暁 千華(あかつき せんか、2006年3月30日 - )は、… 暁 千華(あかつき せんか、2006年3月30日 - )は、日本の女性プロレスラー。石川県加賀市出身。Marvelous所属。 リングネームは「千の種から千の華が咲く」との意味を持つ。 9歳のときに見た尾崎魔弓vs下田美馬戦をきっかけに全日本女子プロレスのYouTube動画を見漁るようになる。中学卒業後にプロレスラーになろうと考えるが両親に説得され小松市立高校に進学。2年生の冬にマーベラスに出向きトレーニングを教えてもらい、部活(吹奏楽部)終わりにジムでメニューをこなすようになる。 2024年3月、マーベラスに入門、入門時の体重は78kgで先輩たちには増量したかと思われたが単なる食べすぎであった。
中山 夏月姫(なかやま なつめ、2005年7月20日 - )… 中山 夏月姫(なかやま なつめ、2005年7月20日 - )は、日本の歌手、アイドル。女性アイドルグループOCHA NORMAのメンバー。 石川県加賀市出身。アップフロントプロモーション所属。ハロプロ研修生加入前は、中山 なつめ名義でアイドルグループSweetガールのメンバーとして活動していた。 2023年5月より加賀温泉郷観光大使を務める。 音楽プロデューサー : つんく♂ 吉田光里・服部琉愛 | 坂本葵花・根本花凛・宮﨑理帆・大野愛莉・樋口愛海・染谷彩良 | 青木優奈 | 鈴木琴美・斎藤ゆり夏・岸田桃果・田村梛々・長井莉依那・坂田しおり・佐藤絢音・苅部咲良・佐伯詩春 | 山本はな リンリン(8期(留学生)) | 譜久村聖(9期) | 工藤遥(10期) | 小田さくら(11期) | 牧野真莉愛・羽賀朱音(12期) | 加賀楓・横山玲奈(13期) | 山﨑愛生(15期) | 杉原明紗・鈴木もあ・石川華望(18期) 和田彩花・前田憂佳・福田花音・小川紗季(1期) | 竹内朱莉・勝田里奈(サブ→2期) | 室田瑞希・佐々木莉佳子・相川茉穂(3期) | 笠原桃奈(5期) | 船木結・川村文乃(6期) | 太田遥香(7期) | 橋迫鈴(8期) | 為永幸音(9期) | 平山遊季(10期) | 後藤花・下井谷幸穂(11期) | 長野桃羽(12期) 宮本佳林・高木紗友希・植村あかり・金澤朋子 | 段原瑠々・梁川奈々美 | 稲場愛香 | 工藤由愛・松永里愛 | 井上玲音 | 江端妃咲・有澤一華 | 石山咲良 | 川嶋美楓 | 林仁愛 稲場愛香・山木梨沙 | 船木結・梁川奈々美 浜浦彩乃・田口夏実・小川麗奈・野村みな美・和田桜子・藤井梨央・広瀬彩海・井上玲音 山岸理子・岸本ゆめの・新沼希空・浅倉樹々・小片リサ・谷本安美 | 小野田紗栞・小野瑞歩・秋山眞緒 | 豫風瑠乃 | 西村乙輝 一岡伶奈・西田汐里・島倉りか・江口紗耶
東出 直也(ひがしで なおや、2003年5月24日 - )は… 東出 直也(ひがしで なおや、2003年5月24日 - )は、石川県加賀市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 加賀市立片山津中学校時代は加賀ボーイズでプレーし、主将を務めた。小松大谷高等学校では、1年夏からベンチ入りを果たし、石川県大会で負傷した正捕手に代わりマスクを被るが、決勝戦で奥川恭伸をエースに有する星稜高校に9回同点の場面から満塁本塁打を打たれて敗れる。この頃から、「名捕手への道のりノート」と題するノートを作り、野球に関することを書き記すようになる。 3年夏の第103回全国高等学校野球選手権大会では、同校36年ぶりの甲子園出場に貢献した。1回戦で高川学園にサヨナラ負けをしたが、3番捕手として3安打2打点の活躍を見せた。
宮西令奈(みやにし れな、2001年6月7日 - )は、石川… 宮西令奈(みやにし れな、2001年6月7日 - )は、石川県加賀市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会富山支部所属(登録地は石川県)、ホームバンクは石川県立自転車競技場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第124期生。師匠は山崎晃(95期)。競輪選手の宮西翼(100期)は叔父。 5歳で空手を始め、小松大谷高等学校時代はインターハイに空手女子個人形で出場経験がある。 高校卒業後は、叔父(宮西翼)が競輪選手ということもあり、競輪選手になることを決意。2022年1月、養成所第124回選手候補生入所試験に合格。養成所での競走訓練成績は18位(0勝)、卒業記念レースでは予選敗退。 2023年5月5日、四日市FII「競輪ルーキーシリーズ」にてデビュー、5着。
山﨑 颯一郎(やまざき そういちろう、1998年6月15日 … 山﨑 颯一郎(やまざき そういちろう、1998年6月15日 - )は、石川県加賀市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 読売ジャイアンツファンであった祖父の勧めで保育園児の頃からキャッチボールなどに親しみ、加賀市立山代小学校3年時から山代少年クラブで野球を始めた。加賀ボーイズ所属の加賀市立山代中学校3年時には身長が180cmを超え、2013年世界少年野球大会の日本代表に選出され優勝を経験した。 高校は敦賀気比高等学校に進学し、同校が平沼翔太を擁して福井県勢初の甲子園制覇を達成した第87回選抜高等学校野球大会では、2年生で背番号18を着けてベンチ入りしたものの登板機会は無かった。
山下 亜文(やました あもん、1996年4月5日 - )は、… 山下 亜文(やました あもん、1996年4月5日 - )は、石川県加賀市出身の元プロ野球選手(投手、外野手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 小学校1年生から「片山津少年野球クラブ」4年生から「金沢リトルリーグ」に所属、中学生時代は「小松加賀リトルシニア」に所属していた。 小松大谷高校3年生時の6月に行われた北信越大会の1回戦に登板、7回2失点の成績で打席では適時三塁打を放った。夏の甲子園・石川大会では決勝戦で先発登板、8回まで岩下大輝を擁する星稜高校を2安打無得点に抑え、チームは9回の表終了時に8点をリードしていたが、裏の守備で足がつり2失点したところで降板、交代した投手も星稜打線に失点を重ね、チームはこの回9失点でサヨナラ負けを喫し敗退した。
オモテ カホ(1996年1月7日 - )は、日本の女性アイド… オモテ カホ(1996年1月7日 - )は、日本の女性アイドル、作詞家。ソロとしての活動に加えて、女性アイドルグループ「西金沢少女団」のメンバー兼プロデューサーでもある。通称“かほりんちゃん”。事務所はニシカネプロジェクト、レーベルは2019年からdoles Uに所属する。石川県加賀市出身、血液型はA型。 かつて本名の「表 花穂」(おもて かほ)名義で「おやゆびプリンセス」のメンバーとして活動していた。 石川県のご当地アイドル「おやゆびプリンセス」でセンター兼メインボーカルとしてグループを牽引し、「TOKYO IDOL FESTIVAL(TIF)」3年連続出場や「愛踊祭」決勝進出、メジャーデビュー、オリコン上位ランクイン、フランスで開催の「Japan Expo」でのステージに出演などの実績を残している。
木田 貴明(きだ たかあき、1995年7月16日 - )は、… 木田 貴明(きだ たかあき、1995年7月16日 - )は、石川県加賀市出身のバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。アルティーリ千葉所属。 2014年4月に金沢高等学校より青山学院大学に進む。大学では1つ上の先輩に安藤周人がいる。 青山学院大学バスケットボール部では4年時にキャプテンを務めている。[要出典] 在学中に特別指定選手契約にて、2017年12月より地元の石川県にある金沢武士団に入団。 2019年6月、熊本ヴォルターズに入団。出場回数45回(うちスターティング37回)・総プレイタイム1057.07分。3P成功率36.7%・FT成功率75.5%など攻撃の要として活躍する。
加賀ノ花 麻衣(かがのはな まい、1992年5月10日 - … 加賀ノ花 麻衣(かがのはな まい、1992年5月10日 - )は、石川県加賀市出身で千賀ノ浦部屋に所属していた元大相撲力士。本名は川下 源二(かわした げんじ)。身長182cm、体重126kg、血液型はO型。最高位は東三段目51枚目(2010年7月場所)。
舛ノ湖 大明(ますのうみ だいめい、1991年11月12日 … 舛ノ湖 大明(ますのうみ だいめい、1991年11月12日 - )は、石川県加賀市出身で千賀ノ浦部屋所属の元大相撲力士。身長180cm、体重145.4kg。本名は齊心大明(さいしん-)。最高位は西幕下6枚目(2014年11月場所)。金沢市立工業高等学校相撲部出身。 金沢市立工業高等学校時代には全国高校相撲選手権大会個人戦3位、全国選抜高校相撲弘前大会個人戦準優勝、高校選抜高知大会準優勝などの実績を残し、高校卒業直前に千賀ノ浦部屋に入門して2010年1月場所に初土俵を踏む。入門を決意した動機は部屋見学の際に当時まだ幕下だった舛ノ山から強い印象を受けたことであり、舛ノ湖は後に「ちゃんこを旨そうに食う男がいた。
柏崎 刀翔(かしわさき とうしょう、1991年1月7日 - … 柏崎 刀翔(かしわさき とうしょう、1991年1月7日 - )は、日本の男子アマチュアボクシング選手。石川県加賀市出身。現在の階級はフライ級。大聖寺実業高校卒業。日本大学経済学部卒業。自衛隊体育学校ボクシング班に所属していた(2018年に2等陸尉で退官)元幹部自衛官。現在は福井県スポーツ協会に所属。 石川県加賀市出身。小学3年生で小松市のジムでボクシングを始める。精神強化を目的とし、親から命じられたスタートだった。当時は小中学生が参加できる公式試合がほとんどなく、柏﨑にはジム通いがとにかくつまらなかったという。そんな中、横浜さくらジムで行われた第2回キッズボクシング大会に出場したところ最優秀選手賞を獲得。
豊島 明好(とよしま あきよし、1990年1月16日 - )… 豊島 明好(とよしま あきよし、1990年1月16日 - )は、石川県加賀市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。現在は横浜DeNAベイスターズのファームマネージャー兼打撃投手を務めている。 中学1年生で父を急性心筋梗塞で、2年生で母を乳がんで相次いで亡くし、13歳年上の姉に面倒を見てもらっていた。北陸大谷高等学校時代は野球部監督の自宅で下宿し、毎朝5時に起床し午後9時頃まで野球に没頭する生活を送っていた。北海道日本ハムファイターズの入団テストを受け合格し、2007年の高校生ドラフト会議で日本ハムに6巡目で指名され、契約金1500万円、年俸450万円で入団。 2008年、オープン戦で好投し、セ・パ両リーグの高卒新人で唯一、日本ハムの高卒新人投手では工藤幹夫以来29年ぶりとなる開幕一軍に選ばれると、同年3月26日の開幕5戦目・対埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)で0-8とリードされた8回に初登板を果たし、1回を三者凡退に抑えた。
元谷 友貴(もとや ゆうき、1989年9月14日 - )は、… 元谷 友貴(もとや ゆうき、1989年9月14日 - )は、日本の男性総合格闘家。石川県加賀市出身。アメリカン・トップチーム所属。初代・第3代DEEPフライ級王者。第7代DEEPバンタム級王者。DEEP2階級制覇王者。RIZIN WORLD GP 2025 フライ級トーナメント準優勝。 格闘技を始める前はサッカーとサーフィンを経験し、サッカーでは石川県代表に選出された。 18歳の頃に石川県加賀市の道場でキックボクシングを学び、その後、クラブ・バーバリアンで総合格闘技を始め、アマチュア総合格闘技で試合経験を積んだ。 2011年5月22日、アマチュアシュートボクシングトーナメント-65 kg級で優勝した。
田代 祐平(たしろ ゆうへい、1984年9月18日 - )は… 田代 祐平(たしろ ゆうへい、1984年9月18日 - )は石川県出身のサッカー選手。ポジションはGK。
下木 雄介(しもき ゆうすけ、1984年 - )は、日本の日… 下木 雄介(しもき ゆうすけ、1984年 - )は、日本の日本酒文化実践者、日本酒専門飲食店経営者、酒匠・利酒師・焼酎利酒師。石川県加賀市山中温泉にある日本酒バー「和酒BAR 縁がわ」のオーナー。日本酒と酒器の相性や文化をテーマに、講演・執筆活動を行い、国内外で日本酒の魅力発信にも取り組んでいる。 1984年、石川県加賀市山代温泉で生まれる。高校卒業後、工場勤務や清掃業などを経て、21歳で金沢市に移り、小売酒屋のアルバイトをきっかけに日本酒の奥深さに惹かれるようになった。その後、小売酒屋や酒問屋で勤務し、東京・品川のオーセンティックバーで1年半修業した。 2013年に利酒師および焼酎利酒師の上級資格である酒匠(さかしょう)資格を29歳で取得した。
潮 大志(うしお ひろし、1983年(昭和58年)9月25日… 潮 大志(うしお ひろし、1983年(昭和58年)9月25日 - )は日本のヴォイストレーナー。石川県加賀市出身。 1歳から18歳までを石川県にある児童養護施設で過ごす。片山津小学校、片山津中学校卒業。小松市立高等学校芸術コースから愛知県立芸術大学に進学するが、中退。 うつ病を発症し、長い間音楽から離れる。2011年10月に長野県安曇野市に移住。偶然見たチラシに応募し、2012年7月の「あづみの新進音楽家演奏会」に出演。その後2013年11月に故郷である石川県で凱旋リサイタルを行ったり、2014年10月に本籍地である千葉県船橋市でリサイタルを行ったり、様々な場所で演奏会に出演し活動の場を広げ、音楽の世界に本格的に復帰し、キャリアを広げている。
シトウ レイ(Rei Shito、1979年8月23日 - … シトウ レイ(Rei Shito、1979年8月23日 - )は、日本の女性フォトグラファー、ジャーナリスト。石川県加賀市出身。石川県立小松高等学校、早稲田大学教育学部卒。 世界各地のストリートスタイルを独自の視点で写真と文字で切り取る、日本を代表するストリートスタイルフォトグラファー/ジャーナリスト。 雑誌やテレビコマーシャル、ミュージックビデオ、ならびにショーなどを舞台にモデルとして活動後、『STREET』や『FRUiTS』、『TUNE』などのストリートファッション雑誌でフォトグラファーとして活動。世界各地のストリートスタイルとその奥にあるパーソナリティをドキュメントするウェブサイト「STYLE from TOKYO」を主宰。
つじ まこと(1976年11月27日 - )は、バラエティ番… つじ まこと(1976年11月27日 - )は、バラエティ番組を中心に活動する日本の放送作家である。 石川県加賀市出身の放送作家。2010年につじまるみから、本名であるつじまことに改名。もともとは雑誌のライター。知人を通じて、スカイパーフェクトTV・ワールドカップ日韓戦ニュース番組で作家デビュー。その後、ロコモーションの「TokYo,Boy」作家として入り、以降、番組やCM広告を担当。
見附 正康(みつけ まさやす、1975年10月9日 - )は… 見附 正康(みつけ まさやす、1975年10月9日 - )は、日本の陶芸家。九谷焼の伝統的な赤絵細密画(赤絵細描)の技法を使い、古典的赤絵をモダンな現代的な作品に変えた第一人者。九谷赤絵を代表する作家。書道の師範も持つ。 石川県加賀市片山津温泉出身。1997年、石川県立九谷焼技術研修所を卒業。卒業後、福島武山の内弟子ではなく、外弟子として九谷焼体験兼販売店のアルバイトをしながら工房へ週に二回、古典赤絵を習いに行く。古典赤絵の特徴でもある人物画や龍、花鳥風月等も描いていたが、誰もがイメージする九谷赤絵ではなく、独自の作風を作りたくあえてメインの絵を省略しデザイン的な紋様の展開にかかる。見附はサラリーマンの家庭に育ち、いずれ自宅に工房を構える事を決めており、赤絵細密画の技法を使い何かしら自分のカラーを出せる作品をと模索していた。
今垣 光太郎(いまがき こうたろう、1969年9月18日 -… 今垣 光太郎(いまがき こうたろう、1969年9月18日 - )は、日本のボートレーサー。 登録番号3388、福井支部所属。同期には滝沢芳行などがいる。座右の銘は「平常心」。石川県能美市在住。 これまでにSG競走で優勝9回を数え、さらにボートレースのオールスター戦SGである笹川賞競走では2002年・2004年・2005年と3回に渡りファン投票1位になるなど、人気・実力を兼ね備えたスター選手として活動している。 石川県加賀市にて誕生。 父・今垣武志もボートレーサー(36期・登録2664号:2007年現役引退)で、その影響も大きく、高校在学中に競艇選手の養成機関であった山梨県の本栖研修所の入所試験を受験。
ダンディ坂野(ダンディさかの、1967年1月16日 - )は… ダンディ坂野(ダンディさかの、1967年1月16日 - )は、日本の漫談家、お笑いタレント。本名:坂野 賢一(さかの けんいち)。 石川県加賀市出身。サンミュージックプロダクション所属。血液型はAB型。 田原俊彦のようなアイドルに憧れて高校卒業後に上京を模索したものの、その資金がなかったことから、貯めるために地元で働いた後、26歳になった1993年に上京。年齢的な理由とダウンタウンやウッチャンナンチャンがテレビ番組でアイドルと親しげにしていたのを見て、アイドル路線からお笑い芸人路線に方針転換。プロダクション人力舎のスクールJCAに2期生として入学。漫才コンビ「ラブリン」を結成し、ボケを担当するも、「才能が無い」という理由で留年。
そーたに(1964年4月26日 - )は、石川県加賀市出身の… そーたに(1964年4月26日 - )は、石川県加賀市出身のテレビ番組、バラエティ番組の放送作家。本名は摠谷 博志(そうたに ひろし)。 中央大学4年生の時、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の「放送作家予備校」(第1期)に応募し、当選。テリー伊藤の弟子として、同時期の仲間である、田中直人、おちまさと、都築浩、村上卓史らとともに番組構成を行っている。 ※年代順※太字は現在担当している番組 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
塚田 誉(つかた ほまれ、1963年(昭和38年)9月25日… 塚田 誉(つかた ほまれ、1963年(昭和38年)9月25日 - )は、石川県を拠点に活躍する日本のフリーアナウンサー。 石川県加賀市出身。父親は山中塗の蒔絵師。加賀市立山代小学校、加賀市立山代中学校、石川県立小松高等学校を経て上智大学文学部心理学科を卒業後、1986年テレビ宮崎にアナウンサーとして入社。1990年2月、開局準備中だった地元のテレビ金沢に入社。 2007年4月から土曜夕方の情報番組『Smile!』で冠コーナーとなる「誉のドコ行く?」がスタート。同番組終了後は平日夕方の『となりのテレ金ちゃん』『花のテレ金ちゃん』に引き継がれ、現在も放送されている(後述)。 2016年1月に交通事故により両足を骨折。
子母澤 類(しもざわ るい、女性、1960年〈昭和35年〉1… 子母澤 類(しもざわ るい、女性、1960年〈昭和35年〉12月11日 - )は、日本の作家。日本文藝家協会会員。 代表作は、『金沢 橋ものがたり』(時鐘舎、2008年12月、ISBN 978-4-8330-1663-6)および『花と蜜蜂』(徳間書店、2003年11月、ISBN 4-19-891972-0 )。 石川県加賀市生まれ、石川県金沢市育ち・在住(2024年時点)。本名・糸谷由美子。京都光華女子大学短期大学部卒業。主として官能小説を書くが、金沢を舞台とすることが多く、ほかに石川県の地元ものエッセイなどを執筆する。 朝日カルチャーセンターの小説講座で光瀬龍に学び、弟子となった。 季刊・総合文芸誌『北國文華』2019年秋・第81号(北國新聞社・全国書誌番号:00110173)より『小説 千代女』を連載している(2025年3月現在)。
宮永 崇史(みやなが たかふみ、1960年(昭和35年)5月… 宮永 崇史(みやなが たかふみ、1960年(昭和35年)5月 - )は、日本の物理学者。弘前大学大学院理工学研究科教授。理学博士(大阪大学)。凝縮系物理学・物質構造のダイナミクスが専門で、2015年現在ではX線吸収微細構造(XAFS)・構造のゆらぎを表わすDebye-Waller因子に関する実験的研究と量子統計力学的理論研究・スクッテルダイト化合物の構造ダイナミクス・磁性合金の磁気XAFS(XMCD)・アモルファスや液体などの構造不規則系物質(ガラス転移と半導体-金属転移)・誘電体などの新機材料の性質と構造相転移・化学反応の化学物理的研究・薄膜および微粒子などのナノスケール材料のXAFSによる構造研究・非平衡系のパターン形成…等が研究課題である。
清尾 淳(せいお じゅん、1957年3月31日 - )は、サ… 清尾 淳(せいお じゅん、1957年3月31日 - )は、サッカー専門のスポーツライターで、「浦和レッズ・オフィシャル・マッチデープログラム」(通称・MDP)制作編集担当者。 石川県加賀市出身。石川県立小松高等学校、中央大学卒業後、1981年埼玉新聞社入社。Jリーグ発足に備え、1992年からMDP制作編集業務担当。2005年、埼玉新聞社を退社しフリーランスに。 MDP編集を続けながらも、浦和レッズ関連の文章、写真、編集など幅広く活躍している。浦和レッズの歴史を間近で見続けたジャーナリストの一人である。
坂本 英之(さかもと ひでゆき、1954年11月26日 - … 坂本 英之(さかもと ひでゆき、1954年11月26日 - )は、日本の建築家、環境デザインの研究者。工学博士。金沢美術工芸大学美術工芸学部デザイン科教授。石川県加賀市出身。財団法人北國総合研究所研究員、金沢市都市計画審議会委員など。
笹原 忠義(ささはら ただよし、1954年6月6日 - 20… 笹原 忠義(ささはら ただよし、1954年6月6日 - 2014年5月17日)は、日本の実業家、元アナウンサー。石川県加賀市出身。 加賀市立山代中学校 → 石川県立小松高等学校を経て、慶應義塾大学法学部卒業後の1977年に北陸放送へアナウンサーとして入社。笹原自身はアナウンサー志望ではなかったため、入社試験時は一般職を受験した。当時の入社試験では全員が長いニュース原稿を読まされる中で笹原だけが息継ぎせずに一息で読み、その面白さからアナウンサーとして採用された。これは自慢ではあったが、肺活量が5,600ccもあったという。 1998年には細川久米夫市長の収賄容疑での逮捕、辞職に伴い、旧松任市の市長選挙への立候補を打診されたが断っている。
銭谷 欽治(ぜにや きんじ、男性、1953年3月12日 - … 銭谷 欽治(ぜにや きんじ、男性、1953年3月12日 - )は、石川県加賀市出身の日本の元バドミントン選手。元日本バドミントン協会の専務理事。 石川県加賀市立錦城小学校~中学校卒、1971年石川県立大聖寺高等学校卒、1975年中央大学商学部商業貿易学科卒業。 河崎ラケット工業-三洋電機 (1984年入社)。全日本総合バドミントン選手権大会男子シングルで1976年から4連覇など7回の優勝を持つ。 1990年、三洋電機監督に就任。1996年から三洋電機女子チームを全日本実業団バドミントン選手権大会4連覇に導いた。 現役引退後は日本バドミントン協会理事・選手強化本部本部長、大阪府バドミントン協会理事長、三洋電機総務人事本部文化・スポーツ推進部部長等を歴任する。
寺前 秀一(てらまえ しゅういち、1949年(昭和24年)5… 寺前 秀一(てらまえ しゅういち、1949年(昭和24年)5月1日 - )は、日本の観光学者、政治家、運輸官僚。人流・観光研究所所長。元石川県加賀市長(1期)。学位は博士(観光学)。 石川県加賀市生まれ。1972年、東京大学法学部を卒業し、運輸省(現国土交通省)に入省。1998年より国土庁大臣官房審議官。2001年より気象庁次長。2003年、日本観光協会理事長に就任。2006年から高崎経済大学地域政策学部教授を務めた。2007年、立教大学で博士(観光学)の学位を取得。 2009年10月31日、石川県加賀市長に就任。市長在任中は観光政策に力を入れており、山代・山中・片山津といった温泉や加賀大聖寺藩十万石文化を「加賀ブランド」にイメージされるものとして、各温泉個別ではなく「加賀温泉郷」として加賀市ブランド化戦略を推進したいとしていた。
山口明雄(やまぐち あきお、1945年6月30日 -)は、作… 山口明雄(やまぐち あきお、1945年6月30日 -)は、作家・広報コンサルタント。石川県加賀市出身。 東京外語大学卒業後、NHKに入局、帯広局、札幌局などでローカル番組を制作。外資系広報企業で広報業務に携わった後、1978年に「岑亜紀良」(みね あきら)のペンネームで執筆した『ハリウッドを旅するブルース』が第31回小説現代新人賞を受賞。その後も『俺のブルースを聞け』などの小説を執筆し、作品の一つ『BEST GUY』は織田裕二主演で映画化され、本人も原作家としてのみならず同映画のプロデューサーとして関わる。執筆業と平行して行っている広報業(PR)では、国内外の企業に広報サービスを行い、95年頃から行っているメディアトレーニング講師としても知られる。
大野 芳雄(おおの よしお、1942年2月28日 - )は… 大野 芳雄(おおの よしお、1942年2月28日 - )は、日本の経営者。鹿児島銀行頭取を務めた。 石川県加賀市出身。1964年に京都大学経済学部を卒業し、同年4月に日本銀行に入行した。1988年3月に鹿児島銀行顧問に就任し、同年6月に専務を経て、1990年10月には副頭取に就任し、1992年6月には頭取に昇格。2006年6月に会長に就任し、2010年6月には特別顧問に就任。
川北 良造(かわぎた りょうぞう、1934年9月1日 - )… 川北 良造(かわぎた りょうぞう、1934年9月1日 - )は、日本の木工芸家。 重要無形文化財「木工芸」の保持者(いわゆる人間国宝)。木工芸の人間国宝としては5番目の認定者(1994年認定)。 石川県出身。木の挽物の産地である山中町(現加賀市)に生まれ、木工芸家である父・川北浩一に師事。のちに氷見晃堂に師事。挽物の技術に秀で、伝統的で高度な技術を持つ。川北作品は挽物が中心なので作品は一枚の板からロクロで削りだした皿や椀など丸い形のもの、あるいは丸く作って辺を切るものなどシンプルなものが多く、回転ではできない指物によるような四角い箱型の物は少ない。材は欅を中心に桑・楓・黒柿・栃なども使う。近年では象嵌の技法も取り入れる。
道場 六三郎(みちば ろくさぶろう、1931年〈昭和6年〉1… 道場 六三郎(みちば ろくさぶろう、1931年〈昭和6年〉1月3日 - )は、日本料理の料理人。勲等は旭日小綬章。 赤坂常盤家チーフ、銀座ろくさん亭店主、懐食みちば店主などを歴任した。 石川県江沼郡山中町(現在の加賀市山中温泉地区)出身の日本料理の料理人である。「赤坂常盤家」のチーフなどを経て「銀座ろくさん亭」の主人となる。その後、銀座に「懐食みちば」も新たに出店した。身長168cm。 1931年1月3日、三男三女の末っ子として誕生。「六人兄弟の三男」という意味で「六三郎」と名付けられた。実家は老舗の山中漆器を扱う店であり、地元が歴史のある有名な温泉街だったこともあって、幼少時から料理に親しむ環境で育った。
牧野 隆信(まきの りゅうしん、1917年 - 2006年1… 牧野 隆信(まきの りゅうしん、1917年 - 2006年1月19日)は、石川県の教育者、郷土史家。北前船研究の第一人者。日本海事史学会理事、全国北前船研究会会長。 1917年、石川県加賀市生まれ。石川県師範学校本科第1部卒業。小学校訓導を経て、1943年、文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験合格(日東史)。石川県立大聖寺高等女学校教諭となる。戦後は新制の石川県立大聖寺高等学校教諭を経て、1977年、大聖寺高等学校校長を最後に退職。退職後は1989年3月まで石川県加賀市立図書館嘱託として勤務。 教員としての勤務の傍ら、1955年、地域の教員、医師、神社宮司らと共に「江沼地方史研究会」を創設。
清水 信一(しみず しんいち、1910年5月10日 - 19… 清水 信一(しみず しんいち、1910年5月10日 - 1969年1月10日)は、日本の宗教家。天祖光教(てんそこうきょう)の教祖である。男性。天祖光教信者からは「蔽顔の救主(べいがんのくじゅ)」と称される。 石川県江沼郡大聖寺で生まれる。 1923年8月6日(大正12年)、数え14歳の時に福井県の九頭竜川に注ぐ竹田川上流の釜ヶ淵で友人と水浴中に突然神隠しに遭い、京都の鞍馬山に入山。 30歳の初めまで、日本国内・朝鮮半島・満州を巡り、天地創造の神「天祖」より世の救いの啓示を受け、1942年(昭和17年)、愛知県東春日井郡志段味村(現・名古屋市守山区)に本部として聖地「天母里(てんぼり)」を築き、宗教法人天祖光教を設立する。
中村翠恒(なかむら・すいこう、1903年4月3日ー1985年… 中村翠恒(なかむら・すいこう、1903年4月3日ー1985年9月8日)は昭和期の九谷焼の陶芸家。日展参与。元石川県陶芸協会会長。石川県指定無形文化財九谷焼技術保存会初代会長。戦前から帝展、新文展で活躍する。 明治36年生まれ。石川県加賀市出身。名工初代 中村秋塘の次男。本名は恒。 大正13年石川県立工業学校卒業。京都国立陶磁研究所に進み、安達陶仙、二代伊東陶山、河村蜻山、板谷波山らに師事する。 三代 秋塘を襲名。のち甥に譲り以降翠恒を名乗る。昭和60年9月8日老衰により石川県立中央病院にて死去。享年82歳。 昭和3年に第9回帝展において「彩釉彫牡丹文壷」が初入選。戦前は「秋塘」の名で出品している。
深田 久弥(深田 久彌、ふかだ / ふかた きゅうや、190… 深田 久弥(深田 久彌、ふかだ / ふかた きゅうや、1903年〈明治36年〉3月11日 - 1971年〈昭和46年〉3月21日)は、石川県大聖寺町(現・加賀市)生まれの小説家、随筆家および登山家、チベット・ヒマラヤ研究家である。 戦前は小説家、編集者として活躍し、戦後は主に山やスキーに関する随筆をもって著名がある。山をこよなく愛し、読売文学賞を受賞した著書『日本百名山』は特に良く知られている。俳号も山の入った九山であり(愛称である「久さん」のもじりで、荏草句会の永井龍男による命名)、自宅の書斎を兼ねた書庫には「九山山房」の名があり、山房の主とも称した。1971年(昭和46年)3月21日、登山中の茅ヶ岳山頂直下で脳卒中のため68歳で死去。
辻 政信(つじ まさのぶ、1902年〈明治35年〉10月11… 辻 政信(つじ まさのぶ、1902年〈明治35年〉10月11日 - 1961年〈昭和36年〉4月以降消息不明)は、日本の陸軍軍人、政治家。陸士36期首席・陸大43期恩賜(いわゆる軍刀組)。軍人としての最終階級は陸軍大佐。 ノモンハン事件、太平洋戦争中のマレー作戦、ポートモレスビー作戦、ガダルカナル島の戦いなどを参謀として指導した。軍事作戦指導では「作戦の神様」「軍の神様」と当時においては讃えられていた。 その一方で、指揮系統を逸脱した現場での行動、部下への責任押し付け、自決の強要、戦後の戦犯追及からの逃亡などについて批判がある。 敗戦後は数年間を国内外で潜伏したのち戦記を上梓し、ベストセラーとなった。
中谷 宇吉郎(なかや うきちろう、1900年(明治33年)7… 中谷 宇吉郎(なかや うきちろう、1900年(明治33年)7月4日 - 1962年(昭和37年)4月11日)は、日本の物理学者、随筆家。位階は正三位。勲等は勲一等。学位は理学博士(京都帝国大学・1931年)。 北海道大学理学部教授を北海道帝国大学時代から務め、世界で初となる人工雪の製作に成功した。考古学者・中谷治宇二郎は弟。 1900年、温泉地の石川県江沼郡片山津町(現・加賀市)で生まれる。学齢期になると母方の親族に預けられ、大聖寺町(現・加賀市)に転居。 1913年、大聖寺町立錦城尋常高等小学校卒業後、間もなく父を失う。同年、旧制小松中学(現・石川県立小松高等学校)に入学、その後5年間の寄宿舎生活を送った。
坂田 英一(さかた えいいち、1897年3月27日 - 19… 坂田 英一(さかた えいいち、1897年3月27日 - 1969年7月22日)は、石川県出身の官僚、政治家。位階は正三位。勲等は勲一等。 衆議院議員(7期)。農林大臣(第35代)。自民党佐藤派所属。 石川県加賀市生まれ。第四高等学校を経て、1920年、東京帝国大学農学部卒業後、農商務省入省。1938年、農林省特産課長(1946年まで)。 1949年1月の第24回衆議院議員総選挙に民主自由党から立候補し初当選(当選同期に池田勇人・佐藤栄作・前尾繁三郎・橋本龍伍・岡崎勝男・麻生太賀吉・小渕光平・西村英一・橋本登美三郎・福永健司・塚原俊郎・藤枝泉介・木村俊夫・稲葉修・河本敏夫・森山欽司・床次徳二・有田喜一など)。
岡田 弥一郎(おかだ やいちろう、1892年6月24日 - … 岡田 弥一郎(おかだ やいちろう、1892年6月24日 - 1976年4月28日)は、日本の動物学者。学位は、理学博士(東京大学)。三重県立大学(現三重大学)教授、東海大学教授を歴任。 石川県加賀市出身。水産講習所(現東京海洋大学)卒業、東京帝国大学助手、1929年、理学博士(東京大学)(学位論文:「六枚海綿ファレア・ソラシーの發生に就て」)取得。東京高等師範学校教授、三重水産専門学校校長、戦後三重県立大学(現三重大学)教授、水産学部長。定年後、東海大学教授、日本魚類学会初代会長などを歴任。 動物学者としては、魚類、爬虫類や両生類などの分類学の分野において貢献している。 死後半世紀近くたったため、2020年代には岡田の著作はその殆どが国立国会図書館デジタルコレクションでデジタル化され、インターネット上で公開されている。
蔦井 與三吉(つたい よそきち、1889年2月10日 - 1… 蔦井 與三吉(つたい よそきち、1889年2月10日 - 1974年12月8日)は、日本の実業家。石川県動橋村(現・加賀市)出身。東日本フェリーをはじめとした蔦井グループの創始者として、海運・陸運・倉庫・不動産業等多方面で活躍した。家族は息子に蔦井政信(東日本フェリー2代目社長)、孫に蔦井孝典(ハートランドフェリー、アイビー・システム社長)。 1889年(明治22年)、石川県動橋で宿屋を営む蔦井庄五郎の、12人兄弟の5男として生まれる。6歳で北海道へ移り、函館で生花店を営むおじ・勝次郎の家へ養子に出され、行商や新聞配達で家計を支えるも、函館の養父母の死去に伴い1900年(明治33年)に歌志内村赤平の弟夫婦の養子となり、先に団体移住していた親や兄弟とともに開拓作業を手伝う。
河野 安通志(こうの あつし、1884年〈明治17年〉3月3… 河野 安通志(こうの あつし、1884年〈明治17年〉3月31日 - 1946年〈昭和21年〉1月12日)は、石川県大聖寺町(現:加賀市)出身のアマチュア野球選手(投手)。日本初のプロ野球チーム創設者。 父は河野通理で、加賀藩士。妻の河野いゑは飛田穂洲(忠順)の妹。 1897年(明治30年)一家は横浜に転居し、野球に親しむようになる。旧制横浜商業学校在学中は野球に熱中しすぎたためか中退した。転校した明治学院には4年に編入し、わずか半年ほど在籍しただけだが、この時期に安部磯雄と出会い、彼のキリスト教精神に共鳴した。東京高等商業学校を目指していたが、1903年(明治36年)に早稲田大学商科入学。早大入学後、創設して3年目の野球部に入部し、ここでまたも野球部部長の安部に偶々出会う。
淺山 金五郎(あさやま きんごろう、1880年1月16日 -… 淺山 金五郎(あさやま きんごろう、1880年1月16日 - 1937年1月13日)は、日本の実業家、運搬業者、請負業者。昭和期の地下鉄御堂筋線建設などに従事した。 1880年1月16日、石川県江沼郡我谷村(のち西谷村、現加賀市)の淺山金四郎の三男として生まれる。三男であったため、本家の家督は継がず(長男千太郎が家督を継ぐ)他の兄弟とともに大阪へ出て運送業を始める。『人事興信録』には1923年(大正12年)に三男金五郎が分家したと記載されている。これ以後の淺山家兄弟の動向に関しては、二男仁太郎は西野田今開町を拠点に土佐堀で回漕業(運搬船業)を起業し、五男定吉とともに海上運送業務に携わっていたが、東区北久宝寺の合資会社山口運送店設立の際に四百圓出資している。
鬼角 長治郎(おにかど ちょうじろう、1879年 - 没年不… 鬼角 長治郎(おにかど ちょうじろう、1879年 - 没年不明)は、現在の石川県加賀市出身で雷部屋に所属した力士。本名は北市 長次郎。最高位は東前頭12枚目。169cm、105kg。 1899年1月幕下付出で初土俵、1902年5月十両昇進。1906年1月、同期入門の浪ノ音健藏とともに新入幕(浪ノ音は序ノ口から)を果たす。しかし、大敗を喫し途中休場したうえ、翌場所も全休し十両に陥落。1907年5月限り廃業し、浪ノ音と明暗を分ける形となった。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
浜田 初次郎(はまだ はつじろう、1876年(明治9年)5月… 浜田 初次郎(はまだ はつじろう、1876年(明治9年)5月25日 - 1953年(昭和28年)4月29日)は、日本の発明家。日本で初めてオフセット輪転機を完成させた。 石川県江沼郡三谷村出身。1900年(明治33年)に上京し、芝浦製作所、中村鉄工所などに勤務し、1910年(明治43年)に自動紙差装置を発明した。1914年(大正3年)に日本最初のオフセット輪転機であるH型オフセット輪転機を完成させた。1917年(大正6年)に東京ギヤー製作所を設立し、自動車などの歯車の制作を開始した。1921年(大正10年)に浜田印刷機製造所(後のハマダ印刷機械)を設立し、オフセット印刷機、新聞輪転機を改良した。
2代平出 喜三郎(ひらで きさぶろう、旧姓・久保、幼名・彦十… 2代平出 喜三郎(ひらで きさぶろう、旧姓・久保、幼名・彦十郎、1876年(明治9年)3月15日 - 1931年(昭和6年)10月13日)は、日本の政治家(衆議院議員)、漁業家、資産家、実業家。東京屑物市場社長。従六位勲四等。族籍は石川県平民。 石川県江沼郡橋立村(現加賀市)で生まれる。石川士族・久保彦助の四男。久保彦助の弟。父の友人・先代平出喜三郎の養子となる。1898年、慶應義塾高等科を卒業し、函館に戻った。1908年、先代の死去により家督を相続し2代喜三郎を襲名。海運業、物産商、代弁業、問屋業、鉱山業を営んだ。北洋漁業の母船式沖取り漁業を推進した。 また、函館区会議員、同市会議員、函館図書館長、函館新聞社主、函館競馬倶楽部会長、函館塩販売所社長、函館銀行取締役、函館商業会議所会頭、東京屑物市場社長、函館林産取締役などを歴任した。
山田 宗美(やまだ そうび、1871年12月23日(明治4年… 山田 宗美(やまだ そうび、1871年12月23日(明治4年11月12日) - 1916年(大正5年)3月15日)は、石川県江沼郡大聖寺町鍛治町(現在の加賀市)出身の鍛金家。本名は山田長三郎。 1871年12月23日(明治4年11月12日)、石川県江沼郡大聖寺町鍛治町(現在の加賀市)の武具鍛冶師の家に生まれた。 父の山田宗光に象嵌や打出しの技術を学んだ後、1891年(明治24年)には一枚の薄い鉄板から立体の花瓶や置物を打出す独自の技術を編み出した。宗美は極めて高度な鉄打出しの技術を有しており、「宗美の先に宗美なく、宗美のあとに宗美なし」と言われた。美術史家の大村西崖は著書『東洋美術史』の中で「鎚起には加賀の山田長三郎宗美あり、自ら鉄を用いよく動物の全形を鎚起し空前の奇巧を示した」と記している。
中谷 巳次郎(なかや みじろう、1869年(明治2年) - … 中谷 巳次郎(なかや みじろう、1869年(明治2年) - 1936年(昭和11年))は、大分県由布市の由布院温泉で油屋熊八とともに旅館亀の井別荘を開いた実業家。 加賀国片山津(現在の石川県加賀市)出身。実家は裕福な十村庄屋加賀・中谷家の分家筋であったが、巳次郎は資産を蕩尽した挙げ句、別府市に流れ着く。実家の骨董品を並べて不老町で骨董屋を開き、そこで、亀の井旅館(のちの亀の井ホテル)の経営者で別府温泉の観光開発に尽力した油屋熊八に出会い、意気投合し、その片腕となる。1921年(大正10年)、熊八が大阪の資産家に話を持ち掛けて買わせた由布院温泉の金鱗湖畔の土地に、賓客をもてなすための草庵が建てられ、巳次郎はそれを託される。