後藤 昭次(ごとう しょうじ、1931年 - )は、日本のア… 後藤 昭次(ごとう しょうじ、1931年 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。 立教大学英文学大学院博士課程満期退学。立教大学助教授、教授、1997年定年退任、名誉教授。 立教大教授(アメリカ文学)の後藤和彦(1961 - )とは無関係。
職業が翻訳家:1,609人
後藤 昭次(ごとう しょうじ、1931年 - )は、日本のア… 後藤 昭次(ごとう しょうじ、1931年 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。 立教大学英文学大学院博士課程満期退学。立教大学助教授、教授、1997年定年退任、名誉教授。 立教大教授(アメリカ文学)の後藤和彦(1961 - )とは無関係。
手塚 伸一(てづか しんいち、1931年 - )は、日本のフ… 手塚 伸一(てづか しんいち、1931年 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。 ジュール・ヴェルヌ、フランシス・ジャムなどを研究・翻訳した。 立教大学大学院中退、同大学助教授、教授、1997年定年退任、名誉教授。
久米 穣(くめ みのる、1931年 - 2006年1月)は、… 久米 穣(くめ みのる、1931年 - 2006年1月)は、日本の児童文学者、翻訳家、漫画原作者、脚本家。 久米元一の子として神奈川県鎌倉市に生まれる。文化学院文科卒業。主として児童文学の創作、再話を行い、シャーロック・ホームズシリーズや「怪盗ルパン」シリーズの少年向け翻訳も手がけた。漫画原作も多い。2001年日本児童文芸家協会特別賞を受賞。 久米みのる名義での執筆も存在する。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
高田 勇(たかた いさむ、1931年 - 2012年9月23… 高田 勇(たかた いさむ、1931年 - 2012年9月23日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。明治大学名誉教授。瑞宝中綬章受章(2010年)。 1931年生まれ。明治大学文学部を卒業し、同大学院文学研究科に進学。修士課程を修了。 1955年、母校の明治大学助手に採用された。講師、助教授、教授に昇格し、2002年に定年退任。学界では、日本ロンサール学会会長を2012年まで務めた。1996年、ランス・シャンパーニュ=アルデンヌ大学より名誉博士号を授与された。2012年9月23日、食道がんのため横浜市内の病院で死去。81歳没。 専攻はフランス・ルネサンスの文学で、関連する著書・訳書を多数上梓したほか、フランス語教育に関する著書なども手がけた。
吉田 新一(よしだ しんいち、1931年 - 2025年2月… 吉田 新一(よしだ しんいち、1931年 - 2025年2月24日)は、日本の児童文学研究者、翻訳家、教育者。立教大学名誉教授、日本女子大学元教授、日本イギリス児童文学会会長、絵本学会会長。日本におけるピーターラビットとビアトリクス・ポター研究の第一人者として、海外児童文学作品の翻訳も精力的に行い、海外児童文学の研究・教育と普及に貢献する。教え子に桂宥子、北野佐久子がいる。 1931年、東京に生まれる。立教大学文学部英米文学科卒業、同大学院文学研究科修了。 立教大学一般教育部教授となり、英米文学を教える。 1960年代後半、立教大学を含む日本の各大学で起こった学園紛争が収束に向かった頃、新カリキュラムの導入が進められるが、吉田の提案によって英米児童文学分野も新たに設けられ、授業を担うこととなる。
安達 昭雄(あだち あきお、1930年12月19日 - )は… 安達 昭雄(あだち あきお、1930年12月19日 - )は、日本の翻訳家。 京都府出身。京都学芸大学卒。筆名に安達 明穂。
波多野 裕造(はたの ゆうぞう、1930年12月18日 - … 波多野 裕造(はたの ゆうぞう、1930年12月18日 - 2017年2月17日)は、日本のジャーナリスト、外交官、翻訳家。位階は正五位。 京都府出身。1953年東京大学文学部卒、毎日新聞社に入り、政治記者、ワシントン特派員などを務める。 1976年に毎日新聞社を辞して外交官となり、エジプト、イギリス公使、カナダ・トロント総領事、カタール大使、アイルランド大使などを務めた。 1994年、外交官から転じて白鷗大学教授となり、2003年退任、名誉教授。2006年、瑞宝中綬章受章。 2017年2月17日に死去。86歳没。没後に正五位に叙された。
青木 栄一(あおき えいいち、1930年(昭和5)11月30… 青木 栄一(あおき えいいち、1930年(昭和5)11月30日 - )は、日本の翻訳家。 神奈川県横浜市出身。1953年東京教育大学文学部英米文学科卒業、北海道新聞社入社。同編集局、1965年ワシントン支局勤務、1968年論説委員を務めた。 1975年より東京水産大学助教授、同教授、1985年より共立女子大学文芸学部教授を歴任。国際政治・経済、近未来ものなど翻訳多数。
斉藤 忠利(さいとう ただとし、1930年11月10日 - … 斉藤 忠利(さいとう ただとし、1930年11月10日 - 2003年7月21日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 千葉県四街道町(現在の四街道市)出身。旧制千葉県立佐倉中学校(現在の千葉県立佐倉高等学校)、東京大学文学部を経て東京大学大学院を修了。一橋大学教授、日本女子大学教授を経て一橋大学名誉教授。一橋大学探検部初代顧問。 2003年7月22日、72歳で急性呼吸不全のため死去。
田中 倫郎(たなか みちお、1930年10月27日 - 20… 田中 倫郎(たなか みちお、1930年10月27日 - 2021年6月18日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。跡見学園女子大学名誉教授。 広島県生まれ。東京大学文学部卒。一貫してマルグリット・デュラスの作品を翻訳した。跡見学園女子大学教授を勤め、2001年定年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
山田 稔(やまだ みのる、1930年10月17日 - )は、… 山田 稔(やまだ みのる、1930年10月17日 - )は、日本の小説家、フランス文学者、翻訳家。 福岡県門司市(現:北九州市門司区)出身。1953年に京都大学文学部卒業。1954年京都大学人文科学研究所助手、1965年京都大学教養部講師、助教授、教授。1994年定年退官し名誉教授の称号を辞退する。 「日本小説をよむ会」や同人誌「VIKING」の活動に参加し、1982年「コーマルタン界隈」で芸術選奨文部大臣賞、1997年「ああ、そうかね」で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。小説・エッセイ・翻訳などの著書が多数ある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
北川 幸比古(きたがわ さちひこ、1930年10月10日 -… 北川 幸比古(きたがわ さちひこ、1930年10月10日 - 2004年12月25日)は、日本の児童文学作家、翻訳家、編纂家。 のちの東京都立豊多摩高等学校在籍時は中原中也や立原道造などの詩に傾倒し、自ら詩の雑誌を作るなどしていた。同級の友人であった谷川俊太郎は、それに影響され自らも詩作を行うようになった。 1954年に早稲田大学國文科を卒業した。児童雑誌『ぎんのすず』編集部に勤務した。 1956年頃から2年ほど的場書房という出版社を独りで経営していた。的場書房からは谷川の『絵本』(1956年)、寺山修司の第一歌集『空には本』(1958年)などを出版している。 その後、児童文学の道を歩み、1960年代から児童SFを執筆し、のちに詩集の編纂を多く手掛ける。
野村 修(のむら おさむ、1930年10月9日 - 1998… 野村 修(のむら おさむ、1930年10月9日 - 1998年4月23日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。京都大学名誉教授。 千葉県市川市生まれ。京都大学卒業。『新日本文学』に拠って、ブレヒト、ベンヤミンなどについて研究、翻訳。京大教養部助教授、教授、1994年定年退官、名誉教授。梅花女子大学教授。1998年肝不全のため死去。
古田 幸男(ふるた ゆきお、1930年9月28日 - 201… 古田 幸男(ふるた ゆきお、1930年9月28日 - 2014年4月8日 )は、日本のフランス現代思想の研究者、翻訳家、詩人。法政大学名誉教授。筆名に矢田 修。 東京生まれ。1945年海軍兵学校(78期)中退、1950年第一高等学校文科乙類卒業、1953年東京都立大学仏文科卒、1955年同大学院修士課程修了、1960年東京医科歯科大学非常勤講師、1961年法政大学第一教養部講師、1968年助教授、同年フランス留学、1970年教授、2001年定年退職、名誉教授。 2010年瑞宝中綬章受勲。 安士正夫に師事し、ルネ・ジラール、エドガール・モランなどを翻訳した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
田辺 保(たなべ たもつ、1930年9月26日 - 2008… 田辺 保(たなべ たもつ、1930年9月26日 - 2008年3月18日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。大阪市立大学名誉教授、岡山大学名誉教授。 京都府生まれ。1951年大阪外事専門学校卒業、1953年大阪外国語大学卒業、1959年京都大学大学院仏文科博士課程単位取得中退、1960年大阪外大助手、1961年講師、1961 - 1962年パリ大学へ留学、1965年大阪外国語大学助教授、1972年教授、同年岡山大学法文学部教授、1976年「パスカルの世界像」で京都大学より文学博士の学位を取得、1985年大阪市立大学教授、1993年定年となり名誉教授、神戸海星女子学院大学教授、2001年定年。1974年フランスより教育功労章シュヴァリエ受章(「田辺保教授の経歴と業績」『神戸海星女子学院大学研究紀要』2000)。
犬飼 和雄(いぬかい かずお、1930年9月25日 -202… 犬飼 和雄(いぬかい かずお、1930年9月25日 -2024年1月1日)は、日本の英文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 山梨県出身。東京大学大学院英文学専攻修士課程修了、高校教師をしながら小説を書き、1968年「緋魚」で文学界新人賞受賞。その後法政大学第一教養部助教授、社会学部教授。 古代史研究にのめり込み、「日本古代史の漢字が書かれた資料を読み解くためには、古代中国語の知識が必要」と実感。1989年、中国・四川省に渡り、四川大学の客員教授として研究に打ち込んだ。1996年定年退任後、中国文化研究所を作り所長を務める。 翻訳のほか、児童文学や、古代研究の著作がある。金原瑞人、赤木かん子の師匠。
中尾 明(なかお あきら、1930年9月23日 - 2012… 中尾 明(なかお あきら、1930年9月23日 - 2012年9月26日)は、日本の翻訳家、SF作家、児童文学者。 東京府生まれ。明治学院大学英文科卒業。日中児童文学美術交流センター会長、日本児童文学者協会理事、創作集団プロミネンス代表を務めていた。数多くの創作と翻訳(SF、推理小説など)がある。本名は長尾(旧姓:岡部)利男。 板橋区に六人弟妹の長男として生まれる。 1953年、明治学院大学を卒業後、秋田書店に編集者として入社。月刊誌『漫画王』の編集者として手塚治虫番(「ぼくのそんごくう」を担当)をするも結核になり、退職。その後はフリーのライターとして講談社『少年マガジン』などにかかわる。少年少女雑誌にノンフィクション、ルポ、ノベライズ、漫画原作(細野みち子「白鳥少女」少女フレンド連載)、ジュブナイルのSFやミステリーの翻訳にも手を染めるなど多方面の執筆活動を行い、創作でも代表作『黒の放射線』などを発表した。
岡本 文良(おかもと ぶんりょう、1930年9月12日 - … 岡本 文良(おかもと ぶんりょう、1930年9月12日 - 2008年1月21日)は、日本の児童文学作家、ノンフィクション作家、翻訳家。 茨城県生まれ。本名の読みは「ふみよし」。東京大学文学部卒。学研編集部勤務。書籍の編集にたずさわったのち、作家生活に入る。1971年より、児童文学、児童向けノンフィクション、海外作品の翻訳などを行う。
松下 裕(まつした ゆたか、1930年9月5日 - 2020… 松下 裕(まつした ゆたか、1930年9月5日 - 2020年8月17日)は、日本のロシア文学の翻訳家、文芸評論家。 朝鮮鎮南浦府生まれ。早稲田大学文学部露文科卒業。19世紀から20世紀のロシア文学研究者として、チェーホフ作品を翻訳。中野重治研究、二度の『中野重治全集』編集・校訂も行なった。 1998年、「評伝中野重治」で第7回やまなし文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
國弘 正雄(くにひろ まさお、1930年8月18日 - 20… 國弘 正雄(くにひろ まさお、1930年8月18日 - 2014年11月25日)は、日本の同時通訳者、翻訳家、文化人類学者、ニュースキャスター、政治家。「同時通訳の神様」と呼ばれ、外務大臣・首相を務めた三木武夫のブレーンとしても知られた。参議院議員を1期務め、護憲派として活動した。 現在の東京都北区に生まれる。東京府立六中(現・東京都立新宿高等学校)に入学するが、父親の転勤により、神戸一中(現・兵庫県立神戸高等学校)に転校する。同級生に小松左京と高島忠夫がいた。神戸空襲に遭い、親しくしていた知人の最期を看取った経験から、強い反戦思想を持つようになる。 中学時代、新渡戸稲造の伝記に感銘を受け、英語の猛勉強を開始した。
石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018… 石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018年3月20日)は、日本の詩人、英文学者、翻訳家。文教大学名誉教授。 山梨県甲府市生まれ。明治学院大学文学部英文科卒業。1967年に詩集『軍港』を上梓、1974年『離れ象』で日本詩人クラブ賞受賞。1996年、英米詩の翻訳業績により第21回地球賞受賞。立正女子大学助教授、校名変更で文教大学教授、図書館長を務め、2001年定年。2007年『遠いうた 拾遺抄』で日本詩人クラブ詩界賞受賞。ほかブライアン・オールディスの翻訳、詩の翻訳がある。 2018年3月20日午後8時20分、誤嚥性肺炎のため、埼玉県越谷市のグループホームで死去。87歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 200… 矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 2002年5月29日)は、日本の作家・詩人・翻訳家。早くから天才少女として注目され、没後は「不滅の少女」と呼ばれた。 教育学者・矢川徳光の5人姉妹の次女として東京府北豊島郡王子町大字王子312番地(現・東京都北区王子)に生まれ、生後まもなく、東京府北豊島郡高田町雑司ヶ谷7丁目1117番地(現・東京都豊島区雑司が谷)に転居。園児としてキリスト教系の幼稚園で過ごす。高田第五尋常小学校(現在の目白小学校)1年の時、1938年1月、東京市世田谷区新町に転居。深沢尋常小学校(現・世田谷区立深沢小学校)に転入。1943年、府立第十一高等女学校(現・東京都立桜町高等学校)に入学。
高橋 健(たかはし けん、1930年7月25日 - 2007… 高橋 健(たかはし けん、1930年7月25日 - 2007年3月1日)は、日本の編集者、児童文学作家、動物文学作家、翻訳家。本名は高橋健(タカハシ タケシ)。俳号は草風子。 岐阜県関市に生まれる。大阪府大阪市で育つ。 15歳で終戦を迎えるまでの5年間を、父の勤務地である上海で過ごす。1954年、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。早大在学中は早大童話会に所属、坪田譲治に師事。1955年平凡社に入社。 20年間の編集者生活ののち、1975年に退社し、以後作家生活に入る。この間、1973年動物雑誌「アニマ」を企画・創刊、初代編集長を務めた。また、1961年、コピー部門で朝日広告賞を受賞。 映画「キタキツネ物語」企画・原案を担当。
八木 敏雄(やぎ としお、1930年7月8日 - 2012年… 八木 敏雄(やぎ としお、1930年7月8日 - 2012年2月22日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。成城大学名誉教授。 福井県敦賀市出身。10歳ころ、天津日本芙蓉小学校に編入、天津日本中学校在学中に敗戦を迎え、1946年帰国、福井県立福井中学校に編入。学制改革により福井県立藤島高等学校卒、1953年東京外国語大学英米語学科卒業後に母校の藤島高等学校教諭を務め、1956年成城学園高等学校教諭。1969年より成城大学に勤務し、のち教授。2001年停年退職し名誉教授。 2010年瑞宝中綬章受章。 エドガー・アラン・ポー、ハーマン・メルヴィルを専門とし、多数の著書、翻訳を刊行。 2012年2月22日に心筋梗塞で死去。
原 卓也(はら たくや、1930年 <昭和5年> 7月3日 … 原 卓也(はら たくや、1930年 <昭和5年> 7月3日 - 2004年 <平成16年> 10月26日)は、日本のロシア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。位階は従三位。瑞宝中綬章。 1930年、東京に生まれ。東京都立北園高等学校を経て、1953年東京外国語大学ロシヤ語卒業。卒業後は文筆活動に入る。1966年、母校である東京外国語大学助教授に着任。1973年に教授昇進。1989年から1995年まで東京外国語大学学長を務めた。学界では、1993年より日本ロシア文学会会長を務めた。2004年死去。死没日付をもって従三位に叙され、瑞宝中綬章を追贈された。
橋口 稔(はしぐち みのる、1930年5月30日 -2020… 橋口 稔(はしぐち みのる、1930年5月30日 -2020年9月18日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学教養学部教授を経て、同名誉教授。 1930年、神奈川県で生まれた。東京大学教養学部英文科で学び、1953年に卒業。 卒業後は、東京大学教養学部助手に採用された。その後、専任講師、助教授、教授に昇格。1991年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は鶴見大学教授を務め、2001年に退職。 2020年に死去。墓は多磨霊園にある。 専門は英文学で、20世紀の英国文学を専門とした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
後藤 信幸(ごとう のぶゆき、1930年4月7日 - 201… 後藤 信幸(ごとう のぶゆき、1930年4月7日 - 2017年8月)は、日本のフランス・ドイツ文学者、詩人、翻訳家。亜細亜大学教養部助教授、教授。 大分県竹田市(当時の住所は、大分県直入郡竹田町古町575番地)に生れる。 1936年熊本県玉名郡弥富村の尋常小学校、1942年竹田中学校、1944年学徒勤労動員(北九州の軍需工場)を経て、1947年広島高等師範学校文科に入学。10代後半はロシア文学、ドイツ文学に親しみ、18歳ころより短歌を創作、手書き歌集『昼の夢』(200首)を宮柊二に送る。19歳頃より詩作。1960年、慶應義塾大学の通信教育で学ぶ。1965年慶應義塾大学文学部仏文科卒、学部論文は「シュペルヴィエルにおける詩的体験 - 記憶と忘却 -」。
多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003… 多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003年1月23日)は、日本の詩人・随筆家・翻訳家・フランス文学者。福岡県福岡市の博多(現・博多区)出身。本名、加藤智満子。 銀行員だった父の転勤に伴い、幼少期を京都、東京などで過ごす。小学校5、6年で『プルタルコス英雄伝』や『平家物語』を愛読し、15歳で滋賀県愛知川沿いに戦争疎開した際にプラトン、エピクテトス、セネカなどを携えるなど、少女時代から異才を放っていた。また、謡曲や歌舞伎にも親しんだ。桜蔭高等女学校を卒業後、東京女子大学外国語科で学び、矢川澄子と親交を結ぶ。卒業後に慶應義塾大学文学部英文科に編入学するも、結核に罹り半年間休学。病床での思索が自らの文学的出発点となった。
浅倉 久志(あさくら ひさし、本名:大谷善次、1930年3月… 浅倉 久志(あさくら ひさし、本名:大谷善次、1930年3月29日 - 2010年2月14日)は、日本の翻訳家。 SF作品の翻訳で著名であり、特にカート・ヴォネガット、フィリップ・K・ディック、ウィリアム・ギブスンの作品を多く翻訳している。 また、同業者の伊藤典夫と共に、R・A・ラファティ、コードウェイナー・スミス、ジェイムズ・ティプトリー・Jr.といった異色の実力派作家を日本に紹介した。カート・ヴォネガット・ジュニアの作品も、伊藤と分担して翻訳・紹介した。 日本の代表的な海外SF翻訳家の一人である。なお、エッセイ集によると日本から外に出たことはないという。日本SF作家クラブ会員。 大阪府大阪市出身。
尾崎 賢治(おざき けんじ、1930年3月26日 - 198… 尾崎 賢治(おざき けんじ、1930年3月26日 - 1984年8月12日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。本名は尾崎鑒治。 愛知県刈谷市生まれ。1955年上智大学大学院独文科修士課程修了、上智大学文学部助教授、教授。54歳で死去した。専門はドイツ近代演劇だが、ドイツの児童文学、山岳書などを多く翻訳した。
高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は… 高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 大阪市生まれ。1954年東京外国語大学スペイン語科卒。1957年同志社大学講師、1963年法政大学教養部講師、助教授、第一教養部教授。2001年定年退任、名誉教授。
厚木 淳(あつき じゅん、1930年3月9日 - 2003年… 厚木 淳(あつき じゅん、1930年3月9日 - 2003年5月19日)は、日本の翻訳家、編集者。厚木氏の末裔。 東京市日本橋生まれ。成城高等学校 (旧制)を経て、1952年、旧制京都大学経済学部2年在学中に創元社入社。1953年に同大学を卒業。東京創元社で編集者として『世界推理小説全集』などを担当。1959年、創元推理文庫を創刊。1963年、創元推理文庫にSF部門を設ける。編集者として働く傍ら、100冊近い翻訳も手がけた。 宮田昇は著書で「長身白皙の容姿に加えて、老人キラーといわれてもよい、育ちのよさから来る礼儀ただしさ、しかも裏表のないまっすぐな生一本さがあった」と回想している。 1967年取締役編集部長、編集顧問を経て、1981年に東京創元社を退職。
上田 公子(うえだ きみこ、1930年3月8日 - 2011… 上田 公子(うえだ きみこ、1930年3月8日 - 2011年7月22日)は、日本の翻訳家。 兵庫県神戸市生まれ。熊本県立女子専門学校英文科卒業。40代以後、英語の推理小説を翻訳した。 2011年、膵臓癌のため81歳で死去。 息子は宗教学者の上田紀行、義理の娘は武内陶子。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 199… 滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 1996年11月11日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。東京大学名誉教授。 東京出身。父は実業家の瀧田英二、母は元女優の花柳はるみ。第八高等学校、東京大学文学部仏文科卒、同大学院に学び、1957年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1990年、定年退官、名誉教授。現代フランス文学を中心に多くの翻訳をした。妹は瀧田あゆち。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
飯島 耕一(いいじま こういち、1930年2月25日 - 2… 飯島 耕一(いいじま こういち、1930年2月25日 - 2013年10月14日)は、日本の詩人、小説家、翻訳家。日本芸術院会員、元明治大学法学部教授。長男は建築評論家の飯島洋一。 岡山市生まれ。旧制第六高等学校時代、シュペルヴィエルに傾倒。1946年、初めて買った詩集は村上菊一郎訳の『惡の華』だった。翌1947年12月に初めて日本の詩人の書いた詩集、朔太郎の『青猫』を買った。1948年10月、創元選書の大岡昇平編『中原中也詩集』を買ったが、ここにはソネットや、四行四連の「定型詩」が多かった。 1949年に東京大学文学部仏文学科入学、1952年同大学を卒業。在学中、栗田勇らと『カイエ』を創刊する一方、1950 - 51年と鈴木信太郎の講義に出て、ヴィヨンの『大遺言詩』、マラルメのソネット、ヴァレリーの『若きパルク』の演習を受ける。
岩元 巌(いわもと いわお、1930年2月16日 - )は、… 岩元 巌(いわもと いわお、1930年2月16日 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。筑波大学、麗澤大学名誉教授。 大分県生まれ。1953年東京教育大学卒業。中央大学、東京学芸大学を経て筑波大学教授、1990年退官し麗澤大学教授、2003年退職。 バーナード・マラマッド、セオドア・ドライザーなどアメリカ小説を広く研究し、ジョン・アップダイク、ケン・キージーなどの翻訳で知られる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 201… 三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 2018年12月15日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。元明治大学教授。 愛知県名古屋市生まれ。1953年東京大学文学部仏文科卒。國學院大學講師などを経て、1966年に明治大学講師となり、1973年以降助教授、のち教授を2001年まで務めた。 モーリス・ブランショ『死の宣告』、ナタリー・サロート『見知らぬ男の肖像』、マルグリット・デュラス『ジブラルタルの水夫』といった前衛フランス文学のほか、ジョルジュ・シムノン、ジュール・ヴェルヌ、ジェラール・ド・ヴィリエなどの娯楽小説も多く訳した。1963年『内面の都市』で文藝賞佳作となったこともある。日本近代文学などの文芸批評もある。
野沢 協(野澤 協、のざわ きょう、1930年(昭和5年)2… 野沢 協(野澤 協、のざわ きょう、1930年(昭和5年)2月1日 - 2015年(平成27年)11月18日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。17・18世紀フランス思想史を専攻。 1930年、神奈川県鎌倉市生まれ。旧制浦和高等学校で学び、高等学校時代からの友人に出口裕弘、澁澤龍彦がいる。1953年、東京大学文学部仏文科を卒業。 1962年、(旧)東京都立大学人文学部仏文科助手に就いた。後に助教授、教授に昇進。1990年から2001年まで、駒澤大学外国語部教授をつとめた。2015年に死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
鼓 直(つづみ ただし、1930年1月26日 - 2019年… 鼓 直(つづみ ただし、1930年1月26日 - 2019年4月2日)は、日本の文学者・翻訳家。専門はラテンアメリカ文学。法政大学名誉教授。 朝鮮半島の馬山生まれ。少年時代をそこで過ごす。東京外事専門学校イスパニヤ語学科(現・東京外国語大学スペイン語科)で会田由に師事。1951年に卒業後、大阪のメーカーに会社員として7年間勤務。龍谷大学講師、神戸市外国語大学助教授、神奈川大学助教授を経て、1974年法政大学教授。2000年退職。2009年秋、瑞宝中綬章受章。2019年4月2日死去。 スペイン語専攻だが、ミゲル・アンヘル・アストゥリアスの長篇小説『緑の法王』の翻訳を皮切りに早くからラテンアメリカの新しい文学の翻訳に携わり、1970年代のラテンアメリカ小説ブームを支えた一人で、ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』など、著名な作品を訳し、ラテンアメリカ文学翻訳の第一人者だった。
新倉 俊一(にいくら としかず、1930年1月22日 - 2… 新倉 俊一(にいくら としかず、1930年1月22日 - 2021年8月23日)は、日本のアメリカ詩研究者、翻訳家。明治学院大学名誉教授。慶應義塾大学アート・センター訪問所員。 神奈川県三浦郡葉山町出身。1951年、慶應義塾大学法学部卒。明治学院大学大学院修了、フルブライト留学でミネソタ大学大学院修了。明治学院大学教授。1976年、文学部長。1981年、日本エミリ・ディキンソン協会会長。西脇順三郎に師事した。 日本エズラ・パウンド協会理事も務め、ディキンソン、パウンドなどのアメリカ詩人の研究者の育成を行った。エドワード・リアのノンセンス詩などを研究、翻訳もある。 2021年8月23日午前8時10分、老衰のため神奈川県逗子市の自宅で死去。
森川 俊夫(もりかわ としお、1930年1月7日 - 201… 森川 俊夫(もりかわ としお、1930年1月7日 - 2018年10月30日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。一橋大学名誉教授。トーマス・マンの作品を多く翻訳した。 東京生まれ。水戸高等学校卒、1953年東京大学文学部独文科卒業、熊本大学法文学部助手。1954年東大文学部助手。1957年電気通信大学専任講師。1961年一橋大学専任講師。西ドイツ・チュービンゲン大学に二年留学。1963年助教授。1971年教授。1992年定年退官、名誉教授、東京国際大学教授。2011年、瑞宝中綬章受章。 2018年10月30日、食道がんのため死去、88歳。叙正四位。
河野 一郎(こうの いちろう、1930年1月6日 - 202… 河野 一郎(こうの いちろう、1930年1月6日 - 2023年1月6日)は、日本の英文学者、比較文学者、翻訳家。東京外国語大学およびフェリス女学院大学名誉教授。専門は、19・20世紀イギリス小説、児童文学。20代から多くの英米文学を訳し、翻訳学校教師も務めた。 兵庫県芦屋市出身(大阪府出身とも)。1947年(昭和22年)東京高等師範学校附属中学校、1951年(昭和26年)東京外事専門学校卒業。1954年(昭和29年)東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業 。 1958年に一橋大学講師。1961年に東京外国語大学講師。1964年にカリフォルニア大学客員教授。1970年に東京外国語大学教授を経てフェリス女学院大学教授。
徳岡 孝夫(とくおか たかお、1930年〈昭和5年〉1月2日… 徳岡 孝夫(とくおか たかお、1930年〈昭和5年〉1月2日 - 2025年〈令和7年〉4月12日)は、日本のジャーナリスト、評論家、翻訳家。 大阪に生まれる。旧制北野中学を経て京都大学文学部英文科卒。1952年(昭和27年)、京都大学在学中に毎日新聞社に入社(正式採用は翌年の卒論提出後)。1955年(昭和30年)10月よりフルブライト奨学生としてアメリカのシラキュース大学に留学。社会部記者、バンコク特派員、編集次長、編集委員などを歴任した。横浜市港南区に在住した。 海外特派員としてイスラエル・中近東、ベトナム戦争などを取材した、定年を前に、1985年(昭和60年)学芸部編集委員をもって退社。 『サンデー毎日』記者時代の1970年(昭和45年)11月25日の三島事件の当日に、交流があった三島由紀夫から電話で依頼され、市谷本村町の市ヶ谷会館で、NHK記者だった伊達宗克と共に、楯の会関係者から手紙と檄文を託され、隣接する市ヶ谷駐屯地の東部方面本部総監室で起きた事件の目撃者となった。
前田 三恵子(まえだ みえこ、1930年 - )は、日本の児… 前田 三恵子(まえだ みえこ、1930年 - )は、日本の児童文学翻訳家。東京府生まれ。お茶の水女子大学英文科卒業。その後、米国で児童文学を研究し、英米児童文学を翻訳する。
蜂谷 昭雄(はちや あきお、1930年 - 1986年)は、… 蜂谷 昭雄(はちや あきお、1930年 - 1986年)は、日本の英文学者、翻訳家。 京都大学英文科卒、同大学院、大阪府立大学、大阪女子大学から、京大教養部助教授、教授。1983年、甲南女子大学教授。在職中に56歳で死去。 日本イギリス児童文学会創設メンバー。
守屋 陽一(もりや よういち、1930年 - 1999年)は… 守屋 陽一(もりや よういち、1930年 - 1999年)は、日本の翻訳家、英米文学者、株式評論家。 東京生まれ。慶應義塾大学英文科卒業。オスカー・ワイルド、ロバート・ルイス・スティーヴンソン、サマセット・モーム、F・スコット・フィッツジェラルドなどを翻訳していたが、50歳を過ぎてから株式投資の入門書を多く書き、一方ライマン・フランク・ボームの「オズの魔法使い」シリーズを訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松原 正 (まつばら ただし、1929年12月22日 - 2… 松原 正 (まつばら ただし、1929年12月22日 - 2016年6月8日) は、日本の英文学者、評論家、劇作家、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 自らも保守派でありながら、革新派は元より西部邁や西尾幹二ら保守派に分類される論客への厳しい批判で知られる。 東京都生まれ。1952年、早稲田大学第一文学部英文科卒業。学生時代より福田恆存に師事し、正字体、歴史的仮名遣で文章を書く。 早い時期から文藝評論家を目指し、高田保を通して福田の知遇を得た。のち英米演劇を専門にして翻訳のみならず幾つかの戯曲を発表、早稲田大学で教鞭をとることになる(文学部非常勤講師→社会科学部助教授→文学部教授)。 かつて『中央公論』などにも文章を発表、産経新聞にも寄稿したことがあるが、1980年代以降は主に『月曜評論』などのミニコミ誌に執筆していた(2004年8月号で同誌が廃刊)。
羽仁 協子(はに きょうこ、1929年11月5日 - 201… 羽仁 協子(はに きょうこ、1929年11月5日 - 2015年4月5日)は、日本の音楽教育家、翻訳家。 羽仁五郎と羽仁説子の娘、羽仁進の妹として東京府に生まれる。祖父母に当たる羽仁もと子・羽仁吉一夫妻が創設した自由学園で学ぶ。在学中に山本直純や林光らと共に音楽教育を受け、齋藤秀雄指揮教室にて指揮法を学んだ。同門には小澤征爾、久山恵子、秋山和慶らがいる。1949年自由学園高等科卒業。 1953年に渡欧。ウィーン滞在を経て、1958年ライプツィヒ音楽院指揮科卒業。同年よりハンガリーに移り住み、父・五郎を通じてコダーイ・ゾルターンに会う機会を得た。1959年から1967年までブダペスト大学(正式名はエトヴェシュ・ロラーンド大学、略称:ELTE)で日本語講師を務める。
山崎 庸一郎(やまさき よういちろう、1929年10月21日… 山崎 庸一郎(やまさき よういちろう、1929年10月21日 - 2013年7月21日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。学習院大学名誉教授。 1929年、東京生まれ。旧制学習院を経て、東京大学文学部仏文科で学ぶ。1953年に卒業。 卒業後は学習院大学フランス文学科助手となり、講師、助教授を経て教授に昇進。2000年に学習院大学を定年退職し、名誉教授となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大井 数雄(おおい かずお、1929年9月24日 - 198… 大井 数雄(おおい かずお、1929年9月24日 - 1986年5月3日)は、日本の翻訳家、人形劇制作者。 長野県小諸町(現・小諸市)出身。1949年東京教育大学在学中に学生人形劇団を組織。劇団人形座を運営したが、1963年に解散。1967年人形劇団カラバスを創設した。 1965年演劇教育賞受賞。ソ連の社会主義リアリズムの人形劇理論を翻訳した。 1959年人形座で上演した「春楡(チキサニ)の上に太陽」(脚本・深沢一夫)は、高畑勲監督のアニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』の原作となった。