南 龍太(みなみ りゅうた、1983年 - )は、日本のジャ… 南 龍太(みなみ りゅうた、1983年 - )は、日本のジャーナリスト、著作家。 東京外国語大学外国語学部ペルシア語専攻卒業。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
東京外国語大学:63人
南 龍太(みなみ りゅうた、1983年 - )は、日本のジャ… 南 龍太(みなみ りゅうた、1983年 - )は、日本のジャーナリスト、著作家。 東京外国語大学外国語学部ペルシア語専攻卒業。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
平野 高志(ひらの たかし、1981年7月31日 - )は、… 平野 高志(ひらの たかし、1981年7月31日 - )は、ジャーナリスト、元在ウクライナ日本国大使館専門調査員、写真家。2008年以降、ウクライナを拠点に活動している。ウクルインフォルム(ウクライナ国営通信社)日本語版の編集者を務めており、ウクライナ語にも堪能である。 鳥取県米子市生まれ。2000年から2004年まで東京外国語大学でロシア東欧課程に在籍し、ウクライナ語をはじめ、ウクライナについて学んだ。卒業後は写真家としても活動した。2008年、リヴィウ国立大学にて日本語講師として勤務するためにウクライナへ渡航。以後、同国を拠点として活動している。2013年にリヴィウ国立大学修士課程を修了(国際関係学)。
谷生 俊美(たにお としみ、1973年9月26日 - )は、… 谷生 俊美(たにお としみ、1973年9月26日 - )は、日本の映画プロデューサー、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。日本テレビ放送網株式会社コンテンツ戦略本部コンテンツビジネス局スタジオセンター所属。京都府生まれ、兵庫県神戸市育ち。トランスジェンダー女性であり、日本テレビ系『news zero』に日本初のトランスジェンダーのニュースコメンテーターとして出演したことで知られる。 1973年、京都府に生まれ、兵庫県神戸市で育つ。兵庫県立兵庫高等学校を経て、東京外国語大学および同大学大学院博士前期課程を修了した。在学中に映画に強い関心を抱き、映画制作に携わる仕事を志すようになったという。 2000年に日本テレビに男性・谷生俊治として入社し、報道局社会部遊軍、外報部、社会部警視庁担当など報道記者として活動する。
小林 史(こばやし ふみ、1971年5月21日 - )は、日… 小林 史(こばやし ふみ、1971年5月21日 - )は、日本のジャーナリスト、日本テレビ報道局国際部解説委員。身長164cm[要出典]。血液型O型[要出典]。
長田美穂(ながた みほ、1967年 - 2015年10月19… 長田美穂(ながた みほ、1967年 - 2015年10月19日 )は、日本のフリージャーナリスト。奈良県出身。 東京外国語大学中国語学科を卒業。日本経済新聞記者を経て、1999年に独立。「日経トレンディ」に「ヒットの軌跡」を連載していた(この連載はのちに加筆され、『ヒット力』にまとめられる)。2010年10月からフルブライト奨学生として、アメリカ・ワシントン大学(シアトル市)に留学。マイノリティーに対する虐待など、アメリカの社会問題について取材する。アメリカ留学記は『43歳から始める 女一人アメリカ留学』としてDLmarketから発売された(電子書籍)。2015年10月19日、乳がんのため死去、48歳。
伊藤 良司 (いとう りょうじ、1965年 - )は、日本の… 伊藤 良司 (いとう りょうじ、1965年 - )は、日本のジャーナリスト。NHK報道局国際部記者。東京都出身。 1988年、東京外国語大学仏語科卒業後、NHKに入局。報道局国際部に配属。在籍中に延世大学校へ語学留学。1996年から2001年まで海外特派員としてソウルに駐在し、韓国の動きを伝える。 ヨーロッパに転じ、NHKブリュッセル支局、NHKパリ支局(現在のNHKヨーロッパ総局)に駐在。 NHKソウル支局長、2012年、日本に帰国後は 国際部(アジア統括)副部長に就任。 中国総局長、アメリカ総局長を経験。NHK WORLD-JAPANの英語ニュースにも携わる。 2024年度からは『サタデーウオッチ9』のメインキャスターを担当した。
杉山 祐之(すぎやま ひろゆき、1962年 - )は、日本の… 杉山 祐之(すぎやま ひろゆき、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、読売新聞記者。 鹿児島県出身。東京外国語大学中国語学科卒業後、読売新聞社入社。新潟支局、ハノイ支局勤務ののち、計十数年にわたり北京特派員。中国総局長、論説委員などを経て、中国駐在編集委員。
松木 健(まつき けん、1961年(昭和36年) - )は、… 松木 健(まつき けん、1961年(昭和36年) - )は、日本の実業家、ジャーナリスト。毎日新聞社代表取締役会長執行役員。毎日新聞グループホールディングス代表取締役社長。 岩手県出身。1985年に東京外国語大学を卒業後、毎日新聞社に入社した。 経済部長、編集編成局長、執行役員を経て、2019年に取締役に選任。東京本社代表・デジタル担当を委嘱される。 2022年2月21日に毎日新聞が創刊150年を迎えるのを機に、経営陣の世代交代を図るべく、4月1日付けで社長に昇格した。デジタル分野の強化や新規事業の開拓などによる改革を加速させるとしている。日本新聞協会理事も務める。2023年6月27日、毎日新聞グループホールディングス(GHD)代表取締役社長も兼務する。
内田 洋子(うちだ ようこ、1959年 - )は、イタリア在… 内田 洋子(うちだ ようこ、1959年 - )は、イタリア在住の日本人ジャーナリスト。 神戸市生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業後、単身イタリアに渡る。その後ミラノで通信社UNO Associates Inc. を立ち上げて代表に就任、日本のマスコミ向けにヨーロッパのニュースや写真の提供業務に携わる。 2011年、『ジーノの家 イタリア10景』で日本エッセイスト・クラブ賞及び講談社エッセイ賞受賞。2019年ウンベルト・アニェッリ記念賞を受賞。また2020年にはイタリアの三大文学賞の一つとなる第68回露天商賞(Premio Bancarella)内で、イタリアの書店員連盟より金の籠賞(GERLA D'ORO)を受賞。
西森 マリー(にしもり まりー、1956年7月19日 - )… 西森 マリー(にしもり まりー、1956年7月19日 - )は、イギリス出身、1980 - 1990年代の日本で活躍した翻訳家、映画評論家であり、米国のジャーナリストである。本名、マリー・シェヘラザード・伊神(1986年時点)。 野生動物保護運動に取り組み、イスラム教徒でもある。菜食主義者。 父はオランダ人、母は日本人。英語、アラビア語、フランス語、日本語に堪能。 1976年にエジプトのカイロ大学へ留学(専攻は比較言語心理学)後、東京外国語大学(心理学、アラビア語専攻)卒業。1979年、フジテレビにリポーターとして入社。フジテレビ退社後は『11PM』(日本テレビ)でインタビュアーなどを務める。キャスター以外にロックの訳詞家としては、ローリング・ストーンズ、デフ・レパード、ボン・ジョヴィなどの1000枚以上のアルバムに日本語訳詞をつけた。
相馬 勝(そうま まさる、1956年4月 - )は、日本のジ… 相馬 勝(そうま まさる、1956年4月 - )は、日本のジャーナリスト。青森県出身。2001年、『中国共産党に消された人々』で、第8回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。 別ペンネームに茅沢 勤(かやさわ いずる)がある。こちらは1957年東京都生まれという設定。 東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。時事通信社を経て産業経済新聞社に入社する。中国北京語言学院留学。帰国後、日中関係の商社に勤務する。後に全国紙の新聞記者となり、中国や香港、台湾などで取材活動に従事した。アメリカのジョージタウン大学、ハーバード大学に留学し新聞記者として活動する傍ら、中国問題の専門家として雑誌などで論文、レポートを発表した。
長井 好弘(ながい よしひろ、1955年 - )は、日本のジ… 長井 好弘(ながい よしひろ、1955年 - )は、日本のジャーナリスト、落語評論家。 東京都江東区深川新大橋生まれ。東京外国語大学スペイン語専修卒。1979年読売新聞社入社。読売新聞では、宇都宮支局、編集局外信部、編集局文化部、編集委員、日曜版編集長、新聞監査委員会部長、「よみうり時事川柳」五代目選者(2009年4月~2020年4月)、落語会「よみらくご」企画監修などを務めて2020年5月退社。「よみらくご」総合アドバイザー、「文春落語」アドバイザー(2022年 - )、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)、文化庁芸術祭審査員、浅草芸能大賞専門審査員、都民寄席実行委員長、芸術選奨(大衆芸能部門)選考委員なども務めている。
小西 克哉(こにし かつや、1954年4月29日 - )は、… 小西 克哉(こにし かつや、1954年4月29日 - )は、日本のテレビ番組司会者、TV番組のコメンテーター、ラジオパーソナリティ、(国際系)ジャーナリスト、通訳、国際教養大学大学院客員教授。英語が達者で、アメリカ合衆国(の政治や社会状況など)についての解説を得意としている。 大阪府出身。小・中学生の頃から趣味としてNHKの語学講座で「耳コピ」で5カ国語ほど学習していた。高校時代にAFS交換留学制度によりアメリカへ留学。府内の高校卒業後、東京外国語大学入学。同大学在学中の頃から通訳の仕事を始めた。1977年、サイマルインターナショナル 所属の英語通訳として、国連国際刑法セミナーや国連都市会議の通訳、また官庁や企業等の会議通訳を担当。
名越 健郎(なごし けんろう、1953年(昭和28年) - … 名越 健郎(なごし けんろう、1953年(昭和28年) - )は、日本のジャーナリスト。拓殖大学海外事情研究所客員教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。元時事通信社外信部長。 岡山県生まれ。1976年(昭和51年) 東京外国語大学ロシア語科卒業後、時事通信社入社。バンコク支局特派員、モスクワ支局特派員、ワシントン支局長、モスクワ支局長、外信部長、仙台支社長を務めた後、2011年(平成23年)に退社。 2012年(平成24年)、拓殖大学海外事情研究所教授。国家基本問題研究所客員研究員も務める。 著書「北方領土の謎」で、北方領土問題について択捉島や国後島の地域紙などロシア側の資料を翻訳した。
濱本 良一(はまもと りょういち、1952年9月19日 - … 濱本 良一(はまもと りょういち、1952年9月19日 - )は、日本の中国問題専門家兼ジャーナリスト。国際教養大学国際教養学部教授。専門は中国を中心とした東アジアの国際政治・経済の分析。 愛知県名古屋市出身。1976年、東京外国語大学外国語学部中国語科卒業。同年、読売新聞東京本社編集局採用、青森支局を経て1982年、同東京本社外報部(現・国際部)配属。1985年~1987年、ジャカルタ支局特派員、1987年~1988年、上海支局特派員、1988年~1990年、北京支局特派員。1993年~1997年、香港支局長、2001年~2004年、中国総局長(北京)。2004年~2005年、讀賣新聞調査研究本部管理部長兼出版部長、2006年~2007年同調査研究本部主任研究員。
会田 弘継(あいだ ひろつぐ、1951年 - )は、日本のジ… 会田 弘継(あいだ ひろつぐ、1951年 - )は、日本のジャーナリスト、思想史家。保守思想、特にラッセル・カークなど米国保守思想の専門家として知られる。 米論壇誌American Purpose編集委員、共同通信客員論説委員。公益財団法人アメリカ研究振興会理事、同志社大学一神教学際研究センターのリサーチフェロー を務める。2020年3月まで青山学院大学教授、2020年から2022年まで上智大学メディア・ジャーナリズム研究所客員研究員。2024年3月まで関西大学客員教授。 埼玉県生まれ。1976年、東京外国語大学外国語学部英米語科卒業後、共同通信社に入社。 神戸支局、大阪社会部、外信部、ワシントン特派員(1988年-1991年)、ジュネーブ支局長を経て、2002年8月から2005年7月までワシントン支局長。
大久保 好男(おおくぼ よしお、1950年(昭和25年)7月… 大久保 好男(おおくぼ よしお、1950年(昭和25年)7月8日 - )は、日本の実業家、ジャーナリスト。日本テレビホールディングス代表取締役社長兼日本テレビ放送網代表取締役社長、一般社団法人日本民間放送連盟会長、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団理事を務めた。山梨県出身。 山梨県立甲府第一高等学校を経て東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業。フジテレビアナウンサーを務めた田丸美寿々は大学の同期。 1975年4月、読売新聞社(現・読売新聞グループ本社)に入社。東北総局や成田支局などを経て、東京本社編集局に移動。世論調査部に籍を置き、1983年に政治部へ異動。防衛庁、自治省(いずれも当時)担当となる。
斎藤 勉(さいとう つとむ、1949年 - )は日本のジャー… 斎藤 勉(さいとう つとむ、1949年 - )は日本のジャーナリスト。産業経済新聞社論説顧問。ソ連が独裁体制を放棄することを世界に先駆けスクープした。 埼玉県熊谷市出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、東京外国語大学ロシア語科卒業。産経新聞社に入社。水戸支局、社会部、外信部を経てテヘラン特派員、モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長、正論調査室長などを歴任し、2007年、取締役編集局長、2008年、常務取締役編集局長、2011年、専務取締役サンケイスポーツ・夕刊フジ担当、2017年、副社長大阪代表、2018年、論説顧問。 ソ連とロシアに特派員として通算9年近く在住し、一連のソ連・東欧報道でボーン・上田記念国際記者賞(1989年)、「ソ連、共産党独裁を放棄へ」のスクープ(産経新聞1990年2月3日)で日本新聞協会賞(1990年)を受賞している。
高井 潔司(たかい きよし、1948年9月22日 - )は、… 高井 潔司(たかい きよし、1948年9月22日 - )は、日本の国際ジャーナリスト、中国研究者、北海道大学名誉教授、桜美林大学教授。中国メディアの研究を中心に日中関係、現代中国政治などが専門。 兵庫県神戸市生まれ。1972年東京外国語大学中国語学科卒業。読売新聞社入社、福島支局、千葉支局、社会部、1980年外報部、1982-1984年テヘラン支局、1986年北京支局、1987-1990年北京特派員、上海特派員、北京支局長、外報部次長、論説委員。天安門事件、鄧小平死去などを現地で取材。1999年北海道大学言語文化部教授。2000年同国際広報メディア観光学院教授。学院長をへて2012年定年退任、名誉教授。
飯島 一孝(いいじま かずたか、1948年 - )は日本のジ… 飯島 一孝(いいじま かずたか、1948年 - )は日本のジャーナリスト、外交評論家、元日本財団職員、元毎日新聞モスクワ支局長。 旧ソ連・東欧の政治・経済・社会を研究。
大貫 康雄(おおぬき やすお、1948年 - )は、日本のジ… 大貫 康雄(おおぬき やすお、1948年 - )は、日本のジャーナリスト。NHK記者としてNHKヨーロッパ総局長(2000年7月~2004年8月)などを経て、自由報道協会代表理事(2013年5月~2020年4月)を務める。 1948年に栃木県日光市に生まれ、1972年に東京外国語大学ドイツ語科を卒業。同年、NHKに取材記者として入局。NHK福島放送局、NHK横浜放送局を経る。1980年に報道局社会部(国際関係)の担当となって、1988年にNHKロサンゼルス支局長に任命される。その後、報道局国際部デスク、広報室国際広報副部長等を経て、1999年にはNHKヨーロッパ総局長に就任した。イラク戦争、北大西洋条約機構(NATO)拡大、欧州連合(EU)統合拡大などを取材した。
陸 培春(ル・ペイチュン、Lu Peichun、1947年 … 陸 培春(ル・ペイチュン、Lu Peichun、1947年 - )は、マレーシアのジャーナリスト。 マレーシア陸培春留日センター社長。 青森中央学院大学 客員教授 マレーシア・クアラルンプールに生まれる。1979年に東京外国語大学日本語学科を卒業後、シンガポールの華字紙「星洲日報」、「聯合早報」の初代特派駐日記者となる。 在日コラムニストを務める傍ら、駒沢大学、山梨学院大学の非常勤講師、青森中央学院大学の客員教授を務めた。 連載コラム「日本漫歩」で第1回ラジオたんぱアジア賞を受賞した。1983年以来、マレーシア福連会文学基金会ルポルタージュ部門優秀賞を11回受賞する。 NHK 世界からの質問状ーあなたは日本を説明できますかー(1988年1月2日) 松平定知/ジュディ・オング/石川好/堺屋太一/佐藤一朗/マルティヌ・マティアス/陸培春 朝まで生テレビ! 『激論!開国or鎖国 ドーする外国人労働者』 (1989/10/28) 大島渚/グレゴリー・クラーク/西部邁/辻元清美/舛添要一/石川好/内山安雄(作家)/陸培春(聯合早報コラムニスト)/林義郎/大石正光/手塚和彰/山口令子(気功家・ジャーナリスト)/小野五郎(信州大学経済学部教授、元通産省官僚)/郷宗親(東京商工会議所)/デーブ・スペクター 筑紫哲也 NEWS23 異論!反論!OBJECTION 「カンボジア選挙&PKO 在日アジア人からのOBJECTION!」(1993/5/25)筑紫哲也/有村かおり/金美齢(早稲田大学講師)/ベマ・ギャルポ(チベット文化研究所所長)/陸培春(コラムニスト)
園田矢(そのだ ただし、1942年7月7日 - )は、日本の… 園田矢(そのだ ただし、1942年7月7日 - )は、日本のジャーナリスト、NHK外信部長などを歴任。
渡辺光一(渡邊光一、わたなべ こういち、1942年 - )は… 渡辺光一(渡邊光一、わたなべ こういち、1942年 - )は、日本のジャーナリスト、国際政治学者。 1942年、東京生まれ。1966年東京外国語大学インド・パキスタン語学科卒業。NHK入社後、社会部、外信部記者を経てボン支局長、ニューデリー支局長、モスクワ支局長を務めた。衛星放送ニュースキャスター、放送文化研究所主任研究員を経て、1999年にNHKを退社。その後、駒沢女子大学人文学部教授、日本大学法学部講師などを歴任。
森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の… 森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の小説家、ジャーナリスト。 日本文藝家協会理事(2012年より)。日本ペンクラブ会員。 代表作は架空戦記『燃える波濤』(徳間書店)。 東京府生まれ。栃木県立黒磯高等学校、東京外国語大学イタリア語学科を卒業後、「週刊読書人」の記者を経て、フリージャーナリストとして独立。 1971年、『黒い龍』で作家デビュー。以後、世界をまたにかけたスパイ小説、軍事情報小説で人気を博す。 1983年には、日本冒険作家クラブの創設を提唱して実現。1985年には『雨はいつまで降り続く』で第93回直木三十五賞候補となった。その後、警察小説、青春小説、架空戦記などジャンルの幅を広げて活躍。
伊藤 正(いとう ただし、1940年6月2日 - )は日本の… 伊藤 正(いとう ただし、1940年6月2日 - )は日本のジャーナリスト。産経新聞特別記者兼論説委員。前中国総局長。中国報道で知られる。
小林 和男(こばやし かずお、1940年5月2日 - )は、… 小林 和男(こばやし かずお、1940年5月2日 - )は、日本のジャーナリスト。NHK記者を務めた。専門はロシア情勢。 長野県茅野市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1963年に東京外国語大学ロシア語学科を卒業。 同年にNHK入局後、神戸放送局で新人時代を送る。東京に異動後は外信部(現在の国際部)に配属され、1970年から1972年までモスクワ特派員を務めた後、ウィーンを拠点とする東欧移動特派員として活動した。 東京に戻ってからは、1982年より野中ともよと共に『海外ウィークリー』(現在の『NHK海外ネットワーク』のルーツにあたる)のキャスターとして活動。番組終了後、再び現場に戻り、1984年から1987年まで、1989年から1995年までの2度に渡ってモスクワ支局長を務める。
丹藤 佳紀(たんどう よしのり、1940年 - )は、日本の… 丹藤 佳紀(たんどう よしのり、1940年 - )は、日本のジャーナリスト、元読売新聞記者。中国研究者。 福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校卒、1963年東京外国語大学中国語科卒、読売新聞社入社。横浜支局を経て外報部勤務。サイゴン・ソウル・北京各特派員、北京支局長、編集委員。2000年から2006年まで東洋大学教授を務める。日中友好協会参与。
山田 侑平(やまだ ゆうへい、1938年 - )は、ジャーナ… 山田 侑平(やまだ ゆうへい、1938年 - )は、ジャーナリスト、翻訳家、人間総合科学大学名誉教授。長野県出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京外国語大学中国語科卒業。共同通信記者となり、ニューヨーク支局員、ブリュッセル支局長など。2000年、人間総合科学大学教授。09年定年、名誉教授。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
堀内 敏宏(ほりうち としひろ、1937年10月26日 - … 堀内 敏宏(ほりうち としひろ、1937年10月26日 - )は、日本のジャーナリスト。 長野県諏訪郡原村出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1960年東京外国語大学英米科卒業、NHK入局。ニューヨーク特派員、ジュネーヴ支局長、ウイークエンド中部初代キャスター、外信部長、解説主幹を歴任。1994年退職後は小平市教育委員長を務めた。2014年から諏訪郷友会理事長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
藤田 博司(ふじた ひろし、1937年9月12日 - 201… 藤田 博司(ふじた ひろし、1937年9月12日 - 2014年10月5日)は、日本のジャーナリスト。 香川県生まれ。1961年東京外国語大学英米科卒、共同通信社入社。 外国駐在特派員としてサイゴン支局(南ベトナム)、ニューヨーク支局(アメリカ合衆国)で取材活動を行い、またニューヨーク支局長とワシントン支局長をそれぞれ務めた。また、共同通信本社では外信部次長、論説委員、論説副委員長を務めている。 1995年に上智大学文学部新聞学科教授に就任し、2005年に退任した。 妻は藤田文子・津田塾大学名誉教授。 2014年10月5日、急性心不全により死去。77歳没。
藤原 作弥(ふじわら さくや、1937年1月14日 - 20… 藤原 作弥(ふじわら さくや、1937年1月14日 - 2025年10月17日)は、日本のジャーナリスト、エッセイスト、ノンフィクション作家。時事通信社解説委員長、日本銀行副総裁、日立総合計画研究所社長などを務めた。 宮城県仙台市生まれ。1942年、言語学者の父に従って朝鮮の清津へ移住する。1944年、満洲の興安街に転居するが、1945年ソ連軍による侵攻の9時間前に脱出。安東で生活した後、1946年11月に帰国。 宮城県仙台第一高等学校を経て、1962年東京外国語大学フランス語科卒、時事通信社に入社。経済部記者として大蔵省担当。1967年よりオタワ[要出典]、ワシントン特派員。以後、日本銀行、経団連、外務省などの担当を経て、編集委員[要出典]、解説委員、解説委員長を歴任。
竹内 修司(たけうち しゅうじ、1936年9月5日 - )は… 竹内 修司(たけうち しゅうじ、1936年9月5日 - )は、日本の元編集者・ジャーナリスト。八戸ペンクラブ顧問。 北海道函館市生まれ。1946年台湾より引揚げて父の郷里青森県弘前市和徳町へ。翌年母の郷里八戸市六日町へ移り、1955年八戸高等学校卒業(高七回生)。アルビオン英語学校一期生として中高5年間薫陶を受けた漆山終吉校長の母校でもある東京外国語大学英文学科を卒業。 1959年2月に文藝春秋新社(のちの株式会社文藝春秋)に入社。雑誌「週刊文春」月刊「文藝春秋」「文學界」の編集や、出版部で書籍編集に携わる。1977~79年「諸君!」編集長ののち、出版局長、編集局長、営業局長、総務局長、常務取締役を経て2000年6月退任。
田畑 光永(たばた みつなが、1935年8月29日 - )は… 田畑 光永(たばた みつなが、1935年8月29日 - )は、日本のジャーナリスト。キャスト・プラス所属。
田所 竹彦(たどころ たけひこ、1935年8月6日 - 20… 田所 竹彦(たどころ たけひこ、1935年8月6日 - 2013年8月14日)は、日本のジャーナリスト、中国評論家。
向一陽(むこう いちよう、1935年1月22日- )は、日本… 向一陽(むこう いちよう、1935年1月22日- )は、日本のジャーナリスト、探検家。 佐賀県唐津市生まれ。1960年東京外国語大学英米科卒業、共同通信社入社。社会部長、論説委員兼編集委員などをへて95年退社。日本記者クラブ会員。日本山岳会会員。1973-76年奥アマゾン探検隊隊長ほか、アンデス、南極、北極、アラスカ、オセアニア、ミクロネシア、ヒマラヤ、アジア各地で探検、登山、取材をした。
中澤 孝之(なかざわ たかゆき、1935年1月 - )は、日… 中澤 孝之(なかざわ たかゆき、1935年1月 - )は、日本のジャーナリスト、ロシア・ソ連研究家。 大連市生まれ。長野県南佐久郡佐久穂町に育つ。長野県野沢北高等学校を経て、東京外国語大学ロシア語科国際関係課程卒業。時事通信社入社、本社経済部記者、シンガポール、クアラルンプール、モスクワ特派員、モスクワ支局長、外信部次長、整理部次長、外信部長、県立新潟女子短期大学国際教養学科教授、長岡短期大学教授、長岡大学産業経営学部教授などを務めた。モスクワ勤務の期間は通算9年強。妻幸子(ゆきこ)との間に3人の子供がいる。長男は「なかざわひでゆき」の名前で、映画と音楽の評論執筆活動を行う(http://angeleyes.dee.cc/)かたわら、随時、TVチャンネル「WOWOWプライム」の木曜夕方の番組「ザ・プライムショー」に出演中。
三輪晴啓(みわ はるひろ、1934年9月4日- )は、日本の… 三輪晴啓(みわ はるひろ、1934年9月4日- )は、日本のジャーナリスト、国際政治学者。 愛知県出身。1959年東京外国語大学ドイツ語科卒、NHK勤務、報道局・国際局プロデューサー、報道ネットワーク専門委員をへて、駒沢女子大学教授となり、2004年退職。東西ドイツ統一を報道、研究した。
松井 やより(まつい やより、1934年4月12日 - 20… 松井 やより(まつい やより、1934年4月12日 - 2002年12月27日)は、日本のジャーナリスト、フェミニスト、元朝日新聞編集委員。本名は松井耶依。 京都府出身。父の平山照次、母の秋子はともに牧師で、東京都渋谷区に東京山手教会を創立した。本名の「耶依」もキリスト教に由来する。父親の平山照次は反核団体原水爆禁止日本協議会(原水協)がまだ共産党の影響力が強くなかった頃に、その常任理事を務め、日本キリスト教婦人矯風会に禁酒運動から平和運動へ活動範囲を広げるよう提言した。松井やよりの弟である平山基生は、平山照次とは逆に無神論者となる日本共産党員で、反米軍基地活動家。 青山学院中等部・高等部を経て、1961年に東京外国語大学外国語学部英米科を卒業し、朝日新聞社に入社。
小林 一喜(こばやし かずよし、1934年(昭和9年)4月1… 小林 一喜(こばやし かずよし、1934年(昭和9年)4月10日 - 1991年(平成3年)2月19日)は、日本のジャーナリスト。朝日新聞編集委員、ニュースステーションコメンテーター。栃木県出身。 ニュースステーションのスタートに際し、小林にコメンテーターの白羽の矢を立てたのはテレビ朝日の小田久栄門だった。コメンテーター役を選ぶにあたって、まず朝日新聞社長の中江利忠から経歴や写真、当人の書いたものなどを見せてもらい、数十人の候補者のなかから5人に絞ったが、そこから先がなかなか進まなかった。そこで、小田は中江に本物の人物を見せてくださいと頼んで、論説室や編集委員室にさりげなく足を運び、狙いをつけたのが小林だった。
山中 央(やまなか おう、1934年1月 - 2003年1月… 山中 央(やまなか おう、1934年1月 - 2003年1月6日)は、日本のジャーナリスト。本名、江上茂。 東京生まれ。1956年、東京外国語大学英米語科卒業。ニッポン放送に入社し、報道部に勤務。1964年、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)に転じ、報道部やスポーツ局に勤務。差別用語に対する規制問題への関心から、テレビ東京報道部では自主的に「放送用語集」を作成。1966年から1970年まで所属労働組合の書記長を務め、1970年から1974年まで民放労連常任中央執行委員を務めた。1991年にテレビ東京を定年退職。 テレビ局在職中から差別用語の問題を研究。差別用語辞典の完成を目指していたが、1995年に虎ノ門病院で食道癌の手術を受ける。
伊藤 力司(いとう りきじ、1934年 - )は、日本のジャ… 伊藤 力司(いとう りきじ、1934年 - )は、日本のジャーナリスト。 長野県茅野市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京外国語大学フランス語科卒業。1958年共同通信社入社。外信部、サイゴン支局長、パリ支局長、ハノイ支局長、国際局次長、編集委員次長、論説副委員長などを務めた。
蓮見 博昭(はすみ ひろあき、1933年 - )は、日本のジ… 蓮見 博昭(はすみ ひろあき、1933年 - )は、日本のジャーナリスト、国際政治学者、恵泉女学園大学名誉教授。 東京生まれ。兄は蓮見和男。1956年東京外国語大学ドイツ語科卒業後、時事通信社入社。ロサンゼルス、ニューヨーク、ハンブルク、ロンドン各特派員、解説委員、出版局長などを務める。1989年恵泉女学園大学英米文化学科教授(アメリカ政治担当)、2004年定年、名誉教授。
中野 謙二(なかの けんじ、1931年9月12日 - 200… 中野 謙二(なかの けんじ、1931年9月12日 - 2004年11月19日)は、日本のジャーナリスト、中国問題評論家。現代中国学会会員。 富山県高岡市生まれ。1954年、東京外国語大学中国語科卒業。 1954年毎日新聞社入社。1970年ソウル支局長、1973年香港支局長、東京本社外信部副部長を経て、1976年北京支局長、1979年論説委員。 1986年高岡短期大学教授に就任。1989年東海大学教授、2002年定年退職。 2000年、アジア人口・開発協会評議員。
柴田 穂(しばた みのる、1930年〈昭和5年〉3月21日 … 柴田 穂(しばた みのる、1930年〈昭和5年〉3月21日 - 1992年〈平成4年〉2月1日)は日本のジャーナリスト。元産経新聞論説委員長。 東京生まれ。東京外国語大学外国語学部中国語科卒業。 1954年産経新聞社に入社。のちソウル特派員、および北京支局長となる。紅衛兵らによる文化大革命について、1964年に決まった「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」もあり制約された報道だったが、柴田は壁新聞をよみこなし、権力闘争と看破し取材報道、1967年9月に中華人民共和国を追放となる。その後も中国や北朝鮮に対し客観的な観点で著作を行った。産経新聞論説委員に就任。1979年には『毛沢東の悲劇』シリーズを出版する。
むの たけじ(本名:武野 武治、1915年1月2日 - 20… むの たけじ(本名:武野 武治、1915年1月2日 - 2016年8月21日)は、日本のジャーナリスト。太平洋戦争従軍記者としての経験・反省から、戦後に反戦・平和を訴え続けた。 新聞『たいまつ』を創刊。農村・農業の進路、出稼ぎ問題、農民運動の在り方、地方文化やサークル活動について追求し、「自分の言葉に自分の全体重をかける」記事を書き続けた。 秋田県仙北郡六郷町(現:美郷町)の小作農民の家に生まれる。県立横手中学校(現:秋田県立横手高等学校)で教師を務めていた石坂洋次郎 に、国語・作文・修身を教わった。1932年に東京外国語学校(現:東京外国語大学)西語部文科(文学)に入学。親の仕送りで学生生活を続けることが難しくなったので、1学年を終わったところで外務省の書記生になろうとしたが「満18歳では若すぎる」との理由で願書は却下された。
丸山 静雄(まるやま しずお、1909年12月19日 - 2… 丸山 静雄(まるやま しずお、1909年12月19日 - 2006年10月10日)は、日本のジャーナリスト、社会運動家。 神奈川県出身。東京外国語学校卒、朝日新聞記者となり、インパール作戦に従軍するなど、アジア諸国の特派員をへて論説委員。ベトナム戦争などを取材した。1974年退社、内部告発『論説委員』を著す。中野区教育委員、1978-1986年国際商科大学(東京国際大学)客員教授、ベトナム友好協会常任理事。全国革新懇(平和・民主・革新の日本をめざす全国の会)世話人。
山崎 功(やまざき いさお、1907年2月25日 - 198… 山崎 功(やまざき いさお、1907年2月25日 - 1983年6月3日)は、日本のジャーナリスト、イタリア研究者、翻訳家。 石川県金沢市生まれ。1927年東京外国語学校イタリア語科卒後、読売新聞社に入る。ローマ特派員、1942年ローマ大学政治学部卒。欧米部次長、論説委員。
前田 義徳(まえだ よしのり、1906年(明治39年)1月3… 前田 義徳(まえだ よしのり、1906年(明治39年)1月31日 - 1983年(昭和58年)12月17日)は、日本の放送経営者、ジャーナリスト。 第10代NHK会長。ワンマン会長として組織の拡大充実に努め、『NHK中興の祖』と仰がれた。 北海道旭川市出身。庁立旭川中学校を経て東京外語学校(現東京外国語大学)イタリア語科卒業後、ヨーロッパに留学、ローマ大学法科に学ぶ。 1936年朝日新聞ローマ支局に現地入社、記者としてイタリアのエチオピア侵入(第二次エチオピア戦争)などをスクープ。1947年大阪本社外報部長を最後に退社。 出版社経営を経て1950年、NHKに解説委員として入局。その後報道局長・編成局長・専務理事・副会長などを経て1964年、阿部眞之助会長が在職中に死去した事に伴い会長就任、1973年まで務めた。
皆藤 幸蔵(かいとう こうぞう、1904年 - 1983年2… 皆藤 幸蔵(かいとう こうぞう、1904年 - 1983年2月5日)は、日本の翻訳家、国際ジャーナリスト。東京外国語学校英語科卒業。 茨城県出身。同盟通信ロンドン特派員、時事通信外信部長、リーダーズ・ダイジェスト編集総務などを歴任。戦後は『アンネの日記』の翻訳のほか、国際問題、推理小説などを翻訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。