池田 雅之(いけだ まさゆき、1946年 - )は、日本の英… 池田 雅之(いけだ まさゆき、1946年 - )は、日本の英文学者、比較文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。専門はT・S・エリオットや小泉八雲(Lafcadio Hearn)研究を通じた比較文学・比較文化研究。 早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授、早稲田大学国際言語文化研究所所長を歴任した。 三重県尾鷲市生まれ。1950年、両親とともに上京して葛飾で育った。1970年、早稲田大学文学部英文科卒業。在学中、詩誌『ペガサス』に参加して窪田般弥の目に留まり、自ら創刊した『Epicure』は吉野弘から高く評価された。1968年から1年間、ブダペスト大学へ留学している。1976年、明治大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学。
池上 正治(いけがみ しょうじ、1946年 - )は、新潟県… 池上 正治(いけがみ しょうじ、1946年 - )は、新潟県生まれの評論家、翻訳家。新潟県立長岡高等学校を経て東京外国語大学卒業。日本翻訳家協会理事。 中国に関する研究・翻訳のほか、東洋医学の研究にも取り組む。
海津 正彦(かいつ まさひこ、1945年12月13日 - 2… 海津 正彦(かいつ まさひこ、1945年12月13日 - 2024年6月27日)は、日本の山岳書翻訳家、登山家。 昆虫採集などで山の楽しさに目覚め、15歳で社会人山岳会の岩峯登高会に入会し、奥鐘山西壁左方ルンゼや中央ルンゼを初登する。貿易商社に勤めるも3年で退職、同じ山岳会会員だった結婚したばかりの妻の後押しもあり翻訳家を目指し、1981年に山岳雑誌『岩と雪』で仕事を得て、1983年に初めての翻訳書籍を出版した。2019年、心臓弁膜症の開心術を受けた。2024年に感染性心内膜炎のため立川市の病院で死去した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
及川 茂(おいかわ しげる、1945年10月21日 - )は… 及川 茂(おいかわ しげる、1945年10月21日 - )は、日本の比較文学・比較文化学者、浮世絵学者、フランス文学者、翻訳家。日本女子大学名誉教授。 福島県生まれ。1968年国際基督教大学を卒業、東京大学大学院比較文学比較文化課程入学、1972年フランス・ディジョン大学留学、1976年東京大学大学院比較文学比較文化博士課程中退。 1976年から1978年東京大学教養学部助手(フランス語)。1978年埼玉大学教養部助教授、1991年に教授。1992年日本女子大学人間社会学部教授。2015年定年退任、名誉教授。2022年7月からフランス、パリへ移住。
中尾 ハジメ(なかお はじめ、1945年10月13日 - )… 中尾 ハジメ(なかお はじめ、1945年10月13日 - )は、日本の社会心理学者、社会運動家、翻訳家、元京都精華大学学長。 本名、片桐充。思想の科学研究会会員。 兄は詩人・翻訳家の片桐ユズル。元妻は写真家・反核運動家のアイリーン・美緒子・スミス(ユージン・スミスの妻だった)。 東京都北多摩郡生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修卒業。 1972年に岡林信康、甲斐扶佐義らと京都で喫茶店「ほんやら洞」をオープンする。 1973年、甲斐扶佐義、寺田勇文とともに「南ベトナムの政治犯を釈放する運動・京都」を立ち上げる。 1974年から、中川五郎フォークリポートわいせつ裁判をサポート。 以上のような自称「ヒッピー生活」を経て、1975年京都精華大学講師。
森田 靖郎(もりた やすろう、1945年7月30日 - )は… 森田 靖郎(もりた やすろう、1945年7月30日 - )は、日本の著作家、ノンフィクション作家、翻訳家。 兵庫県生まれ。関西学院大学卒。日本山岳会会員。文化大革命中に、中国・チベット地区を訪れ、辺境地に下放された都市青年との交流から中国への興味を抱く。 その後、シルクロードやロングマーチ(長征)など中国各地への旅を繰り返す。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
Template:基礎情報 学者久保田 忠利(くぼた ただと… Template:基礎情報 学者久保田 忠利(くぼた ただとし、1945年(昭和20年)7月15日 - )は、日本の西洋古典学者、翻訳家。東海大学名誉教授。専門は古代ギリシア演劇(悲劇・喜劇)、ギリシア・ローマ神話。 1945年7月15日生まれ。京都大学文学部西洋古典語学西洋古典文学専修卒業(1969年)。同大学院文学研究科修士課程修了(1975年)。文学修士。 1978年から1988年まで福井工業高等専門学校助教授を務めた。その後、東海大学文学部ヨーロッパ文明学科教授として長年教鞭を執り、現在は同大学名誉教授。 古代ギリシア文学、特に演劇の研究を専門とし、アリストパネス、エウリーピデース、トゥキュディデス、キケローなど幅広い古典文献の翻訳と注解を行っている。
村田 靖子(むらた やすこ、1945年7月 - )は、日本の… 村田 靖子(むらた やすこ、1945年7月 - )は、日本のヘブライ語、ヨーロッパ文学の研究者、翻訳家。東邦大学教授。専門は英文学、現代ヘブライ語文学。 1968年東京女子大学哲学科卒業、東京都立大学 (1949-2011)大学院ヨーロッパ語文学修士課程修了、同英文学博士課程中退、小池滋、Amorey Gethinに学ぶ。86年弘前大学教養部助教授、91年東邦大学薬学部教授(英語)、2001-02年オックスフォード・ヘブライ・ユダヤ学センター特別研究員。 ノーベル文学賞候補とされるアモス・オズを研究・翻訳するほか、英文学、推理ものなど多数の翻訳がある。
岩根 圀和(いわね くにかず、1945年6月27日 - )は… 岩根 圀和(いわね くにかず、1945年6月27日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。神奈川大学名誉教授。 兵庫県生まれ。1969年神戸市外国語大学イスパニア語科卒、1971年同大学院修士課程修了。神奈川大学外国語学部助教授、教授。2015年定年、名誉教授。
高橋 祐次郎(たかはし ゆうじろう、1945年3月7日 - … 高橋 祐次郎(たかはし ゆうじろう、1945年3月7日 - 1998年11月29日)は、日本のドイツ語翻訳家。音楽評論家。ボンヘッファー研究会に属し、キリスト教ジャーナリストとして活躍。編集者として『カラー版聖書大事典』『新教/タイムズ聖書歴史地図』を世に遺した。柳生直行、水谷昭夫などとも親交があった。
平野 卿子(ひらの きょうこ、1945年2月23日 - )は… 平野 卿子(ひらの きょうこ、1945年2月23日 - )は、日本の翻訳家。 神奈川県横浜市生まれ。お茶の水女子大学卒業、東京都立大学大学院独文科中退後、ドイツのテュービンゲン大学留学。児童文学、小説、ノンフィクションを翻訳。『キャプテン・ブルーベアの13と1/2の人生』(でドイツからレッシング翻訳賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
田中 孝顕(たなか たかあき、1945年1月6日 - )は、… 田中 孝顕(たなか たかあき、1945年1月6日 - )は、日本語クレオールタミル語説の研究者、日本の自己啓発書の著者、翻訳家、実業家。 「脳力開発」を提唱し、自己啓発書などを出版したりイベントを行ったりした。 東京都江東区深川永代生まれ。 直後米軍の絨毯爆撃を避け中野区鷺宮に転居、若宮小学校(現・中野区立美鳩小学校)、中野区立第八中学校より國學院原宿校を経て1966年國學院大学法学部卒業後、総理府事務官、公正取引委員会事務局景品表示課、東急不動産企画部・総務部を経て、マカイバー・カウフマン・クリステンセン法律事務所に入所し、かたわら法律の勉学を続けたのち、株式会社エス・エス・アイを創業。代表取締役社長に就任。
金利光(キム・イグァン、朝: 김이광, 1945年 - )は… 金利光(キム・イグァン、朝: 김이광, 1945年 - )は、在日韓国・朝鮮人の翻訳家。英語のノンフィクションなどを翻訳。 京都大学英米文学科卒業。妻の片岡しのぶと翻訳工房「パディントン・アンド・コンパニイ」を主宰。
三浦 久(みうら ひさし、1945年 - )は、日本の男性フ… 三浦 久(みうら ひさし、1945年 - )は、日本の男性フォークシンガー、翻訳家。ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーン、レナード・コーエンの歌詞対訳、評論・研究書の翻訳などでも知られる。 千葉県生まれ、長野県上伊那郡辰野町育ち。長野県諏訪清陵高等学校卒業、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)卒業(宗教学)、京都大学大学院修士課程修了(仏教学)。 1963年から翌年にかけてAFS (交換留学)により米国カリフォルニア州の高校に留学し、ボブ・ディランなどのフォークソングを聴き、歌い始める。ICU国際基督教大学を中退し、1966年から再渡米しUCSBに留学。1969年に帰国後、京都でフォークシンガーとしての活動を始め、『私は風の声を聞いた』など4枚のアルバムをリリース。
古藤 晃(ことう こう、1945年 - )は、日本の実業家・… 古藤 晃(ことう こう、1945年 - )は、日本の実業家・翻訳家。河合塾英語科講師。 河合塾にて早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、ICUなど私大対策の講座を主に担当した。1971年から代々木ゼミナール講師、1987年に河合塾へ移籍した。
足達 和子(あだち かずこ、1945年 - )は日本のポーラ… 足達 和子(あだち かずこ、1945年 - )は日本のポーランド語の翻訳家、作家。 東京都に生まれる。都立青山高校を卒業し、法政大学文学部日本文学科を卒業後、ワルシャワ大学文学部に留学する。在学中に執筆した『日ポ・ポ日小辞典』が、1982年にヴェーザ・ポフシェフナ社(ワルシャワ)から出版される。帰国後、ポーランド航空日本支社、静岡産業大学講師を経て、翻訳に従事する。 1992年、編著訳書『現代日本名詩選 さくら』(日ポ二カ国語版、国際文化出版社)で日本翻訳出版文化賞を受賞する。2015年にポーランド大統領から「カヴァレルスキ十字勲章」を授与される。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
橋本 槇矩(はしもと まきのり、1944年11月22日 - … 橋本 槇矩(はしもと まきのり、1944年11月22日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。学習院大学名誉教授。 キプリング協会会長などを務め、英国20世紀小説が専門。H・G・ウェルズ、怪奇小説などの翻訳も多いが、近年はアイルランド、スコットランド文学に関心を広げている。 1970年東京大学文学部英文科を卒業。1972年、同大学院修士課程を修了。学習院大学助教授を経て教授。2015年定年退職、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中野 恵津子(なかの えつこ、1944年8月29日 - 20… 中野 恵津子(なかの えつこ、1944年8月29日 - 2013年1月26日)は、日本の翻訳家。 新潟市生まれ。国際基督教大学卒業。米国小説を中心に翻訳した。肺炎のため死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
川本 三郎(かわもと さぶろう、1944年7月15日 - )… 川本 三郎(かわもと さぶろう、1944年7月15日 - )は、日本の評論家、翻訳家。読売文学賞、サントリー学芸賞(社会・風俗部門)選考委員。東京都渋谷区代々木山谷町(現・代々木4丁目)出身。
辻井 栄滋(つじい えいじ、1944年6月21日 -2019… 辻井 栄滋(つじい えいじ、1944年6月21日 -2019年2月27日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。立命館大学名誉教授。 京都府生まれ。立命館大学英文科を卒業し、立命館大学教養部助教授、経済学部教授となる。2009年に退任し、名誉教授となる。 日本ジャック・ロンドン協会会長、2004年センテナリー・カレッジ・オブ・ルイジアナ名誉博士を務めている。1986年には米国カリフォルニア州ジャック・ロンドン財団よりジャック・ロンドン・マン・オブ・ザ・イヤー賞を授与された。
西永 良成(にしなが よしなり、1944年6月11日 - )… 西永 良成(にしなが よしなり、1944年6月11日 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。専門は、20世紀フランス文学を軸としたフランス現代思想研究。東京外国語大学名誉教授。 富山県生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。ソルボンヌ大学に留学。東京外国語大学助教授、教授。2008年定年退職、名誉教授となり、パリ国際大学都市日本館館長。
大熊 栄(おおくま さかえ 1944年4月8日 - 2007… 大熊 栄(おおくま さかえ 1944年4月8日 - 2007年1月21日)は、日本のイギリス文学者、翻訳家。名前の表記は「大熊 榮」もある。 埼玉県南埼玉郡菖蒲町出身。1970年東京教育大学文学部卒業。1975年東京都立大学大学院博士課程修了。専門分野はイギリス文学(ジョン・ダンの詩、現代小説)。 1975年國學院大學専任講師、1977年助教授、1979年明治大学助教授、1984年教授、2001年筑波大学教授。大学での自由研究時間に翻訳業務をこなす。2003年筑波大学英語教育学会会長。2006年関東学院大学、同大学院教授。2007年逝去。 A・J・クィネルの全作品を翻訳しているほか、アルトゥーロ・ペレス・レベルテの『呪のデュマ倶楽部』(と、その映画化のノベライズ『ナインスゲート』)、ジェイムズ・ヘリオット『生きものたちよ』、マーティン・エイミス『サクセス』『時の矢』など、訳書多数(以上、『地獄の静かな夜』の訳者紹介)。
鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )… 鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )は、日本の文学研究者、フランス文学者、文芸評論家、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。紀行作家、写真家、詩人としても活躍。 愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部仏文科卒。1972年、倉橋健一、清水昶、藤井貞和、佐々木幹郎、米村敏人とともに、詩誌「白鯨」を創刊。1991年、アルチュール・ランボー没後100年に、写真家の大島洋とともにランボー紀行を行ない、イエメンのアデン、エジプトのカイロ、キプロスのラルナカ等を歴訪。翌年、四谷三丁目のギャラリー「モール」で写真展「ランボーのスティーマー・ポイント」を開催。同年、同題の本を集英社から刊行。同年、渋谷パルコで粟津則雄、渋沢孝輔、島田雅彦、瀬尾育生とともに、シンポジウム「ランボー101年」を開催。
江守 徹(えもり とおる、本名:加藤 徹夫〈かとう てつお〉… 江守 徹(えもり とおる、本名:加藤 徹夫〈かとう てつお〉、1944年〈昭和19年〉1月25日 - )は、日本の俳優、声優、タレント、ナレーター、劇作家、演出家、翻訳家。文学座所属。身長171cm、体重75kg。血液型はA型。 芸名は、フランスの俳優・劇作家モリエールから。文学座に入所当時、文学座では同じ苗字を持つ二人の俳優がすでに演劇界に知られており(加藤和夫、加藤武)、加藤姓が多いため自身で芸名を考えたところ、はじめ「もりえるい」という芸名を思いついたが安直なため却下し、文字を分解した「えもり」、かつ本名の「徹」の字が入る「えもりとおる(江守徹)」という芸名をそのまま名乗ることにしたのが由来である。
藤川 芳朗(ふじかわ よしろう、1944年1月18日 - )… 藤川 芳朗(ふじかわ よしろう、1944年1月18日 - )は、日本のドイツ文学者、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。 愛知県生まれ。旧・東京都立大学大学院修了。東京水産大学助教授を経て、横浜市立大学教授。2009年定年退任、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
河東田 静雄(かとうだ しずお、1944年 - )は、日本の… 河東田 静雄(かとうだ しずお、1944年 - )は、日本のビルマ語翻訳家。 1972年大阪外国語大学ビルマ語科卒業、NHK国際局に入り、ビルマ語番組の制作に従事、1976年から1977年にラングーン大学文学部に留学。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
沢近 十九一(さわちか とくいち、1944年 - )は、日本… 沢近 十九一(さわちか とくいち、1944年 - )は、日本の編集者、科学ジャーナリスト、翻訳家。「澤近十九一」の表記もある。 東京生まれ。東京都立大学大学院中退。 1973年より自然誌「アニマ」の編集陣に参画、1981年より編集長。1994年よりマイクロソフト・デジタル百科事典「エンカルタ」プロジェクト・マネージャー。 総合企画会社「エス・プロジェクト」代表。新樹社の編集長。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
石井 登志子(いしい としこ、1944年 - )は、日本の児… 石井 登志子(いしい としこ、1944年 - )は、日本の児童文学の翻訳家。 同志社大学卒業。スウェーデンのルンド大学でスウェーデン語を学ぶ。ベスコフやリンドグレーンの作品など北欧の児童文学作品を多数翻訳している。
大野 純一(おおの じゅんいち、1944年 - )は日本の翻… 大野 純一(おおの じゅんいち、1944年 - )は日本の翻訳家・出版業者。コスモス・ライブラリー代表。 東京浅草生まれ。1968年に一橋大学経済学部卒業。在学中より近代インドの宗教思想、特にヴィヴェーカーナンダを研究する。 クリシュナムルティの日本紹介に大きな役割を果たした。 2022年9月現在、脳内疾患により療養中。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
ゆあさ ふみえ(1944年 - 2004年)は、日本の翻訳家… ゆあさ ふみえ(1944年 - 2004年)は、日本の翻訳家・絵本研究家。 本名、湯浅フミエ。香川県高松市生まれ。早稲田大学第一文学部英文専修卒業。数多くの絵本の翻訳者として知られ、子供の不登校の問題などにも取り組んだ。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
柴田 都志子(しばた としこ、1943年11月23日 - )… 柴田 都志子(しばた としこ、1943年11月23日 - )は、日本の翻訳家。 東京生まれ。1967年国際基督教大学教養学部卒業後、筑摩書房勤務を経て、フランスに留学。1969年から1978年まで約9年間フランスに滞在。帰国後サイマル出版会勤務を経て、フリーランスの翻訳家となる(フランス語・英語原書の翻訳)。
柳沢 由実子(やなぎさわ ゆみこ、1943年11月8日 - … 柳沢 由実子(やなぎさわ ゆみこ、1943年11月8日 - )は、日本の翻訳家・評論家。主に英語・スウェーデン語の日本語訳を手がける。別名義にヤンソン由実子(Jansson Yumiko、ヤンソンゆみこ)、ヤンソン柳沢由実子がある。 岩手県一関市生まれ。貧しい家の出身ながらも音楽家の父と裕福な家の出身の母の間に生まれた2人姉妹のうちの次女として育つ。物心ついた頃から家や性別に伴う因習や固定的な価値観への抵抗があった。上智大学文学部英文学科卒業。卒業したのち1年半ほど丸の内の韓国銀行東京支店で勤務。1967年、24歳の時、当時日本語を学ぶために文部省の交換留学生として来日していたスウェーデン人のペール・スタファン・ヤンソン(典: Per Staffan Jansson)と国際結婚をして、翌1968年に初めてスウェーデンを訪れる。
今野 雄二(こんの ゆうじ、1943年10月5日 - 201… 今野 雄二(こんの ゆうじ、1943年10月5日 - 2010年7月27日)は、日本の映画・音楽評論家、翻訳家、小説家。 北海道室蘭市生まれ。国際基督教大学教養学部語学科卒業後、平凡出版(後のマガジンハウス)に入社。『平凡パンチ』『an・an』編集部を経て、評論家として独立。音楽評論家としては、ミッシェル・ポルナレフ、ロキシーミュージック、10ccなど、多数のレコードのライナーノーツを担当した。 日本テレビの深夜番組『11PM』に出演して映画紹介や流行のサブカルを紹介するコーナーを受け持ち、司会の愛川欽也から「コンちゃん」と呼ばれ、そのニックネームで知られるようになった。 1970年代にはその他に当時の若者向け番組『リブ・ヤング!』や『チャンネル泥棒!快感ギャグ番組!空飛ぶモンティ・パイソン』などに司会者として出演した。
松岡 佑子(まつおか ゆうこ、1943年9月10日 - )は… 松岡 佑子(まつおか ゆうこ、1943年9月10日 - )は、日本の英語通訳で翻訳家・実業家。出版社の静山社社長。福島県原町市(現・南相馬市)出身。ミドルネームはハリス。 ファンタジー小説「ハリー・ポッターシリーズ」の日本語版の翻訳者として知られる。 グループ会社とした出版芸術社の代表取締役もつとめる。 1998年、夫である松岡幸雄の死去に伴い、静山社の社長に就任した。しかし、静山社を引き継いだものの出版について知識のない松岡は、通訳の仕事を続けながら「どんな本」を出すべきか暗中模索の日々を送っていた。 同年、ロンドンに住む昔からの友人であるダン&アリソン夫妻のもとを訪れた際、「語学力を生かして、翻訳本を出したいと思っているんだけど、何か面白い本はないかしら?」と尋ねたところ、ダンが「それならこの本だ! 子どものいるイギリス人で、これを読んでいない親はいないって言われている。
渡辺 南都子(わたなべ なつこ、1943年8月14日 - )… 渡辺 南都子(わたなべ なつこ、1943年8月14日 - )は、日本の児童文学翻訳家。 東京都生まれ。東京学芸大学学芸学部国語科卒業。河出書房勤務ののち英米児童文学の翻訳家となる。
荻内 勝之(おぎうち かつゆき、1943年8月1日 - )は… 荻内 勝之(おぎうち かつゆき、1943年8月1日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。 神戸市外国語大学イスパニア学科卒、バルセロナ大学文学部イスパニア研究科卒、神戸市外国語大学学院修士課程修了、1970年東京経済大学専任講師、助教授を経て1989年教授。 神戸市外国語大学で、セルバンテス『ドン・キホーテ』の訳者であった高橋正武の教えを受け、晩年の長篇作品『ペルシーレス』を初訳、四番目となる『ドン・キホーテ』完訳を行った。児童文学の創作や『好色五人女』の研究も行うユニークな文学研究者である。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
工藤 正廣(工藤 正広、くどう まさひろ、1943年5月5日… 工藤 正廣(工藤 正広、くどう まさひろ、1943年5月5日 - )は、日本のロシア文学者、詩人、翻訳家。北海道大学名誉教授。元・公益財団法人北海道文学館理事長。現・北海道立文学館館長(2025年3月現在)。 津軽方言を用いた詩を書くほか、ボリス・パステルナークの詩を多く翻訳、研究した。専門はロシア文学・ポーランド文学。文芸誌『同時代』同人。 青森県南津軽郡黒石町(現・同県黒石市)生まれ。青森県立黒石高等学校を経て、北海道大学文学部露文科を卒業し、1970年東京外国語大学大学院スラブ系言語修士課程を修了。大学院在学中にロープシン『蒼ざめた馬』『漆黒の馬』の翻訳を手がけ、頭角をあらわす。1975年7月、北海道大学教養部教員に任用、のちに助教授となる。
今村 楯夫(いまむら たてお、1943年4月 - )は、日本… 今村 楯夫(いまむら たてお、1943年4月 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。東京女子大学名誉教授。 静岡県生まれ。1966年静岡大学教育学部英語科卒業。1975年ニューヨーク州立大学ビンガムトン校大学院比較文学博士課程中退。和洋女子大学助教授をへて、1987年東京女子大学教授。1992年日本ヘミングウェイ協会を設立し、2001年会長。
筒井 正明(つつい まさあき、1943年3月26日 - )は… 筒井 正明(つつい まさあき、1943年3月26日 - )は、日本のアメリカ文学研究者、翻訳家。明治学院大学文学部英文科名誉教授。 東京市(現江東区)生まれ。1966年東京大学文学部英文科卒、1969年同大学院修士課程修了、同助手、1972年中央大学法学部専任講師、1975年助教授、1978年明治学院大学助教授、1981年教授。2013年定年退職。ジョン・アーヴィング『ガープの世界』など多数の翻訳を行なう。その間駿台予備学校、一橋学院で、長年に渡り大学受験生対象の英語の非常勤講師も務める。 『ラブ・ストーリィ』(エリック・シーガル、板倉章訳、角川書店、1970年)は、筒井の筆名による翻訳とされるが、これについては角川春樹が自分で訳して筆名で出したと語っている。
柳瀬 尚紀(やなせ なおき、1943年3月2日 - 2016… 柳瀬 尚紀(やなせ なおき、1943年3月2日 - 2016年7月30日)は、日本の英文学者、翻訳家、随筆家。 語呂合わせなどの言葉遊びを駆使した独自の文体で『フィネガンズ・ウェイク』などの翻訳を行った。「悪訳」をするとみなした翻訳家に対しては痛烈な批判を行った。 北海道根室市出身。1965年に早稲田大学第一文学部卒業、1967年同大学院文学研究科修士課程卒業、1970年同大学院文学研究科博士課程満期終了退学。1977年に成城大学助教授、1991年に辞職。 1976年にエリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』の訳書がベストセラーとなり、「飛んでる女」が流行語となる。その後もジョング作品の翻訳を続けている。
山本 楡美子(やまもと ゆみこ、1943年2月13日 - 2… 山本 楡美子(やまもと ゆみこ、1943年2月13日 - 2022年2月12日)は、日本の詩人・翻訳家。 東京生まれ。本名・郷原静江。夫は郷原宏、娘は郷原佳以。早稲田大学文学部卒。現代詩人会会員。2010年『森へ行く道』で小野市詩歌文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
山川 亜希子(やまかわ あきこ、1943年1月29日 - )… 山川 亜希子(やまかわ あきこ、1943年1月29日 - )は、日本の精神世界・スピリチュアル系の翻訳家、著作家、講演家。スピリットダンス主催、セミナー講師。翻訳は夫の山川紘矢と共に行っている(なお「亜希子」「紘矢」はペンネームである)。 東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。結婚後、夫・紘矢と共に海外生活を体験。マッキンゼー・アンド・カンパニー、マープラン・ジャパンなど外資系会社勤務を経て、現在は翻訳家。 (特記なき限り紘矢との共訳)
篠田 知和基(しのだ ちわき、1943年1月28日 - )は… 篠田 知和基(しのだ ちわき、1943年1月28日 - )は、日本のフランス文学者、比較神話学者、翻訳家。名古屋大学元教授。神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員。 1943年、東京市(現・中野区)で生まれた。横浜市立大学文理学部で学び、1966年に卒業。東京教育大学大学院文学研究科に進み、1971年に博士課程を中退。フランス・グルノーブル大学(フランス語版)に留学し、1969年に博士課程を修了した。 1971年、静岡大学教養部専任講師に就いた。1973から1974年まで、パリ大学で在外研究。1974年、静岡大学教養学部助教授に昇格。1978年、パリ第8大学で文学博士号を取得。1981年、名古屋大学文学部助教授に転じ、1995年に教授昇格。
母袋 夏生(もたい なつう、1943年 - )は、日本のヘブ… 母袋 夏生(もたい なつう、1943年 - )は、日本のヘブライ語イスラエル文学の翻訳家。 長野県生まれ。長野県上田高等学校、東京学芸大学卒業。小学校教員時代にキブツに関心を持ち、イスラエル政府招聘留学生として、1974年ヘブライ大学大学院修士課程実用言語コースを修了。 初の翻訳作品は1989年に雑誌『暮しの手帖』に2回に渡って掲載された「一夜の宿を」(マーニャ・ハレーヴィ作)というホロコーストの短編。1996年、ウーリー・オルレブの作品を多く翻訳している(Uri Orlev)。『壁のむこうから来た男』の翻訳で産経児童出版文化賞。1998年、ヘブライ文学翻訳奨励賞受賞。
奥村 昭夫(おくむら てるお、1943年(昭和18年) - … 奥村 昭夫(おくむら てるお、1943年(昭和18年) - 2011年(平成23年))は、日本の映画監督、翻訳家である。 福井県出身。東京大学文学部仏文学科卒業。 1967年の第一回草月実験映画祭において、初監督作品『猶予もしくは影を撫でる男』が最優秀作品賞を受賞する。1968年の第二作『三人でする接吻』につづき、1970年には椎谷建治の俳優デビュー作『狂気が彷徨う』を監督する。その後は翻訳家として、『気狂いゴダール ルポルタージュ・現場のゴダール』(1976年)をはじめ、『ゴダール 映画史』(1982年)や『作家主義 映画の父たちに聞く』(1985年)などを手がけた。
栗栖 茜(くりす あかね、男性、1943年 - )は、日本の… 栗栖 茜(くりす あかね、男性、1943年 - )は、日本の医師、翻訳家。出版社海山社代表。父はチェコ文学者の栗栖継。著訳書のほとんどが、みずからの出版社である海山社から刊行されている。 東京医科歯科大学医学部卒業。前武蔵野赤十字病院外科部長。医学博士。 日本外科学会指導医・専門医。日本消化器外科学会指導医・専門医。日本大腸肛門病学会指導医・専門医。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
重松 宗育(しげまつ そういく、1943年 - )は、臨済宗… 重松 宗育(しげまつ そういく、1943年 - )は、臨済宗妙心寺派の僧侶、英米文学研究者、翻訳家、著述家。英訳を通して欧米への禅の紹介に努める。 長く静岡大学でアメリカ文学を教え、1985年から1986年にかけフルブライト研究員として、サンディエゴ州立大学、カリフォルニア大学デーヴィス校を拠点に、アメリカ各地で講演を行う。1987年、アメリカン・ポエトリー・リビュー賞(ワシントンDC)を受賞した。 静岡県清水市(現静岡市)生まれ。東京外国語大学(英米語科)卒業、京都大学大学院修士課程を修了。静岡女子大学(現静岡県立大学)講師、静岡大学人文学部講師、助教授を経て、教授。2001年、関西医科大学教授として医学英語、こころのセミナーなどを担当し、2006年退職。
寺地 五一(てらち ごいち、1943年 - )は、日本の翻訳… 寺地 五一(てらち ごいち、1943年 - )は、日本の翻訳家、英語教師、先住民族支援活動家、元東京経済大学専任講師。 新潟県生まれ。高校生だった1961年から1962年にかけてAFS交換留学8期生として渡米し、ニューヨーク州のマッセナ高等学校(英語版)を卒業した。 東京外国語大学卒業後、1967年から1971年にかけて神戸製鋼所に勤務した。東京外国語大学大学院修士課程(米文学専攻)に進み、修了。日本獣医畜産大学(後の日本獣医生命科学大学)専任講師となり、1978年に東京経済大学専任講師に転じた。 1980年代には田島伸悟とともに、『初級クラウン英和辞典』の改訂に取り組んだ。 1990年から1991年にかけて、コロラド大学ボルダー校を拠点として、各地の先住民族居留地の状況を見聞した。
田中 三彦(たなか みつひこ、1943年 - )は、翻訳家、… 田中 三彦(たなか みつひこ、1943年 - )は、翻訳家、科学評論家。元原子炉製造技術者。 栃木県生まれ。1968年東京工業大学工学部生産機械工学科卒業。同年バブコック日立入社、福島第一原子力発電所4号機などの原子炉圧力容器の設計に関わる。1977年退社。サイエンスライターとして、翻訳・科学評論を執筆。「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」呼びかけ人。 2012年、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員
太田 昌国(おおた まさくに 1943年(昭和18年) - … 太田 昌国(おおた まさくに 1943年(昭和18年) - )は、日本の思想評論家、映画評論家、編集者、翻訳家。 東アジア反日武装戦線のメンバーの支援活動を行っている。 釧路市生まれ。1968年、東京外国語大学ロシア語科卒。 出版社からの就職が一旦内定したが取り消された。翻訳や校正、肉体労働のアルバイトをしながら、国立国会図書館などで研究活動をしていた。どちらかというと、ソ連を先頭とする世界共産主義運動に対する幻想は持たず、アナキズムの方向性を抱いていたと回顧している。 1960年代には、レボルト社からアジア、アフリカ、ラテンアメリカについての情報を扱った『世界革命運動情報』の編集、刊行に関わってきた。