前田 宝樹(まえだ ほうじゅ、2003年7月4日 - )は、… 前田 宝樹(まえだ ほうじゅ、2003年7月4日 - )は、日本のプロボクサー。兵庫県たつの市出身。姫路木下ボクシングジム所属。第8代OPBF女子東洋太平洋ライトフライ級王者。 小学生の頃より姫路木下ジムでボクシングを始め、全国U-15大会で2度優勝経験がある。 2021年4月4日、堺市産業振興センターにて17歳でプロデビューし、堀冴華に判定勝利。 2021年10月15日、プロ2戦目で初めて後楽園ホールのリングに上がり、安井千晶に判定勝利。 2023年3月30日、後楽園ホールにて佐山万里菜との女子日本フライ級王座決定戦に臨むが、三者ドローで初タイトルならず。 2023年11月5日、ドーム立川立飛にて日本王座を懸けて佐山との再戦を予定していたが、相手が前日計量で500g超過となったため試合中止になってしまった。
石原 翔太郎(いしはら しょうたろう、2002年1月4日 -… 石原 翔太郎(いしはら しょうたろう、2002年1月4日 - )は、日本の陸上競技選手。兵庫県たつの市出身。東海大学体育学部卒業、SGホールディングス所属。陸上競技部に所属し、専門種目は長距離走。 中学校はたつの市立龍野東中学校、高校は倉敷高等学校、大学は東海大学出身。 大学卒業後はSGホールディングスで競技を継続。
亀田 仁一路(かめだ じんいちろう、2001年〈平成13年〉… 亀田 仁一路(かめだ じんいちろう、2001年〈平成13年〉8月28日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。兵庫県揖保郡御律町(現:たつの市)出身。たつの市立御津中学校、兵庫県立姫路商業高等学校、関西大学卒業。旭化成陸上競技部所属。 地元のたつの市立御津中学校に入学。中学1年次に陸上競技を始める。中学卒業後は兵庫県立姫路商業高等学校に進学。高校の同級生には2023年世界陸上日本代表の砂田晟弥(SUBARU)、菅野大輝(埼玉医科大学グループ)がいた。西脇工高や須磨学園高、報徳学園高の壁に阻まれ高校3年間は個人種目で近畿大会に出場することは叶わなかった。ただ、高校3年次の11月に行われた近畿高校駅伝では3区区間2位、12月に行われた神戸市長距離記録会では14分25秒76を記録するなど3年の秋には度々レースで好成績を収めた。
福井 和樹(ふくい かずき、2001年6月13日 - )は、… 福井 和樹(ふくい かずき、2001年6月13日 - )は、兵庫県たつの市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC大阪所属。ポジションはミッドフィルダー(MF)。 京都産業大学在学中の2023年8月、2024年からのSC相模原への加入と2023年の特別指定選手登録が発表された。2023年9月2日のカターレ富山戦でリーグデビューを果たし、9月24日の福島ユナイテッドFC戦で初ゴールを果たした。 2026年、FC大阪へ完全移籍を発表。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
川口 うらら(かわぐち うらら、2000年12月5日 - )… 川口 うらら(かわぐち うらら、2000年12月5日 - )は、日本の自転車競技(マウンテンバイククロスカントリー、ロードレース)選手である。 兵庫県たつの市出身。たつの市立龍野西中学校、兵庫県立龍野高等学校を経て日本体育大学卒業。2017年、2018年アジアマウンテンバイク選手権大会ジュニアを二連覇し、2020年、2021年全日本マウンテンバイク選手権クロスカントリーU23とクロスカントリーエリミネーター(XCE)の二競技でも二連覇を達成、2021年はクロスカントリーショートトラック(XCC)とロードレースU23でも全日本ジャージを獲得し、全日本種目四冠となった。
野津 亜珠佳(のづ あすか、2000年5月23日 - )は、… 野津 亜珠佳(のづ あすか、2000年5月23日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 兵庫県たつの市出身。 2016年、兵庫県立龍野高等学校に進学。全国高校大会の出場経験はなく、2019年、一般入試で筑波大学に進学した。4年になった2022年、第70回黒鷲旗全日本選抜大会で活躍し、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する日立Astemoリヴァーレとヴィクトリーナ姫路から勝利を挙げてのベスト8進出に貢献した。2022/23シーズン、ヴィクトリーナ姫路の内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、大学卒業後に、ヴィクトリーナ姫路に入団した。
ヒロヤ(1998年〈平成10年〉5月7日 - )は、日本の男… ヒロヤ(1998年〈平成10年〉5月7日 - )は、日本の男性総合格闘家。兵庫県たつの市出身。JAPAN TOP TEAM所属。 兵庫県姫路市にある総合格闘技道場・華王州を拠点として、神戸の総合格闘技reliableでも練習を積み、2017年から2019年まで関西のWARDOGに出場。姫路時代は8戦3勝4敗1分けの戦績を残した。 格闘技経験1年目の時に朝倉未来宛に「朝倉未来選手の道場に入ったら強くなれますか」とDMを送り、「プロの世界は本当に厳しいです。覚悟があるなら来てください」と返信を受ける。2020年、「ドバイのオイルキング」ことアブドゥル・アサマーの援助のもとスタートした「朝倉未来1年チャレンジ」に応募し、西谷大成、畠山祐輔とともに選出される。
井戸 浩貴(いど こうき、1994年7月10日 - )は、日… 井戸 浩貴(いど こうき、1994年7月10日 - )は、日本の元陸上競技選手。兵庫県新宮町出身。早稲田大学商学部卒業。 兵庫県立龍野高等学校、早稲田大学出身。 早稲田大学には一般入試で入学した。 3年時の第92回箱根駅伝では9区を担当。4位から順位を上げることはできなかったが、3度目の箱根駅伝で初めての区間賞を獲得した。 4年時の第93回箱根駅伝では7区を担当。早稲田大学は往路で1位の青山学院大学とは33秒差だったが、6区で2分08秒差まで広げられる展開となり、井戸に襷が渡る。トップを走る青山学院大学の田村和希が脱水症状で終盤に急失速し、1分21秒差まで詰め寄ったが、トップに立つには至らず。個人では区間賞とは11秒差で区間3位だった。
満田 美紀(みつだ みき、1992年4月6日 - )は、日本… 満田 美紀(みつだ みき、1992年4月6日 - )は、日本の元女子プロボクサー。兵庫県たつの市出身。東洋大学附属姫路高等学校、高岡法科大学卒業。姫路木下ボクシングジム所属。第2代日本女子フェザー級王者。 小学校から打ち込んだ柔道で3段で実力をもち、大学では全国大会出場。 大学卒業後にボクシングに転向。 2016年3月20日、稲森綾子戦でデビューしKO勝利。 しかし、2戦目以降は奥田朋子、藤原芽子と交互に2戦ずつ対戦し4連敗。 2017年10月8日、広島のNTTクレドホールにて和田茜に判定で勝利再起。 2018年5月3日、森田綾をTKOで降し2連勝。 8月19日、石川県産業展示館にて神成麻美と対戦するが、3回TKO負け。
山本 剛之(やまもと たかゆき、1987年6月20日 - )… 山本 剛之(やまもと たかゆき、1987年6月20日 - )は、日本のスプレーアーティスト、スプレーアート専門店グランローヴァ代表。兵庫県たつの市出身。身長180cm、体重73kg、血液型O型、双子座、うさぎ年。岡山県作陽高等学校、関西国際大学出身。 小学5年生まで兵庫県明石市に住んでいた。父親の仕事の都合で兵庫県たつの市へ引っ越し中学3年生まで生活。 岡山県作陽高校サッカー部へ入部するもチームが全国大会に出場していながら自身はレギュラーになれなかったことから挫折。小学1年生の時から夢だったプロサッカー選手になることを諦めた。 関西国際大学卒業を経てスポーツクラブへ入社。こどもたちを対象としたサッカー指導員として働く。
溝口 香奈(みぞぐち かな、1985年7月30日 - )は、… 溝口 香奈(みぞぐち かな、1985年7月30日 - )は、兵庫県たつの市出身の女子競輪選手。本姓は魚屋。日本競輪選手会大分支部所属(デビュー当初は奈良支部所属)、ホームバンクは別府競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第108期生。師匠は中川武志(60期)。夫は同じく競輪選手の魚屋周成(99期)。弟子は安東莉奈(122期)。 3人きょうだいの一番上(ほかに妹、弟)で、兵庫県立大学付属高校時代は硬式テニス部、大阪芸術大学時代はアイスホッケー部に所属していた。大学卒業後、日本写真判定(現・JPF)に就職、そこでガールズケイリン1期生を知り競輪に興味を持ちガールズサマーキャンプに参加、競輪選手を目指すようになった。
森川 浩恵(もりかわ ひろえ、1985年6月3日 - )は、… 森川 浩恵(もりかわ ひろえ、1985年6月3日 - )は、日本の箏奏者、歌手。兵庫県龍野市(現たつの市)出身。 3歳より母に箏を学び、6歳より父に尺八を学ぶ。その後横山勝也から演奏法、音楽の基礎知識、思想を学ぶ。1998年全国小中学生箏曲コンクール最優秀賞、牧本賞受賞、団体戦含めて複数回文部大臣賞(現文部科学大臣賞)受賞。くすのき芸文の里筝曲コンクール全国1位など受賞。2000年、日蘭修好400年記念コンサートに邦楽の代表として参加。2002年3月に発売されたデビューアルバムは純邦楽では異例の一万枚を超すセールスを記録した。近年は国内外のイベントに参加。音楽の教科書に掲載されるなど、教育に尽力している。
ホーザン(1983年12月17日 - )は、兵庫県たつの市出… ホーザン(1983年12月17日 - )は、兵庫県たつの市出身のお笑い芸人。ニュースタッフエージェンシー、漫才協会所属。本名は宝山 直史(ほうざん なおひと)。 1983年(昭和58年)12月17日、現在の兵庫県たつの市に生まれる。兵庫県立太子高等学校卒業。デビュー当初は本名で活動していたが、後に現在の芸名に改名した。[要出典] ピン芸人として活動したのち、2008年(平成20年)1月に年上の木谷臣吾(きたに しんご、1981年12月14日生まれ、大阪府出身)とともにお笑いコンビ・大車輪(だいしゃりん)を結成。その解散後の2009年(平成21年)1月、今度は年下の栗焼力裕(くりやき りきひろ、1984年8月7日生まれ、福岡県北九州市出身)とともにお笑いコンビ・ワイルドカードを結成。
高野 容輔(こうの ようすけ、1983年10月29日 - )… 高野 容輔(こうの ようすけ、1983年10月29日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属する元騎手・現調教助手。 戸籍上の表記は旧字体が含まれた髙野であるが、JRAでは旧字体等での登録を禁じている為、新字体の高野に修正して登録される。 現役当時、美浦に高野和馬(姓の読み方は「たかの」)がいたため、フルネームでの表記が出来ない一部の新聞上での表記は「高野容」となっていた。 競馬とは無縁の家庭で育ち、中学時代の1997年にシルクジャスティスが勝った有馬記念をテレビで見て騎手を志すようになるも、両親の反対に遭い1回限りという約束で受験した競馬学校に合格。競馬学校課程第18期生として卒業し、2002年3月に騎手免許を取得。
薮田 翔一(やぶた しょういち、1983年8月17日 - )… 薮田 翔一(やぶた しょういち、1983年8月17日 - )は、日本の現代音楽、クラシック音楽、ポピュラー音楽、電子音楽の作曲家。実姉はオペラ歌手の薮田瑞穂。 兵庫県揖保郡御津町(現・たつの市)出身。御津町立御津中学校、兵庫県立龍野高等学校、東京音楽大学を経て、2011年同大学大学院修了。2001年より東京音楽大学入学までの2005年まで、作曲理論、ソルフェージュを飯塚邦彦に師事。東京音楽大学入学1年前(2004年)より、作曲を有馬礼子に師事。東京音楽大学入学後、同大学院修了までの6年間に藤原豊(2005年)、糀場富美子(2006年)、西村朗(2007年~2011年)らを中心として師事。その他大学院在学中に、東京音楽大学作曲科の担当教員以外からもレッスンを受講が可能となるシステムにより、池辺晋一郎、細川俊夫からも定期的にレッスンを受け師事。
小坂 忠士(こさか ただし、1983年2月7日 - )は、J… 小坂 忠士(こさか ただし、1983年2月7日 - )は、JRA・栗東トレーニングセンターに所属の騎手。 1998年、JRA競馬学校騎手課程に第17期生として入学する。同期の騎手には川島信二、大庭和弥、田中亮、平沢健治らがいる。 2001年、JRA競馬学校騎手課程を卒業し騎手免許を取得する。デビュー時の所属は境直行厩舎だった(兄弟子は石橋守、藤田伸二、荻野要。ただし小坂と同時に所属したことはない)。3月3日、初騎乗となった阪神4レースでは、1番人気だったキクノプロスパに騎乗して2着となったが、同日第7レースで騎乗した2番人気のブリッジシャトーで勝利しわずか2戦目でJRA初勝利を挙げる。3月6日には地方競馬に初騎乗。
家谷 和男(いえたに かずお、1977年8月25日 - )は… 家谷 和男(いえたに かずお、1977年8月25日 - )は、兵庫県たつの市出身の陸上競技選手・指導者。専門は長距離種目。 姫路商業高校卒業後、1996年に山陽特殊製鋼に入社。 2001年の全日本実業団ハーフマラソン大会で2位入賞。同年の東アジア競技大会では日本代表としてハーフマラソンに出場、優勝を飾る。 2005年の世界ハーフマラソン選手権では、日本代表としてトップの8位入賞。日本の団体3位に貢献した。同年のアジア陸上競技選手権では10000mに出場し5位に入賞している。 ニューイヤー駅伝では、2002年と2005年に当時の最長区間であった2区で区間3位と好走した。 2014年をもって現役を引退。
小河 正史(おがわ まさし、1977年2月3日 - )は、日… 小河 正史(おがわ まさし、1977年2月3日 - )は、日本の元男性声優。兵庫県たつの市出身。 所属事務所は81プロデュースだった。 2005年に声優業を引退した。 趣味・特技は野球観戦、つっこみ。 小河の引退後、持ち役を引き継いだ人物は以下の通り。
上田 文人(うえだ ふみと、1970年4月19日 - )は、… 上田 文人(うえだ ふみと、1970年4月19日 - )は、日本のゲームデザイナー、アートディレクター。兵庫県たつの市出身。『ICO』、『ワンダと巨像』を手掛けたのち、ソニー・コンピュータエンタテインメント (SCE)を退社。2014年、ジェン・デザインを立ち上げ、代表取締役を務める。 幼少のころから絵が好きで、得意意識も持っていたという。実家では犬や猫、リスザルやアヒルといったさまざまな動物を飼っており、幼いころから動物と触れ合う生活を送っていたことがのちのタイトルに活かされたのではないかと語っている。 最初に買ったゲーム機はセガ・マークⅢ。ファミコンと比べて発色数が多いことから「良い絵を体験できるのではないか」という考えが子どもながらにあったという。
加須屋 明子(かすや あきこ、1963年 - 2025年11… 加須屋 明子(かすや あきこ、1963年 - 2025年11月24日)は、日本の美学者、芸術学者、美術史学者。ポーランド近現代美術研究者。夫は加須屋誠。 兵庫県たつの市生まれ。1986年京都大学文学部美学美術史学科卒、1989-1991年ヤギェロン大学(ポーランド・クラクフ)哲学研究所美学研究室留学。1991年同大学院博士課程満期退学、1991年国立国際美術館学芸員、2000年国立国際美術館学芸課主任研究官。2008年京都市立芸術大学准教授、2015年教授。2019年、ポーランドの文化勲章「グロリア・アルティス」受章。 2025年11月24日、転移性腎腫瘍・乳がんで死去。62歳没。
柴田 まゆみ(しばた まゆみ 1959年2月3日 - )は、… 柴田 まゆみ(しばた まゆみ 1959年2月3日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。 兵庫県たつの市出身で、龍野東中学校在学中にギター演奏を始め、兵庫県立龍野実業高等学校在学中はフォークソング部で活動する。18才の時にヤマハ神戸店で第14回ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)予選に応募し、自作曲「その時まで」でエントリーして東中国大会で作詞賞を受賞する。 「ぜひ来年も」と促され、高校卒業記念に創った曲を練り直した『白いページの中に』で1978年に応募した地方大会を勝ち抜く。第15回ポピュラーソングコンテストつま恋本選会で、長渕剛「巡恋歌」などとともに入賞する。本楽曲は1978年8月にヤマハ提供のラジオ・テレビ番組「コッキーポップ」のオープニングテーマに採用されるが、このシングル盤のみで事実上引退する。
三浦 陽一(みうら よういち、1955年 - )は、日本の歴… 三浦 陽一(みうら よういち、1955年 - )は、日本の歴史学者。専門は現代日本政治外交史。中部大学人文学部名誉教授。 中部大学国際人間学研究所長、延世大学校国際学部客員教授等を歴任。 兵庫県たつの市出身。兵庫県立姫路西高等学校卒業、東京大学文学部国史学科卒業、ウィスコンシン大学歴史学部大学院修士課程修了、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。藤原彰らの指導を受けた。岐阜大学留学生センター助教授を経て、中部大学人文学部歴史地理学科教授、中部大学国際人間学研究所長。2025年名誉教授。
山本 実(やまもと みのる、1952年〈昭和27年〉4月26… 山本 実(やまもと みのる、1952年〈昭和27年〉4月26日 - )は、日本の政治家。兵庫県たつの市長(3期)。 兵庫県たつの市出身。兵庫県立龍野実業高等学校(現・兵庫県立龍野北高等学校)卒業後、龍野市役所に入庁。下水道部長、総務部長などを歴任した。また、龍野実業高校在学中よりサッカーを始め、現在は龍野フットボールクラブの代表を兼任しサッカー指導者として活動する他、西播磨サッカー協会やたつの市サッカー協会の理事長などを務めている。 2013年(平成25年)10月20日に行われたたつの市長選挙に出馬するが、新人で元兵庫県議会議員の栗原一に敗れ落選。2014年(平成26年)4月、たつの市議会議員に初当選。
播竜山 孝晴(ばんりゅうやま たかはる、1951年5月4日 … 播竜山 孝晴(ばんりゅうやま たかはる、1951年5月4日 - )は、兵庫県龍野市(現・同県たつの市)神岡町出身で三保ヶ関部屋に所属した元大相撲力士。本名は田口 孝晴(たぐち たかはる)。現役時代の体格は178cm、145kg。最高位は西小結(1978年11月場所)。得意手は右四つ、突き、押し、寄り、出し投げ。 引退後は年寄・待乳山として後進の指導に当たった。 龍野市立神岡中学校在学時より相撲を始め、創設されたばかりの同中学校の相撲部では、主力選手として活躍した。 三保ヶ関親方(元大関・初代 増位山)の熱心な勧誘を受けて中学在学中に三保ヶ関部屋へ入門し、1966年11月場所で初土俵を踏んだ。 当初の四股名は、故郷の川に因んだ「揖保川」。
丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月2… 丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月23日 - )は、日本の元政治家、元法務官僚、弁護士(登録番号:13673、第一東京弁護士会)、タレント、演歌歌手。自由民主党所属の前参議院議員(2期)。弁護士法人丸山総合法律事務所代表。 兵庫県揖保郡新宮町(現たつの市)出身。現在、東京都在住。A型。身長166cm。家族は妻と長女。 兵庫県立龍野高等学校を経て1969年に早稲田大学法学部を卒業。国家公務員上級甲種試験に合格し、法務省職員となる。1970年に司法試験に合格。1976年4月にはワシントン大学ロースクールに入学。卒業後、ロサンゼルスの法律事務所に3年間勤務。1980年に日本に帰国。
井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10… 井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。兵庫県知事(第48代-第52代)として兵庫県政史上最多の5期20年の任期を務めた。 5期目の当選を決めた第19回兵庫県知事選挙(平成29年7月2日投開票)では、県下52選挙区のうち、唯一尼崎市選挙区(対立候補である勝谷誠彦の出身地)を除く51の選挙区で最多得票であった。 知事退任後、公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構特別顧問。兵庫県副知事(1996年 - 2001年)、関西広域連合連合長(初代)なども歴任した。 兵庫県揖保郡新宮町(現・たつの市)出身の神奈川県横浜市育ち。材木の仲介等をおこなっていた父の仕事の関係で、小学校3年生の時に横浜に転居。
堂野 夢酔(どうの むすい、1944年(昭和19年)8月18… 堂野 夢酔(どうの むすい、1944年(昭和19年)8月18日 - )は、日本の水墨画家。本名・堂野修吾。血液型B型。 出生地は父の赴任先であった兵庫県有馬郡三田村(現・三田市)であるが、終戦とともに一家は本籍地の兵庫県揖保郡越部村(現・たつの市)に帰郷したため、夢酔本人は「三田の記憶はなく母や姉から三田時代は話で知るのみです。」としている。新宮町立越部小学校・新宮町立新宮中学校・兵庫県立龍野高等学校を経て大阪工業大学機械科卒業。 1966年(昭和41年)の姫路大博覧会で見た硬貨計算機に興味を覚えその製造元であった国栄機械(現・グローリー株式会社)に入社。第二検査係、三井造船玉野出向を経て企画・開発部門で主に銀行向けOEM製品の開発等に従事、1978年(昭和53年)より東京事務所所属となり東京と姫路を往復する勤務を続ける。
堀 晃(ほり あきら、1944年6月21日 -)は、日本の小… 堀 晃(ほり あきら、1944年6月21日 -)は、日本の小説家、SF作家。 兵庫県たつの市(旧龍野市)生まれ。創作落語も手掛けるが、作品数は少ない。宇宙作家クラブ会員。日本SF作家クラブの会員だったが、2014年現在は退会している。兄の堀龍之は松下通信工業常務取締役となったが、ともにSFファンであり、SF作品の共作多数。 高校時代からSFファンとして活動。大学卒業後は、繊維メーカー敷島紡績(のちにシキボウ)勤務と並行して同人作家活動を行い、SFを書き続けてきた、いわゆる兼業作家であった。筒井康隆主宰の同人誌「NULL」(旧新 いずれも)への複数の作品の掲載や、後に「イカロスの翼」と改題され商業誌デビューとなった作品は自身の同人誌から「宇宙塵」に転載されるなど、プロデビュー以前からファンダムの中でもプロの目に触れる所で評価されていた。
前田 陳爾(まえだ のぶあき、1907年〈明治40年〉11月… 前田 陳爾(まえだ のぶあき、1907年〈明治40年〉11月22日 - 1975年〈昭和50年〉7月3日)は、囲碁の棋士。兵庫県出身、日本棋院所属、九段、本因坊秀哉門下。詰碁創作の大家として知られ、「詰碁の神様」と称される。1947年囲碁新社結成。棋風は接近戦を得意とする力戦型で「攻めの前田」とも言われる。第1期王座戦準優勝、第1期最高位戦リーグ3位など。随筆での毒舌でも知られた。 兵庫県揖保郡新宮町(現たつの市)に生まれる。10歳頃に囲碁を始め、1920年に神戸に在住していた鳥居鍋次郎三段に師事、続いて久保松勝喜代五段に入門。1922年に久保松の推薦により、上京して本因坊秀哉の内弟子となる。中央棋院及び若手棋士の研究会である六華会に所属。
鹿島 守之助(鹿嶋 守之助、かじま もりのすけ、明治29年(… 鹿島 守之助(鹿嶋 守之助、かじま もりのすけ、明治29年(1896年)2月2日 - 昭和50年(1975年)12月3日)は、日本の外交官、実業家、政治家、参議院議員(3期)。位階は正三位。北海道開発庁長官(第14代)、外交史研究家。文化功労者。法学博士。鹿島建設会長。鹿島建設「中興の祖」。戦前よりアジアの地域統合「パン・アジア」(汎アジア)を提唱し、生涯にわたりその思想のもとに行動する。旧姓永富(ながとみ)。 兵庫県揖保郡半田村新在家(のちたつの市揖保川町新在家)に父・永富敏夫、母・くわんの四男として生まれた。 父・敏夫について、鹿島守之助の『私の履歴書』によれば、「明治8年(1875年)父敏夫が、わずか12歳の年少の身で家督をついだ時には、さしも広大を誇った永富家の所有田地も、30町歩余に激減し、倉に残されていた100余振りの刀剣も、そのほとんど目ぬきの金が無残に切りとられて、売り払われていた。
西田 正雄(にしだ まさお、1895年(明治28年)10月2… 西田 正雄(にしだ まさお、1895年(明治28年)10月26日 - 1974年(昭和49年)3月19日)は、日本の海軍軍人。海兵44期恩賜・海大26期恩賜。最終階級は海軍大佐。 1895年(明治28年)10月26日、兵庫県揖保郡神岡村東嘴崎(現たつの市神岡町)に生まれる。小学校のころより抜群の成績を誇った。旧制龍野中学校でも成績はトップであり、龍野中学校のクラスメートであった哲学者の三木清でさえも次席でついに西田を抜くことができなかった。また『陸の田中、海の西田』(田中とは、終戦時の第12方面軍司令官 兼 東部軍管区司令官であった田中静壱陸軍大将〈陸士19期恩賜・陸大28期恩賜〉)と並び評された。
三木 露風(みき ろふう、1889年6月23日 - 1964… 三木 露風(みき ろふう、1889年6月23日 - 1964年12月29日)は、日本の詩人、童謡作家、歌人、随筆家。本名は三木 操(みき みさお)。異父弟に映画カメラマンの碧川道夫がいる。国木田独歩の曾祖母が三木家出身。その縁もあり1912年『独歩詩集』を刊行した。早稲田詩社結成に加わり、『廃園』(1909年)を刊行。ほかに詩集『寂しき曙』(1910年)、『白き手の猟人』(1913年)など。 近代日本を代表する詩人・作詞家として、北原白秋と並んで「白露時代」を築いた。若き日は日本における象徴派詩人でもあった。 1889年(明治22年)6月23日、兵庫県揖西郡龍野町(現・たつの市)に父・三木節次郎、母・かたの長男として生まれた。
柴原 亀二(しばはら かめじ、慶応2年8月4日(1866年9… 柴原 亀二(しばはら かめじ、慶応2年8月4日(1866年9月12日) - 昭和10年(1935年)3月)は、明治から昭和にかけての官僚・翻訳家・弁護士。養父は龍野藩士で明治維新後千葉県令・貴族院議員などを務めた柴原和。号は楫川(いつせん)。 龍野藩士・森井栄の長男として播磨国龍野(現在の兵庫県たつの市)に生まれる。18歳の時、叔父の柴原和の養子となった。明治21年(1888年)に東京帝国大学法科を卒業、翌年からヨーロッパに留学してケンブリッジ大学を卒業し、イギリス・フランス・ドイツなどで法律学を学ぶ。留学中に明治24年(1891年)に帝国大学卒業者の資格によって法制局に試補される。明治28年(1895年)に帰国後、一旦弁護士を開業するが、翌年台湾総督府参事官となり、後に台南県鳳山支庁長に転じる。
大上 宇市(おおうえ ういち、1865年5月17日(慶応元年… 大上 宇市(おおうえ ういち、1865年5月17日(慶応元年4月23日) - 1941年(昭和16年)5月21日)は、日本の博物学者、植物学者。研究報告などの署名には通称として用いていた大上宇一(おおがみ ういち)の表記も多数見られる。号に嶺海、山海子がある。 5歳のときに母と生別し、8歳で篠頭小学校(現・たつの市立香島小学校)に入学するも病弱のため12歳で中退。 少年から青年時代にかけて独学で、薬草採取を通じて動植物を中心とした本草学・博物学に興味を深く持ち、標本の採集に没頭する。『動物学雑誌』や『介類雑誌』、『昆虫世界』、『博物学雑誌』、『日本農業新誌』、『農業雑誌』、『植物学雑誌』などをはじめ多数の学術誌に、採集報告を寄稿しつづけながら動植物の調査結果を独力でまとめ、一生を兵庫県揖保郡香島村篠首(現・たつの市)で過ごした。
堀 豊彦(ほり とよひこ、1862年12月1日〈文久2年10… 堀 豊彦(ほり とよひこ、1862年12月1日〈文久2年10月10日〉 - 1932年〈昭和7年〉7月10日)は、明治から昭和初期の実業家・政治家。衆議院議員。 播磨国揖東郡、のちの兵庫県揖東郡小宅村(揖保郡小宅村、龍野町、龍野市を経て現たつの市)で、農業・堀甚三郎の息子として生まれる。郷学で学び、その後、1878年(明治11年)大阪の儒学者・藤沢南岳に師事し漢文学を学んだ。 帰郷して、家業の農業に従事。自由党に加わり、その党勢拡大に尽力。1898年(明治31年)8月、第6回衆議院議員総選挙(兵庫県第8区、憲政党)で初当選。1904年(明治37年)2月、兵庫県会議員に選出され、1906年(明治39年)に再選されたが、実業界に専念するため1907年(明治40年)県議を辞職した。
前田 黙鳳(まえだ もくほう、嘉永6年(1853年)3月 -… 前田 黙鳳(まえだ もくほう、嘉永6年(1853年)3月 - 大正7年(1918年)11月19日)は、播州龍野(兵庫県たつの市)生まれの書家。名は圓、字は士方、黙鳳は号で、別号に龍野人がある。 明治から大正時代に活躍した書家で、書道会の発足や会報の発行に尽力し、展覧会の開催や法帖類などの古典資料の普及に努め、近代書道界の発展に大きく貢献した。作品には古銅器の銘文を臨書したものなど篆書体が多くあり、また六朝風の楷書体も得意とした。 嘉永6年(1853年)播州龍野藩士、前田忠作の次男として生まれる。20歳で上京し、明治9年(1876年)書肆博文社の手代となった。明治15年(1882年)京橋南鍋町に自ら書肆鳳文館を開き、『資治通鑑』・『佩文韻府』などの翻刻刊行を行った。
肥塚 龍(こいづか りゅう、嘉永元年1月10日(1848年2… 肥塚 龍(こいづか りゅう、嘉永元年1月10日(1848年2月14日) - 大正9年(1920年)12月3日)は、東京府知事、新聞記者の民権活動家。 自由民権運動に関し、大胆で新しい言論活動で注目を集めていた。 中島村(現・たつの市)の農家に生まれるが、武士たちが農民・町人を罵倒する現実に疑問を感じ、僧侶として身を立てるため14歳で網干にある大覚寺に入り、小坊主になり山空和尚の指導を受ける。後に京都に行き、賀茂神社の宮司の山本硯儒、高倉西念寺の諦導和尚に師事するが、明治維新の社会変動を目の当たりにする中で、東京に出ることを決意する。 東京曙新聞を経て横浜毎日新聞で急進的な民権論を訴え言論活動で注目を集めると、国会開設に伴い代議士を志す。
武内 維積(たけうち いせき、1846年3月22日(弘化3年… 武内 維積(たけうち いせき、1846年3月22日(弘化3年2月25日)- 1903年(明治36年)11月7日)は、明治期の日本の検察官、内務官僚。官選佐賀県知事。位階および勲等は従四位・勲四等。幼名は検一郎。 播磨国揖西郡龍野(現兵庫県たつの市)出身。武内宇三郎の二男として生まれる。林田藩儒・河野鉄兜に学んだ。 1883年12月27日、検事に任官。その後、内務省に転じ、内務権少書記官、大阪府少書記官、同書記官、大分県書記官、愛媛県書記官、宮城県書記官などを歴任。1892年2月、第2回衆議院議員総選挙に兵庫県第8区から出馬するが落選。 1897年4月、第2次松方内閣により佐賀県知事に任じられた。
柴原 和(しばはら やわら、天保3年2月7日(1832年3月… 柴原 和(しばはら やわら、天保3年2月7日(1832年3月9日)- 明治38年(1905年)11月29日)は、幕末期播磨国龍野藩出身の志士。明治維新後は新政府に出仕して、初代の千葉県令や貴族院勅選議員などを務める。字は士節。幼名は宗吉、後に順治。雅号は靖盧・此木山。養子(甥)に翻訳家・弁護士の柴原亀二がいる。大槻磐渓、安井息軒、梁川星巌などに学ぶ。 龍野藩の下級武士柴原左五七の三男(6人兄弟)として生まれる。幼い頃に同藩士の梅原松之助の養子となるが、少壮気鋭の性格が養父の機嫌を損ねて離縁された。しかし、藩首脳はその才能を評価し、遊学を許されて江戸で大槻磐渓・安井息軒、京都で梁川星巌、大坂で落合雙石・後藤松陰、大和国で森田節斎に学んだ。
北磻磨 聖也 は、兵庫県龍野市 出身で山響部屋(入門時は北の… 北磻磨 聖也 は、兵庫県龍野市 出身で山響部屋(入門時は北の湖部屋)所属の現役大相撲力士。本名は嶋田 聖也。身長181.0cm、体重131.0kg、血液型O型、得意手は突き、押し。最高位は東前頭15枚目(2016年7月場所)。いわゆる「花のロクイチ組」の1人。