高本 研一(たかもと けんいち、1926年7月25日 - 2… 高本 研一(たかもと けんいち、1926年7月25日 - 2010年10月30日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。 埼玉県生まれ。東京大学独文科卒。新潟大学助教授をへて都立大学教授。ギュンター・グラスの翻訳者として知られる。 2010年10月30日、老衰で死去。84歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鈴木 豊(すずき ゆたか、1926年7月5日 - 2001年… 鈴木 豊(すずき ゆたか、1926年7月5日 - 2001年3月15日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京府八王子市の商家に生まれる。1950年早稲田大学文学部仏文科卒、大学院に進み、佐藤輝夫の指導を受ける。1952年同副手、1954年商学部非常勤講師、1955年専任講師、1958年助教授、1963年教授。専門はフランス古典演劇だが、多く通俗小説を翻訳し、須賀 慣の筆名でポルノ小説も翻訳した。これはモリエールの「スガナレル」をもじったものである。1997年定年。2001年、膀胱がんのため74歳で死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
水口 志計夫(みずぐち しげお、1926年4月25日 - 2… 水口 志計夫(みずぐち しげお、1926年4月25日 - 2005年8月3日)は、日本の英文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。 宮城県仙台生まれ。1950年東京大学英文科卒業、立教大学助教授、教授、1992年定年、名誉教授。『コン・ティキ号探検記』の翻訳で知られ、以後も探検ものを多く翻訳した。日本バートランド・ラッセル協会設立発起人の一人。 2005年8月3日、肺炎のため死去。
泉 三太郎(いずみ さんたろう、1926年4月21日 - 2… 泉 三太郎(いずみ さんたろう、1926年4月21日 - 2003年1月10日)は、日本のロシア文学者、翻訳家、図書出版社社長。 本名・山下三郎。兄にドイツ文学者の山下肇。弟に三浦大四郎(文芸座プロモーション代表取締役)。 東京生まれ。1949年、東京外国語大学ロシア科を卒業し、泉 三太郎名義で『イルクーツク物語』の翻訳(1961年度テアトロン賞)など、当時のソビエト文学の翻訳、紹介とともに、自作の小説、評論等を発表する。さらにソビエトの演劇を紹介し、「イルクーツク物語」「私のかわいそうなマラート」などの日本での上演にも関わった。 1955年に大病を患ったのを機に、出版社経営に注力するようになり、図書出版社社長、ダヴィッド社取締役などを務めた。
舟知 恵(ふなち めぐみ、1926年3月30日 - )は、日… 舟知 恵(ふなち めぐみ、1926年3月30日 - )は、日本の詩人、インドネシア文学翻訳家。 奈良県出身。本姓・五百沢。1943年長生高等女学校(現・千葉県立茂原高等学校)卒、1970年アテネ・フランセ卒。72-76年ジャカルタ滞在。1977年「現代インドネシア詩集・恋人は遠い島に」で日本翻訳文化賞受賞。
日下 実男(くさか じつお、1926年3月20日 - 197… 日下 実男(くさか じつお、1926年3月20日 - 1979年9月11日)は、日本の科学評論家、科学読物作家、翻訳家。 愛知県安城市出身。1947年、東京大学理学部物理学科卒業。朝日新聞社に入り、科学記者、欧米特派員を経て、1969年退社。 日本宇宙飛行協会(副会長)、日本海洋学会などに所属し、科学評論家として活躍。 1961年、『ロケットよ土星をめざせ』で小学館児童文化賞佳作賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
中山 知子(なかやま ともこ、1926年2月25日 - 20… 中山 知子(なかやま ともこ、1926年2月25日 - 2008年5月24日)は、日本の童謡詩人、翻訳家。 東京生まれ。三重県出身。父は経済学者の中山伊知郎。日本女子大学卒業。同人誌「近代童話」などに短編を発表するかたわら、川端康成の知遇を得て(川端は『星の木の葉』に序文を寄せている)、多くの外国児童文学の翻訳を行う。また、作詞活動も並行して行い、NHK「みんなのうた」で放送された「ピエロのトランペット」など、童謡の訳詞・作詞を数多く手がける。日本音楽著作権協会のデータベースには、800件を超える詞の登録がなされている。 1950年代半ばからNHKラジオ番組の制作に関わるとともに、同人誌や新聞で創作童話を発表。
吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 201… 吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 2015年4月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。大阪女子大学名誉教授。関西チェコ / スロバキア協会顧問。 大阪府生まれ。。旧制大阪府立住吉中学校、旧制大阪高等学校、広島高等学校を経て、1951年に京都大学独文科卒。岡山大学講師、大阪女子大学助教授、教授。1988年定年退官、名誉教授。 トーマス・マンやホーフマンスタールなど主に20世紀のドイツ語作家について研究した。フランツ・カフカが専門。新潮社「全集」版では膨大な手紙を訳・担当した。大阪女子大学時代の弟子・中堂恒朗によれば、その訳業は学会でも高く評価されたという。 1963年から、大阪府立大学と大阪女子大学との混声合唱団EWA CHORで顧問を務めた。
喜多 迅鷹(きた としたか、1926年1月11日 - 201… 喜多 迅鷹(きた としたか、1926年1月11日 - 2015年9月12日)は、日本の翻訳家、画家。 長崎市生まれ。埼玉県立浦和中学校、第一高等学校を経て、1948年東京大学法学部卒。埼玉県立浦和高等学校、東京都立大学附属高等学校教諭のほか、東京都立大学 、横浜市立大学講師を務めたが、1971年、学園紛争を機に画業に転向。 1992年「東京を描く市民の会」創立に参加。1994年「彩の国を描く会」を創立、主宰。2001年読売・日本テレビ文化センターで「ペン水彩」講座開講。2002年読売・日本テレビ文化センターで「模写による西洋美術史」講座開講。
窪田 般彌(くぼた はんや、1926年1月6日 - 2003… 窪田 般彌(くぼた はんや、1926年1月6日 - 2003年1月22日)は、日本のフランス文学者・詩人・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 早稲田大学フランス文学科卒。早稲田大学教授を務めた。カサノヴァの「回顧録」、伝記ほか、アポリネール、象徴主義詩などの訳書多数。またフランス文学、フランス史他、近代日本の象徴詩人関連についても著作多数。カミュ『異邦人』の翻訳で知られる窪田啓作は兄。
川上 洸(かわかみ たけし、1926年 - 2022年3月)… 川上 洸(かわかみ たけし、1926年 - 2022年3月)は、日本の翻訳家。 1926年、ソウル(京城府)に生まれる。東京大学文学部言語学科卒業。 ソビエト連邦大使館に勤務する。ノーボスチ社東京支局に勤務する。 1951年頃より、ロシア語およびポーランド語や英語の文章からの翻訳に、従事する。ポーランドの映画化された小説『灰とダイヤモンド』の訳者である。ソビエト体制側から書かれた書物の翻訳出版のほか、ソビエト体制の非人間性を告発した書物の翻訳出版も行っている。
邦高 忠二(くにたか ちゅうじ、1926年 - 2015年)… 邦高 忠二(くにたか ちゅうじ、1926年 - 2015年)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。明治大学名誉教授。 広島県生まれ。東京大学文学部卒業、専修大学助教授から、のち明治大学商学部教授を務め、定年後名誉教授。 現代アメリカ文学の翻訳を行うほか、大江健三郎などに関する評論も書いた。特にアイザック・バシェヴィス・シンガーを始めとするイディッシュ文学を翻訳、評論した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
猪狩 博(いかり ひろし、1926年 - 2008年10月2… 猪狩 博(いかり ひろし、1926年 - 2008年10月21日)は、日本の翻訳家、英文学者。 東京出身。1944年、東京府立第六中学校(現都立新宿高等学校)卒業。東京外国語大学英語科卒。高輪高等学校教諭を経て千葉商科大学教授、1997年定年退任、名誉教授。 代々木ゼミナール英語科講師、旺文社大学受験ラジオ講座講師も務めた。『新クラウン和英辞典』(三省堂)の編者。 奥田俊介らとともに、アンブローズ・ビアスの翻訳などを発表(奥田とは、千葉商科大学・代々木ゼミナール両方での同僚)。J・D・サリンジャーに関する論文もある。 代ゼミ同僚の英語講師、潮田五郎、青木義巳とは、5年違いで全員東京外国語大学の先輩・後輩であったことから、「あいう」のトリオとも言われた(年齢が高い順に猪狩、潮田、青木)。
猿田 悳(さるた とく、1926年 - 1975年2月13日… 猿田 悳(さるた とく、1926年 - 1975年2月13日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、音楽評論家。 茨城県生まれ。1951年東京大学独文科卒。富山大学講師、金沢大学助教授、慶應義塾大学経済学部助教授、教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12… 内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12月20日 - 1989年(平成元年)8月17日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、演劇・音楽評論家、舞台演出家、オペラ演出家。東京大学名誉教授。 京都府京都市に生まれる。京都第一中学校(旧制)、第一高等学校(旧制)を経て、1950年(昭和25年)京都大学文学部ドイツ文学科卒。1951年(昭和26年)に東京大学教養学部助手となり、1953年(昭和28年)戦後初めてのドイツ学術交流会招聘留学生としてハンブルクにおいて研究を続け、以後ドイツ文学、ドイツ演劇、比較文学、比較演劇の講師、助教授、教授を務め、1986年定年退官。 ドイツ文学のエキスパートとして古典から現代までの数多くの文学作品や戯曲を翻訳し出版しているのみならず、研究領域はドイツ演劇に加え、ドイツオペラから新劇や伝統芸能に至るまで舞台芸術全般に及んだ。
望月 芳郎(もちづき よしろう、1925年12月6日 - 2… 望月 芳郎(もちづき よしろう、1925年12月6日 - 2003年4月5日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。中央大学名誉教授。 東京府生まれ。松本高等学校文科甲類を経て、1950年9月東京大学仏文科卒。1956年ころから中央大学に勤務し、教授を1996年まで務めた。ル・クレジオの研究・翻訳で知られるが、ジャプリゾなどの推理小説も訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小池 銈(こいけ けい、1925年11月17日 - 2004… 小池 銈(こいけ けい、1925年11月17日 - 2004年)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学教養学部教授を経て、同名誉教授。 東京出身。本名・銈次。1952年東京大学文学部英文科卒、1951年東京大学教養学部助手、助教授、教授、1986年定年退官、名誉教授。1981年から1984年にかけて日本英文学会会長を務めた。アイザイア・バーリンなど思想史的な翻訳を行ったほか、深井 淳(ふかい じゅん)の筆名でミステリーの翻訳がある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
繁尾 久(しげお ひさし、1925年10月26日 - 199… 繁尾 久(しげお ひさし、1925年10月26日 - 1993年10月17日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。明治学院大学名誉教授。 J・D・サリンジャー、ソール・ベローなどを研究・翻訳。イギリス文学作品も翻訳した。 1925年、東京・渋谷生まれ。慶應義塾大学を卒業。明治学院大学教授を務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
上田 敏晶(うえだ としあき、1925年10月3日 - 19… 上田 敏晶(うえだ としあき、1925年10月3日 - 1988年10月25日)は、日本の経営評論家、翻訳家。 福岡県北九州生まれ。九州大学文学部哲学科卒業。1951年福岡県立八幡高等学校教諭、1957年ダイヤモンド社出版部に入社。書籍編集部次長を務めた後、1967年退社。1968年文化女子大学講師、1976年関東学院女子短期大学教授。
丸谷 才一(まるや さいいち、1925年(大正14年)8月2… 丸谷 才一(まるや さいいち、1925年(大正14年)8月27日 - 2012年(平成24年)10月13日)は、日本の小説家、文芸評論家、翻訳家、随筆家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 主な小説作品に『笹まくら』『年の残り』『たった一人の反乱』『裏声で歌へ君が代』『女ざかり』など。文字遣いは、1966年から74年までを除いて、独自の歴史的仮名遣いを使用。日本文学の暗い私小説的な風土を批判し、軽快で知的な作品を書くことを目指した。評論・随筆も『忠臣藏とは何か』『後鳥羽院』『文章読本』など長年にわたり多く刊行し、また英文学者としてジョイスの『ユリシーズ』の翻訳などにも携わった。座談や講演も多く行い「文壇三大音声」の一人と自負していた。
須山 静夫(すやま しずお、1925年7月22日 - 201… 須山 静夫(すやま しずお、1925年7月22日 - 2011年7月10日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家、小説家。 静岡市出身。1943年、静岡県立静岡中学校卒業。横浜工業専門学校造船科卒業後、1947年、農林省水産局漁船課に入省。1952年より、ガリオア資金による留学生としてアメリカに渡り、ミシガン大学で1年間学ぶ。ここで妻となる越川さち(後、共立女子大学教授)と知り合う。その後、明治大学文学部夜間三年に編入学し、青沼一郎の教えを受け、1954年、ハーマン・メルヴィル「モービー・デイック」論により卒論提出。明治大学大大学院に進学。越川さちと結婚、農林省水産庁退職。1956年、明治大学文学部助手。
黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 20… 黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 2014年8月30日)は、日本のペルシャ語学者・ペルシャ文学者、翻訳家。日本国におけるペルシア語・ペルシア文学研究の礎を築き、普及に努めた。アラビア語・ペルシア語・ウルドゥー語の辞書を編纂した。 東京外事専門学校卒。東京外国語大学助教授、教授、1989年定年退官、名誉教授、大東文化大学教授。
田中 小実昌(たなか こみまさ、1925年〈大正14年〉4月… 田中 小実昌(たなか こみまさ、1925年〈大正14年〉4月29日 - 2000年〈平成12年〉2月26日)は、日本の小説家、翻訳家、随筆家。直木賞・谷崎潤一郎賞受賞。 東京市千駄ヶ谷生まれ。父・田中種助はバプテストの神学校を出た東京市民教会の牧師。40歳の種助と46歳の母・マサ子の長男として生まれる。父の転勤で4歳から広島県呉市東三津田町で育つ。7歳のとき、父が呉三津田の山に「アサ会」という十字架のない独自のキリスト教教会を創立。 実家近くの広島県立呉第一中学(現・呉三津田高校)を受験するが失敗し、旧制西南学院中学に入学。母親の意向で一年後に呉第一中学の編入試験を受け2年から転校した。同級に井上忠。
宮川 毅(みやかわ つよし、1925年4月27日 - 200… 宮川 毅(みやかわ つよし、1925年4月27日 - 2000年8月6日)は、日本のジャーナリスト、翻訳家。 米国生まれ。東京大学文学部卒業、共同通信社に入り論説委員、1964年東京オリンピック、1972年札幌オリンピック組織委員会の海外担当、国際オリンピック委員会五輪オーダー(功労章)受章。日本オリンピック委員会常任委員。国際オリンピック委員会報道委員。スポーツ関係の翻訳も多い。1995年、勲四等旭日小綬章受章。 2000年8月6日、肺血栓のため死去。
工藤 幸雄(くどう ゆきお、1925年3月20日 - 200… 工藤 幸雄(くどう ゆきお、1925年3月20日 - 2008年7月5日)は、日本の詩人、ロシア・ポーランド文学者、翻訳家。元多摩美術大学教授。別筆名に仲谷鴻介(なかや こうすけ)、篠 ひろ子。 大連にて南満州鉄道社員の家庭に生まれる。旧制中学校卒業後、第一高等学校受験に3度失敗し、1944年善隣外事専門学校露西亜科に入学。その後城北補習学校を経て、1946年9月、第一高等学校文科甲類三組に入学し、1952年頃東京大学仏文科卒。 1954年共同通信社外信部に入り13年勤め、その間ロシア、ポーランドの文学を翻訳する。1967年ワルシャワ大学に日本語講師として赴任、7年間滞在し、1975年帰国。翌年多摩美術大学教授となるが、その前には、ブレイクリー・セント・ジェイムズ『女友だち』(フランス書院、1978年)などのポルノ小説を篠 ひろ子の変名で訳し、糊口を凌いだという。
稲田 三吉(いなだ さんきち、1925年3月17日 - 20… 稲田 三吉(いなだ さんきち、1925年3月17日 - 2013年8月3日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学仏文科卒。早稲田大学教育学部助教授、教授。1985年、「アラゴンにおけるリアリズム観の変遷について」で早稲田大学より文学博士の学位を取得。1992年、退任、名誉教授。 主としてシュールレアリスムを研究、ほか翻訳も数多い。
折口 透(おりぐち とおる、1925年3月11日 - )は、… 折口 透(おりぐち とおる、1925年3月11日 - )は、日本の自動車評論家、翻訳家。 本名・伊藤 哲(さとし)。折口透の名で自動車評論や翻訳を、伊藤哲の名でSFや冒険小説の翻訳を行った。 宮城県仙台市生まれ。1952年東京大学理学部中退。1955年モーターマガジン社編集部長。1962年から1965年ホンヤク出版社取締役・編集長。1972年モーターマガジンインターナショナル社取締役・編集長。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
田中 嫺玉(たなか かんぎょく、1925年3月2日 - 20… 田中 嫺玉(たなか かんぎょく、1925年3月2日 - 2011年7月20日)は、日本のベンガル語翻訳家、著作家。女性。「田中かん玉」とも表記。 1925年(大正14年)、北海道旭川市生まれ。北海道庁立旭川高等女学校(現・北海道旭川西高等学校)、日本女子大学家政科に進学。1945年(昭和20年)に戦争が終わると、中退して帰郷し、結婚して男の子2人を育てる。1954年(昭和29年)に東京都新宿区に引っ越した。1959年(昭和34年)、目白ロゴス英語学校を卒業。1969年(昭和44年)に仏教学者の渡辺照宏、東京外国語大学教授の奈良毅もとでベンガル語のラーマクリシュナの言行録『不滅の言葉』の翻訳を始め、5年後の1974年(昭和49年)に抄訳本を奈良毅と共訳で自費出版。
斎藤 美津子(さいとう みつこ、1925年1月27日 - 2… 斎藤 美津子(さいとう みつこ、1925年1月27日 - 2004年2月29日)は、日本のコミュニケーション学者、同時通訳(養成)者。国際基督教大学名誉教授。専門は異文化コミュニケーション論、コミュニケーション教育、一般意味論。 夫は元衆議院議員の福永一臣。父は元東京銀行監査役の斎藤保義。弟は元毎日新聞社社長・会長の斎藤明。姉の夫に井上孝、妹の夫に福田歓一、竹内昭夫、前田庸がいる。 京都市生まれ。東京銀行の前身である横浜正金銀行に就職していた父親の海外勤務で幼少期を7年間上海で過ごす。1945年東京女子大学英語専攻部卒業。1950年イリノイ州シカゴにあるノース・パーク大学(North Park University)に留学しスピーチ学に関心を持つ。
菊村 紀彦(きくむら のりひこ、1924年12月15日- 2… 菊村 紀彦(きくむら のりひこ、1924年12月15日- 2010年)は、日本の仏教学者、著述家、翻訳家、作曲家、作詞家、音楽プロデューサー、東京シャンソン協会初代会長。 「菊村紀彦」は書籍を執筆したり、音楽を作曲したりするときの筆名であるが、弟子たちからも「菊村先生」としか呼ばれておらず、事実上の名前にも等しい。戸籍名は、椎名重胤。 東京出身。東洋大学大学院仏教学研究科修士課程修了。浄土教学空性論専攻。日本仏教思想研究所長、日本仏教学院長、寂光山檀林寺管主、日本仏教書道研究会長を務めた。 先祖は高松藩の椎名氏。明治時代に財を成した椎名秀胤の子孫筋に当たり、父の長兄・椎名芳胤は、大正時代の日本鉱業株式会社の営業部長から幹部にのぼりつめた実業家で、のちに久原房之助、鮎川義介らと共に日本鉱業の実権を握っていた人物の一人であった。
大橋 吉之輔(おおはし きちのすけ、1924年11月27日 … 大橋 吉之輔(おおはし きちのすけ、1924年11月27日 - 1993年11月2日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 1937年に広島高師附属中学校に入学、いわゆる「四修」で四年で卒業し、1941年に旧制広島高校に進学。1943年に東京帝国大学に入学した。1945年、召集を受けて朝鮮に派兵されるが間もなく終戦となり、戦後八か月ほど同地に滞在した後、1946年に帰国。1948年3月に東京帝大文学部英文科を卒業する。学生時代は慶應義塾とは一切関わりがなかった。東大では、中野好夫に師事した。卒業論文でシャーウッド・アンダスン論を書こうとしたが、そのための資料が東大の図書館にはほとんどなく、早稲田大学の龍口直太郎教授が作品を所蔵していることを聞きつけ、直談判し資料の貸し出しに成功した。
厨川 圭子(くりやがわ けいこ、1924年〈大正13年〉11… 厨川 圭子(くりやがわ けいこ、1924年〈大正13年〉11月11日 - )は、日本の翻訳家。 夫は英文学者・厨川文夫。旧姓は広瀬 圭子(ひろせ けいこ)。 オスカー・ワイルド、サマセット・モームなどを訳し、後年は児童書を多く訳した。 厨川圭子は、医師・広瀬季雄の娘として中華民国奉天市(現・中華人民共和国瀋陽市)で生まれた。1942年に東京府立第三高等女学校を卒業、1944年には津田英学塾を卒業した。終戦後の1946年、慶應義塾大学文学部英文科に女子学生の第一期生として入学し、西脇順三郎、厨川文夫に師事して1949年卒業した。 1949年、1月に前妻と離婚した厨川文夫と同年7月結婚。1950年、単身でアメリカへ1年間留学。
高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 20… 高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 2014年8月31日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。京都大学名誉教授、京都外国語大学元学長。近代ドイツ文学専攻。 長野県岡谷市生まれ。長野県立諏訪中学校(現:長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)、一高を経て、1951年京都大学文学部卒、西京大学助教授、京都大学教養部助教授、1971年教授、1988年定年退官、名誉教授、京都外国語大学教授、1992年から1998年まで同大学及び短期大学学長、2000年に定年退職、名誉教授。 2014年8月31日、肺炎により京都市内の病院で死去。
高橋 豊(たかはし ゆたか、1924年5月24日 - 199… 高橋 豊(たかはし ゆたか、1924年5月24日 - 1995年11月27日)は、日本の翻訳家。本名:高橋 豊治(たかはし とよじ)。 岩手県胆沢郡金ヶ崎村(現・金ケ崎町)出身。東京大学教育学部卒、出版社勤務を転々とする。1949年に鱒書房に入社し、『夫婦生活』の編集に当たったが、セックス特集で無関係の人々の写真を掲載する問題を起こして解雇された。旧知の田村隆一の紹介で編集者の内田庶と知り合い、大久保康雄の下で修業しながら翻訳を始める(宮田『戦後翻訳風雲録』)。 1952年から翻訳を専業とする。アガサ・クリスティー、エドガー・ライス・バローズ、E・S・ガードナー、ウィリアム・アイリッシュなど、推理小説を中心に翻訳。
生野 幸吉(しょうの こうきち、1924年5月13日 - 1… 生野 幸吉(しょうの こうきち、1924年5月13日 - 1991年3月31日)は、日本のドイツ文学者、詩人、小説家、翻訳家。東京大学名誉教授。 東京・高円寺生まれ、1947年、東京帝国大学法学部政治科卒業、1951年、東京大学独文科卒、助手となる。 1954年、東京水産大学講師。1954年から 1955年にかけて、ドイツ学術交流会の奨学金によりミュンヘン大学に留学、1961年、東京大学教養学部講師。1964年、東京大学文学部助教授、1973年、教授。1985年定年退官。 その後、大阪経済法科大学教授。1986年、千葉大学教授。 1991年3月31日、死去。墓所は多磨霊園(11-1-10) 詩人として「歴程」同人。
峰岸 久(みねぎし ひさし、1924年5月5日 - 2023… 峰岸 久(みねぎし ひさし、1924年5月5日 - 2023年11月17日)は、日本の翻訳家、ジャーナリスト。本名、埜邑 義道(のむら よしみち)。日本記者クラブ会員、日本文芸家協会会員。峯岸 久の表記もある。 北海道函館市生まれ。1952年東京大学仏文科卒。同年、日本新聞協会に入会。会報・編集各課次長、広告課長、業務部長兼経営部長、国際部長。1979年、事務局次長、同年理事待遇。1989年4月欧州駐在代表。 一方、翻訳家としてジョン・ウィンダム、J・G・バラード、クリフォード・D・シマックなどのSFを主として翻訳した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
松永 ふみ子(まつなが ふみこ、1924年〈大正13年〉1月… 松永 ふみ子(まつなが ふみこ、1924年〈大正13年〉1月1日 - 1987年〈昭和62年〉5月9日)は、日本の英米児童文学翻訳家。本名・富美子。 翻訳家の松永太郎(wikidata)は、その子にあたる。 東京府東京市神田区(現・東京都千代田区)出身。津田塾大学文学部英文科卒。結婚し、長男を出産したのち、慶應義塾大学文学部図書館情報学科卒業。
矢野 徹(やの てつ、1923年〈大正12年〉10月5日 -… 矢野 徹(やの てつ、1923年〈大正12年〉10月5日 - 2004年〈平成16年〉10月13日)は、日本のSF作家、翻訳家。坂田 治名義による作品もある。 愛媛県松山市生まれ。兵庫県立第二神戸中学校を経て、中央大学法学部卒。第二次世界大戦中は学徒出陣で陸軍第11師団騎兵第11連隊に所属。階級は軍曹。 日本に本格的なSF出版が芽生える前の、海外SFのファン1号といわれ、SFに興味があった晩年の江戸川乱歩に面識を得る。そのまま、SF翻訳家、SF作家となり、幅広く活躍した。 冒険小説『カムイの剣』は角川書店によりアニメ映画化された。また、代表作『折紙宇宙船の伝説』は日本国外でも出版され、高い評価を受けた。
虫明 亜呂無(むしあけ あろむ、1923年9月11日 - 1… 虫明 亜呂無(むしあけ あろむ、1923年9月11日 - 1991年6月15日)は、日本の作家、評論家、随筆家、翻訳家。
前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 20… 前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 2010年6月11日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。同志社大学名誉教授。 京都市出身。京都大学文学部卒業。同大学院中退、1954年天理大学助教授、1956年西京大学助教授(1958年、京都府立大学に改称)、1967年同志社大学教授、1989年定年退任し名誉教授。 国書刊行会「ドイツ・ロマン派全集」責任編集を務めた。ドイツ文学の怪奇・幻想文学を多く翻訳し、評論を刊行した。 2001年春、勲三等瑞宝章を受章。2010年、呼吸不全により死去(没年86歳)。
牟田口 義郎(むたぐち よしろう、1923年5月11日 - … 牟田口 義郎(むたぐち よしろう、1923年5月11日 - 2011年1月22日)は、日本の歴史家、中東地域研究者、翻訳家。朝日新聞特派員・支局長を歴任した。 神奈川県生まれ。1948年東京大学仏文科卒、1949年に朝日新聞社に入社。報道記者として外報畑を主に歩み、カイロ(エジプト)支局長、パリ(フランス)支局長を務め、また論説委員を務めた。1982年退社、その後成蹊大学教授、東洋英和女学院大学教授、中近東文化センター理事長を歴任。 中東・アラブ地域の現代史に詳しく、地中海世界を軸に多くの著書・翻訳書を刊行した。 2011年1月22日、腎不全のため死去。87歳没。
井上 一夫(いのうえ かずお、1923年4月18日 - 20… 井上 一夫(いのうえ かずお、1923年4月18日 - 2003年5月12日)は、翻訳家。日本推理作家協会、日本翻訳家協会、日本文芸家協会会員。 東京出身。1948年、慶應義塾大学文学部哲学科卒業。雄鶏社の『雄鶏通信』で延原謙のもとで編集部員として勤めるかたわら、アルバイトで外国映画の名作を翻訳・出版。 のち独立して翻訳家に。エド・マクベインの警察小説「87分署」シリーズや、イアン・フレミングのスパイ小説「007」シリーズ、『アンジェリク』、SFなど多数の作品を翻訳した。『キングの身代金』は黒澤明監督映画『天国と地獄』の原作となった。 87分署シリーズ(The 87th Precinct)
田村 隆一(たむら りゅういち、1923年〈大正12年〉3月… 田村 隆一(たむら りゅういち、1923年〈大正12年〉3月18日 - 1998年〈平成10年〉8月26日)は、日本の詩人・随筆家・翻訳家。詩誌『荒地』の創設に参加し、戦後詩に大きな影響を与えた。府立三商業学校在学中から詩を書き始めた。明治大学文芸科卒。 鮎川信夫・中桐雅夫らを知り詩誌「LE・BAL」などに参加。戦後は、黒田三郎らも加わって、第2次「荒地」を創刊。現代文明への危機意識をこめ、叙情と理知とが絶妙のバランスをなす散文詩を生んだ。処女詩集は『四千の日と夜』(1956年)。『言葉のない世界』(1962年)で高村光太郎賞受賞。アガサ・クリスティーなどの推理小説の翻訳でも知られる。 東京府北豊島郡巣鴨村(現在の東京都豊島区南大塚)に生まれる。
郡司 利男(ぐんし としお、1923年 <大正12年> 3月… 郡司 利男(ぐんし としお、1923年 <大正12年> 3月10日 - 1999年 <平成11年> 10月4日)は、日本の英語学者、言語学者、言語文化研究者、翻訳家。明治学院大学教授、同・言語文化研究所所長、筑波大学教授、同・附属図書館長、獨協大学教授、鹿児島女子大学(現・志學館大学)教授、同・学長等を歴任した。筑波大学および獨協大学の名誉教授。位階は正五位。 本名の利男のほか、筆名として郡司 外史(ぐんし がいし)、俳号として酔眼(すいがん)を用いた。 1923年3月10日、鹿児島県囎唹郡志布志町(現・志布志市)に生まれる。 郵便局通信事務員を経て、1943年、中央大学第二予科(英法)に入学するが翌1944年除籍。
中村 妙子(なかむら たえこ、1923年2月21日 - )は… 中村 妙子(なかむら たえこ、1923年2月21日 - )は、東京府出身の日本の翻訳家。
中森 義宗(なかもり よしむね、1923年2月5日 - 没年… 中森 義宗(なかもり よしむね、1923年2月5日 - 没年不明)は、日本の美術史家、翻訳家。 東京生まれ。1946年中央大学経済学部卒、1950年東京大学文学部美術史学科卒。1955年同・大学院修了。1952年中央大学附属図書館司書、1965年武蔵野美術大学講師、1970年成城大学短期大学部助教授、1978年千葉大学教養部教授、1986年定年退官、多摩美術大学教授。 1976年、『ホーガス ヨーロッパ美術に占める位置』で日本翻訳出版文化賞受賞。
辻 瑆(つじ ひかる、1923年1月23日 - 2024年5… 辻 瑆(つじ ひかる、1923年1月23日 - 2024年5月14日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 日本藝術院会員の画家・辻永の次男として東京に生まれる。成城高等学校(旧制)を卒業し、東京帝国大学独文科へ入学する。1947年、同大学を卒業。 1954年、東京大学教養学部助教授、のち教授となる。1984年に定年退官し、その後は放送大学教授を務めた。ミュンヘン大学名誉評議員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
加島 祥造(かじま しょうぞう、1923年1月12日 - 2… 加島 祥造(かじま しょうぞう、1923年1月12日 - 2015年12月25日)は、日本の詩人、アメリカ文学研究者、翻訳家、随筆家、タオイスト、墨彩画家。 詩作のみならず、アメリカ文学の翻訳にて名声を得た後、壮年期より漢詩を経て老荘思想に大きな影響を受け、文筆のみならず絵画なども含めた幅広い創作活動や執筆活動を通して、90代で没するまで、西洋と東洋の双方を見渡す位置から、私生活でも徹底したタオイストとしての一貫した姿勢を生きた。 翻訳者としては、訳書により、一ノ瀬直二、久良岐基一といった別名義を用いて活動しており、死後になり、改めて関係者よりその事実が明かされた。 東京市神田区にて、大家族の商家の家系に生まれ育つ。
一ノ瀬 直二(いちのせ なおじ、1923年1月12日 - 2… 一ノ瀬 直二(いちのせ なおじ、1923年1月12日 - 2015年12月25日)は、日本の英米文学翻訳家。 1947年、早稲田大学英文科卒。マリオ・プーヅォ『ゴッドファーザー』の翻訳がある。 詩人・翻訳家の加島祥造の死後、加島のペンネームであったことが発表された。
佐藤 晴夫(さとう はるお、1923年1月3日 - 2009… 佐藤 晴夫(さとう はるお、1923年1月3日 - 2009年)は、日本の刑務官、翻訳家。 北海道生まれ。東京帝国大学文学部心理学科卒業。法務省矯正研修所長をへて、東洋大学工学部教授、常盤大学兼任教授。 マルキ・ド・サドなどエロティック小説の翻訳を行う。