伊達木 瀧之助(だてき たきのすけ、1946年7月20日 -… 伊達木 瀧之助(だてき たきのすけ、1946年7月20日 - )は、日本の労働官僚、統計学者。元総務庁統計局統計調査部長、長崎県立大学副学長。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、京都大学理学部数学科卒業後、労働省に入省。後に総務庁に転じ、統計局統計調査部企画課長を経て、1998年統計調査部長。総務庁退官後、2000年に長崎県立大学教授となり、2001年に同大学経済学部経済学科長。2002年には平山祐次学長の指名を受けて副学長に就任した。同大学では統計データの分析を通じて社会経済動向を実証する研究に従事した。教育開発センター長などを歴任し、2012年に退官、名誉教授。2016年に瑞宝小綬章を受章。
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二ノ方 壽(にのかた ひさし、1946年 - )は、日本の原… 二ノ方 壽(にのかた ひさし、1946年 - )は、日本の原子力工学者。ミラノ工科大学エネルギー工学科教授、東京工業大学名誉教授。工学博士(東京大学、1977年)。専門は原子炉安全学。 長崎県立長崎東高等学校を経て、東京大学教養学部基礎科学科卒業後、マサチューセッツ工科大学教育助手などを経て1977年に東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、「高速炉炉心局所事故時の冷却材挙動に関する研究」で工学博士号を取得した。 1977年に東京電力入社、主管研究員となる。 1980年に動力炉・核燃料開発事業団大洗工学センターへ出向。アメリカの国立研究機関であるアルゴンヌ国立研究所やロスアラモス国立研究所において客員研究員を務めるなど、原子炉研究に取り組んだ。
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山下 英三郎(やました えいざぶろう、1946年 - )は、… 山下 英三郎(やました えいざぶろう、1946年 - )は、日本の社会福祉学者。日本社会事業大学名誉教授。 長崎県長崎市に生まれる。1969年、早稲田大学法学部卒業。1985年、ユタ大学ソーシャルワーク学部修士課程を修了。1986年、埼玉県所沢市において、スクールソーシャルワーカーとして活動を始める。1997年、日本社会事業大学に着任。1999年、モンゴルの児童支援とソーシャルワーク教育支援に携わる。2012年、日本社会事業大学名誉教授。2019年、モンゴル国立教育大学名誉教授。特定非営利活動法人日本スクールソーシャルワーク協会名誉会長、特定非営利活動法人コスモス村代表理事。
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松園 俊志(まつぞの しゅんし、1946年-2019年)は、… 松園 俊志(まつぞの しゅんし、1946年-2019年)は、日本の観光学者。東洋大学名誉教授。日本国際観光学会(JAFIT)会長。2015年会長退任。2017年東洋大学教授を定年退職。東洋大学名誉教授に就任。
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赤岩 芳彦(あかいわ よしひこ、1945年10月14日 - … 赤岩 芳彦(あかいわ よしひこ、1945年10月14日 - )は、日本の通信工学者。九州大学名誉教授。元電子情報通信学会副会長。 1964年長崎県立長崎南高等学校卒業。1968年九州大学工学部電子工学科卒業、日本電気入社、中央研究所電子デバイス研究部。1979年九州大学工学博士。1988年九州工業大学情報工学部電子情報工学科教授。1993年電子情報通信学会無線通信システム研究会専門委員長。 1996年九州大学大学院システム情報科学研究院教授。1997年九州システム情報技術研究所評議員。1999年福岡県マルチメディア住宅調査検討委員会委員長。2001年電子情報通信学会フェロー、文部科学省科学技術政策研究所科学技術専門家ネットワーク専門調査員。
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雨谷 昭弘(あめたに あきひろ、1944年2月14日 - 2… 雨谷 昭弘(あめたに あきひろ、1944年2月14日 - 2022年1月4日)は、日本の電気工学者。モントリオール理工科大学教授、同志社大学名誉教授。Ph.D.(マンチェスター大学、1973年)、D.Sc.(英語版) (マンチェスター大学・2010年)。電気学会副会長などを歴任した。長崎県出身。 1944年、長崎県長崎市生まれ。長崎県立長崎東高等学校卒業。1966年同志社大学工学部電気工学科卒業、1968年同大学大学院工学研究科電気工学専攻修了。1971年にイギリスへ渡り、1973年マンチェスター大学大学院パワーシステム工学専攻博士課程を修了し、Ph.D.取得。 1968年4月同志社大学助手、1971年4月専任講師。
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嶌 洪(しま ひろし、1944年2月9日 - )は、日本の生… 嶌 洪(しま ひろし、1944年2月9日 - )は、日本の生物学者。九州大学名誉教授。農学博士(九州大学、1981年)。専門は系統分類学。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、1966年に鹿児島大学農学部を卒業後、1968年九州大学大学院農学研究科修士課程修了、1970年同博士課程中退。同年に九州大学教養学部助手となり、1981年同助教授、1989年同教授を経て、1994年大学院比較社会文化研究科教授、1999年大学院比較社会文化研究科長。同大学において教職員組合委員長、書記長などを歴任する一方、学会活動にも精力的に取り組み、2005年、2006年には日本昆虫学会長を務めた。 その後、九州大学総合研究博物館長などを務め退官、九州大学名誉教授となる。
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水田 祥代(すいた さちよ、1942年3月16日 - )は、… 水田 祥代(すいた さちよ、1942年3月16日 - )は、日本の医師、医学者。九州大学名誉教授、学校法人福岡学園理事長。専門は小児外科。旧帝国大学系の医学部で初の女性外科教授となった。 大分県出身。6歳のとき九州大学病院に入院したが、その際の医師らによる親切な対応に感銘を受け、九州大学への進学と医師になることを志すようになった。長崎県立長崎東高等学校を経て、九州大学医学部に進学。同在学中に米軍病院でのインターンを経験し、そこでの体験をもとに外科志望となった。大学院在学中の1968年にはイギリスへ留学し、リバプール大学病院付属アルダーヘイ小児病院で臨床に従事した。帰国後の1974年に医学博士号を取得。
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前田 三男(まえだ みつお、1942年1月5日 - )は、日… 前田 三男(まえだ みつお、1942年1月5日 - )は、日本の光学者、レーザー科学者。九州大学名誉教授。久留米工業高等専門学校名誉教授、元校長。工学博士(九州大学、1971年)。元日本工学アカデミー正会員。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、1964年九州大学工学部電気工学科卒業後、1969年同大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程修了。 1969年に九州大学工学部講師となり、1971年助教授、1981年教授。同大学では先端科学共同研究センター長(1997年 - 2000年)、大学院システム情報科学研究院長(2001年 - 2005年)を務め、レーザー装置の開発やその応用に関する研究に取り組んだ。
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佐護 誉(佐護 譽、さご たかし、1942年 - )は、日本… 佐護 誉(佐護 譽、さご たかし、1942年 - )は、日本の経営学者。経済学博士(論文博士・1987年)(学位論文「ドイツ経営労務論史」)。九州産業大学名誉教授・元学長。 長崎県対馬市出身。長崎県立長崎工業高等学校、九州産業大学卒。1973年九州大学大学院経済学研究科博士課程修了。1987年「ドイツ経営労務論史」で経済学博士の学位を取得。 九州産業大学経営学部講師、助教授、教授、経営学研究科長、学長。2012年定年、名誉教授。1976-1977年西ドイツ・マンハイム大学客員研究員、1991年韓国・ソウル大学校経営大学客員教授。専門は経営学総論、人的資源管理論。
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石橋 一彦(いしばし かずひこ、1941年2月 - )は日本… 石橋 一彦(いしばし かずひこ、1941年2月 - )は日本の構造学者。長崎県出身。東京大学工学部建築学科卒。専門は建築構造・材料、鉄筋コンクリート構造、耐震構造。千葉工業大学工学部教授。千葉県耐震判定協議会委員長。建築の学生からは、同学科の橋本篤秀教授、長橋純夫教授とあわせて、”構造の三橋(こうぞうのさんばし)”と呼ばれ親しまれている。
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由佐 悠紀(ゆさ ゆうき、1941年 - )は日本の地球物理… 由佐 悠紀(ゆさ ゆうき、1941年 - )は日本の地球物理学者。京都大学名誉教授。温泉資源の保護と適正利用に業績があった。 長崎県出身。長崎県立長崎東高等学校卒業。1964年3月京都大学理学部地球物理学科卒業、1966年3月同大学大学院理学研究科修士課程修了。1966年5月京都大学助手、1979年10月助教授を経て、1987年10月に教授就任。大学院修了後は大分県別府市にある京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設で研究を行っていた。1970年から1982年にかけては南極ビクトリアランドの塩湖の調査・観測活動に参加した。2000年度・2001年度には日本温泉科学会長を務めた。理学博士(京都大学、1976年)。
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梶山 千里(かじやま ちさと、1940年5月13日 - )は… 梶山 千里(かじやま ちさと、1940年5月13日 - )は、日本の化学者。九州大学名誉教授。九州大学総長や、独立行政法人日本学生支援機構理事長、公立大学法人福岡女子大学理事長兼学長を歴任。元高分子学会会長。元国立大学協会副会長。マサチューセッツ大学卓越した同窓会会員。マサチューセッツ大学名誉博士。 福岡県直方市で国家公務員の子として生まれる。1956年長崎県立長崎西高等学校に入学。転校し、1959年福岡県立鞍手高等学校卒業。1964年九州大学工学部応用化学科卒業。1966年九州大学大学院工学研究科応用化学専攻修士課程修了。1969年マサチューセッツ大学大学院高分子工学科博士課程修了、Ph.D。
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田中 克佳(たなか かつよし、1939年10月27日 - 2… 田中 克佳(たなか かつよし、1939年10月27日 - 2011年2月18日)は、日本の教育学者、教育史学者。慶應義塾大学名誉教授、元田園調布学園大学教授。江戸っ子に関する研究で知られる。長崎県長崎市出身。 1939年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科教育学専攻博士課程修了。1968年慶應義塾大学文学部助手、1972年助教授を経て、1984年教授。同大学退職後は田園調布学園大学でも教鞭を執った。
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畑地 正憲(はたち まさのり、1939年 - )は、日本の東… 畑地 正憲(はたち まさのり、1939年 - )は、日本の東洋史学者、教育者。山口大学名誉教授、萩国際大学・山口福祉文化大学元学長。文学博士(九州大学、2012年)。 1939年、長崎県長崎市出身。1957年に長崎県立長崎東高等学校卒業、1961年に長崎大学学芸学部を卒業後、長崎県公立学校の教諭となる。後に九州大学大学院へ進み、1970年同文学研究科史学・東洋史専攻修了、1972年同東洋史学専攻博士課程中途退学。1981年に山口大学人文学部教授となり、同大学共通教育センター長などを歴任し、2002年に定年退官。1999年から萩国際大学国際学科教授となり、2003年副学長を経て、2004年に学長就任。
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井上 晃(いのうえ あきら、1938年3月20日 - 20… 井上 晃(いのうえ あきら、1938年3月20日 - 2023年10月31日)は、日本の原子力工学者。東京工業大学名誉教授。工学博士(東京工業大学、1966年)。原子力発電の安全性向上に尽力した。 1938年生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1961年に東京工業大学工学部金属工学科卒業、1966年に「垂直管内気液二相流の圧力損失に関する研究」で工学博士号を取得。同大学原子炉工学研究所助手、1972年同原子炉熱工学部門助教授を経て、1986年教授。後に福島第一原子力発電所所長を務める吉田昌郎の指導も担当した。同大学大学院総合理工学研究科教授を経て、1998年に名誉教授。 専門は原子炉熱流体工学、気液二相流の流動と熱伝達、高速炉の熱工学的安全性であり、特に沸騰伝熱および気液二相流の分野における研究で国際的な業績があったとされる。
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小野 信輔(おの しんすけ、1938年 - )は、日本の機械… 小野 信輔(おの しんすけ、1938年 - )は、日本の機械工学者、熱工学者。九州大学名誉教授、元北九州市立大学国際環境工学部教授。日本工学アカデミー正会員。工学博士(九州大学、1976年)。 1938年長崎県生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1961年に九州大学工学部機械工学科卒業後、1966年同大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学。1976年に「予混合気における発火と火炎伝ぱに関する基礎的研究」で工学博士号を取得した。 1966年九州大学工学部講師、1967年助教授を経て、1978年教授。1979年からは同大学大学院総合理工学研究科教授を併任(1998年まで)。1999年に同大学大学院工学研究科教授となり、2001年退官、名誉教授。
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松尾展成(まつお のぶしげ、1935年8月24日- )は、日… 松尾展成(まつお のぶしげ、1935年8月24日- )は、日本の経済史学者、岡山大学名誉教授。 長崎県島原市出身。1964年東京大学大学院経済史博士課程満期退学、岡山大学法文学部助手、講師、助教授、経済学部教授。94年「ザクセン農民解放史研究序論」で東大経済学博士。2001年定年退官、名誉教授。ザクセン王国の経済史が専門。
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河村 幹夫(かわむら みきお、1935年8月3日 - 201… 河村 幹夫(かわむら みきお、1935年8月3日 - 2019年11月27日)は、日本の実業家、経営学者、博士(経営学)、シャーロキアン。アーサー・コナン・ドイル研究の第一人者。日本推理作家協会名誉会員。長崎市生まれの愛知県育ち。
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下田 直春(しもだ なおはる、1935年4月25日 - 19… 下田 直春(しもだ なおはる、1935年4月25日 - 1994年11月30日)は、日本の社会学者。 長崎県島原市生まれ。早稲田大学第一文学部社会学科卒、同大学院社会科学研究科博士課程満期退学。1982年「社会学的思考の基礎 社会学基礎理論の批判的展望」で早大文学博士。立教大学社会学部助教授、教授。
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佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8… 佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8月1日)は、日本の動物学者。 長崎県出身。旧姓・神谷。長崎県立長崎東高等学校、九州大学農学部卒、同大学院、1967年農学博士(九州大学)。福井大学教育学部助教授、教授。99年定年退官、名誉教授。 佐々治寛之は、甲虫類、とくにテントウムシを中心とする標本の収集・整理にも尽力し、その結果得られた標本群は佐々治寛之コレクションとして九州大学総合研究博物館のデータベースとして公開されている。現在公開されているデータには学名・採集年月日・採集地・採集者などが収録され、2020年12月末時点での標本データは4,456件である。
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太田 一也(おおた かずや、1934年12月14日 - )は… 太田 一也(おおた かずや、1934年12月14日 - )は日本の火山学者、地質学者。九州大学名誉教授。長崎県南高来郡国見町出身。九州大学理学部教授(1988-1994年)。九州大学理学部卒、九州大学大学院中退。専門分野は火山学、温泉学。2015年現在、島原市弁天町在住。
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平湯 文夫(ひらゆ ふみお、1934年 - )は、日本の図書… 平湯 文夫(ひらゆ ふみお、1934年 - )は、日本の図書館学者・教育者。学校図書館と公共図書館の活性化に尽力し、「平湯モデル」と呼ばれる図書館家具・環境設計手法を確立した。現在は長崎純心大学名誉教授。 略歴は以下のとおりである。 1934年に長崎県南高来郡加津佐町(現南島原市)に生まれ、1949年の中三に上京。神田の古本屋をまわり、兄の知り合いだった映画監督、山本薩夫に蔵書を読ませてもらったことが図書館づくりの原点となる。 1950年、都立西高に入学。1950年7月南高来郡に帰り、長崎県立口加高等学校に編入。1956年、東京学芸大学卒業 1958年、長崎の国語科高校教諭となり、初任地は対馬。
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田近 洵一(たぢか じゅんいち、1933年3月1日 - )は… 田近 洵一(たぢか じゅんいち、1933年3月1日 - )は、日本の国語教育学者。東京学芸大学名誉教授。 長崎県島原市生まれ。長崎県立島原高等学校卒業後、1955年、横浜国立大学学芸学部乙類国語科卒業。川崎市や都立校の教員として勤務しながら、1959年、東京教育大学教育学部研究生となる。1969年、横浜国立大学教育学部講師、1971年助教授。1974年、東京学芸大学教育学部助教授、1977年教授。1996年、同大学を定年退職、名誉教授。1998年、早稲田大学特任教授。2002年同大学を退職。 1975年、全国大学国語教育学会賞石井賞を受賞した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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高瀬 暢彦(たかせ のぶひこ、1933年2月22日 - )は… 高瀬 暢彦(たかせ のぶひこ、1933年2月22日 - )は、日本の法学者。日本大学名誉教授。専門は法哲学、基礎法学、日本近代法史。明治期の政治家である金子堅太郎研究の第一人者とされる。 日本大学大学院法学研究科私法学専攻修了。日本大学法学部教授を務め、筑波大学第三学群講師、埼玉大学経済学部講師を兼任した。
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脇山 徳雄(わきやま とくお、1932年12月1日 - )は… 脇山 徳雄(わきやま とくお、1932年12月1日 - )は、日本の物性物理学者。東北大学名誉教授。理学博士(東京大学、1965年)。 1932年長崎県生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1956年に学習院大学理学部物理学科卒業、1958年に同大学大学院自然科学研究科修士課程を修了。小林理学研究所を経て、1961年東京大学物性研究所助手となり、1965年に「鉄-アルミニウム系合金単結晶の磁場中冷却効果の研究」で理学博士号を取得。グルノーブル大学理学部客員助教授を経て、1967年東北大学助教授、1978年教授。磁気物性工学を専門とし、1977年には「DHCP結晶構造を持つコバルト・鉄合金の発見とその物性に関する研究」で松永賞を受賞。
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外山幹夫(とやま みきお、1932年10月16日 - 201… 外山幹夫(とやま みきお、1932年10月16日 - 2013年4月26日)は、日本の日本史学者。 長崎市生まれ。長崎県立大村高等学校卒。広島大学大学院文学研究科国史学修了、1978年「大名領国形成過程の研究 大友氏の場合」で文学博士。佐世保工業高等専門学校助教授、長崎大学助教授、教授。1998年定年退官、名誉教授、長崎県立女子短期大学教授、1999年に県立長崎シーボルト大学教授、2002年退職。県文化財保護審議会長、長崎市史編纂委員会委員長などを務めた。2012年4月瑞宝中綬章受章。
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田中 煕巳(たなか てるみ、1932年4月29日 - )は、… 田中 煕巳(たなか てるみ、1932年4月29日 - )は、日本の材料工学者、核廃絶運動家。長崎原爆被爆者。日本原水爆被害者団体協議会代表委員。元東北大学工学部助教授・十文字学園女子短期大学教授、博士(工学)(東北大学、1993年)。専門は材料工学。 長年、被爆者運動の中核を担っており、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の事務局長を計20年務め、その後も同団体の代表委員として活動。2024年10月11日、代表委員として所属する日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞。 1932年、中国東北部(旧満洲)に生まれた。陸軍の軍人であった父が脳出血のため他界したため、親類を頼って長崎市に移り住んだ。
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楠井 敏朗(くすい としろう、1932年2月1日 - )は、… 楠井 敏朗(くすい としろう、1932年2月1日 - )は、日本の経済学者、横浜国立大学名誉教授。 長崎県長崎市生まれ。1961年和歌山大学卒、1965年東京大学大学院経済学研究科博士課程中退。1970年「イギリス農業革命史論 近代的農業成立過程の研究」で経済学博士。1965年東京大学経済学部助手。1968年横浜国立大学経営学部助教授、1979年教授、1997年定年退官、名誉教授、横浜商科大学教授。
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木村 一生(きむら いっしょう、1932年 - 2015年)… 木村 一生(きむら いっしょう、1932年 - 2015年)は、日本の抽象画家で、多摩美術大学名誉教授。本名は木村和夫。 1932年、長崎県長崎市生まれ。1951年、長崎県立長崎東高等学校卒業。東京芸術大学絵画科在学中の1955年に浜屋百貨店で初めての個展を開催。1957年、同大学を卒業後、1958年には読売アンデパンダン展に出品。1959年、モダンアート協会展に初出品し翌1960年に同会会員となる。1989年の「木村一生の世界」展(池田20世紀美術館企画)をはじめ多数の個展を開催。また、1960年から1985年にかけて「新表現展」に出品するなどグループ展にも数多く参加。1968年より多摩美術大学で後進の指導にも取り組み、1972年に助教授、1983年に教授就任。
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神野 慧一郎(かみの けいいちろう、1932年 - 2024… 神野 慧一郎(かみの けいいちろう、1932年 - 2024年11月)は、大阪市立大学名誉教授。京都大学文学部哲学科卒。長崎県佐世保市生まれ。京都府京都市育ち。奈良県奈良市在住。
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瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - … 瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - 2022年1月11日)は、日本の歴史学者、早稲田大学名誉教授。専門は日本中世史、主な研究対象は中世武士。 長崎県佐世保市生まれ。1954年九州大学文学部国史学科卒業。1957年同大学院修士課程修了、九大助手。1960年東京大学史料編纂所教務職員、1962年同助手、1976年同助教授、1977年早稲田大学文学部助教授、1978年「鎭西御家人の研究」で早稲田大学文学博士。1982年同教授。2002年定年退職、名誉教授。2022年1月11日、前立腺癌のため死去。90歳没。 門下生に海老澤衷(早稲田大学文学学術院教授)、久保健一郎(早稲田大学文学学術院教授)、高木徳郎(早稲田大学教育・総合学術院教授)、大塚ひかりなどがいる[要出典]。
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森川 英正(もりかわ ひでまさ、1930年10月11日 - … 森川 英正(もりかわ ひでまさ、1930年10月11日 - )は、日本の経営史学者。 長崎県佐世保市出身。1954年東京大学経済学部卒、1959年同大学院経済学博士課程満期退学、法政大学経営学部講師となり、助教授、教授。1985年横浜国立大学経営学部教授。1987年横浜国立大学経営学部学部長。1990年慶応義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール教授となる。1998年定年、豊橋創造大学教授。 1993年「Zaibatsu」で日経・経済図書文化賞受賞。経営史学会会長を務めた。
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内嶋 善兵衛(うちじま ぜんべえい、1929年(昭和4年)8… 内嶋 善兵衛(うちじま ぜんべえい、1929年(昭和4年)8月27日 - )は、日本の農業気象学者。農学博士(九州大学・論文博士・1961年)。お茶の水女子大学名誉教授。 長崎県島原市生まれ。1950年宮崎農林専門学校(現・宮崎大学)農科卒業、農林省農業技術研究所に入る。1961年「水田用水ならびに水田水の熱状態に関する研究」で九州大学より農学博士の学位を取得。1962 - 1963年コーネル大学に学ぶ。九州農業試験場、農業環境技術研究所研究員、1983年同気象管理課長、1987年お茶の水女子大学教授、名誉教授、宮崎公立大学人文学部教授、学部長、学長。1965年日本農業気象学会賞、1986年農林水産省研究功績賞受賞。
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前田 重治(まえだ しげはる、1928年 -2024年2月1… 前田 重治(まえだ しげはる、1928年 -2024年2月14日 )は、日本の医学者・精神科医。九州大学名誉教授。専攻は精神分析学・カウンセリング。 長崎県長崎市生まれ。1952年九州大学医学部卒業。1958年「被暗示性に関する実験的研究」で医学博士の学位を取得。精神科、心療内科を経て、1972年九州大学教育学部教授。1991年定年退官、名誉教授。2007年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
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勝沼 信彦(かつぬま のぶひこ、1926年(昭和元年)7月7… 勝沼 信彦(かつぬま のぶひこ、1926年(昭和元年)7月7日 - 2013年(平成25年)11月10日)は、日本の医学者。専門は生化学、酵素学。徳島大学医学部長を経て、同名誉教授。徳島文理大学名誉教授、名誉学長。学位は医学博士。剣道教士七段。 長崎県長崎市出身。1953年(昭和28年)、名古屋大学医学部卒業。その後、大阪大学蛋白質研究所で助教授を務める。1961年(昭和36年)、徳島大学医学部教授。のち医学部長。1987年(昭和62年)、徳島大学酵素科学研究センター長。1992年(平成4年)、徳島文理大学教授、健康科学研究所所長。1996年(平成8年)、文部省のハイテク・リサーチセンター長。2000年(平成12年)、徳島文理大学学長。
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緒方 道彦(おがた みちひこ、1926年3月6日 - 200… 緒方 道彦(おがた みちひこ、1926年3月6日 - 2008年4月17日)は、日本の医学者、登山家、教育者。 長崎医科大学(長崎大学医学部の前身)教授緒方大象(のち九州大学医学部名誉教授)の長男として、長崎県に生まれる。父・大象は政治家緒方竹虎の実兄である。福岡県中学修猷館、旧制第五高等学校を経て、1952年九州大学医学部を卒業。五高時代から山岳部に所属し、九大在学中の1949年に福岡山の会に入会する。 1956年から1957年にかけて、第1次南極観測隊に医師として同行し、昭和基地建設を側面支援する。1959年九州大学医学部生理学教室に入局し、医学博士の学位を取得。1961年フロリダ大学、ロックフェラー医学研究所に留学し、1964年九州大学医学部助教授、1967年同教授に就任。
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虎尾 俊哉(とらお としや、1925年1月13日 - 201… 虎尾 俊哉(とらお としや、1925年1月13日 - 2011年1月5日)は、日本の歴史学者、国立歴史民俗博物館・弘前大学名誉教授。日本古代史専攻。 長崎市出身。愛媛県松山市生まれ。1943年第五高等学校卒業、東京帝国大学文学部国史学科入学、兵役のため休学ののち1947年卒業。1952年同大学大学院(旧制)満期退学。1953年弘前大学理学部講師、1955年助教授、1962年「班田収授法の研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。1965年改組により弘前大学人文学部助教授、1967年教育学部教授、1969年文部省在外研修員としてロンドン大学に滞在、1974年プリンストン大学客員教授、1982年弘前大学教育学部長、1983年国立歴史民俗博物館教授、1990年定年退官、名誉教授。
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五十嵐 邁(いがらし すぐる、1924年9月21日- 200… 五十嵐 邁(いがらし すぐる、1924年9月21日- 2008年4月6日)は、日本の昆虫学者。アゲハチョウ科を中心にチョウの幼虫期の形態を研究した。ノンフィクション作家、実業家としても業績を残した。 長崎県佐世保市生まれ。少年時代より昆虫少年として活動する。1947年東京帝国大学工学部建築学科を卒業。大成建設に就職して海外の現場を率先して引き受けつつ、赴任先では未解明のチョウの幼虫期の研究も行い、次々に成果を挙げた。この研究により、1983年理学博士(京都大学)、学位論文は「The classification of the Papilionidae mainly based on the morphology of their immature stages(幼生期形態に主眼を置いたアゲハチョウ科の分類)」。
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田中 健藏(たなか けんぞう、1922年11月7日 - 20… 田中 健藏(たなか けんぞう、1922年11月7日 - 2015年2月11日)は、日本の病理学者、外科医。第17代九州大学総長。 東京市日本橋区生まれ。関東大震災後に移住し、長崎県佐世保市育ち。1940年旧制長崎県立佐世保中学校卒業。1942年旧制佐賀高等学校卒業。1946年九州大学医学部卒業、外科学教室第1講座入局。1948年九州大学大学院特別研究生前期修了。1949年九州大学医学部助手。1951年医学博士。1953年九州大学医学部講師。同年九州大学医学部助教授。 1960年フルブライト・プログラムでハーバード大学医学部に留学。1963年九州大学医学部教授。1975年九州大学医学部長を経て、1981年に九州大学総長、国立大学協会理事。
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木村 肥佐生(きむら ひさお、1922年(大正11年)1月4… 木村 肥佐生(きむら ひさお、1922年(大正11年)1月4日 - 1989年(平成元年)10月9日)は、亜細亜大学アジア研究所教授。チベット研究で著名。モンゴル名はダワサンボー。 長崎県佐世保市生まれ。九州学院卒業後、海員養成所に入り、南洋定期航路線に乗り組むも船員生活を断念。1940年、興亜院のモンゴル留学生として蒙古善隣協会興亜義塾に二期生として入学(同じくチベット調査した西川一三は三期生)。1941年蒙古善隣協会職員。1942年、大東亜省内蒙古張家口大使館調査課。1943年、チベットに潜行して諜報活動に従事し、プンツォク・ワンギャルらチベット人と知り合う。1950年、インド経由で日本に帰国。
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越中 哲也(えっちゅう てつや、1921年12月13日 - … 越中 哲也(えっちゅう てつや、1921年12月13日 - 2021年9月25日)は、長崎市出身の郷土史家。長崎歴史文化協会では理事長を務めていた。長崎純心大学名誉教授。 長崎の民話「飴屋の幽霊」(毎年8月16日が御開帳日となる「産女の幽霊像」も光源寺で保管)の話の舞台になった光源寺の息子として生まれる。長崎県立長崎中学校、龍谷大学文学部仏教学科卒業後、徴兵され戦地へ。復員直後、焼け残った県立図書館に通っていたところ古賀十二郎、渡辺庫輔、片岡弥吉、林源吉、永島正一などの郷土史家に出会ったことが契機となり、自身も郷土史研究の道を歩むことになる。1955年(昭和30年)に長崎市職員となり、長崎市立博物館に学芸員として勤務、1974年(昭和49年)館長に就任。
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小谷 豪冶郎、ないし、小谷 秀二郎(こたに ひでじろう、19… 小谷 豪冶郎、ないし、小谷 秀二郎(こたに ひでじろう、1920年 - 2002年12月18日)は、日本の国際政治学者。著作活動においては、1980年ころまでは小谷 秀二郎と名乗り、以降は小谷 豪冶郎の名義を用いた。 長崎市生まれ。大連の旧制中学校を経て兵庫県立神戸高等商業学校を卒業。学徒出陣で短期現役海軍主計科士官(11期)を志願し、1944年2月に海軍主計見習尉官となり海軍経理学校に入校。同年9月に経理学校を卒業し、横須賀軍需部に配属。同年12月、海軍主計少尉に任官し、第1海軍衣料廠に転じて特殊糧食の調達に従事。1945年9月に主計中尉に進んで予備役に編入された。 京都大学農学部卒。米国で学び、南山大学講師、防衛研修所所員、京都産業大学、京都外国語大学教授などを務めた。
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近藤 四郎(こんどう しろう、1918年12月13日 - 2… 近藤 四郎(こんどう しろう、1918年12月13日 - 2003年2月6日)は、日本の人類学者。 長崎市生まれ。大分県亀川の小学校を卒業後、台北第一中学校、福岡県中学明善校を経て、第五高等学校理科乙類を卒業。1941年、東京帝国大学理学部人類学科に入学。長谷部言人に師事した。1943年、繰り上げ卒業と同時に同学部副手、1945年助手、1960年助教授。1957年、「ヒトの姿勢及び歩行運動の人類学的研究 主として筋活動電流より見たる」により、東京大学理学博士。1967年、京都大学霊長類研究所初代所長に就任。1982年、京都大学を定年退官、大妻女子大学人間生活科学研究所教授。1993年、大妻女子大学を退任。
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遠藤 健児(えんどう けんじ、1916年10月18日 - 1… 遠藤 健児(えんどう けんじ、1916年10月18日 - 1994年4月8日)は、日本の経営工学者。 長崎県佐世保市出身。東京帝国大学工学部機械工学科卒、1983年「運搬活性の研究」で慶應義塾大学工学博士。1939年大日本兵器勤務、のち日平産業(改称)で管理技術関係。1955年千葉工業大学教授となり、1962年武蔵工業大学教授。1987年に定年となり、名誉教授。日本工業経営学会会長を務めた。
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海藤 勇(かいとう いさむ、1916年(大正5年)3月18日… 海藤 勇(かいとう いさむ、1916年(大正5年)3月18日 - 1984年(昭和59年)2月17日は、日本の内科学者。専門は、消化器病学、特に肝臓疾患。医学博士。 長崎県長崎市生まれ。 1941年、東北帝国大学医学部卒業後、同医学部内科教室(教授 黒川利雄)に入局。1962年、東北大学医学部同内科助教授。1966年、岩手医科大学教授。1981年、同大学付属病院長・理事。がん予防対策に貢献した。医学博士(東北帝国大学)、論文「糖尿病に於ける肝臓機能について」。正五位、勲三等瑞宝章。1984年逝去、享年67。
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小金丸 幾久(こがねまる いくひさ、大正4年(1915年) … 小金丸 幾久(こがねまる いくひさ、大正4年(1915年) - 平成15年(2003年)3月6日)は、長崎県壱岐郡武生水村(現・壱岐市)出身の彫刻家、太平洋美術学校教授、東京大学建築学科講師。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
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能 登志雄(のう としお、1912年5月 - 1988年2月… 能 登志雄(のう としお、1912年5月 - 1988年2月6日)は、日本の地理学者。専門は、集落地理学など。東北大学教授などを歴任。 長崎県長崎市生まれ。父親は、当時長崎高等商業学校教授であったが、その後転勤を重ね、登志雄は青年期を石川県金沢市で過ごすこととなった。 石川県立金沢第二中学校から第四高等学校 (旧制) 理科甲類を経て、1932年に東京帝国大学理学部地理学科で人文地理学を専攻し、辻村太郎の指導を受けた。地理学科の同期生には木内信蔵、1年後輩には矢沢大二がいた。能は語学に優れ、学生時代から英語やドイツ語に通じていた。 卒業後の1935年、大学院に進学し、辻村との共訳という形でノルベルト・クレープス『人類地理学』の翻訳(1936年)を出したが、1936年に広島陸軍幼年学校教官となり、1941年には陸軍気象部付陸軍技師として予報班に勤務し、さらに1942年には南方派遣野戦気象部隊付予報技術将校として出征して南方各地を転戦した。
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川副国基(かわぞえ くにき、1909年3月18日―1979年… 川副国基(かわぞえ くにき、1909年3月18日―1979年)は、日本近代文学者、早稲田大学名誉教授。 長崎県生まれ。早稲田大学国文科卒。早稲田大学教授。78年定年退任。
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山田 憲太郎(やまだ けんたろう、1907年2月21日 - … 山田 憲太郎(やまだ けんたろう、1907年2月21日 - 1983年2月3日)は、香料研究者、東西交渉史学者。 長崎県諫早市出身。1932年神戸商科大学(現神戸大学)卒。小川香料(香料会社)勤務、1950年「中世のアラビヤ人が初めて東方に伝えた龍涎香とジヤスミン」で國學院大學文学博士。1954年近畿大学経営学部教授。1958年桃山学院大学経済学部教授、名古屋学院大学教授、77年定年、名誉教授。東アジアの香料史および東西交通史を研究し、1977年「東亜香料史研究」で日本学士院賞受賞。78年、奈良県明日香村のマルコ山古墳で出土した人骨から発した芳香について、古代中国から伝わった「竜脳」だと鑑定した。
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