中本 マリ(なかもと マリ、1947年〈昭和22年〉3月26… 中本 マリ(なかもと マリ、1947年〈昭和22年〉3月26日 - )は、日本のジャズ、フュージョン、ポピュラー歌手。 1947年3月26日宮城県仙台市に生まれる。3歳のときからピアノとクラシック・バレエを学び、10歳のときに東北児童合唱団に所属した。1962年、東邦音楽大学付属高校声楽科入学する。ワタナベプロ所属の4人組女性コーラスグループ「ザ・スカーレット」でプロ活動も始める。 1970年、ジャズ・ヴォーカルに転向し、赤坂の高級クラブ、「VIPA ROOM」で歌い始め、1973年アルバム『アンフォゲッタブル』でソロデビューする。スリー・ブラインド・マイス レーベルで3人目の女性ジャズシンガーだった。
深町 純(ふかまち じゅん、1946年〈昭和21年〉5月21… 深町 純(ふかまち じゅん、1946年〈昭和21年〉5月21日 - 2010年〈平成22年〉11月22日)は、日本の作曲家・編曲家・キーボーディスト・シンセサイザー奏者。東京都出身。一部の作品で馬場 浩の名を使用。 3歳よりピアノを習い始め、高校時代にはオペラの指揮や演出を手がける。東京都立大泉高等学校卒業。東京芸術大学作曲科を卒業直前に中退。 1971年(昭和46年)、ポリドールより1stアルバム『ある若者の肖像』でデビュー。以降は作曲、編曲やプロデュース、テレビ番組やCM、映画音楽を手掛けるほか、フュージョンのキーボーディストとして活動。 シンセサイザーにも造詣が深く, 1970年代初頭から数々のアルバムでシンセサイザーを使用している。
鈴木 良雄(すずき よしお、1946年3月21日 - )は、… 鈴木 良雄(すずき よしお、1946年3月21日 - )は、日本のベーシスト、作曲家。 長野県木曽郡木曽福島町(現・木曽町)生まれ。杉並区立松溪中学校、東京都立杉並高等学校を経て、早稲田大学第二文学部に入学し、早稲田大学第一文学部を卒業。 鈴木良雄は、一家の疎開先の木曽福島で生まれ、祖父は鈴木バイオリン製造の創業者・鈴木政吉、父の鈴木喜久雄もバイオリン制作者、母はピアノ教師、さらに叔父は「スズキ・メソード」の創始者鈴木鎮一という音楽一家に育つ。中学入学と同時に帰京。幼少時からピアノとヴァイオリン、高校ではギターを学ぶ。早稲田大学入学後早大モダンジャズ研究会(通称ダンモ研)に入りピアノを担当。1年後輩にはタモリや増尾好秋がいた。
鈴木良昭(すずき よしあき、1944年10月9日 - )は、… 鈴木良昭(すずき よしあき、1944年10月9日 - )は、東京都生まれのクラリネット奏者である。 東京都立駒場高等学校を経て、東京芸術大学卒業、及び同大大学院修了。クラリネットを三島勝輔、千葉国夫、北爪利世に師事した。 1968年、第37回日本音楽コンクール・管楽器部門第1位を受賞した。旧日本フィルハーモニー交響楽団を経て、1972年、新日本フィルハーモニー交響楽団創設に参加した。新日本フィル在団中に渡米し、1981年から1982年の1年間、元クリーヴランド管弦楽団首席奏者R.マルセラスに師事する。帰国後、再び新日本フィルで首席奏者を務め、2004年に定年退職した。 活動は、オーケストラにとどまらず、現代音楽の室内楽グループ『サウンド・スペース・アーク』のメンバーとして内外で活躍。
今井 信子(いまい のぶこ、1943年3月18日 - )は、… 今井 信子(いまい のぶこ、1943年3月18日 - )は、日本のヴィオラ奏者。水戸室内管弦楽団メンバー。1983年から2003年までドイツ国立デトモルト音楽大学の教授を務め、現在はジュネーヴ音楽院とアムステルダム音楽院の教授を務めながら、各国で演奏活動を行っている。1988年以来、アンドレア・グァルネリ(1690年製作)を弾いている。 東京都生まれ。6歳でヴァイオリンを始める。桐朋学園大学で室内楽を齋藤秀雄に師事する。 1964年、桐朋学園オーケストラのアメリカ・ツアーでコンサートミストレスを務め、そのままアメリカに残り、タングルウッド音楽祭で小澤征爾指揮ボストン響のリヒャルト・シュトラウスの『ドン・キホーテ』を聴いたことをきっかけにヴィオラに転向する。
篠崎 功子(しのざき いさこ、1943年3月8日 - 、姓の… 篠崎 功子(しのざき いさこ、1943年3月8日 - 、姓の漢字「崎」は旁(つくり)の上部が「立」である「﨑」が戸籍上では正しい)は、東京生まれのヴァイオリニストである。父は篠崎弘嗣(ヴァイオリニスト)、妹に篠﨑史子(ハーピスト)、弟に篠崎正嗣(ヴァイオリニスト・二胡奏者・作編曲家)、姪に篠﨑和子(ハーピスト)、甥に篠崎央彡(チェリスト・作編曲家)がおり、一大音楽一家である名門篠崎家の一人である。 父にヴァイオリンを習い、4歳でデビューしたという。1959年、東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校に入学し、兎束龍夫に師事した。1962年、桐朋学園大学に進み、在学中にジャンヌ・イスナール、齋藤秀雄に師事し、1964年、第33回日本音楽コンクールで第1位及び大賞を受賞した。
奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015… 奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015年8月16日)は、日本の詩人、ジャズ評論家、著述家、漫画原作者、編集者、作詞家、トランペット奏者。 東京都品川区大井出身。東京都立城南高等学校卒業。雑誌記者、タウン誌編集長、青山学院大学文学部講師を歴任。 さまざまな種類の活動を通して、日本のサブカルチャー界に、広い人脈を築いた。タモリの「密室芸」の命名者である。 また、様々な別名を用いて執筆活動を行った。自身のペンネーム「異魔人」。また高橋肇との共同ペンネーム「影山勲」。弟の奥成繁(久保田呉春)との共同ペンネーム「山口泰」。妻はイラストレーターのながたはるみ。 2015年8月16日、腎盂癌のため死去した。
黒沼 ユリ子(くろぬま ゆりこ、1940年6月4日 - )は… 黒沼 ユリ子(くろぬま ゆりこ、1940年6月4日 - )は、日本の女性ヴァイオリニスト。東京都出身。兄は元テレビ東京プロデューサーの黒沼昭久(1933年3月29日 - )。
寺川 正興(てらかわ まさおき、1939年12月17日 - … 寺川 正興(てらかわ まさおき、1939年12月17日 - 2005年2月2日)は、日本のジャズ・ベーシスト、スタジオ・ミュージシャンである。 東京都小石川の生まれ。東京都立芝商業高等学校を卒業した。17歳頃から金井英人からベースを習った。高校時代はハーモニカバンドのベースを担当した。卒業後サラリーマン生活をしていたが、性に合わずプロミュージシャンに転向した。 澤田駿吾とダブルビーツに入って素質の良さを認められた。その後、宮沢昭、西条孝之介カルテット、八木正生トリオを経てジョージ大塚トリオに入り、1969年度スイングジャーナル人気投票第2位になるなど人気ベーシストとなった。その後石川晶とカウントバッファローズ、LOVE LIVE LIFEなどへの参加と平行してスタジオミュージシャンとして活動した。
菊地 雅章(きくち まさぶみ、1939年10月19日 - 2… 菊地 雅章(きくち まさぶみ、1939年10月19日 - 2015年7月7日)は、日本のジャズ・ピアニスト、キーボード奏者。「プーさん」の愛称で親しまれている。実兄の菊地雅春は東京藝術大学音楽学部作曲科出身の作曲家。実弟の菊地雅洋も東京藝術大学音楽学部作曲科出身のジャズピアニスト。ベーシスト菊地雅晃の叔父。
市原 宏祐(いちはら こうすけ、1936年8月21日 -20… 市原 宏祐(いちはら こうすけ、1936年8月21日 -2010年11月13日) はサクソフォーン、フルート奏者、スタジオ・ミュージシャンである。 東京生まれ。日大二高卒業。松本伸とニューパシフィックオーケストラ、海老原啓一郎オーケストラを経て宮間利之とニュージャイブ、宮間利之とニューハード、その後、LOVE LIVE LIFEを結成した。後に演歌・歌謡曲へと転向し、レコードやCDアルバムを多数発売した。また、「浪漫倶楽部」としても活動。メンバーは市原と、ギターの斉藤功、アコーディオンの鳥井勉である。2010年に他界した谷啓の葬儀では手伝いをするなど人柄の良さでも知られたが、同年11月13日に心不全で死去した。
海野 義雄(うんの よしお、1936年2月14日 - )は、… 海野 義雄(うんの よしお、1936年2月14日 - )は、日本のヴァイオリニスト。東京都出身である。本名、海野良夫。ヴァイオリン独奏者として江藤俊哉と双璧をなす存在と言われた。
今藤 政太郎(いまふじ まさたろう、1935年10月10日 … 今藤 政太郎(いまふじ まさたろう、1935年10月10日 - 2026年6月30日)は、日本の長唄三味線奏者、作曲家。重要無形文化財保持者(人間国宝)であり、日本藝術院賞受賞者でもある。本名は中川 昇一(なかがわ しょういち)。 四世藤舎呂船、藤舎せい子の長男として東京日本橋に生まれる。十世芳村伊四郎、三世今藤長十郎、今藤綾子、山田抄太郎に師事した。 1959年、東京藝術大学音楽学部邦楽科を卒業した。1963年、二世今藤政太郎を襲名した。 大学卒業後は演奏活動と作曲活動を続け、海外公演にも参加した。また、桐朋女子短期大学講師、国立音楽大学講師、国立劇場養成課講師、NHK邦楽技能者育成会講師などを歴任し、2017年からは京都市立芸術大学客員教授を務めている。
土屋 邦雄(つちや くにお、1933年9月3日 - 2023… 土屋 邦雄(つちや くにお、1933年9月3日 - 2023年8月20日)は、日本のヴィオラ奏者、指揮者。1959年、東洋人初のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の団員となり、40年以上にわたって在籍した。妻はピアニストの元井美幸。
濱野 正(はまの ただし、1933年〈昭和8年〉6月14日 … 濱野 正(はまの ただし、1933年〈昭和8年〉6月14日 - )は、日本のヴァイオリニスト・編曲家。 ヴァイオリニストとして山形交響楽団などで演奏したほか、山形県立山形北高等学校で指導した。編曲家として手がけた楽譜はオーケストラ譜、弦楽合奏譜、ヴァイオリン ソロ譜、映画音楽まで多岐にわたり500曲を超える。 富山県高岡市の旅館の三男に生まれた。高岡市立定塚小学校の同じクラスに 藤本弘 (後の藤子・F・不二雄) がいた。藤本が病気療養中に書いた絵日記に感銘を受けた濱野は、手描きの漫画本の刊行を夢見てその作成に力を入れる。その後、小学校5年の時にヴァイオリン音楽に魅力を覚え、高岡市立南部中学校(現在は廃校)入学後もヴァイオリンの修練に励む。
白木 秀雄(しらき ひでお、本名:柏倉 秀康、1933年1月… 白木 秀雄(しらき ひでお、本名:柏倉 秀康、1933年1月1日 - 1972年8月22日頃)は、日本のジャズ・ドラマー。 東京府東京市神田区(現・東京都千代田区)の酒屋に生まれる。錦城高校ではハーモニカ・バンドに所属してドラムを担当し、ハーモニカを川口章吾、ドラムを奥田宗宏に師事した。やがてプロのジャズミュージシャンを志すようになり、1951年に東京芸術大学音楽学部打楽器科に進学した(のちに中退)。この年の東京芸大打楽器科の新入生は2名だけで、もう1人は後に指揮者となる岩城宏之であった。 東京芸大在学中からプロのジャズ・ドラマーとして活動を始めた。大学側が学生の学外演奏活動を表向きは禁じていたため芸名で活動することとし、本名の「柏倉」の「柏」の字を分けて「白木」とした。
冨田 勲(とみた いさお、1932年〈昭和7年〉4月22日 … 冨田 勲(とみた いさお、1932年〈昭和7年〉4月22日 - 2016年〈平成28年〉5月5日)は、日本の作曲家、編曲家、シンセサイザー・アーティスト(シンセサイザー音楽作家、シンセサイザー奏者)。 1950年代、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家として活動を始め、NHKや民放のラジオ番組、テレビ番組、映画、虫プロダクション関連のアニメーション等々、映像作品の音楽を数多く担当した。これらの作品は後年のシンセサイザー・サウンドとの連続性は少なく、むしろ親しみやすいオリジナルメロディ、時にジャズ調も交えた華麗なオーケストレーションなどで高く評価された。現在も多くの作品がCD等で愛聴されている。#主な作品を参照。
池田 光夫(いけだ みつお、1927年 - 2002年6月1… 池田 光夫(いけだ みつお、1927年 - 2002年6月13日)は、日本のバンドネオン奏者。タンゴ楽団『池田光夫とロス・アミーゴス』代表 1927年生まれ。東京都荒川区育ち。若いころより、ギターやピアノを演奏していた。1948年より、バンドネオンを演奏するようになった。 1950年より、プロのバンドネオン奏者として活動を始めた。オルケスタ・ティピカNHKの指揮者となった。『早川真平とオルケスタ・ティピカ東京』にも参加した。1974年、『池田光夫とロス・アミーゴス』を結成した。1985年には、アルゼンチンのホセ・コランジェロ楽団との共演を行い文化庁芸術祭賞を受賞した。2001年頃まで活躍した。『日本のバンドネオン奏者第一人者』と紹介されることもある。
巖本 眞理(いわもと まり、1926年1月19日 - 197… 巖本 眞理(いわもと まり、1926年1月19日 - 1979年5月11日)は、日本の女性ヴァイオリニスト。 日本初の室内楽定期演奏会94回の偉業を達成した。 教育者巌本善治と若松賤子の長男である巌本荘民(まさひと)とアメリカ人巌本マーグリートの間の長女として東京西巣鴨に生まれた。出生時の戸籍名は巖本メリー・エステル。6歳からヴァイオリンを小野アンナに学ぶ。 ハーフとして差別を受け、病弱だったためもあり、1935年に私立帝国小学校を4年生で中退。自宅でヴァイオリンの英才教育を受け、1938年4月、13歳にして第6回日本音楽コンクールで一位となり、天才少女と呼ばれる。1939年11月11日、レオ・シロタの伴奏で第一回独奏会を開く。
三代目 杵屋 五三郎(さんだいめ きねや ごさぶろう、191… 三代目 杵屋 五三郎(さんだいめ きねや ごさぶろう、1918年(大正7年)12月11日 - 2013年(平成25年)2月2日)は、歌舞伎の長唄三味線方。杵五派家元。位階は従四位。本名は増田 元弘(ますだ ちかひろ)。秘曲、難曲、大曲など古典の上演、継承に力を入れた。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
金 東進(キム・ドンジン、김동진、日本名:金森東振、1913… 金 東進(キム・ドンジン、김동진、日本名:金森東振、1913年3月22日 - 2009年7月31日)は、韓国の作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者。現在の北朝鮮平安南道安州市出身で日本の日本音楽高等学校への留学経験もある。日本統治下時代にはハルピンで日本人演奏家を中心として1937年に結成された「新京交響楽団」に参加し、第一バイオリン奏者を務めた。 2008年に親日人名辞典編纂委員会より発表された親日人名辞典に名前が掲載された。2009年7月31日、ソウル特別市にて老衰で亡くなった。96歳。
植草 甚一(うえくさ じんいち、1908年〈明治41年〉8月… 植草 甚一(うえくさ じんいち、1908年〈明治41年〉8月8日 - 1979年〈昭和54年〉12月2日)は、ジャズ、ミステリー、映画評論家で1970年代・サブカルチャーの旗手だった、通称“J・J氏”。 植草は東京市日本橋区小網町(現・東京都中央区日本橋小網町)にて、木綿問屋の一人息子として生まれた。1915年東華小学校に入学。10歳あたりから、姉に連れられ地元の映画館「水天館」に通った。1921年渋谷鉢山町の東京府立第一商業学校に入学、ここでは首席を通した。1923年9月1日の関東大震災で被災し、これをきっかけに植草家は没落した。 1926年、旧制第一高等学校を受験するが失敗。このため、東京府立第五中学校の補習科に通学。
井口 基成(いぐち もとなり、1908年5月17日 - 19… 井口 基成(いぐち もとなり、1908年5月17日 - 1983年9月29日)は日本のピアニスト・ピアノ教育家。妹の井口愛子(後に佐藤愛子)と、前妻の井口秋子もピアニスト・ピアノ教育家という音楽一族。 井口基二と秀の長男として東京府東京市日本橋区浜町(現東京都中央区日本橋浜町)に生まれる。 1915年、浜町尋常小学校入学。1921年、京華中学校入学。16歳から田中規久士にピアノを師事。東京音楽学校器楽部ピアノ科にて高折宮次、レオニード・コハンスキに師事する。卒業後フランスに留学、イヴ・ナットのもとで研鑽を重ねた。1934年、帰国後初のリサイタルを日比谷公会堂で行い、その後活発な演奏活動を展開する。
橋本 國彦(はしもと くにひこ、Qunihico Hashi… 橋本 國彦(はしもと くにひこ、Qunihico Hashimoto、1904年9月14日 - 1949年5月6日)は、日本の作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者、音楽教育者。 東京都本郷生まれ。ヴァイオリンを辻吉之助に師事。北野中学校(現:大阪府立北野高等学校)を経て、1923年(大正12年)東京音楽学校(現:東京芸術大学)入学。安藤幸とヨゼフ・ケーニヒにヴァイオリンを、チャーレス・ラウトロプに指揮法を学ぶ。作曲は信時潔に指導を受けるもほとんど独学であったが、同校研究科で作曲を学ぶ。歌曲『お菓子と娘』『黴』などで作曲家としての名声を獲得。斬新な曲を作る一方ではポピュラーなCM曲や歌謡曲にも手を染めた。
齋藤 秀雄(さいとう ひでお、1902年5月23日 - 19… 齋藤 秀雄(さいとう ひでお、1902年5月23日 - 1974年9月18日)は、日本のチェロ奏者、指揮者、音楽教育者として活動した音楽家。東京都出身。 英語学者として有名な斎藤秀三郎の次男として東京市京橋区築地明石町に生まれ、1906年から麹町区五番町(現:東京都千代田区一番町)に育つ。音楽に興味を示したのは12歳の頃からで、最初に演奏したのはマンドリンだった。後に「オルケストル・エトワール」というマンドリンオーケストラを組織し、『フランス民謡「歌えよ小鳥やよ歌え」の主題による八つの変奏曲』などの曲を残している。 16歳からは宮内省にいたチェロ通の職員からチェロの手ほどきを受けはじめる。その後、暁星中学校を経て上智大学に入学したが、音楽に専念するため退学。
多 忠亮(おおの ただすけ、1895年(明治28年)5月3日… 多 忠亮(おおの ただすけ、1895年(明治28年)5月3日 - 1929年(昭和4年)12月3日)は、大正期のヴァイオリン奏者・作曲家。
榎本 芝水(えのもと しすい、1892年〈明治25年〉5月5… 榎本 芝水(えのもと しすい、1892年〈明治25年〉5月5日 - 1978年〈昭和53年〉8月19日)は日本の琵琶奏者。本名榎本 弁之助。 1892年(明治25年)東京市日本橋区檜物町に生まれる。1909年(明治42年)1月に永田錦心の一水会に入り同氏に師事。1936年(昭和11年)5月に独立して芝水流宗家を創立する。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
東儀 鉄笛(とうぎ てってき、明治2年6月16日〈1869年… 東儀 鉄笛(とうぎ てってき、明治2年6月16日〈1869年7月24日〉 - 大正14年〈1925年〉2月4日)は、明治・大正期の雅楽家・作曲家・俳優。本名・東儀 季治(すえはる)。京都府出身。父・季芳(すえよし)は、安倍季誕(すえのぶ)の子として生まれ、のちに、祖父である東儀季郛(すえもり)の死後、東儀の姓を継いだ。孫・東儀季信は元宮内庁楽部楽師。 1869年7月24日(明治2年6月16日)に京都に生れ、1872年(明治5年)に東京へ移住する。1879年(明治12年)から宮内省に出仕し、1890年(明治23年)に雅楽部の伶人兼楽手に補せられる。1892年(明治25年)9月に早稲田専門学校文学科に入学したと本人自筆の履歴書に書いているが、学籍簿には記録されていない。
松野 クララ(まつの くらら、松野 久良々・松野 くらら、独… 松野 クララ(まつの くらら、松野 久良々・松野 くらら、独語名: Clara Louise Zitelmann〈クララ・チーテルマン〉、1853年8月2日 - 1931年7月18日)は、ベルリン生まれのドイツ人女性で、明治時代の幼児教育者、音楽教育者(ピアノ奏者)。配偶者は農商務省官吏で林学教育者の松野礀(旧長州藩臣)。 ベルリンにて、Carl Friedrich Zitelmann(父)とEmma Pauline Ulrike (Tangermann) Zitelmann(母)の娘として生まれる。姉はEmma Maria Luise Zitelmann(1847年3月23日生)。 フリードリヒ・フレーベルが創立した保母学校を卒業したとされる。
furani (ふらに、12月12日-)は、東京都出身の女性… furani (ふらに、12月12日-)は、東京都出身の女性鍵盤楽器奏者、作曲家、編曲家、シンガーソングライター。東京都立国際高等学校、東京音楽大学作曲専攻映画・放送音楽コース卒業。。2025年より歌うマルチクリエイターと名乗る。 幼稚園の頃から、先生が弾くピアノを耳コピーして家で弾いていた。小2からエレクトーンを習い、ドラゴンクエストシリーズの音楽に衝撃を受け、作曲家を志した。高校3年時にジュニアエレクトーンコンクール'95全日本大会最優秀賞受賞。大学時代はバンドサークルに所属し、ライブの魅力に取りつかれ、シンセサイザー、ベース、ドラム、ギター等で様々なジャンルのバンドに参加。沢田泰司のバンド「音風」にもキーボードとして参加し、音楽観に影響を受けた。
T4K(タク、11月20日 - )は、日本のボーカリスト、作… T4K(タク、11月20日 - )は、日本のボーカリスト、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、トラックメイカー。東京都町田市出身。主にアニメソングやアイドル楽曲をはじめ、声優・VTuberなど多様なアーティストへ楽曲提供を行っている。 近年はボーカリストとして、『モンソニ!』(『モンスターストライク』関連プロジェクト)にてキャラクター「コクウ」の歌唱を担当している。 高校在学中にスカウトされ、ファンキー末吉がプロデュースによる激鉄オムニバスに参加。シャウトボーカルとしてバンド活動を行っていたが、バンド解散を機に本格的に作曲活動へ転身する。 2021年頃よりアニメやゲーム作品への楽曲提供を始め、幅広いジャンルに対応できるアレンジ力を武器に活動の場を拡大している。
千葉 清加(ちば さやか、10月15日生)は、日本のヴァイオ… 千葉 清加(ちば さやか、10月15日生)は、日本のヴァイオリニスト。千葉県出身。 東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て東京芸術大学卒業。芸大内にて安宅賞を受賞。清水高師、ジェラール・プーレに師事。また室内楽を岡山潔、山崎伸子に師事。
米山 義則(よねやま よしのり)は、アルゼンチンで活躍した日… 米山 義則(よねやま よしのり)は、アルゼンチンで活躍した日本人バンドネオン奏者。
華雅 りりか(かが りりか、8月1日 - )は、元宝塚歌劇団… 華雅 りりか(かが りりか、8月1日 - )は、元宝塚歌劇団花組の娘役スター。 東京都世田谷区、香蘭女学校出身。身長163cm。愛称は「りりか」、「りりこ」。 2006年、宝塚音楽学校入学。 2008年、宝塚歌劇団に94期生として入団。入団時の成績は20番。月組公演「ME AND MY GIRL」で初舞台。その後、星組に配属。 2010年の「摩天楼狂詩曲」で、音波みのりとダブルキャストでバウホール公演初ヒロイン。 2012年4月1日付で花組へと組替え。 2014年、蘭寿とむ退団公演となる「ラスト・タイクーン」で、新人公演初ヒロイン。 2023年3月19日、「うたかたの恋/ENCHANTEMENT」東京公演千秋楽をもって、宝塚歌劇団を退団。
山崎 千裕(やまざき ちひろ、6月26日 - )は、日本のト… 山崎 千裕(やまざき ちひろ、6月26日 - )は、日本のトランペット奏者。その他に、フリューゲルホルンもこなす。東京都出身。 足立区立伊興中学校の吹奏楽部にてトランペットに出会う。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、東京芸術大学音楽学部卒業(2006年3月)。トランペットを杉木峯夫、福田善亮、D・ヘルツォーク、ヒロ野口らに師事。 映画『のだめカンタービレ』出演、菅野よう子「マクロスin武道館」ライブ参加、ミュージカル『ザ・ミュージックマン』『ミス・サイゴン』、宝塚歌劇団『ベルサイユのばら』にオーケストラにて参加。映画『カイジ2』、TV『笑っていいとも!』のレコーディングにも参加している。
牧名 ことり(まきな ことり、6月23日 - )は、OSK日… 牧名 ことり(まきな ことり、6月23日 - )は、OSK日本歌劇団の元娘役スター。東京都北区出身。出身校は北豊島高等学校。 1999年、日本歌劇学校入学。第74期生。同期に寿依千、珂逢こころ、出口紗智子ら。 2001年2月から3月にかけての近鉄劇場公演『闇の貴公子』で初舞台を踏む。3月、歌劇学校を卒業。歌劇学校は前年の2000年に生徒の募集を停止したため、74期は最後の卒業生となる。4月頃、OSK日本歌劇団に入団するが、翌年の2002年6月に歌劇団の解散が決定。2003年の解散後、先行きの不安と迷いから一旦は東京へ戻るが、「歌劇」への強い思いから同年冬までに活動に復帰する。 OSK再結成後の2007年、娘役ユニット「チェリーガールズ」の初代メンバーに選抜される。
尾澤 拓実(おざわ たくみ、2月1日生)は、日本のソングライ… 尾澤 拓実(おざわ たくみ、2月1日生)は、日本のソングライター、編曲家、歌手、キーボーディスト。HIGHWAY STAR所属。東京都新宿区出身。 ボーカルの高橋佳奈とともに2人組ユニット「GANASIA」として、1996年12月にビクターエンタテインメントからデビュー。GANASIAではキーボードを担当し、楽曲の作詞・作曲を行った。松宮麻衣子の楽曲も手掛けている。1998年に解散以降は、ソングライター、編曲家としての活動を中心に、歌手、キーボーディストとして活動している。 1999年から2000年にかけては、千聖のツアーバンドのメンバーとして活動していたほか、1999年10月よりラジオ「國府田マリ子のGM」内のコーナー「にゃんこのミミーと拓実のうなる耳たぶ」にてアシスタントパーソナリティを担当。
川村 京子(かわむら きょうこ)は日本の箏曲家である。東京芸… 川村 京子(かわむら きょうこ)は日本の箏曲家である。東京芸術大学で中能島欣一に指導される。夫は建築家の川村純一。 お茶の水女子大学附属小学校在学中の10歳の時にテレビで見た中能島欣一の演奏に感動し筝を始めた。お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校を経て、東京芸術大学に進学、中能島欣一に師事した。大学卒業時には、皇居桃華楽堂で御前演奏を行った。また、三味線を都一中家元に、笛を寶山左衛門、福原徹に師事している。 ニューヨークにイサム・ノグチ・ガーデン・ミュージアムがオープンした際、イサム・ノグチに招かれ演奏を行っている。 2002年2月、アムステルダム・コンセルトヘボウにて、細川俊夫作曲の「味真野に」を、チェリストのヨーヨー・マと共演し、世界初演した。
九頭見 香里奈(くずみ かりな)は東京都出身のヴァイオリニス… 九頭見 香里奈(くずみ かりな)は東京都出身のヴァイオリニスト。 6歳でヴァイオリンを始める。鈴木共子、大谷康子、原田幸一郎、徳永二男に師事。アイザック・スターン、ドロシー・ディレイの公開レッスンを受講。13歳で森正指揮・東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団とサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を共演。 東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を卒業後、安田生命クオリティオブライフ文化財団の奨学生として渡欧。リューベック音楽大学、ケルン音楽大学にてザハール・ブロンに師事。1988年全日本学生音楽コンクール東京大会第1位、1997年ヨーゼフ・シゲティ国際ヴァイオリンコンクール第3位、1998年ブラームス国際音楽コンクール第3位入賞。
瀧本麻衣子(たきもと まいこ)は、ヴィオラ奏者。弦楽四重奏団… 瀧本麻衣子(たきもと まいこ)は、ヴィオラ奏者。弦楽四重奏団のクァルテット・ヴェーネレのメンバー。 2006年ウィーン国立音大主催夏期国際アカデミーにてArtis-Preisを受賞し、小澤征爾音楽塾オペラプロジェクトVII、若い人のための「サイトウ・キネン室内楽勉強会」に参加。また、クァルテット・ヴェーネレとして、松尾学術振興財団から助成金を受ける。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を卒業。東京藝術大学音楽学部を卒業。現在、シュトゥットガルト音楽演劇大学に在学中。
RiRiaまたは新村 理々愛(にいむらりりあ)は日本生まれの… RiRiaまたは新村 理々愛(にいむらりりあ)は日本生まれのハリウッド俳優、元フルート奏者及び、マルチクリエーター。3歳からリコーダーを、7歳からフルートを習い始める。2011年、Maxence Larrieu国際フルートコンクール史上最年少優勝。 2012年、単身アメリカ・ロスアンゼルスに渡り、2016年からは俳優としての活動を開始。これまでにイディナ・メンゼル、ジョナスブラザーズ、テイラー・スウィフト、ブリトニー・スピアーズ、クリス・ブラウン、ピットブル、カルヴィン・ハリス、アフター・ロミオやパニック!アット・ザ・ディスコなどのミュージックビデオに出演。出演ドラマ『Hacks』(HBO)、『ドールフェイス』 (Hulu)、『ギフテッド 新世代X-MEN誕生』、『Escape The Night』、映画『JEZEBEL』など。
田辺 しおり(たなべ しおり)は、日本の尺八奏者。東京都出身… 田辺 しおり(たなべ しおり)は、日本の尺八奏者。東京都出身。桐朋学園芸術短期大学日本音楽尺八科非常勤講師。 和楽器ユニットのNADESHIKO J ENSEMBLEリーダー、また5人の女性尺八奏者で構成される尺八プロジェクトのBamboo Flute Orchestra、藤原道山プロデュースによる尺八アンサンプル・風雅竹韻のメンバーでもある。 3歳頃よりピアノを始め、小学生になって箏を習い始める。尺八は、高校1年生の時に父・田辺頌山の教室に同年代の女子生徒を見かけたことから興味を持ち、父の手ほどきを受けて始めた。その後、本格的に東京芸術大学入学を目指し藤原道山に師事。高校3年生の時に第16回全国高校生邦楽コンクール第2位(岡山後楽園ロータリークラブ賞)(尺八部門第1位)を受賞。
大塚 直哉(おおつか なおや)は、日本のチェンバロ奏者。東京… 大塚 直哉(おおつか なおや)は、日本のチェンバロ奏者。東京藝術大学音楽学部教授・理事・副学長(教育担当)。 和光小学校から和光中学校、東京都立町田高等学校を経て、1994年に東京藝術大学音楽学部楽理科を卒業、1997年に同大大学院器楽専攻修士課程を修了、2001年に同大大学院チェンバロ専攻博士後期課程修了、博士(音楽)(甲種、2001年)。アムステルダム音楽院チェンバロ科およびオルガン科修了。 『アンサンブル コルディエ』『バッハ・コレギウム・ジャパン』などのアンサンブルにおける通奏低音奏者として、またチェンバロ、オルガン、クラヴィコードのソリストとして活躍するほか、これらの楽器に初めて触れる人のためのワークショップを各地で行っている。
柳原 佑介(やなぎはら ゆうすけ)は、日本のフルート奏者。東… 柳原 佑介(やなぎはら ゆうすけ)は、日本のフルート奏者。東京都出身。 9歳よりフルートをはじめる。東京都立町田高等学校、東京芸術大学卒業。安宅賞受賞。これまでに石橋正治、金昌国、パウル・マイゼンの各氏に師事。 大学在学中の1998年に日本フィルハーモニー交響楽団に入団し約6年間在籍、その後2004年10月に東京都交響楽団に首席フルート奏者として入団。 武蔵野音楽大学非常勤講師、東京藝術大学非常勤講師として、後進の指導にもあたっている。 また、各オーケストラへの客演やソリスト、室内楽公演などへの出演も行っている。
金山 典世(かなやま のりつぐ)は東京都出身のパーカッション… 金山 典世(かなやま のりつぐ)は東京都出身のパーカッション&ドラムス奏者。サムライプロモーション所属。 高校時代からドラムをはじめ、卒業直後からパーカショニスト、ドラマー大久保宙に師事。ミュージックサーカスをはじめ多くのイベントに参加、2005年から大久保宙ソロコンサートなどにセカンド・パーカッショニストとして参加。2006年にソロ・デビュー・ライブを行う。現在:伊勢原、蘇我、亀有のドラムスクールで講師も行っている。2008年3月には大久保宙の中国北京公演にて海外デビュー、すばらしいソロを聞かせ高い評価得た。2008年よりHCO MUSIC所属Gibraltar、TOCAデモンストレーターに就任。
伊藤 悠貴(いとう ゆうき)は日本のチェロ奏者。セルゲイ・ラ… 伊藤 悠貴(いとう ゆうき)は日本のチェロ奏者。セルゲイ・ラフマニノフ作品の演奏・研究をライフワークとする。2025年、日本人チェロ奏者として初めて、デンマークの世界的弦メーカー・ラーセン(Larsen Strings)公認専属アーティストに指名された。イギリス・ロンドン在住。 ライフワークとするセルゲイ・ラフマニノフ作品の演奏において国際的に高い評価を得ており、2012年、日本人チェロ奏者として唯一の全集アルバム『ラフマニノフ:チェロ作品全集』(CHRCD044)をリリース。その後、ウィグモア・ホール、ロイヤル・フェスティバル・ホール、横浜みなとみらいホール、東京芸術劇場、紀尾井ホールなどでラフマニノフの作品のみでプログラムを構成するリサイタルを開催している。
福崎 至佐子(ふくざき ひさこ)は、日本のヴァイオリニスト、… 福崎 至佐子(ふくざき ひさこ)は、日本のヴァイオリニスト、ヴァイオリン・合奏指導者。現在、高松大学名誉教授。
藤田 英大(ふじた ひでひろ)は、日本のチューバ奏者。 シン… 藤田 英大(ふじた ひでひろ)は、日本のチューバ奏者。 シンガポール交響楽団などで演奏活動を行うほか、日本国内でも金管アンサンブル活動を行う。東京都出身、東京音楽大学卒業。
宇都宮 隆 は、日本のボーカリスト、俳優。愛称はUTSU(ウ… 宇都宮 隆 は、日本のボーカリスト、俳優。愛称はUTSU(ウツ)。
浅井 愛(あさい あい)は、日本のリコーダー奏者。 東京都調… 浅井 愛(あさい あい)は、日本のリコーダー奏者。 東京都調布市出身。上野学園高等学校音楽学部器楽科卒業、上野学園大学音楽学部器楽科リコーダー専門卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修了。ロータリークラブ国際親善奨学生としてミラノ市立クラウディオ・アバド音楽院古楽科に留学。最高点・褒賞付きで修了。 リコーダーを島田曉子、田中せい子、山岡重治、濱田芳通、ダニエレ・ブラジェッティ各氏に師事。 初のソロCD「愛のリコーダーIl Flauto dolce e Amoroso」(コジマ録音ALCD-1204)、音楽現代推選盤がある。 上野学園中学、高等学校、同大学音楽学部、玉川大学芸術学部音楽教育学科非常勤講師。