松前 仰(まつまえ あおぐ、1935年8月11日 - 200… 松前 仰(まつまえ あおぐ、1935年8月11日 - 2006年6月5日)は、政治家・工学者。工学博士。位階は従四位。 専門は海洋工学。元日本社会党衆議院議員(4期)。東海大学創立者・松前重義の三男。日本対外文化協会常務理事を務めた。 東京都武蔵野市出身。早稲田大学理工学部電子通信学科卒業。1957年、NHKに入局。放送技術研究に従事、実験用放送衛星やビデオテープ自動編集方式などの開発に取り組み、のち主任研究員。その後、宇宙開発事業団主任研究員としてアメリカにて人工衛星開発にも従事。1976年に早稲田大学にて論題「VTR自動編集方式の研究」で工学博士受く。1982年に退局して東海大学教授に就任。
橋本 聖二(はしもと せいじ、1935年3月25日 - 20… 橋本 聖二(はしもと せいじ、1935年3月25日 - 2021年2月21日)は、日本の政治家。東京都日の出町長(3期)。 現在の東京都西多摩郡日の出町に生まれる。東京都立五日市高等学校中退。日の出町職員となり、都市開発課長、特命参事などを経て、日の出町議会議員となる。町議を4期務める(自民党)。 2010年、引退する日の出町長青木国太郎の後を受けて、町長選挙に立候補、初当選した。 町長時代は青木前町長の75歳以上の医療費無料化など、日本一の福祉政策を継承する。 2014年に再選。2018年に無投票で三選した。 2021年2月21日、急性腎不全のため死去した。
保利 耕輔(ほり こうすけ、1934年9月23日 - )は、… 保利 耕輔(ほり こうすけ、1934年9月23日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。
比留間 敏夫(ひるま としお、1934年(昭和9年)5月19… 比留間 敏夫(ひるま としお、1934年(昭和9年)5月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元東京都議会議員(5期)。東京都議会議長(第41代)。府中市議会議員(6期)。 東京都府中市出身。東京都立農業高等学校卒業。1971年に府中市議会議員選挙に出馬し当選し、1993年まで6期を務める。その間、府中市議会議長を2期務めた。 1993年の東京都議会議員選挙に自由民主党の公認で出馬し当選。東京都議会警察消防委員会委員長や都議会自民党政務調査会長・幹事長などを歴任。2007年より東京都議会議長に就任。 2013年、東京都議会議員選挙には出馬せず、政界を引退することを公表した。2014年、旭日中綬章を受章。
広中 和歌子(廣中 和歌子、ひろなか わかこ、1934年(昭… 広中 和歌子(廣中 和歌子、ひろなか わかこ、1934年(昭和9年)5月11日 - )は、日本の政治家。旧姓、木本(きもと)。 東京都出身。夫は数学者の広中平祐。参議院議員を4期つとめ、細川内閣では環境庁長官をつとめた。
島村 宜伸(しまむら よしのぶ、1934年〈昭和9年〉3月2… 島村 宜伸(しまむら よしのぶ、1934年〈昭和9年〉3月27日 - )は、日本の政治家、教育者。衆議院議員(9期)、文部大臣(第118代)、農林水産大臣(第26・36代)、自由民主党国会対策委員長(第40代)、自由民主党総裁特別補佐、志帥会名誉会長、学校法人杉並学院(杉並学院高等学校)理事長等を歴任した。元日本プロスポーツ協会会長。 元衆議院議員で石橋派や宏池会に属した島村一郎の六男。 東京都江戸川区生まれ。東京都立両国高等学校、学習院大学政経学部政治学科卒業。学習院大学入学後、学習院院長の安倍能成から頼まれ、皇太子(明仁親王)の学友になった。また島村は唯一、自身の同級生たる天皇から国務大臣に認証された政治家である。
大野 つや子(おおの つやこ、1934年2月27日 - 20… 大野 つや子(おおの つやこ、1934年2月27日 - 2021年1月26日)は、日本の政治家。位階は従四位。 元自由民主党所属の参議院議員(当選2回)。第2次森改造内閣で、初代法務大臣政務官を務めた。伊吹派に所属していた。 運輸大臣・労働大臣を務めた大野明の妻。参議院議員・元岐阜県議会議員の大野泰正は次男。自民党副総裁の大野伴睦は義父。 東京都生まれ。1952年、国府台女子学院高等学校卒業。1956年11月、第42・43代衆議院議長を務めた大野伴睦の四男・明と結婚。 1996年3月、夫・明死去に伴う参議院岐阜県選挙区補欠選挙において、当時の第1次橋本内閣の連立与党だった自民、社民、さきがけ各党推薦の無所属として立候補し、初当選。
三田 敏哉(みた としや、1933年〈昭和8年〉7月6日 -… 三田 敏哉(みた としや、1933年〈昭和8年〉7月6日 - 2023年〈令和5年〉5月10日)は、日本の政治家。位階は正五位。自由民主党所属の元東京都議会議員(7期)。元国立市議会議員(2期)。 東京都議会議長(第38代)、東京都議会自民党幹事長、東京都議会自民党会長、東京都議会自民党顧問などを歴任。 東京都国立市出身。国立市議会議員を2期務めた後、1981年の東京都議会議員選挙に出馬し当選。以降、2009年まで7期を務める。その間に東京都議会自民党幹事長・東京都議会自民党会長などを歴任。2001年より東京都議会議長に就任。 政界引退後は、2015年まで自民党三多摩支部連合会会長を務めた。2010年には旭日中綬章を受章。
高原 須美子(たかはら すみこ、1933年6月16日 - 2… 高原 須美子(たかはら すみこ、1933年6月16日 - 2001年8月19日)は、日本の政治家、経済評論家。
田村 秀昭(たむら ひであき、1932年9月21日 - 20… 田村 秀昭(たむら ひであき、1932年9月21日 - 2008年1月4日)は、日本の航空自衛官、政治家。工学博士(京都大学)。参議院議員(3期)、国民新党結党時の副代表。最終階級は空将。 東京都生まれ。東京都立大学附属高等学校(同級生に佐藤信二)から防衛大学校へ進み、1957年に第一期生として卒業後、航空自衛隊に入隊。また、京都大学大学院工学研究科に進学して冶金工学を専攻し、博士課程を修了。1964年に工学博士の学位を取得。 航空自衛隊では、F-4EJ技術連絡官(在米1年間)、技術研究本部技術開発官付、航空幕僚監部装備部長、保安管制気象団司令、航空自衛隊幹部学校長(空将、1986年12月 - 1988年1月)を歴任。
青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17… 青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17日 - 2006年〈平成18年〉12月20日)は、日本の政治家、小説家、作詞家、タレント、テレビ司会者、俳優、放送作家、映画監督、歌手。位階は正四位。 参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)等を歴任した。 テレビ業界で当初は放送作家として成功し、高度成長期を歌った「スーダラ節」を作詞する。クレージーキャッツ主演の映画はもとより、『若大将シリーズ』などでも映画の主題歌を作詞した。主演したドラマ『いじわるばあさん』では国民的キャラクターとして定着し、小説を執筆すれば処女作『人間万事塞翁が丙午』が直木賞を受賞するなど、多才の人として知られ、「超マルチタレント」と呼ばれた。
藤井 裕久(ふじい ひろひさ、1932年(昭和7年)6月24… 藤井 裕久(ふじい ひろひさ、1932年(昭和7年)6月24日 - )は、日本の引退した政治家、元大蔵官僚。民主党顧問。
志村 豊志郎(しむら としろう、1932年〈昭和7年〉5月1… 志村 豊志郎(しむら としろう、1932年〈昭和7年〉5月12日 - 2014年〈平成26年〉2月23日)は、日本の政治家。東京都練馬区長(3期)。 東京府東京市板橋区中村町(後に練馬区に分区)生まれ。東京都立豊多摩高等学校、青山学院大学経済学部商学科卒業。 1955年練馬区役所に入庁し、1981年企画部長、1983年議会事務局長、1987年企画部長、1989年総務部長、1993年練馬区都市整備公社理事長、1996年常勤監査委員を経て、1999年に助役。 岩波三郎区長(当時)の引退表明を受け、2003年2月12日に助役を辞職、後継候補として自民党の推薦と公明党の支持を得て4月27日の練馬区長選で初当選。
中村 靖(なかむら やすし、1932年2月27日 - )は、… 中村 靖(なかむら やすし、1932年2月27日 - )は、日本の政治家、元自由民主党衆議院議員。
鈴木 淑夫(すずき よしお、1931年10月12日 - )は… 鈴木 淑夫(すずき よしお、1931年10月12日 - )は日本のエコノミスト、政治家。衆議院議員 (2期)を務めた。経済学博士(東京大学)。鈴木政経フォーラム代表。公益財団法人日本国際フォーラム政策委員。
黒柳 明(くろやなぎ あきら、1931年〈昭和6年〉6月19… 黒柳 明(くろやなぎ あきら、1931年〈昭和6年〉6月19日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(5期)、公明党参議院議員団長、公明党副委員長、新進党参議院議員代表、公明党常任顧問などを歴任した。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て、早稲田大学英文科卒業。聖教新聞編集局長や潮出版社の編集主幹を歴任する。 1965年(昭和40年)の第7回参議院議員通常選挙に全国区から公明党公認で立候補し、初当選(連続5期当選)。 1971年(昭和46年)の第9回参議院議員通常選挙からは東京地方区で立候補し、当選を重ねる。 1992年(平成4年)、公明党副委員長に就任。1994年(平成6年)12月10日、新進党の結成に参加し、新進党参議院議員代表に就任。
石井 三雄(いしい さんゆう、1931年4月15日 - 2… 石井 三雄(いしい さんゆう、1931年4月15日 - 2021年)は、日本の政治家。元狛江市長(3期)。 東京都狛江市出身。1971年には狛江市議会議員に初当選し、以降4期16年務めた。その間には市議会議長も務めている。そして1984年、吉岡金四郎の後を引き継ぎ、市長となった。 市長時代には小田急電鉄複々線事業によって高架駅舎となるため、当時の市議(後の市長となる)矢野裕は議会で「車椅子利用者のためにエレベーターの設置すべき」という主張に対して、それに賛同して当時エスカレーターの設置で十分という考えだった小田急に対してエレベーター設置を要請した。そのほかの取り組みは狛江駅北口整備、北口地下駐車場整備、災害対策、あいとぴあセンター建設などを積極的に推進した。
安倍 基雄(あべ もとお、1931年3月31日 - 2004… 安倍 基雄(あべ もとお、1931年3月31日 - 2004年1月23日)は、日本の大蔵官僚、政治家。位階は正四位。 文部政務次官(細川内閣)、衆議院議員(通算4期)を務めた。父は内務大臣を務めた安倍源基。 1931年(昭和6年)、東京生まれ。永田町小学校(現麹町小学校)、旧制成蹊高等学校を経て、1953年(昭和28年)、東京大学法学部法律学科卒業。大蔵省に入省。理財局総務課に配属。昭和28年旧制入省組同期には、吉野良彦、大場智満、津島雄二、近藤鉄雄らがいた。1959年(昭和34年)、フルブライト留学生としてペンシルベニア大学大学院に留学、計量経済学を専攻。1961年(昭和36年)、ペンシルベニア大学大学院でPh.D.(経済学博士号)を取得。
植竹 繁雄(うえたけ しげお、1930年12月20日 - 2… 植竹 繁雄(うえたけ しげお、1930年12月20日 - 2012年2月19日)は、日本の政治家。衆議院議員(5期)。
石渡 照久(いしわたり てるひさ、1930年10月12日 -… 石渡 照久(いしわたり てるひさ、1930年10月12日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員。 東京都八王子市出身。都立八王子工業学校を卒業し(山形大学の前身)米沢高等工業学校中退。 織物屋を営みながら八王子JC理事長を経て、1975年44歳で補欠選挙を制し八王子選出の都議に。3期務め1983年第37回衆議院議員総選挙で旧東京11区(現在の東京22区、東京23区、八王子全域の東京24区、東京25区)から自民党新人として出馬し落選。1986年第38回衆議院議員総選挙で初当選。1990年第39回衆議院議員総選挙では落選し議席を失い、1993年第40回衆議院議員総選挙でも返り咲けなかった。 2000年八王子市長選挙で落選、同年第42回衆議院議員総選挙で、保守党から比例区東京ブロックで出馬し落選。
高橋 高望(たかはし たかもち、1930年9月26日 - 1… 高橋 高望(たかはし たかもち、1930年9月26日 - 1981年1月30日)は、日本の政治家。民社党所属衆議院議員(3期)。民社党神奈川県連副会長。 1930年、東京府北豊島郡岩淵町(現在の東京都北区岩淵町)生まれ。1943年、東京府東京市王子赤羽国民学校(現在の東京都北区立赤羽小学校)卒業後、陸軍幼年学校に進学。東京都立第九中学校(現在の東京都立北園高等学校)を経て、1955年、慶應義塾大学文学部卒業。大学卒業後、啓愛社に入社。1958年、啓愛社製作所を設立し、社長に就任。1973年、民社党入党。1974年、第10回参議院議員通常選挙神奈川県選挙区に民社党から立候補し、落選。1976年、第34回衆議院議員総選挙神奈川4区から民社党から立候補し、初当選。
椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 200… 椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 2007年3月16日)は、日本の政治家、実業家、物理学者。衆議院議員(4期)、参議院議員(2期)、自由の会代表、無所属の会代表などを務めた。 自由民主党副総裁、外務大臣、通商産業大臣を歴任した椎名悦三郎の次男。 東京府東京市(現・東京都文京区)出身。旧制府立高等学校を経て1953年名古屋大学理学部物理学科を卒業。電源開発に入った後、アメリカアルゴンヌ国立研究所に入所する。帰国後、精密機械メーカーサムタクを設立し、自ら取締役に就任した。1979年、父・椎名悦三郎の引退に伴い、第35回衆議院議員総選挙に旧岩手2区から自由民主党公認で立候補し、初当選する。
國弘 正雄(くにひろ まさお、1930年8月18日 - 20… 國弘 正雄(くにひろ まさお、1930年8月18日 - 2014年11月25日)は、日本の同時通訳者、翻訳家、文化人類学者、ニュースキャスター、政治家。「同時通訳の神様」と呼ばれ、外務大臣・首相を務めた三木武夫のブレーンとしても知られた。参議院議員を1期務め、護憲派として活動した。 現在の東京都北区に生まれる。東京府立六中(現・東京都立新宿高等学校)に入学するが、父親の転勤により、神戸一中(現・兵庫県立神戸高等学校)に転校する。同級生に小松左京と高島忠夫がいた。神戸空襲に遭い、親しくしていた知人の最期を看取った経験から、強い反戦思想を持つようになる。 中学時代、新渡戸稲造の伝記に感銘を受け、英語の猛勉強を開始した。
唐沢 俊二郎(からさわ しゅんじろう、1930年6月24日 … 唐沢 俊二郎(からさわ しゅんじろう、1930年6月24日 - )は、日本の政治家、元自由民主党衆議院議員。第3次中曽根内閣の郵政大臣、第1次海部内閣で自民党総務会長を歴任した。
不破 哲三(ふわ てつぞう、1930年1月26日 - )は、… 不破 哲三(ふわ てつぞう、1930年1月26日 - )は、日本の政治家。日本共産党中央委員会常任幹部会委員、党付属社会科学研究所所長。前党中央委員会議長。元衆議院議員。“不破”はペンネームで本名は上田 建二郎(うえだ けんじろう)。東京大学理学部物理学科卒業。日本共産党元副委員長の上田耕一郎は実兄。『道ひとすじ 不破哲三とともに生きる』(中央公論新社)の著書上田七加子は妻。
いずみ たく(1930年1月20日 - 1992年5月11日… いずみ たく(1930年1月20日 - 1992年5月11日)は、日本の作曲家・政治家。元参議院議員(第二院クラブ)。中黒を付けていずみ・たくと表記される場合もある。本名は今泉 隆雄(いまいずみ たかお)。 歌謡曲(演歌調からシャンソン風、ブルース、ポップスまで曲調はさまざま)から、フォークソング、CMソング、アニメソング、ミュージカル、童謡、校歌、交響曲(笙や能管などと管弦楽の組み合わせという作品も含めて数曲が残されている)と幅広いジャンルの曲を作曲。多作で知られ、総作数は15,000曲に上るという。 東京市下谷区(現:東京都台東区)谷中生まれ。家系は越智河野氏の末裔に当たる。 仙台陸軍幼年学校に在学中、敗戦を迎える。
越智 通雄(おち みちお、1929年〈昭和4年〉4月23日 … 越智 通雄(おち みちお、1929年〈昭和4年〉4月23日 - 2021年〈令和3年〉1月30日)は、日本の大蔵官僚、政治家。位階は正三位。 衆議院議員(8期)、経済企画庁長官(第41・44代)、金融再生委員会委員長(第2代)を歴任。日韓親善協会中央会会長。 東京生まれ。東京高師附属中(現・筑波大附属中・高)卒業。同期生に大川慶次郎、大島通義、岡野行秀、三浦公亮など。旧制一高を経て、東京大学法学部法律学科を卒業後、大蔵省に入省。ニューヨーク副領事、福田赳夫大蔵大臣秘書官、主計局調査課長などを経て退官。 1972年の第33回衆議院議員総選挙で賀屋興宣の後継として旧東京3区より出馬し当選(当選同期に小泉純一郎・加藤紘一・山崎拓・石原慎太郎・三塚博・村岡兼造・保岡興治・瓦力・野田毅・深谷隆司など)。
井上 篤太郎(いのうえ とくたろう、1929年(昭和4年)3… 井上 篤太郎(いのうえ とくたろう、1929年(昭和4年)3月7日 - 2020年(令和2年)9月27日)は、昭和から平成時代の政治家。東京都西多摩郡羽村町長、羽村市長。 東京府西多摩郡西多摩村(羽村町を経て、現在の東京都羽村市)で生まれる。東京都立農林高等学校卒業。 羽村町議会議長を経て、1985年(昭和60年)以来羽村町長に3選。1991年(平成3年)市制施行に伴い羽村市長となった。2001年(平成13年)まで務めた。 2020年(令和2年)9月27日、老衰のため死去した。
神山 好市(こうやま こういち、1929年〈昭和4年〉1月2… 神山 好市(こうやま こういち、1929年〈昭和4年〉1月25日 - 2020年〈令和2年〉11月24日)は、日本の政治家。東京都中野区長を4期務めた。位階は正五位。 東京都小平市生まれ。1950年、中野区役所に就職。1953年、中央大学経済学部を卒業した。中野区教育委員会事務局次長を経て、1983年より中野区助役。1986年4月の青山良道中野区長の死去に伴い、6月に実施された中野区長選に出馬し、初当選した。同年9月、青山前区長の下で決定された中野区・北京市西城区(中華人民共和国)の姉妹都市提携を締結した。 青山前区長同様、革新勢力の支援を受けており、アメリカ合衆国やイギリスが臨界前核実験を実施した際は抗議文を送付した。
友部 達夫(ともべ たつお、1928年12月5日 - 201… 友部 達夫(ともべ たつお、1928年12月5日 - 2012年1月28日)は元参議院議員。
黄 信介(こう しんかい、1928年8月20日 - 1999… 黄 信介(こう しんかい、1928年8月20日 - 1999年11月30日)は台湾の政治家。祖籍は福建省安渓。原名は黄金竜。 1940年代初め、小学を卒業した黄信介は日本に渡り印刷工として働きながら旧制上野中学(現在の東京都立上野高等学校)に学んだ。1946年台湾に戻り、1948年には北京大学に合格するも国共内戦により入学は実現しなかった。1949年に台湾地方行政専科学校(現在の 国立台北大学)に入学し、1951年に卒業した。 黄信介は学生時代政治活動に積極的に参加するようになり、専科学校入学直後には中国国民党に入党している。1950年冬、国民党の指示に従い、1954年以降の台北市長選挙に応援として参加し候補者当選に貢献した。
青木 國太郎(あおき くにたろう、1928年8月15日 - … 青木 國太郎(あおき くにたろう、1928年8月15日 - 2020年12月2日)は、日本の政治家。東京都日の出町の元町長(5期)。日本初の75歳以上の医療費無料化など、福祉政策を積極的に推し進めたことで知られる。 東京府西多摩郡大久野村(現・東京都日の出町)に生まれる。1943年7月、海軍特別年少兵として第二次世界大戦に参戦。 1948年5月、大久野村役場に入庁。1982年10月、日の出町助役に就任。 1990年、日の出町長選挙に立候補し初当選。4月16日、町長就任。 バブル崩壊後、日の出町は大型開発の頓挫で税収が伸び悩み、合計特殊出生率も0.79と落ち込んでしまう。青木は、2005年から15歳以下の医療費無料化、町で使える1万円のクーポン支給を開始した。
上田 哲(うえだ てつ、1928年(昭和3年)2月26日 -… 上田 哲(うえだ てつ、1928年(昭和3年)2月26日 - 2008年(平成20年)12月17日)は、日本の政治家、ジャーナリスト、労働組合運動家。
森山 眞弓(もりやま まゆみ、1927年〈昭和2年〉11月7… 森山 眞弓(もりやま まゆみ、1927年〈昭和2年〉11月7日 - 2021年〈令和3年〉10月14日)は、日本の労働官僚、政治家。位階は正三位。旧姓名は古川 眞弓。 労働省婦人少年局長、参議院議員(3期)、衆議院議員(4期)、環境庁長官、内閣官房長官(女性初)、文部大臣、法務大臣、白鷗大学学長(2007年2月 - 2013年3月)などを歴任した。 北海道硫黄株式会社社長の古川俊雄の三人姉妹の長女として生まれた。津田塾専門学校外国語学科(現・津田塾大学)へ入学。極東国際軍事裁判において翻訳のアルバイトをしていた。津田塾専門学校を卒業後、女性として初めて東京帝国大学法学部法律学科(現在の東京大学法学部)へ入学(同期東大入学に中根千枝がいる)。
森山 眞弓(もりやま まゆみ、1927年(昭和2年)11月7… 森山 眞弓(もりやま まゆみ、1927年(昭和2年)11月7日 - )は、日本の元官僚(労働官僚)、元政治家。旧姓名は古川 眞弓。
伊藤 昌弘(いとう まさひろ、1927年〈昭和2年〉10月2… 伊藤 昌弘(いとう まさひろ、1927年〈昭和2年〉10月27日 - 2011年〈平成23年〉6月5日)は、日本の政治家。民社党衆議院議員(1期)。薬剤師。 東京市本所区(現在の東京都墨田区)出身。1948年千葉医科大学附属薬学専門部卒業。1959年から墨田区議を2期、1969年から東京都議を2期(自民党)務めた。 1976年の総選挙で東京6区から無所属で立候補するが落選。1979年と1980年に民社党から衆議院議員総選挙に続けて立候補するも落選。1983年の総選挙で初当選。1986年に落選。1990年と1993年(無所属)の総選挙に立候補するが落選。1995年と1999年の墨田区長選に立候補するが落選。
小沢 潔(おざわ きよし、1927年8月1日 - 2014年… 小沢 潔(おざわ きよし、1927年8月1日 - 2014年10月15日)は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、国土庁長官(第26代)、北海道開発庁長官(第62代)、沖縄開発庁長官(第31代)等を歴任した。勲章は勲一等旭日大綬章。 元自由民主党衆議院議員の清水清一朗は女婿。 東京府北多摩郡谷保村(現:国立市)生まれ。旧制東京都立第十九中学校(現:東京都立国立高等学校)卒業。 1952年、国立町議会議員に当選。1967年、国立町の市制施行により国立市議会議員となり、1969年には東京都議会に当選。3期務めた。 1979年、第35回衆議院議員総選挙に旧東京7区から自由民主党公認で出馬し、初当選。以後連続当選7回(当選同期に佐藤信二・保利耕輔・畑英次郎・麻生太郎・白川勝彦・岸田文武・丹羽雄哉・亀井静香・吹田愰・宮下創平・船田元など)。
城地 豊司(しろち とよじ、1927年〈昭和2年〉7月30日… 城地 豊司(しろち とよじ、1927年〈昭和2年〉7月30日 - 1989年〈平成元年〉11月9日)は、日本の政治家である。衆議院議員(3期)。位階は従四位勲三等。 東京市(現・東京都墨田区)に生まれる。1942年(昭和17年)3月、日立市立駒王尋常高等小学校を卒業。同年の4月、日立工業専修学校に入学。 1946年(昭和21年)、日立工業専修学校を卒業。その後は、日立製作所日立工場に勤務。1953年(昭和28年)、日立工場支部労働組合執行委員となる。1976年(昭和51年)9月、中立労働組合連絡会議副議長となる。 1980年(昭和55年)、第36回衆議院議員総選挙茨城2区で初当選。 1983年(昭和58年)、第37回衆議院議員総選挙に当選。
山田 治雄(やまだ はるお、1927年〈昭和2年〉5月15日… 山田 治雄(やまだ はるお、1927年〈昭和2年〉5月15日 - 2022年〈令和4年〉7月1日)は、日本の政治家、行政書士。熱海市議会議員(12期)。日本最年長の市議会議員として知られていた。 1927年(昭和2年)、静岡県田方郡熱海町(現在の熱海市)に生まれる。生家は現在「かんぽの宿 熱海」が建っている場所にあった。熱海町立熱海尋常高等小学校(現在の熱海市立第一小学校)を卒業後、旧制中学校に当たる帝京商業学校(現在の帝京大学中学校高等学校)へ入学する。なお、中日の監督などを務めた杉下茂は山田の2年先輩にあたる。 その後、1943年(昭和18年)8月に役所の兵事課に入隊を申し出て、同年10月に三重海軍航空隊を受験する。
松前 達郎(まつまえ たつろう、1927年2月19日 - 2… 松前 達郎(まつまえ たつろう、1927年2月19日 - 2024年9月8日)は、日本の教育者、政治家。参議院議員(4期)。工学博士であり、東海大学総長を務めた。位階は従三位。 東海大学創立者の松前重義の長男として生まれる。東北大学工学部金属工学科卒業。首都大学野球連盟の会長ならびに日本高等学校野球連盟の最高顧問および全日本大学野球連盟の顧問を務める。また、文化面では日本対外文化協会および日本ブルガリア協会の会長を務め、実業面では、エフエム熊本の取締役も務める。
岸田 文武(きしだ ふみたけ、1926年〈大正15年〉8月1… 岸田 文武(きしだ ふみたけ、1926年〈大正15年〉8月19日 - 1992年〈平成4年〉8月4日)は、日本の通産官僚(中小企業庁長官)、政治家。元自由民主党所属の衆議院議員(5期)。位階は正四位勲二等、勲章は旭日重光章。 父は元自由党衆議院議員の岸田正記、弟は大蔵省証券局長・広島銀行会長・相談役を務めた岸田俊輔。妻は元日東製粉社長井口良二の次女。長男は衆議院議員で第27代自民党総裁、第100・101代内閣総理大臣の岸田文雄。派閥は宏池会に所属した。 広島県広島市南区段原町出身。1945年、旧制東京高等学校(現:東京大学教育学部附属中等教育学校)卒業後、東京帝国大学へ進学。しかし、戦争末期のころであり、入学早々から勉強どころではなく、連日の勤労動員に続いて、終戦間近の同年7月には、学徒動員で旭川の師団に入隊した。
土屋 義彦(つちや よしひこ、1926年〈大正15年〉5月3… 土屋 義彦(つちや よしひこ、1926年〈大正15年〉5月31日 - 2008年〈平成20年〉10月5日)は、日本の政治家。 参議院議員(5期)、参議院議長(第17・18代)、環境庁長官(第11代)、埼玉県知事(第54・55・56代)、埼玉県議会議員(2期)、自由民主党最高顧問、自由民主党参議院議員会長を歴任した。 土屋家は大工を営んでおり、父・澄男は家業から技術を習得し、内務省技師として茨城県行方郡潮来町(現:潮来市)に赴任していた頃に義彦が生まれた。次弟は昭二(大正製薬会長)、三弟は祐三。 義彦が6歳の時に父が急性肺炎で死去。母・初江は義彦らを残して家を去ったため、義彦と祐三は東京府北豊島郡高田町(現:東京都豊島区高田)で大工を自営していた父方の祖父母である土屋仁作・たつも夫妻に引き取られた。
田中 茂(たなか しげる、1925年(大正14年)12月26… 田中 茂(たなか しげる、1925年(大正14年)12月26日 - 2012年(平成24年)7月13日)は、昭和から平成時代の政治家。医師。埼玉県和光市長(第6代〜第8代)。 福岡県出身。旧制豊山中学校、清水高等商船学校(現東京海洋大学)を経て、1950年(昭和25年)慶應義塾大学医学専門部卒業。1951年(昭和26年)和光市にて開業する。1960年(昭和35年)慶應義塾大学生理学教室にて博士号を受ける。1962年(昭和37年)から1976年(昭和51年)まで朝霞地区医師会会長。ほか、埼玉県医師会役員、日本医師会代議員、日本・ラテンアメリカ医学協会役員などを歴任した。 1989年(平成元年)和光市長に当選し、同年5月から2001年(平成13年)5月まで3期務めた。
石川 要三(いしかわ ようぞう、1925年〈大正14年〉7月… 石川 要三(いしかわ ようぞう、1925年〈大正14年〉7月6日 - 2014年〈平成26年〉6月21日)は、日本の政治家。位階は従三位。勲等は勲一等。 防衛庁長官(第49代)、衆議院議員(8期)、衆議院内閣委員長、東京都青梅市長(2期)、青梅市議会議員を務めた。 東京府西多摩郡(現東京都青梅市)生まれ。旧制府立第二中学校(現東京都立立川高等学校)を経て1951年早稲田大学政治経済学部卒業後、西東京バス株式会社取締役、青梅市議会議員などを経て、1967年に青梅市長選挙で初当選した。1975年まで市長を2期務め、1976年に第34回衆議院議員総選挙に旧東京11区から立候補し、当選した(当選同期に愛知和男・鳩山邦夫・中村喜四郎・中島衛・西田司・池田行彦・堀内光雄・相澤英之・津島雄二・鹿野道彦・塚原俊平・中西啓介・与謝野馨・渡辺秀央・中川秀直・甘利正らがいる)。
木島 則夫(きじま のりお、1925年〈大正14年〉5月10… 木島 則夫(きじま のりお、1925年〈大正14年〉5月10日 - 1990年〈平成2年〉4月13日)は、日本の司会者、ニュースキャスター、アナウンサー、政治家。民社党所属の参議院議員(2期)。 東京都出身。旧制横須賀中学(現神奈川県立横須賀高等学校)、明治学院大学文学部英文科を卒業。1948年に、読売新聞社の採用試験を受け不合格となったが、NHKのアナウンサー採用試験で合格し入局、クイズ番組『危険信号』『生活の知恵』などの司会を担当した。1964年3月にNHKを退職し、その直後の同4月より、日本教育テレビ(NET。現テレビ朝日)と局契約アナウンサー(嘱託職)を結び、『木島則夫モーニングショー』の司会を1968年3月まで務め(『モーニングショー』自体も初代の総合司会者だった)、「泣きの木島」と呼ばれて人気を集めて、ワイドショーブームの火付け役となった。
板垣 正(いたがき ただし、1924年(大正13年)7月1日… 板垣 正(いたがき ただし、1924年(大正13年)7月1日 - )は、日本の政治家。元自由民主党所属参議院議員。日本遺族会顧問。日本会議代表委員。板垣征四郎の次男。
松浦 功(まつうら いさお、1923年〈大正12年〉4月24… 松浦 功(まつうら いさお、1923年〈大正12年〉4月24日 - 2002年〈平成14年〉12月28日)は、日本の内務及び自治官僚、政治家。法務大臣(第63代)、参議院議員(3期)。 東京都出身。旧制東京高等学校卒業後、東京帝国大学法学部政治学科に入学。東京帝大在学中の1946年に高等試験行政科に合格。1947年、東京帝大を卒業し、旧内務省に入省(地方局配属)。自治省大臣官房総務課長、北九州市助役、消防庁長官、自治事務次官などを歴任した後、1980年の参議院議員選挙に全国区から自民党公認で出馬し初当選。1995年、自民党地方自治関係団体委員長。1996年、第2次橋本内閣の法務大臣として初入閣。
世耕 政隆(せこう まさたか、1923年1月6日 - 199… 世耕 政隆(せこう まさたか、1923年1月6日 - 1998年9月25日)は、日本の政治家、医学者、学校法人理事長。位階は正三位。 日本大学第二高等学校卒業。1949年、日本大学医学部を卒業する。同大学に残り、同大医学部皮膚科学の教授に。1960年 日本大学 医学博士。論文の題は「紫斑性皮膚疾患の血液学的分布」。 1965年から父弘一のあとを継ぎ、2代目近畿大学総長・理事長を務める。 1967年に第31回衆議院議員総選挙に自民党公認で旧和歌山2区から立候補し当選するが(当選同期に山下元利・増岡博之・塩川正十郎・加藤六月・河野洋平・中尾栄一・藤波孝生・武藤嘉文・坂本三十次・塩谷一夫・山口敏夫・水野清など)、1969年の第32回衆議院議員総選挙で落選。
熊木 令次(くまき れいじ、1922年(大正12年)8月22… 熊木 令次(くまき れいじ、1922年(大正12年)8月22日 - 2015年(平成27年)10月24日)は、日本の地方公務員、政治家。東京都東村山市長(4期)。 東京府北多摩郡東村山村(東村山町を経て、現・東村山市)生まれ。旧制東亜商業学校(現東亜学園高等学校)を経て、脇田簿記学校卒。戦後、東村山町役場に入る。役場では収入役、総務課長、助役を務め、助役時代の1964年(昭和39年)に東村山町は市制施行により東村山市となった。市制施行後も助役として初代市長の小山林平を補佐した。 1967年(昭和42年)東村山市長選挙で当選。市内に都立高校の設置、保健所や税務署の誘致、水道事業を都に一元化させ、都市基盤と生活環境の整備、福祉の充実と、市民の健康増進、教育文化の向上などに積極的に取り組んだことにより、市民の信頼を得た。
宮田 輝(みやた てる、1921年12月25日 - 1990… 宮田 輝(みやた てる、1921年12月25日 - 1990年7月15日)は、日本のアナウンサー、政治家。参議院議員(3期)。本名、宮田 輝(みやた あきら)。妻は声優の河口恵美子。 東京都足立区出身。血液型B型。明治大学専門部商科卒業。1942年にNHKに入局。NHKにおいて、高橋圭三や青木一雄らと同じく、「芸能番組向けアナウンサー」の先鞭を付けた人物の一人に数えられる。1974年に同局退職後、参議院議員(3期)を務めながらフリーアナウンサーとしても活躍。1990年、議員在職中に死去。 1942年9月に明治大学専門部商科卒業。同年NHKに入局。同期に高橋圭三がいる。1948年10月21日に東京放送劇団の団員であった河口恵美子と結婚。