 熊本県立… 上野 文男(うえの ふみお)は、日本の制御工学者。 熊本県立玉名高等学校を経て熊本大学工学部を卒業後、九州大学大学院を修了した。大学院終了後の1974年から熊本大学工学部に勤務し、講師、助教授、教授を歴任したのち工学部長に就任した。また、情報センター長や評議員も務めた。 熊本大学を退官後は熊本大学名誉教授となり、崇城大学の教授に転じた。崇城大学でも名誉教授となっている。 1994年から2001年まで、熊本電波工業高等専門学校校長を務めた。
坂口 秀哉(さかぐち ひでや)は、日本の研究者、医学者(神経… 坂口 秀哉(さかぐち ひでや)は、日本の研究者、医学者(神経内科医)。 熊本県に生まれる。熊本県立玉名高等学校、熊本大学医学部、京都大学大学院医学研究科修了。 2008年より熊本大学医学部附属病院・研修医、2012年より理化学研究所・発生再生化学総合研究センター・リサーチアソシエイト、2016年より京都大学iPS細胞研究所特定研究員などを経て2020年より理化学研究所・上級研究員(研究リーダー)を務めている。
連川 貞弘(つれかわ さだひろ)は、日本の工学者。専門は材料… 連川 貞弘(つれかわ さだひろ)は、日本の工学者。専門は材料科学・工学。 熊本県立玉名高等学校をへて、1985年熊本大学工学部金属工学科卒業。1987年九州大学大学院総合理工学研究科 材料開発工学専攻 修士課程修了。 1990年より九州大学助手、1997年より東北大学助教授、2008年より熊本大学教授に就任。 2018年熊本大学工学部副工学部長、2020年に工学部長兼大学院自然科学教育部長に就任した。
松永 信智(まつなが のぶとも)は日本の制御工学者。熊本大学… 松永 信智(まつなが のぶとも)は日本の制御工学者。熊本大学教授。 研究分野は機械力学やものづくり技術などである。 熊本県立玉名高等学校を経て熊本大学工学部を卒業した。熊本大学大学院工学研究科を修了後の1993年にオムロンに入社した。オムロンではメカトロニクス制御機器やプロセス制御機器の開発などに従事した。 その後、2003年から母校である熊本大学の助教授となった。2012年には教授に昇格した。
本里 義明(もとざと よしあき)は、日本の工学者。熊本大学名… 本里 義明(もとざと よしあき)は、日本の工学者。熊本大学名誉教授。専門はイオン工学。 熊本県に生まれる[要出典]。 熊本県立玉名中学校(現・熊本県立玉名高等学校・附属中学校、1936年卒業)、旧制第五高等学校を経て、[要出典]1942年に京都帝国大学工学部を卒業した。 1944年に旧制熊本工業専門学校の教授に就任した。同校は学制改革により熊本大学工学部となる。本里も1953年に熊本大学教授に移った。1970年からは工学部長を務め、1985年に定年退官して名誉教授となった。この間、1951年に京都大学より工学博士号を取得している。 大学退職後は熊本市で技術コンサルタントを営んだ。
石川 吉伸(いしかわ よしのぶ)は、日本の化学者、薬学者(医… 石川 吉伸(いしかわ よしのぶ)は、日本の化学者、薬学者(医薬分子設計学・計算化学・生物無機化学)。学位は、博士(薬学)(熊本大学・1998年)。静岡県立大学薬学部准教授・大学院薬学研究院准教授を経て、現在、湘南医療大学薬学部医療薬学科教授。 山口大学医学部附属病院薬剤部技術補佐員、デラウェア大学博士研究員、熊本大学大学院医学薬学研究部講師などを歴任した。 熊本大学の薬学部薬学科にて薬学を学ぶ。1992年3月に熊本大学を卒業すると、そのまま大学院に進学し、1994年3月に薬学研究科の博士前期課程を修了した。同年6月から1995年3月まで、東京工業大学資源化学研究所にて研究生として研究を続けた。1998年3月、熊本大学大学院にて薬学研究科の博士後期課程を修了し、博士(薬学)の学位を取得した。
岩尾 康範(いわお やすのり)は、日本の薬学者(製剤設計・D… 岩尾 康範(いわお やすのり)は、日本の薬学者(製剤設計・DDS・薬物動態学・イオン液体科学・フリーラジカル)。学位は、博士(薬学)(熊本大学・2006年)。和歌山県立医科大学薬学部教授。 熊本大学大学院医学薬学研究部教務補佐員、財団法人日本公定書協会リサーチ・レジデント、財団法人ヒューマンサイエンス振興財団リサーチ・レジデント、静岡県立大学薬学部准教授などを歴任した。 熊本大学に進学し、薬学部の薬科学科にて学んだ。その後、熊本大学の大学院における博士前期課程を修了した。そのまま博士後期課程に進んだが、熊本大学の大学院に研究部・教育部制が導入されたため、従来の薬学研究科の教育部門が改組され発足した薬学教育部にて学んだ。
田中 健之(たなか たけし)は、日本の医師、医学者。専門は感… 田中 健之(たなか たけし)は、日本の医師、医学者。専門は感染症学、臨床感染症学、呼吸器感染症、結核、薬剤耐性菌(AMR)、感染制御、血管透過性亢進病態。長崎大学熱帯医学研究所教授、長崎大学病院総合感染症科・国際感染症予防診療センターセンター長を務める。 佐世保市出身。2002年に熊本大学医学部を卒業後、長崎大学病院感染症内科(熱研内科)に入局。長崎大学大学院医歯薬学総合研究科にて博士(医学)を取得した。米国での研究留学を経て、長崎大学病院で診療・研究・教育に従事。感染制御教育センター講師・准教授などを歴任し、2025年10月よりの長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野教授に就任した。 臨床感染症を基盤とし、結核や薬剤耐性菌(AMR)、重症感染症の病態解明と治療開発に取り組んでいる。