竹内 正彦(たけうち まさひこ、1963年 - )は、日本の… 竹内 正彦(たけうち まさひこ、1963年 - )は、日本の国文学者、國學院大學文学部日本文学科教授。博士(文学)。専門は源氏物語を主とした中古文学。長野県出身。 1982年3月、長野県長野高等学校卒業。1986年3月、國學院大學文学部文学科卒業。1988年3月、國學院大學大学院文学研究科博士課程前期修了。1991年3月、國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得後退学。 2001年4月~2003年3月、群馬県立女子大学文学部国文学科講師。2003年4月~2009年3月、群馬県立女子大学文学部国文学科助教授(2007年4月、同准教授)。2003年4月~2009年3月、群馬県立女子大学大学院文学研究科(修士課程)担当。
上原 作和(うえはら さくかず、1962年11月28日 - … 上原 作和(うえはら さくかず、1962年11月28日 - )は、日本の国文学者。学位は、博士(文学)(名古屋大学・論文博士・2007年)(学位論文「光源氏物語學藝史 右書左琴の思想」)。阿仏尼本源氏物語の紹介者。 長野県佐久市生まれ。1993年、大東文化大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。2010年、明星大学常勤教授。2014年、一般社団法人桃源文庫日本学研究所設立、同理事。専門は、物語研究・文献史学・日本琴学史。
縣 秀彦(あがた ひでひこ、1961年 - )は、日本の天文… 縣 秀彦(あがた ひでひこ、1961年 - )は、日本の天文学者、教育者。専門は天文教育、科学教育。博士(教育学)(東京学芸大学、2003年)。自然科学研究機構国立天文台准教授、総合研究大学院大学准教授を兼務。長野県北安曇郡八坂村(現・大町市)生まれ。
東原 伸明(ひがしはら のぶあき、1959年5月 - )は、… 東原 伸明(ひがしはら のぶあき、1959年5月 - )は、日本の国文学者、高知県立大学教授。 長野県塩尻市出身。國學院大學文学部国文科卒業、同大学院博士課程後期単位取得満期退学。2009年「古代散文文学史における語り・言説・テクストの研究」で文学博士(名古屋大学)。1997年県立高知女子大学文学部助教授、2007年教授、2011年校名変更で高知県立大学文化学部・人間生活学研究科教授。専門は中古の物語・日記。
金井 嘉彦(かない よしひこ、1959年 - )は、日本の文… 金井 嘉彦(かない よしひこ、1959年 - )は、日本の文学者。文学博士(PhD)。専門はジェイムズ・ジョイスを中心とするアイルランド文学。 長野県諏訪郡富士見町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東北大学大学院博士課程前期2年課程修了。1984年同大学文学部助手。1987年一橋大学法学部講師。1992年同大学助教授。1992年ー1994年 ハーヴァード大学(アメリカ)、ユニヴァーシティ・カレッジ・ダブリン(UCD、アイルランド)で在外研究。2000年一橋大学大学院法学研究科教授。2005年ー2006年ケンブリッジ大学(イギリス)で在外研究。2022年一橋大学大学院法学研究科特任教授。2024年一橋大学名誉教授。
水野 善文(みずの よしふみ、1958年10月7日 - )は… 水野 善文(みずの よしふみ、1958年10月7日 - )は、長野県長野市出身の日本の文学者。専門はインド文学、インド思想。東京外国語大学名誉教授、公益財団法人中村元東方研究所講師、公益財団法人東洋文庫研究員、長野市安楽山往生寺住職。 第39回日本印度学仏教学会賞受賞(1997年6月21日) この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
竹村 文彦(たけむら ふみひこ、1958年5月5日 - )は… 竹村 文彦(たけむら ふみひこ、1958年5月5日 - )は、日本のスペイン文学者。
小澤 實(おざわ みのる、1956年8月29日 - )は、日… 小澤 實(おざわ みのる、1956年8月29日 - )は、日本の俳人、俳文学者。大学時代より「鷹」に所属し藤田湘子に師事。2000年に俳誌「澤」を創刊・主宰。本名・実。 長野県長野市生まれ。1972年、長野県松本深志高等学校に入学。同級にのちに小説家・長野県知事となる田中康夫がいた。高校時代は文学部の機関誌に小説を寄せ、ガリ版刷りの小詩集を刊行するなどした。1976年、信州大学人文学部在学中に信大連句会に参加、東明雅の指導を受ける。翌年、連句会の連衆であった宮坂静生のてほどきで俳句をはじめ、同年「鷹」に入会、藤田湘子に師事。また大学で信大俳句会を結成する。 1979年、大学を卒業し、成城大学大学院文学研究科修士課程に進学、尾形仂に師事し、北条霞亭など江戸時代の漢詩人の書簡を解読。
平出 昌嗣(ひらいで しょうじ、1955年2月21日 - )… 平出 昌嗣(ひらいで しょうじ、1955年2月21日 - )は、日本の英文学者。 長野県諏訪郡富士見町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、名古屋大学文学部卒業。名古屋大学大学院人文学研究科博士課程中退。高知大学、愛知学院大学勤務を経て、千葉大学教育学部教授。同大学定年退官後、同大学名誉教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
原 克(はら かつみ、1954年7月10日 - )は、日本の… 原 克(はら かつみ、1954年7月10日 - )は、日本のドイツ文学者。専門は表象文化論、ドイツ文学、メディア論、都市論。早稲田大学教育学部教授。 長野県伊那市出身。1975年、立教大学文学部ドイツ文学科卒業。1982年、立教大学大学院文学研究科博士課程中退、神戸大学国際文化学部専任講師。1985年~1987年ボーフム・ルール大学客員研究員。1994年立教大学文学部ドイツ文学科助教授、1995年同教授。2003年早稲田大学教育学部教授。2001~2002年、ベルリン・フンボルト大学客員教授。2007年と2009年に、日本テレビ系『世界一受けたい授業』に講師として出演した。 日本ドイツ文学会、阪神ドイツ文学会、カール・アインシュタイン学会 (Carl Einstein Gesellschaft) 所属。
玉城 司(たまき つかさ、1953年1月- )は、日本の国文… 玉城 司(たまき つかさ、1953年1月- )は、日本の国文学者。元清泉女学院大学教授。専門は近世俳諧史。 長野県長野市生まれ。1975年金沢大学法文学部哲史文学科(国文学専攻)卒業、1987年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。清泉女学院短大助教授、教授。清泉女子大学人文科学研究所客員所員。 2017年、与謝蕪村の新出句を発見した。
和田 忠彦(わだ ただひこ、1952年3月6日 - )は、日… 和田 忠彦(わだ ただひこ、1952年3月6日 - )は、日本のイタリア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。イタリア近現代文学、文化芸術論が専門。 1952年、長野県長野市生まれ。 京都大学文学部に入学し、イタリア文学を専攻する。東京外国語大学在職中は大学院総合国際学研究院(先端研究部門)教授、大学院地域文化研究科長および副学長を務めた。須賀敦子翻訳賞の選考委員長を務める。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中嶋 隆(なかじま たかし、1952年 - )は、日本の国文… 中嶋 隆(なかじま たかし、1952年 - )は、日本の国文学者・小説家。専門は日本近世文学、特に井原西鶴をはじめとした浮世草子。学位は、文学博士(早稲田大学・論文博士・1997年)(学位論文「初期浮世草子の研究」)。早稲田大学名誉教授。 長野県小諸市生まれ。都立九段高校を経て、1977年早稲田大学第一文学部日本文学専攻卒業、1978年同大学文学研究科博士前期課程修了、1984年同大学院博士課程。同年11月、第16回窪田空穂賞受賞。1985年大谷女子大学日本文学科専任講師に着任。横浜国立大学助教授(1988年 - 1995年)を勤め、1995年早稲田大学教育学部助教授、1996年同教授。1996年「初期浮世草子の研究」で文学博士の学位を取得。
寺沢 みづほ(てらさわ みづほ、1951年 - )は、アメリ… 寺沢 みづほ(てらさわ みづほ、1951年 - )は、アメリカ文学者、早稲田大学教授。 長野県飯田市生まれ。1973年、お茶の水女子大学文教育学部英文科卒業、1976年、東京大学大学院人文研究科英語英文学修士課程修了。1981年、同大学大学院博士課程単位取得退学、和光大学人文学部専任講師。1985年、同大学助教授。1990年、早稲田大学教育学部英語英文学科専任講師、1991年助教授、1996年教授。
矢羽 勝幸(やば かつゆき、1945年3月25日 - )は、… 矢羽 勝幸(やば かつゆき、1945年3月25日 - )は、日本の俳文学者。専門は近世中期・後期の俳諧、特に小林一茶、加舎白雄の研究で知られる。小林一茶研究の第一人者である。二松学舎大学文学部客員教授。俳文学会常任委員。 長野県小県郡県村西海野(現・東御市)生まれ。長野県屋代高等学校を経て、1969年、國學院大學文学部日本文学科卒業。1980年、『一茶全集』(共編・信濃毎日新聞社)により文部大臣賞、毎日出版文化賞受賞。長野県内各地の高校教諭を務めたのち、1985年、国立長野高専専任講師(のち助教授)、1988年、上田女子短期大学助教授(のち教授)、1992年、二松学舎大学文学部助教授、1994年、同教授。
宮坂 覺(みやさか さとる、1944年 - )は、日本の近代… 宮坂 覺(みやさか さとる、1944年 - )は、日本の近代文学者。研究分野は芥川龍之介。 長野県諏訪郡原村出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、早稲田大学文学部国文科卒業。上智大学大学院博士課程単位取得退学。福岡女子大学講師、同大学助教授、フェリス女学院大学助教授、同大学教授、同大学文学部長、同大学学長。2013年定年退官、名誉教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
宮坂 静生(みやさか しずお、1937年11月4日 - )は… 宮坂 静生(みやさか しずお、1937年11月4日 - )は、日本の俳人、国文学者。信州大学名誉教授。本名、敏夫。 長野県千曲市生まれ、松本市育ち。信州大学で近世文学を専攻。卒業後、1961年から長野県の公立高校教諭となり、1974年信州大学医学部保健学科助教授、教授を経て2001年定年退官、名誉教授。大学では近世および近現代国文学、日本人の死生観等を専門とした。 俳句は14歳から始め、18歳から「若葉」に投句、富安風生、加倉井秋をに師事。1962年、「龍膽」編集長となり同誌を小諸から発行。1968年、藤田湘子に会い「鷹」に入会、翌年に無鑑査同人となる(1995年に退会)。1978年俳誌「岳」(たけ)を創刊、主宰。
小町谷 照彦(こまちや てるひこ、1936年6月22日 - … 小町谷 照彦(こまちや てるひこ、1936年6月22日 - 2014年10月31日)は、日本の国文学者。東京学芸大学名誉教授。中古文学、特に和歌を専攻。叙従四位、瑞宝中綬章受章。 長野県駒ヶ根市生まれ。東京大学文学部国文学科卒業、同大学院博士課程単位取得退学。東京都立高等学校教諭を経て、成城大学短期大学助教授、東京学芸大学教授、2000年定年退官。東京経済大学教授。2014年、胃癌で死去。叙従四位、瑞宝中綬章受章。 妻・新子(1936-)は、瀧井孝作の娘で版画家、著書に『一生の春 父・瀧井孝作』(蝸牛社 1990)などがある。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
梶野 吉郎(かじの きちろう、1935年〈昭和10年〉12月… 梶野 吉郎(かじの きちろう、1935年〈昭和10年〉12月13日 - )は、日本のフランス文学者、北海道大学名誉教授。 長野県伊那市出身。1959年京都大学文学部仏文科卒、70年同大学院博士課程満期退学。1963 - 69年グルノーブル大学大学院博士課程に在籍、文学博士。69年グルノーブル大学最優秀論文賞受賞。1970年北海道大学文学部助教授、82年言語文化部教授、1999年定年退官、名誉教授。
滝沢 貞夫(たきざわ さだお、1934年7月26日 - 20… 滝沢 貞夫(たきざわ さだお、1934年7月26日 - 2016年11月20日)は、日本の国文学者。信州大学名誉教授。専門は中世和歌で、『詞花和歌集』以後の二十一代集の総索引を作成した業績がある。 新潟県生まれ。長野県長野市育ち[要出典]。1957年東京教育大学文学部卒業、1959年同大学院修士課程修了。長野県立高校教諭を経て、1968年長野工業高等専門学校助教授、1972年信州大学教育学部助教授、1979年同教授。2000年定年退任、名誉教授。正四位、瑞宝中綬章追贈。
傳田 章(でんだ あきら、1933年5月20日 - 没年不明… 傳田 章(でんだ あきら、1933年5月20日 - 没年不明[要出典])は、日本の中国文学者・中国語学者。東京大学名誉教授。放送大学名誉教授 長野県に生まれる。長野県長野北高等学校を経て、1956年、東京大学文学部中国文学科を卒業した。引き続き大学院に進み、1958年に修士課程を修了した。 1974年、東京大学教養学部助教授(中国語)となり、1985年に教授に昇格した。1994年に定年退官して、名誉教授となる。 放送大学教授も務めた。
中山 恒夫(なかやま つねお、1933年4月15日 - 没年… 中山 恒夫(なかやま つねお、1933年4月15日 - 没年不明)は、日本の古典古代文学者。古代ラテン文学を専攻。 長野県松本市生まれ。1956年東京大学教養学部教養学科卒。1958年同文学部言語学科卒業。1965年同大学院西洋古典学専攻博士課程満期退学、順天堂大学助教授、1970年教授。1975年「ホラティウスと民衆」で文学博士。1978年大阪大学言語文化部教授。1990年筑波大学教授。1997年定年退官、共立女子大学教授。2004年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
曽倉 岑(そくら たけし、1933年 - )は、日本の文学者… 曽倉 岑(そくら たけし、1933年 - )は、日本の文学者。日本文学、上代文学。専門は万葉集研究。青山学院大学名誉教授。
小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 20… 小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 2015年7月21日)は、日本の詩人・フランス文学者。横浜国立大学名誉教授。 東京市麻布区[要出典](現在の東京都)生まれ。戦争中に長野県へ疎開。長野県諏訪中学校、東京都立日比谷高等学校を経て、1955年、東京大学文学部仏語仏文学科卒業。 同年地方公務員として公立高校教員となり千代田区立九段中学校教諭、1959年東京都立雪谷高等学校教諭。 1965年多摩美術大学助教授、1966年横浜国立大学教育学部講師、1967年助教授、1978年教授。1995年、同大学定年退官、名誉教授。 1989年、詩誌「詩と思想」編集長就任(1993年まで)。1991年、日本現代詩人会会長(1992年まで)。
渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - … 渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - 1998年2月8日)は、日本の詩人・フランス文学者。 長野県小県郡長村(現・上田市)生まれ。旧制上田中学(現・長野県上田高等学校)を経て、1953年、東京外国語大学フランス語科を卒業。1956年、東京大学大学院フランス文学科修士課程を修了。1956年武蔵大学講師、1957年明治大学文学部講師、助教授を経て、1969年より教授。 ランボー、ボードレールなどフランス詩を研究する一方、みずからたくさんの詩集を発表。1958年同人誌「XXX」を発行、1984年文芸誌「譚」創刊に参加。藤村記念歴程賞、高見順賞、萩原朔太郎賞を次々に受賞した。 1998年、下咽頭癌のため死去(67歳)。
野口 元大(のぐち もとひろ、1929年5月26日 - 20… 野口 元大(のぐち もとひろ、1929年5月26日 - 2016年12月2日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1992年)。上智大学名誉教授。 長野県小諸市生まれ。埼玉県児玉郡神泉村育ち。旧制松本第二中学校(現長野県松本県ヶ丘高等学校)、旧制松本高等学校文科を経て、1953年東京大学文学部国文学科卒、1958年同大学院国文学専攻修了。 都立高校教諭を経て、1960年熊本大学法文学部助教授、1966年文部省教科書調査官、1974年茨城大学人文学部教授、1977年文部省主任教科書調査官、1982年上智大学文学部教授、1992年「夜の寝覚研究」で東大文学博士。この間、文部省にて主任教科書調査官を務める。
林 功三(はやし こうぞう、1928年12月6日 - 200… 林 功三(はやし こうぞう、1928年12月6日 - 2007年12月16日)は、日本のドイツ文学者。京都大学名誉教授。専門は、ドイツ文化、社会史、ナチス研究。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)を経て、1954年京都大学文学部独文科卒業。同大学教養部助教授を経て、同大学教授。1992年定年退官、同大学名誉教授、京都産業大学教授。市民団体「『心の教育』はいらない!市民会議」代表。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
赤羽 学(あかばね まなぶ、あかはね まなぶ、1928年11… 赤羽 学(あかばね まなぶ、あかはね まなぶ、1928年11月30日 - 2021年4月6日[要出典])は、日本の国文学者。岡山大学名誉教授。 長野県松本市生まれ。1953年東北大学文学部国文科卒業、1957年同大学院修士課程修了。1972年「芭蕉俳諧の精神」で、文学博士(東北大学)の学位を取得。岡山大学法文学部助教授、文学部教授、1995年定年退官、名誉教授、安田女子大学教授。1971年文部大臣賞受賞。。 日本文学における伝誦過程、芭蕉を通して見られる日本文芸の理念および現代に及ぼした影響を研究する。 2009年4月瑞宝中綬章受章。 谷川健一が主宰した同人誌 青にエッセイを記載している。
赤羽 賢司(あかばね けんじ、1926年〈大正15年〉11月… 赤羽 賢司(あかばね けんじ、1926年〈大正15年〉11月20日 - 2015年〈平成27年〉4月22日)は、日本の天文学者。東京大学名誉教授。専門は電波天文学。日本物理学会および電子情報通信学会のフェロー会員。 長野県東筑摩郡寿村(現松本市)生まれ。旧姓は青木。 赤羽の弟子には川尻矗大、大師堂経明、海部宣男、平林久、井口哲夫、稲谷順司、福井康雄、長谷川哲夫、佐藤文男、加藤隆二、長井嗣信、春日隆、土井恒久らがいる。
相馬 大(そうま だい、1926年8月28日 - 2011年… 相馬 大(そうま だい、1926年8月28日 - 2011年5月23日)は、日本の詩人・随筆家・国文学者。本名・出川光治。 長野県須坂市出身。旧制上高井農学校(長野県須坂園芸高等学校)を経て、1950年立命館大学文学部日本文学科卒業。京都市立中学校国語教諭を経て、京都聖母女学院短期大学助教授、教授、図書館長を務めた。詩の他、京都文化についての随筆を多く残した。
高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 20… 高木 久雄(たかぎ ひさお、1924年10月14日 - 2014年8月31日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。京都大学名誉教授、京都外国語大学元学長。近代ドイツ文学専攻。 長野県岡谷市生まれ。長野県立諏訪中学校(現:長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)、一高を経て、1951年京都大学文学部卒、西京大学助教授、京都大学教養部助教授、1971年教授、1988年定年退官、名誉教授、京都外国語大学教授、1992年から1998年まで同大学及び短期大学学長、2000年に定年退職、名誉教授。 2014年8月31日、肺炎により京都市内の病院で死去。
金井 清光(かない きよみつ、1922年〈大正11年〉7月2… 金井 清光(かない きよみつ、1922年〈大正11年〉7月28日 - 2009年〈平成21年〉4月7日)は、日本の国文学者、時衆研究者。鳥取大学名誉教授。 長野県松本市に生まれる。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、姫路高等学校を経て、1943年(昭和18年)、東京帝国大学文学部国文学科に入学するも、学徒出陣する。シベリア抑留をへて帰国。1952年、東京大学国文学科卒業、同大学院に進学。この間、通学をしながら武蔵野女子学院高等部にて教鞭を執り、教頭であった雲藤義道の引見により、後年時宗法主となる河野憲善と出会う。1957年、大学院在学期限満了となり、鳥取大学学芸学部(のち教育学部)に奉職。やがて教授となるも、授業中の発言を巡って休職・退官に追い込まれる。
今井 信雄(いまい のぶお、1917年 - 2009年)は、… 今井 信雄(いまい のぶお、1917年 - 2009年)は、日本の国文学者。信州白樺派教員に関する研究の第一人者である。 長野県諏訪郡長地村(現・岡谷市)出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、國學院大学卒業。長野県内の小中高校教諭を経て、1948年成城学園中学校高等学校教諭。指揮者小澤征爾の中学の担任となり、小澤が指揮者の道に進んだのは今井の進言が影響した。成城短期大学(のちの成城大学短期大学部)助教授を経て、同短期大学教授、同短期大学学長。1983年退官、同短期大学名誉教授。
竹村 猛(たけむら たけし、1914年5月22日- 1987… 竹村 猛(たけむら たけし、1914年5月22日- 1987年6月24日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 長野県長野市出身。1943年東京帝国大学文学部仏文科卒。東北大学助教授、中央大学教授、1985年定年退任、名誉教授。19世紀フランス文学を専攻、多くの作品を翻訳した。 妻は杉田久女の次女・光子で(1941年結婚)、石一郎は義兄に当たる。
高田 久寿(たかだ ひさとし、1914年(大正3年)3月 -… 高田 久寿(たかだ ひさとし、1914年(大正3年)3月 - 1984年(昭和59年)5月20日)は、日本の英文学者、イギリス文学者。大正大学名誉教授。 長野県生まれ。1931年(昭和6年)、旧制松本第二中学(現長野県松本県ヶ丘高等学校)卒業。1937年(昭和12年)、大阪外国語学校(現大阪大学外国語学部)卒業。東京都立高校教諭を経て、大正大学名誉教授。 終戦直後の「上海残留日僑子弟補習室」で英語教師などを務めたほか、東京都立石神井高等学校校歌の作詞を行っている。 平和祈念展示資料館には先の大戦で経験された方の「苦労体験手記」が収められている。その中に中国での体験手記として、景山澈氏の『上海日僑中学生の終戦日記』がある。
峯村 文人(みねむら ふみと、1913年〈大正2年〉9月14… 峯村 文人(みねむら ふみと、1913年〈大正2年〉9月14日 - 2004年〈平成16年〉3月6日)は、日本の国文学者。 長野県小県郡富士山村(現上田市)出身。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、1935年東京高等師範学校卒業、1935年から旧制新潟県立六日町中学教諭を務めた後、1940年東京文理科大学国文科卒業。東京府立第八高等女学校教諭から1942年小樽経済専門学校(学制改革により小樽商科大学)教授、1954年東京教育大学教授、1962年「新古今時代の研究」で東京教育大学文学博士。1977年定年退官、名誉教授、国際基督教大学教授。1984年同客員教授。1986年秋、勲三等旭日中綬章受勲。
小尾 郊一(おび こういち、1913年2月2日 - 2004… 小尾 郊一(おび こういち、1913年2月2日 - 2004年2月4日)は、日本の中国文学者。広島大学名誉教授。 1913年、長野県諏訪郡豊平村(現・茅野市)生まれ。1930年、長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を卒業。長野師範学校専攻科に進み、1932年に卒業。1938年、大東文化学院(現・大東文化大学)本科を卒業。1941年、広島文理科大学(現・広島大学)文理学部文学科漢文学専攻を卒業した。 卒業後は、同1941年より東方文化学院京都研究所(現・京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター)助手となった。太平洋戦争をはさみ、1946年に広島文理科大学講師に着任。
竹内 好(たけうち よしみ、1910年(明治43年)10月2… 竹内 好(たけうち よしみ、1910年(明治43年)10月2日 - 1977年(昭和52年)3月3日)は、日本の中国文学者。文芸評論家。魯迅の研究・翻訳や、日中関係論、日本文化などの問題をめぐり言論界で、多くの評論発言を行った。
曽沢 太吉(曾澤太吉、そざわ たきち、1909年10月17日… 曽沢 太吉(曾澤太吉、そざわ たきち、1909年10月17日 - 1996年2月13日)は、国文学者。中古・中世文学が専門。 長野県上高井郡小山村(現須坂市)生まれ。旧制須坂中学(長野県須坂高等学校)を経て、1933年京都帝国大学文学部国文科卒。旧制大阪府立市岡中学、池田中学などの旧制中学校教諭を経て、1943年大東亜錬成院錬成官、1944年長岡工業専門学校教授、1947年奈良女子高等師範学校教授、1950年奈良女子大学教授、1963年文学部長、1971年学長。1977年定年退官、名誉教授、摂南大学国際言語文化学部教授。仏教美術協会理事長。文化庁平城宮跡保存整備委員会委員などを歴任した。
秋山 晴夫(あきやま はるお、1909年2月1日 - 198… 秋山 晴夫(あきやま はるお、1909年2月1日 - 1980年11月23日)は、日本のフランス文学者であり、中央大学名誉教授である。 長野県北佐久郡岩村田町(現在の長野県佐久市)に生まれた。旧制野沢中学校(現在の長野県野沢北高等学校)を経て、1933年に東京帝国大学仏文科を卒業した。卒業後は司法省調査課に勤務した。1941年には軍の命令により広州湾フランス租借地に出張した。1943年には一兵卒として北支に出兵した。戦後の1949年に中央大学教授に就任し、1980年に定年退任、名誉教授となった。 ボードレール、ランボーをはじめとするフランス文学の翻訳を多数手がけた。
五味 智英(ごみ ともひで、1908年11月30日 - 19… 五味 智英(ごみ ともひで、1908年11月30日 - 1983年3月9日)は、日本の文学者(上代文学)。万葉集の権威である。東京大学名誉教授。 1908年、長野県下諏訪町生まれ。旧制諏訪中学、第一高等学校を経て、1935年、東京帝国大学文学部国文科を卒業した。1937年、旧制第一高等学校教授に就いた。1957年より東京大学教授。1968年からは文学部長を務めた。翌1969年に東京大学を退官し、名誉教授となった。その後は学習院大学教授として教鞭をとった。また、上智大学、青山学院大学、日本女子大学でも非常勤講師を務めた。 学界では、上代文学会会長、全国大学国語文学常任理事、和歌文学会常任委員、学術審議会専門委員を務めた。
下島 連(しもじま むらじ、1908年5月20日 - 198… 下島 連(しもじま むらじ、1908年5月20日 - 1986年10月18日)は、日本の英文学者、翻訳家。亜細亜大学教授。芥川龍之介の主治医であった下島勲の甥(後に養子)。 長野県上伊那郡中沢村(現・駒ヶ根市)出身。旧制伊那中学(長野県伊那北高等学校)、旧制松本高等学校を経て、1932年、京都帝国大学文学部英文科を卒業し、同年東京帝国大学英文科大学院に入学するが、翌年中途退学。その後すぐに文芸春秋社に入社。『文芸日本』誌の編集長を経て、1955年から1967年にかけて『アメリカーナ』誌(後に『日米フォーラム』誌に改題)の編集長を務める。 1967年、亜細亜大学に非常勤講師に就任。1971年より同学教養部教授。
金子 金治郎(かねこ きんじろう、1907年 <明治40年>… 金子 金治郎(かねこ きんじろう、1907年 <明治40年> 2月2日 - 1999年 <平成11年> 5月31日)は、日本の国文学者。広島大学名誉教授。中世国文学、連歌史専攻。ホトトギス系の俳人でもある。位階は正四位。 1907年、長野県諏訪市で生まれた。旧制諏訪中学(現・長野県諏訪清陵高等学校)を経て、広島文理科大学に進学。1933年に卒業した。 卒業後は教員となり、東京明星学園や旧制前橋中学(群馬県立前橋高等学校)に勤務。1941年、広島高等師範学校教授に就いた。1949年に学制改革に伴い高等師範学校が広島大学に包摂されることとなったため、1950年より広島大学助教授。1957年に同教授昇格。
市村 宏(いちむら ひろし、1904年5月6日 - 1989… 市村 宏(いちむら ひろし、1904年5月6日 - 1989年11月10日)は、日本の国文学者、歌人。文学博士(東洋大学・論文博士・1961年)。東洋大学名誉教授。雅号は「迯水居」。 長野県上高井郡小布施町生まれ。旧制大分高等商業学校、1941年東洋大学文学部国文学科卒業。1926年から出版社の辞書部に勤務、1948年から新村出の委嘱により岩波書店で「広辞苑」の編集主任を務めた。1953年東洋大学国文学科講師、1956年同教授、1973年退任、名誉教授。1961年「萬葉集考」で文学博士(東洋大学)の学位を取得。1973年から迯水短歌会を主宰し、機関誌を発行した。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。
淀川 郁子(よどがわ いくこ、1904年 - 没年不明)は、… 淀川 郁子(よどがわ いくこ、1904年 - 没年不明)は、英文学者。翻訳家。 長野県長野市生まれ。1925年女子英学塾(現津田塾大学)卒業。長野県立女学校に勤め、工藤好美と知り合い、妹が工藤と結婚する。昭和のはじめに結婚するが、1951年夫が死去し、長野女子短期大学教授を十年間務め、その間工藤との共訳を出し、89歳でジョージ・エリオットの『ダニエル・デロンダ』を完訳した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
水野 亮(みずの あきら、1902年11月18日 - 197… 水野 亮(みずの あきら、1902年11月18日 - 1979年2月14日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。 長野県北佐久郡高瀬村(現佐久市)出身。旧制長野中学(長野県長野高等学校)、旧制第三高等学校を経て、1926年東京帝国大学仏文科卒業。 東大図書館に勤務しつつ、オノレ・ド・バルザックを主として数多くの翻訳を行った。豊島与志雄の『レ・ミゼラブル』の翻訳の誤訳や脱漏を指摘し、豊島に喜ばれ、自らの翻訳を刊行した。 明治大学では非常勤講師、中央大学では専任講師としてフランス語を教えた。 没後、旧蔵書の中でバルザックに関係する資料は武蔵大学附属図書館で水野文庫として保存され、目録が刊行された。
望月 市恵(もちづき いちえ、男性、1901年1月25日 -… 望月 市恵(もちづき いちえ、男性、1901年1月25日 - 1991年9月8日)は、ドイツ文学者、信州大学名誉教授。
木内 高音(きうち たかね、1896年〈明治29年〉2月28… 木内 高音(きうち たかね、1896年〈明治29年〉2月28日 - 1951年〈昭和26年〉6月7日)は、大正から昭和時代にかけて活動した日本の編集者、児童文学者。赤い鳥社、中央公論社で編集者として優れた作品を世に送り出す一方、雑誌『赤い鳥』などで多くの童話を発表した。 1896年(明治29年)2月28日、広島県尾道市で生まれた。鉄道技師だった父の仕事の都合で、神戸、小樽と移り住み、10歳から父の故郷である長野県北佐久郡志賀村(現・佐久市志賀)で過ごす。野沢中学校(現・長野県野沢北高等学校)卒業後、早稲田大学文学部英文科に進学する。大学在学中に、鈴木三重吉の作品と出会い、傾倒。三重吉の門を叩き、三重吉宅へ出入りするようになる。
藤森 秀夫(ふじもり ひでお、1894年(明治27年)3月1… 藤森 秀夫(ふじもり ひでお、1894年(明治27年)3月1日 - 1962年(昭和37年)12月20日)は、日本のドイツ文学者、童謡作家。別名に藤太彦。
日夏 耿之介(ひなつ こうのすけ、1890年〈明治23年〉2… 日夏 耿之介(ひなつ こうのすけ、1890年〈明治23年〉2月22日 - 1971年〈昭和46年〉6月13日)は、日本の詩人・英文学者。本名樋口 國登(ひぐち くにと)(通称は「圀登」の字体を愛用)。号は夏黄眠、黄眠道人、黄眠堂主人、聴雪盧主人、石上好古、溝五位など30数種類存在する。広範な学識と多岐にわたる文学活動で「学匠詩人」と称される。 詩人としては自らゴスィック・ローマン詩體と称す高踏的で荘重幽玄な詩風であり、その神秘主義的な象徴詩は他に類をみない個性を放っている。また、訳詩や文学論考、随筆などの幅広い著作があり、明治大正期の文学論でも知られる。 長野県下伊那郡飯田町(現飯田市知久町)に樋口藤治郎、以志(樋口龍峡の姉)の長男として生まれる。