田中 智仁(たなか ともひと、1982年 - )は、日本の社… 田中 智仁(たなか ともひと、1982年 - )は、日本の社会学者。犯罪社会学や環境犯罪学に依拠した警備業研究を展開している。また、アニメーションのエログロ表現に関する研究も行っている。 論文「犯罪統制主体としての警備業―その社会学的位置づけ」により2009年に白山社会学会賞を受賞した。また、著書『警備業の社会学―「安全神話崩壊」の不安とリスクに対するコントロール』により、2010年に日本社会病理学会出版奨励賞と日本犯罪社会学会奨励賞を受賞した。ほか、2010年に特定非営利活動法人日本防犯装備協会特別功労賞を受賞している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大賀 哲(おおが とおる、1975年 - )は、日本の政治学… 大賀 哲(おおが とおる、1975年 - )は、日本の政治学者、立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部教授。専門は、国際政治学・国際関係論。 東京都出身。1999年、東洋大学法学部卒業。2005年、英国エセックス大学政治学部博士課程修了(Ph.D. in Ideology and Discourse Analysis)。神戸大学大学院国際協力研究科助教(2007年4月~)、九州大学大学院法学研究院准教授(2008年2月~)を経て、2026年4月より立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部教授。この間、オックスフォード大学セントアントニーズ・コレッジ、ケンブリッジ大学アジア中東学部、コロンビア大学人権研究所で在外研究を行う。
高橋 恭介(たかはし きょうすけ、1974年8月21日 - … 高橋 恭介(たかはし きょうすけ、1974年8月21日 - )は、日本の政治活動家、起業家。自由民主党千葉県第14区支部長。株式会社あしたのチーム創業者。株式会社給与アップ研究所代表取締役社長。 千葉県鎌ケ谷市にて誕生。両親と2つ上の兄がひとりの4人家族だったが、のちに長女と次女が生まれ6人家族となる。 妹が2人生まれたことをきっかけに千葉県柏市に転居。いわゆる大家族の分類であり、どちらかというと貧しく家族旅行や外食した経験もほとんどないことを明らかにしている。 中学時代は文武両道で、スポーツは野球に打ち込み、学級委員長や生徒会副委員長も務め、充実した中学時代を送っていたという。1990年には市内で最も偏差値の高かった進学校である船橋高校に入学。
谷口 英規(たにぐち ひでのり、1969年7月20日 - )… 谷口 英規(たにぐち ひでのり、1969年7月20日 - )は、日本の野球選手(内野手)、野球指導者、学者。2000年から上武大学で硬式野球部の監督を務め、ビジネス情報学部スポーツ健康マネジメント学科教授でもある。旧名は谷口 英功。 浦和学院では鈴木健と同期で、1986年夏には2年生エースとして同校初の全国大会である第68回全国高等学校野球選手権大会への出場を果たす。本大会では3回戦で大会屈指の好投手と言われた上田俊治を擁し、2番手投手として高津臣吾も控えていた広島工を完投で、準々決勝では岡林洋一を擁する高知商を4安打完封してそれぞれ破り、ベスト4に進出。準決勝で水口栄二と佐野重樹を擁する松山商に敗れた。
川野 明正(かわの あきまさ、1967年7月21日 - )は… 川野 明正(かわの あきまさ、1967年7月21日 - )は、日本の民俗学者・中国文学者・随筆家。明治大学法学部教授であり、日本石仏協会会長。明治大学獅子狛犬研究所所長(研究代表者)。専門はアジア民俗学、特に民間信仰。 1967年、東京都渋谷区松濤出身。 2025年5月現在著作合計100本。
関 修(せき おさむ、1961年 -)は、日本の現代思想学者… 関 修(せき おさむ、1961年 -)は、日本の現代思想学者。専門は、フランス現代思想、文化論(主にセクシュアリティ、精神分析理論、ポピュラーカルチャースタディ)。明治大学法学部非常勤講師。2014年、明治大学で行われた「嵐のPVを見るだけの授業」が話題となった。
菊地章太(きくち のりたか、1959年4月2日 - )は、日… 菊地章太(きくち のりたか、1959年4月2日 - )は、日本の宗教史学者、東洋大学名誉教授。専門は比較宗教史。 神奈川県横浜市磯子区に生まれる。1978年神奈川県立外語短期大学付属高等学校卒業、1982年筑波大学芸術専門学群美術史専攻卒業、1984年同大学院博士前期課程修了、Institut catholique de Toulouseに留学、カトリック神学を学ぶ。 桜花学園大学助教授、2005年東洋大学ライフデザイン学部教授。2009年「神呪経研究 六朝道教における救済思想の形成」を東洋大学に提出して文学博士号を取得。 高校時代は港などでぶらつき本を読んでいたという。西洋の悪魔や魔女に関する一般向けの著作も多くある。
是澤 博昭(これさわ ひろあき、1959年- )は、日本の人… 是澤 博昭(これさわ ひろあき、1959年- )は、日本の人形文化研究者、大妻女子大学教授。 愛媛県生まれ。1998年東洋大学大学院文学研究科教育学専攻修士課程修了。2007年「近代日本における「教育玩具」の受容と展開 :幼児教育の普及との関連を中心に」で大妻女子大学・博士(学術)。2002年聖徳大学人文学部児童学科専任講師、2008年大妻女子大学博物館准教授、同人間文化研究科教授。
島 治伸(しま はるのぶ、1956年(昭和31年)1月 - … 島 治伸(しま はるのぶ、1956年(昭和31年)1月 - )は、日本の教育学者・心理学者。松山東雲女子大学人文科学部 教授。日本育療学会副理事長。マジカルトイボックスアドバイザー。NPOこどもの発達研究室きりん理事。徳島県出身。 東洋大学文学部教育学科卒業。鳴門教育大学大学院学校教育研究科修士課程修了。香川大学大学院医学系研究科博士課程社会環境病態医学専攻退学。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
渡辺 満久(わたなべ みつひさ、1956年 - )は、日本の… 渡辺 満久(わたなべ みつひさ、1956年 - )は、日本の地理学者、東洋大学社会学部教授。専門は変動地形学、活断層研究。 新潟県生まれ。新潟県立高田高等学校卒業。1980年、東京大学理学部卒業。1989年、東京大学大学院理学系研究科地理学専攻博士課程修了、「東北日本の火山フロント沿いにおける、活断層・火山の相補的分布と低地帯の分化様式」により、東京大学より理学博士を取得。東京大学では米倉伸之の指導を受けた。 1991年に東洋大学文学部講師となり、1995年に助教授へ昇任、1999年に社会学部へ移籍し、2002年に教授。 活断層の働きによって形成される変動地形について、トレンチ調査やテフロクロノロジーの手法(火山灰の分析による年代の特定法)などを用いた野外調査の成果とコンピュータ上の数値実験を交えた研究を行なっている。
原田 健一(はらだ けんいち、1956年 - )は、日本の人… 原田 健一(はらだ けんいち、1956年 - )は、日本の人文学者、新潟大学教授。専攻、メディア史、マス・コミュニケーション理論。 映像・音楽の制作、プロデュースをおこなう。1992年より和歌山県田辺市の南方熊楠旧邸の調査に従事。『熊楠研究』編集委員。2005年東洋大学大学院博士課程修了、「ブルーマー映画論の研究 映画の普及過程における受け手」で社会学博士。2010年新潟大学人文学部教授。
薬師寺 克行(やくしじ かつゆき、1955年 - )は、日本… 薬師寺 克行(やくしじ かつゆき、1955年 - )は、日本のジャーナリスト、政治学者、東洋大学名誉教授。 岡山県生まれ。岡山県立津山高等学校を経て、1979年東京大学文学部卒。朝日新聞社に入り政治部記者となり、首相官邸や外務省を担当。政治部長・論説委員、『論座』編集長などを歴任。2011年東洋大学社会学部教授。2025年名誉教授。
小林 秀年(こばやし ひでとし、1954年11月29日-)は… 小林 秀年(こばやし ひでとし、1954年11月29日-)は、日本の法学者。東洋大学法学部教授。専門は民法・企業担保法・信託法。埼玉県東松山市在住。東洋大学名誉教授でそごう社長も務めた水島廣雄に師事。水島氏の特殊担保法の講座を引き継ぎ担当する。また、大学院時代は、水島氏の文献の校正を担当している。 企業担保法における客体は、企業の総財産であるが、その総財産は現行法による強制執行の目的に限定されている。企業担保法が、イギリスのfloating chargeに範をとっているのであり、技術や暖簾などの経済的利益も含めて客体とすることによって、本来の企業の担保となり得るとする。 企業担保法における担保権の実行において、社債権者は会社の解体あるいは処分ではなく、債務が弁済されることが重要なわけであり、返済が滞ったからといて、ただちに、一括競売あるいは任意売却という方法をとる必要もない。
佐々木博明(ささき ひろあき、1952年 - )は、日本の工… 佐々木博明(ささき ひろあき、1952年 - )は、日本の工学者。北海学園大学名誉教授。北海道出身 1974年東洋大学工学部卒業。1976年東洋大学大学院工学研究科修士課程修了。1976年ニッセキハウス工業入社。1978年同社退職し、北海学園大学工学部建築学科専任講師(建築環境基礎ほか担当)。1983年北海学園大学工学部建築学科助教授。1988年寒地技術シンポジウム論文賞受賞。1990年北海学園大学工学部建築学科教授。1991年北海学園大学大学院工学研究科教授。2018年北海学園大学定年退職。北海学園大学名誉教授。北海学園大学大学院工学研究科非常勤講師。北海学園大学開発研究所特別研究員。 『積雪寒冷型アトリウムの計画と設計』絵内正道編、分担執筆、北海道大学出版会 1995
植木 雅俊(うえき まさとし、1951年8月11日 - )は… 植木 雅俊(うえき まさとし、1951年8月11日 - )は、日本の仏教学者。理科系出身で多面的な仏教思想研究を行っている。 1951年、長崎県生まれ。島原高校を経て、九州大学理学部物理学科で学んだ。同大学院理学研究科修士課程修了し、理学修士号を取得。東洋大学大学院文学研究科へ進み、博士後期課程を中退。1991年から東方学院で中村元に学んだ。 2002年、お茶の水女子大学に学位論文『仏教におけるジェンダー平等の研究:『法華経』に至るインド仏教からの考察』を提出して博士号(人文科学)を取得(男性初)。2008年から2013年まで、東京工業大学世界文明センターで非常勤講師を務めた。NHK文化センター、朝日カルチャーセンターでも講座を持つ。
中村 英三(なかむら えいぞう、1948年9月15日 - )… 中村 英三(なかむら えいぞう、1948年9月15日 - )は、日本の社会福祉学者。専門は社会事業、地域福祉、施設運営など。 東洋大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程修了、博士(社会福祉学)(論文タイトルは『信州善光寺大勧進養育院の生成と事業経営の社会的意義』。2009年常磐大学コミュニティ振興学部准教授、2013年長野大学社会福祉学部教授、平成27年(2015年)学長就任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
髙橋 儀平(高橋 儀平、たかはし ぎへい、1948年 - )… 髙橋 儀平(高橋 儀平、たかはし ぎへい、1948年 - )は、日本の建築学者、東洋大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1972年東洋大学工学部建築学科卒業、東洋大学工学部助手、講師、助教授、教授、2006年ライフデザイン学部教授。2009年学部長。2019年定年退職、名誉教授。 1993年「過疎農山村における高齢者単独世帯の居住変容と居住モデルに関する研究」で東京大学・工学博士。2009年日本福祉のまちづくり学会会長。
大谷 まこと(おおたに まこと、1948年 - 2008年1… 大谷 まこと(おおたに まこと、1948年 - 2008年10月31日)は、日本の社会福祉学者。福山平成大学福祉健康学部福祉学科教授。博士(社会福祉学)(東洋大学、2003年)。
山田 利明(やまだ としあき、1947年6月2日 - )は、… 山田 利明(やまだ としあき、1947年6月2日 - )は、中国哲学・道教学者、東洋大学名誉教授。 1947年、東京都で生まれた。東洋大学文学部中国哲学科で学び、1971年に卒業。同大学大学院に進み、修士課程修了。大正大学大学院博士課程に進み、1976年に満期退学。修了後は、大正大学文学部助手に採用された。1983年から1984年まで、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。1986年に東洋大学文学部講師となり、1990年に助教授、1997年に教授昇格。2018年名誉教授。 1995年、学位論文『六朝における道教儀礼の研究』を大正大学に提出して文学博士号を取得。
高橋 重宏(たかはし しげひろ、1947年2月18日 - 2… 高橋 重宏(たかはし しげひろ、1947年2月18日 - 2011年12月8日)は、日本の福祉学者。東洋大学教授・日本社会事業大学学長などを歴任。 島根県江津市生まれ。島根県立江津高等学校を経て、1969年東洋大学社会学部応用社会学科社会福祉専攻卒業。1971年同大学院社会学研究科社会福祉専攻修士課程修了、1974年同博士課程満期退学。1986年「家族関係の健康化に関する研究」で東京大学より保健学博士の学位を取得。1973年淑徳短期大学助手、1974年専任講師、1979年関東学院大学専任講師、1981年駒澤大学文学部専任講師、1982年助教授、1988年教授となる。1999年日本社会事業大学教授。
清水 義和(しみず よしかず、1946年7月 - )は、日本… 清水 義和(しみず よしかず、1946年7月 - )は、日本の演劇研究・評論家、愛知学院大学名誉教授。 岐阜県大垣市生まれ。1969年東洋大学英文科卒、77年立正大学大学院英文学博士課程満期退学。愛知学院大学教養部助教授、教授、客員教授を経て現在は名誉教授。国際寺山修司学会会長。日本英語音声学会副会長。韓国音声学会終身会員。名古屋演劇ペンクラブ会員。松原英治・若尾正也記念演劇賞審査委員。88年日本英語音声学会賞受賞。98年韓国音声学会奨励賞受賞。
松園 俊志(まつぞの しゅんし、1946年-2019年)は、… 松園 俊志(まつぞの しゅんし、1946年-2019年)は、日本の観光学者。東洋大学名誉教授。日本国際観光学会(JAFIT)会長。2015年会長退任。2017年東洋大学教授を定年退職。東洋大学名誉教授に就任。
宮川 八岐(みやがわ やき、1945年- )は、日本の教育者… 宮川 八岐(みやがわ やき、1945年- )は、日本の教育者、教育学者。 北海道生まれ。1969年東洋大学文学部国文科卒、埼玉県公立小学校教員、1989年埼玉県草加市立小山小学校教頭、1991年草加市教育委員会学務課課長補佐、1992年埼玉県草加市立氷川小学校校長、1994年文部省初等中等教育局教科調査官、2000年文部科学省初等中等教育局視学官(教科調査官併任)2004年独立行政法人国立妙高少年自然の家所長、2005年日本体育大学体育学部教授、2009年國學院大學人間開発学部教授。2015年退職。
清水浩昭(しみず ひろあき、1943年6月29日-2025年… 清水浩昭(しみず ひろあき、1943年6月29日-2025年5月18日)は、日本の社会学者、家族社会学者。一般社団法人新情報センター理事、長寿社会開発センター評議員、国立社会保障・人口問題研究所研究評価委員長。 専門は家族社会学・老年社会学・人口学。 東京市(現目黒区)生まれ。1966年明治大学政経学部政治学科卒業。1972年東洋大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程満期退学。1991年「高齢化社会と家族構造の地域性 人口変動と文化伝統をめぐって」で東洋大学社会学博士。1987年厚生省人口問題研究所人口動向研究部長、1992年流通経済大学社会学部教授。ほか、放送大学客員教授、大正大学非常勤講師、財団法人長寿社会開発センター研究情報部長、日本大学文理学部社会学科教授などを歴任。
佐伯 守(さえき まもる、1942年 - )は、日本の哲学者… 佐伯 守(さえき まもる、1942年 - )は、日本の哲学者・法学者(法哲学)。元松山大学法学部教授。哲学・倫理学・法哲学専門。 松山市生まれ。東洋大学大学院博士課程満期退学、毎日新聞嘱託。横浜国立大学講師、琉球大学教育学部助教授、1989年松山大学法学部教授、2013年退職。
渡辺 信英(わたなべ のぶひで、1941年(昭和16年)7月… 渡辺 信英(わたなべ のぶひで、1941年(昭和16年)7月 - )は、日本の法学者。博士(社会福祉学)、東北福祉大学名誉教授、郡山東都学園学校長、仙台北学園学校長。公益財団法人仙台微生物研究所理事、全国保育士養成協議会常任理事。聖和学園短期大学学長 北海道函館市出身。北海道函館中部高等学校を経て、1970年に東洋大学大学院法学研究科博士課程を満期退学。1968年東北福祉大学の助教授に就任した。1979年に同教授となる。その後学生部長などを務め、1990年に社会福祉学部長、大学院社会福祉学研究科長、2002年、通信教育部が設置された際には、初代の通信教育部長も歴任した。 2008年に、総合福祉学部からスピンオフして設置された総合マネジメント学部長を兼務し、2009年4月より学長補佐、2015年4月より総合福祉学部長兼務解除の上で副学長に就任。
今上 益雄(いまがみ ますお、1941年 - )は、日本の法… 今上 益雄(いまがみ ますお、1941年 - )は、日本の法学者・弁護士。東洋大学名誉教授。 東京・深川生まれ。1964年司法試験合格後、1965年東洋大学法学部卒業。1965年同法学部助手、1969年同法学部専任講師、1973年同法学部助教授、その後、弁護士活動の傍ら立教大学非常勤講師、労働研修所非常勤講師、東京法経学院講師を兼任して、1982年東洋大学法学部教授に就任。1998年から2002年まで東洋大学法学部長を二期務めた。2002年から2004年まで東洋大学大学院法学研究科委員長。 2004年より東洋大学専門職大学院法務研究科法務専攻(東洋大学法科大学院)教授に就任し、2004年から2007年まで同法科大学院初代院長となる。
松本 寿昭(まつもと としあき、1940年(昭和15年)10… 松本 寿昭(まつもと としあき、1940年(昭和15年)10月1日 - )は、日本の社会学者、社会福祉学者。専攻は、自殺予防の社会学、社会病理学、高齢者の生きがい、育児・子育て論。 大妻女子大学名誉教授、日本自殺予防学会常務理事(1999.4-2015.9)。 愛媛県東宇和郡宇和町中川村杢所出身。(現愛媛県西予市宇和町杢所) 年間3万人前後という日本における自殺予防の方法論の確立に向けた研究に取り組んでいる。特に、社会学・社会福祉学の方法論を駆使し、地域での実証的な研究に早くから取り組む(この分野の論文・著書多数)。また、子どものいじめ・自殺問題を無くすための方法を育児・子育てのあり方に着目し、母親との面接や実態調査を踏まえ検討している。
盛岡一夫(もりおか かずお、1939年 - )は、日本の法学… 盛岡一夫(もりおか かずお、1939年 - )は、日本の法学者。専門は、知的財産法、特許法・著作権法・商標権法にわたる知的財産法の全領域。東洋大学名誉教授。工業所有権法学会理事を歴任。法律時報の学会回顧特集の執筆を数回手掛けた 独占的通常実施権による差止請求権に関して、債権者代位による差止請求権の行使について肯定する学説が多い中、固有の差止請求権を認める立場をとる。妨害排除請求権を認める要件として、妨害排除を認めるべきことによって生ずべき侵害者の犠牲の程度と、被害者が妨害排除によって受ける利益などの比較考慮によって決定すべきであり、被侵害利益の種類性質と、侵害行為の態様との両面からも相関的に考慮すべきであって、この判断のしかたは不法行為の成立について違法性を判断する場合と同様であるとする。
三浦 安子(みうら やすこ、1938年12月18日 - )は… 三浦 安子(みうら やすこ、1938年12月18日 - )は、日本のドイツ文学・キリスト教学者、東洋大学名誉教授。 富山県立高岡高等学校卒。1961年、東京大学教養学部教養学科ドイツ分科卒、同大学院比較文学比較文化修士課程入学1962年10月、病気休学。1965年9月、西独ハンブルク大学留学。1967年、帰国。1968年、修士課程修了、1972年、博士課程単位取得満期退学。東洋大学文学部専任講師(ドイツ語)、1974年、助教授、1986年、教授、1992年、老人介護のため退職、非常勤講師、1994年、教授復帰、2000年、経済学部教授。2009年、定年退任、名誉教授。
森 章司(もり しょうじ、1938年-)は、三重県出身の日本… 森 章司(もり しょうじ、1938年-)は、三重県出身の日本の仏教学者。東洋大学名誉教授・中央学術研究所講師。専門はインド仏教。文学博士(東洋大学)。元浄土真宗本願寺派僧侶。
福田 亮成(ふくだ りようせい、1937年3月10日 - )… 福田 亮成(ふくだ りようせい、1937年3月10日 - )は、日本の仏教学者(密教学)。学位は、博士(文学)。真言宗智山派の僧侶(智山伝法院長、下谷田中成就院住職、川崎大師教学研究所長を経て顧問)。大正大学名誉教授。
宮良 高弘(みやら たかひろ、1935年12月7日 - 20… 宮良 高弘(みやら たかひろ、1935年12月7日 - 2018年2月17日)は、日本の民俗学者、札幌大学名誉教授。 沖縄県石垣市生まれ。1960年明治大学法学部卒、1966年東洋大学社会学部卒、1965年明大法学部助手、1967年札幌大学教養部講師、1970年助教授、1976年教授、1979年教養部長、文化学部教授、2006年定年退任、名誉教授。 1973年『波照間島民俗誌』で渋沢賞受賞。1974年「八重山の社会構造に関する研究」で東洋大学社会学博士。弟子には森雅人(札幌大谷大学教授)がいる。
菅沼 晃(すがぬま あきら、1934年〈昭和9年〉4月5日 … 菅沼 晃(すがぬま あきら、1934年〈昭和9年〉4月5日 - 2016年〈平成28年〉4月7日)は、日本の仏教学者。東洋大学名誉教授。 群馬県富岡市星田の伝宗寺住職・菅沼万休の長男として生まれる。群馬県立富岡高等学校を経て東洋大学卒業後、1962年東洋大学大学院博士課程中退。1974年「入楞伽経の思想史的研究」で文学博士。東洋大学文学部印度哲学科教授、同学部長。同短期大学学長を経て、1991年-1994年、東洋大学学長。2005年に定年退任し、名誉教授。 1975年、日本印度学仏教学会学会賞を受賞。
中瀬 喜陽(なかせ ひさはる、1933年2月21日 - 20… 中瀬 喜陽(なかせ ひさはる、1933年2月21日 - 2018年3月11日)は、和歌山県の郷土史家・南方熊楠研究家。中瀬ゆかりは次女。 和歌山県西牟婁郡上富田町の出身で、1960年に東洋大学中国哲学文学科を卒業した。同年から上富田町立岩田中学校、1964年からは和歌山県立南紀高等学校の教諭として1993年まで勤務した。1993年に大阪青山短期大学非常勤講師となり2003年まで勤める。 2006年5月に南方熊楠顕彰館館長に就任し、2012年3月まで務めた。 南方熊楠邸保存顕彰会副会長、田辺市文化財審議会委員長、紀南文化財研究会会長 南方熊楠顕彰記念館名誉館長を歴任した。2013年に和歌山県文化功労賞と南方熊楠文化賞特別賞を受ける。
奥田 道大(おくだ みちひろ、1932年 - )は、日本の社… 奥田 道大(おくだ みちひろ、1932年 - )は、日本の社会学者。立教大学名誉教授。専門は、都市社会学。社会学博士。
北原 由夫(きたはら よしお、1930年〈昭和5年〉 - 2… 北原 由夫(きたはら よしお、1930年〈昭和5年〉 - 2018年〈平成30年〉)は、歌人、日本文学研究者、江戸川短期大学名誉教授・元学長。長野県上伊那郡高遠町(現伊那市)出身。東洋大学卒。東京文化短期大学教授、江戸川女子短期大学教授、2003年江戸川短期大学学長、同名誉教授。島木赤彦研究会名誉会長。新井章に兄事した。 2010年春、瑞宝小綬章を受章。
佐々木 徳夫(ささき とくお、1929年(昭和4年)3月19… 佐々木 徳夫(ささき とくお、1929年(昭和4年)3月19日 - 2010年(平成22年)1月25日)は、日本の民俗学者、昔話採集家。 宮城県中田町(現登米市)出身。旧制宮城県佐沼高等学校、東洋大学文学部哲学科卒業。 社会科担当の高校教師を務めていた1957年より昔話をカセットテープに録音し収集する活動を開始した。集めた昔話は東北地方を中心に1万話を超え、著書は高校教師時代の1966年(昭和41年)11月の自費出版による『酒の三太郎』が最初で、50冊を超える。1992年、昔話の保護に取り組んだ業績が認められ、吉川英治文化賞を受賞した。 2010年1月25日、肺炎により宮城県塩竈市の病院で亡くなった。
進藤 英幸(しんどう ひでゆき、1929年 - 没年不明)は… 進藤 英幸(しんどう ひでゆき、1929年 - 没年不明)は、日本の中国文学学者。 明治大学教授、了徳寺大学教授などを歴任した。 1929年秋田県生まれ。
瀬川栄志(瀬川榮志 せがわ えいし、1928年11月5日- … 瀬川栄志(瀬川榮志 せがわ えいし、1928年11月5日- )は、日本の国語教育学者。中京女子大学名誉教授。 鹿児島県西之表市住吉深川出身。1957年東洋大学文学部国文科卒。小学校教諭、東京都中野区立上鷺宮小学校校長。全国小学校国語教育研究会副会長、企画編集局長。公立学校定年退職後、1982年中京女子大学教授、同大学子ども文化研究所長、99年定年退任、名誉教授。幼・小・中・高・大学の実践指導、経営の教育研究を経験。全国小学校国語教育研究会名誉顧問、日本子ども文化学会名誉会長 全国日本語教育学会名誉会長、全国創造国語研究会名誉顧問 全国国語科教育研究所長、21世紀の国語教育を創る会代表。
菊村 紀彦(きくむら のりひこ、1924年12月15日- 2… 菊村 紀彦(きくむら のりひこ、1924年12月15日- 2010年)は、日本の仏教学者、著述家、翻訳家、作曲家、作詞家、音楽プロデューサー、東京シャンソン協会初代会長。 「菊村紀彦」は書籍を執筆したり、音楽を作曲したりするときの筆名であるが、弟子たちからも「菊村先生」としか呼ばれておらず、事実上の名前にも等しい。戸籍名は、椎名重胤。 東京出身。東洋大学大学院仏教学研究科修士課程修了。浄土教学空性論専攻。日本仏教思想研究所長、日本仏教学院長、寂光山檀林寺管主、日本仏教書道研究会長を務めた。 先祖は高松藩の椎名氏。明治時代に財を成した椎名秀胤の子孫筋に当たり、父の長兄・椎名芳胤は、大正時代の日本鉱業株式会社の営業部長から幹部にのぼりつめた実業家で、のちに久原房之助、鮎川義介らと共に日本鉱業の実権を握っていた人物の一人であった。
高橋 勇夫(たかはし いさお、1920年3月11日 - 19… 高橋 勇夫(たかはし いさお、1920年3月11日 - 1998年)は、日蓮宗の僧、仏教学者。 大阪市西成区生まれ。大阪府立住吉中学校(現大阪府立住吉高等学校)卒業、東洋大学文学部仏教学科卒業。兵役をへて、1948年大谷学園教諭。1964年から1977年東大谷高等学校副校長、大谷女子短期大学教授などを務めた。日蓮本宗正福寺住職。個人誌『菩提樹』主宰。
斎藤 秋男(さいとう あきお、1917年6月18日 - 20… 斎藤 秋男(さいとう あきお、1917年6月18日 - 2000年3月19日)は、日本の中国思想学者、専修大学名誉教授。 1917年、東京で生まれた。東洋大学文学部中国哲学文学科で学び、1941年に卒業。1942年から敗戦まで兵役に就いた。 戦後は、1946年から1950年まで中国研究所に勤務。1950年、母校の東洋大学助教授となった。1953年、北海道大学助教授に就いた。1965年に専修大学助教授に転じ、後に教授昇格。1977年から1982年まで、社団法人・中国研究所代表理事、のち理事長を務めた。1988年に専修大学を定年退任し、名誉教授となった。 専門は中国思想史。同時代の知識人・教育者の陶行知のに関する著作が多い。
金 益俊(キム・イクチュン、朝鮮語: 김익준/金益俊、191… 金 益俊(キム・イクチュン、朝鮮語: 김익준/金益俊、1916年1月16日 - 1984年6月18日)は、大韓民国の警察官僚、ジャーナリスト、大学教授、政治家。江原道警察局長、第7・9代韓国国会議員を歴任した。 日本統治時代の平安北道宣川郡出身。培材中学校(朝鮮語版)を経て、1943年東洋大学専門部拓殖経済科卒。日本メートン(ペートン)・カレッジにて政治学博士取得。学徒義勇軍を組織し、隊長として出戦した。高麗大学校法科大学助教授・教授、ソウル大学校法科大学助教授・教授、治安局教育課長、警察専門学校校長、第8代江原道警察局長(1950年8月12日~1951年7月27日)、漢城日報論説委員、国家再建最高会議企画委員、培材中高校後援会長、東萊中央傷痍軍人静養院長、大韓陸上競技連盟理事長、世界大学奉仕会(英語版)韓国委員会理事、民主共和党中央常任委員・中央常任委員会宣伝分科委員長・ソウル市龍山区党委員長(1963年より)・院内副総務、亜細亜放送局理事、学生陸上競技連盟会長、極東放送理事、国際青少年指導委員会韓国東部理事長を務めた。
近藤 恒次(こんどう つねじ、1910年8月22日 - 19… 近藤 恒次(こんどう つねじ、1910年8月22日 - 1978年8月16日)は、愛知県豊橋市中柴町出身の教育者・郷土史家。文学博士(東洋大学、1972年)。 1910年に豊橋市中柴町に生まれた。建具商である近藤宇一の長男であり、生家は大手通りから諏訪神社に曲がる角にあった。松山尋常小学校(現・豊橋市立松山小学校)、愛知県豊橋中学校(現・愛知県立時習館高等学校)を卒業。教員志望だったため、1928年(昭和3年)には東洋大学専門部倫理学東洋文学科に入学し、1931年(昭和6年)に卒業した。 1934年(昭和9年)に花田尋常小学校(現・豊橋市立花田小学校)代用教員となったのが教職の始まりである。豊橋市立商業学校(現・愛知県立豊橋商業高等学校)、豊橋市立工業学校(現・愛知県立豊橋工業高等学校)、愛知県立時習館高等学校の教員を務め、1971年(昭和46年)に時習館高校で定年を迎えた。
吉田 幸一(よしだ こういち、1909年4月12日 - 20… 吉田 幸一(よしだ こういち、1909年4月12日 - 2003年1月9日)は、日本の国文学者、書誌学者、出版人、古典籍蒐集家。東洋大学名誉教授。 学位は、文学博士(東洋大学・論文博士・1961年)(学位論文『和泉式部日記の基礎研究』)。日本古典文学の叢書「古典文庫」を個人事業として編纂・発行したことなどで知られる。 1909年(明治42年)4月12日、静岡県静岡市に生まれる。1930年(昭和5年)4月東洋大学文学部国文学科入学、1933年(昭和8年)7月卒業。並行して東京外国語学校支那語専修科(夜間)で中国語を学ぶ。吉田は恩師として藤村作と久松潜一の名を挙げている。 会社勤務、小学校代用教員を経て、1939年(昭和14年)4月、静岡県立浜松商業学校・同工業学校嘱託(中国語担当)。
岳野 慶作(たけの けいさく、1909年3月2日 - 199… 岳野 慶作(たけの けいさく、1909年3月2日 - 1992年3月26日)は、日本の神学者。上智大学名誉教授。 長崎県西彼杵郡(現・長崎市)生まれ。1936年東洋大学卒業。1961年パリ大学哲学博士。1953年南山大学仏文科講師、1956年上智大学講師、1961年助教授、1966年上智大学教授に就任、1980年定年により名誉教授となる。また、1979年聖カタリナ女子短期大学教授、1980年学長となった。 1978年フランス学術文化勲章オフィシエ章、1981年勲四等旭日小綬章受章。 1992年3月26日、肝臓癌のため死去。
永田 義直(ながた よしなお、1908年4月5日 - 198… 永田 義直(ながた よしなお、1908年4月5日 - 1983年4月18日)は、日本の国文学者、民俗学者、翻訳家。 神奈川県横浜市生まれ。1931年東洋大学卒。兵庫県の公立高校の教員、校長を経て文筆家。古典文学、日本神話、民俗学、芸能などについて執筆した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
秋庭 太郎(あきば たろう、1907年5月19日 - 198… 秋庭 太郎(あきば たろう、1907年5月19日 - 1985年3月17日)は、日本演劇学者。永井荷風研究で著名である。 東京府東京市深川区生まれ。1930年東洋大学支那哲学文学科卒業。同大学在学中の1929年に江戸時代から明治時代にかけての文学や演劇、風俗の資料収集し『軟文学研究』を刊行。1937年に『東都明治演劇史』を刊行後、応召。陸軍少佐として従軍し、中国および南方を転戦する。戦時中、特にニューギニアでの体験談をまとめた『ニューギニアの戦い: 秋庭太郎遺稿』が秋庭の死後、鈴木元明監修によって発刊されており、奇跡的な生還だったとのこと。戦後復員し、1946年から日本大学図書館に勤務、館長を務めた。
髙橋 俊人(たかはし としんど、1898年8月4日 - 19… 髙橋 俊人(たかはし としんど、1898年8月4日 - 1976年1月13日)は日本の歌人、郷土史家。 神奈川県藤沢生まれ。東洋大学専門部倫理学東洋文学科卒業。埼玉県(浦和中学校)、三重県(桑名中学校、津高等女学校、富田中学校)、東京都(山脇学園)、神奈川県(藤沢中学校・高等学校)などの中学校・高等学校の教諭を歴任。 大正末年、若山牧水の短歌結社「創作」に参加。一方、1928年、埼玉県立浦和中学校の学生とともに「菁藻」を創刊(1942年「創作」に合併)、加藤克巳、常見千香夫らを育てた。 1952年には藤沢市を拠点に、平井啓朔、河口一紀らと「まゆみ」を創刊。そのかたわら、藤沢市の依嘱により郷土史研究に従事。