竹葉 リサ(たけば りさ、1983年 - )は、日本の映画監… 竹葉 リサ(たけば りさ、1983年 - )は、日本の映画監督、脚本家、小説家。 初の長編『さまよう小指』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭2014で最高賞とシネガーアワードを受賞。ロッテルダム国際映画祭、シッチェス・カタロニア国際映画祭にも招待された。2作目の長編『春子超常現象研究所』は同上の映画祭、モスクワ国際映画祭でも上映。『オルジャスの白い馬』は、オール・カザフスタンロケで日本・カザフスタン初の海外共同制作で、アジア最大級の釜山国際映画祭のオープニング作品に選ばれ、日本勢として16年ぶりの快挙となった。長編ホラー『シグナル100』はシッチェス映画祭、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭など世界のファンタスティック映画祭で上映されている。
白河 理子(しらかわ りこ、1980年12月17日 - )は… 白河 理子(しらかわ りこ、1980年12月17日 - )は、日本のタレント、作家。 東京都出身。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。高校在学中にスカウトを受ける。実母がモデル業をやっており、芸能界と無縁というわけではなかったので、それほど抵抗もなく芸能界入りする。当時の芸名は「斉藤理真」→「斉藤りま」だったが、2002年頃に「白河理子」に改名をする。 1999年デビュー。デビュー当時の所属事務所はスペースクラフト。お嬢様タレントとして数々のバラエティ番組にレギュラー出演する。 2000年にはテレビ東京「喝! リベンジナイト」でリベギャルとして活躍。 2005年からコラムニストアイドルとして多数の雑誌でコラムの執筆も始める。
日明 恩(たちもり めぐみ、1967年 - )は、日本の小説… 日明 恩(たちもり めぐみ、1967年 - )は、日本の小説家・推理作家。神奈川県川崎市出身。日本女子大学卒業。夫は、漫画家の青木たかお。 都筑道夫の小説講座に通い小説を書き始める。大学病院で外科教授の秘書を勤める傍ら、2002年、『それでも、警官は微笑う』(応募時のタイトルは「迎日」)で第25回メフィスト賞を受賞し、小説家デビューする。2003年、消防士を主人公にした『鎮火報 Fire's Out』で第25回吉川英治文学新人賞候補。2012年、静岡県浜松市天竜区にある3高校の生徒が、同年代に勧めたい1冊を選ぶ第4回天竜文学賞に『ギフト』が選ばれる。 「」内が日明恩の作品 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
渡川 浩美(わたりかわ ひろみ、1967年 -)は、日本の児… 渡川 浩美(わたりかわ ひろみ、1967年 -)は、日本の児童文学作家。『あたしの声がすき』でデビュー。 1967年、福岡県生まれ。聖徳学園短期大学(現在の聖徳大学短期大学部)、日本女子大学通信教育課程卒業。1995年に『とまと・ふぁーむ』で第44回毎日児童小説賞優秀賞、1997年に第8回児童文芸創作コンクール長編部門佳作入選。
松本 祐子(まつもと ゆうこ、1963年10月31日 - )… 松本 祐子(まつもと ゆうこ、1963年10月31日 - )は、日本の小説家、イギリス文学者。聖学院大学元人間福祉学部教授、現在は人文学部児童学科教授。専門は19世紀イギリス文学、英米児童文学。 早稲田大学第一文学部英文科卒業後、日本女子大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。1992年、季刊小説雑誌『小説ハヤカワHi!』(『S-Fマガジン』臨時増刊号)に投稿したファンタジー作品『虹色のリデル』が編集者の目に留まり、作家デビュー。2002年に公募新人賞である日本児童文学者協会新人賞を『リューンノールの庭』で受賞している。 1998年聖学院大学児童学科講師。2000年助教授、2007年准教授、2008年教授。
和田 はつ子(わだ はつこ、1952年8月14日 -)は日本… 和田 はつ子(わだ はつこ、1952年8月14日 -)は日本の小説家。AB型。 東京都出身。本名・発田(ほった)和子。日本女子大学附属中学校・高等学校、日本女子大学大学院修士課程修了。出版社勤務時、同僚と結婚して二児の母となる。30代前半の時、長女の小学校受験で受けたショックに耐え切れず書いた『よい子できる子に明日はない』が橋田壽賀子作テレビドラマ『お入学』の原作となり、作家として注目される。日本文藝家協会、近代文学会会員、日本ハーブ・ソサエティ会員。
大石 静(おおいし しずか、1951年9月15日 - 、本名… 大石 静(おおいし しずか、1951年9月15日 - 、本名:高橋 静(たかはし しずか))は、日本の脚本家、エッセイスト、作家、女優。 東京都千代田区神田猿楽町出身。日本女子大学文学部卒業。ノート所属。『セカンドバージン』など数々のラブストーリーを手掛け、「ラブストーリーの名手」と評される。夫は舞台監督の高橋正篤。 1951年(昭和26年)東京都千代田区・駿河台にあった旅館「駿台荘」で生まれ育つ(のちに大石の著作のタイトル『駿台荘物語』にもなっている)。同旅館は著名文士等の隠れ場所でもあり、大石の養母がオーナーを務めていた。 1974年(昭和49年)、日本女子大学文学部国文学科(現・日本文学科)卒業。
岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、… 岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、食文化研究者、児童文学作家、歌人。塔短歌会所属。 米沢興譲館高等学校を受験、入学するが、父の転勤により東京に移り、一年の二学期より都立雪谷高校へ編入学。1974年、日本女子大学文学部史学科卒業。 横浜市役所に10年間勤務後、夫の渡米に伴いアメリカのノースカロライナ大学で学ぶ。 1983年、塔短歌会入会。 帰国後は児童文学の翻訳に携わり、児童文学を中心に好きな本を翻訳。1989年に初の訳書『はだしのバレリーナ』(ポプラ社)を刊行。 1993年、翻訳作品『魔女図鑑』(マルカム・バード著)が、剣淵町絵本の館が主催する第3回剣淵絵本の里大賞を受賞。
柴村 紀代(しばむら きよ、1946年10月26日 - )は… 柴村 紀代(しばむら きよ、1946年10月26日 - )は、日本の児童文学作家。藤女子大学元教授。 児童文学作品の書評や、絵本等の児童文学の研究書なども書いている。 台湾出身。北海道札幌市在住。1969年藤女子大学文学部国文科卒業。大学在学中に童話サークルに入り、1967年同人誌「青い獏」を創刊。「ひらく」同人。 1980年『おかあさんの湖』を処女出版。1984年藤女子短期大学保育科非常勤講師(~1999年)。 『サクランボっ子のゆめ』で1990年に第6回北の児童文化賞受賞。 1991年日本女子大学大学院家政研究科児童学専攻修士課程修了。2000年藤女子大学人間科学部専任講師。2001年より母校である藤女子大学の人間科学部教授を務め、2015年藤女子大学定年退職。
安房 直子(あわ なおこ、本名:峰岸 直子(みねぎし なおこ… 安房 直子(あわ なおこ、本名:峰岸 直子(みねぎし なおこ)1943年1月5日 - 1993年2月25日)は、日本の児童文学作家。大学在学中より山室静に師事し、『目白児童文学』『海賊』を中心に多くの童話を発表した。「さんしょっ子」「きつねの窓」など教科書に掲載された作品も多い。夫は国語学者の峰岸明。 1943年(昭和18年)1月5日、旧内務省官吏の父、藤沢喜久郎と母英子の四女として東京都新宿区で生まれる。生家である市ヶ谷の屋敷には、 母の妹である安房久子も同居しており、育児を手伝っていた。 1944年(昭和19年)、専売公社に勤務する安房喜代年と妻・久子の養女となる。香川県高松市に転居。 これ以後、養父の転勤に伴い、中学校卒業まで転居を重ねる。
夏樹 静子(なつき しずこ、本名:出光 静子(いでみつ しず… 夏樹 静子(なつき しずこ、本名:出光 静子(いでみつ しずこ))、1938年12月21日 - 2016年3月19日)は、日本の小説家。旧姓名の五十嵐 静子名義による作品もある。 日本の女性推理小説家の草分けであり、繊細な心理描写と巧みなトリックによる『蒸発』『Wの悲劇』などの秀作により「ミステリーの女王」と称された。夫は新出光会長の出光芳秀(いでみつ よしひで)。兄は小説家の五十嵐均。 1938年、東京府(現東京都)港区芝西久保に生まれる。1943年、静岡県熱海市に転居。戦時中は榛原郡川根町に疎開した。熱海市立第一小学校、熱海市立熱海中学校、日本女子大学附属高等学校を経て、慶應義塾大学文学部英文学科を卒業。
富盛 菊枝(とみもり きくえ、1937年9月18日- )は、… 富盛 菊枝(とみもり きくえ、1937年9月18日- )は、日本の児童文学作家。 北海道室蘭市生まれ。本姓・杉山。日本女子大学家政学部児童学科卒。20代から創作を始める。吉行淳之介『暗室』のモデルの一人・高山勝美とは同級生。
花形 恵子(はながた けいこ、1935年6月2日 - 201… 花形 恵子(はながた けいこ、1935年6月2日 - 2015年1月12日)は、日本の女優、声優、児童文学作家。東京府(現・東京都)出身。81プロデュース最終所属。夫は俳優の篠原大作(2016年死去)。 日本女子大学附属高等学校卒業。1954年4月、劇団ぶどうの会に入団。フェデリコ・ガルシーア・ロルカ原作の『ベルナルダ・アルバの家』のアデラで初舞台。1961年2月、ぶどうの会を脱退し、山田肇、篠原大作、松村彦次郎などともに劇団風を創立。同人舎プロダクション、東京俳優生活協同組合、ぷろだくしょんバオバブ、アーツビジョンを経て、81プロデュースに所属していた。 夫の篠原大作とともに「ふたり朗読館」を主宰して朗読の分野でも活動。
小薗江 圭子(おそのえ けいこ、1935年 - 2011年)… 小薗江 圭子(おそのえ けいこ、1935年 - 2011年)は、日本の作家、作詞家、映像作家、アニメーター。本名・平川圭子。 東京生まれ。9歳まで銀座に住む。日本女子大学在学中からぬいぐるみ作家として注目され、その後イラストレーター、童話作家、エッセイストとしても活躍。初期の「みんなのうた」のアニメ作家でもあり、「この広い野原いっぱい」の作詞者としても知られる。 「うちのネコ ぼくのネコ」「魔法のワルツ(魔法使いチャッピー)」「夕やけ番長」などの作詞のほか、『モザイクの馬』『耳かきのすきな王様』『生活美人』などの著作がある。「ツビレグ ツブレグ マーチ」「新しい動画 3つのはなし」のアニメ映像も担当した。
平岩 弓枝(ひらいわ ゆみえ、1932年3月15日 - 20… 平岩 弓枝(ひらいわ ゆみえ、1932年3月15日 - 2023年6月9日)は、日本の小説家、脚本家。 長谷川伸門下。『鏨師』(たがねし)で直木賞を受賞。次いでテレビドラマの脚本家として多くのヒット作を生み出した。その後小説の世界に戻り、女の生き方を描いた国際色豊かな家庭物や恋愛物、推理物で人気を集め、やがて時代小説に専念し永く活躍した。代表作の『御宿かわせみ』シリーズは江戸情緒溢れる人情物語で、40年以上に及ぶ人気シリーズ、ベストセラーとなった。そのほか『はやぶさ新八御用帳』シリーズなどがある。 文化功労者、文化勲章受章者。位階は従三位。 代々木八幡宮の宮司の一人娘として生まれた。母親は箱根神社で育った女性。
多田 尋子(ただ ひろこ、1932年1月19日 - 2026… 多田 尋子(ただ ひろこ、1932年1月19日 - 2026年3月22日)は長崎県生まれの小説家。長崎市出身。日本女子大学国文科卒業。本名・石亀尋子(いしがめ ひろこ)。 駒田信二の朝日カルチャーセンターの小説教室に通っていた。 2026年3月22日、敗血症のため横浜市の病院で死去。94歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
あまん きみこ(本名(旧姓):阿萬 紀美子(読み同じ)、19… あまん きみこ(本名(旧姓):阿萬 紀美子(読み同じ)、1931年〈昭和6年〉8月13日 - )は、日本の児童文学作家。 旧満洲撫順市に生まれる。父は宮崎県出身で南満洲鉄道(満鉄)系列会社の社員だった。あまんは一人娘で、祖父母や叔母も含めて満鉄の社宅で暮らした。小学校入学時は新京(現在の長春市)在住だったが、当時は病弱だったという。小学3年生の時に大連市に移り住み、(病弱だった新京時代に対し)「私の記憶には大連の日々しかありません」と述べている。その一方、病床で家族から民話・寓話の語りを聞いたり本を読んだことがきっかけで「窓から空を眺めながら、空想でお話を作ることが好きでした」とも述べている。2020年に刊行した絵本『あるひあるとき』は満州時代の体験がモチーフとなっている。
佐伯 千秋(さえき ちあき、1925年12月6日 - 200… 佐伯 千秋(さえき ちあき、1925年12月6日 - 2009年1月3日)は、日本の少女小説家。児童文学作家。少女小説やジュニア小説で知られる。 広島市出身。本名、薦田千賀子(こもだ・ちかこ)。佐伯は旧姓である。 広島県立広島第一高等女学校から日本女子大学校に進学したが、広島市への原子爆弾投下で両親を失ったのち退学。 作家となってからは西東京市 (旧保谷市)に住んだという。原爆ドーム永久保存を決定した当時の広島市長・浜井信三は義兄に当たる。1955年当時から日本児童文芸家協会会員。 1954年ごろから小学館の雑誌『女学生の友』や『小学〇年生』などの学習雑誌に読み切りの短編小説や小学生向けの読み物を執筆し、1959年「燃えよ黄の花」(『女学生の友』1958年9月号掲載)で第8回小学館児童文化賞を受賞。
田中 嫺玉(たなか かんぎょく、1925年3月2日 - 20… 田中 嫺玉(たなか かんぎょく、1925年3月2日 - 2011年7月20日)は、日本のベンガル語翻訳家、著作家。女性。「田中かん玉」とも表記。 1925年(大正14年)、北海道旭川市生まれ。北海道庁立旭川高等女学校(現・北海道旭川西高等学校)、日本女子大学家政科に進学。1945年(昭和20年)に戦争が終わると、中退して帰郷し、結婚して男の子2人を育てる。1954年(昭和29年)に東京都新宿区に引っ越した。1959年(昭和34年)、目白ロゴス英語学校を卒業。1969年(昭和44年)に仏教学者の渡辺照宏、東京外国語大学教授の奈良毅もとでベンガル語のラーマクリシュナの言行録『不滅の言葉』の翻訳を始め、5年後の1974年(昭和49年)に抄訳本を奈良毅と共訳で自費出版。
相見 とし子(あいみ としこ、1925年 - 2005年)は… 相見 とし子(あいみ としこ、1925年 - 2005年)は、日本の小説家。 京都府竹野郡間人町(現・京丹後市)生まれ。二人兄妹であったが、兄は第二次世界大戦で戦死した。 日本女子大学国文学部卒業。 後に同志社大学教授(現・名誉教授)となった相見志郎と結婚し、創作活動に入る。ドイツ文学者・前田敬作が京都大学助教授時代に出していた同人誌『集団55』に発表した初創作の『魔法瓶』で1957年(昭和32年)上半期の芥川賞、直木賞の女性としては初めての同時候補となる。 執筆活動を続けながら、1973年(昭和48年)から平成初め頃まで20年間ほど、左京区の自宅敷地内で文化人の集う居酒屋「木の目会」を実質経営。
いぬい とみこ(本名:乾 富子、1924年〈大正13年〉3月… いぬい とみこ(本名:乾 富子、1924年〈大正13年〉3月3日 - 2002年〈平成14年〉1月16日)は、日本の児童文学作家。 静岡県で生まれ、2歳の時に東京府東京市麻布区(現・港区)、4歳の時に大森区(現・大田区)へ移る。東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)を卒業。1941年4月11日、日本女子大学校国文学部(現・日本女子大学文学部日本文学科)に42回生として入学するが、父親の転勤に伴い兵庫県伊丹市に引っ越すため翌年6月2日付けで同校を中退。京都の平安女学院専攻部保育科を1944年に卒業し、東京・大森の幼稚園(母園)と京都の幼稚園に勤務した。その後まもなく、父親が富士紡績柳井化学工業の工場長に就任したため1947年まで山口県玖珂郡柳井町(現・柳井市)に在住し、山口県立柳井高等女学校併設の戦時保育園で保母を務めた。
角 圭子(すみ けいこ、1920年10月31日 - 2012… 角 圭子(すみ けいこ、1920年10月31日 - 2012年10月29日)は、日本の作家、ロシア文学者。東京都生まれ。本名・石山芳。日本女子大学校国文科中退。ロシア文学を研究し、ほか小説を執筆した。1967年『大正の女』で小説新潮賞候補。
三井 ふたばこ(みつい ふたばこ、1918年〈大正7年〉5月… 三井 ふたばこ(みつい ふたばこ、1918年〈大正7年〉5月3日 - 1990年〈平成2年〉10月29日)は、日本の童話作家、詩人、随筆家。本名・嫩子。 西条八十の長女として東京府に生まれる。弟に西條八束。 東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)を経て、日本女子大学英文科中退。父とともに詩誌『ポエトロア』を発行、童話、詩集、翻訳、父の詩集の編纂などを行う。1970年に父が没した後は、父の思い出などを書いた。当初、三井嫩子、三井ふたばこ、三井ふたば子などの表記を用いたが、夫が亡くなったこともあり、父の没後は西條嫩子の名を用いた。
広津 桃子(ひろつ ももこ 廣津桃子、1918年3月21日 … 広津 桃子(ひろつ ももこ 廣津桃子、1918年3月21日 - 1988年11月24日)は、日本の作家、随筆家。広津和郎の娘。 広津和郎と下宿屋の娘神山ふくの長女として生まれる。神山家は幕末に御家人から町人になり、桃子の祖父の代には麴町の英国大使館近くで薪炭を商っていたが、永田町で下宿屋を始めた一家である。生まれて間もなく両親は別居し、母のもとで育つ。日本女子大学国文科卒業後、叔母の神山かねが経営する目黒区駒場町の下宿屋「西山寮」で母と暮らしながら、女学校で教鞭を取っていたが、1945年5月の空襲で西山寮が全焼する。戦後、同人雑誌『文学行動』に「窓」を発表し、1952年より母、叔母とともに藤沢市鵠沼に暮らす。
松田 瓊子(まつだ けいこ、1916年(大正5年)3月19日… 松田 瓊子(まつだ けいこ、1916年(大正5年)3月19日 - 1940年(昭和15年)1月13日)は、日本の小説家。父は小説家の野村胡堂。夫は政治学者の松田智雄。 東京市小石川区(現在の東京都文京区)に4人兄弟の次女として生まれる。作家の父と高等女学校の教員であった母のもと、文化的に恵まれた家庭に育つ。日本女子大附属高等女学校(現在の日本女子大学附属中学校・高等学校)に入学した頃から少女小説を書き始め、女学校卒業の頃に初めての長編である『人形の歌』を完成する。女学校卒業後は日本女子大学校(現在の日本女子大学)英文科に入学する。卒業生名簿に名前が記載されていないことから、卒業はしなかったとされている。
戸塚 文子(とつか あやこ、1913年〈大正2年〉3月25日… 戸塚 文子(とつか あやこ、1913年〈大正2年〉3月25日 - 1997年〈平成9年〉11月7日)は、日本の紀行文作家、編集者。1983年(昭和58年)に第1回日本旅行作家協会賞を受賞した。 東京府(後の東京都)日本橋浜町生まれ。父の仕事の関係で、5歳の頃から小学4年までを横浜市神奈川区で過ごし、日本国外への憧れを抱いて育った後に、東京への転居を経て兵庫県神戸市に移った。 1934年(昭和9年)に日本女子大学英文科卒業後、女性として初めてジャパン・ツーリスト・ビューロー(JTB)に入社した。東京駅案内所の案内係を経て、同社発行の雑誌『旅』編集部に移り、世界各国の数々の旅行情報を読者へ紹介した。
真野 さよ(まの さよ、1913年 - )は、日本の小説家、… 真野 さよ(まの さよ、1913年 - )は、日本の小説家、詩人。 高知県出身。1955年、広島県立高等女学校(現広島県立広島皆実高等学校)卒業、1958年、日本女子大学国文学部中退。 戦後、河井醉茗の塔影社に入り創作活動を開始し、1977年、詩集『葡萄祭』出版。小説『蜂』にて婦人公論新人小説賞受賞。 読売新聞「人生案内」の回答者として活躍するほか、各地で「伊勢物語」「枕草子」などの古典文学や女性問題などの講義を重ねた。
阿部光子(あべ みつこ、1912年12月25日 - 2008… 阿部光子(あべ みつこ、1912年12月25日 - 2008年2月26日)は、作家、キリスト教伝道者。本名、山室光(みつ)。
中村 佐喜子(なかむら さきこ、1910年5月7日 - 19… 中村 佐喜子(なかむら さきこ、1910年5月7日 - 1999年10月10日)は、日本の翻訳家・作家。本名は石川佐喜子 北海道札幌市出身。日本女子大学英文科卒業。1942年に発表した小説『雪のりんご畑』が改造社の文芸推薦を受け、その後数作を発表。戦後は翻訳家としての活動が中心となり、数多くの英米文学の翻訳を行う。中でも角川文庫版『赤毛のアンシリーズ』は、その格調高く、且つ温かみのある訳文によって親しまれ、村岡花子訳の新潮文庫版とともにロングセラーとなった。 その他の著書に評伝『ロレンスを愛した女たち』、エッセイ『トマス・ハーディの全小説を楽しむ』などがある。
石井 桃子(いしい ももこ、1907年3月10日 - 200… 石井 桃子(いしい ももこ、1907年3月10日 - 2008年4月2日)は、日本の児童文学作家・翻訳家。位階は従四位。日本芸術院会員。 「くまのプーさん」「ピーターラビットのおはなし」「うさこちゃん」といった数々の欧米の児童文学の翻訳を手がける一方、絵本や児童文学作品の創作も行い、日本の児童文学普及に貢献した。 埼玉県北足立郡浦和町(後の浦和市、現:さいたま市)常盤に兄1人姉4人のきょうだいの末っ子として生まれる。生家は旧中山道沿いで金物店を営む旧家だった。父は小学校教師を経て友人と銀行を興し、浦和商業銀行の支配人をつとめていた。 1913年4月、埼玉県立女子師範附属小学校(現在の埼玉大学教育学部附属小学校)入学。
厚木 たか(あつぎ たか、1907年〈明治40年〉3月3日 … 厚木 たか(あつぎ たか、1907年〈明治40年〉3月3日 - 1998年〈平成10年〉5月19日)は、日本の記録映画作家。本名・芳賀 松江。 1907年(明治40年)群馬県伊勢崎市新町に岡田清平・すみの長女として生まれる。1929年(昭和4年)日本女子大学英文科卒。 1930年(昭和5年)、日本プロレタリア映画同盟に参加。1934年(昭和9年)にPCL(現・東宝)に入社。1938年(昭和13年)芸術映画社に移る。構成を担当した『或る保姆の記録』(芸術映画社、1942年)が国民映画賞を受賞[要検証 – ノート]。 朝日映画にも一時所属したが、1945年(昭和20年)以降はフリーの脚本家となる。1958年(昭和33年)『おふくろのバス旅行』で教育映画祭最高賞ブルーリボン賞受賞。
辻村 もと子(つじむら もとこ、1906年〈明治39年〉2月… 辻村 もと子(つじむら もとこ、1906年〈明治39年〉2月11日 - 1946年〈昭和21年〉5月24日)は、日本の小説家。北海道開拓にかける若き日の父親をモデルとして描いた長編『馬追原野』で樋口一葉賞を受賞した。 1906年(明治39)年2月11日、北海道岩見沢志文にて父・辻村直四郎、母・梅路の長女として生まれる。紀元節にあやかり元子と命名される。1912年(明治45年)、志文尋常高等小学校に入学。1919年(大正8年)に小学校を卒業後、父親の故郷である神奈川県小田原の祖母の家に寄留し、小田原高等女学校に入学する。1920年(大正9年)、小田原の祖母の死去に伴い、函館遺愛女学校に転校する。在学中に文学に親しむようになる。
弘津 千代(ひろつ ちよ、1901年1月5日 - 1983年… 弘津 千代(ひろつ ちよ、1901年1月5日 - 1983年)は、日本の劇作家、小説家。 山口県熊毛郡伊保庄村(現、山口県柳井市伊保庄)上八(こうじょう)生まれ。広島女学校附属小学校、広島県師範学校附属小学校、広島県立広島高等女学校を経て、日本女子大学校文科国文学科を1922年卒業。在学中より中村吉蔵らに師事。卒業後も東京で劇作に専念した。本名はチヨ。 1921年、日本女子大学校在学中に卒論のかわりに、印度の阿育王の伝説を題材にした戯曲・華子城物語(かしじょう・ものがたり)を、同級生の山原鶴、宮田範と共作、翌1922年6月、新光社より出版される。 代表作は、1925年(大正14年)7月号の「舞台批評」に発表した「天樹院」。
網野 菊(あみの きく、1900年1月16日 - 1978年… 網野 菊(あみの きく、1900年1月16日 - 1978年5月15日)は、大正末期から昭和にかけて活躍した小説家。志賀直哉に見出され、『光子』で文壇に登場。自らの生い立ちや度重なる不幸を材とした私小説に徹し、その重厚な文体が、戦後高く評価されて多数の賞を受けた。日本芸術院会員。別名・相原菊子。 東京市麻布区谷町(現・六本木1、2丁目)で馬具製造業の父・亀吉(1875-)とふじのの長女として生まれた。亀吉は信州の農家の出だが、赤坂田町の馬具辰こと金子辰五郎に奉公して馬具職人となり、戦争需要で成功し、馬具革具軍需品一式製造販売のほか東京電線株式会社の監査役も務めた。菊が生まれた頃は貧民街にあった元人力車夫の祖父の家で暮らしていたが、家計が豊かになるにつれ、赤坂表町、麹町区三番町(現・九段南、九段北)へと転居し、菊は小学生の途中から番町小学校で学んだ。
高村 智恵子(たかむら ちえこ、1886年(明治19年)5月… 高村 智恵子(たかむら ちえこ、1886年(明治19年)5月20日 - 1938年(昭和13年)10月5日、旧姓:長沼)は、日本の洋画家、紙絵作家。夫は彫刻家・詩人の高村光太郎。夫の光太郎が彼女の死後に出版した詩集『智恵子抄』でも知られる。 1886年(明治19年)5月20日、福島県安達郡油井村字漆原(現・二本松市油井)の酒造業・斎藤今朝吉(後に長沼家に養子に入り、長沼今朝吉となる)とせんの二男六女の長女として生まれた。戸籍名は「チヱ」。長沼家は清酒「花霞」を醸造する酒造家で、使用人を多数抱えた資産家であった。 1901年(明治34年)に油井小学校高等科を卒業したのち福島高等女学校3年へ編入学した。
平塚 らいてう(ひらつか らいちょう、1886年(明治19年… 平塚 らいてう(ひらつか らいちょう、1886年(明治19年)2月10日 - 1971年(昭和46年)5月24日)は、日本の思想家、評論家、作家、フェミニスト、女性解放運動家。本名は平塚 明(ひらつか はる)。 大正から昭和にかけ、婦人参政権など、女性の権利獲得に奔走した活動家の一人として知られるが、結局、その実現は、第二次大戦後、連合国軍の日本における占領政策実施機関GHQ主導による「日本の戦後改革」を待たなければならなかった。 しかし、1911年(明治44年)9月、平塚25歳の時、雑誌『青鞜』の創刊を祝い、自らが寄せた文章の表題「元始、女性は太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である(大昔は女性は自らいきいきと輝いていたが、今は自分の力で輝けない)」は、女性の権利獲得運動を象徴する言葉の一つとして、永く人々の記憶に残ることとなった[要ページ番号]。
田村 俊子 (たむら としこ、1884年(明治17年)4月2… 田村 俊子 (たむら としこ、1884年(明治17年)4月25日 - 1945年(昭和20年)4月16日) は、日本の小説家。別名、佐藤露英、佐藤俊子、本名、佐藤とし。東京府東京市浅草区蔵前町(現在の東京都台東区蔵前)生れ。東京府立第一高等女学校卒業、日本女子大学校国文科中退。代表作は『木乃伊(みいら)の口紅』、『炮烙(ほうらく)の刑』など。官能的な退廃美の世界を描き、人気を得た。没後、田村俊子賞が創設された。
川辺 純可(かわべ すみか、10月21日 -)は、日本の小説… 川辺 純可(かわべ すみか、10月21日 -)は、日本の小説家・推理作家。 2005年、「シーウィンド」でハーレクイン社が実施する第1回ショート・ラブストーリー・コンテストの優秀賞に選ばれる。2013年、「麝香草荘(タイムそう)のユディト」で第6回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の優秀作に選ばれる。選考委員の島田荘司は「終盤の謎解きに入って俄然面白くなりはじめ、作者のさまざまな思惑の歯車がうまく噛み合って、底部から推進感が立ちあがった」と評した。2014年、同作を『焼け跡のユディトへ』と改題し単行本デビューする。本格ミステリ作家クラブ会員。日本推理作家協会会員。 「」内が川辺純可の作品
目白 花子(めじろ はなこ)は、日本の女性漫画家・元同人作家… 目白 花子(めじろ はなこ)は、日本の女性漫画家・元同人作家である。専門は少女漫画・青年漫画・女性漫画。 千葉県出身。日本女子大学文学部卒。 大学在学中に同人作家となり、学友の高橋留美子と漫画研究会「(没)」を結成、会誌 『びびっと』上で作品を発表。 大学在学中に講談社の少年漫画新雑誌にスカウトされ、柴門ふみ、寺島令子などと共にデビュー。 その後『mimi』に投稿して、1981年(昭和56年)、漫画『愛しているといってくれ』で漫画家デビューし直した。 作品は、講談社、小学館、集英社などの女性誌、青年誌で執筆している。ペンネームの「目白」は、出身大学の所在地に因む。