浜口 卓也(はまぐち たくや、濵口 卓也、1980年10月2… 浜口 卓也(はまぐち たくや、濵口 卓也、1980年10月22日 - )は、日本の政治家。高知市議会議員。高知県高知市出身。 高知県高知市・福井町に生まれる。幼少の頃は同町内のみかづき第二幼稚園に通った。 高知大学教育学部附属小学校、高知学芸中学・高等学校を経て早稲田大学教育学部に入学。大学の同期生には同郷の広末涼子、プロ野球選手の和田毅らがいる。その後第二文学部に転部し、同学部を卒業。専修は文学・言語系。中学では剣道部、高校ではテニス部に所属した。 2004年より衆議院議員中谷元の私設秘書として活動。2011年、高知市議会議員選挙に出馬し、2,618票を得て初当選。2015年の同市議会選挙では3,693.220票を獲得。
依光 晃一郎(よりみつ こういちろう、1977年5月8日 -… 依光 晃一郎(よりみつ こういちろう、1977年5月8日 - )は、日本の政治家。高知県香美市長(2期)。元高知県議会議員(3期)。 高知県香美郡土佐山田町(現・香美市)生まれ。土佐高等学校を経て、2002年東京都立大学経済学部卒。依光瓦工業(有)社員を経て、2011年高知県議会議員選挙に立候補して当選する。3期務め、自由民主党に所属した。 2022年3月、香美市長選挙に立候補し、現職の法光院晶一を破って当選した。
高野 光二郎(たかの こうじろう、1974年(昭和49年)9… 高野 光二郎(たかの こうじろう、1974年(昭和49年)9月30日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、高知県議会議員(2期)、農林水産大臣政務官(第4次安倍第1次改造内閣)を歴任。秘書に対する暴行問題の責任を取り、2023年(令和5年)6月22日に議員辞職した。 高知県高知市出身。高知中央高等学校卒業。1997年3月、東京農業大学農学部卒業。同年4月、河野洋平の秘書となる。 2003年、高知県議会議員選挙に高知市選挙区から立候補し初当選。2009年に辞職。 2010年、第22回参議院議員通常選挙に高知県選挙区(改選数1)から自民党公認で立候補。元自民党参議院議員で無所属で立候補した田村公平との間で票が割れ、次点で落選。
梶原 大介(かじはら だいすけ、1973年10月29日 - … 梶原 大介(かじはら だいすけ、1973年10月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)、総務大臣政務官。 元高知県議会議員(4期)。 高知県香南市出身。高知工業高等専門学校土木工学科卒業。民間企業勤務、参議院議員公設秘書を経て、2007年4月の高知県議会議員選挙(香南市選挙区)に当選し、以降連続4期務める。県議1期目は保守系会派「県政会」に所属したが、2011年の再選後、自民党県議団入りした。 2021年11月に中西哲参議院議員が政界引退を表明したことを受け、梶原は2018年より務めていた自民党県連幹事長の職を辞任。12月7日、翌年の第26回参議院議員通常選挙に立候補する意向を示した。
高木 錬太郎(たかぎ れんたろう、1972年7月21日 ‐ … 高木 錬太郎(たかぎ れんたろう、1972年7月21日 ‐ )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。旧姓は片山。 妻は参議院議員の高木真理。 高知県中村市(現・四万十市)出身。土佐高等学校卒業[リンク切れ]。1995年3月、中央大学法学部政治学科卒業。同年4月、ニチレイに就職[リンク切れ]。 1998年8月、枝野幸男の著書『それでも政治は変えられる』に感銘を受け、枝野の大宮事務所を突然訪問。その時応対したのが、当時枝野の公設第二秘書だった高木真理であった[リンク切れ]。 2000年10月、ニチレイを退職。同年11月から2007年1月まで枝野の秘書として活動した。2007年4月、埼玉県議会議員選挙に南7区(さいたま市中央区)より民主党公認で出馬するも、落選。
西内 直彦(にしうち なおひこ、1971年8月14日 - )… 西内 直彦(にしうち なおひこ、1971年8月14日 - )は、日本の実業家、政治家。高知県安芸市長(1期)。 安芸市出身。上智大学法学部国際関係法学科卒業。1997年4月、株式会社富士通金融システムズ入社、2002年12月、日本アイ・ビー・エム株式会社入社、2006年1月、安芸市において新規就農、2017年8月、はぐみ農園社長。 2022年に安芸市議会議員に当選。1期務めた後、2025年8月の安芸市長選挙で無投票で初当選した。 2025年9月、安芸市長就任。
大西 勝也(おおにし かつや、1970年8月25日 - )は… 大西 勝也(おおにし かつや、1970年8月25日 - )は、日本の政治家。高知県黒潮町長(4期)。元・幡多ブロック青年農業士連絡協議会会長。 高知県黒潮町出身。高知県立中村高等学校卒業。卒業後、海外で洋ラン栽培などを学ぶ。 2005年、大方町・佐賀町合併協議会委員を務める(2006年3月19日まで)。2008年9月、黒潮町地域協議会会長に就任。2009年4月、幡多ブロック青年農業士連絡協議会会長に就任。 2010年4月11日に行われた黒潮町長選挙で現職の下村正直らを破り初当選した。4月23日、黒潮町長に就任。 2014年、無投票で再選。2018年無投票で3選。 2020年、県内の飲食店で知人と飲酒しながら会食。
広田 一(廣田 一、ひろた はじめ、1968年10月10日 … 広田 一(廣田 一、ひろた はじめ、1968年10月10日 - )は、日本の政治家。参議院議員(4期)。 衆議院議員(1期)、防衛大臣政務官、参議院国土交通委員長、民主党国会対策委員長代理、衆議院会派「社会保障を立て直す国民会議」国会対策委員長、立憲民主党国会対策委員長代理、高知県議会議員(2期)を歴任した。 高知県土佐清水市出身。高知高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。早稲田大学雄弁会OB。早大在学中の3年間、小渕恵三衆議院議員の下で鞄持ちを務めていた。大学卒業後、西武鉄道グループであったコクドに入社。 1995年、高知県議会議員選挙に7月の第17回参議院議員通常選挙に出馬する父・広田勝(同選挙では落選、第41回衆議院議員総選挙でも高知3区から立候補して落選し、政界を引退。
中平 富宏(なかひら とみひろ、1968年〈昭和43年〉6月… 中平 富宏(なかひら とみひろ、1968年〈昭和43年〉6月10日 - )は、日本の政治家。高知県宿毛市長(3期)。元宿毛市議会議員(3期)。 高知県宿毛市出身。広島自動車工業短期大学卒業。 2003年(平成15年)4月27日、宿毛市議会議員に就任。市議を計3期務める。2011年(平成23年)5月、議長に就任。2015年(平成27年)の市議選には出馬しなかった。 2015年(平成27年)12月6日に行われた宿毛市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を受けて出馬。元市職員の岡崎匡介を破り当選(中平:7,154票、岡崎:5,365票)。投票率は71.01%だった。12月26日、市長就任。 2019年(令和元年)、自民党・公明党の推薦を受けて市長選に立候補。
尾﨑 正直(おざき まさなお、1967年〈昭和42年〉9月1… 尾﨑 正直(おざき まさなお、1967年〈昭和42年〉9月14日 - )は、日本の政治家、大蔵・財務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、内閣官房副長官(政務担当)。自由民主党高知県支部連合会長。 国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官、デジタル大臣政務官兼内閣府大臣政務官、自由民主党副幹事長、高知県知事(公選第17・18・19代)、全国知事会副会長を歴任した。 高知県高知市生まれ。1991年(平成3年)、大蔵省に入省。関税局国際調査課。大蔵省の同期に寺岡光博、阿久澤孝、中村英正、嶋田俊之、堀内斉、岩元達弘、橋本真吾、山崎翼、柴田敬司、田村謙治、長崎幸太郎らがいる。 本省勤務の他、1998年(平成10年)から3年間は外務省へ出向し、在インドネシア日本大使館で書記官(赴任時は二等、2001年(平成13年)より一等)を務める。
尾崎 正直(尾崎 正直、おざき まさなお、1967年(昭和4… 尾崎 正直(尾崎 正直、おざき まさなお、1967年(昭和42年)9月14日 - )は、日本の大蔵・財務官僚、政治家。高知県知事(民選第17・18・19代)。身長177cm、体重75kg。
清藤 真司(きよとう まさし、1965年(昭和40年)5月9… 清藤 真司(きよとう まさし、1965年(昭和40年)5月9日 - )は、日本の政治家。元高知県香南市長(3期)。元高知県議会議員(2期)、元夜須町長(1期)。 高知県香南市出身。父は、夜須町議会議長を務めた清藤考一。高知学芸高等学校を経て、1989年(平成元年)3月、立命館大学産業社会学部卒業。第一証券勤務後、1995年(平成7年)から山本有二衆議院議員、福井照衆議院議員の秘書を務める。 2003年(平成15年)、夜須町長に就任。 2006年(平成18年)3月1日、夜須町は赤岡町、香我美町、野市町、吉川村と合併し消滅。香南市が誕生する。 2007年(平成19年)4月の高知県議会議員選挙に立候補し初当選。
浜田 省司(はまだ せいじ、1963年〈昭和38年〉1月23… 浜田 省司(はまだ せいじ、1963年〈昭和38年〉1月23日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。高知県知事(第20代・21代)。無所属。 本来の表記は「浜」が異体字の濵田 省司で、高知県の公式ホームページではこちらの表記が採用されている。 高知県中村市(現・四万十市)出身。小学4年生のときに高知市に転居。高知市立小高坂小学校、土佐中学校・高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、東京大学法学部卒業。同年4月、自治省に入省。同年7月、京都府庁(地方課・財政課)に配属される。 1991年(平成3年)3月、外務省在サンフランシスコ日本国総領事館に副領事・領事として勤務。1994年(平成7年)5月、福岡県庁に消防防災課長・財政課長として勤務。
桑名 龍吾(くわな りゅうご、1962年11月16日 - )… 桑名 龍吾(くわな りゅうご、1962年11月16日 - )は、日本の政治家。高知県高知市長(1期)。元高知県議会議員(4期)。 高知県高知市生まれ。2歳の時に父親の転勤で香川県高松市に移り、高松市立栗林小学校に入学。その後、龍ヶ崎市立龍ヶ崎小学校(茨城県)に転校するも、6年時には、仙台市立上杉山通小学校(宮城県)へ再び転校。仙台市立上杉山中学校を卒業後、宮城県仙台第三高等学校へ進学。3年時に父の転勤に伴い、國學院大學久我山高等学校へ転校。國學院大學法学部卒業。中学校、高校時代は剣道部に所属し、現在も剣道教士7段として稽古を続けている。 1985年、高知へ帰郷し、高知県経済農業協同組合連合会(JA高知経済連)職員となる。
平山 耕三(ひらやま こうぞう、1962年〈昭和37年〉9月… 平山 耕三(ひらやま こうぞう、1962年〈昭和37年〉9月9日 - )は、日本の政治家。高知県南国市長(3期)。 高知県南国市小籠生まれ。南国市立長岡小学校、土佐中学校、土佐高等学校卒業。1986年(昭和61年)3月、成城大学文芸学部卒業。同年4月、南国市役所に入庁。2013年(平成25年)、財政課長に就任。2015年(平成27年)7月、副市長に就任。 2017年(平成29年)6月19日、南国市長の橋詰壽人が健康上の理由から6月30日付で辞職することを表明。これを受けて平山は同年6月30日に副市長を辞職し、7月30日告示・8月6日投票の市長選挙に立候補、無投票で初当選した。 2021年(令和3年)7月18日投開票の市長選挙で元市議を破り再選した。
楠瀬 耕作(くすのせ こうさく、1960年〈昭和35年〉1月… 楠瀬 耕作(くすのせ こうさく、1960年〈昭和35年〉1月25日 - )は、日本の政治家。高知県須崎市長(4期)。 高知県土佐市出身。12歳の時に須崎市に転居。高知中学校・高等学校卒業。1982年(昭和57年)3月、東京経済大学経営学部卒業。同年4月、東プレ株式会社に就職。中学、高校時代は野球部に属し、1977年(昭和52年)第59回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)に右翼手として出場し、ベスト8まで進む。1984年(昭和59年)4月、ハイヤーの会社に転職。1993年(平成5年)11月、同社の代表取締役に就任。1989年(平成元年)に設立された高知県西部情報通信研究会の事務局長に就任し、須崎ケーブルテレビ株式会社(現よさこいケーブルネット株式会社)の設立メンバーとなる 1994年(平成6年)から同社の常務取締役を務め2011年(平成23年)10月、市長選挙出馬のため辞職。
泥谷 光信(ひじや みつのぶ、1959年〈昭和34年〉3月3… 泥谷 光信(ひじや みつのぶ、1959年〈昭和34年〉3月3日 - 2026年〈令和8年〉3月25日)は、日本の政治家。元高知県土佐清水市長(3期)。 高知県土佐清水市出身。高知高等学校卒業。1982年(昭和57年)、土佐清水市役所に入庁。 2009年(平成21年)、株式会社土佐清水元気プロジェクト常務取締役に就任。2012年(平成24年)、市産業振興課長に就任。 2013年(平成25年)5月26日に行われた土佐清水市長選挙に立候補し、自由民主党の推薦を受けた元市議の田中千盛、現職の杉村章生らを破り初当選を果たした。6月8日、市長就任。※当日有権者数:13,356人 最終投票率:77.86%(前回比:-1.21pts) 2017年(平成29年)5月21日に行われた市長選で葬祭業者の岡本詠を破り再選。
程岡 庸(ほどおか よう、1959年〈昭和34年〉1月7日 … 程岡 庸(ほどおか よう、1959年〈昭和34年〉1月7日 - )は、日本の政治家。高知県土佐清水市長(1期)を務めた。 土佐清水市出身。高知県立高知工業高等学校卒業。電器店(合資会社程岡電器代表社員)を営む傍ら、2015年より土佐清水商工会議所会頭も務めた。 2023年9月5日、土佐清水市長の泥谷光信が病気療養のため任期途中で辞職。これに伴い10月22日に行われた市長選挙に程岡のほか元市議会議員の岡本詠、2度目の挑戦となる会社社長の中山義介、個人投資家の西田充一の4人が立候補。事実上程岡、岡本、中山の三つ巴の争いとなり、前市長の泥谷や多くの市議などの支援を受けた程岡が激戦を制して初当選した。 ※当日有権者数:10,895人 最終投票率:73.78%(前回比: 0.66pts) 当選後のインタビューでは、「公約で掲げたようにふるさと納税の納税額をできるだけ増やし、子育て支援の拡充や福祉政策になどに力を入れたい」と話した。
橋本 敏男(はしもと としお、1958年〈昭和33年〉5月2… 橋本 敏男(はしもと としお、1958年〈昭和33年〉5月20日 - )は、日本の政治家。高知県土佐清水市長(1期)。土佐清水市議会議員(6期)、高知県議会議員(3期)を務めた。 高知県土佐清水市出身。阪南大学経済学部卒業。大学卒業後に土佐清水市へUターン帰郷し、発電事業会社役員、観光関連会社勤務などの経歴を持つ。 1990年(平成2年)に土佐清水市議会議員選挙に立候補し、初当選し6期務める。2015年(平成27年)、第18回統一地方選挙において執行された高知県議会議員選挙に土佐清水市選挙区から無所属で立候補し、初当選を果たした。2019年(平成31年)、2023年(令和5年)の県議選でも当選を果たした。
中谷 元(なかたに げん、1957年〈昭和32年〉10月14… 中谷 元(なかたに げん、1957年〈昭和32年〉10月14日 - )は、日本の政治家、陸上自衛官(最終階級:2等陸尉、レンジャー)。自由民主党所属の衆議院議員(13期)。自由民主党高知県支部連合会副会長。 防衛大臣(第14・26-27代)、安全保障法制担当大臣(第3次安倍内閣)、防衛庁長官(第67代)、内閣総理大臣補佐官(国際人権問題担当)(第2次岸田内閣・第2次岸田第1次改造内閣)、自治総括政務次官(第2次森内閣)、郵政政務次官(第2次橋本改造内閣)、国土政務次官(村山改造内閣)、衆議院総務委員長、自由民主党中央政治大学院長、同党憲法改正推進本部長代行、同党安全保障調査会長、同党安全保障法制整備推進本部本部長、同党政務調査会長代理、自由民主党副幹事長(特命担当)、同党情報調査局長、同党人事委員長、同党政務調査会国防部会長、同党国会対策副委員長、同党通信情報局長、同党高知県支部連合会会長などを歴任した。
中平 正宏(なかひら まさひろ、1956年〈昭和31年〉8月… 中平 正宏(なかひら まさひろ、1956年〈昭和31年〉8月20日 - )は、日本の政治家。元高知県四万十市長(3期)。 高知県西土佐村(現・四万十市薮ヶ市)に生まれる。父親は西土佐村長を務めた中平幹運。高知県立中村高等学校卒業。1999年(平成11年)、JA高知はた理事に就任。 西土佐村議会議員在任中の2002年(平成14年)、村議会議長に就任。2003年(平成15年)、西土佐村長選挙に初当選。 2005年(平成17年)4月10日、中村市と西土佐村が合併して四万十市が誕生。同年、同市の助役となる。のちに副市長に就任。 2013年(平成25年)4月21日に行われた四万十市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を受けて出馬。
松本 敏郎(まつもと としろう、1956年6月15日 - )… 松本 敏郎(まつもと としろう、1956年6月15日 - )は、日本の政治家。高知県黒潮町長(1期)。元・黒潮町役場情報防災課課長。 高知県黒潮町出身。高知県立中村高等学校卒業。1975年7月に大方町役場入庁。2012年4月に情報防災課課長に就任し、2017年3月に黒潮町役場を退職。2018年5月にNPOあかつき理事長に就任し、2020年9月にNPOあかつきを退会。 2020年10月4日に行われた黒潮町長選挙で5375票(得票率97%)を獲得し、無所属新人で会社社長の小田々豊を破って初当選した。 2024年6月、町議会定例会で同年9月の町長選挙には立候補せず1期での退任を表明した。
植田 壯一郎(うえた そういちろう、1956年〈昭和31年〉… 植田 壯一郎(うえた そういちろう、1956年〈昭和31年〉2月6日 - )は、日本の政治家。高知県室戸市長(2期)。元高知県議会議員(5回)、室戸市議会議員(2期)。 高知県佐喜浜町(現・室戸市)生まれ。室戸市立佐喜浜小学校、室戸市立佐喜浜中学校、高知県立高知農業高等学校、東京農業大学農学部卒業。 1983年(昭和58年)、室戸市議会議員に初当選。市議を2期務めたのち、1991年(平成3年)の高知県議会議員選挙に立候補し初当選を果たす。県議時代は自由民主党に所属。2011年(平成23年)の県議選は無所属で立候補し、自民党公認の元参議院議員秘書の弘田兼一に敗れ落選。 その後、一般社団法人室戸市観光協会会長を務める。
板原 啓文(いたはら けいぶん、1955年〈昭和30年〉7月… 板原 啓文(いたはら けいぶん、1955年〈昭和30年〉7月31日 - )は、日本の政治家。高知県土佐市長(5期)。 高知県土佐市出身。高知高等学校、高知大学卒業。 1978年(昭和53年)土佐市役所入庁。企画調整課長、總務課長。 2007年(平成19年)10月21日投開票の土佐市長選挙に立候補し初当選を果たした。投票率は過去最低の49.17%。10月29日、市長就任。 2011年(平成23年)、無投票により再選。 2015年(平成27年)7月16日、平和安全法制関連2法案が衆議院本会議で可決され、参議院へ送付された。これを受けて、同年9月開催の土佐市議会において板原は「安保関連法案は、多くの憲法学者が憲法に抵触すると言っている以上、法案に問題があると判断している。
岡﨑 誠也(おかざき せいや、1953年(昭和28年)3月1… 岡﨑 誠也(おかざき せいや、1953年(昭和28年)3月17日 - )は、日本の政治家。元高知県高知市長(5期)。国民健康保険中央会会長。 高知県宿毛市出身。高知学芸高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、青山学院大学経済学部卒業。同年4月、高知市役所に入庁。 2003年(平成15年)10月、高知市役所産業振興部副部長・産業振興部産業政策課長事務取扱を最後に高知市役所を退職。松尾徹人の高知県知事選挙転出に伴って11月30日に行われた高知市長選挙に立候補。民主党・社民党の推薦と公明県本部の支持を受けて初当選した。 2004年(平成16年)、全国市長会副会長に就任。 2007年(平成19年)、自民党、民主党、公明党、社民党推薦で立候補し再選。
山本 有二(やまもと ゆうじ、1952年〈昭和27年〉5月1… 山本 有二(やまもと ゆうじ、1952年〈昭和27年〉5月11日 - )は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(11期)、農林水産大臣(59代)、再チャレンジ担当大臣兼内閣府特命担当大臣(金融)(第1次安倍内閣)、財務副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、法務総括政務次官(小渕第2次改造内閣)、自治政務次官(第1次橋本内閣)、衆議院予算委員長、同懲罰委員長、同法務委員長、同経済産業委員長、高知県議会議員(1期)、自由民主党財務委員長、同ITS推進・道路調査会長、同経理局長、同道路調査会長、同高知県支部連合会会長、同国会対策副委員長、同建設部会長などを歴任。 高知県高岡郡越知町出身。
中西 哲(なかにし さとし、1951年12月7日 - )は、… 中西 哲(なかにし さとし、1951年12月7日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(1期)、外務大臣政務官(菅義偉内閣)、高知県議会議員(4期)、宿毛市議会議員(1期)を歴任。 高知県宿毛市に生まれる。高知高等学校卒業後、中央大学法学部政治学科に入学し、日本学生同盟に参加。 大学卒業後は高村正彦法律事務所に勤務。1981年、株式会社朝日建物入社。1988年、宿毛市に戻り家業である養殖業を継ぐ。 1995年、宿毛市議会議員選挙に立候補し当選。 1999年、高知県議会議員選挙に立候補し当選。以後4回連続当選。 2015年、任期満了に伴い高知県議を退任。高知県選挙区次期参議院議員候補者に内定した。
石田 祝稔(いしだ のりとし、1951年9月1日 - )は、… 石田 祝稔(いしだ のりとし、1951年9月1日 - )は、日本の政治家。公明党アドバイザー。 衆議院議員(8期)、衆議院経済産業委員長、厚生労働副大臣(第1次安倍内閣)、農林水産副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、公明党政務調査会長、公明党副代表、衆議院総務委員長などを歴任した。 高知県高知市生まれ。 1970年、高知県立高知追手前高等学校を卒業し、電気通信大学に入学するが、1971年に中退した。 その後、1971年に創立された創価大学文学部社会学科に入学し、1975年に卒業した。 1978年、創価大学大学院文学研究科修士課程を修了した。 1979年、東京都庁に入庁した。 1990年、第39回衆議院議員総選挙に公明党公認で高知県全県区(定数5)から出馬し、得票数4位で初当選した。
樋口 恵子(ひぐち けいこ、1951年2月6日 - 2023… 樋口 恵子(ひぐち けいこ、1951年2月6日 - 2023年9月15日)は日本の政治家、元町田市議会議員(1期)。障害者運動の社会活動家、著作家である。 1951年、高知県安芸市生まれ。1歳半で脊椎カリエスを罹患し、中学時代は寝たきり状態の中で施設での生活を体験する。安芸高校の商業科を卒業。このころ、後のパートナーである近藤秀夫に出会う。 1972年、近藤と結婚した。埼玉県へ移り、近藤と生活しつつ高千穂商科大学で会計学を専攻する。卒業後は東京都町田市で障害者の訪問介護事業に携わる。 1984年、ダスキンの「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」の研修生としてアメリカにわたる。カリフォルニア州バークレーの自立生活センターで身体障害者や知的障害者の当事者運動を学ぶ。
法光院 晶一(ほうこういん しょういち、1951年(昭和26… 法光院 晶一(ほうこういん しょういち、1951年(昭和26年)1月3日 - )は、日本の政治家。元高知県香美市長(2期)。 高知県大川村生まれ。1973年(昭和48年)3月、専修大学経済学部卒業。日本図書販売に就職した翌年、高知県に戻り、物部村役場に入庁。 2006年(平成18年)3月1日、物部村は土佐山田町、香北町と新設合併し、香美市が発足する。2008年(平成20年)、香美市役所の総務課長に就任。 2014年(平成26年)3月23日に行われた香美市長選挙に自由民主党・公明党の推薦を受けて出馬。元市議の笹岡優、元県議の黒岩直良、元市議の有元和哉らを破り初当選した。4月9日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。
西本 勝子(にしもと かつこ、1950年4月1日 - 202… 西本 勝子(にしもと かつこ、1950年4月1日 - 2025年2月2日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 高知県高岡郡日高村出身。高知学芸高等学校、獨協大学法学部を卒業後、西本建設(廃業)の代表取締役社長、日高村議会議員を経て、2005年の第44回衆議院議員総選挙に比例四国ブロックから立候補。名簿順位14位と下位だったが、四国のほぼ全ての自民党重複候補が小選挙区当選したため、初当選した。番町政策研究所(高村派)所属。 2006年の自由民主党総裁選挙では安倍晋三を支持した。 2007年6月14日、ワシントン・ポストに掲載されたアメリカ合衆国下院121号決議の全面撤回を求める歴史事実委員会名義の全面広告「THE FACTS」に賛同者として名を連ねた。
西森 弘志 ルイスことルイス・ヒロシ・ニシモリ(ポルトガル語… 西森 弘志 ルイスことルイス・ヒロシ・ニシモリ(ポルトガル語: Luiz Hiloshi Nishimori、1949年4月9日 - )は、ブラジルの政治家。ブラジル社会民主党所属のブラジル連邦下院議員(4期)。 ブラジル連邦共和国パラナ州マリアルバ市出身。高知市立高知商業高等学校、マリンガ州立大学商業科卒業。 パラナ州議会議員(2期)を経て、ブラジル連邦下院議員(4期)を務める。 2024年、旭日中綬章を受章。
小松 幹侍(こまつ けんじ、1949年(昭和24年)2月3日… 小松 幹侍(こまつ けんじ、1949年(昭和24年)2月3日 - )は、日本の政治家。元高知県室戸市長(3期)。 高知県羽根村(現・室戸市羽根町)生まれ。1967年(昭和42年)3月、高知県立高知農業高等学校卒業。同年7月1日、室戸市役所に入庁。福祉事務所長、教育次長兼学校教育課長などを務める。出自は同市吉良川町黒耳地区の中野家で小松家に養子入りしている。 2006年(平成18年)5月31日、市役所を退職。同年11月19日に行われた室戸市長選挙に立候補し、市議の沢山保太郎との一騎打ちを制し初当選を果たした。投票率は65.16%。 2010年(平成22年)、再選。2014年(平成26年)、前々回の市長選以後、東洋町長を1期務めた沢山保太郎を破り3選。
福井 祐輔(ふくい ゆうすけ、1947年(昭和22年)11月… 福井 祐輔(ふくい ゆうすけ、1947年(昭和22年)11月9日 - )は、日本の政治家、陸上自衛官。元静岡県下田市長(1期)。 高知県土佐清水市出身。中学3年のときに下田市に移り住んだ。下田市立下田中学校卒業。1966年(昭和41年)3月、静岡県立下田北高等学校(現・静岡県立下田高等学校)卒業。1967年(昭和42年)3月、防衛大学校に入校。1971年(昭和46年)3月、同校を卒業。同年4月、陸上自衛隊に入隊。第1次カンボディアPKO国際平和協力隊長兼停戦監視員、普通科教導連隊長兼滝ヶ原駐屯地司令、防衛大学校教授などを歴任し、2003年(平成15年)8月、定年退官。退職時階級は陸将補。 2015年(平成27年)7月、NPO法人日本地雷処理・復興支援センター理事を任期満了退職。
江本 孟紀(えもと たけのり、1947年7月22日 - )は… 江本 孟紀(えもと たけのり、1947年7月22日 - )は、高知県香美郡土佐山田町(現:香美市)生まれ、高知県高知市出身の元プロ野球選手(投手)、元参議院議員。東京都在住。
浜渦 武生(はまうず たけお、1947年 - )は、日本の実… 浜渦 武生(はまうず たけお、1947年 - )は、日本の実業家、元議員秘書。国会議員政策担当秘書や東京都知事特別秘書を経て、東京都副知事、東京交通会館副社長、東京都参与を歴任した。自民党の保守派議員グループ青嵐会の裏方を務めたほか、石原慎太郎の側近として知られ、肝煎りで東京都副知事に就任した。 高知県安芸郡北川村出身。父親は公職追放を受けた後、奈半利町内の営林署勤務。奈半利町立奈半利小学校卒業後は父親の意向で妹と一緒に高知市へ移って下宿暮らしし、高知市立潮江中学校へ通う。江本孟紀は中学校の同級生。 高校は高知県立高知追手前高等学校へ進学。高校生時代に高知駅でコーヒー袋を見かけ、それが気になってつられるように高知港を訪れてグアテマラの貨物船に上がり込んで、同国の船会社に就職の交渉を行い、就職と移住の手続きを済ませたが、これが両親に無断のことであり、当時末期がんで入退院を繰り返していた母親から懇願されて断念、父親には大学進学の意志を伝え、関西大学文学部新聞学科へ進学。
門脇 槇夫(かどわき まきお、1946年(昭和21年)11月… 門脇 槇夫(かどわき まきお、1946年(昭和21年)11月10日 - 2019年(令和元年)12月11日)は、日本の政治家、元高知県香美市長(1期)。 高知県出身。高知県立高知農業高等学校卒。農業に従事し、土佐山田町議会議員、同議長、同町長を経て、土佐山田町は2006年に合併で香美市となった。合併後の市長選挙に立候補し、当選した。当選後は地域集落の維持活動に努め、森林林業再生プランを策定、木材などの搬出コストの低減などに力を入れた。2010年に再選。市長を2期務め、2014年に退任した。2017年に旭日小綬章を受章した。
細川 律夫(ほそかわ りつお、1943年〈昭和18年〉8月8… 細川 律夫(ほそかわ りつお、1943年〈昭和18年〉8月8日 - )は、日本の政治家、弁護士。 厚生労働大臣(第13代)、厚生労働副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、衆議院決算行政監視委員長、同環境委員長、衆議院議員(7期)、第89代裁判官弾劾裁判所長、民主党国会対策委員長代理などを歴任した。 高知県吾川郡吾北村(のちの高知県吾川郡いの町)出身。高知学芸高等学校を経て、1966年、明治大学法学部を卒業。卒業後、司法試験に合格し、1974年に弁護士登録(埼玉弁護士会)。1981年、越谷総合法律事務所を開設。大森勧銀事件の被告人の弁護を手がけ、冤罪を晴らし逆転無罪を勝ち取った。 その後、2回連続で総選挙に立候補するが落選。
山﨑 鍈一(やまさき えいいち、1937年(昭和12年)10… 山﨑 鍈一(やまさき えいいち、1937年(昭和12年)10月5日 - )は、日本の政治家。元高知県安芸市長(2期)。 高知県出身。高知県立高知農業高等学校卒。農業に従事し、安芸市議会議員となり、議長などを務める。1989年安芸市長和食富雄が死去。これに伴う市長選挙に立候補し、元市長の岡村喜郎を破り、当選する。1993年に再選。1997年に三選を目指したが、元安芸市職員の井津哲彦に敗れた。
井津 哲彦(いづ てつひこ、1937年(昭和12年)2月11… 井津 哲彦(いづ てつひこ、1937年(昭和12年)2月11日 - )は、日本の政治家。元高知県安芸市長。 高知県安芸郡北川村出身。1959年(昭和34年)中央大学文学部卒業。 1960年(昭和35年)安芸市役所に入り、1985年(昭和60年)総務部福利厚生課長などを経て、高知県文化環境部参事、県国際交流協会常務理事を歴任。1997年(平成9年)安芸市長に当選した。
平野 貞夫(ひらの さだお、1935年〈昭和10年〉12月1… 平野 貞夫(ひらの さだお、1935年〈昭和10年〉12月1日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、参議院財政金融委員長などを務めた。 高知県土佐清水市出身。父は医師。1958年、法政大学法学部法律学科卒業。1960年、法政大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了。衆議院事務局に入局し、園田直の下で副議長秘書、前尾繁三郎の下で議長秘書を務めた後、委員部総務課長、委員部長を経て退職。 1992年7月26日投開票の第16回参議院議員通常選挙に高知県選挙区から無所属(自由民主党、公明党推薦、民社党支援)で立候補し、初当選。国会議員選挙ではそれまでに例のない与党自民党と野党公明党(当時)・民社党(当時)支援の相乗り候補として注目され、小沢一郎と市川雄一によるいわゆる「一・一ライン」の存在が広く知られる契機となる。
西岡 瑠璃子(にしおか るりこ、1934年7月22日 - )… 西岡 瑠璃子(にしおか るりこ、1934年7月22日 - )は、日本の政治家、歌人。元日本社会党参議院議員(1期)。 高知県土佐市出身。1953年土佐高校卒。卒業後はNHK高知放送局に就職する。以後、参院選に立候補するまで勤務。労働運動と女性運動に身を投じ、日放労高知分会書記長、高知県労働組合総評議会婦人部長、日本婦人会議高知県本部議長などを歴任。また、「高知歌人」や「新日本歌人」に所属して歌人としても活動する。 1989年の第15回参議院議員通常選挙に高知県選挙区から日本社会党公認で立候補して初当選。小選挙区制導入に反対を表明し、1994年に栗原透(社会党高知県本部委員長、高知県議)らと共に離党。
和泉 清(いずみ きよし、1926年(大正15年)10月8日… 和泉 清(いずみ きよし、1926年(大正15年)10月8日 - 2015年(平成27年)1月17日)は、昭和から平成時代の政治家。高知県土佐清水市長。 土佐清水市出身。陸軍航空学校卒業。卒業後は兵役に就く。戦後は船員となり、内海航路船長となる。1967年(昭和42年)和泉海事、和泉船舶興業を設立し、各代表となる。1979年(昭和54年)協同生コンを設立し、同代表となる。 1974年(昭和49年)土佐清水市議会議員に当選。3期務める。自由民主党土佐清水支部長を経て、1986年(昭和61年)土佐清水市長に当選。3期務め、1996年(平成8年)引退した。 2015年(平成27年)1月死去、88歳。
山岡 謙蔵(やまおか けんぞう、1926年9月5日 - 19… 山岡 謙蔵(やまおか けんぞう、1926年9月5日 - 1990年9月14日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員(1期)。 高知県高知市出身。1943年高知県立農業学校(現在の高知県立高知農業高等学校)卒。高知県職員などを経て、1959年高知市議会議員に初当選。3期務め、1966年に副議長、1969年に議長を歴任した。1971年から高知県議会議員に転じ、3期務め、1982年に議長に就任した。1983年の第37回衆議院議員総選挙で高知全県区から自民党公認で立候補し当選する。自民党では中曽根派に所属した。1986年の第38回衆議院議員総選挙で落選。1990年の第39回衆議院議員総選挙に再び立候補したが落選した。
平石 磨作太郎(ひらいし まさたろう、1921年10月9日 … 平石 磨作太郎(ひらいし まさたろう、1921年10月9日 - 1992年12月23日)は、日本の政治家。公明党衆議院議員(5期)。 高知県長岡郡大豊町出身。1943年関西大学専門部法律学科卒。東豊永村農業協同組合長を経て、高知市役所に入り、財政課長、厚生部長などを歴任する。公明党高知県本部に入り、1974年5月の参院補選と7月の通常選挙に高知県から公明党公認で立候補したが落選。1976年の第34回衆議院議員総選挙で高知県全県区から立候補して初当選。連続5期務めた。1990年の総選挙に立候補せず、政界から引退する。 1991年11月の秋の叙勲で、勲二等瑞宝章受章。 1992年12月23日、死去。
山原 健二郎(やまはら けんじろう、1920年〈大正9年〉8… 山原 健二郎(やまはら けんじろう、1920年〈大正9年〉8月11日 - 2004年〈平成16年〉3月8日)は、日本の政治家。 高知県議会議員(2期)、衆議院議員(10期)、日本共産党衆議院議員団長、党議員団総会副会長を歴任。 高知県長岡郡本山町出身。 二松學舍専門学校卒。 出征、高知新聞記者を経て中学・高校の国語教師に。 1948年、高知県教育委員に全国最年少で当選(27歳)。 1953年、共産党入党。 1956年からは県教組副委員長、県総評副議長を務め、勤評反対闘争の際に懲戒免職となった。 1963年高知県議当選。 1969年の第32回衆議院議員総選挙で衆院議員に初当選。党衆議院議員団長、党議員団総会副会長を務める。
谷川 寛三(たにがわ かんぞう、1920年6月24日 - 2… 谷川 寛三(たにがわ かんぞう、1920年6月24日 - 2015年11月30日)は、日本の官僚、政治家。元自由民主党参議院議員・衆議院議員。元科学技術庁長官。
井上 泉(いのうえ いずみ、 1916年1月16日 - 20… 井上 泉(いのうえ いずみ、 1916年1月16日 - 2003年5月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)。 現在の高知県南国市出身。高等小学校卒業、1947年高知県稲生村(現南国市)村長、1951年高知県議会議員を経て、1967年の第31回衆議院議員総選挙に高知県全県区で日本社会党より立候補し初当選。以降、7期務める。1990年の第39回衆議院議員総選挙には立候補せず政界から引退した。 同年11月の秋の叙勲で勲二等に叙され。旭日重光章を受章する。 2003年5月18日、呼吸不全のため、高知県高知市の病院で死去した。87歳没。死没日をもって正四位に叙された。 新東京国際空港(現成田国際空港)の一坪共有地の名義人の1人であった。
坂本 昭(さかもと あきら、1913年《大正2年》7月24日… 坂本 昭(さかもと あきら、1913年《大正2年》7月24日 - 1978年《昭和53年》12月2日)は、日本の医師、政治家。旧姓・傍士 高知県選挙区選出の参議院議員で、1956年(昭和31年)から1962年(昭和37年)まで務めた。第24・25・26代高知市長も務め、在任期間は1967年(昭和42年)から1978年(昭和53年)10月まで。 三重県宇治山田市曽根町(現伊勢市)で、中学校英語教師・傍士龍治、茂登恵の長男として生まれた。母方の姓を継ぎ坂本に改姓。
仮谷 忠男(かりや ただお、1913年5月30日 - 197… 仮谷 忠男(かりや ただお、1913年5月30日 - 1976年1月15日)は、日本の政治家、衆議院議員(5期、自由民主党)。建設大臣(第37代)。板垣退助先生顕彰会創立発起人兼顧問。 高知県幡多郡上灘村(現土佐清水市)出身。高等小学校卒業後、家業の農業に携わる傍ら、漁師もしていた。清水町助役、以布利漁協組合長、県漁連副会長を経て1947年より高知県議会議員を4期、同議長も経験して超党派県政をスローガンに公正円満な議会運営で与野党問わず議員の人望を得た。1960年の第29回衆議院議員総選挙に高知県全県区から自由民主党で立候補し、当選する。自民党では佐藤派→田中派に所属する。農林政務次官、建設政務次官、衆議院農林水産委員長を歴任し、田中改造内閣で科学技術庁長官を要請されたが辞退し、1974年三木武夫内閣で建設大臣に就任する。