江村 理紗(えむら りさ、1985年〈昭和60年〉10月25… 江村 理紗(えむら りさ、1985年〈昭和60年〉10月25日 - )は、日本の政治家。京都市会議員(4期)、地域政党京都党代表。 京都府京都市出身。嵯峨野保育園、京都市立嵐山小学校、京都市立嵯峨中学校と進学し、京都府立北嵯峨高等学校に入学する。 高校卒業後は、同志社大学政策学部に第一期生として入学。在学中、京都市議の村山祥栄のもとで議員インターンシップを行っていた。その活動の中で、京都市の財政難や職員不祥事など多くの課題を目の当たりにしてきたという。 大学卒業後は、東京の商社である株式会社ミスミに就職する。会社員時代には商品開発を担当しており、2年目に自身が開発した商品には江村のイニシャルが品番に付された。
北野 裕子(きたの ゆうこ、1985年9月19日 - )は、… 北野 裕子(きたの ゆうこ、1985年9月19日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、参政党ボードメンバーを歴任した。 京都府京都市出身。京都明徳高等学校商業科卒業、京都光華女子大学中退。 携帯電話販売会社、夫が経営するイベント会社に勤務。 2020年に夫の実家がある滋賀県守山市に移住する。 2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙に参政党公認で滋賀3区から立候補した結果、小選挙区では自由民主党の武村展英、日本維新の会の出路真吾に次ぐ3位に終わったものの、重複立候補していた比例近畿ブロックにて参政党は1議席を獲得、同ブロック名簿順位1位の3人のうち、トップの惜敗率(28.018%)を記録した北野が、初当選を果たした。
林 佑美(はやし ゆみ、1981年〈昭和56年〉5月12日 … 林 佑美(はやし ゆみ、1981年〈昭和56年〉5月12日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、和歌山市議会議員(1期)を歴任した。 京都府京都市出身。立命館大学大学院政策科学研究科修了後、夫・林隆一氏の経営する教育訓練の会社役員を務める。 2022年8月、和歌山市議会議員補欠選挙に立候補し初当選。 2023年3月3日、衆議院和歌山県第1区補欠選挙に立候補することを表明した。同年4月23日の投開票の結果、自由民主党元職の門博文ら3候補を破り初当選を果たした。 2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙においても和歌山1区から日本維新の会公認で立候補。投開票の結果、自民党新人の山本大地に124票の僅差で及ばない結果となったが、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活当選した。
岡野 純子(おかの じゅんこ、1978年〈昭和53年〉6月1… 岡野 純子(おかの じゅんこ、1978年〈昭和53年〉6月10日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の衆議院議員(2期)。浦安市議会議員(3期)を務めた。 京都府京都市出身。京都市立太秦小学校、同志社女子中学校、同志社女子高等学校を経て、2002年3月、同志社大学文学部英文学科を卒業。 NHK松山放送局に契約キャスターとして4年間勤務。愛媛県ローカルニュースなどを担当する。 結婚・出産を機に千葉県浦安市に移住し、2011年、民主党公認で浦安市議会議員に初当選。2期目途中の2017年3月に浦安市長選挙に立候補したが、内田悦嗣に敗れた。 2017年10月3日、第48回衆議院議員総選挙千葉5区に希望の党から立候補すると表明。
二之湯 武史(にのゆ たけし、1977年(昭和52年)1月2… 二之湯 武史(にのゆ たけし、1977年(昭和52年)1月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。 京都府京都市に二之湯智の長男として生まれる。洛南高等学校卒業。1996年、京都大学経済学部経済学科に入学し、2000年に大学卒業。京都大学卒にもかかわらず企業の内定がひとつも決まらかったため、同年、松下政経塾に第21期生として入塾したとされる。 2003年、稲盛和夫が設立した、稲盛財団のイナモリ・フェロー第1期生に選出。アメリカのシンクタンク、「戦略国際問題研究所(CSIS)」で研修。 2006年、名古屋市で学習塾「CLアカデミー」を開校。 自民党の候補者公募に申込み、2013年の第23回参議院議員通常選挙において滋賀県選挙区より立候補し初当選。
田中 英之(たなか ひでゆき、1970年7月11日 - )は… 田中 英之(たなか ひでゆき、1970年7月11日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(4期)。 文部科学副大臣、国土交通大臣政務官、京都市会議員(通算4期)を歴任。 京都府京都市生まれ。西京極幼稚園、西京極小学校、西京極中学校、京都成章高等学校を経て、京都外国語大学卒業。大学卒業後、職員として京都外国語大学に勤務。英之が26歳を迎えた1996年、右京区選出の京都市会議員であった父親・のぼるが同会議長任期中の同年11月に急死した。補欠選挙がないため2年半後の1999年4月、京都市会議員選挙に立候補し、初当選。以後連続4期務める。 2011年、自民党が実施した京都府第4区支部長の公募に応募し[要出典]支部長に就任。
今城 克啓(いまき かつのぶ、1969年〈昭和44年〉10月… 今城 克啓(いまき かつのぶ、1969年〈昭和44年〉10月12日 - )は、日本の政治家。滋賀県高島市長(1期)。高島市議会議員(2期)。京都府京都市出身。 1969年(昭和44年)、京都市内の会社員の家庭に生まれる。東大寺学園高等学校卒業。1993年(平成5年)、京都大学農学部卒業。滋賀県に入庁する。 1996年(平成8年)、当時の高島郡に移住する。2006年(平成18年)高島市役所に出向(4年間)。地元の木で朽木東小学校・朽木中学校体育館づくり、高島の木の家づくりのネットワークの立ち上げ、森林セラピー基地認定などを担当する。 2007年(平成19年)、新築した自宅が公益社団法人滋賀県建築士会主催のこだわり住宅賞においてびわ湖放送賞を受賞。
中塚 一宏(なかつか いっこう、1965年4月4日 - )は… 中塚 一宏(なかつか いっこう、1965年4月4日 - )は、日本の実業家、政治家。 内閣府特命担当大臣(金融、「新しい公共」、少子化対策、男女共同参画)(野田第3次改造内閣)、内閣府副大臣兼復興副大臣(野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、衆議院議員(3期)、民主党副幹事長、SBIホールディングス取締役、堂島取引所代表取締役社長(初代)などを歴任。小沢一郎の側近といわれた。 京都府京都市出身。京都市立紫野高等学校を経て、京都大学工学部金属系学科(現・物理工学科材料科学コース)冶金学教室を卒業。京大工学部在学中に関わったボランティアや町おこしの住民運動を通じて、政界に興味を抱く。京大卒業後、沖縄開発庁長官や総理府総務長官、労働大臣などを務めた丹羽兵助衆議院議員の私設秘書や星野行男衆議院議員公設第一秘書を務める。
大山 奈々子(おおやま ななこ、1963年 - )は、日本の… 大山 奈々子(おおやま ななこ、1963年 - )は、日本の政治家。 京都市生まれ。京都府立北嵯峨高等学校、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。京都府立久御山高等学校教諭、東京で日本語学校教師を務めた。 1987年10月、日本共産党に入党。2011年4月、神奈川県議会議員選挙に横浜市港北区選挙区から立候補、落選。2014年12月、第47回衆議院議員総選挙に神奈川県第7区から立候補、落選。2015年4月、神奈川県議会議員選挙に立候補、初当選。 2024年1月、日本共産党第29回大会に代議員として参加。発言を許可され、党勢拡大の経験を語るとともに、松竹伸幸除名処分を念頭に党運営のあり方に言及した。この発言は、結語に立った幹部会副委員長田村智子から「『除名処分を行ったことが問題』という発言者の姿勢に根本的な問題がある」等と延々と批判された。
渡嘉敷 奈緒美(とかしき なおみ、1962年7月16日 - … 渡嘉敷 奈緒美(とかしき なおみ、1962年7月16日 - )は、日本の政治家、薬剤師。自由民主党所属の衆議院議員(5期)。 環境副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、厚生労働副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、厚生労働大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院厚生労働委員長、自民党副幹事長、自民党厚生労働部会長、自民党環境部会長、杉並区議会議員(2期)、大阪府知的障害者陸上競技会会長などを歴任。 かな表記の「とかしきなおみ」名義で活動することも多い。 京都府京都市出身。祖父母は沖縄県に在住し、代々琉球王朝の御典医の家系であった。 聖心女子学院中等科・高等科を経て昭和大学薬学部卒業。薬剤師免許を取得。
前原 誠司(まえはら せいじ、1962年〈昭和37年〉4月3… 前原 誠司(まえはら せいじ、1962年〈昭和37年〉4月30日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の衆議院議員(12期)。日本維新の会顧問、京都維新の会代表。 京都府議会議員(1期)、民主党代表(第5代)、国土交通大臣(第12代、第13代)、外務大臣(第139代)、国家戦略担当大臣、民主党政策調査会長(第11代)、内閣府特命担当大臣(防災、沖縄及び北方対策、経済財政政策、科学技術政策、原子力行政、宇宙政策)、民進党代表(第3代)、国民民主党代表代行、教育無償化を実現する会代表(初代)、日本維新の会共同代表(第4代)、衆議院安全保障委員長を歴任。 京都市左京区生まれ。両親は鳥取県出身(父親は境港市、母親は日野郡日南町)である。
西田 昌司(にしだ しょうじ、1958年(昭和33年)9月1… 西田 昌司(にしだ しょうじ、1958年(昭和33年)9月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)、参議院自民党国会対策委員長代理、自民党税制調査会幹事、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム検討委員会委員長、自民党京都府連会長。
野田 義和(のだ よしかず、1957年〈昭和32年〉2月1日… 野田 義和(のだ よしかず、1957年〈昭和32年〉2月1日 - )は、日本の政治家。大阪府東大阪市長(5期)。東大阪市議会議員(5期)、市議会議長を歴任した。 京都府京都市生まれ。東大阪市立上小阪小学校、東大阪市立上小阪中学校、大阪府立花園高等学校卒業。中山太郎参議院議員の秘書を経て、1987年(昭和62年)10月から東大阪市議会議員を5期20年務めた。5期目では議長職も務めた。市議時代は自由民主党に所属。 2007年(平成19年)9月3日の定例市議会において、長尾淳三・東大阪市長の不信任決議が可決される。長尾は議会解散せず、同年9月14日をもって失職。これに伴って10月28日に行われた出直し選挙に無所属で出馬。
大門 実紀史(だいもん みきし、1956年〈昭和31年〉1月… 大門 実紀史(だいもん みきし、1956年〈昭和31年〉1月10日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の参議院議員(5期)。政治・選挙活動では大門 みきしと平仮名の名前を用いる。 京都府京都市生まれ。現在は東京都在住、京都市立日吉ヶ丘高等学校卒業、神戸大学中退。1984年から東京土建一般労働組合の専従書記局員として勤務。1996年、同本部書記長に就任。全国建設労働組合総連合(全建総連)中央執行委員、建設労働組合首都圏共闘会議初代議長を歴任。 1998年に第18回参議院議員通常選挙に比例代表で立候補したが落選。2001年1月に繰り上げ当選。以後、予算委員会理事、財政金融委員会委員、災害対策特別委員会委員を歴任。
豊田 潤多郎(とよだ じゅんたろう、1949年(昭和24年)… 豊田 潤多郎(とよだ じゅんたろう、1949年(昭和24年)8月22日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。生活の党と山本太郎となかまたち京都府第4区総支部長、医療法人淳宰晃会理事長。
川勝 平太(かわかつ へいた、1948年(昭和23年)8月1… 川勝 平太(かわかつ へいた、1948年(昭和23年)8月16日 - )は、日本の経済学者(比較経済史)、政治家。学位はD.Phil.(オックスフォード大学・1985年)。静岡県知事(第53・54代)、公益財団法人世界緑茶協会理事長(第3代)、国際日本文化研究センター客員教授、麗澤大学比較文明文化研究センター客員教授、静岡文化芸術大学名誉教授。
段本 幸男(だんもと ゆきお、1944年(昭和19年)12月… 段本 幸男(だんもと ゆきお、1944年(昭和19年)12月12日 - 2012年(平成24年)3月18日)は、日本の農水官僚、政治家。 参議院議員(1期)、財務大臣政務官を歴任。京都府京都市出身。 議員在職中は、財務大臣政務官、参議院政策審議会副会長などを経験。 他に、土地改良換地対策全国協議会中央委員、土地改良測量設計技術協会会長、全国土地改良事業団体連合会顧問などの要職を歴任した。
二之湯 智(にのゆ さとし、1944年〈昭和19年〉9月13… 二之湯 智(にのゆ さとし、1944年〈昭和19年〉9月13日 - )は、日本の政治家。 国家公安委員会委員長(第98・99代)兼国土強靱化担当大臣兼領土問題担当大臣兼国家公務員制度担当大臣兼内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣)、総務副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、総務大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、参議院文教科学委員長、同決算委員長、参議院議員(3期)、京都市会議長(第69代)、京都市会議員(5期)、自由民主党参議院政策審議会会長、全国市議会議長会会長(第53代)などを歴任。 京都府京都市左京区生まれ。父は二之湯正義。1957年、三重県の小学校を卒業。
明田 功(あけた いさお、1943年〈昭和18年〉12月29… 明田 功(あけた いさお、1943年〈昭和18年〉12月29日 - 2015年〈平成27年〉7月28日)は、日本の政治家、京都府八幡市長(1期)。京都府議会議員(5期)。位階は従五位。旭日小綬章受章。 京都市出身。京都大学農学部を経て、京都大学大学院農学研究科博士課程単位取得。1971年京都大学より農学博士を取得。高等学校教諭やPTA会長などを務め、1994年京都府議会議員補欠選挙に当選。5期務める(会派は自由民主党)。2008年八幡市長選挙に立候補し当選する。八幡市長を1期務め、2012年に退任した。2015年死去。死没日付をもって叙従五位、旭日小綬章を受章。
五島 正規(ごとう まさのり、1939年3月5日 - 201… 五島 正規(ごとう まさのり、1939年3月5日 - 2016年11月14日)は、日本の政治家、医師。衆議院議員(6期)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、衆議院環境委員長を務めた。 京都府京都市出身。岡山大学医学部卒業。1979年11月に医療法人防治会四国勤労病院を設立。 1990年の第39回衆議院議員総選挙で、日本社会党から高知県全県区に出馬し初当選。以降、連続当選6回。 1996年、旧民主党結党に参画。 小選挙区比例代表並立制が導入された同年の第41回衆議院議員総選挙以降は、高知1区から立候補した。この選挙では日本共産党の山原健二郎に、2000年の総選挙からは3回連続で自由民主党の福井照に敗れ、すべて比例四国ブロックで復活しての当選である。
岩井 國臣(いわい くにおみ、1938年〈昭和13年〉2月5… 岩井 國臣(いわい くにおみ、1938年〈昭和13年〉2月5日 - 2025年〈令和7年〉4月21日)は、日本の政治家、建設技官。 国土交通副大臣(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、国土交通大臣政務官(第2次森改造内閣)、参議院決算委員長、参議院議員(2期)、建設省河川局長、同省中国地方建設局長などを歴任。 京都府京都市生まれ(本籍地は福岡県行橋市)。京都府立朱雀高等学校、京都大学工学部を経て、京都大学大学院修了。大学院修了後に建設省に入省。中国地方建設局長や河川局長を歴任した。 1995年(平成7年)、第17回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で比例区から立候補し、初当選。2001年(平成13年)、第2次森改造内閣で国土交通大臣政務官に就任。
伊吹 文明(いぶき ぶんめい、本名:伊吹 文明(漢字同じ、い… 伊吹 文明(いぶき ぶんめい、本名:伊吹 文明(漢字同じ、いぶき ふみあき)、1938年〈昭和13年〉1月9日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。勲等は桐花大綬章。 自由民主党所属の元衆議院議員(12期)。文部科学大臣(第8代)、財務大臣(第9代)、労働大臣(第64代)、国家公安委員会委員長(第66代)、防災担当大臣(初代)、自由民主党幹事長(第41代)、志帥会会長(第4代)、衆議院議長(第74代)、自民党たばこ議員連盟顧問を歴任した。 その人格から、「イブキング」とも呼ばれている。 京都府京都市下京区に生まれる。生家は文久年間に創業した室町の繊維問屋・伊吹株式会社で、現在も室町で営業している。
西田 吉宏(にしだ よしひろ、1934年〈昭和9年〉7月29… 西田 吉宏(にしだ よしひろ、1934年〈昭和9年〉7月29日 - 2007年〈平成19年〉11月19日)は、日本の養鶏家、政治家。参議院議員・西田昌司の父。 参議院議員(3期)、自民党参議院国会対策委員長、参議院議院運営委員長、京都府議会議長、京都府議会議員(5期)などを歴任。 1934年(昭和9年)、京都府京都市出身。父親が病気がちであったため小学生の頃から家の手伝いをしていて、千本今出川まで自転車の前と後ろに籠をぶら下げて、1日に2回も卵の配達をしたという。 エンジニアを夢見ていたが、父親の病がいよいよ悪化してしまい、授業料が払えなくなり京都市立洛陽高等学校を中退して家業に専念し、懸命に働いた結果、20歳代半ばで3つの養鶏場を経営する、京都でもひとかどの養鶏家として知られるようになった。
中西 珠子(なかにし たまこ、1919年3月19日 - 20… 中西 珠子(なかにし たまこ、1919年3月19日 - 2008年4月3日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)。 国連ハビタット推進議員連盟事務局長。議員引退後も同活動の支援を続けたことから国連ハビタット賞(英語版)を授与されている。 京都府京都市出身。法学者、中島重の長女。 1940年、津田英学塾卒業。 戦後、GHQに勤務。のち国際労働機関に転じ、東京支局次長を経て、津田塾大学理事、津田塾会理事長を務める。 1983年、第13回参議院議員通常選挙比例区に公明党から出馬し、初当選。 1989年、第15回参議院議員通常選挙比例区再選。 1995年春の叙勲で勲二等瑞宝章受章。同年の第17回参議院議員通常選挙に立候補せず、引退。
堀 昌雄(ほり まさお、1916年12月7日 - 1997年… 堀 昌雄(ほり まさお、1916年12月7日 - 1997年8月29日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員。 京都府京都市出身。旧制高知高等学校を経て大阪帝国大学医学部を卒業し、太平洋戦争では海軍軍医として作戦に参加した。戦後に、1942年2月のシンガポール華僑粛清事件について国会で発言している。日本医師連盟公認での衆院選出馬、落選を経て、1958年、第28回衆議院議員総選挙に旧兵庫2区から出馬して初当選し、以後11回当選した。社会党内では右派の系譜に属し、武藤山治、佐藤観樹と「堀グループ」を形成した。 西欧の社会民主主義を手本に、教条的なマルクス・レーニン主義からの変節を求めた。また、衆議院大蔵委員会の委員を長く務め、社会党きっての財政通として知られた。
上田 稔(うえだ みのる、1914年5月8日 - 2011年… 上田 稔(うえだ みのる、1914年5月8日 - 2011年9月17日)は、日本の官僚、政治家及び技術士(建設部門)。京都府京都市出身。自由民主党参議院議員(4期)。京都帝国大学工学部卒業。1986年、勲一等瑞宝章受章。従三位。
西口 克己(にしぐち かつみ、1913年4月6日 - 198… 西口 克己(にしぐち かつみ、1913年4月6日 - 1986年3月15日)は、京都市出身の小説家、政治家。 京都府紀伊郡伏見町(現在の京都市伏見区)の中書島遊廓の貸座敷の家に生まれる。第三高等学校から東京帝国大学文学部西洋哲学科卒業、1946年に日本共産党に入党するが、1950年のいわゆる「五十年問題」による党分裂の際、「除名」される。1955年には、日本共産党の統一・正常化と同時に党へ復帰。 この間に義母名義の娼家(第2次世界大戦後は「お茶屋」名目で営業)の片隅で自伝的小説『廓』を執筆。第一部を1956年に刊行。ベストセラーとなり、小説家として認められる。同作は第35回(昭和31年上期)直木賞候補となり、「『廓』より 無法一代」(1957年、監督滝沢英輔)として映画化された(第二部は同年末、第三部は1958年に刊行)。
江崎 一治(えさき かずはる、1907年10月1日 - 19… 江崎 一治(えさき かずはる、1907年10月1日 - 1972年7月11日)は日本の会社経営者、政治家。 衆議院議員(日本共産党公認)を1期務めた。株式会社丹羽鉄鋼相談役。 京都府京都市出身。早稲田大学理工学部電気工学科を1933年に卒業後、1938年日本電気玉川向工場に入社。大津工場第2検査課長などを歴任したが、1946年に日本共産党へ入党したのを機に同党滋賀県委員や日本電気労働組合大津分会執行委員を務めた。しかしレッドパージに伴い同社を解雇されると、大阪府内で会社を経営。1949年の第24回衆議院議員総選挙で滋賀県全県区から出馬し初当選、滋賀県初の共産党国会議員となった。当選1回。 1972年7月11日、肝硬変のため神奈川県川崎市中原区の日本医科大学付属第二病院にて死去。
鵜崎 多一(うざき たいち、1905年(明治38年)3月4日… 鵜崎 多一(うざき たいち、1905年(明治38年)3月4日 - 1971年(昭和46年)9月11日)は日本の政治家。福岡県知事(公選)を2期8年務めた。 1905年(明治38年)、学校法人鎮西学院院長などを務めた宗教家鵜崎庚五郎の四男として京都府京都市で生まれる。鎮西中学校、第二高等学校理科甲類を経て1928年(昭和3年)に東京大学農学部農経科卒業。卒業後、農林省に入省し、福島県農地部長や福岡地方経済安定局調整部長、福岡県知事室長などを歴任した。 1959年(昭和34年)4月に行われた福岡県知事選に出馬し当選。当時、全国で唯一の社会党公認知事として、日本のエネルギー政策の転換期において産炭地域であった福岡県が直面した問題に取り組んだ。
松下 正寿(松下 正壽、まつした まさとし、1901年〈明治… 松下 正寿(松下 正壽、まつした まさとし、1901年〈明治34年〉4月14日 - 1986年〈昭和61年〉12月24日)は、日本の元政治家、国際政治学者、著述家。第5代・6代・7代立教大学総長、元参議院議員(1期)、核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)初代議長、Ph.D(コロンビア大学)、正四位、勲二等旭日重光章受章。 極東軍事裁判では東条英機の弁護人を務めたほか、岸信介首相の特使として英国政府にクリスマス島の原水爆実験の中止要請を行った。強固な反共主義者としても知られ、民社党系の核禁会議の結成に尽力。1970年代以降、文鮮明を師と仰ぎ、世界平和教授アカデミー会長、世界日報論説委員、宗教新聞社社主を務めるなど統一教会の最高幹部として関連団体で要職を歴任した。
高木 吉之助(本姓:髙木、たかぎ きちのすけ、1897年(明… 高木 吉之助(本姓:髙木、たかぎ きちのすけ、1897年(明治30年)3月24日 - 1984年(昭和59年)11月21日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。衆議院議員。 京都府京都市出身。1918年(大正7年)京都高等工芸学校(現京都工芸繊維大学)を卒業した。 織物業を経営。近畿中小企業連絡協議会参与委員、西陣織物統制組合理事長、京都物産協会長、京都府商工会議所理事、西陣織物協同組合理事長、西陣織物同業会長、日本絹人絹織物同業会理事などを務めた。 また、京都市会議員に選出され、商工省物価局価格査定事務嘱託、京都府西陣地区物価監視委員長、生糸問屋審査専門委員なども務めた。1947年(昭和22年)4月の第1回参議院議員通常選挙で京都府地方区から民主党公認で出馬したが次点で落選。
吉川 末次郎(よしかわ すえじろう、1892年(明治25年)… 吉川 末次郎(よしかわ すえじろう、1892年(明治25年)12月1日 - 1976年(昭和51年)11月20日)は、大正末から昭和期のジャーナリスト、社会運動家、政治家、法学者。参議院議員(1期)。次男は元東映プロデューサー吉川進。 京都府京都市出身。吉川利兵衛の養子となる。京都薬学校(現京都薬科大学)卒を経て、1918年(大正7年)同志社大学政治科を卒業した。1920年(大正9年)から1922年(大正11年)にかけて欧米に留学し、コロンビア大学政経部大学院などで学んだ。ロイター通信記者、日米時報主筆、帝都復興院嘱託、東京市政調査会研究員などを務め、社会運動に従事した。 1926年(大正15年)社会民衆党創立に加わり、1927年(昭和2年)京都支部創立に伴い支部長に就任。
田中 和一郎(たなか わいちろう、1888年(明治21年)7… 田中 和一郎(たなか わいちろう、1888年(明治21年)7月 - 1950年(昭和25年)4月8日)は、日本の衆議院議員、厚生参与官。 京都府京都市出身。1919年(大正8年)、東京帝国大学法学部政治学科を卒業し、京都帝国大学大学院で都市社会政策を専攻した。大阪毎日新聞社に入社。その後、京都市会議員、同議長、京都府会議員に選ばれた。 1942年(昭和17年)、第21回衆議院議員総選挙に京都1区(当時)から翼賛政治体制協議会の推薦を受け、出馬し、当選。幣原内閣で厚生参与官を務めた。 1946年(昭和21年)、推薦議員のため公職追放となった。追放中の1950年死去。 その他、京都ホテル株式会社取締役、内外出版印刷株式会社監査役、京都府教育委員長を務めた。
清水 仁三郎(しみず にさぶろう、1878年(明治11年)2… 清水 仁三郎(しみず にさぶろう、1878年(明治11年)2月19日 - 1951年(昭和26年)11月12日)は、日本の衆議院議員(立憲国民党)。建築家。実業家。 京都府京都市出身。建築家清水仁兵衛の二男として生まれ、同志社で学んだ。建築工学を学び、京都武徳殿の建築に参加した。宮内省・農商務省の委嘱を受け、1900年(明治33年)のパリ万国博覧会では日本建築・庭園模型を出品した。1902年(明治35年)、岩崎男爵家の設計技師となり、邸宅の設計を担当した。1910年(明治43年)の日英博覧会の際には、再び宮内省・農商務省の委嘱を受け日本庭園の設計を担当した。1911年(明治44年)、岩崎家の建築事務閉鎖に伴って独立し、清水建築工務所を開いた。
稲畑 勝太郎(いなばた かつたろう、1862年12月21日(… 稲畑 勝太郎(いなばた かつたろう、1862年12月21日(文久2年10月30日) - 1949年(昭和24年)3月30日)は、大正・昭和前期の日本の実業家、貴族院勅選議員。稲畑産業株式会社(創業時の名称は稲畑染料店)の創業者であり、染料、染色業界の発展に尽力した。また日仏文化交流に貢献しており、日本で初めてシネマトグラフを輸入して映画興行を行った人物としても知られる。正五位勲三等。
有栖川宮 熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう、天保… 有栖川宮 熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう、天保6年2月19日〈1835年3月17日〉- 明治28年〈1895年〉1月15日)は、江戸時代後期・明治時代の日本の皇族、政治家、軍人。雅号は初め泰山、後に霞堂。階級勲等功級は陸軍大将大勲位功二級。世襲親王家の有栖川宮第9代当主。 有栖川宮幟仁親王(霊元天皇玄孫)の第一王子で、幼名は歓宮(よしのみや)。生母は家女房の佐伯祐子。官職は任命順に、大宰帥、国事御用掛、政府総裁、明治政府総裁、東征大総督、兵部卿、福岡藩知事(後に県知事、県令)、元老院議官(後に議長)、鹿児島県逆徒征討総督、左大臣、陸軍参謀本部長、参謀総長、神宮祭主。 和宮親子内親王と婚約していたことで知られるが、徳川幕府の権力失墜に伴い、公武合体を余儀なくされた幕府が公武合体を国内外に誇示するための実績として和宮は降嫁し、徳川将軍第14代徳川家茂と結婚した。