一円破顔(いちえんはがん、1952年〈昭和27年〉10月14… 一円破顔(いちえんはがん、1952年〈昭和27年〉10月14日 - 2020年〈令和2年〉9月12日)は日本の画家、書家、彫刻家。本名は山田順久。東京都生まれ。 13歳のとき、ゴッホの作品に芸術的感銘を受け、画家を志す。各種の表現様式を独学で遍歴し、19歳で「絵画の究極的本質は、丸ひとつでも、その表現が可能である」という直感を得る。以降、仏教にも造詣を深め、絵と書を、表現方法の両輪として創作活動を展開。自身の体験を通して辿り着いた「芸術は人間の霊性の表現である」という哲学的信条のもと、62才まで画家、書家として専心する。その後、雅号を「爪弾菴無才(そうだんあんむさい)」と改め、模写職人を自称して西洋名画の肉筆模写を仕事とする傍ら、書を通して「人間の霊性」を世に問い続ける(“思想”欄を参照)。
橘 右橘(たちばな うきつ、本名:中村 泰士(なかむら やす… 橘 右橘(たちばな うきつ、本名:中村 泰士(なかむら やすひと)、1952年(昭和27年)8月27日 - )は橘流寄席文字・勘亭流文字・江戸文字書家。演芸プロデューサー・演芸評論家。 橘流寄席文字一門理事。有限会社大有企画代表取締役。荒川区登録無形文化財保持者。「駄句駄句会」同人、俳号は「粕利 」。篝火舎心亭の雑俳「つ花連」門下で篝火舎右橘として立机。 東京都台東区稲荷町生まれ。台東区立西町小学校卒業後、中学から大学まで青山学院に進学。鈴本演芸場六代目席亭の鈴木寧は高校・大学の同級生。大学では落語研究会に所属。落語研究会では三遊亭円楽(6代目)と一緒だった。 1971年大学入学後、寄席文字橘流の橘右近に師事。
橘 右龍(たちばな うりゅう、本名:須賀雅信、1952年 -… 橘 右龍(たちばな うりゅう、本名:須賀雅信、1952年 - 2021年9月17日)は橘流寄席文字書家。寄席文字橘会理事。 東京都出身。日本大学豊山高校、日本大学文理学部卒業。 寄席文字との出会いは高校での落語研究会。高校2年生で本牧亭に通い出し、寄席文字の魅力にとりつかれ、大学入学後橘右近に正式に入門。芸人とも親交を深める。1976年に「橘右龍」の名前を許される。 浅草演芸ホール・東洋館の看板・めくりや各種筆耕などを数多く手掛け、寄席文字を理論的に研究した上での普及と橘右近の作品の継承に携わり、ビラ字研究の第一人者であった。 2021年9月17日に心臓病で死去。
本田 博太郎(ほんだ ひろたろう、1951年2月8日 - )… 本田 博太郎(ほんだ ひろたろう、1951年2月8日 - )は、日本の俳優、書家。茨城県水戸市出身。前事務所マツ・カンパニーは2024年5月末日を以て解散。その後、合同会社久保田企画に所属。長男は俳優の本田大輔。 茨城県水戸市に4人兄弟の末っ子として生まれ、9歳の時に母を亡くし、男手一つで4人の子育てをする父のもとで育つ。夜に父に連れられて行った近所の映画館で、ドロドロした人間の業や悲哀を描いた巨匠監督の映画を見るのが唯一の楽しみだったという。 役者になることを夢見て、高校卒業後まもなく家出同然で上京。小さな劇団を立ち上げて閉店後の喫茶店を借りて芝居の上演など続けた後、文学座演劇研究所13期生を経て劇団青俳に所属した。
安藤 豊邨(あんどう ほうそん、1951年2月1日 - )は… 安藤 豊邨(あんどう ほうそん、1951年2月1日 - )は、日本の書家。現愛知教育大学講師。 愛知県豊田市出身。本名は安藤重光。都留文科大学文学部卒業。1982年に毎日現代書展・会員賞受賞の審査会員となる。1986年に豊田市文化協会を奨励賞受賞。2002年に文化庁所管の国井誠海賞を受賞。2004年、豊田芸術選奨を受賞。2007年、第59回毎日書道展文部科学大臣賞を受賞。現在は日本刻字協会理事長・豊田書道連盟理事長・日本書道協会評議員・愛知教育大学の講師を務める。家族には、家族は妻と2男。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
斉藤 文春(さいとう ぶんしゅん、1951年1月25日 - … 斉藤 文春(さいとう ぶんしゅん、1951年1月25日 - )は、日本の書家、現代美術家。 北海道函館市生まれ。宮城県仙台第三高等学校卒、東北学院大学経済学部卒(書道研究部在籍)。現代における<ことばの表現>としての「書」、墨線・墨点による「水墨抽象」作品の可能性を多面的に追求している。特にそれらの拡張的展開としてオブジェ、インスタレーション、パフォーマンスで現代美術と交流。1980年には秋亜綺羅らと批評総合誌「SENDAI IN」を発行した。水墨トリエンナーレ富山2007奨励賞。 トリエンナーレ豊橋・星野眞吾賞展(2017)審査委員推奨。美術展等の企画、評論、執筆活動を行う。映画、演劇、コンサート、イベント、出版物の題字等、手掛けている。
座本 大汪(ざもと だいおう、1950年11月12日 - )… 座本 大汪(ざもと だいおう、1950年11月12日 - )は広島県福山市赤坂町生まれの書家。日展総理大臣賞受賞者である劉蒼居や、毎日芸術賞を受賞した金子卓義に師事。2010年に開かれた自身の還暦記念個展を評価され2011年6月9日に第24回毎日書道顕彰・芸術部門を受章。 1950年11月12日、広島県福山市赤坂町に生まれる。 1957年より兵庫県に移住し、活動拠点を兵庫県加古川市に定める。 1984年の第16回日展に初入選し、以降第29回日展までの期間で計9回入選。 2000年に自身が代表を務める書法研究嚶嚶を発足し、これまで師事を仰いだ劉蒼居の言葉「字を書くということは人間修行の総称である」を教訓に、漢字書家として古典研究に務める。
橘 右太治(たちばな うたじ、本名:小田 幸広、1950年〈… 橘 右太治(たちばな うたじ、本名:小田 幸広、1950年〈昭和25年〉1月29日 - )は中京圏を中心に活動する橘流寄席文字書家。寄席文字橘会理事。愛知県蒲郡市出身・在住。家業として農業(ミカン・山椒の葉など)にも携わる。 1968(昭和43)年、東京農業大学短期大学部農業科に入学と同時に落語研究会に入部。芸名は「二束家三紋」。新宿末廣亭で橘右近の寄席文字を見てカルチャーショックを受け、入門。落研の先輩である橘右一郎と共に新宿末廣亭の10日ごとの看板の張り替えを手伝い、右近のビラ文字のコレクションを始める。看板の張り替え作業は、農大落研の後輩に50年以上経った現在も受け継がれている。 短大卒業後帰郷、1970(昭和45)年、関山和夫が主宰する「含笑長屋落語を聴く会」に参加、同年3月、関山の指導のもと「蒲郡落語を聴く会」をスタートさせる。
高木 聖雨(たかき せいう、1949年9月8日 - )は、日… 高木 聖雨(たかき せいう、1949年9月8日 - )は、日本の書家。本名は茂行。高木聖鶴の息子。教え子に中塚翠涛がいる。 岡山県総社市生まれ。1968年関西高等学校卒業後、1973年大東文化大学文学部日本文学科卒業。青山杉雨・成瀬映山に師事。大東文化大学文学部書道学科教授、大東文化大学書道研究所所長、公益財団法人全国書道美術振興会理事長、北京大学書法藝術研究所客員教授、読売書法展常任総務、謙慎書道会理事長などを歴任。2015年、改組新第2回日展文部科学大臣賞を受賞。2016年、日本芸術院賞・恩賜賞を受賞。2017年、第13回マルセンスポーツ文化賞を受賞。2020年12月に日本芸術院会員就任。2024年11月文化功労者。
深津 諭美子(ふかつ ゆみこ、1948年〈昭和23年〉8月2… 深津 諭美子(ふかつ ゆみこ、1948年〈昭和23年〉8月24日 - 2015年〈平成27年〉6月11日)は、日本の書家。娘は女優の深津絵里。大分県別府市出身。雅号は諭黄(ユンホン)。 実父も書道家であったが、自らは服飾デザイナー志望で福岡市にブティックを開く。1994年(平成6年)頃にブティックを閉めて東京に移り、本格的に書道に取り組む。その後、2003年頃に上海大学で書道を学び、歯ブラシ、ほうき、たわし、ストロー等も筆代わりにして、両手や左手を使って書く「漢字アート」とよばれる独自の手法で個展を催し始める。 娘が有名女優ということもあり、長く「諭黄」を名乗り本名を伏せてきた。しかし、2009年に開いた個展を機に実名の「深津 諭美子」を使用。
河野 隆(かわの たかし、1948年3月23日 - 2017… 河野 隆(かわの たかし、1948年3月23日 - 2017年11月3日)は、日本の篆刻家・書家・教育者。大東文化大学文学部書道学科名誉教授。号・鷹之。室号は晨風廬。 大分県臼杵市生まれ。生井子華に師事。日展会員、読売書法会常任理事、全日本篆刻連盟会長、大東文化大学書道科教授、国立台湾芸術大学客員教授、西泠印社名誉社員、中国芸術研究院中国篆刻芸術院研究員を歴任。 2017年11月3日、肺癌のため死去。
赤塚 暁月(あかつか ぎょうげつ、1946年 - 2020年… 赤塚 暁月(あかつか ぎょうげつ、1946年 - 2020年[要出典])は、日本の書家。暁月書道倶楽部、ギャラリー暁月主宰。弟子にMaaya Wakasugiがいる。 東京都出身。上條信山、筒井敬玉に師事。大東文化大学文学部中国文学科書専攻卒業。公立中学校・高等学校の講師を長く続けながら、書道教室「ギャラリー暁月」を主宰。国際的にも活躍し、多くの展覧会に参加している。著書に2005年「書のこころ世界へ」アルカディアブックス、2010年「書のこころ世界へ2」美研インターナショナルより発売された。 世界平和芸術文化交流親善大使(ボランティア)。世界一周世界芸術遺産認定。 2020年2月 急性白血病により急逝[要出典]。
橘 右樂(たちばな うらく、筆名、1946年 - )は橘流寄… 橘 右樂(たちばな うらく、筆名、1946年 - )は橘流寄席文字書家、寄席資料研究家。寄席文字橘流理事。男性。 東京都葛飾出身。1975年橘右近に入門、1977年寄席文字伝承者として「橘右樂」の名前を許される。寄席文字の普及と継承に務めながら、江戸期から現在に至る東京の寄席とその周辺情報の調査研究を1993年ごろからライフワークにしている。 落語協会百周年(2024年)の際には、大正13年(1924年)2月25日に上野精養軒で落語協会発会式が行われたという27日付の都新聞の記事を国立国会図書館で発見、発足記念日の根拠となった。
河東 純一(かとう じゅんいち、1946年〈昭和21年〉 -… 河東 純一(かとう じゅんいち、1946年〈昭和21年〉 - )は、日本の国家公務員、書家。内閣府職員。号は峰城。総理府内閣総理大臣官房人事課辞令専門官、内閣府大臣官房人事課辞令専門官などを歴任した。 茨城県出身。総理府にて辞令専門官などを務め、中央省庁再編後は内閣府に勤務した。官記、位記、辞令書などを揮毫した。内閣官房長官の小渕恵三が新元号を発表する際に掲げた「平成」の書を揮毫したことでも知られる。また、大東文化大学のロゴなども手掛けている。書家としての号は「蜂城」を名乗った。 茨城県にて生まれ育つ。大東文化大学第一高等学校在学中に書家を志し、毎晩100枚近く書き続けるなど修練を重ねた。同校卒業後は大東文化大学の文学部中国文学科に進学し、1969年(昭和44年)に卒業した。
石川 九楊(いしかわ きゅうよう、男性、1945年〈昭和20… 石川 九楊(いしかわ きゅうよう、男性、1945年〈昭和20年〉1月13日 - )は、昭和・平成時代の日本の書家・書道史家。京都精華大学客員教授。同大学表現研究機構文字文明研究所所長。 福井県今立郡粟田部町(1956年以降は同郡今立町。現在の越前市粟田部町)出身。京都大学法学部卒業。 福井県今立郡粟田部町に生まれる。5歳で木村蒼岳塾に学ぶ。8歳で杉本長雲に入門。越前市武生第三中学校在学中から、垣内楊石に師事。1963年、福井県立藤島高等学校を卒業し、弁護士を目指して京都大学法学部に入学。進学に際して、師の垣内楊石から九頭竜川にちなんだ「九楊」の名を授かる。京都大学では書道部に入部し、新入生歓迎書道展では自作が展示された。
牛窪 梧十(うしくぼ ごじゅう、1945年 - )は、日本の… 牛窪 梧十(うしくぼ ごじゅう、1945年 - )は、日本の書家。本名は牛窪 勲。埼玉県入間郡三芳村(現三芳町)に生まれ、幼少期を静岡県で過ごした。西川寧に師事し、篆刻は小林斗盦に学んだ。日展を主な発表の場として活動し、2019年に日展文部科学大臣賞、2021年度に恩賜賞・日本藝術院賞を受賞した。 東京教育大学で書を専攻し、その後、西川寧に直接師事した。大学卒業後は埼玉県立川越高等学校、埼玉県立豊岡高等学校、埼玉県立飯能南高等学校で約25年間教職にあり、2000年からは大東文化大学書道学科の講師を務め、70歳まで教鞭を執った。1970年から狭山市に居住し、夫妻で成和書会を主宰した。 日展では1996年の第28回日展で特選を受賞した。
星 弘道(ほし こうどう、1944年9月10日 - )は、日… 星 弘道(ほし こうどう、1944年9月10日 - )は、日本の書家、日蓮宗の僧侶(妙純寺貫首・戒行寺住職)、日本藝術院会員。日本藝術院賞受賞者。 1944年、栃木県に生まれる。1967年に立正大学仏教学部を卒業した。1969年、浅香鉄心に師事した。1975年、第7回日展に「高青邱詩」で初入選した。 1995年から2015年まで大東文化大学で非常勤講師・特任教授を務めた。また、1998年に日本書作院理事長、2015年に全日本書道連盟理事長、2021年に同顧問(永年)となった。他に、日展理事、読売書法会最高顧問などを歴任。 1990年、第22回日展で「蘇東坡詩」により特選を受賞した。2007年、第39回日展で「李濂詩」により日展会員賞を受賞した。
辻 良樹(つじ よしき、1944年3月25日 - )は、書家… 辻 良樹(つじ よしき、1944年3月25日 - )は、書家、日本の随筆家。 奈良県天理市生まれ。1962年に、奈良県立郡山高等学校普通科卒業。大井証券(株)本社電子計算課入社(和光証券、新光証券、現在は、みずほ証券)。 1970年に、円満退社(脱サラ)。1990年に、共同産業(株)専務取締役 円満退社。システムセイファ(株)設立。 その間、趣味が昂じて「ことば&書」活動を行う。個展、講演、講座などを精力的に行う。2002年に、長兄(上場会社トップ)の急逝を機に、「ことばは命」を出版。2008年に、システムセイファ(株)を後進に移譲。「ことば&書」活動に専念し現在に至る。 「ことば&書のふれあい展」を過去60回以上実施 一心寺南会所ギャラリー(大阪府)朝日新聞本社アサコムホール(大阪府)歯ART美術館(香川県)レストランTOKYO(ウクライナ キーウ)寿ファーマシー(兵庫県)常設コーナー サンケイ新聞/山陽新聞/伊勢新聞 他多数
辻井 京雲(つじい けいうん、1944年 - 2019年)は… 辻井 京雲(つじい けいうん、1944年 - 2019年)は、日本の書家。本名は辻井義昭。北海道雨竜町出身。近代詩文書と漢字書の融合を特徴とし、国内外で活動した。北海道教育大学名誉教授。Japanesque Lab代表の書家・辻井樹は息子。 1944年、北海道空知管内雨竜町に生まれる。北海道学芸大学(現・北海道教育大学)書道科を卒業後、1968年に上京し、金子鷗亭に入門、受賞・入賞を重ねた。1975年から2010年まで北海道教育大学で教鞭をとり、多くの後進を育成した。 1989年から1990年にかけて、ロンドン大学SOASおよびオックスフォード大学で客員講師を務め、大英博物館の客員研究員も兼任した。
井垣 清明(いがき せいめい、1944年 - )は日本の書家… 井垣 清明(いがき せいめい、1944年 - )は日本の書家。井垣北城長子。中国大陸に1965年~2025の間35回訪問。2025年9月1日現在、中華人民共和国貴州省文化和旅行庁のホームページでは「著名な日本の書法家」と紹介されている。日中友好協会参与。全日本書道連正会員。書道文化研究会会員。東京都日中友好協会参与・書道部会副会長。「蘭亭書会」東京研究院名誉顧問。東京都在住。 平成28年より令和6年まで、日本書学院代表。 東京都立小石川高等学校(現東京都立小石川中等教育学校)卒業 早稲田大学第一文学部卒業 東京都立大学大学院文学研究科中退
金子 卓義(かねこ たかよし、1943年2月14日 - 20… 金子 卓義(かねこ たかよし、1943年2月14日 - 2006年3月30日)は、日本の書家。 東京都杉並区生まれ。文化勲章受章者である父金子鷗亭に師事。2003年の個展「金子卓義―史記を書く―」で毎日芸術賞を受賞。子息は書家の金子大蔵。 1943年2月14日、書家金子鷗亭・栄子の次男として東京都杉並区に生まれる。1958年、東京都立北野高等学校に入学し、浅沼一道の書道を履修する。1961年、東京経済大学経済学部に入学。父である金子鷗亭と兄弟子にあたる東地滄厓に師事。後に自身を含めて三羽烏と呼ばれるようになる石飛博光・矢壁柏雲の両氏と出会う。1963年、20歳で日展初出品初入選し、以降連続入選する。
吉川 壽一(よしかわ じゅいち、1943年1月7日 - )は… 吉川 壽一(よしかわ じゅいち、1943年1月7日 - )は、日本の前衛書家、SYOアーティスト。福井県福井市出身。ソニー・クリエイティブプロダクツが著作物のマネジメントを行っている。 福井県立藤島高等学校卒業。上田桑鳩・宇野雪村・稲村雲洞・川崎一照らに師事。1964年に「奎星賞」を受賞し、以後、毎日書道展グランプリ、福井市民文化賞、毎日書道顕彰など多くの賞を受賞。「SHO家」、「SHO Artist」として国内、海外で精力的に活動し、エルメス社のスカーフのSHO作品を制作するなどその活動範囲は非常に広い。 1964年第一回個展「寿一墨象展」を手始めに、中国北京「百福萬福書法展」、パリ「SHO吉川寿一PARIS展」、東京・NHK放送センター「平成独楽吟大書法展」、「寿一SHOワールド」パリなどを開催。
真神 巍堂(まがみ ぎどう、1943年 - )は、日本の書家… 真神 巍堂(まがみ ぎどう、1943年 - )は、日本の書家、僧。本名は真神 仁宏(まがみ まさひろ)。建仁寺正伝永源院住職、京都教育大学名誉教授。2018年度恩賜賞・日本藝術院賞(書)受賞者である。 1943年、京都府生まれ。幼い頃から書を学び、村上三島に師事した。京都教育大学を卒業し、同大学教授(書道専攻)を経て名誉教授となった。 書壇では日展を主要な発表の場の一つとし、2016年の改組新第3回日展で東京都知事賞、2017年の改組新第4回日展で文部科学大臣賞を受賞した。2018年度には、改組新第4回日展出品作「碧潯」により恩賜賞・日本藝術院賞(書)を受賞した。 2020年には京都府文化賞功労賞を受賞し、2019年には京都市文化功労者として表彰された。
石飛 博光(いしとび はっこう、1941年 - )は、日本の… 石飛 博光(いしとび はっこう、1941年 - )は、日本の書家。本名読み・ひろみつ。 北海道生まれ。1960年北海道赤平高等学校を卒業し上京、金子鷗亭に師事。1964年東京学芸大学学芸学部書道科卒業。駿台学園高等学校、千葉県立松戸高等学校の教員を務める。1988年、1989年日展特選連続受賞。1996年、2004年日展審査員。1996年、2004年、2008年NHKテレビ「趣味悠々」講師。日展会員、全日本書道連盟常務理事、毎日書道会理事、創玄書道会理事長。2011年、第53回毎日芸術賞受賞。2024年、旭日小綬章受章。自らの創作活動のみならず、各メディアでの書道の啓蒙活動や書写教育への取り組みにも積極的である。
樋口 雅山房(ひぐち がざんぼう、1941年-)は、日本の書… 樋口 雅山房(ひぐち がざんぼう、1941年-)は、日本の書家。北海道出身。前衛的な書道作品を手がけ、多数の文字デザインやアーティストとのコラボレーションによる創作活動を行う現代書家である。札幌市白石区在住。 1941年北海道に生まれる。家は薬屋を営んでいた。書道を習い始めたのは小学1年生の時である。小学生時代は、毎日のように書道展や美術展に通い詰めて過ごした。1957年、北海道札幌東高等学校に入学し、書道部で加納守拙に師事した。前衛的な書を指導していた加納守拙との出会いは、後生まで大きな影響を及ぼすこととなった。また、同じ書道部には阿部典英が在籍していた。この頃、井上有一の作品に出会ったことで、京都で結成された書の前衛派による墨人会に興味をもち、修学旅行で京都を訪れた際、墨人会のリーダーであった森田子龍を訊ねている。
石田 帰山(いしだ きざん、1940年5月10日 - )は、… 石田 帰山(いしだ きざん、1940年5月10日 - )は、日本の書家。本名、紀夫。元毎日書道展会員、元創玄書道会審査員。「唯一神又吉イエス主義を後世に伝える会」の題字を手掛けたことで知られる。石田紀夫名義で、テノール歌手としても活動している。 富山県魚津市生まれ。専修大学卒業、東京音楽大学大学院修士課程修了。文化功労者である書道家大平山濤に50年の間師事する。 19歳の時、書道家吉田帰雲、大平山濤両者から一字ずつもらい、雅号「帰山」を名乗りはじめる。1965年、文化勲章受賞者である金子鷗亭が立ち上げた書道会「創玄書道会」の開催する第1回創玄展に出品し、入選。1968年、鷗亭のもとへ向かう山濤と共に、東京に移り住む。
佐藤 勝彦(さとう かつひこ、1940年3月7日 - 201… 佐藤 勝彦(さとう かつひこ、1940年3月7日 - 2017年3月13日)は、日本の画家・書家・陶芸家。 旧関東州大連生まれ。奈良県在住していた。 画壇に属さない画家として、独特の仏教観に根ざした豪放な書画を描き続けている。富士山と仏像を好むほか、朱色を多用し紙に余白を残さない点が特徴。作品を手がけるだけでなく、陶磁器や骨董品の蒐集家としても知られている。 7歳で生家の岡山県賀陽町(現・吉備中央町)に引き揚げたのち岡山県立高梁高等学校を経て、1958年、鳥取大学学芸学部入学。1960年、重度の結核で入院するが快癒。以来プラス思考に転じる。 1963年、帝塚山学園小学部で教師となるも、1968年、中川一政の作品展に影響を受け創作活動を開始。
木村 朱炎(きむら しゅえん、1939年12月3日 - )は… 木村 朱炎(きむら しゅえん、1939年12月3日 - )は、東京都北区生まれの書家。夫の木村東道に師事。本名は寿子、朱炎は号。月刊書道専門指導書『清風』の発行人、清風書道展の主宰である。
茅原 南龍(ちはら なんりゅう、1939年〈昭和14年〉3月… 茅原 南龍(ちはら なんりゅう、1939年〈昭和14年〉3月31日-)は、 沖縄県石垣市出身の書家。本名は茅原 善元(ちはら ぜんげん)。 石垣市役所1階 コミュニティールーム 2025年12月12日(水)~16日(日) 古酒泡盛「おもろ」は2017年10月27日発売(初回出荷分300本限定) (石垣空港・空港駐車場前銘板)門標の石材は、沖縄県最高峰の地元於茂登岳麓産を使用し、毛筆の持ち味を引き出す深彫加工を施している。※石垣空港ターミナル棟正面の黒色の毛筆看板は、同郷の書家 豊平峰雲作である。 第32回全国豊かな海づくり大会 美ら海おきなわ大会開催記念碑 2013年3月16日除幕 標語「魂」(こころ) を第69代横綱白鵬関と記者会見特設会場にて合作揮毫 「満員御礼」懸垂幕揮毫 大相撲沖縄場所実行委員会 冬巡業にて題字『魂』(こころ)を第69代横綱白鵬関とともに大揮毫(動画再生) 2015年8月25日(県庁1階特設記者会見場にて揮毫)記者会見で茅原南龍が題字「魂」と書く中、 最後の部分”ム”を白鵬関が担い、観衆見守る中、場所の安全と成功祈願を込め、勢いよくー点を打ち完成した 唯一無二の入魂の書作品である。
鈴木 瑞之(すずき ずいし、1938年(昭和13年) - 2… 鈴木 瑞之(すずき ずいし、1938年(昭和13年) - 2016年(平成28年)7月30日)は日本の書家。日展会員、特選2回。書道教室「瑞清会」、月刊競書誌「瑞清」主幹。 1938年(昭和13年)福島県郡山市に生まれる。福島県立郡山商業高等学校を卒業。殿村藍田に書と篆刻を学び、師事した。1983年(昭和58年)第15回日展で特選を受賞した。1989年(平成元年)第21回日展で特選を受賞した。第40回日展(平成20年)審査員を務めた。日展会員となる。 謙慎書道会常任理事(審査員)。読売書法会(漢)常任理事(審査員)
相川 鐵崖(あいかわ てつがい、1937年3月30日 - 2… 相川 鐵崖(あいかわ てつがい、1937年3月30日 - 2023年10月19日)は、書家、書学者、美術史家、芸術家。東京学芸大学名誉教授。本名は相川 政行(あいかわ まさゆき)。 相川岩吉・志なの七人兄弟の三男として、神奈川県久良岐郡六浦荘村で生まれる[要出典]。横浜市出身。1955年、横浜市立金沢高等学校卒業、1959年、東京学芸大学中等教育特別教科教員養成課程書道科卒業、1960年、同大学専攻科(芸術・書道専攻)修了。 1961年、神奈川県立横浜緑ケ丘高等学校教諭、1977年、東京学芸大学教育学部助手。その後、専任講師、助教授を経て、1987年教授、2000年名誉教授。この間、法政大学通信教育部非常勤講師、日本大学文理学部非常勤講師、東京大学東洋文化研究所内地研究員など、また山東大学客員教授、西安交通大学客員教授などを務める。
樽本 樹邨(たるもと じゅそん、1937年3月25日 - 2… 樽本 樹邨(たるもと じゅそん、1937年3月25日 - 2025年12月23日)は、日本の書家。本名は樽本英信(たるもと ひでのぶ)。中京大学名誉教授。日展名誉会員、読売書法会顧問。日本藝術院賞受賞者。 名古屋市に生まれる。中京商業高校在学中は野球部に所属し、所属中の1954年に同部は全国高等学校野球選手権大会で優勝を果たしたが、部員のレベルが高く、樽本自身はボールさえ持たせてもらえなかった立場であり、のちに書道部へ移った。書道部では中林子鶴の指導を受け、張猛龍碑の書写を重ねたことが、その後の書業の基礎になったと回想している。 中京大学商学部を1960年に卒業した。その後、中京商業高校教諭、中京大学文学部講師、助教授、教授を務め、のちに中京大学名誉教授となった。
井茂 圭洞(いしげ けいどう、1936年9月16日 - )は… 井茂 圭洞(いしげ けいどう、1936年9月16日 - )は、日本の教育者、書家。一東書道会会長、京都教育大学名誉教授、日本芸術院会員、文化功労者。本名は井茂 雅吉(いしげ まさきち)。 高等学校の教員を経て、京都教育大学教育学部教授、公益社団法人日展副理事長などを歴任した。 1936年生まれ、兵庫県出身。本名は雅吉。1954年より深山龍洞に師事。京都学芸大学(現・京都教育大学)卒。大学卒業後は、高等学校の教員として書道を教えていた。 61年「若山牧水の歌」が日展初入選。1991年京都教育大学教授。97年日展評議員。「清流」で2001年日展内閣総理大臣賞、2001年芸術院賞。2012年日本芸術院会員。
諸口 あきら(もろぐち あきら、本名:南 弘人(みなみ ひろ… 諸口 あきら(もろぐち あきら、本名:南 弘人(みなみ ひろと)、1936年〈昭和11年〉5月21日 - 2017年〈平成29年〉9月10日 )は、日本のタレント、ラジオパーソナリティ、カントリーシンガー、俳優、評論家、書家。妻はプロゴルファーの中村悦子。 福岡県門司市(現在の北九州市門司区)出身で、多摩美術大学油絵学科を卒業した。1960年代に、「茂呂 弘人」や「諸口 旭」名義で俳優として活動した。 1970年代にカントリーシンガーとして一世を風靡したほか、関西地方を中心にディスクジョッキーや放送タレントとしての活動を展開した。『日本列島ズバリリクエスト』(KBS京都ラジオ)や『MBSヤングタウン』(毎日放送ラジオ)をはじめ、関西地方のラジオ局が制作する番組に数多く出演した。
木村 東道(きむら とうどう、1935年11月4日 - 20… 木村 東道(きむら とうどう、1935年11月4日 - 2007年7月8日)は、書家。木村卜堂の長男として東京都荒川区に生まれる。本名は繁男、東道は号。
交楽 龍弾(まずら りゅうだん、1935年〈昭和10年〉6月… 交楽 龍弾(まずら りゅうだん、1935年〈昭和10年〉6月5日 - 2007年〈平成19年〉12月27日)は、日本の画家、書家、歌手。東京府出身。越智松平家第12代当主。美作浜田会顧問、日本占い師連盟総裁、宮崎インターネット大学校名誉教授、NPO法人日本少子化対策協議会総裁、総合藝術文化財団最高顧問などの肩書きがあった。交楽 竜弾とも表記する。本名は松平 武龍(まつだいら ぶりゅう)。別名は松平 龍門(まつだいら りゅうもん)。 1935年(昭和10年)6月5日、画家松島正幸と松平鈴子(越智松平家第9代当主松平武修(たけなが)の長女)の長男として生まれる。生まれた時の姓名は松島正迪。関西学院大学文学部美学科卒業、関西学院大学大学院哲学科中退。
江口 大象(えぐち たいしょう、本名:江口 啓爾(けいじ)1… 江口 大象(えぐち たいしょう、本名:江口 啓爾(けいじ)1935年〈昭和10年〉1月31日 - 2020年〈令和2年〉9月3日)は、日本の書家。 中国青島市出身。本籍は佐賀県佐賀市。父親の仕事の関係で小学四年生頃まで中国で過ごし、戦後帰国した後東京学芸大学書道科を卒業。1990年には師の小坂奇石の後を継いで書道研究璞社(ぼくしゃ)会長に就任した。 月刊書道研究誌「書源」「みなもと」主幹。日展特別会員。日本書芸院顧問。全国書美術振興会参事。読売書法会常任理事。 2020年9月3日に死去。85歳没。 法名は彰源院釋大象。
鈴木 昌道(すずき まさみち(しょうどう)、1935年 - … 鈴木 昌道(すずき まさみち(しょうどう)、1935年 - 2016年)は、日本の造園家、書家、ランドスケープアーキテクト、墨象家。栃木県生まれ。 1960年、千葉大学園芸学部を卒業後、東京工業大学工学部建築学科清家清研究室を経て1961年に東京オリンピック大会組織委員会に入会。1964年、芦原義信の建築設計事務所に入所し、芦原作品の外部空間設計をサポート。その後独立。1974年鈴木昌道研究所設立。以降、栃木県まちづくりアドバイザーも歴任。 1970年、日本工業大学建築学科 非常勤講師(~1985年)1982年、千葉大学造園学科 非常勤講師(~1989年)1993年、東京芸術大学美術学部非常勤講師。
加藤 光峰(かとう こうほう、1934年〈昭和9年〉5月1日… 加藤 光峰(かとう こうほう、1934年〈昭和9年〉5月1日 - 2019年〈令和元年〉5月29日)は北海道室蘭市出身の書家。 桑原翠邦に師事。東京学芸大学書道科卒。卒業制作「殷人尊神」発表以来50余年にわたり、一貫して夏・殷・周時代の文字群をモチーフに創作活動。東洋漢字圏特有の芸術と言われてきた書を、古代文字という漢字の始原に立ち返り、感性と思念で、書表現の全く新しい地平を開拓。龜甲会主宰。毎年、上野の森美術館で開催される「龜甲展」は50回(2019年現在)を数える。本名:加藤 重美(かとう しげみ)、男性。 (コラム「今月の一語」より引用)
丸山 暁鶴(まるやま ぎょうかく、1934年2月13日 - … 丸山 暁鶴(まるやま ぎょうかく、1934年2月13日 - 2014年8月6日)は、昭和・平成期の日本の書家・篆刻家。
渡部 清(わたなべ きよし、1934年 - )は、日本の教育… 渡部 清(わたなべ きよし、1934年 - )は、日本の教育者、書家、書道史研究家。長野県諏訪市出身。NHK番組や大河ドラマの題字制作に従事し、のちに横浜国立大学教授を務めた。 長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京教育大学教育学部芸術学科を卒業し、同大学院教育学研究科修士課程を修了した。大学時代には西川寧の影響を受け、古典を中心に学んだ。また、仮名については森田竹華から学んだと述べている。 大学在学中からNHKのタイトル制作に関わり、卒業前から同局と契約して仕事を始めた。東京教育大学附属中学校・高等学校の講師も務め、のちに横浜国立大学教授を歴任した。 その後も古筆・古文書に関する活動を続け、室町時代から江戸時代までの書状を中心とする「ふみを読む会」の講師を務めている。
森 芳泉(もり ほうせん、1933年7月19日 - 2008… 森 芳泉(もり ほうせん、1933年7月19日 - 2008年4月20日)は、神奈川県横浜市(北海道小樽市生まれ)の書家。 本名は 佐藤 令子。毎日書道展審査会員 創玄展一科審査会員。
小久保 清吉(こくぼ せいきち 1933年5月9日 - 20… 小久保 清吉(こくぼ せいきち 1933年5月9日 - 2024年12月2日)は、日本の書家。号は嶺石。新潟大学教育学部芸能学科書道科卒。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
富田 富貴雄(とみた ふきお、1933年〈昭和8年〉 - 2… 富田 富貴雄(とみた ふきお、1933年〈昭和8年〉 - 2022年〈令和4年〉6月26日)は、日本の書家、書写・書道教育学者。岡山大学名誉教授、四国大学名誉教授。専門は書写・書道教育、書学書道史。位階勲等は従四位瑞宝小綬章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大溪 洗耳(おおたに せんじ、1932年〈昭和7年〉10月2… 大溪 洗耳(おおたに せんじ、1932年〈昭和7年〉10月24日 - 2003年〈平成15年〉5月14日)は、書家。新潟県川西町生まれ。「日本教育書道藝術院」創立者。
高橋 正彦(たかはし まさひこ、1931年〈昭和6年〉12月… 高橋 正彦(たかはし まさひこ、1931年〈昭和6年〉12月23日 - 2004年〈平成16年〉1月7日)は、日本の歴史学者、古文書学者、書家。慶應義塾大学名誉教授。東京都出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
栗原 蘆水(くりはら ろすい、1931年6月26日 - 20… 栗原 蘆水(くりはら ろすい、1931年6月26日 - 2010年6月30日)は、日本の書家。本名は靖。広島県福山市駅家町出身。 1950年広島県立府中高校卒業後、4年間天満屋デパートに勤務。1954年、脱サラして村上三島に師事し、大阪に住む。1962年、第5回日展で特選受賞。1965年、蘆交会を主宰し、書道文化の普及や後進の育成に尽力。1969年、改選第1回日展審査員就任、以後12回務める。1988年、日展文部大臣賞、1994年、日本芸術院賞などを受賞。日本を代表する書家として活躍した。翌1995年、日展理事就任。2001年、日本書芸院理事長に就任。同年、勲四等旭日小綬章受章。日展常務理事、全国美術振興会常務理事なども務めた。
加登 亙川(かと こうせん、1931年 - 2009年)は、… 加登 亙川(かと こうせん、1931年 - 2009年)は、日本の書家。兵庫県西宮市に生まれ。本名は加登亙(かとわたる)。佛教大学卒業。墨谷鶴村、小坂奇石に師事。書法研究彬々会主宰。 雅号(亙川、恆如、柏樹盦、生白室、白龍窟、無何有之郷人)
北 大象(きた たいしょう、本名 北 茂行(きた しげゆき)… 北 大象(きた たいしょう、本名 北 茂行(きた しげゆき)、1930年12月24日 - 2009年1月1日)は日本の書家。和歌山県田辺市出身。朱月社代表。伊丹書作家協会元理事長。 2009年1月1日に下咽頭癌のため死去。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
黒野 清宇(くろの せいう、1930年8月20日 - 201… 黒野 清宇(くろの せいう、1930年8月20日 - 2017年7月5日)は、日本の書家。かな書を中心に活動し、日展で特選、日展会員賞、文部科学大臣賞を受賞したほか、日本藝術院賞を受賞した。愛知教育大学名誉教授。 愛知県生まれ。本名は黒野貞夫。愛知学芸大学(のちの愛知教育大学)を卒業し、宮本竹逕に師事した。1955年、日展出品作「後撰和歌集抄」で初入選した。 1976年に日展特選、1989年に日展会員賞、2002年に日展文部科学大臣賞を受賞した。また、第36回日展出品作「梅の花」により、2004年度の第61回日本藝術院賞を受賞した。 愛知教育大学では教授を務め、のちに名誉教授となった。2008年に中日文化賞、2010年に東海テレビ文化賞を受賞した。