牧村 泉(まきむら いずみ、1960年 -)は、日本の小説家… 牧村 泉(まきむら いずみ、1960年 -)は、日本の小説家、ホラー作家、推理作家。女性。 滋賀県大津市生まれ。関西大学社会学部卒業。広告制作会社勤務を経る。フリーランスのコピーライターとして活躍する傍ら、小説を執筆する。2002年、『邪光』で第3回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、小説家デビューを果たす(応募時は槇居泉名義。大賞受賞は、佐藤ラギ『人形(ギニョル)』)。2004年、同作がドラマ化される。 「」内が収録されている牧村泉の作品 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
中野亜里(なかの あり、1960年 - 2021年1月9日)… 中野亜里(なかの あり、1960年 - 2021年1月9日)は、日本のベトナム政治学者。夫は川根真也。 滋賀県大津市出身。筆名・中川明子。1983年日本大学国際関係学部卒業、1988年慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程満期退学、1992年「ベトナム社会主義共和国の外交 東南アジア地域情勢に対する認識と外交政策」で博士(法学)。2010年大東文化大学国際関係学部教授。 2021年1月10日、癌性腹膜炎のため北海道札幌市の病院で死去。60歳没。
采野 吉洋(うねの よしひろ、1959年〈昭和34年〉5月1… 采野 吉洋(うねの よしひろ、1959年〈昭和34年〉5月14日 - )は、鹿児島県を拠点に活動する日本のフリーアナウンサー。 滋賀県大津市出身。私立東山高等学校、関西大学卒業。中学から大学まで一貫して放送系のクラブに在籍。大学生時代は「海賊放送研究会」で活動し、1982年(昭和57年)にMBCへ入社。同期には上野知子がいる。血液型はA型で、「うねちゃん」と言うニックネームで有名。MBCラジオの「アニメでGo!Go!」では番組内で「アニメキング」と名乗っていた。「アニメでGo!Go!」終了後は、采野が司会を行う城山スズメ番組内で水曜日16時から放送されているミニコーナー「お父ちゃんのアニメソング」において、懐かしいアニメソングを扱うという趣旨で受け継がれている。
都 裕次郎(みやこ ゆうじろう、1959年2月25日 - )… 都 裕次郎(みやこ ゆうじろう、1959年2月25日 - )は、滋賀県大津市出身の元プロ野球選手(投手)、スコアラー、野球指導者。 当時の滋賀県滋賀郡堅田町(現大津市)真野で出生し、農業を営む父が映画スターの石原裕次郎ファンであったため、「裕次郎」と命名された。当人によると、最初は祖父が名付けた「定成」(さだなり)に決まっていたが、役所に届ける寸前で父が独断で急遽、裕次郎に変えたという。 大津市立真野小学校時代は野球は近所の仲間と遊びでやったり、町内会でソフトボールをやったりする程度だったが、大津市立堅田中学校時代に本格的に野球を始め、滋賀県立堅田高等学校時代は、硬式野球部に所属しエースとして活躍。
近持 イオリ(ちかもち イオリ、1959年 - )は、日本の… 近持 イオリ(ちかもち イオリ、1959年 - )は、日本の彫刻家。せきがはら人間村生活美術館館長。 滋賀県大津市出身。1985年に金沢美術工芸大学彫刻科を卒業後に渡米し、新妻実に師事。1986年帰国。 2000年ごろ、関ケ原にシンポジウムで訪れた際、矢橋昭三郎と巡り合い、関ケ原製作所に参加した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術)。
久米 郁男(くめ いくお、1957年 - )は、日本の政治学… 久米 郁男(くめ いくお、1957年 - )は、日本の政治学者。早稲田大学政治経済学術院教授。専門は政治経済学。 滋賀県大津市生まれ。1981年京都大学法学部卒業、1983年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。1984年、フルブライト奨学生としてコーネル大学に留学。1987年、コーネル大学大学院コースワーク修了。1994年、コーネル大学大学院博士課程修了、博士(政治学)取得。神戸大学法学部助教授・教授を経て、現職。早稲田大学大学院政治学研究科長(2020-22年)。スタンフォード大学日本センター客員教授、コーネル大学客員助教授、東京大学社会科学研究所併任教授、政策研究大学院大学併任教授、放送大学客員教授 (2011-14年)、経済産業研究所ファカルティーフェロー、東京財団仮想制度研究所 (VCASI) フェローも務めた。
久遠 恵(ひさとお けい、1957年 -)は、日本の小説家、… 久遠 恵(ひさとお けい、1957年 -)は、日本の小説家、推理作家。 滋賀県大津市出身。立命館大学経済学部卒業。1994年、『SHADOW BOXING』が第14回横溝正史賞の最終候補作に選ばれる(選考委員:権田萬治、佐野洋、夏樹静子、森村誠一)。1995年、「ボディ・ダブル」で第17回小説推理新人賞を受賞する(選考委員:北方謙三、高橋克彦、三好徹)。 「」内が久遠恵の作品 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
BOSS戸田(ぼす とだ)(英:BOSS TODA、実名は戸… BOSS戸田(ぼす とだ)(英:BOSS TODA、実名は戸田有三Toda Yuzo、1956年8月31日生まれ、滋賀県大津市出身)は、日本の俳優、アーティスト、映画プロデューサー。 母国日本に帰還した傷痍軍人が、行き場を無くした有三(3歳)を養子に迎え育てた。 親父は、日本国陸軍二等兵として最前線で、敵地中国大陸で戦っていた。戦いのある時、親父は銃剣で敵人の腹を刺した!とその直後に、敵陣の手榴弾が親父の頭蓋骨を砕いた!親父はこのような悲劇に遇いながらも、銃剣で刺した敵人を想い、戦後60年にわたり、とある寺で供養し続けた。まさに『武士道の精神』であると誇りに想う。 生まれ育った地域、滋賀県。 日本の映画撮影のロケ地として人気がある県です。
福田 功(ふくだ いさお、1955年8月13日 - )は、日… 福田 功(ふくだ いさお、1955年8月13日 - )は、日本の国土交通技官。館山市助役、国土交通省中国地方整備局長、国土交通省大臣官房技術参事官、港湾空港技術研究所特別研究官等を歴任した。退官後、日本埋立浚渫協会副会長。 滋賀県大津市出身。1974年滋賀県立膳所高等学校卒業。1978年名古屋工業大学工学部土木工学科卒業、運輸省入省。1999年館山市助役。2001年国土交通省道路局地域道路調整室長。2003年関西国際空港計画・技術部長。2006年内閣府沖縄振興局参事官(振興第三担当)。2008年国土交通省港湾局国際・環境課長。2009年から国土交通省中国地方整備局長を務め、長岡秀人出雲市長との間で災害時における情報交換に関する協定書を締結するなどした。
烏丸 せつこ(からすま せつこ、1955年2月3日 - )は… 烏丸 せつこ(からすま せつこ、1955年2月3日 - )は、日本の女優。 滋賀県大津市出身。中京大学中退。ティー・アーティスト所属。6代目(1980年度)クラリオンガール。身長156cm、血液型はA型。「日本人離れしたボディ」で脚光を浴びた。 1979年に6代目(1980年度)クラリオンガールに選出され、芸能界デビュー、デビュー直後にCF、ポスター等でセミヌードを披露する。あどけない表情と日本人離れしたプロポーションで、当時のグラビアを席捲した。 『海潮音』に出演し、女優としてのスタートを切る。同時期には五木寛之による『四季・奈津子』の主役・奈津子役で初主演。ファッション史研究の川本恵子は「裸が最高、ファッション不要。
今森 光彦(いまもり みつひこ、1954年8月6日 - )は… 今森 光彦(いまもり みつひこ、1954年8月6日 - )は、日本の写真家・切り絵作家。日本写真家協会会員。弟は画家の今森洋輔。滋賀県大津市出身。 地元滋賀県の里山などで活動し、そこに棲息する昆虫や琵琶湖に関する写真撮影を主とする。滋賀県北部は日本海側気候、南部は瀬戸内海式気候とであることから、自然と季節との関わりを的確に捉えた作品も多い。1974年のカリマンタン島以来海外にも数多く足を運んでいる。 近畿大学理工学部土木工学科卒業。大学を出てから昆虫写真専門の写真家を志し、コマーシャルフォトスタジオに2年間勤務して写真技術を学ぶ。1980年にプロ写真家として自立。1984年に大津市中心部から20kmほど北の棚田や自然が残る仰木地区に活動場所を移す。
杉本 るみ(すぎもと るみ、1954年〈昭和29年〉3月10… 杉本 るみ(すぎもと るみ、1954年〈昭和29年〉3月10日 - )は、日本の女性ナレーター、声優。本名、杉本 留美子(すぎもと るみこ)。滋賀県大津市出身。ヤマダックス所属。 「やりたいことを見つけたくて」アナウンス専門学校に入学。専門学校卒業後、ラジオ番組でデビュー。KBS京都(旧近畿放送)ラジオ番組アシスタント、名古屋地区のテレビ・ラジオ番組で活躍後FM局ネットワークJFNの繋がりで活動拠点を東京に移しFM局パーソナリティーで活躍する。1990年にナレーション専門で行くための思いからシグマ・セブンに所属。1999年、ベルベットオフィス所属。2009年、ヤマダックス所属。 来宮良子の死後、生前担当していた番組のナレーション業の多くを引き継いでいる。
北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本… 北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本の劇作家・演出家。本名:北村 清司(きたむら きよし)。 滋賀県大津市出身。滋賀県立石山高等学校卒業。 高校卒業後、友人を頼って名古屋に住み始め、モグリの学生をやっていた中京大学の演劇部にて演劇活動を始める。 1979年、劇団「TPO師★団」を旗揚げ。その後、1982年に「彗星 '86」、1986年に「プロジェクト・ナビ」と名前を変えながら劇団として活動を続けてきたが、2003年に解散。現在では「avecビーズ」というユニットにおいて年に1作のペースで新作を上演するほか、外部への作品提供も多い。 1980年代初頭から、終末的かつ幻想的なその作風が注目され、現在までに様々な作品を発表している。
堀 茂樹(ほり しげき、1952年1月29日 - )は、日本… 堀 茂樹(ほり しげき、1952年1月29日 - )は、日本の進歩的文化人、フランス文学・哲学研究者、翻訳家。「オイコスの会」共同代表。慶應義塾大学名誉教授。専門は20世紀フランス思想を中心とする西洋思想史。アゴタ・クリストフ『悪童日記』など現代フランス文学の翻訳でも知られる。 滋賀県大津市生まれ。1974年、早稲田大学教育学部社会学専修卒業。1977年、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。フランス政府給費留学生として渡仏し、1979年ソルボンヌ・ヌーヴェル大学高等研究課程(19世紀フランス文学〈オノレ・ド・バルザック〉)、及び1982年ソルボンヌ大学高等研究課程(20世紀フランス哲学〈ジュリアン・バンダ〉)修了。
間柴 茂有(ましば しげくに、1951年11月15日 - )… 間柴 茂有(ましば しげくに、1951年11月15日 - )は滋賀県大津市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ。旧名は富裕。愛称は「ケロヨン」。
八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の… 八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の通産官僚、評論家、文筆家、歴史作家。徳島文理大学教授。 滋賀県大津市出身。1975年、東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。入省同期に、太田房江、石田徹、三本松進、藤田昌央など。 入省後は官費留学生として、フランス国立行政学院に1980年から2年間留学する。在職中から論壇で盛んに執筆し、「朝まで生テレビ」に出演するなど、通産省の論客として知られる存在だった。 国土庁長官官房参事官、通産省大臣官房情報管理課長を経て、アジア経済研究所総務部次長を最後に1997年に退官。1998年の滋賀県知事選挙への出馬が取り沙汰されたが実現しなかった。 松下政経塾特別研究員を経て、2004年、徳島文理大学教授に就任。
藤本 恵子(ふじもと けいこ、1951年3月26日 - )は… 藤本 恵子(ふじもと けいこ、1951年3月26日 - )は、日本の小説家。本姓・山田。 滋賀県大津市生まれ。滋賀県立大津高等学校卒業後、会社勤めをしながら小説家を志し、数年後に上京。 1977年『ウェイトレス』で作家賞。 1986年『比叡を仰ぐ』で文学界新人賞受賞、芥川賞候補。 1991年『南港』で芥川賞候補。 2001年『築地にひびく銅鑼・小説丸山定夫』で開高健賞受賞。
岩崎 貞二(いわさき ていじ、1949年8月12日 - )は… 岩崎 貞二(いわさき ていじ、1949年8月12日 - )は、日本の国土交通官僚。海上保安庁長官を務めた。滋賀県大津市出身。 1974年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。2001年に大臣官房審議官、2002年に航空局長、2006年に自動車交通局長を歴任し、2007年6月から2009年7月までに海上保安庁長官を務めた。2018年6月から全国レンタカー協会会長を務めている。
長戸 大幸(ながと だいこう、1948年〈昭和23年〉4月6… 長戸 大幸(ながと だいこう、1948年〈昭和23年〉4月6日 - )は、日本の音楽プロデューサー、ギタリスト、ドラマー、不動産投資家、企業経営者。滋賀県大津市出身。音楽制作会社『B ZONE』(旧・ビーイング)グループの創業者で現相談役、エフエム滋賀取締役。株式会社ドリーマップス代表取締役。兵庫県在住。既婚。 両親は公務員。3歳から地元の大津少年管弦楽団に入れられヴァイオリンを習わされる。中学時代はジャズに凝り、マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクなどを聞く。高校時代にビートルズを知り、滋賀県立膳所高等学校1年のとき、音楽サークルを立ち上げ、サッカー部の1年先輩とロックバンド「ザ・プラネッツ」を結成、ギターを担当した。
武 覚超(たけ かくちょう、1948年1月6日 - )は、天… 武 覚超(たけ かくちょう、1948年1月6日 - )は、天台宗の僧侶、仏教学者、叡山学院名誉教授。 滋賀県大津市出身。1970年大正大学文学部仏教学科卒、1975年大谷大学大学院佛教学博士課程満期退学。叡山学院助教授、教授、比叡山幼稚園園長、2008年天台宗総本山延暦寺執行。2007年『比叡山諸堂史の研究』で大正大学博士(仏教学)。延暦寺一山求法寺住職。日本会議代表委員。日中韓国際仏教交流協議会理事長。2016年~龍谷山水間寺貫主。2023年~叡山学院名誉教授。
安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は… 安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は、イベントクリエーター、プランナー、プロデューサー、広告制作業者で、大津市の政治家。デザイナーとして活動しながら、大津市で市民活動を行い、2007年には大津市議会議員となった。所属会派は対話の会・杣で、副代表を務める 。市民グループ「アクション21」の事務局長 。大津市三井寺在住。 1948年、大津市に生まれる 。父は労働組合幹部。平野小学校を卒業、打出中学校では野球部のエースで、主将として「民主的な野球部」を目指すが失敗。その後、定時制高校編入する。1966年に京都産業デザイン研究所を卒業、1968年に大阪編集工房に入社 。1971年に日本交通事業社(現ジェイアイシー)に入社、ディスカバー・ジャパンやジェイティービーの広告を手がける。
ポール岡田(又は岡田ポール、本名・長岡和彦、1947年8月1… ポール岡田(又は岡田ポール、本名・長岡和彦、1947年8月13日 - )は、日本のミュージシャン。 滋賀県大津市出身。1969年5月、グループ・サウンズバンド、ザ・カーナビーツの2代目ボーカリストとして加入するが5ヶ月でグループは解散する。解散後、1969年12月から翌1970年2月末まで渋谷東横劇場で上演された日本初のロック・ミュージカル「ヘアー」にウーフ役で出演。その後は再びボーカリストとしてソロ、男女デュオなどで数枚のレコードをリリースした。 1970年代末、偶然紹介された伊集院静の誘いで、音楽活動を諦め、本名の長岡和彦として広告業界へ転身。広告代理店・株式会社JMSクリエイティブセンターに入社、伊集院が小説家への転身で退社するまで約1年間は伊集院の下でスタッフを務め、その後本体の株式会社ジャパン・マーケティング・サービスに移る。
加藤 進(かとう すすむ、1947年1月21日 - )は、フ… 加藤 進(かとう すすむ、1947年1月21日 - )は、フリーアナウンサー。元広島テレビ(HTV)アナウンサー。滋賀県大津市出身。 中学2年の時に広島市へ転居。広島大学を卒業後、1969年に広島テレビへ入社。プロ野球などスポーツ中継を担当した。また、報道制作局アナウンス部長を務めた。 広島東洋カープの地元広島でリーグ優勝した試合のテレビ中継実況を2回やっている(昭和54年(1979年)10月6日 阪神戦 広島市民球場 / 平成3年(1991年)10月13日 阪神戦 広島市民球場)。 広島東洋カープがチームで新幹線で移動中に優勝を迎えた時にその瞬間を同乗していた加藤がリポートした。 日本シリーズ第8戦をテレビ中継実況したのは2018年11月現在、加藤だけである。
坂東 國男(ばんどう くにお、1947年1月10日 - )は… 坂東 國男(ばんどう くにお、1947年1月10日 - )は、日本のテロリスト、新左翼活動家。共産主義者同盟赤軍派兵士を経て連合赤軍に合流。あさま山荘事件で逮捕後、クアラルンプール事件によって日本赤軍に参加した。 滋賀県大津市生まれ。生家は東海道本線(琵琶湖線)石山駅前で旅館を営んでいた。滋賀県立膳所高等学校卒業。防衛大学校を志望したが色覚異常のため断念。 1966年に京都大学農学部林学科に入学するがのちに退学。1971年代に赤軍派の坂東隊として、植垣康博、山崎順らを率いてM作戦(金融機関強盗)を行った。赤軍派が京浜安保共闘と統一し連合赤軍となると、連合赤軍中央委員に就任。連合赤軍での序列は5位。
シュウゾウ・アヅチ・ガリバー(Shuzo Azuchi Gu… シュウゾウ・アヅチ・ガリバー(Shuzo Azuchi Gulliver, 1947年 - )は、日本の現代アート作家・芸術家。オブジェ、版画、写真、パフォーマンス、インスタレーションによる表現活動を主体とする。本名安土修三。 滋賀県大津市出身。滋賀県立膳所高等学校卒業。1967年立命館大学文学部哲学科中退。同年に作家集団「PLAY」に参加。彼のロジカルな作風は、国内よりも海外での評価の方が高く、作品の発表もオランダ、イタリア、ドイツなどヨーロッパで行われる場合が多い。 1990年代からは、ヨーロッパの大学を始め、国内でも慶應義塾大学、東京大学、立命館大学で講師を務めている。
三條 正人(さんじょう まさと、1943年〈昭和18年〉1月… 三條 正人(さんじょう まさと、1943年〈昭和18年〉1月30日 - 2017年〈平成29年〉10月5日)は日本の歌手である。本名は渡辺正好(わたなべ まさよし)。滋賀県大津市出身。 鶴岡雅義と東京ロマンチカのメインボーカリスト。妻は女優の香山美子。 1943年(昭和18年)1月30日、滋賀県大津市に生まれる。滋賀県立膳所高等学校卒業。法政大学在学中にコーラスグループを結成し、ダンスホールでプロ歌手として活動を始める。山下洋治とムーディスターズに所属する。 1967年(昭和42年)、鶴岡雅義に請われ、男性歌謡コーラスグループ「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」のリードボーカルとして迎え入れられた。『小樽のひとよ』でレコードデビューし、大ヒットとなる。
中村 義博(なかむら よしひろ, 1942年 - )は、日本… 中村 義博(なかむら よしひろ, 1942年 - )は、日本の外交官。 ザンビア駐箚特命全権大使、ウルグアイ駐箚特命全権大使を歴任した。 滋賀県大津市出身。1966年、外務省入省に伴い、京都大学法学部中退。外務省派遣で米国ダートマス大学 (経済学専攻)卒業。外務省官房査察室長、欧亜局大洋州課長、在ロサンゼルス総領事館首席領事、その他, オーストラリア大使館、ジュネーブ軍縮代表部、イラク大使館勤務の後、ユーゴスラビア公使・代理大使を経て、1997年から2000年までザンビア大使、2002年から2005年までウルグアイ大使等を歴任した。その間、原子力問題(2年)、資源・エネルギー問題(2年)、中東産油国問題(2年)、軍縮問題(2年)等担当。
西村 光人(にしむら こうじん、1942年 - )は、日本画… 西村 光人(にしむら こうじん、1942年 - )は、日本画家。滋賀県大津市生まれ。晨鳥社に入塾し、山口華楊に師事する。風景画を得意とする。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
目片 信(めかた まこと、1941年(昭和16年)11月1日… 目片 信(めかた まこと、1941年(昭和16年)11月1日 - 2020年(令和2年)12月8日)は、日本の政治家。大津市長(2期)、衆議院議員(1期)、滋賀県議会議員(2期)などを歴任した。 市長在任中に志賀町との合併を果たした。栗東新駅問題には反対の立場をとった。二級建築士。 滋賀県大津市で生まれ育つ。同市北大路在住。実母を生まれてすぐに亡くし、「育ててくれた母とか『母』と名のつく人が、3・4人」いたという。1960年3月、比叡山高等学校卒業。同年、父・目片四郎が経営する目片工務店へ入社し、1965年に専務となる。1986年5月1日、父に代わって代表取締役社長へ就任。1991年3月28日からは妻の目片淑子に社長職を譲り、相談役となった。
西村 吉正(にしむら よしまさ、1940年(昭和15年)12… 西村 吉正(にしむら よしまさ、1940年(昭和15年)12月15日 - 2019年(令和元年)9月8日)は、日本の官僚。元大蔵省銀行局長。早稲田大学教授。博士(学術)。滋賀県大津市出身。瑞宝中綬章受章者。
井上 隆雄(いのうえ たかお、1940年(昭和15年)7月2… 井上 隆雄(いのうえ たかお、1940年(昭和15年)7月21日 - 2016年(平成28年)7月21日)は、日本の写真家。日本写真家協会・日本ペンクラブ・民族芸術学会・日本写真学会、各会員。滋賀県大津市出身。 1965年(昭和40年)京都市立美術大学(現:京都市立芸術大学)卒業、1973年(昭和48年)写真家として独立。 2016年(平成28年)7月21日、肺炎のため京都市内の病院で死去、享年76歳。 主に民族芸術・仏教美術・生活などを企画撮影し、アジアを中心に世界各地を撮影した後、京都を中心に取材を重ねた。自然の撮影もライフワークの一つだった。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
横山 プリン(よこやま プリン、本名:清水 健雄、1938年… 横山 プリン(よこやま プリン、本名:清水 健雄、1938年〈昭和13年〉5月20日 - )は、タレント、フリーライター、放送作家。AB型。滋賀県大津市出身。 滋賀県立膳所高等学校を経て、1961年に立命館大学経営学部卒業。大学時代はジャズのドラマー,、また千日劇場の楽屋に出入りもしていた、このころ漫画トリオの横山ノックに横山フックが辞めるのでメンバー入りしてほしいと懇願されたが就職が決まっていたので固辞。就職してサラリーマン生活をしていたが3か月で辞め、大阪の繁華街でバンドボーイとして修業した後、再び芸人志望が強くなり横山ノックの元を訪れると横山やすしを紹介されお前ら組めと言われコンビを組み、初代横山たかしの名前をもらう。
大富 國正(おおとみ くにまさ、1938年2月5日 - )は… 大富 國正(おおとみ くにまさ、1938年2月5日 - )は、日本の実業家。株式会社エキスプレス代表取締役会長、株式会社エイ・アイ・シー代表取締役社長、株式会社ラヴス代表取締役会長、株式会社エキスプレススポーツ代表取締役会長。滋賀県大津市出身。 1961年(昭和36年)9月21日、テレビ番組の制作・技術協力などを行うプロダクション・株式会社エキスプレス設立、代表取締役社長に就任(現職会長)。テレビ中継車システムを導入。 1975年(昭和50年)2月、テレビ番組の美術作業(ヘアメイク)、ヘアメイクアーティストのマネージメントとプロモート業務をする株式会社エイ・アイ・シー設立、代表取締役社長に就任。
山本 邦山(やまもと ほうざん、1937年10月6日 - 2… 山本 邦山(やまもと ほうざん、1937年10月6日 - 2014年2月10日)は、滋賀県大津市出身の尺八演奏家、作曲家。元東京芸術大学教授、人間国宝。本名は山本泰正(やまもと やすまさ)。長男は尺八奏者の二代 山本邦山(二代目襲名前は山本真山)。 都山流尺八演奏を、父である山本鵬山に習う。のち中西蝶山門下に入る。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
種村 直樹(たねむら なおき、1936年3月7日 - 201… 種村 直樹(たねむら なおき、1936年3月7日 - 2014年11月6日)は、日本の作家、随筆家、評論家。滋賀県大津市出身。 もとは毎日新聞社の記者だったが、1973年に鉄道に関連する記事執筆を専業とするフリーのライターとなり、レイルウェイ・ライターと称して鉄道に関するルポルタージュ、時事評論、紀行文、推理小説などを数多く発表した。 滋賀県立大津東高等学校(現在の滋賀県立膳所高等学校)、京都大学法学部卒業。 毎日新聞社の国鉄担当記者であった1972年に、その豊富な鉄道知識と新聞記者としての取材、執筆能力から、当時の『鉄道ジャーナル』編集長の竹島紀元に抜擢され、「列車追跡」など同誌のメインとなる特集記事を執筆するようになったほか、連載コラムも持つようになる。
西出 昌弘(にしで まさひろ、1933年3月3日 - 201… 西出 昌弘(にしで まさひろ、1933年3月3日 - 2019年3月26日)は、日本のコントラバス奏者。滋賀県大津市出身。 関西交響楽団、ABC交響楽団を経て、1957年から京都市交響楽団首席。京都市立芸術大学、大阪音楽大学、同志社女子大学他講師。 1955年 東京芸術大学委託修、滋賀大学卒。今村清一、岡田二郎に師事。 趣味:オートバイ(ハーレー、BMW)、車(ミニクーパー)、ヨット(ヨーロッパ級J94。滋賀県立膳所高等学校ヨット部監督)
小園 蓉子(こぞの ようこ、1932年10月16日 - 20… 小園 蓉子(こぞの ようこ、1932年10月16日 - 2025年7月10日)は、日本の女優。本名は佐藤敦子。滋賀県大津市出身。 戦後すぐに横浜に移住。1948年に神奈川県立横浜平沼高等学校に進学する。同期に岸恵子、日比野恵子がいた。 1951年に松竹大船に入社し映画、中村登監督『恋文裁判』でデビューする。1955年に『絵島生島』を最後に松竹を退社。1956年に日活専属契約を結び、『姉さんのお嫁入り』で初主演する。1968年に日活を退社。フリーとなりテレビドラマに活躍する。
饗庭 孝男(あえば たかお、1930年〈昭和5年〉1月27日… 饗庭 孝男(あえば たかお、1930年〈昭和5年〉1月27日 - 2017年〈平成29年〉2月21日)は、日本の文芸評論家、フランス文学者。青山学院大学名誉教授。 西欧の文化や風土と、その精神や思想を、時に日本と対比しつつ考察論述した。 代表作に『石と光の思想』(1971年)、『幻想の都市』(1992年)、『知の歴史学』(1997年)など。 フランス文学を専門とし、日本や西欧の文化、思想を広く研究。近代日本文学の存在意義を問うた著作も多い。 滋賀県大津市生まれ。父は滋賀県視学。名古屋市在住を経て、湖北の故地饗庭村に移り、1949年(昭和24年)滋賀県立高島高等学校卒業、1953年(昭和28年)、南山大学人文学部卒業、南山大学文学部助手。
杵屋 佐之忠(きねや さのただ、1929年5月21日 - 2… 杵屋 佐之忠(きねや さのただ、1929年5月21日 - 2017年4月6日)は、長唄三味線方・付け師。本名は廣瀬 忠夫。 滋賀県大津市で生まれ、大阪府で育つ。1947年、疎開先の栃木県日光市で杵屋栄暁に入門。1949年に上京し初世・杵屋佐之助に師事。1949年9月、杵屋忠雄の名で歌舞伎初舞台。1955年、杵屋佐之忠を允許。以降、2017年まで付け師として前進座歌舞伎に携わる。 『蛸』『祇王寺物語』など 『魚屋宗五郎』『佐倉義民伝』『お染の七役』『人情噺・文七元結』『不破』『奴の小万・裾模様沖津白浪』『東海道四谷怪談』『三人吉三廓初買』『土蜘蛛退治』『髪結新三』『春若丸』『唐茄子屋』『鳴神』『冥途の飛脚』『本町糸屋の娘』など(劇団前進座) 『怪談・牡丹燈籠』(文学座)ほか
村田 辰夫(むらた たつお、1928年1月25日 - 202… 村田 辰夫(むらた たつお、1928年1月25日 - 2020年7月6日)は、日本の詩人、翻訳家。梅花女子大学名誉教授。 滋賀県大津市生まれ。大津商業学校卒、1943年陸軍少年通信兵学校に入り、北支派遣電信第九連隊に配属、1946年復員、1947年同志社大学文学部卒、同大学院修士課程修了、1952年滋賀県立膳所高等学校教諭、1966年梅花女子大学助教授、教授、1998年名誉教授。 『シェイマス・ヒーニー全詩集』(1966 - 1991)『水準器』『電燈』『郊外線と環状線』『さ迷えるスウィニー』『人間の鎖』で2014年度第51回日本翻訳出版文化賞翻訳特別賞受賞。2015年6月現在、日本翻訳家協会副理事長。
鎌田 昭二郎(かまだ しょうじろう、昭和2年(1927年)2… 鎌田 昭二郎(かまだ しょうじろう、昭和2年(1927年)2月27日 - 平成22年(2010年)2月3日)は、滋賀県厚生部長。公衆衛生医として滋賀県の健康福祉行政を推進し、福祉保健・医療行政において新たな展開を行った。 昭和2年(1927年)滋賀県大津市に生まれ、京都大学医学専門部に進学した。昭和21年(1946年)大学在学中に大津市出身医学生の相互協力と大津市への医療協力を目的にした大津医学生会を結成し、昭和24年(1949年)大学卒業後一時京大結核研究所に籍を置いた。 昭和25年5月大津市役所に就職し、市内の関係者と共に栄養指導や衛生管理に注力した。昭和40年(1965年)4月大津市から滋賀県に移り八幡保健所長に就任し、同保健所管内は滋賀県内でも乳幼児死亡率が高い事から原因究明と改善策実施に尽力した。
村田 昇(むらた のぼる、1926年5月5日 - 2017年… 村田 昇(むらた のぼる、1926年5月5日 - 2017年3月28日)は、日本の教育学者、滋賀大学名誉教授。 滋賀県大津市出身。1951年広島文理科大学教育学科卒。「シュプランガー政治教育思想の研究」で広島大学より文学博士の学位を取得。滋賀大学学芸学部講師、助教授、教育学部教授。1990年定年退官、名誉教授、京都女子大学教授。滋賀オペラ協会会長、大津管弦楽団指揮者。
井門 富二夫(いかど ふじお、1924年10月2日 - 20… 井門 富二夫(いかど ふじお、1924年10月2日 - 2016年3月29日)は、日本の宗教学者。筑波大学名誉教授。桜美林大学名誉教授。元日本宗教学会会長。専攻は宗教社会学、比較文化論。 1924年、滋賀県大津市生まれ。東京大学文学部で学び、1949年に卒業論文「十八世紀における福音主義教団の展開―教団近代化の様相」を提出して卒業した。シカゴ大学大学院に留学(フルブライト奨学生)。 帰国後は文部省に勤務した。東京大学講師を経て、津田塾大学教授となる。筑波大学教授となり、哲学・思想学系地域研究科長をつとめた。筑波大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は桜美林大学初代国際学部長に就任。愛知学院大学でも客員教授をつとめた。
高谷 朝子(たかや あさこ、1924年(大正13年)6月26… 高谷 朝子(たかや あさこ、1924年(大正13年)6月26日 - 2018年(平成30年)5月11日)は、宮内庁元内掌典。高谷の高は、はしごだか(髙) 滋賀県大津市生まれ。1942年(昭和17年)3月に滋賀県立大津高等女学校(現滋賀県立大津高等学校)を卒業。翌1943年(昭和18年)6月1日に宮内省内掌典を拝命。以後約57年間に亘り、皇室の神事、賢所や候所の伝統を護る。終戦から昭和天皇崩御までを皇居内で過ごした。この間、1985年(昭和60年)4月におかしら(内掌典の長)に就任。昭和天皇大喪の礼、第125代天皇明仁即位の礼、皇太子徳仁親王成婚に関わった。2000年(平成12年)11月、勲四等瑞宝章受章。
仁科 関夫(にしな せきお、1923年(大正12年)4月10… 仁科 関夫(にしな せきお、1923年(大正12年)4月10日 - 1944年(昭和19年)11月20日)は、日本の海軍軍人。海兵71期。太平洋戦争(大東亜戦争)の末期、人間魚雷「回天」を創案するとともに自らも出撃して戦死した。最終階級は海軍少佐。 1923年(大正12年)4月10日に滋賀県大津市で生まれる。その後大阪府へ転居し、大阪府女子師範附属小学校を卒業後に大阪府立天王寺中学校を四年で修了し、海軍兵学校(71期)へ入学する。地理学や各訓練などに才能を如何なく発揮し、1942年(昭和17年)11月14日に優秀な成績で卒業。当時の海軍兵学校校長は井上成美海軍中将。卒業式には高松宮宣仁親王(軍令部大佐、昭和天皇弟宮)が出席した。
溜池 良夫(ためいけ よしお、1921年8月30日 - 20… 溜池 良夫(ためいけ よしお、1921年8月30日 - 2014年10月16日)は、日本の法学者。専門は国際私法。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1987年)(学位論文「国際婚姻法の基礎的研究」)。京都大学名誉教授。 滋賀県大津市出身。1942年、第三高等学校 (旧制)卒業。1946年、京都帝国大学法学部卒業。1946年、京都帝国大学法学部助手(指導教授:齋藤武夫)。1952年、京都大学法学部助教授。1961年、京都大学法学部教授。1966年、京都大学評議員。1987年、法学博士(京都大学)(学位論文「国際婚姻法の基礎的研究」)。1985年、京都大学停年退官、同名誉教授。1985年龍谷大学法学部教授を歴任。
山田 耕三郎(やまだ こうざぶろう、1917年(大正6年)1… 山田 耕三郎(やまだ こうざぶろう、1917年(大正6年)1月15日 ‐ 2012年(平成24年)9月22日)は、日本の政治家。滋賀県下阪本村長、大津市議会議員、滋賀県議会議員を歴任。第20代大津市長(2期)となり、革新派の市長として福祉事業などを推進、「福祉の山耕」と呼ばれた。その後参議院議員を2期務め、一の会や連合参議院に加わった。大津市名誉市民。 1934年、滋賀県立膳所中学校(現・滋賀県立膳所高等学校)を卒業、1935年4月に島津製作所に入社。 1949年4月に下坂本村長となり、村長として大津市との合併に反対したが、在任中の1950年に合併した。1951年4月から1959年4月まで大津市議会議員を務め、在日米軍の大津キャンプ返還運動を主導した。
薮田 東三(やぶた とうぞう、1916年6月16日 - 19… 薮田 東三(やぶた とうぞう、1916年6月16日 - 1986年8月3日)は、日本の経営者。滋賀県大津市出身。 1940年に京都帝国大学工学部機械工学科を卒業し、同年にトヨタ自動車工業に入社。 取締役を経て、1972年9月に常務に就任した。1977年3月に愛知製鋼副社長に就任し、1980年3月から社長を務めた。 1986年8月3日転移性肺腫瘍のために死去。70歳没。
山本 正明(やまもと まさあき、1912年10月12日 - … 山本 正明(やまもと まさあき、1912年10月12日 - 1997年7月17日)は、日本の経営者。沖電気工業社長、会長を務めた。滋賀県大津市出身。 1936年に京都帝国大学経済学部を卒業し、同年に安田銀行(のちの富士銀行)に入行。1959年に沖電気工業常務に就任し、1966年に専務、1969年5月に副社長を経て、1972年11月に社長に就任。1978年6月に会長に就任し、1979年6月から相談役を務めた。 1979年4月に藍綬褒章を受章し、1984年11月に勲二等瑞宝章を受章。 1997年7月17日心不全のために死去。84歳没。
吉村 公三郎(よしむら こうざぶろう、1911年9月9日 -… 吉村 公三郎(よしむら こうざぶろう、1911年9月9日 - 2000年11月7日)は、昭和期の映画監督である。兄はフランス文学者の吉村正一郎。4人の子供を儲け、長男は元NHK解説委員の吉村秀實。映画監督の西村昭五郎は、いとこ。 滋賀県大津市膳所生まれ。吉村家は、同県坂田郡山東町の中山道で代々脇本陣を営んでいた。父・吉村平造は大阪朝日新聞社の政治記者から、保険会社重役などを経て、大阪市助役、第11代広島市長(在任1915年1月~1916年12月)を務めたため、これに伴い2歳から京都市下京区で、4歳時は広島市大手町で育った。広島を発つ前の晩、家族で万代橋のたもとにあった映画館で映画を初体験。チャップリンの映画に感銘を受けたことが映画を志す切っ掛けだったという。