大武 正光(おおたけ まさみつ、1978年4月16日 - )… 大武 正光(おおたけ まさみつ、1978年4月16日 - )は、日本の脚本家・ライター。 菅本順一の一番弟子。初期はぶらざあのっぽにて村上明名義で活動していた。日本脚本家連盟員。 ダンボール戦機でタロット監修をし、そこから十二星座とタロット・易・風水?の占い師として活動。ライター活動する傍ら、専門学校とサブカルチャー教室の講師も務める。専門はゲームプランニング、漫画原作ストーリー、キャラメイキング講座。元PCゲームライター。 栃木県那珂川町出身。茨城大学工学部卒業。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
小林 成光(こばやし まさみつ、1978年4月13日 - )… 小林 成光(こばやし まさみつ、1978年4月13日 - )は、栃木県佐野市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは主にミッドフィールダーで、左右のサイドアタックを担った。 小学校2年生の時にサッカーを始める。1994年、佐野日大高校に進学し、在学中3年連続で国体栃木県選抜に選出された。 1997年、高校を卒業し、東京ガスに入社。社員選手としてジャパンフットボールリーグ・東京ガスFC(現 FC東京)に入団し、同年リーグ開幕戦にスタメン出場。ガス検診をこなしながらも「凄く我慢して起用してくれた(小林談)」大熊清監督の期待に応えるために必死に戦い、全試合に出場。新人王に輝いた。
西川 吉英(にしかわ よしひで、1978年4月10日 - )… 西川 吉英(にしかわ よしひで、1978年4月10日 - )は、栃木県さくら市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 2001年に大分トリニータに入団。翌年、湘南ベルマーレに移籍。2004年以降は日本フットボールリーグの佐川印刷SC、栃木SCでプレー。2007年に引退。 引退後は湘南のスポンサー(当時)であったリズメディア社長の谷川寛人から誘いを受け、同社に再就職している。 現在はコンサート・イベントの制作を行う株式会社Norioと、スポーツ選手のマネジメント・スポーツに関係するボランティア活動・社会貢献活動を行う株式会社C.DREAMSの代表取締役を務める。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。
島岡 桂(しまおか けい、出生名「筆谷 桂(ふでや けい)」… 島岡 桂(しまおか けい、出生名「筆谷 桂(ふでや けい)」1978年(昭和53年)2月26日 - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の益子焼の陶芸家である。 益子焼を代表する作家の一人であり人間国宝であった島岡達三の孫であり、養子縁組を経て「島岡窯」の継承者となり、「島岡製陶所」2代目当主である。 1978年(昭和53年)2月26日、日本画家である筆谷等と、島岡達三の長女でガラス工芸家である筆谷淑子の次男として益子町に生まれる。 田んぼに飛び込み大声を上げて外を駆け回る、やんちゃな子どもだった。 おじいちゃん子であったため、幼少の頃、幼稚園への登園拒否をしていた時期に、毎日、母方の実家である「島岡窯」にお弁当を持って遊びに行っていた。
森谷 真理(もりや まり、1978年1月29日 - )は、日… 森谷 真理(もりや まり、1978年1月29日 - )は、日本のクラシック音楽の声楽家(ソプラノ)。名古屋音楽大学准教授、東京藝術大学講師、洗足学園音楽大学講師。 栃木県小山市出身。武蔵野音楽大学、同大学院主席卒業、ニューヨーク・マネス音楽院修了。小山評定ふるさと大使、とちぎみらい大使。 世界各地のコンクールにて受賞を重ね、国内外で活躍を続ける近年最も注目を集めるソプラノの1人である。 欧米では、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場にて2006年に『魔笛』夜の女王で大成功を収めたのをはじめ、オーストリアのリンツ州立劇場の専属歌手を務め、ウィーン・フォルクスオーパーなど多数の歌劇場で活躍。2022年にはドイツのザクセン州立歌劇場で『蝶々夫人』を主演し、注目を集めた。
篠崎 弘之(しのざき ひろゆき、1978年〈昭和53年〉 -… 篠崎 弘之(しのざき ひろゆき、1978年〈昭和53年〉 - )は、栃木県宇都宮市出身の建築家。篠崎弘之建築設計事務所主宰。東京建築士会住宅建築賞など受賞。
栗原 一貴(くりはら かずたか、1978年 - )は、日本の… 栗原 一貴(くりはら かずたか、1978年 - )は、日本の情報科学者、津田塾大学教授。学位は博士(情報理工学)(東京大学・2007年)。2012年に「人の発話を遠隔から阻害する装置「SpeechJammer」で」塚田浩二とともにイグノーベル賞「音響学賞」を受賞した。 1978年、栃木県宇都宮市生まれ。1996年、栃木県立宇都宮高等学校卒業後、東京大学理科二類入学。2000年、東京大学工学部機械情報工学科卒業。2007年、東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻博士課程修了。同年、独立行政法人産業技術総合研究所研究員に就任し、2013年より主任研究員になった。2014年より津田塾大学学芸学部情報科学科准教授となった。
荒川 颼(あらかわ しゅう、1977年12月4日 - )は、… 荒川 颼(あらかわ しゅう、1977年12月4日 - )は、日本の墨絵アーティスト(指墨画)。 モンゴル芸術親善大使。颼游會会長。 墨絵初の文化マイスターに認定される。 2023年7月に開催された『常識を逸脱したイベント型アート個展』では、2日間で40作品の売却を達成。 海外アーティストグループのFTP(フリーダムタペストリープロジェクト)に抜擢。 2023年5月モンゴルイフテンゲル迎賓館に国賓として招待。日本人墨絵アーティスト代表として『モンゴル芸術親善大使』に任命された。 荒川颼墨絵作品としては『朱雀乱舞』が最も有名である。
大島 里美(おおしま さとみ、1977年11月16日 - )… 大島 里美(おおしま さとみ、1977年11月16日 - )は、日本の脚本家。栃木県日光市出身。 早稲田大学第一文学部卒業。第16回フジテレビヤングシナリオ大賞で、佳作受賞。代表作に『1リットルの涙』、第1回市川森一脚本賞を受賞した『恋するハエ女』、2015年大河ドラマ『花燃ゆ』がある。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
北勝力英樹(ほくとうりき ひでき 1977年10月31日 -… 北勝力英樹(ほくとうりき ひでき 1977年10月31日 - )は、栃木県那須郡黒羽町(現在の大田原市)出身(出生地は東京都大田区)で八角部屋(入門時は九重部屋)に所属した元大相撲力士。本名は木村 英樹(きむら ひでき)、愛称はリキ。 身長182cm、体重153kg、趣味は音楽鑑賞。得意技は突き、押し。最高位は西関脇(2004年7月場所)。引退後は年寄谷川。 タクシー運転手の次男。東京都大田区に生まれ育ったが、両親の出身地である栃木県那須郡黒羽町(現在の大田原市)を出身地としている。 釣りやザリガニ釣り、夏には花火と、自宅の目の前を流れる多摩川を満喫して幼少期を過ごした。両親の故郷である黒羽町にも頻繁に行き、川遊びを楽しんだ。
安藤 久美子(あんどう くみこ、1977年(昭和52年)10… 安藤 久美子(あんどう くみこ、1977年(昭和52年)10月26日 - )は、フリーアナウンサー。ファイナンシャルプランナー。元岡山放送アナウンサー。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼東高等学校、桜美林大学国際学部卒業。 2000年、岡山放送入社。2005年6月、同社を退職。 退職後は関東へ戻り、話し方教室KEE’Sで講師をしていた。 その後、ジョイスタッフ所属のフリーアナウンサーとなり、2007年4月より2年間日経CNBCレポーター・ニュースキャスターを務める。 ラジオでは、2006年10月から文化放送「みのもんたのウィークエンドをつかまえろ」に、アシスタントとしてレギュラー出演。 2012年6月に「ウィークエンドをつかまえろ」を降板。
廣瀬 佳正(ひろせ よしまさ、1977年10月21日 - )… 廣瀬 佳正(ひろせ よしまさ、1977年10月21日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元自転車プロロードレース選手。チームブリヂストン・アンカー、スキル・シマノを経て、地元で自ら立ち上げた宇都宮ブリッツェンに所属。現・宇都宮ブリッツェンの運営会社副社長。 元々、運動が大好きで空手や野球、テニスなどさまざまなスポーツをやっていたが、自転車部に入っていた兄の影響から高校一年生時より自転車競技を始めた。地元で行われた「ジャパンカップサイクルロードレース」という大きな国際大会を見て衝撃を受け、自分もロードレースの世界で、ヨーロッパでプロになりたいと誓い、そこからロードレース一本となった。 2006年の戦績により、オールラウンダーとして2007~2008年はヨーロッパツアーを転戦。
吉永 浩和(よしなが ひろかず、1977年9月30日 - )… 吉永 浩和(よしなが ひろかず、1977年9月30日 - )は、日本の実業家。博士(工学)。ログリー株式会社創業者・同社代表取締役社長。 栃木県足利市出身。栃木県立足利高等学校を経て、2000年に獨協大学経済学部を卒業後、ソフトウエアマネジメント(現・CAICA)に入社。早稲田大学大学院在学中の2006年5月にログリーを設立し、代表取締役に就任。ログデータが大きな価値を持つ時代が来ると考え、大学院では分散処理を研究した。2011年、早稲田大学大学院情報生産システム研究科修了、博士(工学)。2018年5月、ログリー社の株式を東京証券取引所マザーズ市場に上場。2018年11月、クロストレックス株式会社社長を兼務。
小口 雅之(こぐち まさゆき、男性、1977年8月27日 -… 小口 雅之(こぐち まさゆき、男性、1977年8月27日 - )は、日本のプロボクサー。栃木県上三川町出身。草加有沢ボクシングジム所属。 作新学院高校1年時にボクシングを始める。2000年10月11日、横浜アリーナでWBA世界ライト級タイトルマッチ(畑山隆則 vs 坂本博之)のアンダーとして行われたプロデビュー戦に初回KO勝利を収めた。2002年には新人王トーナメントにエントリーし、スーパーフェザー級で3勝を収めたが、9月27日に行われた東日本準決勝で熊野和義(宮田)に4R判定で敗れた。 2005年12月13日、ジムの先輩コウジ有沢の引退興行のセミファイナルで密かに引退を決意して、柴田大地(ファイティング原田)と対戦。
花山 英二(はなやま えいじ、1977年8月21日 - )は… 花山 英二(はなやま えいじ、1977年8月21日 - )は、栃木県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー、ミッドフィルダー。 浦和に大型MFとして加入するも、出番はなく、ガンバに移籍。ベガルタ仙台後はDFとしてプレイした。
柴田 大知(しばた だいち、1977年6月18日 - )は日… 柴田 大知(しばた だいち、1977年6月18日 - )は日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンター所属の騎手。双子の弟・柴田未崎もJRAの元騎手。同期には福永祐一・和田竜二らがおり、競馬学校花の12期生のひとりである。 小学5年生の時、弟の未崎と共にJRA宇都宮育成牧場で乗馬を開始。当初から騎手という職業には惹かれていたが競馬そのものにさほどの関心はなく、ともに宇都宮育成牧場に所属していた4歳年上の小林淳一が競馬学校に合格したことで、初めて競馬学校の存在を知ったほどだった。そして小林がJRA騎手としてデビューを果たしたのを契機に、自身も騎手になろうという決意を固める。また弟の未崎も同じ進路を歩むが2人して相談するでなく、自然と同じ志を抱くようになっていたという。
柴田 未崎(しばた みさき、1977年6月18日 - )は、… 柴田 未崎(しばた みさき、1977年6月18日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の調教助手、元騎手である。 1996年にJRAの騎手となり、2011年3月31日に引退するまで、通算82勝を挙げた。その後調教助手に転身し、美浦トレーニングセンターの斎藤誠厩舎に所属したが、2013年より再び騎手試験を受験し合格、騎手に復帰することとなった。 双子の兄・柴田大知もJRAの騎手であり、双子の騎手はJRA史上初めての事であった。同期に他に福永祐一・和田竜二らがおり、いわゆる競馬学校花の12期生のひとりである。 栃木県宇都宮市出身。1996年、高木嘉夫厩舎所属の騎手としてデビューし、同年6月マイネルダンケに騎乗して初勝利を達成。
櫻井 圭記(さくらい よしき、1977年6月9日 - )は、… 櫻井 圭記(さくらい よしき、1977年6月9日 - )は、日本のアニメ脚本家、プロデューサー。東京工科大学メディア学部講師。修士(環境学)。現在は櫻井 大樹(さくらい たいき)名義でNetflix所属のプロデューサーを務める。 1977年(昭和52年)生まれ。栃木県立栃木高等学校を経て、東京大学経済学部を卒業。 櫻井は東京大学でマルクス経済学を専攻し、同大学大学院新領域創生科学研究科修士課程を1期生として修了した。また、同研究科メディア環境学研究室に在籍していた際に発表した、日本のアニメとメディアに関する論文が、「情報通信論文ISID」、「JMF日本マルチメディア大賞」で最優秀賞を受賞した。 これをきっかけに、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のアニメシリーズに参画、脚本家としてデビューした。
松田 純(まつだ じゅん、1977年6月7日 - )は、日本… 松田 純(まつだ じゅん、1977年6月7日 - )は、日本の女優、タレント、元グラビアアイドル。東京都出身。ST企画制作所属。 宇都宮短期大学附属高等学校卒業[要出典]。 数々のグラビアで徐々に知名度を上げ、グラビア業界内に確固とした足場を築いたと共にタレント活動も展開[いつから?]。 NTV系『THE 夜もヒッパレ』においては、番組内ユニット「てん・むす」のリーダーとして活躍。毎週なにがしかのメドレー曲などを唄うなどアイドル的活動で人気を博す。 唐津競艇のイメージキャラクターを務め、競艇にも興味を示したことも[いつ?]。 2001年、中野英雄との不倫報道のため、所属事務所から解雇を言い渡され芸能界から遠ざかる。
西田 隆維(にしだ りゅうい、1977年4月26日 - )は… 西田 隆維(にしだ りゅうい、1977年4月26日 - )は、日本の元陸上競技選手、俳優。本名:西田 隆維(にしだ たかゆき)。 栃木県足利市出身。佐野日本大学高等学校から駒澤大学に進み、大学時代に4年連続で箱根駅伝に出場。4年生の時には9区の区間新(当時)をマークし、初優勝に貢献した。ヱスビー食品、JALグランドサービスを経て、2009年2月の別府大分毎日マラソンを最後に現役引退。その後、役者として活動開始。2011年9月1日より法名でもある西田隆維(にしだ りゅうい)に改名。従兄弟の家が寺院であることから駒澤大学進学時は僧侶を志しており、2001年の世界選手権に出場した際にはTBSで「走る修行僧」のキャッチコピーがつけられた。
柿沼 慶典(かきぬま よしのり、1977年2月1日 - )は… 柿沼 慶典(かきぬま よしのり、1977年2月1日 - )は、日本の俳優、演出家、脚本家、アクティングコーチ、演技講師。栃木県鹿沼市出身。アールジュー所属。PROJECT Higher MORE、ALGドロップキック』主催(現在休止中)。朗読劇ゆめかばLABOの現演出、ときどき脚本を担当。 大学在学中にバンド活動を始め、同校を中退し上京。音楽の勉強のため、演技の養成所に入所するがそのまま芝居の世界に入る。川戸貴文氏を師事し舞台演技を、ロシア功労芸術家であるレオニード・アニシモフ氏を師事し、スタニスラフスキー・システムを学ぶ。退団後、客演などで小劇場の舞台で活動。コロナ禍により舞台公演が休止になる中、活動の場を映像方面へ移行する。
小峰 一浩(こみね かずひろ、1977年(昭和52年) - … 小峰 一浩(こみね かずひろ、1977年(昭和52年) - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の「益子焼」の製陶業「有限会社 小峰窯」の3代目となる代表取締役社長である。 小峰窯では陶芸教室も営んでおり、「陶芸インストラクター」としても活動している。 1977年(昭和52年)、栃木県芳賀郡益子町に生まれる。 祖父の代から続く「小峰窯」の子として生まれ、幼い頃から遊びがてら粘土いじりをしながら育った。 両親は「小峰窯」を継ぐようには強制はしなかった。そっと見守ってくれていたのだろう、と小峰は語る。 それでも高校生の時には跡を継ぐ意思を決め、1996年(平成8年)に栃木県立真岡高等学校を卒業し、1998年(平成10年)に西武文理情報短期大学を卒業、1999年(平成11年)に「栃木県窯業指導所」(現在の「栃木県産業技術センター 窯業技術支援センター」)伝習生を修了した後、同年、小峰窯に入社、20歳過ぎにはプレッシャーを感じながらも「小峰窯」3代目となった。
直井 卓俊(なおい たかとし、1976年11月21日 - )… 直井 卓俊(なおい たかとし、1976年11月21日 - )は、日本の映画プロデューサー。株式会社スポッテッドプロダクションズ代表取締役。 1976年11月21日、栃木県塩谷郡高根沢町生まれ。栃木県立氏家高等学校を経て法政大学文学部卒業。古本屋などで働くフリーター生活、映画配給会社アップリンクを経て、SPOTTED PRODUCTIONS(2010年に法人化)で企画・配給・宣伝などを手がける。京都造形芸術大学(2014-2018)、日本大学藝術学部にて非常勤講師(2020-2022)も務める。 2017年(平成29年)8月25日、『童貞。をプロデュース』の公開10周年を記念した上映の初日舞台挨拶において、出演者の加賀賢三は、本作における性行為が強要されたものであったと激しく告発した。
米山 篤志(よねやま あつし、1976年11月20日 - )… 米山 篤志(よねやま あつし、1976年11月20日 - ) は、栃木県宇都宮市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。元日本代表。 桐蔭学園高校時代、スランプに陥った時期に李国秀の勧めでミッドフィールダーからディフェンダーへと転向した。 駒澤大学では2度の全日本大学選手権優勝やユニバーシアード日本代表選出などの実績を残し、在学中の1998年にヴェルディ川崎に入団。同年2ndステージにはレギュラーポジションを獲得した。2000年にはフェアプレー個人賞を獲得した。 トルシエ監督時代には日本代表にも選出され、2000年2月26日のAFCアジアカップ2000 (予選) のブルネイ戦で国際Aマッチのキャップを記録した。
野口 大輔(のぐち だいすけ、1976年10月28日 - )… 野口 大輔(のぐち だいすけ、1976年10月28日 - )は、プロレス、格闘技のレフェリー。栃木県黒磯市(現・那須塩原市)出身。栃木県立黒磯高等学校卒。 主に、ファイティングオペラハッスル、総合格闘技イベントのDREAMで活躍。後者では師匠の島田裕二に代わって、メインイベントを務めることが多い。はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師、NSCA認定パーソナルトレーナーの各資格を持つ。 格闘探偵団バトラーツを経て、PRIDE、やれんのか! 大晦日! 2007などで活躍。現在はフィットネスジムBCG所属。
きーぽん(1976年9月18日 - )は、日本のお笑いタレン… きーぽん(1976年9月18日 - )は、日本のお笑いタレントで、ピン芸人である。女性。旧芸名はDJきーぽん(ディージェイきーぽん)。 栃木県上都賀郡粟野町(現・鹿沼市)出身。サンミュージックプロダクション所属。お笑いの活動の他に、ラジオやイベント、トークショーのMCやナレーターなども担当している。
山田 美葉(やまだ みよう、1976年9月11日 - )は、… 山田 美葉(やまだ みよう、1976年9月11日 - )は、千葉県出身(育ちは群馬県太田市)の女子ソフトボール選手(捕手・内野手(三塁手))。元日立高崎所属。2000年シドニーオリンピック銀メダリスト。本名は千葉美葉。 父親が野球をしていた影響でソフトボールを始める。幼い頃から毎日欠かさず素振りを100回していた。 足利学園高校(3年生時に白鷗大学足利高校に校名変更)を卒業後、宇津木妙子監督が指揮する日立高崎に入団。パンチ力のある打撃に加え、強肩、柔軟な配球で数々の優勝に貢献。 2000年シドニーオリンピックでは、打率.348・本塁打1・二塁打1とチームトップの成績を収め、銀メダル獲得に貢献。 現在は主婦の傍ら、髙山樹里とソフトボール教室を開いている。
渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、本名:渡邊 俊介(読み同じ… 渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、本名:渡邊 俊介(読み同じ)、1976年8月27日 - )は、栃木県下都賀郡都賀町(現:栃木市)出身の元プロ野球選手(投手)。 世界一低いと言われるアンダースローが特徴で、通称は「ミスターサブマリン」。2000年代のNPBを代表するアンダースロー投手として一般に認知されている。 社会人野球の新日本製鐵君津を経て、2001年から2013年までNPBの千葉ロッテマリーンズに所属。2014年・2015年には独立リーグのランカスター・バーンストーマーズやベネズエラのウィンターリーグであるリーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルでのプレーを経験した。 2015年12月1日からは、新日鐵君津の後継チーム・新日鐵住金かずさマジックにコーチ兼投手として在籍し、2016年からは、同チームで現役生活を続けながら、野球解説者としても活動した。
小林 剛(こばやし ごう、1976年8月23日 - )は、栃… 小林 剛(こばやし ごう、1976年8月23日 - )は、栃木県小山市出身の画家、現代美術家。 ギリシャ・ローマ神話の英雄や女神をモチーフとした歴史画・神話画・寓意画などの作品を制作。現代的な作品も制作している。 1994年、作新学院高等学校(当時は作新学院高等部)美術デザイン科を卒業後渡仏。2002年、フランス外務省カーサ・ヴェラスケス賞受賞。 同年、ブリュッセル王立芸術アカデミー(Académie royale des beaux-arts de Bruxelles )壁画科マスター修了時に、ベルギー国際議会場買い上げ。在学時より王立アカデミーで講師として教鞭をとっていた。 ルーアン美術学校でDNAP(フランス国家造形芸術免状)を取得後、2004年にパリ国立高等美術学校(École nationale supérieure des beaux-arts)卒業。
小関 竜也(おぜき たつや、1976年7月24日 - )は、… 小関 竜也(おぜき たつや、1976年7月24日 - )は、栃木県佐野市出身の元プロ野球選手(外野手)、コーチ、野球解説者。左投左打。2003年シーズン途中から2004年までの登録名は小関 竜弥(読み同じ)。2020年からは埼玉西武ライオンズのコーチを務める。 長女はアイドルグループ・カントリー・ガールズに所属していた小関舞。 実家は佐野市内にある佐野ラーメンの有名店「万里」。 国学院栃木高校では、エース投手兼主将兼四番打者を務めた。2年夏の県大会ベスト4、3年春は県大会準優勝で関東大会は2回戦で木塚敦士のいた浦和学院に惜敗。夏の県大会は3回戦で先発完投し、延長12回を14奪三振の力投も敗退。なお、同学年の控え投手は渡辺俊介(後に千葉ロッテマリーンズ)だった。
相樂 亨(さがら とおる、1976年6月25日 - )は、栃… 相樂 亨(さがら とおる、1976年6月25日 - )は、栃木県下都賀郡壬生町出身のサッカー審判員。FIFA(国際サッカー連盟)国際副審。
3代目 三遊亭 歌橘(さんゆうてい かきつ、1976年6月2… 3代目 三遊亭 歌橘(さんゆうてい かきつ、1976年6月24日 - )は落語協会所属の落語家(真打)。本名∶恩田 龍也。出囃子は「八木節」。所属プロダクションは株式会社三遊亭圓歌事務所を経て、2011年1月1日より、株式会社共同テレビジョン(マネージメント室)に移籍。 足利市観光大使、とちぎ未来大使、あしかが輝き大使。愛称は「カッキー」、「かきつっち」、「落語界の美肌王子」[要出典]。 栃木県足利市八幡町出身。出身地の足利市八幡町の同町内に書家の相田みつをが在住。祖父が友人付き合いをしていた関係で生前の相田みつをに可愛がられた(相田みつを美術館の記録)。祖母が民謡歌手の早坂光枝門下で、物心付く頃から民謡と三味線の指導を受ける。
猪瀬 徹(いのせ とおる、1976年4月10日 - )は、栃… 猪瀬 徹(いのせ とおる、1976年4月10日 - )は、栃木県小山市出身の全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)に参戦していたレーサー、チューニングショップ「FRIENDS(フレンズ)」代表。愛称は「修造」。 600馬力を超えるハイパワーエンジンをミドルウェイトボディのシルビアに積み込むことにより、パワーを活かした進入速度で知られている。D1へは初年度から参戦しているが、追走の技術が他のドライバーと比べて見劣りするということもあり、当初はなかなか思うような結果を残せないでいた。しかし、2004年度から投入したS15シルビアの熟成に加え、2006年度になるとスピード重視の単走が功を奏し、追走の常連となる。
井上 マー (いのうえマー、本名:井上 雅史〈いのうえ まさ… 井上 マー (いのうえマー、本名:井上 雅史〈いのうえ まさし〉、1976年2月8日 - )は、日本のお笑い芸人。吉本興業所属。栃木県宇都宮市出身。実況やスタジアムDJなど、サッカー関連でも活動。 実家は日本酒「澤姫」などの製造販売を行っている井上清吉商店で、三代目社長・杜氏の井上裕史は実兄。 栃木県立宇都宮東高等学校から明治大学商学部へ進学。大学在学中に渋谷公園通り劇場でデビュー。当時はコンビで活動していたが、解散。芸名を「井上マー」に変え、ピン芸人として活動。 2005年にR-1ぐらんぷりで準優勝、笑いの金メダルで優勝、クイズ!ヘキサゴンのピン芸人大会で優勝、2008年度の爆笑オンエアバトルチャンピオン大会でセミファイナルに進出した。
田中 功起(たなか こおき、1975年12月6日 - )は、… 田中 功起(たなか こおき、1975年12月6日 - )は、日本の美術家・映像作家。栃木県芳賀郡益子町出身。東京造形大学客員教授。京都市立芸術大学准教授。 1975年、栃木県芳賀郡益子町生まれ。1998年、ウィーン美術アカデミー短期留学。2000年、東京造形大学美術科絵画専攻卒業。2005年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。ポーラ美術振興財団の助成を受けパリに滞在。2009年、文化庁新進芸術家海外研修制度によりロサンゼルスに留学。2013年、ヴェネツィア・ビエンナーレ日本代表。2015年にはドイツ銀行のアーティスト・オブ・ザ・イヤーに選出。 「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」展示中止に対し、ステートメントを発表した参加作家のうちのひとりである田中功起が、自身の展示《抽象・家族》(2019)を「再設定」すると発表した。
礒 恒之(いそ つねゆき、1975年11月29日 - )は、… 礒 恒之(いそ つねゆき、1975年11月29日 - )は、栃木県出身の元プロ野球選手(投手)。 小学5年の時に父がコーチを務めるチームで野球を始める。栃木・黒羽高校では1年秋からエースだった。卒業後、城西大学に入り、4年春に6勝を挙げ首都大学野球リーグ初優勝に貢献し、最優秀投手に選ばれた。秋は最下位となるも入替戦の3戦目は完投で1部残留を決めた。大学通算38試合に登板、15勝10敗。 1997年のプロ野球ドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから4位指名を受け入団。 ルーキー時代から全身を大きく使った豪快なフォームから繰り出す140km/h台後半のキレのあるストレートを武器に先発・中継ぎとして登板。
石川 多映子(いしかわ たえこ、1975年10月14日 - … 石川 多映子(いしかわ たえこ、1975年10月14日 - )は、栃木県出身の女子ソフトボール選手(投手)。 白鷗大学足利高校を経て1994年日本ソフトボールリーグの日立ソフトウェアに入団。2000年シドニーオリンピックでは3試合に登板し銀メダル獲得に貢献。2002年のシーズン限りで現役を引退した。
ツクイヨシヒサ(つくい よしひさ 1975年9月23日 - … ツクイヨシヒサ(つくい よしひさ 1975年9月23日 - )は、日本のマンガ評論家、ライター、編集者。栃木県足利市出身。本名は津久井幹永。有限会社アンド・エーシー代表。 栃木県立足利高等学校、駒澤大学文学部卒業。大学在学中からライターとしての活動を始める。編集プロダクションを経て、フリーライター、編集者として活躍後、2004年に有限会社アンド・エーシー設立。 主にマンガ、野球、各種サブカルを中心に執筆。野球ライターとして雑誌『週刊ベースボール』『野球太郎』など、サブカルライターとして雑誌『週刊SPA!』『AERA』ほか、サイト『コミックナタリー』や各種書籍、ムック等に寄稿。戦国時代、江戸時代、幕末、三国志、時代劇などの歴史分野も手がける。
鳥山 泰孝(とりやま やすたか、1975年8月29日 - )… 鳥山 泰孝(とりやま やすたか、1975年8月29日 - )は、栃木県出身のアマチュア野球指導者である。 宇都宮学園高校を経て國學院大學卒業。大学では主将も務めたが在学中は2部リーグ。1年下に渡辺俊介がいた。 大学卒業後は國學院大學のコーチを経て、修徳高校の監督に就任。 2010年秋から國學院大學の監督を務め、2021年の東都大学野球リーグでは同大学で初めての春秋連覇を達成した。 2013年の日米大学野球選手権大会の全日本メンバーのコーチも務めた。
赤木 智弘(あかぎ ともひろ、1975年8月6日 - )は、… 赤木 智弘(あかぎ ともひろ、1975年8月6日 - )は、日本のフリーライター。栃木県佐野市出身。 「論座」2007年1月号の特集「現代の貧困」にて、赤木は「『丸山眞男』をひっぱたきたい--31歳、フリーター。希望は、戦争。」と題して寄稿を行った。同じ文は2007年10月に出版された『若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か』にも収録されている他、赤木のウェブサイトでも公開されている。 これは当時、フリーターとして低賃金労働をしていた赤木が著した社会論で、赤木らポストバブル世代(就職氷河期世代)にとって「平和な社会」とは、世間からの理解も得られない屈辱に塗れた人生が続く事であり、満足な生活をしている者にとって戦争は悲惨だが、失う物のない赤木らにとってはむしろチャンスであるという。
筑井 利江(つくい としえ、1975年7月30日 - )は、… 筑井 利江(つくい としえ、1975年7月30日 - )は、日本の元フィールドホッケー選手。 栃木県鹿沼市出身。天理大学を卒業後、飯能市役所、飯能市教育委員会に所属。 2008年北京オリンピックに出場した。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
中里 鉄也(なかさと てつや、1975年5月23日 - )は… 中里 鉄也(なかさと てつや、1975年5月23日 - )は、栃木県安蘇郡田沼町(現:佐野市)出身の元プロ野球選手(内野手)。 葛生高等学校(現:青藍泰斗高等学校)時代は、2年生まで投手、3年生から野手に転向。3年夏は全国高等学校野球選手権栃木大会決勝で敗退。1993年のドラフト会議にて阪神タイガースから4位指名を受け入団。 一度も一軍に出場することなく、1999年に戦力外通告を受け、阪神を退団。 その後、大阪近鉄バファローズの入団テストを受けるも不合格となり、現役を引退した。 引退後は地元を拠点にプロゴルファーとして活動。
堀田 利明(ほった としあき、1975年4月29日 - )は… 堀田 利明(ほった としあき、1975年4月29日 - )は、栃木県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。
只木 章広(ただき あきひろ、1975年4月16日 - )は… 只木 章広(ただき あきひろ、1975年4月16日 - )は栃木県宇都宮市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。 栃木SC時代は、「栃木の皇帝」「ミスター栃木SC」 と称された。 御幸サッカースポーツ少年団、宇都宮市立鬼怒中学校を経て1991年に栃木県立真岡高校に進学。2学年上に上野優作が、同級生には堀田利明がいた。高校時に1991年・1992年と高校選手権出場を経験した。高校卒業後は順天堂大学に進学。大学時代の同級生には堀田の他川口信男がいた。川口とは卒業後も電話で話をする仲であると語っている。3年次の1996年度大会で総理大臣杯優勝を経験した。 大卒後の1999年より栃木SCに入団。
東村 里恵子(ひがしむら りえこ、1975年〈昭和50年〉3… 東村 里恵子(ひがしむら りえこ、1975年〈昭和50年〉3月19日 - )は、日本の政治家、新潟市議会議員(2期)。新潟県新潟市を拠点に活動するレポーター。AB型。 栃木県足利市生まれ。国士舘大学政経学部政治学科卒業。長野県のコミュニティテレビこもろアナウンサー、新潟県のエフエム新津アナウンサーを経て2007年(平成19年)、フリーアナウンサーとして独立。レポーター等でラジオに出演している。2010年(平成22年)結婚、その後離婚。 2019年(平成31年)4月7日の新潟市議会議員選挙では、秋葉区選挙区から無所属で出馬し5634票を獲得して候補者7名中2位で初当選。会派は翔政会に所属。2023年(令和5年)の市議選も同区から無所属で出馬し5405票を獲得して候補者7名中トップ当選を果たした。
飯塚 真規(いいづか まさのり、1975年3月12日 - )… 飯塚 真規(いいづか まさのり、1975年3月12日 - )は、日本の実業家。TKC創業者飯塚毅の孫で、同社代表取締役社長を務める。 TKC創業者飯塚毅の孫で、栃木県宇都宮市出身。2000年立命館大学文学部哲学科卒業。2002年TKC入社。2010年取締役執行役員会計事務所事業部企業情報システム営業本部担当兼企業情報システム営業本部Gプロジェクト推進本部長。2012年取締役常務執行役員会計事務所事業部企業情報システム営業本部長。2014年代表取締役専務執行役員会計事務所事業部営業本部長。2016年代表取締役専務執行役員会計事務所事業部長。2019年代表取締役社長執行役員会計事務所事業部長、TKCカスタマーサポートサービス代表取締役社長。
仔鹿 リナ(こじか りな、1975年2月18日 - )は、日… 仔鹿 リナ(こじか りな、1975年2月18日 - )は、日本の女性漫画家・イラストレーター。栃木県宇都宮市出身・在住。血液型はA型。とちぎ未来大使、宇都宮愉快市民(うつのみやPR大使)。
戸叶 尚(とかの ひさし、1975年2月4日 - )は、栃木… 戸叶 尚(とかの ひさし、1975年2月4日 - )は、栃木県佐野市出身の元プロ野球選手(投手)。愛称は「トカピー」。 佐野商業高校(現・佐野松桜高校)時代は2年秋の栃木県大会でベスト4入りし、3位決定戦ではノーヒットノーランを達成すると1991年の明治神宮大会に出場したが初戦で完投するも10点差で敗退。夏の県大会は4回戦で柳沼強がいた作新学院高に敗退。1992年度ドラフト会議にて横浜ベイスターズから5位指名を受け、入団。 1995年にスリー・クォーター気味のサイドスローに転向すると頭角を現し、初めて一軍登板を果たす。 1996年は中継ぎとして活躍。 1997年に先発の1人として10勝を挙げた。
石川 正明(いしかわ まさあき、1975年1月27日 - )… 石川 正明(いしかわ まさあき、1975年1月27日 - )は、日本の男性声優。栃木県那須烏山市出身。現在はフリー。2025年8月から不定期更新のYouTubeに出演開始。 那須烏山市立下江川中学校、栃木県立喜連川高等学校、代々木アニメーション学院卒業。 以前はアークプロダクション、ONE UPに所属していた。 趣味はゲーム、映画鑑賞。特技はバク転。 資格は普通自動車免許。
羽石 国臣(はねいし くにおみ、1975年1月6日 - )は… 羽石 国臣(はねいし くにおみ、1975年1月6日 - )は、日本の元スピードスケート選手で、競輪選手。 栃木県日光市出身。日光高校を経て日本大学へと進学。スケートに専念できる就職口がなかったため、大学卒業後は、地元・日光の鉄工所でアルバイトをしながら一人で練習を行なう。その後、三協精機製作所(現 ニデックインスツルメンツ)に入社。 1998年12月の長野大会に、ISUワールドカップとして初参加し、500mで3位に入る。翌1999年3月に行われたローズビルの同大会・500mでは、長野オリンピック・500m銀メダリストのジェレミー・ウォザースプーン(2位)を破り優勝。 2001年の全日本スプリントスピードスケート選手権大会で総合3位に入り、清水宏保、武田豊樹、堀井学とともに、2002年のソルトレイクシティオリンピック・500mの日本代表として出場、12位となる。