上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年〈昭和28年〉3月1… 上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年〈昭和28年〉3月1日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、裁判官訴追委員長。 外務大臣(第152代)、法務大臣(第94代・第95代・第98代・第99代・第103代)、公文書管理担当大臣(福田康夫内閣)、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、総務副大臣(第2次安倍内閣)、総務大臣政務官(第3次小泉改造内閣)、衆議院厚生労働委員長、自由民主党一億総活躍推進本部長、同女性活躍推進本部長、同女性局長、同幹事長代理を歴任した。 静岡県静岡市生まれ。静岡市立横内小学校、静岡雙葉中学校・高等学校卒業後、東京大学文科三類に入学し、東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業。
大島 令子(おおしま れいこ、1952年5月14日 - )は… 大島 令子(おおしま れいこ、1952年5月14日 - )は、日本の政治家。愛知県長久手市議会議員(3期)。長久手町議会議員(2期)、衆議院議員(1期)を歴任した。 静岡県富士宮市生まれ。静岡県立富士宮東高等学校を経て静岡女子大学を卒業。その後、高麗大学校大学院にて学んだ。 愛媛県松山市にて書店の経営や生活協同組合の運営に携わった。その後、愛知県名古屋市にて会社員として働いていたが、1991年の長久手町議会議員選挙に出馬し、初当選した。1995年の選挙で再選され、連続2期務めた。 1999年の愛知県議会議員選挙に愛知郡選挙区から無所属(民主党・社民党推薦)で立候補するも落選。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に社会民主党から立候補。
北脇 保之(きたわき やすゆき、1952年(昭和27年)1月… 北脇 保之(きたわき やすゆき、1952年(昭和27年)1月12日 – )は、日本の自治官僚、政治家、政治学者(多文化共生)。 学位は政治学修士(コーネル大学・1981年)。東京外国語大学外国語学部教授(多言語・多文化教育研究センター長)、城西大学現代政策学部社会経済システム学科客員教授、浜松聖星高等学校理事長。 衆議院議員(1期)、浜松市長(第24・25代)などを歴任した。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を卒業し、東京大学に進学した。1974年、東京大学法学部を卒業し、法学士の称号を取得した。 東京大学卒業後、自治省に入省した。1982年栃木県税務課長。自治省では1988年から自治税務局企画課の理事官。
渡部 修(わたなべ おさむ、1951年〈昭和26年〉4月16… 渡部 修(わたなべ おさむ、1951年〈昭和26年〉4月16日 - )は、日本の政治家。 1995年から2005年まで(旧)磐田市議会議員を3期、2005年から2009年まで磐田市議会議員を1期、2009年から2021年まで磐田市長を3期務めた。 静岡県裾野市出身。静岡県立沼津商業高等学校卒業。 1995年(平成7年)、旧磐田市議会議員選挙において初当選。以来、市議会議員を通算4期務める。なおこの間、2005年(平成17年)4月1日に、旧磐田市と磐田郡竜洋町、福田町、豊田町、豊岡村が新設合併して、新しい磐田市が誕生する。 2009年(平成21年)4月19日執行の静岡県磐田市長選挙に立候補。元豊岡村長で元磐田市副市長の鶴田春男ら2候補を破り初当選した。
仁科 喜世志(にしな きよし、1950年8月 - )は、日本… 仁科 喜世志(にしな きよし、1950年8月 - )は、日本の政治家。静岡県函南町長(3期)。元静岡県議会議員(2期)。 函南町立函南小学校、函南町立函南中学校、静岡県立韮山高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、法政大学卒業。同年4月、函南町役場に入庁。2010年(平成22年)11月、函南町役場を退職。 2011年(平成23年)4月、静岡県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2015年(平成27年)の県議選は自由民主党公認で立候補し再選。 2018年(平成30年)3月25日に行われた函南町長選挙に立候補し、現職の森延彦(連合静岡推薦)ら2候補を破り初当選を果たした。投票率は46.71%。
塩谷 立(しおのや りゅう、1950年2月18日 - )は、… 塩谷 立(しおのや りゅう、1950年2月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)、衆議院環太平洋パートナーシップ協定等に関する特別委員長、自民党静岡県連会長。
土田 博和(つちだ ひろかず、1949年10月31日 - )… 土田 博和(つちだ ひろかず、1949年10月31日 - )は、日本の医師、政治家、映画監督。フジ虎ノ門グループ代表、医療法人社団青虎会理事長、社会福祉法人博友会理事長。参議院議員を1期務めた。
鈴木 望(すずき のぞむ、1949年〈昭和24年〉4月20日… 鈴木 望(すずき のぞむ、1949年〈昭和24年〉4月20日 - 2024年〈令和6年〉6月7日)は、日本の政治家、教育者、元厚生官僚。 静岡県磐田市長(3期)、衆議院議員(1期)、維新の党国会対策副委員長、市民団体「ネットワーク河村市長」代表などを務めた。 静岡県磐田郡豊田町(現磐田市)生まれ。静岡県立浜松北高等学校、一橋大学社会学部卒業。大学在学中の1972年、国家公務員試験上級職甲(法律職)に合格し、1973年4月に厚生省(現厚生労働省)に入省した。1981年4月外務省在サンパウロ日本総領事館領事。大臣官房人事課を経て、1984年8月臨時教育審議会事務局調査員。厚生省薬務局企画課を経て、1987年8月兵庫県高齢社会企画室長、1989年厚生省大臣官房企画官(保険医療局担当)、1992年6月厚生省生活衛生局指導課長。
坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )… 坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )は、日本の政治家、元労働官僚。自由民主党所属の元参議院議員(当選1回)。 2009年7月5日執行の静岡県知事選挙に自由民主党の推薦で出馬。坂本から推薦依頼を受けた公明党も財政、医療・福祉など12項目で政策協定を結び、推薦した。また坂本は、「(公共事業の価格を)安くすればいいというのは違う。地元建設業は地域を守ってくれている。大事な業界だと思っている」として公共事業を請け負う土建業者に不利となっている、現状の最低制限価格や低入札価格調査基準価格の見直しの必要性を訴えており、静岡県内の土建業者で構成される静岡県建設業協会などが坂本を支援する姿勢を示した。
栗原 裕康(くりはら ひろやす、1948年(昭和23年)12… 栗原 裕康(くりはら ひろやす、1948年(昭和23年)12月14日 - )は、日本の政治家。 静岡県沼津市長(2期)、衆議院議員(2期)、静岡県議会議員(1期)を務めた。 防衛庁長官や労働大臣を務めた元衆議院議員の栗原祐幸は父。 静岡県三島市出身。静岡県立沼津東高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。三光汽船勤務を経て、衆議院議員で父である栗原祐幸の秘書を務める。 1991年、静岡県議会議員選挙に立候補し、初当選。1993年、静岡県議を任期途中で辞職。 父の引退に伴い、旧静岡2区の地盤を引き継いで第40回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で立候補し、当選した。 1996年の第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制の導入に伴い静岡6区から自民党公認で立候補したが、旧民主党公認の渡辺周らに敗れ、重複立候補していた比例東海ブロックで復活当選となり、再選。
小室 直義(こむろ なおよし、1948年〈昭和23年〉5月1… 小室 直義(こむろ なおよし、1948年〈昭和23年〉5月13日 - )は、日本の政治家。元静岡県富士宮市長(2期)。 富士宮市生まれ。成城大学経済学部を卒業した。卒業後の1971年(昭和46年)に富士宮市役所に入る。1990年(平成2年)に市役所を退職した。1991年(平成3年)、富士宮市議会議員選挙に無所属で立候補し、トップ当選を果たした。2期務める。1999年(平成11年)、富士宮市長選挙に立候補するも現職の渡辺紀に敗れる。 2003年(平成15年)の市長選に立候補して、新人4人での争いを制して初当選を果たした。 ※当日有権者数:96,167人 最終投票率:72.21%(前回比:-pts) 4月27日に就任した。
佃 弘巳(つくだ ひろみ、1947年(昭和22年)2月20日… 佃 弘巳(つくだ ひろみ、1947年(昭和22年)2月20日 - )は、日本の政治家。元静岡県伊東市長(3期)、元静岡県議会議員(3期)、元伊東市議会議員(3期)。 伊東市宇佐美出身。私立相洋高等学校卒業。 1983年(昭和58年)9月、伊東市議会議員選挙に出馬し、初当選。以後、市議は3期務める。1995年(平成7年)4月、静岡県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後、県議は3期務める。 2005年(平成17年)4月12日、鈴木藤一郎伊東市長が死去。それに伴って5月29日に行われた伊東市長選挙に出馬し、初当選。同日、第16代伊東市長に就任。 2009年(平成21年)5月24日執行の市長選挙に出馬、2期目の当選を果たす。
須藤 秀忠(すどう ひでただ、1947年〈昭和22年〉2月1… 須藤 秀忠(すどう ひでただ、1947年〈昭和22年〉2月10日 - )は、日本の政治家。静岡県富士宮市長(4期)。元静岡県議会議員(3期)。元富士宮市議会議員(5期)。 静岡県富士宮市宝町出身。富士宮市立貴船小学校、富士宮市立富士宮第三中学校を卒業。沼津市の東芝機械に就職。夜間、静岡県立沼津工業高等学校に通い、同校機械科を卒業。帰郷し、家業の古物商に従事。夜間、静岡大学法経短期大学に通い、同大学を卒業。 1979年(昭和54年)12月、富士宮市議会議員に就任。計5回当選。 1992年(平成4年)7月から1994年3月まで市議会の第38代議長を務める。 1999年(平成11年)4月、静岡県議会議員に就任。
栁澤 重夫(やなぎさわ しげお、1946年〈昭和21年〉12… 栁澤 重夫(やなぎさわ しげお、1946年〈昭和21年〉12月5日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。元静岡県御前崎市長(2期)。 静岡県御前崎市出身。浜岡町立浜岡中学校卒業。1999年(平成11年)浜岡町議会議員に初当選。2003年(平成15年)再選。2004年(平成16年)4月1日、浜岡町は御前崎町と合併し、御前崎市が市制施行する。同年4月18日に行われた御前崎市議会議員選挙に初当選。同年から2年間、初代議長を務めた。2008年(平成20年)4月、原子力対策特別委員長に就任。2012年(平成24年)3選。 2016年(平成28年)1月21日、記者会見を開き次期御前崎市長選挙に立候補する意向を表明した。
松井 三郎(まつい さぶろう、1946年〈昭和21年〉10月… 松井 三郎(まつい さぶろう、1946年〈昭和21年〉10月6日 - )は、日本の政治家。 静岡県小笠郡大須賀町助役、静岡県庁生活文化部ワールドカップ推進室室長、静岡県庁総務部防災計画室室長、社団法人静岡県建設産業団体連合会専務理事、静岡県議会議員(2期)、掛川市長(3期)などを歴任した。 1946年10月6日、静岡県小笠郡掛川町(のちの掛川市)にて生まれた。掛川市立第一小学校、掛川市立東中学校を経て、静岡県立掛川西高等学校に進学した。高等学校卒業後は、上京して早稲田大学に進学し、政治経済学部の政治学科にて学んだ。 大学卒業後は、静岡県庁に入庁した。企画調整部の秘書課にて調整主幹を務めたのち、環境文化部の環境企画課にて企画調整主幹を務めた。
山下 善彦(やました よしひこ、1946年3月4日 - )は… 山下 善彦(やました よしひこ、1946年3月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。 浜名郡小野口村(現・浜松市浜名区)生まれ。静岡県立浜松北高等学校卒業[要出典]。早稲田大学政治経済学部卒業。1982年の静岡県議会議員補欠選挙に浜松市選挙区から、自民党公認で立候補したが、この時は同じ自民党公認の前議員に敗れた。1983年の静岡県議会議員選挙に浜松市選挙区から、自民党公認で立候補して当選した。その後、1987年、1991年、1995年と連続で当選した。また、1995年5月19日から1996年6月20日まで第94代静岡県議会副議長を務めた。1998年6月24日に参議院議員選挙に立候補するため、県議を辞職した。
長谷川 正榮(はせがわ まさよし、1945年(昭和20年)9… 長谷川 正榮(はせがわ まさよし、1945年(昭和20年)9月9日 - )は日本の官僚、政治家。第11~13代浜北市長。静岡県浜北市(現:浜松市浜名区)出身。瑞宝中綬章。 中小企業事業団理事などを経て平成8年4月に市長に初当選。平成17年6月まで3期務める。母親と妻、一女二男。 2015年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章
牧野 聖修(まきの せいしゅう、1945年5月4日 - )は… 牧野 聖修(まきの せいしゅう、1945年5月4日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(4期)。
三上 元(みかみ はじめ、1945年1月5日 - )は、日本… 三上 元(みかみ はじめ、1945年1月5日 - )は、日本の政治家。湖西市議会議員(2期)。元静岡県湖西市長(3期)。 静岡県新所村日之岡(現・湖西市)出身。新所村立新所小学校、湖西町立岡崎小学校、湖西町立鷲津中学校を経て、静岡県立浜松北高等学校卒業。慶應義塾大学卒業。 1968年(昭和43年)、株式会社西友ストアーに就職。全西友労組中央執行副委員長(専従)を3年間務めた。1983年(昭和58年)、船井総合研究所に転職。 1992年(平成4年)5月22日、日本新党の発足時に同党に入党。1994年(平成6年)、船井総合研究所の取締役に就任。「週刊フナイFAX」の編集長と主筆を務めた。1998年(平成10年)、同所取締役を辞任。
斉藤 斗志二(さいとう としつぐ、1944年12月27日 -… 斉藤 斗志二(さいとう としつぐ、1944年12月27日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(7期)、第65代・66代防衛庁長官を歴任。
町村 信孝(まちむら のぶたか、1944年〈昭和19年〉10… 町村 信孝(まちむら のぶたか、1944年〈昭和19年〉10月17日 - 2015年〈平成27年〉6月1日)は、日本の政治家。
石井 直樹(いしい なおき、1944年(昭和19年)6月20… 石井 直樹(いしい なおき、1944年(昭和19年)6月20日 - 2024年(令和6年)2月22日)は、日本の実業家、政治家。静岡県下田市長(3期)。旭日小綬章受章。位階は従五位。 静岡県下田市出身。1963年(昭和38年)青山学院高等部卒業、1965年(昭和40年)青山学院大学中退。同年、もりおの勤務。1971年(昭和46年)下田酒販に転じ専務を務め、1984年(昭和59年)サン印刷社長。 2000年(平成12年)6月、下田市長選挙に立候補。新人2名による一騎討ちを制して初当選を果たす。その後、2004年(平成16年)6月告示の下田市長選挙に2期目を目指して立候補するも他に候補者がおらず無投票当選。
小野 登志子(おの としこ、1944年(昭和19年)4月20… 小野 登志子(おの としこ、1944年(昭和19年)4月20日 - )は、日本の政治家。元伊豆の国市長(2期)、元静岡県議会議員(3期)、元韮山町議会議員(1期)。静岡県初の女性首長である。 静岡県伊豆の国市出身。静岡県立韮山高等学校、日本大学芸術学部演劇学科・戯曲専攻卒業。大学卒業後、実家の助産院の勤務を経て、2001年(平成13年)9月、韮山町議会議員選挙に立候補し、初当選。 2003年(平成15年)4月13日執行の静岡県議会議員選挙に田方郡選挙区から自由民主党公認で出馬し、初当選。2005年(平成17年)4月1日、伊豆長岡町、大仁町、韮山町が合併して伊豆の国市が誕生する。2007年(平成19年)の県議選では伊豆の国市選挙区から出馬し、2期目の当選。
豊岡 武士(とよおか たけし、1943年〈昭和18年〉3月1… 豊岡 武士(とよおか たけし、1943年〈昭和18年〉3月13日 - )は、日本の政治家。静岡県三島市長(4期)。元静岡県議会議員(3期)。 静岡県三島市出身。三島市立東小学校、三島市立北中学校、静岡県立韮山高等学校卒業。1966年(昭和41年)3月、日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)卒業。同年4月、静岡県庁に入庁。初代緊急防災支援室長を務めた。 1998年(平成10年)4月から11月まで三島市役所に派遣され、企画調整部長を務めた。同年12月の三島市長選挙に落選後、翌1999年(平成11年)の静岡県議会議員選挙に出馬し初当選した。2003年(平成15年)に再選。県議時代は自由民主党に所属。
天野 一(あまの はじめ、1942年11月25日 - )は、… 天野 一(あまの はじめ、1942年11月25日 - )は、日本の政治家。静岡県議会議員。元静岡県議会議長。 静岡市生まれ。静岡市立城内小学校、静岡市立城内中学校を経て、1961年(昭和36年)静岡県立静岡高等学校卒業。青山学院大学経済学部卒業。静岡県の最年長県会議員。静岡市議会議員(3期)、静岡県議会議員 当選9回。静岡市葵区選出。第101代県議会議長(2008年5月から2009年5月まで)。静岡県レクリエーション協会会長、公益社団法人静岡県茶業会議所理事、静岡県人権・地域改善推進会会長。 静岡市葵区馬場町9 田辺ビル3階
天野 進吾(あまの しんご、1942年(昭和17年)2月2日… 天野 進吾(あまの しんご、1942年(昭和17年)2月2日 - )は、日本の政治家。静岡県旧静岡市長(2期)、静岡市議会議員(2期)、静岡県議会議員(9期)を歴任した。 静岡県議会・自民党静岡県連では、自由民主党静岡県連総務会長、自由民主党静岡県連幹事長、県議会議長などを歴任藍綬褒章受章。息子は静岡市議会議員の天野正剛。娘は静岡県議会議員の天野多美子。 1966年中央大学法学部政治学科卒。大学在学中(3年時)に自民党に入党、1967年から静岡市議を2期、1974年に静岡県議会議員補欠選挙に初当選、翌年本選で落選した。翌1975年株式会社グリーンシャワーを設立。その後、静岡県議会議員を2期務め、1987年静岡市長選挙に立候補し現職の河合代悟市長らを破り当選、2期7年を務めたが、採石業者との癒着問題の責任を取る形で1994年に辞任、1996年の第41回衆議院議員総選挙に静岡1区から無所属で立候補したが落選した。
菊地 董(きくち ただす、1941年(昭和16年)10月29… 菊地 董(きくち ただす、1941年(昭和16年)10月29日 - )は、日本の政治家、実業家。元衆議院議員(1期)。 静岡県田方郡修善寺町(現・伊豆市)出身。日本社会事業大学中退。その後、佐々木更三の秘書を務め、会社を経営する。 1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙で、静岡7区に社会民主党から立候補して落選。2000年(平成12年)2月22日、前島秀行の死去により、重複立候補していた比例代表東海ブロックから繰上当選となった。同年6月の第42回総選挙で静岡県第5区に立候補し、落選した。 その後、(株) アジア太平洋センター代表取締役に就任した。
前島 秀行(まえじま ひでゆき、1941年6月27日 - 2… 前島 秀行(まえじま ひでゆき、1941年6月27日 - 2000年2月10日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。社会民主党国会対策委員長などを務めた。 富士宮市出身。静岡県立富士高等学校、早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本社会党書記局に就職。 その後、党総務部長などを務め、1986年に勝間田清一の後継として第38回衆議院議員総選挙に旧静岡2区から立候補し初当選。以後4期連続当選。副書記長などを歴任。社会民主党への改組後も党に残り、党総務部長に就任。1998年には国会対策委員長に就任する。 4期目の当選は、小選挙区比例代表並立制の導入となったため、静岡県第5区からの立候補となったが落選し、重複立候補していた比例東海ブロックでの復活当選となった。
芹澤 勤(せりざわ つとむ、1941年(昭和16年)1月22… 芹澤 勤(せりざわ つとむ、1941年(昭和16年)1月22日 - )は、日本の政治家。元長野県小諸市長(2期)。 静岡県沼津市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。 大学卒業後は長野県庁に入庁。県職員を経て2000年から1期4年、小諸市助役を務めた。 2004年、小諸市長選に出馬し初当選。2期8年を務める。 2010年5月20日、自民党本部で開催された自由同和会第25回全国大会に祝電を贈った。 2012年と2016年に小諸市長選に出馬するも落選した。
石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - … 石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - )は、日本の自治官僚、政治家、行政学者(専門は地方自治)。勲等は旭日大綬章。日本大学国際関係学部客員教授。「嘉延」の読みは「よしのぶ」が正式だが、「かえん」と呼ばれることもある。 静岡県知事(第49〜52代)、内閣府中央防災会議委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員、全国知事会理事・災害対策委員会委員長、学校法人静岡文化芸術大学理事長などを歴任した。 日本統治時代の台湾生まれ。両親はいずれも静岡県出身の日本人だが仕事の都合で台湾に滞在しており、石川は生後5年間を台湾で過ごした。1945年の終戦にともない、家族の故郷である静岡県小笠郡佐束村(現掛川市)に引き揚げた。
小池 政臣(こいけ まさおみ、1940年9月 - )は、日本… 小池 政臣(こいけ まさおみ、1940年9月 - )は、日本の政治家、僧侶。元三島市長(3期)。父は衆議院議員の小池政恩、息子も衆議院議員の小池政就。
大石 千八(おおいし せんぱち、1935年(昭和10年)11… 大石 千八(おおいし せんぱち、1935年(昭和10年)11月21日 - 2011年(平成23年)9月26日)は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(中曽根派)。静岡県吉田町出身。 1954年(昭和29年)静岡県立榛原高等学校卒業。1960年(昭和35年)早稲田大学第一商学部卒業、NHKにアナウンサーとして入局。徳島放送局、名古屋放送局、福岡放送局でスポーツ担当で12年間勤務した。 1972年(昭和47年)父八治の政界引退を受けて、その地盤を継承し、第33回衆議院議員総選挙に旧静岡1区から初当選。以後、1993年(平成5年)の第40回総選挙まで連続して再選され、衆議院議員に連続8期在任した。
柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月… 柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月18日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。静岡県農業共済組合連合会会長理事、特定非営利活動法人日本茶インストラクター協会理事長。報道等では柳沢 伯夫とも表記される。 衆議院議員(8期)、国土庁長官(第31代)、金融再生担当大臣(小渕内閣)、金融再生委員会委員長(初・第7代)、金融担当大臣(初代)、自由民主党税制調査会会長、厚生労働大臣(第7代)、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授、城西国際大学学長、社団法人日本茶業中央会会長、静岡県土地改良事業団体連合会会長、全国土地改良事業団体連合会理事、河村電器産業株式会社監査役(非常勤)などを現任・歴任。
櫻井 規順(さくらい きじゅん、1935年6月29日 - )… 櫻井 規順(さくらい きじゅん、1935年6月29日 - )は、日本の政治家。社会民主党静岡県連合常任顧問。報道などでは新字体で桜井 規順(さくらい きじゅん)とも表記される。
榛村 純一(しんむら じゅんいち、1934年(昭和9年)7月… 榛村 純一(しんむら じゅんいち、1934年(昭和9年)7月12日 - 2018年(平成30年)3月7日)は、日本の政治家。旧掛川市長(第8〜14代)、社団法人大日本報徳社社長を歴任した。 早稲田大学卒業後、家業である林業と製材業の経営に携わり、掛川市森林組合の組合長や静岡県森林組合連合会の会長といった林業団体の役職を歴任した。静岡県監査委員などを経て、1977年に旧掛川市長選挙に立候補し、当選を果たした。以来、連続7期にわたって旧掛川市長を務めた。在任中は生涯学習の推進を提唱し、全国生涯学習市町村協議会や全国地域づくり推進協議会にて会長を務めた。また、東海道新幹線掛川駅や東名高速道路掛川インターチェンジの設置や、掛川城の復元などを推進した。
中山 儀助(なかやま ぎすけ、1932年10月22日 - )… 中山 儀助(なかやま ぎすけ、1932年10月22日 - )は、日本の元政治家、農家。 静岡県藤枝市岡部町でみかんと茶の生産を手がける農業を営む。元岡部町議会議員。第3子(長男)の中山雅史は、元プロサッカー選手、元ヤマハ発動機社員。 農家の長男として生まれ、家業を継いだ。岡部町議会議員を3期12年務めた(勇退後も岡部町の様々な役職を務める)。 1993年、長男・雅史がFIFAワールドカップアジア最終予選(ドーハの悲劇)で有名になると、父親の儀助も静岡弁丸出しで(いまだに)息子・雅史を「小僧」と呼ぶなどの飾らない言葉づかいや話し振り、人柄の良さが世間の注目を浴び、「ゴン父」の愛称で知られるようになった。
池谷 淳(いけたに きよし、1932年〈昭和7年〉4月29日… 池谷 淳(いけたに きよし、1932年〈昭和7年〉4月29日 - 2021年〈令和3年〉6月4日)は、日本の政治家。実業家。元静岡県下田市長。 下田市出身。1951年(昭和26年)静岡県立下田北高等学校(現・静岡県立下田高等学校)卒業。1955年(昭和30年)中央大学法学部卒業。 1958年(昭和33年)味の素に入社。1961年(昭和36年)スーパー下田専務、1962年(昭和37年)三和観光常務、1965年(昭和40年)カネヤス商事代表取締役を歴任。1971年(昭和46年)4月より1984年(昭和59年)6月まで下田市議会議員を延べ4期13年つとめたのち、下田市長選挙に立候補し当選。1984年(昭和59年)7月より2000年(平成12年)7月まで、歴代の下田市長としてはもっとも長い4期16年をつとめた。
杉山 憲夫(すぎやま のりお、1930年3月3日 - 201… 杉山 憲夫(すぎやま のりお、1930年3月3日 - 2012年2月27日)は、日本の政治家。 衆議院議員(5期)、静岡県議会議長、静岡県議会議員、清水町議会議員、学校法人沼津学園理事長(第4代)を務めた。静岡県議会議員の杉山盛雄は長男。 静岡県駿東郡清水村(現清水町)堂庭出身。三男五女の八人兄弟の長男であった。実家は農業を営んでいた。 中学卒業後、当初は静岡県立田方農業高等学校へ進学。片道1時間半の道のりを徒歩で通学した。 3年在学時、教員の奮う暴力に反発し、同級生を集めて授業をボイコット。その後の教員との衝突もあり、静岡県立裾野高等学校へ転校する。 大学進学を希望していたが、家庭の事情であきらめ家業を継ぐ。
木宮 和彦(きみや かずひこ、1927年1月24日 - 20… 木宮 和彦(きみや かずひこ、1927年1月24日 - 2013年12月6日)は、日本の静岡県の政治家。参議院議員(2期)。学校経営者。 1969年、父であった初代理事長の木宮泰彦の死去に伴い常葉学園理事長就任。 1986年、第14回参議院議員通常選挙静岡選挙区に自由民主党から出馬し、初当選。1990年、第2次海部内閣環境政務次官。1992年、第16回参議院議員通常選挙再選。1998年の第18回参議院議員通常選挙では、自由民主党は定数2の静岡選挙区に新人の山下善彦も立候補させ独占を狙ったが、海野徹(野党の共闘候補)と山下が当選し、木宮は落選した。 1993年、大正琴協会理事(理事長は海部俊樹)。
青木 薪次(あおき しんじ、1926年4月8日 - 2015… 青木 薪次(あおき しんじ、1926年4月8日 - 2015年11月6日)は、日本の政治家。愛称はシンちゃん。 参議院議員(4期)、参議院建設委員長、参議院逓信委員長、日本社会党参議院議員会長、労働大臣(第60代)。 静岡県庵原郡庵原村(のちの静岡県静岡市清水区)出身。東海大学科学技術専門学校を中退。国鉄労働組合を経て、1974年7月の第10回参議院議員通常選挙にて日本社会党から立候補する。静岡県選挙区で初当選を果たし、以後、連続4回当選。 1994年6月、自社さ連立政権の村山内閣において、日本社会党参議院議員会長の浜本万三が労働大臣に就任したため、その後任として日本社会党参議院議員会長に就任した。
伊藤 武(いとう たけし、1925年 <大正14年> 6月1… 伊藤 武(いとう たけし、1925年 <大正14年> 6月17日 – 1994年 <平成6年> 10月13日)は、日本の政治家、実業家。 自衛隊を経て浜松自動車学校をはじめとする浜自グループを創業し、浜松市議会議員を経て静岡県議会議員、静岡県議会議長(第74代)などを歴任した。静岡県で初の民間指定自動車教習所を立ち上げ、浜松市議会では国道一号バイパスの建設促進に努め、静岡県議会では企画商工委員会、公害対策特別委員会、交通安全対策特別委員会、産業振興対策特別委員会の各委員長を歴任し、東名高速道路の浜松西インターチェンジの建設促進や浜松医科大学の誘致に尽力した。 静岡県出身。磐田市見付中学校を卒業し、早稲田大学に進学した。
市川 武(いちかわ たけし、1924年〈大正13年〉9月10… 市川 武(いちかわ たけし、1924年〈大正13年〉9月10日 - 2020年〈令和2年〉5月22日)は、昭和から平成時代の政治家。位階は正五位。 裾野市出身。1947年(昭和22年)九州帝国大学工学部土木工学科卒業。 1952年(昭和27年)静岡県庁に奉職し、1969年(昭和44年)港湾課長、1977年(昭和52年)土木部技監を経て、1978年(昭和53年)裾野市長に当選。4期務めた。 2020年(令和2年)5月22日死去、95歳。
勝又 武一(かつまた ぶいち、1924年6月9日 - 201… 勝又 武一(かつまた ぶいち、1924年6月9日 - 2014年1月8日)は、日本の政治家。本名は、勝又 武一(かつまた たけいち)。参議院議員(1期、日本社会党)。 静岡県富士市出身。横浜市立経済専門学校(現横浜市立大学)卒業。民間会社勤務を経て、学校教諭となり、静岡県教組委員長などを歴任。1977年、参議院静岡選挙区から日本社会党公認で出馬し初当選。参議院逓信委員長などを務めたが、1983年に、体調不良のため1期で政界引退。 1994年秋の叙勲で勲三等旭日中綬章受章。 2014年1月8日、肺炎のため富士市の病院で死去、89歳没。死没日をもって正五位に叙される。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
原田 昇左右(はらだ しょうぞう、1923年7月15日 - … 原田 昇左右(はらだ しょうぞう、1923年7月15日 - 2006年7月2日)は、日本の政治家、元自由民主党衆議院議員。静岡県焼津市出身。愛称は「ハラショー」。元衆議院議員の原田令嗣は長男。正三位勲一等旭日大綬章。
猪井 善亮(いい ぜんすけ、1922年(大正11年)9月24… 猪井 善亮(いい ぜんすけ、1922年(大正11年)9月24日 - 1985年(昭和60年)3月9日)は、昭和時代の政治家。静岡県湖西市長。 静岡県出身。1938年(昭和13年)静岡県興誠商業学校卒業。同年3月、水野商店に勤め、その後、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)に転じた。 1959年(昭和34年)湖西町経済課長となり、市制施行後、湖西市助役、同市消防長を務めた。1975年(昭和50年)4月に湖西市長に当選する。1983年(昭和58年)4月、3期目の当選後、選挙違反が発覚し逮捕、起訴され同10月に辞任。1985年(昭和60年)1月、最高裁で懲役2年、執行猶予5年が確定した。 在任中は、湖西青年会議所の設立、静岡県立湖西高等学校の開校、第2次湖西市総合計画などに尽くした。
栗原 祐幸(くりはら ゆうこう、1920年〈大正9年〉6月5… 栗原 祐幸(くりはら ゆうこう、1920年〈大正9年〉6月5日 - 2010年〈平成22年〉6月1日)は、日本の政治家。位階は正三位。 防衛庁長官、労働大臣、衆議院議員(7期)、参議院議員(2期)を務めた。長男は沼津市長や衆議院議員を務めた栗原裕康。 静岡県田方郡中郷村(現三島市)の生まれ。東京府立第八中学校、佐賀高等学校文科甲類を経て1944年東京帝国大学法学部卒業。学徒出陣により中国に出征する。軍隊時代に上官を殴打するなど、若い頃から鼻っ柱が強い性格だった。 戦後、栗原は東大時代の恩師である南原繁より、「戦前の日本は優秀な人材が官僚組織や軍部に集中して民間の裾野が手薄になり、権力の暴走をくい止めることができなかった。
斉藤 滋与史(齊藤 滋与史、さいとう しげよし、1918年〈… 斉藤 滋与史(齊藤 滋与史、さいとう しげよし、1918年〈大正7年〉8月9日 - 2018年〈平成30年〉8月9日)は、日本の実業家・政治家。富士市名誉市民。静岡県知事(第47・48代)、建設大臣(第44代)、衆議院議員(6期)、富士市長、吉原市長、大昭和製紙社長などを歴任した。 大昭和製紙の創業者、斉藤知一郎の次男。防衛庁長官を務めた元衆議院議員の斉藤斗志二は甥で養子。 静岡県出身。五年制男子校・静岡県立沼津中学校(現:静岡県立沼津東高等学校 共学)を経て、早稲田大学商学部卒業。大学卒業後の1940年、父・斉藤知一郎が創業した大昭和製紙に入社した。1961年より大昭和製紙副社長。 1964年、吉原市長に初当選し1966年の市町村合併により初代富士市長。
足立 誠一(あだち せいいち、1917年〈大正6年〉3月29… 足立 誠一(あだち せいいち、1917年〈大正6年〉3月29日 - 2001年〈平成13年〉8月31日)は、昭和から平成時代の政治家。静岡県浜北市長。 浜北市出身。1934年(昭和9年)県立蚕業学校卒業(現静岡県立浜松大平台高等学校)。 1960年(昭和35年)浜北市議会議員を経て、1978年(昭和53年)11月、浜北市長に当選した。以来3期務め、1990年(平成2年)11月、落選した。 2001年(平成13年)8月31日死去、84歳。死没日をもって従七位から従五位に叙される。
渡辺 武(わたなべ たけし、1915年(大正4年)3月24日… 渡辺 武(わたなべ たけし、1915年(大正4年)3月24日 - 2005年(平成17年)10月4日)は、日本の政治家、経済学者。日本共産党参議院議員。 静岡県沼津市出身。1941年(昭和16年)九州帝国大学法文学部経済学科を卒業する。福岡経済専門学校(後の福岡大学)教授を務めた後、1946年(昭和21年)日本共産党に入党。党中央委員、中央委員会経済調査部長、経済政策委員会責任者などを歴任。 1968年(昭和43年)第8回参議院議員通常選挙で全国区から立候補し当選する。当選回数2回。党参議院国会対策委員長などを務めた。 2005年(平成17年)10月4日多臓器不全のため死去。90歳。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
青山 良道(あおやま よしみち、1914年(大正3年)3月3… 青山 良道(あおやま よしみち、1914年(大正3年)3月31日 - 1986年(昭和61年)4月23日)は、日本の政治家、教諭。東京都中野区長(2期)、東京都議会議員(3期)を務めた。位階は従五位。勲四等旭日小綬章。 長男は石原慎太郎東京都知事の下で東京都副知事を務めた青山佾。 静岡県御殿場市生まれ。1943年立正大学専門部地理学科卒業。東京府立第三中学校(現・東京都立両国高等学校)教諭、東京都高等学校教職員組合委員長を務めた。 1955年、日本社会党公認で東京都議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。3期目任期中の1965年に都議を辞職した。 1971年2月26日から1979年2月9日まで足掛け3期、中野区教育委員を務めた。