榊原 康夫(さかきばら やすお、1931年9月21日 - 2… 榊原 康夫(さかきばら やすお、1931年9月21日 - 2013年1月6日 )は、日本の牧師、神学者、説教者、著作家。 新改訳聖書のイザヤ書、エレミヤ書、哀歌を翻訳した。福音主義神学会の創立に関わった。 兵庫県芦屋市出身。灘高等学校卒業。大阪大学工学部機械科中退。1957年、神戸改革派神学校卒業。日本基督改革派教会の和歌山伝道所、甲子園教会牧師を歴任し、1967年(昭和42年)より東京恩寵教会牧師となる。1977年(昭和52年)- 1981年(昭和56年)日本基督改革派教会大会議長。 2001年(平成13年)に定年によって正牧師を引退し、東京恩寵教会名誉牧師となる。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。
左近 淑(さこん きよし、1931年1月2日 - 1990年… 左近 淑(さこん きよし、1931年1月2日 - 1990年9月7日)は、日本の牧師・聖書学者。 日本画家であった父・木下茂・イクの次男として神奈川県横浜市に誕生。旧制神奈川県立横浜第一中学校を卒業。肺病による療養生活、並びに敗戦による心身両面の挫折を契機に1947年、日本基督教団横浜明星教会にて洗礼を受け、同時に伝道者としての召命を与えられて、1948年、日本基督教神学専門学校(現・東京神学大学)に入学。 1955年、「アリステアスの手紙」の研究で、同校より神学修士を授与される。日本基督教団四谷新生教会伝道師を経て、1958年から1963年にかけてフルブライト奨学金を得てニューヨークのユニオン神学大学大学院Th.D.課程に学ぶ。
平良 修(たいら おさむ、1931年 - )は、沖縄県宮古島… 平良 修(たいら おさむ、1931年 - )は、沖縄県宮古島出身の日本基督教団の牧師である。子は平良愛香。 太平洋戦争末期の1944年、旧制宮古中学1年のとき台湾に疎開し、翌年敗戦を迎える。1945年、宮古島に帰島し宮古中学(後の新制宮古高校)に復学。1948年宮古島で国中寛一(くになかかんいち)牧師より受洗しキリスト教信仰に入る。その後、琉球大学英文科、東京神学大学、国際基督教大学、ピーボディ大学(米国・テネシー州ナッシュビル)などで学ぶ。沖縄キリスト教団上地教会牧師、沖縄キリスト教短期大学学長、日本基督教団佐敷教会牧師を経て現在は日本基督教団うふざと伝道所牧師を務めた。2016年から2020年まで日本基督教団沖縄教区総会議長の2期目を務めた。
辻宣道(つじ のぶみち、1930年12月7日 - 1994年… 辻宣道(つじ のぶみち、1930年12月7日 - 1994年7月25日)は、日本の牧師。栃木県足利市生まれ。元日本基督教団総会議長。祖父は中田重治。 1930年、父辻啓蔵牧師、母京(中田重治の次女)の間に足利に生まれる。1935年8月22日、3歳上の兄重蔵が渡良瀬川で溺死する。1939年には祖父中田重治が死去する。その後、父啓造は青森の教会に転勤になり、一家は青森に移る。1942年、父啓造師が宗教弾圧で検挙され、青森刑務所で獄死し、その後は京に育てられる。1949年に聖書農学園(現千葉英和高等学校)神学部を卒業し、その後静岡県焼津市で開拓伝道を行う。また日本基督教団静岡草深教会で牧会を行った。1994年、顎下腺癌のため召天する。
渡辺 暢雄(わたなべ のぶお、1930年9月26日 - 20… 渡辺 暢雄(わたなべ のぶお、1930年9月26日 - 2012年11月16日)は、日本バプテスト連盟の牧師。名誉神学博士、牧会神学博士。仏教とキリスト教の比較研究で有名。 茨城県土浦市に生まれる。1950年召命を受ける。仏教の研究の必要を感じて、駒澤大学に入り、仏教学を専攻し、増永霊鳳に師事する。1954年に西南学院大学神学科に入学する。1957年神学科卒業後、福岡市平尾バプテスト教会牧師になる。西南学院大学で非常勤講師として、ギリシア語文法と神学概論を教える。 1963年、米国でノースカロライナ州サウス・イースタン・バプテスト神学校に留学する。1978年カリフォルニア州サクラメント・バプテスト大学より名誉神学博士号を受ける。
崔 昌華(チェ チャンファ、さい・しょうか、朝: 최 창화、… 崔 昌華(チェ チャンファ、さい・しょうか、朝: 최 창화、1930年9月24日 - 1995年2月8日)は、在日コリアンの牧師。朝鮮平安北道出身。 ソウル新興大学卒業後、1954年に当時国交の無かった日本に密入国し、北九州市に違法に居住し始めた。1960年在日大韓基督教会小倉教会を開設し、そこの牧師になる。牧師としての活動の傍ら、日本の法律を学ぶ為八幡大学に入学、1966年に法律学科を卒業。後年、八幡大学では朝鮮語の講師も務めた。 外国人参政権問題について日本は在日韓国人に与えるよるように要求し、1975年に北九州市に公開質問状を送った。同年NHKを相手取り"韓国人名の発音を日本語読みにて放送するのは人権侵害である"と主張して訴訟を起こした。
丹羽 喬(にわ たかし、1930年5月24日 - )は、日本… 丹羽 喬(にわ たかし、1930年5月24日 - )は、日本の牧師、神学校教師。日本同盟基督教団正教師、恋が窪キリスト教会牧師。 金沢大学、カナダ・メノナイト神学校を卒業。慶應義塾大学大学院修士課程を修了。東京基督教大学兼任講師、監事を勤める。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
安田 吉三郎(やすだ きちさぶろう、1930年3月26日 -… 安田 吉三郎(やすだ きちさぶろう、1930年3月26日 - 2023年2月26日)は日本の牧師。新改訳聖書のヘブル人への手紙を翻訳する。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
本間 正巳(ほんま まさみ、1930年 - )は日本の牧師、… 本間 正巳(ほんま まさみ、1930年 - )は日本の牧師、神学校教師。新改訳聖書の列王記を翻訳し、日本聖書刊行会の主事として新改訳聖書の発展に貢献した。 神戸大学卒業して、献身を決意して、東京神学塾で学び卒業する。 1960年 大淀キリスト教会の牧師をしている時に、江偉子夫人と結婚。婦人は、1934年麹町区九段で生まれで、電通映画社に勤めた後、1954年玉成保育専門学校を卒業して、幼少期過ごした湯沢市に「しらゆり幼児園」設立した。1956年に肺結核をわずらい療養するも、2年後に回復して、東京の幼稚園に勤務している時に本間と結婚した。 1961年には新改訳聖書の翻訳者に選ばれ、列王記を翻訳した。
小山 晃佑(こやま こうすけ、英: kosuke koyam… 小山 晃佑(こやま こうすけ、英: kosuke koyama、1929年12月10日 - 2009年3月25日)は、日本で生まれたアメリカ合衆国の牧師、宣教師、神学者。 東京府生まれ。1952年日本基督教神学専門学校(現在の東京神学大学)卒業。在学中、北森嘉蔵教授に師事。日本基督教団の補教師となる。1954年米国・ドルウ神学大学卒。1959年米国・プリンストン神学大学大学院にて神学博士。 1960年から1968年まで、日本基督教団宣教師としてタイ国チェンマイ神学校にて教える。1961年、タイ王国キリスト教会牧師として按手を受ける。1968~1974年シンガポール・東南アジア神学大学院(ATESEA、現在はフィリピン)学長を務め、1974年ニュージーランド・オタゴ大学神学部教授、1981年米国・ニューヨーク・ユニオン神学大学エキュメニックス(英: Ecumenics)教授、1996年退任。
村瀬 俊夫(むらせ としお、1929年2月15日 - 202… 村瀬 俊夫(むらせ としお、1929年2月15日 - 2020年8月18日)は、日本の牧師、神学校教師。 新改訳聖書のコリント人への手紙第二、テサロニケ人への手紙第二を翻訳した。福音主義神学会の創立に関わった。 東京府出身。東京水産大学卒業、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。文学修士。1953年東京神学塾卒業後、板橋で開拓伝道を開始。日本長老教会、蓮沼キリスト教会牧師、聖契神学校講師。 2020年8月18日15時30分、東京都内の病院で死去。91歳没。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
森野 善右衛門(もりの ぜんえもん、1928年12月7日 -… 森野 善右衛門(もりの ぜんえもん、1928年12月7日 - 2023年7月31日 )は、日本の神学者、牧師、翻訳家。東北学院大学名誉教授。 広島市生まれ。1945年群馬県立高崎中学校卒業。1948年松本高等学校理科甲類卒業。1953年広島文理科大学物理学科卒業。1957年東京神学大学大学院修士課程修了。日本基督教団信濃町教会、若草教会牧師。1966年東北学院大学助教授、教授。1996年定年退任、名誉教授。
山口昇(やまぐち のぼる、1928年12月4日 - 2022… 山口昇(やまぐち のぼる、1928年12月4日 - 2022年8月16日)は、日本の福音派牧師、神学校教師。横浜山手教会の初代牧師。玉川神の教会功労主任牧師、アレセイヤ聖書研究所所長。共立女子聖書学院院長、日本神の教会連盟連盟委員長、玉川聖学院非常勤講師、戸板女子短期大学非常勤講師、京都クリスチャンフェローシップ・センター顧問牧師などを歴任。 青山学院大学在学中にキリストを救い主と信じて、召命を受け、献身を決意する。同校卒業後、東京神学塾、米国フラー神学校で学ぶ。 2022年8月16日、老衰のため死去。93歳没。
小畑 進(おばた すすむ、1928年11月9日 - 2009… 小畑 進(おばた すすむ、1928年11月9日 - 2009年11月26日)は、日本の牧師、神学校教師。関西聖書神学校講師。元東京基督神学校教授、元東京基督教大学講師。 カルヴァン・ メランヒトン・ ノックス・ カイパー・ 植村正久・ 小野村林蔵・ 浅野順一・ 植村環・ 佐波亘・ ウォーフィールド・フルトン・ メイチェン・ ヴァン・ティル・ 岡田稔・ 常葉隆興・ 田中剛二・ 松尾武・ 春名寿章・ 渡邉公平・ 小畑進・ 宇田進・ 丸山忠孝 綱要・ 長老制・ 契約神学・ 全的堕落・ 予定説・ 聖徒の堅忍・ 限定的贖罪 スコットランド・ ウェストミンスター・ ドルト信仰基準
鈴木昌(すずき あつし、1928年11月7日 - )は、日本… 鈴木昌(すずき あつし、1928年11月7日 - )は、日本のバプテスト派の牧師。 東京都出身。日本大学卒業。東京基督神学校卒業。フェイス神学校卒業。元単立、東京聖書教会牧師。 カルヴァン主義、改革派神学にたつバプテストの1689年、第二ロンドン信仰告白を翻訳している。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。
川村 輝典(かわむら あきのり、1928年10月20日 - … 川村 輝典(かわむら あきのり、1928年10月20日 - 2022年6月18日)は、日本の牧師、聖書学者。東京女子大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京大学文学部言語学科卒、東京神学大学大学院博士課程満期退学、1956年日本基督教団武蔵野教会弦巻伝道所伝道師、ゲッティンゲン大学で神学を学んだのち、日本基督教団弦巻教会牧師。1966年東京女子大学短期大学部助教授、教授、1988年東京女子大学現代文化学部教授、1997年定年、名誉教授。
太田 愛人(おおた あいと、1928年8月20日 - )は、… 太田 愛人(おおた あいと、1928年8月20日 - )は、日本の牧師。 岩手県盛岡市生まれ。盛岡中学を経て、東京神学大学大学院修士課程修了。日本キリスト教団大町教会牧師、柏原信濃村伝道所牧師を経て、横浜上星川教会牧師。月刊通信誌「辺境通信」発行人。1980年『羊飼の食卓』で日本エッセイストクラブ賞受賞。
織田 昭(おだ あきら、1927年9月22日 - 2008年… 織田 昭(おだ あきら、1927年9月22日 - 2008年1月20日)は、日本の牧師、ギリシア語学者。
宗藤 尚三(むねとう しょうぞう、1927年(昭和2年)8月… 宗藤 尚三(むねとう しょうぞう、1927年(昭和2年)8月18日 - 2016年(平成28年)10月30日)は、日本の随筆家であり、牧師、教育者、被爆者でもある。倉田百三の甥。 広島市内にて、アメリカによる原子爆弾の爆心地から約1kmの至近距離で被爆。生死をさまようも89歳の長寿を全うした。一般市民をも標的にした原爆投下について、被爆者としては珍しくアメリカに恨みを持つのではなく、軍事主義であった日本国の責任もあると語った。中立の立場から平和について語り、多くの書籍を出版した。死の境目であった己が生かされていることを神に感謝し、宗教学者として様々な宗教への関わりや知識がある。 被爆の後に広島大学中退、東京神学大学大学院修了。
藤木 正三(ふじき しょうぞう、1927年3月5日 - 20… 藤木 正三(ふじき しょうぞう、1927年3月5日 - 2015年1月22日)は、日本の牧師、神学者。 大阪府生まれ。旧制高校から関西学院大学文学部神学科に入り、53年同神学部卒、1955年同大学院修了。暁明教会牧師、京都御幸町教会牧師。1993年引退。
尾山 令仁(おやま れいじ、1927年1月15日 - 202… 尾山 令仁(おやま れいじ、1927年1月15日 - 2023年5月16日)は、日本の牧師、神学者、聖書学者、神学校教師、神学博士。聖書キリスト教会元会長牧師。日韓親善宣教協力会会長、厚木聖書キリスト教会主任牧師。号は「唯人」。 陸軍経理学校、早稲田大学大学院博士課程修了。戦後、日本の福音派指導者として聖書信仰の確立のために働く。大学時代にキリスト者学生会を設立。日本プロテスタント聖書信仰同盟の3代目実行委員長として日本福音同盟の結成に関わる。第2回日本伝道会議京都宣言起草委員長。 長男の尾山謙仁は牧師。娘婿の岡野俊之は牧師。次男の尾山清仁は聖書キリスト教会会長牧師。孫の岡野義喜は牧師。 会社員の家庭に生まれた。
古屋 安雄(ふるや やすお、1926年9月13日 - 201… 古屋 安雄(ふるや やすお、1926年9月13日 - 2018年4月16日)は、日本の神学者、牧師。国際基督教大学名誉教授、元聖学院大学大学院アメリカ・ヨーロッパ文化学研究科科長、教授。 プリンストン神学校、東京神学大学、東京大学、自由学園最高学部、講師。アテネオ・デ・マニラ大学客員教授。東京女子大学宗教顧問。国際基督教大学教会牧師、チャプレンを務めた。 アメリカの神学校を出て日本組合基督教会の牧師となった社会的福音でリベラルの父・孫次郎と、南長老ミッションの神戸神学校出身の母の息子として、上海に生まれる。上海の頃からの友人に、後に国際政治学者となる坂本義和がいる。 1945年、旧制高校2年時に19歳の時徴兵検査を受け、二等兵として数か月間の軍隊生活を送る。
堀越 暢治(ほりこし のぶじ1926年5月11日‐2017年… 堀越 暢治(ほりこし のぶじ1926年5月11日‐2017年8月30日)は、日本の牧師、著作家。 1926年群馬県桐生の神社の息子として生まれる(神官だった父親も後にクリスチャンになる)。1962年、日本基督神学校卒業後、日本基督長老教会四日市教会牧師に就任したが、1999年に辞任。1999年5月に創愛キリスト教会を開拓した。その後、教会に創造の真実を伝えるための記念館「ノアの箱船記念館」を創立。2017年8月30日、召天。 1970年4月から1974年4月まで、ソルドの後をついで日本基督神学校の校長を務める。また、東京キリスト教学園理事と「めぐみ園」の園長を務める。その傍ら多数の著書を著す。
羽鳥 純二(はとり じゅんじ、1926年 - 2012年)は… 羽鳥 純二(はとり じゅんじ、1926年 - 2012年)は日本の牧師、神学校の教師。羽鳥明は実兄。 1926年に、小学校教師を父として群馬県に生まれる。第二高等学校を経て東京帝国大学工学部火薬学科に入学、在学中に終戦を迎える。大学卒業後に日本鋼管に入社するも、共産党員になりオルグ活動をしたことによって解雇される。その後、土方や行商をしながら革命家として活動して、革命運動の指導者になる。 1954年に、4年間の米国留学を終えて帰国した兄・羽鳥明に誘われて復活祭の礼拝に出席し、安藤喜市の説教を聞いてキリスト教に入信した。後に、献身して神学校に入り、1954年に須賀川に開校した中央日本聖書学塾で塾長安藤喜市の下で訓練を受ける。
蓮見 和男(はすみ かずお、1925年9月4日 - 2024… 蓮見 和男(はすみ かずお、1925年9月4日 - 2024年12月30日)は、日本の牧師、神学者。日本キリスト教会引退教師。 東京府溜池で父蓮見辰五郎 母州の三男として誕生。弟は蓮見博昭。阪田勝三は叔父。1941年12月21日 日本基督教団信濃町教会で受洗 (牧師 福田正俊)、1942年4月東京外国語大学ドイツ語科に入学。1945年3月病気のため中退。1947年4月~1951年3月日本基督教神学専門学校(現東京神学大学)、卒業後、吉田幸恵と結婚。1951年4月~1954年3月 日本基督教会伊達教会(北海道)牧師 1954年4月~1967年3月 日本基督教会茅ヶ崎小和田教会(現 茅ヶ崎東教会)牧師、1967年4月~1992年4月 日本キリスト教会仙台黒松教会牧師、引退の後1992年4月-1998年9月ドイツで伝道(ハンブルグ日本語教会牧師)、研究、2004年から2016年まで、日本キリスト教会世田谷千歳教会応援牧師。
野呂 芳男(のろ よしお、1925年8月2日 - 2010年… 野呂 芳男(のろ よしお、1925年8月2日 - 2010年4月26日)は、日本のキリスト教神学者、牧師。 1925年、東京都江東区で生まれた。1945年、徴兵により慶應義塾大学法学部を中退。除隊後に日本基督教神学専門学校(現東京神学大学)で学び、1948年に卒業。1949年にアメリカ合衆国へ留学し、1952年までドルー大学神学部で学び、学士号(B.D.)を取得。1955年までニューヨーク・ユニオン神学校で学び、神学博士号(Th.D.)を取得。 帰国後、青山学院大学文学部神学科教授に就いた。立教大学文学部キリスト教学科教授に転じた。日本においてウェスレー研究を進め、その基礎となるウェスレー学会を組織して委員長を務め、またウェスレー著作集刊行会委員長などを務めた。
榎本 保郎(えのもと やすろう、1925年5月5日 - 19… 榎本 保郎(えのもと やすろう、1925年5月5日 - 1977年7月27日)は、日本の牧師。アシュラム運動の普及に貢献した。「ちいろば牧師」の愛称で知られる。三浦綾子の「ちいろば先生物語」で広く知られるようになった。 配偶者はアシュラムセンター主事の榎本和子(1925-2023)。榎本栄次牧師は実弟。後宮俊夫牧師は義弟。娘は実践神学者の榎本てる子(関西学院大学准教授、1962-2018)。 1925年、兵庫県三原郡神代村(現南あわじ市神代)に生まれる。1938年に旧制洲本中学校に入学する。少年時代は軍国少年だった。1944年に徴兵検査を受け、満州に出征する。1945年満州で敗戦を迎える。帰国後、敗戦の喪失の中で虚無感に陥っていた。
佐藤 陽二(さとう ようじ、1925年 - 2012年)は、… 佐藤 陽二(さとう ようじ、1925年 - 2012年)は、日本の牧師、神学校教師。神学博士。 福島県伊達郡伊達町(現伊達市)に生まれる。1943年、海軍兵学校75期生として学ぶ。1953年、日本基督神学専門学校に入学しながら、日本基督教団浅草橋教師の副牧師を勤める。1955年に結婚し、日本基督教団神楽坂伝道所を設立する。1966年に東京神学大学大学院を卒業する。1966年より1968年までアメリカン・バプテスト西部神学大学院に留学する。1974年、再渡米して、コビナ日系人教会を設立する。1983年に帰国する。カリフォルニア神学大学院を卒業する。 牛込キリスト教会牧師、カリフォルニア神学大学院日本校総長を務めた。
喜田川 信(きたがわ しん、1924年7月20日 - )は、… 喜田川 信(きたがわ しん、1924年7月20日 - )は、日本の牧師、神学者。熊本県出身。 慶應義塾大学文学部哲学科、同志社大学神学部卒業後、フラー神学校、テュービンゲン大学留学を経て、日本ナザレン教団を代表する神学者として多くの著作活動を行っており、日本ナザレン教団横浜教会牧師。日本基督教短期大学の学長も歴任した。 ジェームズ・バー(英語版)の『ファンダメンタリズム-その聖書解釈と教理』を訳したことが福音派で問題となった。日本の福音派を代表する機関である日本福音同盟は「偏見に基づいた福音派攻撃の本」がナザレン教団の指導者によって翻訳、出版されたことは重いとしている。これら聖書の無誤性についての聖書論論争を経て、喜田川の立場とは異なる全的無誤性が福音派の合意として確認された。
吉岡 繁(よしおか しげる、1923年11月1日 - 201… 吉岡 繁(よしおか しげる、1923年11月1日 - 2017年1月26日)は、日本の牧師、実践神学者。日本キリスト改革派仙台教会牧師と日本キリスト改革派神学校校長を務める。 日本キリスト教団牧師・松尾造酒蔵は実父。双恵学園の創設者・松尾武は叔父にあたる。 神奈川県横浜市に生まれる。松尾造酒蔵と、妻・きくの次男だった。旧制静岡高等学校(1940年入学)を経て、1943年に東京帝国大学文学部に入学した。しかし、その年に学徒出陣の対象となり、10月21日の「出陣学徒壮行会」では明治神宮外苑競技場を行進した。同年、吉岡家(千代)の養子となる。吉岡千代の夫・愛(めぐむ)の父は吉岡弘毅で、三男が信時潔であった。
渡辺 信夫(わたなべ のぶお、1923年5月5日 - 202… 渡辺 信夫(わたなべ のぶお、1923年5月5日 - 2020年3月27日)は、日本の神学者、牧師。日本キリスト教会の指導者。 京都大学哲学科卒業。ジャン・カルヴァンの『キリスト教綱要』の翻訳者として知られる。 大阪府出身。田舎のクリスチャン・ホームに生まれたが、両親は神社参拝をしてもよいと教えていた。当時から主流派キリスト教会は、宗教的な妥協の道を歩んでいたのである。旧制高校時代は、偶像礼拝という意識がないままに、級長として神社参拝を行っていた。また戦争中は日本軍の将校として、神社拝礼を指揮した。1949年京都大学文学部哲学科卒。1977年「カルヴァンの教会論」で京都大学文学博士。大学卒業後、神学を学ぶ過程で、その行為が「教会」を通して行われた背信行為であり、神の前(コーラム・デオ)に偶像礼拝の罪であるという意識を持つに至った。
戸村 政博(とむら まさひろ、1923年2月3日 - )は、… 戸村 政博(とむら まさひろ、1923年2月3日 - )は、日本の牧師。 山口県出身。日本基督教神学専門学校(東京神学大学の前身)卒。日本基督教団の伝道委員会・社会委員会幹事をへて1975年浅草北部教会、のち日本堤伝道所の牧師。教団内の紀元節復活反対、戦争責任告白発表などを推進してきた。83年教団靖国神社問題特別委員会委員長。
後宮 俊夫(うしろく としお、1922年4月12日 - 20… 後宮 俊夫(うしろく としお、1922年4月12日 - 2018年12月23日)は、日本の海軍軍人、牧師(日本基督教団)。最終階級は海軍大尉。海軍兵学校70期。陸軍大将の後宮淳は叔父、榎本保郎は義兄に当たる。 1922年(大正11年)、陸軍軍人(陸軍中佐)であった後宮太朗の長男として和歌山県和歌山市に生まれる。神戸第一中学校4年の時、海軍兵学校に入学し、1941年、70期としてこれを卒業。卒業後には連合艦隊勤務となり士官として戦艦「霧島」に乗務、1942年にはソロモン海戦で負傷している。その後、戦艦「山城」、駆逐艦「霜月」に続けて乗務するも、1944年9月からは結核のため療養となりそのまま終戦を迎えた。
羽鳥 明(はとり あきら、1920年11月3日 - 2017… 羽鳥 明(はとり あきら、1920年11月3日 - 2017年4月10日)は、日本の福音派牧師、大衆伝道者、ラジオ牧師。羽鳥純二は実弟。 1920年11月3日に群馬県高崎市で桃井小学校校長を務めた父耕作、母コトの長男として生まれる。1936年4月4日に高崎中学時代に同級生舟喜順一に誘われて前橋キリスト教会に行き、マーガリット・バーネット宣教師の導きでキリスト教に入信。 1938年東京高等師範学校文科四部に入学する。東京では二葉独立教会(現:日本基督教団東中野教会)に籍を置き、由木康牧師の薫陶を受ける。1940年(昭和15年)10月17日に青山学院で開催された全国キリスト教信徒大会で羽鳥が作った賛美歌「桜咲く日本の」が、由木の推薦により歌われた。
岩村 信二(いわむら しんじ、1920年(大正9年)4月11… 岩村 信二(いわむら しんじ、1920年(大正9年)4月11日 - 2014年(平成26年)7月25日)は、日本の牧師。 日本基督教団大森めぐみ教会第2代牧師、日本基督教団教育委員長、世界宣教協力委員長、東京同信会長、NCC家庭生活委員長、アジアキリスト教幼児教育者協議会(創立者)、日本キリスト教教育センター理事長、社会福祉法人牧人会理事(創立に参加)、日本聾話学校理事長、国際宗教教育学会会員、WCC男女協力委員、読売日本テレビ文化センター講師などを務めた。 1920年(大正9年)、東京赤坂霊南坂教会副牧師館にて岩村清四郎・安子の次男として生まれ、祖父小崎弘道牧師(同志社第2代社長)より幼児受洗。
舟喜 順一(ふなき じゅんいち、1920年 - 2010年4… 舟喜 順一(ふなき じゅんいち、1920年 - 2010年4月13日)は、日本の牧師、神学校教師。兵庫県神戸市まれ、群馬県前橋市育ち。福音派の神学教育者で福音派の指導者の一人。新改訳聖書の生みの親の1人とされる。元・聖書宣教会教師(晩年は常任顧問)、元・聖書同盟主事、元・新改訳聖書刊行会編集主事、同理事長。 父は舟喜麟一、弟に舟喜拓生、舟喜信、妻は翻訳者としても有名な舟喜晃子。 1920年、神戸平野教会の牧師であった舟喜麟一の長男として生まれる。生まれてすぐに、銚子福音伝道館の牧師に就任した父と共に転居する。(旧制)前橋中学校(現・群馬県立前橋高等学校)で学ぶ。その時同級生だった羽鳥明をキリスト教に導く。
佐古 純一郎(さこ じゅんいちろう、1919年〈大正8年〉3… 佐古 純一郎(さこ じゅんいちろう、1919年〈大正8年〉3月7日 - 2014年〈平成26年〉5月6日)は、日本の文芸評論家、二松学舎大学名誉教授、日本基督教団中渋谷教会名誉牧師。 大正8年(1919年)、徳島県名西郡神山町生まれ。旧制徳島中学校(現在の徳島県立城南高等学校)を経て朝鮮全羅南道光州東中学校を卒業。 昭和13年(1938年)、二松学舎専門学校入学。在学中の昭和15年(1940年)に亀井勝一郎を訪問。以後師事する。昭和16年(1941年)、二松学舎専門学校卒業。同年、日本大学法文学部宗教学科入学。同年5月、改造社が募集した第一回文芸推薦評論に『歴史と人間』が佳作入選。大学在学中の昭和18年(1943年)、創元社に入社。
北森 嘉蔵(きたもり かぞう、1916年(大正5年)2月1日… 北森 嘉蔵(きたもり かぞう、1916年(大正5年)2月1日 - 1998年(平成10年)9月29日)は、日本の牧師、神学者。東京神学大学の教授。神の痛みの神学の提唱者。 熊本県熊本市に生まれる。旧制第五高等学校在学中にルーテル教会で盲目の牧師・石松量蔵により洗礼を受ける。卒業後、当時ルター研究の第一人者であった佐藤繁彦の元で学ぶために1935年(昭和10年)に日本ルーテル神学専門学校に進学したが佐藤は同年4月に死去している。 1938年(昭和13年)3月、同校を卒業後の4月に、前年8月12日支那事変に応召出征した先輩・乾一郎牧師の後任としてルーテル芦屋教会(伝道所)の牧師となる。乾一郎は板垣退助の孫で、一郎の姉の夫・川瀬徳太郎牧師は、ルーテル神学専門学校の第1期卒業生に当たる。
朴 永昌(パク・ヨンチャン、朝鮮語: 박영창、1915年5月… 朴 永昌(パク・ヨンチャン、朝鮮語: 박영창、1915年5月28日 - 2015年7月28日)は、大韓民国の独立運動家、牧師、教授。 雅号はウォルガン(월광)。数々の著書があり、民族のための牧師であったとされる。父はプロテスタントの長老で神社参拝拒否運動を展開した朴寛俊。 訳は一部日本語版の題名を引用。
安斎 政威(あんざい まさたけ、大正元年(1912年)10月… 安斎 政威(あんざい まさたけ、大正元年(1912年)10月6日 - 平成25年(2013年)1月8日)は、日本の牧師、福音派の指導者。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
本田 弘慈(ほんだ こうじ、1912年3月31日 - 200… 本田 弘慈(ほんだ こうじ、1912年3月31日 - 2002年4月6日)は、日本の牧師。 1912年(明治45年)3月31日 福井県丸岡町出身。父善太郎、母はつえの長男として生まれる。 1929年(昭和4年)7月22日 丸岡教会で洗礼を受ける。1930年 福井商業学校(現・福井県立福井商業高等学校)を卒業後、上京し、魚河岸の金物屋に勤める傍ら、日本大学文学部に入学する。同大学を中退、米国聖書教会の聖書配布の仕事を務める。 1934年(昭和9年) 関西聖書神学校に入学して、沢村五郎らの薫陶を受ける。1938年(昭和13年) 関西聖書神学校を卒業し、牧師として働く。 1940年(昭和15年)4月22日、森田志づと結婚する。
山本 和(やまもと かのう、1909年11月28日 - 19… 山本 和(やまもと かのう、1909年11月28日 - 1995年3月8日)は、日本基督教団牧師、神学者。日本の代表的なバルト主義者。 岡山県出身。東京帝国大学経済学科卒業、日本神学校卒業。関東学院大学教授を経て、玉川大学教授。日本基督教団松山教会にて牧会。『救済史の神学』で文学博士。 日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰の原案作成者である。彼はバルト神学を借用してこの使徒書簡を書いた。 大のバルト好きであった。バルトの肖像を飾り、その肖像にそっくりのパイプを買ってきてふかすほどだった。 日本キリスト教協議会編纂の『キリスト教大事典』の悪魔、救済史などを執筆。「悪魔」の項目で、キリスト教の教理としての伝統的な悪魔観を否定している。
森山 諭(もりやま さとし、1908年2月14日 - 199… 森山 諭(もりやま さとし、1908年2月14日 - 1996年7月22日)は、日本の牧師、伝道者、日本イエス・キリスト教団顧問。中田羽後と共に荻窪栄光教会を創設した。 再臨待望同志会東京大会実行委員長、日本ケズィック・コンベンション財務委員、日韓親善宣教協力会会長、ビリー・グラハム国際大会財務委員長などを歴任した。 1908年(明治41年)2月14日 福島県耶麻郡塩川町下遠田(現、喜多方市塩川町遠田)において父幸七、母イチの長男として生まれる。幼い時より「生とは何か、死とは何か」「なぜ男と女とがあるのか」を問う少年だったという。 1926年(大正15年) 福島県立会津農林学校(現、福島県立会津農林高等学校)に入学後、極度のノイローゼにとりつかれ、線路に飛び込みする寸前に、劇的な回心を経験する。
乾 一郎(いぬい いちろう、1908年(明治41年)1月13… 乾 一郎(いぬい いちろう、1908年(明治41年)1月13日 - 2000年(平成12年)9月19日)は、日本の教育者(英語・ドイツ語科)、牧師、軍人。旧土佐藩士族 乾市郎兵衛家・第9代当主。板垣退助の孫。日本福音ルーテル芦屋教会初代牧師。 1908年(明治41年)1月13日、高知県貫属士族・乾正士の長男として、高知県土佐郡潮江村412番屋敷に生まれる。母は、長野県上水内郡柳里村8番地(現・長野県上水内郡飯綱町柳里中宿164番地)高野直作の長女・八重野。父乾正士は板垣退助の次男にあたる。乾姓を称したのは、退助が戊辰戦争の際、乾姓から板垣に復姓したが、旧来の乾姓が無くなるのを惜しみ正士を後嗣の無い分家の土佐藩士・乾正厚の家督を相続させる形で残そうとしたため。
朴 永出(パク・ヨンチュル、朝鮮語: 박영출、1908年1月… 朴 永出(パク・ヨンチュル、朝鮮語: 박영출、1908年1月10日または1909年 - 1975年5月9日または5月10日)は、大韓民国の政治家、牧師。第2・3代韓国国会議員。 慶尚北道義城郡出身。法政大学法科、日本神学校、東京神学大学卒。日本にて崇徳学舎を設立し、13年間活動した。のちに帰国し、ソウルで崇徳学舎を再び設立し、同組織を中心に活動した。そのほか、苦学生援護会長、傷痍軍人会顧問、高等考試委員などを務め、崇徳教会で牧師として活動した。1950年の第2代総選挙に義城甲選挙区より大韓国民党所属で出馬して当選し、1951年3月9日から1951年12月19日までは国会社会保健委員会委員長を務めた。
権 泰羲(クォン・テヒ、朝鮮語: 권태희/權泰羲、1907年… 権 泰羲(クォン・テヒ、朝鮮語: 권태희/權泰羲、1907年4月2日 - 1983年5月29日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の牧師、教員、中学校校長、政治家。制憲国会議員、文教社会分科委員長。本貫は安東権氏(朝鮮語版)。 作曲家・声楽家の権泰浩(朝鮮語版)は兄。 慶尚北道金泉または慶尚南道密陽生まれ。大邱啓聖中学校、平壌崇実専門学校文科卒業。平壌神学校で牧師の按手を受け、同志社大学神学科修了(聴講生)。その後帰国し、安東と密陽の教会の牧師、キリスト教安東連合会会長を歴任した。解放後は京城神学校講師、密陽公立農林学校教師・校長を経て、1947年に金泉公立中学校校長を務めた。1948年の初代総選挙で金泉郡から無所属で出馬し当選した後、国会で文教社会分科委員長などを務め、農地改革、国軍の組織にも参加したが、朝鮮戦争の際に北朝鮮に拉致された。
阿部 行蔵(あべ こうぞう、1907年2月25日 - 198… 阿部 行蔵(あべ こうぞう、1907年2月25日 - 1981年4月28日)は、日本の歴史学者(近代思想史、歴史理論)、旧・東京都立大学(現首都大学東京を経て東京都立大学)教授、牧師。平和運動家。政治家、第10代東京都立川市長。 広島県広島市出身。最初、川端画学校の藤島武二に師事したが1928年、賀川豊彦の集会に出席して神学を学ぶことを決意する。神田の中央バプテスト教会(三崎町教会)で中島力三郎からバプテスマ(洗礼)を受ける。 関東学院に入学、神学部に学ぶ。キリスト者学生運動に参加の後、日本戦闘的無神論者同盟に加盟。1933年治安維持法違反容疑で検挙され執行猶予。1937年同志社大学文学部神学科を卒業すると姫路バプテスト教会に赴任する。
左近 義慈(さこん よししげ、1906年5月13日 - 19… 左近 義慈(さこん よししげ、1906年5月13日 - 1990年2月18日)は、日本の牧師・聖書学者。青山学院神学部元教授、東京神学大学名誉教授。 青山学院神学部元教授左近義弼は父。東京神学大学元学長左近淑は義理の息子。 1906年、左近義弼・まつの次男として米国・ニューヨークで生まれる。青山学院中等部、専門部を経て渡米し、南カリフォルニア大学を卒業。 ニュージャージー州マディソンにあるドルー大学神学大学院に進み、旧約聖書学を専攻。1935年に修士課程を修了し、修士号を取得。特別奨学金を得てエルサレムにあるアメリカ東洋研究所(W. F. Albright Institute of Archaeological Research)の特別研究員としてウィリアム・オルブライトの下で聖書考古学およびセム語を研究。
松木 治三郎(まつき じさぶろう、1906年2月21日 - … 松木 治三郎(まつき じさぶろう、1906年2月21日 - 1994年5月24日)は、日本の牧師、神学者。 福井県敦賀生まれ。1934年日本神学校を卒業後、日本基督教会木更津教会(1941年より、日本基督教団)、熊本坪井教会牧師を経て、1951年に関西学院大学文学部神学科教授、翌1952年から同大神学部教授として、聖書釈義、新約学を講義。1968年から神学部長を務めた。1974年に定年退職後は聖書解釈研究所を主宰した。 このほか、日本新約学会会長(1960年 - 1986年)、日本基督教団塚口教会主任牧師(1953年 - 1991年)を務めた。
木下 順治(きのした じゅんじ、1906年2月3日 - 19… 木下 順治(きのした じゅんじ、1906年2月3日 - 1992年9月23日)は、日本の牧師、聖書学者。 北海道旭川出身。日本神学校(現:東京神学大学)卒。日本基督教団の牧師。豊浦、日立、栃木、東京主僕教会、旭川にて布教。