岩崎 弘(いわさき ひろし、1944年〈昭和19年〉 - )… 岩崎 弘(いわさき ひろし、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の教育者、元慶應義塾幼稚舎教諭。現在、慶應義塾福澤研究センター顧問、福澤諭吉協会会員、三田剣友会賛助会員、港区剣道連盟理事、全日本剣道連盟錬士六段、帝京八王子中学・高等学校校長。 1969年(昭和44年)、明治学院大学経済学部を卒業。白百合学園小学校教諭を経て、1974年(昭和49年)、慶應義塾幼稚舎教諭。 2010年(平成22年)、慶應義塾幼稚舎を定年退職。 2017年(平成29年)、帝京八王子中学・高等学校校長に着任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
もっと読む
笠井 叡(かさい あきら、1943年11月25日 - )は、… 笠井 叡(かさい あきら、1943年11月25日 - )は、舞踏家、振付家、オイリュトミスト。 1943年、三重県生まれ。明治学院大学経済学部卒業。父の笠井寅雄は札幌高等裁判所判事などを歴任した裁判官だったが、洞爺丸事故で死去。 江口隆哉と宮操子にモダンダンス、ジャン・ヌーボにパントマイム、千葉昭則にクラシック・バレエを学んだのち、大野一雄の門を叩く。そこで土方巽と出会い、ともに前衛舞踊活動を始める。土方巽の「バラ色ダンス——A LA MAISON DE M. CIVECAWA(澁澤さんの家の方へ)」に出演した。ヨガも学ぶ。「タンホイザー」など舞踏作品を発表。 神秘主義、神智学への造詣が深く、グルジエフ、シュタイナー、ウスペンスキー、バタイユ、密教、神道、古インド神秘思想、キリスト教神秘主義など多岐に渡って探求し、その理論的な成果に「天使論」がある。
もっと読む
田代 美代子(たしろ みよこ、1943年(昭和18年)10月… 田代 美代子(たしろ みよこ、1943年(昭和18年)10月1日 - )は、東京都出身の歌手。 東京都豊島区目白生まれ。明治学院大学中退。 シャンソン歌手の石井好子に師事し、シャンソンを学ぶ。また、ジャズシンガー鈴木敏夫からジャズを学び、銀巴里などで歌っていた。 1965年(昭和40年)「赤い砂漠」(映画音楽)でデビュー。同年、和田弘とマヒナスターズとデュエットした「愛して愛して愛しちゃったのよ」が大ヒットし、一躍その名を全国区にしたが、第16回紅白歌合戦には和田弘とマヒナスターズが白組で出場し、デュエットの相手である田代美代子は紅組とみなされ出場出来なかった。 これは男女とも同じ組数で歌合戦をやるため、男女混合グループの出演ルールがなく、男女混合でも出演可能になったのは第19回紅白歌合戦のピンキーとキラーズからでありキラーズは紅組での出場になっている。
もっと読む
鈴木 陸三(すずき りくぞう、1943年3月10日 - )は… 鈴木 陸三(すずき りくぞう、1943年3月10日 - )は日本の実業家。サザビーリーグ創業者で、同社代表取締役社長や、スズキヤ取締役会長などを歴任し、兄の角田雄二とともにスターバックス コーヒー ジャパンの設立も行った。 神奈川県逗子市出身。1966年に明治学院大学文学部卒業後、西ヨーロッパを放浪した。1972年にサザビー(現サザビーリーグ)を設立し、同社代表取締役社長に就任。1981年からAfternoon Teaを展開。1983年からはアニエスベーとの合弁を行い大ブームを引き起こした。1989年スズキヤ取締役会長。「プロの否定」を理念とし、1995年には経営企画室の出した否定的な報告を覆してスターバックス日本導入を行った。
もっと読む
和田 征子(わだ まさこ、1943年 - )は、日本原水爆被… 和田 征子(わだ まさこ、1943年 - )は、日本原水爆被害者団体協議会事務局次長。長崎県長崎市生まれ。活水中学校・高等学校卒業。明治学院大学文学部英文学科卒業。 展望や軍縮を議論する国際シンポジウムにて被爆者としてはじめて英語で演説した[要出典]。 8・15朗読・収録プロジェクト実行委員会『私の八月十五日(6) 戦後七十三年目の証言』今人舎、2018年
もっと読む
溝口 舜亮(みぞぐち しゅんすけ、1942年8月25日 - … 溝口 舜亮(みぞぐち しゅんすけ、1942年8月25日 - 2016年10月9日)は、東京府出身の俳優。アンクルベイビー所属。
もっと読む
藤原 睦躬(ふじわら むつみ、1942年3月13日 - )は… 藤原 睦躬(ふじわら むつみ、1942年3月13日 - )は、日本の実業家。マツダ代表取締役副社長や、マツダ財団理事長、中国経済連合会副会長などを務めた。 1964年明治学院大学経済学部商学科卒業、東洋工業(現マツダ)入社。1993年マツダ第6営業本部副本部長。同年マツダ取締役購買本部副本部長に昇格。1995年マツダ取締役購買本部長。1997年マツダ常務取締役購買担当。1999年マツダ専務取締役購買担当。日本自動車工業会理事兼務を経て、2006年にはマツダ代表取締役副社長に就任した。同年マツダ財団理事長、中国経済連合会副会長。2007年マツダ特別顧問。
もっと読む
御園 和夫(みその かずお、1942年3月11日 - 202… 御園 和夫(みその かずお、1942年3月11日 - 2022年12月25日)は、日本の英語学者。関東学院大学名誉教授。専攻は英語学、英語音声学、英語教授法。日本英語音声学会名誉支部長。英語面白楽会ニッポン会長。 東京府東京市京橋区(現・東京都中央区)築地生まれ、御茶ノ水育ち。1967年明治学院大学文学部英文学科卒業。1969年同大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。2006年クイーンズランド大学(オーストラリア)英語学科博士後期課程修了。博士(言語学)。1969年関東学院女子短期大学英文科助手、1971年同専任講師、1975年同助教授。1978年関東学院大学文学部英米文学科助教授、1981年同教授。
もっと読む
田村 隆(たむら たかし、1941年4月1日 - 2024年… 田村 隆(たむら たかし、1941年4月1日 - 2024年12月18日)は、日本の放送作家。茨城県古河市出身。明治学院大学文学部卒業。愛称は「タムセン」(田村先生の略。名付け親は加藤茶と木の実ナナ)。 大学在学中に「シャボン玉ホリデー」(日本テレビ)の秋元近史ディレクターに自作のコント台本を送付。それを目にした秋元から番組収録の見学に誘われ、そこで青島幸男を紹介されて弟子入りして放送作家としてデビュー。70年代〜90年代に多くのヒット番組を生み出し、多い時は週に14本のレギュラーを抱えていた。 妻は元女優、モデルの狩野恵子。 2024年12月18日午後7時40分、敗血症のため東京都内の病院で死去。
もっと読む
堀内 静子(ほりうち しずこ、1941年 - )は、日本の英… 堀内 静子(ほりうち しずこ、1941年 - )は、日本の英米文学翻訳家。 明治学院大学大学院修士課程修了。ダニエル・キイス『24人のビリー・ミリガン』などの翻訳で知られる。
もっと読む
ミチオ高倉(みちお たかくら、1940年10月23日 - )… ミチオ高倉(みちお たかくら、1940年10月23日 - )は、大分県大分市生まれの実業家。パラグアイ在住。日本の国政選挙に立候補した、初の在外日本人候補である。 「にっぽんよ!」万葉舎 (2004-05-12出版)。
もっと読む
中村 邦彦(なかむら くにひこ、1939年9月24日 - 2… 中村 邦彦(なかむら くにひこ、1939年9月24日 - 2021年9月9日)は、日本の元バスケットボール選手。 明治学院大学から日本鉱業に入社し選手として活躍。全日本にも選ばれ1963年・1967年世界選手権と東京オリンピックに出場。 引退後は母校・明治学院大学の監督を務めた。同窓会会長も務めていた。 平成26年度功労表彰受賞。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
もっと読む
黒川 鍾信(くろかわ あつのぶ、1938年9月2日 - )は… 黒川 鍾信(くろかわ あつのぶ、1938年9月2日 - )は、英文学者、随筆家、明治大学名誉教授。 東京市生まれ。明治学院大学大学院修士課程修了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)へ留学。明治大学短期大学助教授、教授。2004年情報コミュニケーション学部教授、2009年定年退職、名誉教授。 専門分野は英詩だが、ウィスコンシン州における教育や、家業を継いだ自分のこと、近代東京を中心とした著作などがある。2001年『神楽坂ホン書き旅館』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞、2006年の『旅に出よう船で』で日本自分史学会優秀賞受賞。 叔母(母の妹)の一人が女優の木暮実千代で、その評伝も出版している。
もっと読む
水木 襄(みずき じょう、1938年〈昭和13年〉3月11日… 水木 襄(みずき じょう、1938年〈昭和13年〉3月11日 - 1991年〈平成3年〉)は、日本の元俳優。本名、石川 良昭(いしかわ よしあき)。 東京市生まれ。明治学院大学卒業。エヌ・エー・シーに所属していた。 大学時代の友人が女優の木暮実千代の親戚である関係から、木暮と知り合いとなり、1958年に木暮の推薦で東映ニューフェイス4期生として東映へ入社。同期には佐久間良子・室田日出男・曽根晴美・花園ひろみ・山口洋子・山城新伍らがいた。 同年、本名のまま、中村賀津雄(現・中村嘉葎雄)主演、マキノ雅弘監督による『不敵なる反抗』に、チンピラ・ゴンチャン役でデビュー。以後、中村主演の一連の社会派不良少年物に助演した後、芸名を「水木 襄」と改め、山村聰監督の『母子草』に田中絹代の息子役で出演。
もっと読む
楠部 三吉郎(くすべ さんきちろう、1938年1月1日 - … 楠部 三吉郎(くすべ さんきちろう、1938年1月1日 - 2020年3月20日)は、日本のアニメーションプロデューサー。シンエイ動画株式会社名誉会長・元代表取締役社長。旧・満洲国生まれ、群馬県沼田市出身。楠部大吉郎(Aプロダクション・シンエイ動画創業者、前代表取締役会長)は実兄、ライターの楠部工は甥、イラストレーターの楠部文は姪に当たる。 俳人だった父(楠部南崖)を関東軍将校が「取り巻き」の一人として旧満洲国に連れて行ったことから、自身も満洲で生まれ育つ。終戦とともに引き上げ、群馬県沼田市に居住した。群馬県立沼田高等学校から明治学院大学経済学部卒。楠部自身の記述では高校卒業後、酒問屋で1年半勤めてから受験して明治学院大に進んだものの、授業には全く出席せず、保持していた運転免許を生かしたアルバイトに明け暮れていたという。
もっと読む
本所 次郎(ほんしょ じろう、1937年(昭和12年)9月2… 本所 次郎(ほんしょ じろう、1937年(昭和12年)9月23日 - 2012年(平成24年)11月2日)は、日本の小説家、ジャーナリスト。 東京・下町の本所生まれ。ペンネームはそれに由来する。明治学院大学英文科卒。 中学、高校、大学に進んでからも新聞配達を続けたのは、苦学生だったせいもあるが、新聞が好きだったことも理由の一つだった。 大学卒業後、日刊工業新聞社に入社。経済部記者、とくに運輸省記者クラブの担当が長く、その経験がジャパンラインを扱った『転覆』(1982年、講談社文庫)やロッキード事件を主題とした『暴かれた航空機商戦』(1983年、講談社)などの作品を生んだ。記者時代には、多くの企業人の知己を得たが、中でも有吉義弥(日本郵船)、若狭得治(全日空)、田中勇(東急)の3人にぞっこんに惚れ込んだという。
もっと読む
室谷 千英(むろたに ちはな、1937年または1938年 –… 室谷 千英(むろたに ちはな、1937年または1938年 – 2024年 <令和6年> 4月22日)は、日本の地方公務員。神奈川県県民部長、神奈川県副知事 (女性初)、神奈川県立保健福祉大学副学長を歴任。瑞宝中綬章受章。 富山県出身。明治学院大学社会福祉学科を卒業し、1961年 神奈川県庁に入庁、1982年 新設された女性企画室の初代室長、1991年(平成3年) 6月 木下正雄の後任として渉外部長、1993年4月 同職を山野好章と交代し石井明の後任として県民部長、1995年6月 同職を橋本伸也と交代し、宮森進・山口栄蔵・渋谷正己の後任として神奈川県副知事就任。2001年3月 林英樹を後任として副知事退任。
もっと読む
上之郷 利昭(かみのごう としあき、1936年(昭和11年)… 上之郷 利昭(かみのごう としあき、1936年(昭和11年)11月3日 - 2006年(平成18年)9月16日)は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 三重県出身。明治学院大学卒業。英国ロイター通信社や東京新聞(中日新聞社)社会部記者として、約2年にわたって世界各国で取材。1977年以来、フリーに。幅広い分野に関する多くの著書がある。 2006年9月16日午後7時58分、進行胃癌のため東京都板橋区の病院で死去。69歳没。
もっと読む
近藤 千雄(こんどう かずお、1935年 - 2012年)は… 近藤 千雄(こんどう かずお、1935年 - 2012年)は、日本の翻訳家、作家、スピリチュアリズム研究家。台湾生まれ、広島県福山市育ち。 幼少時、母に奇妙な出来事が起こる体験を見聞きする。戦後すぐ兄を交通事故で亡くし、霊界への興味を持ち、浅野和三郎などの本を読むようになる。 高校時代、九州にやってきた霊能力者の間部詮信に出会う。間部は知るはずの無い兄の想いを語り、聞いていた母は霊界の存在を確信する。近藤はそれに間接的に影響を受け、自身の道を決定付けた体験だと語る。 その後、交霊会などを体験。明治学院大学英文科卒業。在学中から今日に至るまで英米の原典の研究と翻訳に従事。1981年・1984年英国を訪問、著名霊媒、心霊治療家に会って親交を深める。
もっと読む
白川 充(しらかわ みつる、1935年 - 2019年3月)… 白川 充(しらかわ みつる、1935年 - 2019年3月)は、日本の著作家、講談社の元編集者。日本推理作家協会会員。 現代風俗研究会、雑学倶楽部、書皮友好協会各会員。雑学倶楽部・日本顔学会・にんげん史研究会の各会員。別名に朝海猛。 東京都出身。明治学院大学英文学科卒業。講談社で週刊誌、月刊誌、文芸書、文庫の編集に携わり、講談社文庫出版部長で退職。在職中に、ベトナムに平和を!市民連合の創設メンバーであり、また梶山季之、船戸与一、志水辰夫などを担当。文庫編集部時代は「大衆文学館」シリーズを創設した。 2008年、著書『昭和平成ニッポン性風俗史』で雑学倶楽部主催の、第26回雑学出版賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
もっと読む
丹羽 又三郎(にわ またさぶろう、1934年8月20日 - … 丹羽 又三郎(にわ またさぶろう、1934年8月20日 - )は、日本の俳優。2014年よりOKエンターテイメント所属。本名は中村 進()。昭和30年代後半の大映時代劇映画の主演級スター。また昭和40年代テレビ特撮番組の悪の幹部役の怪優としても知られている[要出典]。 東京市芝区芝浦町(現、東京都港区芝浦)出身。明治学院高等学校、明治学院大学文学部卒業。過去には太平洋テレビジョン、さむらいプロに所属していた。 冷蔵船用冷蔵庫を製作していた父の一人息子として生まれる。大学在学中の1954年、俳優を志し、松竹音楽学校附属研究所に入り、同年7月、新東宝に入社。中村 又三郎の芸名で、『地獄屋敷』でデビューしたのち、数本の映画に出演したが、社内事情のため、1956年に新東宝を退社する。
もっと読む
大矢 兼臣(おおや かねおみ、1934年6月23日 - )は… 大矢 兼臣(おおや かねおみ、1934年6月23日 - )は、日本の男性俳優、声優。 東京都出身。東京都立八潮高等学校、明治学院大学卒業。劇団15人会、1956年に劇団文化座に入団し、1963年に劇団群像座に移る。1965年1月の時点では同劇団の代表。2012年2月まで東京俳優生活協同組合に所属していた。 声域はハイバリトン。方言は名古屋弁。特技は三味線、新内浄瑠璃、櫓(和船)。趣味は水泳、卓球。
もっと読む
村上 宣道(むらかみ のぶみち、1933年10月6日 - )… 村上 宣道(むらかみ のぶみち、1933年10月6日 - )は、日本の牧師、ラジオ牧師、神学校教師。 満洲国生まれ、山形県で育つ。東京聖書学院卒業、ウィリアム・ジェサップ大学(英語版)およびゴールデンゲートバプテスト神学校にて学ぶ。 日本ホーリネス教団、坂戸キリスト教会協力牧師。太平洋放送協会名誉会長。山崎製パン元社外監査役。 ピューリタン - シュペーナー - 敬虔主義 - フレンド派 - ジョン・ウェスレー - D・L・ムーディー - ジョージ・ホウィットフィールド - ジョナサン・エドワーズ - チャールズ・フィニー - A・B・シンプソン バックストン - ウィルクス - 竹田俊造 - 堀内文一 - 笹尾鉄三郎 - 松野菊太郎 - 秋山由五郎 - 御牧碩太郎 - 柘植不知人 - 土肥修平 中田重治 - 中田かつ子 - 中田あやめ - チャールズ・カウマン - レテー・カウマン - アーネスト・キルボルン - 三谷種吉 - 山崎亭治 - 米田豊 - 車田秋次 - 小原十三司 - 小原鈴子 - 一宮政吉 - 菅野鋭 - 野辺地天馬 - 金森通倫 - 小出朋治 - 小出忍 - 森五郎 - 江賀寅三 - 小林和夫 - 尾花晃 - 村上宣道 - 松木祐三 - 千代崎秀雄 - 峯野龍弘 - 安倍豊造 - 辻啓蔵 - 辻宣道 - 蔦田二雄 - 蔦田公義 - 藤本栄造 - 藤本満 メリマン・ハリス - 本多庸一 - 赤澤元造 - 釘宮辰生 - 阿部義宗 - 結城無二三 - 都田恒太郎 - 渡辺善太 河辺貞吉 - 河辺満甕 - 野田秀 ウィリアム・ブース - 山室軍平 - 山室武甫 マーガリット・バーネット - 舟喜麟一 - 舟喜拓生 - 舟喜信 - 安藤喜市 - 羽鳥明 - 羽鳥純二 小島伊助 - 佐藤邦之助 - 沢村五郎 - 森山諭 - 中田羽後 - 本田弘慈 - 中島秀一 平出慶一 - 大江邦治 - 大江捨一 - 大江寛人
もっと読む
金山 良雄(かなやま よしお、朝: 가나야마 요시오, 19… 金山 良雄(かなやま よしお、朝: 가나야마 요시오, 1933年8月12日 - )は、株式会社ムラサキスポーツ代表取締役会長、JTJ宣教神学校理事長。恵友学園理事長。明治学院大学卒業。在日韓国人。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
もっと読む
天野 祐吉(あまの ゆうきち、1933年〈昭和8年〉4月27… 天野 祐吉(あまの ゆうきち、1933年〈昭和8年〉4月27日 - 2013年〈平成25年〉10月20日)は、日本のコラムニスト。雑誌『広告批評』主宰者、マドラ出版社主。 出身地は東京府東京市足立区(現在の東京都足立区)。愛媛県の松山一高併設中学校(旧制松山中学校、現在の松山東高)、松山南高を卒業し、明治学院大学を中退後、創元社、博報堂を経て独立し、雑誌「広告批評」を創刊する。広告に対する批評で知られる。 1984年、朝日新聞において後に「CM天気図」と改名する「私のCMウオッチング」を開始し、2013年10月16日まで1132回連載した。 2000年、67歳のとき31歳下の伊佐子と再婚する。朝日新聞の連載コラム「天野祐吉のCM天気図」はまず妻に読ませ、反応を見ながらより分かりやすい文章に仕上げていた。
もっと読む
谷口 茂(たにぐち しげる、1933年2月1日 - 2019… 谷口 茂(たにぐち しげる、1933年2月1日 - 2019年)は、日本のドイツ文学者、宗教学者、小説家。明治学院大学名誉教授。 鹿児島県大崎町生まれ。鹿児島県立志布志高等学校を経て、1959年東京大学文学部ドイツ文学科卒業。1964年同大学院宗教学科博士課程満期退学。大学院ではマルティン・ルターの宗教改革について研究した。 明治学院大学一般教育部講師、助教授を経て教授となる。2001年に定年退任し、名誉教授。 大学在学中から文学サークルで活動し、1959年には季刊誌「雙面神」の同人となって長編「彼岸花」の連載や椎名麟三論の発表をおこなっていた。1961年「めじろ塚」で芥川賞候補となり、1968年に作品集『若き医師の告白』を刊行。
もっと読む
宇波 彰(うなみ あきら、1933年1月24日 - 2021… 宇波 彰(うなみ あきら、1933年1月24日 - 2021年1月6日)は、日本の哲学者、文芸・芸術評論家。明治学院大学名誉教授。 1933年、静岡県浜松市生まれ。静岡県立浜松北高等学校を卒業し、東京大学文学部仏文科を卒業した。同大学院哲学科修士課程修了。埼玉県立川越高校、同所沢高校などの教諭をしながら、雑誌などに評論を発表するほか、フランス現代思想の翻訳を数多く上梓した。1990年、明治学院大学文学部教授となる。2001年に定年退職した。その後は札幌大学教授として教鞭をとり、2005年に退職。
もっと読む
赤川裕(あかがわ ゆたか、1933年― )は、英文学者、英語… 赤川裕(あかがわ ゆたか、1933年― )は、英文学者、英語教師、明治学院大学名誉教授。英国ケンブリッジ大学客員教員、社会学博士。1959年明治学院大学大学院博士課程満期退学、60年同助手、講師、助教授、教授、2002年定年、関東短期大学教授、04年退職。ミルトン、英国庭園史などが専門。1970年代~1990年前後、NHKテレビの英語講座の講師を務めた。
もっと読む
近藤 正栄(こんどう しょうえい、1932年〈昭和7年〉 -… 近藤 正栄(こんどう しょうえい、1932年〈昭和7年〉 -)は、日本の語学者。神学・英文学専攻。神奈川大学外国語学部教授。統一教会信者であり神奈川大学に国際勝共連合の組織を展開工作した。学長選挙において反対が多く落選したとされる。2003年に神奈川大学を退職。 1932年新潟県佐渡生まれ。1958年明治学院大学大学院文学部修士課程修了。1961年米国Faith Theological Seminary留学。英文学、神学専攻。神奈川大学教授。1987年神奈川大学は新左翼の勢力あり、それに対抗する形で神奈川大学学内に勝共連合の組織を展開し、学長にまで立候補したが、反対が多く実現しなかったとされる。
もっと読む
岩堀 行宏(いわほり ゆきひろ、1932年(昭和7年) - … 岩堀 行宏(いわほり ゆきひろ、1932年(昭和7年) - 2000年(平成12年)9月2日)は、日本の英学史・辞書史研究者であるとともに実業家。後楽園スタヂアム常務取締役、東京ドーム常務理事を務めた。元西日本後楽園会長。 1932年(昭和7年)、静岡市出身。1951年(昭和26年)、静岡県立静岡城内高等学校卒業。明治学院大学経済学部卒業。学生時代より『和英語林集成』をきっかけに辞書に魅かれ、幕末・明治の英語辞書、草創期の辞書を収集。ジョアン・ロドリゲスの「日本大文典」に始まり、ヘボンの「和英語林集成」に至る、揺籃期の英和・和英辞典の歩みを実物に即して解明した『英和・和英辞典の誕生 : 日欧言語文化交流史』を著した。
もっと読む
中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 199… 中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 1997年3月7日)は、日本の翻訳家、詩人、英米文学研究者。「ボブ・ディラン全詩集」などの訳者として有名。平安女学院大学、京都精華大学で教鞭をとった。本名、矢ケ崎庄司。 東京都八王子市出身。1954年、明治学院大学文学部英文科卒業。 1959年~1960年、フルブライト奨学生として渡米し、サンフランシスコに滞在。ここで片桐ユズルと出会う。1968年、国際基督教大学修士課程修了。1960年代末、東京都立武蔵高等学校の英語教諭から、京都の平安女学院短期大学の教官となる。 片桐ユズルとともにボブ・ディランの楽曲の歌詞の翻訳を手がけ、関西フォーク運動の影の仕掛人のひとりとしても知られ、中山ラビ、古川豪、高石ともやらに影響を与えた。
もっと読む
鈴木 正和(すずき まさかず、1931年10月15日 - 1… 鈴木 正和(すずき まさかず、1931年10月15日 - 1997年11月8日)は、日本の詩人。 千葉県出身。明治学院大学文学部英文科卒。現代詩人会会員。栃木県足利市在住。
もっと読む
宇野 輝雄(うの てるお、1931年3月24日- 2017年… 宇野 輝雄(うの てるお、1931年3月24日- 2017年2月13日)は日本の翻訳家。 千葉県夷隅郡大多喜町出身。1953年明治学院大学文学部英文科卒。
もっと読む
中尾 明(なかお あきら、1930年9月23日 - 2012… 中尾 明(なかお あきら、1930年9月23日 - 2012年9月26日)は、日本の翻訳家、SF作家、児童文学者。 東京府生まれ。明治学院大学英文科卒業。日中児童文学美術交流センター会長、日本児童文学者協会理事、創作集団プロミネンス代表を務めていた。数多くの創作と翻訳(SF、推理小説など)がある。本名は長尾(旧姓:岡部)利男。 板橋区に六人弟妹の長男として生まれる。 1953年、明治学院大学を卒業後、秋田書店に編集者として入社。月刊誌『漫画王』の編集者として手塚治虫番(「ぼくのそんごくう」を担当)をするも結核になり、退職。その後はフリーのライターとして講談社『少年マガジン』などにかかわる。少年少女雑誌にノンフィクション、ルポ、ノベライズ、漫画原作(細野みち子「白鳥少女」少女フレンド連載)、ジュブナイルのSFやミステリーの翻訳にも手を染めるなど多方面の執筆活動を行い、創作でも代表作『黒の放射線』などを発表した。
もっと読む
石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018… 石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018年3月20日)は、日本の詩人、英文学者、翻訳家。文教大学名誉教授。 山梨県甲府市生まれ。明治学院大学文学部英文科卒業。1967年に詩集『軍港』を上梓、1974年『離れ象』で日本詩人クラブ賞受賞。1996年、英米詩の翻訳業績により第21回地球賞受賞。立正女子大学助教授、校名変更で文教大学教授、図書館長を務め、2001年定年。2007年『遠いうた 拾遺抄』で日本詩人クラブ詩界賞受賞。ほかブライアン・オールディスの翻訳、詩の翻訳がある。 2018年3月20日午後8時20分、誤嚥性肺炎のため、埼玉県越谷市のグループホームで死去。87歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
もっと読む
岩崎 馨(いわさき かおる、1929年5月29日 - 202… 岩崎 馨(いわさき かおる、1929年5月29日 - 2025年2月22日 )は、日本の労働運動家。 京都市生まれ。1948年12月日本鋼管に入社し、電機課に配属となる。1953年明治学院大学経済学部卒業。1964年9月日本鋼管製鉄労働組合連合会中央執行委員調査担当を経て、のち同労組調査部長。1976年政策推進労組会議事務局次長。1978年日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)調査部長。1978年4月明治学院大学経済学部講師(1981年3月まで)。1982年全日本民間労働組合協議会(全民労協)調査局長(2002年まで)。1985年社団法人国際産業・労働研究センター事務局長。2000年財団法人社会経済生産性本部(2009年より日本生産性本部)社会労働部参与、労働研究センター事務局長。
もっと読む
武田 国久(たけだ くにひさ、1929年3月26日 - 20… 武田 国久(たけだ くにひさ、1929年3月26日 - 2001年9月21日)は、日本の俳優、声優。東京放送劇団4期生。明治学院大学卒業。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:芸能人)。
もっと読む
川上 宏昭(かわかみ ひろあき、1927年11月6日 - )… 川上 宏昭(かわかみ ひろあき、1927年11月6日 - )は、日本の作詞家。別名義に日野 あきら(ひの あきら)がある。 茨城県水戸市出身。旧制土浦中学校(現在の茨城県立土浦第一高等学校)を経て1948年(昭和23年)に明治学院専門学校(現在の明治学院大学)を卒業。茨城県内の中学校・高等学校で教諭を務める。1963年(昭和38年)、県が歌詞を公募した「茨城県民の歌」で応募作が入選。これ以後も第29回茨城国体記念の国体音頭や県内の校歌・幼稚園の園歌などの作詞を多数手掛けている。 1964年(昭和39年)に茨城県庁へ入庁し、教育庁社会教育課主事・県立水戸青年の家所長・県立社会教育研修センター所長等を経て1982年(昭和57年)に社会教育課長へ至る。
もっと読む
篠永 善雄(しのなが よしお、1927年〈昭和2年〉9月9日… 篠永 善雄(しのなが よしお、1927年〈昭和2年〉9月9日 - 2012年〈平成24年〉2月23日)は、日本の政治家。愛媛県伊予三島市(現・四国中央市)長。 愛媛県宇摩郡三島町(のち伊予三島市、現・四国中央市)出身。旧制愛媛県立三島中学校(現・愛媛県立三島高等学校)を経て、明治学院大学経済学部に入学するが、中退する。帰郷後は伊予三島市議会議員、同第25代副議長(1977年12月14日から1978年12月5日まで)、同第26代議長(1978年12月6日から1979年7月27日)となった。 1979年、森川孝夫の急死に伴い行われた市長選で伊予三島市長に自民党公認で立候補して、社会党・共産党推薦の新人ら2人を破って当選し、同年8月20日に就任した。
もっと読む
内野 二朗(うちの じろう、1927年6月27日 - 200… 内野 二朗(うちの じろう、1927年6月27日 - 2004年6月15日)は、日本のプロモーター、キョードー東京を中心とするキョードー・グループの創立者。 現在の埼玉県狭山市で、生まれ育った。「貧しい中で小学校を卒業し」、実家近くの陸軍航空士官学校付属飛行機工場に勤めながら、夜間の青年学校に学んで、中学校卒業資格を得る。海軍飛行予科練習生甲種に志願し、合格するも、既に飛行機の生産がままならない状況の中で、人間魚雷(回天)の乗員として山口県防府の海軍基地に配属された。しかし、直後に病気で入院を余儀なくされ、そのまま終戦を迎えた。 戦後は、陸軍航空士官学校を接収した米第5空軍のジョンソン基地(現在の航空自衛隊入間基地)で働きながら、英語を学ぶために明治学院大学の夜間英語学校に通い、後にはジョンソン基地の経理担当者となった。
もっと読む
野村 敏雄(のむら としお、1926年11月28日 - 20… 野村 敏雄(のむら としお、1926年11月28日 - 2009年6月30日)は、日本の作家。 現在の東京都新宿区の生まれ。明治学院大学英文科卒。長谷川伸の新鷹会に所属。1955年「老眼鏡と土性骨」で直木賞候補。1986年「安永三年の絵師」でサンケイ児童出版文化賞受賞、2001年第36回長谷川伸賞受賞。 時代小説のほか麻雀小説も書き、漫画の原作になっている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
もっと読む
和巻 耿介(わまき こうすけ、1926年10月11日 - 1… 和巻 耿介(わまき こうすけ、1926年10月11日 - 1997年10月14日)は、日本の作家、翻訳家。 兵庫県(大阪府)生まれ。本名・義一。1953年明治学院大学文学部英文科卒。役所勤務、教師などを経て文筆家。新鷹会会員。時代小説や怪奇ものを書き、翻訳した。 1972年池内祥三文学奨励賞受賞。
もっと読む
木島 則夫(きじま のりお、1925年〈大正14年〉5月10… 木島 則夫(きじま のりお、1925年〈大正14年〉5月10日 - 1990年〈平成2年〉4月13日)は、日本の司会者、ニュースキャスター、アナウンサー、政治家。民社党所属の参議院議員(2期)。 東京都出身。旧制横須賀中学(現神奈川県立横須賀高等学校)、明治学院大学文学部英文科を卒業。1948年に、読売新聞社の採用試験を受け不合格となったが、NHKのアナウンサー採用試験で合格し入局、クイズ番組『危険信号』『生活の知恵』などの司会を担当した。1964年3月にNHKを退職し、その直後の同4月より、日本教育テレビ(NET。現テレビ朝日)と局契約アナウンサー(嘱託職)を結び、『木島則夫モーニングショー』の司会を1968年3月まで務め(『モーニングショー』自体も初代の総合司会者だった)、「泣きの木島」と呼ばれて人気を集めて、ワイドショーブームの火付け役となった。
もっと読む
大泉 滉(おおいずみ あきら、1925年1月1日 - 199… 大泉 滉(おおいずみ あきら、1925年1月1日 - 1998年4月23日)は、日本の俳優・声優。身長165cm。血液型はO型。左利き。
もっと読む
衣更着 信(きさらぎ しん、1920年2月22日 - 200… 衣更着 信(きさらぎ しん、1920年2月22日 - 2004年9月18日)は、日本の詩人・翻訳家。高校教諭(英語科)。本名は鎌田 進(かまだ すすむ)。香川県大川郡白鳥村(現・東かがわ市)出身。 県立大川中学(現・香川県立三本松高等学校)在学中の1935年頃から詩作を始め、詩誌『若草』に投稿。明治学院高等商業部に進学して上京し、鮎川信夫らとともに『荒地』の前身である『LUNA』の創刊に参加。以後『ル・バル』『詩集』『荒地』に作品を発表。50歳まで地元の香川で高校教諭としての職務と並立して活動していたが、退職後は詩作・翻訳活動に専念した。1976年、『庚申その他の詩』(書肆季節社)で、第1回地球賞を受賞。
もっと読む
石田 治夫(いしだ はるお、1919年2月16日 - 202… 石田 治夫(いしだ はるお、1919年2月16日 - 2021年6月3日)は、日本の銀行家。武蔵野銀行頭取を務めた。 東京都出身。1940年に明治学院高等部を卒業。満鉄での勤務を経て、1953年に武蔵野銀行に転じ、1970年11月に取締役に就任し、1976年6月に常務、1979年6月に専務を経て、1983年6月に頭取に就任。1987年6月に会長、1992年6月に取締役相談役を経て、1997年6月には相談役に就任。 1989年11月に勲四等旭日小綬章を受章。 2021年6月3日老衰のために死去。102歳没。
もっと読む
佐藤 正之(さとう まさゆき、1918年2月28日 - 19… 佐藤 正之(さとう まさゆき、1918年2月28日 - 1996年12月16日)は、日本の演劇・映画プロデューサー。妻は女優の菅井きん。北海道小樽市生まれ。 明治学院大学卒業。1942年、満州映画協会脚本部に入社後、現地で応召。シベリア抑留後の1948年に帰国。 1948年俳優座に入団、主に舞台や映画の企画、製作に携わる。映画部長となり、仲代達矢を育てる。1968年俳優座映画放送設立とともに社長に就任。俳優座映画放送は1985年、俳優座から独立し「仕事」に社名を変更した。 1991年、日本映画テレビプロデューサー協会会長となる。 代表作に、佐分利信監督「広場の孤独」、森川時久監督「若者たち」、小林正樹監督「いのちぼうにふろう」、野村芳太郎監督「砂の器」、村野鐵太郎監督「月山」、五社英雄監督「鬼龍院花子の生涯」、「陽暉楼(企画)」、熊井啓監督「深い河」など。
もっと読む
稲垣 早苗(いながき さなえ、1910年1月1日 - 199… 稲垣 早苗(いながき さなえ、1910年1月1日 - 1999年3月31日)は、日本の経営者。 静岡県富士市出身。1930年に明治学院高等商業部を卒業。1943年10月、稲垣の知人の紹介で日本統計機に入社。同社は日本ワットソン統計会計機(後の日本IBM)の財産が敵産管理法によって凍結された際にその顧客が出資して1943年6月に設立された会社で、IBM製品の保守サービスを提供していた。1950年、営業活動を再開した日本IBMに営業課長として入社。 1956年に営業担当取締役に就任。1960年に生産担当常務、副社長を経て、1962年に社長に就任した。1975年に会長に就任し、1980年3月から相談役を務めた。
もっと読む
加藤 高蔵(高藏、かとう たかぞう、1908年(明治41年)… 加藤 高蔵(高藏、かとう たかぞう、1908年(明治41年)10月12日 - 1968年(昭和43年)7月13日)は、昭和期の酒造家、政治家。衆議院議員(7期)。 茨城県東茨城郡吉田村(現水戸市元吉田町)で、酒醸業・加藤鉄之介の長男として生まれる。水戸工業学校(現茨城県立水戸工業高等学校)を経て、1931年(昭和6年)明治学院高等商業部(現明治学院大学)を卒業した。家業を継いで、茨城県酒造組合連合会長、明利酒類取締役社長などを務めた。 1942年(昭和17年)吉田村長に就任し、その後再選され、1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙に茨城県選挙区から日本進歩党公認で出馬して初当選。
もっと読む
曽我廼家 明蝶(そがのや めいちょう、本名:北村 弘一(きた… 曽我廼家 明蝶(そがのや めいちょう、本名:北村 弘一(きたむら ひろかず)、1908年〈明治41年〉6月3日 - 1999年〈平成11年〉4月13日)は、日本の俳優。兵庫県明石市出身。旧字体「曾我廼家明蝶」。 明石の寺の次男坊として生まれるが、まもなく大阪・船場の呉服商の養子となる。成器商業を経て東京の明治学院に進むも中退する。芝居の台本作家をめざして栗島すみ子の父・栗島狭衣の紹介で、1927年に明石潮一座に文芸部員として入る。同期には伴淳三郎と河津清三郎が俳優部にいた(河津は同級生でもある)。1928年に俳優の欠員から舞台にかりだされたのがきっかけで俳優に転じ、その後は曾我廼家五郎劇団に移籍し二枚目として活躍する。
もっと読む