マーサ・ナカムラ(Martha Nakamura, 1990… マーサ・ナカムラ(Martha Nakamura, 1990年 - )は、日本の詩人。中原中也賞、萩原朔太郎賞などを受賞。 1990年、埼玉県北葛飾郡松伏町に生まれる。 共立女子中学校・高等学校を経て、早稲田大学文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系を卒業。 大学で詩を学んだことがきっかけで詩を書くことになる。金原瑞人との対談(『現代詩手帖』誌に掲載)によると、もともとは小説家になりたかった。しかし大学に入ってみると周囲には小説家志望の学生が多く、また自分は彼らに比べて文才に劣る、と次第に夢を失っていく。転機は蜂飼耳の授業を受けたこと。3年生より詩作を始める。詩人で気仙沼図書館元館長の千田基嗣は、「早稲田大学で学んだことが、決してマイナスではない、というか、むしろ決定的な条件として機能したというふうにも言ってしまっていい」と感想を述べる。
萩原 慎一郎(はぎはら しんいちろう、1984年9月16日 … 萩原 慎一郎(はぎはら しんいちろう、1984年9月16日 - 2017年6月8日)は、日本の歌人、詩人。平成時代に短歌の書籍としてベストセラーとなった『歌集 滑走路』の作者。同書は2020年に映画化もされた。 1984年、東京都杉並区荻窪にて生まれる。父親の仕事で京都府長岡京市や英国統治時代の香港などを転々とした後、東京都小平市に移り住んだ。1997年、男子中学御三家としても知られる東京都練馬区の私立男子中高一貫校の武蔵中学校に入学し、野球部へと入部した。その野球部顧問教諭に怒鳴られ萎縮する様子をきっかけに、同級生からからかわれ始め、暴言や暴力が伴う苛烈ないじめへと発展し、そのいじめは中学校から高校と長期間に渡って行われ続けた。
末永 統(すえなが すばる、1981年 - )は、日本の教育… 末永 統(すえなが すばる、1981年 - )は、日本の教育者・詩人。東京都出身。 城北中学校・高等学校、東京学芸大学卒業。自身のデビュー作となる2004年に『発達障害児者の示す行動問題に対する介入効果におけるメタ分析』を執筆。2006年4月より、東京都立あきる野学園養護学校(現・東京都立あきる野学園)に就職し、2012年4月は東京都立八王子特別支援学校、2023年4月は東京都立羽村特別支援学校にそれぞれ異動している。
御徒町 凧(おかちまち かいと、1977年〈昭和52年〉5月… 御徒町 凧(おかちまち かいと、1977年〈昭和52年〉5月18日 - )は、東京都足立区綾瀬出身の詩人、作詞家。本名:菅原径。ニックネームは「かっくん」「おかちゃん」。 シンガーソングライター森山直太朗の作詞共作者であり、個人事務所であるセツナインターナショナルの社長も務めている。森山のデビュー初期は共作詞のみだったが、2005年以降は作曲も共作名義となっている。 妻は劇作家、女優の本谷有希子(2013年5月7日結婚)。 10代から詩作を始め、2006年、第1詩集『人間ごっこ』、2007年に第2詩集『いつも、ミシン』、2009年には第3詩集『人に優しく』を刊行。またポエトリー・リーディングも行なっており、2009年11月より月例で開催する詩の朗読会の記録をまとめた『朗読会の記録(一) 家具』を刊行している。
関口 涼子(せきぐち りょうこ、1970年12月21日 - … 関口 涼子(せきぐち りょうこ、1970年12月21日 - )は、日本生まれ、フランス在住の詩人、美術史家、翻訳家。 東京都新宿区生まれ。神奈川県立鶴嶺高等学校在学中から詩人として頭角を現し、1989年に第26回現代詩手帖賞受賞。早稲田大学文学部在学中の1993年、詩集『カシオペア・ペカ』を刊行。1996年、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻修士課程修了。その後パリに拠点を移し、自作のフランス語訳や多和田葉子の仏訳、漫画の仏訳を刊行する。「ナツヨウコ」の別名による著作もある。2004-10年フランス国立東洋言語文化学院講師。2012年フランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエを受章。
枡野 浩一(ますの こういち、1968年9月23日 - )は… 枡野 浩一(ますの こういち、1968年9月23日 - )は、日本の歌人、詩人、小説家、エッセイスト、芸人。タイタン所属。 2006年に佐々木あららと共に執筆した青春小説『ショートソング』は約10万部のベストセラーとなり、小手川ゆあによって漫画化もされた。 コピーライター、フリーライターを経て、1997年に歌人としてデビュー。口語短歌が主な作風で、これは糸井重里に「かんたん短歌」と命名され、「マスノ短歌」と呼ばれている。高校国語教科書(明治書院・大修館書店)に短歌掲載中。結社や同人に所属しないため、歌人としては異端視されることが多い(当人もかつては「特殊歌人」の肩書きを使用していた)。明石家さんまのテレビ番組における「踊る!ヒット賞」が唯一の受賞経験。
江國 香織(えくに かおり、1964年〈昭和39年〉3月21… 江國 香織(えくに かおり、1964年〈昭和39年〉3月21日 - )は、日本の小説家、翻訳家、詩人。父はエッセイストの江國滋。 1987年の『草之丞の話』で童話作家として出発、『きらきらひかる』『落下する夕方』『神様のボート』などの小説作品で人気を得る。2004年、『号泣する準備はできていた』で直木賞受賞。詩作のほか、海外の絵本の翻訳も多数。 東京都世田谷区出身。出生地は東京都新宿区。順心女子学園(現:広尾学園中学校・高等学校)、目白学園女子短期大学国文学科卒業。アテネ・フランセを経て、デラウェア大学に留学[リンク切れ]。 1985年、20歳で『ユリイカ』に詩作品「綿菓子」を初投稿、「今月の作品」に選ばれ掲載される。
石川 厚志(いしかわ あつし、1962年 - )は、日本の写… 石川 厚志(いしかわ あつし、1962年 - )は、日本の写真家・詩人・臨床心理士。 東京都武蔵野市出身、埼玉県在住。東京学芸大学附属小金井中学校、東京都立千歳高等学校、千葉大学、東京写真学園をそれぞれ卒業。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本写真協会、日本臨床心理士会会員。臨床心理の場に携わる傍ら、自身の家族を中心に写真を撮り、詩など文章を書いている。父は精神科医の石川信義。異母弟にライムスターの宇多丸がいる。また娘の石川晴日は、写真集「てるてるはるひ 父さん晴日を撮る。」にて独特な存在感を放つモデルとして話題となった。 写真集『てるてるはるひ 父さん晴日を撮る。』上梓 FB「明治安田生命マイハピネスフォトコンテスト」掲載
高貝 弘也(たかがい ひろや、1961年8月30日 - )は… 高貝 弘也(たかがい ひろや、1961年8月30日 - )は、日本の詩人。 東京都品川区生まれ。東京都立国立高等学校、京都大学文学部仏文科卒業。「歴程」および「cow」同人。 1982年城戸朱理、田野倉康一、広瀬大志と「洗濯船」創刊。1995年粕谷栄市、江代充、法橋太郎と「幽明」創刊。同年『生の谺』で第6回歴程新鋭賞受賞。2001年『再生する光』で第19回現代詩花椿賞受賞。2004年『半世記』で第12回萩原朔太郎賞候補、第29回地球賞受賞。2009年『子葉声韻』で第39回高見順賞および第9回山本健吉文学賞受賞。2010年『露光』で第48回藤村記念歴程賞受賞。
河津 聖恵(かわづ きよえ、1961年 - )は、日本の詩人… 河津 聖恵(かわづ きよえ、1961年 - )は、日本の詩人、評論家。 東京都生まれ。京都市在住。1979年東京都立国立高等学校、1984年京都大学文学部ドイツ文学科卒業。1985年、第23回現代詩手帖賞受賞。1998年『夏の終わり』で第9回歴程新鋭賞、2003年『アリア、この夜の裸体のために』で第53回H氏賞受賞。2013年、新藤凉子・三角みづ紀との連詩集『連詩 悪母島の魔術師』で第51回藤村記念歴程賞受賞。『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』発行人。2011年より季刊「環」にて「詩獣たち」連載中(2012年5月現在)。2021年、『「毒虫」詩論序説』で日本詩人クラブ詩界賞受賞。2023年『綵歌』で現代詩人賞を受賞2023年度。
齋藤 恵美子(さいとう えみこ、1960年 - )は日本の詩… 齋藤 恵美子(さいとう えみこ、1960年 - )は日本の詩人。 東京都生まれ。聖心女子大学文学部卒業。老人ホームで働いた経験をもとにした詩集『最後の椅子』で、2006年に第8回駿河梅花文学賞を受賞。両親や祖父の戦争体験に取材した『ラジオと背中』で、2008年に芸術選奨新人賞、第32回地球賞を受賞。同作はFMシアター(NHK-FM)にてラジオドラマ化され、文化庁芸術祭参加作品となった。2017年、『空閑風景』で第47回高見順賞を受賞。2023年、『雪塚』で第38回詩歌文学館賞を受賞。
岩佐なを(いわさ なを、男性、1954年6月18日 - )は… 岩佐なを(いわさ なを、男性、1954年6月18日 - )は、日本の詩人、画家。画家としては、主に版画、ドローイングを制作。本名は岩佐直人。日本書票協会、日本現代詩人会、日本文藝家協会、日本ペンクラブ会員。 東京都杉並区荻窪に生まれ、神奈川県横浜市港北区日吉で育つ。神奈川県立港北高等学校を経て、早稲田大学卒業。早稲田大学図書館司書として勤務しながら、創作活動を行う。詩誌「時計店」「孔雀船」「生き事」「歴程」同人。 銅版画で蔵書票(エクスリブリス)を多数創作。ドローイングや版画で、本や雑誌の挿画・装幀を手がける。季刊「嗜み」(文藝春秋)の山崎正和の連載エッセイに挿画を掲載した。小川洋子の『完璧な病室』(福武書店、1989年)の装幀、装画。
松浦 寿輝(まつうら ひさき、1954年3月18日 - )は… 松浦 寿輝(まつうら ひさき、1954年3月18日 - )は、日本の詩人、小説家、フランス文学者、批評家、東京大学名誉教授。毎日出版文化賞、高見順賞、読売文学賞選考委員。
森 雪之丞(もり ゆきのじょう、本名:森 正和、1954年1… 森 雪之丞(もり ゆきのじょう、本名:森 正和、1954年1月14日 - )は、日本の詩人、作詞家、戯曲家、作曲家。所属事務所はアミューズ。血液型はA型。既婚。ペンネームとしてJoe Lemonを名乗っていた時代もある。弟はバンド「ピカソ」のメンバーで作・編曲家の森英治。 東京都立大泉高等学校から上智大学文学部英文科に進むが、弾き語りの単独ライブや四人囃子にゲスト・ボーカルとして参加するなどライブハウスで活動、大学は中退する。その後シンガーソングライター、作詞家、作曲家として活動。 作詞家としてのデビューは『ドリフのバイのバイのバイ』。 1970年代から1980年代にかけてアニメソングやアイドルへ詞を提供、多数のヒットをとばす。
朝吹 亮二(あさぶき りょうじ、1952年4月30日 - )… 朝吹 亮二(あさぶき りょうじ、1952年4月30日 - )は、日本のフランス文学者、詩人であり、慶應義塾大学名誉教授である。学位は文学修士(慶應義塾大学・1979年)を有する。 東京都出身。暁星小学校、暁星中学校、暁星高等学校を経て、1975年慶應義塾大学文学部フランス文学科を卒業。1979年には同大学院文学研究科フランス文学専攻修士課程を修了し、1982年に同大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学。1979年に文学修士の学位を取得した。1997年、慶應義塾大学法学部教授に就任。専門はフランス近・現代詩、シュルレアリスムである。 詩人としては、『opus』、『密室論』、『明るい箱』、『現代詩文庫 朝吹亮二詩集』などの作品がある。
相沢正一郎(あいざわ しょういちろう、1950年11月28日… 相沢正一郎(あいざわ しょういちろう、1950年11月28日 - )は日本の詩人。「歴程」同人。 東京都出身。拓殖大学第一高等学校、拓殖大学商学部貿易学科卒業。様々な職業を経て、拓殖大学非常勤講師。高校生の頃に詩作を開始し、1987年より同人誌「hotel」に所属。2006年、詩集『パルナッソスへの旅』で第56回H氏賞を受賞。2010年、詩集『テーブルの上のひつじ雲/テーブルの下のミルクティーという名の犬』で第48回藤村記念歴程賞を受賞。2020年、詩集『パウル・クレーの<忘れっぽい天使>を だいどころの壁にかけた』で第27回丸山薫賞を受賞。
友部 正人(ともべ まさと、1950年5月25日 - )は、… 友部 正人(ともべ まさと、1950年5月25日 - )は、日本のフォークシンガー、詩人。本名 小野正人。 青森県出身の父の子として東京都下の吉祥寺に生まれ、各地を転々として育つ。愛知県立熱田高等学校時代から友人らとビートルズのコピーバンドで(ギターが得意でなかったため)ベースなどを担当する。その後、ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」を聴き、衝撃を受けソングライティングにのめり込むようになる。ウッディ・ガスリー、レッドベリーらが汽車の中で人々の感情を歌うスタイルを日本でやりたいと思い、高校卒業と同時に家を飛び出し、路上で歌い始める。やがて学生運動に参加し火炎瓶を投げ、鑑別所に入れられてしまう。
尾世川 正明(おせがわ まさあき、1950年 - )は日本の… 尾世川 正明(おせがわ まさあき、1950年 - )は日本の詩人、医師。 東京都大田区北千束に生まれ、品川区大井町で育つ。東京都立日比谷高等学校を経て、千葉大学医学部を卒業。卒後、内科医として内分泌学、特にインスリンと糖尿病について研究、その後成田赤十字病院にて総合内科専門医、救急専門医、輸入感染症担当として勤務。内科部長、救命救急センター長、また院内感染管理医も務める。この間日本赤十字社の、英、独、仏の緩和医療調査、厚労省のアフリカでのエボラ出血熱やペストの流行調査プロジェクトに参加する。 詩は10代から書き始め、現在まで詩人としても活動を続ける。20代には丸山薫らによって復刊された第四次『四季』に投稿している。
水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )… 水崎 野里子(みずさき のりこ、1949年12月3日 - )は、日本の詩人・歌人・俳人・翻訳家。 東京都武蔵野市吉祥寺出身。武蔵野市立第三小学校、武蔵野市立第三中学校、東京都立西高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英米文学科を卒業。早稲田大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程・博士課程修了。結婚後、生まれたばかりの長男を連れてアメリカのボストンへ夫の同伴兼留学生として移住し、1年間滞在した。多言語総合文芸誌「PANDORA」主宰。
やまだ 紫(やまだ むらさき、1948年9月5日 - 200… やまだ 紫(やまだ むらさき、1948年9月5日 - 2009年5月5日)は、日本の漫画家・エッセイスト・詩人。京都精華大学マンガ学部専任教授。 本名:白取 三津子(しらとり みつこ)(旧姓:山田)。2人目の夫は、元『ガロ』副編集長の白取千夏雄で、年齢は17歳下である。[要出典] 東京都世田谷区出身。1966年、私立富士見丘高等学校卒業後に詩の同人会『しちにん』へ参加。翌年からデザイン事務所勤務の傍ら、虫プロ商事(手塚治虫主宰)の漫画雑誌『COM』へ漫画作品の投稿を始める。 1969年、『COM』5月号でデビュー。以降同誌に精力的に作品を発表する。『COM』廃刊後は『ガロ』(青林堂)に発表の場を移し、1971年2月号に『ああせけんさま』が入選。
森 忠明(もり ただあき、1948年5月11日 - )は、日… 森 忠明(もり ただあき、1948年5月11日 - )は、日本の詩人、童話作家。東京都立川市出身、あきる野市在住。大東文化大学日本文学科中退。弟子に園田英樹、長原啓子などがいる。
清水 英雄(しみず ひでお 1946年9月2日 - )は、講… 清水 英雄(しみず ひでお 1946年9月2日 - )は、講演家、詩人、著述家。 東京都中野区上高田(童謡「たきび」 作詞 巽聖歌 発祥の地)生まれ。 中野区立上高田小学校、早稲田中学、早稲田高等学校(橋本喜典の薫陶を受け短歌雑誌「まひる野」入会)、早稲田大学卒、1973年早稲田大学大学院文学研究科(社会学)修士課程修了。大学院在学中、第7次「早稲田文学」(理事長 石川達三、 発行責任者 新庄嘉章、 編集長 立原正秋)編集・営業・事務に従事。財団法人地域開発研究所、参議院議員丸谷金保公設第一秘書、城野宏経済研究所(脳力開発インストラクター)を経て、1983年株式会社ヒューマンウェア研究所創設。 有賀燈(ありがとう)乃會会長、一般社団法人太平洋協会理事、「富士」短歌会会員。
山本 陽子(やまもと ようこ、1943年3月26日 - 19… 山本 陽子(やまもと ようこ、1943年3月26日 - 1984年8月29日)は、東京都出身の詩人。 東京都世田谷区奥沢生まれ。東京学芸大学附属大泉小学校から東京学芸大学附属小金井中学校を経て、1958年、女子美術大学付属高校に首席で入学。1961年、日本大学芸術学部映画科に入学するが、1963年に中退。 1966年、同人雑誌『あぽりあ』創刊に参加。同誌に評論「神の孔は深淵の穴」発表。1967年、『あぽりあ』第2号に「よき・の・し」発表。1970年、後に代表作となる「遥るかする、するするながらIII」を『現代詩手帖』10月号に発表。1977年、詩集『青春-くらがり(1969…)』出版。これが生前に刊行した唯一の詩集となった。
奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015… 奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015年8月16日)は、日本の詩人、ジャズ評論家、著述家、漫画原作者、編集者、作詞家、トランペット奏者。 東京都品川区大井出身。東京都立城南高等学校卒業。雑誌記者、タウン誌編集長、青山学院大学文学部講師を歴任。 さまざまな種類の活動を通して、日本のサブカルチャー界に、広い人脈を築いた。タモリの「密室芸」の命名者である。 また、様々な別名を用いて執筆活動を行った。自身のペンネーム「異魔人」。また高橋肇との共同ペンネーム「影山勲」。弟の奥成繁(久保田呉春)との共同ペンネーム「山口泰」。妻はイラストレーターのながたはるみ。 2015年8月16日、腎盂癌のため死去した。
吉行 理恵(よしゆき りえ、本名:吉行→辻→吉行理恵子、19… 吉行 理恵(よしゆき りえ、本名:吉行→辻→吉行理恵子、1939年〈昭和14年〉7月8日 - 2006年〈平成18年〉5月4日)は、日本の小説家・詩人。 東京府生まれ。母は吉行あぐり、父は吉行エイスケ。兄は吉行淳之介、姉は吉行和子。女子学院中学校・高等学校、早稲田大学第二文学部日本文学専修卒業。 父や兄の影響を受け、早くから文筆活動に目覚める。1964年から1967年まで、工藤直子・吉原幸子ら女性詩人8人による同人「ゔぇが」に参加。詩集『夢のなかで』で1968年第8回田村俊子賞を受賞。 詩人としての評価の方が高かったが、小説『小さな貴婦人』で1981年上期芥川賞を受賞。兄妹で芥川賞を受賞した最初の事例として話題を呼んだ(選考委員の1人には兄がいた)。
村松 英子(むらまつ えいこ、1938年(昭和13年)3月3… 村松 英子(むらまつ えいこ、1938年(昭和13年)3月31日 - )は、日本の女優・詩人。身長162cm、体重50kg。 東京都出身。本名は南日英子。父は精神医学者の村松常雄、母方の祖父は田部隆次。実兄は文芸評論家の村松剛。兄の友人三島由紀夫の弟子で演劇活動を引き継いでいる。再従兄弟に当たる夫の南日恒夫(日本テレビ勤務の技師)は南日恒太郎(英語教育者)の孫。娘に女優の村松えり。 東京市淀橋区西大久保(現・東京都新宿区大久保)で誕生。学者一家の家庭に生れ、父・村松常雄の書斎で『マザーグース』『ペロー童話集』などを読み聞かされて育つ。芝居好きの祖母は英子を歌舞伎に連れていくこともあった。 日本女子大学附属豊明小学校の10歳の頃、兄・村松剛の影響で詩に親しみ、毎年夏に避暑に行く信濃追分で兄から『立原道造詩集』を買ってもらったのをきっかけに、自身も詩を書いたりするようになる。
廣津 里香(ひろつ りか、本名:廣津 啓子 1938年(昭和… 廣津 里香(ひろつ りか、本名:廣津 啓子 1938年(昭和13年)2月14日 - 1967年(昭和42年)12月12日)は、日本の画家、詩人。 昭和19年上原小学校に入学、20年6月、空襲が激しくなり山形県稲川村に母、弟と共に疎開。稲川小学校2年生。母方の祖父宅が空襲にあい、罹災のため疎開。山形県松峯に移転の際ひきとられる。松峯小学校2年生。20年10月、渋谷区の自宅に戻り上原小学校へ戻る。21年4月横浜市鶴見区にある父の弟宅へ転居。鶴見小学校3年生。同年ほとんど同時期に父方、母方の祖父が相次いで死去。23年の2学期から父方の故郷福岡県久留米市に帰る。鳥飼小学校5年生。24年4月、父が敗戦後流体工学に変わり、東京都世田谷区の武蔵工大教授として、大学内に移住。
水田 宗子(みずた のりこ、1937年8月19日 - )は、… 水田 宗子(みずた のりこ、1937年8月19日 - )は、日本の比較文学者、詩人。学校法人城西大学理事長や理事を歴任したが、不適切な支出で理事長を2016年に辞任し、理事を2017年9月に解任された。 東京府東京市大森区生まれ。父は城西大学創立者で大蔵大臣の水田三喜男。第二次世界大戦時に父の故郷千葉県安房郡曽呂村と勝山町で疎開する。 雙葉小学校、雙葉中学校、高等学校を経て、東京女子大学文理学部英米文学科を卒業後、1970年にイェール大学大学院で博士(アメリカ文学)。1970年からメリー・マウント大学、スクリップス大学英文学部で助教授として現代英米文学、批評理論などを担当し、1974年から南カリフォルニア大学で比較文学部助教授、準教授を務め、アメリカ文学、日欧米比較文学、フェミニズム批評理論などを講義した。
長谷 邦夫(ながたに くにお、1937年4月7日 - 201… 長谷 邦夫(ながたに くにお、1937年4月7日 - 2018年11月25日)は、日本の漫画家、漫画評論家、小説家、エッセイスト、詩人、作詞家、元大垣女子短期大学・椙山女学園大学・中京大学・宇都宮アート&スポーツ専門学校等の講師。元日本マンガ学会理事。赤塚不二夫の長年のブレーン役。パロディ漫画におけるパイオニアとして知られる。日本の教育における漫画学科の草創期から関わっている人物でもある。 石森章太郎主宰の東日本漫画研究会の同人として、赤塚不二夫とデビュー前から交流していた。彼らがトキワ荘に入居すると通い組として参加。もともと現代詩を書く文学青年でもあり、江戸川邦生名義で小説も発表した。また、SF同人誌『宇宙塵』の初期からの会員でもあった。
天沢 退二郎(あまざわ たいじろう、1936年7月31日 -… 天沢 退二郎(あまざわ たいじろう、1936年7月31日 - )は、日本の詩人、仏文学者、児童文学作家、翻訳家。宮沢賢治研究者。東京大学文学部仏文科卒業。明治学院大学文学部フランス文学科名誉教授。
こやま 峰子(こやま みねこ、1936年 - )は、日本の詩… こやま 峰子(こやま みねこ、1936年 - )は、日本の詩人、児童文学作家。平和主義の立場からの著作が多い。 本名・小山つね子。東京出身。共立女子高等学校卒業。 翻訳絵本「だ・あ・れ!?」などで赤い靴児童文化賞受賞。1998年、日本童謡賞特別賞受賞。2003年に第26回巖谷小波文芸賞(日本青少年文化センター)を、2004年には児童文化功労者(日本児童文芸家協会)、日本児童文芸家協会賞を受賞。
鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - … 鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - 2022年9月8日)は、日本の詩人、映像作家。東京市江東区亀戸生まれ。本名・鈴木康之。 1952年頃から詩を書き始める。1954年、日本大学第一高等学校卒業、1961年3月、早稲田大学第一文学部仏文専修卒業。在学中の1959年に高野民雄と雑誌「青鰐」を刊行。1961年から1977年までNHKに16ミリ映画カメラマンとして勤務。 1963年頃から個人映画を作り始める。ジョナス・メカスの影響を受け、日記的な作品を多数制作。この年に詩集「新生都市」が発刊され、注目を浴びる。 1964年、天沢退二郎、渡辺武信、菅谷規矩雄、藤田治、彦坂紹男、秋元潔、山本道子、野沢暎、高野民雄とともに、雑誌「凶区」創刊。
三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は、日本の… 三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は、日本の小説家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。
石川 逸子(いしかわ いつこ、1933年2月18日 - )は… 石川 逸子(いしかわ いつこ、1933年2月18日 - )は昭和後期から平成時代の日本の詩人。 東京都生まれ。お茶の水女子大学史学科卒業。中学校教員を務めながら詩作を行い、1961年に詩集『狼・私たち』で第11回H氏賞を受賞。1986年、詩集『千鳥ケ淵へ行きましたか』で第11回地球賞を受賞。2011年、第15回女性文化賞受賞。 1982年から29年間にわたって、季刊ミニコミ誌「ヒロシマ・ナガサキを考える」全100号を発行した。原爆や従軍慰安婦問題をテーマとするなど、社会派の作風。 西田敏行、山田洋次、黒柳徹子らと共に「平和のための戦争展」(日本中国友好協会主催)の呼びかけ人を務めている。
吉原 幸子(よしはら さちこ、1932年6月28日 - 20… 吉原 幸子(よしはら さちこ、1932年6月28日 - 2002年11月28日)は、日本の詩人。 劇団四季で主役を演じたがすぐに退団。詩作に転じ、第一詩集『幼年連祷』(1964年)で室生犀星詩人賞、『オンディーヌ』(1972年)と『昼顔』(1973年)で高見順賞受賞。さめた感性で愛をうたう。「歴程」同人。 東京・四谷生まれ。四人兄妹の末っ子。兄姉の影響で幼い頃から萩原朔太郎や北原白秋の詩に親しむ。東京都立第十高等女学校(のちに東京都立豊島高等学校に改称)時代には演劇・映画に熱中(演劇部の同級生に女優の荻昱子、朗読家の幸田弘子、二年後輩に宝田明がいた)。また国語教師の詩人那珂太郎の奨めで校内文芸誌『果樹園』に詩作「考へ方」「星」ほか3篇を発表した。
谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉… 谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉12月15日 - 2024年〈令和6年〉11月13日)は、日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。愛称は「タニシュン」。 太平洋戦争後の現代日本を代表する、国民的詩人と評価されている。 哲学者で法政大学総長を務めた谷川徹三を父、衆議院議員 長田桃蔵の娘である多喜子を母として、東京府豊多摩郡杉並町(現:東京都杉並区)に生まれ育つ。 1938年 (昭和13年)に東京市立杉並第二尋常小学校、1944年(昭和19年)に東京都立豊多摩中学校(後の東京都立豊多摩高等学校)へ入学。太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月に山の手空襲を体験した。この年、京都府久世郡淀町に疎開し、京都府立桃山中学校に転学した。
中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 199… 中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 1997年3月7日)は、日本の翻訳家、詩人、英米文学研究者。「ボブ・ディラン全詩集」などの訳者として有名。平安女学院大学、京都精華大学で教鞭をとった。本名、矢ケ崎庄司。 東京都八王子市出身。1954年、明治学院大学文学部英文科卒業。 1959年~1960年、フルブライト奨学生として渡米し、サンフランシスコに滞在。ここで片桐ユズルと出会う。1968年、国際基督教大学修士課程修了。1960年代末、東京都立武蔵高等学校の英語教諭から、京都の平安女学院短期大学の教官となる。 片桐ユズルとともにボブ・ディランの楽曲の歌詞の翻訳を手がけ、関西フォーク運動の影の仕掛人のひとりとしても知られ、中山ラビ、古川豪、高石ともやらに影響を与えた。
矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 200… 矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 2002年5月29日)は、日本の作家・詩人・翻訳家。早くから天才少女として注目され、没後は「不滅の少女」と呼ばれた。 教育学者・矢川徳光の5人姉妹の次女として東京府北豊島郡王子町大字王子312番地(現・東京都北区王子)に生まれ、生後まもなく、東京府北豊島郡高田町雑司ヶ谷7丁目1117番地(現・東京都豊島区雑司が谷)に転居。園児としてキリスト教系の幼稚園で過ごす。高田第五尋常小学校(現在の目白小学校)1年の時、1938年1月、東京市世田谷区新町に転居。深沢尋常小学校(現・世田谷区立深沢小学校)に転入。1943年、府立第十一高等女学校(現・東京都立桜町高等学校)に入学。
小森 香子(こもり きょうこ、1930年2月1日 - 20… 小森 香子(こもり きょうこ、1930年2月1日 - 2023年6月28日)は、詩人、社会運動家。旧姓・相本。代表作は『母の友 2012年 02月号』 『青い空は青いままで子どもらに伝えたい―母と子で語る昭和といま』 『陽子』などがある。 東京雑司ヶ谷生まれ。父は相本修平、母は桂島ふじ(桂島不二の名で雑誌に投稿していた)で、三女として生まれる。東京都立第十高等女学校在学中に学徒動員を経験。空襲で関西へ疎開したが、再び動員される。 神戸女学院家政学部卒業後、大日本紡績本店に勤務するが、レッドパージに遭う。社会主義者の小森良夫(1926年 - 2008年)と結婚し、新日本文学会で詩や小説を発表。1961年から、夫が世界労働本部の常駐スタッフに就任したため4年間プラハに住む。
秋山 邦晴(あきやま くにはる、1929年5月22日 - 1… 秋山 邦晴(あきやま くにはる、1929年5月22日 - 1996年8月17日)は、日本の音楽評論家、音楽プロデューサー、詩人、作曲家。東京都生まれ。 父は陸軍軍人でのち牧車の号で俳人となった秋山邦雄。父の転任により、1935年から1937年までの幼年期を天津で過ごす。東京都立六中(現・東京都立新宿高等学校)、長野県松本中学校(現・長野県松本深志高等学校)、早稲田大学第二高等学院を経て早稲田大学文学部フランス文学科に入学。1950年代、日比谷にあったGHQのCIE図書館(民間情報教育局)でレコード・コンサートをシリーズで開き、アメリカやヨーロッパの現代音楽を紹介。また、音楽雑誌「レコード音楽」編集長などを務めた。
岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 … 岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 - 2011年〈平成23年〉4月7日)は、日本の詩人・童話作家、翻訳家。詩誌『櫂』同人。 詩集に『忘れた秋』『らいおん物語』『ソナチネの木』などがある。1966年、絵本『かばくん』でドイツ児童図書賞、1974年、絵本『かえってきたきつね』で産経児童出版文化賞大賞を受賞した。 劇作家岸田国士の長女として東京府(現・東京都杉並区)に生まれる。妹は女優の岸田今日子。従弟に俳優の岸田森がいる。 立教女学院小学校、立教女学院女学校、東京芸術大学油絵科卒業。画家を志すも肺病を患い詩人になる。 1954年10月4日、北軽井沢大学村にて交友のあった谷川俊太郎と結婚。
武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は… 武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は、日本の児童詩人、児童文学作家、翻訳家。 東京生まれ。本姓・荒谷。東京都立第八高等女学校卒業。 戦後西條八十との出会いを契機に、NHKラジオ「うたのおばさん」に童謡を発表、文筆生活に入る。 フランス民謡の曲「踊る少女」と「きらきら星」の訳詞を担当。 1983年『詩集ねこぜんまい』で産経児童出版文化賞、日本童謡賞受賞。2014年『星』で日本児童文学者協会賞、日本童謡賞受賞。 2009年に三郷町図書館に「武鹿文庫」を設立した。 児童詩、絵本、再話、翻訳、子供向け伝記など多数を執筆している。奈良県三郷町在住。
堤 清二(つつみ せいじ、1927年〈昭和2年〉3月30日 … 堤 清二(つつみ せいじ、1927年〈昭和2年〉3月30日 - 2013年〈平成25年〉11月25日)は、日本の実業家、小説家、詩人。筆名は辻井 喬(つじい たかし)。学位は博士(経済学)(中央大学・1996年)。日本芸術院会員、財団法人セゾン文化財団理事長、社団法人日本文藝家協会副理事長、社団法人日本ペンクラブ理事、『歴程』同人、憲法再生フォーラム共同代表、日本中国文化交流協会会長。国土計画取締役、西武鉄道取締役、京浜急行電鉄社外取締役、西武流通グループ(後のセゾングループ)代表などを歴任した。異母弟は西武鉄道グループ元オーナーの堤義明。 1927年、西武グループの創業者堤康次郎と、康次郎の妾(後に本妻)・青山操の間に生まれる。
工藤 幸雄(くどう ゆきお、1925年3月20日 - 200… 工藤 幸雄(くどう ゆきお、1925年3月20日 - 2008年7月5日)は、日本の詩人、ロシア・ポーランド文学者、翻訳家。元多摩美術大学教授。別筆名に仲谷鴻介(なかや こうすけ)、篠 ひろ子。 大連にて南満州鉄道社員の家庭に生まれる。旧制中学校卒業後、第一高等学校受験に3度失敗し、1944年善隣外事専門学校露西亜科に入学。その後城北補習学校を経て、1946年9月、第一高等学校文科甲類三組に入学し、1952年頃東京大学仏文科卒。 1954年共同通信社外信部に入り13年勤め、その間ロシア、ポーランドの文学を翻訳する。1967年ワルシャワ大学に日本語講師として赴任、7年間滞在し、1975年帰国。翌年多摩美術大学教授となるが、その前には、ブレイクリー・セント・ジェイムズ『女友だち』(フランス書院、1978年)などのポルノ小説を篠 ひろ子の変名で訳し、糊口を凌いだという。
中井 英夫(なかい ひでお、本名同じ、1922年(大正11年… 中井 英夫(なかい ひでお、本名同じ、1922年(大正11年)9月17日 - 1993年(平成5年)12月10日)は、日本の短歌編集者、小説家、詩人。三大奇書とされる代表作の『虚無への供物』の作者として著名であるが、ノヴェレット主体のマニエリスティクな推理小説・幻想文学において知られている。 別名に、塔晶夫、碧川潭、緑川弓雄、黒鳥館主人、流薔園園丁、月蝕領主、ハネギウス一世。 東京市滝野川区田端に生まれ育つ。父は植物学者で国立科学博物館館長、陸軍司政長官・ジャワ・ボゴール植物園園長、小石川植物園園長等を歴任した東京帝国大学名誉教授の中井猛之進。祖父堀誠太郎も札幌農学校教授、小石川植物園御用掛を歴任しており、二代続いた植物学者の家系であった。
清岡 卓行(きよおか たかゆき、1922年(大正11年)6月… 清岡 卓行(きよおか たかゆき、1922年(大正11年)6月29日 - 2006年(平成18年)6月3日)は、日本の詩人、小説家、評論家、法政大学名誉教授。位階は従四位。 関東州の大連生れ。東京大学文学部仏文科で渡辺一夫に師事した。また、長らく、法政大学教授として新入生などにフランス語の基礎を、さらに、萩原朔太郎作品などをテキストに、人文特別講義を担当し、学部や専攻にかかわらず多くの学生を指導した。1996年に日本芸術院会員。 妻は作家の岩阪恵子(いわさか けいこ、本名 清岡惠子)。前妻の息子清岡智比古は、フランス語学者で明治大学理工学部教授。創作活動も行っている。 ロシア・日本の租借地であった大連で、生まれてから敗戦による本土引き揚げまでの20数年間(内地での一高、東大在学時を途中に挟む)を過ごす。
木原 孝一(きはらこういち、1922年2月13日-1979年… 木原 孝一(きはらこういち、1922年2月13日-1979年9月7日)は、日本の詩人。 東京出身。本名・太田忠。東京府立実科工業学校(現・東京都立墨田工業高等学校)卒。北園克衛の詩誌『VOU(バウ)』に参加し、戦後は『荒地』に参加。詩学社の雑誌『詩学』の編集者も務める。音楽詩劇「御者バエトーン」で1965イタリア賞グランプリ。
西條 文喜(さいじょう ふみき、1921年10月23日 - … 西條 文喜(さいじょう ふみき、1921年10月23日 - 1988年6月9日)は、日本の映画監督、脚本家、作詞家・詩人である。本名は伊奈 文喜(いな ふみき)、別名は鶴巻 次郎(つるまき じろう)。詩人としては本名を名乗った。 1921年(大正10年)10月23日、東京府東京市本郷区(現在の東京都文京区本郷)に生まれる。伯父に作詞家の西條八十(1892年 – 1970年)、叔父に映画監督の伊奈精一(1898年 – 1962年)がいる。 旧制・駒込中学校(現在の駒込高等学校)に進学、叔父・伊奈精一の影響により幼少より映画に親しみ、1940年(昭和15年)3月、同校を卒業するとともに、叔父の紹介を得て、同年4月、新興キネマに入社する。
鮎川 信夫(あゆかわ のぶお、1920年〈大正9年〉8月23… 鮎川 信夫(あゆかわ のぶお、1920年〈大正9年〉8月23日 - 1986年〈昭和61年〉10月17日)は、日本の詩人・評論家・翻訳家。別名・二宮 佳景(にのみや よしかげ)。本名・上村 隆一(うえむら りゅういち)。 戦後の詩壇で一貫して重要人物とされる。第1次、第2次『荒地』の創刊に関わる。「詩人の条件」「なぜ詩を書くか」などの詩論で、戦後詩を性格づける中心的役割を果たした。作品に詩「死んだ男」(1947年)、『鮎川信夫詩集』(1955年)など。 東京小石川の高田豊川町に生まれる。父・上村藤若(「帝国文化協会」主催の出版者・文筆家)は農本主義的なナショナリストで、世間的には温厚な人格者でありながら、家庭内ではすこぶる冷淡な人間であったため、鮎川にとってのモダニズムは〈父親イメージへの反逆から始まった〉と後に語っている。
三井 ふたばこ(みつい ふたばこ、1918年〈大正7年〉5月… 三井 ふたばこ(みつい ふたばこ、1918年〈大正7年〉5月3日 - 1990年〈平成2年〉10月29日)は、日本の童話作家、詩人、随筆家。本名・嫩子。 西条八十の長女として東京府に生まれる。弟に西條八束。 東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)を経て、日本女子大学英文科中退。父とともに詩誌『ポエトロア』を発行、童話、詩集、翻訳、父の詩集の編纂などを行う。1970年に父が没した後は、父の思い出などを書いた。当初、三井嫩子、三井ふたばこ、三井ふたば子などの表記を用いたが、夫が亡くなったこともあり、父の没後は西條嫩子の名を用いた。