薩摩 忠(さつま ただし、1931年1月29日 - 2000… 薩摩 忠(さつま ただし、1931年1月29日 - 2000年3月24日)は、日本の詩人、翻訳家、作詞家、放送作家。 童謡『まっかな秋』の作詞で知られる。 東京出身。慶応幼稚舎(小学校)で菊池知勇に学ぶ。慶應義塾大学仏文科卒。堀口大學、藤浦洸に師事。『風』『新詩潮』『詩帖』同人。1962年昆虫詩集『蝶の道』を刊行。1964年『海の誘惑』で室生犀星詩人賞受賞。昆虫など小動物を題材とした詩が多く、海外児童文学の翻訳・再話などもある。放送作家としてラジオの音楽番組の構成を担当したほか、シャンソンの訳詞も多く手がけた。 その他アンデルセン、グリムなどの再話 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
稲見 一良(いなみ いつら、1931年1月1日 - 1994… 稲見 一良(いなみ いつら、1931年1月1日 - 1994年2月24日)は、日本の小説家、放送作家。大阪府大阪市出身。 記録映画のマネージメントを務める傍ら、1968年文芸誌の新人賞に入選、しかし多忙のため作家活動に専念しなかった。テレビCF、記録映画のプロデューサを努める。 1985年肝臓癌の手術を受けるが全摘ができないと分かると、生きた証として小説家活動に打ち込むと周囲に宣言し、1989年『ダブルオー・バック』にて本格的に小説家デビュー。1991年『ダック・コール』にて数々の賞を受賞し期待されるも、1994年わずか9冊を残して癌のため没した。 作品は自身の趣味であった猟銃の知識を生かしたハードボイルドな推理小説で、少年の視点・目線やニヒリズムを取り入れたものであった。
内田 栄一(うちだ えいいち、1930年7月31日 - 19… 内田 栄一(うちだ えいいち、1930年7月31日 - 1994年3月27日)は、日本の小説家、劇作家、放送作家、脚本家、演出家、映画監督。 岡山県出身。実家は岡山市内の古書店。鎌倉アカデミア中退。 若い頃には安部公房に師事。新日本文学会に入会して小説家としてデビューする。1974年には金子正次らとともに、劇団東京ザットマンを旗揚げするなど、アングラ演劇の活動も盛んに行っていた。 1930年(昭和5年)、岡山市に生まれる。生家は老舗の古書店。1945年、中学三年生のとき、高射砲の弾を作る工場に動員される。岡山大空襲で家を失い、愛媛県などに疎開。15歳の夏に終戦。戦後は、高校に通いながら、詩作と小説執筆に熱中。
川崎 洋(かわさき ひろし、1930年1月26日 - 200… 川崎 洋(かわさき ひろし、1930年1月26日 - 2004年10月21日)は、日本の詩人、放送作家。東京都出身。 茨木のり子と「櫂」を創刊。明るい存在感溢れる詩風で、戦後詩に新鮮な叙情詩の世界を開いた。作品に詩集『はくちょう』(1955年)、『食物小屋』(1980年)、放送詩劇『魚と走る時』(1956年)など。 名前の洋は、『詩経』の「河川洋々」から取って、母方の祖父が名付けた。1944年福岡県八女郡に疎開。福岡県立八女中学校(現:福岡県立八女高等学校)卒業、父が急死した1951年に西南学院専門学校英文科(現:西南学院大学)中退。上京後は横須賀の米軍キャンプなどに勤務した。 1948年頃より詩作を始め、1953年5月茨木のり子と詩誌「櫂」を創刊。
野村 耕三(のむら こうぞう、1929年〈昭和4年〉10月1… 野村 耕三(のむら こうぞう、1929年〈昭和4年〉10月14日 - 2001年〈平成13年〉10月15日)は、日本の作詞家、放送作家、脚本家である。日本作詩家協会理事を歴任した。本名同、ペンネームに山野 良夫(やまの よしお)がある。 1929年(昭和4年)10月14日に生まれる。明治大学政治経済学部を卒業後、大蔵事務官に任官(昭和26年)、東京国税局 国税調査官などとして働いた経歴を持つ。 1960年(昭和35年)、西河克己監督、児井英生プロデュースの映画『俺の故郷は大西部』に本名で原作を提供、翌1961年(昭和36年)の野口博志監督、児井プロデュース作『早討ち無頼 大平原の男』以降、「山野良夫」名義で原案・原作を提供する。
高野 悦子(たかの えつこ、1929年5月29日 - 201… 高野 悦子(たかの えつこ、1929年5月29日 - 2013年2月9日)は、日本の映画運動家、岩波ホール総支配人、映画プロデューサー、放送作家、テレビドラマ演出家。 1929年(昭和4年)に満洲の大石橋に生まれた。太平洋戦争終戦前の1945年(昭和20年)5月、父親の郷里である富山県下新川郡桜井町(現・黒部市)に引き揚げ、魚津高等女学校(現・富山県立魚津高等学校)を卒業した。16歳の時に映画『キュリー夫人』を見て感銘を受け、職業を持って自立する決心をする。日本女子大学社会福祉学科に入学し、南博主任教授の下で「マスメディアと映画」を研究テーマとし、日本映画の観客の反応と内容分析と映画企業分析を行い、各新聞・雑誌に発表した。
水原 明人(みずはら あきと、1929年4月21日- 201… 水原 明人(みずはら あきと、1929年4月21日- 2016年8月10日)は、日本の放送作家。 東京生まれ。本名・石尾三治。早稲田大学文学部仏文科卒業。1954年より放送の脚本執筆の一方、同連盟脚本家教室の講師を長年務める。父方が代々江戸・東京育ちであることから江戸についての造詣は深い。東京家政大学やNHK学園で、江戸文化に関する講演・江戸旧跡めぐりを長期担当した。時代劇の人気ドラマ「必殺シリーズ」も手がけ、時代考証にも詳しい。主な作品に『ドブネズミ色の街』(NHK、モンテカルロ・テレビ映画祭賞)、『田之助変貌』(ニッポン放送、芸術祭優秀賞)、「おかあさんといっしょ」。日本放送作家協会常務理事、日本脚本家連盟理事。
前田 武彦(まえだ たけひこ、1929年〈昭和4年〉4月3日… 前田 武彦(まえだ たけひこ、1929年〈昭和4年〉4月3日 - 2011年〈平成23年〉8月5日)は、日本の男性タレント・放送作家・テレビ司会者。三桂所属。愛称はマエタケ。 1960年代、それまで台本を読み上げる形式が一般的だった放送司会に「フリートーク」「楽屋オチ」「世間話」といった手法を持ち込み、最盛期にはその毒舌と絶妙な話術から「フリートークの天才」と呼ばれた。 司会や脚本家のほか、作詞家として平井和正原作のアニメ『エイトマン』の主題歌の作詞(萩原哲晶作曲、克美しげる歌唱)もしている。血液型はA型。趣味はヨットで、ヨット関係の月刊誌に連載コラムをもっていた。 1929年、東京府東京市芝区(現在の東京都港区芝)に生まれる。
金子 俊彦(かねこ としひこ、1929年(昭和4年) - )… 金子 俊彦(かねこ としひこ、1929年(昭和4年) - )は、日本のテレビプロデューサー・放送作家。 1929年東京都生まれ。9歳のときに大阪府に転居。 1942年(昭和17年)に、大阪府立住吉中学卒業後、神戸経済大学(現・神戸大学)経営専門学部入学。 1949年(昭和24年)同大学を中退後、1955年に新日本放送(現・MBSメディアホールディングス)へ入社。 1965年に社名変更後の毎日放送テレビ制作部へ異動し、ディレクター・プロデューサーとして数々のクイズ番組を手掛けた。 その後毎日放送制作局テレビ制作部長を歴任し、1984年に同社を定年退職して以後、フリーの放送作家などに携わる。 1985年より泉放送制作の取締役大阪支社長も務めた後、株式会社イングスの社長も2001年まで務めた。
大津 皓一(おおつ こういち、1929年 - )は、日本の脚… 大津 皓一(おおつ こういち、1929年 - )は、日本の脚本家・放送作家。熊本県山鹿市大字山鹿出身。全州公立尋常小学校、全州公立南中学校、熊本県立鹿本中学校、文化学院大学部美術科卒業。
安倍 徹郎(あべ てつろう、1928年(昭和3年)8月29日… 安倍 徹郎(あべ てつろう、1928年(昭和3年)8月29日 - 2016年(平成28年)2月23日)は、日本の脚本家・放送作家。安部徹郎、阿倍徹郎とも表記される。 現在の東京都中野区の生まれ。 1948年に日本共産党に入党、入党当初は党の名誉回復運動を行っていたということや、1952年5月1日に発生した血のメーデー事件の時には現場に居合わせていたという一面も持つ。 1951年、早稲田大学第一文学部英文科卒業。カストリ雑誌『りべらる』編集部に入るが2年で倒産、それから約3年間、岩谷書店『宝石』など数社の出版社、編集部を転々としたのち大映脚本家養成所入所。ここにて池波正太郎の指導を受け、以後脚本においても池波作品を得意とするようになる。
宮腰 太郎(みやこし たろう、1928年4月13日 - 20… 宮腰 太郎(みやこし たろう、1928年4月13日 - 2009年5月6日)は、日本の文筆家、放送作家。東京府生まれ。本名:裕(ゆたか)。 生年を昭和4年(1929年)とするプロフィールもある。 (旧制)武蔵高等学校卒業、東京教育大学文学部中退。その後、雑誌編集者、映画脚本家(または映画監督)、コピーライターを経て、フリーライターとなる。1979年から2009年1月まで、TBSラジオの番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』の構成作家(筋書き作家)を務めた。担当番組については、パーソナリティ(口演)・小沢昭一との共著という形で書籍化された。 2009年5月6日、気管支肺炎のため、東京都町田市の病院で死去。
中沢 昭二(なかざわ しょうじ、1927年 (昭和2年) 1… 中沢 昭二(なかざわ しょうじ、1927年 (昭和2年) 12月9日 - )は、日本の脚本家、放送作家。 高知県出身。海南中学校(現・高知小津高等学校)卒業。日本放送作家協会会員。
尾崎 左永子(おざき さえこ、1927年11月5日 - )は… 尾崎 左永子(おざき さえこ、1927年11月5日 - )は、日本の歌人、随筆家、放送作家。歌誌「星座」主筆、エッセイスト・クラブ常務理事。本名は尾崎磋瑛子(読みは同じ)。夫は慶應義塾大学経済学部名誉教授の尾崎巌。神奈川県鎌倉市在住。 東京府豊島区巣鴨に、宮内省に勤務する父・酒巻芳男(旧姓・飯島)、母・壽(旧姓・秋月)の四女として生まれる。母方の祖父は明治天皇の侍医であった。 東京女学館中等科を1学年飛び級し、東京女子大学国語科入学。大学では松村緑、西尾実の指導を受けた。また関鑑子に声楽を学んだ。戦後は大学の演劇部に所属し、木下順二、山本安英、薄田研二らの指導を受けた。大学在学中に歌誌「歩道」に入会し、佐藤佐太郎に師事。
木谷 恭介(こたに きょうすけ、1927年11月1日 - 2… 木谷 恭介(こたに きょうすけ、1927年11月1日 - 2012年12月9日)は、日本の推理作家、放送作家。本名:西村 俊一(にしむら しゅんいち)。 大阪府生まれ、兵庫県出身。旧制甲陽中学校(現・甲陽学院中学校・高等学校)卒。 劇団「新風俗」「三木トリロー文芸部」などを経て、ルポライター。また、ラジオ番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』の台本を執筆。そのかたわら、若者向け旅行ガイドを執筆。 1977年、『俺が拾った吉野太夫』で第1回小説クラブ新人賞受賞。以後作家生活に入り、トルコ風呂などを舞台とした官能小説、あるいはトルコガイドブックなどを執筆していたが、1983年の『赤い霧の殺人行』から、旅情ミステリーに専念。
森崎 和江(もりさき かずえ、1927年4月20日 - 20… 森崎 和江(もりさき かずえ、1927年4月20日 - 2022年6月15日)は、日本の詩人、ノンフィクション作家、元放送作家。 ASLE-Japan/文学・環境学会会員、日本放送作家協会会員。日本脚本家連盟会員。 日本統治時代の朝鮮の大邱で教師の子として生まれ、17歳で単身日本に渡る。1947年、福岡県女子専門学校(現・福岡女子大学)保健科卒。 太平洋戦争下の学生動員中、結核に感染し、戦後の3年間、療養所生活を送る。退所後、1950年、丸山豊が主宰する詩誌『母音』同人となる。1956年ごろから、NHK福岡放送局でラジオのエッセイや、ラジオドラマの脚本を担当。 1958年、『母音』で知り合った谷川雁ともに筑豊の炭坑町に転居。
塚田 茂(つかだ しげる、1926年(大正15年)3月9日 … 塚田 茂(つかだ しげる、1926年(大正15年)3月9日 - 2008年(平成20年)5月13日)は、日本の演出家、放送作家、構成作家、作詞家、タレント。東京府東京市(現・東京都特別区)豊島区池袋出身。血液型はB型。 東京府立商工学校(現・東京都立北豊島工科高等学校)卒。 太平洋戦争中の1945年2月に徴兵検査で第一種乙種合格、それを受けて翌3月に召集令状が来た。しかし、工科系学校に在籍する特権で2年の入営延期を認められ、日本無線に動員されるという形で勤務。その間に戦争は終結した。塚田は工科系の学生になったのは、特権が狙いだったとも話している。終戦後はしばらくの間、親類の時計店の居候となった。
能見 正比古(のみ まさひこ、1925年7月18日 - 19… 能見 正比古(のみ まさひこ、1925年7月18日 - 1981年10月30日)は、日本の作家、編集者、放送作家。血液型と気質・性格を関連づける「血液型人間学」に関する著作で知られ、1970年代以降の日本における血液型性格分類の普及に影響を与えた。相撲、落語、スポーツなどに関する著作もある。 東京大学工学部電気工学科を卒業し、同大学法学部政治学科を中退した。三木鶏郎文芸部に入り、放送作家としてラジオの脚本やコントを執筆した。その後、学習研究社に勤務し、百科事典編集長などを務めた。相撲にも関心を持ち、『相撲部屋物語』『横綱物語』などを刊行した。1981年10月30日に死去した。 1971年に『血液型でわかる相性』を刊行した。
小林豊(こばやし ゆたか、1925年5月9日- )は、日本の… 小林豊(こばやし ゆたか、1925年5月9日- )は、日本の放送作家。 大阪府泉佐野市生まれ。大阪外国語大学ドイツ語科卒。放送作家として朝日放送テレビ「味をたずねて」、FM大阪「うまいものあれこれ」などを担当。大阪樟蔭女子大学非常勤講師。
伊藤 海彦(いとう うみひこ、1925年(大正14年)1月1… 伊藤 海彦(いとう うみひこ、1925年(大正14年)1月1日 - 1995年(平成7年)10月20日)は、放送作家、詩人。東京府出身。伊藤松雄の子。日本大学卒。NHK専属作家、のちフリー。放送詩劇で活動し、1958年「言葉と音楽のための三つの形象」でイタリア賞、65年「飛翔」で芸術祭賞受賞。『同時代』『地球』同人。
新倉 イワオ(にいくら イワオ、1924年12月7日 - 2… 新倉 イワオ(にいくら イワオ、1924年12月7日 - 2012年5月9日)は、日本の放送作家。日本放送作家協会会員。 本名は新倉 巌(読み同じ)。神奈川県平塚市生まれ。専修大学経済学部中退。 心霊研究家としても知られ、日本心霊科学協会理事を務めた。 1945年、終戦を機に舞台、ラジオを中心にプロデューサー、ディレクターとしてNHK、民放の各種番組に従事する。 1953年、日本テレビ放送網開局準備の業務を担当し、以来テレビ中心のプロデュースを兼ね、1960年に放送作家へ転向する。また、日本テレビ製作スタッフとして、長寿バラエティー番組『笑点』の企画に立ち会った。以降、多くのドラマ、ドキュメント、音楽番組、バラエティーショーなどを手がけた。
中島 千恵子(なかじま ちえこ、1924年5月21日 - 1… 中島 千恵子(なかじま ちえこ、1924年5月21日 - 1999年11月16日)は、日本の児童文学作家・放送作家。 京都市出身。1949年同志社大学文学部卒。長浜市立図書館館長を経て、滋賀文教短期大学教授を務めた。1967年「まめだの三吉」で毎日児童小説入選、1968年『タブーの島』で毎日児童小説入選。ラジオ作品に「山にあるいのち」「日本海」などがある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
藤村 正太(ふじむら しょうた、1924年〈大正13年〉1月… 藤村 正太(ふじむら しょうた、1924年〈大正13年〉1月9日 - 1977年〈昭和52年〉3月15日)は、日本の推理作家、小説家、放送作家。社会派推理小説の作家の一人。別筆名に川島 郁夫。 京城府(現在のソウル特別市)生まれ。第一高等学校を卒業。短期現役海軍主計科士官(12期)を志願。1944年(昭和19年)9月、海軍経理学校に入学し1945年(昭和20年)に卒業。同年6月、海軍主計少尉に任官して終戦を迎え、その後、解員(復員)した。 1949年、東京大学法学部政治学科を卒業。同年、結核の療養中に本名の川島郁夫名義で投稿した「黄色の輪」が雑誌「宝石」の百万円懸賞に入選。 NHKの犯人当て推理番組「私だけが知っている」の脚本執筆陣に参加。
岸 宏子(きし ひろこ、1922年5月5日 - 2014年1… 岸 宏子(きし ひろこ、1922年5月5日 - 2014年12月2日)は、日本の放送作家、小説家。 三重県出身。阿山高等女学校卒。 1942年、小説「醜女」で厚生省公募の勤労文化賞受賞。以後、ラジオ、テレビ等に作品を発表。 1977年、銀河テレビ小説『巣箱』の脚本に対して、第14回ギャラクシー賞・選奨を受賞。 NHK名古屋放送局制作のドラマの脚本を多く書いた。ほか名古屋周辺の歴史を中心とする著作も多い。 これらの功績から第46回NHK放送文化賞(1994年度)を受賞した。 1990年には紫綬褒章、1995年には勲四等宝冠章を受章した。 2014年12月2日、慢性心不全のため死去。92歳没。遺言により、自宅や株式、預貯金、著書・蔵書のみならず、岸の保有する著作権と著作権料まで故郷の伊賀市に寄贈された。
堤 章三(つつみ しょうぞう、1922年3月31日 - 20… 堤 章三(つつみ しょうぞう、1922年3月31日 - 2009年1月24日)は、日本の放送作家。大阪府出身。東京大学心理学科卒業。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
趙 欣坡(チョ・フンパ、朝鮮語: 조흔파、1918年11月4… 趙 欣坡(チョ・フンパ、朝鮮語: 조흔파、1918年11月4日 - 1980年12月24日) は、大韓民国の小説家、放送作家。 本名は趙 鳳淳(チョ・ボンスン、조봉순)。本貫は漢陽趙氏。 日本統治時代の平安南道平壌に生まれ、1941年に専修大学法科卒業。1950年代初頭より文壇に登場した。1947年までソウル中央放送局アナウンサーを務め、そのほか京畿女子高等学校の教員、『現代女性』主幹、『国都新聞』『世界日報』『韓国経済新聞』の論説委員などを務めた。1960年公報室公報局長に異動後、国務院事務処公報局長とソウル中央放送局長などを務めた。また、1964年に発表した小説『ヤルゲ(ヤルゲ: 小憎らしい者の意)伝』で知られている。
西沢 実(西澤 實、にしざわ みのる、1918年(大正7年)… 西沢 実(西澤 實、にしざわ みのる、1918年(大正7年)1月2日 - 2013年(平成25年)7月2日) は、日本の放送作家・劇作家。筆名に苗川正 、芸名に西沢みのる。 日本放送芸術学会、日本放送作家協会、日本演劇協会の各会員。 長野県長野市出身。旧制海城中学卒業。1939年(昭和14年)、東京中央放送局JOAK(現・NHK)が実施した朗読の新人募集に応募する。1941年(昭和16年)には中央大学法学部在学のまま、同年に設立された東京中央放送局専属劇団俳優養成所に参加した。同年大学を繰り上げ卒業し、1942年(昭和17年)に応召して第2師団に入隊、戦車隊長としてトラック島で敗戦を迎える。軍隊での最終階級は陸軍中尉であった。
名和 青朗(なわ せいろう、1915年3月2日 - 1979… 名和 青朗(なわ せいろう、1915年3月2日 - 1979年1月4日)は、日本の放送作家、劇作家。本名は津久井柾章(つくい まさあき)。また、名和左膳の筆名もある。 東京出身。1938年日本大学芸術科卒業。1946年ひまわり社に入社し、雑誌『それいゆ』の編集者を務めた後、1950年より牧野英二が創刊した『別冊モダン日本』の編集者となる。他の編集者には吉行淳之介がいた。翌年13号まで発刊したのち、牧野が出資者と対立して廃刊となる。その後、石坂幸男によって設立された三世社で、牧野・吉行・名和の三人を中心として1952年2月から月刊誌「読切倶楽部」を創刊する。この「読切倶楽部」では名和左膳の筆名で主に漫才を執筆している。
三木 鶏郎(みき とりろう、1914年〈大正3年〉1月28日… 三木 鶏郎(みき とりろう、1914年〈大正3年〉1月28日 - 1994年〈平成6年〉10月7日)は、日本の作詞家、作曲家、放送作家、構成作家、演出家である。本名、繁田 裕司(しげた ひろし)。東京府東京市麹町区(現:東京都千代田区)出身。 昭和前期から平成前期まで活躍した。芸名は好きなミッキーマウスと(デビュー当初、朝川賞郎、秋元喜雄と3人で活動していたことから)「トリオ」をかけたものであり、本来の読み方は「みき とりお」であったが、アナウンサーから「とりろう」と誤読されたためそれが定着した。「三木トリロー」名義での活動歴もある。 ジャズ評論家・司会者の三木鮎郎は実弟。甥(鮎郎の長男)の三木睦郎は「笑点」の放送作家。
関根 文之助(せきね ぶんのすけ、1912年〈大正元年〉9月… 関根 文之助(せきね ぶんのすけ、1912年〈大正元年〉9月28日 - 1994年〈平成6年〉1月16日)は、日本の宗教学者、評論家、翻訳家、放送作家。キリスト教徒。 1912年(大正元年)9月28日、東京府東京市京橋区入船町(現・東京都中央区入船)に関根文治郎の次男として生まれる。日本学園卒、1934年(昭和9年)國學院大學文学部国文学科卒。麹町小学校、明治学院教諭を経て1947年(昭和22年)基督教教育同盟会主事。東洋英和女学院短期大学教授、聖書改訳委員を経て1961年(昭和36年)「日本精神史における一問題」で文学博士号を取得。 1965年(昭和40年)に共愛学園長となり、のち名誉学園長。
恒松 恭助(つねまつ きょうすけ、1910年12月22日 -… 恒松 恭助(つねまつ きょうすけ、1910年12月22日 - 2001年4月13日)は、日本の作家、放送作家。 千葉県生まれ。1936年早稲田大学英文科卒。大学時代より同人誌『人間』に所属、戦後は早大系の『文学者』の編集委員。1956年から1964年までNHKで放送された人形劇『チロリン村とくるみの木』の原作者であり作者で、最終回までの全812回分、および1966年にフジテレビで放送された続編『おーい!チロリン村だよ』の全30回分を単独で執筆。作家としては私小説を書いた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
金子 登(かねこ のぼる、1907年2月11日 - 1989… 金子 登(かねこ のぼる、1907年2月11日 - 1989年7月30日)は放送作家、ユーモア研究者。 東京・芝に生まれる。明治学院大学文芸部卒業。 戦前は新興キネマ、国際文化振興会等に所属。戦後米国大使館などの勤務を経て、放送作家として独立。ラジオでの作品に「時の神の戯れ」「ほのぼの人生」など。 また、ユーモア関係の著書も多く、落語から西洋の古典まであらゆる古今東西のユーモア文学に通暁する。
並河 亮(なみかわ りょう、1905年12月26日 - 19… 並河 亮(なみかわ りょう、1905年12月26日 - 1984年5月8日)は、日本の翻訳家、放送作家、放送・文芸・美術・ジャズ評論家、英文学者。 写真家の並河萬里の父。 島根県生まれ。東京帝国大学法学部卒。NHK国際部、毎日放送に勤務。日本大学で文学博士取得。その後同大学旧文学部で教授を務めた。 ドス・パソス『U.S.A.』を唯一完訳。そのほかにアプトン・シンクレアなどの翻訳、放送台本、評論活動がある。 生涯にわたり『華厳経』の研究著作を行った。
長沖 一(ながおき まこと、1904年1月30日 - 197… 長沖 一(ながおき まこと、1904年1月30日 - 1976年8月5日)は、日本の漫才作家、演出家、放送作家。 大阪府島之内出身。御津小学校、天王寺中学校、旧制大阪高校を経て、東京帝国大学文学部美術史学科卒。 実子は、元NHK大阪放送局所属の演出家・長沖渉。祖父は加賀藩士で、明治維新後に大阪に出てきて商売を始める。 大阪高校在学中に左翼運動を始める一方、1925年に武田麟太郎、秋田實、藤沢桓夫と共に文学同人誌『辻馬車』を創刊。大学在学中に新人会に参加。 1929年3月、東大を卒業。 1930年、徴兵検査で歩兵第一連隊に入隊。甲種幹部候補生で10ヶ月ほど過ごし除隊後、作家に復帰。『中央公論』に「肉体交響楽」を寄稿するも軍批判とみなされ発表を見送られる。
関屋 五十二(せきや いそじ 1902年12月4日 - 19… 関屋 五十二(せきや いそじ 1902年12月4日 - 1984年10月15日)は、栃木県出身の童話作家、放送作家。 栃木県足利郡御厨町(現在の足利市)出身。青山学院大学卒。1925年、東京中央放送局(現・NHK放送センター)に入局し、児童向けの夕方のワイド番組「子供(少国民)の時間」のニュース解説のコーナー「コドモの新聞」を担当し「関屋おじさん」として知られ、「村岡おばさん」こと村岡花子(作家)とともに、番組をリードしていった。 戦後もバラエティー番組「二十の扉」、「話の泉」などを手掛け、自らも出演した。その後は民間放送に活躍の場を移し、プロテスタントの布教活動の番組「ルーテルアワー」を企画し、派生番組であった「ルーテルアワー・夜の名曲」などを含め、脚本・演出を務めた。
かながわIQ(かながわ あいきゅう、10月26日 - )は、… かながわIQ(かながわ あいきゅう、10月26日 - )は、日本の放送作家。 2005年6月エアギタージャパン(現・日本エアギター協会)を設立、会長に就任。サマーソニック05、06、07、08、09、10とエアギター日本決勝大会を主催。エアギターをコンペティションとして日本に初めて輸入した第一人者。エアギターブームの仕掛け人である。 エアギター世界大会に「Super IQ」名義で出場、2006年エアギター世界大会16位、2008年エアギター世界大会15位の成績を残す。 また、ロックバンドrEd rEborn worksのボーカル、放送作家、番組プランニング、キャスティング、イベント主催、音楽プロデュース、VJ、作曲家、ラジオパーソナリティとして、またフジテレビホームページ内のデジタルコミック「少年タケシ」の編集部員、CSの音楽チャンネルやニコニコ生放送で司会を務めるなど、その活動は多岐に渡る。
大井 洋一(おおい よういち、8月4日 - )は、日本の放送… 大井 洋一(おおい よういち、8月4日 - )は、日本の放送作家、脚本家、格闘家。東京都世田谷区出身。第2代THE OUTSIDER 55-60kg級王者。娘は総合格闘家の大井すず。 高校時代、有名人と関わりたいという願望から深夜ラジオへネタを投稿するハガキ職人としての活動を始める。大学1年の時に放送作家になりたいと考え、渋谷公園通り劇場へ求職活動を行ったが、劇場側から募集はしていないと断られる。諦めきれなかったことから、友人を誘い漫才コンビを結成。劇場オーディションを経て、芸人として渋谷公園通り劇場の舞台に立っていた。芸人としての活動を始めて数か月で渋谷公園通り劇場が閉館となった事を機に、放送作家志望である事を座付き作家に打ち明け、作家見習いとしての活動をスタート。
永田 武司(ながた たけし、2月18日 - )時折使うペンネ… 永田 武司(ながた たけし、2月18日 - )時折使うペンネーム猪 虎太郎(いのしし こたろう)は、日本の放送作家。兵庫県明石市出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
鈴木工務店(すずきこうむてん)は、日本の放送作家(構成作家)… 鈴木工務店(すずきこうむてん)は、日本の放送作家(構成作家)。東京都出身。本名:鈴木淳(すずきあつし)。
木原 浩勝(きはら ひろかつ)は、日本の小説家、放送作家、怪… 木原 浩勝(きはら ひろかつ)は、日本の小説家、放送作家、怪異蒐集家。
豊田 俊一 は、放送作家、メディアプロデューサー、多摩美術大… 豊田 俊一 は、放送作家、メディアプロデューサー、多摩美術大学の元非常勤講師。大阪府生まれ。日本大学卒。オフィスぼくら出身。
若林 寛朗(わかばやし ひろあき)は、日本のディレクター・放… 若林 寛朗(わかばやし ひろあき)は、日本のディレクター・放送作家・構成作家・ライターである。
細田 昌志 は、日本のリポーター・司会者・放送作家・ノンフィ… 細田 昌志 は、日本のリポーター・司会者・放送作家・ノンフィクション作家。岡山県生まれ。
龍樹(りゅうじゅ)は、日本の脚本家、放送作家である。東京都出… 龍樹(りゅうじゅ)は、日本の脚本家、放送作家である。東京都出身。青山学院大学フランス文学科卒。 井上顕 - 川端竜太 - Kiyoka(MAパブリッシング) - 古庄未來(MAパブリッシング)- せきよしあき - 滝佳保子 - 竹内えり - 中上雅巳 - 森一 小澤俊介 - 加藤公平 - 木下草介 - 酒井雅秋 - 鈴木太一 - 高橋かづゆき - 田中孝治 - 浪江裕史 - 根津大樹 - 正岡謙一郎 - 丸茂周 - 宮脇卓也 阿久津朋子 - 阿相クミコ - 栗本志津香 - 白石まみ - 相馬来良 - 武井彩 - 土城温美 - 坂野裕子 - 女里山桃花 - 吉井三奈子 伊藤元 - 掛川浩司 - 上村奈帆 - 川口明日香 - 佐藤孝行 - 佐藤万里 - スギタクミ - 中島聡 - 龍樹 - 難波望 - 春名功武 - 政池洋佑 - 吉原れい - 山内晶 過去の在籍者及びマネージメント協力
米井 敬人(よねい たかひと)は、放送作家、漫才作家、落語作… 米井 敬人(よねい たかひと)は、放送作家、漫才作家、落語作家。萩原芳樹の弟子。萩原芳樹事務所所属。 大阪府出身。大阪芸術大学芸術計画学科卒業、大学では落語研究会所属。大阪シナリオ学校51期生。 関西のテレビ、ラジオを中心に活動中。 また落語家の笑福亭たまの「ショート落語」の作者でもある。
三田村 明彦(みたむら あきひこ)は、タレント・ラジオパーソ… 三田村 明彦(みたむら あきひこ)は、タレント・ラジオパーソナリティ・放送作家・脚本家。オフィスキイワード所属。 関西学院大学卒業。放送作家、タレントとして活動し、テレビ番組の構成を手がけている。日本脚本家連盟・日本放送作家協会・日本旅行作家協会に所属しているが、3団体同時に所属している唯一のタレントでもある。
市川 幸宏(いちかわ ゆきひろ)は放送作家。ドキュメンタリー… 市川 幸宏(いちかわ ゆきひろ)は放送作家。ドキュメンタリー、紀行、バラエティ、演芸、CM、VPなど。愛知県出身。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟所属。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
さだ(本名:吉田定夫)は、バラエティ番組を中心に活動する日本… さだ(本名:吉田定夫)は、バラエティ番組を中心に活動する日本の放送作家。滋賀県彦根市出身、東京都歌舞伎町在住。大阪NSC12期生。 現在全て松本人志の番組
アラケンは、日本の放送作家、脚本家、演出家、元お笑い芸人。福… アラケンは、日本の放送作家、脚本家、演出家、元お笑い芸人。福島県郡山市出身。本名は荒川 賢一(あらかわ けんいち)。 福島県立安積高等学校卒業、2017年に明治大学文学部社会心理学科に入学。 お笑いコンビ「てんぐるーす」を経て、1997年に「新生2レンジャー」へ加入。その後、メンバー加入に伴い「スーパーニレンジャー」へと改名したが、2002年に脱退した。なお、自身の脱退により同グループがコンビ編成となる際、「ニレンジャー」に改めている。 2006年より放送作家の活動をスタートしながら、ピン芸人としても活動する。 2007年ごろからつんく♂に師事し、制作体制の一員として、ハロー!プロジェクトのコンサートやイベントの構成台本からキャリアを開始。
岩崎 夏海 は、日本の男性放送作家、小説家である。