スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
菅谷 昭(すげのや あきら、1943年(昭和18年)11月2… 菅谷 昭(すげのや あきら、1943年(昭和18年)11月22日 - )は、日本の医師・医学博士、元政治家(松本市長 4期)、松本大学学長なども務めた。 長野県更埴市(現:千曲市)生まれ。稲荷山町立稲荷山中学校(現:千曲市立更埴西中学校)長野県上田高等学校を経て、信州大学医学部卒業・医学博士取得。聖路加国際病院での研修を経て信州大学医学部第二外科学教室に入局。1976年トロント大学に留学して甲状腺疾患の基礎研究を学ぶ。1991年から松本市のNGOによるチェルノブイリ原子力発電所事故の医療支援活動に参加する。1993年信州大学医学部助教授に就任。その後教授選考から漏れたことをきっかけに退局。 鎌田實らの勧めにより、1996年からベラルーシ共和国の首都ミンスクの国立甲状腺がんセンターにて小児甲状腺癌の外科治療を中心に医療支援活動に従事した。
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母袋 夏生(もたい なつう、1943年 - )は、日本のヘブ… 母袋 夏生(もたい なつう、1943年 - )は、日本のヘブライ語イスラエル文学の翻訳家。 長野県生まれ。長野県上田高等学校、東京学芸大学卒業。小学校教員時代にキブツに関心を持ち、イスラエル政府招聘留学生として、1974年ヘブライ大学大学院修士課程実用言語コースを修了。 初の翻訳作品は1989年に雑誌『暮しの手帖』に2回に渡って掲載された「一夜の宿を」(マーニャ・ハレーヴィ作)というホロコーストの短編。1996年、ウーリー・オルレブの作品を多く翻訳している(Uri Orlev)。『壁のむこうから来た男』の翻訳で産経児童出版文化賞。1998年、ヘブライ文学翻訳奨励賞受賞。
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岩崎 忠夫(いわさき ただお、1942年12月8日 - )は… 岩崎 忠夫(いわさき ただお、1942年12月8日 - )は、日本の政治家、弁護士(司法修習未修了ながら司法試験合格者として国会議員在職5年以上で100時間の研修経て弁護士資格取得[要出典])。衆議院議員(2期)を務めた。長野県佐久市出身[要出典]。 長野県佐久市に生まれ。岩村田小学校、岩村田中学校、上田高等学校を経る[要出典]。 2003年の衆議院選挙において、運動員が選挙運動に絡んで現金を渡して票の取りまとめを依頼したとして、公職選挙法違反の疑いで岩崎後援会丸子支部会長および運動員ら6人が逮捕された。
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藤井 彰(ふじい あきら、1942年10月 - )は、日本の… 藤井 彰(ふじい あきら、1942年10月 - )は、日本の歯学者、薬理学者。日本大学松戸歯学部薬理学講座(口腔分子薬理学講座)教授、総合科学研究所教授、日本大学松戸歯学部臨床薬理学講座(寄付講座)教授を経て、現在、日本大学名誉教授。 長野県小県郡中塩田村(現上田市)で生まれる。中塩田小学校、中塩田中学校(現上田市立塩田中学校)、上田高等学校を経て、1965年信州大学工学部卒業、1970年 St. Thomas Institute大学院理学系研究科修了し、St. Thomas Institute博士研究員、助教授、准教授、日本大学松戸歯学部専任講師、助教授、教授、日本大学総合科学研究所教授、日本大学松戸歯学部寄附講座臨床薬理学講座教授を経て日本大学名誉教授。
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堀込 征雄(ほりごめ いくお、1942年〈昭和17年〉2月5… 堀込 征雄(ほりごめ いくお、1942年〈昭和17年〉2月5日 ‐ 2025年〈令和7年〉3月6日)は、日本の政治家。位階は従四位。元衆議院議員(5期)。 長野県上田高等学校及び中央大学法学部卒業。1990年(平成2年)2月の第39回衆議院議員総選挙で旧長野2区から社会党公認で初当選。社会党時代は右派に属し、政治改革に取り組んだ。 政治改革関連法が成立し小選挙区が導入され元首相の羽田孜と同じ選挙区となったことや、1994年(平成6年)6月29日首班指名選挙で党議に反し党中央執行委員長村山富市ではなく旧連立与党側の海部俊樹に投票するなど自社さ連立に否定的だったため、日本社会党を離党しようとして逆に除名。
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宮原 安春(みやばら やすはる、1942年1月2日 -201… 宮原 安春(みやばら やすはる、1942年1月2日 -2017年1月20日)は、日本の元政治運動家、ノンフィクション作家。 長野県埴科郡戸倉町(現千曲市)出身。長野県上田高等学校卒業、早稲田大学第二文学部露文科中退。 平岡正明らと政治結社『犯罪者同盟』を結成。1962年に、松田政男、山口健二、川仁宏らが企画した自立学校に、学生として参加し、事務局だった平岡正明と知り合う。平岡ともに、自立学校の講師だった森秀人に師事。 1963年、犯罪者同盟の機関誌の単行本『赤い風船あるいは牝狼の夜』を刊行したところ、猥褻図画頒布の容疑で警視庁から捜査を受ける。なお、この捜査の際、安原の自宅に赤瀬川原平(赤瀬川も自立学校の学生であった)の芸術作品「印刷千円札」があったことから、「千円札裁判」が起きるきっかけになった。
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沓掛 良彦(くつかけ よしひこ、1941年1月1日 - )は… 沓掛 良彦(くつかけ よしひこ、1941年1月1日 - )は、日本の比較文学者・西洋古典学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。井伊 華言(いいかげん)名義の著書もある。 1941年、長野県上田市で生まれた。1959年、長野県上田高等学校を卒業。早稲田大学第一文学部ロシア文学科に進学し、1965年に卒業。東京大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻に進み、比較文学を専攻。西脇順三郎を読んで地中海世界に憧れ、寺田透と木村彰一に師事した。1971年に博士課程を中退。 その後は大阪市立大学専任講師に就いた。東北大学助教授を経て、東京外国語大学外国語学部教授となった。1990年、学位論文『サッフォー:詩と生涯』を東北大学に提出して文学博士の学位を取得。
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中丸 明(なかまる あきら、1941年 - 2008年1月)… 中丸 明(なかまる あきら、1941年 - 2008年1月)は、日本のエッセイスト。日本統治時代の朝鮮の京城(現韓国ソウル市)生まれ。本名・栗原裕。同志社大学卒業。日西協会終身会員。
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清水 正教(しみず まさのり、1940年7月 - )は、日本… 清水 正教(しみず まさのり、1940年7月 - )は、日本の画家(油画)。皇學館大学名誉教授。
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倉島 今朝徳(くらしま けさのり、1940年6月24日 - … 倉島 今朝徳(くらしま けさのり、1940年6月24日 - 2013年7月3日)は、長野県出身のプロ野球選手(捕手・内野手)。 長中3年生の時に野球を始め、上田松尾高では1年生の時、神津進投手とバッテリーを組み、1957年夏の甲子園に捕手、六番打者として出場。前年度優勝校の平安高を降し準々決勝に進出するが、この大会に優勝した広島商の山中英明(法大)に完封負けを喫した。同年秋の静岡国体は1回戦で 早実高を降すが、準々決勝で法政二高の延藤謙吉(三重交通)らに抑えられ完封負け。翌1958年春季北信越大会に進むが、準決勝で小松実に敗退。1959年夏は県予選準々決勝で小諸商に敗れる。 卒業後は明治大学へ進学。
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中村 仁一(なかむら じんいち、1940年 - 2021年6… 中村 仁一(なかむら じんいち、1940年 - 2021年6月5日)は、日本の医師、医療評論家。 長野県更埴市(現千曲市)生まれ。長野県上田高等学校を経て、1966年京都大学医学部卒業(医学士)。財団法人高雄病院院長、理事長を経て、2000年より社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長、医師。1996年より、市民グループ「自分の死を考える集い」を主宰。医師による延命治療の拒否を唱えている。 生前は 毎月第3土曜日に京都市内にて「自分の死を考える集い」を開催し講演をしていた。 また、1970年代にはクイズプレイヤーとして数々のクイズ番組に出場し、「クイズグランプリ」グランドチャンピョンなど数々の優勝経験を持ち、さらに日本テレビ系「アメリカ横断ウルトラクイズ」の栄えある第1回で、機内800問(当時)ペーパーテストでは第1位で優勝者の松尾清三とわずか5点差の707点で第2位の成績を残すが、アメリカ本土上陸後のチェックポイント「サンディエゴ」で敗者となり、シャチにキスされるという罰ゲームを受けた。
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柳田 剛彦(やなぎだ たけひこ、1939年(昭和14年)10… 柳田 剛彦(やなぎだ たけひこ、1939年(昭和14年)10月14日 - )は、日本の政治家。元長野県小諸市長(1期)。
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小宮山 淳(こみやま あつし、1939年 - )は日本の医学… 小宮山 淳(こみやま あつし、1939年 - )は日本の医学者(小児科学、血液学)。 長野県出身。長野県上田高等学校を経て、昭和39年(1964年)信州大学医学部卒業、同44年(1969年)同大学院医学研究科小児科学専攻博士課程修了、母校助手。同60年(1985年)医学部助教授、平成2年(1990年)教授、同7年(1995年)信州大学医学部附属病院長、同11年(1999年)医学部長、同15年(2003年)学長。同28年(2016年)瑞宝重光章受章。前・松本秀峰中等教育学校校長(2010年-2015年、2018年-2022年)。現・老人保健施設はびろの里施設長(2023年)。
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小林 茂昭(こばやし しげあき、1938年3月5日 - )は… 小林 茂昭(こばやし しげあき、1938年3月5日 - )は、日本の医学者、医師。専門は脳神経外科。米国脳神経外科学会専門医。前小諸厚生総合病院院長。相澤病院顧問、世界脳神経外科学会連盟名誉会長、信州大学名誉教授。 長野県千曲市出身。長野県上田高等学校を経て、1963年信州大学医学部卒業。脳神経外科を専攻し、在日米軍横須賀海軍病院でのインターンを経て、1965年から6年間メイヨー医科大学院に留学。帰国後は信州大学医学部附属病院で杉田虔一郎に師事し、脳神経外科の手術・研究に従事した。また、ロボット手術の機械を開発し、脳深部の腫瘍や動脈瘤の新たな手術方法を考案するなど脳外科分野の発展に大きく貢献し、米国脳神経外科学会の「国際功労賞」を日本人として初めて受賞。
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藤村 延魚(ふじむら えんぎょ、1938年2月11日 - )… 藤村 延魚(ふじむら えんぎょ、1938年2月11日 - )は、日本のホテルマン、国際観光ジャーナリスト。有限会社フジプラン代表取締役。元チョイスホテルズインターナショナル副社長兼日本支社長。現在は東京都杉並区在住。 長野県上田市小泉出身。長野県上田高等学校、1962年金沢大学文学部哲学科(人間学科)卒業。大学時代は馬術部に所属していた。 59歳まで約40年間、米国やマレーシア等世界各国のホテルで勤め、国際ホテルマンとして名が知られるようになる。東京のヒルトンホテルに勤務後、アメリカへ留学。フロリダ州立大学経営学部、サンフランシスコ市立大学ホテル経営学部卒業。 マレーシアのクアラルンプールに6年間滞在、リージェントホテル営業部長として勤務。
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尾澤 正毅(おざわ まさき、1936年 - 2010年)は、… 尾澤 正毅(おざわ まさき、1936年 - 2010年)は、日本の彫刻家、教育者、教育学者(美術教育)。福井大学名誉教授。姓の「澤」は「沢」の旧字体のため、新字体で尾沢 正毅(おざわ まさき)と表記されることもある。 東京都公立高等学校講師、福井大学教育学部教授、福井大学教育地域科学部教授などを歴任した。 長野県出身の彫刻家である。東京芸術大学美術学部を卒業後、彫刻家として活動した。また、並行して、東京都の公立高等学校にて非常勤で教鞭を執った。のちに福井大学に奉職し、教育学部にて助教授や教授を務め、さらに教育地域科学部の教授を務めるなど、後進の育成にも力を注いだ。2005年の国民文化祭では彫刻部門の審査員を務めており、福井県立美術館では実技講座専門彫刻の講師を務めるなど、地域社会の芸術の振興にも力を尽くした。
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仲村 秀生(なかむら しゅうせい、本名:中村 秀男、1935… 仲村 秀生(なかむら しゅうせい、本名:中村 秀男、1935年3月9日 - 2014年7月30日)は日本の俳優、声優、ナレーター。現役時は、同人舎プロダクション、ぷろだくしょんバオバブを経て81プロデュースに所属していた。声質は端正なバリトン。血液型はO型。
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矢島 渚男(やじま なぎさお、1935年1月24日 - )は… 矢島 渚男(やじま なぎさお、1935年1月24日 - )は、日本の俳人。2020年旭日小綬章受章。2024年文化功労者。本名は薫。 長野県丸子町(現上田市)生まれ。上田松尾高校、九段高校を経て、東京大学文学部国史学科卒業。大江健三郎と同期だった。卒業後は長野県内で歴史の高校教諭となる。1957年「鶴」に入会し石田波郷に師事したが、波郷没後「寒雷」に移り、加藤楸邨に師事する。1994年、俳誌「梟」主宰。2003年、句集『延年』で第3回俳句四季大賞受賞。2008年、句集『百済野』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2016年、句集『冬青集』で第50回蛇笏賞受賞。読売新聞及び朝日新聞長野版俳壇選者。2020年、旭日小綬章受章。
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小山 峰男(こやま みねお、1934年(昭和9年)12月29… 小山 峰男(こやま みねお、1934年(昭和9年)12月29日 - )は、日本の政治家。元参議院議員(1期)。
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丸山 瑛一(まるやま えいいち、1934年7月12日 - 2… 丸山 瑛一(まるやま えいいち、1934年7月12日 - 2019年12月24日)は日本の電子技術者。材料工学者、理化学研究所名誉研究員。工学博士(1977年、大阪大学)。 長野県上田市出身。長野県上田高等学校を経て、昭和32年(1957年)東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。同34年(1959年)同理学部物理学科卒業。同年日立製作所中央研究所に入所し、同59年(1984年)主管研究長、同60年(1985年)基礎研究所長。のち研究開発推進本部技師長。平成5年(1993年)オングストロームテクノロジー研究機構常務理事。平成11年(1999年)政策研究大学院大学教授を経て、理化学研究所フロンティア研究システム長。
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中西 立太(なかにし りった、1934年3月18日 - 20… 中西 立太(なかにし りった、1934年3月18日 - 2009年1月11日)は、日本のイラストレーター。「歴史画」の第一人者といわれている。 長野県上田市生まれ。1952年長野県上田松尾高等学校卒業。 1955年小学館で小さなカットなどの仕事をはじめる。 1962年小学館科学図説シリーズ『人類の誕生』で第8回サンケイ児童出版文化賞受賞。1964年小学館科学図説シリーズ全体で第11回サンケイ児童出版文化賞大賞受賞。
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宮原 巍(みやはら たかし、1934年3月16日 - 201… 宮原 巍(みやはら たかし、1934年3月16日 - 2019年11月24日)は、日本出身のネパールの実業家、政治家。 長野県小県郡青木村出身。長野県上田高等学校、日本大学理工学部工業化学科、機械工学科(二部)卒業。在学中は山岳部に所属していた。 理研ビニル工業、千代田化工建設に勤務。1958年に南極地域観測隊第4次隊、1962年にヒマラヤ登山隊、1965年にグリーンランド遠征隊(隊長)に参加。1966年、自転車でインドからネパールに入る。同年ネパール政府通商産業省中小企業局に勤務。1968年にトランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年にヒマラヤ観光開発株式会社(本社・東京)を設立。
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高畠 通敏(たかばたけ みちとし、1933年(昭和8年)11… 高畠 通敏(たかばたけ みちとし、1933年(昭和8年)11月16日 - 2004年(平成16年)7月7日)は、日本の政治学者。計量政治学の研究で知られる。立教大学名誉教授。 東京府(現東京都)生まれ。戦争中は長野県に疎開した。1949年長野県立上田松尾高等学校(現上田高等学校)入学。1950年東京都立日比谷高等学校編入学、1952年同校卒業。 1956年(昭和31年)東京大学法学部卒業。同年、東京大学法学部助手。 1961年(昭和36年)立教大学法学部助教授に就任。担当科目として政治原論、現代政治理論、平和研究を講義。 1965年(昭和40年)イェール大学留学。 1968年(昭和43年)立教大学法学部教授に就任。
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甕 滋(もたい しげる、1933年10月20日 - )は日本… 甕 滋(もたい しげる、1933年10月20日 - )は日本の農水官僚。林野庁次長、大臣官房長、食糧庁長官、林野庁長官、農林水産事務次官、農林漁業信用基金理事長、地方競馬全国協会会長、農林水産技術会議会長などを歴任。血液型はA型。 長野県安曇野市出身。長野県上田高等学校、東京大学法学部卒業。日本政治史を専門とする岡義武のゼミで学ぶ。東大時代の同期に内海孚らがいた。自分にとって一番性に合うのは農林省だと考え、1957年に同省に入省。配属先は農政局総務課。1975年5月 畜産局食肉鶏卵課長。1978年7月 農林水産省畜産局食肉鶏卵課長。同年8月 大臣官房参事官。1979年8月 畜産局畜政課長。1981年7月 大臣官房秘書課長。
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丸山 博(まるやま ひろし、1932年12月5日 - 201… 丸山 博(まるやま ひろし、1932年12月5日 - 2019年3月28日)は、プロ野球審判員で元セントラル・リーグ審判部副部長。審判員袖番号は30。 長野県上田市出身。終戦の1945年に旧制上田中学に入学、野球部に入部するも小柄だったためマネージャーを務めた。新制となった上田松尾高校(現在の長野県上田高等学校)を卒業後、長野県高等学校野球連盟を経て1957年セ・リーグ審判部に入局。 以後セ・リーグの中心審判の一人として活躍し、1989年に引退するまでの審判としての通算試合出場数は3515試合を数えたが、日本シリーズ出場は意外と少なく2回(1977年の日本シリーズと1982年の日本シリーズ)、またオールスターには6回出場した。
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中山 典之(なかやま のりゆき、1932年9月3日 - 20… 中山 典之(なかやま のりゆき、1932年9月3日 - 2010年2月16日)は、囲碁のプロ棋士。長野県上田市出身。日本棋院東京本院所属。1951年、長野県上田松尾高等学校卒業。1953年、鈴木五良八段に入門。1962年入段。1992年六段に昇進。 アマチュア出身であり、入段が遅かった。タイトル戦などには縁がなかったが、文才に長け、『実録囲碁講談』『囲碁の世界』など囲碁界に関する多数の著作がある。またライターや編者としての100冊以上の棋書の編纂を行った。若い頃は名記録係といわれ、読売新聞の観戦記者である山田覆面子に重用された。アマチュアへの指導に高い評価があり、1982年からほぼ毎年海外に出て囲碁の普及に努めた。
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堀内 守(ほりうち まもる、1932年4月10日 - 201… 堀内 守(ほりうち まもる、1932年4月10日 - 2013年7月)は、日本の教育学者。名古屋大学名誉教授。 長野県小県郡真田町(現上田市)生まれ。長野県上田高等学校、東京大学教育学部卒業。同大学院社会学研究科(教育学)博士課程満期退学。1971年「コメニウス研究」で名古屋大学より教育学博士の学位を取得。1964年旧・東京都立大学講師、1968年名古屋大学教育学部助教授、1980年教授(教育原論)。名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授(社会構造数理)。1996年定年退官、名誉教授、日本福祉大学知多半島総合研究所所長(地域総合研究)。 1982年から遡って約10年前に東京から名古屋に引っ越した際、当時小学生だった自身の息子が読売ジャイアンツ(巨人)の堀内恒夫と同姓であるという理由から学校でいじめを受けたことがあると語っており、その理由については息子が巨人のライバル球団であり、名古屋を本拠地とするプロ野球チームである中日ドラゴンズのファンが多い土地柄ゆえ、「ドラゴンズファンのヤリ玉に上げられたような気がする」と語っている。
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白土 三平(しらと さんぺい、1932年2月15日 - )は… 白土 三平(しらと さんぺい、1932年2月15日 - )は、日本の漫画家。東京府出身。男性。本名は岡本 登(おかもと のぼる)。A型。『忍者武芸帳 影丸伝』『サスケ』『カムイ伝』など忍者を扱った劇画作品で人気を博した。
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田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日-… 田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日- )は、日本の詩人。
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金子 宏(かねこ ひろし、1930年 <昭和5年> 11月1… 金子 宏(かねこ ひろし、1930年 <昭和5年> 11月13日 - 2022年 <令和4年> 8月23日)は、日本の法学者。専門は租税法。学位は、法学士(東京大学)。東京大学名誉教授。長島・大野・常松法律事務所顧問。位階は従三位。文化功労者。文化勲章受章。 長野県小県郡殿城村(現:上田市)出身。長野県上田高等学校を経て、1953年東京大学法学部卒業。指導教官は杉村章三郎。行政法の一分野でしかなかった租税法を、独立した学問分野として確立させた租税法学界の泰斗であり、著書の『租税法』(弘文堂)は一つのスタンダードとなっている。2005年4月瑞宝重光章受章。2012年度文化功労者。2018年度文化勲章受章。
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渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - … 渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - 1998年2月8日)は、日本の詩人・フランス文学者。 長野県小県郡長村(現・上田市)生まれ。旧制上田中学(現・長野県上田高等学校)を経て、1953年、東京外国語大学フランス語科を卒業。1956年、東京大学大学院フランス文学科修士課程を修了。1956年武蔵大学講師、1957年明治大学文学部講師、助教授を経て、1969年より教授。 ランボー、ボードレールなどフランス詩を研究する一方、みずからたくさんの詩集を発表。1958年同人誌「XXX」を発行、1984年文芸誌「譚」創刊に参加。藤村記念歴程賞、高見順賞、萩原朔太郎賞を次々に受賞した。 1998年、下咽頭癌のため死去(67歳)。
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大川 悦生(おおかわ えっせい、1930年7月6日 - 19… 大川 悦生(おおかわ えっせい、1930年7月6日 - 1998年3月27日)は、日本の児童文学作家。本名の読みは「よしお」。 長野県更級郡村上村(現埴科郡坂城町網掛)生まれ。父大川豊市(長野県上水内郡三水村・現飯綱町出身)、母やすの長男として生まれる。幼少期は東京で生活していたが、太平洋戦争でそのまま暮らし続けることが困難になり、母の実家に疎開した。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、早稲田大学文学部仏文科卒。在学中から早大童話会に属した。のち木下順二の影響で民話の再生に力を入れた。 1980年『たなばたむかし』で産経児童出版文化賞受賞。原爆についての作品もある。
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森泉 章(もりいずみ あきら、1928年9月24日 - 20… 森泉 章(もりいずみ あきら、1928年9月24日 - 2007年1月26日)は、日本の法学者。専門は民法・金融法・団体法・不動産法。学位は法学博士(東北大学・1966年)(学位論文『権利能力なき社団に関する研究』)。青山学院大学名誉教授。弁護士。中川善之助門下。 長野県小県郡丸子町(現上田市)生まれ。長野県立上田中学校などを経て、1951年に東北大学法学部を卒業する。 1954年静岡大学法経短期大学部助教授、1957年福島大学経済学部教授を務め、1968年青山学院大学法学部教授として民法の講義を長年していた。1979年学部長。その後、駿河台大学法学部教授、関東学院大学法科大学院教授を歴任し、生涯現役で教育・研究に従事した。
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武重 千冬(たけしげ ちふゆ、1926年10月16日 - 2… 武重 千冬(たけしげ ちふゆ、1926年10月16日 - 2001年3月3日)は、日本の医学者。昭和大学(現・昭和医科大学)学長を務めた。医学博士(1956年、千葉大学)。 長野県小諸市出身。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、昭和27年(1952年)昭和医科大学医学部卒業。同31年(1956年)母校講師、同32年(1957年)助教授。同35年(1960年)から4年間ペンシルベニア大学留学。同47年(1972年)昭和大学医学部第一生理学教室主任教授、同62年(1987年)医学部長、平成6年(1994年)学長。同11年(1999年)昭和大学医療短期大学学長を併任。 著書に「生活習慣がつくる病気」(川口毅と共著)がある。
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片山 泰久(かたやま やすひさ、1926年2月18日 - 1… 片山 泰久(かたやま やすひさ、1926年2月18日 - 1978年1月24日)は、日本の理論物理学者。 京都大学工学部原子力工学教授。学位は理学博士。素粒子論専攻。湯川秀樹の共同研究者。 長野県小県郡丸子町(現上田市)生まれ。旧制上田中学(長野県上田高等学校)、旧制松本高等学校理科甲類卒業。旧制京都帝国大学理学部卒業。1947年学術図書出版社に任務後、1957年7月京都大学基礎物理学研究所助教授、1961年4月同教授(1966年10月まで)、京都大学工学部に異動。
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栗田 裕夫(くりた ひろお、1926年1月7日 - 2016… 栗田 裕夫(くりた ひろお、1926年1月7日 - 2016年7月19日)は、日本の自衛隊員、実業家。位階は従四位。 陸上自衛隊第11師団長・陸将や、セブン-イレブン・ジャパン社長を務めた。 1943年、旧制上田中学校(現長野県上田高等学校)卒業。1945年、陸軍士官学校卒業。日本の降伏後、陸上自衛隊に入隊。1979年、陸上自衛隊第11師団長。1981年にセブン-イレブン・ジャパン入社。1992年には鈴木敏文の後任としてセブン-イレブン・ジャパン社長に就任した。1995年の阪神・淡路大震災ではヘリコプターを使って弁当を空輸し、「ライフライン」で第12回新語・流行語大賞トップテンに入賞した。1997年、健康上の理由で退任。
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横山 十四男(よこやま としお、1925年11月26日 - … 横山 十四男(よこやま としお、1925年11月26日 - 2019年)は、日本の郷土史家、環境運動家。ラテンアメリカ美術史家の横山和加子は娘。 長野県上田市仁古田生まれ。1943年、旧制上田中学校(長野県上田高等学校)卒業、陸軍経理学校入学。1945年、敗戦により同校は解散、東京高等師範学校文科に転入。1947年、東京文理科大学国史学科入学。1950年、同学科卒業。1950年、横浜市立港高校(定時制)教諭。1956年、東京教育大学附属中学校(現・筑波大学附属中学校)教諭。1980年、筑波大学助教授。1984年「義民伝承の研究」で筑波大学文学博士。1985年、筑波大学教授。1989年、定年退官、東京家政学院大学教授。
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小嶋 謙四郎(こじま けんしろう、1925年3月28日- )… 小嶋 謙四郎(こじま けんしろう、1925年3月28日- )は、日本の心理学者、早稲田大学名誉教授。 長野県上田市出身。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、1949年早稲田大学文学部哲学科心理学卒業。1974年「乳幼児における自己制御機構の発達的研究」で文学博士。早大講師を経て、1959年文学部教授。家庭裁判所研修や国立公衆衛生院の講師も併任した。1995年定年退官、名誉教授。
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成沢 昌茂(なるさわ まさしげ、1925年(大正14年)1月… 成沢 昌茂(なるさわ まさしげ、1925年(大正14年)1月29日 - 2021年(令和3年)2月13日)は、日本の脚本家、映画監督。 長野県上田市原町出身。上田市長をつとめた成沢伍一郎の二男。旧制上田中学(長野県上田高等学校)卒業後、1941年に松竹京都に入社、溝口健二に師事する。1944年、日本大学芸術学部卒業。 学徒出陣し捕虜生活を経て1945年に復員。1946年、松竹を退社。1952年に溝口にならって大映と契約、溝口の『噂の女』『新・平家物語』『赤線地帯』など、次々と巨匠と組んで名脚本を書き続けた。1962年、『裸体』で監督に転身、5作品を残す。1970年以降は映画から離れ、1975年から1977年にかけてNHK連続人形劇『真田十勇士』(柴田錬三郎原作)を担当。
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竹内 清(たけうち きよし、1924年4月1日 - 2000… 竹内 清(たけうち きよし、1924年4月1日 - 2000年5月22日)は、日本の統計学者。専門は統計学、理論経済学、行政計画など。東北大学名誉教授。元日本統計学会会長。 長野県埴科郡坂城町出身。旧制長野県立上田中学校(現長野県上田高等学校)を経て、1952年東京商科大学(現一橋大学)卒業、同年一橋大学大学院特別研究生。山田雄三ゼミ出身。1955年小樽商科大学専任講師。1959年同助教授。1964年文部省在外研究員及びテキサスA&M大学リサーチ・アシスタント。1986年小樽商科大学教授。1971年東北大学経済学部教授。1973年東北大学評議員。1977年ポーランド科学アカデミー客員教授。1980年東北大学経済学部長・大学院経済学研究科長。
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南沢 貞美(みなみさわ さだみ、1923年10月2日 - 2… 南沢 貞美(みなみさわ さだみ、1923年10月2日 - 2003年9月25日)は、日本の倫理学者。 長野県北佐久郡南大井村(現小諸市)出身。旧制上田中学(長野県上田高等学校)、旧制第二高等学校を経て、京都帝国大学文学部卒業。1950年京都工芸繊維大学講師、1967年同教授、のち名誉教授。佛教大学教授。2000年春、勲三等旭日中綬章受勲。
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久保田 晴寿(くぼた せいじゅ、1923年(大正12年)6月… 久保田 晴寿(くぼた せいじゅ、1923年(大正12年)6月26日 - 2004年(平成16年)8月31日)は、日本の薬学者。専門は薬品合成化学。 長野県上田市出身。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、1946年京都帝国大学医学部薬学科卒業。1947年母校助手。1951年徳島大学薬学部助教授、1957年教授、1972年薬学部長を経て、1988年に徳島大学学長に就任し1991年に学長を退任。退任後の1992年に大阪薬科大学学長に就任、1995年に同大学学長を退任。1997年、勲二等旭日重光章受章。 1953年、京都大学薬学博士。論文名は「アセチレンとアンモニアの縮合に関する研究」。 2004年に急性呼吸不全のため徳島県小松島市の病院で死去。
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小林 直樹(こばやし なおき、1921年10月3日 - 20… 小林 直樹(こばやし なおき、1921年10月3日 - 2020年2月8日)は、日本の法学者。専門は、憲法・法哲学。学位は、法学博士(東京大学、1962年)(学位論文「憲法の構成原理」)。東京大学名誉教授。総合人間学会初代会長。 長野県小県郡滋野村(現・小諸市)生まれ。旧制上田中学校(現・長野県上田高等学校)、旧制水戸高等学校(現・茨城大学文理学部)を経て、1942年東京帝国大学文学部哲学科入学も法学部政治学科に転じる。東京帝大在学中に学徒出陣。二等兵、少尉等を経て、1947年高等文官試験合格。復学して受けた法哲学者尾高朝雄のカントに関する講義に感動し、師事する。 法哲学者として出発し、1951年、東京大学教養学部で法学を教えていたが、1959年、宮沢俊義の後任として、憲法学に転籍し、2年間のドイツ留学を経て、1961年東京大学法学部教授(憲法学)となる。
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神津 善三郎(こうづ ぜんざぶろう、1919年12月31日 … 神津 善三郎(こうづ ぜんざぶろう、1919年12月31日 - 2002年5月15日)は日本の教育学者。専門は日本教育史。 長野県北佐久郡志賀村(現佐久市)生まれ、同郡小諸町(現小諸市)出身。旧制上田中学(現長野県上田高等学校)を経て、1944年慶應義塾大学文学部卒業。長野県短期大学(現長野県立大学)講師をへて、1961年教授、1976年学長就任。1984年長野大学学長に就任。1961年教育学博士(慶應義塾大学)(論文タイトルは『近代日本における義務教育の就学に関する研究:長野県における学齢期勤労児童の場合』) 長野県地方自治研究センター理事長やコープながの理事長を歴任した。1993年勲三等旭日中綬章。
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唐沢 隆三(からさわ りゅうぞう、1918年5月4日 - 2… 唐沢 隆三(からさわ りゅうぞう、1918年5月4日 - 2011年5月6日)は、社会運動研究者・俳人・自由律俳句研究者・作家。「唐沢柳三」の筆名も使用する。石川三四郎に師事する。 長野県に生まれる。滋野尋常高等小学校、長野県上田中学校(現:長野県上田高等学校)、純真学園、東京物理学校(現:東京理科大学)を経て、北海道帝国大学理学部数学科を卒業。北海道大学応用電気研究所に勤務。同研究所を退職後、東京に移住し、東京都立桜町高等学校、東京都立北高等学校ほか都立高校の教員を務めた。 出版のためにソオル社を興し、書籍の編集・発行も行った。 上田中学校時代に荻原井泉水の俳句誌『層雲』に参加した。 個人誌『柳』および『美』の発行者。
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倉田 文作(くらた ぶんさく、1918年4月17日 - 19… 倉田 文作(くらた ぶんさく、1918年4月17日 - 1983年1月23日)は、日本の仏像学者。 千葉県安房郡生まれ。父は画家・倉田重吉。長野県立上田中学校を経て1940年青山学院文学部英文科卒業、1942年早稲田大学文学部文学科卒業、1944年東洋美術国際研究会嘱託。 1945年文部省社会教育局嘱託、1947年国立博物館に入り、調査課嘱託を経て、1948年文部技官、1950年文化財保護委員会事務局美術工芸課彫刻部勤務。1959年彫刻部主査、1964年文化財調査官、1966年事務局美術工芸課長、1969年東京国立博物館学芸部長に転じる。1972年文化庁文化財保護部文化財鑑査官、1975年奈良国立博物館長に就任、1981年博物館振興の功績により文部大臣より表彰を受け、1983年従四位に叙せられ勲二等瑞宝章を受章した。
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松井 正直(まつい まさなお、1917年12月9日 - 20… 松井 正直(まつい まさなお、1917年12月9日 - 2012年3月12日)は日本の農芸化学者。東京大学名誉教授、理化学研究所名誉研究員。生理活性天然物の合成に関する研究領域の第一人者として活躍した。 長野県上田市生まれ。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、1938年旧制静岡高等学校理科卒業、1941年東京帝国大学農学部農芸化学科卒業。同年台湾製糖に入社し、理化学研究所に研究員として派遣され、1942年に理研研究員のまま理研栄養食品に移り、1945年住友化学に勤務しながら京都帝国大学に4年間派遣された。1953年東大助教授となり、1956年同教授。1967年から1978年まで理研主任研究員を兼ねる。
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半田 孝淳(はんだ こうじゅん、1917年9月21日 - 2… 半田 孝淳(はんだ こうじゅん、1917年9月21日 - 2015年12月14日)は、日本の天台宗の僧侶。第256世天台座主、全日本仏教会会長などを歴任。 長野県小県郡別所村(現 上田市別所温泉)の常楽寺(北向観音本坊)に住職半田孝海の長男として生まれる。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、1941年大正大学文学部宗教学科卒業。翌年から応召し、陸軍中尉で終戦を迎えた。1947年別所村議会議員を経て、1949年常楽寺副住職に就任。同年から47年間にわたり保護司を務めた。1961年、常楽寺住職に就任。1971年から1988年まで調停委員を務めた。2004年、曼殊院門跡門主。2007年、第256世天台座主に就任。
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芹沢 守利(せりざわ もりとし、1915年12月25日 - … 芹沢 守利(せりざわ もりとし、1915年12月25日 - 2003年9月25日)は、日本の実業家。 長野県小県郡城下村(上田市)出身。旧制上田中学(長野県上田高等学校)、旧制松本高等学校を経て、1941年に東北帝国大学法律学科を卒業し、同年に湘南電気鉄道(のちの京浜急行電鉄)に入社。1965年に取締役に就任し、自動車部長、常務、鉄道事業本部長、専務を経て、1981年6月に副社長に就任し、1987年6月には社長に昇格し、1991年6月に会長に就任した。 1993年から1995年までに日本民営鉄道協会会長を務めた。 1982年4月に藍綬褒章を受章し、1996年4月に勲一等瑞宝章を受章した。 2003年9月25日、肺炎のために死去。
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小山 一平(こやま いっぺい、1914年〈大正3年〉11月3… 小山 一平(こやま いっぺい、1914年〈大正3年〉11月3日 - 2011年〈平成23年〉4月2日)は、日本の政治家。 日本社会党参議院議員(3期)。参議院副議長。位階は従三位。 長野県埴科郡南条村(現・坂城町)出身。旧制上田中学校(現・長野県上田高等学校)卒業。1932年(昭和17年)から養魚業に従事し、1951年(昭和26年)上田市議会議員に当選。1955年(昭和30年)から長野県議会議員を2期務め、社会党長野県本部委員長、同県議団長を兼任する。1963年(昭和38年)から上田市長を3期務め、任期途中で辞職し、1974年(昭和49年)の第10回参議院議員通常選挙に長野県選挙区から日本社会党公認で出馬し初当選。
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