志村 正雄(しむら まさお、1929年9月25日 - 202… 志村 正雄(しむら まさお、1929年9月25日 - 2022年4月24日)は、日本のアメリカ文学者。東京外国語大学名誉教授、鶴見大学名誉教授。 20世紀アメリカ文学専攻で、トマス・ピンチョン、ジョン・バースなどを研究、翻訳した。 東京府豊多摩郡渋谷町(現在の渋谷区広尾)生まれ。評論家のマークス寿子は実妹。 1953年に東京外国語大学外国語学部英米語学科を卒業。1962年ニューヨーク大学大学院英米科修士課程修了。1961年コロンビア大学助手、1962年インディアナ大学専任講師、1964年コロンビア大学兼任講師、1967年鶴見女子大学助教授、1970年横浜市立大学助教授、1972年東京外国語大学助教授、1974年教授、1993年定年退官、名誉教授、鶴見大学教授、2000年退職、名誉教授。
阿部 幸夫(あべ ゆきお、1929年 - 2016年)は、日… 阿部 幸夫(あべ ゆきお、1929年 - 2016年)は、日本の中国文学者。 東京生まれ。東京外国語大学卒、同専攻科中国文学専攻中退。成城大学、昭和女子大学などの非常勤講師をへて、1985年実践女子大学教授。2000年定年退職。 『北斗』に参加。夏衍を中心とした中国現代演劇(話劇)を専門としたが、中国古典を題材とする一般書を多く書いた。
飯田 規和(いいだ のりかず、1928年11月6日 - 20… 飯田 規和(いいだ のりかず、1928年11月6日 - 2004年1月12日)は、日本のロシア文学者・翻訳家。元新潟女子短期大学学長。筆名が飯田規和(いいだ きわ)。 1928年、山梨県石和町(現・笛吹市)で生まれる。1950年4月東京外国語大学に入学、外国語学部ロシヤ語学科で学び、1955年に卒業。 1955年、日ソ翻訳出版懇話会勤務。同会でソ連の出版物の翻訳・出版の仲介などに18年間従事する傍ら翻訳の仕事に精力的に取り組んだ。埼玉大学講師などを務めたほか、1973年東京外国語大学勤務を経て、1974年同大学教授。1991年停年退官し、同年新潟女子短期大学教授。1997年から県立新潟女子短期大学学長。
倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年… 倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年)は、日本のフランス文学者、翻訳家。神奈川大学名誉教授。 東京府生まれ。1953年東京外国語大学フランス学科卒。1958年から1960年までパリ大学文学部留学。上智大学助教授、教授、神奈川大学教授、1998年定年退任、名誉教授。 シャルル・ペギーを中心にキリスト教文学を研究、翻訳した。フランス語のみならずイタリア語、スペイン語、英語に通じ、語学教科書も数多く執筆した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 201… 伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 2017年9月18日)は、中国文学者、東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1947年東京外国語学校中国語科卒業。1950年東京大学文学部中国文学科卒業、1952年同大学院満期退学、東京都立大学 (1949-2011)(現首都大学東京)助手、1959年専任講師、1964年助教授、1970年東大教養学部助教授(中国語)、1974年教授、1987年定年退官、名誉教授、中京大学教授。1992年同教養部長、1997年定年。 若いころ中国文学仲間と同人誌『北斗』を創刊、のち日中友好協会理事長、会長を務めた。業績は多岐にわたるが、特に老舎で、日本老舎研究会会長も務めた。
泉 三太郎(いずみ さんたろう、1926年4月21日 - 2… 泉 三太郎(いずみ さんたろう、1926年4月21日 - 2003年1月10日)は、日本のロシア文学者、翻訳家、図書出版社社長。 本名・山下三郎。兄にドイツ文学者の山下肇。弟に三浦大四郎(文芸座プロモーション代表取締役)。 東京生まれ。1949年、東京外国語大学ロシア科を卒業し、泉 三太郎名義で『イルクーツク物語』の翻訳(1961年度テアトロン賞)など、当時のソビエト文学の翻訳、紹介とともに、自作の小説、評論等を発表する。さらにソビエトの演劇を紹介し、「イルクーツク物語」「私のかわいそうなマラート」などの日本での上演にも関わった。 1955年に大病を患ったのを機に、出版社経営に注力するようになり、図書出版社社長、ダヴィッド社取締役などを務めた。
猪狩 博(いかり ひろし、1926年 - 2008年10月2… 猪狩 博(いかり ひろし、1926年 - 2008年10月21日)は、日本の翻訳家、英文学者。 東京出身。1944年、東京府立第六中学校(現都立新宿高等学校)卒業。東京外国語大学英語科卒。高輪高等学校教諭を経て千葉商科大学教授、1997年定年退任、名誉教授。 代々木ゼミナール英語科講師、旺文社大学受験ラジオ講座講師も務めた。『新クラウン和英辞典』(三省堂)の編者。 奥田俊介らとともに、アンブローズ・ビアスの翻訳などを発表(奥田とは、千葉商科大学・代々木ゼミナール両方での同僚)。J・D・サリンジャーに関する論文もある。 代ゼミ同僚の英語講師、潮田五郎、青木義巳とは、5年違いで全員東京外国語大学の先輩・後輩であったことから、「あいう」のトリオとも言われた(年齢が高い順に猪狩、潮田、青木)。
黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 20… 黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 2014年8月30日)は、日本のペルシャ語学者・ペルシャ文学者、翻訳家。日本国におけるペルシア語・ペルシア文学研究の礎を築き、普及に努めた。アラビア語・ペルシア語・ウルドゥー語の辞書を編纂した。 東京外事専門学校卒。東京外国語大学助教授、教授、1989年定年退官、名誉教授、大東文化大学教授。
木村 浩(きむら ひろし、1925年3月8日 - 1992年… 木村 浩(きむら ひろし、1925年3月8日 - 1992年10月30日)は、日本のロシア文学者。筆名は、北野純、北見一郎。 東京府(現・東京都)生まれ。1945年、東京外事専門学校(現・東京外国語大学)露語科卒業。1950年から1953年まで旺文社勤務の後、1957年から1967年にかけて法政大学、横浜市立大学(1961年度 - 1966年度)、東京大学などで講師を歴任した。一方、ロシアの小説作品を数多く訳し、特にアレクサンドル・ソルジェニーツィンの翻訳で知られ、本人と交流があり、ソルジェニーツィンの国外追放などソ連の模様もレポートした。『ロシア文学の周辺』など著書も多く、流ちょうな随筆風の語り口に特色がみられる。
高村 智(たかむら さとる、1925年 - 1998年)は、… 高村 智(たかむら さとる、1925年 - 1998年)は、日本のフランス文学者。東京都立大学教授。 1925年(大正14年)、東京生まれ。東京外国語学校(現 東京外国語大学)仏語科、早稲田大学仏文科卒業。のち東京都立大学教授に就任。 1953年(昭和28年)、宮城県気仙沼市出身の詩人、梶原しげよと結婚。 フランスの詩人、ポール・エリュアールやピエール・ルヴェルディ著書の翻訳を主に行い、またジュール・シュペルヴィエルの研究をした。 1998年(平成10年)に逝去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
寺尾 善雄(てらお よしお、1923年 - 1987年)は、… 寺尾 善雄(てらお よしお、1923年 - 1987年)は、日本の中国文学者、作家。岡山県生まれ。 東京外国語学校支那語科卒。夕刊岡山新聞社、サンケイ新聞社、秋田書店に勤務。中国古典の翻訳や一般向けの書物を多く書いた。
安田 一郎(やすだ いちろう、1922年9月27日 - 19… 安田 一郎(やすだ いちろう、1922年9月27日 - 1992年)は、日本の英語学者、英文学者、成城大学名誉教授。NHKラジオ『続・基礎英語』の講師として知られる。 東京入谷生まれ。1944年9月東京外国語学校英語部卒。1947年埼玉県経済部倍賞課嘱託、1949年埼玉地方経済調査庁経済調査官、1952年埼玉県地方行政観察局総理府事務官、埼玉大学教育学部附属中学校教官、1962年東京教育大学指導主事課程修了、1963年から64年にかけてフルブライト留学生としてミシガン大学に学び研修修了、帰国後に成城大学短期大学部講師、1965年NHK英語講座『続・基礎英語』講師(-1980年)、1967年成城短大助教授、1976年教授、1977年成城大学法学部教授(英語)、1978年大学評議員、1983年から87年図書館長、1990年成城大学定年退職、名誉教授、調布学園女子短期大学教授。
長南 実(ちょうなん みのる、1920年 - 2007年)は… 長南 実(ちょうなん みのる、1920年 - 2007年)は、日本のスペイン文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 東京外国語大学に入学して会田由に師事。卒業後は天理大学助教授に就いた。その後、母校である東京外国語大学教授となった。大学でスペイン語を教授するとともに、多くの翻訳を手掛けた。
店村 新次(たなむら しんじ、1919年3月3日 - 199… 店村 新次(たなむら しんじ、1919年3月3日 - 1991年8月20日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。同志社大学名誉教授。 フランス文学のほか、音楽関係の翻訳が多い。 満洲奉天生まれ。1941年東京外国語学校フランス語科卒。大日本航空に入りシンガポールで終戦を迎え抑留ののち復員。京都府立第三中学校(のち京都府立山城高等学校)教諭) 1950年天理大学助教授) 1953年同志社大学商学部助教授、教授。1983年「ロジェ・マルタン・デュ・ガール研究」で京都大学文学博士。1985年定年退任、聖隷学園聖泉短期大学教授。1991年8月20日、大腸癌のため死去。
大嶋 正(おおしま ただし、1918年(大正7年)4月11日… 大嶋 正(おおしま ただし、1918年(大正7年)4月11日 - 1984年(昭和59年)3月3日)は、スペイン文学者、同志社大学商学部教授。専攻はスペイン古典文学。 福井県福井市出身。1940年、東京外国語学校スペイン語部文科を卒業する。日本郵船社員、都新聞記者などを経て、1962年に同志社大学商学部助教授となる。 1966年、給与所得者は過重な税負担を課せられているとして「サラリーマン税金訴訟」を起こした。一、二審で敗れ、1984年3月3日、最高裁上告中にS状結腸癌により死去。享年65歳。 1975年、『魔女セレスティナ』で第12回日本翻訳文化賞を受賞する。
北垣 信行(きたがき のぶゆき、1918年1月7日 - 19… 北垣 信行(きたがき のぶゆき、1918年1月7日 - 1981年10月21日)は、日本のロシア文学者。 茨城県下妻市出身。1944年東京外国語学校ロシヤ語科卒業。北海道大学助教授を経て、東京大学教養学部教授。当初大竹博吉とともにルイセンコ論争に加わったが、のちロシア文学の翻訳・研究に専念し、レールモントフ、ゴーゴリのほか、トルストイ『戦争と平和』、ドストエフスキー『罪と罰』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』などを翻訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
太田 辰夫(おおた たつお、1916年〈大正5年〉6月29日… 太田 辰夫(おおた たつお、1916年〈大正5年〉6月29日 - 1999年〈平成11年〉1月31日)は、日本の中国語学者・中国文学者。 東京生まれ。東京外国語学校支那語科卒、1961年「現代中国語文法の歴史的研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。神戸市外国語大学助教授、教授、1982年名誉教授、京都産業大学教授。1999年、肺炎のため死去。死没日付をもって勲六等単光旭日章を追贈された。 呉承恩を『西遊記』の作者ではないとする立場にたって、中国古典文学大系版の『西遊記』の翻訳にたずさわった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岡本 隆三(おかもと りゅうぞう、1916年3月31日 - … 岡本 隆三(おかもと りゅうぞう、1916年3月31日 - 1994年4月14日)は、日本の作家・中国文学者。 静岡県生まれ。1937年東京外国語学校支那語科卒業。戦後横浜国立大学助教授を務めるが辞職して文筆に専念する。近現代文学が専門。中華人民共和国と文化大革命、毛沢東の支持者であった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小沢 政雄(おざわ まさお、1916年3月28日 - 199… 小沢 政雄(おざわ まさお、1916年3月28日 - 1996年10月4日)は、日本のロシア文学者。上智大学名誉教授。 神奈川県小田原市国府津(当時の同県足柄下郡国府津村)出身。1938年東京外国語学校ロシア語科卒業、陸軍士官学校教官、戦後拓殖大学講師、1955年『ロシア・リアリズムの系譜』で日本翻訳出版文化賞受賞、1957年上智大学外国語学部ロシア語科設置に際し教授、1986年定年退職、名誉教授。 1996年10月4日、腎不全のため死去。
石井 正之助(いしい しょうのすけ、1912年 - 1990… 石井 正之助(いしい しょうのすけ、1912年 - 1990年)は、英文学者、東京学芸大学名誉教授。東京都生まれ。麹町小学校、旧制豊山中学校を経て、1935年東京外国語学校英語部卒業、50年文部省内地研究員として東京文理科大学在籍。51年ガリオア留学生として米国オハイオ州立大学大学院に学ぶ。69年「ロバート・ヘリック研究」で東京教育大学文学博士。東京学芸大学教授、76年定年退官、名誉教授、白百合女子大学教授。83年退職。
岩田 一男(いわた かずお、1910年4月23日 - 197… 岩田 一男(いわた かずお、1910年4月23日 - 1977年12月7日)は、日本の英語学者、英文学者。ロバート・ルイス・スティーヴンソン研究の日本における第一人者で、スティーヴンソン・クラブの日本人唯一の会員。 横浜生まれ。祖父の岩田幸吉は中区石川町で質店を営んでいた。神奈川県立横浜第三中学校卒業。1932年(昭和7年)、東京外国語学校英語部文科卒業。横浜高等女学校(現横浜学園高等学校)教諭、小樽高等商業学校(現小樽商科大学)教授を経て、1943年(昭和18年)に東京商科大学(現一橋大学)講師、翌年に教授。1971年(昭和46年)に定年を前に退職。一橋文芸顧問を務めた。 横浜高等女学校では中島敦の同僚で、中島の「光と風と夢」に対するスティーヴンソンの手紙の影響を論じたりしている。
柏熊 達生(かしわぐま たつお、1907年11月13日 - … 柏熊 達生(かしわぐま たつお、1907年11月13日 - 1956年5月27日)は、日本のイタリア文学者、東京外国語大学教授。 1907年(明治40年)、千葉県生まれ。本名は柏熊宜三。1928年(昭和3年)、東京外国語学校イタリア語科卒。翌年、外務省留学生としてローマへ渡り大使館に勤務する。1940年(昭和15年)に帰国して東京外国語大学の講師、翌年教授となる。著書として『伊太利案内』(1940年)、翻訳としてボッカッチョ『デカメロン』、コッローディ『ピノッキオ』、デ・アミーチス『クオレ』など。1956年5月27日死去。48歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
安藤 一郎(あんどう いちろう、1907年〈明治40年〉8月… 安藤 一郎(あんどう いちろう、1907年〈明治40年〉8月10日 - 1972年〈昭和47年〉11月23日)は、日本の詩人、英文学者、翻訳家。 1928年東京外国語学校英語科卒業、東京府立第六中学校(現・東京都立新宿高等学校)教師、1938年米沢高等工業学校講師、1939年助教授、1941年母校助教授、のち東京外国語大学教授、1971年定年退官。詩人、翻訳家として著述多く、日本現代詩人会会長を務めた。没後の1973年、『摩滅』で無限賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小稲 義男(こいね よしお、1907年2月 - 1991年6… 小稲 義男(こいね よしお、1907年2月 - 1991年6月30日)は、英語・英文学者。 東京出身。東京外国語学校卒業。上智大学教授を務め、研究社『新英和中辞典』を編纂した。 1991年6月30日、心不全のため死去。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
石川 湧(いしかわ ゆう、1906年11月10日 - 197… 石川 湧(いしかわ ゆう、1906年11月10日 - 1976年10月31日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京学芸大学名誉教授。 栃木県生まれ。本名・わくみ。1927年東京外国語学校フランス語科卒業。はじめ唯物論、マルクス主義関係の文献、フランス文学を訳す。戦後、東京学芸大学教授を務め、モーリス・ルブラン、ジュール・ヴェルヌなどの翻訳で知られた。翻訳家の石川布美は娘。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
神西 清(じんざい きよし、1903年11月15日 - 19… 神西 清(じんざい きよし、1903年11月15日 - 1957年3月11日)は、日本のロシア文学者、翻訳家、小説家、文芸評論家。 1903年、内務省の官吏の息子として東京市に生まれる。1910年、麹町の番町小学校に入学。父の転勤に伴って日本国内各地を転々とした末、父は台湾へ赴任。清も台湾の日本人学校に学ぶ。内向的で孤独な少年だった。1912年、父をマラリアで失う。 1916年、東京府立第四中学校(現在の東京都立戸山高等学校)に入学。このころ、母方の伯母を頼って北村家に同居。従兄の北村寿夫の影響で文学に親しむ。中学で、終生の友人竹山道雄と知り合う。 1920年、旧制第一高等学校に入学。堀辰雄と知り合う、親交は終生続き、堀の没後には全集の編集を担当した。
塩谷 太郎(しおや たろう、旧字体: 鹽谷 太郞、1903年… 塩谷 太郎(しおや たろう、旧字体: 鹽谷 太郞、1903年〈明治36年〉11月8日 - 1996年〈平成8年〉)は、日本の翻訳家、児童文学者。本名・相馬 一正(そうま かずまさ)。 群馬県桐生市生まれ。群馬県立桐生中学校出身。東京外国語学校(現・東京外国語大学)ドイツ語科を卒業。商社勤務を経て翻訳家になる。ドイツ語圏、英語圏の児童文学・ノンフィクションなどを日本語に翻訳した。最初の訳書はおそらく1941年のテオドル・シュトルム『少女ローレ』(改造社)。(ヴィツキー・バウムの長篇 Das große Enimaleins を訳出したが、出版に至っていない。)1962年、『ハウフ童話全集』でサンケイ児童出版文学賞を受賞。
会田 由(あいだ ゆう、1903年4月3日 - 1971年2… 会田 由(あいだ ゆう、1903年4月3日 - 1971年2月27日)は、日本のスペイン文学者、翻訳家。『ドン・キホーテ』の日本初の完訳者であり、日本のスペイン文化研究の先駆者である。 1903年、熊本県生まれ。1927年、東京外国語学校スペイン語科を卒業。在学中は永田寛定の下で学ぶ。 戦後の1949年、東京外国語大学講師となり、のち教授を務めた。その間、東京大学教養学部でも非常勤講師として、スペイン語授業を担当、スペイン文化研究の先鞭をつけた。1965年より神奈川大学教授を務めた。 数多くのスペイン語文学を翻訳したが、特に『ドン・キホーテ』の和訳を1962年に完結させ、最初の完訳者となった。翻訳は師の永田寛定訳(岩波文庫版)が先行していたが、手間取っているうちに会田が先に完成させ、以後数社の「外国文学全集」に収録され、重刷された。
井汲 越次(いくみ えつじ、1903年 - 1976年)は、… 井汲 越次(いくみ えつじ、1903年 - 1976年)は、日本のドイツ文学者。 1924年東京外国語学校独語科卒。同人誌『河』に参加。戦後、大阪府立大学教授、大阪女子大学教授、1967年大手前女子大学教授を歴任し、ドイツ・ロマン派、特にハイネを研究、翻訳した。
小栗 孝則(おぐり たかのり、1902年3月22日 - 19… 小栗 孝則(おぐり たかのり、1902年3月22日 - 1976年)は、日本のドイツ文学者、詩人、翻訳家。 東京生まれ。海軍大将の小栗孝三郎の長男。父親の母方の親戚に戸田城聖がいる。 東京府立第一中学校を経て東京外国語学校ドイツ語科中退。1937年の『新編シラー詩抄』のうちの「人質」をネタとして太宰治が「走れメロス」を書いた。
岩崎 純孝(いわさき じゅんこう、1901年4月9日 - 1… 岩崎 純孝(いわさき じゅんこう、1901年4月9日 - 1971年2月27日)は、日本の伊文学者。日本ファシズム連盟創設者。 静岡県出身。かつて平塚市長を務めた作家の戸川貞雄の弟。東京外国語学校イタリア語科卒業。本名は「よしたか」(漢字は同じ)。 イタリアのファシズムの台頭に応じてファシズム文学、イタリア文学の翻訳家として活躍。1932年に日本ファシズム連盟を結成した。戦後は児童文学の再話・翻訳などを多く手掛け、ボッカッチョ「デカメロン」、ダヌンツィオ「死の勝利」などを訳した。「沙漠の秘密」「馬と少年」などの創作童話も書いた。 没後の1988年に、絶版となって久しいボンテンペルリ『わが夢の女』が、ちくま文庫に収められ話題となった(『わが夢の女』は短編集であり、そのうちの1篇「太陽の中の女」が、『ちくま文学の森4 おかしい話』にも所収、新版・ちくま文庫、2010年)。
上田 敏雄(うえだ としお、1900年7月21日 - 198… 上田 敏雄(うえだ としお、1900年7月21日 - 1982年3月30日)は、日本の詩人、文学者。Toshio Ueda としても作品を発表した。アバンギャルディストとして青年期から晩年期にいたるまでユニークな詩と詩論を展開した。とくに昭和前期の超現実主義運動の輝ける旗手として注目された。日本における最初のシュルレアリスム宣言を発表したことでも知られる。芸術の自律的なメカニズムを認める立場から、カトリシズム・仏教思想等の外部からの概念導入なしに芸術世界の成立はないという立場に変化し、独自のネオ・シュルレアリスム詩観を提唱した。 1900年(明治33年)、山口県吉敷郡大道村(現:山口県防府市大道)にて生まれる。
永井 順(ながい じゅん、1896年2月9日 - 1971年… 永井 順(ながい じゅん、1896年2月9日 - 1971年2月4日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 東京出身。書家・作詞家の永井素岳の子として生まれる。東京外国語学校卒、東京外国語大学教授。1960年に定年で退官し、名誉教授を務めた。
笠井 鎮夫(かさい しずお、1895年12月27日 - 19… 笠井 鎮夫(かさい しずお、1895年12月27日 - 1989年5月21日)は、日本の文学研究者、スペイン語学・文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。日本の怪異譚にも関心をもち、僖真 学人を名乗った。 岡山県岡山市出身。1919年東京外国語学校西語学科卒業。同年4月同校助教授。1929年同校教授。1949年東京外国語大学教授、同年7月から1951年まで同大学附属図書館長を兼任。1959年定年退官、名誉教授、南山大学教授、1972年退職。 日本とスペイン語圏文化の交流に尽力し、日本ボリビア協会理事、日本アルゼンチン協会評議員などを歴任。『西譯古今名句選』では、俳句のスペイン語訳を行った。 1965年6月、スペイン政府からイサベル・ラ・カトリカ勲章(スペイン語版、英語版)を受章。
菊池 仁康(きくち にこう、1895年〈明治28年〉5月29… 菊池 仁康(きくち にこう、1895年〈明治28年〉5月29日 - 1967年〈昭和42年〉9月14日)は、大正から昭和中期の青森県の実業家でロシア文学者。実業家としては板柳銀行頭取を務め、合併後の青森銀行では取締役となったほか、菊屋百貨店社長としても活躍した。 その一方で、ドストエフスキーやプーシキンの翻訳を行うなどロシア文学者としても知られ、詩人福士幸次郎の地方主義運動に参加するなど文化人としても足跡を残した。 青森県北津軽郡板柳村(現・同郡板柳町)出身。父・菊池仁了、母・たかの長男として生まれる。(旧制)県立青森中学校卒業後、上京し、明治大学政治経済科を中退した後、ニコライ露西亜神学校、東京外国語学校(現・東京外国語大学)でロシア語を学ぶ。
橋本 修(はしもと おさむ、1895年-1990年)は、英語… 橋本 修(はしもと おさむ、1895年-1990年)は、英語・英文学者。 東京外国語学校英語科卒。拓殖大学教授、大倉高等商業学校(現東京経済大学)教授、髙島屋飯田株式会社顧問、明治大学経営学部教授、66年定年退任、名誉教授、68年「外国貿易商務論」で明大商学博士。国士舘大学教授、和光大学教授。商業英語について多くの著作があり、文学でもトマス・ハーディを研究した。
岡野 馨(おかの かおる、1893年2月20日 - 1941… 岡野 馨(おかの かおる、1893年2月20日 - 1941年12月12日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 俳人岡野知十の子として東京に生まれる。1915年、東京外国語学校卒業。1921年、フランスに渡る。のち陸軍大学校教授。墓所は多磨霊園。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
米川 正夫(よねかわ まさお、1891年11月25日 - 1… 米川 正夫(よねかわ まさお、1891年11月25日 - 1965年12月29日)は、日本のロシア文学者、翻訳家。 1891年、岡山県高梁町の質屋を営む家庭に四男として生まれ育つ。旧制高梁中学校(現:岡山県立高梁高校)時代にツルゲーネフ『片恋』(訳:二葉亭四迷)を愛読、ロシア語の道を志して、1909年、東京外国語学校(通称・外語/現・東京外国語大学)ロシヤ語本科に入学。翌年、級友の中村白葉などと共に雑誌『露西亜文学』を創刊し、この雑誌で翻訳を始める。1912年、東京外国語学校を首席で卒業。 卒業後、鉄道省の採用試験を受験するも失敗。しばらくフリーランスの翻訳や来日ロシア人の通訳で生計を立てた。1912年8月、三菱に入社し、長崎支店に勤務。
中村 白葉(なかむら はくよう、1890年11月23日 - … 中村 白葉(なかむら はくよう、1890年11月23日 - 1974年8月12日)は、ロシア文学者。
永田 寛定(ながた ひろさだ、1885年1月1日 - 197… 永田 寛定(ながた ひろさだ、1885年1月1日 - 1973年8月2日)は、日本のスペイン文学者、翻訳家。 東京生まれ。1909年東京外国語学校西斑牙語科卒業、戦後、東京外国語大学教授を務めた。スペイン文学の翻訳、教育に尽くした。 岩波文庫で、セルバンデス『ドン・キホーテ』完訳に挑んだが、徹底的に直す翻訳作業で、行の頭にこの字が来てはいけない、といった直し方を続けたため、続編の翻訳半ばで死去、弟子の高橋正武が継いで、最終巻を刊行した。なお『ドン・キホーテ』は、弟子の会田由が先に完訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小柳 篤二(おやなぎ とくじ、1883年〈明治16年〉8月1… 小柳 篤二(おやなぎ とくじ、1883年〈明治16年〉8月1日 - 1985年〈昭和60年〉12月23日)は、日本のドイツ文学者、ドイツ語学者。元東京高等学校独語主任教授、元早稲田大学教授。日出学園名誉園長。 新潟県新潟区学校町通(現 新潟市中央区学校町通)出身。1903年(明治36年)3月に新潟中学校を卒業、9月に第一高等学校大学予科理科に入学するも、病気で中退。 新潟中学校の5年先輩の櫻井天壇の所によく遊びに行き、ゲーテやシラーの話を聞いたり、ドイツ語の詩を教えられたりしたことがきっかけで、ドイツ語の道に入ろうと思うようになる。 1909年(明治42年)3月に東京外国語学校独語学科を卒業、1912年(明治45年)に東京帝国大学文科大学文学科選科を修了。
寺尾 寿(てらお ひさし、安政2年9月25日(1855年11… 寺尾 寿(てらお ひさし、安政2年9月25日(1855年11月4日) - 大正12年(1923年)8月6日)は、明治・大正時代の福岡県出身の日本の天文学者、数学者。近代日本天文学の基礎を固めたことで知られている。門下生には平山信、木村栄、平山清次らがいる。
丸川 誠司(まるかわ せいじ)は、日本の仏文学者。専門はフラ… 丸川 誠司(まるかわ せいじ)は、日本の仏文学者。専門はフランス現代詩など。早稲田大学教育学部複合文化学科教授。 東京外国語大学外国語学部フランス語科卒業。パリ第8大学文学博士(Doctorat ès lettres)。早稲田大学教育学部助教授を経て、同教授。専門はフランス現代詩、思想、近代美術、翻訳論。
西口 拓子(にしぐち ひろこ)は、日本のドイツ文学者。早稲田… 西口 拓子(にしぐち ひろこ)は、日本のドイツ文学者。早稲田大学理工学術院社会文化領域教授。日本児童文学学会特別賞受賞。 神奈川県出身。東京外国語大学でドイツ語を専攻し、1992年から93年までゲッティンゲン大学留学(文部省派遣留学生)。1999年通訳案内業免許(ドイツ語)取得。2003年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(文学)。 2007年専修大学経営学部専任講師。2008年ドイツ語技能検定試験出題委員。2009年専修大学経営学部准教授。2011年コブレンツ・ランダウ大学特別研究員。2015年専修大学経営学部教授、カッセル大学ドイツ語学文学科訪問教授。 2019年早稲田大学理工学術院創造理工学部社会文化領域教授。
村田 真一(むらた しんいち)は、日本のロシア文学者。上智大… 村田 真一(むらた しんいち)は、日本のロシア文学者。上智大学外国語学部ロシア語学科教授。ウクライナ・古典私立大学栄誉教授。日本スラヴィスト協会会長。 岩手県盛岡市生まれ。1983年東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科卒業。東京外国語大学大学院外国語学研究科スラブ系言語専攻修士課程修了。青山学院大学国際政治経済学部助教授などを経て、2004年上智大学外国語学部ロシア語学科教授。2007年プーシキン・メダル(英語版)受賞。2010年上智大学ヨーロッパ研究所所長。2012年日本ロシア文学会理事。2016年ウクライナ・日本スラブ学会会長、ポルタワ国立教育大学名誉教授。2017年上智大学外国語学部長、ウクライナ・古典私立大学栄誉教授。